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今日は盛岡でセミナー、明日は郡山です。一度、家に帰ることも考えましたが、盛岡→東京の新幹線片道料金で1泊できるから、盛岡に泊まったほうがラクかなと。 セミナーにご参加くださった皆さん、ありがとうございました。みなさんの疑問や悩み、不安について、解決のヒントは見つかったでしょうか? 何か未解決の問題がありましたら、どしどしご質問くださいませ。 さて、最近の私のように、旅から旅へと全国で仕事している女性って……あまりいないかもしれませんが、出張ライフにも色々解決すべき課題が多いですね。思いつくまま挙げてみます。1)新幹線の駅で、おいしいコーヒーが売っていない。スタバが駅構内に進出してくれたらいいのにね。そしたらマイ・タンブラー持参するのに。2)小食の女性(?)のために、おにぎり屋さんが駅構内にあるといいのに(できれば、炊きたての湯気ホカホカを希望!品川駅構内の某店のように)。弁当は量が多すぎるし、いらないおかずも多い。3)出張に便利な女性用ビジネスバッグがない。男性用の黒無地は、サイズ、デザインともに色々あるのに。1泊用の着替えと化粧品、ノートPC、デジカメ、テレコ、書類と本、システム手帳がラクに入り、軽くて丈夫で鍵がつくタイプがいいなあ。しかも、柄とデザインがキュートであること。ヒョウ柄か赤かデニムで探してみよう。レスポは軽いが、生地の薄さに不安がある。「女性サイズ」の出張ニーズに応えるサービスが充実してほしいですね。 次に良かったことと改善すべきこと。1)長時間、座席に座っての移動には、やはりニットの上着とストレッチのパンツが最適ですね。ついいつも同じ服を選んでしまうので、講演中に写真を撮られるとヒジョーに困るのだった。2)ロクシタンで新製品のバーベナのトワレの小型サイズを買って持参した。バーベナ(ベルベーヌ)らしいレモンのさわやかな香りに、少し複雑味もつけてあって、なかなかステキ。トワレの小瓶って、いいなあ。割高だけど、飽きたら別のにすればいいし、入れ替えの手間がないいし。3)ホテルはインターネット接続サービスのあるところに限りますね。仕事もできるし、地元の飲食店の物色にも役立ちます。今夜は肉か魚で迷ったけれど、やっぱり魚がいい。「ばくらい」にも挑戦してみようかな。4)物色するなら、観光客向けのみやげ物店よりは、地元の人が使うデパートや専門店が面白い。前回、仙台出張のときは、地元の「さくら野」という百貨店の地下食品売り場で、漬物を色々味見できて楽しかった! 必ずしも地元の名物ばかりでなく、地元の人のふだんの暮らしぶりがわかる食べものに触れるのが面白い。 今回は、キャリアコンサルタントさんも何人か聞きに来てくださったようです。 キャリアコンサルタント向けのマニュアルのようなものを、私なら書けるかもしれない。ニーズがありそうですね。企画書を出してみようかな。キャリアコンサルタントのスーパービジョンとか、キャリアアップ講習についてのニーズがございましたら、ぜひ、声をかけてくださいませ! そうそう、私は最近、「ライヴなライター」というか「ライヴな言葉職人」って感じがしてます。講演って、聴衆のみなさんの印象に残るような、インパクトのある言葉を選んで話すことが大切ですよね。 そういった「ライヴのチカラ」をつけるため、試行錯誤の日々です。試しては反省し、また、ふとした瞬間に思いついたことを書き留めたり、「なぜなんだ?」と突き詰めて考え続けていると突然、答えが閃いたり。 本人は「ライヴな思想家」のつもりだったりします。
2007年05月29日
