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クラシックやジャズを練習しようと気合いを入れていざピアノに向かっても、どうしてもポップスとかに浮気したくなってしまう昨今。 実際、ピアノという楽器の魅力はその汎用性にもあるわけだし、分野を限定することなく多くの曲を楽しんで弾けるようになることがピアノを学ぶうえでの究極の目標、と考えるようにしてます。バイオリンだとそこまでは望めないし、そもそも、それほどジャズバイオリンとかカントリーを弾きたいとは(あんまり)思いません。 こないだ祝宴でピアノを弾かせてもらったときに、シャルル・アズナブールの「忘れじの面影 Tous les visages de l'amour」(=エルビス・コステロの「She」)という曲も弾きました。 基本的にフランスの音楽は苦手で、いまだにラヴェルもドビュッシーもほとんど聴かないワタクシではございますが、歌謡曲のCDはけっこう持ってます。 切なく哀しく、しかもピアノ一本で淡々と弾くのが似合う曲が多いやうな。 で、先日も実は「She」のほかにあと二曲フランス歌謡を弾いてみたく、本番直前まで努力しておりました。ただ、やはり回顧系な曲調がハレの場にはどうしても似合わず(というか準備も間に合わず)断念してしまいました。どうしてこう暗い曲が多いのでしょうか。■ララ・ファビアン Je t'aime http://www.youtube.com/watch?v=9xNhERjA1zE セリーヌ・ディオン? いい曲だと思うけれど、僕の持ってる譜面(何年か前にパリで発掘)の編曲は今ひとつ。■ジャック・ブレル La chanson des vieux amants http://www.youtube.com/watch?v=B7oNGtr8QFQ やはり昔ブリュッセルで中古楽譜で発掘して以来、いつか弾こうと機会をうかがってた曲。 隠れた名曲かと思ってたら、とうの昔に加藤登紀子さんがカバーしてて、日本でも有名?(「懐かしき恋人の歌」) ***** フランス語の歌って、どうせ歌詞もわかんないし、曲の雰囲気を頼りに内容を推測して聴くしかありません。例えば、「この曲は、初老の紳士が、セーヌ川のほとりで自分の息子の恋人にひとめ惚れしてしまった話かなー」とか。←妄想しすぎ でも、訳詩を読んでみると、たいてい全然違う(笑)。
Feb 28, 2009
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現在アメリカ公演中のウィーンフィルを聴いた。指揮はズービン・メータ。 律儀に毎年アメリカでも日本でも公演してるのは知ってたけど、生まれて初めて今回やっとナマで聴くことができた。 ワーグナー:「リエンツィ」序曲 ショパン:ピアノ協奏曲2番(ラン・ラン独奏) シューベルト:交響曲ハ長調「グレート」 最初の序曲からして最上級。絶叫しない「大人の sul G」という弦楽音を堪能させてもらった。 つづくコンチェルトは奥ゆかしく伴奏していたが、絹のような細さのなかに芯の強さを感じさせる音。 一方、独奏のラン氏は、音がとにかく大きく、光ってる感じ。お名前どおり朗朗と弾くのかと思ったら、むしろテキトーに弾いてるような奔放な印象さえ受けた。 ってゆーか、いかにも天才児という感じ。鍵盤も指揮もほとんど見てないのにビシッと合ってるのは不思議。決して自分だけ別世界で盛り上がってるというわけでもないし。 派手めな自己顕示と謙虚さとをうまく演じ分けるアーティスト。全て計算してる? アンコールにはショパン「別れの曲」をねっとりと。 シューベルト大ハ長調は、あまりにくどくて長いから、はっきり言って好きな曲ではないのだけれど、今日はあっという間に聴き終えてしまった。生まれて初めてこの曲の良さに気が付いた。←遅すぎ あと、個人的に勝手に注目したのはコンマスのライナー・キュッヒル氏。弾きかたに気品がある。ウィーン式奏法ってやつ? なんてったってボーイングがすごい。そこまでやるかぁという感じ。スラーのかかってる長ぁーいフレーズも、ぶちぶち切ることなくちゃんとひと弓で弾き切ったり、逆に、シューベルトの3楽章なんて、一音一音分割しながらもアップひと弓で(しかもフォルテで)弾くというワザも披露されて、僕は思わず「おぉーっ」と声に出してしまった。 