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~三陸海岸への旅から~ パソコンを修理に出している間に、実は私も今日から旅へ出ています。パソコンが使えないのでは仕方ありませんものね。それで何とか予約機能を使って、せっせとブログを書いて来たのですよ。だからコメントへの返事も、ブロ友さんの所へもお邪魔出来ないのです。ゴメンナサイね~!! 今回は7月に旅した岩手県の三陸海岸の写真の残りを掲載しますね。ここは「北山崎海岸」です。 この景色を見るために、駐車場から相当階段を降りました。 太平洋の荒波にもまれて、岩に幾つもの洞窟が開いています。 ここは国立公園の一部。確か「三陸復興記念公園」だったかなあ? 遠く離れていても、眼下から潮騒の音が聞こえて来ます。 松に吹く風の音も爽やかでした。前日までのの梅雨が、この日は晴れていましたね。 ここに来る時は下りたのですが、帰りは全部登りです。汗だくになってバスに戻りました。 三陸海岸のシンボルのスカシユリです。可憐ですね。 旅の途中で三陸鉄道北リアス線にも乗りました。これは「あまちゃん列車」。朝ドラが懐かしいな。 ここからは帰路の車窓からの何気ない岩手の風景です。 窓に張られたフィルターが青いもので・・。 三陸海岸は初めてでしたが、なかなか充実した旅でしたね。 盛岡の付近まで帰って来ると、美しい姫神山の姿が見えて来ました。 姫神山の登山ツアーでは、この頂上から岩手山がきれいに見えましたよ。 宮城県に入るころには夕暮れ。ラムサール条約に加盟した「化女沼」(けじょぬま)の夕景です。 <完>
2018.11.30
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~残り物の写真から~ 熊野那智大社と同じ境内にある青岸渡寺の屋根です。「五七の桐」の紋章が見えます。 お寺なのに古い狛犬がありました。明治以前は神仏混交だったのです。 灯篭のレリーフをズームアップ。かなり古いみたいで、緑青(ろくしょう)が吹いています。 青岸渡寺への御幸の模様を描いた絵です。 熊野詣(もうで)の説明板です。「御幸」も天皇の場合は「みゆき」、上皇や皇族の場合は「ぎょこう」と呼んで区別していたみたいですね。ここ熊野は古来より信仰の地でした。 龍神が祀られていました。那智大滝の化身でしょう。那智大社と青岸渡寺が密接不可分の関係にあったことが、これでも分かります。 本堂に祀られていた「おびんつる様」。インドの聖人のようです。 こちらは役小角(えんのおづぬ)別名役行者(えんのぎょうじゃ)です。全国の深山で修行し、山伏の祖となった人。仏教、神道、修験道に通じ、一説によれば自由に空を飛んで移動出来たとか。 宿の部屋から見えた那智勝浦の港です。 洞窟風呂入り口の暖簾です。 洞窟風呂から見えた熊野灘の風景です。 これで紀伊半島の旅の写真は99%載せることが出来ました。<続く>
2018.11.29
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~今年の紅葉の見納めです~ 「小さな秋を見つけに」のタイトルで続けて来たシリーズですが、そのタイトルが似合わなくなりました。暖かかった仙台でも紅葉が遅れていたのですが、その後の冷えでほとんど落葉してしまったからです。それでタイトルを変更し、紅葉・黄葉とのお別れにしたいと思います。本当は名残尽きないのですがね。 11月8日に撮影した近所のA公園です。鮮やかな紅葉ですね。 葉っぱを見るとケヤキのようですが、こんなに赤くなるのかなあ。 これはどうやらドウダンツツジの葉っぱみたいですね。 変化をつけるため、公園入口のこんな風景も1枚。 渋い色合いのモミジも入れてみました。 この日初めて見た樹と木の実でした。 良く見かける木なのに、名前がちょっとねえ。(;^_^A これはニシキギ(錦木)ですね。小さな赤い実が生りますよ。 ここからは11月11日に博物館付近で撮影したもの。眼にはきれいに見えた紅葉でしたが。 ほらね。青空を背にすると美しいでしょ? 縦型の写真を3枚連続で並べてみました。色の変化が見事ですねえ。 ここもハーフマラソンや女子駅伝のコースなんですよ。 折角の紅葉も逆光ではねえ。そして枯れて散った葉っぱは芝生に積もります。 最後は苔生した岩の上に散った紅葉です。どうもありがとう。来年もまたよろしくね。
2018.11.28
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~黄昏時の楽しみは♬~ 影絵遊びのシリーズもこれで3回目。今日が最終回になりました。 何せパソコンの調子が今一なので、残った写真を使おうと懸命です。 撮影の対象は黄昏時の風景。何も珍しいものではありません。 でも明暗がはっきりするこんな風景が、私は案外好きなんですよね。 次第に薄暗くなって行く西の空です。 それを「影絵」みたいに感じて、楽しんでいる私です。 でもねえ。この影絵、なんにも答えてはくれないのですよ。 おやまあ、街路灯にも灯りが点いたよ。 お家の陰がずいぶん深くなったねえ。 そして次第に暗さを増す晩秋の空。 木も電線もそしてお家も、次第に夕暮れの中に帰って行く。 団地の向こうに夕陽が沈んで行くよ。また明日ね。 ただいま~。はいお帰り。ずいぶん遅かったねえ。ご飯だから手を洗ってね。
2018.11.27
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~華やかな花々によせて~ 暫くお休みしていたこのシリーズを再開しようと思います。 たまたま用事で出かけた近所の生協。そこの花屋さんの花々です。 近くに大型のモールが幾つか出来てから、あまり花が売れなくなったと花屋さん。 それでも快く撮影を許可してくれたのですよ。ありがとうございます。 しかし、こんな豪華な花々を一体誰が買うんだろうねえ。 園芸種の花々は様々な改良が加えられて、より一層華やかになって来ましたね。 昔はこんなきれいな色の花など、見かけることはありませんでしたね。 それが今では自由自在に、さまざまな色の花で溢れています。 まるで夢を見るような色あいの花々。可愛いですねえ。 そんな中で、一風雰囲気が異なるコーナーも。 ここはお店のスタッフが、アレンジメントしたんですってよ。 ふ~む。なかなか素敵。エレガントだし、感覚が洒落ているよね。 花のコーナーにはこんな変わり種も。 この実なんの実木になる実~!! こちらはドライフラワーでしょうか。 こんなシックな色合いも、私は好きだなあ。なんちゃって。 親切な花屋さん、どうもありがとうね。花を買わないで、どうもスミマセ~ン。 <完>
2018.11.26
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~老いと健康~ パソコンの調子が今一で、いつ壊れてもおかしくない状態。そのためまだ動くうちに予約機能を使ってせっせと書いている。もし理由もなくブログが2Wも停止したら、その時はPCが「修理中」か、本人が「入院中」とご理解くださいませ。<亭主敬白> さる奇特な方が「芋煮」の残りを届けてくれた。11月中旬の日曜日。その日が今年最後の町内会の草刈りだった。この日は「芋煮会」をするのが我が町内の恒例行事。だが私は毎年行かないでいる。何だか「ただ」で何かを食べることに抵抗があるのだ。届いた「芋煮」にうどんを入れ、有り難く頂いた。肉もなく、味は薄かったが不足分は自分で追加。老化が進み、年々参加者は減る一方らしい。 ある方がブログを一週間休まれ、出した結論が週3回の更新とのこと。それも立派な選択だ。高齢のご主人を見守る中でのご自分の勉強や家事。立派なものだといつも感心している。これからはもっと時間を掛けて短歌や俳句を作りたいとも。そんな風にして自分に残された時間を有意義に使うのは、とても素晴らしいことだと思う。 それを読まれたある方のその日のブログは、いつもより元気がなかった。80歳を過ぎて幾つもの趣味の会に所属し、毎日のように活動されている方。気持ちは若々しく、知的関心も高い。いや気持ちだけではない。毎日8千歩ほども歩かれる壮健さ。その方が弱音を吐くのは、最近甥御さんを亡くされたせいか。いや、その方のことだ。少し日が経てばまた元気になるはず。何せ生命力に富んだ方だもの。 ある方がブログを閉じている。私の一番古いブロ友さんで昨年体調を崩され、年末に再開してから怒涛のように更新された。だがその内容に驚嘆。来る日も来る日も朝日と庭木。それもほとんど同じ話だった。きっと息子さんが気づいて止めたのだと思う。自分では有為な情報を発信した積りでも、他人にはそう思えないこともある。つまり認知機能の低下。老いとは実に残酷なものでもある。 終末期医療問題に関する番組を観た。寝たきりになり、自分で医療の継続、非継続の是非を判断出来ない患者が増えている由。