私が体験した沖縄第一ホテルの薬膳朝食の内容をご紹介します。全50品目の素材を使用しながらも、カロリーは585kcalと超ヘルシー。沖縄産の野菜がふんだんに使われています。 1)ゴーヤジュースと豆乳汁 ゴーヤは何の味付けもしていなくて苦い!けれど爽やか。 2)紅いもとウコンのパン フランスパンのように、皮がパリっとして中がしっとりした焼き上がり。 3)オオタニワタリのソテー 幅広で長いオオタニワタリの葉の新芽をソテーし、醤油で味付けしてある。コリコリの食感が楽しい。八重山地方で昔からよく食べるとか。 4)パパイヤの炒め物(パパイヤイリチー) 青いパパイヤを千切りにして、同じように千切りにしたニラ、昆布、豚肉と一緒に炒めてある。とても淡い味付け。1粒クコの実を上にあしらって、いかにも薬膳風。 5)島ラッキョウの塩漬け 上におかかが載ってる。塩加減がやさしい。 6)田芋の醤油煮 田芋(ターンム)という沖縄ならではの里芋系の芋を甘辛く煮てある。 7)紅いも ふかしてあるだけ。そのもの自体の滋味を味わう。 8)アロエベラ、セロリ、桜海老の冷製 アロエは皮を剥き、透明のつるるん、ぷりぷり。セロリは筋をとってあって食べやすい。味付けはほんのり。塩と、なにやら香り。泡盛か? 桜海老は生。 9)ニガナの白和え ニガナは極細千切りで生のまま、沖縄のもっちりしてコクのある島豆腐と和えてある。味付けは甘くてやさしい。 10)島にんじんのサラダ 島にんじんはピーラーで薄く四角く削いだものを軽くソテーした感じ。驚くほど甘い。トマト、ゆで卵とともに。 11)モズク酢 タレにコクがある。このコクの正体は、もろみ酢か。ネギ系の香りがする。どうやらニンニクをほんの少々入れてあるらしい。 12)ハンダマ酢味噌和え 赤紫の菜っ葉、ハンダマを酢味噌で和えてある。酢の酸が尖っていなくて、まろやか。 13)ナーベラー、カンゾウの花、酢大豆 ナーベラー(ヘチマ)は、茹でたものに甘味噌を載せてある。カンゾウの花は、干したものかな? 酢大豆はおそらく黒酢に漬けたのだろう。甘く、ふくよか。 14)長命草の千切り これも超極細千切り。生のまま。醤油をかけていただく。民間療法では、アヒルと煎じて喘息の薬にするという。野菜というよりも葉っぱを食べている感じ。ほろ苦いが、良薬は口に苦しというわけで、健康長寿がかないそう。 15)デザート 押し麦と緑豆の白みつ 甘すぎず爽やか。ぽりぽり、ほくほくした食感が珍しくて口に新鮮な驚き。楽しい。 16)スイカ 沖縄ではいまが収穫時期らしい。夏は暑すぎて傷むのだそうだ。 17)食後の飲み物 コーヒー、紅茶、健康茶、ハーブティー(ハイビスカスまたはレモングラス)の中から選べる。私はレモングラスのお茶を頼んだらステキなキャンドルウォーマーに載せたポットでサービスしてくれた。 以上は、レストランの女性が説明してくれた順番。一度に全部並べてくれるわけではないので、写真を撮るタイミングが難しかった。 部屋ぜんたいが薄暗いので写真ではわかりにくいかもしれないけれど、器の1つひとつが凝っています。焼き物とガラスのバランスがすばらしい。 やはり沖縄らしさを意識してか、ガラスの器は青い色のものが多かったように思います。カップアンドソーサーの美しさは絶品でした。目で味わい、香りに酔い、胃にやさしいレモングラスを愛でつつ、ああ、このように美しい器で丹精込めた食事をいただくと、ほんとうに心が豊かになるなあと思ったものです。 以上、料理の説明では「美味しい」という言葉を使わないようにして、薬膳ならではの繊細さを再現するように気をつけてみました。 すっごーーーーーく、美味しかったよ♪ 前夜、居酒屋「うりずん」で飲みすぎた(泡盛5合!)二日酔いがすっかり治りました。さすが薬膳パワー。
