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「ホーム、スイート・ホーム」<あらすじ> 出産を数ヶ月後に控えるひと組の男女(結婚はしてない)。親に頼りながら田舎に住んでいたものの、親が海外に移住することになり、この地に留まる理由がもはやないことから、引越しを決意。自分たちの家庭を築くに最適な地を探そうと、北米各地に散らばっている兄弟や旧友を訪ねる。 久しぶりに再会する彼らの変貌ぶりに驚きつつ、自分たちもまた「家庭とは」とか「結婚とは」などについて自問自答する。 そして、「埴生の宿」で慎ましく新たな生活を始める(?)。 公式サイト(日本未公開)<感想> 地味ぃーな映画だし、何が言いたいのかよくわからなかったけれども、個人的には気に入ってしまった。笑いあり涙あり。なかなか奥深くて哲学的。実力派の役者が脇役で多数出演してたし、音楽も良かった。 この映画の主人公みたいな人、僕の周りにもけっこういる。つまり、親の死とかを機に、ある日サクッと新天地に引っ越してしまう人。自分の生まれ育った土地とか職場への執着など全くなく、あくまで気候や物価や土地柄を優先的に考慮する。 自分の住んでいる地が果たしてほんとに最適な場所なのか悩んでる人は多いだろうけど、実際に全てを投げ出して引っ越してしまうなんて、やっぱりスゴすぎ。苦笑しつつも羨ましく思えた。(←ってゆーか、僕自身、日本を離れちゃったわけだし、お仲間?) 主演女優が実に良かった。出産を控え、ただでさえ自身も精神的に揺れ動いてる。これを機に結婚を迫ってくる相方の気持ちもわかる。今どきの大人のオンナを、抑えた感じで演じきっていた。 なお、今日の映画館には、助演で出演してた役者さんも来ていて、終映後に舞台挨拶と質疑応答があった。製作現場のウラ話を楽しく聞かせてもらった。 監督のサム・メンデス(英国人。確かケイト・ウィンスレットの夫)は、かなり天才肌の演出家なんだそうで。
Jun 27, 2009
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先日のニューヨーク・タイムズ紙に、For Maestro Maazel, It’s on to the Coda と題する記事がでかでかと掲載されてました。指揮者ロリン・マーゼル氏の大特集。 ついにNYフィルの音楽監督をご退任、最後の定期はマーラーの「一千人」で華々しく。 マゼール氏って1930年生まれなんだそうで、そんなにご高齢だったなんて知らなかった。しかも、NYフィルを退いたあとも予定がいろいろと詰まってるとのことで、まだまだ現役のようです。(ちなみに、NYフィル次期音楽監督は一気に若返ってアラン・タケシ・ギルバート氏。←アラフォー) それにしても、現役のご高齢指揮者(アラウンド80)って、ほかにどのぐらいいるんでしょうか。 ゲルハルト・ボッセ(1922年ご生誕)、ピエール・ブーレーズ(1925)、アンドレ・プレビン(1929)、マルティン・シュナイト(1930)諸氏あたりでしょうか。 立ったまま指揮するには体力的に難しいお年頃。無理せずに着席で振っても全然構わないと思います。オケ団員も観客も別に気にしないでしょうし。 その点で、もともと座って弾くピアノやチェロの人は老いが目立たず有利です。←って、そーゆー問題? さて、ピアニストで僕が勝手に注目してるのは、メナヘム・プレスラー氏(1923年生まれ)。このおじいちゃんってば、ボザール三重奏団が解散になったときに引退したものとばかり思ってたら、来期2010年の本番予定(ベト三重協奏曲とか)もばっちり入れてるようです。 密かに応援しております。
Jun 26, 2009
