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「思考と直覚」人間の霊魂を思考/プラトン-7(二百) 古代ギリシアのアテナイ北西部郊外にあった、英雄アカデモスの聖林に因む神域であり、リュケイオン、キュノサルゲス等と並ぶ、代表的なギュムナシオン(体育場)の所在地でもあったアカデメイア(akademeia)、青年たちの教育に熱心だった師のソクラテスが足繁くこのアカデメイアやリュケイオンのギュムナシオン(体育場)の青年たちを見て回っていたことが、プラトンの対話篇「リュシス」などにも描かれている此の地アカデメイアに、現在のイタリアのターラントに数学的な原理を力学に応用した最初の人物アルキタスを訪ねた折に、アルキタスが主催する学校の模範を見たのでしょう。此の種の研究者を養成する集いは古くはピタゴラス学派のもとで存在しており、アルキタスが当時のピタゴラス学派を象徴する人物でもあったからです。其のギリシァの帰途には捕らえられ奴隷に売られたのを、かろうじて、彼の支持者アンニケリスに買い戻されるという不名誉をあじわう旅行から帰る間もなく、プラトンは40歳頃にアカデメイアに学園を創ります。この学園の名前も、地名からアカデメイアと呼ばれます。英語になったものがアカデミーです。当時のギリシァにあっては、現代のミッションスクール同様、学園自体が神に捧げられた型式を纏い全寮制を敷き共同生活をして、ミューズの神を主賓として共食の宴が行われる神学校型式を執ります。此の型式以外はアテナイ市民以外が参加することが出来なかったからです。全寮制の学校のようなもので、みんなが共同生活をして研究・教育に励みます。主に数学と哲学を、そして、理想の政治家を育て上げようとしますが多くの哲学者をも生み出していることはアルキメデスに代表されるでしょう。創設年代は正確に判別でき内にしても紀元後925年に「ローマ法大全」の編纂・聖ソフィア大聖堂の再建・ベリサリウス、ナルセスなどの指揮官を使って古代ローマ帝国の再現を図ってアフリカのヴァンダル王国、イタリア半島の東ゴート王国、イベリア半島の西ゴート王国の一部などを攻撃・占領し、古代ローマ帝国の復興を図ったことで有名であり、後世「大帝」と呼ばれたユスチニアヌス皇帝によって閉鎖されるまで900年以上もの永きにわっやって存続します。研究機関にアカデミー(Academy)が多用される訳です。但し、単なる研究機関ではなく生活を共にした内精神の交流は当然に見られ人間霊魂の交流があったとしても不思議ではなかったでしょう。
2015年07月31日
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「思考と直覚」人間の霊魂を思考/プラトン-6(百九十九) 伝承によればプラトン不惑の年齢40歳位の頃、彼は南イタリアに旅行します。マグナグラシアのターレス、現在のイタリアのターラントに数学的な原理を力学に応用した最初の人物といわれる、更には、政治家および戦略家として、ターレスの人々がアルキタスをストラテゴス(将軍) に、それもその職には続けてなれないという規則を破って7年続けて選んだ伝えられる将軍として、南に接するイタリアとの戦いで無敗だったという其の人物を訪ね親交を結び、更には、シシリー島を訪れ、シュラクサイの僭主制に近似する宮廷を訪れ、事もあろうに僭主の一族である青年ディオニュシオス1世の娘婿に20歳くらいのジオン(ヂオン)がいました。プラトンは蒼き美青年の潔癖な若さを愛し、美青年は知識豊かなプラトンを愛し、相互い溺愛します。此のことは彼を男色主義や性異常とまで決め付けるむきもありますが、プラトン自身は此の事こそ情愛に肉体的なものはない、所謂、プラトニック・ラブを説きますが事実は判明しません。其の根拠にプラトンは僭主シュラクサイとは不仲になり、ギリシァの帰途には捕らえられ奴隷に売られたのを、かろうじて、彼の支持者アンニケリスに買い戻されるという不名誉をあじわいます。此のことから判別すると「プラトニック・ラブ」は名目上のことであり、事実上はプラトンはプラトニックではなかったのでしょう。しかし此のことが、彼の名誉を傷つけるのは宗教からの概念であって、至高の愛から見れば肉体的関係を除すれば正にプラトニック・ラブそのもです。宝塚歌劇トップスター追っかけの女性が不純だとはいえないことと同一であるとも言えます。
2015年07月30日
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「思考と直覚」人間の霊魂を思考/プラトン-5(百九十八) プラトンが考案した此の対話法という書式はソクラテスの語りかける問に答える対手との生々しさから自己の感傷というよりは思考を踏まえて読者に伝えんとする目的で創造されたものです。それが成功といえるのは、著作範囲が自己の肉体の生まれる前からプラトン幼少時まで遡るのですからドキュメンタリーなものではなく、一種の史的物語ともいえます。プラトンは哲学者のまえに、秀でた芸術・歴史家でもあります。歴史家の面を特に特徴付けているのが「ソクラテスの弁明」で、プラトンの出席している裁判の情景に著述される殆んどが対話の行われていた時期にはプラトンの生前であったり幼少期だったから、ドキュメンタリー要素はなく中国の司馬遷の史記のごとく史的物語、現代記ではなく史記的な要素を含みます。「ソクラテスの弁明・クリトン・プロタゴラス・イオン・ラケス・国家第一巻・リュシス・カルミデス・エウチュプロン・ゴルギアス・メノン・エウチュデモス・ヒッピアス小編・クラチュラス」が著されたのは、ギリシァがスパルタに敗北し覇権を失った時代であり、登場する人物ももはやかっての栄光を失い惨めな境遇に晩年を送ります。其のことを踏まえてプラトンは、ソクラテスを前にして語りかける前途に希望多き若者を登場させていますが、彼らの後の経緯の暗示さえ与えていません。此等の事は全て芸術・歴史家としてのプラトンの非凡さ、師のソクラテスの真相を伝えんがための書式です。
2015年07月29日
