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カナダに来るたびに思う。「愛国心」って何なのだろう。(お、重い……) ってゆーか、カナダ人ってば、(いい意味で)自尊心に欠けてるように感じる。 日本で生まれ育ち、アメリカで棲息している僕としては、なんか拍子抜けしてしまう。日本人やアメリカ人って、「自分の国が世界一」と信じて疑わない人種上位二国だから、ちょっとした言動にもそれは表れてしまうもの。欧州の国の多くもそう。 カナダ人はそんなことを超越した大人な国。衣食住関連の文化とか、人びとの考え方とか、いろんな場面でそれを痛感する。他国のものをあっさり受け入れ、頼るとこは頼り、ただし、ナニゲに自国らしさを加味。 アメリカ人からコ馬鹿にされようが、カナダ人はアメリカのことをやっぱり一目置いている。競争しようとはあんまし思ってない。 とにかくそのあたりの隣国づきあいが乙かつ粋かつ妙、というか。 そのなかでもケベック州はさらにすごい。フランスやイギリスとかとの複雑な歴史が背景にあるのに、あくまで自己流、自然体。いろんな歴史のあった国って、ふつう(アイルランドみたいに)民衆のあいだに狂おしいまでの愛国心が育まれていくものかと思ってたけど、ケベコワさんたちはなんか冷めてる。 いちいち他人と比較してばかりいないで、いまの自分を信じて堅実に生きる。カナダ流のその生き様がカッコよいと思ったわけで。
Nov 29, 2009
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カナダのケベック州シャルルボワ地方というとこを訪ねてます。 隣の州(英語圏オンタリオ)との州境から遠く、モントリオール市やケベック市とかの大都市からも離れてて、英語なんて全く通じません。フランス人の同行者に全ての意思疎通を頼りきってる始末。 個人的にはアメリカ大陸の東海岸でここまで北上したのは初めてなので、さりげなく感動ちゅう。ってゆーか、日照時間が少なすぎるのには絶句。 紅葉には既に遅く、雪景色にはちと早い、中途ハンパな時期ではあるものの、やっぱり広大な自然には息を呑みます。 さすがに星がきれいです。北斗七星が思いっきり輝いており。そー言えば、オレってば昔は天文少年だったなー。銀河鉄道スリーナインとか宇宙戦艦ヤマトとかにハマってたわけだし。←ちょっと違う
Nov 27, 2009
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「フレンチ・コネクション」 今日の練習の後半は、八月に引き続きフォーレの1番を練習するはずだったのに、話が二転三転、結局2番のほうを弾くことになった。Vn トーニー、Va 僕、Vc ロバート、Pf セス。僕は初見……。 個人的には、1番のほうにちょっと飽きてきたとこだったし、2番がどんな曲なのか興味があったのは事実。CDは持ってるけどほとんど聴いてない。 結論。1番よりは弦パートは面白い。ユニゾンが減って、個別の動きが多くなるのは歓迎。ゆっくりした楽章(3楽章)ではビオラの超どソロで幕を開ける。 しかし、どちらかと言われたら1番のほうをじっくり取り組みたい、というのが本音。音楽が引き締まっててわかりやすい曲だし、飽きちゃった、とか言ってる場合ぢゃない。 僕は今までフランスの音楽は毛嫌いしてたけど、ほんとは少しはお近づきになりたいと思ってて、でもなかなか難しい。で、やっぱりいきなりラヴェルだのドビュッシーだのから入るより、フォーレから取り組むのは正攻法かもしれない。 フォーレにはバイオリンソナタなんて名曲もあるわけだし。 ってゆーか、ラヴェルとかドビュッシーとかのフランスものの曲をちゃんと弾けるようになる日が来るのだろうか。
Nov 22, 2009
