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「思考と直覚」アナログとデジタル(八十二) 三位一体論は人間の思考及び思索による世界理法の直覚の実践とは思考方法に役があるが、スコラ哲学の普遍論争に現れる実在(実念)論及び唯名論や概念論にしても信仰を根底とした基督教の範疇の問題であり、哲学というよりは「神学」其のものであり「神秘学」と呼称されるものよりも信仰が前提にあるだけに、IT時代の何でもデジタル化の現代には対応しきれない部分があることも否定出来ません。かと言って、俗に、新しい現代風がデジタルというイメージと対比として古くさいアナログという表現がされることがあるが此れは認識不足です。其のことを踏まえて考察すれば、人間の脳自体がシナプスで成り立っていると生理学が主張する以上其処で思考する精神構造から生じる思索がアナログ(連続した量、例えば時間を他の連続した量時計で言えば角度)で表示することで無いことは明白でしょう。其の人間の脳自体のシナプスが捉える内精神に隠された真相、それ自体もアナログ的であってはならない筈です。「基督・精霊・神」の三者が一体にしろ三体別々にしろアナログで捉えるから問題が複雑化しています。宇宙に或いは外宇宙に漲る精神エネルギーを観想すれば、三位一体及び神の三位格を三体の天使と同様に独立した存在とみなしアナログ化して受肉するのは甚だしい誤謬であると云えます。其の要因の躓きには神の人格化が見え隠れしています。
2015年03月31日
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「思考と直覚」スコラ哲学と三位一体(八十一) アンセルムスなどの実在(実念)論は、正統派教会には当然に受け入れられ歓迎されます。なぜなら、普遍は個物のみが実在し人間属なるものや植物属なるものは実在しないし人間の知性が勝手にカテゴリー的に分類した抽象的産物とするとした「唯名論」に従えば「類(universal)は個物の後の人間による分類だと看做します。此の思考過程による解釈では正統派教会の「三位一体(さんみいったい)論」が崩壊し、其の意味において夫々の名において神は「独立した神」として在るとしか解釈のしようがなく「一神論」であるべき筈の神が複数存在することになり教義に反すること大なることで其の代表的存在であるロスケリヌスの説く三神論、神の三位格を三体の天使と同様に独立した存在とみなした語法が許されたときに本当に神が三柱いると言えると彼は説明し、さもなければ、父なる神と聖霊なる神は子なる神とともに受肉してしまうと彼は続け、更には教義の体裁を保つために彼は神の三つの位格が一つの意志と力だけを持つことを認めたは、父も聖霊も子もともに受肉すると認めないといけないという事態に直面する矛盾に陥るそのためロスケリヌスは自説をランフランクスとアンセルムスの権威のもと提唱します。そかし、アンセルムスなどの実在(実念)論を其のようには解釈しない正統派教会は三神論を唱えたとしてロスケリヌスを非難、一旦は教説を曲げて迄して破門、さらには石打ちによる死といった恐怖から逃亡生活を送りますが教会との和解も成立し、唯名哲学論者としての名声を得ます。然し乍ら、彼の唯名哲学論者としての名声は哲学的というよりは主に神学的な三神論によるものであり信仰面には重要課題ですが思考及び思考方法は過大評価されている傾向も無きにしも非ずです。此の論理の発展的要請は「信じるために理解する」というアベラルドゥスから始まる合理主義思想である啓蒙思想の開花まで待たされることになります。其れより何より、「思考と直覚」は三位一体にしろ実在(実念)論にしろ絶対創造の「有」に対して、信仰が人間がもつ内心性の不完全さが「絶対有」に対して人格性を付与していることが気懸かりです。
2015年03月30日
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「思考と直覚」スコラ哲学の普遍論争(八十) スコラ派哲学とは英語の「School」と語源を同一にするように、基底とする概念においても学派の中では違いが見出されます。特に顕著に現れているのが存在一般に問われる「普遍」の解釈です。此の普遍をめぐっての哲学上の論争(the philosophical theory of universalism)が史上に記されるほど有名なスコラ哲学において「普遍は存在するか」という問いをめぐって争われた哲学上・神学上の論争です。自明的に存在すると考えられた個別的な事物に対して「類の概念」複数のものの述語となるものと定義され、例えば「カテゴリー」基本的な分類として捉えることが可能です。アンセルムスなどの実在(実念)論者は、イデアが事物より先に立ちそれ自身において存する点に鑑み、アダムによって堕落しキリストに救済されることが成り立つためには、人類という普遍者が存在し、それが人間の本質として前提されなければならないと考え、其のことの是非を疑うならば、アダムの原罪もキリストの受難も単なる事実に過ぎず、人類全体の救済という普遍的な意味を持ち得ないとします。対して普遍は個物のみが実在し人間なるものや植物なるものは実在しないし人間の知性がカテゴリー的に分類した抽象的産物とするのが「唯名論」です。此の論理に従えば「類(universal)は個物の後の人間による分類だとなります。更には其の両者の調停的思索を試みたのが概念論で、パウロやアウグスティヌスと並び立つ人物といわれ、神の使いのような博士と呼ばれ、キリスト教思想とアリストテレスを中心とした哲学を統合した総合的な体系を構築した中世ヨーロッパ、イタリアの神学者、哲学者でありシチリア王国出身のドミニコ会士「神学大全」で知られるスコラ学の代表的神学者トマス・アクィナス(Thomas Aquinas)は神学と哲学の関係を整理し、神中心主義と人間中心主義という相対立する概念のほとんど不可能ともいえる統合を図り其れを概念化します。アベラルドゥスなどは普遍は個物の中に或いは個物に則してのみあるとまで言わしめます。所謂、概念論とと呼称されるものですが個物を上位に持ってくることに難があります。「普遍」を東アジアの思考の巨鳳「龍樹」的に思考すれば其れ等の論争も些末な事で全ては「空」理論が解決します。