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「思考と直覚」人間の霊魂を思考/プラトン-4(百九十七) プラトンが最も公正に関しては比類なき人物と敬愛するソクラテスが、まさかの同胞アテナイ市民の詩人メレトスの讒訴により、ソクラテスが「神々に対する不敬と、青年たちに害毒を与えた罪」を理由に裁判にかけられ、陪審員の投票によって死刑に決せられ、毒杯を仰いで刑死したことは、プラトンをして、もはや我々の国は父祖の築き上げた良き慣習と制度を放棄した統治制度と嘆かせますが、その師の死後40歳位になるまでにソクラテス的初期対話篇とも呼ばれる「ソクラテスの弁明・クリトン・プロタゴラス・イオン・ラケス・国家第一巻・リュシス・カルミデス・エウチュプロン・ゴルギアス・メノン・エウチュデモス・ヒッピアス小編・クラチュラス等の多肢にわたってドラマチックにソクラテスを描画しています。その目的はできるだけソクラテスと他者との問答を忠実に伝承することにありましたが、ソクラテスの弁明に見られるように、今日の裁判所記録のような無味乾燥としたものではなく、今まさに現前する師ソクラテスの語りかける生々しさを読者に伝えんとするものであり、その本願的なものはソクラテスの外見に囚われるのではなく、彼の内精神に潜む霊魂をも表層に浮かべんとする目的性が見られます。
2015年07月28日
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「思考と直覚」人間の霊魂を思考/プラトン-3(百九十六) プラトンに関してはソクラテスの出現までの思想史を語る上でも、彼が哲学の方向性を示唆し基礎づけたことから考えても、彼の人物像の思考の基礎づけの背景に潜む生い立ちを知ることは重用です。プラトンの生誕は、アテナイの全盛期を代表する政治家ペリクレス死後2年、アテナイを中心とするデロス同盟とスパルタを中心とするペロポネソス同盟との間に発生した、古代ギリシア世界全域を巻き込んだ戦争、ニーキアスの和約を除いて27年間の永きに亘る悲惨なペロポネソス戦争(Peloponnesian War/紀元前431年 - 紀元前404年)が始まった4年後、プラトンはアテナイの栄光が崩れ去る時期に産まれ、街頭に出て彼独自の問答法で街頭で会話するソクラテスを、ソクラテスに親しい二人の兄及び近親者から影響を受けています。ところが、ペロポネソス戦争がアテナイの敗北後、プラトンの母の従兄弟、かってはソクラテスのグループの一員クリチアスが貴族党の政府、30人委員会なる国家委員会として寡頭制を布きます。其の悪政は僅か8ヶ月で倒れたものの、クリチアスの近親者としてアテナイ市民には白眼視されたであろうし、政治家を志していたプラトンには嫌気を起こさせるにしては充分でした。其の民主化なる旗印のもとに30人委員会なる国家委員会として寡頭制を倒した当事者である民主派が、ソクラテスを告発、裁判にかけ死刑にしたのです。此のことはギリシァきっての名門の出である青年プラトンを、国家の公事を断念させることには充分に足りた要素でした。しかし此のことが、プラトンの自己の心底にある内精神に深層に自分を成り立たせている自我の基底の霊魂に心を傾け、ソクラテスのフィロソフィスト(哲学者)としての自覚を固めることになります。
2015年07月27日
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「思考と直覚」人間の霊魂を思考/プラトン-2(百九十五) 貴方若しくは貴女は「プラトニック・ラブ」の御経験はありますか。そこほど左様にプラトンの名は、高潔だけでなく理想主義的で加えて肉体ではなく観念的なものとして恋愛を象徴させます。然しながら、プラトニックとは「プラトン的な」という意味で、古代ギリシアの哲学者プラトンの名が冠されてはいますが、プラトン自身が純潔を説いていたとする事実はありません。ギリシァにあってはプラトンの属する時代にはパイデラスティアー(paiderastia)、即ち少年愛、日本では、寺では「茶坊主」や武家社会の「小姓」の風習に見られるように男色が一般的とは云えないまでも、特権階層には多々見られ、プラトン自身も男色者としての傾向があったらしく、終生「純潔」というわけでもなかったのが事実です。プラトンは著書「饗宴」の中で、男色者として肉体的本能の欲求から惹かれる愛よりも、外見に囚われない精神に惹かれる愛の方が優れており、更に優れているのは、特定の1人を愛すること(囚われた愛)よりも、美のイデア(idea )、但し、アイデアなる語も同語源であるが、意味は一致していないことには気をつける必要がありますが、われわれの肉眼に見える形ではなく、言ってみれば心の目、言い換えれば魂の目によって洞察される純粋な形、つまり「ものごとの真の姿イデアを愛することであると説きます。日本語でこそ、観念論と理想論は区分けされますが元来の西欧思想では同様に扱われており、共にみなもとは、プラトンの用いたイデアを語源とします。「プラトニック・ラブ」に関しては、ルネサンスの時代にフィレンツェの人文主義者、マルシリオ・フィチーノによってプラトンの著作がラテン語に翻訳され、プラトンの思想と言っても独自に解釈されたものが大きな影響を持ち、フィチーノは「饗宴」の注釈書の中で、アモル・プラトニクス(amor platonicus)という言葉を使い、人間を含む万物は一者である「神」から流出したものであるが、人間はその万物のうちにある美のイデアを愛することによって結果的に一者を愛し、一者の領域にエクスタシーを経て近づき得る。そして、この言葉が転用され、男女間の禁欲的・精神的な愛を指すようになって来た訳です。注目すべきはソクラテス・プラトン・アリストテレスの思考には「一者(有)」を否定はしていないことです。
2015年07月26日
