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今月初め、NYメトロポリタン歌劇場にてオペラを観る機会があった。観劇後の感激は今も冷めやらず。 オケの演奏会でも多少は言えることだけれども、オペラ会場の観客席はとりわけ白人さんの比率が異様に高いことに気づく。この国この街って、「人種のるつぼ」のはずぢゃなかったのか。非白人のガイジン客ってオレだけ?と勝手に焦ってしまう。 一方、舞台に目をやると、いろんな国籍の人が活躍してる。舞台と客席とで人種分布が激しく異なってるわけで。 さて、オペラ観劇ですごく新鮮に思うのは、「楽章間の拍手はダメ」みたいなおカタいお約束がないこと。見事なアリアを歌った歌手に対しては、その場で惜しみない拍手と掛け声で褒め殺し。音楽がまだ鳴っていようが、芝居の流れが思いっきり中断しようがお構いなし。 歌舞伎を観たことは一度しかないけれど、そのときも同じ感想を持った。 ジャズやポップスでもそう。見事なソロを披露した人には、直後にその都度拍手するのが常識かつ礼儀。 ま、それぞれの分野で作法は違うだろうけれども、やっぱりクラシックの音楽会は敷居が高すぎる。拍手はダメ、咳やクシャミもダメ。ちなみに、イビキもダメ、ゲップやオナラはもっとダメっ!……らしい。 拍手したい、クシャミしたい、という欲求をぐっとこらえながら、最後の最後まで耐えつづける。そのへんを、禁欲プレイとして楽しみながら鑑賞できるようになったら一人前か。
Oct 31, 2009
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「拝啓、十七の君へ」 こないだ賃貸DVDで観たドキュメンタリー映画の感想。 こちらアメリカにも、日本でいうところの「映倫」みたいな映画査定団体がある(=MPAA)。そこがなんとも怪しげな団体らしく、その厳しすぎる判定に納得いかない映画製作者たちが、カメラを前に文句をぶちまける。 さらには、その審査の透明化、標準化を求めて、MPAA本体とあのテこのテで接触を試みる。探偵を雇ってMPAAで働く査定員の素性を探ったり、判定基準や結果の記された書類を捜し出すため、事務所から出るゴミを漁っちゃったり。 日本ではたぶん未公開 子どもの喧嘩みたいな主張も少しあったけど、なかなか面白かった。 青少年にとって有害なりと判断されれば、NC17(=No children under 17 admitted、いわゆる成人指定18禁)扱いとなってしまう。これは、崇高な芸術作品のつもりで映画を作ってる側にとっては死活問題。屈辱っていうか、実際に利益も大幅に違ってくるのだそう。のちに発売されるDVDとかも正規の商業流通路線に乗れなかったりして。 僕なんかは、裸のお二人が仲良くいちゃいちゃ接吻/抱擁なさってる場面だからといって、しかも「毛」が見えてるからといって、それがそのまま「健全な青少年の育成を阻むもの」とはあんまし思わないけど、麻薬とか殺戮とかの場面はやっぱりマズいんぢゃないかと。 17歳以下という年齢設定については、時代や国や環境によって意見の分かれるとこかもしれない。ま、思春期のお子さまをお持ちの親御さんたちとって、こうゆう映倫みたいな機関の存在は頼もしいのも事実。 映画そのものを微修正することの意義という問題も絡んでくる(ぼかしとか)。劇場公開時とDVD発売時で編集が全く異なってたり、上映国によって修正の内容も変わってたりすることもあるわけだし、そうゆうふうに、ひとつの映画に複数の版が存在するってのも、なんだか哀しい。 どこに境界線を引くべきかなんて永遠に答えは出ないはず。製作側と審査側の攻防はどーせ今後も続くであらう。 いずれにせよ、こうゆう「権威」とか「当局」に真っ正面から立ち向かうドキュメンタリーって、素人的にはやっぱり楽しく観させてもらった。
Oct 29, 2009