2007年05月25日
今年度の再就職セミナー全国ツアーは、沖縄・那覇からスタートします。いよいよ金曜日に出発し、自弁で2泊して観光を楽しむ予定♪ 沖縄には沖縄特有の経済・雇用状況があり、また、女性の生き方、考え方もさまざまに異なることでしょう。 2時間程度の限られた時間ではありますが、一緒にキャリアの問題を考え、分かち合い、励まし合いたいと思います。 人間、何歳になっても勉強して成長して進歩する!というわけで、私も初心に帰り、宮城まり子先生の5回連続セミナーで勉強し、「新ネタ」を色々仕込んでパワーアップしたので、受講者のみなさま、どうぞお楽しみに! 観光のほうは、1泊目は那覇の国際通りにあるホテル、2泊目は久高島の民宿を予定しています。沖縄本島は3回目、久高島は初めてです。あいにく梅雨入りしそうですが、日焼けしなくていいカナと前向きに考え、「なんくるなるさー」で行きたいと思います。 夜は地元の居酒屋で、島唄の合唱とカチャーシーに混じれるように練習しておくさー。今日もネーネーズ関係をBGMにして原稿書いたりしているよ♪
2007年05月16日
私が再就職セミナー講師を担当するときには、なるべく一方通行にならないように、会場にマイクを向けます。 参加者の皆さん1人ひとりが、それぞれに違った課題を抱え、違ったふうに悩み、考えているはずなので、なるべく個々に応じたアドバイスやサポートをしたいからです。 また、聞くばかりでなく、自分から声を出して思うことを言ったほうが、頭脳がよく回転して、効率的、効果的に学習することができるでしょう。他人事だと思って聞いていると、眠くなっちゃいますよ。 さて、参加者の皆さんとのやりとりの中で、どうしても忘れられない言葉、頭に引っ掛かってくる言葉があります。「最近、再チャレンジ支援という耳ざわりのいい言葉を聞くけれども、現実はきびしい」 という言葉も、その1つ。発言の主は、怒ったような表情をしていました。 うーん、困ったなあというのが、私のそのときの正直な気持ち。この言葉の中には、事実誤認が3つ含まれています。それを1つひとつ厳しく指摘することは簡単ですが、それだけでは本人のチャレンジ意欲を減退させたり、怒りを増幅させかねない。難しいところです。 そのときは、なるべく本人を傷つけないように言葉を選んでアドバイスしましたが、本当は、こういうことなんです。 事実誤認の第1は、「耳ざわりのいい」という表現。結構、多くの人が使う表現ですが、これは明らかな誤用であり、教養のなさを露呈させて恥ずかしいので、使うのを止めましょうね。「耳ざわり」とは本来、「耳障り」と書きます。「気に障る」の「障る」と同じ意味であるから、「耳ざわりがいい」ということはあり得ない。「耳障りだ」という用法しか成立しません。不愉快だ、聞き捨てならんという気持ちを表す言葉ですね。「手ざわり」(手触り)とは言うけれど、「耳触り」は誤用です。注意しましょう。 間違った言葉を使うと、本来の意図が相手に伝わらないので、言葉は正しく使いましょうねというのが、教訓その1です。 事実誤認の第2は、「再チャレンジ支援(という甘っちょろい方法)では、きびしい現実に対処できない」という考え方。 よーく考えてみてね。再チャレンジ支援ですから、チャレンジする意欲のある人や、実際に行動を起こす人しか支援しません。家の中に引きこもっている人や、保護されている生活や、失業生活をエンジョイしている人のことは支援しないのです。だから全然、甘くないわけ。 この自由で平和な社会においては、労働は強制されるものではなく、自発的行為であるわけですから。 事実誤認の第3は、「現実は、(求人が少なくて)きびしい」。 