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「肉食系男子」 今日は念願のルクーの未完の大作に(再)挑戦。前回弾いたときはビオラだったけれど、今回はバイオリンで。Vn 僕、Va トーニー、Vc ロバート、Pf セス。 数日前から慌ててさらったものの、全二楽章とも練習することができなかったので、今日は1楽章だけを合わせることで勘弁いただいた。 フランクとフォーレを足して二で割ったよーな、いや、でももっとクセのある曲。特に転調のしかたには唸らされる。 若気の至りなのか、とにかくチョー強引な曲。じっくりとスコアを見ながらうまく整理しないと、なにがなんだかわからない。バイオリンパートに限って言えばかなり難しい。高音ばかりだし。 このルクーという作曲家は、フランス/ベルギー音楽界のジェームス・ディーンと(たぶん)呼ばれてる。若くして亡くなったために作品の絶対数が足りない。遺された曲はどれも(一部で)神聖化されて崇められている。 おフランスやベルギーものって、なんとなく草食系の印象があったけれど(偏見!)、この人のこの曲はちょっと違う。のっけから闘志燃やしてるし。 NHKの大河ドラマでこんな感じのテーマ曲があったよーな、なかったよーな。
Nov 22, 2009
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「音楽の捧げ者」 先日テレビで観たドキュメンタリー映画について。監督はTal Skloot。 公式サイト<内容> アメリカ西海岸でフリーで活動している七人の無所属演奏家に密着。 安定した収入を求め、有名オケのオーディションを受けまくるが、なかなか正団員として採用されない。そもそも空きがない。 副団員や賛助として複数のオケを掛け持ちしながら東奔西走する彼らは、家族と過ごす時間も確保できないし、車で高速道を移動してる時間のほうが実際の演奏時間より長かったりすることを虚しく感じ始める。 しかし彼らの音楽に対する情熱や演奏家としての誇りが揺らぐことはない。そして将来の聴衆を育てるべく、地域の子どもたちへのアウトリーチ活動にも熱心に取り組む。 そんななか、奏者の一人が指に大怪我を負い、演奏できなくなってしまう。<感想> あまりに地味なドキュメンタリーだけれども、クラシック音楽とかオーケストラとかに興味のない人でも楽しめる作品だと思った。もともと音楽好きの人も、いろいろな裏事情もわかって興味深く観られるはず。 日本と違うのは、アメリカ国内には小さな町にもたいていプロオケが存在するという点。さらに欧州とも違うのは、それらのオケが必ずしも地元在住の演奏家だけで成り立ってるわけでもないという点。一部の正団員を除いては都市部からの助っ人(トラ)が大半。地方の住民にも良質の音楽を提供することは大事ではあるけれども、肝心の演奏家はやはりあくまで都市部に住みたがる。 とにかく音楽を職業とする人の真摯な姿勢に圧倒される内容の映画。彼らはカメラの前では謙遜してるけれども、「音楽以外の職業につくんだったら、フーテンのトラさん(笑)のままでいい」と言わんばかりの気迫。 こうゆうドキュメンタリーって当たり外れが激しそうだけど、もっと観る機会があるといいと思った。
Nov 21, 2009
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しつこいけど、またもや譜めくりネタ。いつまたピアニストの助手として譜めくり係をする機会があるかもわかんないから(たぶんないけど)、以下、自分のための覚え書き。 譜めくりって、単に楽譜を目で追ってればいいってもんじゃありません。ちゃんと「ピアニスト的に」譜面を読んで、いろいろとアタマで考えてなきゃいけない。そのへんが僕が二つ返事で譜めくり係を仰せつかることを今ひとつためらっている理由でもあり。一、古典の曲と近代のとでは、ピアニストによっては譜めくり箇所が微妙に異なる。つまり、古典のときはかなり先まで読みながら弾いているが、近現代の曲はギリギリまで楽譜を見たがる?一、ピアニストが自身でめくれそうなぐらい充分な長さの休みがある部分は、そこもめくってさしあげるべきなのかとうか、事前に打ち合わせしておく。一、誤って一気に数枚めくっちゃったりしないよう、指先はネッチョリと唾液や脂汗などでお湿り状態にしておく。一、集中して弾いてるピアニストを邪魔しないよう、光り物ジャラジャラや香水プンプンは厳禁。体臭、口臭、加齢臭、さらには、咳、クシャミ、ゲップ、オナラなどに充分気をつける。ビンボー揺すりも不可。ってゆーか、普段はピアニストの視界に入らないようにする。一、何ごともカタチから。服装などの見た目にも気を遣う。理想的な譜めくり像として、例えば保釈後のS井法子被告あたりか。 * ギョーカイに属してることはバレバレだけど、無理に笑って客に媚びたりなどしない。 * 過去は封印し、黒っぽい服。しかし、それなりに人前で映えるよう、プロ意識を保つ。 * うっすらと反省メーク。入れ墨はしっかりと隠す。 ま、おバカなことばかり考えてないで、自分もピアノを猛練習して、いつの日かハレの舞台で誰かに譜めくりしていただけるほどに上達したいと願う今日このごろでございます。
