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犬HKでやっていた「ドクターG(総合診療医)」は個人的に大好きだった番組だが、残念にも、つい先日終わってしまった。政治にもドクターGが必要に思う今日この頃である。 八百長相撲騒動は引退で収束の気配かに思えたが、相変わらずモリカケ八百長隠しの八百長報道は止まないどころか、しばらく静かだった北がまたミサイルをぶっ放したという。 北がミサイルをぶっ放すのは、この国のアホ総理がなめられているからである。つまり、政権維持の口実に利用していることが北に見透かされているからである。 実際に、ロシアでは、北のミサイル発射の責任は対話を求めずに、挑発する日米にある、と報道されている。米国が梯子をはずしたら、責任は日本にあることになる。 アホ総理は即座にモリカケ八百長問題の責任をとって引退すべきであろう。 それにしても、八百長報道のいい加減さには呆れてしまう。「礼節を重んじたばかりに暴力を振るう」という矛盾した釈明だったが、礼節を重んじるのなら、暴力が論外なのは言うまでもないことである。 他者に礼節を求めるのなら、まず自分が礼節をわきまえないとダメである。 「後輩の態度が気に食わなかったので、我慢ができずに暴力を振るった」とはっきりというべきである。外国人なので、日本語の使い方がわかっていないのだろう。全く嘘つきである。 陽明学の大家の安岡正篤氏によると、忘年会の「年」とは、年齢の「歳」の事で、上下関係を忘れて飲む懇親会の事であるというから、飲み会の席での説教こそ、野暮この上ない。懇親会というのは日ごろの年功序列から外れるから意味がある。 だから、日頃の鬱憤で下が上を殴るというのはよく聞くが、上が下を殴るというのでは人類平等ではなく、苛め会で、開く意味がない。 キリストでさえ、最後の晩餐で弟子たちにパンと杯を自ら分け与え、弟子たちの足まで洗ってやっているのである。つまり人類も神も宇宙のなかでは平等ということである。 だから、無礼講といわれているのに、無礼講が嘘になっているのがこの国の醜い嘘の現状である。無礼講にも礼節を求める非情さに、この国の醜さ、ゆとりのなさが現れている。 確かに礼節を重んじるのは大切な事だが、教育の仕方が暴力では論外で、礼節を軽んじている証拠である。誰の心にも善意がある。善意に響かせなければ、教育が無意味になる。 それに礼節を重んじるのは、生活の何から何まで上下関係を求めることではない。それでは生活に遊びがなく、心苦しいものになってしまう。夏目漱石が批判していた欧化政策で、古の礼節が唯物的になり、曲解され伝わっている。 古の礼節を簡単にいうなら、気遣いである。気遣いができるかできないかである。TPOをわきまえる事である。場の空気を読んで、真相究明に向かわせ、善悪を明白にすることである。権力に媚びたり、悪に唆され、自己保身で嘘をつくのは論外である。 気遣いといっても、権力者に取り入ったり、ゴマすりをすることではない。その逆で、良心を育てる事である。何が悪で、何が善なのか、悪なら、善導することである。 現代の日本語の原型ができたのが、明治時代なので、比較的近年にできた言語体系といえる。現代の日本語は、外国人にいわせると、漢字を除けば、わりと習得し易い言葉だが、多分に意味が曖昧な点で、誤解を招きやすいようである。 例えば、「どうも」という言葉を一つ覚えれば、いろんな場面で使えるので、使い勝手はいいが、意味が限定できない。「どうも、どうもで、どうもなんだよね。」で通じてしまうことだってある。官僚が使う言葉がこのようなものである。 「前向きに検討します。」「誠に遺憾である。」等々。 このような言葉は、私は責任を取りませんよ、という意味で使われるから、海外ではよく誤解されやすい。案件の当事者でありながら、第三者に立場を置いて、上から目線の言葉使いだから、死んだ表現なのである。 言葉をただ置いているだけで、返答しているという口実をつくっているだけである。虚言である。 このような無責任さが、戦後のポツダム宣言を黙殺したと連合国にとられ、原爆投下の口実となってしまったことの反省もなく、いまだに続けている。 とにかく、間違った日本語が横行している事は確かである。嘘やインチキ、八百長が罷り通って放置されている。この国は事実上潰れているも同然なんである。 というわけで、お馴染みのサイトからこの国の終わりのはじまりを紹介する。 ★ ★ ★嘘をついたら、総理になれる。うそつきは総理の道。礼儀を口実に殴ると横綱になれます。 それが日本帝国。