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「思考と直覚」人間の霊魂を思考/プラトン-1(百九十四) 偏にソクラテスの名前が思想史に名を成し哲学史上の重鎮成らしめたのは、ソクラテスの最大の愛弟子、アテナイの市民の名門中の名門、父方は王政時代の最後の王様の子孫であり、母方はギリシア七賢人の1人ソロンの親族である執政官の子孫、ソクラテスの思考方法を受け継いだ後継者プラトン(Platon/生誕紀元前427年-死没紀元前347年)ありてのものだとも言えます。プラトンがソクラテスの思想と実践的行動を著すことがなかったならば哲学史上の多くの中の壱人の評価でで終わっていたでことしょう。更にプラトンが偉大なのは、宗教ならば一般的には世祖の思考と思想を忠実に再現することをのみ、仏教における龍樹などの例外を除いては、一言一句を解釈することを目指し自己の思考を加味し逸脱することは許されません。哲学が学問として至高とされるのは、先人の思想を自己の独自の思想を師の思想に加味発展させ建設する自由があることです。プラトンが偉大さはソクラテスの思想を、彼独自の思想であるプラトラリズムを建設したことにあります。加えて彼は学問の府(Prefecture of academic)を創立、其の哲学は言うに及ばず思考方法及び人間の直感知を刺激したことはプラトンに比肩しうる者は未だに出現しないと言っても過言ではない筈ですす。
2015年07月25日
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「思考と直覚」人間の霊魂を思考/ソクラテス-23(百九十三) ソクラテスの出現までの論理的思想史では、哲学と科学の分水嶺は混沌としており、ソクラテスに至って初めて序々にではあるが、自然論は次第に科学の様相を取り始め、社会一般論としての社会科学も其の萌芽を示し始めます。それ故に、哲学は、本来的な万物の根源、世界理法の探求の道へ独自の道を開拓することになります。其の根本原理の主体はあくまでも思考する主体としての人間の精神本体である自我が含有された世界であり、世界の其の向こう側の外存在に創造の因を求めるのは信仰上の問題であり、主体的側面としての人を在らしめる理法こそが哲学の課題であり続けます。人間主体を除く外的な側面を持つ神学体系は凡そ哲学からは関与されないとしますが、其れでも主体的側面を外的な側面、或いは「人間精神の内精神の真相に根拠に何を求めるのか」を夫々の哲学者に思想上の相違こそあればこそ、理論と実践を目指すことを哲学の本分とし、虚構からの排除を哲学に求めたのはソクラテスの出現までの思想史ではありえなかったことであり、此の事こそがソクラテスを「世界の四聖」の中でも世界外存在の否定といった側面で特異性を際立たせています。哲学は主体的な人間の精神がより前面に出るか、比較的背後に退いているのかの相違は哲学者によって多少の主張の差はありますが、主体的な問題を全く含まない哲学は成立しません。哲学が信教と異なるのは人間主体を離れた世界を問題視もしくは理論と実践の統一には、後世には神秘哲学なるものが生じるにしても、哲学の根拠体系に基礎を与えたことは疑問を指しはさめません。宗教と哲学の分水嶺を際立たせたことに功ありと言えましょう。
2015年07月24日
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「思考と直覚」人間の霊魂を思考/ソクラテス-22(百九十二) ソクラテスの思想の思考方法として、哲学とは考える主体である人間霊魂の問題とする定義に継いで重要なことは、単に哲学は実践的主体のみを独立に取り扱ってはならず、主体である人間霊魂の導きと其の属する社会や世界自然とを統一的に把握して、其の相互にある根本原理を探求し、相互から導き出された根本原理を明らかにしなければならないと説きます。世界の万物を秩序づけている根本原理が将に同時に実践主体としての人間を導く原理でなければならないと考えるとき、唯物主観に立つ一部の人々からは、人間を模倣して自然を考える擬人思考に陥ってるとの批判はありますが、然しながら、主体としての人間、それを成らしめる処である思考の精神の在処、アリストテレス的に言えば、自我を自我たらしめる人間の外感覚的には捉えきれない深層に眠る精神の根源としての霊魂の開花(Bloody Rose)は、主体と世界を統一して把握した時にした時に人間が世界理法を把握する世界観を持ち得ることをフィロソフィーを命題とする「フィロソフィア」を呼称することをソクラテスを「世界の四聖」に数えさします。仮にソクラテスが人間主体の実践のみを問うだけの思考の持ち主であれば、彼は歴史に名を残す道徳論を説いた人物評価しか「世界の四聖」どころか単なる道徳論を説く人物として思想史に名前を残すだけに終わったでしょう。
2015年07月23日
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「思考と直覚」人間の霊魂を思考/ソクラテス-20(百九十) ソクラテスの霊魂観は当時のギリシァ人には、想い伺い、覚えない高尚さと信憑性を明日のギリシァを担う青年達に植えつけたことは疑いは得ません。しかし、世界四聖の中で彼一人が「何々教(きょう)」なるものを持たないのか、彼は神々を冒涜したわけではないけれど、人間自身の内性にある存在「魂」を探求するフィロソフィストであり、俗並みの神は言葉にせずとも其の存在を絶対だとは認めていません。現代、今日でこそ宗教・科学・哲学は厳密に区分けされていますが、古今東西の歴史が示すとおり、抑々の思想の始まりには宗教・科学・哲学に明瞭な区別はなく、ギリシァのミレトス学派からデモクリトスに至るまで、其の思想を便宜的には哲学と呼称していますが、事実上は哲学とも科学とも、増してや宗教とも渾然とは区別されず、其の内容は世界自然の理法を問うものでした。ソクラテスは其の自然学に飽き足らなく、自らの思考方法を探求します。そして、ソクラテス独自の此の探求方法を「フィロソフィア」と呼称、日本では「西周」によって「哲学」と訳され紹介される語源になります。此のことは単なる言葉の問題だけではなく哲学が科学や宗教とは別次元にある真理探求の道であることをソクラテス独自のフィロソフィアに当て込み、其の思考方法を新たに後世に伝えんとしたがために「何々教(きょう)」なるものを持たないのです。人間霊魂の真理を求めての深層探求が此処に始まります。
2015年07月21日
