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2011年を最後として2021年現在に至るまで約10年の大まかな出来事は下記のとおりである11~19年 様々な調理系の職場を転々とする17年 交際相手を訴訟する18年 IT系サービスの個人事業を立ち上げる19年 結婚する20年 プログラマーに転職する 子供が生まれる21年 ITの会社法人を設立して代表取締役に就任する 現在に至る若かりし頃の思い出を想うとふと湿った鼻笑いに釣られて僅かに上がった口角には羞恥心が宿る思い出はややともすると脳に湿疹を生み出して苦しめにかかってくるだがそれは時間という鎮静剤の力をもってして収まりを見せた一連の反応を認めて「若かった」の一言にすべてを遣り込めるように大きな一息を吐き下した過去の料理の道の求道者として若かった私からすると比較すると今は心が擦れてしまったのかもしれない何かを得るには何かを犠牲にする必要がある求道の祈りを手放すという犠牲に得られた結論は「飲食業界はビジネスプランとして破綻している」ということであるその結論は業界を続ける毎にHow much?と頭の中で残響の音を絶えず響かせたこの音こそが求道者としての終わりと商人としての新たな始まりを告げることとなる商人としての視点から動いた結果私は事業を立ち上げることもできたある程度の結果を得られたのは事実かもしれない傍目から見れば成功したと言えるのかもしれないしかしこれは事実として運が良かっただけに過ぎない再現性は一切ないよく成功者を教祖として祀り上げ「成功の再現」を現世利益として信者に唄っている体験談やサロンを私は宗教と同一視している知識を広げる教えや成功するための教えについては概ね合理性もあるので取り入れるのは概ね良いことだと思うしかしながら「成功への再現性」について唄う性質が強まれば強まるほどペテンの臭気は比例して高まるなぜなら成功とは本人の努力でどうにかなる性質ではないからだ成功とは社会情勢、関係者の状況、運など様々な複合的要因が揃って成しえるものだそれらは個人の力で干渉は不可能であるまた本人努力の範囲として見られがちな能力ですら向き不向き、幼少期の教育の下地、努力の才能、後天的環境要因が大きく関わってくる統計学と遺伝学などの科学の光の下に成功の正体は白日の下に晒されているそのようなユーザーの心理を読んでなのか教義批判を回避するための施策なのか今の教義のトレンドはさも尤もらしい妥当性のある知識をを並べる事のみである続く
2021年12月13日
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飲食界はサービス残業と夢に心折られた若者によって成り立つ業界である専門学校を卒業後三年以内に他業種に移るものが九割にのぼるこの業界それを知ってなお業界で勝ち残っていける実力と自信に私は満ち溢れていた其れほどまで事実料理に傾けた時間や熱意は抜きん出ていたのである実家を離れホテルの厨房に働き始めた私は僅か一ヶ月の間に様々な黄塵にあてられ神経を狂わされ心療内科への通院を余儀なくされるそこにいたるまでの経緯に私は一つの選択の間違いもないと今でも思う調理師の道を目指し専門学校へ通い就職先を自分で見つけ自分の手で正社員となった全ては自分で選択して勝ち取ってきた道である自分の覚悟をもって歩んできた道である全ては自業自得と言い聞かせながら私はこの人生を歩んできたしかしながら今私は調理師として続けて行く力を失いつつあるのが現状である私の勤める会社は飲食業界の中でもトップクラスのシェアを誇る上場企業である給料も業界から見れば高いし社会保障もある今の私の置かれている立場に神経を弱らせるような社会的待遇に不満は無いサービス残業や休日出勤などはあるが私はそれについてはさほど圧迫を感じないしかし精神面特にイデオロギーを屈さねばならない環境に私は大きな壁を感じる企業の教育というのは概ね科学的で論理的な教育である私の勤めている会社も表向きそのような方針ではあるが実際は違うようにしか私には思えないまず内定が決まった私をまず待ち受けていたのは1週間あまりの宿泊研修であるそこで会社の考え方、会社が望む社員像を徹底的に叩き込まれるのだがこれが殆ど精神的軍事演習のようなものなのである250人あまりの若者が9時から20時まで閉塞的な密室で講義を受ける換気はなく息苦しい感覚が数十時間続き新入社員は背もたれを使わずに背筋を伸ばし緊張を張り詰め続けなければならないうとうととしたり欠伸など以ての外で疲れからか眠りかけたと者等その場で吊るし上げを食らう毎回感想や反省を発表せねばならないため頭を常に働かせなければまた発表の場で言葉に窮することになる窮すれば無論つるし上げである講義内容は概ね自己啓発を徹底させることである自己啓発は私の好きな言葉であり、今まで心がけてきたことなので違和感を感じることは無かったが数十時間も何日にもわたってそれを求められると後半のほうでは吐き気すらもよおしてくるそれほどまでに体育系のやり方を会社は徹頭徹尾貫く食事はというと栄養バランスなど全く考えていない献立でたんぱく質と炭水化物しか並ばなかったその為みるみる皆の食欲は衰えた私も随分その一週間で体重を落としたしかしそんな不満を言えるような環境、立場では無論無い最終日には意識をなくし救急車で運ばれた者があったのを記憶しているがどうにか私は持ちこたえ研修を終わらせたこれも社員としてほんの少しの間だけ辛抱する期間と私は言い聞かせながら私はどうにかその場をすごす事ができたしかし配属先に移ってからの私の暮らしも決して明るいものではなったこの施設は当たりだから。そう語る私の総合教育係の上司3日ほど施設案内及び周辺観光をして周囲の環境に慣れさせるためであろう会社の思惑に私は素直に配慮を嬉しく感じた周辺観光を終え和食厨房に配属となった私慣れない仕事に熱心に取り組む私だがとある先輩から私はパワハラを受けることとなる礼儀礼節を私に徹底的に仕込むと私に初日に宣言した先輩はお前はもう教えないと3週間後そう宣言すると私の挨拶に返事をしなくなり私がミスをするといいよ。お前やる気無いもん。えらいもんでやらなくていいやる気も無いのにあやあらなくていいよといい顔を合わせれば唐突に何だお前偉そうにと私に冷罵を浴びせるようになる私がいえ、頑張りますので、悪いところがあれば直しますのでどこが悪いか教えてくださいというと悉く無視である私自身何度も悪いところや言葉遣いなどを自己分析してみたがやはりまるでわからない今まで注意を受けたことは数多とあるがそれらは全て悪いところや直すべきところを説明しての注意であるしかしながら今回は違う理由を聞いても答えては貰えずただただ冷罵を浴びせられ暗い未来を突きつけられるのみであるそんな中別件で他の上司がいいか、先輩や上司が黒といったら白いものも黒くなるのだ調理師の世界は上の人間が絶対なんだと私に説い事があったそれは先輩からのパワハラについて直接的に言及したわけではないがここでは私に対するパワハラもこの職場では容認されてしまうのではないのかとまた裏を返せばその論理では目上の者は部下に対して如何なる言動も許され力の弱いものは常に目上の者のご機嫌取りを余儀なくされるということとなる私のイデオロギーである他人に優しい、弱者の味方という考え方ではなく半ば弱いものいじめを容認する考えに私は合わせなければならないのかと考えると自身のイデオロギーに踏み絵のごとく足を下ろさなければならない心持がした実際のところ上司はただ単に言うことを素直に聞き入れて新しいやり方に慣れなさいという程度のことを誇張して言っただけなのかもしれないしかしパワハラを受けて精神的余裕の無かった私はものすごい勢いで黒く染まる未来を見たように私は半ば将来を絶望視した精神的に追い詰められた私は震える手足と纏まらない思考をなんとか持ちこたえさせながら仕事をする事となるしかし理由も言わずに浴びせられる冷罵に私は何をどうすればいいのか分からなくなりとうとう精神が混乱しだした食欲は減衰し何度も頭の中を転職してプログラマーという言葉が過っては就職難、ワーキングプワー、根性なし、今までの努力は?という言葉が同時に沸いて私の退路を塞いだ夜は輾転反側の末三時間ほどしか眠れなくなった頭を抱え込みたいほどの何かが潜むと何をしたいではなくただ辛いという言葉だけが意味もなく巡った読書も何もかも手につかづ休日は名状し難い心境を声にならない声で独り小さな箱の片隅呻くばかりである斯様にして心身共に衰勢した私は親の勧めで心療内科へ踵を引きずることとなるペーパーテストとカウンセリングの結果鬱病と診断された私BMI数値(身長と体重のバランスを示す指数22が平均で18.5以下はやせ)は16.5同時に血液検査で性脂肪濃度やコレステロール値が低く軽い栄養失調状態であるとも告げられた精神安定剤に睡眠導入剤を処方すると医師は会社を辞めるように勧めた診断結果を両親に話すと医師同様に退社を勧め友人も学校の恩師も職場の同僚も皆口を揃えたしかし上司は違った辛いことなどここを辞めたからといって他でも幾らでもあるこのまま逃げ出しても必ずまた失敗するそう説得されると私はそれに乗せられそうになった会社を辞めよるよう周りから説得されたときと同じようにそうして自信が最も縁遠いと自負していた状態を上司に指摘される「無定見」(特定の考えや思想を持たず他人の意見にすぐ流される状態)物心ついた頃から料理の道を志した私はいつからか夏目漱石こころ作中のKと自身とを重ねた精神的に向上心の無いものは馬鹿だと言い聞かせ求道者のごとく寸暇を割いて飲食店でのバイトや茶道の稽古をして精進してきた道の先に必ず輝かしい未来があるのだと盲進しきた私は過去を振り返ってまた未来の道を見て混乱し出したそうした過去を持つ私が私はたった一ヶ月でこうも変ってしまうのかと否人は弱るとこんなにも無力になってしまうのかと自身の非力か人間の非力かを判然としない両方を嘆いたそうしてKの最後が私の頭を過った「覚悟なら無いこともない」
2011年05月31日
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その眩しさに私は背押されたのかもしれない私は一つの結論に行き当たるもう人を好きになるのは止めようと私はつまらない人間である興味をもって接してきた人が居たとしても私には相手の寂しさを埋め合わせるだけの力が無いその空虚を感じれば飽いてしまうそうしていずれ居なくなるつまらない人間である私が誰かを好きになってもまたその逆でも私は苦しい私は前にも増して人を好きになる力がなくなりまた好きになるという心が恐ろしくなったまるで恋が罪悪であるかのように感じられる私は恋という罪を前にして足が竦み逃げ出したくなるならば望むのは止めて私は一人で生きていこう最愛の人という大きな支えがなくとも自分で生きられる力をもとう弥子と断交した日から私はそう考え初めていた私が弥子と最後に連絡をとった時「また会うときは」と言って弥子に再会を仄めかしたがそれは欺瞞だ私は弥子に頼る人が全く居なくならない限り一生会うつもりはないなぜなら私は弥子に対して何も望んではいないからだ感謝、激励、慰め、謝罪、批判、愚痴、反論弥子或いは浩之が口にするであろう全ての言葉に私は聞く耳をもってはいない二人の前から私は永訣の別れをしたのだと思われていたい弥子は浩之と歩む道を選んだ私は選ばれまなかった「敗北者」それが事実だそんな私が二人で選んだ道に対してあれこれ言う権利もなければ自由もない意味も無いだがせめて最後に一度だけこれからの二人で歩む険しい道その道を進む糧を盛り込んで手紙を書いた二人から死んだ人間でありたいと望む私にとって最後に書いた手紙は遺書或いは輸血であるだから二人が順風満帆に道を歩み結婚式に招待されたとしても亡霊である私は式に出席する気は無い例え式に行き姿を見た所で私自身がいかに寂しい人間であるかを再認しにいくようなものである不毛だ弥子はよく私の幸福を願う言葉を口にした特に弥子は恋人と過ごす幸福を願ってくれていた私はその度に心遣いを嬉しくも感じていたが同時にその願いが決して叶わない事を苦く感じていた弥子は私に誕生日を聞くと「誕生日は何かお祝いさせてください」とにこやかに言った誕生日の日まで私は貴女とは居られない…私はその時運命を悟っていたが「ありがとう」と返すきりだったもし自身の心を偽り続けたらもし想いを隠し通していたら私は少なくとも誕生日を待望していただろうそうして優しさと温もりを感じられたであろうそれが真に幸せといえるのか…私は苦く笑いながら19歳となった
2009年12月18日
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私の出した結論それは批判をした書き込みついての結論ばかりでなく私のイデオロギーの主軸を構成する思想でもある論私は愛とは必ずしも相手が望む事をする事でないと考えている相手の幸せ、成長の為に尽くす行動が愛情であると考えている例え相手に受け入れらず嫌われようともその人へ幸せの為に善行をする事も愛情の一つではないだろうか人はそれを独善的であると批判するだろうしかし私は愛情には独善的な面もあるのではないかと考えている独善的という言葉は「独り善がりな善行」という意味で一般的に良い意味を含まないしかし愛情において独善的という状態が必ずしも悪いとは限らないと私は思う親子における愛情を例にあげて考えると親が子に対して独善的である状況はよくある事である具体的にいうと親が勉強を全くせずに遊び呆けている子に「勉強をしなさい」と叱りつけた時の事を考えてみる親は子に対して勉強をする事が将来の幸せに繋がると独自に考えて叱るしかし勉強をしたくない子は親の忠告を快く受け取らないだろうこれも独善的という状態は成立しているといえるしかし親が子に勉強をするように言うことが間違った事なのか?私はそうは思わない子供に疎ましがられようとも子供の将来の為勉強をさせる事が親の愛情だそれと同じように私がしたことも浩之や弥子を想ってした事だ勿論それだけが私の愛情の形ではない一つの面というだけの話である またそれは世界でたった一人私という人間が独自に生み出した思想でありそれが絶対的に正しい考え方というわけではないだからその考え方について今回の書き込みのように愛の形やアイデンティティを批判するのは自由であるしかし大前提としてこの世に完璧に正しい普遍の論理、思想はない特に愛の形は人それぞれ違うもので世界に一つの絶対的に正しい愛の形はない現存しているだけでも愛の形は68億通りあるでは人は何と比較して正論というのか?おそらく殆どの人間は自分の考えるイデオロギーを正論と位置付け大枠から外れているか否かで判断するのではないだろうかしかし何度も繰り返すが相手の「独自の思想」を批判するのもまた同じように自分の「独自の思想」である事を忘れてはならないどちらも絶対的に正しいという保証がない独自の思想からくる論理だどちらが正しいのか議論する時にはその点を踏まえるべきだまた事柄に対する知識や明確な問題点の提起そしてそれに対する具体的な問題解決方法それらがなければ相手には伝わりにくいそれはただ終わらせるだけの「否定」でしかないそこには成長も何もない今回私が今まで弥子や浩之に対してしてきた事を独善的で幼稚な思慮だという見解、意見があったが私はその意見に対してアクションを起こそうとは思わないそれは書き込みに具体的な問題提起と解決策が書かれていなかったからだとか私の考え方について否定的な意見だから蔑んで無視をしているからでも人には人の考え方があるので他を受け入れる必要がないと馬耳東風している訳でもないただ返す言葉がない返す必要がないから反応しないだけだ選択の際広い視野を得る為には他者の意見に耳を傾け見方を変えたり判断材料として取り入れる事が必要だ今回浩之や弥子との件で様々な決断を迫られたが私はひとりで考えるのではなく数人の友人の意見を取り入れながら決断してきた私の中では自身の思想や決断を正しいと思っているしかしそれは皆が賛同する絶対的な正しさでない正しさは世に数多の人間がいる限り数多の正しさが存在するのだ今回の書き込みについても私は一つの思想、考え方、として在り方、存在について認めているだが私がそこに正しさを見いだすかどうかはまた別の話だ今私は書き込みが有意義なものであると感じているなぜなら人は自己の思想を人に伝え自己のイデオロギーを軸として生きているのだその意味で書き込みをした人は生きているといえる己のない人が居るとすればそれは死んでいる事と同意だ一言も交わさない行き交う人々に何も感じないように自身の思想も意見も何も伝えない人は相手の意識の中に色深い自分は居ないそれは実質認識の中で動く人形のように映っている相手にとって自分が「色の濃い人間」として生きているという認識それはその人独自のイデオロギーを軸とした言動を受け取って形作られるのだ人は自分以外のイデオロギーや自我に触れる事で他者を理解しその上で受け入れる心を持ち他人と共存し進歩しているのだ時には受け入れられず争う事もあるだろうがそれは己を持ち生きているからこそ生まれるのだ付和雷同の人形のような人間ばかりで争いのない世界は死んでいるしかし己がある限り違いがある限り争いは終わらない生きるという事を私は自身の好く道に進んでいく事であると考えているだが好く道を誰もが叶えられる訳でもないその道を進む際誰かと争う事もあるだろうそうしてどこかで誰かが傷付くのだ誰もが争わない世界は有り得ない結論に近付くほど世界が理想にはならないのだと悟らされるしかしそれでも人は生きていく相手の意識の中で自分が生きているという状況は「伝える」という行動により認識できるその意味で書き込みは非常に素晴らしい生の現れだ私にはそんな色の濃い生が眩しい
2009年12月18日
