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ジャズを習い始めて半年以上たつものの、自分は果たしてほんとに上達してるのか半信半疑な状態だった。 でも、今日の稽古で、一瞬ながら「あ、オレって今、ジャズを弾いてるんだ」という確かな感触があった。この音を鳴らせばかっこよく響くはず、と意識できる小節がいくつかあったし、生まれて初めて、弾いてて楽しいと思えたのは大きな収穫。 レッスンではまず、与えられてた曲「ミスティ」と通して弾いてみることに。師匠のデイビッド先生は、険しい表情で腕を組み、僕のたどたどしい演奏を無言で聞いていた。そしてボソッと一言、「Not bad...」とのたまう。 師曰く、簡素すぎる、無難すぎるとのこと。間違った音を鳴らすことをおそれず、多少の冒険心をもって弾きなさいとのご指摘があった。片手ずつ練習せずに、必ず両手同時に、しかも音のばらしかたを意識しながら練習する。そして引き続き自分なりの音づくりを目指してほしいと言われた。 IIの和音からVの和音へと移動する「型」の大切さを何度も強調なさる。実例をいくつも出しながら力説しまくる師匠。うーむ。 なんか面白くなってきた。この「ミスティ」という超かっこよい名曲を、是非とも弾きこなせるようになりたい。目標とする曲があるのは大切なことだし。 師匠がおっしゃるには「多くの名曲にめぐり合ってるうちに、いつのまにか自ずと弾けるようになってるもの」なんだそうで、彼のその言葉を信じたい。 まだまだジャズの世界の入り口でもがいてるだけの僕ではあるけれども、霧の中、遠くにかすかな閃光が見えたような、そんな稽古だった。←調子に乗りすぎ?<次回までの課題> 引き続きミスティを練習してくること。その場合、意識して、二通りにアレンジしてくること。バラード調のゆっくりしたバージョンと、やや速めのものと。 並行して、When Sunny Gets Blue も弾けるとこまで練習してみること。IIとVの和音進行を全て確認しながら練習すべし。
Apr 29, 2009
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つい先日まで氷点下の朝もあったというのに、この週末は夏のような陽気でした。正式に冬の終わりを実感。それにしても長い冬でした……。 ニューヨーク都市部の公園では早速多くの人が陽光を満喫なさってました。 裸で芝生に寝そべって日光浴してる人もいました。全裸になって逮捕され、ついでに家宅捜索までされちゃったりすることのないよう、充分に気をつけたいものです。 ペタンクに興じてる人もいました。ナマで見るのは久しぶり。以前にフランスの田舎を旅したときに、ペタンクとは高齢者に人気の球技という印象を受けておりましたが、ニューヨークでは若者のあいだで流行ってきてるようです。 さて、高層ビルが林立し、かつ碁盤の目のように規則正しく道が組まれているマンハッタン。ある晴れた日に、道のどちら側を歩くかは重要な問題です。マンハッタン島全体が北東方向に傾いているため、道路は完全な東西南北で交差しているわけではありません。太陽が当たる側の道は眩しすぎるし、反対側は暗すぎる。体感温度も全然違う。サングラスをかけたり外したり。 ニューヨークの天文好きや写真好きは、年四回のマンハッタンヘンジ現象で盛り上がります。←英国のストーンヘンジにちなんで命名 ビルの谷間にスポッと夕日が沈む瞬間、あるいはビルの谷間から朝日が昇る瞬間がそれぞれ年に二回あり、その瞬間に交差点に立つと、自分の影が一ブロック分ぐらい長く伸びるのだとか。 newyork.timeout.com そういえば先日、同様に摩天楼の立ち誇る大都市シカゴを訪ねる機会があったのですが、確かあそこは完全に東西南北90度きっちり方眼状に作られた街なはず。 太陽の動きとか自分の影の方向にもっと注意しながら街を歩けば良かったと、今になって後悔してます。
Apr 26, 2009