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「思考と直覚」人間の霊魂を思考/ソクラテス-19(百八十九) ソクラテスの屡々口に上る「魂の世話をする」其の魂の語彙「プシュケー(Psyche)」とは当時のギリシァにあっては、其の意味合いが誤解を呼び招くことも致し方ない部分があり、またそれが事実でした。そもそもが当時のギリシァでプシュケーとは、人間が生物として生きている証としての呼吸のことであり、死に際に吐き出し切る、息を引き取ることで、「魂の世話をする」とは「生命の支配」を意味し、ソクラテスへの告訴状に記された新奇な宗教行為と看做された一因となっています。但し、ソクラテスの屡々口に上る「魂の世話をする」其の魂の語彙「プシュケー」とは、そもそもが、人間の誕生から在り成長するために、内精神の深層にあって、其の由縁により賢愚や善悪を判断せしめる自覚存在たらしめる要因としての「魂」です。「魂の世話をする」とは、其の人間の肉体をして自覚存在たらしめる要因としての真の自己、自我を目覚めさせることにより、自己を正統的な判断で行為することが内面から沸き上がる、自覚的実践をソクラテスはフィロソフィー、其の人物をソフィストとは知識派であり、フィロソフィストとは懐疑派のことである故にフィロソフィスト(哲学者)と名付けます。言い換えれば、ソフィストとは自らを無限とし、フィロソフィストは自分を分限としています。心の限界、知識の限界、自分が解くところの限界、ソクラテスは絶対存在を否定はしませんでした。此のことから導かれるには仮に霊魂が「絶対有」の意思の様態の延長なのだと仮定すれば人間霊魂は生命を解かれても「無の存在」にはなりえません。
2015年07月20日
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「思考と直覚」人間の霊魂を思考/ソクラテス-18(百八十八) ソクラテスの「無知の知」とは、自分以外の他の者が真・善・美いわゆる「徳」がないことを前提に無知の装いをもって相手に問いかけますが、其れは彼自身の求め、究明しようとするものが単純に言葉を持って説明し得る程単純ではなく、内精神の深層に眠る霊魂の真相を追求することから来ていることに素因があります。ソクラテスは特に問答を青年達に持ちかけることを自分の仕事と捉え、だからこそ妻に罵られるのですが、産婆の仕事に譬えています。自分はもはや老人で子供を授かる事は出来ないが、彼ら青年達に彼ら自身の霊魂に気付かせ、其の中から真理という子供を取り上げるのである。彼は此の方式に従い、問答で将来に国を背負うであろう青年達に自らの内精神を探求する思考方法を教え、彼ら自身で其の霊性に触れ自覚させようとします。ソクラテスによれば、自己の霊性の善さに触れることは、即ち自分自身が善くあることであって、此の思考論は、後世に「知行合一論」と名付けられます。この「知」とは単純に善いと知っても行動に起こすことが自在に振る舞えるようなものではなく、善いと知っては行わざるを得ないとする「実践的自覚」を指しています。明治初年の段階で,西周(にしあまね)によって哲学という言葉を与えられたフィロソフィア(philosophia)は賢哲の明智を愛し希求するとの意であり、ソクラテスにこそ相応しいものでしょう。但し、其の霊魂観には定義上の争点もあり、哲学上はもとより、宗教及び自然学に答えを求めるのは困難を伴います。
2015年07月19日
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「思考と直覚」人間の霊魂を思考/ソクラテス-17(百八十七) ソクラテスは、そもそもが、ソフィストのノモス(nomos)、所謂、掟や慣習及び法律等々に人為的なものの中にも潜在的に善なる魂の存在が背景にあること、言い換えれば、法律や礼法、習慣や伝統文化にも善なる魂の存在が背景にあると考察していたが故に、因襲即ち自由を束縛する強制力と受け取るソフィストたちのノモスからの解放を主張には賛同しません。ノモスの根本原理の捉え方、そもそもが何に由来するのかを「無知の知」を前提としたソクラテスの霊魂観がソフィストのノモス(nomos)とは相入れないし 、ソフィストの云うピュシス(ギリシャ語physis)人間の主観を離れて独立に存在し、変化する現象の根底をなす永遠に真なるものを矮小化することを、自らは知らないことを自負するソクラテスが、自らは述べないで、相手に対しては根掘り葉掘り聞き但し、その答弁に更に矛盾を問いただし、相手の答えに窮したのを見ても「自分は知らない」と答えるソクラテスの態度は思考に便宜を図るべき教育者としては失格にしても、強烈な外感覚的で物質的な面に捕らわれている人間にとってはインパクトは絶大です。弁術を磨き外国で収入のために弁論術は所詮は舌先三寸の中国古代の諸子百家の一つ縦横家、中国の戦国時代に時勢の変化を洞察して政治,特に外交政策について巧みな弁舌をもって諸侯に説いた一群の人々をソフィストは同様に思想というよりは社会処世術を教えています。ソフィストに比してソクラテスは人間の創造物であるノモスにも根拠たるものを与える霊的善性を認め追求してやまなかったのでしょう。但し問答法は一歩誤れば自己の身に危険が及ぶ思考形態の特徴を持ちます。
2015年07月18日
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「思考と直覚」人間の霊魂を思考/ソクラテス-16(百八十六) 古今東西、自己の主張を正しいと見せかけるデマゴーグの横行と、目先の利益に惑わされて右に左に動揺し、果て政治上無定見となるのは何もアテナイに限ったことではなく、現代においても枚挙(まいきょ)に遑(いとま)がないことではあるのですが、アテナイの都市国家いおいて、人間行動の素因を探求するソクラテスは其の現状を憂い、神託を頼み、自己の使命に目覚め且つ認識し、其の当時まではなかったとも言える彼独自の行動様式である問答法を生み出し、とはいえ、東亜細亜では当然のように行われていた様式なのですが、彼の特異なのは街頭に出て誰かれ構わず質問し意見を吹っ掛け、其の問答を通して、今更教えられなくても解り切っていると自負する正義や勇気及び節度や敬虔、所謂、「徳」の根拠を問うことにあります。例えば勇気あることを問い、勇気ある実例をあげさしめ、其の根拠たる普遍的本質を問います。其の問い詰めは正義や勇気及び節度や敬虔等々の根本原理を霊魂の善良さに求めています。この様にソクラテスは、諸徳の根本原理として魂の善良さを信じ、此れを「自分自身を気遣うこと」と定義しています。ソクラテスがアテナイ市民につねに訴えていたことは,この魂の気遣いということであり、彼にとって魂とは各人の「自己自身」であって,「生きること」をその固有のはたらきとするものであり、魂を気遣うとは,「生きること」を其の自らの人生の固有の働とする魂の「徳」を気遣うことで、「徳」(アレテー)とは各々の者が夫々その固有の働きをよく果たす卓越さである。其れ故、自ずと魂を気遣うということは,自己の内精神に眠る魂がその固有の働きである「生きること」を気遣うこと、つまり「よりよく生きるよう」に努めることであると説いています。其の霊魂観は自然哲学的にも絶対意識への門口を開きます。
