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今日も遅くなってしまったが、明日は出張。出張の方が旅行気分も多少入って、かえって楽な面もあるかもしれない。ただ、体調には気をつけよう。
2011.05.31
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内閣不信任案提出の動きが出てきたようだ。国民の未来のために可決してほしいものだ。この時期に政局はないだろうと、もっともらしく批判することで、管内閣を応援しているマスコミもいる。増税による財政再建派だろうか。彼らには経済がもう一つ見えていないようだ。この内閣がこのまま続けば、数年後には日本経済はガタガタになっていくだろう。まだそれほど被害が顕在化していない今のうちに交代が必要なのだ。眼に見えて経済がガタついてからでは手遅れだろう。結局そうなれば、復興も福祉も進めることができないだろう。経済が健全であってこそ、福祉もできるのだ。経済の貧困の前に、まず心の貧困があるのだろう。首相の心の中にある図が引き寄せられている。貧しさの平等という最小不幸社会の実現に向かって動いている。戦後の焼け野原での炊き出しか、あるいは原始時代の風景か。これでは国民はたまったものではない。日本は変わるべき時がきている。まずは心が豊かにならねばならない。清く貧しくではなく、清く富む必要があるのだと思う。にほんブログ村
2011.05.31
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ついに、マニフェスト違反の消費税増税。不況下で、震災ダメージの大きい時には絶対にやってはならない増税路線を突っ走る。国民を皆貧しくする貧乏神の本領発揮か?!読売WEBニュースより消費税10%を6月決定…首相、今度はコア会議 菅首相は29日、6月下旬にまとめる社会保障と税の一体改革案の中で、焦点の消費税率引き上げ幅や引き上げ時期を最終調整するため、政府と与党幹部による「コア(中核)メンバー会議」を設置する方針を固めた。 来週中に初会合を開き、4回程度の協議を経て6月中旬にも、2015年までに現行税率を5%引き上げて10%にする案を決定する方向だ。 「コアメンバー会議」は、「政府・与党社会保障改革検討本部」(本部長・菅首相)の下部組織として設置する。首相をトップとし、枝野官房長官、与謝野経済財政相ら関係閣僚や、民主党の岡田幹事長、輿石東参院議員会長、国民新党の亀井亜紀子政調会長ら16人が参加する予定だ。 同本部の下には、有識者13人らが参加する「社会保障改革に関する集中検討会議」(議長・菅首相)が置かれているが、6月2日に社会保障改革の原案をまとめた段階で役割を終える。原案にはパートや派遣社員らへの厚生年金の適用拡大や、低所得者の基礎年金加算などの新対策を盛り込み、15年に消費税収の1%分に相当する2・5兆円余りの追加財源が求められるとの試算を提示する予定だ。(2011年5月30日06時31分 読売新聞)現在のような経済状況下では絶対にやってはいけない増税。自分も負担を分け合いたい、という日本人の心情にあっているかもしれないが、大変なことだ。増税すれば、財布のひもは締まるものは売れなくなる。企業の利益も減る。法人税収入も減る。雇用も減る。給料も減る。所得税も減る。雇用が減れば、税収が減るだけでなく、失業手当の支給が必要。そうなれば、期待したほどには、税金が集まらないし、政府の出費もますます増える。さらに増税が必要になる。こういう悪循環を繰り返すうちに、日本経済はガタガタになる。そもそも、社会保障との一体改革と言うのは視野が狭すぎるだろう。財政全体を見直すべきだ。(現政権には無理かもしれない)他人の無駄は発見できても(実は必要なものを切り捨てていたりしたのだが)、自分の無駄はわからないのだろう。また、復興から日本の牽引車になるような計画を立てるべきなのに、それも見えない。東北が発展すれば、経済全体もよくなり、上に書いたのとは逆の循環が始まるのだ。豊かさ、豊穣をもたらす政権であってほしい。内閣不信任でこの暴走を止めなければいけない。日本は変わるべき時に来ている。にほんブログ村
2011.05.30
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東日本大震災の発生40分前に、東北地方の上空約300キロにある「電離圏」の電子が異常に増えていたことを、北海道大学の日置幸介教授がGPS(衛星利用測位システム)の電波から突き止め、日本地球惑星連合大会で27日に発表した。電子は最大で1割ほど増加し、地震発生直後に元に戻ったという。 増加の仕組みはまだ分かっていないが、2010年のチリ地震、2004年のスマトラ沖地震、1994年の北海道東方沖地震の直前にもGPS記録から電子の増加が確認されたそうであり、今後、地震の予知に役立つ可能性もあるようだ。地震予知は現代の常識では不可能とされていたが、その常識はくつがえるか。考えてみれば、その時点その時点の常識は、あとになってひっくり返っているものもたくさんある。科学の世界でも例外ではない。これからのさらなる研究成果を待ちたい。にほんブログ村
2011.05.29
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台風が接近し、週末は雨模様のようです。被災地を始め、全国各地十分な備えが大切です。ところで、管首相は、閣僚とも打ち合わせてないような数値目標を、サミットでは発言していたようです。誰か知り合いに勧められた数値でしょうか。実現性の検討もなく、思い付きで言っているのでしょうか。(この方ならありえますが、国際社会でもこういうことをするとなると驚きです)他の国の指導者たちも、復興については触れても、この方の数値目標には触れなかったようですね。一人それに気がつかないのは御当人と側近の方々でしょうか。日本は変わるべき時が来ています。にほんブログ村
2011.05.28