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最終電車の車窓から眺める空はいつもよりも低かった天を隠すように蓋をした黒雲は朝方から土砂降りの雨を降らせボツボツとあたりを鳴らしていた困憊の色を深く双眸に浮かべて席に体を埋める私目的の駅まではおよそ20分眠るには僅かすぎる半端な時間に人は考え事をしたり意味もなく様々な思い出を反芻したりする それは誰しもある事であろう私の場合それは常の事で最終電車の車内ではいつも考え事をして帰宅するのが日々の日課である今日も毎度版をおしたよう意味もなく思い出を想起するこのような天気の日はあの日の事を思い出すいや・・正確にはより色深く思い出す毎日のように反芻する「土砂降りの日の記憶」記憶を思い出すのを止めようとしても考えないことを意識することは考えている事と同意だ私は考え事をする度にどんなに足掻いても思考は一周してその記憶に行き当たってしまうその記憶が心の中で常に薄靄を感じさせる記憶も土砂降りの雨と一緒に流れてしまえばどんなに都合がいいだろうか私は窓越しに投げ掛けるしかし分かっている幾らこの雨が強く降り頻ろうとも心にある靄は晴れず流れずそこにあり続ける事を小さく鼻で一息つくと私は屈託した思考を紛らわせる為車窓越しの風景を見渡すしかし鉛色の空がより夜の闇を際立たせて眺める事すら叶わない僅かに見える景色は茫漠とした闇の中から街灯の灯りの粒がポツポツと通り過ぎるばかり車窓にボトボトと音を立てながら落ちる雨粒景色に重さなって私の双眸は濡れた車窓に写された 土砂降りの日の記憶ある土砂降りの日私はその日手紙を書き終えた宛名に弥子と書かれた手紙を私は満足気に手に取り眺め大きく伸びをしたのち関節をポキポキと鳴らした久しく文字を書いていない私は書くという行為に随分と疲労を感じていた私は首を左右に傾けながら書き終えた手紙を見直す並べられた文字はどれも筆圧の強い癖のある字ばかりで分かりやすく書いたつもりの文章もどこか体裁が悪い便箋を見直す私は劣等感よりも驚愕の色を深く感じていたしかし全く読めないほど汚い字、間違った文法ではない大切なのは外見より内容と本質である自分の無能は棚に上げエゴイズムで溜飲を下げて私は便箋を封筒へと差し込んだ手紙の宛名は弥子弥子に対して手紙を書く事にしたのには私が浩之に対して送ったメールの意味を(詳細は過去のブログを詳細)弥子も浩之も理解していない事を知った為である私のしてきたことを水泡させたくないまた弥子や浩之のこれからの道の為どうしても私の想いを知っていておいてほしい私はそんな願いを伝えるため手紙を書いた私が今まで言えなかった事をこれからの弥子の為、浩之の為に贈る言葉を記した手紙の前半の内容は「 手紙を書く理由と今の心境」と 「私が浩之に送ったメールの真意、理由答えについて」初めそれらを書く前に私がメールを送るまでの経緯を具体的に書こうかと思ったがそれはしなかったそれは文書として手紙で書くと異常に長い文書になりかねないと危惧したのが要因の一つだが一番の理由は手紙よりブログを見せる方が相手に深く伝わりやすいであろうと考えたからだこのブログを書くとき私は常に自身の心を鮮明に映し出した鏡を作る心持で描いているそんな私の等身大の心を伝えるという意で最適であると私は考えたしかし伝えるといい意で適切でもその部分弥子や浩之に対する気持ちは私が二人に最も見せたくなかった所でもあったそれでも「ブログを見せる」「答えを見せる」伝えるという事は自身の腹を引き裂く事噴き出す血しぶきと共に心の臓を弥子に見せると言う事と同意だった噴き出す私の心の血潮を弥子が啜り新たな血肉として宿る保証はないだというのに自身で腹を突き刺そうとする私手紙を通じて腹に内包された血をしぶきを相手の顔に浴びせようとする恐怖不安もし「報わない」という結果であったら?腹を切る恐怖より何よりもそれが恐ろしくてたまらなかったしかし私は手紙にブログのURL書いたそうしなければ私が伝わらないと思ったからだ手紙の後半は「今まで、そしてこれからの浩之と弥子が歩んでいく道について」愛していると発言しているというのに具体的な問題解決をしない浩之に対して感じた矛盾点と憤りについて真面目に愛しているのなら責務を果たし行動しなければならないと苦言を呈し自分自身の愛の形を見つけそれを貫いて欲しいと書いたつまりは説教である説教をするほど私は優れた人間ではないのだが今までの浩之の言動や未来の二人の道を考えるとどうしても私は口を尖らせずにはいられなかった私は最後に弥子に手紙を浩之に見せさせるか否かを選択させるようにしたそれはもし私の書いた手紙が、想いが愚かであると弥子が判断した場合私の批判めいた手紙を見せた所で浩之は立場的にも私の言葉を受け入れる事は出来ない為二人して凝り固まった思考にしかなれないならば浩之には見せない方が良いと考えた もし弥子が私の手紙が少しでも有意義であると判断すれば手紙を理解すべく考える また私を認める訳にはいかない浩之にも私の弁を理解するよう少しでも説くであろうと考えた 私は私と弥子の共通の友人に手紙を託し様子を見守る事にした それから約2週間後ブログに二件の書き込みがあった 要略して書くと愛とは双方向的なもので主のしている事は幼稚な想いの押し付けである もっと相手の気持ちを考えるべきだと書いてあったまた1日のアクセス数が10も満たないこのブログのアクセスがその日は1500ほどになっていた誰からの書き込みなのか?個人を特定するほどネットは詳しくないので未だに書いた本人の名前すら私はしらないタイミングを考えると浩之又は弥子あるいわ両者が書いた可能性も考えられる書き込みだがもしそうだとするなら私はこの書き込みを嬉しく思う大前提として浩之は弥子の彼氏という立場上私の存在を認める訳にはいかないまた私がいかに核心を突いてもそれを浩之が認める訳にはいかない立場だそんな浩之が私の「弥子の為に努力せよ」という説教に対して反発するのは当然の事だその反発心はどこからくるのか?それは浩之の弥子に対する想いの高さプライドからくると考える 弥子という存在を尊重するプライドが高い所にあればあるほどその反発心は強くなる それだけプライドが高ければこの先弥子を手放す事はないその意味合いだけを考えれば未来が明るく感じられたしかしプライドがあるのは浩之だけではない 私自身も今まで弥子にしてきた事や浩之に対するメールも自分の中でプライドとして高い所にある 書き込みが全くの他人と仮定して例えば「日記の全てを見ないまま一部を見ただけで全てを判断した視野の狭い意見」や「自論が完璧だと信じ、他の論理を認めない考え方」 又は「心理を悟り、全てを見抜く人物の尊い教育」いずれにしても私が最も誇る事を否定されるのは人格を否定されるのと同意といえる 感受性豊かな私は一時異常なまでにその事について気をもんだ今となっては若気の至りであると笑える事であるそう笑えるのは今一つの結論を見出したからこそであると私は断言する
2009年12月18日
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今から数年前京都の一流和食料理屋を舞台としたドラマがあった名前はもう忘れてしまったのでここには書かないがその中のドラマで自分にとっては印象的なシーンがある親方と弟子二人が市場で青菜を買い物をする場面で親方が「いいか」「こうやって虫が食べた穴のある野菜の方が」「農薬が使われてないから安全なんだ」と言い弟子たちが「なるほど」と言った様子で聞き入るシーンがあった虫の食べた穴がある野菜=安全という内容のものこの言葉は以前にも家庭科の先生からも聞かされた事がある「虫の穴が開いていない野菜は恐ろしい」「虫すらも食べない野菜を食べるのは危険だ」と生徒たちに熱のこもった言い様で警鐘を鳴らしていたのは中学も高校も同じだったしかしこの上記の発言に俺は大きな疑問を感じるなぜそう感じるのか?それを説明するにはまず農薬の使われ方から説明せねばならないそもそも農薬とはどのようにして利用されているか?「予め野菜に農薬をかけその野菜を虫が食べると死ぬ」と思われがちだがそれは大きな間違いだ正しくは「虫が野菜を食べている最中を見計らい」「直接農薬かけ駆除する」のだ日本は農薬の使用基準が非常に厳しく食べただけで死ぬような強力な農薬は一切使用できない種類にもよるが農薬とは虫が活動している時間帯を狙って散布するのが一般的である直接農薬を浴びた虫だけが死ぬというのが農薬の効果だそのタイミングが外れればいくら農薬をかけても効果は薄い穴が開いている野菜について虫の穴が開いている野菜=安全と言う意見は間違いである確かに毎日のように何度も農薬を散布し続ければその論理は正しいと言えるが実際の所農家は何度も農薬を散布するほど財政的に豊かではない指定された毒力の弱い農薬を上手に散布し使用回数をなるべく抑え農薬による費用を抑えなければならないのが概ねどの農家にもいえる現状だそこで一回の農薬の散布でいかに効果的に害虫を駆除するかが課題となる散布する方法や散布する時間帯工夫や農薬を浴びにくい葉の裏に付いた虫にまで効率よくできるようにするための工夫など様々な工夫を尽くして野菜を育てているその工夫の善し悪しで同じ農薬の散布回数でも虫に食べられる野菜の量も違ってくる工夫が甘ければ何度も農薬を散布しても虫の穴だらけの野菜が出来努力が実を結べば少ない農薬でも虫の穴がほとんどない野菜が出来るこのような理由により虫の穴がない野菜=農薬が強いという事は一概に言えないと言う訳だまた葉物の野菜は特に言えることだが収穫の際にも穴のあいた部分は手作業で可能な限り除いて綺麗な状態にしてから市場に出荷している見た目の悪い穴のあいた野菜は加工用として工場などに出荷されるそうした経路により市場に見た目の良い野菜が並ぶという仕組みだそれらの経緯を知らずに野菜に穴が開いていない=農薬を沢山使用している=安全ではないと解釈をするのは不適切であるでは次に「どこで農薬の使用についての頻度を見分けるか?」という疑問がでてくる日本の作物は農薬の使用基準が非常に厳しい為農薬を使用していたとしても非常に毒量は弱い出回っている野菜は国産であれば100%と断言できるほど安全である更に安全性を追求するならば「低農薬製法」又は「無農薬野菜」などとラベルのしてある野菜を選べばまず間違いないと言えるだろうしかしだからといって全ての日本の国民全員が100%全ての食事に安全な国産を取り入れる事は出来ないやはり国産の商品は高いまた日本の食料自給率は50%も満たない為日本の食は外国から食料を取り入れられなければ成り立たないなぜそうなったのか?日本が抱える食に関しての問題はどう解決していくべきなのか?食に精通するはずの者も間違った認識がある虫の穴のない野菜虫の穴のある野菜問題は表面的な推測や薄い知識ではいつまでも問題は解決しない
2009年09月13日
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数ヶ月前の駅前で「お願いします」と道行く人にそう繰り返しながら何かを配っている集団に出くわした何気なくその横を通り過ぎると集団のうちの一人から一枚のチラシを渡されたとある宗教の勧誘の広告そこには「神に許しを請えば」「あなたの罪は全て許され」「再びこの世によみがえる事が出来るのです」と書かれていた俺は家庭の事情から根本的に宗教が嫌いな人間だがそれを信じている人に対して偏見は無いしかし広告に書かかれていた文言「神に許しを請えば罪が許される」という点のみについて俺は大きく疑問を感じる具体的に言うならば罪に対して必要な事は罰は勿論だがその人の痛みを知ることまた周りの人間に永遠と続くであろう呪縛痛みを知ることも必要だと俺は考えるそして許されたとするならばまた許されるという痛みを知ることである神と言う不確かな存在に対して縋る事ではない今宗教のチラシに書いてある「罪」について書いたがそれは「神を信じれば罪は全て許される」という文言についてのみの批評である先ほど書いた文書は「罪」に対する一人の人間の考え方の一つでしかない今書いた「罪」に対する思想は自分独自の考え方でしかないからだ特に今回の「罪」に対する解釈は答えの定まっていない哲学である俺の書いた先ほどの思想もそれが「正論」であると断言するのは思想の押し付けというものであるまた宗教の「罪」に対して考え方について自分は全てを理解している訳ではないそうだというのに直ぐに全面的に悪いと判断するのは頑迷というものだどんな思想にも事象にも人には人の考え方があるそれに対して賛成するのも反対するのも人の自由だしかし全ての事象には理由がある真意があるまずその事について理由を考え真意を見極める事が必要だ具体的にはまずその件について理由を深く理解する事原因そして結果に至るまでの数多の要因を知る事また「物事には絶対的な答え」がないという事それらをふまえ具体的な問題提起と改善の為の案を提示して批評しなければならない人それぞれどのような考え方をしてどのような道を選ぼうと自由だが少なくとも自分はそのような考え方の中でこれからも歩んでいきたい
2009年08月08日
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バイト先の先輩と人生について話していた時「君の両親は生きているかい?」と唐突に聞かれた事がある先輩は私が「あぁ両方とも元気ですよ」と答えるのを聞いた瞬間「じゃあ君は十分幸せだ」と含んだ笑い共に即答した私は一瞬眉を潜ませて「なぜそう言い切れるのですか?」と聞くと先輩は「親が居ない悲しみや辛さは相当大きい」「親がいるだけ十分幸せ者だ」と私に対して答えた私は少し不機嫌になって口を開く「確かに親が居ない痛みは大きいと思いますが」「親が居ないという痛みだけが全ての痛みでは無いですよ」「親が居ないという痛みの他にも大きな痛みは数多とありますし」「親が居ても不幸な人は幾らでもいますよ」と私は外見では平静だが心の中で興奮しながら話していた普段あまり感情の起伏のない私が内から燃え上がるようにそう口にしたのは今までの経験から得られた教訓と思想が先輩の考えに反発して瞬間的に溢れだしたからなのかそれに対して先輩はどう答えたのか覚えていないが結局会話は何かの拍子にそこで終わってしまいその場では全てを言うことは出来なかった「痛みとは何なのか?」私は今まで多くの痛みを経験してきたしかしながら今まで自分の身内が死んだり未来への道が完全に潰えたりという事はまだ無いし例えあったとしても痛みの感じ方は人それぞれであるのでこれが一番の痛みだという事は断言できないが少なくとも自分が経験してきた中での大きな痛みは「信じている人、愛している人に裏切られたとき」と「愛が報われなかったとき」である私にとって愛とはその人に嫌な事をして恨まれようがその人の成長と幸せの為に捧げる事であると考えている前回このブログに書いた書いた浩之へのメールはそんな愛の形の一つであるそのメールで私は最後に「このメール弥子に見せないで欲しい」と書いたが浩之それを破り浩之は弥子にメールを見せていたらしいどういう意図がありメールを見せたのか?詳しい理由は本人に聞いてみない限り分かる訳もないのだが少なくとも要望に答えないというのは悲しい前回も書いたが浩之に贈ったメールは浩之がそのメールの本質を理解しそして弥子を守れるだけの強い人間へと成長して欲しいという意図があった上辺の促すだけの優しい言葉では浸透しない優しさだけでは浩之を完全には成長させる事が出来ない嘘も脅しも裏切りも時には必要なのだそれが間違いだとは思わないしかしながら浩之が私の意図について一度に理解するのは出来ないであろうと予測はしていただからその時は理解出来ないとしても「弥子の為に頑張らなければ」「また俺は弥子をつかもうとする」と脅す事により浩之に切迫感と使命感を与え「弥子をより大切にしよう」と思わせるように葉っぱをかけたつもりでいたそうしていずれ浩之が弥子の為に本当の意味で尽くすようになったときには私の贈ったメールが成長の糧となっているであろうと未来を願っていたしかしそれは要望通り浩之がメールを見せなかった場合にのみ成り立つものであり浩之が弥子にメールを見せた時点で私の意図は根本からほぼ崩壊したと言っても過言では無くなる浩之には成長の為一人で考え決断して欲しかったのだが「弥子に見せない」という事について破った時点から浩之一人ではなく弥子と二人でその意図を考える事になってしまうまた弥子が浩之を愛しているという事実がある限り「奪おうとする男」である私に対して弥子はどんなに困った時でも私を頼れなくなるまた弥子自身に私という人間を奪おうとする男であると注意させることにより浩之自身が奪われないようにと緊張感や切迫感を持つ必要が無くなり弥子の為により努力することをしなくなってしまうどのような意図で浩之は弥子にメールを見せたか分からないが浩之は弥子にメールを見せたという事実から私の「成長して欲しい」という意図を全く理解していないという事を露呈しているなう言い切れるのは少しでも本質を理解していればメールを弥子に見せるはずが無いからだそう断言しても頑迷ではないであろうなぜ見せたのか?浩之にもそれなりの理由があるのではないのかと視野の広い見方をしたいが「裏切られた」と強く心に印象のある私はどうしても浩之という男が浅薄な男に見えて仕方なくなってくる裏切られた想いについては希望的観測を考えると今の時点で「無駄であった」と断言は出来ないが「無駄になる可能性が高い」と言える愛が報われなかったときというのはとてもとても悲しいものだある人は言う「そんなに傷付く思いばかりするのなら」「人を愛さなければいい」「そうすれば心は傷つかない」と確かにそうすれば言う通り傷つかず心労絶えない日々から解放されるであろう私自身そうした方がどんなに救われるだろうかと思うしかし今まで経験してきた数多の「痛み」から私は「愛情を持って接しなければならない」という呪縛がいつの間にかついて回るようになっていた痛みが人に優しくしろと命じ浩之にメールを贈らせるよう動かす優しさが故にそんな傷付く方面へ行くのなら今すぐ逃げ出してがどの方面かへ切って出ようと思い立つや否や恐ろしい力がどこからか出て来て私の心をぐいと握り締めて少しも動けないようにする「優しさ」「愛情」というのはそれを捧げたからと言って決して本人が幸せになるとは限らないまたそれが相手に伝わり報われるとは限らない大概は「独りよがりだ」と笑われる程度だ勿論それが伝わり良い方面へと行く場合も十分あり得るがそれがたまたま運がなかっただけなのかそれとも自身の無能が祟ったが故の必然なのか今までの人生の中で報われた事はほとんどない私自身その道が茨の道であると感じているのだがそれでもその道へと心が進ませようとして止まない痛みが心を支配して止まない不器用なのかそれとも
2009年07月19日
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明日は七夕願い事を短冊に書き竹に吊るし星に祈る日本独自の日俺は願い事を祈ることをあまりしない人間なのでまた七夕などの行事についてあまり興味が無かっためかその存在すらおぼろげであったそんな俺に七夕の存在を思い出させたのはバイト先の玄関に立てかけられた一本の笹竹であるバイト先では最近経営不振を打破すべく7月の売り上げが落ち込むころ合いに七夕に願い事を書いたらビール又はソフトドリンクを無料にするというキャンペーンを開催していた内心では果たして効果が得られるのだろうか?と心配しながらも笹竹を見上げていると「君も何か願い事を書きなさい」と上司に言われ短冊を渡された「願い事」を書けと言われた瞬間は一瞬戸惑ったが願い・・・欲するもの・・と頭の中で呟いた時すぐに一つの願いが浮かんだ俺は大きな確信と共に大きく強い意志を込めてペンを握り書きだした「心の安らぎが欲しい」とそれが一番欲しい何よりも欲するものだ今までの寂寞と悲愴に満ちた俺の人生にもたった一つでいい心の安らぎが欲しいそれさえあれば俺はこれから先未来永久に絶対幸福を感じられるであろうと・・・だから俺はそう願ったもしこの願いが光の速さで織姫星と彦星であるベガとアルタイルに届くとするならば俺の願いがアルタイルに届くまで少なくとも16年掛かる計算になるベガに至っては更にその9年先の25年だ祈る事によって本当に叶うとしてもアルタイルにその願いが届くまで少なくとも16年初めから当てにしていないとはいえ俺は少し絶望したそしてこれからも寂寞と痛みの未来であるならば俺は果たして願いがアルタイルへ届くまで居られるのであろうかと俺は思わずくしゃみをした
2009年07月06日