そこまでやる? 指揮のメータ氏(72歳)は、ここぞというときは締めるものの、それ以外は細かく棒は振らず、オケの自主性に任せていた(ように見えた)。 (それが裏目に出たのか、シューベルトの2楽章で一瞬だけ崩壊してしまってた。トランペットと弦の掛け合いになるとこ。) アンコールは(たぶん)ヨハン・シュトラウスのポルカ。内声の裏打ちの人も楽しそうに弾いてたのが印象的。 団員さんの挙動を観察してるともう一曲アンコールの譜面が用意されてたようだけど、メータさんがお疲れだったのか、強引にコンマスを引き連れて退場なさってしまった。 実際、充分すぎるくらい楽しませていただいた。 彼らってば、東海岸五公演のあとは西海岸ロスアンジェリスに飛び、その後、中国、インド、中東など廻るんだそうで。
Feb 24, 2009
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米アカデミー賞発表を明日に控え、つれづれなるままに雑感。 「モキュメンタリー」について。なんとなく確立してきた感のある映画の分野。 現実映像に見せかけつつ実はみんな役者という、詐欺みたいな(mockな)ドキュメンタリー。どっからどこまでが脚本どおりで、どこまでが即興なのかがきわめて曖昧。ま、そのへんを見破りながら鑑賞するのも楽しい。 普通のドキュメンタリーだってほとんどヤラセだったりする時代だから、モキュメンタリーのほうがなおさら潔く感じられる。 ってゆーか、ひねくれ者の自分にとって、映画というものは、もはや現実逃避を求めたり、他人の夢や希望あるいは恋愛や浪漫に便乗して感動するために鑑賞するものでもなくなってきてる。いかにも客を泣かせようと狙って作られた作品とか、実際に感情移入しにくい異国や異時代の物語にはそれほど惹かれず、かえって冷めた目で見てしまう昨今。なんとも味気ないし、哀しいけど。 読書にしてもそう。僕が最後に虚構ものを読んだのは何年も前。 事実が小説よりも奇なるこの現代社会においては、「実話にもとづく」作品、あるいは日常に散在する悲喜こもごもをちょっと大げさに映像化したもののほうが面白い? そんなこんなで、モキュメンタリーという分野に勝手に注目している自分。***** 以下、近年放映された三大モキュメンタリーを勝手に選出させていただきたく。■Borat ボラット (2006年アメリカ) あまりにくだらなすぎる。なのに、なぜかオスカー候補にまでなっちゃうし(脚本賞)。 副題は「栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習」。カザフスタン人ジャーナリストが全米各地で騒動を起こす。彼に比べたらMrビーンなんてカワイイほう。 観てしまったことを後悔しつつも、懲りずに人に勧めてる自分もおバカ?■The Office オフィス(2001~2003イギリス)*テレビ イギリスで社会現象にまでなったモキュメンタリー。のちにフランス、ドイツ、ブラジル、アメリカ、フランス語圏カナダでも同様の番組が作られたらしい。日本でも受ける企画かも。 全く空気を読めない上司と、ワケありの部下たち。とある会社でのなにげない日常、共感できる人は多いはず。■Chalk チョーク(2006年アメリカ) 本物のドキュメンタリーだとばかり思って、すっかり騙されながら観た。 アメリカのとある学校を舞台にさまざまな人種の生徒を相手に奮闘する新米教師たち。生徒だけじゃなく、同僚や先輩教師との確執、葛藤にも悩む彼らの愛と感動のドキュメンタ……、ん? なんかカメラの位置がわざとらしいし、校内で事件が起こるときに必ずカメラが捕らえてるのも不思議……。 日本や海外では公開されてないみたいだし、米国内でも全然受けなかった映画だけど、個人的には結構楽しめた。 ちなみに、「おくりびと」とともにアカデミー賞外国語部門で候補になってる「ザ・クラス」というフランス映画は、モキュメンタリーではないけれど、この「チョーク」にすごく似ている。
Feb 21, 2009
