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ミイラ取りがミイラになった?年内に仕事が終わりそうになく、ものすごいプレッシャーに精神が耐えかねたのか、肋間神経痛になってしまいました。心臓のあたりが痛いので、恐ろしいと思って近くのホームドクターのところへ駆け込んだら、心音には全く異常なしで、痛みは神経由来のものではないかと。たぶん、肋間神経痛でしょうとの診たてでした。もう少し時間がたってから、帯状疱疹が出てくる心配もあるとか。原因は、やはりストレスですね。痛みを和らげ、炎症を下げるロキソニン錠、精神の緊張や不安を和らげ、筋肉の凝りをほぐすデパス錠そして、胃を守るためのケルナックカプセルを処方されました。胸の痛みは楽になったけれど、背中がどよーんと重い。凝っているのかな。私って、意外にストレスに弱く、ストレス病いなりやすいのかも。いわゆる心身症タイプですね。実は以前、ジムで運動中にケガして重症の肉離れになり、運動できないやら、太るのが怖いやらで、ストレスから十二指腸潰瘍になったことがあります。また、最近は、目の病気の霰粒腫というのを、年に何度も発症するようになりました。睡眠不足、過労、ストレスが原因だそうです。 30代のころ、アトピー性皮膚炎がひどかった時期もありました。あれもストレスと関係がありそう。十代のころは皮膚が過敏症で、いつも指先がカサカサでパックリ割れることもあるので、バレーボールの選手みたいに年中絆創膏をしていました。お医者からホルモンの関係だといわれましたが、体が女性に変化すること自体がストレッサーになっていたのかもね。とくに中年になると、ストレス耐性がどーん!と下がるみたいです。労働、睡眠、休養(趣味、遊び、お友達とのコミュニケーション等々)のバランスを上手にとらないと、心身のストレスがどんどん蓄積しますね。私は最近、メンタルヘルスの専門家としての仕事が増えているのですが、それでいて、ストレス病にかかるようじゃマズイというか、まあ、これも一種の修行かな。痛みがわかってこそ、予防の大切さがわかると。それにしても、背中が痛いよー。でも、原稿書かなきゃ。ひー。
2007年12月28日
1年の計は元旦にありと言いますが、元旦にいきなり計画を立てるといっても、酔っ払いの思いつきにしかならないかもお世話になった方への年賀状を書き、今年1年の振り返りと反省をしているうちに、じわじわと湧き上がってくるでしょうね。私は来年、なんとか家のリフォームに着手し、仕事場と居住スペースの入れ替え(1階と2階のチェンジ)をして、すっきり綺麗にしたいなあと思っています。「片付けられない女」なんです。家を建ててから……12年分のゴミが溜まってしまった。使い古しの資料をバッサバッサと捨てなければ。本もダンボール4、5箱分はブックオフ行きだな。あるいは捨てるしかない実用書も多い。1階に移した仕事部屋には、打ち合わせスペースとアシスタントの机を作る予定。仕事を一緒にできるパートナーがいると心強いなあと思ってみたり、このさい、「士業」に挑戦して事務所を開いてみようかと思ってみたりま、目標があると、生きる推進力がついてくるような気がします。
2007年12月28日
今年も残りわずかですが、なかなか仕事が納まりません。 でもまあ、やることは、やらなくちゃ……というわけで、お正月の飾りを玄関に取り付けました。今年は「笑門来福」と書いてあるお飾りで、稲穂と藁は魚沼産だとか。http://item.rakuten.co.jp/kazari1971/88267/ どんなときも、笑いを忘れたくないですね。会話も、文章も。ずんずん深いところまで掘り下げていって、最後にふわっと軽くなって、笑いで天まで昇れそうな、そんな文章を書きたいものです。
2007年12月27日
「みっともないぞ!」とか、「お天道様が見ているぞ!」っていう言葉があまり使われなくなりましたね。でも、「みっともないぞ!」と思うことは多く、「お天道様が見ているぞ!」と言ってやりたい人はまだまだ大勢いますね。人の目を気にしないというより、人の目を気にするセンサーが壊れちゃったのかもね。自分の中に確たる正邪の基準をもてなくなっているというか。そんなことを感じさせる書き込みをネット上に発見しました。某所の掲示板で、ある人がこんな質問をしていました。皆さんはこの言葉を退職するとき言われたら、どのように感じるでしょうか? 「うちの会社を辞めて、成功した人は過去にいませんよ。○○くんだってそうだし、△△くんだってそうだし・・・」質問者の意図は、「退職者に向けて上司がこのような発言をする会社は悪い会社だ。あなたは悪くない」と皆に同情してほしかったのでしょうね。その思惑どおり、コメントをつけた人たちのほぼ全員が質問者に対して同情的でした。質問者は、「私は転職という道を選んで正解だった。私が悪いのではなく、上司が悪いし、会社が悪いのだ。だから私は正しいのだ」という思いを強くして、さぞやいい気分を味わっているでしょうね。その気分に水を差すつもりはないけれど、これから新たに採用面接を受けるときに退職理由を尋ねられたとしたら、「前の会社は辞めていく人間に対してこういう発言をするほどヒドイ会社でだったから辞めました」などと前の会社の批判はしないほうが身のためですね。採用の道が遠のくでしょう。自己正当化すれば、気分は良いかもしれないけれど、問題を解決するとか、現実を変えていくとか、未来を築いていくためには、あまり効果がありませんね。この上司の言葉には、上司の長年の経験に裏打ちされた一片の真実が含まれていると私は思います。「うちの会社で長続きしない人間は、どこへ行っても長続きしない」それは事実であると思います。仕事をするうえで一番重要な能力は、適応能力でしょう。人間はジグゾーパズルと違って、合う場所が一箇所に決まっている存在ではない。鍵と鍵穴の関係ほどシンプルではない。もっと可変性があります。可変性豊かな人ほど、いろいろな場所に適応しやすく、長続きしやすく、成功しやすい。