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人はそれを迂遠な愛情であると言うだろうそしてそれに対して胸を張って私はそれが私の愛情の形でありそれが私であると断言する誰もがそうかもしれないが人は自分に起こった経験又は知りえた数多の情報によって自分の思想をまた自分自身を築き上げていく私もその一人であり人から見れば迂遠な愛情である私の思想も私がこの18年間生きてきた証しでもあり誇りでもある私はその思想に従って生きてきたまたこれからも生きて行くのであろう今から2カ月ほど前私は友人の浩之に対して(浩之の件に関しては「スイートビターチョコ」参照)おそらくそれをきっかけに絶交となってしまうであろうほどに手厳しいメールを贈った「君にとっての邪魔者であり負け犬だよ」「きっと俺のメールなんて見たくもないと思っているかもしれないけど」「最後だろうから聞いて」「弥子から直接聞いたか分からないけど」「弥子は精神科の先生に良くない精神状態にあると診断されたんだ」「知ってたかい?」「実は凄く怒っているんだよ」「君が支える筈の弥子が」「そんなにも追い込まれてる中君は一体何をしてきたんだい?」「具体的にどう弥子の問題解決の為動いたんだい?」「そして何が解決できたんだい?」「俺は君より弥子を愛してるつもりだ」「しかし弥子が君を選んだ以上弥子を支えていくのは君しかいない」「ハッキリ言って心配だ」「弥子の為に努力しなきゃ、俺はまた弥子を掴もうとするから覚悟してね」追伸「このメールは弥子には言わないで欲しい」恋は香に似ていると私は思う嗅いだ瞬間の優雅で甘美な感覚と新鮮感にその瞬間は酔うがしばらくするとそれに慣れてしまいそのうち酔いが薄れてくる言うなれば彼はそんな慣れのうちにあったのではないかと私は思うどんなに激情的な愛情もいずれ新鮮感を失う彼はただそれだけの事であったそれはまた当然の事でもあるしかしながらその酔いの絶頂にあった当時の私は浩之に対して嫉妬と疑念の念を抱く事になる実際の所私は彼が一途に弥子を愛している事を知っていたが私が浩之の目の前で弥子に対して動いているというのに何も具体的な問題解決をしない様子を見るたびに彼を愚物のように見ていた何もしないというのはただ私の目から見ただけの浩之であり浩之は私の見えないところで動いていたのかもしれないそう考えた時が幾度もあるが私はそれでも先ほどのメールを彼に対して贈ったと思うそれはただ単に弥子のこれからの道を心配してという理由もあるが半分以上は浩之の為であるメールを書いている途中止めておけば現状は悪化しないと考えその度私はボタンを押す指を途中で止めてほかの事をしようとしたがその度私は何をしていてもじっとしていられなくなり何かが書くように幾度となく奮い立たせ命令してくるのだったそれは浩之に対しての愛情からなのか・・・おそらくそうなのであろう私の愛情は迂遠な愛情であり分かりやすいものではない答えを言わない私だがここにだけは答えを残す耳障りで癪に障る事を言った私は浩之から嫌われるであろう事は確信ていたそれを覚悟のうちで私はメールを贈った理由は浩之をもっと頼りがいある男に成長させたかったからであるそれが全て本人はおそらく今私を愚か者として蔑んでいるであろうしかしながらいつの日か私の贈ったメールによって少しでも浩之が成長してくれれば私は幸せであろうと思う実際の所今彼が本当はどのように私のメールを解釈しているのか分からないが私はそれでも迂遠な愛情を浩之に対して捧げたつもりだそれがいつの日か血肉に変わり浩之の全身へと駆け巡る日を信じてこれは自己満足な美談として解釈してほしくない一人の人間の思想と決断についてここに記す
2009年07月05日
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私はその男を見捨てたつもりでいた煮え汁を飲まされる思いを何度もした私はその男を猿から生まれた野蛮人であるかのように憎悪と侮蔑の対象として見ていた以前このブログで書いた「大作」という男(詳しくは「至福と喪失」参照)私はこの男に対して何の期待も持つ価値さえないと考え記憶の奥深くに葬り去っていたつもりだった後輩から大作についての話を聞くまでは大作が浮気の件について認めて加奈子に「もう二度としない」と言ったあの日からようやく半年近くが経った私は深い深い傷をようやく克服しまだ希望はあると言い聞かせながら徐々にその傷を塞いできた治癒が進んで余裕の出てきた私は外面的な言動からも周囲の人間に「あれはもうどうでもいいのだ」と言い放ち割り切った様子を見せ始めていたそんな私の様子に安心したのか数週間前後輩の一人が最近の大作の事について私に話しをしてくれた後輩は嘲笑うかのような含み笑いと共に「あぁ大作先輩また浮気紛いの事してましてねぇ・・」「新しくバイトに入った女の子3人に」「色々ちょっかいかけてましたよ」「あと他の先輩にも色々としていたようで・・」と話した私は頭より先に口が出ていた「滑稽だな」「あれは何も成長しないのか」私は低く低く声を発した瞬間的に感じたのは大作に対する失望感私はその事について不愉快に思ったがその感情を抱いたという衝撃に自分自身驚いた先ほど書いたように私が大作の事についてもし本当に「どうでもいい人間」と思っていたのならばその人が何をしようと不愉快に思ったりなど有り得ないしかしながら大作に対して失望感を覚え不愉快に感じた私は大作に対してまだ心のどこかで見捨てず期待していたのだった大作に対する「期待」私はそんな気持ちがまだあるのかと自分自身に驚愕しながらも同時にその気持ちを裏切られた事に対して失望していたのだった何度目になるか分からない裏切りと嘘もう「どうでもいい人間」であると思っていた筈だというのになぜ私は大作に対して期待をしていたのか?なぜそんな心があるのか?どこからそんな希望を思う要因を得たのか?おそらくそれは私自身が思想や自論として「人は成長し進化していく」と考えているからかいや・・寧ろ思想と言うよりも願望に近いだろう今回また裏切られた「期待」だがやはり心のどこかでまた私は大作に対して期待し続けるのであろうなぜなら大作に対して私が「期待しない」という事は大作に対して「成長しない」という諦めの意味合いを帯びてくるからで私がそれを事実として認めてしまえば自論である「人は進化し成長していく」という考え方との矛盾が私の自論を壊わしてしまうような気がしたからだ勿論実際のところは本当に極一部の人間だけが反省し成長しないだけのことであって数多の人間は成長し続けている仮に大作がその極稀な例外的な成長しない人間であったとしてもそれが元に自論が崩壊する訳ではないつまり私が大作に対して「期待」を持つ理由は自論の崩壊以外にもあるのだ自論の崩壊はその理由のうちの一つということでしかない他の理由は・・・自分の事だというのに「おそらく」という表現を使うがおそらく私は大作に対して口先では侮蔑していても心の奥深くでは大作に対して愛情を持っているから見捨てられないのか・・・・と私は自身を自己解釈するしかしそんなにも高尚な愛情を持つほど私は温かい人間である筈がないと異論を唱える心があるのも事実私はその後色々と考えを巡らせたしかし明確な答えのない問題また自分自身の事であり誰も答えを知らない問題について無理に答えを求めることが不毛であると気付いた時私は考える事を止めたそうして数週間前に友人に言われた言葉を私はふいに思い出した「お前は外面的な愛情を出さない奴だな」「遠まわしで間接的だから」「相手にとって分かりにくい愛情だな」普段友人は私に対して厳しい事を言う人間で今回の彼の言葉も批判染みた説教或いはただの客観的立場から見た感想であったかもしれないが私はその時初めてその友人に称賛された気がした私はその言葉に対して「そうか。その通りだな。」「しかしそれが俺の愛情の形だ」「その人に好かれる行動をするだけが愛ではない」「時にはその人に嫌われる事をすることも愛情だと思うな」と聞いてもない自論も付け加えて言葉を返した私同じように大作に対して言うなれば迂遠な愛情を捧げているかどうかは自分でもわからないしかしながら最終的な結論として私は一つだけ言える事があるそれはこの先もやはり「期待」をし続けて行くであろうということだ
2009年07月04日
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一時非公開中
2009年05月27日
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ショッピングを終えて弥子の親が待つ駅までの帰り道私は「少し話があるから」とコンビニに車を止めて話しやすいようシートをずらしたこれから・・・幸せが終わる私は自分の中で弾けそうなものを堪えるようにしながら数秒目を瞑るそうして目をゆっくりと明けると私は口を開いた「ちょいと手出してくれないかい?」といつもと変わらないよう私は平静をなんとか繕って言った「あっはい!」突然の要望に何の意図があるのか?と戸惑いながらも両の手を私の前にだす弥子私は弥子の左手を手に取ると「ちょっといいかい」と言って薬指にある指輪を外した少し高い彼女の体温が手から伝わる指輪をなくした弥子の手を私は両の手で包み込む「弥子・・」そう言って弥子の瞳を見る私「弥子・・俺は・・」弥子も私の言葉を理解したのか穏やかに「はい」と私の言葉に返すその続きを言い掛けて私は一瞬言葉が詰まったそれはこの幸せを手放したくないという臆病な心からの最後の抵抗なのかもしれない今ならまだ間に合う振られることなど目に見えているのだから言わない方が良い言わなければ傷つかない甘い言葉が頭を過ぎる確かにそうなのかもしれないしかし私は私は「真っ直ぐな愛を貫きたい」私は半秒目を閉じ再び開いて「俺は弥子が好き」「世界の誰よりも」弥子はゆっくりと「はい」と返事をすると私は言葉を続けた「今までいろいろな事情を考えて言えなかったけど」「俺は浩之より弥子を愛してるつもり」「こんな事いっても何の意味もないのかもしれないけど」「ただ俺は弥子に真っ直ぐな想いを届けたくてね」と弥子は言葉に詰まりながらも「なんて言葉にしたら分からないですけど」「嬉しいです」「もし今倦怠期なら別れて付き合うことになるかもしれませんが」「なんていったらいいのか・・あー!」と突然のことだ無理もないかもしれない彼女は言葉を紡ぎ出せないほどに動揺した様子だったその後弥子と私は数分ほど話をする私の予想外の言葉にことに驚いたらしく混乱しているのでもう少し時間が欲しいという弥子私は了承しながらも「振られるのが後回しになっただけだ」と客観的に自分の立場を冷ややかに皮肉ったポツポツと落ちてはワイパーにより左右へとさらわれていく雨粒フロントガラスを左右するワイパーを見詰める私ぼやっとする意識の中弥子の居ない助手席を横目で見た私は静かに「ばかだな・・」と呟いたそして次の日の朝浩之を選ぶ事ともう二人では会えない事大まかにその二つが書かれた弥子からのメールがきた予想通りの結末に私は一人「やはりな・・・」と無機質な笑みを浮かべて鼻笑いをした結末が分かっていたとはいえ叶わないと報われないと分かっていて愛し続けた結果がこれだ衝撃で世界が止まってしまうかのような喪失感を感じたがだからといって喚いたり暴れたところで現状が変わるという事はありえない大きく深呼吸をして冷静な判断へと自分を導かせるおそらく決断した弥子もきっと辛かったのだろうと私は「自分のことは気にしなくて良い」「決断してくれてありがとう」「それよりこれから心療内科の診断についてどうしていくのか?」と聞いた弥子からの返信によると浩之が行くと宣言したという私は「ようやくか・・」と思いながらも1年半もの間弥子に具体的な問題解決のため何もしてこなかった浩之が果たしてこの先やっていけるのであろうか?と心配したしかし弥子が浩之との道を選んだ以上私は何も言うことは出来なかったその日私は最後に弥子と電話をすることになる自分の提案で私は弥子のデーターを全て消すことにした実際のところそれは身を引き裂かれるような決断であったが私は自分自身の信念に従ったそこで浩之の話を耳にする弥子曰く私の告白について浩之は怒っているという話を耳にした私は内心で弥子に想いを伝える権利すらも浩之は奪おうというのかと元を辿れば浩之がしっかりと弥子を守っていればこのような状況は生まれなかっただろうと・・・思うだけで私は「そうか・・」と低く生返事をしたきりであったまた弥子は私に「なぜ浩之より愛しているのだと言い切れるのか?」と聞いた私は逆に「なぜ浩之に愛されていると思うのか?」聞きたかったが私は浩之が弥子の為に全く尽くしていないという訳ではない事を知っていた浩之とデートをしたりメールをするだけでも弥子は随分と幸せな気分になっていたであろうとまた私の知らない所で浩之も陰ながら弥子の為に尽くしているであろうと思っていた正しくはそう願っていただが弥子を好きだというのならば診療所や相談施設になぜ相談しないのかと・・弥子は浩之名義の携帯を買い渡されているらしく私はその携帯を見るたびにそのお金があるならばなぜ診療所へ連れて行かないのか?という疑問も感じていた携帯よりもそちらの方が重要な筈ではないのかと・・・その携帯は弥子に買い与えたものではなく浩之自身の為に買ったのではないのか?と私は常々思っていたしかしながらそうやって核心を抉りだして弥子の愛する浩之を責め立てて弥子を困らせる事を私はしなかったただ「なぜそう言い切れるのか?」という問いに私は「どれだけ愛しているかなんて数値化できないんだから」「逆に私より浩之の方が愛しているかなんて証明できないでしょう」「ただ気持ちだけは負けていないつもりというんだ」と曖昧な返事をしたきりだったそれから数十分話を続けた弥子は常に私に対して申し訳なさそうにしていた私からすれば弥子の決断は考えた上での事で何一つ弥子は悪くないのだから・・・とそんな弥子に対して私は「次の恋も探してみるよ」と嘘をついた実際のところはそんな気は毛頭なかったのだが弥子をこれ以上心配させる訳にはいかない内心で自身に「随分嘘をつくようになったのだな」と言い不器用で不恰好だからなと苦笑いでそれに返した最後弥子は「本当に今までありがとうございました」「私の中で先輩はただの優しい先輩ではなく」「もっと特別な存在で・・・」「先輩の愛情と優しさは本物のものでしたよ」と言い私はぐっと溢れ出す何かを堪えながら「ありがとう」「次に会った時にはお互い楽しい話をしよう」と無意識のうちに口にして「それじゃあ・・・」「さようなら」「さようなら」と互いに電話を切ったそれから数日後私は浩之にメールを送る件名:最後のメールやあ君にとっての邪魔者であり負け犬だよ。きっと俺のメールなんて見たくもないと思っているかもしれないけど最後だろうから聞いて弥子から直接聞いたか分からないけど弥子は精神科の先生に良くない精神状態にあると診断されたんだ。知ってたかい?実は凄く怒っているんだよ。君が支える筈の弥子がそんなにも追い込まれてる中君は一体何をしてきたんだい?具体的にどう弥子の問題解決の為動いたんだい?そして何が解決できたんだい?俺は君より弥子を愛してるつもりだ。しかし弥子が君を選んだ以上弥子を支えていくのは君しかいない。ハッキリ言って心配だ。弥子の為に努力しなきゃ、俺はまた弥子を掴もうとするから覚悟してね。追伸このメールは弥子には言わないで欲しい。返信は無かった言い返せないからなのか?それともただ単にメール自体を読んでいないだけなのか?妄言であると無視しているのか?それとも他のもっと違う理由なのか?私には分からなかったがやるべき事はやったのだ悔いは無いそれでも私はその後何もかもを無くしたかのような喪失感とやはりあれは自分勝手な想いの押しつけで・・言うべきではなかったのか・・・という自分を責め立てる気持ちが心を黒く覆う時があったが今現時点の私は決断についてやはり間違っていなかったと思う私は生まれ変わったとしても何度でも同じ道を選ぶ
2009年05月24日
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それから約1か月弥子とともにありたいと願う心は日に日に大きくなりそれらを自分は無視できない事を痛感するそうして同時に悩むようになる言う事により弥子は辛い思いをするかもしれない・・・それは果たして完全に良い行いであると言い切れるのか?いや・・しかしそれはただの逃げか?自分自身に弥子にも嘘を付き続けて偽りの仮面を被って弥子に接していく事が果たして正しいと言えるのか?私は友人の助言や自分の気持ちに整理をつけ考えた上で「正直に告白する」と決めた自分自身が振られることは分かっている傷つくことはそれ以上に悟っていたしかしそんな事は揺らぐ要因としては非常に薄いものとして感じられたただ私は自分を偽り続ける事に嫌気がさしたのだそれは自分が想い描く愛情の形ではないのではない今まで苦悩していた私は偽ることのない真っ直ぐな愛情を捧げたかっただけなのかもしれない数日後霧雨が少し冷たい風に靡きながら当たり一面を舞う道弥子と歩くおそらく最後の日いや最後の日と断言できるだろう診療所での診察を済ませた私と弥子は予め予約しておいたフレンチレストランへと行くことにしたジャズが流れる洒落た隠れ家的なレストランネットの情報によると星つきのレストランで修行したシェフが手がける本格フレンチらしい雨のせいもあるのか落ち着いた品の良い店内には私と弥子以外には誰も居なかった弥子は店内を見渡し私の顔を何度か窺うように見た後「本当に良いんですか?」と少し驚いたように口を開いた内心で私は「これが二人で食べる最後の食事だからね・・」と内に秘めて口にはしなかったただ私は小さく微笑み「勿論」「まぁこういうところもたまにはいいでしょ!」と返した弥子は私に「本当にいつもありがとうございます」「いつか恩は返しますので・・その」などと言葉にするが私はその言葉を遮るように「俺は礼や見返りを期待してやっているのではないのだから」「もう何も言わないの!」と言い弥子の口を封じるそれでも弥子は「でも・・」「でも・・それじゃあ悪いから・・」と言ってその先を口にしようとする私は2・3秒目を閉じた後ゆっくりと見開いて遮るように口を開く「それじゃあ弥子は人にとびきり優しい人間になってよ」「それが俺の願いだからそうしてくれてらありがたいかな」とそこには自分の言った言葉だというのに自分でも意味の分からない僅かに切ない何かがあった私の言葉には弥子は返事をするともう一度礼を言ったが私は微笑むだけで言葉を返さなかった食事を済ませた後「浩之にプレゼントを買いたい」という弥子の要望から助手席に弥子を乗せて近くのショッピングモールへと車を走らせた「良いお店でしたね」と頬を上気させ感想を語る弥子私はまだ慣れない運転に若干緊張しながらも「そうだね・・また行こうか」と「また」がない事を知って嘘をついたそんな嘘に対する僅かな罪悪感を乗せて車を走らせる私数分後助手席でいつの間にか眠る弥子ふと目に入ってきた薬指に光るシンプルなシルバーの指輪に私はハンドルに爪を立てて小さく奥歯をギリギリと合わせたそんな事も知るわけもなく幸せそうに眠る弥子その横顔を見て小さく微笑んだ私はいつもよりゆっくりと車を走らせた心臓がドクンと音を立てて全身へと命を運ぶその瞬間目頭と喉の辺りが急にもやもやと痛み出してきた隣で眠る弥子を乗せ車は進み時は優しく流れるこんなふうに思ったのはいつぶりだろうか?こんなに優しい時間は他にあるのだろうか?こんな時間がいつまでも続けばいいそう心から願ったが・・・・この幸せはもうすぐ終わる私の隣で幸せそうに眠る弥子はもうこれが最後になる今ここにあるこの幸せは今日で最後になる私は弥子に聞こえないよう小さくため息をついてゆっくりとゆっくりと車を走らせた
2009年05月23日