http://tyuubukou.blog.shinobi.jp/%E6%94%BF%E6%B2%BB%E5%90%91%E3%81%91/%E5%98%98%E3%82%92%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%9F%E3%82%89%E3%80%81%E7%B7%8F%E7%90%86%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%82%8C%E3%82%8B%E3%80%82%E3%81%86%E3%81%9D%E3%81%A4%E3%81%8D%E3%81%AF%E7%B7%8F%E7%90%86%E3%81%AE%E9%81%93%E3%80%82%E7%A4%BC%E5%84%80谷間の百合 ゆり上記文抜粋・・・・・・・・二十九日 その二 総理が嘘をつくからみんなが嘘をつく。榊原経団連会長が会長、相談役をやっていた東レの子会社のデータ改竄が明らかになりました。トップがアレで、経団連のトップがあの人ですから、これからも数珠繋ぎで不正が出てくるのではないでしょうか。なにしろモラルがぶっ壊れているのですから。いままでなら榊原さんが不正にタッチしていなくても、報告を受けていなくても引責辞任するのが社会の慣例のようなものでしたが、、、総理だって、これだけ国会を混乱させているのですから、普通の神経と良識があればとっくに引責辞任していなければならないのです。もうだれも責任をとらない、辞めないのが当たり前の世になりました。むかしは、疑獄事件では必ずと言っていいくらい自殺者が出たのではないでしょうか。秘書や課長クラスの人間が、義理と人情のハザマで自殺に追い込まれていったのではなかったでしょうか。今回も、わたしは当初自殺者が出るのではないかと思いましたが、そんな心配は無用でした。・・国会招致で、参考人が嘘をついたのは総理を庇っていたからではないと思います。かれらは総理の嘘をイチバンよく知っている立場の人間です。その総理がペラペラ嘘をついているのですから、それに合わせるのが得策だと思っているだけでしょう。もし、総理に忸怩たる思いがあって苦しそうにウソをついているのなら、かれらの対応も違ったものになっていたように思うのです。忖度でもないのです。みんなそれが楽だから総理の真似をしているのです。モラルハザードのトリクルダウンです。野党は質問して終わりではなく、総理が辞めるまで追求の手を緩めないことです。そうしていたら、さすがの自民党議員も総理に辞任を迫らざるを得なくなるはずです。希望の党は「未来を先取りする」党だと言っていますが、意味が分かりません。おそらく、安全保障の面に限って言っているのでしょう。長島昭久さんが偉そうにいろいろ言っていましたが、わたしは、そうですか、ジョセフ.ナイがそう言っていましたかと思いながら聞いていました。(どうでもいいことですが、わたしはあの手の顔が嫌いで、あの手の中には西川公也さんもいます。)・・・・・・・・・・・・・・抜粋終わりあの飯山一郎さんでも書いたことだが、モラルが壊れると、国家・社会が壊れる。それもトップが率先して壊している。 ★ ★ ★どいつもこいつも嘘つきばかりの国です。
2017年11月30日
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忖度のことを下世話にいうなら、八百長と呼ぶが、モリカケ八百長問題が、相撲八百長問題に飛び火したのか、その逆だったのかは、連日のモリカケ八百長問題国会追及隠しの相撲八百長暴力問題騙すゴミ垂れ流し報道に、いっそのこと、八百長相撲から国技の称号を剥奪すべきなのではと思う次第である。 連日連夜、相撲ファンにしか興味がないどうでもいいイザコザ話を公共放送で垂れ流すことこそ八百長報道そのものではないのか? アホ総理の八百長問題の方が大問題である。 ガチンコ貴乃花が噴火するのも当然だろう。 しかし、貴乃花が怒る矛先は、千代の富士八百長問題隠しで人気取りに必死な相撲協会ではなく、八百長総理が、国の中枢にまで持ち込んだモリカケ八百長問題の方であろう。 モリカケ八百長問題を追及せずに八百長質問をする与党の愚連隊は、貴乃花親方の告発に腰砕けになっている相撲協会のボケ頭たちとそっくりの構図である。 この国も国技とともに八百長でお陀仏するらしい。 ちなみに八百長の八百は、部落民の「八」に由来するのだろう。八は、秀吉、信長を出した原住民の俗称で、海から日本列島に渡来した民族のことで、ペルシャ由来の「ぺー」、つまり平氏の源流となった。だから、秀吉、信長は平氏を名乗った。 対して、同じ原住民出の家康は、騎馬で渡来した民族の子孫なので、四足の騎馬民族なので、モンゴルの源氏を源流とする。ちなみに、源氏が唐からきた藤原氏に討伐され、弱い子女は慰み者にされたので、いまでも風俗に源氏名という表現が残ったという。 だから、仲間内でしか通じない言葉を用いる八百長が通用するくらい日本は多民族だったのである。