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「仮面ライター」 春と言えば、ニューヨークに住む映画狂たちにとってはトライベッカ映画祭の季節。 本家のサンダンス映画祭にはまだ及ばないものの、インディーズ映画の祭典としてかなり市民権を得てきた感じ。運営もお見事。マスコミやスポンサー、映画関係者の連携が傍から見てても上手く機能してる。 日本から出品されてるのは「おくりびと Departures」と「歩いても歩いても Still Walking」。 今日はそのなかから「エクリプス」というアイルランド映画を鑑賞した。日食だか月食、あるいは「光を失うこと」とかいう意味?の題名。 世界初映。先週やっと編集作業が終わったという出来たてホヤホヤの映画だそうで。 ほんとは作家になりたいと思って小説を書き溜めてる不器用な中年男(ゴルゴ13似の俳優演じる)が主人公。最愛の妻を失い、最近は幽霊の出没に悩まされている。老父も死期が近づいている。 小説家の集う会議が地元で行なわれることになり、彼は事務局の一員として二人の作家の世話をする。一人は超常現象を取り上げた作品がベストセラーとなった美人作家(デンマークの女優演)、もう一人は彼女に思いを寄せる、既婚のだらしない男(エイダン・クイン演)。 物語はこの三人の三角関係を匂わせながら、心霊ホラー風味の演出も効かせて進行していく。***** 本編終映後には、コナー・マクファーソン監督による舞台挨拶及び質疑応答。 この映画に出てくる美しい港町の風景には強烈に印象づけられるのだけれど、やはりロケ地選びにはかなり気を遣ったとのこと。コーブCobhという町。この町の映像が見られただけでもこの映画を観た甲斐があったと思った。 ピアノと声楽による独特のサントラは、監督夫人が曲を書き下ろしたそうで、不協和音なのに癒し系の音楽は文句なしに素晴らしかった。 あと、監督曰く「シャイニング」や「エクソシスト」などの映画を参考に作ったとのこと。つまり、恋愛ものというよりもホラー映画という位置づけなのかもしれない。 脚本も務めたマクファーソン監督、本業は劇作家追記:「月下の恋(Haunted)」とかいう映画があったのを何となく思い出した。1995年のイギリス映画で、謎の美女をケイト・ベッキンセイル嬢が演じてる。やはりエイダン・クインが出演。
Apr 25, 2009
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先週末、久しぶりにオケの演奏会に参加し、本番独特のあの緊張感、そしてその後の充実感を味わって、これだからやっぱりオケはやめられないなと思った。 今回は「団友」という立場で乗ったのだけれども、正団員であってもなくても、同じ舞台に立つ以上、演奏が成功するとやっぱり感動するし、失敗すると悔しくてしょうがないもの。 今までにいろんなオケで弾いてきた。気づいたらオケ歴20年以上。何ごとも飽きっぽい僕としては珍しい。 アマオケって、どこの国や地域でもそうだと思うけど、慢性的に弦楽奏者が不足していて、演奏会を実現させるには助っ人(エキストラ)が必要になる。 僭越ながら、僕も賛助出演としてオケの演奏会にお招きいただくことがある。 賛助として弾くからには失敗はますます許されない。緊張するけど、誘ってくださるオケがあるのは光栄なこと。 思い起こせば高校生の頃、どっかの市民合唱団の「第九」公演でバイオリンを弾かせてもらったのが、僕の「トラ」デビュー。曲がりなりにも中学時代にたまたま第九を弾いた経験があったというだけの理由で。プルトを一緒に組ませていただいたお姉さまはホンモノのエキストラさんで、東京の某プロオケの方だった。業界のウラ話を聞かせてもらったのを覚えてる。 トラって、部外者とは言え、心掛け次第では団員さんとも仲良くなれるし、トラ同士も含め、交友関係が一気に広がったりして楽しい。いろんな人と出会えるのはすごくいい刺激になる。 自分がコンマスやってた頃は、自分んとこのオケに賛助に来ていただける方を探すために奔走し、多くのオケに顔を出したりもした。←トラ狩り トラに呼んだり呼ばれたり、あの頃は僕も若かった……。 そー言えば、都内の某社会人オケのことを思い出す。そこで僕はいわゆる「常トラ」として弾かせてもらってた。 隔週土曜日の練習後、決まって同じ呑み屋で深夜まで宴会するという習慣のある団体で、それは現在も受け継がれてる。 で、僕は今でも一時帰国するたびに隔週土曜日の深夜にその居酒屋にふらっと立ち寄ってみる。そして、そこには見覚えのある赤ら顔の老若男女が。 当時(十年前)の団員さんもあんまりいなくなってきたのに、すぐにその場のみんなと音楽ネタとかで盛り上がれるのって、やっぱりオケという組織ならではの不思議な魅力かと思う。