高齢化社会の一面だ。でもねえ、そうやって身近に家族がいる人はまだマシ。これからは独居の高齢者がますます増える状況にある。60歳を過ぎた単身者には、不動産屋さんもなかなか物件を紹介しないようだ。無論それは大家さんの意志でもある。 健康ならまだ自分でも何とか出来る。問題は自分で自分の始末が出来なくなった後だ。今は元気で他人事のように聞いてる人も、やがては切実な問題として自分自身にも降りかかることを忘れているだけなのだ。高齢化問題は単に高齢者自身の問題だけでなく、社会や家族の在り方と密接不可分な関係にある。亡くなったかつてのブロ友さんのことを思い出さない訳には行かない。彼らは「その時」どれだけ苦しんだのだろうね。 前妻と別れて独り暮らしになった昨年。私は人生で初めての「霜焼け」を体験した。今になって思えば、原因は食べ物の節約つまり栄養不足か、暖房の節約や風呂の節約つまり光熱費をケチったか、それとも新陳代謝の低下つまり老化に伴うものか、そしてそれらの総和なのか。いずれにしてもその過ちを繰り返さぬよう、今年は早くから暖房を入れている。 食べかけのムベ ともあれ今は全てがマイペースだ。寝るのも起きる時間もゆっくり目。おかずはまだ何とか自分で考えながら作れている。正月のおせち料理は外注した。昨年とは別な会社で、少し豪華な気もするが実物はどうか。冷凍ではなく冷蔵なので早めに処理しないと。来年早々の旅行はまだ申し込んでいないが、行き先は決まっている。別末の愛知行きも何とかなりそうだ。さて、そろそろ洗濯物を取り込む時間だ。
2018.11.25
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~人間のなせるわざとは~ 米国の戦略国際問題研究所(CSIS)の発表によれば、北朝鮮の国内でミサイル関連施設13か所が新たに確認された由。北が公表してない関連施設は、これを加えて合計20か所になったそうだ。朝鮮戦争の終結宣言を求める一方で、依然として核の開発を進める北朝鮮。これが脅威でない訳がない。だが韓国は北との友好を深め、経済制裁の解除を模索するのはなぜなのだろう。実に不思議な話だ。 中国が国際大陸棚限界委員会に、中国の大陸棚は日本のEEZのかなり内側、つまり奄美諸島のすぐ傍まであると訴えた。認められれば領土になるわけではないが、資源の開発が可能。根拠は沖縄トラフ(海溝)まで中国の河川がもたらした土砂が積もっていると。これに対して日本側が異議を唱え、審査の対象にならずに済んだ。しかしその根拠を示すためにも、今後海底の土砂を掬って調査する予定の由。 パプアニューギニアで開催されたAPECでは、共同声明が出されずに終わった。中国による南シナ海の城砦建造や「一帯一路」政策にアメリカが警告し、中国は逆にアメリカの保護主義を非難すると言う応酬があったせいだろう。さらにアメリカは日本と協力して、「一帯一路」に対抗する新たな経済支援策を実施すると表明。中国の膨張主義は、資金援助で後進国をがんじがらめに縛る危険な策動と考えたのだ。 そのアメリカとメキシコとの国境に、例の集団の第1陣約千人が到着した。もちろん「柵」の向こう側にはアメリカの軍隊が待ち構えている。メキシコ政府は「難民」のために仮設のテントを設置し、水や食料を提供した。だが、付近の住民からは反対の声が根強い。「難民」は後続の人を待って共同でアメリカとの交渉を目指すようだが、状況はかなり厳しい。トランプさんも決して容赦はしないはずだ。 日産自動車のゴーン会長が逮捕されたニュースには驚いた。容疑は「有価証券報告書」への虚偽記載で、2010年以降の給与を50億円少なく申告した由。日産1社だけのことで、他にもルノーと三菱自動車の会長を兼ねているため、収入はさらに巨額。そのうえ社内で不正経理を指示したとか、子会社に命じて外国に4つの住宅を用意させたとも言う。 巨額の赤字を抱えた日産を救った大恩人の彼が、そんな大それたことをしてたとはねえ。逮捕は日産の幹部と東京地検との「司法取引」で実現したことで、かなり以前から裏付けの調査が進んでいたと言う。前半は「大恩人」だった人が、後半は「大悪人」に変身した訳だ。それにしても人間の欲の深さには驚きを禁じ得ない。さて日産、ルノー、三菱自動車の将来はどうなる。早速日産の株価は下落したが。
2018.11.24
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~残り物の写真から~ パソコンを修理に出す前に、予約機能を使って目一杯ブログを書いています。今日は6月の紀伊半島への旅行の残った写真を中心に。 ここは三重県、和歌山県、奈良県の県境を流れる北山川。熊野川の支流に当たりますが、この瀞峡(とろきょう)を遊覧船で楽しみました。これはポスターから借用した写真です。 私達が乗った船で屋根が開きます。この場所は3つの県が接した中州です。 船内の前方を見たところです。左が船長さんで、右がガイドさんです。 断崖絶壁ときれいな川の色。昔は水量が豊かで、材木を筏に組んで河口まで運んでいました。 水量が減った今では、筏が組めなくなりました。それに海外から安い材木が輸入されて。 昔は大勢の観光客が泊まった旅館も、今では廃墟になってしまいました。 かつて台風で全ての観光船が流されたこともあったとか。今はとても静かな流れです。 ここからは熊野那智大社の残った写真を載せますね。 熊野那智大社は元々山の麓にあったのですが、水害で現在の山上に移転したのです。 境内のご神木です。ここまでに400段以上の石段を登りました。 本殿が修理中だったため、さい銭箱も臨時の場所にありました。 これが熊野那智大社のご神体の滝です。麓の飛瀧神社(那智大社の別社)で撮りました。 最後に熊野本宮大社のポスターを。<続く> 昨日不調のPCを修理に出しました。戻ってくるまでに、多分2Wほどかかると思います。12月7日までの日記は予約で書いていますが、戻るまでの間コメントへの返事やブロ友さんへの訪問は出来かねますので、ご了承くださいね。では皆様もどうぞお元気で。
2018.11.23
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~名前を知らない花が多いのですが・・~ 一か月ほど前に撮っていたホトトギスソウ(杜鵑草)。今ではすっかり姿を消しました。 秋は黄色い花を良く目にしました。名前は知りませんが「何とかデージー」かも。 こちらも名前を知りません。わが町内会の花壇に植えたものです。 こちらも町内会の花壇にて。ダリアですが値段の高い品種ではなさそうです。 このダリアも同様です。豪華ではありませんが、かえって親しみが湧きますね。 玄関先のコリウスを撮らせてもらいました。本当はもっと鮮やかな色だったのですが。 あまり見かけない珍しい花でした。当然名前も知りません。 上の花のすぐ近くのお宅の花。こちらも知らない花ですみません。 ここからは小菊が何枚か続きます。 庶民的な小菊。私は案外好きな方です。 これも名前を知りません。ひょっとして前にも載せたかなあ? ヴィオラなどの寄せ植えです。これからの季節の定番ですね。 ピンク色のダイモンジソウ(大文字草)がまだ頑張って咲いていました。 これはルドベキアの仲間でしょうか。私は初めて見たのですが。 ハボタン(葉牡丹)です。花ではありませんが、厳しい冬の彩ですね。 これは多肉植物のミセバヤかな・・。 一見ダリアに見えますが、バラです。立冬を過ぎても暖かい今年は、晩秋でも色んな花が私達の目を楽しませてくれました。これでも季節外れにならないよう、急いで載せたのです。<続く>(謹告)PCの調子が悪いため、本日修理に出す予定でいます。治るまでには多分2Wはかかるはず。一応予約機能を使って12月7日までの日記は書いていますが、その間コメントへの返事や皆さんのところにお邪魔することができません。どうぞよろしくご理解くださいね。では皆さんもお元気で。
2018.11.22