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なんと今日は、一流の演奏家さんたち(ジュリアード音楽院ご卒業)とリサイタルで夢の共演をさせていただきました。 共演ってゆーか、ピアノの譜めくり師として。 なんでワタクシメがプロの方の本番に携わることになったかというと、ただの偶然であります。 ピアノ弾きのパムさんと僕はもともと面識があって、過去に何度か遊んでもらったことがあります(シューマン、ブラームスのピアノ五重奏とか!)。で、このたび彼女から演奏会に招かれてて、もちろん行くとふたつ返事で申し上げました。←ほんとは今日は森に紅葉狩りに行く予定だったけど そしたら当初譜めくりをする予定だった人がドタキャンしたとかで、主催事務局も思いっきりパニクっており。 譜めくり師って、ピアニストの集中力を刺激しないよう、あくまで黒子に徹しなきゃいけません。つまり、地味なキャラの人が適しているというのが業界の常識(?)。会場には楽譜が読める人がほかにもいっぱいいたのですが、候補に挙がっていたアメリカ人さんたちはみんな態度や身体がデカすぎて次々と却下、で、最も存在感の薄い地味キャラの僕に白羽の矢が。見事めくりびとに大抜擢っ! これって果たして光栄に思うべきなのかどうか、なかなかビミョーなとこであります。 結局、本番前のリハーサルは15分程度しかなく全曲は通せなかったので、ほとんどぶっつけ本番。リピートの有無をサクッと確認し、いざ参戦です。くわばらくわばら、いよいよ開演っ! ベートーベン:チェロソナタ3番イ長調 Op69 ブラームス:チェロソナタ1番ホ短調 Op38 (休憩) ブラームス:チェロソナタ2番ヘ長調 Op99 この演目、チェロおたくにはたまらないと思います。チェロ独奏のAさんは絹のような音色を披露してくださいました。 ベートーベンの3番。スケルツォが超かっこよい。1小節を1拍で数えてどんどん高速で進んでいきます。しかもシンコペ攻撃。僕も大忙しで、めくるめくめくりまくり。息をつくことすらできません。 ブラームスも譜めくり泣かせの作曲家だと思いました。 ブラームスのチェロソナタって、彼のバイオリンソナタよりもずっと難しい。音符がかなり複雑に絡んでる感じ。(特に2番) 本番はあっとゆうまに終わりました。譜めくりが早すぎたり遅すぎたりでヒヤッとした箇所は何度かありましたが、自分のせいで音楽が止まることはなく(!)、無事に終了。激しく放心状態の僕。 客席には知ってる人が何人も来ていて、みんな口々に「あなたのあんなに真剣な表情を見たのは初めて」と言われました。 緊張のあまり演奏そのものをじっくり堪能する余裕はなかったけれど、チェリストとピアニストの緊迫したやりとり、本格的なアンサンブルの現場が目の前で展開されてて圧倒されました。チェリストに弾きたいように弾かせるそぶりを見せといて、実はピアニストが手綱をしっかり握ってるようでもありました。 あと、ピアニストが譜面にどんな書き込みをしてるのかがわかって面白かったし。 貴重な体験をさせてもらい、今も興奮冷めやらぬ状態です。でも、正直言って譜めくりは二度とやりたくないかも。責任が重すぎます。 「こうやってオレの寿命はどんどん縮まってくんだよなー」などとひとりごちてみる秋の夜長でありました。 こんな小春日和の穏やかな日は……
Oct 25, 2009
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「さだめカンタービレ」 今日は四人集まってオーケストラごっこを楽しんだ。面子は僕(バイオリン)、ジム(ファゴット)、ピアノ4手でジョアン(プリモ)とセス(セコンド)。取り組んだ曲は、あの運命交響曲の室内楽版っ! 誰だったかがネットで発見。C. Burchardさんとかいう人がバイオリンとチェロとピアノ連弾用に編曲したもの。 http://hdl.handle.net/1802/3921 ←このサイト(PDFファイル) いやー、すっごく楽しかった。やっぱり名曲はすばらしい。今も昔も、自分にとって一番好きな交響曲と言っていい。オケで何度も弾いたことあるけど全然飽きないし。 当然ながら今回は指揮者なしでこの曲を弾いたわけだけれども、いかに難しいことか。タタタターン、の部分が全然合わない。バイオリンの僕がどうゆう合図をすれば合うのかわからず、結局は要所要所で声に出して「ワン、ツー、……」とか言って合わせた。(それでも合わなかった) 逆に指揮者がいないぶん、2楽章アンダンテは自分たちの弾きたいテンポで勝手に楽しませてもらった。