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その後に着いた先の心療内科で受けた心理テストの結果はあまり良いものではなかった暗い面持ちの弥子は支払いを済ませた私に「本当にすいません」「何から何までしていただいて・・」と沈んだ声で話した私は少しトーンを和らげながら「謝らないの」「俺は愛してるからこそやっているのだし」「これからゆっくり改善していこう」とを弥子を勇気づけたそれに対して弥子は「でも10割負担ってお金かなりかかりますよ・・」と言ったが私には金銭的問題などどうでも良かったそれはただ単に私が18歳の割には小金持ちだったためもあるが高校生活いや私にとってはバイト生活といえるだろうか・・無意味に貯まる貯金に半ば惨めな想いがあったからだ他にもあまり良い恋愛をしてこなかった私は誰かの為特に愛する人へお金を使えないことへの惨めな思いが心の奥深くに根付いているからなのか・・私は正直に「今までバイトしてこれでも小金持ちだから」「金銭的な問題は気にしなくていい」「だからどうか気にしないで」と返したがそれでも弥子は申し訳なさそうな面持ちであった申し訳ない顔をするのは私の方なのだがね・・と弥子と同じような顔を私は心の中で作った父親として失格の私はそうしてこれくらいのことは当然せねばならないという想いを秘めた私は柔らかく微笑んで弥子の頭にそっと手を乗せる「きにしないの」そう再び言って軽くポンポンと撫ぜた心の奥深くではドラマや思慮の浅いどこかの映画のように「俺が守るから」と言って抱きしめてしまいたいという衝動もあったがそれは許されないことであったそれはただ単に弥子に相思相愛の浩之という存在があるだけではないそれ以上に私の思いを伝えてしまえば弥子はこの改善への道を閉ざしてしまうことになりかねないという危惧があったこの想いを口にすれば私は確実に振られる事は分かっていた浩之と相思相愛の中弥子は好意を持っている事を分かっている男と理由はともあれ二人きりで会うことなど出来るわけがないそれは事実上私だけが頼りとなっている心療内科への通院が出来なくなるという事をさす状況はこれから改善されていくだろうというのに自分の想いを伝える事はそれらを蔑ろにしかねないのではないかと・・私は馬鹿になれないしかし一方でこれはただ単に傷つく事を恐れる臆病な言い訳ではないのか?このまま弥子の前で自分を隠し続けることが果たして正しいのか?その時の私は苦悩先の答えは見つけられなかった
2009年05月22日
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ある晴れた日の事予約しておいた心療内科初検診の日弥子と行く診療所への道で私は自ら考え決意し志した「父親」になることが自分には出来ない事を痛感したそれはただ単に経済力、社会的責任能力、地位など18歳の私にはどうしよもできない所からではなくもっと重要で根本的なものが私には欠けていたのだったそれは「無償の愛」私は父親として当然といえる無償というものが無くなってしまっていたのだったいつの間にか私は「弥子の隣に居たい」「弥子から愛されたい」と願ってしまっていたのだった娘に愛されたいと望む父親はこの世にいない私は弥子の幸せの為には第一に父親としての義務を果たし志を強く持たなければならないと自分自身の想いを押し殺し戒めながらも溢れだす彼女と共にありたいという二つの矛盾した狭間の中で苦しむようになる弥子が様々な問題で苦しんでいる中彼女の幸せの為には想いを押し殺し父親としてあるのが最善ではないのか?と・・・しかしそれはただ単に臆病な心からくる詭弁で自分はただ傷つくことを恐れているだけなのか?分からない分からないそんな事を考えながら行く診療所までの道のりしかし今間違いなく言えるのは「愛されたい」と少しでも願った時点で私は父親失格であるということだった列車を待つ彼女を横目に私は沈んだ口調で彼女に「気付いたんだ俺はどう頑張っても弥子の父親になれないって・・」「父親と思ってくれとか偉そうなこと言っておいて」「自分は何もできないのだと実感したよ」「ごめん」と懺悔した優しく頬を撫ぜる温かな春風私は決意したことすら叶わない人間であると自嘲癖のある私は自分の無能を弥子に披露しているかのように感じた今の私にはこの心地よく頬を撫ぜる春風すらも冷ややかな侮蔑が混じった鼻笑いのように感じられた沈む私の急な話に彼女は少し戸惑いながらも「そんなに謝らなくてもいいですよ」「何があったかは知りませんが」「あの時そう言ってくれただけでも凄く嬉しかったんですし」「先輩はよく私の為にしてきていますから」「そう気をおとすことありませんよ」と私を励ましたがそれでも私は内心で決意を貫けられない自分自身を自嘲した私は「俺は自分の中にある心の罪を許さない人間でね」「とにかくごめんね」と話した突然の事に理解する方が無理であろう口篭る弥子に私は「でも今まで尽くしてきた優しさは」「純粋に一途なものであると言うことは」「分かってほしいかな」と伝えた以前弥子は戸惑ったようすを見せながらも「はい」と静かに答えた
2009年05月21日
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私はその時決意した彼女の為に父親として演じることが彼女の幸福に繋がるとだから私は「俺を新しい父親のように思ってくれ」と彼女に言ったのだった本心の本心本質的なものは哀れみからか?優しさを捧ぐ事が出来ているつもりの自分への自己陶酔からか?そんなことはどうでもいいその時はただ「その人に捧ぐ最高の優しさの形」を貫いたつもりだった4か月ほど前のこと家庭環境において悩みを抱えていた後輩の弥子(仮名)は私に相談をもちかけてきた前からあまり良いことは聞かなかったのだが弥子が語る家庭環境は想像を絶するものだったその時だ「俺を新しい父親と思ってくれ」と言ったのは家族愛に乏しい彼女には「新しい父親」という絶対無比な優しさをもった存在が必要ではないのかと・・・だから私は決断したのだった薄っぺらな上辺だけの優しさではなく本当の意味で深い父親のような優しさが何よりも大切であるのだとその後私は父親としての義務を果たすため弥子に尽くしていくことになるそのうちの一つで問題解決と彼女の傷を癒すためには専門のカウンセラーに相談することが最善であるという結論に私は達したつまり心療内科への通院弥子には相思相愛の彼氏がいる名前は浩之(無論仮名)一年半近く付き合っておりそんな二人ならば浩之が引き受けた方が適任であろうと私はその事を頼むと浩之は「構わない」といってその時は引き受けたくれたしかしいざ行くときになって浩之は弥子に「心療内科に行ったところで治るとは限らない」「そのような所に頼らず、俺がなんとかする」「俺が変えていく」と心療内科に行くことを拒んだらしい弥子は金銭的に余裕がない為また家庭の事情ということもあり保健書を使えなかった為弥子は誰かに「お金を出してもらわなければ通院できない」という非常に弱い立場にあったそんな中での浩之の言葉にNOと言えるわけもなく結局行けず終いになってしまっていたことをしばらくして私は知ることになる弥子に対して「自分がなんとかする」というのならばなぜ私が心療内科の事について提案した時点で反対しなかったのか?また具体的に弥子の問題解決の為にに浩之は何を解決できているのか?私にはまるで分からなかった浩之の対応に憤りを感じながらもしかしながら彼には彼のやり方があり浩之なりに弥子の為に愛をささげているのだと思い私は批判を口にはしなかったしかしだからといって心療内科への通院なしに問題解決には繋がらないと考える私は弥子に「費用は全て俺がもつから心療内科に行こう」と提案することにした控えめで遠慮がちな弥子は私の提案に「お金も時間もかかるのに申し訳ない」「そんなにして貰うのは悪い」と申し出を断ったが私はそう言われるであろう事を初めから分かっていた「金銭や時間などそんなことはどうでもいい」「行かないと何も始まらない」「問題解決はやはり専門の人のアドバイスを聞いたほうがいい」と強引に畳み掛けるように言う私それでも遠慮する弥子に「俺は父親で娘を愛しているのだからそんな事は当たり前」「お金なんて紙切れはこの世に何億枚もあるけど」「君という存在は世界に一つ」「この地球が始まってから初めて生まれた存在なのだから」「そんなの気にしなくていい!」私は有無も言わさぬ口調で完全に言い切った普段あまり強い言い方をしない私の言葉に驚いたのだろうかしばらく口篭った弥子は「本当にいいんですか?」「私なんかのために・・・」「お金を捨てるようなものですよ?」と不安げに声を震わせた私は口角を少し上げながら「気にするな」と対照的に柔らかく口にした私は弥子に対して父親としての義務を果たすことを決意した以上これは当たり前の選択といえるがこの時から歯車は少しずつ噛み合わなくなっていく父親の愛情というのは絶対無比の「無償の愛」しかし今の自分が「父親の姿」として正しいのか?「志」「無償の愛を捧げられているのか?」という点において私は引っかかるものを感じ始めていた
2009年05月20日
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自分の性格を知る事は物事の判断基準として大切であると自動車学校の運転教本に書いてあったそれは自動車学校に入学してすぐ行われる心理テストの説明と補助解説の項目であるのだが俺はその心理テストにおいて総合結果が最低評価で「運転に向いていない」「運転する場合は非常に気をつけなければならない」と書いてあった(テストの良し悪しで何か変わるということはないらしい)その心理テストの中で「判断が遅い」「動作が遅い」と書いてあり若干意外に感じたしかしこれは自分が気付いていないだけで実際のところはそうなのかもしれないと思っていたが先生の解説曰く「結果などあまり気にしなくて良い」「外れている事がある」とのことならばなぜそのようなテストをする必要があるのか?自分には良く分からないがしかし教本にもある通り確かに物事を判断する上で自分のことを知る事は運転だけに限らず人間関係や選択の時に大切になってくると思う今日は自分と言う人間について書いておこうと思う冷静理屈っぽい現実的感情をあまり表に出さない余計な事は口にしない感情の波があまりない年下には優しい年上には嫌われやすい(特に男)口が悪い常に考えながら行動する冷淡料理・菓子作りは得意運動は不得意神・まじない・血液型占いなど確証がないもの不確かなものは信じない野心家自嘲癖がある無神論者背は低く華奢臆病考え事をする時間が多いネガティブ仲の良い人間には情が厚いがそれ以外の人間に対しては冷淡上下関係が嫌い自己実現のための努力を惜しまないが結果は伴わない詰めが甘い面倒くさがり自暴自棄になることがある恋愛ではあまり良い経験がない物の管理が悪く忘れ物が多い食べるという行為を好まない他人に興味がない心は強い方望まれない限り人の幸せのためにあまり能動的に動かない過ちを犯している人間がいても何も言わない人のする事は悪い事も基本放任主義自分のルールーがありそれに従い生きている平和主義女性には紳士的だが男には毒を吐く後輩には気さくで世話をするが同年代や年上には冷たい目つきが悪い勉強は得意でない哲学が好きと・・・・・・・書いてみたが自分はあまり明るい人間ではないと改めて書いていて思ったしかしこれはあくまで自分が思う自分の姿であり他人から見た自分はまた違うかもしれない
2009年03月31日
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今回「至福と喪失」を書いた理由はストレスの発散と出来事の整理そして今回の件において自分がどう成長できたのか?更に良い選択の方法はあったのか?を確認する為だ今回の件で俺は随分と心痛める結果になったが加奈子と会った事について後悔はしていないしむしろ出会ったことに喜びすら感じる加奈子に会わなければ傷つく事などなかったかもしれないしかし彼女と会って二人話していたあの時に確かに「幸せ」があった後の彼女には裏切りしかなかったがそれでも彼女に出会えた事で俺は結果として成長する事ができた今の彼女との出会いにより今の自分自身がある出会ったことに後悔はない話は変わるが今回「至福と喪失」において名前を出した「大作」という名前は俺が心から毛嫌いしているCMで「ふんふーふっふー」のフレーズでお馴染みの宗教団体代表I・Tからとった読者から「そうか、そうか」と聞こえてきそうな名前にしたつもりださて話はずれたが今日はこれかで起こった事を箇条書きに書いておこうと思う2月27日卒業3月4日に自動車免許を取得8日辺りからイタリア料理店でのバイトを実質サボりはじめる今日高校の定期演奏会を聞きに行くここ数日は惰眠を貪る状態が続いているしかし俺にはその状況の方が良いかもしれないとこの数年間本当に自分でもよく心が守ったと思う今はその心を休ませる期間であると詭弁を使うさてあまり今日のブログは良い出来ではないがこのへんで
2009年03月15日
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私はすぐに彼女に返事をだしたまだ加奈子の事を諦めきれていない事大作が後輩に浮気同然の卑猥なメールを送っていた事概ねこの二つを書いておいた加奈子の返信のメールには大作の浮気の事について以前から問い詰めていたらしいが「やっていない」と大作は否定し続けているそうで今回の件が初めてではないと書いてあった私は内心未だ浮気の事実を隠そうとする大作が滑稽に感じそれはきっと加奈子も思っている事なのだと私は思っていた私の気持ちについての答えは「まだ混乱しているから」「もう少し時間がほしい」との事私は「加奈子が冷静になれるまで待ってる」「まだ一度もデートしてないし」「しっかり見てしてほしい」と返し加奈子は「あまり期待しないでね」と言ったが私とデートを近々することも約束してくれたデートをしてくれるという事は私をきちんと見る意欲がある事なのだとデートをしてきちんと冷静に私を見てくれさえすれば私を選んでくれるはずだという確信が私にはあり内心で安堵の息をついた遠回りはしたもののやっと軌道に乗ってこれから着実に縮められるように感じられた私と加奈子の距離私は綿密に緻密に考えつくされたデートプランをその日から考えるようになった「大作ごときに負けるはずがないのだ」「加奈子はきちんと判断してくれるはずなのだ」と闘志を燃やす今度こそ始まる幸せの日々を手に入れるため私は何度も辺りのデートスポットを探し尽くしていたそんな日々が4日ほど続いたある日私はいつものように帰り道デートのプランを考えながら自転車を走らせていたそんな中届いた加奈子からのメール私は意気揚々と確認する「やっぱり大作と付き合う事にした」「浮気の事やっと昨日認めてくれて」「もうやらないっていってくれたから」「最後にもう一度だけ信じてみようと思うの」そこには絵文字なども使ってありいかにも私は「他人」のような存在として扱われていた結局加奈子は私の事を一度も見てはくれずあれだけ酷い事をしておいた大作を選んだのだデートも一回もせずに私と言う人間の何が分かってそんな決断をしたのだろうか・・・空を見上げたまま突っ伏す私本当に悲しいときと言うのは涙も何も出ないもので私は真っ白になりながらも湧き出てくる全ての感情悲しみ痛み絶望殺人衝動数秒間の短い間かもしれないがその瞬間は永遠のようにも感じられ私は途切れそうな理性で何とかそれらを抑えていたらしい未だただ棒立ちのまま空を見上げている私ふっと冷静になり次の瞬間「もういいや」と自分に言い聞かせたしかしもし私の理性があと少し弱くその場に大作や加奈子が居れば私は確実に殺人犯になっていただろうあの日の夜のように心に差し込まれた剣がギリギリと音を立てて抉っていく感覚私は深く深呼吸をして気持ちを落ち着かせ「言いたい事は色々あるけど」「もう何も言う事はないよ」「さようなら」と加奈子にメールを送り軽くペダルを漕ぎ出したパリパリと枯葉を踏んで音を鳴らしていくタイヤゆっくりと過ぎ去っていく風景の中これまでの出来事が走馬灯のように蘇る今にも溢れだしてしまいそうな何かが表面張力でギリギリの所で留まっている私は零れ出してしまわないようにとそれを心配しながら悶えているきっとその緊張が途切れたとき何かが耐え切れずに溢れ出してしまった瞬間私は私ではなくなるのではないかと思う私は表情一つ変えずに大きく深呼吸をしたその後私は学校で大作に会うたびにまた自動車学校で加奈子に会うたびに前にも増して酷く心が抉られるように痛むようになった「さようなら」と言ったあの日から今まで大作が浮気をしているという話は聞かなかったがそれ以外は何一つ改善していなかった改善させようとする姿勢すらなかった向上心のないものは愚かしいと思っている私はそんな大作の姿勢に苛立ちを感じながらもそんな大作に負けたという事実から毎日のように苦しむようになった人には忘れるという便利な機能があるが深い傷を負い毎日のように大作に会わなければならないという環境の中私は忘れたくても忘れられない状態にあった毎日のように「大作以下」という事実が脳裏に浮かんだそして卒業式の日私は最後に何も知らずに悠々と加奈子といる大作を本能のまま殴ってしまおうかと思ったが結局私は何も言わなかったそれが私にとっての最初で最後の反撃殴る事で加奈子と私の事を言う事で大作にしろ加奈子にしろが成長するチャンスを与えてしまう彼らが「人の痛みが分かる人間」になってしまうのを私は恐れたのだおそらく本当に菩薩のように優しい人間ならば言って二人を成長させたのであろうが私はここまで苦しまされた人間に優しさを捧げるほど優しい人間ではない「言わない」私が一矢報いるために出した決断二人がこの先先も付き合い続け結婚しようが子供ができようが私にはもう関係のない話だがいつか二人が人の痛みを分かる大人へと成長出来る日が来るのだろうか?終わり
2009年03月07日
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次の日から私は学校に行く事が頗る嫌いになっていた私と大作はクラスが同じなので嫌でも彼と顔を合わせなくてはならないのだしかも大作はこの件について知らないらしく普段どおりに接してくる大作の顔を見るたびに私はこの男以下なのかとその度に煮え汁を飲まされるおもいをしていたそんな日々が一週間ほど続いたある日私が可愛がっていた後輩が大作から迷惑なメールを送られて困っているという話を耳にしたその後輩には相思相愛の彼氏も居て大作はその事も知っているようなのでいくら大作でもそんな野暮な真似はしないであろうと初めはそこまで気に留めていなかったのだが友人の勧めにより話を聞き実際に送られてきたメールを見ると私は瞬間的に殺意すら沸いたメールで明らかに嫌がる後輩に大作は「セフ レになってくれ」「抱いて欲しい」「Hがだめならせめてキスくらいさせて」と・・・・・・・私の想像を遥かに超えた卑猥な内容後輩も困っているようで大作と言う男は私の神経をどれだけ逆撫でにすれば気が済むのかと憤りを感じながらもそれ以上にこんな男と付き合っている加奈子が不憫でたまらなかった加奈子が選んだ道なのだから自業自得だという考え方もあるかもしれないが私はその時も加奈子が好きで諦めきれずにいた未練たらしいといえばそうかもしれないが・・・「酷過ぎる」私がそのメールを見て思った一番の感想でありそのメールを見て言った第一声だその声は自分でも驚くほど普段より深く雷鳴のように低い声で何か感じるものがあったのか私と加奈子の件について知っている数少ない友人は「お前にまだ好きだという気持ちがあるならば」「こんな男なんかから奪い取るべきだ」とその声に返した私は「酷い。これでは大作を選んだ加奈子も可哀想過ぎるな」と決意を胸にして大作から加奈子を奪い取る事を決意する事になるその日の夜私は加奈子に何とメールをしようかと考えている中不意にメールの着信があった「加奈子」私は目を疑いながらもそのメールを確認した「こんな事言っても返事はくれないと思うけど」「今日大作と別れた」「もう二度と絶対に付き合わない」という内容のメール決意した瞬間にやってきた吉報に私は運命的なまでの追い風を感じた続く