2015年07月17日
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「思考と直覚」人間の行為を思考/ソクラテス-15(百八十五) ソクラテスの思考の関心事が、世界自然の哲理から、当時の弁術家、弁術を生業とするソフィスト(Sophist)と、人間に関して同様に、世俗的で、法律や道徳及び習慣の人間生活に関心が移ったのだとするのは、現代の唯物史観に染まった視点からソクラテスを斜視に見ての考察です。仮にその主張が正論であるならば、プラトンに続くアリストテレスの人間の在りどころとしての霊魂観は生じ得ません。唯物主観論者は前490から前420ころに現れたソフィストの祖「人間は万物の尺度である」と説き、各人の主観的判断以外に真理はないとする相対論を主張したプロタゴラス(Protagoras)の言葉、個々の人間の知覚こそ、真理の基準であり、絶対的な真理は存在しないの意を受け入れているのでしょうか。「人間は万物の尺度である」という言葉は相対的に人間それぞれが尺度でなのあるから、相反する言論が成り立つのは理で、個々の人間の知覚こそ、真理の基準であり、絶対的な真理は存在しないプロタゴラスの意とされます。こうした主張からソフィストは詭弁を用いて黒を白と言いくるめると看做されることになります。一方では、ルネサンス期が人間を尺度とする復興であったことから、尺度の基準は人間であると主張したギリシア哲学・西洋哲学におけるソフィストの存在をが頭を擡げます。ソフィストとはソクラテスの無知の知」とは対照的に、自ら「知恵ある者」と自称します。其の知恵とは現実世界で最も有益な知恵、多数の人々を「説得」しさえすればどんな役職にも就けるし、陪審制で行われる裁判にも負けはしない類いの「知恵」です。その多くは外国人で「職業教師」を生業とし、自らは「民会」や「法廷」に立つ事は出来なかったので、弟子たちの原稿を書き、説得的な演説の仕方を教え報酬を得ていたのです。其処には真非の有る無しは問題とされず、「現実的な効用をもたらすという有用さ」の限りにおいて其れは真実と看做される。所詮は国家の「法」(Nomos)も人間たちが制定したものであって、ポリスが異なれば「法」も異なる相対的なもの、人為的規約に過ぎない。説得力を駆使して多数決によって正当な手段を踏んで新たな「法」を制定しさえすれば好い、世に絶対な「法」などというものは存在しないのだから、自分に都合の良い「法」を作って、自分を正当化した方が遥かに賢いとしたことに、ソクラテスは非難を込めてソフィストのいう法律や道徳及び習慣の人間生活の相対性のノモスの中に、根本原理としての真実、人間存在の究極の原理及び原因の根本原理の追求を疑わず、「悪法も法なり」の言葉を残して毒杯を傾けます。其処に弟子プラトンの「国家論」の骨子があります。
2015年07月16日
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「思考と直覚」人間の行為を思考/ソクラテス-14(百八十四) ソクラテスの思考の関心事は、ミレトス学派の著名なタレスに代表されるイオニアで発展してきた万物の根源を「水」に求め、更には無限なるモノや空気、未だ果て無き大宇宙、閉じられたともいえる宇宙像にも通暁していましたが、専ら人間をして、一定の行為や実践を成さしめ或いは成さしめないとする因、其の根源の根拠となる源であり、其の人間をしていっていの実践あらしめる原因そのものが、世界即ち全自然を含有したものを在らしめている根拠だと考察します。其処には人間を自然に擬態化する傾向があり批判はされましょうが、ミレトス学派のにタレスに代表されるイオニアで発展してきた万物の根源を「水」に求め、更には無限なるモノや空気、未だ果て無き大宇宙、閉じられたともいえる宇宙像に人間精神をも唯物的に捉える自然哲学の態度に飽き足らないものを認め、人間をして人間たらしめている特質を、自己の意思決定、一定の行為や実践を成さしめ或いは成さしめないとする因、其の根源の根拠となる源の如何に拘わらず決定が可能だと説きます。
2015年07月15日
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「思考と直覚」人間の行為を思考/ソクラテス-13(百八十三) 喜劇作家のアリストパネスがソクラテスを喜劇化して示唆するところによれば、ソクラテスは若年のおりから既にミレトス学派の著名なタレスに代表されるイオニアで発展してきた万物の根源を「水」に求め、更には無限なるモノや空気、未だ果て無き大宇宙、閉じられたともいえる宇宙像にも通暁していました。然し乍ら、ソクラテスはこれらの知識考察に疑問を持ち自らの思考を探求します。此の事情は刑を待つ折に獄舎の中で友人達に語る、自身の若年時代の回想を述べているプラトンの対話篇「バイドン」が伝えています。イオニアに生まれた自然学者アナクサゴラス、イオニア学派の系譜をひき紀元前480年、アテナイに移りイオニアからアテナイに哲学を持ち込んだ最初の哲学者のことを伝え聞きます。其の骨子は、万物はこの世の始まりから存在していた。初め万物は無限小の破片に数限りなく分かれており、それらが分かちがたく結合していた。万物はこの塊の中に互いにぼんやりとした判然としない状態であったが、その原始の混合物の中から、麦、肉、金などの種ようなものが存在する。だがこれらの部分・部分がその性質や特定の名前を与えられるためには、この複合体から分離される必要があり、理性は異なった物から同質の物を選び出し「ヌース(理性)」この奇妙な存在は、混沌の塊と同様に数限りなく存在する。