かなり遅めにして、かつ旋律を担当する人は朗々と歌いまくる。これって、ベト氏の指定とは大幅に異なってしまってるけれども、この曲はただでさえほかの三つの楽章が激しくテンパってるわけだし、2楽章ぐらい気持ちよく歌ってみたい。 終楽章は、やはり名曲ではあるけれども、あまりにしつこい。最後の約30小節が全てCの和音、使われてる音はドとミとソのみ。執拗にハ長調を強調する。この部分はさすがにいつも苦笑してしまう。 同じコードが30小節以上も続く楽曲って、ほかにはないんじゃないかと思う。 それにしても予想以上に楽しかった。この編曲での運命、またいつか絶対に合わせてみたい。
Oct 24, 2009
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最近なんとなく気になってることのひとつ、「地域生産地域消費」。 食や環境に関するドキュメンタリー映画もいくつか観たし、新聞や雑誌でもよく見かける。環境への負荷を減らすために地元で採れた食物を購入しよう。合言葉は、Think globally, eat locally! みたいな。 生産地と消費地が遠くなればなるほど長距離輸送による環境汚染が心配されるので、半径250マイル(=400キロメートル)以内で収穫されたものを食せよ、というのが一応の目安らしい。 皮肉なことに、アメリカの食生活にもはや季節感などない。食料品屋の店頭には(南半球から取り寄せた)季節外れの野菜や果物が平然と並ぶ。 ここだけの話、僕だってときどき日本から食材を密輸してるから、人のことなど言える立場にはないけど。 要は自分自身への挑戦。自給率の高い農業国アメリカの場合、地産地消はちょっと努力すれば不可能ではない。地元のもの、季節のもの、充分においしいものが食べられるはず。***** で、強引ながら、この概念を文化/芸術について当てはめてみたい。(いちおう、ここ、音楽ブログのつもりなんで……) 例えば、著名オーケストラの出張公演。すぐ地元に立派なオケがあるのに、その定期にはほとんど行かずに、海外の著名オケが来たときだけ(高額であっても)ありがたがって聴きに行く。 んでもって、「いやぁー、やっぱ本場ヨーロッパの音楽はすごいねー」とウンチク大合戦。 自分も心当たりがある。しょせん似たような曲しか演奏しないのに、聞き比べするほど俺の耳って肥えてたっけ?と自問自答してみる。 それに、21世紀にもなって、いまだに「本場」ヨーロッパとか言ってせっせと半永久的に称え続けるのもなんだかなー、とも思う。日本もアメリカもすごく水準高いのに。 逆に、せっかく「本場」を旅して名門オケの定期を聴きに行こうとしても、彼らは遠征中で不在だったりする。しかも「遠征先は日本」と聞かされた日にゃ、ますます微妙な気持ちになる。 なぜいきなりこんなことを語ってるかというと、最近なんか無性にオケを聴きたいと思ってるのに、肝心のNYフィルが今秋ほとんどニューヨークにいないから。その代わりにロンドン響とかの欧州軍が攻めてきている。 ここであっさり浮気してロンドン響を聴きに行ってもいいのだろうか。切符がお高いというのに。 いや、そんな値段うんぬんに関する戯言なぞ、崇高たる芸術の神の前では口にすべきではないのか。 クラシック音楽って、その閉鎖性、敷居の高さがまた魅力でもあるのも事実。だけど、先日乗った本番にて、モーツァルトのピアノ協奏曲の超かっちょよいカデンツァを目の前で披露されて以来、個人的に今いろいろ考えてるところ。「本場」とか「ホンモノ」のクラシック音楽、の定義について。
Oct 23, 2009
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肌寒い週末でした。お山のほうでは雪が積もったとか。 昨日今日とオケの演奏会に出演いたしました。同演目を二夜連続で。 僕はビオラ最後列のウラ、スタンドパートナー(プルト相方)はクリスさん。 1曲めは委嘱作品かなんかで、曲名は忘れました(←おい)。なにしろ世界初演だか米国初演だかで、音源は手に入らないし譜面は間違いが多いし。 弦楽合奏とフルートを従えたピアノ協奏曲という編成。ジャズの要素がふんだんに取り入れられててかっこよい曲でした。