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~シャコバサボテン咲く~ 帰宅したら家の中から音が聞こえて来た。「おかしいなあ。ちゃんと鍵をかけていたんだけど」と訝しむ。居間に入ってすぐに原因が分かった。TVが点いていたのだ。リモコンで消したうえに、この日は念入りにメインスイッチを切った。多分その時逆にスイッチを入れてしまったのだろう。最近はそんな不注意が増えた。でもこんな程度なら、誰にも迷惑をかけない範囲だろう。 出かけていたのはJRの最寄り駅。「大人の休日倶楽部」のパス(東日本4日間乗り放題)にプラスして、愛知県で行われる「筑波悪友会」のチケットを買うためだった。指定席は取らず、全部自由席のままだが無事に購入出来て良かった。最近はこんな簡単なことですら面倒に感じるようになっていた。全ては老化のなせるわざだろう。 先日買い物に行く途中、庭にたくさんのリンゴが生っているのに気づいた。だがその時はカメラを持っておらず、改めて撮りに出かけた。家人がおられ撮影をお願いすると、庭へ入る許可を得た。赤いリンゴを撮っていると、奥に黄色のリンゴもあると言う。なるほどもう1本にも鈴生りのリンゴ。耳の遠いご主人に尋ねると、いずれも苗木を買ってから4年。2年目に1個生り、3年目からは鈴生りらしい。 この庭は最初砂利だらけだったため、土を改良した由。丁寧に砂利を取り除き、腐葉土を入れ、枝の剪定に注意し、実が生って以降は枝が折れないよう補強したようだ。お礼を言って退去し、自転車で帰った。坂の途中で自転車を押す老婦人に「ガンバレ!」とエールを送る。家の近所で山茶花を撮っていると、さっきの婦人が礼を言い頭を下げて横を通って行った。 この日は花に縁があった。町内会の花壇では皇帝ダリアが見事な花を咲かせた。昨年は咲いて直ぐに霜にやられ萎れてしまったこの花が、今年は何と見事な出来栄えだろう。早速お世話人のKさんに伝えると、彼も大いに喜んでいた。実は冬を持ち越すことが出来るよう、保温の工夫をされていたのだ。多分仙台以北での栽培は無理かも知れない。暖かかった今年の秋が幸いしたと思う。 家ではシャコバサボテンが咲き始めた。先日室内に取り込んで以降、急速に蕾が膨らんでいた。少し白っぽいのと濃いピンクのとの2種類。殺風景な家の中が少しは明るくなった。 さて、先日の俳句教室で先生が「俳句は詩だ」と一言。そして「風景を詠むのが俳句で、人を詠むのが川柳」とも。1つの俳句を詠む陰に、50もの捨てられた句があるとも。私が提出したのは次の句。 名将の古城はいづこ破れ芭蕉 古城には「ぐすく」とルビを振り、「破れ」は「やれ」と読む秋の季語だ。 今帰仁城 これは沖縄本島北部の恩納村(おんなそん)にある山田城の城跡を訪ねた際の印象を詠んだもの。先生は「やけに沖縄に拘ってるね」と言いつつも、スマフォで検索した沖縄の城を皆に見せてくれた。今帰仁村(なきじんそん)の今帰仁城だった。私が詠んだ山田城は石垣すら満足にない廃城なのだが、そんなことは誰も知らない。でも心に刻んだあの思い出は今もなお強烈。満足して家路に就いた私だった。
2018.11.21
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~若者たちの活躍~ フジバカマ 日米野球は侍ジャパンの圧勝に終わった。6戦して5勝1敗の好成績。ジャイアンツとの練習試合では実力がまだ出せなかったジャパン。大リーグ側は若手中心のメンバーだが、第1戦目のサヨナラ勝ちをはじめとし、先行されても最後には逆転する強さがあったのには驚いた。日本が強くなったのか、大リーグ側が甘く見ていたのかは分からないが、ゴジラ松井も真っ青だったのではないか。実に痛快だ。 ボロギク? 話は変わって、東北楽天の聖澤外野手が戦力外通告を受けた。若手の代表格として、さんざんフィールドを駆け抜けた彼。盗塁王にもなったことのあるナイスガイが、30歳を過ぎてとうとう戦力外通告を受ける身になったとは、歴史の流れを禁じ得ない。その代わりと言っては何だが、ヤクルトを戦力外になった由規選手が楽天の育成選手となった。則本投手の弟も育成選手に採用。何とか一花咲かせてほしい。 アカマンマ 横綱の稀勢の里がまたまた休場した。初日から4連敗後の不戦敗と休場には哀れさがつきまとう。怪我を押して優勝した場所もあったが、無理な出場は力士にとって命取り。大関だった照ノ富士が今は幕下。彼も無理な出場が祟ったのに加え、「貴ノ岩暴行事件」の際、連帯責任で白鵬に正座を強制された。膝が故障中だった彼は、その後相撲が取れなくなった。白鵬の罪は重いと、私は今でもそう思っている。 ノブドウ そんな中で若い選手たちが頑張っている。大リーグ、エンゼルスの大谷選手は二刀流の活躍が認められて、アメリカンリーグの新人王に選ばれた。怪我をして欠場した試合が多かったのにだ。投手としては4勝を挙げ、野手としてはホームラン22本を放った。あのベーブルース以来の二刀流はアメリカ人に歓喜をもたらし、2位に圧倒的な差をつけての選出。さすがの張本氏も「大アッパレ」を付けた。 ヒメツルソバ 先日引退した福原愛さん、石川佳純さんと続いた女子卓球界のエースだが、ここに来て第3のエースが登場した。伊藤美誠選手(18歳)がその人。スエーデンの大会では世界ランキング6位、2位、1位の中国人選手を次々に破ってシングル戦で初優勝し、オーストリアの大会では盟友平野美宇選手と組んでダブルスで優勝した。強い相手を全く怖がらない精神力は大したものだ。 珍しい野草の名は? 一方、男子卓球界にも超大物が話題をさらっている。これまでのエースは水谷隼選手。19歳だが世界ランキングは最高で6位にまでなった。これを急追しているのが張本智和選手。まだ15歳の若さだが、世界ランキングは10位に。あの「チョアー」の掛け声と、強い相手を恐れない攻撃力が見ものだ。テニス界の錦織選手や大坂選手も世界有数のアスリートに育った。今後の活躍が楽しみだ。 アザミ フィギュアスケートスケートの世界にも、凄い新人が現われた。女子の紀平梨花さんがその人。16歳で初めて出場したNHK杯だが、いきなり優勝とは驚く。日本人には珍しく手足が長くて見栄えがする。男子は羽生結弦選手が盤石だが、先のNHK杯では宇野昌磨選手が優勝。ロシアの大会では、羽生選手が怪我を押して出場し、またまた今季2度目の優勝をさらった。足の怪我が早く治ることを祈りたい。 プロテニス界の第一人者は錦織選手と大坂選手だが、その2人が近々混合ダブルスのコンビを組むと言う。もし実現するなら、本当に楽しみだ。
2018.11.20
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~木の実・草の実~ アカナス(赤茄子)の実です。トマトとピーマンの中間みたいな感じかな。 たわわに実ったキウイです。日照り続きの時は痩せていたんですが。 マユミ(真弓)です。昔はこの木で弓を作ったそうです。良く「しなる」みたいですよ。 ベニシタン(紅紫檀)の実です。サンゴのようですね。 ヨウシュヤマゴボウ(洋種山牛蒡)の実。毒々しい色ですねえ。 バラ(薔薇)の実です。もちろん食べられません。 こちらもバラの実ですが、ひょろ長い変わった形をしていますねえ。 あるお宅で観た鈴生りのユズ(柚子)です。見事ですね。 ツタ(蔦)の実です。ちょっとブドウにも似ていますね。 ノブドウ(野葡萄)の実です。色はきれいですが食べられません。 ナツメ(棗)の実です。少し干からびて来ました。 ツルウメモドキ(蔓梅擬)です。黄色い実が可愛いな。 ピラカンサスです。「ピラカンサ」とも言いますね。 サンショウ(山椒)の実です。山椒は小粒でもピリリと辛い。 ウメモドキ(梅擬)は赤い実ですが、ツルウメモドキは蔓性で黄色い実です。 ヒメリンゴ(姫林檎)です。小さくてもリンゴの形をしていますよ。 カリン(花梨)です。喉の薬やカリン酒になります。 何の実か分かりませんが、紅葉は見事でしたよ。 ナンテン(南天)です。極めてポピュラーな庭木です。 アケビ(木通)です。食べ頃になると、こんな風に皮が開きます。<不定期に続く>
2018.11.19
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~コントラストに魅せられて~ 私はなぜか逆光が好きだ。 そしてこんなコントラストがはっきりした写真も大好き。 なぜそんなものが好きになったかと言えば、子供の時に観た幻灯(げんとう)のせいかも知れない。昔は色などついてなかったし、もっとシンプルだったような記憶がある。 大人になってから見たのが切り絵。これは有名な滝平二郎さんの作品だ。 これはネットで見つけた影絵。かなり手が込んだ作品だ。 そしてこれはインドネシアのワヤンクリ。人形も見せるけど、こんな風に影絵にしてみんなで楽しむ国民的な伝統芸能。ヒンズー教のお話などが上演される。 さて、ここからは11月初旬の近所の夕景。遠くに三角形の山が見える。 山の形がくっきりと夕方の空に映えている。 山の名前は太白山。遠くからでも良く目立つのでそう名付けられた。 「太白」とは金星の異名。明るくて良く目立つと言う意味だ。 標高はわずか321mだが、独特の形から親しまれている。 昔は漁の際の目印にもなったのだろう。麓には神社が、そして山頂には小さな祠がある。 ここは丘の上の墓地。左隅に小さく太白山が見える。ここまで来て山を撮影したのだ。 ほらね、観音様の向こうに尖がった山が見えるよ。 角度を変えると光が差して、左手に蓮の花を持った観音様の姿が見え出す。 おうおう、蓮の台座まで良く見えるぞ。 夕暮れ時の微かな光が観音様を照らす。 サヨナラサヨナラまた明日。明日も平和な一日でありますように。<不定期に続く> PC不調につき、調子の良い時に書き貯めています。更新されない場合はPCが入院中です。