現代日本語の原型ができたのは明治時代である。 私は日本人だが、個人的に相撲は全く興味がない。明治生まれで既に亡き祖父や昭和初期に生まれた父は相撲好きだが、三代も経れば、相撲など単なる時代遅れの芸能でしかない。いまや平成も30年が過ぎようとする時代である。 確かに相撲は昭和を代表する娯楽だったかもしれない。「巨人大鵬卵焼き」が代表といえる。 大鵬の闘鶏の木鶏話は安岡正篤氏の有名な美談だった。 美談を八百長で穢すバカが増えたということだろう。相撲は勝ち負けではない。風格である。 木鶏とは相手に闘争心をなくさせるほどの目にみえない気合いや居合いの事である。 気である。金銭でやり取りする買収ではない。 昔は情報が少ないので、関係者だけが口裏をあわせ、騙すゴミでしか情報を知りえない時代遅れのオツムには、相撲は日本文化などと洗脳できただろうが、ネット時代の現代にあっては、嘘はすぐにバレる。 ガチンコに溢れる現代で、ガチンコでない相撲に魅力を見つけるのは、かなりのオタクといえる。それとも八百長が日本文化というのだろうか? 日本文化を穢しておいて無責任なことこの上ない地獄堕ちの舌といえる。そういう二枚舌が、若者を教育することこそ国を亡ぼすものはなく、人類を堕落させる由縁となる。 ♪モリカケコロコロどんぶらこ、バンカーにハマってさあ大変! 相撲暴力八百長問題とかけて、モリカケ八百長問題ととく、 そのこころは、どちらもこの国の将来を暗示している。 ように思えてしかたない。デジャブのようである。 腐った連中がつくべき立場にない権力者や指導者になってしまい、この国を混迷の淵へと落とし込む。この国はバンカーにハマってコロコロ抜け出せなくなっている。 ミサイルとともに滅んでいく国もあるが。 罪深き連中に何を言っても死ななきゃわからないが、せめてお馴染みのサイトから紹介する。 ★ ★ ★ 利権バラ撒き政治で日本終了 http://my.shadowcity.jp/index_2.html 消費が弱い、というんだが、そら、賃金が上がらない、ちょっとばかし上がっても、消費税と増税で消えてしまうんだから、これで消費が増えたらイリュージョンだわw ラスベガスからお呼びがかかりますw 消えたカネはどこに行ったのか? 自民党政権に巣食った利権集団に、補助金としてバラ撒かれてオシマイ。だからおいらは東アジア反利権非武装戦線を主張する。ただいま、番頭ワタナベ氏が参加してくれて二名w みんなも続け! 東アジア反利権非武装戦線に参加して、無駄な補助金を廃止、消費税をゼロにしろ! 2017年7~9月期GDP 1次速報が発表された(15日。表1)。全体として回復を持続しているが消費の弱さが目立つ。 所得は伸びても支出が伴わず、消費性向はリーマンショック後 (2008年度)並の低さだ。 そもそも消費性向は、高齢化の進展に伴う貯蓄の取り崩しから上昇傾向をたどると考えられていた。しかし、2000年代に入ると上昇トレンドは弱まり、2014年消費税率引き上げ前の駆け込み後は反転を確認できないでいる。4~6月期GDP 1次速報時には、所得の増加と耐久財の更新需要発生でいよいよ反転かと期待したが、2次速報、今回と期待外れに終わった。 無駄な補助金の典型が加計学園なんだが、なんでわざわざ、あんなFランク私大にだけ、多額の補助金を出すかというと、「見返りが大きいから」。加計の「客員教授」になって捨扶持貰っていたアベシンゾーの子分がどれだけいる事かw 早稲田大学に補助金出しても、そうしたメリットは少ない。せいぜい文部官僚が天下りするだけ。落選政治家までは面倒見てくれない。Fランク私大は、落選政治家まで面倒見てくれる。かくして、出さなくてもいい相手にばかり補助金出すので、日本はちっとも良くならない。 女性 暴行 乗られた 現役時代の貴乃花は、きれいな相撲を取るので有名で、いわゆる「横綱相撲」というんだが、相手をガッシリと受け止めて、そこから自分の型に持って行って勝つ。もちろん張り手なんかしない。相撲は、勝てばいいんだ、という下品な朝鮮フィギュアではない。いわゆる「横綱の品格」だな。白鵬は張り手もするし、裏で八百長持ちかけて恫喝もする。品のない横綱だ。中にキム・ヨナが入ってるんじゃないかw 横綱・日馬富士の暴行事件で、スクープ証言。今回の事件現場となった鳥取市の飲食店を出たあと、酒に酔い、別の店に向かう日馬富士に声をかけられた女性から、話を聞くことができた。女性の自転車に乗って、悪ふざけをしていたという。 女性によると、暴行事件の直後にあたる10月26日午前2時半ごろ、事件現場となった飲食店近くを自転車で通行した際、突然、日馬富士や白鵬、相撲関係者らのグループに声をかけられたという。 目撃した女性は「(日馬富士から)自転車に乗らせてほしいと言われた。