可変性の乏しい人ほど、適応障害を起こしやすい。 自分というものがまだ出来上がっていない若いうちがいちばん可変性豊かなわけで、どんな形にもはまりやすいはずなのに、その可変性の豊かさが仇(あだ)になって、「ここは私には合わない」という結論を簡単に下しやすい。守るべきものを何も持っていないから、本当の意味での恐れを知らないわけですね。ある程度、職業人としての基礎ができている人は、その「基礎の部分」を生かせる居場所をなんとかして守ろうとする。ただ、時代の変化によって基礎の部分が陳腐化する場合もあるので、そうならないように新しい職業的技能を身につけて、時代の変化に適応していく努力が求められます。それでも現在の居場所に適応できなくなった場合や、追い出されてしまった場合は、他に居場所を求めなければ生きていけないわけですが、その新しい場所で、いままで身につけてきた経験や職業的技能が生きるとは限らないから、大きなリスクを伴うわけですね。「合わないな」と思ったら、まずは「合わせる努力をしてみる」ことが大切です。型にはめることで、自分の基礎ができてきます。その「型」が自分の成長のスピードに合わなくなって窮屈になってきたら、転職という決断もあるでしょう。ただ、人間という生き物はたいてい、自分に甘く、他人に責任転嫁し、自己正当化を図ろうとする。弱い人ほどそうでしょう。強い人ほど、そういった自分の弱さを正確に把握しているので、自分をきびしく律し、まわりの人と仲良く協調するように努め、つねに自分を疑い、「もうひとつの答え」を求め、自分を変えようとするのではないかな。 さて、私がもしも、勤めていた会社を辞めるときに上司から「うちの会社を辞めて、成功した人は過去にいませんよ。○○くんだってそうだし、△△くんだってそうだし・・・」 と言われたら、「だったら、私がその成功例第1号になってみせます」と言い切りますね。言うだけの自信がなければ、その会社を辞めない。あるいは、「もしも失敗して戻る場所がほしいときは、受け入れていただけますか」なーんて猫なで声で聞いたりして。わはは。他の人に言いつけたり、愚痴を言ったりする暇なんか、ありませんよ。
2007年12月23日
昨日の日記のテーマ――「安い人」は安い仕事しかもらえないの続きです。以下は、「安い人」にありがちな思考パターンの一例で、ある転職関係のコミュニティの書き込みから拾ってきてリライトした文章です。 「医療事務だったら、勤務先が病院で安定しているし、残業もさほどなく、いま私が勤めている会社よりも待遇がいいだろうし、将来性が感じられるので、転職を考えています。聞いたところによると、医療事務の資格が無くても採ってくれるところもあるみたいだし、それならとりあえず転職して仕事を通じて実務を学んでから資格を取ろうなどと考えています。でも、資格がないと採用されても最初は給料が低くて、一人暮らしができないのではないかと心配です。資格を取れば、給料が上がるのでしょうか。どなたか教えてください」 ここには、誤った思い込みが多々含まれているので、まずはそれを正していきましょう。1)医療事務――ひとくちに医療事務といっても仕事の幅が広く、勤務先の医療機関の規模の大小や性質によって内容が異なります。2) 安定している――昨今では病院でも倒産あり、公的病院の民営化あり、リストラありで、一概に安定しているとは言えませんね。3)残業もさほどなく――医療事務の仕事の中心は、診療報酬請求業務であり、請求先に請求書を送る締め切りが毎月あるため、その数日前が仕事のヤマ場であり、締め切りに間に合わせるために残業になる場合もあるようです。4)会社よりも待遇がいい――比べる相手によりますね。大企業の事務職員よりは安いかもしれないけれど、中小企業の事務職員と同じか、大きな病院の正規職員であれば若干よいかもしれません。5)将来性――病院のすべてに将来性があるわけではなく、経営者によりますね。6)医療事務の資格がなくても採ってくれるところがある――そういう例は、あまり多くありません。資格も実務経験もない人は採用されるのが難しい。たとえ採用されても給料は非常に低いレベルであり、非正規職員の扱いになるでしょう。資格か実務経験のどちらかがあれば、もっと条件は良くなります。7)資格がないと採用されても最初は給料が低い――そのとおりです。8)資格を取れば給料が上がる――上がらないでしょう。 以上で「間違い探し」は終わり。でも、「間違い探し」だけしたのでは、相談している本人は「やさしくない」「きびしい」「冷たい」と思うでしょうね。そして、「間違い探し」だけでは、正しい決断へは導かれないでしょう。実際、この質問に対するコミュニティのメンバーの対応はというと、だいたい以上のような「間違い」の指摘が並んでいました。それを読んだ上での、質問した本人の結論は、「それなら、一般企業に転職したほうが賢いかも」でした。この結論は、明らかに間違っていますね。「安い人」の思考パターンは、ひとことで言うと「浅はか」です。このように、誰かの発言や何かの事象を「額面どおりに受け取る」だけで、「なぜそうなるのか?」と自分のアタマを使って考えようとしない。非常に依存的です。「なぜそうなるか?」を自分で考え、答えを求めていくことによって、「そうならないための方法」、「よりよくするための方法」が必ず見つかります。「間違い探し」ではなく、「解決策探し」に切り替えて、以上の8項目を再検討してみましょう。1)医療事務――詳しい仕事の内容と、どのような能力が必要とされるかについて、自分で調べてみましょう。診療報酬請求事務に関する知識がなければ医療事務の仕事はできないので、最低限、この知識は必要で、他にパソコンの操作能力、秘書実務能力、接遇のスキルとマナーもあったほうがいいでしょう。また、この仕事を長く続けようと思うのであれば、苦情処理、リスクマネジメント、コンプライアンス、医療メディエーター、患者満足度の向上といった分野についても調べておきましょう。