2018.11.18
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~公園の紅葉など~ 11月8日に散歩した近所のA公園の紅葉(黄葉)です。生憎の天気で色が冴えません。 人間の眼にはとても鮮やかなのですが、レンズを通すとこんなもので何だか残念です。 樹下には降り敷く落ち葉が。 とても暖かい今年の秋は、紅葉がかなり遅れた感じです。 それでもこれより8日前の撮影時よりは、かなり色づいていましたよ。 この公園内では数少ないモミジの樹。だから赤は貴重です。 一方、こちらはドウダンの紅葉。鮮やかですね。 これは宮城県の県木であり、仙台市の市木でもあるケヤキです。今が黄葉の真っ盛り。 落ち葉の小径の向こうには、小さな沼が。 逆光の樹下。最近公園の周囲に、新しいアパートが建ちました。 中にはすっかり落葉した樹もありますねえ。 ご近所さん同士でしょうか。次第に夕暮れが迫ります。 A沼とケヤキの大木。静かな秋の夕暮れです。 沼の向こう側の小さな東屋。その手前には小さな橋も。 この日は珍しく、カモたちも直ぐ近くで泳いでくれました。<続く>
2018.11.17
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~仙台市博物館特別展から~ <在りし日の仙台城大手門=坂の上> 簡単に東北の戊辰戦争を振り返ろう。同盟軍は関東との境にある白河に結集して戦って敗戦。仙台藩も領地へと退く。官軍は陸路からだけでなく船でも進軍した。越後の諸藩は敗れて降伏。近代兵器を整備していた長岡藩も敗れた。太平洋側では官軍は茨城の平潟港に上陸し、進攻を開始。会津領へは、越後、日光、白河など数か所から攻め入った。そして鶴ヶ城は落城し、白虎隊は自刃した。 奥羽越列藩同盟隊旗 官軍に敗れた同盟下の藩は恭順の意を表するため、今度はかつての仲間であった別の藩を攻撃する立場となる。かくして仙台藩も官軍、相馬藩と藩境の旗巻峠などで戦い敗北する。官軍側の近代兵器に対し、仙台藩の大砲の弾は陶製。これでは勝てっこない。秋田の佐竹藩も官軍側に就く。こうして奥羽越列藩同盟は善戦も虚しく敗れ去った。 五稜郭 敗れた「賊軍」のうち、さらに官軍と戦おうとした者たちは蝦夷地(後の北海道)へと渡った。箱館(後の函館)の地に築かれた五稜郭に立て籠もり、さらに一戦を交えようとしたのだ。江戸から脱出した榎本武揚や新選組の一部もこれに加わり、蝦夷地に自治領を築こうとしたのだ。だが嵐で艦船が沈むなどして、最後の砦の五稜郭も官軍に屈した。 敗戦後の仙台藩版図 敗れた賊軍は新政府から厳しい扱いを受けた。「同盟」の中心となった仙台藩は62万石から28万石へ減らされた上、かつての領地を分割し他藩の管理下に置かれた。このため大勢の家臣は失職し、新政府の斡旋で北海道の開拓に当たった。伊達家臣団の開拓地は、道内で10数か所に及んだ。 また会津藩は下北半島へ移され、斗南藩として再出発したが、そこは不毛の土地で家臣団の労苦は筆舌に尽くせないほど。その一方で、早めに官軍に加担した藩は領地を増やした。秋田の佐竹藩は、旧南部藩の鹿角地方を手にした。そこは良質の金属の産地でもあった。 <仙台藩洋式軍隊「額兵隊」の軍服=レプリカ> 新政府発足後も東北への圧政は続き、「白河以北一山百文」との言葉も生まれたほど。東北の地は何の値打ちもないと言う意味だ。それが覆されたのは、元勲大久保利通が伊達政宗の遣欧使節を知って以降。徳川に対抗するため、スペインと結んで通商を進めようとした英雄が東北にいたことを知って反省し、急速な近代化を図った。第二師団、第二高等学校の仙台への設置などがその例。残念なのは宮城県の野蒜築港が嵐でとん挫したこと。もしこれが成功していたら、横浜港よりも早く近代港湾が出来ていたのだ。 会津は初めから反逆したのではない。孝明天皇から晨書を戴き、感謝もされていた。だが薩長主体の官軍はそれを知らずに逆賊と見做し、自らを正義とした。仙台藩の取りなしも聞かれず逆賊となった東北の諸藩。 歴史を紐解けば、太古の蝦夷征伐、頼朝軍による奥州藤原氏の征伐、そして戊辰戦争。東北は3度も朝敵となっている。だが会津には会津の正義があり、東北には東北の熱い思いがあった。歴史は勝った者によって書かれる。だが書かれない歴史や明かされない正義もある。堕落した明治新政府と袂を別った西郷隆盛の「敬天愛人」の精神を、もう一度思い起こしたいものだ。<完>
2018.11.16
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~仙台市博物館特別展~ 先日、仙台市博物館へ行った。特別展を観るためだが、あまり気乗りはしなかった。その理由は「絵にならない」からだ。特別展の趣旨から言えば、多分資料の撮影は許されないはず。そしてたとえ許されたとしても、写真映えしないものが大半だ。性格上、絵図や歴史資料が中心。ブログで取り上げても、興味のない人にとっては退屈そのものだと思ったからだ。 だが、私個人としてはとても興味があるテーマには違いない。今年の大河ドラマは『西郷どん』。あれを観ても、自分が知らないことが大部分。しかも戊辰戦争は私が住む東北が、「賊軍」となった戦いなのだ。勝ち負けは時の運だが、果たしてその実態と真実はどうだったのだろう。そして明治維新の避けられない部分が戊辰戦争でもあった。自分としてそれを、どうしても「総括」する必要があったのだ。 <新選組の服=もちろんイミテーションだが> 幕末期に京都守護職を命じられた会津藩の松平容保。京都の治安を取り締まるため、新選組をその配下に置いた。相次ぐ黒船の来航と、迫られた開国。国論は二分し、尊王攘夷を唱える声が日増しに高まった。一時は賊軍となった長州藩だが、竜馬などの働きにより薩長連合が整うと、気運は一気に討幕へと傾いた。そして鳥羽伏見の戦いで薩長軍が勝利すると、幕府の体制は一気に弱まった。 戊辰戦争の戦跡 大政奉還後、最後の将軍慶喜は水戸で蟄居。江戸城の明け渡し後、幕臣の中には戦うことを選んだ者たちもいた。上野の戦いでも敗れた賊軍は、最後の戦いを挑むために東北へと逃げる。一方勢いを得た官軍は、会津藩憎しの思いで進攻する。官軍は最新兵器を備えた精鋭が中心。それに天皇から「錦の御旗」を賜って、意気軒高なものがあったのだ。さて一体どうする、東北の諸藩は。 3つの旗 ここに3種類の旗がある。一番左側は官軍の「錦の御旗」。真ん中が仙台藩に下された「錦の御旗」。なぜ賊軍となった仙台藩に天皇から旗が。その疑問は当然だ。仙台藩も最初から賊軍だった訳ではなく、会津藩を討つよう官軍から要請され、一旦はそれに従うため止む無く進攻の準備を進めるのだ。だが幕藩体制にある同じ東北の雄藩として、会津藩への許しを取りなすための動きに出る。 白石城 東北の各藩へも官軍から会津進攻の命令が届いた。この事態にどう対処するか迷った各藩は仙台藩南端の白石城へ集まって対策を練った。会津藩への許しが下りない場合は、会津藩と共に官軍と戦うと言うのがその結論だった。これに越後の長岡藩も同意した。その結果結成されたのが「奥羽越列藩同盟」。上の写真の一番右側が、そのシンボルとなる旗。こうして東北の諸藩は自ら「賊軍」となったのだった。<続く>
2018.11.15
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~美しき命~ 11月初旬のある日、私は近所の生協へ行った。ここにある写真のプリント機で、弟の写真を現像したのだ。それが終わってふと見た花屋さんには、たくさんの花が並んでいた。花屋に花があるのは何の不思議もないのだが、是非とも写真が撮りたくなって頼んでみた。結果はOK。快く許してくれた。最近は花が売れないと言う。近所に大型のモールが幾つか出来たせいかも知れない。花も買わずに撮影だけなのに、許してくれた店員さん。どうもありがとうございます。 なお、説明はありません。 楽しんでいただけたでしょうか。このシリーズはもう1回あります。<不定期に続く>
2018.11.14