独奏ピアノのカデンツァ(アドリブ)つき。 2曲めはモーツァルトのピアノ協奏曲21番ハ長調。 1曲めの現代曲もそうでしたが、ピアノ独奏者は二晩の本番で全く別のカデンツァを披露なさいました。技巧といい構成といい、天才の天才による天才のための音楽という感じで、ただただ呆気にとられました。 あと、映画「みじかくも美しく燃え」で使われた例の2楽章アンダンテ。弱音器つきの弦のピチカートが安っぽい音にならないようにするのが難しいし、音程もなかなか合いにくい。どっと疲れました。 後半はチャイコフスキーの交響曲4番。 個人的には四月にナマで聴いたグスターボ・ドゥダメル指揮シモンボリバル・ユースの印象があまりに強すぎて、いまだに立ち直れておらず。 練習すればするほど報われる曲のはず、と自分を信じ続けて本番を迎えました。多少の事故はあったものの、本番は激しく燃えられたと思います。 今日をもってあの1楽章モデラート8分の9拍子のヘミオラの悪夢から解放されるわけで、それって嬉しいような寂しいような、いや、やっぱり嬉しい。 ビオラ軍団 本番そのものも楽しかったけれども、なによりリハーサルが充実してました。 このオケ、こてこてのアマチュア団体なのに、あちこちのパートに賛助出演者が潜んでて、しかもコンマスまでもがプロの客演。本番直前に弓づかいをガンガン変えまくっちゃってたのには焦りましたが、彼の奏法は実に参考になりました。 あと、協奏曲の超人ピアニストがゲネプロで我々に熱く語ってくださったモーツァルト観には目からウロコでした。 本番後は呑み会。二夜ともそれぞれ打ち上げてしまいました。団員だけでなく聴きにきてくださった友だちも含めてドンチャン騒ぎ。
Oct 18, 2009
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この週末、オケの本番があってビオラで乗ります。 モーツァルトのピアノ協奏曲も弾きます。独奏者が超すんばらしくて、本番が楽しみなのですが、ちょっと不安材料もありまして。 このお方、指揮者を立てずに弾き振りすることになってて、ま、それはそれでいいのだけれど、問題はカデンツァ。この曲には長短含め何度もカデンツァが出てくるのですが、彼はそれら全てを「本番のその瞬間のノリで勝手気ままに弾くつもり」とおっしゃる。 リハーサルで少し披露してくれたのですが、それが毎回違うのです。2、3小節の短いときもあれば、何分間もしばらく弾いてたりもして、いつトゥッティが入っていいのか全然わかりません。 動揺を隠せない我々を前に、「カデンツァの部分は、keep you on your toes(気を抜かずに緊張して待っててください)」などとさらりと言い放ち、不敵な笑みを浮かべるピアニスト氏。 さすがに我らがコンマスもムッとした表情をしてました。 いよいよ本番、カデンツァの全貌がついに明らかになります。我々は楽器を構えたままひたすら待つことになりそうです。もうどうにでもなれという心境。 ま、いろんな節を散りばめながらノリで弾き進めていくお姿はやっぱりスゴい。このピアニスト、ジャズにも造詣が深いらしいし、素直に恐れ入ってしまいます。 それにしても、協奏曲のカデンツァって、常識的にどこまで許されるものなんでしょうか。 モーツァルトのVn協3番のカデンツァ(動画) ↑このおじさん(Gilles Apap氏)はやりすぎ。いきなり歌い出しちゃうし!追記: カデンツァといえば、cadenza のことをケイデンスと発音する人がたまにいて(英国人に多い?)混乱してしまう。音楽用語でケーデンスといえば「和声カデンツ harmonic cadence」のほうをさすのが普通。
Oct 15, 2009