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「産む機械」 先月の帰国時に、妻夫木聡主演「豚がいた教室」という映画を観た。日記に書き留めておくのを忘れたけど、なかなか見応えがあった。←小学生が豚を飼育する話。最後に殺してみんなで食べるはずが、飼育してるうちに豚への愛情が沸いてきて、殺すに殺せなくなってしまう。原作は「豚のPちゃんと32人の小学生」。 そんなこんなで、劇場公開時に見逃して、なんとなく気になってたドキュメンタリー「Our Daily Bread」をついにDVDで観た。 欧州の大農場や畜産業の現場の映像。哀しいほどにひたすら効率的な大量栽培、大量飼育の。 日本でも公開ずみ。邦題「いのちの食べかた」 語りやインタビューなどでご丁寧に補足説明があるわけでもない。もちろん音楽もなし。次々と画面は変わっていく。無機的。順不同。そこにはなんの感情も描写されてない。思わず早送りしたくなる。 こうゆうドキュメンタリー、初めて観た。 ときどき農場や屠殺場で働く人たちの、皮肉なまでにのどかでフツーな昼休みの映像も流れ、効果的。 血だらけの食肉加工場の床や壁を黙々と掃除する人の場面とかも。 鶏、豚、牛がどのように産まれ、どのように育てられ、そしてどのように殺されるのか、交配などの場面も含め、静かに淡々と映し出される。彼らの悲痛な鳴き声も響き渡る。***** 「豚がいた教室」やこの「いのちの食べかた」という映画を鑑賞して、はたして我々はどういう感想を持つべきなのか。どういう行動を起こすべきなのか。野菜や果物、そして動物を食べるということはどういうことなのか。 動物がかわいそすぎる、と菜食主義者に改宗するというのもひとつの選択か。 奇しくも最近、「アメリカのベジタリアンはなぜ太っているのか」(矢部 武著)という本を読んで、いろいろと考えてたとこだった。 うーん、なんとも難しい問題。
Feb 18, 2009
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「And Then There Were Nonet」 今日はニューヨーク近郊室内楽演奏愛好家懇親会の日。 年に一、二回開かれ、いろんな人と演奏しながら親睦を深めるお祭り。でも、事前の準備が大変。 今回は予定曲を前もってさらっておく余裕もなかったので、とりあえず楽器持参で顔だけ出し、人が足りない団体があったら飛び入りで弾かせてもらうことにした。あとはコネづくりという名のもとに雑談&呑み喰い。 で、参加させてもらったのはシュポア作曲の九重奏曲! Fl アン、Ob アリソン、Cl モーシェ、Fg ジム、Hr スティーブ、 Vn トーニー、Va 自分、Vc ボブ、Cb ジェフ プチ交響曲系多重奏曲。 そういえば一年前、この場でベートーベンのセプテット(七重奏曲)を弾く機会があって、激しく感極まったっけ。そして、いつの日かシューベルトのオクテット(八重奏曲)もやれればいーなーなどと夢見てたら、なんとノネット(九重奏曲)を弾く日が先に来るとは。 ってゆーか、曲の存在すら知らなかった。もしかして、十重奏曲ってのも世の中に存在するのだろうか。えーと……、デクテット? ちなみに、シュポアという作曲家は、英語圏ではスポーという発音で呼ばれる。なんかマヌケ。 ジョルジュ・オンスロウみたいに、一部の音楽ヲタクから評価されてる多産系優等生系作曲家か。***** さて、この曲、初見でも弾けなくはないが、バイオリン(とチェロ)は難度高そう。特に1楽章アレグロと4楽章ビバーチェ。 2楽章スケルツォが一番易しい。 3楽章アダージョは、細かい音の動きが各パートに出没する。こうゆうの、僕は嫌い。 4楽章は快活な2拍子。これは楽しいっ。 強いて例えれば、シューベルトやメンデルスゾーンのような律儀で健康的な曲。ベートーベンほどには重くない。***** 結論。話のタネにはなるし、こうゆう祭りで弾くには楽しいけれど、九人もの管弦を嗜む大人をわざわざ集めるという労苦に見合うかどうかは疑問。音量のつりあいを模索してるうちに日が暮れてしまう。 ぶっちゃけ、むしろ普通にオケに所属して交響曲を弾いたほうが、演奏後の達成感を味わえるように思った。(それを言っちゃぁおしまい?)