Nov 19, 2009
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パムお姐さんからメールが来てました。彼女はプロのピアノ弾き。クラシックをはじめ、ブロードウェイとか音楽酒場でご活躍のお方で、僕はつい三週間前に、ひょんなことから、彼女の出演するチェロリサイタルで譜めくり係を務めさせてもらいました。 で、パム姐からのメールに書かれてたのは、前略今度ピアノ三重奏の本番があるのだけど、また譜めくりしてくださらないかしら。 ;-)かしこ おぉっ、譜めくりの依頼であります。先月の本番では譜めくりが早すぎたり遅すぎたりして迷惑かけたかも、と思ってたので、お呼びがかかるなんて意外かつ光栄。 マダムからのご指名はいつも謹んでお受けすることにしているワタクシですし(←意味不明)、これを機に、売れっ子の譜めくり王子になっちゃうのも悪くないかもしれません。 しかし、結局は丁重にお断りしました。予定が合わないというのもあるし、やっぱり存在の耐えられない重さゆえ。またもやブラームスらしいし。 ってゆーか、一般に、譜めくり人ってどうやって選出されてるもんなんでしょうか。 日本国内で演奏会に行くと、譜めくりはたいてい(若くてきれいな)女性が担当なさってるような気がしますが、こちらアメリカでは、「あの人、いったい何者?」って思うぐらい、いつも意外性のある雰囲気の人ばかり見かけます。よそゆきの服装じゃなかったり、妙にご高齢、ご低齢だったり。 そもそも、ピアニストの付き人とか愛人とかじゃないかぎり、譜めくり係という肩書きだけでわざわざ巡業に同行することはないはず。つまり現地調達が基本と思われ。 是非めくらせてほしい、という地元の音大生とかは多いかもしれません。大物ピアニストとお近づきになれるわけだし。 譜めくり不要の液晶デジタル譜が数年前から存在してますが、なかなか浸透してないようです。 今日もまた、世界の各地で、ピアニスト氏たちは現地調達の赤の他人の譜めくり師に身を委ねつつ、愛着のある使い慣れた紙の譜面で本番をこなしているのありましょう。
Nov 15, 2009
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今日はジャズの修行日。久しぶりにお師匠さんのスタジオへと向かった。 二曲のバラード(When Sunny Gets Blue及びMisty)を教材とし、和声進行の型をおさらい。デイビッド先生はいつものように辛抱強く教えてくださるのだけれど、なかなか瞬時に音にできず戸惑う僕。 IIの和音からV、そしてIに移動する際、いちいち律儀に四度とか五度で大げさに飛ばないこと。 階段の昇降は、落ち着いて一段か二段ずつが基本。跳びはねて移動してしまうと大人っぽいジャズに聞こえなくなってしまう。根音と3rd、5th、7thなどを左手と右手とでばらして、二度とか三度内でさりげなく。 音の幅を指と耳で覚える。本日の稽古でも終始このことについて力説された。今の自分にとって最大の難関。 今日もいろいろなことを伝授いただいたけれども、僕としては、譜面を見ずに感覚で弾くということがどうしてもできない。師匠曰く、一度楽譜に全てを書き出して、目で見て確認しながら覚えていってもいいよ、とのこと。クラシックで育った人は初めのうちはそのほうが早いかも、だそーで。<次回までの宿題>一、コードの基本進行(II→V→I、及びバックドア)を引き続き練習。いろんな調で、毎日15分。一、新曲「オール・ブルース」(マイルス・デイビス)のコード譜を見ながら、音源に合わせて共演ごっこしてみる。
Nov 11, 2009