Apr 23, 2009
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昨日今日とオケの本番があった。二回の公演(同演目)とも無事に終了。 正団員じゃないのにビオラ2プルのオモテに座らされた僕。ちょっと慌てたけど、これがなかなかの特等席。首席さんも指揮者さんもコンマスさんも、自然に視野に入ってきて弾きやすかった。 前半はイタリア、後半はスペインを特集するという粋な選曲。自分のなかのラテンの血が騒ぐのを感じながら?ノリノリで弾いた。 ベルディ:序曲「運命の力」The Force of Destiny メンデルスゾーン:交響曲4番「イタリア」Italian (休憩) トゥリーナ:交響詩「水滴の行進」The Procession of the Dew リムスキー=コルサコフ:スペイン奇想曲 Spanish Capriccio 難曲ぞろい。しかもシャープ系の曲ばかり。 言い訳させてもらうと、ビオラって、シャープ4つとかになると開放弦がほとんど使えないから苦しい。実際、今回は本番直前まで指づかいが定まらず、かなり焦った。リハ中、ただただオロオロしてる僕を尻目に、スタンドパートナー(=一緒にプルトを組む相手)のマイケル氏が、効率的な指づかいをササッと譜面に書き込んでくれてたのには感謝。 半ポジションとか第2ポジの指づかいで弾くのが苦手な自分にとって、今回の演奏会は実にいい勉強になった。(この二つのポジションは、バイオリンではそんなに使わないけど、ビオラを弾くうえでは必須!) イタリア交響曲、確かに名曲だとは思うものの、本番を踏んだ今となっても終楽章の構成がイマイチ理解できず、やや悔いが残った。尻切れトンボというか、あるいは起承転結がなく構成力の弱い曲という印象は否めない。←楽曲のせいにしてるし。 あと、トゥリーナという作曲家の「ロシーオ(露、雫?)の行列」も興味深かった。彼のピアノ三重奏曲だったかが確か有名で、僕もなんとなくは知ってた作曲家ではあった。思ったよりフツーで親しみやすい曲。ちなみに譜面上の楽想用語はフランス語で書かれてある。 スペイン奇想曲も名曲。灼熱の太陽が降り注ぐアンダルシア地方を旅したくなった。 個人的には20年ぶりに弾く曲で、すごく懐かしかった。***** 結論。オケはやっぱり楽しい。 仲間うちで室内楽やジャズピアノを黙々と練習するのもいいのだけれど、100人もの奏者が団結し、その演奏を人前で披露することの苦しみや喜びを、今さらながら体感できた。多くの人と一気に知り合えるのも魅力。 今日の本番終了後は団員みんなで「お茶とお菓子」で打ち上げ。しかし、どーしてもアルコールを欲していた我々ビオラ&チェロ軍団は、勝手に抜け出し、ネオンきらめく近所の酒場へと向かったわけで。
Apr 18, 2009
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僕だって別に母国ニッポンを捨てたつもりは全くない。けど、なんだかんだ言って米国永住権(グリーンカード)を取得しちゃったし、「もしかして、オレって移民?」などと自問自答することはよくある。 どーせ移民で成り立ってる国なんだし、ヨソモノだとしてもいちいち卑下せず堂々と生きるべきなのだけれども、やはり何年この地に住んでても、目には見えない壁とか差別とかは痛感する。 そして、移民にもいろいろあって、僕のように世界有数の豊かな国からやってきた人もいれば、そうでない人もいる。周りのガイジンさんたちに話を聞くと、彼らのその激動の半生に唸らされてしまうことがある。 そのなかには不法滞在者もいるわけで。 合法、不法を問わず、移民に関する映画やテレビ番組は、さすがにこちらでは頻繁に目にする。僕も思わず特別な感情とともに鑑賞してしまう。 で、これを機に以下に一部をまとめておこうかと。■フローズン・リバー Frozen River(2008年アメリカ) カナダからアメリカへと国境越えする異国民。冬は国を隔てる川が凍結するので、氷が割れないよう天に祈りながら命がけで対岸へ渡る。