Feb 15, 2009
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今日は結婚式にて演奏させていただきました。 式典では、ピアニストとして、入場から退場までけっこう出ずっぱり。人前でこんなに真面目にピアノを弾いたのは生まれて初めて。とりあえずは(大きな)事故もなく終えることができました。 教会の暖房の効きが悪かったものの、ちゃっかり日本から密輸したカイロで暖をとりつつ。 来賓二名によるお祝いの歌の伴奏もかなり緊張したけど、彼女らの美声と楽曲の素晴らしさに救われた感じ。メアリー・チャプリン・カーペンター(&ジョン・レノン)の Grow Old with Me と、バーブラ・ストライサンドの Evergreen(=スター誕生「愛のテーマ」)。特に後者のピアノパートはかなり萌えました。最後、じわじわと半音ずつコードが移動するのであります。 つづいて、レストランに会場を移しての祝宴。新郎新婦の愛の二重唱(南米系ポップス)を、バンドの一員としてバイオリンで弾きました。オブリガート役。 バイオリン専用にマイクを使って拡音しましたが、それでも打楽器群の音量に負けてたかも。普通のドラムセットと、アフリカから密輸したナントカカントカという太鼓。 そのあとは、全ての進行をDJさんに任せ、僕はお役ごめん。夜更けまでひたすら呑みまくり踊りまくったのでありました。踊るのはもともと苦手ですが、サルサのステップを頑張って学びました。 誰よりも自分が一番楽しませてもらったよーな。ハリウッドで活躍してる有名な歌手I氏も駆けつけて新曲を披露したこともあり、この結婚式のことがラジオで紹介されたりもしました。民族舞踊も披露されたし、いろんな言語の飛び交う、まさに「超」国際結婚。なんだか夢のようなひとときを過ごせました。 宴が終わり、ほろ酔い状態で外に出ると、静かに雪が舞ってました。
Feb 14, 2009
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一応は「音楽監督」という肩書きのもと参画している結婚式がついに明日に迫っている。 結ばれるお二人は南米人と欧州人。ともに再婚で、ともに子連れ(といっても成人ずみ)。挙式では三ヶ国語で契りを交わすことになりそう。式を執り行なう牧師は黒人さんだし、移民の国アメリカならでは。なかなか味のある結婚式になりそうで、関われたことを光栄に思う。 演出家のミシェルさんと激しく口論?しながらも、音楽に満ちた印象的な挙式を創るべく、新郎新婦以上に勝手に盛りがってる僕ら。 当初は、映画「ラブ・アクチュアリー」のような賑やかな演出をしようと意気込んでたりもしたのだけれど、結局は基本的に僕がピアノ一本で独奏する場面も多くなってしまい、現在思いっきり緊張中。 泣いても笑っても明日が本番。 自分が弾くピアノの選曲で悩んでるヒマなどもうない。レパートリーといえども、ちょっとでもあやしいとこがある曲はボツにして、弾ける曲の弾ける箇所を延々と繰り返して時間を稼ぐという作戦に変更すべきか。 あと、さすがに短調の暗い曲は結婚式には似合わない。ベートーベンの月光ソナタ1楽章、ショパンの前奏曲4番とか、きれいだし好きな曲ではあるけれど、泣く泣くボツ! 独りで弾くのは孤独で寂しい反面、式の進捗状況に応じて臨機応変に微調整できるのは便利。 カルテットだとこうはいかない。綿密にリハーサルをしなきゃいけない。新婦が祭壇まで歩く速さを計算し、何分何秒で弾くのをやめるのかとか。どうせなら主和音で終わりたいし。
Feb 13, 2009
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陪審員の召喚状 我が家の郵便受けにこんなものが入ってました。某月某日に裁判所に来たれしとか書かれてるし。 こちらアメリカでは、陪審員12人を市民から選出するにあたり、その何倍もの人に連絡をとり、さらに実際に召集して面接し、最終的に人選がまとまるまでにかなりの時間と労力が費やされます。 上の召喚状も、実は、単に陪審員の資格があるかを判断するための書類の記入依頼。すぐに記入し送り返すつもりですが、米国民ではない自分にとって、正式な召喚状が後日送られてくることはないでしょう。召喚の対象となるのは、米国民であり、英語を用いての司法に支障がない個人であることが大前提。 ってゆーか、僕が米国民ではないことぐらい、ちょっと当局間が連絡取り合えばすぐにわかるはずだけど、この書類、確か米国社会保障番号(いわゆる国民背番号)保持者だか納税者名簿だかをもとに無作為に抽出されるので、僕らのような「移民」や「外国人就労者」にも送付されてくることがあるのです。 日本でも裁判員制度が話題になってますが、アメリカの陪審制で特筆すべきは、国民の意識が異様なまでに高いこと。国家に対する究極の奉仕活動とまで言っちゃう人もいる。 召喚状をもらって、最終的に12人のなかに選ばれれば英雄気取り、召還された人に対しては職場もあらゆる支援をする。 もちろん、ご本人ってば、頼まれてもいないのに国旗の模様の入ったネクタイとかスカーフ、バッヂまで身に着け、いざ出陣。一方で、拘束時間がどのぐらいになるのか見当もつかないため、私生活を優先し、わざと最後の12人に選抜されないように振る舞う人も多いみたい。