2015年03月29日
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「思考と直覚」スコラ哲学の思考形式(七十九) スコラ哲学は実際には特定の哲学や思想を指して名付けられた呼称ではありません。「スコラ」とは英語の「School」と語源を同一にでしており、修道院が伝統的に学ぶスタイル即ち権威を教会古典文書の権威をとおして学ぶだけで、其れに対しての批判や理論を交わす場ではないのに対して、スコラ哲学は、まず聖書関連の著名な学者の文献を題材として選ぶのは当然でしたが、其れを丹念に、かつ批判的に読むことによって理論の正否を質疑応答の問答をもって追求するという思考方法と其の思索経過がキリスト教の教義に束縛されるものであり、信仰そのものを揺るがすような質問は異端へ向けられない限り許されないものであったにせよ、問題から理性的に理づめの答えが導き出そうとすることに特徴があります。此れは東アジア大陸の禅宗に觀られる「禅問答」に相似しています。スコラ哲学の父と呼ばれるカンタベリー大司教アンセルムスはデカルトの疑いから真相への思考経過「我思う故に我あり(コギト・エルゴ・スム)」とは全く逆の思考「我信ず、かくて我を知る」として、やはり神学を第一の思考根本としているのは自然哲学及び自然物理学や認識論としての科学哲学をも疎かにはしなかったもののスコラ哲学の思考から「神」は根本的な基底としてあり、信仰に根付いた哲学です。但し、アンセルムスの「神は、最高・完全・絶対であり、其の概念には存在性を含んでいなければならない。故に神は存在する。」という理論は、「直覚霊知」の捉えんとするところの人格性とは全く無縁な絶対存在を想起させるところがあり納得させるものがあります。
2015年03月28日
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「思考と直覚」哲学の復刻(七十八) ラテン人によるローマ帝国がゲルマニア(Germania)地域の勇猛だが野蛮だとして名付けたゲルマン人としての同族意識を持つ民族共同体は存在しなかったゲルマン民族により紀元476年に西ローマ帝国が屈して滅亡した時から数世紀、400年から500年に及ぶヨーロッパ世界の文化停滞期も、ゲルマン民族の一派で北ドイツのエルベ川流域に居住していたサクソン族の、一部はアングル人とともにブリタニアに渡ったが、残りは北ドイツに居住していたサクソン族出身のフランク王国カール大帝(Charlemagne)によりの文明復興いわゆる「カロリンガ・ルネッサンス」と呼称される文明復興運動から「スコラ哲学」が芽生えます。スコラ哲学にはやはり教父哲学同様の枠組みが摘要され確立された教会教義を何故に真理とされるのかを実証することが根義の思想です。其の思考の基底である教義に教父哲学からも觀て其の施策範囲は更に教会原理に制約され、哲学はもはや「神学」の箍が嵌められた状態です。但し、新プラトン派の神秘説には基づくものの自然哲学の体系は残存し、スコラ哲学の創始者とされるスコトウス・エリウゲナの主張は、真の哲学及び宗教の基底とするところは同じであり、思考形式・方法に相違があるに過ぎないとまで説きます。此のことはインド大陸での根幹的には無神論者のシッダルタの思想が、当時はもとより後世には偏在信仰にまで高められているのを例にすれば容易に解釈出来るかもしれません。何れにしても「思考と直覚」が向かうところは大宇宙、否、其れを超上する存在意識を己の所有意識で感応することにあり是非を問えば是と答えます。
2015年03月27日
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「思考と直覚」哲学の空白(七十七) ナチスドイツがインド・ヨーロッパ語族に属する諸民族の中で最も優秀なゲルマン民族(Germanic peoples)。ミュラーの考えるその民族に、インド・ヨーロッパ語族の一派でイラン高原とインド亜大陸に侵入し、諸文明を築いたとされる集団の自称「アーリア」(「高貴な者」の意)の名を冠してアーリア人と名付けたゲルマン人という用語を最初に使用したのはラテン人によるローマ文明でありゲルマン人としての同族意識を持つ民族共同体は存在しなかったが、ローマが支配する、ゲルマニアに住んでいた諸民族が馬を我が身体とし「一身馬体」と成す東方遊牧民族フン民族の多数のゲルマニア出身の民族が南下をくり返しローマ帝国領に侵入し、初期は逆にフン民族の勢力の脅威に対する傭兵としてフン族の侵攻を食い止め、今日におけるヨーロッパ世界の成立における意義は大きいと思われるゲルマニアに住んでいた諸民族ですが、其の当時の文明レベルはローマ帝国に比して未開レベルであり、思想・信仰も野蛮でしたが、其の勇猛果敢さに476年に西ローマ帝国が屈して滅亡した時に、ヨーロッパもまた哲学・信仰がともに停滞期を迎えます。その期間はヨーロッパは強靭さこそ維持はしたものの、生産力・文化面においても逆行した世界に甘んじます。其の当時にインド大陸では大乗の祖「龍樹(ナーガルジュナ)」の仏教哲学が開花して東アジアを哲学・信仰ともに牽引します。ヨーロッパは思考的には4世紀から5世紀後のスコラ哲学の登場を待つことになり「思考と直覚」の哲学的に参考となる文献は極めて乏しい期間であったのに眼をインド大陸に向ければ龍樹(ナーガルジュナ)の思想が在ったのは現代人にとっては幸いでした。「思考と直覚」のみならず文化の発展の空白、乃至その停滞は人類其のものの停滞を意味し、人間の霊性さえ奪われかねません。不滅の存在の認識それすらを思考する機会が奪われかねないのです。