2)安定している――安定するかどうかは経営者しだいですが、もっといえば、その病院で働く職員の質にも左右されます。優秀な職員の集まる病院に就職したければ、自分が「優秀になる」ことが先決です。では、「優秀な医療事務職員」とは、どのような人のことを指すのでしょうか。そのことについて、考えてみましょう。3)残業もさほどなく――仕事の進め方によって、残業になるかならないかは違ってきます。個人単位でいえば、業務に熟達していること、要領がいいこと、優先順位を考えて処理できることなどの条件を満たせる人は、残業にならずに済むでしょう。ただ、どんなに個人が優れていても、上司による仕事の割り振りや、チームワーク、労働環境がうまくいっていないと、残業になるケースもありますね。この問題を解決するには、上手に異議申し立てができる(アサーティブネス)、協調性、コンピュータリテラシー、ストレス耐性、創意工夫の改善活動などが必要でしょう。また、それ以前の問題として、適正な労働時間と処遇に関する最低限の法律知識が必要です。4)会社よりも待遇がいい――医療事務職員の賃金相場を自分で調べてみましょう。10件とか20件ぐらいの求人広告(求人票)を集めてきて、モデル賃金や初任給を比較検討してみましょう。求人には波があるので、長年、医療事務系の求人を扱っているベテランの相談員に相談してみるといいでしょう。5)将来性――病院の将来性をうんぬんする以前に、自分のキャリアプランを明確にし、プランを確実に実行するためのスキルアップを怠りなく。そうでなければ、低賃金の不安定就労をえんえんと続ける生活になってしまうリスクがあります。いわゆるワーキングプアですね。6)医療事務の資格がなくても――未経験者で資格がなければ、医療事務の仕事について何にもわからないということですね。何もわからない人は、雑用程度の仕事しか与えてもらえないので、当然、低賃金の不安定就労になってしまいます。わからなければ、だれかに教えてもらうか、自分で勉強するかでしょう。親切に教えてくれる人ばかりとは限りませんし、教えてもらうということは、相手の業務を中断させてしまうわけで、迷惑になりますね。自分でしっかり勉強し、責任を果たせるレベルに到達することが先ですね。7)資格がないと採用されても最初は給料が低い――ですから、経験のない人は、まずは資格を取るべきですね。8)資格を取れば給料が上がる――上がらないので、じゃあ、どうすれば給料が上がるのか、考えてみましょう。給料が上がる仕組みは、年功序列型か、成果主義型かによって異なります。病院の場合は、公務員の賃金体系に準じているところが多いので、大半が年功序列型でしょうね。ただ、最近は目標管理と成果給を取り入れる医療機関も増えてきました。年功序列型の組織で給料を上げていくには、まずは正規職員になること、次に地道に勤続年数を増やしていくこと、管理職になる(職位を上げていく)ことですね。管理職を目指す気持ちがあるかどうかで日々の仕事への取り組み姿勢が異なり、そこから引き出されてくる成果も違ってきますね。以上に挙げたような思考方法を推し進め、問題解決のための行動を積み重ねていくと、「安い人」も「高い人」に変わっていくはずです。お試しください。
2007年12月21日
転職活動中の人の掲示板の書き込みを見ると、結局、「安い人」は安い仕事しかもらえないんだなあと思います。「安い人」っていうのは、仕事についての専門知識が浅く、資格を持たず、経験が全くないか年数が短く、就業意欲(やる気)のレベルが低く、将来のキャリアプランがあいまいで、適応能力や協調性といった社会人に要求される基本的な能力のレベルが低く、腰が据わっていない人とでも言えばいいかな。「安い人」の特徴は、人のせいにする、愚痴が多い、自己中心的である、ものの見方が偏っていて世界が狭い、人の噂に振り回される(情報収集能力および検証能力が著しく低い)ということじゃないかな。ちょっと辛らつ過ぎるかしら? でも、「安い人」も、意識を変え、行動を変え、習慣を変え、性格を変えれば、運命が変わりますよ。その方法なら、いくらでもアドバイスします。さて、ここにひとつの質問があります。某コミュニティの書き込みで見つけたものを少し加工してあります。実物は表記や用語用法がメチャクチャで、いまハヤリの小文字の「あいうえお」を多用していて、読んでいて温和な私でも腹の立つ文章なんですけれど(笑)、常識的な表現に変えてみました。 「医療事務だったら、勤務先が病院で安定しているし、残業もさほどなく、いま私が勤めている会社よりも待遇がいいだろうし、将来性が感じられるので、転職を考えています。聞いたところによると、医療事務の資格が無くても採ってくれるところもあるみたいだし、それならとりあえず転職して仕事を通じて実務を学んでから資格を取ろうなどと考えています。でも、資格がないと採用されても最初は給料が低くて、一人暮らしができないのではないかと心配です。資格を取れば、給料が上がるのでしょうか。どなたか教えてください」私のところにこういう相談がきたら、私だったらこう答えます。それはね…… いまはモーレツに忙しいので、続きはまた、明日。
2007年12月20日