さらには、アメリカ人ともカナダ人とも距離を置く先住民モホーク族の心情も絡んできて、見応えのある映画に仕上がってる。■ホレム・パーデム Horem pádem/Up And Down(2004年チェコ) チェコ映画の名作。亡命、密輸など重い題材を扱ってるわりに軽やかに演出されてて楽しめる。陸路で国境を越える場面は、やはりハラハラドキドキ。■その名にちなんで The Namesake(2006年インド) インドからアメリカに移住した親と子の葛藤。■クロッシング・オーバー Crossing Over(2008年アメリカ) ついこないだ全米で封切られてたはずなのに、いつのまにか終わってた。 予告編を観るかぎり、ハリソン・フォードが不法移民を排除しようとする熱血正義漢を演じてるようで、白人アメリカ人側から見た移民映画らしい。■ウエストサイド物語 West Side Story(1961年アメリカ) 50年近く前の映画。今も昔も、泣く子も黙る名作。白人系アメリカ人集団とプエルトリコ系移民集団との対立。ニューヨーク版ロメジュリ、悲恋もの。 なお、このミュージカル作品、なんと先日からついにブロードウェイで再演されてて、今ニューヨークでは大騒ぎ!■30デイズ 30 Days(2005年~ アメリカ ) モーガン・スパーロックのドキュメンタリー第2シリーズ第2話(→動画)。 米国民として誇りを持って国境警備の仕事をしているキューバ系合法移民が、不法入国したメキシコ人家族のアパートに30日間ホームステイする。彼らの事情を理解し同情しつつ、かすかながら、国境警備という自分の仕事にも疑問を持ち始める。■グリーンカード Green Card(1990年アメリカ) 永住権獲得のために米女性と偽装結婚した仏男性。入国管理局は真偽を暴こうと捜査に入る。 印象に残ってる場面は、男性が捜査官に根掘り葉掘り詰問されるところ。「ほんとに結婚して一緒に生活してるのなら、奥さんの使ってる化粧品のブランドを知ってますか」と訊かれ、全てを丸暗記して万全の体制で尋問に臨んだはずの彼だったのに、似たような単語と混同してしまう。モンティチェロと言うべきところを、ついモンテカルロと答えてしまった。お、惜しいっ! ***** ↑突然ながら、ここで勝手に整理させていただきたく。 モンティチェロ Monticello: この映画「グリーンカード」に出てくる化粧品のブランド ポンティチェロ Ponticello: イタリア語で「橋」。Sul ponticello(弦楽奏法「駒寄りで」) モンテカルロ Monte Carlo: モナコの地名 モンテビデオ Montevideo: ウルグアイの首都 モンテベルディ Monteverdi: イタリアの作曲家名(ルネッサンス/バロック) モンテクリスト Monte Cristo: 巌窟王。デュマの小説
Apr 17, 2009
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春の到来とともに突然決まったことですが、今度、近所の友だちが所属する某アマオケの本番に乗せてもらうことになってます。ビオラ弾きが足りないらしく、お声をかけていただきました。 メンデルスゾーンの交響曲4番「イタリア」ほか、大慌てで練習中。難曲ばかり。 ってゆーか、オケで弾くのは一年ぶりぐらいなので、身体がなまってて辛い……。 イタリア交響曲って、パート譜をひと目見ただけでメンデルスゾーンの曲だとわかります。譜面ヅラが美しく、三連符がいっぱい。 どこがどうイタリアンなのか、終楽章に出てくるSaltarello サルタレッロという標示の意味するところについて、本番までにちゃんと座学しとかなきゃとか思いつつも、ま、弾いてて楽しけりゃそれでいいかなとも思ったり。 そういえば、今年はメンデルスゾーンの生誕だか没後だかの記念年。これを機にいろいろと注目を浴びる作品が出てくるのでしょうか。 彼の曲は僕も以前から気になっておりました。あらゆる曲に「春」とか副題をつけちゃっても許されるかもしれません。 ほかの作曲家が名曲をいっぱい書いてる交響曲という分野は、さすがに激戦区だし、メンデルスゾーンの作品はあんまり目立たないけれど、「弦楽のための」交響曲シリーズとか、ピアノ曲とか室内楽曲に名曲がいっぱい隠れてるに違いなく。 