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~不法移民の是非~ 当初は150名ほどの集団が、今では6500名ほどの大集団になった。歩きながら彼らが向かうのはメキシコとアメリカの国境。そこから何とかアメリカに潜り込み、あわよくば何らかの職と収入を得たいと言うのが彼らの希望。だがそうそう首尾よくは行かないだろう。なぜならその国には不法移民にとても厳しい大統領がいるからだ。それに国境には高い塀もあれば、不法移民を取り締まる係官も待っている。 発端はホンジュラスから歩き始めた人たち。これにエルサルバドルやグアテマラやメキシコからの人々も加わった。ホンジュラスはとても治安が悪く、生活も苦しいようだ。自分たちの命を守り、貧困から脱出するために4千kmも先のアメリカを目指した由。これ以前にはコスタリカから約5千kmも歩いてアメリカへ到達した難民もいたと言うから驚く。 グアテマラもホンジュラスに輪をかけた貧困の国。職の無い若者たちはギャング団に入り、その抗争で毎年大勢の若者たちが死んで行く。先日は日本人の宗教関係者が強盗に襲われて殺されたばかり。26歳の女性で、フルートやピアノに秀でた美人だった。貧困から荒む市民を宗教の力で救おうとしたのだろうが、その尊い志も通じなかったようだ。もう1人の重傷を負った女性が助かったのがせめてもの慰めか。 この人が大統領になった時、「メキシコとの国境に壁を作る」と言ったのが忘れられない。そんなことが本当に可能なのだろうか。国境線は長く、しかも海や川、砂漠や高山まであるのだから。先日行われた中間選挙では、下院は民主党が過半数を奪還した。それを知った移動中の移民たちは大喜びをしたと言う。だが大統領はこの難民を受け入れない書類にサインし、5600人の軍隊を国境へ派遣すると言明した。 現在アメリカ国内にいる不法移民は1100万人に上る由。彼らは米市民が嫌う、低賃金の過酷な労働の主要な担い手なのだそうだ。そこで生まれた子供はアメリカの市民権が得られるが、不法移民は見つかり次第出身国に返還されるのが現実だ。白人でアングロサクソン出身でプロテスタント。いわゆWASPが中心だった時代は過去のものとなり、アメリカの多民族化はますます進んでいるようだ。 かつてシリア難民のヨーロッパへの脱出が問題になった。200万人もの難民が故国を捨て、危険なゴムボートでギリシャの島を目指した。そこからギリシャ本国へ渡り、自分達を受け入れてくれる国を目指して歩いたのだ。数千kmにも及ぶ、当てのない旅だった。その後、大量の難民を受け入れたドイツのメルケル首相は国民の支持を失い、他の国でも移民への風当たりは強くなった。 翻って日本はどうだろう。ほぼ単一民族で他国と国境を接していない我が国。侵略された歴史もなく、極端な貧富の差もない。そして治安の良さは世界有数。だから難民や不法移民問題の深刻さは、到底理解出来ないように思う。アメリカへ向かう7千人近い人々の前途は、今後どうなるのだろう。
2018.11.13
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~たそがれどきのそらは~ ある日の夕方の散歩中に見た空を中心にして。 次第に物と陰の対比がはっきりして来て・・。 明るい時間帯には見られない風景が次第に・・。 黄葉し始めたケヤキの木もこの時間帯になると・・。 暗い山の向こう側には夕暮れの明るい空が・・。 葉が散り始めた木々のシルエットが美しく・・。 後ろの空はまだまだ明るさを保っていて・・。 細やかな木々のシルエットと夕映え。 稜線が次第に赤く染まって来て・・。 山の上の木々と美しく染まる雲・・。 三本のテレビ塔と薄暮の空。 夕暮れが迫り、薄紅に染まる空。 屋敷林を持つ家も今では少なくなって・・。 形と色。単純だけど面白いねえ。 自然の額縁。自然の影絵。 <不定期に続く>
2018.11.12
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~秋に出会った花々その1~ このシリーズで紹介する花は、近所を散歩中に出会った花々です。これはイソギクかな? コリウスやセンニチコウなどが植えられた公園の花壇です。 マリーゴールドは夏から秋にかけての花壇の主役ですね。 近所の庭に咲いていたこの花の名は知りません。長い花弁が嘴のようで珍しいですね。 とてもシンプルなオキザリスですが、こんな群落になると見事です。 これはインパチェンスでしょうか。丸く固まって咲いていました。 キバナ(黄花)コスモスも最近では良く見かけるようになりました。 あるお宅の塀の上に載っていました。キダチベコニアでしょうか。 10月17日に今シーズン初めて見たサザンカです。 上とは異なる品種のサザンカです。 花びらが良く開いた状態のサザンカ。優雅な色合いですね。 立冬が迫っても悠然と咲いているバラ。(11月3日撮影) 清楚な白バラはいかがです? やはり赤いバラは情熱的ですね。 夕暮れのバラはどこか物悲しいかも。 ここからはブルーがかったバラの3連発です。 紫のバラにはどことなく気品を感じますね。 同じ場所の花でも、光の当たり方で色が微妙に違って来ます。 バラの特集の最後はオレンジ色のものを。ちょっと珍しいかな。 蔵王連峰にも雪が。今シーズンの初冠雪です。(11月3日撮影)<不定期に続く>
2018.11.11
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~老いと健康~ ユキムシ(雪虫) 「雪虫つかまえた」。子供の声が聞こえた。「どれ見せて」と私が近づくと、子供の指に白く小さな虫が止まっていた。確かに雪虫だ。今時の子供が良く雪虫を知っていたねえ。感心しながらその場を離れると、後ろから「だけど飛んで行かないんだよなあ」と声。昔なら雪が降り出す頃に姿を見せるのがこの虫。だが最近はこの虫の姿を滅多に見ない。虫の発生と初雪の時期がずれて来たのではないか。 私が出かけていたのは、こんな物を買うためだった。浅漬けの素、白菜漬けの素、塩昆布。いずれも漬物を作る際に必要だと思ったのだ。これまでは塩を振り、手で揉むのがせいぜいだった。それでは旨味も出ないし、漬かり難くて白菜を腐らせてしまったことがあった。畑の野菜を大量に、しかも美味しく消費するためにも、初めて試してみようかと。 大根、カリフラワーの初収穫に続いて、今度は一番大きめの白菜を抜いた。外側の葉を虫が食ってない部分まで包丁で切り落とす。それを6等分し、新聞紙を敷いて玄関先で干した。それから漬物樽になりそうな容器を物置から出して洗った。半日しか干さなかったが、まあ良しとしよう。改めて「白菜漬けの素」の注意書きを読み、白菜を3分の2だけ適当に刻んだ。 左は刻んだ白菜に、3種類の「素」を入れて混ぜた。本当は1種類でも良いのだが、より複雑な味にしようと思ったのだ。その分通常よりも白菜を6分の1だけ多くしたのだ。後は蓋をし、その上から白菜の重さと同様の「重石」を載せて、1昼夜置くだけ。翌日には美味しい白菜漬けの出来上がりと言う訳だ。まあ梅干しなどに比べたら、とても簡単。注意すべきなのは「塩分の摂り過ぎ」だろうなあ。 青竹 そうそう。先日観た健康番組によれば、「夜間頻尿」を少なくするためには「青竹踏み」が良いと言っていた。膀胱の神経は足の裏とも関連があるらしく、讃岐うどんの職人には、頻尿の人がいない由。理由はうどんの「腰」を強くするため、練った粉を足で踏むのが通常だかららしい。そうか。体調の関係で中止していた「青竹踏み」を復活させるか。 シャコガイ 以前は「シャコガイ踏み」もやってたんだよねえ。勿論このままでは床を傷めるためタオルを敷き、貝の上には薄手の敷物を置いて踏む。貝の突起が足裏に痛く感じるけど、慣れれば大丈夫。これならさらに良い刺激になるはず。これまでは100回ずつだったのが、両方合わせて500回踏んだが、足の裏は大丈夫だった。ただし効果は夜間の回数が1回減った程度で、これからなのだろう。 ついでにこんなものも復活させた。上は握力強化用の小道具。左右50回ずつ握る。下はチューブ製のエクスパンダー。つまり黒い部分を両手で握って。チューブを引っ張るだけ。色んなポーズが出来る上に、傷めている肩にも優しい。こんな簡単な「仕掛け」でもやらないよりはやる方が体のため。現役のランナーだった頃は、実に色んなトレーニングで筋力を保っていたのだが。 ハーモニカ 歌いながらの「行進」も時々やっている。ところがその番組では、歌うのと一緒に手を叩けと言うのだ。それは認知症予防のための訓練。知らない人が見たら驚くだろうが、気にしない気にしない。そして認知症予防の極めつけは、楽器なんだって。我が家にあるのはこのハーモニカだけ。夜間家の中で歌いながら行進してたり、ハーモニカが聞こえて来たら、それが我が家だと思ってね。 さてビックリ。その朝に収穫した白菜が、夕方には立派な漬物になった。3種類の「素」が利いたのだろうし、十分な重石も効いたはず。食べたらとても美味しい。絞った汁はペットボトルに入れ、冷蔵庫に保管してある。まだ十分に塩分と旨味が残っていたからだ。他の野菜と混ぜて作ったのが右側のもの。まだ食べてないけど、きっと美味しいと思うよ。
2018.11.10