格差社会の何が問題であるかというと、格差の固定化でしょう。中卒や高卒、あるいは「二流大学」「三流大学」出身または中退であると正社員としての就職が難しいとか、貧しい家庭の子供は、経済的な壁があって高等教育を受けられないとか、パートタイマーは正社員と同じ内容の仕事をしていても賃金で差別されるとか、そういった固定化に問題がある。 人間は多種多様であり、昔の日本に比べたら、いまは個が尊重され、多様性が認められるようになってきました。本人の意志や能力しだいで、多様な選択肢の中から好きなものを選択できるということにタテマエ上は、なっていますね。敗者復活もあり、再チャレンジもありという世の中です。 格差の固定化にからめとられないようにするには、1つひとつの行動を意識的に行なうことが大切ではないでしょうか。同じチャンスを与えられても、生かせる人と生かせない人がいます。生かせない人は、格差の固定化に絡めとられてしまうのではないか。たとえば、私は専業主婦向けの再就職セミナーの講師をしていますが、このセミナー受講料は全く無料です。主催者は、市町村の女性センター(男女共同参画センター)であったり、厚生労働省認可の財団法人・21世紀職業財団であったりします。国の再チャレンジ支援策の一環で、今年は例年よりも開催機会が増えています。無料だから気軽に申し込めますが、残念ながら、当日、何の連絡もなしに欠席する人がいます。ああ、もったいない、せっかくのいい話を聞けなくてお気の毒です。このセミナーではたくさんのお土産が配られます。先輩の就職体験談をまとめた資料集や、履歴書の書き方などのハウツウ集、自分でできる職業適性検査シート等々。このお土産を、もらった人は生かせているかな?読まないで部屋にほったらかしにしていたら、ただのゴミになってしまう。ところが、熟読玩味して、「ここはお手本になる」「この考え方に共感できる」といった部分をピックアップし、さっそくお手本にしたり、これからの人生の糧にすれば、何かが確実に変わる。「お手本」を見つけられる人、「共感」のできる人は、違いのわかる人で、それらができない人は、違いのわからない人ですね。違いのわからない人は、自分で格差を広げてしまう。格差の固定化に絡め取られてしまう。そんなことが心配な今日このごろです。「もしもあのとき…していたら、いまよりもっといい状態であっただろうに」と、後悔することがないように、そのとき、その場で、最善の選択をし、行動をしたいものです。
2007年12月19日
本日は某出版社に缶詰になって原稿書き。駅から行く途中に、昔ながらの八百屋さんがあり、いつも気になります。お昼過ぎ、仕事の区切りがついたのをいいことに会社を抜け出し、マクドナルドで軽く食べた帰りに、その八百屋さんで色々と買い込みました。小さくて長丸で艶々したフルーツトマトが100グラム150円、大ぶりの百合根もなんと1つ150円、走りの菜の花が1束150円、400グラムと6個と4束で合計2100円のお買い得。フルーツトマトは食べやすく半分にカットして、軽く塩をふり、直前にオリーヴオイルかな。百合根は、さっと湯がいて明太子マヨネーズサラダにしようかな。バターで炒めてしゃきしゃきのうちに食べてもいいし。菜の花は、はまぐりの出汁で煮浸しにしようか。あるいは、昆布とカツオの合わせ出しにして、湯葉と椎茸も入れようか。日曜日の夜にバンド仲間と、先日のライヴの打ち上げがあり、そのときに各自が手料理を持参するお約束なのです。女性ヴォーカルが9人に私を加えて10人。色々な手料理が集まり、百花繚乱の楽しみです。
2007年12月14日
もしもあなたの近くに、人の悪口や不平不満ばかりを言う人がいたら、そういう人とはもう、あまりお近づきにならないほうがいいでしょう。他人のアラを探してもプラスにはなりません。自己成長がないし、他人の悪口は自分が成長しないこと、努力しないことの言い訳にもなりがちです。それよりは、良いお手本を探し、良いお手本に学びましょう。ロール・モデル、あるいはメンターと呼ばれる存在を見つけましょう。 生身の人間じゃなくても、新聞、雑誌、テレビなどで紹介された言葉の断片でも、立派なお手本になります。それが、あなたの行くべき道を照らすヒントになるかもしれない。あるいは、あなたを励ますメッセージになるかもしれない。良いお手本は、よく見れば、色々なところにあります。それが見える人、聞こえる人は、「違いの分かる人」。見えない人、聞こえない人は、「いいも悪いも何がなんだかわからない人」ですね最近、私は新聞記事の整理の仕方を改めました。前は手間を惜しんで、キーワード別にA4が入るサイズの茶封筒(角2)に分けて整理していましたが、それでは結局、散逸してしまうし、見るときに見にくいので、やはりスクラップブックがベストかなあと。いまのところ15ジャンルに分けて15冊+その他で1冊。ビリビリっと、スチールの定規をあてて破き、スプレーのりをシュシュっとかけて貼る。そんなに手間じゃありません。スプレーのりが床につくとべたべたになるので、段ボール箱の底に広告を敷いて、箱の中でかけることにしました。これなら飛び散らない。 で、15ジャンルの最初の2冊が「女」と「男」。この人は面白い!とか、セミナーのネタに使える!と思える人物インタビューを見つけたら、ここに貼り付けておきます。たとえば、12月12日は、朝日の「ひと」欄に紹介されていた、サントリー学芸賞受賞の山本淳子さんのお話が興味深かったので、貼り付けました。たとえば、こんなくだりがあります。「32歳で大学院に入るために教師を辞めた」辞めるときに教室で生徒たちに言った言葉が、これ↓「“古文が面白くなる教材を作るため、勉強します”。教室でそう伝えると、大きな拍手が起きた」山本さんは、石川県の高校の古文の先生でした。サントリー学芸賞を受賞した作品は、「源氏物語の時代――一条皇后と后たちの物語」(朝日選書)です。「“千年前に若者だった天皇さえ、恋に悩み思い通りにならないことばかり。みんな試練を受けて成長していくんだなと感じて欲しい”」http://www.kyotogakuen.ac.jp/NXT/News/2007/110901.phphttp://www.suntory.co.jp/news/2007/9957.html 昨日の日記の「大人の勉強、子どもの勉強」に通ずるところもあるでしょ。なかなかいい話ですね。
2007年12月13日