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原発の海水注入について、発表がくるくる変わる。いったいどうなっているのだろう。実務レベルの仕事ができる人が官邸にはいないのではないか?いなくてもそれができる官僚を使いこなせれば問題はないのだが、政治主導と称して官僚も使いこなせず、かと言って、それ以上の仕事ができるわけでもない。田中角栄元首相は、官僚が使いこなせた点で大きく違い、官僚からは慕われていたという。官僚から嫌われてしまっては、いいレベルの仕事はできない。その中で、東電の所長が、首相の顔色をうかがうことなく(?)、海水注入を止めなかったという。もしそうなら、なかなか気骨のある人だと思う。これぐらいの人がいなければいけない。現在の官邸に任せれば、何も真実が分からなくなり都合のいい情報ばかりが流れる独裁国家に近づいていくことだろう。このまま場当たり的対処が続けば、経済も豊かさも何もかも傾いてしまうだろう。日本は変わるべき時が来ている。にほんブログ村
2011.05.27
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アイスランド噴火で、イギリスやドイツの一部の空港も飛行が制限されているようです。渡航予定の方はお気をつけて。(今日は時間切れでここまで)
2011.05.26
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民主党の小沢さんも動いているようですね。自民の谷垣さんは小澤さんがあまりお好きでないのでしょうか。このあたりで共同戦線をはれば、管政権はもたないと思いますが。そして、谷垣さんか、民主党の第三者が首相という運びになればいいのではないでしょうか。少なくとも、管さんよりは国民を守る方向で政治ができそうに思います。にほんブログ村
2011.05.25
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この政権は、停止や廃止とバラマキは得意だが、何かを新しく創り出すというのは苦手なようだ。あと先考えずに、その場のことだけで判断して停止してしまえば、そのあとどうなるか。たとえば原発の即時停止が、あとあとどういう影響を及ぼすのか、ということが考えられないのだろう。考えられる人なら、あとの対策をしなければ、できないはずだ。停止のあとに来る停滞。そして、それは時間差でやってくるので、その停滞は自分のせいではなく、その時点の環境や他人のせいにするだろう。新しく創り出せる人こそ、体系的な廃棄、体系的な停止が可能だろう。単なる停止は衰退を招く。社民党の党首も同じタイプの人のようだ。責任をとらなくてよい野党が言うだけならまだましだ。しかし、一国の首相がこれでは困る。あとのつけは国民に回ってくるのだ。しかも、このタイプの人は責任をとらずに逃げ出すだろう。早く交代した方が本人のためでもある。日本は変わるべき時である。にほんブログ村
2011.05.24
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5月21日、アイスランド南東部のバトナヨークトル氷河にあるグリムスボトン火山が噴火し、噴煙が上空20kmまで達したとのこと。そして、航空管制当局は22日にケプラビーク国際空港を閉鎖した。噴火は数日間は続くとみられている。アイスランドでは、去年4月にも南部のエイヤフィヤトラヨークトル氷河の火山が噴火おり、25カ国の空港が閉鎖されるなどの影響を及ぼした。今回もまた欧州の空の足が混乱する恐れもある。日本だけでなく世界で災害が起き始めているようです。自分の欲得で動く社会に対しての警告なのかもしれません。自助努力と、自分も他者も共に生かす博愛の精神が求められているような気がしてなりません。日本も早く政権交代すべきだと思います。にほんブログ村
2011.05.23
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久しぶりに、ほっと一息。バラの写真を。花は和みますね。日本も再びよみがえりたいものです。にほんブログ村
2011.05.22
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内閣がいろいろと批判されている。首相の発表でも、「検討する」の羅列が多い。これでは一国のトップの発表とは言わないだろう。これな発表なら誰でもできる。検討した結果、いついつまでに、何を、どのくらいの費用で、誰がどうする、というのが発表だろう。さすがに、会社勤めをしたことがない(できなかった?)人だけある。マイルストーンも方向も目標も示せないなら、会社であれば経営者は到底むりだろう。管理職でさえも勤まらない感じだ。「検討する」と言うので、さもいいものができるかと思えば、いつの間にか、飛んでもないことをやる。これ、まさに独裁者の資質だ。人々を安心させるふりをして、結局自分の思い通りにことをすすめる手法。法律もしばしば破る。判断する基準が、法律ではなく、自分の感性にあるなら、やがてエスカレートしていけば、したい放題のことをするだろう。このあたりはヒトラーと似ているという人もいる。人の感性にのみ訴えて、いいことを言っているようにみせかける。その実、その果実は、人々をどん底に落とすものだ。野党も早く結集して、とにかく首相交代を果たすべきだ。民主党のなかには、まだ、ましな人もいるはずだ。このままでは、日本と国民の未来が危うくなる。今の日本で最大のリスクは、震災でも経済でもなく、首相だと言い放った外国メディアもあるという。過去傾いた国家は歴史にはたくさんある。それに学ばねばいけない。にほんブログ村
2011.05.21
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拉致被害者の家族の方々は、民主党政権になって困っているという。自民党時代は解決に向けての努力があったが、民主党になってからは救出に向けての具体的な動きが何も出て来ないということのようだ。民主党は、人権を守れとかよく言っているようだが、誰の人権を守りたいのだろう。中国や北朝鮮を守りたいのか。日本人を守れなくてどうするのか。単にお題目のように解決する、と発言するだけでも何の進展もないだろう。口だけではだめだ。そして、拉致問題で、中国に協力を要請しても無駄だろう。それは国際センスがないということを意味しているだけだ。北朝鮮が国家として命脈を保っているのは、中国の支えがあるからだ。中国も、北朝鮮を盾として使っている。核問題で六カ国協議を行っても、中国が議長国である限り、何も進展はしない。北朝鮮に働きかけるように見せつつ、北朝鮮を守っているのだ。それを見抜けず中国が頼りになると考える政治家がいたならば、政治家失格だろう。しかし、残念ながら、日本の政治家には国際問題や防衛問題に疎い人が多い。日本人も、海外には海外の発想があることを知るべきだろう。そのうえで、日本人たるべしはよいと思う。民主党が、本当に人権を考えているなら、変な人権の法律(これが成立すれば、外国人が日本人を、日本国内で裁くことができるようになる。彼らに日本を占領させる気なのだろうか)の制定を考えるより、まず拉致問題を解決せよ。自虐史観、戦後知識人と言われた人の持つ左翼史観に固まった考えは、日本を急降下させるものである。日本は変わるべき時が来ている。にほんブログ村