2009年03月06日
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正式には付き合ってはいないとはいえ私は大作に加奈子を寝取られたかのように感じていた心は切っ先の鋭い短剣が突き刺さったかのように痛み解決できる気にせず今はひとまず寝よう勝てるのだから大丈夫だと自分に言い聞かせ思考を働かせるたびに突き刺さった短剣がキリキリと音を立てて差し込まれていくような感覚に襲われていたそんな中来た加奈子からのメール嫌な予感が胸を過ぎったが数秒考えた後私はメールを確認した「ごめん」そのメールはそれが出だしだったもう読まなくても分かるその続きの言葉真っ白になる思考そして半秒おいてから襲ってくる絶望感喪失感悲壮感私は無意識のうちに親指を動かしていたらしく次の文書を見てしまう事になる「やっぱり大作と付き合う事にした」これが事実結果真実私は一声もあげることなくただただその事実に愕然としたしかし傷ついたのはきっと私だけではなく決断をする加奈子自信も辛い選択だったのだろう私は「分かった」「加奈子がそうしたいのなら」「俺は何も言わないよ」「今まで言わなかったけど最後に一言だけ言わせて」「嘘つき」と返した数分後の彼女のメール「ごめん」「この事は皆に言いふらさないで欲しい」という内容私はそんな事を言いふらす人間に彼女から見られた事が何よりもショックでただひたすらに気持ちを抑える事に一杯になっていた「言いふらすような人間に加奈子に見られた事が」「一番ショックだよ」と送る私に彼女は「ごめん」と返してきたが私はもう加奈子の言葉がどうでもよくなってきていた結果的に私は大作に負けたのだこの事実は変わらないあれだけ加奈子は大作について文句を言ってきたのに私はそんな男に負けたのだ「大作以下」加奈子からそう言われたかのように受け止めてしまう私だが事実負けたのだから加奈子にとって私と言う存在は大作以下であるのだろう服のセンスもない束縛も強い浮気紛いの事もする向上心もない性格も良いとは言えない嫌がる彼女を性処理の道具のようにするそんな男に私は私は私は負けた負けた負け負け大作以下以下以下頭の中で何度も繰り返される事実私はその日一睡も出来なかった続く
2009年03月05日
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「ごめん。私は最低な女だよ。」とそこにはそれだけあった瞬間的に頭からふっと血の気が下がり真っ白になっていくのが自分でも分かるそして次の瞬間何があったのか?という疑問から様々な最悪のシナリオが湧き出てきた私は独りでに動き出しガタガタと音を発てる歯と震える全身の細胞の全てを理性で捻じ伏せて「とりあえず電話で話したい」と加奈子に返した震える親指をなんとか操作してかけた電話加奈子の第一声は「ごめん」という沈んだ声だった私は恐怖心を押し殺しその時出来る精一杯の平静を繕ったような声で何があったのかと聞いた彼女は重い口調で言葉を濁しながら話し出した「公園で別れ話を切り出したんだけど」「別れたくないって大作が言い出して」「それで結構時間が経って周りに人が少なくなってきたら」「大作が話し名がら後ろから抱き付いてきてね・・」「それで・・そういう雰囲気になっちゃって・・うん・・」絶望その言葉の意味が心から分かった気がした一瞬だった信じていた存在に裏切れた今何を信じて生きていけばいいのだろうかと私の世界は崩れてしまったといっても過言ではなかった次の言葉を言おうとするが絶句してしまい文にならない言葉にすらならない擦れて今にも消えそうな声でただ呻くように「あ・・・・・ふ・・・」「・・・・・な・・・・」と繰り返すしか出来なかった加奈子は「うん・・・ごめん・・」と言うが私には何の救いにもならなかった加奈子の言う「そういう雰囲気になって・・それで・・」というのはどういう事をしたのか?などという事は聞きたくもなかったが受話器越しの加奈子の声色から私は手に取るように分かってしまっていたのだった裏返りそうな声を咳きするふりをしながら整えて「もう分かった・・」「その話題はやめよう」と私は酷く擦れた声で言い彼女は「うん」と沈んだ声で返したその後加奈子は私に気持ちを正直に吐露してくれたのだがその気持ちは昨日の加奈子とは別人のようだった「どちらが好きなのか分からなくなった」「ごちゃごちゃで混乱してて」「少し考えさせてほしいと」と言う加奈子私はなぜなんだ?あの日言った理想のタイプなどという言葉は嘘なのか?人の気持ちを弄んで嬉しいのか?裏切られた人の気持ちはどんなに痛いものか知っているのか?と理性を忘れて怒鳴り尽くしてしまいたい衝動に駆られたがきっと加奈子も今苦しみながら悩んでいるのだろうと思い私は何も言わなかったそして何にも言わなくても必ず勝てると確信していた私は嫌がる彼女に無理やり性処理させる人間ではないし束縛の激しいタイプでもない大作に対しては私はルックスも性格も考え方も心配りも全てにおいて勝っていると自負していたその上加奈子にとって私は理想のタイプだというのだから大丈夫な筈だと私はただ「大丈夫、大丈夫、負けるはずがない」と言い聞かせ気持ちを落ち着かせた私は落ち着きを取り戻し始めた頭の中から生まれてくる皮肉の一言を言う気持ちを抑えて「分かった。」「加奈子が混乱してるのなら答えが出るまで俺は待つよ」「大作に負けるわけないと思ってるし」「俺は必ず加奈子を幸せにする自信があるから」「信じてるから」と言い加奈子はただ「うん・・分かった」と返し電話を終わらせた続く
2009年03月04日
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私と加奈子は珈琲を頼み早速話を始める加奈子は大作に対する鬱憤が溜まっていたのだろうか色々と私に話してくれた束縛の強い大作は女友達と遊ぶくらいならその時間を使ってデートをするようにと強制してきたりメールの返信をすぐにするようにと叱責したりバイトの先輩と話す事を禁止させたり未だに親に買ってきてもらっているらしいセンスのない服装について注意してもなおさなかったりほぼ毎日のように公園に突然呼び出して嫌がる彼女に性処理をさせたりと思っていた以上に状況は酷かった私はただただ「よく今まで耐えてきたね」と感想を口にした加奈子は知らないようだったので他にも私は大作が以前2人の女の子にPSPやそのソフトなどの高価な贈り物をしている事を話した加奈子はその事を知らなかったようで私が話している間顔を伏せながら悲哀に満ちた面持ちをしていたが大作の愚痴を繰り返した後「もういい!絶対に別れるからさ!」と私に宣言した私の視線と加奈子の視線がハッキリと合い一瞬沈黙が流れる数秒の沈黙の後私は口を開いた「こういう事は男から言うのが筋だと思うから」「先に言わせて貰うけど」「正直に言って加奈子の事気になってる」と加奈子は満面の笑みで「私も」と即答した互いに緩む頬勝敗は分かっていたもののやはり賭けに勝った瞬間は嬉しいものだ私と加奈子は「よかった」と安堵の息をつきながら互いの事を話した加奈子にとって私は何一つとして欠けるところない理想のタイプで完璧だと言う初めて会った花火大会の時から気になっていて「この人なら幸せになれるのだろうな」と思っていたそうだ賞賛の言葉に私は素直に「ありがとう」と返した私も加奈子に賞賛の言葉を送ったが「そんなことないよ」と恥ずかしそうにして顔を赤らめているばかりであったしかし実際まだ交流も浅くデートもしておらず互いの事を知らない二人私は近々デートをしその時に互いに告白し付き合い始めようと提案し彼女もその案に快く承諾してくれた二人で帰る帰り道肌寒そうな加奈子にブレザーを貸したのが間違いだったのか寒がりな私はこの秋風の寒さに殺意さえ感じた寒さに顔を険しくさせる私を心配したのだろうか加奈子は「やっぱり寒くない?返そうか?」と聞くが私は強がって寒くないふりをしながら「大丈夫!それより加奈子の方は大丈夫?」と返したそんな帰り道加奈子は私を賞賛する言葉を言いながら「付き合ったら絶対お互い幸せになろうね」などともう付き合うことが前提となっている話をする彼女私は有頂天になりながら「そうだね。まぁ俺は加奈子の事絶対幸せにするから安心しててよ」と返しこれから続くであろう至福の時間に胸を踊らせていたそしてきっとそう感じているのは彼女も同じ事なのだろうと私は笑顔で加奈子を見送った翌日の朝方私は加奈子からメールで起床した大作が最後にで直接会いたいと言ってきているがどうするか?という内容のメール嫌がる女性を性処理の道具にするような男と会わせたくなかった私は会わずに電話などで済ませてくれと返した一時はそれに了承してくれたがやはり直接会って別れを言いたいと言う加奈子私は正直それでも行かせたくなかったのだが付き合うことが確定しているといっても過言でもない未来の彼女の要望を無下に断るわけにもいかず人気のあるところで話す事と危ないと思ったらすぐに逃げる事を念入りに約束させ加奈子を行かせることにした私は「加奈子を信じてるから」と伝え加奈子は「絶対大丈夫だから信じてて!」と返事をしてくれた話し合いは6時には終わるとの事話し終ったらメールすると加奈子と約束をしていた私は夜の9時になってもこないメールに段々と焦りを感じていた私は滅茶苦茶に脈を打つ心臓と震える指先をを理性でなんとか落ち着けながら何度も新着メール問い合わせをした「信じてる」「信じてる」「大丈夫」と呪文のように繰り返す私9時半頃にようやく来た加奈子からのメールをすぐに確認した続く
2009年03月03日
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2月27日卒業式を終えた俺は感動もしなければ友人や後輩との別れの涙を流す事もなかった卒業式はただ「終わった」というその事実を受け止めるだけの受動的な儀式のようなものであったそれはまるで映画やテレビの映像を見ているかのような感覚で俺ただぼやっとしながら眺めていた周りのクラスメイトは半数近くの人間は泣きながら3年間の思い出を語っていたがその思い出について俺は輝きを感じる事はなかったそれはクラスや部活の諸活動についてなおざりな働きをしていたからではないしクラスメイトと喧嘩をしていたわけでもないおそら思い出に輝きを感じないのは辛苦した思い出によってそれらが掻き消されているからだと自己分析するこれまでその辛苦した思い出については周りの対人関係や書く事によって起こる悪影響を配慮して書いてこなかったが高校を卒業した自分はそれらの楔からようやく解き放たれた「今なら言える」と今は思うこれからはなぜ輝きを感じなかったのか?その理由を書こうと思う(以降自分のことを「私」と書く)今から半年前10月の文化祭終了後私は一つの恋を諦めた一年半以上思い続けてきた女性への恋を諦めた彼女を思い続けてきたその日々は出口のない迷路を彷徨ってきたかのような感覚で私が諦めかけると彼女は僅かな希望を与えその希望へと追いかけるとそこには何もないその繰り返しそんな一年半諦めると決意したのは一向に縮まらない距離に絶望したたのが一番の理由その日の私はこれまでの努力が全て無駄である事を改めて確認し自分自身で決めた事ながら喪失感を感じていただが一方でこれ以上でこの迷路で彷徨い続けなくても良いという安堵もあったこの恋を陰ながら応援してくれた加奈子(仮名)という女性がいるとある女子高の生徒で夏休みの花火大会で知り合いそこでメールアドレスを交換し私はたまに恋愛相談をしていた友人曰く加藤ローサというモデルに似ているらしいく確かに私の感覚としても美女であったしかしなぜか俺と同じクラスの冴えない男大作(仮名)と付き合っており内心私は美女と野獣であると思っていた恋を諦めた私は以前加奈子が言っていた何か進展があったときにはメールを送るようにとの会話を思い出したその時は気にも留めてなかったのだがここしばらく連絡もとっていなかったのでこれも良い機会だと諦めたとの旨のメールを送った加奈子からは今まで良く頑張ってきただとか想いが伝わらない事は残念だが次があるなどの激励のメールを貰い私は素直にそのメールに励まされたそんなやり取りをしている中唐突に加奈子は「大作が別れたいと言ってきた」とメールを送ってきた私は突然のメールに半信半疑であったがおそらくそれは彼女の方がなおさらであるのだろう私は「とりあえず落ち着いて状況を話してほしい」と返したその後何通かメールのやり取りをした曰く大作からの別れのメールについて加奈子は「一体どうしてそんな事を言い出すのか?」と送り大作は思い通りにならないからだとか毎日会えないからだとか随分と身勝手な理由を並べたてたらしいそして最終的に彼女の方から別れを切り出すと「やっぱり別れたくない」と大作は言ったそうだ随分と滅茶苦茶を言うのだなと思いながら加奈子のメールを待っていると「明日会いたい」と彼女は言い出した?私は一瞬思考が空白になったそしてその半秒後その言葉の意味を悟った彼女の会いたいはただの会いたいではない特別の意味を持ったものであるのだと畳み掛けるように「大作とは別れる」とのメール私は心臓が大きくドクンと一打ちしてそれが全身に伝わるのを感じた大きく深呼吸をした私は待ち合わせ時間と場所を約束しメールを終わらせた加奈子との約束の日の夕方私は予めキープしておいた新品のカジュアルな白のインナーと紺のシックなブレザーを羽織りワンポイントとしてネックレスをする髪型を整え口臭から爪の長さの細部に至るまで細やかなお洒落をした加奈子と会うといえこんなに気合を入れてお洒落をしたのはもう何ヶ月ぶりだろうか?そんなことを考えながら今日の日程の確認をするまずは料理部の打ち上げ会に行く事だ「打ち上げ」普通高校生の打ち上げはコンビニでお菓子を買ってきて楽しむというのが主流であるが今回料理部は文化祭の露店で荒稼ぎした多額の利益を学校には内緒で着服した本来利益は全て学校に納めなければ成らないという校則なのだが悪い事というのはばれない様にするものだ幾らでも学校を誤魔化す方法はある「もともとこのお金は自分達が稼いだお金なのだ」とでっち上げの薄っぺらい正義の名の元皆一丸となって隠蔽工作をしその結果今回は焼肉を食べに行く事ができた打ち上げ会は10時くらいまでは皆で楽しんでいこうとしていたらしいが私は加奈子と会う約束があったので途中で切り上げる旨をあらかじめ伝えておいた打ち上げのテーブル席の向かい側そこの席に大作も居たシワクシャのTシャツに色の抜けきったジーンズを履き髪はワックスも付けずヘアスタイルなど一つも気にする様子もなかった以前聞いた話では服は親に全て買ってきてもらっているらしい周りの人間は高校生にもなっていかがなものかと警告しているようだが本人曰く「買うのが面倒。興味がない。治す気もない。」だそうだいつもと変わらないその姿や考え方の大作私は内心鼻で嘲笑った自分を磨こうとしない人間は無能であるとこれから私が加奈子と会う事も知らないのだろう大作はいつものように私に話しかけてきた私は彼の話に適当に聞き流しながら内心高揚感で一杯になっていた言うなれば勝敗の分かっている勝負に多額の財産を賭けたような気分だ早く勝ち名乗りを言いたいしかし今は堪えなければならない興味のなさそうな顔をしているだろう私を他所に話を続ける大作私は加奈子との待ち合わせを今か今かと待ったその後料理部の打ち上げを途中で抜けて来た私は約束より5分ほど早く集合場所であるマクドナルドに着いたするとちょうど横断歩道を挟んで向こう側から一つの影が見えた洒落た薄いベージュのワンピースに控えめなシルバーのネックレスがよく似合う少女肩に届くぐらいの髪が秋風に静かに揺れていた徐々に近づく少女の顔を確認しながら私は思わず頬を緩め内心で「前よりお洒落で可愛いい」と感嘆の息を吐いた私は裏返りそうな声を凝らしながら「夏の花火大会以来だね。久しぶり」と加奈子を迎え彼女はいつにも増して穏やかに「うん」と返事をした続く
2009年03月02日
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ここ数年の挫折と絶望の結果一つの確信が得られた「自分にはパティシエとしての才能がない」ということ間違いない。だが人はこれを口にすると「まだ若いというのに諦めるには早すぎる」だとか「才能などというのは少しずつ伸びる物だ」と口にするそう確かに自分は未だ18歳これから数多の経験と成長をしていく18という若さでこれから伸びていくであろう未知数の能力に見切りをつけるのは愚かしいと人は思うのであろう当たり前だが・・・・・・一番の理由は才能の云々ではなくお菓子を作る事が嫌になったからだ旧アルバイト先の中学生のようなパティシエ達から受けた苛め自分の全てを捧げて努力したスイーツ甲子園での大敗いずれの事柄においてもそのとき出来る最善を尽くしたつもりだしかし現実は違うおそらくこのような消極的なことを口にすれば「結果はだめでも自分の成長になっている」という意見ももちろんあるだろうそう確かに痛みを知ったからこそ自分は優しい人間になろうと誓ったが・・・・・・・自分の努力はそのためではない手に入れたい物があったからだその意味では徒労に終ったいってもいいいや徒労に終った前文で書いた「パティシエの才能がない」というのは自己分析もあるが実際は逃避の色が濃い菓子作りにおいてのトラウマからの逃避もうこれ以上傷つきたくないという臆病な心からくる逃避だ甘えだ1年ほど前から自分は菓子作りから逃避していたそんな中だ今から1週間ほど前友人に「2000円でケーキを作ってくれ」と言われた正直な所トラウマを彷彿させてしまいそうで気が進まなかったが自分を頼ってきている友人を断りきれずフルーツケーキを作った随分と長い間作っていなかった割にはまずまずの出来映えだがこんなものは少し練習すれば誰でも作れるとそして自分より上手い人間は数多と居ると断言しようこれ以上菓子のことを書くと陰鬱なこの日記が更に悪化するであろうから今日のところはこのへんでやめておこう
2009年02月04日
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イタリア料理店にてクリスマスはバイトに出れないと宣言したのはもう2ヶ月ほど前当時自分は恋人(恋人というのは語弊があるが半ばそうであった)に裏切られた直前で痛んだ心を庇いながら確実な悪意を持って流れる日々をただ震えながら過ぎるの待つばかりであったそんな自分にとってクリスマスというイベントは自分を確実に追い込むものであるということは目に見えているわけで本来ならアルバイトという名の使い勝手の良い逃避の盾でクリスマスをやり過ごし恋人の事を思い出さないようにしながら耐えるのが一番傷つかずに済むであろうだというのにバイトを断ったのは女友達2人と俺を含む男2人とでクリスマスイブとクリスマスを海を見たりカラオケなどに行ったり楽しく過ごそうという企画があったからだ11月下旬から具体的に具体的にどこに行くのか?交通手段はどうするのか?宿泊先の予約はどうなのか?などと色々と検討していたがとある理由によりそれは中止となってしまったその時点でアルバイト先に「予定変更で働ける」と連絡をしてもよかったのだが従業員の人達特に兄弟子に「コイツは彼女にふられたからここに来ている」と思われたくなかったので余計ないことは言わないでおいた結局クリスマスは午前を自動車学校で過ごし午後からは友人とカラオケに行くなどして過ごした傍から見ればなんともむさ苦しく華の無いものであっただろうかカラオケの帰り道もうとっぷり日も暮れたというのに人通りが多いこの道人々は何を思いこのクリスマスを過ごすのだろうか・・ふと立ち止まった交差点かじかむ指先に白い吐息を吹きかけながら取り出した手袋感覚の鈍った指先を震わせながらはめようとした手が止まった手右手その柳のような手骨と皮だけの炯々とした痩せた手見つめながら拳を作り開くそしてまた拳を作り開いたそこにはやはり自分の手しかないそうだ自分にはこの手袋しか手を温める方法はない「きっと君は違うのだろうね」おそらく今頃自分ではない他の誰かを握り締めているのだろうと恋人の事を寂しくも愛しく頭の中で思ったそう・・・恋人は自分を裏切り捨てていったのだしかしなぜなのだろうか?恋人にいくら裏切られても、嘘をつかれても何があろうとその人には幸せであっていて欲しいと自分は思ってしまうのだ理由が何であろうと好きだったのだからが・・・・・・・・そう頭の中で思ったところで裏切られた人へ幸せを願う事は決して簡単な事ではない決定的な溝を残して別れた人へ幸せを願う事は決して報われない愛を捧げるようなものである恨んでしまえば心はどれだけ許されるであるだろうか?と思ったこともあるしかしこの先やはり何があろうと自分は彼女へ幸せを祈り続けるであろう人の幸せを願う事は決して楽ではない事を心にとめて
