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こないだ、「ひとつ屋根の下」というお題で衝動的に日記を書いてしまいましたが、懲りずにその続き。 こちらアメリカや外国では、いい歳こいた大人でも、家賃節約のために同居人を募ることはよくあって、となると当然、映画やテレビでもそうゆう設定のものをよく見ます。ちょっとまとめてみようかと。***** 自分の同居人が実は殺人犯かもしれない、みたいな筋書きの恐怖映画がまず思い浮かびます。最近リメイクもされたヒッチコック監督映画「下宿人 The Lodger」(1927年)とか、ブエノスアイレスを舞台にした「アパートメント・ゼロ」(1988年)、ブリヂット・フォンダ主演「ルームメイト Single White Female」(1992年)とか。結局似たような筋ばかりかも。 同居人たちのあいだに立ちはだかる言語や文化の壁という意味では、「スパニッシュ・アパートメント L'Auberge Espagnole」(2002年フランスほか)ってのがありました。青春もの。 ほかにも、性格も境遇も全く違う人びとが同居するはめになって困惑する話とか、家政婦/執事は見たっ!的なものとか。 しかし、「ひとつ屋根の下」といえば、やっぱりアメリカのテレビコメディ「フレンヅ Friends」(1994-2004年)は外せません。六人もの男女が集まると、だいたいその中での恋愛に発展する人らがいたり、収入や趣味や生い立ちが異なるために友情に亀裂が走ったり、細かいとこも含めて現実的に描かれてると思います。 個人的には、この番組、日本に住んでた頃からなんとなくは知ってましたが、アメリカに住むようになって一気にハマりました。国民的番組だし。 一方、イギリス版「ひとつ屋根の下」と言えば、たぶんBBCドラマの「ズィス・ライフ This Life」(1996-97年)。かなり重い内容だったと記憶してます。 イギリス版「フレンズ」という意味では、「カップリング Coupling」(2000-04年)というコメディもあって、大人になりきれてない男女六人がおバカなネタで盛り上がる点はフレンズそのもの。***** 以上、思わず熱く語ってしまいましたが、これらの映画/テレビって、なんてったって英語の勉強に最適だと思います。自分と同年齢ぐらいの人がフツーに日常で使ってる表現を学べるので、僕もかなり世話になりました。 ま、さすがに今観ると、登場人物が自分よりずーっと若くて苦笑してしまいますが。 編集部註: 写真はイメージです。本文とは関係ありません。
Sep 30, 2009
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「ハにはハを」 ピアノ三重奏を珍しい編成で練習した。バイオリン(アロン氏)、ビオラ(僕)、ピアノ(セス氏)で、ベートーベンのハ短調を。 つまるところ、チェロ譜をビオラに編曲した版で、ビオラは基本的にチェロと同一パートを弾く(音域によってはオクターブ上げる)。 へぇー、チェロってこんな楽しいことやってたんだー。この編曲、おいしすぎ。 しかもチェロやビオラは「ド」が開放弦だから、ハ調の曲を弾くときって、音楽の重心を身体に感じながら弾けるという特権が(たぶん)ある。ハ短調のこの曲はバイオリンで弾くよりもチェロパートを弾くほうがなおさら親しみを感じるのかもしれず。 ベト氏のトリオと言えば「幽霊」や「大公」が有名だけれど、考えようによってはこの3番のほうが名曲ではないか。メントリやブラトリ(?)を越えるかもしれない。「作品1」でここまで完成度の高い楽曲を書いてしまうなんて、それだけで過大評価していいと思ふ。 古今東西、数あるピアノトリオのうち、上位五曲に入れてあげたい。←過大評価しすぎ? 両端の楽章はもちろん、2楽章の変奏曲も3楽章のメヌエットもかなり凝ってる。 全体にわたりきちんと起承転結の構成になっているのにもシビれる。途中フラット六つとかの修羅場を展開し、嵐のような激しい曲調になったりもして、さんざん奏者を振り回しときながら、最後の最後でピアニッシモでハ長調に転んじゃうあたり、もう完敗っ。こんなに地味で単純なエンディングが用意されていたとは。↓