2011.05.20
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原発取材を行い、ビデオも流した評論家の青山繁治氏の話などを聞いていると、管首相の震災翌日早朝の福島第一原発訪問が、原発での適切な処置を遅らせる原因になったようだ。原発側としてベントという作業を行おうとしていたその時に、首相が来ることになったという。その対応に追われた点と、首相が来ている時にベントはできない、とのことで、作業が遅れた。その後最初の爆発が起きているのである。原因はこれだけではないとしても、首相が訪問することで、危機対応に専念すべき人の手を取り、対応を遅らせたことは事実だ。どういう時に、どう考え、どういう行動をすべきかというのが分からない人であることは、その後の対応を見ても分かる。自らの延命をはかるためのパフォーマンスがその中心軸にあると考えれば、一連の行動・言動の意味が分かる。国民の生命・安全・財産を守る義務のある一国の首相としては、まさに不適格である。パフォーマンスにより人気が上がるというのは、2年前の民主党大勝利のときと変わらない。同じ過ちを繰り返していてはいけない。日本は変わるべき時である。日本がこれ以上沈まないためにも、早く政権交代すべきである。にほんブログ村
2011.05.19
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ブログで使っているニックネームを変えました。旧 徒然2010 ↓新 徒然20202010年はすでに過ぎてしまったことが理由の一つです。(もう5カ月も過ぎている)そういえば、ブログを始めた時は、「徒然2006」でした。一気に「2020」にしたのは、名前をしばしば変更するのも終りにしようということと、2020年くらいには、現在のような政治経済外交の国難の解消は終わっていて、日本が上昇気流に乗っているだろう、との願いを込めております。なお、ブログタイトルは「徒然萬成」のままであり、変更はありません。萬成は私の造語ですが、すべての(良き)ことが成就するようにとの意味を込めております。これからもよろしくお願いします。にほんブログ村
2011.05.18
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日本経済、そして国民の暮らしと安全。予断を許しません。米軍がいなければ平和になる、というありえないことを信じている人がいることにも驚き。よほど、自虐史観や日本人以外に悪人はいないという思想に染まっているのでしょう。客観的にみれば、日本人ほどの国民レベルの国は、そうないと言えるのに。これは、警察がいなくなれば、町は平和になる、と言っているのと同じですよね。警察がいるから悪い人がいる。警察をなくせば、警察に対抗しようとする悪い人はいなくなるから平和になる、と。警察に置き変えれば、何か変では?と気づきますね。米軍がいなくなれば、近隣諸国の構図はすぐに変わってくるでしょう。台湾や韓国もそのままでは済まなくなることでしょう。ひとり日本の問題だけではないのです。それを狙っている国は、米軍がいなくなれば、と言っている団体を後ろから支援しているのかもしれません。米軍がいなくなれば平和になるぞ、と狼がおばあさんに化けて話をしているのでしょうか。1990年代、フィリピンで米軍を撤収させましたが、その後すぐに、目の前の南沙諸島に中国が入り実効支配を始めました。フィリピンは米軍を呼び戻しましたが、中国による南沙諸島の実効支配は続いています。歴史的に中国領土と主張しています。かの国では、尖閣だけでなく、沖縄や九州あたりも歴史的には中国領土にはなるそうです。今の内閣では、防衛面でも期待できないことでしょう。日本は変わるべき時が来ています。にほんブログ村
2011.05.17
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原発ロボットは、なぜロボット大国と言われたはずの日本製が活躍せず、アメリカ製が活躍したのか。アメリカの方が危機管理がしっかりしているからだという。あらゆる想定を考えて、危機に対応する。それは国家の危機意識、防衛意識ともつながっていることだ。日本はどうか。何度か原発ロボットを開発しようとしたらしい。予算もついたらしい。しかし、原発ロボットをつくると「原発は安全ではないのか、なぜそんなものをつくるのか。それほど危険なのか」という批判が出ることを恐れたという。みずから安全でないことを認めたから、つくるのだろう、と言われてガタガタと崩れ落ちたようだ。日本では大切なものを実用化できなかったということだ。そして、アメリカは実用化した。安全を追求し尽くしたつもりになっても、パーフェクトな安全はありえない。だからこそ、危機管理として、さらにその対策を考えるのである。日本は防衛意識も危機意識もあまいということだ。人々の安全を守る仕事が、反対派の言論を恐れる気持ちに負けてはいけない。日本人には正義という観点が不足しているという。何が正しくて何が悪かを分けず、とにかく、なあなあと争いがなければよしとするところがある。しかし、こういうケースでは、それが裏目に出る。それが正しいと思ったなら、しっかりと必要性を訴え、説得して推進すべきなのだ。法を無視して、自らの延命のためのパフォーマンスと感性で原発停止を決定する首相は、正義という観点を持たない最たる者だろう。日本は変わらなければいけない。内閣は交代しなければいけない。多くの人々の安全と平和のために。にほんブログ村
2011.05.16