幸か不幸か、我々バイオリンを学ぶ者にとっては、メンデルスゾーンと聞くと条件反射的にバイオリン協奏曲を思い浮かべてしまいます。あの曲の呪縛から一生逃れることはできないのは仕方のないこと。でも、メンコンさえマル無視してしまえば、それなりに親近感の湧く曲が盛りだくさん。 若いときの作品(十代とか)のほうが面白いようにも思うし、あと、一般に1楽章や4楽章よりも中間の楽章が凝ってるような気がします。 極めつけは声楽曲でしょうか。「ラウダ・シオン」作品73とか、けっこう好きです。 勝手な印象ですが、ヘンデルが時代を超えて生まれ変わったら、メンデルスゾーンみたいな曲を書くんじゃないかと思います。 パールマンとメータの弾くメンコン(動画)
Apr 14, 2009
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ただいま全米巡業中、Hey Dudeことドゥダメル氏とシモンボリバルY管。演奏会の切符はどーせ売り切れだろうし、そもそも予定も予算も合わなかったのであっさり断念。 そしたらなんと、ゲネプロを公開してるとのこと。地元の小中学生を対象としたシカゴ市の文化振興活動の一環なのだとか。 それならばと、慌てて地元の小中学生の格好に変装し?一緒に見学させてもらうことにした。←てゆーか、事務局のお姉さんに駄々こねて。 ちなみに、シカゴのアウトリーチ活動は本格的らしい。こうやって若い世代にホンモノの芸術に触れさせるのは長い目で見るととぉーっても大切なこと。ヨダレが出るような豪華な内容で、しかも頻繁に実施してるらしく。 で、良い子のみんなと一緒にお行儀よく熱血グスタボお兄さんたちのリハーサルを見学。演目はチャイコ交響曲4番とカステヤーノス「パカイリグアの聖なる十字架」。 以下に気づいたことを箇条書き。はっきり言って本番を聴くよりもずーぅっと面白かった。■とにかく大所帯。リハ中も頻繁に座席の配置を確認し、何度もチューニングする。第1バイオリンは全部で26人/13プルト(普通のオケは16人?)。第9プルトから内側に入る。観客側最後尾のプルト(=8プル)ですらヤマ台なし!■練習はスペイン語で行なう(ベネズエラ人だから当然)。■バイオリンパートのピチカートがよく鳴る。単に大編成だから?■大編成なのに pp がいい感じ。■譜めくりもお上手。プルトごとにずらしたりして、極力雑音を立てないように努めてる。100人以上が乗ってるオケにしては奇跡的な静けさ。■弓の位置や使う量がちゃんと揃ってるし、なにより弓の上げ下げが大きくて元気がいいので、見てて気持ちがいい。若いって素晴らしいっ。■チャイコ2楽章では旋律をたっぷり歌わせる、いわゆる「ドゥダメ」カンタービレ奏法。■3楽章では指揮者もコンマスも敢えて引率してなかった。彼らは静止したまま、オケの自主性だけで演奏してた感じ。なのにビシッと揃ってる。■全体的に木管の首席らが率先して縦の線を合わせてるご様子。確かに、これぐらいでかいオケになると、指揮者の近くに座ってるコンマスが主導するよりも、位置的にもオケの中核にいる彼ら四人の裁量や機転がかなり大切な要素。 そんなこんなで、とにかくこの若人ら、タダモノではないことは一目瞭然だった。芯の太い土臭い演奏というか、妙な細工をせずに直球勝負なとこには心を打たれた。 僕の席の斜め前に座ってたお嬢さんなんて、あまりに感動なさったのかいきなり涙を流し始め、やがてそれは号泣へと変わっていった。激しく鼻水垂らしちゃって。 僕も最初は呆気にとられて聴いてたけど、やがて彼らの魔術のからくりがわかってきた。 それは、みんな暗譜して演奏してるということ。音符もディナーミクもリズムも全て身体に叩き込まれてる。そして、そこから生まれた余裕を活かし、アーティキュレーションなどを揃えようと団員同士が積極的に対話している。 実際、部分的に練習するときも、ドゥダメル氏は「じゃ、練習番号Mの3小節前から」などとは決して言わない(どーせ彼はスコアは使ってない)。そのかわり、「フルートが入ってくるとこ」とか「ビオラのトレモロが始まる1小節前」みたいな指示の出しかたをする。そして、オケ全員がそれがどこを指すのかちゃんとわかっている。 天才お子ちゃまエリート集団という感じではなく、そのへんにいるただの純情少年/少女という感じなのも好感が持てた。