Sep 27, 2009
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「エコとエゴ」 いやぁー、今日観たドキュメンタリー、いろいろと考えさせられた。環境汚染うんぬんというより、人の性(さが)とかについて。<内容> ニューヨーク在住の作家コリン・ビーヴァンは、ある日突然、環境への影響をなくす(no impact)生活を開始する。電気を使わずにロウソクを使用、トイレ紙を使わずに布を再利用、シャンプーや洗剤も自家製。 妻と幼い娘を巻き込んだ彼の一年に及ぶ波乱万丈「エコ生活」は、世界ぢゅうのメディアで紹介され、一定の評価を得る。しかし一部で「自己満足」「偽善」呼ばわりされ、嫌がらせのメールや手紙が送りつけられてくる。彼のブログも炎上寸前。 やがて彼は、自分ひとりが頑張っても地球のためには何にも役立っていないことを悟り、虚無感に悩まされる。そして、少しでも仲間を増やそうと啓蒙活動に力を注ぐ。 日本では未公開<感想> 地球に優しい生活をしなきゃいけないのは、さすがに誰でもわかっている。でも、彼ほど徹底的に実践してる人はまずいない。 工夫次第で電気を使わずに暮らせることに驚いたし、素直に感心したけれど、それよりも興味深かったのは、彼のこの企画に批判的な人が意外に多かったということ。そこまで積極的に非難するとは……。僕なんかは単純だから、「へぇー、すごいなー偉いなー。オレも少しは見習ってみようかなー」という(小学生並みの)感想しか持たなかったのに。 嫉妬心、嫌悪感みたいなもんだろうか。極端なエコ生活を実践しながらも、仕事も育児もこなし、交友関係を維持し、つまり完ペキな文明生活をおくれるという事実をまざまざと見せつけられてしまったのだから。しかもニューヨークのド真ん中で。 確かに悔しい。我々の浪費癖って、「文化的で文明的な生活をするために」正当化されてたはずではなかったのか。 環境汚染防止は大切だけれど、ぶっちゃけ、オイラは関わりたくない。今は景気回復のほうが大切だから、もっと浪費すべきだ。世界一の経済大国たる我らアメリカ大帝国サマが、ちまちまと「エコごっこ」してどうする。Viva、消費っ! 口には出さなくとも、多くのアメリカ人はそう思ってるはず。そして、アメリカの矛盾を見事に突いたこうゆうドキュメンタリー映画の存在には見て見ぬふりをする。 実際、今日のニューヨークの映画館もガラガラだった。しかも皮肉にも冷房がガンガン効きまくって凍え死にそうだった(笑)。追記: 奇しくも、今朝の新聞で、アル・ゴア元副大統領が、「温暖化防止のため、ニューヨーク市内の全ての建物の屋根を白く塗るべき」とかいう提案をなさっていた(NYC Cool Roofs program)。市民はこの提案をどう受け止めるだろうか。
Sep 26, 2009
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七月と八月はジャズピアノの稽古をサボらせていただいてた。夏のあいだはもっと屋外で過ごす時間を確保したかったし、結果的に夏を満喫できたので良しとする。 気づいたら九月も下旬。風立ちぬ、今は秋。 そろそろ稽古を再開せねばと思うものの、それがなかなか。 たぶん今ごろピアノの師匠はご立腹。 言い訳の材料はいくらでもある。来月はオケの本番(ビオラ)があるので気合い入れて練習したいし(チャイコ4番!)、バイオリンでさらいかけてる曲も山ほどあるし。 ピアノを練習できない最大の理由はほかにある。 