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原発停止問題は、波及効果が大きくなりそうだ。風力発電その他では、安定供給もできないし、需要量を満たせないだろう。それに現在でも問題になっている風切り音など騒音問題はどうするつもりだろう。原発よりましだと、その地域の人が受け入れてくれると踏んでいるのだろうか。議論も検討も何もなく、まったく思い付きで停止させ、思い付きで発言しているかのようだ。法治国家ではなく独裁国家になってしまったかのようだ。発言をした後始末は、すべて官僚や地方自治体、そして企業の責任なのだろう。このあたりは鳩山さんも同じタイプだ。まるで昔のどこかの王様が、わがままし放題で国を傾かせていった姿をほうふつさせそうだ。さらには、経済全体にも大打撃となっていく可能性が高い。中部電力から東電への支給はなくなった。各地の原発が止まれば(13カ月ごとの定期メンテナンスのあとの再稼働が認められなければ)、日本は真っ暗になっていくだろう。経済音痴が1国のトップに立つと、ここまでも人々を苦しめることになるのか。そして、そんなことをしようとしていても、自分でもまわりでも気がつかないものか。いや、首相のもつ戦後の炊き出し社会を再現させようとしているのか。手放しで喜ぶ向き(戦後知識人と言われたような思想に共鳴するタイプの方)には見えていないのだろう。しかし、このままいけば、この先数年で日本は窮地に陥ることだろう。まずは、首相交代である。日本と日本国民を守らなければいけないと思う。にほんブログ村
2011.05.15
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関西電力の原発を多くかかえる福井県知事も、安全基準を明確にするよう国に求めた。そうしないと、定期点検で停止した原発の再開に同意しない可能性もあるという。法律にも何の根拠にも基づかず、浜岡原発を止めるからこういうことになる。以前にも書いたように、浜岡原発は、今回の震災を受け、津波対策も打っていたのだ。それを関係者との協議もなく今後の見通しもなく、さらには、今後経済に及ぼす影響も気に留めずに、停止させた。それも後始末は、地元自治体と中部電力任せだ。他の原発も、こんな止め方をされては困るだろう。再開して何かあったら、それこそ、知事でさえ訴えかねられないだろうし、知事も住民に対して責任を負いきれないだろう。というより、止めない限りは無限責任を負わせられるかのごとき錯覚に陥るだろう。政権が自らのパフォーマンスのために、法律にも明確な根拠にも基づかず、感性で決めるからこういうことが連鎖するのである。まさに独裁者の手法である。ファシズムにおいては、否定と破壊が主流になる。前任者の否定、つくっているものの破壊と停止である。民主党政権誕生以来、ダムの停止、事業仕訳による事業停止、原発停止など、数々の停止を生んできた。その代わりに、新たに未来に供するものとなるものは、ほとんど何も生み出していないと言ってよい。これでは未来は下降線にしかならない。マスコミも御用聞きをしている。テレビでは、はや、節電をどうするかを一生懸命に宣伝している。節電を加速させたところで、経済はどんどん下降線になるだろう。検討する方向性がひっくりかえっている。どうやって、震災復興を果たし、日本をさらに活性化させるのかが方向ではないのか。電力不足で、電力を使わない。店は閉まる。買い物を控える。製造業も海外移転、断続運転を余儀なくされるだろう。そうすれば雇用も減る。給料も減る。それに伴い、所得税、法人税など政府の税収も減る。そうなれば、ますますの増税をはかるだろう。給料が減った上で、増税だ。ますます経済は悪くなる。首相の描く「最小不幸社会」は戦後焼け野原で炊き出しをして、人々を救っているイメージに近いものがあるという。まさに、そのイメージをどんどん実現させていこうとさせているかのようだ。しかし、その先には、最小不幸社会ではなく、最大不幸社会が待っている。早く国民は気づかねばならない。日本は変わる時である。にほんブログ村
2011.05.14
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停止が決まった浜岡原発だが、中日新聞によると、すでに4月20日には緊急津波対策が実施されていたことが分かる。以下、抜粋。建屋屋上に発電機設置 浜岡原発の緊急安全対策 2011年4月21日 中部電力は20日、福島第一原発の事故を踏まえた浜岡原発(御前崎市)の緊急安全対策を経済産業省原子力安全・保安院に報告した。この中で、外部電源が喪失し、さらに原子炉建屋内の非常用ディーゼル発電機が作動しない事態に備えた新たな対策として、各号機の原子炉建屋2階屋上にもディーゼル発電機を19日までに設置。いずれも海面から14・5~30・5メートルの高さにあり、津波を受けにくい場所を選んだ。非常時に原子炉へ注水するための電源となる。 中電は東日本大震災後、敷地内に配備した発電機車2台で対応する方針を打ち出していたが、即応性を高めるため、各号機に常設する方式に改めた。 敷地奥側の高台にも1年後をめどに、ガスタービン発電機を3~5号機に1台ずつ配備。タイプの異なる非常用発電機を置くことで故障や不具合のリスクを分散させる。 このほか、原子炉への注水や、原子炉格納容器の圧力を下げるために蒸気を放出する「ベント」などの具体的な対応手順を手引書としてまとめた。 中電によると、敷地海側に設置する防波壁など今後実施予定の対策も含めると、費用は300億円程度となる見通し。福島第一原発が、原子力そのものの事故ではなく、津波で発電機が動かなくなったことに起因する事故であることをきちんと把握していることが分かる。そして、リスクを分散してすぐにできる適切な対処を終えていたことが分かる。さらには、この記事には、今後防潮堤をつくる対策まで書かれており、対策としては適切に打たれていたことがよく分かる。「発電機が津波を被ってなければ冷却水は止まらず、何ら事故は起きなかった」という今回の震災の問題点に見事に対処している。通常の地震対策(揺れに対する対策)もきちっと対策してきた原発だ。今回のM9.0の震災でも、より震源に近かった福島第二、女川原発は正常に原子炉が止まっている。これは津波をかぶらなかったからだ。これらを、管首相や政府は把握しているのだろうか。津波対策問題を、原発問題にすり替え、人気取り政策に利用しているのではないか。また、原発反対論者という本性をこの際発揮し始めたのだろうか。そのためにこうむる国民の被害は一体どうするつもりだろう。彼らには、どうみても経営センスはない。会社を経営させれば、すぐに傾くだろう。そこで働く人々が雇用を失い、家族も困るだろう。国家経営としても、やがて重税と貧しい暮らしにあえぐ国に向かっていく運営をしているように見える。これが貧乏神内閣と言われるゆえんだ。法律に基づかない決定も多すぎる。独裁者の資質ありと言われるゆえんだ。日本は変わらねばならない。マスコミも、ほぼ管政権と同じマインドを持った人たちがトップに立っているのだ。だから批判ではなく、持ち上げ記事になるのだ。日本に危機が来ていることを自覚する必要があるだろう。政権交代のときである。にほんブログ村