2015年03月25日
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「思考と直覚」教父哲学の限界性(七十六) 教父哲学全体を通して観られるのは、哲学を知識としてある限りの存在から如何様に「信仰」と結び付けるのかが課題となっています。其れ故に、その解答は概ねキリスト教の原理に反しない思考思索の範疇に収められ、其れ以外は外門(ともん)として許されざる思索であって、哲学とはいうものの制限を持ち自己の内的体験は信仰という枠組みにあってこそ許容される制限があり、「思考と直覚」の個人的には人間的な正邪の制限はあるにしても自由奔放ともいえる倫理及び論理学的な思索の自由は認められません。インド大陸の仏教哲学の祖シッダルタにしては勿論のこと、「思考と直覚」には何の制限枠も無かった筈ですが、其れを哲学ではなく信仰と昇華した時には教父哲学同様の枠組みが摘要されます。但し、大乗の祖「龍樹」のように信仰という枠組みを離れて仏祖の哲学を改編する自由思考の猛者(強者)もあるにはあります。有史以来の数ある著名な哲学においても盲信することは信仰という枠組みを嵌めることと何ら変わりはなく自戒すべき注意点です。
2015年03月24日
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「思考と直覚」自我の内在性(七十五) 新プラトン派の哲学をキリスト教を背景に教父アウグスティヌスが人間の基底として在る真理が、人間の精神に元来から備わったもので内在するものではなく、外在即ち神に始まるとするのは「神」を絶対存在・絶対意思・絶対意識としての宇宙存在の有無を超えた「有」として捉え難く観えない存在とは主張しません。かと言って人間の五感で捉え得る「有無」ともいえないところの概念、即ち龍樹云うところの「有と無」の対立概念を超えた存在を問うことすら許されず意味のない「空」とも主張しません。教父アウグスティヌスは人間存在の精神を疑い追求すればする程にデカルトの「我思う故に我あり(コギト・エルゴ・スム)」ではなくて、我思う故に其の真相に近づけば近付く程「己の内層に潜む自我」に絶対存在・絶対意思・絶対意識としての世界の理法「ロゴス」を観るのです。其のことあって故に自己の内精神の深層に真実在として自我(ego or identity)に真理(イデア)があると主張します。但し、其の真相を捉えるのは高度の哲学や外在的経験や体験を超えた信仰によってのみ、人間に最高の真理を心の所有とさせ其の啓示こそが人間に信念と平安を齎すというのでしょう。言い替えれば神の愛アガペーは信仰に始まるということです。然し乍ら、「直覚霊知」にあっては絶対存在・絶対意思・絶対意識は世界理法の創造主であるとは認識しますが「世界の全ての要素」である以上、人間の精神在によっては「苦悪」其のものへと変貌する恐れ無きにしも非ずでしょう。
2015年03月23日
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「思考と直覚」自我とイデア論(七十四) 教父アウグスティヌスも後世の「コギト・エルゴ・スム」デカルトもあらゆる外感覚的で物質的な世界や其の体験を疑うことは可能だし否定することも出来得ようが、疑っているという自己の内的精神の有り様は否定することは不可能でありるとした思考法は相似しています。ですが其の意味するところはデカルトは人間的自我の独自性と其の存在を主張し、アウグスティヌスは外感覚的で物質的な世界や其の体験を疑うことはあり得ても、自己の内精神の深層に真実在として自我に真理(イデア)を求める有り様は認めるが、其の因は我自ら発したものではなく神の恩寵、言い換えれば神のなかにある。真理は絶対真理の創造主である神に源を発し、其のこと故に人間は「神への渇き」、神の延長の様態としてある限りにおいて神に「真理」を求め、至高の真理が啓示されて自己の霊魂に含有される。最高の真理が啓示されて自己の内精神に潜む隠された精神である「霊性」の所有とすること、教父アウグスティヌスよれば「信ぜよ、さらば理解されよう」の信仰が人間の真理追及の根本とされることになります。教父アウグスティヌスはデカルトとは相違し、人間的自我の独自性と其の存在を人間の自立性に求める事はせず神の「真」の流出が人間の自我に真相を齎すと考察しています。此れは、東方インド大陸の仏教哲学、大乗の思想「無我の我」にこそ真相を視るのと対照的であり興味は尽きません。だからといって反対のことを述べているわけではなく理法を「神」の恩寵に帰すか、存在論としての「空」に帰すかの基底的には反対論ですが思考方法に関しては全く相似しています。
2015年03月22日
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「思考と直覚」教父アウグスティヌスの哲学(七十三) 信仰としての分野で、ローマを中心にして着々と地保を固め紀元後392年には皇帝テオドシウスの治世下においてローマ帝国の国教と定められますが、過日には下層民衆の信仰の対象であった筈のキリスト教は変質し、かっての共和政から皇帝による専制帝国へ変貌を遂げるローマ帝国と歩調を合わせるが如く、教団組織そのものが位階制を帯びた官僚主義が確立、新プラトン派の哲学をキリスト教をに取り込み其の確立に尽力し完成したのが最大の教父がアウグスティヌスでした。彼の思考方法は人間の内面性即ち精神の深層へと向かい、通常一般の知識や外感覚的な経験に求めず内的精神の自己確実性の体験を通してのみ真相真理は宿ると説きます。直覚霊知にあっては世界理法の創造主である絶対存在・絶対意思・絶対意識ですが、彼は所謂汎神論として、人間が正しく真理を求める自我を「神への渇き」を意味づけています。後世のデカルトの「コギト・エルゴ・スム」とは違った思考方法をもって「自我の存在の霊性」を主張していると捉えることが可能です。