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~木の実・草の実その1~ 木の葉の色づきはあまり良くありませんが、木の実や草の実の方は確実に秋を迎えて大きく育っています。そう言えば暦の上では、もう立冬を過ぎましたものねえ。では、今日は近所を散歩中に出会った、幾つかの実を紹介しますね。 ブドウは盛りを過ぎました。房も干からびて来ていますよ。 10月半ばのムベ(郁子)です。まだ青いまま。アケビと異なり、実は開かないままです。 10月23日。少し色づいて来ましたね。 11月1日。上と同じお宅のもの。かなり実って来たようですよ。 シロダモの実。楠の仲間のようで、葉っぱは樟脳(しょうのう)のような匂いがします。 A公園のハナミズキにもたくさんの赤い実が。 ハナミズキはこんな風に固まって実をつけるのです。 色鮮やかなコムラサキ。通常ムラサキシキブと呼ぶのは、自然種でもっと大木になるみたいです。 コムラサキのうち実が白い品種です。 ピラカンサスの密集した実には、見てるだけでも圧倒されますね。 同じピラカンサスでも、黄色の実の方は落ち着きを感じます。 晩秋に柿の実は特にお似合いですね。 お年寄りだけのお家では、なかなか柿も獲らなくなりましたね。<不定期に続く>
2018.11.09
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~わが貧しき食卓から~ こんなお盆がある。今から22年前に走った「和歌山城~高野山往復ウルトラマラソン」(距離は110km)の参加賞だ。塗りは良いのだが、素材はプラスチックだと思う。日本全国を訪ねて、最後に残った未訪問県が和歌山。当時は大阪勤務で、記念にこのレースに挑戦した次第。評判通りなかなかの難コースで、両膝を傷めながらの完走だった。夜は月を見ながら歩いたが、相当寒かったなあ。 さて、今日はウルトラマラソンがテーマではない。その時にもらった参加賞が、独り暮らしになった今の生活に大いに役立ってるという話。長らく本棚の上に飾られ、埃まみれになっていたお盆が、ようやく本来の機能(?)を発揮しているのだ。これが1人分の食事を載せるには手ごろ。逆にここに載るくらいの食事量なら、案外健康で過ごせるのかもと感じた次第。 悪趣味だが、この朝のメニューを見てみよう。(順番は左上から右上へ)これは大根の甘酢漬け。先日「おでん」に使った畑の大根の残り物。それをスライサーで薄くスライス。軽く塩を振って揉み、出た汁を捨てる。穀物酢に適量の砂糖を混ぜ、それに大根になじませるだけだ。簡単で直ぐに食べられる。庭の柚子の皮を削って入れたが、さらに美味しくなった。2日後には第2弾を作った。 焼き魚と野菜炒め。魚はシャケの切り身。あまり塩辛くなく、サイズも小型。野菜炒めの材料は、小松菜、ニンニクの芽、ニンジン、パプリカ、シシトウ、玉ネギ、シイタケ、モヤシ、キャベツ、豚肉。ニンニクの芽は見切り品で、少々硬かったため予め茹でた。味付けは適当だが、これは中華風に。 カリフラワーを茹でたもの(右)とポテトサラダ(左)。カリフラワーは前日畑から獲った今年の初物で、マヨネーズをかけただけ。洋ガラシを少量添えた。ポテトサラダの材料は、ジャガイモ、ニンジン、キュウリ、パプリカ、柿、刻んだベーコン。それらを塩コショウとマヨネーズで和えた。 果物。果物は朝夕(時には昼も)食べる。この日はリンゴと梨を各4分の1切れ。なお、目下冷蔵庫にある果物はリンゴ2種類、ミカン、柿、完熟バナナ。 <2段目左から> ご飯は小さめのご飯茶碗に7分目ほど。乗っかっているのは牛肉の佃煮と自家製の梅干しをごく少量。 味噌汁。具材はワカメ、シイタケ、豆腐、油揚げ。それにこの朝はスライスした大根の残りを刻んで入れた。出汁は特に用いず、味噌の旨味と素材そのものの味で十分に美味しい。4回分ほどをまとめて作り、冷蔵庫で保管している。 雲南百薬のお浸し。健康野菜で別名「岡ワカメ」。味付けはポン酢か出汁醤油少量。時々畑から葉を摘んでは茹で、冷蔵庫で保管している。独特の味と「ぬめり」が美味しい。収穫出来るのは後半月くらいか。2日後にも茹でたが、大いに役立ってくれたことに感謝しないとね。 と言う訳で、ごちそうさまでした。この朝も見事に完食。食後さっさと食器を洗うのもマックス流。そのまま放置して良いことは何もないしね。 <補足その1> 食後の歯磨きの後は、薬の服用を忘れずに。薬は朝昼晩の3回のもの。朝晩の2回飲むもの。朝に1回だけ服用するものがある。飲み忘れを防ぐため、袋を別にしている。なお胃薬は、胃の具合がおかしい時だけ服用。 <補足2> 初物のカリフラワー。虫食いもなく、見事な作品だった。これは料理に使う前ではなく、実は使った後の姿で、右側の小さいのは使った残り。直径が20cmもある大物は「厚み」も凄く、そのため、裏側から「枝」を切り取った次第。それでも後4回は使えそう。新鮮なため、茹でてマヨネーズをかけただけでも甘くて美味しかったのでR(あーる)。
2018.11.08
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~お天気は悪いけど~ あれほど素晴らしい秋日和が続いていたのに、天気予報がすっかり変わっていた。「何なんだ、これは一体」と訝ったのだが、どうやら前線の通過に伴うものらしい。それも影響を受けるのは東日本から北日本だけで、西日本の方はお天気も良いらしい。さて色づいたおかげで、すっかりユズが見えるようになった。数えたら17個ほど。既に採ったのが2個。剪定ミスの割には良く実ってくれたと感謝。 つい先だってまできれいに咲いていたクロッカスが、既に散っていたのにはビックリ。これだけがまあまあ見られる程度。 これは居間の前庭の山茶花。安物だが、それはそれで味わいがある。 こちらは家の西側の通路の山茶花。柔らかそうな色合いが可愛い。 裏庭のバラ。これも安物だが、優しい色合いに癒される。 そして今を盛りと咲いているのが何種類かある小菊。これも増えて今や群落だ。 次に登場するのがわが家の野菜たち。トップバッターはニラ。先日は刻んでおじやに入れた。 こちらは雲南百薬。雲南と付いていても原産地は南米。日本での通称は「岡ワカメ」。茹でると独特のぬめりがある健康野菜。晩秋に根を掘り上げ、植木鉢に入れ室内で越冬させる。もう5年目の株。今年も30回近く摘んで「お浸し」にした。私の健康を守ってくれる健康優良児だ。 余った種を蒔いて育った春菊。これは成長が早く、そのまま放置すると茎が硬くなるのでどんどん食べた方が良い。 先日「おでん」用に抜いた大根。8月に蒔いた種から、40cmもある大物に育った。おでんに使った残りは刻んで漬物にしたり、薄切りにして甘酢漬けにするのも良いかな。 白菜は8月の末に苗を植えた。水をやっても暑さで夕方にはしなびていたのが、今や十分食用に耐えるまで成長した。大きいのが8株。未成熟のが2株。これからこれらをどう料理するかねえ。 蝶々に卵を産み付けられ、青虫に食われて穴だらけになっていたキャベツ。消毒後は元気を取り戻して、少しはキャベツらしい姿になって来た。2個しかないので大事に使わないとね。 肉厚のピーマン、つまりパプリカ。これが最後の収穫で、苗をひっこ抜いた。ずいぶん大きなものがたくさん獲れて重宝した今シーズン。たった1本だけ売れ残っていたのを植えた思い出深い苗だった。冷蔵庫にはまだ5個も残っている。 ブロッコリーは大きなもので、直径10cm以上に育って来た。これも買えば高いので大事に使いたい。茎の柔らかい部分も良く煮れば食べられるしね。 驚いたのがこのカリフラワー。直径20cmほどもある大物で、買えば300円くらいはするかも。シチューに良し、茹でてサラダにしても良し、炒め物にも重宝。でもあまり放置すると固くなりそうだけどね。 さて、わが家の庭で紅葉してる樹と言ったら、ナツツバキとドウダンツヅジくらいかな。モミジはまだ冴えない色のまま。これは東の畑のドウダンツヅジ。漢字で書くと満天星だってさ。ではね。
2018.11.07
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私は予約機能を使ってブログを書いているのですが、昨日は2時間かかって書き上げた日記が、最後の最後に消えてしまいました。まあガッカリ。あまりの落胆に同じものを書き直すファイトが湧かず、簡単に写真を並べることにしました。PCも本調子じゃないのに、こんなことが起きると本当にショックですね。ところがひょんなことから復活したので、書いたこれは後回しにしたのです。 蔵王連峰に雪が降る季節が今年もやって来ました。でもねえ、仙台の平野部ではまだきれいな紅葉は見られないんですよ。少し前から必死になって「小さな秋」を探しているんですがね。笑われるかも知れませんが、今の小さな秋はこんな感じです。 10月16日のA公園(以下同じ) 赤はほとんど見えず、黄色い葉っぱばかりが目立ちますね。 10月17日に、ようやく赤を発見。こちらはニシキギですね。 イチョウも逆光で色が冴えません。 10月23日の散歩にて。(以下同様) ツタの紅葉です。 こちらはまあまあでしょ。 これはひょっとしてヌルデでしょうか? ちょっとだけズームアップしてみました。 これも逆光で今一の黄葉でしたね。 桜の葉が一早く紅葉していましたよ。 11月1日の散歩中。またもやツタでスミマセンねえ。 あるお宅の庭で一枚。 11月2日。ゴージャスな感じのヒイラギナンテンです。 川岸の桜(赤)とアマドコロ(黄色)。 上と同じ橋の上から角度を変えて。 ある耳鼻科の駐車場で。これはハナミズキかな? ほんわかとした色が素敵ですね。 11月3日買い物の途中で。小さな庭の小さなコキア。 小公園のケヤキを逆光で一枚。 国道の植栽。これはユリノキでしょうか? 11月4日買い物の途中で。2枚前の小公園を逆方向から。 毎度お馴染みのツタですが、壁面の広さに圧倒されました。<不定期に続く>