ヘラクレイトスの言う「ロゴス(言語、論理)」とは異なり、ヌースは同質で独立した存在であり、微細な物体で、自身の表現する其のものであり、どの部分もすべて等しい。すべての知識と力を有している、この捉えどころのない存在は、特に生命のすべてを支配している点に見られる。将にアリストテレスが四元素説を拡張して提唱したものにプラスした、天体を構成する「冷たい霧と温かいエーテル」的存在です。ヌースが原因となって、原始の混合体は回転を初めた。回転はある一点から始まり、遠心分離のような作用によって徐々に広がった。やがて認識可能な実体を形取るようになり、現在のような宇宙となった。だがこの出来事が完全に行われた後にも、原始の混合体は完全に圧倒されたわけではなかった。この世の何一つ、他の物からぶっつりと分かれてしまうようなことはない。此れをアリストテレスは「理性(ヌース)」と「魂」を区別しそこなったとし、ソクラテスは、アナクサゴラスのヌースとは、ソクラテスが意図と知識の原因とみなしたデウス・エクス・マキナ(舞台装置としての解決に導く神そのものが機械仕掛けであること)のことにすぎない、詰まりは虚構だと判断しています。ヌースが原因となって、原始の混合体は回転を初めた。回転はある一点から始まり、遠心分離のような作用によって徐々に広がった。やがて認識可能な実体を形取るようになり、現在のような宇宙となった。だがこの出来事が完全に行われた後にも、原始の混合体は完全に圧倒されたわけではなかった。この世の何一つ、他の物からぶっつりと分かれてしまうようなことはない。此の「理性(ヌース)」とは世界理法の根源である絶対理性と捉えると意味合いは解けます。アナクサゴラスはさらに、我々は感覚のもたらす証拠というものを疑って掛からねばならない。外感覚に頼れば、物事が生成消失していくように見える。だが思慮深く考えれば、死や成長というものは新たな集合と分裂に過ぎない。其れ故に彼は人間の外感覚というものを疑い、思慮分別である思考による結論に重きを置きます。彼は、雪の中には白と同様に黒も存在していると主張しています。これは彼と共に「思索」というものが、ギリシアの植民地からアテナイに移り渡ったため哲学史の分岐点となります。物質が微小の構成要素から成るという思想、また秩序の成立に対する機械論的な過程に対する強調によって、彼は原子論への道を開いたのですが、ソクラテスは失望しています。何故か。アナクサゴラスのヌースとは、単に万物の根源が、空気やエーテル及び水だとされている所謂、唯物論だからです。
2015年07月13日
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「思考と直覚」人間存在を思考/ソクラテス-12(百八十二) ソクラテスは当時のギリシァのアテナイの裁判が、所謂、現在に言われる一種の陪審員制度を布いており其の名を民衆裁判所と言い、30歳以上の男子で国家に対し債務がなく、市民の名誉を喪失していない者が要件であるだけで、法律的知識の有無に関係なく選ばれたことから、素人同然で希望する市民の中から抽籤で大きな事件には市民2千人が選ばれてます。法律的知識の有無に関係なく選ばれていたが故に、其の前であまりにも誇り高い姿勢でソクラテスが無罪の大弁論「ソクラテスの弁明」を演説する態度は、却って陪審員の反感を煽ってしまいます。彼は事実上では逃げることは可能であったにも関わらず、進んで「悪法も法なり」の言葉を残して毒人参の盃をかたむけます。それは紀元前369年のことです。此の経緯は後世に十字架に架けられるナザレのイエスを連想させます。人間が其の霊魂の声の正しさを表現するときには相応の覚悟がいるものです。
2015年07月12日
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「思考と直覚」人間存在を思考/ソクラテス-11(百八十一) ギリシァの国体信仰ともいえるアポロンの神託、その権威ある神託をソクラテスは謎若しくは疑問を持ち、彼は自分が知恵ある者だなどということには全く身に覚えがないという無知の自意識と神が真言を語るという神への信仰との間に陥り,アポリア(行き詰まり)に陥いり、此の時から、所謂、ソクラテスの弁法、自己の信念に従った問答法が始まります。彼は街頭でギリシァの次世代を担う若き青年を摑まえては「正義とは何か」「勇気とは何か」「美とは何か」等々を問いかけ、其の答弁に更に追い打ちをかけて、己の無知を自覚させて其の深層の自我からの真の魂の善が何ものであるかを認識し知恵として獲得させようとします。此の行為が、思わずがなに青年達に当時のギリシァの制度下の腐敗した政治や諸活動への批判精神を産み付ける結果となります。ところが、古今東西、国政を担う者にとっては政治や諸活動への批判精神を産み付け呼び覚ませる行為は胡散臭いし、また煩わしい。たとえ、ソクラテスの行為が愛国的なものから出たにせよ、無力化したいし、また、多くの一般大衆の眼には、ソクラテスの行動は、何らかの新規な宗教行為とも受け止められ、其の奇妙で独特で理解出来ない言行が或る種の新興宗教的活動とも受け取られ、終には、一部ではあったが権力的な狂信的アテナイ市民によって「国家の祭祀する神々を認めずして、新奇の宗教行為を導入し、更に青年を腐敗せしめる罪を犯した」罪状で告発される結果となります。当然に其の活動が、何ら死刑に値するものではなく讒訴ではあるのですが。
2015年07月11日
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「思考と直覚」人間存在を思考/ソクラテス-10(百八十) ソクラテスの認識した「無知の知」が絶対知即ち「世界の理」に対しての自己の無力さを知らしめたとするならば、其の与えてくれる恵みは人間の霊魂の形成を促す力です。プラトンの「ソクラテスの弁明」を読み解くと、ソクラテスがアテナイ市民につねに訴えていたことは,この霊魂の働きがけに気遣うということです。固有の人間が生きるということは、其々の霊魂の「生きよ」の真意、其の真相の意に、各々其の持つ知恵である「徳」を探索し極めることです。徳とは自我を生きることにおいて、其々の自我の本質である霊魂を認識し、「生きること」をよく果たすように気遣うこと。つまり「自己にとっての最善の生きかた」に努めることです。各々の持ち得た霊魂が其の持ち味を活かした固有の働きにより果たす卓越を求め、全知でないが故に「徳」を求めること止まず、其の知恵を愛求する者であるという意味で、自らをフィロソフォス(愛知者)と称し,この知恵を愛求する活動をフィロソフィア(哲学)と呼んだのです。其れは自らの知性を高め認識を確かなものとし、段々に追求を深め、自らの霊魂を昇華し「我」を離れることにも繋がります。おそらくは、釈尊の達観への思考も瞑想という型式を帯びながらも思考方法は同様なものの筈です。