2015年03月21日
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「思考と直覚」神秘哲学の行方(七十二) キリスト正統派教会が世界理法の創造主である「神」との超感覚的な融合を説いたグノーシス(知識)派を恐れるのは高度の段階にある自然主義或いは唯物的なギリシァ哲学によって協会信者の信仰を薄くさせることに危機を感じたからです。但し、一方アレクサンドリアでキリスト教を教える教父にグノーシス派から異端的な要素を排除することは当然であっても、ギリシャ語の語源が示す通り、ある抽象的な概念を具体的な形象によって語る技法は、キリスト教神学の体系化に役立つことを認識し、知識が信仰に対立するものとは考えず、聖書に書かれた文面に依存しながらもギリシァ哲学の思考方法と其の成果を積極的に受け入れ、主として修学を出来得ない下層民衆の教義を教養を自負する支配層にも受け入れられる教父哲学を構築します。其れ等の事情があって次第にキリスト教は現実的勢力としての地保を固め、紀元後392年には帝政ローマにおいて念願の国教に指定されます。しかし、此処に指摘しておきたいのは律法学者レビや同朋からさえ指摘される大酒飲み(ワインを指す)で遊蕩の男子「大工の子イエス」の思考は帝政ローマにおいて念願の国教に指定されるのが容認される程に、原初のイエスの言葉の解釈が変質されたことも事実です。ギリシァ哲学の「思考と直覚」タレス以来のヘラクレイトスが主張する万物の生成を支配する永遠の理法「ロゴス」思想が復活するとともに教義の根幹として現代にも其の事績が受け継がれています。
2015年03月20日
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「思考と直覚」神秘哲学の台頭(七十一) キリストの現出を「ロゴスの啓示」と捉え教会の正統的教義として認識された教父哲学に対して、其れを信仰そのものとしての「ロゴス」ではなく、人間の持つ精神が神の延長の様態としてある限りにおいて、神との融合及び会話において「知識」として認識しようとしようとしたのがギリシァ哲学に東方世界の秘義を取り入れて実践、人間の経験的な知識ではなく世界理法の創造主である「神」との超感覚的な融合を説いたグノーシス(知識)説です。其れは人間が経験的知識や外感覚的な感覚を離れたところに初めて現れる「神秘的直感」を指しています。然し乍ら、当然に信仰を前提とする教会の正統的教義とする教父哲学からは批判に晒されます。其れ等はヘレニズム化っしたギリシァ哲学にあまりにも偏重するものであって、カルタゴ人テルトゥルアヌスをして「不合理なるが故に我信ず」とさえ言わしめます。それ程に信仰其のものの源泉を追求することは正統派教会としては異端だと排撃するのが当然の「思考」であり信仰を「直感」に求めることは許されざる行いであって追放すべき「思考」でした。それ故に信仰とは論理を求めず只管に信じ守るのが人間の本分だとされるのです。但し此処に付け加えられる「直覚知」は教義信仰には疑問は許されないものではあるのですが、然し乍ら、彼のイエス・キリストでさえゴルゴダの丘の十字架上で苦しみに耐え切れず、一瞬父なる神が視えなくなった時の叫び声は教会の正統的教義でさえ解釈することは難しいことに答えるすべ(方法)を用意します。
2015年03月19日
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「思考と直覚」教父哲学を見る(七十) ラテン系のローマ人による支配下にあった2世紀のかっての地中海国家群は、夫々の信教にもローマ官憲の迫害と攻撃に晒されますが、なかでもローマ支配地域に勢力を及ぼすキリスト教の広域化を恐れるローマからは取り分け其の迫害に晒されます。其のさなかにあっても正統的教義の芯体を確立するためにローマの攻撃を養護し弁論する人物達「護教家」が現出します。いわゆる正統派教会から尊敬して「教父(DECF)」と呼ばれる彼等はをキリスト教を哲学化して思想として定着させることに尽力します。其れが「教父哲学」と呼ばれるものです。此の2世紀の神学哲学にあってもっとも重要と見做されたのが護教家ユスティノスです。彼の説く真理には最初期に世界原理とした哲学者ヘラクレイトス其れに続くソクラテス以来の「ロゴス」、人間が語るギリシャ悲劇や喜劇、寓話等の「空想」ミュトス(mythos)、例えば、半ば伝説の人物であるが、実在したのは確かであろうアイソーポスは「ヘロドトスの「歴史」に歴史上の人物として名が出ています。伝話によると、元はサモスの市民イアドモンの奴隷だったが、語りに長けていることによって解放され、その後は寓話の語り手として各地を巡ることになるのは結構だったのですがが、それを妬まれデルポイの市民に殺されたとされる人物の寓話の世界を代表とする空中楼閣 、実現不可能なことから架空のことを意味する、あるいは蜃気楼の如き認識に比して用いられる「論証する言葉」としての「ロゴス」世界を構成する言葉であり論理、即ち理法をキリストに既在させ、プラトン哲学をモーセからの借用とみなすことにより,ヘブライ思想・ギリシャ思想・キリスト教を調和・統括しようと試み、全ての真理はキリストこそが「ロゴスの啓示」だと述べ、キリスト世界を構成する論理をイエス・キリストに帰しています。「思考と直覚」によっても真の直覚知とは「神秘的直感」も経験的知識や外感覚的要素は持ち込ませない信仰に世界理法の真相を捉えることを目論見ます。
2015年03月18日