2008年12月26日
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学習塾のCMで野球監督の星野誠一は言った「努力すれば夢は必ず叶う」とそれは威厳のある言葉で見るものを引きつけるような言葉で俺は数秒その画面を眺めながらぼんやりと考えた彼の言う通り努力したが故に夢が叶った者は多いしかし努力だけで夢が叶うとは思わない努力=成就ではないのだ例えば星野誠一の職業である野球選手になるためには五萬といる野球選手希望者の中から勝ち上がらなければならない非常に狭き門である今までプロ野球選手になるために人生の全てを賭けて努力した人間など数多といるだろうしかしプロ野球選手になれる人数は決まっているどんなに努力してもやはり零れ落ちてしまう人間の方が圧倒的に多いのだその原因は認めたくないが「才能」「運」「環境」などの本人の努力ではどうにもならないものがあるのだもしも精一杯の努力だけで夢が叶うとするのなら日本はプロ野球選手や歌手、成金だらけになるだろう社会においての勝者は数多の敗者がいる上で成り立っている誰もが勝者になるべく初めは邁進するもいずれ挫折と絶望を数多の人間は味わいそして折れる話しは変わるが「世の中はどうしてこうも上手に回らないのだろうか」と絶望したことがあるそんな時にとある相談事をある友人に話したことがあるそのときふと気づいたのだ「この気持ちを本当の意味で理解できる人間はいない」ということに先ほど自分の思想を書いた「努力」の話しにしろ人はテレパシーのように自分の気持ちを相手にコピーすることはできない伝える為には言葉を使って相手に伝えるしかないが言葉のニュアンスや相手の取り方によってもその気持ちの伝わり方は微妙に変わってくる例えテレパシーのように相手に想いをコピーできたとしても本当の意味で分かり合えることは出来ない自分と同じ思想、環境、悩みを持つ人間などこの世に一人たりともいないのだ相手はその気持ちを100%理解することはできない例えば同じ悩みを持つ者同士が同じような悩みを互いに打ち明け「こいつは俺のことをわかっていてくれる」などと思うこともあるだろうがそれは幻想だなぜなら他人と自分では思想や受け取り方はやはり違ってくるし状況も全て同じわけではない人は生まれた瞬間から天涯孤独微妙に真の意味で受け入れ、分かり合える人間など自分自身しかいないそれでも人は悩みを相談するその根本的な理由それは「あなたが正しい」と人に言ってほしいからだ考えの違う他人からみた視点からも自分のしていることが正しいのだと実感したいのだそれは「不安と孤独」からきているものであってその呪縛から人は逃れられないそれを実感してした時は上も下も無い何も無い空間に放り出されたかのような気分であったこの絶望感も焦燥感も悲壮感も理解できる人間は世界に一人自分という人間だけそうセンチメンタルに思いながらここ一ヶ月はひたすらに「絶望」を抱え込みながらただ凍えるように日々を耐えただがそんな中で自分を救ってくれようとしてくれた存外人間は多かった深夜の長電話に嫌がる様子一つ見せず心配してくれた友人的確な助言とポジティブな考え方を勧めたクラスメイト「可哀想そう」と人の気持ちになって涙を流してくれた後輩両の手を優しく握り締めてくれた後輩本当の意味で分かり合えることなど不可能かもしれないそれでも分かり合おうとしてくれた人や励ましてくれた人たちの気持ちは嬉しかったそう・・もう少し前を向いていこうと思えた過去の心をすり減らし地を這いずり回るような日々とは違い案外上出来な日々が流れているかもしれない
2008年10月19日
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その日の東海地方には強風注意報が発令されていた突風が辺りを一気に駆け抜けるように低く音をたてながら大気を揺らしていたふと表に出た俺はその風におもわず襟元を蕾め、目を細めたその風は自分が思っているより遥かに冷たく一瞬で体の熱を奪っていったあらゆる物を巻き上げながらさらっていくこの風この風と共にこの屈託した思想も一緒にさらわれてしまえばどんなに良い事なのだろうふと考えながらも全くの不意にコレット(無論仮名)のことを思い出してしまった自分に自嘲したコレット・・中学時代の彼女であり今でも胸を張って言える人生最愛の女性今は思い出であって恋愛感情などはないが今更そんな事を思い出してしまう自分はどうかしているのだろう鼻息一つ鳴らして追い払ったが屈託した思想がこの冷たい秋風と共に流されるわけではないそれは確実に心の中で残り胸に空風を吹かせた屈託した思想の原因それはここ数年間の出来事ここ数年間の自分は努力が何一つとして報われず手に入れたいものは一つすら手に居られないまま人には裏切られと・・・踏んだり蹴ったりであるそれについて全て自分の責任ではないのかと考えたこともあるが自分は様々な問題とその解決の為に努力していたしそのとき出来る最善の選択をしたつもりだ今考えてみると自分の悪いところに後になって「あの時こうしておけば」と思うこともあるが当時出来る精一杯と最善の選択を自分はしてきたのだ後悔はやはりない悪い事象について今考えてみると自分の過失がもちろんあるが一番の要因は「運が無かった」ということが今の自分の出せる結論とはいえそれだけで全てを納得させる事は出来ない苦悩の末、「運命であった」と自分の中で考えなければ処理の仕様が無い事を悟りもう考えるのは止めた方が良いと自分で言い聞かせたが・・・それでも絶望したどう考えてもどうしよもない事だった事でも・・・この数年間で少しつづだが確実に心削られる思いをしたという事実についてこの心はどこに持っていけばいいのか?この傷つけられた気持ちは誰が責任をもってくれるのか?などと考えたことがあるが結論は分からない・・・・・分からない・・・・・今でも答えは分からないだから自分はもし自分と同じように何かで傷ついている人間が居れば精一杯に愚痴を聞き励ます事をしようと思う痛みを知っているからこそ人に優しい人間に・・そして数多の痛みを受けいられるだけの強さを持ちたいと思う全てをさらっていきそうな冷たい秋風その向かい風を受けながら一歩、歩を進める
2008年10月12日
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もうこれは過ぎてしまった事なのだが俺はここ最近対人関係において痛烈に胸を痛めていたそれをここには具体的には書くわけにはいかないが非常に抽象的に書くとするならば「世の中というのは自分が望むほど上手くは回らない」ということを実感した今日この頃であるそのことについて今は「思い出」として処理できたので今はさほど辛くは無いがやはりというのかそのことを思い出すと非常に心が痛むだが自分は痛むからこそ人に優しい人間になろうとおもうさて非常に短いがこのことについて具体的なことはかけないので今日のところはこのへんで
2008年10月09日
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ただもがきながら生活をしているだけで悲しみはそここに積る小さな塵が長い時の流れの中で気づかぬ間に降り積もるように心の中にずっしりとそれは圧し掛かっていた切実な想いがこうも心を蝕むのかと悟ってもそれでも掴もうとしたそうして1年以上が経った・・・・初めから分かっていたのだが「何一つ報われていない」事を改めて痛感したとき俺は限界を感じた人生という茫漠とした時間の中でおそらくこれほどまでに心の行き所を探したのはこれが初めてだろう今までナオミにしてきた努力は?自分がナオミを好きだという気持ちは誰が受け止める?初めから分かっていたが今までしてきた事への結果「全て無駄」というハッキリとした絶望感と悲しみはどう心の中で処理すればよいのだろうか心に積った悲しみが溢れ出さないように表面張力の状態で怯えているあと一滴でも雫が落ちてしまったらギリギリの境界線は崩壊し何かが溢れ出してしまうだろう限界を悟った俺は最後にナオミに何も言わず口をきつく結んだ自分の想いすら伝えられない小心者だと人は言うだろうそうだその通りだ俺はただ逃げただけにしか過ぎないだが後悔は無いもし過去に戻れてやり直すチャンスがあったとしても俺は同じ事を繰り返す無駄だと分かっていながら好きになり何も言わずにナオミを諦める事になるだろうそこに絶望しか待っていないと分かっていてもだがこの体験の中でここに一つ確実に得られたものがある無駄だと分かっていても努力する事は大切だという事無駄だといって何もしない人間は何も成せない事をまた今日から動き出す凍りついた楔から解き放たれて僅かに輝き始めた新たな一日へ
2008年10月07日
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彼女らに悪気が無い事など分かっている俺は殆ど笑っていない笑みを浮かべながら「あぁ気にしないで」と口にしたそれは空しく辺りに響いて時はまるで止まったかのように沈黙が流れたナオミの悪い噂を聞いたのはこれが初めてというわけではない過去に2回ほど悪い噂は聞いたことだがそのときは無理矢理耳を塞いでいたのだがこれで本当に確証を得てしまったのだった俺は表情を強張らせたまま自分の中で崩れてしまいそうな「ナオミ」という一人の少女を思いそして愕然としながらも絶望感に打ちひしがれたそれを見る彼女らは何を思っていたのかは今でも分からないがただただ悲哀に満ちた面持ちでこちらを見ていたのは間違いないことだったそれから1年生の女子のグループの人とは1時間ほど雑談をしたナオミについての話しがほとんどで彼女らは口々に「先輩ならもっと良い人がいると思いますよ?」「早く諦めて新しい恋をした方が良いですって!」と口にしたそう・・・前も誰かに何度も言われたその言葉その言葉は周りの人間の8割以口にする言葉だ他人からするとナオミという一人の少女は頭は良いがパッとしない感じの子で顔は普通と・・・・・感じるそうだとはいえ誰もが認める絶世の美女だとしても周りの人間は執拗に固執する男に対して「諦めろ」と言うのだろうが・・・・そう・・・自分が一番分かっているこのまま想い続けたところで何も実らない事も彼女に今までして来た事もこれからする事も全てが無駄だという事も客観的に見れば俺のしている事は絶望的なまでに広大な砂漠の砂粒の数を数えていくそんな無謀で無意味な挑戦だが・・・・・・・・全ては理屈ではないリスクや傷つく気持ちを恐れただ幸せを待つだけの想いというのは本当の恋ではない恋に恋するただの馴れ合いだもう恋に恋する空しさはもう分かっている利害を考えて諦めるような中途半端な想いでは本当の恋愛などできるわけがないと信じているだから自分のしていることが全て無駄であると悟っていても努力した悪い噂が事実ということを知ってしまったからといってそれくらいの事で気持ちが変わってしまうような簡単な覚悟と想いではない人を愛する事の第一歩は「その人の事を理解し受け止める事」であると思う(愛するというのは恋愛としての云々ではなくも全ての人間関係に言える事だが)今回の悪い噂が事実であるという事については非常に残念な事であるのだがそれを理解した上で俺は悪いところがあるのなら自分が彼女を変えて見せようとその為に自分は彼女を変えられるだけの人間に意地でもなろうと思うしかし・・・・・この想いは届かないただ一筋たりとも報われる事はないだが随分と前からそのことは分かっている理解した上で行動しているのだ本当に我ながら不毛なものであるもうこれは病気ともいえるだろうだが恋に恋するあの頃に戻るつもりは毛頭ない雑談中に俺はナオミについての想いを語ってみたが1年生の女の子達は一人として恋愛をしたことがないらしく俺の言う事について理解してくれる者など居なかったがきっといずれ彼女達も分かる日がくるであろうと思うその時にまた俺の言った事を思い返せば見えてくるものや理解できることもあるだろうが俺は何も言わなかった
2008年09月21日
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ここ1週間ほど前からこのブログについて構想は纏まっていたのだが諸事情(気分)で書けなかったブログを今日は書こうと思うあれは今から2週間ほど前のこと料理部の活動終了後俺は1年生の女の子のグループ4・5人と雑談をしたあまり深く話をしない1年生のグループと珍しくなぜ話しをすることになったのか覚えていないし思い出す気もないとにかくそうなった雑談が始まり5分ほど経過がした時だった何かの用事で席をはずそうとした俺は2年生のナオミ先輩がもし来たら部活は終了したと伝えるようにと言付けを頼んだそれを聞いた一人が僅かに眉を顰めながら 溜息のようなつぶやきで「あぁ・・・あの先輩得意じゃないんですよ」と口にした今思えばそれが始まりだったなぜそう思っているのか?などと聞いたのが今思えば悪かったのだろうか・・彼女はナオミの悪い噂を色々と並べ立てていた「影でかなり悪口を言っている」「人によって態度をコロコロ変える」「ミスをした人に冷たい態度をとる」「八方美人である」と・・・・・・その言葉に信憑性があるのか?などと一瞬は彼女の言葉を疑ったが話を聞くたびに信憑性が満ち満ちてくるその言葉は自分の一番聞きたいようで聞きたくない言葉であった彼女等は実際にその場面を見ていたりしているのでその言葉は今でも信じたくはないが本当のことだしばらく俺はその話を聞いていたがその話を聞けば聞くほど自分の世界が足元から音をたてて崩れていくような感覚を感じた信じていた神が消えてしまうという絶望感とうとう目の前で進む世界の消滅に堪え性のなくなった気持ちが決壊するかのように「実は俺はナオミが好きなんだ」と告白したその瞬間彼女等はまるで時が止まったかのように一瞬硬直しその後目の前の男を悲壮な感に満ちた面持ちで見た「そうだったんですか・・・ごめんなさい・・」数秒送れて一人が口にした
2008年09月18日
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今日のブログは書いたのですが編集中に全部消えてしまいました・・・・今は頗る鬱な気分です・・・更新を楽しみにしていてくれた片手にも収まるほどの僅かな読者さんごめんなさい明日もう一度書き直そうと思います
2008年09月18日
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最近暗い記事ばかりで「人の不幸は蜜の味だ」という読者を喜ばせすぎていると思うので今日は期待を裏切り意地でも明るい記事を書こうと思う考え方や視点を少し変えることで物事は違って見えてくる何か問題にぶつかった時に少し視点を変えて物事を考えてみることは何事においても大切なのだと思う「厄日が続いている」と最近のブログにそう俺は書いたしかしそれは自分の思い込みであるかもしれない例えば帰り道で自転車のチェーンが外れて動けなくなってしまったとき(これは一週間ほど前に実際に起きたことなのだが)起こった事象について概ね人間は不運なことだと感じるが「チェーンが外れたのが車のすぐ近くだったら事故にあっていたかもしれない」「チェーンが外れたお陰で車で迎えに来てもらえるのならラッキーだった」「修理のついでに色々な点検ができ安心して運転できるようになった」と考え方や視点を少し返るだけで不運な事象も幸運な事象として考えることも出来るとはいえ中にはどう考えても不運な事もあるだろうそんなときの自分の考えは「不運なことが起きたのだからこの先は大きな幸福が待っている!」と考えるクセを無理矢理つけている(食後の血糖値が高い時のみ)そうでもなければ概ね自分はネガティブな事しか考えられなくなってしまうからだ(特に空腹時で血糖値が低く疲労感が大きい時)ということでおそらくこの暗いブログとしては非常に珍しい試みだが最近起きた良い事を書いておこうと思う○夏休み後の授業が予想以上に楽だった○料理部で作ったティラミスのレシピが失敗ながらも皆気付かず喜んで食べてくれた○自転車のチェーンが外れてくれたので親に迎えに来て貰えた○友人とカラオケや飲食店で楽しんでストレス発散ができた○特別講座にてナオミに久々に会えて同じチームで料理を作れた○イタリア料理店での給料が予想以上に高かった○料理部の部員が2人増えた○お弁当用の包みを買い間違えてしまうも丁度弁当専用の包みが無かったので丁度良かった○新しくなかなか人の良さそうな友人ができたと・・・・・・・・・こうしてみると厄日だと信じ込んでいた日々も考え方を少し変えるだけで随分と幸福な日々ともとれるのだと新しい発見がある少し気分が良くなる心地だが・・・・・・・・やはりというのか慣れないポジティブシンキングをすると脳が異様なほどに滅入るし文書の構成と日本語が不自然になっている気がするとはいえ今日は珍しく明るい記事が書けたので良しとしよう
2008年09月15日