実はこないだ、長いこと愛用していた我が家の電子ピアノを親友ご夫婦に売ってしまった。 うちのピアノを譲ることは、彼らに赤ちゃんが産まれた数年前からの約束だった。 子どもにピアノを習わせたいという彼らのご意向を尊重し、お子さんが幼稚園や小学校に通う年になったら我が家のピアノを格安でお買い上げいただくことを合意。当時の僕は、近い将来ホンモノのピアノを購入する気だったので、電子ピアノはいずれ不要になると思ってたし。 で、先日、約束どおり彼らにピアノを引き渡してしまった。 さすがに寂しくなった。いきなり部屋が広くなったように感じられる。 秋の夜は長い。かつてピアノが置かれたあった箇所に目をやっては、畳の色がそこだけ青々としてることに気づき、感傷的になってしまう僕であった。←ちょっぴり脚色 ピアノが身近にあったときは、それだけで安心してしまいほとんど練習しなかったけれど、失ってしまった今、無性に弾きたくなる。(うちにはもう一台、卓上型の簡易キーボードもあるので、それで練習できないこともないけど、やっぱり鍵盤が軽すぎるのと音が電子的すぎるので、あんまり慣れちゃいたくないというか。) 作戦変更。さっそく、あらゆるコネを駆使しまくって、外出のついでに他人のピアノで練習させてもらっている。グランドピアノを(家具として)所有してる大富豪さんの家に遊びに行ったり、若者らの集う音楽学校の練習室に忍び込んでみたり。 我ながらセコいとは思うけど、自宅用にピアノを購入する予定も予算もないので仕方ない。 ま、自宅でだらだら練習するよりも、限られた時間で人サマのピアノを弾くほうが、日ごろの枯渇感も手伝ってか、集中力が高まって練習がはかどるような気もする。
Sep 24, 2009
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ワシントンDC 国会議事堂 ちょっと前の話になりますが、ワシントンに出没してきました。 こちらアメリカでは、夏が終わるのは9月アタマの祝日Labor Day、という目安があって、ワシントンでは毎年その連休にナショナル交響楽団が野外演奏会を行なうという伝統があるそうです。 演奏会は無料。国会議事堂前の芝生が一般に開放されます。 ちょうど当地に来てたし、聴きに行きたかったのですが、その夜は友だちとの呑み会が予定されてたので泣く泣く断念。ま、そもそも、都民と一緒に星条旗振りながら鑑賞するのって、なんかシャク。 そしたら、昼間のリハーサルが公開されてるとのこと。ちょっとだけ見物してきました。 さすがは大統領のお膝もとだけあって、荷物検査も厳しかったし、ちょっとでも怪しい行動をとってる人はすかさず警備員に尋問されてましたが、基本的にはみんなピクニック気分でのんびり鑑賞しました。 で、演目はザ・アメリカ特集。ずばり映画音楽でした。「風と共に去りぬ」とか「スターウォーズ」、「E.T.」とか。 嬉しいことに、この公開リハは、指揮者の声をちゃんとマイクで拾ってくれてたので、どのような指示を出しながら練習してるのかが聞きとれて勉強になりました。 指揮はエミール・ド・コウ Emil de Cou氏。 このオケって、てっきりレナード・スラトキンが音楽監督だとばっかり思ってたら、とっくに退任なさってたんだそうで。 ちなみに、このあたり一帯は今年一月のオバマ大統領就任式で、パールマンとかヨーヨーマらが、凍えるような寒さのなか、生演奏ではなく、あらかじめ録音されてた演奏に合わせて弾き真似(指パク、弓パク)をして話題になった場所です。 今回の演奏会でも、オケメンたちが実は弾き真似だったらどうしよう、などと余計な心配をしてたおバカな自分でありました。
Sep 21, 2009