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秋の夜長、愛しの我が母国に想いを馳せてみる。そして、あの懐かしき日本語の響き。 最近なんとなく自覚することなのだけれど、自分にとっての「日本語らしい日本語」とは、ずばり「七五調」。その独特のリズムに対して、ニッポンの縦文字文化を誇らしく感じ、郷愁の念に駆られるらしい。 というわけで、本日のお題は七五調(笑)。 思えば、前世紀の日本の街かどにはもっと七五調が溢れてたと記憶している。なのに今はほとんど見聞きしない。 お偉い日本語学者さまが鼻息荒くして嘆いていらっしゃるところの、「ら」抜き言葉だの、若人の使う短縮言葉だのは別に気にならないけれど、僕はむしろ大衆文化から七五調が消えていってることを憂う。それってやっぱりマンモス悲ピー。 今、絶滅の危機に瀕している七五調文化。その復興を強く願い、勝手ながら、以下に自分の気に入ってる(昭和の)名文句をまとめておきたく思ふ。■商品や企業の広告 スカッと爽やかCカコーラ、 痛くなったらすぐSデス、 ゴホンといえばR角散、 ちゃんとちゃんとのAの素、 おせちもいいけどカレーもね、 この木なんの木気になる木■本や映画/テレビの題名 悪魔が来りて笛を吹く、 思えば遠くへ来たもんだ、 私をスキーに連れてって、 セーラー服と機関銃、 101回目のプロポーズ、 世にも奇妙な物語、 母をたずねて三千里、 題名のない音楽会、 銀河鉄道スリーナイン、 ドクタースランプアラレちゃん、 美少女戦士セーラームーン、 まんが日本昔ばなし(笑)■外国作品の邦題 ライ麦畑でつかまえて、 アルジャーノンに花束を、 暗くなるまでこの恋を、 小さな恋のものがたり、 フェリスはある朝突然に■歌謡曲の曲名(無限にありそう。追悼、阿久悠さん) 銀座の恋の物語、 夜霧よ今夜もありがとう、 長崎は今日も雨だった、 浪花節だよ人生は、 哀しみ本線日本海、 津軽海峡冬景色、 男と女のラブゲーム、 遠くで汽笛を聞きながら、 いちご白書をもう一度、 学生街の喫茶店、 狼なんか怖くない、 私の彼は左利き、 ブーツを脱いで朝食を、 僕はこの瞳で嘘をつく、 もしもピアノが弾けたなら、 ギザギザハートの子守唄、 ギンギラギンにさりげなく、 チャールストンにはまだ早い、 チャコの海岸物語、 C調言葉に御用心 、 夏の終りのハーモニー、 ラブストーリーは突然に、 昔の名前で出ています***** 要するに、昭和モノはいくらでも次々と思い浮かぶのに、ここ数年の例がほとんど出てこないのだ。 「それでもボクはやってない」とか「バラッド、名もなき恋の歌」とかぐらいか。 見事だなと思った近年の例は、映画の題自体が俳句っぽい響きになってるもの。 「バブルへGo、タイムマシンはドラム式」と「東京タワー、オカンとボクと時々オトン」。 字余りなとこが、ますますジャパネスク。 とにもかくにも、自分の場合、横文字文化で暮らしてるぶん、縦文字への感性が研ぎ澄まされてきているのであらう。←日本語観がどんどん歪んでってるということでもある 七五調ってクセになるので、ハマってしまうとかえって危険。全然七五っぽくないのに七五に聞こえてきたら要注意。「笑っていいとも増刊号」とか「前川清とクールファイブ」とか(笑)。追記: クラシック音楽ネタも追加。「アイネクライネ、ナハトムジーク」? 何を隠そう、僕はご幼少の頃、交響詩「ツァラトゥストラはこのように語った(かく語りき)」という曲のことを、「ツァラトストラはかくごりき」と読んでて、あ、七五調でいい曲名だなー、とマジで思ってました(笑)。
Nov 10, 2009
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「モノはいーよう」 このドキュメンタリー、劇場で見逃したと思ってたら、早くもDVD化。 そのうち日本でも公開されるかも。日本で撮った映像もバシバシ映ってたし。 第一線で活躍する産業デザイナーたちが、椅子とかスプーンとか歯ブラシとか携帯電話とか掃除機とか自動車とかの意匠設計について熱く語りまくる。いろんな企業のデザイン事情もちらりと紹介される。アップルとかイケアとか。 ニッポン代表は深澤直人さんおよび無印良品など。 監督はゲアリー・ハストウィット こうゆう映画、ハマる人はハマるかも。僕自身は素人だけど、工業デザイナーと話す機会は頻繁にあるし、少し興味を持ってたこともあった。若かりし頃は、知らない国を訪ねるたびに、当地のデザイン観、デザイン力を推し測るための三種の神器と言われる(?)公衆電話、郵便物投函箱、男性用小便器の写真を撮りまくってたよーな(笑)。ドイツのバウハウスとかにまで足を運んだりも。 それにしても、嗚呼、「ヒト、モノ、カネ」。この映画を観て思ったのは、今どきの設計人ってば、ほんとによくしゃべるということ。