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昨日は永遠と老婆に話しかけられたり2時間を費やしたブログの編集が消えてしまったりととんだ厄日であったが厄日はどうやら続いてやってくるようだ今日は昨日にまして心にハッキリ大きな傷を残して・・・以前書いた弁当の料理大会のメンバー入りについてナオミは興味はあるが、予定がどうなるか分からないということで保留になっていたが今日答えがが出た結論から言うと「不参加」それは初めから薄々分かっていた事なのでショックはないのだがそのときのメールでのやり取りが辛かった予定があり参加できないと知らされたメール悲しく思いながらも一様に返事を出すと「また誘ってくださいね!」とメールがあった第三者から見れば何でもないように思うかもしれないがこのメールは本当に心を抉られるように痛みのあるメールだったナオミは俺が今でもナオミを好きだということを知っているだというのに・・・・・・・・このメールだけではない他のメールでも俺に対して思わせぶりな事や気があるかのような文面を送るそれに対して周りの人間は「これは絶対いけると思うよ!」「好きじゃなきゃこんなメール送らないと思うよ!」と・・・・・・・・・一面的なところしか見えないので仕方ないのかもしれないがほとんどの人間は楽観的な意見を述べるのだがハッキリと言っておこうそれは間違いだナオミは俺のことは全く見ていないナオミにとっての俺の存在というのは「料理部の先輩」でしかないいつの日か弱音を吐いたときにとある友人は「考え過ぎだと思うよ?そんなに想ってるんだし大丈夫だよ!」と・・・・・俺を励ましてくれた俺もそのときは疲れていて荒んだ考えしかできなかったのできっと友人の言うとおり考えすぎかもしれないなと考えを落ち着けていたがここ最近やはり自分はナオミにとって「料理部の先輩」でしかないと確信するようになったナオミは優しいしかし・・・・それは本当に残酷で中途半端な優しさでもあるそう・・・今回も・・・いつもそうだ・・・大きく大きく期待をさせておいて最後のところで蹴落とすしかし蹴落としながらもまた優しさという中途半端な希望を残していく・・・おそらくナオミは叶わない不毛な恋をしたことが無いそして中途半端な優しさが相手をどれだけ傷つけてしまうのかもおそらく知らない「相手を突き放す」という優しさもおそらく知らないこれ以上に痛み、傷つき失うばかりの想いをするならばいっそのこと忘れようと思ってもあの笑顔と優しさに触れるたびに心の中にナオミという一人の女性がハッキリと心に刻み付けられる期待させ、蹴落とされ、しかしながら希望を残していくその度に確実に心は磨り減っていることを彼女は知らないだろう今この瞬間も先ほど書いたのは全て俺の思い違いであってほしいと願っているが・・・・・・・・・・どちらにしろナオミが優しさをかけず俺を蹴落とさない限りこの想いは変わらはない叶わない恋の絶望感に確実に磨り減っていく心と脅迫的なまでに溢れ出す想いを隣り合わせにして
2008年09月03日
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鉛色の空が蓋をしたかのように覆いかぶさり辺りを薄暗く包む天気のなか授業後の帰宅ラッシュで賑わう校門で俺は親の迎えを待っていた友達との約束がある俺は時間を気にしながらもう何十回目であろう時間の確認をする時間が刻一刻と近付くたびに焦燥感も大きくなる一向に迎えに来ない親秩序なくガヤガヤと話しながら通り過ぎていく生徒を見ながらもうこれは自分で歩いて行ったほうがよいかもしれないと諦めかけようとした瞬間「ゲゲゲのキタロウ!」(そう聞こえた)と何やら叫び声のような声が聞こえた辺りの雑音を掻き消すようなその声のほうへと目をやるそこにいたのは60代後半の老婆がいた耳を傾けると何やら帰宅する高校生全体に暴言・・・?交通マナーの注意・・?人生の警句・・?を訴えていた何をしているのだろうと?よく聞いてみるとその言葉には時折汚い言葉が混じっているここで文字として書くのすら憚られるようなものなので抽象的な表現で「聞くに耐えない非常に汚い言葉」と書くことで留めておく事にしようと思う大声を張り上げて生徒達を叱り飛ばす老婆そのまま何やら文句を言いながら校門へと向かってきたそして俺と同じように目の前で待っている男子生徒に何やら話しかけ始めた何を話していたのかは分からないが5秒もせずにそれは終わってしまったまずい・・・次は俺かもしれない・・・俺は慌てて携帯で電話をするフリをしたり携帯ゲームをして気付いていないフリをして防衛線を張るのだが・・・・・・・難なく突破されてしまい全くの無駄であった何やらこちらに話しかけてくる老婆老婆は思いの外早口で饒舌にこちらに話す大半を聞き流しているのだが概ね人の悪口と自分の自慢話がほとんどだったその中に恥もせずに汚い言葉を織り交ぜながら話す所を見ると痴呆症やアルツハイマー症か何かの初期症状なのだろうか?そんなことをぼんやりと考えながら老婆の話には耳を貸さずにいるのだが老婆は一向に話をやめようとしない俺は無視とほとんど変わらないようなそっけない態度で接しているつもりなのだが老婆にとっては大きく頷いて話しに興味があるように見えたのだろうか?話しが進むたびにその饒舌振りと早口には磨きがかかりもはや凄みすらでてくる老婆の話は自分の話ばかりだが珍しくこちらに話しかけてきたと思えば「お前顔がいいな!どうだ!金持ちの女と結婚して養ってもらえ!」と・・・・・・・どうやら俺はこの老婆に容姿の面では気に入られたらしい正直な所全く嬉しくは無いのだが一様に受け流すように「はぁ・・・どうも・・でも俺好きな人がいるので」と返したのが運のツキであるそのことについて火のついたように話し出す老婆こちらはもう受け流す事さえも辛くなってきている目の前を通り過ぎていく生徒達こちらを好奇の眼差しで一見し哀れみながらも無視して通り過ぎていくこちらがいくら助けて欲しいと目でサインをだしても誰一人救いの手を差し伸べてくれるものなど居なかったそして10分後未だに続く老婆の長口上(*長口上=長話)時間は確かな悪意をもってゆっくりとゆっくりと進み俺はそのゆるやかな歩みにただ唇を噛み締めて耐えているしかなかった極度の緊張とストレスからくるのだろうか?だんだんと全身が痺れるように痛んできた親が来るまで観念して聞いていなければならないのかと心の中で今にも泣き出しそうな時「コタロウ!乗ってく?」という声にハッとした声の主は女友達のマリア母親と一緒に車乗っていた彼女このときの一声は地獄の淵に追いやられた自分へ助けの手を差し伸べてくれたイエス・キリストの母である聖母マリアのような声のように聞こえたこうして俺は難なきを得てようやくこの老婆の呪縛から解放されたその後マリアの母親に哀れみの目で見られながらも「聞いてくれそうな顔してたんじゃない?大変なのに捕まっちゃったね!」と大笑いされてしまい自分の要領の悪さに恥ずかしい思いをしてしまった今回の件については自分の要領の悪さをただただ祟るしかないが助けて貰えた事については少し心温まる一件だったさてマリアとマリアのお母さんにはここで感謝の言葉を校門でのご配慮は自分の中で大きな救いとなりました。要領の悪い不束者ですが、今後ともご配慮のほどよろしくお願いいたします。今回は本当にありがとうございました。
2008年09月02日
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雑事にはもはや慣れ始めた頃自分はその要望に答えマクドナルドで1時半間ほど話をするというスケジュールを組み入れたここで彼女はスズトモに会えないのだからおそらくここで告白するのであろうそのときはそう思っていたそして今日事前にスズトモからは「前に大谷さんに告白されたけど断った」「今回多分告白するだろうけど断る」という事を聞いたそして何より彼には彼女がいるらしくその事を大谷さんは知っているらしいそうだというのに会うということはよほどの覚悟があるのだろうか?話が終わり迎えに行く何を話したのかと聞くと世間話しか話していないそうだ愕然とした大谷にメールをするなぜ告白しなかったのかと聞くと彼女もいるし一度振られたからとスズトモには彼女がいるから私が言ったところで・・・と気持ちは分かるが傷つきたくないといっているようなものだとそして何より中途半端だと思った彼女がいようが何が何でも奪い取ってやろうという覚悟が足りない例え今が無理でも自分を磨いていつか振り向かせようとする熱意が足りない小学校の頃から好きだということを知っている俺は彼女の想いが本物であると思っていたが諦めたいなどの言葉を聞くと裏切られたような気分になったそんな中途半端想いでスズトモになぜ今更会いたいなどと言い出したのだろうか?諦めたいというのならなぜ会う必要があるのだろうか?会うだけ叶わない想いが積るだけだというのに彼女の姿はまるで「恋に恋をしている」そうとしか思えなかった中途半端に好きという状況が続いているのだと感じた今現在彼女の想いが本物だと仮定してもどちらにしろこのままではスズトモは手に入らない俺は彼女を蹴落とすようにメールで「どちらにしろ今の君ではスズトモとは釣り合わない」「好きという覚悟があるのならば行動なさい」とその言葉をそのまま受け取った彼女はこれでもかと言うほどに拒絶と反抗をそれはもう暴言と言っても過言ではないしかしそれは彼女の為の言葉であるこのまま何の覚悟も持たないままでは本当に好きな人を手に入れることも本当の恋愛もできる訳がないと思うのだ実はその言葉はスズトモが言った言葉でもある俺とスズトモ2人で考え彼女に向けて贈った言葉いつか言葉の意味を理解してくれるであろうと考えてそんな事を知るはずもない彼女はきっと自分を恨んでいるだろうしかしそれでも構わない彼女の成長の為に自分ができる最良の選択をしたのだ実際のところ彼女にそんな事をする義理などどこにもないのだが「人を愛せない人間が人から愛される筈がない」と思うのだ彼女から愛される事を望んでいる訳ではないのだが少なくとも彼女の幸せの為に何かをする事は尊い事であると思う
2008年08月27日
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これは昨日の話になるんだが一年半ぶりに親友のスズトモ(愛称)が家に泊まりに来た1年に一度スズトモと皆で遊ぶのが恒例行事になっていてもう6年ほど前から続いている概ねわいわいと男がゲームセンターに行ったりしてブラブラと時間を過ごすのだが今回は少し違うスケジュールであったあれは半年ほど前のことであろうか・・・突然見覚えの無いメールアドレスからメールがあったスズトモのメールアドレスを教えて欲しいとの用件を送ってきたのは同じ小学校だった大谷さんだった小学校の頃に転校したスズトモのメールアドレスを今更聞きたがるということは彼のことが好きだということで間違いない見え透いた答えを前に笑みをわずかに浮かべて僅かに迷った彼女とは全く関わりは無く自分の中では空気のような存在である大谷さんの為に世話をやいたところで自分には何もメリットはない教えた瞬間スズトモに関しての彼女の相談などやお願いなどを聞くハメになるの明白であるつまり自分にはデメリットしかないわけだだが小学校の頃からスズトモのことを思っているのならばその熱意で彼の心を射止められ幸せにさせるのかもしれない間接的にスズトモの幸せに繋がる可能性があるだろうと思いメールアドレスを教えた案の定大谷さんはスズトモに対する相談や雑事がある度に俺を頼ってきた正直な所義理の欠片も無い彼女の要望については面倒な時もあったし内心もう見捨ててやろうかと思ったこともあったしかしそうしなかったのはスズトモを彼女が幸せにさせるかもしれないという可能性が彼女には少なからずあったからだが・・・・・・・・彼女の頼みを聞くたびに悲しくなる事がるそれはお礼を「ありがとう」の一つ言わない事「人に何かを求めるのはやめよう」と心に誓っている自分だがその言葉が無いのはとても寂しい気持ちになるだからと言って感謝の言葉を求めるのも恩着せがましいその事について何も言わなかったがその姿を見るたびに「今の君ではスズトモは振り向いてくれないだろう」と内心思っていたそして1ヶ月ほど前スズトモが久しぶりに家に遊びにくることが決定した頃その事について嗅ぎつけた大谷さんが「スズトモと二人でゆっくり話す時間を欲しい」と要望をだしてきた続く
2008年08月27日
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夏の風物詩の一つ花火毎年この時期になると友人が花火を大量に買ってメールで「去年みたいに花火大会やろう!」と皆に募る実際のところは大会といえるような大きな催しではなく5000円前後の花火セットをお金を出し合って購入し公園で細々と開くというチープなものだが去年はそれなりに盛り上がった記憶があるこの花火大会はグループの中で恒例行事となっていて1年生の頃から続いている今年の参加者は俺を含めて9人ほどクラスメイトの見慣れた顔が7人他クラスの女友達が2人これで全員かと思っているとそのうち見慣れない顔の女性が1人来た聞けばクラスメイトの秀夫(無論仮名)の彼女だという中川翔子に似ている(俺の主観だが)彼女は正直秀夫には釣り合わない人だと思ったが秀夫もおそらく上手くアピールしたのだろう彼氏である秀夫に甘えながら互いに楽しそうにしていたそれにわずかな嫉妬を覚えながらも花火を楽しんだ大量にあった花火も過剰包装のせいもあるが9人もの人間が一度に使うと減りが異様に早いもので吹き上げ式の花火などは予想以上に早く終わってしまったぼぉーとしながら手持ち花火を楽しむ光の粒が溢れ出し瞬く間に消える社会をこの一つの花火に例えるなら自分はこの小さな光の粒の一つだろう本当に瞬く間に消えるこの光の粒は全体から見れば自分がいかに空しいものなのかと物語っているようでただの仮定と空想の世界だというのにうす雲がはったようにぼやっとした気分になる花火を楽しみにきているというのになぜこんな事を考えてしまうのだろうかと自嘲を込めた鼻笑いで屈託した思想を追い払ったそんなこんなで(どんなこんなで?)そこで色々な友人と話をしたその一人に先ほど書いた秀夫の彼女とも話す機会があったなぜ秀夫と付き合ったのかと尋ねると秀夫のアタックに押し負けたそうだそう言いながらも照れ笑いをする彼女秀夫もそうだが互いの事を幸せそうに語る姿を見ると浅いも嫉妬も深い物へと姿を変えてしまうのだしかし秀夫も思い続けて彼女を手に出来たのならば自分もいずれチャンスはあるのではないのだろうかと今は淡い期待を胸にその日は過ぎた
2008年08月25日
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ここ最近のお盆シーズンは何一つとしてゆっくりできる事が出来なかったので更新が遅れてしまった原因はお盆シーズンの6日間ほどをイタリア料理店でのバイトで浪費してしまったからだイタリア料理店については6月で辞めているので一度辞めた所にもう一度働きに行くのはすこぶる気が進まなかったのだがオーナーが忙しいからどうしても来てくれと珍しく俺に頼み込むように言ってきたので断りきれず結局働く事になったそして今日ようやくバイトもなく羽を伸ばせそうなのでここ最近の出来事をまとめて書いておこうと思うここ最近の出来事は・・・・圧倒的に悲しい出来事が多い日々だった一つはイタリア料理店の兄弟子が「自分を育てたくない」事を悟ったことおそらく育てすぎれば彼の立場が無くなってしまう事を危惧したのだろうか実際のところどうなのかはよく分からないが「育てたくない」という思いがあることは間違いないこれはかなり陰湿なパワーハラスメントであるだが自分は被害を受けた事について悲しくは思っていないそれよりもそんなことをしてまで地位を固持しようとする姿勢を見ていると彼の将来が心配になるだどうかその姿勢を治して欲しいと思ったが高校生バイト(半奴隷)である自分の言葉に耳を貸す者など誰一人として居ないだろう煙に撒かれて終わらせられるのが関の山である自分が飲食店に入ったらこういうことだけは絶対ないようにしようと青い兄弟子を反面教師として活かすことにして思いを留めておくことにしたもう一つ女友達の父親が若くして死去されたこと朝メールで不幸の一報があったときには心底驚いたバイトを急遽休んで行った通夜彼女を励ます友人達を一歩離れたところで見ているしかなかった自分今回不幸のあった女友達の彼氏と「こういう時に何て声をかけたら良いのか分からないな」と話し結論的には互いに「見守る」のが一番だということになったが・・・・・自分は彼女の為に一体何が出来ているのだろうかと思うと惨めな気分になりなんとも居た堪れない思いのまま式場を後にした他にも猫を祖母が捨てていった事など色々とあるのだが考えるだけで気分が萎えるのでこれ以上は思い出すのをやめておくことにしよう前回書いたナオミへのメールの件は「どんな大会なんですか?もう少し詳しく教えて下さい」と返事があった(メールでの絵文字などの記載はやり方がよく分からないのでここには書かない事にする)その後メールを繰り返し大会の締め切りが9月の中旬ほどなのでそれまでに答えを出すという事になったもし俺のことを嫌いなら「出てくれ」と言った時点で「嫌だ」と言うはずなのに大会に興味を示すような内容のメールを送るということはまだチャンスはあるかもしれないとはいえ彼女は進学クラスで毎日の補習と膨大な量の宿題と日々戦いながらいる例え彼女が望んでいたとしても大切なこの時期に時間を割けられるのかどうかを考えると可能性は限りなく少ないわけで・・・・だが自分として間違いなく言えることは例え行けなかったとしても大会に興味を示してくれたことが嬉しかったということと・・・・本当に今回は話をぶつ切りににして書いておいたので飛び飛びになっているが今日のところはこの辺で
2008年08月20日
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スイーツ甲子園の夢は終わった振り返ると今思えば日々はそのために有ったようなものだったそこまでした理由も気持ちも大切な物であると今でも思うだというのにチームの笑顔一つ作ることの出来なかった自分を人は呆れて笑うだろうだがチームメンバーの幸せのためにあらゆる努力を惜しまなかったできる事は全てやった後悔は無い今思えば間接的にチームメンバーのナオミの為に全てを捧げているような感覚に酔っていた自分は幸せだったのかもしれないが・・・彼女為に何かができるという幸せと同時に不安感も比例して大きくあるもしもこの想いが相手に届かなかったら?そればかりか自分に対して嫌悪すら覚えていたら?「絶望」今まで想い続けてきた心は?今まで彼女に対して捧げてきた時間、労力、努力の全ては?少しでも気に入れられるためにファッション雑誌を読みはじめた熱意は?「全てが無駄」その結論が頭に重く圧し掛かる叶わない愛ほど不毛なものはない「恋は宗教」だとここ最近思うようになった本当の信者は神の為に生きていて生活そのものが宗教となっているだとすれば自分の中の神というのはナオミということになり自分は彼女の気持ちという非常に不確かなものに怯えながらそれでも生活していく彼女に嫌われる事は神に見捨てられたのと同様のものであるだから何時だって恐怖感を背負って生きているとある女性が自分はモテモテだということを鼻高々と言っていたその人の言う事には「まぁとはいえ変な人から告白されても困るし」「全然ダメな奴がきてもキモイだけなんだけどねぇ」と・・・・・それを聞いたのは2年以上前の話だが今思い返せばそれは告白してきた男やアタックしてくる男に対してすごく残酷なことだ男からすれば彼女は神である本当に好きであるならば自分を思うように出せない筈でヘンになってしまうのは当たり前の事であるそして何よりも嫌われる事を畏れてしまうのも自然なことだから臆病にもなるその気持ちを彼女はわかっていてあげたのだろうか?ただ表面的な「ヘン」だけでその人を判断するのは酷である想いがあるからこそそうなってしまうのが当然ということを分かっていたとするならばその男たちはどんなに救われたのだろうナオミがそこまで分かってあげられる人なのか確認のしようもないが自分はそれでもついていくしかないちょうど今こうしてブログを書いていると同時にナオミにメールで新しく開催される料理の大会に参加するかどうか聞いてみたこの大会はオリジナルの弁当を作る大会で概ねスイーツ甲子園と同様の形式の大会であるそして・・・参加理由もスイーツ甲子園の時といつだって変わらないメールを送って5分ほど・・・返信があったその瞬間からキーボードを押す指が震える強い恐怖感と今にも消えてしまいそうな希望を隣りあわせに心は震えている参加するならば神に認められたかのように弾み参加しないのであれば世界の終わりを知ったかのように絶望するだろうこれ以上何を失えば心は許されるのだろうどれほどの痛みならば君に笑顔を届けられるのだろうかそんな想いをするのであればいっその事忘れてしまった方がどれだけ救われるのだろうかと考えたことも有るがそれでも手に入れたい何かがあるこの大会に参加しなかったとしてもきっとこの想いは変わらずありつづけるのだろう恐怖と希望を隣り合わせにして