2018.11.06
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~わが平安を乱すもの~ 2対0になったところでチャンネルを変え、他の番組を観ていた。日本シリーズのことだ。翌朝のニュースで、やはりあのままソフトバンクが勝って優勝したことを知った。カープに勢いがあったのは、シリーズの初めの方だけ。後はソフトバンクの勢いが勝った。それにしても工藤監督は凄い。監督就任4年目にして3度目の日本一。コーチの経験などなく、選手からいきなり監督になったのにだ。 日曜の朝は絶好の秋晴れ。起きて直ぐに洗濯機を回し、布団を干した。朝食の後は庭へ。博物館へ行く気もあったが、それよりも急ぐことがあると考え直した。庭に出していた鉢物の取り込みだ。日中は暑いほどの仙台も、朝は6度まで下がる日が出て来た。山に雪が降るほどだから、植物も冷えるだろう。和室に小さめの絨毯を敷き、コタツ台にシートを施した。 植木鉢の底から伸びた根を切り、雑草を抜き、雑巾で鉢を拭き、受け皿と一緒に1個ずつ運ぶ。以前はこれを2階まで運んでいたのだ。玄関横の和室は近くて助かるが、畳に跡が残るのが少々心配。シャコバサボテンとノボタンに蕾発見。今年は本当に良く咲いてくれたノボタン。シャコバはこれからが本番だし、春に株分けしたシンビジウムから果たして花芽が出るかどうか。 朝食後は庭と畑の草取り。そしてHCで冬用の安い花を購入。葉ボタン2鉢、アリッサム1鉢、ヴィオラ5鉢。それを空いた植木鉢に植えて水やりし、郵便受けの横に飾った。その後、再び草取り。畑にはトマト、ジャガイモ、タチアオイの芽が出ていた。零れた種や、取り残した芋から発芽したのだろう。白菜、カリフラワー、ブロッコリーには順調なものと、発育の悪い株があった。それらの邪魔な葉を除去。 大根の葉 午後からはキッチンで料理。作ったのは焼き魚2種。雲南百薬のお浸し。ポテトサラダ。そして野菜炒め。変わり映えしないいつもの内容だが、私の命を繋ぐ貴重なおかずには違いない。おでんは煮込むたびに美味しくなって来た。切った大根の葉は、ガレージの物干に吊るした。乾燥すると萎れてみすぼらしいが、これが甘さが増して意外と美味しい。極力物を大事に使うのがマックス流なのだ。 そうそう、弟から電話があった。無事宮崎に着いた由。そして私のブログを観てくれたそうだ。本来なら子供たちに観てほしいのだ。もちろん独り暮らしの父親の安否確認のため。弟が時々チェックしてくれると言う。これは有難い。文筆に関する生業だった彼なら、読めば兄の心身の変化にも気づいてくれるはず。少しは安心出来そうだ。月末に小包が届くことを伝えると、既にブログで知っていた。 今年のカレンダーも後わずか。トイレの中のもの(左)は最後の1枚で、蔵王の樹氷。居間のメモ用のもの(右)は残り2枚。時々来る勧誘の電話が煩わしい。1つはしつこいネット関係。こちらは思い切り苦情を言った。もう1つは「お節」の注文関係。これは体よく理由をつけて断る。困るのが葬祭関係。何せ私が喪主にはなれないんだよなあ。かと言って、「間に合ってます」とも言えないしねえ。
2018.11.05
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~かくして秋は深まる~ 弟が帰った翌朝、和室の窓を開けて驚いた。突然この花が目に飛び込んで来たのだ。山茶花だ。今年の秋は暖かいと感じつつも、つい先だって山茶花が他所で咲いているのを見た。もうこんな時期になったか。それが正直な気持ち。良く探すと、赤い色の山茶花も一輪だけ花を咲かせていた。弟の来宅が気になって、庭の様子に注意する心の余裕がなかったのだろう。 まだ頑張っている雲南百薬の葉を40枚ほど摘み、春菊の茎を20本ほど手折り、ニラの葉を鎌で切った。その中に混じった堅い花の茎や、雑草などをより分けて捨てる。そしてたった1個だけ実った渋柿を枝からもいだ。その皮を剥き、金串に刺してベランダに干した。3年目にして初めて生った2代目の柿。むざむざ鳥に食われてたまるか。私はそんな気分だった。 郵便局へ行った。先日行った際に、進物用のパンフレットを見たからだ。あの中から何か選んで、弟のところに送ろうと思ったのだ。選んだのはリンゴとラフランスを混ぜた手ごろな値段の物。昨年は宮崎から高級な柑橘類を送ってくれた弟。このままでは兄の沽券にも関わるしね。それから生協へ写真の現像に。これも手紙を添えて弟に送ろうと思っている。 翌日歩いて買い物に行った。途中の公園で老婦人が落ち葉集め中。「堆肥にでもするんですか」と尋ねたら、「自分の運動のため」との答え。不調箇所があって整形外科へ行ったら、「薬だけに頼らず、痛くても運動した方が良い」とドクターに言われた由。私より1学年ほど上の感じ。そうか。そう言えばいつもは自転車の私も、この日は運動のためと思いリュックを背負っての買い物だった。 弟の来宅もあって、おかずがほとんどなくなった。牛乳、ヨーグルト、果物は必需品。他にも大量の食料品にリュックは膨れ、手提げ袋にも入れた。国道を渡る際、初雪の蔵王連峰が遠くに見えた。急遽、丘の上の墓地から、何枚か写真を撮った。蔵王に雪が降ったニュースを聞いたばかり。だが自分の目で確かめたのは初めてのこと。下界ではまだこんなにも暖かい秋日和だと言うのに。 バラの種 帰途、あるお宅の庭で珍しい実を発見。夢中になって写真を撮っていると、その家の婦人が出て来た。グミに似てても、これはバラの種とのこと。白い花が咲くが、自分では植えた覚えがないとも。多分鳥が種を運んで来たのかもね。我が家のハナズオウも全く同じ。ついでにヒメリンゴの実も撮らせていただいてから退散。さて、怪しい人物と間違えられなかったかな。 帰宅後畑から大根を抜くと、長さ40cmほどに育っていた。他の材料と合わせて、「おでん」を作ろうと思ったのだ。皮を剥き、輪切りにしてニンジンと共に圧力釜で煮た。その後鍋に移して「おでんの素」を入れ、グツグツ煮込む。具材は他にジャガイモ、ハンペン、竹輪、がんもどき、蒟蒻、豚肉など。いい加減弱火で煮たところで、IHテーブルのスイッチを切った。 これが「半完成品」。「半」と言うのは、今後も食べる前に煮込むため。そうすればさらに味がしみ込んで美味しくなるはず。さて、無くなったのは冷蔵庫の中のおかずだけじゃない。ブログ用の写真とネタも尽きていた。少しずつ写真を撮り集めているが、果たしてどんなブログが書けるかが問題だ。かくしてわが悩みと共に、少しずつ秋が深まって行くのでR(あ~る)。
2018.11.04
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~人間・おごれる動物の群像~ ハロウィンのバカ騒ぎでは、軽トラが渋谷の交差点で若者たちにひっくり返された。それも連日。かと思えば終わった翌日の早朝から、ボランティアが一斉にゴミ掃除を始めた。美談に聞こえるが、本来は汚した本人が掃除すべきこと。そんなことに気づかない人間が増えた。 ハロウィンで思い出すのは、何年か前日本人の高校生が留学先のアメリカでハロウィンの夜、間違って見知らぬ人の庭に入ってしまい、銃で撃たれて死んだ事件があった。日本では考えられないことが、銃社会では起きると言う現実に驚く。 貴ノ岩が元横綱日馬富士を相手に訴えた民事訴訟を取り下げた。理由は故国のモンゴルでのバッシングが酷いこと。貴ノ岩の兄弟たちは、家から一歩も出られないほどの迫害を受けている由。郷土の誇りである横綱を引退させた上、さらにお金まで要求してるとの国民の怒りだ。 相撲も国技ではなくなった。正義の中身が日本とモンゴルとでは、全く異なるのだ。相手の国の文化を尊重するのではなく、自らの価値観を相手の国でも貫こうとする。退職した貴乃花はその犠牲者みたいなもの。いくらモンゴル人力士が強いとは言え、誤解を解かない限り今後も問題が起きそうだ。 韓国を訪問予定だったイヴァンカさんがドタキャンした。前回も彼女は訪問予定の韓国へ寄らず、日本からアメリカへ帰国した。個人の旅行ではない。彼女は大統領の補佐官なのだ。父親のトランプさんが、韓国を快く思ってない表れとも言えるし、特段急用が出来たとも思えない。それほど現在の韓国は、北朝鮮にベッタリ状態に陥っている。 その韓国の裁判所が、戦争当時の徴用工への補償裁判で原告勝訴の判決を出した。