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予想通り政権交代が成った。バンザイだ。国民は堪忍袋の緒が切れたみたいになって、民主党を選んだ。しかし、ここまでくるまでに実に無駄な時間と犠牲を費やしたものだと思う。でもこれで明治維新につぐ大きな改革のステップになるだろう。新政権は少なくとも10年は政権を維持して、その間に霞が関の改革をしてもらいたい。政治・行政を官僚の手に任せず、国民の代表として行う。全部の役所のセクションの事業仕分けをして、無駄な仕事かどうか、予算の無駄遣いかどうかを判定するのは大変な労力と時間が必要だし、官僚の抵抗もあるだろう。それには事業仕分けをする要員はうんと勉強させねばならない。バタバタと走り回らず、民主党はじめ若手の勉強がものすごく重要である。霞が関には新しい産業のプラットフォームを民間と協力して構築し、雇用を大幅に拡大するという任務を与えねばならない。昔、通産省がよくやったようなことをさせねばならない。自民党の大物が首を並べて討ち死にしたが、中には比例区で復活した人がいる。こういう人たちは自分は敗者なのだということを謙虚に反省して、どうして自民党の政治がまちがったのか、自分がその中の要衝にいてどうして間違ったのかをきちんと総括して公表してもらいたい。それにつけても、今朝の新聞をしらじらしい思いで読んだ。「歴史に残る大選挙」「歴史が動いた」「今後の新政権の課題」などという大活字が躍っているが、蓋があいてからの論説で、偉そうなことを言うなと言いたい。こういう結果を生み出す言論をこれまでしてきたかということだ。新聞も日本変革のために、自分の会社はこういう言論活動を行うというマニフェストをつくったらどうか。マニフェスト別の新聞になって、読者もそれにしたがって購読し、勉強する。霞が関改革と同時にメディア改革が必要である。
2009/08/31
今、午前5時、8時になったら投票所に行く。同時に最高裁判所の裁判官に対する国民審査権も行使する。日本ではいまだに一人一票の原則が守られていない。一人一票は民主主義の基本も基本、当たり前の前提であるにも関わらず、これを認めない裁判官がいる。「一票の不平等」を「憲法に適合し有効」と理屈をでっちあげて容認したのだ。那須弘平裁判官と涌井紀夫裁判官にはバツをつける。
2009/08/30
明日はいよいよ選挙。明日の夕方から始まる選挙速報が待ち遠しい。政権交代が決まったら、まずバンザイを叫けぼう。そのあと乾杯だ。とにかくむちゃくちゃうれしい日!
2009/08/29
昨日は実に有意義な1日。午前中は、多摩大学教授の久恒さんを取材する。午後は八王子の東京工科大学の軽部征夫学長を取材する。終わった後、久恒さんの自宅付近のアウトレットパークでお茶を飲んで別れる。夜、札幌から来た会員の松本さんと家の近くの飲屋さんでのみ、それから府中駅前に行って松本さんの友人の写真家である佑木さんと夫である脚本家の兼平さんを呼び出して飲む。いい酒だった。さてその際、出た話題。若い人は人生を失敗しないように計算してリスクがある生き方は避ける、という傾向があるということだ。これについて考えてみた。私の場合は、とにかく失敗の多い人生だったと思う。打率2割くらいで、要領が悪く無駄と損が多かった。これをカバーするために、私は人より何倍もの時間をかけて、人が忙しくて勉強できない隙をついて、勉強して追いつき追い越す以外になかった。幸い私は70代後半まで長生きし、これから先も急に死ぬようなことはないと思うから、最終的にはわが人生に悔いなし、合格でいけるだろうと思う。でも、人よりも20年くらい遅れてしまったが・・。久恒さんの半生を聞いたが、この人はぶつかった問題それぞれを半端でなくクリアしてきた人だ。そういう問題解決の経験の積み重ねがあるから、新しい問題に対してもすぐ名案が浮かぶ。図解という方法を身につけたことでたいていのことは問題解決方法を設計できる。軽部学長はまるでクレムリン宮殿を思わせるようなすごいキャンパスの大学で、最高の人生の貴酒を味わっておられる感じだった。いろいろ人のために尽くした苦労があったにちがいないが、その片鱗もみせない楽しいお人柄だった。この先生が言われた若い人に贈る人生訓は「好きなことをやる」「人がやらないこと、やれないことをやる」だった。