2008年08月05日
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分からないそんな気持ちのまま一日千秋の想いで発表を待った今現在も結果は公に発表になっていないがとある手段により公式発表より早く情報を知り得る事ができた結果は前回書いた通り落選。愕然とした未来永劫の世界が突然崩れ去ったかのように屈託した感情を引きずりながら落選の旨をチーム2人にメールで送る自分を励ます内容が返ってきたが、その優しさに甘んじてしまいそうになる自分が許せない。今回の落選の理由は全て自分にある。だというのに下らない精神論や色々な屁理屈を並べて責任から逃げようとする。それはただ醜いだけだ。そんな醜い気持ちが全てという訳ではないが少なからずあると言うことが自分の中で許せない。美しくない。メンバーから来たメールき返す言葉が見当たらなかった。人間は誰しもが弱い所もあれば、醜い所もある。自分がそのように考えてしまうのも当たり前なのかもしれないがだからといってそれに甘んじてしまってはそれは滑稽であると。自分の心のどこかにいる滑稽な自分。ナオミと会うたびにそんな滑稽な自分の姿を露呈しているように思えてしまうこんな気持ちを残しながら彼女を手にすることなど不可能ではないのかとふと絶望してしまうことがある尽きることのない考え事の積み重ねは答えの出ないまま今回のことについて色々と考えを巡らせてみたがほとんど答えがでることはなかったしかし間違いなく言えることはナオミには幸せになってほしい気持ちがあるということナオミを本当に好きだということ「ナオミを愛している」とここで書こうと思ったが前回書いた「ナオミの為にほかの男にチケットを渡せるのか?」という質問に答えられない自分がいたので今回は書かないことにしておいたしかしいつか心から愛していると言える自分になれていたならそれは幸せだと思う
2008年07月11日
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自分は人一倍自分の考えや思想を出す相手にタイプではない「余分なことは言わないでおこう」これは自分の座右の銘であると言っても過言ではないかもしれないそして何より自分自身のことは特に口にしないタイプであるそんな自分だがブログの中だけでは自分の出来事や思想や考えについて書いているつもりだ今日は自分の至らなさを暴露しようとおもう「自分の力がないがためにスイーツ甲子園に落選した」と・・・・・・・・本当は初めから分かっていた才能のない自分が優勝してフランスにチームを連れて行くなど不可能だということも専門職である職業高校生に勝てるわけがないということもとはいえ第一選考で不合格というのは予想外の結果だったが・・・とある人物は「本当に微妙な差ではないのか」「審査員の好みではないのか」「学校から圧力があったのではないのか」などと言っていた確かに微妙な好みによる差や圧力があったのかもしれないしかしそれについて自分はこう断言する「そんな僅かな力の差でしか順位を付けられない作品を作れなかった自分が悪い」と「誰もが真っ先に選ぶような・・絶対的な力を持った作品を作ればいいだけの話なのだ」「今回自分はそれを作れなかった。だから落ちた。ただそれだけの話だ」例えそんな小さな力の差についてあれこれと議論を並べ立ててみても結果は変わらないし変わったところで嬉しくはない自分は僅かな差で勝ったとしても嬉しくはない変わり者の自分はそう思ってしまうのだ実は落選について今は悲しいとは思わない(3時間くらいはげんなりとしていたが今は概ね復活)ただ自分が一番悲しかったいや今も昔も一番悲しいのはこの大会の直接的なものではない自分の想いが本当ではないかもしれないという事今自分はスイーツ甲子園の同じチームメンバーの一人ここではナオミ(もちろん仮名)に恋をしている一途すぎる思いはもはや愛していると言ってもいいと思っていたがふと・・・・スイーツ甲子園の試作をしながら考えてしまったのだもし優勝してチーム3人がフランスに行くとしたならナオミは俺と行くフランスに喜びを感じてくれるのだろうか・・・ともしかすると他の男と行ったほうがナオミは幸せに思うかもしれない愛しているのならばナオミの幸せを第一に考え俺は幸せの為なら何でもするべきかもしれないでは・・・彼女の幸せのために俺はその男にフランス行きのチケットを渡せるのか?それは・・・・・・分からない・・・・実際のところ彼女はそんな事を言うわけがないがそんな「もしも」考えてしまうのだチケットを渡せば彼女は幸せになれるだろうだが・・・渡す事に自分は絶対的な躊躇がある本当に愛しているならナオミの幸せの為に尽くす訳だから躊躇はないのか?愛というのは見返りを求めずただ与えるだけの物であると言うが自分は心の片隅でナオミに何かを求めているから渡す事を躊躇するのか・・何かを相手に求めるこの気持ちを本当に愛していると言えるのか?分からない・・・大きな壁に気付いたのだ「ナオミのことを本当に愛していると言えるのか」という事に・・・・・・・少なくとも今もナオミの幸せの為なら何でもやりたいと思っているならなぜ躊躇するのか・・分からない分からない続く
2008年07月10日
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さてここ2日間「スイーツ甲子園」の事ばかりを書いていたので今日は違う事を書こうと思うこうして書こうとする前にはアレを書こうコレを書こうと色々とアイディアや構想を練っていたのだがこうして実際に書き始めてみるとそのアイディアは漠然としすぎていて上手く文書にできない何かが閃くまで睨めっこを続けていてもいいのだがそれも5分ほどで痺れが切れてしまった無難なところでここ最近の出来事を古い順に並べていく事にした5月上旬 バイトのイタリア料理店の昼休み近くのスーパーに買い物をした後突然中学生に喧嘩を売られる高校3年生である自分を彼らは同じ年ほどだと勘違いしたのだろうバイト疲れで機嫌の悪い自分は「こいつらが不幸になる顔を見てみたい」と一瞬思いわざと騒ぎを大きくして警察でも呼んで彼らを補導してもらおうかと普段では考えられない暴挙に出ようとしたが流石に中学生相手にあまりにも可哀想なので聞こえないふりをして無視しておく5月中旬とある先生に「スイーツ甲子園」が開催される事を耳にする料理部が参加する事になり部内の精鋭メンバー3人が参加フランス語(確か)で「良き友」という意味で「ベルエイキップ」と命名この頃からオリジナルスイーツの試作を始める6月初旬イタリア料理店を辞めるいつも厳しいオーナーで自分に褒め言葉など一度も言った事はないが最後に「君はよくがんばってたから!」とワイングラスと白いプレート皿を貰った(これを使い今回のスイーツ甲子園の書類選考の写真を撮った)6月7日(ぐらい)オリジナルスイーツ最後の一品「スイーツカプレーゼ」が締め切りギリギリに完成6月10日書類選考の写真参加理由・チーム紹介などの要項を記しネットにて応募6月中旬自宅にてオリジナルスイーツの分量・作り方などの微調整コンビニでのバイトを多く任せられるようになる(現在も進行中)6月下旬概ねオリジナルスイーツの方が一段落したのでここで一旦休憩羽伸ばしに毎日のようにカラオケに行くおかげでカラオケは上達するが帰りが遅くなり親に小言を言われる7月上旬(現在)期末テスト本来なら勉強をしなければならないのであろうが専門学校は概ね100%合格するので左団扇でテストに臨んでいるそれと「スイーツ甲子園」書類選考の発表が7月上旬なので一日千秋の想いで発表を待つ(まず合格するはずだが、もしも不合格ならば3日ほど不登校になる予定)随分と端折ったが全体的な流れはこのようなところさてこれ以上書く事も思い浮かばないので今日のところはこの辺で
2008年07月05日
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前回と引き続き「スイーツ甲子園」について書こうと思う今この時間もこの大会に対する自分の意欲は異常というまでに高いその理由はただ社会へ自分の力を見せ付けてやりたいと言う気持ちからか優勝して優越感を得たいからかそして今まで自分を愚弄してきたとあるケーキ屋のチーフに対する反抗心からかしかし今思えばチーフは「幼い小僧が反抗し腕を磨き見返すために努力するだろう」ということまで考えて自分をわざと愚弄してきたのか・・・いや・・・実際のところ恐らくそこまでチーフは考えていないであろうが自分は結果的にあらゆる努力を惜しまなかったわけだが「スイーツ甲子園」で優勝を目指す理由優越感、反抗心、社会へのアピール汚いのかもしれないがそんな気持ちも事実あるがそれは自分だけの為でしかないもし自分だけの為なら今回魂を削る思いをするほどに努力はしなかったであろう「スイーツ甲子園」にそれほどまでに固執する本当の理由それはスイーツ甲子園チームメンバー全員を優勝してフランス旅行に連れて行かせてあげられるようにするためだ(※スイーツ甲子園優勝商品はフランス旅行)それは何よりもチームメンバーを「愛しているから」もしもそうでなかったら自分はあのような作品を作る事は出来なかったであろう・・いや・・・「出来ない」そう断言できるとはいえこういうことを書いても一部の人は「どうせ本当は思っていないのだろう?」と鼻で笑うだろうがそうだとしても構わない人の反応をみながら自分はこの大会に挑んでいるわけではない言葉は悪いが「ほざきやがれ」の一言だしかしこの強い思いも実際のところ叶わないかもしれない世界は広いパティシエの職業高校やパティシエの両親を持つ高校生はプロの技を直に学ぶ事が出来る作品もプロが作った作品を高校生が作った作品として偽造し出場しているかもしれないそれに比べてこちらのチームはせいぜい「仲良しお料理部チーム」レベルであるそのレベルとしては雲泥の差だ優勝を狙うのは本当に難しい事であるかもしれないが何もしないようでは何も始まらない「どうせ」といって何もしない人間に進化はない待っているのはその場で衰退し続けやがて朽ち果てるという必然のみだ叶わなくても最善を尽くすのが今の自分のやるべきことなのだと思う書類選考発表は7月の上旬書類選考はまず合格するはずだ(もしも合格しなかった場合はプロが作ったのだと思われた場合ぐらいしか考えられない)その後の地区大会は8月上旬長いようで意外と短いその時間今のうちに細部のクオリティーをあげていこうとおもう
2008年06月21日
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最後にブログを更新したのは今からもう1ヶ月ほど前だろうか・・・この1ヶ月間は自分が生きてきた中で最も疲れ果てた1ヶ月だった「スイーツ甲子園」貝印が主催する高校生限定のスイーツのコンテストがある全国規模のこの大会は、各チームがオリジナルのスイーツを製作し技術、味、見た目、独創性、チームワーク、基本姿勢の6つの審査基準から優れたチームが勝ち進んでいくというものだ今回このスイーツ甲子園に参加する事になった自分はこの1ヶ月間オリジナルのスイーツを作るべく毎日のように試作と構想を練り続けた「心が疲れる」というのはまさにああいう事を言うのだろう一人毎日のようにオリジナルのスイーツを作るという迷宮に挑み続ける上辺だけは普段どおりでいるが内心は迫る応募期限に焦り、上手くいかないオリジナルの出来映えに落胆していた内面が荒み始めると日常生活にも支障がでてくるここ1ヶ月は実にミスが多かったそれに対して担任は「勉強が大切だからもうちょとしっかりやろうね」だとか「朝早く起きて学校に間に合うようにね」と・・・・・いかにも「教師」らしいことを言うそういう言葉を口にするのは当たり前の事かもしれないが疲れている自分にとってその言葉は非常に感に障るのだ「はいはいはいはい。この大人はいっも同じ事しか言わないな」「こっちは毎日のように試作して疲れているだなんて知らないんだろう?」「理由も何も聞かないで・・・頭ごなしに言いやがって!」俺はおもいっきり担任の顔面を殴りつけないもちろん反抗的なことも言わないいや・・・そんなことすらも出来ないほどに心が疲れているだけなのかもしれない「あぁすみません。次は気をつけますね」と担任はその言葉が聞きたいだけなのだ自分はその期待にいつも答えて受け流す教師は「両立」という言葉が好きだが当時の自分の現状ではそれは不可能だった「オリジナルを作る」というのは才能の無い自分にとっては「一つの魂を生み出す」というほど難しい時間もない中で学校の勉強と両立しながらするのは至難の極みであるとはいえ担任の言う事は確かに正しい両立するためにいくつか手を施したがそれは全くと言っていいほどに不毛だっただから切り捨てたそして全てをオリジナルスイーツに捧げた1ヶ月間自分の魂を削ってオリジナルを作っているような感覚を何度も体験したこうして文書にしたところで伝わりにくいかもしれないが何かを必死で作る人った事にしか分からない感覚だだがその甲斐もありついに完成したので写真を貼っておこうと思う右から「葡萄のゼリーパフェ」「夏のフルーツムース・桃の姿」「スイートカプレーゼ」2番目の写真は「夏のフルーツムース・桃の姿」の断面だ
2008年06月12日
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沈みかけの太陽が世界を自身の淡くやわらかい朱色で染める光景を見るたびに「あぁ・・・日々が過ぎていくのか」と・・・ふと思ってしまう意識するまでも無い当然である時間の経過がここ最近どこかもどかしく儚く思うようになったこうしている間にも時は流れるあと1年で自動車の免許を取得できるようになりあと3年もすれば自分は20歳つまり社会的に「大人」という域に入ることになる幼少期自分は大人と言うイキモノは「完璧」「正解」「手本」という勝手な固定概念があった今はもうその固定概念はいつの間にか無くなっているのだがまだ心の中に「大人は完璧である」という願望のようなものがあるのかもしれない大人・・・・ふと立ち寄ったコンビニそこで見かけた50代前半の白髪混じりの男いかにも不慣れな様子でレジをその大きな指先で辛うじて押して接客をする男その疲れ顔を取り繕い接客するその姿にはどこか悲しいものがあった自分が弁当とお茶をレジに置くと突然「すいません」と繰り返す男自分は何もしていないし男も何の失敗もしていないだというのにそう繰り返す男「すいません」それを聞くたびに高校生の餓鬼に一体何を思いそう繰り返すのだろうか?何がそんなにも悪くて謝っていのだろうか?何を考えこの男は今こうして働いているのだろうか?なぜだ?なぜなのだ?「大人の世界というのはこういうものなのか?」財布から取り出した千円札を強く握り締めて絶望を押し殺した自分この男の人生に何があったのかは知らないが少なくともいえることはコンビニの店員になりたいが為にこれまでの人生を送ってきたわけではないということおそらくどこかで大きな挫折や失敗があったのだろう「すいません」と繰り返すたびにこの男はどのような人生を送ってきたのか露呈しているようで心苦しい思いになる周りにいる大人「約束」を平気な顔して破る大人相手の痛みや考え方を理解しようとしない大人相手の思いを踏み躙り自分の事しか考えていない大人自分が「全ての正義である」と頑なに何も聞く耳もたない大人自分がよければ相手はどうでもいいと考える大人大人大人・・・・自分は大人という存在に恵まれていない気がする見るたびにこれから先の自分の世界はこの大人たちのように衰退と挫折や悲しみへと続いているのではないのだろうか?とふと思ってしまうのだ大きく挫折しどこか歪んでしまった大人を幾度と無く見てそれを見るたびに自分はそうならないようにと思うのだが日々の流れとともにそれらは「遠い日の思い出」となり思いも忘れ去られてしまうのだろうか?日々が過ぎていくのはどこか儚い
2008年05月13日
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穏やかな風の中に春らしいほのかなぬくもりがあることにハッとした今日この頃いつもの道に春を見みた。桜。今まで存在すら気づかなかった小さな桜の木。今日になって初めて気づいたのは淡い桃色の振袖をその身に纏っているからなのだろう幾つかはその花びらを大きく広げ風とともに揺らしていたがまだ幾つもの花はわずかに開きかけた蕾を残している多くの人びとは「満開」を好むらしいが自分の考えは違う「満開」それはそれ以上は何も無い発展することのない状態で「頂点」であるその後に待ち受けているのは「衰退」のみだ満開の桜よりも咲きかけの蕾を残した桜を見たほうが何か安らぎを感じる自分の思う桜の満開季節はもう春自分は今年で18歳になる時の流れは早い当たり前だがどこか見落としている事実に気が付いたのはごく最近の事ように思えるいつにもまして時の流れが速かったのは去年一年間特に六月頃から現在に至るまでの日々は今まで生きてきた中で最も時の流れが速かったそしてそれは今も継続しているそこには様々な原因があるがそれは・・・・・・・それをここに今書くべきではないと自分は考えているそれを書くのは近い未来になるのか遠い未来「出来事」が時とともに「思い出」へと変わってしまってからなのかそれは自分でも分からないもしかするとこのまま書かない可能性もあるかもしれないしかし今の自分はいつかその原因について書きたいと思っているそのために今は少しでも高みに行かなければならない高みの先に求める物があるから自分の桜は蕾をその身に宿してまだ眠っていると思いたい満開の桜に進歩は無いから今はそれだけを書いておこうと思う
2008年04月02日
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いつからなのだろうか?自分の世界が輝かなくなったのは心のそこから温かな何かが湧上っては体に優しく溶け込み包まれていくあの感覚全ての世界が光を帯びて幻想的に過ぎていくあの景色世界はこんなにも輝いていたのかそう思えていたのは一体どれほど前のことなのだろうか?「世界が輝く」人を本当の意味で好きになった事のある人はこの意味が分かるだろう逆に本当の意味で好きになった事の無い人はいくら説明しても分かる筈のない感覚だ今自分の世界は薄暗くただ全ての事象が「起こっているだけ」だ自分の目の前には薄暗いフィルターのようなものがあるそのフィルター越しに見る世界はどこか滲んでただそこにあるだけ。「ただ起こっている。それだけ。」そうしていつまでも虚ろな世界が続いている「心の弱さ」「寂しさ」「満たされていない事への不満」全てが複雑に絡み合って一向に解ける気配すらない「どうしたいの?どうして?」この言葉はとある曲の歌詞なのだが今この言葉が何度も頭の中で巡っている日々のただ過ぎていくだけの流れどうしたいの?薄暗い世界から抜け出したい焦りどうして?心の中で繰り返すたびに分かっていた筈の世界が砂上の楼閣であったことを知り崩れるそして分からなくなるどうしたら世界は輝く?どうしたらいい?目先の優しさに流されそうな自分流される程に手に入れたい世界はかすむなぜだ?手に入れたい輝く世界が遠いのはなぜだ?そこに近づけないのは
2008年03月05日
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