2011.05.13
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原発は、13か月ごとに定期点検を受ける(その間停止する)ことが法律で定められているという。そのため、一つの原子力発電所に複数の棟があり、どれかは停止状態にあったりするわけだ。3月の震災以降、定期点検で停止していた原発で再開したものはないという。そして、浜岡原発の全面停止。電力事情の問題も大きいが、単に電力事情の問題では済まなくなっている。それに伴う経済の混乱をどう見ているのだろうか。これを機会に海外に企業が移転すれば、日本の雇用も企業による税収も減るというのに。今後「もし」であるが、もしも定期点検で停止した原発の再開を認めない状態を13カ月続ければ、日本全国の原発はすべて停止することになる。そうなれば、夏にクーラーをつけずに済ませる程度ではすまない。生産活動もなりたたないだろう。銀行や図書館、百貨店、その他閉めざるを得なくなり、まさに、戦後の混乱期のような生活状態になるだろう。この大被害は、じわじわと見えない形で現れるので、大被害ではないのだろうか。トップには全責任を負う覚悟が必要なのだ。浜岡原発以外の原発がどうなるかも見ておかなければならない。この混乱をチャンス到来とみている近隣諸国があることも忘れてはならない。危機の拡大をはかり、日本を窮地に陥れる政権は、一日も早く交代してほしい。日本人は気づかなければいけない。にほんブログ村マイバナーに登録する
2011.05.12
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福島原発。原子力損害賠償法第3条但書にある「異常に巨大な天災地変」の場合、原子力事業者は損害賠償が免責される、という文言はどこへ行ったのだろう。政府は自らの責任を含めて、すべて東電の責任にしようとしているように見える。法律をしっかり適用すれば、東電は免責ではないのか。東電も自ら事故を起こしたわけではないことを押さえておかねばいけないだろう。そして、浜岡原発停止。これが日本の電力事情に及ぼす影響は大きいだろう。中部から、東電や九州電力へ供給している電力は停止するという。他の電力会社の点検停止中の原発の再稼働ができない状態に追い込まれそうな勢いだ。単なる電力事情の問題ではなくなる。経済活動の減退を招くことになるだろう。株価も下がり、国民の資産も減るだろう。海外からの投資も減るだろう。そして、電力事情に問題のなかった西日本へ工場の移設を検討していた企業は、この際、海外に移す可能性もあると言われている。そうなれば、ますます雇用不安や、その分企業による税収が入らなくなってしまう問題が起きる。やはり、日本を貧乏へと導く貧乏神の本領発揮か。首相のパフォーマンスで決定してよかった問題ではなかったのだ。あとから白紙で見直すなど順序が逆だ。また、白紙で見直すというのは、今までの積み重ねを一気に否定するものだ。停止した中部電力。経済リスクや、株価低迷、その他のリスクは考慮したことだろう。しかし、それ以上に、地震による保証をすべて東電がかぶらなければいけないのを見て、最初に掲げた法律の適用は今後もされない、と判断したのだろう。そして、要請を断って、地震等で放射線漏れが起きれば、経営陣は袋叩きにあうことも想定したのだろう。それらのリスクの方が、経済全体に及ぼすリスクの方が大きいと。今の日本人の感性なら自らを守る方をとるのかもしれない。おそらく明治維新期の日本人であれば、自らを捨ててでも、多くの人を守る方を選択しただろう。戦後の自虐史観が大きな影響を及ぼしているように見える。津波対策ならすぐに始めればよい。また、地震は海からやってくるとは限らない点も見逃してはいけない。日本も貧乏神の支配から、福の神に照らしてもらう時代へと変わらねばいけない。法律を無視した指示をパフォーマンスとして出す政権や首相は、もう交代の時期である。にほんブログ村
2011.05.11
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中部電力が、浜岡原発の全面停止を決めた。首相の要請に基づくものだ。法的根拠のない行政指導と言われる。こういうことがまかり通れば、今後、首相の恣意のままに行政指導も可能になるということだ。それはつまり独裁者への道ということでもある。管首相は、当初より独裁者的資質は十分にあると言われている方であるので、その本領を発揮し始めたということだろうか。しかも、形の上では、強制停止ではなく要請だ。あくまで、中部電力が自分で止めることを判断したのだ。つまりは、停止に伴う損失の責任は、一切中部電力が負うことになる。政府は可能な限り支援するとしているが、どこまであてになるだろうか。国レベルの経済損失や、株価下落まではとうてい視野には入っていないだろう。むしろ、株価下落(国民の資産損失)を喜ぶタイプの人が、この政権には多いのかもしれない。御前崎の雇用対策や補助金の話も出ているが、結局、民主党の大好きなバラマキの延長でしかない。本当の雇用を生み出して、自らかせいでもらって、税金を納めてもらってこそ、政府による投資効果があるということだ。税金をつぎ込んでバラマいても、結局、ますます税金が必要となるだけではないのか。管首相の政治的パフォーマンスが成功したということだろうか。また、原発反対論者である首相が、機に乗じてそれを実行し始めたということだろうか。テレビのニュースに出てきたときの嬉しそうな顔がそれを現しているのかもしれない。結局、責任の部分は全部人に押し付けておいて、自分は成果のところだけを抜き取る。責任の部分を引き受けない人は、トップになってはいけないのだ。原発停止に伴い、火力発電を再開するという。CO2の問題はどこに行ったのだろう。減らすのではなかったのか。中東からの輸入は、供給安定の問題もあるし、今後起こりうる東シナ海のシーレーンの問題もあるだろう。国内調達可能だった水力発電(ダム)建設は、民主党政権誕生時に、停止させてさせてしまっている。経済効果も、代替手段もきちんと押さえずに、独断専行していいものだろうか。日本全体を、このレベルの判断に基づいて、貧しくしていっていいものだろうか。原発も、次世代の発電方法が見つかるまでは、廃止することはできないだろう。まだまだ対策の方法はあるはずだ。今回の事故は、冷却水を循環させるための発電機が停止さえしなければ起こっていなかった。原発の核の部分が事故を起こしたわけではないのだ。それを考えれば、少なくとも発電機のあり方(設置場所や方法)は全国的にチェックを入れた方がいいということだろう。いずれにしても、責任を負わなくていい形で、パフォーマンスで延命をはかり、さらにそれによって、国民を貧しくする政権はもう不要である。日本の未来を考えた時、ビジョンを描き実行できる人に交代すべきだろう。にほんブログ村