確かに地域によって、あるいは職種によって、求人数が求職者数よりも少ない場合もあります。しかし、ゼロではありません。「自分の希望にあう」求人がないというのが、事実です。 ここに事実誤認の根っ子があります。仕事は、お金を出して買う商品とは違います。自分が欲しいものが必ずしも手に入るわけではない。「買われる」のは求職者のほうだというと表現が露骨過ぎるけど、「選ばれる」のは求職者であり、求職者が一方的に仕事を選ぶことはできないのです。 日本一売れっ子のテレビ司会者である、みのもんた氏は、著書の『義理と人情 僕はなぜ働くのか』(幻冬舎新書)の中で、「なぜそんなに働くのか」という問いに対してこう答えています。「仕事は選ぶんじゃない。仕事に選んでもらうんだ」 求職者は自分の過去の就業経験や、それを通じて身につけたもの、仕事に対する適性、成果を出す能力などについて、応募書類(履歴書と職務経歴書)および面接の場面でアピールしなければなりません。その内容が評価、審査に付され、「この人はわが社のこの仕事に適していて、こちらが期待する成果を出して、貢献してくれる」という結論が出されれば、採用されるわけです。 だから実は、「自分にあう求人がない」と公言するのは、ある意味で恥ずかしいことなんです。「自分はいま現実にある求人用件を満たす能力がない」ということなんですから。「自分にあう求人がない」と怒っているだけでは、何も始まりません。 まずは、もっとよく探しましょう。ハローワーク、無料の求人誌、有料の求人誌、新聞の求人広告、人材紹介会社、人材派遣会社、電話帳やインターネットで会社を探して売り込む、口コミ等々、探す方法は色々あります。それでもダメなら、雇われない働き方……フリーランスとか、独立開業っていう方法もあるじゃないですか。 自分をよく見つめてみましょう。自分が「やりたい」こと「好きなこと」だけでなく、「この分野なら、私も人の役に立てる」と思われるものを探して、その「人の役に立てるチカラ」をいまのレベル以上に引き上げるために努力すると同時に、そのチカラを言葉として表現し、そのチカラが自分に備わっていることを相手に理解してもらう方法を考えてみましょう。 ダメもとでチャレンジしてみましょう。就職は、一度のチャレンジでうまくいくものではありません。最初に応募した会社に決まることが最良の結果であるとは限らないのです。雇う側と雇われる側のどちらか、あるいは双方に誤解があった場合、雇われる側がほんとうはその仕事、その会社に全然適していなくて、満足できなかった結果、長続きしないかもしれないからです。 人間は変われるし、何歳になっても成長できます。「合うか、合わないか」で考えるのではなく、「合わせられるか、合わせられないか」で考えたほうがいい。 現実は変えられなくても、現実をとらえる認知のあり方、現実に向き合う態度、現実に対応する行動(対処法)は変えられるのです。 最後に、クランボルツが指摘している「キャリアを選択するうえで本人が陥りがちな問題点」について、少しアレンジして紹介しておきましょう。1)就職、転職、再就職などのキャリア上の問題について、問題解決できるかどうか自信がない状態にある2)新しい選択肢を避けがちであり、自分が慣れており、不安の少ない選択をする傾向がある3)間違った情報や仮説のもとに考えがちで、その結果、誤った選択をしがちである4)自分自身の潜在的キャリア(これまでに身につけてきた職業能力と今後の可能性)を正しく評価できず、間違った学習(思い込み、偏見、とらわれ)を行っていることがある5)非現実的目標(高過ぎる目標、自分に合わないので結果として長続きしない努力目標等々)を立てたり、他の目標と矛盾した行動をとることがある 思い当たるフシがありませんか?