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昔、「ひとつ屋根の下」だかというテレビドラマがあったのを思い出します。 日本だけぢゃなく、周りのアジア出身の友人も、たいていこの番組「同一屋根下」のことに詳しくて、最近の酒井法子事件でまた話題に出たりもしてます。 ちなみに、主題歌(たしか)の「ひだまりの詩」by ル・クプルは、是非ともピアノで弾けるようにしておきたい。ちょっとした余興で弾くとアジア人にバカ受けするのです。(「温暖的詞句」) というわけで、のりピーさんの更生を願い(?)、強引ながら「ひとつ屋根の下」というお題で以下に書いてみます。 ちなみに、僕は別に彼女の大ファンだとかそーゆーことでは決してないです。←って、必死に否定するとこがかえってアヤシイ……***** 僕自身、学生の頃、あるいは社会に出てからも、留学したりホームレスになったりして、いろんな国でいろんな人と同居/同棲(?)生活を経験しております。 血縁関係や恋愛関係にある人どうしでさえ同居にはあれこれイザコザが発生するわけだから、赤の他人が一緒に住むとなると、それはそれは主張と妥協の繰り返し。家賃節約という淡白かつ明白な理由があるとはいえ、なかなかうまくはいきません。 冷蔵庫の中の食材の管理とか、掃除の分担、光熱費などの精算。あらかじめ細かく掟を決めとかないといけませんが、細かすぎるのもまたメンドー。 テレビのチャンネル争いなんて可愛いほうで、携帯のない時代は一台の固定電話をめぐって争奪戦が繰り広げられたものだったし、家族や友だち、愛人が泊まりに来る際なんかも必ずもめる。 浴室の占領時間とか、さらには便座の上げ下げとか、あらゆることが論争のタネとなりえます。 真顔で相談されたこともあります。「煙草や麻薬を吸いたいときは屋外に出るべきか」とか、「身を守るために拳銃は常備しておくべきぢゃないのか」とか(実話)。 僕が今までに(短期を含め)同居したことのある人種は、イギリス人、アイルランド人、ドイツ人、スペイン人、オマーン人、バハマ人、シンガポール人、フィリピン人、ニュージーランド人、アメリカ人など。 アジア人と一緒に住むと、味覚が合うので便利。でも経費は1セント単位で細かく折半。 アメリカ人と住む場合は冷暖房の設定温度で必ずもめます。なお、奴らの食生活は不健康そのもの。コーラとハンバーガーとピザ。絵に描いたようなアメリカ人像を見せていただける。 あとは宗教的な問題。「安息日」にせっせと家事したりして暴れまくると嫌がられます。まして、ギコギコとバイオリンの練習をしようものなら……。 確かに、自分のことを棚に上げて言わせてもらうと、楽器を弾く同居人ってのは厄介かも。
Sep 18, 2009
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今さらながら、この夏に見物した催しについてやっぱり書き留めておこうかと。 先月、南欧での休暇の帰路に、所用でアムステルダム(蘭)に一瞬だけ寄りました。そこではたまたま「アウトマルクト Uitmarkt」だかという、晩夏恒例の「熱狂の日」文化祭みたいなものが開催されており。 クラシック、ジャズ/ポップス、舞台などの分野それぞれにおいて、複数の会場で次から次へと芸能が披露されてました。入場無料。しかも、ひとコマだいたい30分なので飽きない。 ちゃっかり二つの公演をのぞいてきました。 まずピアノのリサイタル。 ずーっと前から気になってた「エディット・ピアフに捧ぐ」とかいう曲を運良く聴けました。プーランクだかクープランだかの作った曲。 もうひとつは屋外での公演。地元オケ(オランダ・シンフォニア Holland Symfonia)を従えて、三人の歌い手さんが独唱、重唱してました。オペラとか歌謡曲とか。 ダム広場 どうやらこのお三方、「国民的歌手」らしく、会場に集まった老若にゃんにょの皆さんも一緒にオランダ語で大合唱。 ふと、日本だったら、老若男女全てに好かれる現役歌手って誰だろ、などと考えてみたり。そもそも、「日本人だったら誰でも歌える楽曲」って何だろ。