2011.05.10
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原発停止については、昨日も書いたが、経済や国民生活に及ぼす影響がどれくらいか、きちんと調べないまま超法規的に持ち出すのは問題だろう。他の原発はどうするつもりか。首相の発言一つで、いつでも止めるのか。それができるなら、首相のまわりには、首相におもねる人ばかりになるだろう。いわゆる独裁の始まりである。原発は地震対策はしている。今回の福島原発も、地震そのものでは問題は起きていなかった。安全に停止した。問題は、津波によって発電系統が動かなくなり、停止後の冷却水の循環ができなかったことだ。冷却できないために問題が起きた。すぐに海水を注入していれば、これほどの問題にはなっていなかったと言われる。海水により内部のさびを恐れたために、水の循環の準備に時間がかかり(結局間に合わず海水を入れることになったが)、その間に温度がどんどん上昇したものである。この対応はまずかった。責任を認めるべきだろう。政府は、すべて東電のせいにしようとしているが、政府に責任はなかったのか。初動の際に、管首相が怒鳴って東電の動きを遅らせたのは有名な話だ。やっていることが、すべての責任を東電に押し付けようとするためにしているように見える。また、海外のメディアにきちんと情報発信しなかったため、海外では、原発そのものの事故だと捉えているところもあるという。アメリカは、冷却水の問題であると、きちんと事態を把握していると言う。オバマ大統領も、アメリカの原発を止める必要はないと判断している。さすがである。しかし、他の国の中には、まさに炉心溶融したチェルノブイリと同じ事故が起きたとして、原発停止をするところもあったという。政府の特に海外への情報発信はお粗末と言わざるを得ない。また、食べても問題がない野菜を出荷停止するなど、風評被害も生み出した。食べて問題がないなら、カイワレのように、管首相が自ら食べて見せればよかったのだ。これが風評被害を生み、また、福島の人が来ると危険みたいな「空気」をも生み出した。この情報に対する責任は誰が取ったのか。あいまいなままである。福島第一原発にしても、もともと35mの高台を現在の10mに削ったと言う。35mのところに建てていれば、津波被害はなかった。つまり、今回の地震でも何の問題も発生していなかったのだ。この責任は誰が取るのか。政府ではないのか。まずはお詫びすることだろう。前政権のせいだという見苦しい言い訳は、トップはしてはならない。民間企業でも、過去の問題が発覚した場合には現在のトップも責任を問われるのだ。国の場合は、前の人のせいにしてよいということはありえない。人のせいにするような人は、国であれ企業であれ、どこであれ、トップに立ってはならないのだ。それは、その国・企業が傾いていくことを意味するからだ。さらには浜岡原発停止。思い付きであるかのような判断で、事前にしかるべき関係者との打ち合わせもなく、いきなり打ち出すのは問題だろう。中部で計画節電か。政府としては「自分たちで計画をつくれ」という以外には何もしないだろう(できないだろう)。そして、関西からも回すとするならば、関西も計画節電か。東北から西日本に会社を移したところもあるという。電力需要は増えるはずである。つまり結局、日本全国不況の嵐を引き起こすつもりか、と言わねばならない。このあたりを実施していくと、日本経済は2/3まで縮小していく、という予測がすでにあるようだ。多くの人を貧しくしてどうする。多くの失業者を生み出してどうする。多くの人の給料をさらに減らしてどうする。その人を救うために、さらに、増税して働いている人の生活もガタガタにするつもりか。貧乏神政権はもう不要である。きちんと責任をとって、原発停止するより前に、まず交代すべきである。日本人は空気で判断し、善悪の判断があまいという。このあたりは、正義は何かをはっきりさせ、その上に判断する欧米とはかなり異なる。彼らの正義は神の正義ということだ。善悪があいまいなままでは「空気」が支配し、よいのか悪いのか本当はよく分かっていなくても、そちらの方向に簡単になびく。(もちろん、明らかにすごく悪いことにはなびかないが)そのため、マスコミの誘導にも簡単に乗ってしまうのだ。それが現在の状態だ。このままだと、経済もそしてやがては防衛上も問題が起きてくるだろう。日本人も善悪がきちんと判別でき、それに基づいて判断できるようにならないといけない時代が来ていると思う。にほんブログ村
2011.05.09
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浜岡原発停止に関しては、首相周辺は、会見直前に「停止要請をする」と決めたとのことですね。経済産業省幹部にいたっても「まったく知らなかった」とこぼしているとのことですね。地元にも事前説明は全くなかったようです。沖縄の基地問題では、国が決めるべき政策事項なのに、地元の意向をうかがって進まない。こちらでは、民間企業の操業の内容を、当の企業とも地元とも経済産業省幹部とも話すことなく、法律の根拠もなく、一方的に要請(事実上の停止命令)を出す。この違いは何なのでしょうか。首相は、停止に伴う対策を政府として打つとは言っていますが、具体的には、何らその内容は示されていません。民間企業なら係長レベルの仕事もできてないということではないでしょうか。もし仮にこのような要請をするとしても、本来は対策と今後の工程表(防潮堤ができたら解除する)など、きちっと示したうえでするべきですね。このまま突き進めば、結局問題が起きた時の責任は、すべて中部電力が負うことになりそうです。それどころか、問題解決策もすべて中部電力が負わないといけないことでしょう。政府は、電力需要もきちんと計算しているのでしょうか。経済に及ぼす影響も計算しているのでしょうか。国民を貧しさに追い込みたい(国家を解体したい)のではないでしょうか。