乗られたんだけど、ちょっとしたら横にこけた」、「草履も脱げていたから、草履を持って、近くに寄った時に、振り向きざまに『あなたのせいですからね』みたいに言われて」と話した。 また女性は、貴ノ岩がその場にいたがどうかについては、覚えていないとしながらも、白鵬など関係者がいたと証言している。 見ず知らずの通行人相手に、何やってるんだよw フザケた連中だ。この件、背後に八百長問題が潜んでいるので、貴乃花としては慎重にも慎重を重ねて、自分からは動かなかった。身に付いた横綱相撲です。人間としての品格を感じる。 ★ ★ ★ リーダーというのは自分に厳しくなければダメである。自分に厳しいほど他者に寛容になれる。自分に厳しいとは自分を責めることではない。リーダーは他者からよく見られているので、それだけ期待されているのだから、それに応えるだけの度量が必要ということである。 人一倍気遣いをしていながら、全くそういう風にはみせない。天網恢恢疎にして漏らさず、である。 相手がわざと頭を上げないのではなく、自分が恥ずかしくて直視できないので、頭が上がらないのである。相手が気恥ずかしくなるほどの気品や品性を備えている人格者の事である。喧嘩が強いのではない。それでは単なる野蛮である。 横綱とはそういう人格でなければ、神と相撲をとることはできない。 人類を代表して神と相撲をとるという気概がないと横綱とはいえない。 ヤコブからイスラエルにはなれない。 人のなかには自我がある。自我のなかにはエゴがある。エゴに勝ってこそ、真のリーダーの横綱である。ヤコブからイスラエルになれる。ヤコブは神の人の子、イスラエルとは神の善の天使のことである。 人生こそ土俵である。土俵は結界の円で封じられている。塩は燐を封じる力で、悪霊=邪心を払う。 相撲は一人相撲が本当である。東西は陰陽を表す。力士は、それぞれ陰陽の力を表現する。両極性を表す。両極性の力士が、土俵という円、つまり人生のなかで一つの自我になって取っ組み合う。 土俵の円のなかで一つの点となって取っ組み合うのが人間の自我である。 八卦よおい。残った残った。 八卦とは陰陽五行の八卦であろう。現代語で言うなら、気のエネルギーの循環である。 いろんな力が取っ組み合い、最後に残るのはなんなのか? 土俵から外に出されるのは邪気で、偏った力で、土俵に残るのは統一の力である。 残るのは独楽の回転の中心の力である。輪廻転生で残っていくのは多様な人格を統べ、統一する力である。皆に親しまれる憧れの存在なのである。 相撲は、土俵で、人生の闘い方を演じる古代の神聖な演劇なのである。 物理屋風にいうなら、人間を使った、陰陽の力学による統一力の実験である。相撲という漢字から、陰陽のぶつかり合う力の状態=相である。行司は、測定者ということになる。昔でいうなら、審神者になろう。 暴力を使うなどはそれだけで横綱失格である。
2017年11月28日
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光線力学的療法絡みの、もしかしてノーベル賞かという、光免疫療法など、最近、巷はブログを書くのにネタが盛り沢山なのに、アホ総理がゴルフ場のバンカーでスッテンコロリの地獄堕ちのあほらしさもあり、バカにつける薬はないので、どうも書く気が失せ、しばらくほったらかしにしていた。 しかし、先日、犬HK特集で、坂本龍馬の暗殺ドラマをやっていて、なかなかいい線いっていると思い、またケネディ暗殺が巷でまた話題になってきたので、しばらくぶりに書きたいと思う。 ★ ★ ★ 臨床に参加したい http://my.shadowcity.jp/index_5.html ガンの新しい治療法なんだが、「安い」というのと、「副作用が少ない」というのがいいね。アメリカでは既に治験が始まっていて、他の治療法で治らず、見放された患者ですら、半分近くが治っているという驚異の結果です。もちろん、全てのガンがこれで治るわけじゃないが、ガンは次々に新しい治療法が出て来て、いまや治る病気になりつつある。末期ガンと宣告されてから7年、8年生きてるヤツがいくらでもいるw 光を当ててがん細胞を壊す新たながん免疫療法の安全性を患者で確かめる臨床試験(治験)が、国内でも年内開始を目指して準備されていることがわかった。開発した米国立保健研究所(NIH)の小林久隆主任研究員が11日、朝日新聞の取材に答えた。手術や抗がん剤で治らないがん患者の治癒につながる治療法の実用化への第一歩と期待を集める。 この治療法は「光免疫療法」。近赤外光を当てると反応する化学物質と、特定のがん細胞に結びつく性質があるたんぱく質(抗体)を結合させた薬を注射すると、抗体はがん細胞と結びつく。近赤外光を当てると、化学物質が反応してがん細胞を破壊し、これをきっかけに免疫細胞が活性化するという。