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アメリカ最北/最東に位置するメイン州に来てます。海、山、川、湖。手つかずの雄大な自然がこの地の魅力。 なのに、ここ数日は雨、雨、雨。寒くて薄暗い。せっかく夏至の時期に北国に来てるのに、日の長さを充分に堪能できないとはもったいない。やっと今日、少しだけ太陽が顔を出しました。 メイン州って、北海道ぐらいの面積なのですが、とにかく人口が少ない。最も大きな町ですら五、六万人ほど。 ニューヨークなどの大都市からは遠いし、冬の寒さがハンパじゃないためか、独特の文化が保たれてるようです。 近隣のニューハンプシャー州やバーモント州と同様、この地域で特筆すべきなのは、アメリカのくせして多民族のかおりが全くしないこと。ぶっちゃけ、白人さんしかいないのです。会う人会う人が全て白人ってのも、ちょっと居心地が悪い。 それに、観光業以外に主要な産業があんまりなさそうなのに、過疎化した田舎町という雰囲気とも違う、なんとも不思議な州です。 珍しくこの地域を舞台にした映画があることを思い出しました。「サイダーハウス・ルールズ」という1999年製作の映画。 あらすじは忘れてしまったけれども、きれいなお姉さんが出演してたので強烈に印象に残ってます。南アフリカご出身の女優シャーリーズ・セロンさん。 この映画が封切られた後、友だち夫婦のところに女の子が産まれたのですが、彼らは早速シャーリーズと名づけてました(笑)。
Jun 20, 2009
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「Carpe diem いまを生きる」 室内楽の実技講習会に参加した。 最近ピアノの練習に忙しすぎて、バイオリンをほとんど触ってなかった僕がいけないのだけど(←おい)、自分の実力のなさを否応なしに認識させられた一日だった。 ブラームスのクラ5(1楽章) 僕(Vn1)、ボブ(Vn2)、シャーマン(Cl)、オリビア(Va)、デイビッド(Vc) お仲間受講生四人は、自分に厳しく、他人にはもっと厳しい猛者ばかり。音大卒の人もいる。 そして僕らの担当教官はマイケル先生。フィラデルフィア管、ボストン響、オルフェウスなどで演奏してたというおじ(い)さん。優しそうな笑みとは裏腹に、情け容赦なく辛辣な言葉で巧みに指導なさる。 先生は開口一番「この曲をひとことで形容しなさい」と聞いてきた。みんな、passionate、powerful、incisive、lyricalなどの単語を口々に言う。僕はnostalgic(郷愁)と申し上げたのだけれど、これが全ての論争の発端となろうとは。 数小節ごとに中断しては、僕の弾きかたに関して細かいツッコミが入る。「キミは、この曲を演奏するうえで陥りやすいワナにまんまとはまってる」。 表情豊かに弾こうとしてるつもりが、「そんなヘンなところで溜めたり揺らしたりするのは止めなさい」。 しまいには、「私にはキミが何をどう表現したいのかが全くわからない!」と一蹴。 弾きかたに覇気がないのだそう。一瞬のフレーズだけならまだしも、だらだらと懐古プレイ、妄想プレイをするのは不可。そもそもアレグロなんだし、必ず要所要所で現実に戻ること。もっと「いまを生きる」べきとも。 曲調が変わる箇所はきちんと強調し、テンポを再確認。「そのままなだれこむ」べき箇所もないことはないが、それでも何らかの理由づけは必要。 重力に任せてどんどん垂れていくなんてもってのほか、枯れずにアンチエイジング。 とにもかくにも話し合うべき箇所が山ほどあった。 フォルティッシモが全く出てこず、クライマックス部分ですら単なるフォルテどまりの曲なので、そのあたりの音量表現をどうするかとか、楽譜に書かれてる16分音符を(一般に曲解されてるように)32分に置き換えて弾いてもいいものかとか。 ま、曲の解釈なんて十人十色。思わず自暴自棄になって、「楽しく弾ければそれでいいじゃん」と言いたくなるのをグッとこらえる僕。 全てのコマのレッスンが終了し、ホッとしたのも束の間、一日の締めくくりに、修了演奏会に出させてもらった。 