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「売られた花婿」 今夏に公開された映画のなかで意外に評価の高かった、「二日酔い」という題名のドタバタ喜劇。良い子のみんなには見せられないお下劣ネタ満載ではあるけど、個人的には非常に気に入った! 日本未公開<あらすじ> 結婚を数日後に控えた新郎と友人らは、独身最後のドンチャン騒ぎ特別企画を敢行。羽目を外して遊びまくろうとラスベガスへと繰り出し、酒を呑み始める。 気がつくと朝。二日酔いのうえ、昨晩の記憶が全くない。そして肝心の新郎が行方不明になっている。果たして自分たちはラスベガスの夜をどのように過ごしたのか、数々の手がかりをもとに解明に挑む。 やがて、いろいろな事実が明らかになってくる。水商売の踊り子さんと電撃結婚してたり、マイク・タイソン宅のペット(虎)を盗んでたり。 そしてついには、新郎を捕虜としているらしいチンピラ軍団から身代金を要求される。<感想> おバカすぎ、くだらなすぎて、ゲラゲラ笑いながら見た。特に女性の多くはこうゆう下品な映画には拒否反応を示すだろうけれども、ちょっぴり推理ものっぽくもあり、佳作だと思った。脚色もいいし、なんてったって構成がお見事。 アメリカの有名なことわざに、What(ever) happens in Vegas stays in Vegas というのがあって(←ことわざか?)、そもそもラスベガスという土地は禁断の楽園。何をやっても許されるし、そこで起こったことは妻や恋人にいちいち報告することではない、とされる。 行ったことないからわかんないけれども、なんかすんごい場所であることは容易に想像できる。 この映画も現実逃避にぴったり。 興行的に成功を収めたみたいで、早くも続編が作られることが決まったのだとか。
Oct 12, 2009
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芸術の秋にふさわしく、面白い企画の演奏会を聴いてきた。ビバルディの「四季」とピアソラの「四季」。ともに弦楽合奏を従えたバイオリン協奏曲という編成。 イタリアとアルゼンチン(ブエノスアイレス)それぞれの季節を交互にめぐる。つまり、今日の演奏会では、ビバルディの春→ピアソラの秋(南半球なので季節が逆)→ビバルディの夏→ピアソラの冬、という順番で北と南を往来。ピアソラの夏で一巡。 ピアソラの曲は、予想通り、タンゴなのかクラシックなのかわからない不思議な曲だった。原曲の編成はよく知らないけれど、この編曲では基本的にビバルディの四季を(編成だけでなく旋律も)パクッてて痛快でもあった。 味付けはちょっと濃すぎたか。フラジオやスルポン、グリッサンド/ポルタメントはもちろん、楽器の胴体を手のひらで叩く、みたいな効果音大合戦が常に展開されてるので、ずーっと聴いてると疲れる。ま、四曲とも決して長くないので救われるし、ビバルディのと交互に弾くという演出はなかなか気に入った。
Oct 11, 2009
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ジャニーヌ・ヤンセン嬢がベートーベンの協奏曲をお弾きになるとのことで、何日も前から勝手に胸をときめかせて?この日を待ってた。何を隠そう、僕はジャニヲタ。←ヤンフルエンザとも言ふ なのに、ヤン様ってば今回の全米ツアーを病欠ドタキャンっ! ストラビンスキー: 室内管弦楽のための協奏曲「ダンバートン・オークス」 バッハ(ウェーベルン編): 音楽の捧げ物 BWV1079より6声のフーガ(リチェルカーレ) アーロン ジェイ・カーニス: 室内管弦楽のためのエコーつき協奏曲(←新作) (休憩) ベートーベン: バイオリン協奏曲(独奏ヘンニング・クラッゲルード) オルフェウスって、毎度ながら選曲がすごく凝ってると思う。団員の乗り降りとかの便宜上の都合をいちいち気にせず、小編成から大編成まで、バロックから新作まで、いろいろと仕掛けてくる。とにかく客を飽きさせない。 聴くだけでもその凄さは充分堪能できるけれども、実際にナマで観ると楽しさ倍増。なにせ指揮者なしで演奏するもんだから、観てるほうが勝手にテンパっちゃったりもして。一人ひとりが互いに目配せしたりしてかなり気を遣ってるに違いないのに、そうは感じさせない涼しげな表情の皆さん。 そう言えば、以前にこの団体についた書かれた本を読んだことがあって強く印象に残ってる。指揮なしでどのように練習を進めていくのかとか、意見が対立したときはどうするのかとか、興味深かった。 本日の演奏会、前半は、どれも密度の高い音楽づくりをなさってた。彼ら、どうやらバッハのブランデンブルクのような緻密な音楽が永遠なる目標なのだとか。 