この決定に手放しで喜んでいるのは、左翼政治家・左翼マスコミ等でしょう。彼らの特徴は、枝葉末節で物事を判断し、総合的な見方ができないところにあるようです。つまりは、経営者的なものの見方、本来の指導者があるべきものの見方はできないということですね。だからこそ、共産主義・社会主義国家は、独裁体制で反対意見を許さない体制となるのでしょう。そして、貧しい国家となるか、中途半端に経済解放を行って、極端な貧富の差を生むことになるのでしょう。管首相は、政治主導と言うより、政治暴走だという意見がありますが、私も同感です。独裁者的な素質を持っていると言われていますが、やはりそう思います。また別の見方もあるようです。今回の決定は、民主党内で管降ろしをしようというグループ対策の面もあるという話が出ています。管降ろしグループは、原子力政策の面をついてくると言われていました。それに対して、先手をうって、その意見を封じこめようとしたと。もしそうなら、単なる自分の政権延命に、今回の原発停止を要請したということになります。これが本当ならとんでもないことですね。そのような人は一国のリーダーの資格はありません。いずれにしても、政権交代すべき時が来ていると思います。にほんブログ村
2011.05.08
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浜岡原発の全面停止を、首相が中部電力に要請したとのニュースが流れている。何か一方的な感覚を受ける人も多いのではないだろうか。防波堤の設置が必要というふうに指摘があるとも書かれているが、設置すれば再開するのかどうかも明示されてないようにも見える。先々の見通しが甘いまま、先行して突っ走るのは、やはり、この人が独裁者的な資質を持っているからだろうか。国富を減らすことには熱心なようだ。地方主権による国家解体と合わせ、若かりし頃からの主義主張を実現しようとしているのだろうか。しかし、国富を減らせば、いくらバラマいても、貧乏な人はますます貧乏になるという法則を分かっているのだろうか。福島の原発事故は、原発事故というより、津波災害および人災である。原発そのものは地震に対して、正常に停止している。地震での致命的な損傷もなかったはずだ。想定外は津波の大きさ。津波により電源系統が止まり、停止した原発の燃料棒を冷却できなくなったのがそもそもの原因だ。防波堤がもう5m高ければ、何の問題も起きていなかったはずだ。そして、その後の対応のまずさが、問題を大きくした、つまり、人災的側面も大きかっただろう。最初から海水を注入していれば、ここまで大きな問題になったかどうか。対策としては感情のレベルで議論せず、きちっと、何がポイントで、何が問題だったかを切り分け、今後の方策としていくべきだろう。感情のレベルで議論すれば、合理性はふっとんでしまい、人々は江戸時代かあるいはさらに原始時代の生活に戻らなくてはいけなくもなるだろう。浜岡原発も、耐震性には力を入れていると聞く。防波堤をしっかりと築けたら再開する、ということとセットでの停止なら、まだ話は分かるが、停止ありきでは、本当にどうなのだろう。風評被害とよく言われるが、風評被害を一番つくりだしているのは政府かもしれない。(もちろん、マスコミがつくっている面もある)現首相は独裁者的資質を持っていると言われる。気づいたら、日本経済が機能停止に陥っていないようにしたいものだ。民主党政権誕生の時にも、多くの国民は期待と現実の落差を経験したが、また、同じ轍を踏まないようにしたいものだ。にほんブログ村
2011.05.07
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震災復興のマイルストーンはどうなっているのだろう。仮設住宅をつくることが政府の目標だろうか。元の町に戻すことが目標だろうか。防災に強い街づくりや、新たな産業を起こす町づくり、新たなエネルギー産業を起こす町づくりなど、復興からさらなる発展を目指したビジョンは視野にはあるのだろうか。さすが最小不幸社会を目指すだけある。今まさに、その最小不幸社会が現れつつあるのではないだろうか。江戸時代あたりの暮らしが、首相やその周辺の理想なのかもしれない。その暮らしの人々を、政府が助ける。大企業(=悪と彼らはする)からたくさん金をとってばらまく。そんなふうに見えなくもありません。大企業にもしっかり豊かになってもらわないと、給料も増えないし、雇用も増えません。大企業がしぼめば、日本経済は落ち込み、すべての人が貧しくなります。共産主義国家がすべて貧乏になった同じ失敗を、今更歩んではいけないと思います。現政権は、マルクスという名を出さない共産主義・独裁主義を目指している研究報告もあると言います。日本経済が機能しているうちに、早く政権交代をはかる必要があると思います。にほんブログ村
2011.05.06
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連休最後の日です。明日休みで、日曜までの人もいることでしょう。連休は体調管理が難しいですね。ヘタに休みすぎると、体調を崩す経験はありませんでしょうか。体調にもソフトランディングが必要ですね。休みで、持病が改善するどころか、かえって症状がきつくなりました。休養十分なはずなのに変ですね。ふだん気を使わないことに気を使いすぎたのでしょうか。毎日のペースは大切です。気をつけたいものです。にほんブログ村
2011.05.05
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9.11の首謀者とされる人物が、米軍ヘリ数機によって急襲、1日に殺害されたことは大きなニュースになっている。このあたりは、日本人と欧米流の考え方の違いが浮き彫りにされるところだろう。日本は基本的に事なかれ主義だ。たとえ相手が悪くとも、急襲して殺すという感覚は理解しがたいだろう。(相手が巨大な権力の場合のみ、この感覚は変わるのだが。 しかも善悪に基づくのではなく、大衆の感覚が判断を左右する)つまりは、感性が支配していると言ってもいいのかもしれない。欧米流は、その点は違うことを日本人も理解すべきだろう。彼らは"正義"を追求する。その元にあるのはキリスト教的正義だ。正義に基づいて、悪は倒さねばならないと考える。9.11では、アメリカ本土に対して攻撃を仕掛けた初のケースとも言われる。テロであると同時に、(戦争と同様の)攻撃を受けた感覚に近いのだろう。そのような悪は、正義に照らして許せない、許してはいけないと考えるのだ。