そうすれば必ず成功する。私の場合は、貧乏のしっぱなしだったが、やりたいことをやったから、まあいいと思っている。知的生産の技術研究会を始めたことだけで、私の人生はペイした。やりたくてうずうずしていたことを思い切って会社を辞めてやった。その時の動機はこんなことだ。有名教授や著名な文学者などの話は、その大学の一部の学生とか、大きな新聞社や雑誌社が主催する大講演会でしか聞けない。私は誰でもそういう偉大な先生方の話を安い価格で誰でも聞けるようにしたいと思い、会場を借りてPRして人をあつめたら、これが当たってずいぶん感謝された。次々に著名な先生をよんで講演会を主宰して喜ばれた。なぜ当たったかというと、世の中一般はお金もうけに夢中になっていて、お金もうけを考えないボランティア的なことは誰も見向きもしなかったから、すきまで当たったのである。私はビジネスでは失敗したが、失敗とか成功と言っても、その違いを一概には断定できない。華々しい成功者とみられる事業家でも、よく聞いてみると成功するまで何べんもやってやっと成功したのだという。たいていの人は1度か2度失敗するとあきらめてしまう。私の経験では、失敗~成功の圏内は30%~70%で、成功したと言っても100%成功はなく、70%成功すれば御の字、失敗したとしても丸損の失敗はなく、30%は成功している。たいていはチョボチョボだ。だから30%の成功をもっと増やすように分析していくと、次の成功につながる。また成功したとしても、長続きしない。競争者はつねにたくさんいる。浮浪者の世界でもよい寝場所をめぐってもの熾烈な喧嘩をしているらしい。軽部学長の言う、誰もやらないこと、誰もやれないことをやるというのはまさに金言である。
2009/08/28
生まれたときにすでにパソコンがあり、子供の時から携帯でなれてきた世代をアメリカではデジタル・チルドレンといい、その世代が31歳に達し、人口の半分を占めるに至った。今やチルドレンでなくデジタル・ネイティブと呼ぶ。社会の第一線に加わりつつある。アメリカのオバマ大統領を選んだ世代、オバマに零細献金を集中して、クリントンより選挙資金を集めさせた世代、これがデジタル・ネイティブで、これが世の中を変えるエンジンになっている。日本では高齢化社会だから、ここのところがぼやけている。しかし、40歳代およびそれ以下は確実にデジタル・ネイティブだから、あと3年したらアメリカなみになってくるということが予測される。40歳代以上を紙世代、つまり新聞とか雑誌だとかつまり活字に親しんで、そこから主に情報を得ている世代とデジタル・ネイティブ世代とはどこがどう違うのか。新聞社の3大使命とは、報道、大衆の啓蒙、権力の監視と言われたことがあったが、今一番空語化したものといえば、大衆の啓蒙であろう。しかし、新聞の編集者にそういう大それた意識が薄れているとはいえ、紙面に情報を並べる時は、重大情報は政治、経済とか国際関係だとか、文化だとか、を尊重して、それを価値基準にしたがって配列して紙面をつくり、それを読者大衆に送り込む。やはり価値の選択、配列については、編集者の権威性にしたがってやるわけである。読者はいわばこれを押し付けられる。毎日毎日そういう紙面をみていたら次第にそういう価値基準に読者も感染して、そういう意識が醸成される。ところが、デジタル・ネイティブは新聞は読まない。ヤフーの案内だけで済ます。雑誌はオタク雑誌だけ。テレビの番組もあらかじめ録画を指定しておいて、あとは自分の都合のいい時間にCMを飛ばして読む。あるいは検索ソフトをつかって好みのものを読む。こういう風な情報の取り方だと、要するにバラバラ、価値基準などかまわず、自分の好み、価値感にしたがって選択するから、したがって今なお主流である紙文化の影響を受けない。その反映は2チャンネルを見ればわかるだろう。やがてこういう世代が主流になるとしたら、情報をいかに摂取するかと云う教育が重大になってくるだろう。
2009/08/22