私が講師を務める再就職セミナーでは、「自分さがしと自分そだて」というテーマで話すことがあります。専業主婦にとって「自分そだて」とは、「育児」を卒業した後の「育自」ですね。同時進行もできるけど。では、大人の勉強と子どもの勉強はどこが違うか?大人の勉強は、その目的が極めて個人的であり、100人いれば100人の動機が異なってもいい。ところが子どもの勉強、とくに義務教育として「させられる勉強」の目的は統一されています。何でしょうね。まあ、キャリア理論の見地からすると、「社会に適応するための訓練」ということになるでしょうか。大人の勉強は、するもしないも本人の自由。本人の意欲しだいです。もう1つ、決定的に異なる点は、大人の勉強は、教材を選べる。もっといえば、大人の勉強とは、自分で教材を作ることである。資格試験の受験勉強や新しくできる法律や法令について勉強するときには、何らかのテキストが存在しますが、実はテキストの存在しないもののほうが多い。 スタートは、疑問を持つこと、問題意識をもつことではないでしょうか。再就職するとしたら、最初はパートがいいのか、正社員がいいのか。自分に合う職種はなんだろう。自分にとって「いい会社」の基準はなんだろう。子育てと両立しやすい会社とは、どのような会社だろうか。子どもを保育園に預けるとしたら、いつがいいだろうか。何か資格を取ったほうが、再就職に有利になるだろうか。子どもが急に熱を出して保育園で預かってくれない場合は、どうすればいいのか。等々、色々な疑問がありますよね。その1つ1つの答えを見つけて記録しておけば、それが自分にとっての教科書、「生き方ガイドブック」になるわけです。ただ、答えはたった1つとは限りません。最低でも2つ以上ある。つまり、選択肢が増えるわけです。どちらが自分にとって最良の答えであるかを解明するには、それぞれのメリットとデメリット、リスクを検討してから、試してみるしかない。試してみて、思ったようなメリットが得られなかったら、改善・改良するか、別の選択肢と取り替えるかでしょう。たった1つの答えを丸暗記すればいい子どもの勉強とは随分違いますが、答えが2つ以上あるがゆえに自分らしく、ゆとりをもって、安心して生きられるのではないかな。失敗してもやり直しがきくし、いつでも新しい可能性が開かれているわけだからね。つまり、子どもの勉強は社会人としての自分をつくるための勉強で、大人の勉強は自分を変えるための勉強といえるかもしれない。
2007年12月12日
本日もモバイル書斎にて。セミナー会場へ向かう湘南新宿ライン高崎線グリーン車2階座席です。往復の車中で書かねばならない原稿は……ざっと千文字か、できれば二千かと思いつつ、スタバで買った本日のコーヒーでマカロンを食べながら、窓の外を眺めています。 傍らを走る山手線の乗客(ストレスフルな満員電車でご苦労様)、沿線に立ち並ぶマンションのベランダに干された洗濯物(今日もいいお天気でよかったね)、喫茶店の窓の人影(モーニングサービスを食べているのかな)、駅のホームに立つ老若男女(マスクをつけている人が増えてきたな)……そんな風景を見ていると、岡崎京子のマンガ「東京は朝の7時」を思い出します。今日もまたニッポンに朝が来た。おはよう、おはよう。みなさん、今日も1日がんばりましょう。朝から豪邸でシャンパンを飲めるお金持ちも、今月の家賃の支払いに頭を悩ませている人もいるでしょう。みんな健気に生きているんだなあ。早起きして、柔らかい朝の光に包まれた人たちの顔が、なんだか輝いて見えます。人の一生って、なんだろう。最近、人生を見る目が変わってきたような気がします。生かされて生きているのだと強く感じる一方で、人生を、世界を変えていく、切り開いていく可能性に託す想いも強い。何歳になっても改革だ、成長だと思う半面、いい年して、そろそろ完成させなきゃおかしいだろうという気もする。先日、某県某所で開催したセミナーにおいて、ある年配の女性から投げかけられた質問が身に堪えています。娘さんが派遣社員だか、契約社員だかの不安定就労で、20代後半だったか、30歳になっていたかは忘れましたが、まだ結婚していないので、「このまま、女ひとりで生きていけるものなのでしょうか」という質問でした。私は女ひとりで生きて行けている、と、思う。でも、本当にそうだろうか。いまはなんとか生活できているけれども、将来どうなるかわからない。そこそこ幸せだけれども、まったく不幸せでないとも言い切れない。やっぱり、ときどき不安になったり、寂しくなったりする。バブル時代の稼ぎで家を建て、ローンも完済したけれど、ご時勢が変わって、いまや原稿料収入だけで食いつなぐのは大変です。ここ二十年来、原稿料は上がっていないのです。割のいい広告関係の原稿料は不況時に値下げされたまま、まだ戻らないし。原稿料の支払いが滞ると、キャッシングを利用しなきゃならない。毎月、決まったお金が入ってくる会社員がうらやましいと思ったり、だれかパートナーと二人三脚で暮らせたらもっと心強いかなあと思ったり。そうそう、二人三脚って一人ずつ走るよりスピードが遅くなるし、転びやすいんだよね。でも、いつもスクラム組んでいられれば心強い。大学を出て就職したばかりの若いころは、男女雇用機会均等法の施行前で、女性に与えられるチャンスは限られていた。少しでもミスをしたりすれば、「だから女はダメだ」と言われてしまう。そうは言わせないぞ。辞めずに仕事を続けて実績を上げ、管理職になって、後輩の女性に道を拓くのだと思って働いてきた。3年半で会社は辞めてしまったけれど、フリーランサーとして独立して20年が過ぎた。女性のキャリアカウンセリングの分野では、先頭きって走り、ブルドーザーのように道を拓いてきたつもりだ。いまは「だから女はダメだ」なんて言う人は文字通り前世紀の遺物であり、絶滅危惧種ですね。ダメな女がいるのは事実かもしれないが、十把一絡げで女はどうのこうのと言う人は少なくなりました。私の念願が、ある程度は実現されたということかな。さて、次の壮大なる目標を掲げなくてはいけないね。カッコいいおばあちゃんになろう。老後は素敵だ。年の功はすばらしい。よくできたワインのように、人生も熟成するほど複雑な魅力を、艶めかしいほどの魅力をもつようになるのだということを実証したいね。ワイン好きの人は知っていると思うけれど、長期熟成の赤ワインって、独特の「エッチな香り」がするんですよ。うふふふ。知りたければ、まあ、飲んでみてね。DRCの10年超グラン・ゼシェゾーあたりがおススメです。ふふ。私の生まれ年はワインの当たり年なんです。50回目の誕生日まで大事にとっておこうかな。いや、60回目がよろしいか。