会場には受講生(とその家族)、講師、事務局の人だけぢゃなく、付近の住民(野次馬)までもがちゃっかり客席に座ってる。 本番では緊張してしまい、マイケル先生から教わったことを半分ぐらいしかできなかったかも。 終了後にみんなで先生のとこに挨拶に伺ったら、さすがの先生も苦笑してた。 疲れたけど、いい勉強になった。 今まで自分がこの曲に対して「こう弾きたい」と思っていたことをことごとく否定されてしまったのは正直、意外だった。歪んだ解釈をしてたという自覚は全くなかった。 いろいろ自分なりに提案してみたけど多数決で負けたし、彼らを納得させるだけの説明も演奏もできなかったのだから仕方ない。 凹んだけど、たまにはこうやって「まな板の上」に横たわるのも悪くはない。このテのワークショップは自虐的に楽しまなきゃ損だし、いちいち落ち込んでばかりもいられない。 ってゆーか、自分にとってのトラウマ曲をこれ以上増やすわけにはいかないわけで(笑)。
Jun 14, 2009
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今日はピアノの稽古に行ってきた。 与えられてた曲は、名バラード「ミスティー」。 実は、ついこないだ人前でこの曲を弾いてみたし、自分としてはそれなりに仕上がってたつもりでいたので、いそいそと師匠のスタジオに向かう。 が、全然甘かった。結局今日のレッスンでも合格点をもらえず……。 師曰く、音が濁りすぎてるのと、ときどき変な音が混じるのが耳障り、なんだそうで。 そもそも曲によっては、セブンスの構成音全てを一気に鳴らすのは逆効果。 それに、セブンスだからといっても、ドミナント7th、メジャー7th、マイナー7thなど決して混同してはいけない。当たり前。 もっと耳を使って弾くべき。鳴ってる音全てに責任を持つ。 左手で根音と7th(長七度または短七度)のふたつの音を弾く練習を徹底せよ(全12調)。七度の押さえかた、つまり5(小指)と1(親指)、あるいは4と1の指の間隔を覚えてしまいなさい、とのこと。 根音と7thとの距離感は、1、3、5、7と根元から上がって数えていくより、「オクターブ上がった音から全音または半音下がった音」と理解するのも一考。 いずれにせよ、瞬時に鳴らせなければ意味がない。 で、修了にいたるだけの合格点をもらえないまま「ミスティー」は今回でおしまい。強制終了。 うー、悔しい……。 けど、次に与えられてる曲も名バラードなので(When Sunny Gets Blue)、密かに敗者復活を企むほかない。
Jun 10, 2009
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先日、人前でピアノを独奏する機会があって、そのときに感じたこと。 何が楽しかったって、選曲をはじめ、自分独りで勝手気ままに準備できたこと。良くも悪くもやりたい放題。 実際の演奏に関しても、テンポ設定も自由、ごまかしも自由。成功しても失敗しても、それは自分だけの責任になるわけだし、その潔さが気に入った。 会場の雰囲気に応じて臨機応変に振る舞えるのも実に便利。 例えば、会場にアジア人がいっぱいいるなと感じたら、必殺兵器「オリビアを聴きながら」とか「ひだまりの詩」(ルクプル)を弾き始めてみたり。←なぜかアジア人のあいだで知られてる 曲順についてもこだわってみた。 調性を考慮し、例えば、バッハの協奏曲8番BWV979のアンダンテ楽章(ホ短調で終わる)を強引にピカルディの三度で終え、そのままホ長調つながりでロビー・ウィリアムズのAngelsに持っていくとか。 あとは、ショパンの前奏曲4番(ホ短調)を、同じ調のThe Stranger(ビリー・ジョエル)のイントロ/アウトロで挟むとか。 そんな小細工、誰ひとりとして気づいてくれなかったけど、別に構わない。自己満足。 しかしその一方で、気ままに弾ける喜びとともに、ピアノってやっぱり孤独な楽器なんだとふと感じた。哀しいかな、自己完結できてしまうから、独りで生きていける。 本番終了後に共演仲間と祝杯を上げようにも、しょせん「楽団ひとり」。音楽ネタを酒の肴に、今日の演奏を互いに褒め合ったり称え合ったり、あるいはけなし合ったりする相手などいない。 こうゆう本番直後の孤独な感覚って、あんまり慣れてないからすごく新鮮に思えた。←強がってるし