20日の朝日朝刊は民主党の衆院300議席獲得の勢いであると報じた。これは週刊誌などがどこも早くから予測している数字でいまさらという感じである。ちょうど、4年前に郵政民営化に賛成ですか、反対ですか、のアンケート選挙みたいになったと同じように、政権交代に賛成ですか、反対ですか、選挙みたいになってきた。国民は政権交代に賛成だ、と答えるのが今や自然になっている。しかし、今日の朝日の朝刊によると、政権交代したら日本は良い方向に向かうか、という質問には、「変わらない」が46%で、慎重に考えて答えている様子をみると、国民は相当成熟してきている。新聞社というのは独自の考えを示さず、世論調査とか選挙予測というやり方に依存しているのは姑息ではないか、とつくづく思う。新聞の「公平性」とか権威性という看板がいよいよ空語化してきた証拠である。大部数発行の新聞の読者には自民党支持層もおれば民主党など野党支持層もいるであろう。しかし、今は自民党支持層でも政権交代を望む人が多くなっている。ということは、よい政治をどうつくるかという答えがどこにあるかということで、読者はその答えを実は新聞の言論に求めたいにも関わらず、新聞社は答えず、どっちつかずの自己韜晦に陥り、はるかに国民の常識より後れてしまっている。これはマスがすでになくなって、国民はいくつかのミドルの固まり(政党支持別、あるいは政策支持別)に分かれてしまっている社会構造ができているのに、あくまでもマス報道という幻想にとりついているからこうなる。だんだん新聞が読まれなくなるのは自然の勢いで、若い人がネットですませるのは理解できることである。雑誌や単行本(最近はテーマ別新書)を参考にして考えるしかないというのが現状である。
2009/08/21
18日、メルマガで有名な松山真之助さんの生まれ故郷を訪ねる。17歳年上のお兄さんである善之助さんと12歳年上のお姉さんである井上鋭子さんが美濃太田の駅で迎えてくださった。うなぎ屋さんで昼食をごちそうになり、いろいろ取材する。真之助さんは遅く生まれた末っ子のため、とても可愛がられたという。とくにお爺さんから可愛がられた。お父さんは飛騨の大工の棟梁、お兄さんは農業機械のエンジニアで数々の機械の開発をされ、今も現役である。一家はだいたい技術系であるが、真之助さんは岐阜の高校、大学を出て、名大の大学院で電子工学を学ぶ。日航に入る前は大学の文系の教員になられる気持ちもあったという。有名な国定公園の飛水峡を見に行く。あたりはうっそうと檜林に覆われた急峻な山に囲まれた国定公園地域の中に岩を抉ったすごい峡谷をエメラルドグリーンの奔流が白い刃を岩にぶつけていた。2億年前の奔流の渦が抉ったという大小の甌穴が至る所にあり、観物である。そこから遠くない七宗町に真之助さんが生まれ育った実家があった。山に囲まれたなかに開けた典型的な日本の里山。後ろは山、前は低い棚田が開け、一面の黄緑。200軒ほどの家々がある。すぐそばに苔むした感じのお寺や神社があり、6月は蛍が光の線を描き、秋になると、赤トンボが空を舞う。山山が赤、黄の錦に覆われる。真之助さんが4キロ先の小学校の分校まで通った山道はうっそうとした檜に覆われた崖が迫り、奥入瀬を思わせる渓流が続く。肺の底までオゾンが入り込む。こんな童謡の世界を思わせる環境に真之助さんは育った。善之助さんはこの村で「鐘の鳴る丘」をラジオで聞いて終戦直後を過ごし、真之助さんを連れて渓流で魚を捕ったりした。善之助さんは小学5年の時に初めて名古屋に出てあまりの別世界に驚いたという。真之助さんの個性がこのような環境とどういう因果関係にあるかは勝手に想像させてもらった。そこから100キロも先の下呂温泉まで送っていただいた。温泉にゆっくり浸かる。ああ、いのちの洗たくをした。気分が変わった。いろいろな構想も煮詰まった。ああ、いい旅をさせていただいた。真之助さん、ありがとうございました。
2009/08/19
今、「2011年 新聞・テレビ消滅」佐々木俊尚(文春新書)を読んでいるが、うすうす感じていたことを裏書きしてくれるような内容でおどろきである。この本の中でグーグの及川卓也氏は媒体を「コンテンツ」「コンテナ」「コンベア」の3つに分けて考える方法を教えてくれたが、これはとてもよくわかる。「コンテンツ」は新聞でいえば記事、テレビでいえば番組である。これを載せている「コンテナ」は新聞は紙面、テレビはテレビ放送システム、「コンベア」は新聞は販売店や駅売り、テレビは電波、地上波とか衛星放送とかCATVである。今、新聞は部数が相当減っていて、広告収入も落ち込んでいるらしい。テレビも視聴者がいなくなって広告収入が減っていることは最近の番組の作り方やCMをみていてもわかる。これは最近の不況と云うのが原因ではなく、構造的にそうなりつつあるというのが正しい。