さて、休憩時間、ロビーをうろついていらっしゃった団員さんを勝手につかまえて、ジャニーヌ嬢のことを根掘り葉掘り聞き出してみた。 彼女、どうやら風邪をこじらせたみたいで、リハ開始の日が迫ってきてる直前に出演断念の連絡が入ったとのこと。どーしても曲目(ベートーベン)は変えたくないという団員と事務局側は、必死に代わりのバイオリン独奏者の大捜索を開始。ベトコンが弾けて、ツアーの全行程に参加できる人として、奇跡的にクラッゲルード氏が見つかったらしく。 で、僕は存じなかったけれども、氏は欧州では有名なお方。ノルウェー人で、もちろんアンスネスともマブダチ。 オルフェウスの団員たちからも大好評とのこと。「後半、期待しててね」とのたまって、その団員さんは楽屋へと消えていった。 実際、見事なベートーベンだった。このお兄ちゃん、ジャニーヌ嬢とは対極の奏者かもしれない。あんまり動き回らないし、地味。美貌を武器に共演者や観客を悩殺しながら半ば強引に情熱的に押しまくる、いわゆるジャニーヌ系の派手めなキャラに好き嫌いは分かれるだろうけど、ヘンニング氏のように、やや速めのテンポながら堅実に弾きこなしていくさまは素直に好感が持てた。 ロン毛でちょっとオタッキーな風貌とは裏腹に、3楽章では調子に乗ってきたのか、時折トゥッティに合流したりもして、オケ奏者たちともども楽しそうだった。追記: アンコールは、「ノルウェーのパガニーニ」だかと言われるオーレ・ブル作曲の、バイオリン独奏と管弦楽のためのメランコリー La Melancolie。ノルウェー演歌。どうやらヘンニング氏のオハコらしく。
Oct 7, 2009
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「あんたのバラード」 プロのチェロ奏者ボブおじさんが一緒に遊んでくださるとのことで、全ての予定をドタキャンして駆けつけた。あんまりさらう時間がなかったけれど、こうゆう機会は逃すわけにはいかない。ボブさんは、実はヨーヨーマ氏のマブダチ?とかいう、すんごいお方。 診ていただいたのはシューマンのピアノ四重奏。Vn アロン、Va 自分、Pf セス。 いやぁー、楽しかった。 それにしても完ペキな曲だと思う。起承転結がはっきりしてるし、筋肉質。(シューベルトのような)無駄なしつこさがない。 いくつもあるピアノ四重奏という編成の曲のなかで、もしどれか一つだけ選べと言われたら、今までの僕だったらドボルザーク2番を推してただろうけれど、撤回。やっぱりこのシューマンのを栄えある1位とすることにする。ほどよく均衡がとれてるから。 ちなみに、ブラームスのは、どれもちょっと重すぎるのと、部分的にビオラを軽視してるような書法が見られるのでボツ。 なんてったってシューマン、やっぱり3楽章アンダンテ・カンタービレは美しい。 序奏のあと、まずチェロが旋律を奏で、続いてバイオリン。そしてピアノが細かく動き出して、ビオラが合いの手を入れる。次から次へと主演役者が引き継がれていくわけだけれども、自分の番が来たら、ここぞとばかりに歌う。この際、当初のテンポが多少変わってしまうのもアリか。旋律担当者が変わるたびに微妙にテンポや曲調が変わってしまうので、みんなで苦笑したけれども、基本的にはその人のテンポを尊重してあげることにした。 ボブご本人も、「音楽なんてナマものなわけだし、その日の気分/体調や個人の都合でテンポが変わってしまうのは多少は許容されるべき」とまで言い放ってた。おぉっ、よくぞ言ってくだすった! 今日は、ボブさんと一緒に弾けてホントに嬉しかったけれど、ボブってば、例の3楽章の最後、せっかく僕がビオラで美メロを弾いてるときに、大きな音立ててガーガー調弦しなおしてて、ちょっと目障り/耳障りだった(笑)。
Oct 4, 2009