2007年12月11日
ロケンローラーの私としては、再就職セミナーでも「ライブ感覚」を大切にしています。 再就職についての疑問点や不安なことがあれば、なんでも質問してください!と、呼びかけるのですが、コンサートのMCと違って、「イェーイ!」なんて反応がすぐにあるわけじゃない。そういうときにどうするかというと、全員にマイクを回しちゃうのです。ひとことずつでいい。もしも質問がなければ、今日、ここへ参加した動機でも何でもいいから発声してください、「いまはないので、後で質問します」でもいいから何かひとこと言ってくださいと、呼びかけます。色々な質問が出ます。そのすべてに逐一答えていると、散漫になってしまうので、系統立てて、用意したレジュメの進行の流れの中で解決していきます。前回のセミナーでは、こんな質問も出ました。「年も年なので、仕事はないかもしれないが、ボケ防止に何かしたいのですが……」「健康管理はどうすればいいでしょうか」「自分に自信をつけるには、どうしたらいいでしょうか」お任せください。私はライフキャリアカウンセラーですから、就職そのものに関する質問はもちろんのこと、その周辺の3つのライフ(生命、生活、人生)にかかわる問題についても幅広くご対応いたします。ここでは、「自分に自信をつけるには」について書いておきましょうか。自信をつけるには、「ほめられること」が一番。人からほめられるということは、何かをして、「よくやった!」と認めてもらうこと。認められるには、相手のことを考え、そのとき、その場で、その人のために、何をどれだけどうすればいいのかを判断し、ベストを尽くして行動すること。そのために必要なことは相手に対する「思いやり」が一番で、さらに専門的技能、パフォーマンス能力(よく見せる能力)、コミュニケーション能力(自己表現と他者理解の能力)があれば理想的ですね。「ありがとう」「さすがだね」「あなたにやってもらってよかった」「あなたがいてくれてよかった」という承認あるいは感謝の言葉をもらったとき、私たちはやりがいを感じ、もっとやろうという意欲が出てくる。私だって、やればできるんだと思えるようになる。その積み重ねで、確かな自信が身についてくるのではないでしょうか。昔から言われている「情けは人(他人)のためならず」という言葉の意味そのものですね。家庭の中でもできますよ。家族から「ありがとう」と言ってほしければ、まず、自分から「ありがとう」と言うようにすれば、きっと反応が違ってきますよ。自分が認められたければ、相手を認めること。自分が感謝されたければ、相手に感謝することですね。
2007年12月10日
ハローワークの求人票や、新聞・雑誌の求人広告にも「見方」があるというと、驚く人もいるようですが、あるんだってば。多くの人は、まるで通販カタログを見るかのように求人情報を見て、「ロクなものがないなあ」とタメイキをつく。これは見方が間違っていますね。通販カタログを選ぶときは消費者つまり買い手の立場で見るわけですが、求人情報は売り手の立場で見るべきものです。いい求人がないということと、「いい買い物がない」ということとは全く別の意味ですね。お金を出すのは、あなたではなく、雇う側です。したがって、「いい求人がない」と求職者が感ずるとき、それは、「自分はもっと高い値で売れるはずなのに、現実には買い叩かれているんじゃないか」と解釈しているわけね。「値段」の中には給与だけでなく、仕事の内容や休日、勤務時間、教育研修制度、福利厚生など、あらゆる「勤務条件」を含みます。「自分はもっと高値で売れるはずなのに」という見方は正しいのか?正しいとしたら、いまそこにある求人条件よりももっと高い値で(好条件で)買ってくれる雇い主を探し続けるしかない。しかし、その見方は間違っているかもしれない。いまの自分の経験、能力、知識、人柄などの総合力が客観的に評価された場合、いまの労働市場の中ではその程度の安値しかつかない、あるいはそれ以下であるということかもしれません。その場合、とるべき道は2つ。1つは、自分の総合力を高め、あるいはさまざまな求人条件に対応できるように自分の幅を広げて労働市場価値を高める。もう1つは、「高そうに見せる」こと。「高そうに見せる」方法は、結構あります。ただ、限界があります。マグレで実際よりもかなり高く見せることに成功した場合は、実際に働き始めてから苦労するでしょう。だって、見た目ほど実力がないのだから。「ほどほどに高く見せる」ことがポイントですね。さて、その方法は……
2007年12月09日
飛行機に、あともう2回乗ると15,000マイル超で、サービスチケットをゲットです。私はもっぱらANAを愛用しています。年度末と年度初めの3月、4月は出張が入らないと思うので、大好きな沖縄へ行ってしまおうかなあ。美ら海水族館の近くのホテルに2泊とか、色々考えています。まだ一度も行ったことのない山陰地方や、九州の大分もいいかなあ。迷います。でも、貧乏性な私としては、やはりタダ券もらうなら沖縄行きだな。飛行機といえば、先日、たまたまチョイスしたANAの76Sという機材がスグレモノで、座席の配列が2-3-2と、ゆったりしてる。ビジネスクラスかと思うサイズです。ベルトを締めると前の物入れに手が届かないほど、座席間のゆとりもたっぷり。国内線では映像は見られないけれど、音楽は全40チャンネルから選べます。すごい、すごい。先日、松山へ行ったときに乗ったのが76Sで、レッド・ツェッペリンのベスト盤をチョイスしてたっぷりと楽しみました沖縄線にも76Sが1日1便ずつ運行されていて、行きは6時35分羽田発、帰りは23時25分羽田着と超ハードですが……。羽田空港といえば、乗る飛行機の時間によっては朝食や昼食をターミナルビルの店でとるか、あるいは「空便」か何かを機内に持ち込むかと迷うところですね。