いい日旅立ち? とにかく、この夏祭り、ナニゲにすごい。出演者は基本的に地元オランダ人ばかりというのもさすが。今まで地道に活動してきたベテラン音楽家とか、将来が嘱望される音大生とか。国外の著名な奏者を高額報酬で招くんではなくて、背伸びせずに地域に根ざした手づくり感を保ちつつ、さりげなく地元発信の文化/芸術提供の仕組みを築いてる。 芸人さん側にしてみれば、ひとコマ30分というのは中途ハンパかもしれないけれど、観客側としては便利。簡単にはしごできるし。 運営も限りなくボランティアが関わってる感じ。背後でしっかりと行政やスポンサーが支えてるはずなのに、敷居が低い。 端から見てて感心してしまいました。この国この街、勝手ながら惚れ直してしまったわけで。
Sep 15, 2009
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「マキバ系」 1969年ニューヨーク州北部で開催されたウッドストック音楽祭の舞台裏を描いた作品を観た。<あらすじ> 会場の都合で開催が危ぶまれていたウッドストック祭。都会にあこがれ、故郷を捨てたはずの地元の青年が、ひょんなことから主催者として関わることになり、近所の農夫の所有するだだっ広い牧場を提供する。 安宿を営む両親、ベトナム帰還兵の友人、音楽祭開催に反対する地元の村人たちなど、クセのある人びとと話し合いながら、祭りを盛り上げようと奮闘。そして当日、予想を遥かに超える数の若者たちが押しかけてくる。 ドキュメンタリーではないものの、実話がもとになってる <感想> 日本でもそのうち公開されるはず。 日本の配給会社は誇張表現が上手いから、たぶん、「全米ぢゅうの若者を熱狂させた伝説のロックの祭典が、今ここによみがえるっ!」とかなんとか宣伝しちゃいそう。んでもって、騙されて観に行くロックおたくが続出しそう。 実際は、ジミヘンとかジャニス・ジョプリンとかの歌唱場面が再現されるわけじゃなく、あくまで地元の一家族に焦点をあて、こじんまりと描いてる。思ったよりずぅーっと地味。 そのへんをわきまえず、ハリウッドの娯楽超大作かと期待して観ると失敗する(しました)。 「タイタニック」でJ.キャメロン監督が狙ったように、壮大な史実を再現しながらも、登場人物の愛だの恋だのにも焦点を当てようとすると、やっぱり二時間以内にまとめるのは絶対に無理。 役者陣では、英国人イメルダ・スタウントンが母親役(ロシア移民のユダヤ人)を演じてて、意外にはまり役で笑えた。 そもそも脇役が多いので注意。どの役もそれなりに重要で気が抜けないものの、いろんな個性や人間関係を詰め込みすぎてて、観ててちょっと疲れる。 次々と登場する小ネタにはウけた。地元の商工会議所の届け出には、「弦楽四重奏の演奏会の開催」としてた、とか、会場視察に来た興行主が、地元特産「まきば牛乳」を振る舞われて感銘するとことか。 肝心のヒッピー文化については、予備知識がなくても他人ごととして一応は楽しめる。僕個人としては、サイケデリック(psychedelic)という単語の真の意味がやっと理解できたような気がする。 でも、やっぱり熱狂ライブの場面も少しぐらい再現してほしかった。 あれだけのエキストラを集め(もしや特撮?)、それっぽい場所でロケを敢行してるし、かなりの金を費やしてるはず。そこまでやるんだったら、あと一歩。 ちなみにこの映画、登場人物が全裸になって騒いだり麻薬でラリったりする場面が出てくる。米国版映倫さんからは見事R指定をご獲得。追記: で、帰宅してテレビつけたらMTV賞授賞式かなんかをやってて、マドンナたちが故M.ジャクソンを追悼しており。 もしかして、今年が米ロック界の節目の年となり、のちに伝説として語り継がれるようになるかもしれない。ってゆーか、現代のように薬物投与とか麻薬の常用が音楽界で広まってることを考えると(日本もしかり)、ヒッピー文化なんてまだ可愛いほう?