Jun 9, 2009
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今日は某美術館内のギャラリーにてピアノを弾いてきた。 特別展開催を記念し、初日の今日は出展者や関係者が一堂に会してのカクテルパーティー。美術大生から画家、写真家など、ボヘミアンな風貌のゲーヂュツ家ばかり。 キュレーターさんからは事前に「ひたすら黒子に徹し、地味めな曲を弾いてください」と言われており、真っ先に思いついたのはサティ「ジムノペディ」とジョージ・ウィンストン「あこがれ Longing」。 ほかにも、自分の限られたレパートリー曲をやりくりしながら、楽しく選曲のうえ今日を迎えた。 過去に人サマの結婚式にて弾きたくても弾けなかったチョー暗ぁ~い曲や縁起の悪い曲も遠慮なく弾かせてもらった。ベートーベンの月光1楽章とか。 映画「フォレスト・ガンプ」のテーマを弾いたら、かなりウけた。 新聞社だか業界誌の記者も来ててバシバシ写真撮られたし、弾いてる最中にいろいろと話しかけてくる人もいてすごく気が散ったけれど、「きれいな曲だね」とか「誰の曲?」とか関心を示してくださるのって、悪い気はしない。 というのも、ちゃっかり日本の曲も数曲弾いてみた。昭和歌謡やJポップ、坂本龍一「エナジー・フロー」とか。 自分が過去に練習したことのある曲はほとんど全て出し切ったかも。 誰にも気づいてもらえなかったけど、僕の数少ない十八番のひとつ、難曲として知られる現代音楽、ジョン・ケージ作曲「4分33秒」(ピアノ独奏版)も頑張って演奏してみた(笑)。 かなり騒がしい環境だったものの、おかげで気軽に弾くことができた。大勢の友だちが駆けつけてくれたのは嬉しかった。 重厚な音のする年代モノのスタインウェイも思う存分弾かせてもらったし。
Jun 7, 2009
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今週末、ちょっとした催しにてピアノを弾かせてもらうことになっており、ただいま激しく緊張ちゅう。 ガヤガヤした会場での背景音楽ご担当。どーせ誰も真剣に聴く人などいなさそうな環境らしいので、それならばと気軽に引き受けてしまった。 ひと月以上準備期間はあったはずなのに、直前になって慌ててる始末。 短い曲をいっぱい弾く予定なので、譜面の整理がタイヘン。 ビートルズ曲集からこの曲、ビリー・ジョエル曲集からあの曲、ジャズの稽古で使ってる師匠手作りの教本からも何曲か。モーツァルトやベートーベンのソナタ集からも。 何冊もの重い曲集を持ち込み、とっかえひっかえ譜面台に乗せては付箋のついた該当ページを演奏するのって、見た目にちょっとカッコ悪い。 譜めくり箇所も最小限に抑えたい。 一枚もののペラッとした譜面だと、会場の空調機によっては、どこからともなく風が吹いてきて譜面がはらりと宙を舞ってしまう可能性があるかも。 そんなことを考えながら、コピーをとったり製本してみたり、譜面の準備に意外に時間をとられてしまう。 気がつくと本番まぢか。ひたすら練習あるのみなのだけど、ここまで日にちが迫ってきているからには、効率よく練習したい。 この際、譜面上の全部の音をきちんと弾こうとするのは潔く諦め、ごまかしながら弾く練習に励んでるところ。 瞬時に音を読み取るのが辛そうなとこには、譜面上にCm7とかどんどんコードを書き込んじゃったり、音が跳躍するとこはオクターブ上げ下げして弾きやすいように換える。