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「怪異」リケッチアは神の虫1序章 遡ること20世紀の初頭から太陽系外縁天体(trans-Neptunian objects )略してTNO、即ち、海王星軌道の外側を周る天体エッジワース・カイパーベルトやオールトの雲に属する天体、今は惑星としては認められすに準星扱いにされた冥王星が、22世紀になろうとする現在に国際連合宇宙機構の初の外縁天体有人飛行に惑星とされていた冥王星の周りを衛星の太陽系外縁天体に着陸、マイナス248度の窒素の海のなかで採氷した粒の中に、ヒトに各種症状を引き起こすウイルスと同じように、細胞外で増殖できないダニ等の節足動物を媒介とし、ヒトに発疹チフスあるいは各種リケッチア症を引き起こす偏性細胞内寄生体とも呼ばれる「リケッチア(Rickettsia)」が発見されとの通信が2028年の今、時差をもって地球に齎されます。其の発見者が今現在其の報告を書いている船長こと私です。オカルト・ホラー小説 ブログランキングへ
2015年03月17日
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「思考と直覚」キリスト教教義にギリシァ哲学を見る(六十九) キリストの福音をローマに伝えた「異邦人の使徒」パウロ(Paolo)の書簡の思考にギリシァ哲学の影響を見るのは明瞭です。原始教団であったキリスト教を広域化するためには教義の組織化のために神学系哲学を確立することがローマに正教として認められるには必須でした。即ち、キリスト教神学言い換えれば其の高度の倫理学的な基礎を確立するには形而上或いは唯物的自然哲学のギリシァ哲学を持ち込む必要性に迫られます。2世紀以降にはキリスト教神学がギリシァ哲学を取り入れて正統的教義が確立されます。其れ故、パウロはじめ教義の確立に尽力した思索家を「教父」として崇め、彼等の思考思索の体系を取り入れて「教父哲学」なるものが産み出されることになったのは、キリスト教を単なる信仰宗教色を拭うだけではなく世界理法への取り込みが試みられ実践される状況が起こります。此のことはインド大陸でのシッダールタの「覚り」を思考として分析し自らの思索により一層高度の哲学である「空論」を説いた龍樹を想わせます。何れにしても信教が単なる閉鎖的盲信段階にある限りは教義の芯体を捉えることには難しいとは言わざるを得ません。「思考と直覚」は信仰を第一義的にすることは「直覚霊知」である「覚り」は捉えること能わずと訴えます。
2015年03月15日
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「思考と直覚」ローマ帝政時代の思想(六十八) ヘレニズム文化からラテン文明に移行しても、紀元後のローマでは文化的にはヘレニズム化されたギリシアは唯物的な自然哲学ではなく、個人倫理学的なストア派哲学が支配層には受け入れられています。然し乍ら、多数派の下層階級の民衆及び奴隷層は当時の科学水準の先端をゆくペルシァや歴史的に高度の思想を持つエジプトの宗教文化いわゆる秘義宗教と称されるペルシァのミトラ教やエジプトのイシスを崇拝する影響下にありました。此処に富者や権力者に蔑まれ打ち拉がれていた大衆に哲学思想とは異相のユダヤ教を基底とする絶対存在ヤーウェを基とする人格神の性状を帯びるキリスト教の原始教団では中での貧しくはあるが平等の思想が、彼らの願望を満たし希望の思想として浮かび上がります。信教が哲学思想を超えたものとして受け入れられたのです。其の理由はキリスト教の持つすぐれて高度な倫理性や其の理論が影響したとも言えます。後世にて哲学が屡々引き合いにだす「パウロ」の思索は実はギリシア哲学の影響が多分に見られるものであり其の思考は教会から観ずれば彼等には信仰を一層強化せしめる真実の教父哲学として正統的教義であり不可侵性を付与されることになり絶対的な権威を持ちます。但し、「思考と直覚」の側面から云えば、疑いから真相へといく手順とは相違することになり結論の異同によらず違和感なく受け入れ難いこともときにはあります。
2015年03月15日
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「思考と直覚」ギリシア哲学のプロティノスの万物とは(六十七) 宗教的色彩を纏わない形而上の哲学ともいえるプロティノスの万物、其の当時では大宇宙などは想像さえ難しく、まして「ビッグバン」など当然のごとく科学が捉えきれない時代にあり、プロティノスの万物の創造が何処までの世界を指しているのかは慮っても致し方ないことですが、其の思考の基底である「一者」を、唯物論的な自然哲学者が汎神論ではないにしても神秘論として、ギリシア哲学とキリスト教ととを媒介したことは事実にしても神秘主義者と決めつけることは許されません。彼は所謂汎神論として、霊感脳者では無く世界理法を極めようとする形而上の哲学者であり、其処に人格神的な要素は全くなく、自然論を糸口としてプラトンのイデア論から自己の精神の深層を鑑み「一者」、此の言葉は多分に観念的に誤解を呼びそうですが「一のモノ」と解釈すると、我々人間が其の存在性さえ問えない根元の源としての「有」が浮かび上がります。其の「有」を神や創造主等に例えるときに唯物論からは神秘主義との批判がなされ「直覚霊知」的には矮小化されたと映るのも「思考と直覚」は訴えます。唯物論的な近代哲学を信奉する人間が「万物が一者から流出する」という理論を未だに世界創造の「コア」を糾明できない段階にある人間が非難するのは時期早々だとも云えると断じます。
2015年03月14日