Sep 13, 2009
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我が家のCD棚を見てみると、アメリカの音楽がほとんどないことに気づく。特定の国に偏って聴いてるらしい。それもどうかと。 クラシック → ドイツ(古典、ロマン派) オペラ → イタリア 歌謡曲 → 日本(昭和歌謡)、フランス(シャンソン) ロック、ポップス、ラップ → イギリス、イタリア ま、意識してアメリカ音楽を避けてるつもりはない。せっかく住んでるわけだし、それにジャズはやっぱり面白いから、もっと「メリケン・サブカルチャー」にも興味を持とうと自分に言い聞かせてみる。具体的には、ろっくんろーる! で、アメリカのロックを語るうえで外せないのが、1969年のウッドストック・フェスティバル。 今夏は、この伝説化されてるロックの祭典の40周年とのことで、ふと気がつくと、周りでは異様に盛り上がっており。ロックのことはよくわからない僕ではあるけれど、ウッドストック周辺の山あいの地には、毎年のようにキャンプ(ごっこ)に訪れてることもあり、勝手ながら身近に感じてしまう。 てなわけで、とあるプロジェクトを自分に課してみた。アメリカ激動の60年代当時にバリバリの若者だった人をつかまえて、いろいろお話を聞かせてもらおう、というもの。 既に何人かおじ(い)さん、おば(あ)さんとお会いして、激しく語りまくっていただいた。これがまたすごく面白い。写真も見せてもらう。当時の独特の髪型、服装には苦笑しつつも、なかなかカッコよくも思えてくる。 1969年って、かなり特殊な位置づけにある年と言える。 僕はまだ生まれてないし、別に親しみを感じる年ではないけれど、なんとなく「ひとつの時代が終わった年」、「区切れの年」という印象がある。ビートルたちの確執が表面化したのもこの年。 音楽以外でも、アポロが月面着陸したり、いろんな暴動が各地で起こったり、調べれば調べるほど「へぇー、そんなことがあったんだ」と驚く。 んでもって、1969という数字は今や神格化、象徴化され、ジーンズのブランド名だったり、Tシャツのロゴとしてさりげなく書かれてたりする。僕も何着か持ってる。 さて、前置きが長くなったけれども、こちらアメリカでは、ウッドストック祭1969のことを描いた新作映画がついに封切られた。 是非観ておきたい。
Sep 11, 2009
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一年ぶりの「上京」、ワシントンDCに滞在中。まだまだ残暑のこの地。 昨夏に訪ねたときと比べ、明らかに路上生活者の数が増えてるし……。 訪米中の友人につきあって、偉そうに市内を案内なぞしてみるものの、僕ってば、よく考えたらアメリカの歴史も政治も全然わかってない。観光案内をするどころか恥をかいてばかり。銅像とかも、ジョージ・ワシントンとエイブラハム・リンカーンがごっちゃになってるし(笑)。 それにしても、、首都のくせして大都市じゃないのは何かと便利(人口わずか60万人)。もしニューヨークが首都だったらと考えるとゾッとする。東京やロンドン、パリとか、ほんと、よく機能してるなー、と他人ごとのようにいたく感心してしまう。 政治の中心地が敢えて経済の中心として発展しないように、うまく管理してるのか。あるいは経済界が敢えて政治と距離を置こうとすることの間接的な結果なのか。ちょっと興味深い。カナダの首都オタワもそう。 さらに、政治色が濃くなりすぎないようにするためか、市内には美術館もいっぱいあるという事実。そうやって観光客を飽きさせないように演出するとは、なかなか強か。 さて、今回の上京でもワシントン記念塔(モニュメント)に登るのは断念してしまった。理由は高所恐怖症かつ閉所恐怖症だから(笑)。一緒に観光した友人たちの前では恥ずかしくて言えなかったので、適当な理由をこさえて辞退。あとで写真を見せてもらって、上まで登った気分になった。↓ モニュメントから国会議事堂まで続く緑地National Mall(ナショナルモール)は、確かマーティン・ルーサー・キングJrが「I have a dream」と演説した場所。最近ではオバマ氏の大統領就任演説で何十万人もが結集した。 ここ、空が広い。深夜や早朝のジョギングに最適。誰もいなくて静かなうえ、警備員もくまなく徘徊してるので治安もよろしい。今朝は二日酔いだったけれど、頑張って起きてジョギングした甲斐があった。 個人的には、日本の皇居(東京千代田区)とハンガリーのブダペスト(ドナウ川沿い)と並んで、世界三大ジョギング最適地に決定させていただきたく。追記: いつもごっちゃになるのだけれど、ロンドンにもThe Mallと呼ばれる同様の箇所がある。バッキンガム宮殿とトラファルガー広場の間の緑地。でも、確かそこは、モールではなくマルと発音される。ややこしい。