2015年07月10日
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「思考と直覚」人間存在を思考/ソクラテス-9(百七十九) 人間ソクラテスの真弟子であり其の思考方法及び思想に親しんだプラトンの「ソクラテスの弁明」によればソクラテスの生涯を決定づけ、問答法を彼自身の行動様式・思考形態として定着させ、アテナイの詩人メレトスの讒訴により、ソクラテスが「神々に対する不敬と、青年たちに害毒を与えた罪」を理由に裁判にかけられ、投票によって死刑に決せられ、毒杯を仰いで刑死したことはアポロンの神託に因があります。此の当時、権威ある神託をソクラテスは謎若しくは疑問を持ち、彼は自分が知恵ある者だなどということには全く身に覚えがないという無知の自意識と神が真言を語るという神への信仰との間に陥り,アポリア(行き詰まり)に陥いります。その後,神の神託が誤りであることを示そうとして神をも反駁すべく,世間で知恵ある者だと思われている政治家や詩人のもとを訪れ問答を挑みます。そこで彼が発見したことは,その者はそれぞれ「自分が知恵ある者だと思っているが,実はそうではない」というこ。彼自身は、例えば真・善・美などということを「実際に知らないので,彼らのように知っているとも思っていない」ということであり,この無知の自覚の点で自分の方が彼らより「ほんの少しばかり」知恵ある者であるということで覚りま。こうして彼の神託の謎は解け,それが反駁されない真理であることを彼は認識します。更に、ソクラテスは彼を知恵ある者だとする世間の人々の偏見を前にして,神のみが知恵ある者だと主張する一方で、この神託を「人間たちよ,お前たちの中では,ソクラテスのように自分は知恵については全く価値のない者だと自覚している者が最も知恵ある者なのだ」ともて解釈していたことも事実です。無知の自覚が「知恵」の名に値し,しかもそれこそが唯一の「人間の知恵」であるという「無知の知」のこの逆説は,裏を返せば,ソクラテスの自己が,そして人間の自己が「全能の知・絶対知}に及ばない絶対者の延長に他ならないことを告げているのです。
2015年07月09日
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「思考と直覚」人間存在を思考/ソクラテス-8(百七十八) ソクラテスが不惑の四十歳を前にして、彼の交友の一人カイレポンがデルポイにあるアポロンの神殿(emple of Apollo)で、「ソクラテスより賢い人間は世にいるかとの問に」そクラテスより賢い人間は世にいないとの神託を巫女から伝達されます。此の歴史的事実とされる出来事にソクラテスは疑い迷い、其の思考の挙句の果て、彼はギリシァに名ある政治家や軍人、更には詩人及び当時、夜に阿られていたソフィストの門口に訪ね、自己よりも更に賢明を持つ人間を探し神託に反駁しようとしますが、其の尽くが、自らは知恵あるものと自負していながら、ソクラテスは最も大切なことを知らないことに驚愕します。詰まるところ、彼等は社会生活全般、地位とか名誉富裕に関しては博識ではあるが「人間の深底に隠されて眠る魂」、人間の根拠として最も最高位にある「理」をしらないことに気付かされ、自分が「世界の理の根拠なるもの」を知らないことを知っていることに思い至り、自己の「無知の知」を正当なものと考察し、神託を論駁しようとした結果、自己の思考と直覚の正しさを見出します。
2015年07月08日
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「思考と直覚」人間存在を思考/ソクラテス-7(百七十七) そもそもアリストパネスにクセポノンそしてプラトンの評を参考するにしても、ソクラテスの生活はどの様なものであったかを知らなければ、彼の実像の門口にさえ入れません。先ず、出自に関しては、一般に流布されている、石工の子、貧民階級の出とするのは誤りでしょう。此のことは、アリストテレス出現後のアレクサンドリア時代に創られたとみられる伝説であり、実際にはソクラテスはギリシァにおいては水準以上の家柄であり、其のことは彼が、家代々に伝わる鎧や兜及び盾をもって武装して出陣した記述から明瞭です。ソクラテスを学識あるにもかかわらず裸足で歩く奇行人とするのはアリストパネスの表現です。其れは彼が何一つ収入に関わる経済活動を営まなっかたからです。此処で気付かされるのは釈迦・孔子・基督と並び「世界の四聖」とされるソクラテスが孔子を除いて官職を目指さなかったことです。何れにしても孔子を除い彼等は富裕とは縁がありません。また、「世界の四聖」とされる人物其々弟子を持ったにもかかわらず、弟子からは報酬を要求していません。然し其の至高な教えを授かる人間は其の名声だけでなく其の思考方法を学ぶ機会に対して相応の金銭は惜しまなかったのは「世界の四聖」とされる人物には共通しています。その英聖の言葉として発せられたものを或る弟子は天声、或る弟子はロゴス(Logos)等々を、書に記し自己の観想を加えて記述しています。其処に共通することは自己の内精神に眠る霊魂を呼び起こされ、記さねばならない情熱が湧き上がったものです。
2015年07月05日