新聞はドサッと紙の束みたいに毎朝送られてくるが、読む時間は20分もかからない。読むところが少ない。テレビは時局解説とニュース、スポーツの実況くらい。これだったらネットで間に合うと若い人たちが新聞を読まなくなる理由がわかる。このように読者や視聴者がすくなくなると、媒体の広告収入が減ってくるからなおさら媒体は立ち行かなくなる。紙媒体は絶対なくならないと思うが、発行部数が減ってくると、どうなるかである。やがて新聞やテレビはインターネットとか携帯に移ってゆく運命を感じる。今、頼りになるのは、信頼できる著者の単行本である。こちらのほうも読者が本を買わなくなるとどうなるか。著者は発表の場を印税なしのブログ゙などで行うようになるかもしれない。しかし、われわれは優れたコンテンツを求める気持ちには変わりはない。それで問題は優れたコンテンツを載せるコンテナが何になり、それをわれわれはどういうコンベアで入手するかだ。武者陵司氏から近著「日本株大復活」(PHP)の贈呈を受けた。武者氏はご自身で楽観論者といわれているが、あげているデータも信憑性があり、こういう本は読んで楽しいわけである。アメリカの大不況の立ち直りが予想以上に早いのは、やはりヘリコプターからドルをまく大作戦がきいてきたからだろう。それとともに、不況の真っ最中だというのに相変わらず民主党の選挙騒ぎにうつつを抜かしていたアングロサクソンという民族の性格が多いに関係していると思う。こんどは今が底値だと見たらぞろぞろ買いだすというたくましさは日本人の想像を超えるものがある。
2009/08/16
早く選挙がこないかと待ち遠しい.今度の選挙で落ちてほしい人は、65歳以上の議員歴20年以上の与党の人。バブルのころまでの成功体験からなんら変化していないからである。20年も議員をやっていながら大した働きもしなかった人は、もうやめてほしい。議員期間は最長20年にするべきであろう。国の禄を食んでいながら、官僚政治の欠陥も、天下りも、予算の無駄遣いもチェックできなかった人は不要である。それから世襲議員は貧しい人、困った人にたいする同情心が薄く、まるで親の家業をつぐかのような安易な態度になるから、これもいなくなってほしい。裁判員制度で求刑が少し重くなったことがわかった。普通の人は、被害者に同情し、正義感を発揮するからそうなるのは自然である。これまでは法曹界の人たちの間で「妥当な」相場みたいなものがあって、こういう罪ならこのくらいだろうという慣習があったが、これからは裁判員は毎回顔触れが変わるから、そういう相場みたいなものは発生しなくなるだろう。司法で始まったこの制度をかわきりに、これからあらゆる審議会などでも識者とかコメンテーターみたいな人たちだけでなく、一般の人をかならず加えるべきである。私は本作りプロジェクトで40代前後の人を取材していて感じるのは、世の中には頭のよい人はいつの時代にもいるが、頭の良さを生かすフィールドが時代と環境によって異なるのだなあということを実感した。強く感じたのは、今の日本はあまりにも年長世代がスペースをいつまでも独占してゆづらないのでアメリカのように変化が起こりにくいという現実である。政権交代したならば、こんどは大新聞やテレビが変わって、若くて有能な人達に活動の場を広げるべきである。ネットのブログだけでなく、いろいろな媒体に若い人たちの意見がもっと紙面に反映してくれば、世の中の空気がすこしづつ変わってくる。
2009/08/14
一昨日、5日、すごく有能な人を取材した。その人の名は久米繊維工業の社長、久米信行氏。ちゃきちゃきの下町育ちの江戸っ子だから話が実に面白い。よどみなくいくらでも出てくる。Tシャツの製造販売が本業であるが、いろいろ斬新な図案をTシャツにプリントしてネットでえ販売して業績を伸ばしている。このビジネスのほかに、若い人たちを伸ばすための生き方の方法を説いた本がベストセラーになっている。一語一語、自分が汗を流してつかんできた言葉であるから、ジ-ンとくる。この通りやれば、若い人はかならず伸びるだろう。この人は所を得れば今の10倍くらいの仕事ができる人であろう。私は70代後半であるが、10歳下、20歳下、30歳下の人の考えがだんだんわかるようになった。私のような昭和ヒトケタは戦争の被害をまともに受けたから、テーマは焼跡、貧乏、反戦、帝国主義反対、祖国復興だった。