近赤外光はテレビのリモコンなどに使われ、人体に当たっても害がない。 これもまた日本人の開発した手法で、実用化されたらノーベル賞は確実だろう。日本が取る、最後のノーベル賞になるかも知れない。アベシンゾーがマトモな大学にまわす研究費を削りまくっているので、これからはマトモな研究者は育ちませんw ★ ★ ★ さて、坂本龍馬ならぬ才谷梅太郎の暗殺は、NHKドラマでは永井尚志となっていたが、本当の黒幕はイギリスと手を結んだ薩摩の大久保と、孝明帝を暗殺し、長州が吉田松陰の指示で囲っていた大室寅之助を明治帝にすべく討幕を進めた岩倉具視だろう。 イギリスの関与はグラバーらのメーソンを通じて有名なフルベッキ写真が残っているのが何よりの証拠である。フルベッキ写真は佐賀藩士という説があるが、討幕には大隈ら佐賀藩士も加わっているのだから、否定の根拠にならないどころか、イギリスが背後で志士(いまでいうテロリスト)を養成していた何よりの証拠である。 さて、このドラマをみて明らかになったのは、岡本健三郎である。ネット検索してみると、この人物が龍馬暗殺のキーパーソンであるのがわかる。ドラマでは、龍馬はこの岡本に、有名な「○○○を中心に」という新国家構想の秘密を惜しげもなく明かしている。 永井は、○○○は慶喜公だと思って、龍馬を問い詰めるが、龍馬は、松平春嶽公を想定していたので、龍馬はただ自分を信用してくれ、といって取り合わない。薩長には、互いに出方を競わせ、会談によって、大政奉還案に沿って、徳川が他の大名と同格に成り下がることで、幕府側が慶喜を勧めるが、それでは薩長が納得いかないので、龍馬が妥協案で、頃合いを見計らって、春嶽公を推薦する、という手配であることを、岡本に明かすのである。 イギリスは薩長に肩入れして、西郷に王政復古までさせたから是が非でも討幕し、慶喜の首をとらないと、西郷の本名=部落民名の菊池源吾の部落民革命にはならない。 というのも、徳川家というのは、部落名=二郎三郎の家康が、松平元康を殺し成り代わって、部落民幕府をつくったのはいいが、結局、公武合体で、大陸由来の唐の藤原氏の古代中国人カースト制度をそのまま採用し、裏切ったせいにある。 秀吉は天皇を殺して成り代わって、自分の部落民王朝を築こうとしたが、一代で内輪もめで家康に掠め取られてしまった。家康は政権をとると、戦で諸大名に貸し付けていた金銭の回収に走り、返せない大名は徳川家と婚姻して親戚になるしかないのである。要するにケチで金儲けの狸というわけで、部落民の国家建設は挫折したわけである。 そこに目をつけたのがアーネストサトウを送り込み盛んに部落民を調査していたイギリスである。 志士が変名といわれる部落名を使ったのは、戦国時代の馬印の名残である。鎌倉時代は身分を名乗って戦ったというのは、まず暗号のような素性を明かして仲間なら八百長試合をするための習いなんである。 さて、菊池源吾の西郷が同じ部落民国家をつくるためには、どうしても慶喜の首が必要なのである。闘ってきた同じ部落民に示しがつかない。 つまり、西郷は部落民国家を目的に、大久保はイギリスの手先の太平洋の大英帝国となるのを目的にした違いから仲違いしたのは必然である。 冷酷な大久保からすれば、西郷は手緩いとみえたのかもしれないが、この二人の仲違いに長州はつけこんで、まんまとメーソン仕様の長州明治政府をつくってしまう。 部落民の多くが戦場に送られて騙され殺されて伊藤や山縣など下級の地獄行き悪党らが政権を牛耳っていくのは、権力闘争の現在と変わらない。 薩長にとっては、岡本健三郎の掴んだ情報を永井に流せば龍馬暗殺は時間の問題である。永井は龍馬に騙されたと思って、春嶽の目をつみ、慶喜を立てるために、龍馬を殺すだろう。 なお、石川清之介ならぬ中岡慎太郎は、ドラマのように土佐藩から、福岡孝弟を通じて龍馬暗殺の命を受けていたが、慶喜から待ったがかかって中止とはなったが、龍馬暗殺が露見するのを恐れ殺されてしまったのだろう。 龍馬暗殺はここまでにして、ケネディ暗殺について紹介する。 ケネディ暗殺は、元MI6のジョンコールマンの書に詳しく乗っているし、以前紹介した以下の講義録に載っている。 ★ ★ ★イルミナティと外交問題評議会(イルミナティに関する最も優れた解説―1967年の講義録)マイロン・C・フェイガンhttp://www.millnm.net/cgi-bin/page.cgi?url=../qanda3/The_Illuminati_Agenda.htm ★ ★ ★ コールマンの300人委員会については以下のウェブに載っているので紹介する。 ★ ★ ★我々は世界史大転換の真只中にいる 8(米国の正体 5 ケネディ暗殺事件)http://torocohp.blog.fc2.com/blog-entry-196.html世界権力に逆らったために暗殺されたケネディ大統領以後の記述はジョン・コールマン著、太田龍監訳「新版300人委員会」下(2008年)の第14章「ケネディ暗殺、銃声は新暗黒時代(ワン・ワールド政府)の開幕ベル」を参考にしました。ケネディは大統領と言えども独自の政策は打ち出せなくて宗主国イギリス(「彼ら」影の世界悪魔政府の本拠地がロンドンにある)の意向で政治が行われてきたことは知っていた。所謂、「両国の特別な関係」であるが、余の酷さに俺は従来の大統領のように腰抜けではないと、持ち前の反骨精神でまともな、真っ当なアメリカの為の政策を実行しようとして「彼ら」即ち世界権力(同書では300人委員会)と対立し暗殺されてしまった。もしケネディが暗殺されなかったとしたらベトナム戦争は起こせなかったし、アメリカの崩壊もなく、全く違った世界になっていたであろうと言われている。気骨ある外交官だった父親「オールド・ジョー」オールド・ジョーケネディ一家(アイルランド系)は愛国心の強い家柄のようで、ケネディの父(ジョー・ケネディ)が駐英アメリカ大使の時「ケネディ大使が公然とドイツの戦争準備を支持している」とのイギリス政府の非難を受けて辞任させられたが、これは当時のフランクリン・ルーズベルト大統領が、あらゆる戦争の仕掛け人である国際銀行家の言いなりであり、また彼らから巨額の利益を得ていたこともあり、イギリスの指示に従ったのだ。ジョー・ケネディはそのことを、水に流しはせず、息子らとともに「自分たちの誰かがアメリカの大統領になったときには、ルーズベルトのような腰抜け奴隷には決してならない」と誓ったそうである。ケネディが大統領になって調査してみると、イギリスの一機関、すなわちRIIA(王立国際問題研究所)が大統領の権限とアメリカ全体を支配していることが判明し、彼は激怒し行動を起こした。ベトナムからの撤退を決定し、ついで「彼ら」の資金源でもありアメリカ支配の要所である連邦準備銀行FBRを無力化することになる政府紙幣発行を決定した。「彼ら」にとって前者は戦争ビジネスができなくなり、後者は「彼ら」がアメリカの支配権を失うとともに目標のNWOが不可能になるので、大統領に再三、中止要請をしたが聞き入れられず、「彼ら」の実働部隊に向けて暗殺命令が発動された。尚、この政府紙幣発行は以前リンカーン大統領が導入しようとして「彼ら」に暗殺された経緯がある。その他に「彼ら」を困惑させた政策に、「彼ら」のトップエージェントのキッシンジャー解任、CIA解体を示唆し長官を解任、FBI長官に辞任を迫る、麻薬撲滅に動き「彼ら」の資金源を侵害、イスラエル核武装に待ったを掛けたので同国諜報機関モサドがケネディ暗殺に動いた、等がある。「彼ら」即ち世界権力(同書では300人委員会)からの暗殺命令はキッシンジャー解任直後、ベトナム関与終了および政府紙幣発行をケネディが表明したあとに出された。そして指揮を執ったのはイギリスの諜報機関MI6の元北米局長サー・ウイリアム・スチーブンソン(彼はルーズベルト大統領時代にイギリスが支配するCIAを創設した人物であり、CIAが今も同国に支配されているのは変わらない)であり、この「彼ら」の活動はまるで映画007のジェームス・ボンドを見るようである。暗殺作戦本部はジャマイカのトライオール地区に設けられ、念密な計画が練られ、熟練の暗殺要員は7名、徹底的なシミュレーションが行われた。また、替え玉犯人オズワルドとその監視者が用意され、そして暗殺は決行された。そしてその後の隠蔽工作も徹底して行われ、事件の目撃および関係者は証拠隠滅のために殆ど消されたと思われる。暗殺およびその隠蔽に関与したのは当時のジョンソン副大統領以下政府中枢、MI6、CIA、FBI、モサド、PERMINDEX(常設産業展示社、MI6の民営下部組織)、OAS(フランス情報部)、シークレットサービス(暗殺時機能停止)、ダラス警察、司法、歴史学者およびマスコミである。さらにユダヤイルミナティ国家アメリカの全国家機関がケネディ暗殺に協力したとも言われている。そしてジョンソンが36代アメリカ大統領に昇格したが彼の役目は真相の隠蔽であった。一人、ギャリソン地方検事が真相究明に立ち上がるが、彼の家族への脅迫を含めたマスコミ等によるギャリソン弾圧キャンペーンがあり、日本で言えば小沢一郎状態であるが、多勢に無勢で挫折してしまう。 ★ ★ ★ 以前紹介したイルミナティと外交問題評議会には、ケネディ暗殺についてよくわかる話が載っている。部分部分を紹介する。 ★ ★ ★この悪魔的な計画について説明するにあたり、まずその起源(18世紀の中頃)を明らかにし、計画の実行者の名前を挙げ、さらに、現在の状況について述べてみたい。