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「思考と直覚」ギリシア哲学のローマ時代(六十六) ヘレニズムからラテン世界のローマへと時代が進むと、哲学思考に不毛な環境が訪れます。但し、一般的には個人倫理中心に哲学が東方の宗教的色彩を帯びる中、ギリシア哲学の新プラトン学派が宗教色を嫌い最後の抵抗を見せます。ローマは軍事的にはギリシアを征服したが、文化的にはギリシアに征服されたの言葉通り、此の当時に東方オリエント文化の影響下にあったヘレニズム哲学ですが、多くは個人倫理中心に哲学さえ心の安寧が得られないことから宗教色を哲学に求めます。其のさなか、まさに「直覚霊知」を絵に描いたような人物プロティノスが出現します。プロティノスの人種は本人黙秘のため不明だが、不確実な史料によるとエジプト人はエジプト生まれのアレクサンドリアで学んだと云われますが、プラトンのイデア論から「一者」哲学、即ち新プラトン学派を創生します。ギリシア哲学を尊奉し、神話にも通じていたとして彼を一部では神秘主義者と断じられる向きもありますが、此の「一者」と云うのは、所謂、汎神論として人格神をいただくキリスト教とは違い、後世のスピノザ的な絶対存在、仏哲学的にいう「有」を指し示していると想われ「思考と直覚」的には感ずること大なものがあります。
2015年03月13日
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「思考と直覚」ギリシア哲学の変容(六十五) ヘレニズム時代のギリシア哲学も觀方(見方)によればプラトンの「国家論」のごとき国家や汎用的統治社会論等を信奉する思考家から言えば個人倫理其れも人間の精神の有り様を問う哲学は矮小化されたと映るかもしれません。其の理由をギリシア国家の基板ともいえるポリス的社会が滅び、ヘレニズム世界では社会的権力に関与しなくなり、政治的に無関心になったことであると取り上げます。しかし、彼らは世界市民としての自覚からコスモポリタンの道を歩みます。此の現象をプラトン及びアリストテレスの統治者の哲学からアレクサンドロス3世(大王)の出現により地中海国家とオリエント文明さらにはインド文明をも包含した世界国家によりギリシアがもはや統治者としての可能性を奪われたことによる卑小化された哲学、逆に世界国家建設の統合的政治論が失われたと嘆くのは哲学に唯物論を持ち込む立場です。自然哲学と形而上哲学及び観念的な思想哲学を思考の大小で比較すること自体、近世から現代にもてはやされた「唯物論」の影響を見ます。逆に捉えれば国家如きの枠に因われない世界理法、人間精神の存在理由及び生命神秘を追求する人間個人個人の辛苦の苦抜きをも追求する理法を求めた個人主義的哲学が唯物論的世界を思考的には遥かに広大深淵で其れを凌駕していることを「思考と直覚」は訴えます。
2015年03月12日
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「思考と直覚」ヘレニズム時代の思考(六十四) アレクサンダー大王、大王とは制服国束ねの其々の国王を兼ねている事からもくる尊称ですが、その死後、紀元前3世紀のアンティゴノス朝マケドニア、セレウコス朝シリア、プトレマイオス朝エジプトのヘレニズム三王国が出現、所謂ヘレニズムレニズム(Hellenism)、ギリシア人(ヘレネス)の祖、ヘレーンに由来する語で、アレクサンドロスの東方遠征によって生じた古代オリエントとギリシアの文化が融合した「ギリシア風」の文化を指し、女王クレオパトラを最後としてジプトが滅亡するまでの約300年間を指す示しているのが通説です。他説ではペルシア人の台頭によりヘレニズム三王国が滅亡或いは衰退するまでを指すこともあります。何れにしてもアレクサンドロス3世(大王)の影響下における代オリエントとギリシアの文化が融合が後世のギリシア的要素を中心にしたギリシア・ローマの文化が花開きます。それはギリシア文化が地中海沿岸のヘラス世界から東はインダス川流域にまでの地域に古史からの伝統ある文明を誇る東方諸民族の拡がったことに拠る、ギリシア文化への東方文明の思考の影響です。其のこと故に、政治経済のみならず文化の中心が文化の中心が、アレクサンドリア、世界の七不思議の一つに数えられる巨大なファロス島の大灯台や、各地から詩人や学者たちが集まってきた学術研究所ムーセイオン、文学・歴史・地理学・数学・天文学・医学など世界中のあらゆる分野の書物を集め、70万冊の蔵書を誇りながらも歴史の闇に忽然と消えたアレクサンドリア図書館、ヘレニズム時代の商業(地中海貿易)と文化の中心地として栄えた。『幾何学原論』で知られる数学者のエウクレイデスや、地球の大きさを正確にはかったアレクサンドリア図書館長エラトステネス、アルキメデス、ヘロン、クラウディオス・プトレマイオスなどが活躍したアレクサンドリア等の東方の諸都市に移りますが、思考としての「哲学」だけはアリストテレスの「霊魂観」を引き継ぐアテナイにありました。但し、唯物論に立つ哲学から見れば甚だ個人的であり、其の自然観はアリストテレスの倫理観に従属占められているとの批判されますが、心の深層の不安や平静を説く自然観は受け入れ難いものでにしろ直覚的には受け入れる余地はあります。直覚はこう紐解きます。観念論にしろ唯物観にしろ、思考が求める究極の目標はは見掛けの真実ではなく確信でも至らない真相を観相させる「覚り」即ち理法です。
2015年03月09日
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「思考と直覚」哲学の波紋(六十三) アレクサンドロスの遠征・征服した領域は最大領域は東西4500kmに及ぶ其れまでの世界史上最大の面積を誇ります。帝国の名称さえ定着せずに若干にて夭折した後は、大王の遺言に忠実に「最強の者が帝国を継承」しようとして覇を争うことになり、アンティゴノス、セレウコス、プトレマイオス他の諸将によるディアドコイ戦争を経て分裂、やがて紀元前3世紀にアンティゴノス朝マケドニア、セレウコス朝シリア、女王クレオパトラを最後とするプトレマイオス朝エジプトのヘレニズム三王国が出現し、それらは互いに相争っていたもののひとまずはこの三国鼎立の形に落ち着き、所謂ヘレニズム時代が幕を開けます。その間アレクサンドロスの一族はディアドコイ戦争中に殺害され、アレクサンドロスの血統は断絶し稀代の「霊性」を身に付けたカリスマの一族の血統は絶えます。彼の思考には当時における人種差別主義は恩師アリストテレスの薫陶にて無く、ペルシャ文化への融合に心を配り、自らダレイオス3世の娘を娶りペルシア人と部下の集団結婚を奨励しています。其後ヘレニズム文化へ移行した世界はギリシア文化とオリエント文化が融合、東アジアの思考へ、更には影響は極東にまで及びます。歴史に若しもや仮定は許されないが時代が時代で近接していることから、インド大陸の哲学の祖シッダルタと会話したらとの誘惑に駆られます。転生を確信しても其れを克服する哲学を説くシッダルタとアリストテレスの「霊魂観」を信奉するアレクサンドロスとの会話は相互の霊性が共鳴したことでしょう。哲学であれ宗教であれ辛苦脱出の手段だけではなく人間に夢ある幸いを齎すことを「直覚」は囁きます。