Sep 7, 2009
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「老人と海」 本国ニッポンでは昨年の公開。やっとのことで米国に上陸。 監督/脚本は是枝裕和。氏のほかの作品をちゃんと観ていない自分を恥じた。こんなスゴい人が日本にいたとは。<あらすじ> かつて長男を海の事故で失った家族の話。 長男の命日でもある夏のある日に、老いていく両親(原田芳雄、樹木希林)のもとに、長女(You)と次男(阿部寛)がそれぞれの家族を伴って訪ねる。<感想> 完ペキ。僕が今年劇場で観た映画では、今のところ一番。いろんな国のいろんな映画を観てきたけど、やっぱり邦画を上位に選んでしまうとは我ながら誇らしい。別に贔屓してるつもりはなく。 特に大事件が起こるわけでもないし、起伏の少ない内容なのに、映画の前半でいろんな伏線が敷かれ、後半で次々と応用されていく手法はお見事。 音楽はギターだけ(たぶんゴンチチ)。あとは蝉の鳴き声と海沿いを電車が走る音など。天ぷら揚げる音とかも。 映像も良かった。狭い日本家屋(特に長身の阿部寛がそう見せる)と、青くて広い海との対比。 役者はみなさん名演だったけれども、特に女性陣三人が白眉(樹木、You、夏川結衣)。文字通り姦しい?お三方。オンナの執念、残酷さも垣間見せる。 例えば、海で息子を失い、今でも立ち直れていない母は、思わず孫に「海に行っちゃダメ!」と声をかける。一方、父は逆。「一緒に海に行こう」と孫をさらりと誘う。 こうゆう何気ない場面にいちいち唸ってしまった。 この作品、去る四月のニューヨークの映画祭で、「おくりびと」とともに日本から出品されてて、そのときに鑑賞なさった米国人の友人が大絶賛してた。以来ずっと気にはなってたけど、ガイジンさんの好む日本映画と日本人の好むそれにはズレがあることが多いし、半信半疑だったのも事実。今回、たまたま訪ねているワシントン市内の映画館で運よく観られた。 この映画はガイジン目線で観ても日本人目線で観ても文句ないと思う。 「おくりびと」を越えている作品ではないかと。敢えて例えると小津安二郎系。 近年の同様の作品と言えば、フランス映画「夏時間の庭」。
Sep 6, 2009
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この夏は、多くの人との出会いや別れがあり、楽しかったこと、苦しかったこと、いろいろありました。ま、海にも行けたし山にも行けたし、こないだは海外に行ってきたし、総じて充実した日々を過ごせました。 最大の想ひ出は以下。 声を大にして周りの人にしゃべりまくってしまいたいような、いや、誰にも言わずに自分ひとりでひっそり喜びを噛みしめたいような、そんな「ひと夏の経験」。何ごとにも多少の利害が絡むからなかなか言えないことも、ブログにだったら気軽に書けます。単なる自慢ネタと捉えられるでしょうが、やっぱり僕としてもどっかに記録しておきたいわけでして。***** 友だちの紹介で、某バイオリニストと知り合いました。 僭越ながら、夏のある日にちゃっかりご自宅にお招きいただき、ニューヨーク郊外の豪邸を訪ねました。 そして、なんとその方がお使いの楽器を間近で見せていただいたのであります。ストラディバリなどに次ぐイタリアの18世紀の銘器(Gで始まる)。日本円で1億円(!)ぐらい。←ホントです 至近距離で見られ、感激のあまり思わず「マンモスうれピーっ!」と叫んでしまう僕でありました。←ウソです それだけでも光栄なのに、そのお方は「弾いてごらんなさい」とさらりとおっしゃる。別に懇願したわけじゃないし、多少は躊躇しましたが、お言葉に甘えて弾かせていただきました。 何の曲を弾いたらいいのかわからずオロオロする僕。とっさに浮かんだ曲はバッハの協奏曲2番の3楽章。なぜこの曲を弾いたのか自分でもよくわかりません。とにかく緊張しまくってて、ほとんど覚えてません。わずか2、3分の出来事でしたが、ギコギコ弾かせてもらったのは事実。今思うと、ちゃんと証拠写真を撮っておくんだったと悔やまれます。 おそらく今までの自分の人生で最も緊張した瞬間でした。 さすがは銘器。大きな音がしたし、自分の弾いてる音というよりかは、背後か頭上でほかの誰かが弾いてるような、不思議な感じがしました。 あまりに緊張したために、弾き終わった後に、どっと汗が出てきて、身体がぶるぶる震えました。しかも情けないことに、首や腕に軽く湿疹が出てました(笑)。
Sep 5, 2009
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