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久しぶりに生でオペラを観た。悲劇「トスカ」。 お上品に着飾った紳士淑女の富豪さまがたを横目に、えっちらおっちら階段を登り、息を切らしながら最上階にご登頂。最後尾、庶民用天井桟敷(15ドル)。なかなかいい眺め。 指揮: Joseph Colaneri 歌姫トスカ: Karita Mattila 画家マリオ・カバラドッシ: Marcelo Álvarez 警視総監スカルピア: George Gagnidze このオペラ、登場人物が少ないので、話の展開がわかりやすくて助かる。ま、お約束どおり、どうせ最後にはみんな死んでしまうわけで、ただ、構成とか人間描写にちょっといちゃもんつけたくなる。 例えば、冒頭で大活躍する脱獄囚のお兄ちゃん(テノール)のキャラがどうしても許せない。親友の画家とその恋人トスカの人生をめちゃくちゃに振り回しておいて、ご自分は2幕であっさり自殺。 自殺するならするで仕方ないけど、もっと責任持って死んでほしい。ちゃんと立派にアリアを歌い遂げてから壮絶に死ぬとか。 2幕で彼の出番があるわけでなし、警察官が上司に報告するセリフ、「奴は自殺しました」の一言で片付けられている。そんだけ? 主役トスカ嬢にもいろいろと言いたい。 彼女ってば、「どーせあたしは金髪でも青い目でもないしぃー」などと歌い放つ。金髪碧眼を美人の条件と勝手に決め付け、開き直るその態度が気に入らない。男がせっせと「茶色い髪の君が好きだ」って何度も言ってるというのに。 それにこの娘さん、いったん思い込んだら決して譲らず、いつも自分が正しいと信じてる勘違い女。嫉妬深く、感情の起伏も激しい。甲高いキンキン声であーだこーだと勝手にひとりでパニクってばかり。 僕は心の中で「オレって、こーゆーオンナ苦手なんだよなー」などとつぶやいたのであった。 ま、2幕や3幕と観続けてたら、けっこう惚れてきちゃったりもして、彼女の魅力に気づいたときには既に遅し。 肝心の演技や演奏については、皆さんさすがに素晴らしかった。 「妙なる調和」、「歌に生き、恋に生き」、「星は光りぬ」などの名アリアはどれもが熱演で拍手が鳴り止まず。 特にテノールの「星は光りぬ」。絶唱するのではなく、わりと淡々をつぶやくような感じで、処刑を目前とした男の心境がうまく描かれてた。例の「誰も寝てはならぬ」を越える名曲ではないかと。 演出については、2幕の宮殿の場面の舞台装飾が現代風すぎて、1幕と3幕の中世風のそれとの違いに多少戸惑った。
Oct 3, 2009
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「おまえ100まで、わしゃ99まで」 今日は久々にチェロのルースさんを含めてトリオの練習。(Pf セス、Vn 僕) 何年か前まで、このメンツで毎週のように集まってはトリオの名曲を片っ端から練習してた時期があった。各人同士は一応は仲がいいのに、三人が一堂に会すと何かと意見が衝突し、激しく口論になってしまう不思議な三人組。結局プチ解散。 本日の再結成にあたっても、やはり選曲でもめにもめた。で、僕としてはあんまり好きぢゃないシューベルト、しかも2番(作品100)のほうにご決定。前回挑戦したのは三年前。***** 前半(1楽章と2楽章)だけに絞って練習した。これらの楽章に限って言えば、バイオリンパートはそんなに難しくはないけれど、チェロは高いポジションで大変そう。 さすがは神経質少年フランツ君の曲。とにかくしつこい、くどい、長い。同じことを調を変えて延々と続ける。感傷的な萌えメロも登場するのに、それすら素直に萌えられず、思わず拒否反応を示してしまう自分。 ちなみに、2楽章はもしかして葬送行進曲? おちゃらけるのは遺族に失礼だし、焦らずに一定のテンポで禁欲的にリズムを守り通す。発狂しないよう自分自身を抑えつつ、かつ互いに監視し合いながら、おすましして「おくりびと」を演じる。***** もう限界。練習終了。 シューベルトのトリオって、ぶっちゃけ、1番変ロ長調(作品99)のほうが弾きがいがあるように思う。よっぽどのシューベルトおたくぢゃない限り、1番のほうだけ取り組めば充分ではないか。2番はむしろ老後の愉しみにとっておきたい。 とにもかくにも、シューベルトを弾くとかなり疲れる。練習後はマッサージとかストレッチをして筋肉をほぐす必要がある。オレってば、もう若くはないわけだし。 ってことは、シューベルトは、やっぱり体力のある若いうちにバリバリ弾きまくっておいたほうがいいのかもしれず。
Oct 2, 2009
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