話が上手いし、プレゼン能力にも優れてる。「はぁ? 何これ」みたいなブツも、お偉いデザイナーさんに解説されると、物は言いようと改めて思ったり。 フォルムが美しいだけでなく、人間工学に基づいて設計された(Ergonimically designed)家具や道具とかは今では常識になってるし、地球にやさしい(Eco、Environmentally friendly)商品、つまり廃棄処分する場合などのことも考えたモノづくりが必須。ほかにも、EfficientだのEffectiveだのが、今をときめくデザイナーに共通する「E気持ち」。 でも、やっぱり奇をてらいすぎてたりするのには苦笑するし、ゆえに価格が上がってしまうことについても我々消費者が冷静に評価することになる。ずばり好みの問題。 ま、「何ごともカタチから入るべし」を座右の銘としているワタクシといたしましては、成熟した文明社会において、機能そのものを既に逸脱して意匠のほうを愛でるということにもはや異論はないし、矛盾も感じない。 例えば、高価なグランドピアノを単なる家具(=花瓶を置く台)またはオブジェとして所有なさってるお金持ち様に対しても、「ふんっ、弾けないくせに」といちいち嫉妬することももうやめた。←おぉっ、オレって大人っ!
Nov 7, 2009
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懲りずに再びオーケストラピットねた。 どっかで読んだ記事のことを思い出した。 英マンチェスターだかの由緒ある劇場にミュージカルを観に出かけた客が、興行主だか劇場だかを相手に訴訟を起こした件。せっかく著名な演目を観劇できると楽しみにしてたのに、ホンモノの生オケではなくカラオケで演じられてたことにご立腹。案内ポスターなどの表現が誤解を招いていたとの主張。 フルオケではなくカラオケ。これ、不況に伴い、世界ぢゅうのオペラやミュージカルの現場で起こっていることかと思う。あるいはピアノや電子キーボード一台だけで伴奏させるとか。いわゆるコレペティさんがそのまま本番にもご出演。(ちなみに稽古ピアニストのことを英語ではrepetiteurだかなんか。←綴り不明) NYブロードウェイの地方巡業などでも、わざわざオケごと全員連れていくのではなく、あらかじめ録音しておいた音源を、特別な機材で再現して上演しているらしい(Realtime Music Solutions社の「シンフォニア」システム)。これ、テンポを揺らしたり、音程を微調整したりできる優れものなのだとか。オケピットのない劇場でも使えるから、かえって現実的。 歌手の声域や体調に合わせて移調できるってことは、声楽界を中心に意外に支持されてたりして。 そのうち、オケピットに所狭しと楽団員さんが詰め込まれてるのを見られなくなってしまう日が来るのもしれない。
Nov 3, 2009
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NYメトロポリタン歌劇場のオーケストラピット オペラを観に行く愉しみのひとつ、幕間にせっせと階下に降りてってピットをのぞき見ること。僕のような小市民にとっては、やっぱりオペラ鑑賞時の一儀式としてお約束? オケ奏者たちにしてみれば、上から見下ろされて決していい気はしないだろう。実際、さっさと休憩所へと消え失せていく人が多いし。 歌劇場にもよるだろうけど、オケピットをのぞくと、奏者の外套とか楽器ケース、水筒とか本や雑誌が散乱してることがある。観客から見えないもんだからって、けっこうお気軽な雰囲気。それはそれで「職人たちの仕事場」っぽくて微笑ましい。ピットって、狭くて暗くて埃っぽいし、労働環境としては劣悪なのかもしれない。 主役はあくまで歌手なわけだし、ピットで弾くときは衣装や化粧を手抜きしちゃってる奏者も絶対にいるはず。黒のジーンズとかでごまかしてたり。ま、演奏水準はさすがに完ペキなのだけれど。 あと、メット歌劇場にて観劇するたびに気づくのは、終演と同時にピット内の演奏家たちがササッと一瞬で退場してしまう点。舞台上で歌手たちがカーテンコールを何度もやってるうちに、既にオケメンは会場外の地下鉄プラットフォームで電車を待ってたりする。
Nov 1, 2009
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