この問題は既に両国の協定締結で解決済み。個々人への補償を申し出た日本に対し、それは韓国政府が行うと言うことで大金を支払った。不可逆的かつ最後の合意であったのだ。ところがあの国はとかく「ゴール」を動かす。今回の訴人も本当の徴用工ではないようだ。元慰安婦でない人が原告団に入っていたこともあった。 当時、体格の良い朝鮮半島出身者は、日本人の労働者よりも高給をもらっていたのが真相。それに引かれて不法に入国した半島人もいたようだし、第一強制労働ではなく、自己申告制での採用だった由。今回の結果を不服とした日本政府は、今後あらゆる手段を用いて我が国に非がないことを世界に訴える由。先刻の海上自衛隊の隊旗問題なども含め、韓国は近代的な法治国家でなはく、情治国家と呼ばれる所以だ。 フリージャーナリストの安田さんが、シリアから帰国後初めての会見を開いた。彼に対する評価は様々だった由。勇気を称える意見もあれば、逆の意見も多かったそうだ。それはかつて彼が、紛争地に乗り込むのは自己責任と強調したり、アラブ人を貶める発言や、日本政府に対して激しい批判を行っていたことが原因らしい。それが政府を始め、さまざまな人に迷惑をかけたと言うのがその理由だ。 フェイクニュースばやりの昨今では、真実が不透明。アメリカとの関税戦争で弱った中国が、最近手のひらを反し日本にすり寄って来る。中国も朝鮮半島も、穏やかに政権交代した国家など皆無。力で奪って歴史を塗り替える。だから「嘘」は「戦略」なのだ。辺野古では中止していた拡張工事が再開する模様。狡猾な中国や朝鮮半島の思惑などくそくらえ。自分の国は自分で守るくらいの気概がなくちゃね。
2018.11.03
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~いよいよ最終回になりました~ これまで10回に亘って紹介して来た仙台市博物館の特別展『古代アンデス文明展』ですが、今日がいよいよ最終回になりました。古代アンデス文明と言っても、相当古い時代から比較的新しい時代まで、色んな国や文化が興り、素晴らしい芸術作品などを残していることを学びました。最終回の今日は、南アメリカ大陸で最大の文明、「インカ帝国」の紹介です。 インカ帝国は15世紀前半から16世紀の後半まで、約150年間に亘って栄えた帝国で、優れた文明を持つ国家でした。 インカ帝国は現在のコロンビア、ペルー、ボリビア、アルゼンチン、チリにまたがる広大な領地を持つ帝国で、1人の王が支配していました。国民は1千万人もいたと伝えられています。領土は海岸部の平野、砂漠、山岳からアマゾン川の上流部のジャングルまであり、亜熱帯、温帯、寒帯と様々な暮らしが営まれていました。当然言語も幾つかに分かれます。それを補っていたのが左上のキープ。文字に代わる通信手段でした。 <険しい谷を縫うインカ道> 王の命令を各地に伝えるためには、当然道路の整備が必要になります。何せ領土は海抜0mから標高4000m以上の高地までと広範。険しい谷や山々を縫って作られたのが「インカ道」です。写真を見ても、相当険しい地形に、道が造られたことが分かります。恐らく総延長距離は6千kmを超えるはず。この厳しく細い道を、専門の「飛脚」がキープを持って走って行ったのです。つまり古代の駅伝です。 強大な権力を持った王の元へは、各地で精錬された金や銀などの貴金属や、生活に欠かせない各種の金属が集まって来ました。後にキリスト教伝道を名目にやって来た西欧人、中でもインカの財宝が目当ての冒険者に、豊かな富を奪われる原因ともなったのです。 いずれも豪華な装飾品ですね。恐らくは王の権威を示すためのものと思われます。 この他にもたくさんの金製品や貴重な資料が展示されていたのですが、残念ながら撮影禁止で撮ることが出来ませんでした。 インカの象徴的なアリバロ壺です。 スペイン人に征服された後の地味な土器。 強大なインカ帝国にもやがて衰亡の時が訪れます。インカには帝国が滅亡する時、白い人が馬に乗ってやって来て、自分達を救ってくれると言う伝説がありました。そんな時にスペイン人が馬に乗って攻めて来たのです。弓矢やこん棒で戦ったものの、鉄砲と言う近代兵器を持った相手には全く通じず、莫大な富を奪われてしまいます。そして敵に従ったり、ジャングルの奥地に逃げ込んだりしました。 ピサロなどスペイン人に奪われた金や銀製の工芸品は、やがて鋳つぶされてスペイン本国へと送られました。インカの財宝が、スペイン王国を支えたと言っても過言ではありません。そして「新大陸」にとっては、まさに受難の時代の幕開けになったのです。だが、インカ文明の象徴とも言える、マチュピチュ、ワイナピチュは発見されないままでした。現代の我々が、こうして今も素晴らしい景観を見ることが出来るのも、高地文明だったからかも知れませんね。 特別展を観覧した小学生たちが描いた絵の紹介です。 最後に貴重な資料にも関わらず、快く撮影許可を与えてくださった関係各位に深甚なる謝意を表し、このシリーズを閉じさせていただきます。最後までどうもありがとうございました。<完>
2018.11.02
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~酒盛りで夜は更けて~ エシャロット 弟が来る5日ほど前から、客用の布団などを4度干していた。体調を維持したいとの願いが叶って、まあまあの状態でその当日を迎えた。その日は日本酒とビール、刺身などを買った。夕方の来宅なので、午後遅くから支度を始めた。これはエシャロット。言ってみれば西洋のラッキョウだが、臭みはなく、味噌を付けて食べたら美味しい。 ホヤ 珍しくホヤを売っていたので買った。ホヤの収穫時期は夏なので、これは冷凍していたのだと思う。ホヤ自体の液と酢を混ぜ、キュウリを和えた。酢が強過ぎたと感じ、暫くしてから液体を捨てるとさっぱりした味に。学生時代に魚屋でアルバイトをしていたこともあるくらいなので、弟は好物のはず。 戻りガツオ 先日買ったクジラの刺身を探したがない。そこで手ごろな値段の戻りガツオを購入。これも冷凍だが、夕方までにはほど良く溶けるはず。庭の南天の葉を切って皿に添えた。これは私の分で少ない方。彼にはもっと多めに盛った。腹の身が薄い部分は翌日の自分用にして残す。 ニシンの塩辛 別の魚コーナーに珍しいものを発見。こちらはニシンの塩辛。まあ酒のつまみには持って来い。そしてもう一品は白魚。茹でれば白くなるが、生食用だった。こちらも小鉢に盛り、庭の柚子を切って、果汁を垂らした。まだ青さが残っているためか、少し苦味があるようだが邪魔にはならず、生臭さも消えた。 白魚 弟は従兄弟の運転するタクシーに乗って、5時ごろ着いた。従兄弟にも上がってもらい、3人で昔話をひとしきり。30分も話すと、従兄弟は仕事に戻った。客を乗せて運転する身なので、アルコールは禁物。親戚の近況などを彼から聞いた。従兄弟は奥さんをガンで亡くした身。66歳だからまだまだ働けるはずだ。 手もみの漬物 早速夕食の支度。準備したものをテーブルに並べると、「まるで居酒屋だね」と弟。ご飯は食べないと言う。それは私も同じなので手っ取り早い。弟と酒を飲むのは彼が水戸勤務の時以来だから、多分20年ぶりくらいのはず。 大吟醸 一ノ蔵 私が買っていたのはこれ。弟は普段は日本酒は飲まず、焼酎だと言う。何せ宮崎なら美味しい焼酎も多い。私も普段は薄い焼酎のウーロン茶割り1杯で十分なのだが、特別な日なので大吟醸を奮発した次第。飲んだらかなりの甘口。だが昔話に夢中になり、気が付いたら10時を過ぎていた。弟は風呂にも入らずに就寝し、私はどうやら食器を洗って寝たようだ。 漬物 翌朝眼が覚めたらもう8時近く。慌てて布団を上げ、朝食の準備。その間に風呂を沸かし、弟を入れた。朝食はサンマの一夜干し。これは自分で作ったもの。ポテトサラダと野菜炒め。そしてワカメと豆腐のシンプルな味噌汁。漬物2種を添えた。体調がおかしいと感じて不安になったのだが、どうやら原因は二日酔い。日本酒の他に、焼酎も飲んだのだ。 ユズ 9時ころに兄嫁が車で迎えに来、皆で墓参りに行った。兄は折りたたみ用の車椅子に乗っての墓参。途中でにわか雨に遭ったものの無事に終了。兄弟そろっての墓参りは、多分これが最後になるはずだ。家まで送ってもらって、そこで別れた。弟は新幹線で長女のところに向かう由。 弟 勤務先の宮崎で妻を亡くし、偶然そこで出会った女性と結婚。2人の子供もそれぞれ独立し、悠々自適の毎日。今回は前妻の墓参りが口実だが、独り暮らしになった私を心配し、仙台まで足を延ばしてくれたのが真相とのこと。後何度彼と会えるかどうか。お土産を開けたら、浅草の牛肉の佃煮だった。弟よ、わざわざありがとうね。これからも元気で、奥さんと仲良く暮らしてね。ではまた。
2018.11.01
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