羽田に朝、8時以降に入るならば、第二ターミナルの出発ロビーの1つ上のPAULでフランスパンのサンドイッチを買います。噛めば噛むほど美味しい、滋味あふれるパンです。生ハムをはさんだアンシャンジャンボンクリュがおススメです。荷物検査を終えてゲートに向かった後、まだ時間があればコーヒーでも飲みたい。スタバが近いのはどのゲートだったかな。ま、機内でいただくコーヒーも、いまはそれほどまずくないからいいけどね。大きい荷物は預けちゃいます。ゲートからの距離があると、ガラガラ荷物を引いていくのが大変であるし、機内への出入りにストレスがかかる。周囲の人の迷惑を考えるとね。到着してから荷物が出てくるまでは、受け取りにそれほど時間がかからないものですね。トイレに行って出てきて、たいてい5分待ちぐらいかな。出張のビジネスマンは、ほとんど皆、見分けがつかない黒のキャスターつきバッグ持参ですね。私のも黒なんだけど、ジャガード織になっていて、少々小ぶりサイズなので遠目にもすぐ分かる。分かる理由はもう一つあって、ミッフィーのネーム・タグをつけてあるのです。ふふ。今日、オランダ帰りのお友だちから、ミッフィーの顔の部分がタオル地の小さなぬいぐるみになったキーホルダーをいただいたので、これもアクセサリーとして着けちゃうのだ。ぐふふ。ひとり旅先のホテルの部屋で寂しい夜に、ミッフィーの顔を見るとなごみます。お買い物大好きな私は、折りたたみ式のバッグが必携品です。いままではミッフィーのナイロンバッグを使っていたのですが、重みに耐えかねて、持ち手の周辺の生地が薄くなってきて破れる寸前。ロンシャンの丈夫なものを買おうかと思案中です。色は何がいいかな。荷物の中味の携行品リストに新しいアイテムを追加しようかと思っています。お風呂用のアカスリタオル、お風呂場に持ち込んで濡れてもOKなビニールバッグ(洗顔フォームとトリートメント剤を入れる)。そうそう、濡れティッシュも必須です。あらかじめ好きな香りのオードトワレなど振りかけておくと、汗をぬぐうときに快適です。手首や首筋などをこれで吹くと、とってもいい感じ。最近、ビジネスホテルでも大浴場つきのところが増えてきてウレシイ。再来週は陸路で京都と名古屋の取材が入っていて、京都に1泊するのですが、そのとき泊まる予定のAPAホテルにも大浴場がついてますね。 今年はホントに地方出張の多い年でした。空路を利用したのは、札幌、青森、高松、松山、下関、延岡、那覇の6都市で、陸路で遠かったのは、盛岡、秋田、仙台、福島、郡山、水戸、前橋、甲府、浜松、津、桑名、金沢、京都、近江八幡。以上は講演関係ですが、取材で三宅島に行ったりしました。フェリー利用で、夜10過ぎ発、朝5時着ですね。船酔いはしなかったけれど、揺れとエンジン音が気になって眠れなかった。どこへ行くにも他の仕事を抱えてノートPCと資料を持参しました。観光する余裕はほとんどなく、ホテルに早めにチェックインして夜まで書いたり、早朝起きて出発ギリギリまで書いたりしていました。三つ穴ソケットには重宝しました。PCと携帯充電とiPod充電に使うワケ。ホテルによっては、穴が1つしかないところもあったので。 さすがに飛行機の中は時間が短いからPCをあけなかったけれど、新幹線では必ずといっていいぐらい仕事していました。在来特急は揺れるので不向き。キモチ悪くなります。持ち歩く書類が折れたりシワにならないようにと、COACHの皮革製書類ホルダーを買ったりして、贅沢しちゃいました。これだけ旅の装具に投資したのだから、来年もジャンジャン、地方のお仕事をいただかなくては……。短い滞在時間にも結構遊び、稼いだ分と同じぐらい使ってしまったからサア大変。土地の郷土料理や地酒とよく親しみました。お土産も買い過ぎた。事前に観光&グルメ情報を仕入れるには、やはり口コミが一番ですね。観光案内所の資料も役立ちます。駅や空港、ホテルに着いたら、地元の新聞を買い、無料の地図や観光資料をゲットすることが習慣になりました。来年は、どこへ行けるかな?とりあえず、1月に長崎、2月に札幌が決定しています。楽しみです
2007年12月08日
人というものは、悪い習慣に染まりやすいのだと自省する今日このごろです。浪費、奢侈、怠惰、モノや人への依存、偏見、暴力……。意識して良い習慣へ改めようとしなければ、悪い習慣がいつの間にか健康を蝕む。それも、身体的、心的、社会的そして霊的(spiritual)に! 身体的に……生活習慣病という言葉がありますよね。糖尿病や高血圧などは、悪い生活習慣とくに食生活や肥満と関係が深いわけで。心的に……カミュは、自殺者は心に少しずつ穴を開けていくと表現していたような記憶がありますが(たぶん『シジフォスの神話』)、ある種の偏った考え方や行動パターンを続けていくことと、うつ病などの精神疾患の発症とは何らかの関係がありそうです。社会的に……さまざまな社会的不適応がありますね。破産、暴力、離婚、犯罪、離職、退学(怠学)等々。霊的に……生きる意味の喪失といったことになるかな。さて、悪い習慣を改めるには、良い習慣を日々、築いていくしかないでしょうね。良い習慣を作るには、まず、意識を変え(PLAN、目標を立てる)、行動を変え(DO&SEE、セルフモニタリング=記録をとり、自己評価する)、 そのたゆまない連続が必要なのではないか。継続は力なり。 ただし、継続には支援が必要かもしれない。そこで、コーチングや、セルフ・ヘルプ・グループのようなものがうまく機能していくのでしょう。 カウンセリングは、意識を変える部分で重要な役割を果たす。自己治療(自己開発)的には、さまざまな人や出来事と出会い、インスパイアされること、目からウロコを落とすことが重要かな。 とすると、霊的健康というか、スピリチュアリティは、セルフ・メディケーションには非常に重要な役割を果たすということが見えてきますね。霊的な健康が存在するからこそ、身体的・心的・社会的トラブルがあっても自動的修復、自己修正がきく。このところ、日記が書けなくてイカンイカンと思っていますが、なかなか時間が取れなくて。でも、まとまった文章を「書かねばならない」というのも1つの偏見というかイラショナル・ビリーフ(非合理的な思い込み)であるわけだから、少しずつの断片的な想いでもいいから書いていきます。内省による悟りや覚醒という良き習慣を絶ってしまわないように。