最初に、今後の説明を分かりやすくするために、FBIが用いる「彼はリベラルである」という表現の意味を明らかにしよう。我々の敵、世界統一政府樹立をもくろむ陰謀家たちは、「リベラル(自由主義者)」という言葉を、活動の実態を隠すための隠れ蓑にしてきた。リベラルという言葉は、無垢な人道主義者のイメージを想起させる。しかし、自分のことをリベラルと称する人間、もしくは、リベラルと呼ばれている人間は、実際のところ「赤」ではない。この悪魔的な計画が始まったのは、それが「イルミナティ」という名前で活動を開始した1760年代のことである。イルミナティを創設したのは、アダム・ヴァイズハウプトというユダヤ人である。彼は、カトリックに改宗し、カトリックの司祭になったが、その後、当時誕生したばかりのロスチャイルド家の要請により、棄教し、イルミナティを結成した。ロスチャイルド家は、この計画の実行に資金を提供した。フランス革命以降すべての戦争は、様々な名前と偽装のもとで活動するイルミナティの操作による。私が、「名前と偽装のもとで」と述べたのは、イルミナティの存在が明るみに出され、その悪行が知られるようになると、ヴァイズハウプトと協力者たちは名前を変えて活動しはじめたからである。第一次世界大戦直後、合衆国において、彼等は「外交問題評議会(CFR)」を設立した。CFRは、実質的に合衆国におけるイルミナティとその組織にほかならない。ヴァイズハウプトは、自らの目的を「すべての戦争を防止させるために、知的に有能な人々に世界を支配させ、世界統一政府を作ること」にあるとした。これは嘘である。彼は「地上の平和」という言葉を餌として用いる。これはまさに、国連を設立するために1945年に陰謀家たちが用いた「平和」と同様の餌である。この餌を用いて――繰り返すが、ロスチャイルド家の資金に基づき――ヴァイズハウプトは、2千人ほどの追従者をリクルートした。その中には、芸術や文学、教育、科学、金融、産業の各分野における最も有能な人々が含まれていた。その後彼は、「大オリエントのロッジ」という名のメイソン・ロッジを設立し、秘密の本部とした。さらに繰り返すが、これもすべて、ロスチャイルド家の命令による。ヴァイズハウプトの活動計画では、イルミナティは、目的遂行のために以下のことを実行しなければならなかった。すなわち、あらゆる政府の様々なレベルの高官を支配するために、金銭的及び性的な賄賂を利用すること。ひとたび影響力のある人々が、イルミナティの嘘や騙し、誘惑に乗るや、彼らは、自分及び家族のメンバーに対する政治的、他の形の恐喝、経済的破壊の脅し、秘密の暴露、金銭的損害、殺害の脅しによって、がんじがらめに縛られることになる。ワシントンにいる、どれだけ多くのトップの高官たちが、CFRによるまさにこの方法によって操作されていることか。どのくらい多くの、国務省、国防総省、その他の連邦機関、ホワイトハウスの同性愛者がこの方法で支配されていることか。イルミナティと大学の教職員は、名門の家系に属し、世界に関する学識を有する、ずば抜けて頭脳明晰な学生を啓発し、彼らに対して国際主義に関する特別な訓練を受けるよう促さねばならなかった。そのような訓練は、イルミナティが選んだ人々への奨学金を通じて実現した。これで読者は「ローズ奨学金」がどのようなものであるかがお分かりだろう。つまり、それは「世界統一政府以外に、繰り返される戦争と争いに終止符を打つ手段はない」という考えを吹き込むために存在するのだ。これこそ、国連をアメリカ人に受け入れさせる方法だ。1850年代のはじめに、イルミナティはニューヨークにおいて秘密の会合を開いた。この会合にライトという名の一人のイギリス人イルミナティが参加した。出席者は「イルミナティは、無政府主義者と無神論者のグループとすべての反体制グループを束ね、コミュニストという名の国際的組織を設立するために活動している」と告げられた。 「コミュニスト」という言葉が始めて使用されたのは、この会合においてである。それは、全世界を恐れさせ、恐怖におびえる諸国民をイルミナティの世界統一体制に組み込むために編み出された究極の兵器であり、恐怖の用語であった。「コミュニズム」は、イルミナティによる戦争と革命の準備のために作られた体制である。この新しい計画の資金集めのために委員会が設立され、そのリーダーとして、フランクリン・ルーズベルトの直系の先祖クリントン・ルーズベルト、ホラス・グリーリー、チャールズ・デイナ、及び当時一流の新聞発行者たちが任命された。もちろん、そのほとんどの資金を提供したのは、ロスチャイルド家であり、この資金は、イギリスのソーホーにおいて『資本論』と『共産党宣言』を執筆していたカール・マルクスとエンゲルスへの融資に利用された。ここで明らかなのは、コミュニズムとはいわゆる思想ではなく、イルミナティの目的を達成するための秘密兵器・悪鬼の言葉であるということだ。