和音がややこしいところは、絶対に外せない音だけにマルをつけ、ほかの音は思い切って無視。 あと、難しすぎて弾けそうにないとこは、その前後数小節ごと丸ごと省き、つじつまの合いそうなところに飛んだり、逆に、弾けそうな部分は延々と繰り返したり。 ひと昔前の僕だったらいちいち罪悪感を覚えてたかもしれないけれど、律儀に全部の音を弾こうとして自爆するよりはずーっとマシ、と自分に言い聞かせてみる。 こうゆう作業、つまり和音のなかで省ける音がないかを探し出したりしながら、うまくごまかす方法を考えるのって、すごく楽しい。屈辱的、自虐的な楽しさ。 バイオリンとかの場合だと基本的に単音だけ弾いてればいいから、僕は今までこうゆう作業はほとんどしたことがなかった。
Jun 5, 2009
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強引なまでに英仏二ヶ国語併記 先日、カナダのモントリオールを訪ねた。あそこってば、「北米のパリ」との愛称で親しまれてて、確かに石造りの住宅街とか大聖堂、あるいは喫茶店や甘味処なんかはパリっぽいかも。 本家本元のパリ人が快く認めてあげてるのかどうか知らんけれど、「どこどこのパリ」という表現は、観光客を呼び寄せるにはもってこい。当然ホメ言葉。 そういえば、昔ルーマニアを旅したときに、首都ブカレストが「東欧のパリ」と呼ばれていると知った。 あの時の旅は、北部の、ウクライナ国境近くの農村(マラムレシュ)の印象が強すぎて、ブカレストの記憶があんまりなく、パリ風味を満喫できなかったのが悔やまれる。 で、世界にはほかにも、誰が言い出したんだか、「なんちゃって巴里」があったはず。ちょっと整理してみたい。 北米のパリ → モントリオール(カナダ) 南米のパリ → ブエノスアイレス(アルゼンチン) 北欧のパリ → トロムソ(ノルウェー)、コペンハーゲン(デンマーク) 中欧/東欧のパリ → プラハ(チェコ)、ブダペスト(ハンガリー)、ブカレスト(ルーマニア) 西欧のパリ → パリ(フランス)、って当たり前 中東のパリ → ベイルート(レバノン) 東洋のパリ → プノンペン(カンボジア)、ホーチミン(ベトナム)、上海(中国) アフリカのパリ → アルジェ(アルジェリア) フランスの植民地事情と深く関係してるのかもしれないけど、ここまで言われるのって、パリ以外の街ではありえないはず。やっぱりパリは特別。 例えば、サンパウロが「南米の東京」とか呼ばれてたりするのだろうか。香港が「東洋のロンドン」とか? ってゆーか、僕は今まで五、六回はパリに行ってるはずなのに、じっくりと観光したことがなく、パリに関して全く語れないのが恥ずかしい。毎回、友だちと呑みまくって酔っ払ってるか、食べまくって喰い倒れてるか、あるいはすぐに郊外に移動しちゃったり。ルーブル美術館はおろか、オルセーにもポンピドゥーにも潜入したことがないワタクシ。セーヌ河沿いでまったりするだけで観光終了。 身の危険を感じたこともあって、あんまりいい印象ないし。大晦日、年越し(カウントダウン)しようと深夜のシャンゼリゼ通りに繰り出したら、爆竹だのプチ花火だので大混乱。機動隊まで出動し、冗談抜きで死ぬかと思った。***** 今日はほんとはパリを舞台にした映画を整理して書き出してみようと思ってたものの、いっぱいありすぎるようなのであっさり断念。 パリを歌った曲も無数にあるかも。 すぐに思い浮かぶのは、コール・ポーターのI Love Paris。シナトラやフィッツジェラルドが歌った曲。 今度ちょっと人前でピアノを弾く機会があって(パーティーでの背景音楽)、ただいま大慌てで選曲中なのだけれど、I Love Parisも弾いてみたい。←あいかわらず無謀
Jun 1, 2009
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