2007年05月11日
母の日サービス企画?で、こんな記事を見つけました。主婦業、年俸1,600万円に相当=「母の日」控え米社試算 専業主婦がこなす炊事洗濯や育児などの家事は、年俸 13万 8,095ドル(約 1,660万円)に相当―。 13日の「母の日」を前に、主婦の重労働ぶりを再認識するきっかけにしてもらおうと、米人材情報会社サラリー・ドット・コムがこんな試算をまとめた。 同社は、子供の送迎を「運転手」、調理を「料理人」、家族の悩み相談を「カウンセラー」などと家事を 10項目に分類し、それぞれをプロに任せた場合の料金を積算した。主婦の作業時間は週 92時間で、うち 52時間を残業として割り増し計算したという。今年の年俸は前年に比べ 3%上昇した。 職業を持つ母親についても、家事に対する報酬として年 8万 5,939ドル(約 1,030万円)の「ボーナス」受給資格があるとはじき出した。 同社はサイトで、利用者が子供の数や家事の時間を入力すると、各自の「母さんの給与明細書」を試算するサービスも無料提供している。(時事通信) 以上、引用終わり。 さて、この情報をどうやって活用しましょうか。「主婦の労働は、もっと評価されてしかるべきよね」と、感ずる人は多いことでしょう。だからといって、「私の取り分を増やしてよ!」とダンナに要求するか、ダンナが払えなければ企業や国家に要求するか? まあ、どちらも要求を通すのは難しいでしょうねえ。 この記事は、母の日に向けての一種のリップサービスであり、ネタとしては面白いけれども、真に受けることはできません。 本文にあるとおり、プロに任せれば年俸1,600万円相当だとしても、一般の専業主婦がプロ並みのサービス品質を提供できるとは限らないでしょうね。 そこで考えてみたいのは、「プロフェッショナルとは何か?」。 そして、「プロフェッショナルが提供するサービスの品質とは?」ということです。 さらに、「主婦は家事や育児のプロフェッショナルといえるのか?」あるいは「プロフェッショナルの条件とは?」。 どんどん突っ込んで考えていくと面白くなりそうです。また、再就職活動と健全な家庭経営にも役立ちそう……そうでもない? 続きはまた改めて。
2007年05月10日
キャリア理論について勉強しなおしている今日このごろです。 私にとってのキーワードは、ロゴセラピー、生きる意味、役割、ライフキャリアといったところで、色々な角度から考察を深め、愉しんでいます。とくにフランクルのロゴセラピー関連本はすでに5冊ほど読みました。 今日も、先ほど宮城まり子先生の『キャリアカウンセリング』(駿河台出版社)を読んでいたら、興味深い理論に導かれました。 1997年に『統合的人生設計――Integrative Life Plannning』を発表したハンセン(Hansen,L.S.)の理論です。 人生は、仕事、学習、余暇、愛(Labor,Learning,Leisure,Love)の4つの要素がうまく統合されてこそ「意味ある全体」になるというもの。「人は「仕事」だけをしていれば充実した人生を送れるのではなく、仕事と並行して「余暇・学習・愛」がその中に存在していなければ、本当によい仕事はできず、偏った生活のなかで人生はいつしか味気ないもの、貧しいものに変容する」(『キャリアカウンセリング』p112より) 至極まっとうな説ですが、いかがですか? 皆さんはハンセンの提唱する「4つのL」で人生を満たし、統合しているでしょうか? もう少々引用してみましょうか。さらに「生きる意味」と「仕事」の関係について考えさせられます。 ハンセンはキャリアプランには次の6つの重要な課題があるとしています。1)広い視野に立ち、キャリア選択を行う(個人的関心のみならず、世界、社会、環境の問題やニーズを解決するために役立てるかという観点からキャリアを選択する) 2)人生のパッチワークを創造する(身体、心、スピリチュアリティの3つの統合) 3)男女の共同、共生を目指す 4)多様性を活かす 5)仕事に精神的意味(スピリチュアリティ)を見い出す 6)個人のキャリア転換と組織変革に上手に対処する 以上は私自身が無意識的に行ってきたことと、意識的に行おうと思ってきたこと、そして再就職支援セミナーで受講者の皆さんにお話ししてきたこと、人材教育専門誌で執筆してきたテーマと全て重なるので、なんだか不思議な出会いを感じます。 というか、ハンセンが10年前に「予言」した方向性に向かって、人々が歩みつつあるということでしょうか。