2007年12月07日
世の中、不思議なことがあるものです。理系の人であれば、不思議なことを解明しようとする。文系の人は、不思議さを文章で表現し、賞賛、称揚したりする。でも、もう1つ、不思議との関わり方があると思います。 それは、「不思議にすがること」。言い方を替えれば、頼みとすること、御蔭を被ること。不思議な出会いがありますね。それは、人だったり、人間以外の生き物だったり、ものごとだったり、情報だったり。私はその中に「啓示」を見つけます。啓示っていう言葉は、あまり使われなくなりました。むしろ外来語のチャンスやヒント、サイン、メッセージのほうがよく使われるかも。啓示は、何気なく見ていたテレビのニュース番組でアナウンサーが語る言葉の中に含まれていることもあれば、ドラマの登場人物のセリフに現れることもあります。電車で乗り合わせた人が広げて読んでいる新聞の見出しや、週刊誌の中吊り広告のタイトルに現れることもあります。 うっかりしていると見逃してしまうけれども、たまたま目に留まり、耳に残る言葉がある。「たまたま」ということが重要ですね。たまたま見つける。それは、「感応する」ということでないか。こちらの精神状態に大きく左右されますね。こういうことが知りたいとか、いま、こういう言葉を求めているといった、求心力というか吸引力のようなものが関係しているでしょう。私はカウンセラーとしてはキャリア、スピリチュアリティ、個人と社会の関係といったことをつねに考えています。また、ジャーナリストとしては、どうしても人権問題に過敏に反応してしまう。そうした私なりの求心力によって、私は日々、色々な啓示に感応します。ヒントやチャンスをつかみます。たとえば、NHKの朝のドラマ「ちりとてちん」を見ていたとき、こんな言葉に啓示を感じ取りました。ヒロインは落語家を目指して修行中です。彼女はひどく不器用で、それまでの人生では「何をやっても中途半端で投げ出してしまった」「私は何のとりえもない」といった思いをひきずっていて、ようやく見つけた落語家への道も、思い通りに行かなくて投げ出す寸前。そこへ、郷里からおばあちゃんが訪ねてきて、彼女に語って聞かせた言葉が、「好きなことをやり抜こうと思ったら、エライことや苦手なことを乗り越えていかなければあきまへん」福井弁を正しく再現していないかもしれないけど、こんな感じでした。まさにそのとおりだと思いませんか。仕事であれ何であれ、世の中に「好きなこと100%」のパッケージがある日突然送り届けられるなんてことはあり得ません。好きなことに集中するためには、集中できる環境をつくっていかないといけない。そのためには、周囲の人との協調や、すでにある環境への適応が不可欠です。そこを忘れてはいけない。「いまの会社では、自分のやりたいことができない」、「周囲の人間関係が悪過ぎる」といったことを理由に、会社を辞める人が多いようですが、そういうことを理由にし続ける限り、何度も転職を繰り返すのではないかな。人材紹介ビジネスの思うツボですね。自分に合う仕事を見つけることも大切かもしれませんが、それ以上に、「合わせる能力」を身につけるほうが重要ではないかと思います。私たちは、生まれたときから「すでに存在しているもの」に囲まれています。その中には選べるものもあれば、選べないものもあるし、変えられるものもあれば、変えられないものもある。どちらかというと、自分の思うままにならないもののほうが多い。そんな世の中で生きていくには、「合わせる能力」が非常に重要ではないでしょうか。「合わせる」というと、何やら消極的、依存的、妥協的、後ろ向きに聞こえるかもしれませんが、実は自分というものをしっかり持っているからこそ、合わせられる。だから積極的、自立的、主張的であり、前向きなのです。自分のなかに、合わせられる部分と、絶対に譲れない部分の両方をバランスよく持っていることが重要なのでは。そういうふうに考えていくと、若いときに簡単に転職してしまうのは、人間の生理というか、キャリア発達過程を考えると自然なことなのかもしれませんね。自分ができていないので、転職によって自分を創ろうとしているのかな。でも、自分のなかに「ぶれない軸」を作るには、どこかひとつのところにとどまって、一所懸命に取り組む時間が必要ではないかとも思います。一生懸命つまり一生がんばるのでは疲れてしまう。どこかひとつのところにとどまって一所懸命にがんばるだけでいい。その期間は四六時中じゃなくていい。栄養、休息、睡眠をとりながらでいいわけさ。たったひとつのドラマのセリフをきっかけに、こんなふうに考えが発展していくのって、おもしろい。だから、毎日が楽しい。出会いが楽しい。なんと不思議なことか。不思議という言葉の語源が気になり、調べてみました。もとは仏教用語だというのは知っていましたが、その先がわからなかったので。東本願寺のHPには、さすがに詳しく書かれていました。興味のある方は、読んでみてください。知恵があふれ、感動的で、心に沁みる名文です。 http://www.tomo-net.or.jp/book/word/63_01.html不思議っていうのは、つまりは神や仏の恩寵なんですね。神や仏はいったい、何のために私たち衆生を救ってくれるのか。そんな愚かな詮索は全く無用で、救いは自明のことなのだ。だから不可思議。あれこれ思ったり議論するには及ばないと、そういうことなんだろうなあ。だからやっぱり、不思議なことには「すがる」のが正しいようです。
2007年12月02日
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