2015年03月08日
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「思考と直覚」哲学の波及((六十二) 歴史的には類稀な美貌の持ち主は男色とされていますが、アレクサンドロスは紀元前328年に帰順した有力者、オクシュアルテスの娘ロクサネを妃とします。此の点で日本の戦国時代にアレクサンドロスを模倣して伝わったとされる毘沙門天(像)を軍旗として戦いに明け暮れた日本の上杉謙信とは微妙に異なります。しかし、ペルシア王国を征服し、猶も、インダス川を越えてパンジャブ地方に侵入し、5月にヒュダスペス河畔の戦いでパウラヴァ族の王ポロスを破り、その後も周辺の諸部族を平定しながら進軍し、インドにおいて最も勇猛なカタイオイ人も制圧した姿は、正に毘沙門天そのものです。部下が疲労を理由にこれ以上の進軍を拒否し、バビロンに戻ったアレクサンドロスが蜂に刺され、ある夜の祝宴中に倒れ10日間高熱に浮かされての遺言は「最強の者が帝国を継承せよ」、全くの私心無き言葉でした。ギリシア文化とオリエント文化が融合したヘレニズム文化は東洋の神秘である思想としてある仏教にも多大な影響をもたらし、アリストテレスの「霊魂観」が東洋にも影響を与えます。自らを「神」とは戦略的な要素からしか主張しない稀代の英雄は「霊魂再生」を直覚していたのかは想像の域を超えませんが、記史では木乃伊とされた彼の魂は再来を待っているのかもしれません。
2015年03月08日
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「思考と直覚」哲学の実戦的応用(六十一) アレクサンドロスは遠征を開始してわずか10年で史上最大の帝国を建設し たが、その支配体制はまだ流動的なものであり、十分完成されたものではなかっ たが、思想的には世界の東西の交流を促し東西亜細亜と欧州の思想に与えた影響は図り知れないものがあります。後世にはハンニバル、カエサル、ナポレオンなどの著名な英雄である歴史上の人物たちから大英雄とみなされていますし、旧約聖書やコーラン、シャー・ナーメ、ゾロアスター教など多様な民族の教典にも登場することとなります。若干20歳を超える青年が全ギリシアに覇を唱え、小アジアの征服し、ペルシア東征に出発し、小アジアに渡ったマケドニア軍総勢38,000人で小アジア太守の連合軍4万と対峙、この時のアレクサンドロスの出で立ちは後世に毘沙門天のモデルになる程の甲冑を纏い小アジア太守の連合軍に影武者にも光り輝く黄金或いは白銅の鎧を付けさせ三方から出現、一方だけは空けておく巧妙な作戦で、太陽を背面にして光り輝き宗教面での計り知れない恐怖心を与え、小アジアに駐屯するペルシア軍を蹴散らしながら東進を続けて行きます。彼には宗教面的には信仰はアリストテレスの影響からも無かった筈ですから、心理学にも長けていたでしょう。おそらくは、自己自身は思考的にはアリストテレスの霊魂観を抱いていたと想像されます。其処に観相されるのは自己の生きる存在的意義を直覚的に認識していたことは疑いを得ません。
2015年03月07日
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「思考と直覚」哲学の実践(戦)的応用(六十) 哲学には当然に人間の精神面及び思考の経過を探求しますが、ギリシア北部アルゲアデス朝のマケドニアにあってアリストテレスを家庭教師として育てられた若き青年が、ヘーラクレースとアキレウスを祖に持つとされ、ギリシアにおける最高の家系的栄誉と共に生まれたアレクサンドロス3世(紀元前356年7月20日生誕- 紀元前323年6月10日没)が前王の王位を継承して一躍歴史の表舞台の頂点に立ちます。父はヘーラクレースを祖とする家系のマケドニア王ピリッポス2世で、母はエペイロス王女オリュンピアスでアキレウスを祖とする家系で、ギリシア世界で最大の栄光を持つ両英雄の血筋を引き家系的栄誉はギリシア随一、加えて父王はアテナイから当時における屈指のマケドニア人の学者アリストテレスを「家庭教師」として招く。アリストテレスは都ペラから離れた「ミエザの学園」で、紀元前340年までアレクサンドロスとその学友を教えたと云われ、アレクサンドロスは「ピリッポス2世から生を受けたが、高貴に生きることはアリストテレスから学んだ」という言葉を残すほどに、アリストテレスを最高の師として尊敬するようになるのは好寓でした。また、彼と共に学んだ学友が、後に大王を支える将軍となり、東征中、アレクサンドロスの要請で「王道論」と「植民論」を書き送ったといわれるアリストテレスの東征を助けます。其の交流はアレクサンドロスの死まで続いたと云われることから彼の「霊魂観」は師のアリストテレスを反映しているものと想われます。「思考と直覚」は、都ペラから離れた「ミエザの学園」でアリストテレスに教えを受けたアレクサンドロス3世、通称アレクザンダー大王の生涯には非常に興味があり且つ大きく影響を受けるものがあります。
2015年03月06日