その感覚がつかめれば、なぜNYでお祭り騒ぎになるのかも理解が少しはできるだろう。彼らにしてみれば、日本人は善悪の判断が曖昧である。善も悪も一緒になっていても、大きなもめ事が起きるよりはいいではないか、と考えているように見える。(学校でのいじめが隠ぺいされやすいのも、この辺が原因だろう)彼らからすれば、まず善と悪は分け、悪は正さねばならない、と考えるのである。もっとも、問題点はその正義が本当に正義かということであろう。イスラム教は悪という概念が少なくともブッシュ前大統領時代にはあった。それが正しいのかということである。イスラム教は、キリスト教の存在を認める宗教である。少なくともコーランにおいてはそうである。キリスト教文明もイスラム教文明も、互いに相手に対しての誤解があるのではないだろうか。過去の長い対立を見れば、そう簡単には解消しない点ではあるとは思うが。世界の宗教に共通する基盤はあるのか、ということにもつながるだろう。本当の神から出たものならば、その時代、その民族に応じた姿を現したためにそれぞれが違ったものにみえるだけで、共通基盤があるはずであろう。世界紛争解決のためには、そのあたりも明らかにされる必要があるだろう。世界は今混とんとしている。日本もその中で曲がり角である。日本人でさえも理解できるような正義の概念が出てくる必要があるだろう。その時代はやがて来るのではないかと思う。にほんブログ村
2011.05.04
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憲法記念日ですね。少し前までは、憲法改正にふれることは、まるで、憲法違反を犯す悪人であるかのごとく言われて、糾弾されていたように思うのですが、最近わずかずつ変わっているでしょうか。憲法改正手続きは、現行憲法にきちんと触れられており、憲法改正を訴えることは、決して憲法違反ではなく、むしろ、憲法に則った行為であることでしょう。改憲=憲法違反とみなすような論調が生まれるのは、どこかで、自分に都合のよい論理を押し通そうとする人々の、すり替えが入っているということでしょう。日本の憲法は65年もの間変えたことがない、ということですが、世界的に見てもなかなか珍しいようです。アメリカでも、ドイツでも、時代に応じて変化させています。日本を取り巻く環境も、敗戦当時とは変わっていることに気づかねばなりません。憲法前文にあるように「平和を愛する諸国民公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」とありますが、これが空しくなってきているのは、昨今の周辺諸国の動きを見れば明らかです。米軍がいなければ、日本は今頃占領されていたことでしょう。日本人ももう少し世界情勢を見なければいけません。これには、左に寄りすぎ、勉強不足のマスコミや政治家、そして日教組の責任も大きいことでしょう。まずは、前文にある「平和を愛する諸国民」でないと認定された場合には、9条の適用をはずし、通常の主権国家と同じ権利を有すると宣言すべきです。9条の内容自体は、世界標準でいえば、主権国家とはみなされません。自分の国を自分で守らないとする国を、いったい誰が命をかけて守ると言うのでしょうか。また、占領下で制定された憲法であるということで、占領解除された時に、即刻改定手続きにはいることも、国際法上はできたと言います。現時点でのタブーはやがて打ち破られることでしょう。それができなければ、5年後、10年後には日本と言う国はなくなっているかもしれません。最低限、世界標準の独立国となれるよう憲法問題を考えていかねばならないように思います。にほんブログ村
2011.05.03
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久しぶりに花の写真。花は和みますね。チューリップは4月の初めごろの印象があったのですが、きれいです。こちらも。にほんブログ村
2011.05.02
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29日のブログで紹介した渡部昇一氏による日本の歴史。昭和期の流れも、また、あっと驚く内容です。現在の自虐史観、(左翼)知識人史観によると、戦前の日本は悪道の限りを尽くし、他国に迷惑をかけた残虐非道なイメージが出てきます。しかし、日本の歴史を思い起こしてみれば、何か変です。日本では、平安時代には死刑が行われなかった時代もありましたし、幕府が変わっても、前の幕府の人間を皆殺しにするようなことは決してありませんでした。このあたりは、中国で王朝が変われば、前の王朝の人間が皆殺しにされるのとは大きく違います。江戸から明治に変わるころも、大きな維新があったにもかかわらず、日本と言う国の未来を考えた人が、前政権からも新政権からも出て、日本を導いています。また、日本には武士道があり、相手を尊重する心も持っています。その日本人が、昭和の大戦の前の頃のみ、野蛮で侵略一辺倒だったとは、よく考えれば信じがたいものがあります。戦後になって、また急に日本人が元に戻ったと言うのも変です。この本を見れば、その辺の謎解きにもなりそうです。中国では、当時、国民党と共産党が争っていた。国民党にほぼ追いやられていた共産党が、どうやって力を伸ばしたのか。どういう画策があったのか。その背後にあったものは何か。そこに人のいい日本人が、乗せられてしまった側面もあったようです。また、明治憲法の欠陥も昭和になって浮き彫りにされたようです。当時の世界情勢(アジアの国々はほぼ西欧列強の植民地であった。また、そのなかでブロック経済を敷いていた。日本も植民地にされてもおかしくない状況だった。有色人種は白色人種よりも劣等であると信じられていた)も重要な要素です。東京裁判も日本人を悪者にするための裁判であったということが浮き彫りにされます。また、南京大虐殺とよく言われますが、実際には大虐殺と言われるようなものはなかったようです。戦後になって、こういう宣伝をすることが都合のよい勢力によってつくりだされた虚像のようですね。ものごとを10倍にも100倍にもオーバーに言い、また、何かあれば皆殺しにすることがよくある中国的な発想にも基づいているのでしょう。日本人はそろそろ自虐史観から脱し、日本と言う国に誇りを持つべき時が近づいているように思います。楽天ブックス: 「昭和の大戦」への道 - 渡部昇一にほんブログ村
2011.05.01
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