この子たち、けっこう落ち着きないし。 チェロの少年は野球帽を普通にかぶるべきか後ろ向きにかぶるべきか悩んでて、オーボエの少女はお気に入りのイヤリングが外れてしまい泣きそうな顔してる。 バイオリンの弦が切れてしまった少年のプルトの周りでは、みんなで我こそはとこぞって替え弦を提供してたし、暇そうにしてるラッパ少年はカメラ小僧と化し、リハ中ずっと撮影してた。客席の我々に向かってもカメラを向けたり。 結論。 世の中に一つぐらい、こうゆうキャラの指揮者とオケがあっていい。クラシック音楽って、今も昔も未来も、世界中のオケがみんな似たような曲をやるわけだし(しかもどこもお上手だし)、これからはずばり個性の時代! そして、このオケの場合、ほかのオケと同じ土俵で論じたりつべこべ批評するのではなく、可能ならナマで聴いてその瞬間を存分に楽しむのが一番かと思った。 ドゥダマニア増殖中追記: そういえば、ドゥダメルがまだ知名度の低かったころ、彼の振るシカゴ響を僕はたまたま聴いてたのだけれど、僕ってばそのときの日記でドゥダメルのブレイクを見事に予言していた。おぉ、偉いぞ、オレって(笑)!
Apr 9, 2009
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シカゴに来てます。 ミシガン湖から吹き付ける風はやっぱり冷たい。襟巻きや手袋を持ってきて正解。木々もまだ裸だし、春の訪れの兆候すら感じられません。お江戸ではもう桜が散ってるらしいというのに。 シカゴって、いろんな表情を持つ不思議な街です。大都会なのに下町っぽい。 最近はオバマ大統領の地元の、という枕詞でも語られるようになってきました。オバマニア巡礼の地? さて、シカゴを舞台にした映画は数多くありますが、ニューヨークや西海岸の都市を舞台にしたそれと違って、ひとクセもふたクセもある作品が多いような気がします。 自分としては、なぜか High Fidelity という2000年の映画が真っ先に思い浮かびます。←超オタッキー? 去年は、1970年代のシカゴを舞台にした Swingtown というテレビドラマがアメリカ国内で放映され、ちょっと物議を醸してました。不倫もの。 「ER 緊急救命室」もシカゴの病院を舞台にしてるドラマ。つい先週、15年だかに及ぶ放送がついに最終回を迎え、こちらアメリカではかなり盛り上がってました。僕もチラッと観ました。 勝手に感動してしまったのは、重症の老婦人患者の旦那という役でアーネスト・ボーグナインが出演してた場面。 今92歳? 彼の出演作を観るのは映画「ポセイドン・アドベンチャー」(1972年)ぶり。
Apr 9, 2009
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今日は、前回のレッスンに引き続き、エンジェル・アイズの譜面を使って、コードの押さえかたと進行を学ぶ。 根音と7thは必ず鳴らすのが大前提。そして、旋律に含まれてる音を考慮しながら、3rdや5thの音を追加。ドミナントのコードが出てきたら9thの音を加えてみても面白いとのこと。 前のコードとの共通の音、あるいは半音や全音だけ瞬間移動できる音などが必ずあるはずなので、そうゆう音を意識しながらコードを移すのがカッコよいとされる。 特定の型(II→V→Iとか)を覚えてしまうことが重要で、とにかく何度も弾いて、さらには一つひとつの構成音をきちんと聞き取る訓練を積み重ねよとのご指導があった。 つまり、どの音が抜けてるのか、どの音が余計なのか考えながら弾くクセをつける。 ほんとかどうか知らないけど、慣れてくると、旋律が書かれてるだけの譜面を見るだけで、コード記号が自ずと見えてきたり、あるいは単旋律を聞いてるだけなのに、それに合う和声が耳の奥で聞こえてきたりするのだとか? そんな幻聴や幻覚に悩みつつも「まぼろしプレイ」をしてる奏者は多いらしい。実際は鳴ってない音を鳴ってるものと思い込んで弾き逃したり、あるいは自分でその音を歌って補ったり。 師匠のデイビッド先生は後者。ときどきブツブツ歌いながら弾いてるし。<次回までの宿題> 「特定の型」について。 Angel Eyes、Misty、When Sunny Gets Blueの三曲のコード進行を練習しながら、これらの曲に共通する型を見出してくること。 (うーん、わかったようなわからないような宿題……。)