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「思考と直覚」哲学の定義の変遷二(五十九) 歴史上の思想としての哲学は何についての学問なのかは実は曖昧であり、人によっては見解が分かれるところです。極端に言えば、どのようなものでも思考すれば哲学になると極論出来る程です。したがって、哲学は扱う対象が人によっても百花繚乱、哲学者と称する人間の数だけ哲学あるとも言えるでしょう。然し乍ら、そうは言っても哲学者と称する人間には問題の立て方の点で共通した態度が見られます。「人間生きていくのに何故苦しみを負わえばならないのか」「世界や人間の終末、其の後はどうなるのか」の課題を追求し真相を見出そうとする面では一致しているからです。即ち、「哲学とは何であるか」という問いには、ある大まかな解答が得られるようには思われるます。世界内存在の根拠や由来、更には其の理由、将又、宗教味を帯びたとも云える物事の存在の神秘、世界内外を問わず世界創造の原因を明らかにしようとする試みをも確かな理由を求める疑問文に帰着するかぎりは哲学とは、存在の 形而上学(Metaphysik des Seins)であると大胆に言い換えることさえ可能です。其処には人間の特性としての霊性と魂の有り様、其の肉体の生死によっての變化の実相の追求をも含有されます。「思考と直覚」はただ歴史的に認証された高度の哲学や信仰を闇雲に信じる態度を取ることをせず、自らが自己の内精神に眠る霊性、絶対意思の様態の延長としての霊性を通して転生を確信します。
2015年03月05日
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「思考と直覚」哲学の定義の変遷一(五十八) 哲学という分野は当然にギリシァに其の源を発するのではあるが、人間の解釈次第で如何様にも拡大縮小出来得る曖昧性を抱えています。日本語における「哲学」の語源の初出は西周の百一新論とされています。これは北宋の儒学者周敦頤の「通書志學第十」士希賢(士は賢を乞い願う)との文言があり、ここから「希哲学」(哲はすぐれたものを表す表現)思想の語が生まれ、中国で西洋の文化全般を総称した中国西学が「Philosophy」の訳語として転用したものを西周は採用し、さらにこれを変形させて「希」を省略「哲学」としたもので曖昧性は拭えません。そもそもフィロソフィアという語は古代ギリシァに其の源を発する「愛する」 と「知恵、知、智」を合成したもので「知を愛する」または「智を愛する」という意味が込められています。フィロソフィアという語はヘラクレイトスやヘロドトスによって多少は形容詞や動詞の形でいくらか使われていたのソクラテスやプラトンが用いるようになってから名称として確立しますが、その実、哲学の対象・主題そこには一定の対象というものは存在していません。それ故に、哲学の対象は自然でも人間でもなく「神」であってもいっこうに構わない訳です。「思考と直覚」を哲学の根本定義とすることも許されることになります。
2015年03月04日
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「思考と直覚」哲学とソフィスト(五十七) ギリシァ最大の権威あるソフィストと呼称されるプロタゴラスですが、彼も法律実務家として識見高くとも哲学者というよりは啓蒙思想家として秀でていた人物です。ソクラテスの批判を受けるまでもなく、その他のソフィストと呼称される人物達は現代にいう弁論術、物事の真理を問うことなどはさして重要事ではなく、何を死んであるかの如く思わせることが最重要で、真実其のものも時事環境で変化する相対的なものとして捉え、いわば社会的宣伝家としては有能でしたので、ペルシャ戦役に活躍して今は無視できなくなったアテナイの平民大衆の台頭で、大衆の支持を得て立身出世を目論む青年期族にもてはやされて一大思想勢力を築き上げます。これは現代の政党哲学からは支持されるでしょうが、純粋哲学からは唾棄すべきものだったでしょう。喩えれば経文知らずの僧侶が声明のみを練習し有り難みのある御経を読まれるお坊様として尊敬され位階を高めている御時世に似通っています。ここに人間が「真知」を覚るのに思考と直覚を働かすのに言語ではなく内精神の深層の声に耳を傾ける必用があることが判ります。
2015年03月03日
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「思考と直覚」純粋哲学の曙(五十六) タレスに代表されるミレトス学派にしろ万物の根元を「火」に求めたヘラクレイトス、直角三角形の3辺の長さの関係を表す等式である三平方の定理である「ピュタゴラスの定理」の数学的にも鬼才を放つピュタゴラス、「空気こそが根元であって、其れが希薄化すると火になり、濃厚化すると水、更に進むと土になる。」と説くアナクシメネス等の云わばギリシァ植民都市の哲学の祖と呼称される各々の説は現代分別するところの哲学ではなく、自然現象の変化を究明する自然科学に近似するものであり自然現象に解を求める「現象科学・自然哲学」とも云える思想家です。当時は哲学が思想の頂点にあり科学は其の傘下に属していた時代です。これに対してBC5世紀の後半以後は哲学の主体がギリシァ植民都市からギリシァ本土其れも文化的ポリス都市の中心であるアテナイが哲学を華開かされます。アテナイが哲学の文華として花咲きます。神話的神々に支配されていたアテナイに勝利したペルシャ戦争による社会情勢の変化が、アテナイで神々に支配されていた人間の中から新たな思想家を生み出します。然し乍ら、「直覚}的には必ずしも肯んずるものでもありません。自然科学を傘下に置く思想は多分に観念的な思想、悪くいえば個人的な観相を呼び込むことにもなることがあるからです。
2015年03月02日
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