***** 強引に映画ネタ。■十二人の怒れる男 12 Angry Men(1957年アメリカ) いやぁー、すんごい作品。全てはこの映画から始まったわけだし。 ほかの11人を説得しようとする8番陪審員を演じるのはヘンリー・フォンダ。 個人的には、昔、東京都内の某アマチュア劇団がこの作品を上演したときに裏方として携わったことがあるので、思い入れも強かったり。■12人の優しい日本人(1991年日本) もし日本に陪審員制があったならという前提。脚本がとてつもなく素晴らしい。さすがは三谷幸喜。 ちなみににサントラはモーツァルトのピアノソナタK545ハ長調。←ちょうど自分が今さらってる曲 劇場公開当時、弁護士志望の友だちと見に行った記憶がある。(実際、その友人は弁護士になった) 先月一時帰国したときにDVDで久しぶりに鑑賞して、改めて名作だと思った。今観ても全然色褪せてない。■12人の怒れる男 12(2007年ロシア) ニキータ・ミハルコフ監督によるロシア版。12人は、チェチェン人の少年を裁く。 日本では既に公開済みのようで、こちらアメリカではやっと来月から劇場公開らしい。
Feb 9, 2009
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自分とは年齢も境遇も全く違うのに、なぜか懇意にさせていただいているご夫婦、Cさん(弁護士)とJさん(画家)。定期的に会っては近況報告し合っている。 今回は、18世紀に建てられた館を改装したという、ご夫妻お気に入りの旅籠屋風レストランにて、暖炉を囲んでのんびり語らい&呑み喰い。 ニューヨーク都心で何年も生活し、のちに田舎に移り住み、今はほぼ自給自足の生活を営むご夫妻。お話にも含蓄がある。今日も、おすすめの本や音楽会/美術展、飲食店などをご紹介いただいたり、彼らのセレブな知人(政経関係者や芸術家多し)の暴露話とかで盛り上がったり。とにかく知己と話題が豊富。 オバマ政権の話になると、給仕のお兄さんやレストランの支配人、バーテンダーやカウンターの客までをも巻き込んで、「明日のアメリカ、そして世界はどうあるべきか」とか語り合っちゃうし。 一方で、公私にわたり最近なにかとトラブってる自分(笑)。彼らは、そんな僕の愚痴もちゃんと聞いてくださり、おかげで当方の精神状態もスッキリ晴れ模様。←単純 今日彼らに学んだことは、「どんなに自分の意志や意思、信念を貫き通そうとしても、時代は変わるし人も変わる。永遠なる幸福はあり得ないし、不景気がずっと続くことも(たぶん)ない。狭い世界に閉じこもらず、ときには自分に鞭打ってでも苦手なこと新しいことに挑戦すべき」。 今まで何度も読み聞きしている言葉だけれど、まさに激動のアメリカ史を生き抜いてきた彼らから面と向かって言われると、改めて納得してしまうわけで。
Feb 6, 2009
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クリスティアン・テツラフ氏のバイオリンリサイタルを聴いた。ピアノはなんとレイフ・オベ・アンスネス氏。 ヤナーチェク:バイオリンソナタ ブラームス:バイオリンソナタ3番 (休憩) モーツァルト:バイオリンソナタK377ヘ長調 シューベルト:バイオリンとピアノのための華麗なるロンドB895ロ短調 いかにも考え抜かれた選曲と曲順。 ヤナーチェクは、最近何となく気になってた作曲家だったので、なおさら興味深く聴けた。彼、「チェコのムソルグスキー」と(一部で)呼ばれてるらしい。←わかったよーな、わからないよーな。 基本的には骨太で堅実な弾きかた貫き通すテツラフに対し、随所にピアニスティックな色合いを加えようとするアンスネス。それが如実に現れていたのがブラームスの2楽章と4楽章。 それにしても、アンスネスって、独奏曲、協奏曲、室内楽曲を平行して究めていくおつもりらしい。ピアノ上の全ての音域を輝かしく響かせるという噂は本当だった。 後半は、特にモーツァルトの2楽章アンダンテが際立ってた。全然古典コテンしてない(いい意味)。 アンコールは二曲。最初にシベリウス。テツラフ氏の言う曲目紹介がよく聞き取れなかったけれども、たぶん田園舞曲Op106? 最後にラベルのバイオリンソナタ終楽章。 お二人とも余裕を持って音楽を楽しんでるような弾きかたではあったけれども、やはり気迫めいた意志や信念をも強く匂わせる演奏会だった。***** ちなみに、今日は珍しく暖かい一日だったのだけれど、本番前に演奏会場の外で開場を待ってるときに、出演者のお二人もノーテンキに辺りを散歩しているのを目撃。 (ドイツ人の割には)小柄のテツラフ氏と並んでたからか、アンスネス氏はかなりのノッポさん。さすがはスカンジナビアン。 「今日の演奏会楽しみにしてますよー」とこちらが申し上げると、「僕らも」などとニコニコ笑いながら会場に入っていく彼ら。はっきり言って、そこには世界を股に活躍する一流音楽家の風格や貫禄はなく、そのへんにいる欧州からの観光客、あるいはただの気さくなアラフォー男って感じだった(笑)。
Feb 1, 2009
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