Apr 7, 2009
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「理由ある反抗」 すんごい映画を観てしまった。Hunger(飢え、渇望)という作品。日本では去年の東京映画祭で上映された。 目を覆いたくなるような酷い映像が次から次へと出てくる。耐え切れずに映画館を退出する客もいた。 1981年、サッチャー政権時代の北アイルランドを舞台に、刑務所に収容されたIRA暫定派の若者らが必死に抵抗を試みるさまを生々しく描く。 与えられた囚人服を着るのを拒否したり、自分の排泄物で壁や床を汚したり! 囚人の反乱は過激化し、しまいには飲食をも拒んでハンガーストライキに入る者も出てくる。主人公ボビー・サンズは、何も食べずに痩せ細っていき、餓死による自殺という手段で当局へ自分の信念を知らしめようとした。 そこまでして抵抗する理由が、我々部外者にはなかなか理解できないのだけれど、彼らとしては、単なる犯罪者としてではなく「政治犯」として扱われたいというプライドがある。 一方、そんな囚人たちに対し、殴る蹴るなど暴行を加えて抑えようとする看守や機動隊員たち。 彼らもまた、決して好きでやってる仕事ではなく、陰で人知れず涙を流し、悩み苦しんでいる。そして一歩刑務所を出れば、自分らを恨み、暗殺を企ててる者から身を守らねばならない。 この映画を撮ったスティーブ・マックィーン監督(俳優マックィーンと同姓同名)、注目しとこうと思った。残酷な話を、皮肉なまでに美しい映像で撮る。静かに雪の舞う銀世界。真っ赤な血。餓死寸前の囚人の目から静かに流れる涙のしずく。 ほとんど台詞のない淡々とした映画なのに、一箇所だけ台詞満載の箇所があった。主人公ボビーが、面会に訪ねてきた司祭と語り合うこの場面、なんと、15分から20分ぐらいカメラを切り替えずに一つのカットで撮影されている。これ、たぶん映画史に残る名場面! そしてこの会話により、なぜボビーがストライキを敢行しなきゃいけないのかが説明される。***** この映画、もう一度観る勇気はないけど、目を背けずに最後まで観られたことを我ながら誇りに思う。そして、北アイルランド紛争の背景とかについても調べてみたくなった。 まず手始めに、昔観た「父の祈りを In the Name of The Father」(1993年イギリス)という映画を再度観てみようと思った。
Apr 5, 2009
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「The Long And Winding Road」 今日のカルテットの練習、後半はブラームスの1番(Vn1 僕、Vn2 ピーター、Va ジュディー、Vc ジャン)。 前回(去年)この曲を合わせたときも、いろいろともめて大変だったけど、今日も課題事項が山積み。1楽章と4楽章は特に難しいし、2楽章の三連符と八分音符のぶつかるとことか、3楽章の独特の四拍子感とかも要注意。こうゆう難しさって、慣れてくるとクセになってきそうな感じもするものの、そこにたどり着くまでの道のりがキツイ。 ファーストを弾く重責もつくづく感じた。例えば1楽章で独りで長いことウネウネ弾かなきゃいけない以下の部分。 こうゆうとこでファーストがさりげなくもビシッと決めないと、全てが台無しになってしまう。言い訳なんて許されないし、ちょっとでも音程を外したり、あるいは走ったりつまづいたりリズムが崩れようものなら、周りの三人から激しく非難されてしまう。←されてしまった。 悔しいけれど、彼らのおっしゃる通り。***** ま、結局いつも辛くて苦しい練習にはなってしまうけれど、ブラームスの室内楽はやっぱり楽しい。弾けば弾くほど難しく感じられてきて、だからこそ一生かかってでも取り組む価値は絶対にある。 今までいろんなブラームスの曲に挑んでは、仲間同士で喜怒哀楽を経験してきた。 練習してて大喧嘩になったことも何度もあるし、あるいはちょっとした舞台で人前で弾かせてもらって感涙にむせんだこともあるし。 長く険しく、そして曲がりくねった道をせっせと歩みつづけてるような虚無感と充実感。 終点がないのはわかってるけど、それでもやっぱりブラームスはやめられないわけで。