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「思考と直覚」人間存在を思考/ソクラテス-6(百七十六) 時代を経て伝聞・記録から釈尊像を再構成し描写する龍樹の例以上に、ソクラテスをプラトンが描写する場合は場合は人物像に自己の思想を反映させているにしても龍樹とは次元が違います。そもそも、ソクラテスの弟子にして、アリストテレスの師に当たるプラトンは、若き頃から現実の師ソクラテスに相い対し、ソクラテスお得意の弁証法的問答と、「無知の知」や正義・徳・善を理知的かつ執拗に追求していく愛知者としての主知主義的な姿勢を学び、国家公共に携わる政治家を目指しています。ところが、紀元前399年プラトンが28歳の頃に、アテナイの詩人メレトスの讒訴により、ソクラテスが「神々に対する不敬と、青年たちに害毒を与えた罪」を理由に裁判にかけられ、投票によって死刑に決せられ、毒杯を仰いで刑死したことが、彼を哲学の追求と政治との統合への重要な契機となります。「ソクラテスの弁明」や「国家」等の著作は師の偉大さを顕したのに加えて、ソクラテスの真実の行動と其の思考を著述し、初期のプラトンは、師ソクラテスが、正義・徳・善などの「単一の相」を目指して悪戦苦闘を続ける様を描いていたが、中期以降の対話篇では、その目指されるべきものが、「善のイデア」であるという自己の思考を反映させた方向性で固まり、ソクラテスそのものも輝きます。若き頃のプラトンは四歳の子供でも十分に被写体の記録は残せるのに加えて、其の人間の生活行動をウェブカメラで記録し、プロの写真家が自身納得できるように被写体の奥底が一瞬立ち上がる瞬間を写し、画家が肖像画を描く時に対する人物の内精神まで暴き出そうとする段階、更には、ダ・ヴィンチ旅路の途中にも生涯身から離すことの無かった人類の遺産、謎の微笑みを持つ「モナリザ」の如く自己そのものを「師ソクラテス」に投影し、自分を現時の自分に導き上げたソクラテス深奥の精神を描こうともしているとも言えます。其の解釈は師ソクラテスにプラトン自身を上描きしているとも考えられ、一層、プラトンの著作を通してのソクラテス自身の実相が浮かび上がらせるることになっていることは間違いではないでしょう。其のこと故にソクラテスの思想を理解するにもプラトンが最も適しています。
2015年07月04日
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「思考と直覚」人間存在を思考/ソクラテス-5(百七十五) 釈迦・孔子・基督と並び「世界の四聖」と称せられるソクラテスには共通して自らの思想を記さなかった故に著した文献は残っていません。四聖共に全て残されたものは伝聞形式としてきされたものが多く、直接本人に対面している人物が記した文献は自己の思考及び其の精神持ち込んでいるとはいえダ・ヴィンチの人類の遺産、謎の微笑みを持つ「モナリザ」の如く、其の姿を捉えているとはいえません。然し乍ら、たとえ現実の当人とは数百年を経ていてようとも文献の真否を判別する能力に長けていれば、龍樹の例にように常人には紐解けないシッダールタの「覚り」への思考経路を見直し、釈迦其の人物の内精神を鑑み、小乗上座部からの批判が多いとはいえ、史的には釈迦のひととなりを、小乗上座部の僧の生半可に自己の眼で表層だけを、即ち、釈尊の一字一句を行の教えとしては正確に捉え、釈尊自身の精神内奥に踏み込むことはせず、専ら神聖化するだけで、釈尊の言葉通りに実行するだけの仏教上座部は、「大乗」からみれば、其の釈尊像は四歳の子供でも充分被写体の記録を残せる手ブレ防止機能つきのデジタルカメラで以上のものではありません。
2015年07月03日
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「思考と直覚」人間存在を思考/ソクラテス-4(百七十四) ソクラテスの実相を捉えんとすればどの様な方法が一層真実に近づくかは、例えば、彼の世界で最も偉大なる天才で、絵画・彫刻・建築・音楽・科学・数学・工学・発明・解剖学・地学・地誌学・植物学など様々な分野に顕著な業績を残し、将に哲学本来の語源通りの「万能人 (uomo universale )」 と異名を持つレオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci)が旅路の途中にも生涯身から離すことの無かった人類の遺産、謎の微笑みを持つ「モナリザ」の例をあげれば人物評価の実相観念が浮かび上がりそうです。フィレンツェの富裕な商人で、行政官も務めたフランチェスコ・デル・ジョコンドの妻リザ・デル・ジョコンドをモデルにしながら、21世紀では、其の美的感覚に照らしても、モデルの女性が美しくは描かれていないことから、レオナルドは忠実にモデルの女性を写し取ったと考えられるなどといった説もあるにはありますが、真相は自己そのものを「モナ・リザ」に投影したとも考えられます。リザ・デル・ジョコンドを抹殺はしていないし、自分を引き寄せた深奥の魅力を描こうともしていることが伺えます。其れの解釈はリザ・デル・ジョコンドにダ・ヴィンチを上描きしていると認識することが相応と考えられ、一層、ダ・ヴィンチを通しての彼女自身の実相が浮かび上がらせるることになっています。
2015年07月02日
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「思考と直覚」人間存在を思考/ソクラテス-3(百七十三) 人間の人物像を捉えるのは非常な困難が待ち構えます。単に人間の外見のみを捕らえるならば手ブレ防止機能つきのデジタルカメラさえあれば、四歳の子供でも充分被写体の記録は残せます。多少の其の人間の生活行動であればウェブカメラで十分でしょう。ところが人物像となるとプロの写真家をみれば納得できるように被写体の奥底が一瞬立ち上がる瞬間を見逃しません。更に、画家である芸術家が肖像画を描く時には対する人物の内精神まで暴き出そうとするものです。本物の肖像画は其の人物の過去の精神の探求に努めてぞこに自己を投影してみせます。事程左様に、何れが彼の人物像をとらえているのかは観相者の眼点が違えば結論は相違するでしょう。ましてや、世界四聖と呼称される程の人間を其のもってるところの内外を引き出して顕すのは、もはや、子供や凡人には不可能です。釈尊に対しては提婆達多、ソクラテスに対するアリストパネスは其の人物像の真の姿が見抜けない故に、提婆達多は破門にされ、アリストパネスはソクラテスを戯画化した喜劇を著すのです。クセポノンに至っては伝聞が多くましてやソクラテスの思想を理解する思考は無かったでしょうから、ソクラテスの実相を捉えきれる筈も有りません。
2015年07月01日
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