2007年05月09日
小学生の漢字の読み書きする能力を調査したところ、高学年を中心に「書き」のほうが平均点が低く、「読み」に比べて心もとないことがわかったという。 中でも正答率が低かった書き取りが、5年生の教科書に出てくる「支持」の「支」で、これを書けた6年生は全体の7%だったそうだ。「書き」を苦手とする生徒が多い原因としては、「宿題任せで授業中に勉強しないため」と調査した団体が分析している。 じゃあ、生徒は授業中に何を勉強させられているんでしょうね? 授業は先生のアリバイ作りですかと、意地悪な見方をしたくもなります。 「書き」の勉強のさせ方としては、「授業中に筆順を声に出しながら机や空中に指で字を書く“指書き”を行うと高得点になる」傾向もあるとか。 低学年に対して、「海外」の「海」(2年生の正答率37%)や、「放す」(3年生の正答率29%)といった、日常生活の中で比較的よく使われる漢字を書いて覚える方法としては、それも有効かもしれないけれど、「支持」といった抽象的概念を表す漢字を高学年に教える方法としては、あまり有効ではないような気がします。 意味がわからなければ、腑に落ちないのでは? 腑に落ちなければ、応用が利かないでしょう。書き取りテストのように、反射神経的な対応ができても、その漢字を使って自分の言いたいことを表現するといった高度な応用能力にはつながらないと思います。 なぜ、子どもに漢字を教えるのかといえば、言葉を介したコミュニケーション能力を身につけさせるためでしょう。「支持」という抽象的概念を理解できると同時に、自分もその概念を使って他人に自分の考えを伝えることができる。この2つがゴールであって、読み書きのテストはそのプロセスというか、手段に過ぎないわけですよね。 私だったら、次の3つの方法で、「支持」という漢字を教えます。1)「支持」を使った例文を2つ作らせる。2)「支持」の「支」を使った他の熟語を2つ以上書かせる。これらの熟語の意味の共通点と違いについて考えさせる。3)「支」という字のなりたちについて教える。漢字はもともと古代中国の象形文字から発展したものであるから、そのもとのかたちや語源について教えて、「支持」という概念を表すのになぜ「支」と「持」という字が必要なのかについて、子どもたちの腑に落ちるように導く。1)と2)は、まず1人ひとりにやらせてみて、次に4人とか6人のグループでそれぞれの「答え」を持ち寄り、何がよくて何が間違っているのかを話し合い、グループとして答えを人数分だけ紙に書いて発表させるといったグループ学習がいいかもしれない。 漢字それ自体は正解と不正解があるけれど、例文については正解はたった1つではありません。正解を導き出すプロセス――適切な表現と不適切な表現の違いを考えさせることのほうが、単に漢字それ自体を覚えさせるよりもよほど意義があると思います。 言葉は、知っているつもりでも、それだけではいずれ消えていく、寿命の短い短期記憶に終わってしまう。使って初めて自分のものとして定着します。 言葉を使わなければ、自分の気持ちを相手にわかってもらうことは難しいし、思いや目的を実現できないし、自分の権利を守れないし、他人の気持ちもわからないし、利害の衝突を解決できないでしょう。 働くうえでも、言葉を使ったコミュニケーションが非常に重要な意味をもちます。履歴書や面接では、さまざまな側面からその人の能力が審査されますが、その中でもコミュニケーション能力が最も重視されるといっても過言ではないでしょう。
2007年05月08日
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