Apr 5, 2009
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「フィフス・エレメント」 今日はカルテットの練習日。 前半はハイドンの「五度」に取り組んだ。面子は、ピーター(Vn1)、僕(Vn2)、ジュディー(Va)、ジャン(Vc)。 クラシック好きにとっての「フィフス」とは、普通ベートーベンの第五交響曲「運命」(The Fifth)を指すだろうけれど、室内楽ヲタクならこのハイドンの「五度」(Fifths)。ドイツ語だとQuinten。 1楽章に五度の下降音型が何度も出てくる。 この楽章、ハイドンのカルテットのなかでも個人的には(今のところ)一番のお気に入り。なんか強烈な意志が感じられる。しかも短調萌え。 ファーストのピーター氏も事前にかなりさらってきたみたいで、バリバリ弾きまくってて頼もしかった。 3楽章の高弦vs中低弦の追っかけ輪唱大合戦も楽しいし、ほかにも随所に趣向が凝らされてる感じ。 ビブラートなしで弾くと雰囲気が出るかもしれない。←今もしかして流行ってる? それに、ラとかレがしつこいほど出没する曲だから、開放弦とかフラジオも使いまくってみるとか。 あーでもないこーでもないと四人でいろいろ話し合いながら、多様に調理できる。未知なる可能性を秘めてる名曲!
Apr 5, 2009
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僕は自分の性格とか能力を他人からあれこれ評価されるのは好きじゃなくて、でも、アメリカという社会で棲息してると、そうゆう機会が必要以上に多い気もする。 他人から評価されるだけじゃなく、他人を正当に評価する能力も求められる。自分のことは棚に上げ、歯に衣着せぬ評価をしてあげることが、その人への最大の思いやり? 組織で例えると、上司からだけじゃなく同僚や部下からも評価が入る。上下左右そして斜めからも自分を細かく採点され、それでもいちいち凹まずにいられる強靭な人だけが組織のなかで台頭していく。***** 周りの評価をいちいち気にしてたら人生楽しめないけれど、僕なんて、ちょっと人前で演奏するだけでもおじけづいてしまう。人にどう思われてるかが気になってしょうがない。もっと堂々と弾ければいいのに、情けない。 そして、一番苦手なのがオーディション。 アマチュア団体であっても舞台に乗るオケメンの数は限られてるわけだし、必ずしも希望者全員が仲良く演奏できるわけではない。となると、選抜審査。 僕も今までに何度かオーディションを受けたことがある。あんまりいい思い出はない。勝手に緊張して、とんでもないとこでミスったり。 この夏、室内楽の講習会/ワークショップに参加しようと思ってるのだけど、受講するには事前にオーディションを受けなきゃならない。オーディションってゆうか、同じぐらいの能力の受講生同士が組めるようにと、講師による厳正なレベル診断があるのだそうで。 実際に講師の目の前で弾くというのが大前提。 しかし現実的には都合が合わずに無理なことも多いから、CDやDVDに自分の演奏を焼いて郵送したり、あるいは電話やスカイプ/ウェブカムなどで回線の向こうの審査員に生演奏を聴かせたりすることも可。 ユーチューブとかに動画を投稿する人もいるそうで。 で、僕は自分の演奏をDVDに収めて講師に郵送という手段をとることにした。 いざ、ビデオカメラの前でモーツァルトのバイオリン協奏曲と「タイスの瞑想曲」のレコーディング開始。 でも、何度でも録り直しのきく状態で自宅で演奏してても、快適すぎてかえって失敗してばかり。何回録音しても納得のいく演奏ができなかった。 これ以上録り直してもどれも同じなような気がしてきて、結局は最初に録ったテイクを提出することにした。なんとなく虚無感。 オーディションって、やっぱり生身の人間の前で緊張しながら一発勝負でやったほうがいい。 そのほうが、不合格になったときに自分を納得させやすいというのもある。「あの日は調子悪かった」とか言い訳できるし(笑)。
Apr 3, 2009
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