団塊の世代くらいまでは共通していると思う。したがって、世の中を変えるためには政治だという観念が先にくる。ところが、40歳代以下は、人生テーマが違っている。戦争を知らない世代だから、戦争反対といってもピンとこないであろう。では彼らのテーマは何であるかというと、文学作品を読むと、家庭崩壊、DV、孤独、いじめ、挫折、資本主義の非人間性、最近は下流志向、などがテーマである。彼らは政治には絶望しているのか、信用していないのか、政治的変革という言葉はあまり出てこない。私らのような昭和ヒトケタや大正末期組、団塊の世代まではそれでもいい思いをした。戦後ゼロからスタートし、高度成長、バブルで潤った。打倒資本主義だった人間がいつの間にか資本主義にどっぷりつかって会社人間になった。資本主義最盛期の恩恵を受けて高級官僚か大会社の重役くらいまでいった人は一億円くらいの財産を築いている。しかし資本主義が低成長になって、年功序列制度が崩壊し、下流志向になると、職を得ること自体が難しくなり、ものすごい生存競争になった。今の40歳代以下の人はまともにこういう時代に放り込まれてしまった。そこで彼らが生きるために何をテーマにするかというと、How to live 人生いかに生きるかでなくて、How to get いかに収入を稼ぐかということになるのではないか。そのための方法としては自分の能力を伸ばすしかない。ちょっとでも隙間を見つけてそこに自分の出路を見つけて、あざといまでに自分の能力を差別化しようとする。ビジネス本を見ても、私らの世代は組織が中心テーマだったが、今では個人の能力が中心テーマである。bヒジネス本ははこういう若者のニーズにこたえている本が多い。今の世の中は中高年の既得権層の支配が頑強であるから、そのウイークポイントをねらおうとするとネットとかミュージック、芸能、マンガ、エンタメなどである。このあたりから若い人たちの能力がやがて爆発してくるのではないか。
2009/08/07
この前、グーグル的子供の夢として、日本にいる完全失業者(たまたまいま仕事がないというのではなく、仕事が永久にありつけそうにない人たち)を救済するために、中国に行って住むか、日本のある地域に中国並みの物価超激安地域を人工的に作ってそこに住まわせる案を書いたが、中国からも日本で農作業時給300円くらいでもいいとやってくる人が後を絶たない。日本で3年くらい働いて200万か300万円貯めて帰れば、向こうで豪邸に住めるという話だ。どうして日本と中国がこうも物価水準がちがうのか。やはり土地だとか、人件費の高さがずっと日本の物価を押し上げてきて今日に至ったとしかいいようがない。こういう物価が10倍もちがう格差現象は戦争直後の日本とアメリカとの間でもあった。それで日本人でアメリカに流れた人が多い。もっというと、朝鮮戦争のとき、アメリカ軍兵士の死体処理のアルバイトのうわさがあった。グアムとか済州島かどこかで秘密に行われていたらしい。一日10万円。これを嗅ぎつけた私の学生時代の友人が八方探して、一攫千金を夢見たが、とうとうわからずじまいだった。やがて、そういうアルバイトをした人間はアメリカ軍の秘密を握ってしまうから、そのうちに自分も死体になってしまうという噂で沙汰やみになった。それくらい金が入るとなったら、人間は顔色が変わる。しかし、戦前の話をすると、天津や上海は東京の物価の2倍半くらいしたから、日本から中国に出稼ぎに行って金をためて日本で土地を買うということが実際にあった。今と逆である。なぜ向こうが高かったかと云うと、向こうは工業生産物がなく、ほとんど輸入していたから。モノ不足で物価が高かったわけである。そこで、中国からくる人にはもっと時給を上げて、たくさん来てもらって、日本人がいやがる仕事をしてもらって、金を貯めて帰ってもらう。向こうで小金持ちを増やせば、向こうの経済成長になるかもしれない。その代わり、日本で最低の年金暮しの人を住まわせてもらう。こういう人はブラブラしないで向こうで何かを教える。中国では日本の商品の品質の良さが評価されてよく売れている。ローテクで十分である。あるいはteki 日本語を教える。こういうバーターをすればいいと思う。
2009/08/04
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