ヴァイズハウプトは、1830年に死亡する前に、この古い陰謀組織イルミナティを改造した。異なる名前を隠れ蓑にして、すべての国際組織とグループにエージェントを送り込み、彼らをそのトップの座に据えることによって、それらを組織化し、資金提供し、導き、支配するという計画であった。このエージェントとして主な人物は、合衆国においては、ウッドロウ・ウィルソン、フランクリン・ルーズベルト、ジャック・ケネディ、リンドン・ジョンソン、ディーン・ラスク、ロバート・マクナマラ、ウィリアム・フルブライト、ジョージ・ブッシュ等である。さらに、カール・マルクスがイルミナティのあるグループの指導のもとに『共産党宣言』を執筆していたとき、フランクフルト大学教授カール・リッターは、他のグループの指導のもとで反論を執筆していた。陰謀全体を支配する人々の狙いは、2つの思想の違いを利用して、人類を対立するグループに分裂させ、その互いの乖離を次第に広げ、おのおのに武器を持たせて、互いに戦わせ、破壊することにあった。とくに彼らがターゲットにしたのは、すべての政治的・宗教的組織であった。リッターが開始した仕事は、彼の死後、他の者に受け継がれ、ニーチェ主義の創始者ドイツの哲学者フリードリヒ・ウィルヘルム・ニーチェによって完成された。このニーチェ主義は、後にファシズムに発展し、ナチスを生み、第一次世界大戦と第二次世界大戦に道を開いた。1834年に、イタリアの指導的革命家ジュゼッペ・マッツィーニがイルミナティによって選ばれ、全世界においてその革命計画を指揮した。彼は、1872年に死ぬまで、この計画のために働いたが、死ぬ数年前に、アルバート・パイクという名の米軍大将にイルミナティへの加入を勧めた。パイクは、世界統一政府という考えに惹かれて加入し、その後、ついにはこの悪魔的陰謀組織のトップにまで昇りつめた。1859年から1871年まで、パイクは世界を巻き込む3つの大戦と様々な革命を引き起こすための軍事的ブループリントを作成した。彼は、この3つの世界大戦を通じてイルミナティの計略は進展し、20世紀において最終段階に達すると考えた。再度繰り返すが、これらの陰謀家たちは、短期的な結果を求めない。彼らは非常に長期的な視点に立って事を実行する。パイクは、自分の仕事のほとんどをアーカンソー州リトルロックの自宅で行った。しかし、数年後、マッツィーニのヨーロッパにおける革命活動の影響により、イルミナティの「グランド・オリエント・ロッジ」に疑いの目が向けられるようになると、パイクは「新改革パラディアンライト」と呼ばれる組織を設立した。彼は3つの「最高評議会」を設立した。一つはサウスカロライナ州チャールストン、一つはイタリアのローマ、もう一つはドイツのベルリンにあった。彼はマッツィーニに命じて、世界の戦略的に重要な場所に23の下部評議会を作らせた。それ以来、これらの評議会は、世界革命運動の秘密の本部となった。マルコーニがラジオを発明するずっと前に、イルミナティの科学者たちは、パイクと評議会長のために秘密の通信を可能にする手段を開発していた。諜報高官たちはなぜ、例えばオーストリア皇帝[フェルディナンド1世]のセルビアでの暗殺のような一見すると互いに関連性のない事件が全世界で同時に発生し、それが戦争や革命に発展したのか疑問に感じていた。しかし、この秘密の通信手段が明らかになったことにより、その謎は氷解した。パイクの計画は、効果的かつ単純であった。コミュニズム、ナチズム、政治的シオニズム、他の国際的運動の組織化を命じ、それらを通じて世界戦争と少なくとも2つの革命を用意することを求めた。第一次世界大戦は、ロシア帝政の壊滅を目的としたイルミナティの戦争であった。ロスチャイルドは、ウィーン会議においてロシア皇帝によって自らの計画が台無しにされたことに怒り、ロシアを無神論共産主義の橋頭堡にするとの誓いを立てた。イルミナティのエージェントが作り上げたイギリスとドイツ両帝国間の対立関係は、この戦争への下準備であった。戦後確立したコミュニズムの体制は、他国の政府の破壊と宗教の弱体化のために利用された。第二次世界大戦を準備したのは、ファシストと政治的シオニストの対立である。読者は、ヒトラーの資金提供者が、クルップ、ウォーバーグ、ロスチャイルド家、他の国際銀行家たちであり、60万人とも言われるヒトラーの虐殺によって、ユダヤ人国際銀行家たちにはいかなる害も及ばなかったということに着目すべきである。この虐殺は、世界の人々の心に、ドイツ人への敵意を植え付け、彼らに戦争を仕掛けさせるのに必要であった。端的に言えば、第二次世界大戦は、ナチズムを破壊し、政治的シオニズムの勢いを増し、ひいてはパレスチナにイスラエルを建国するための戦争だった。第二次世界大戦中、国際コミュニズムの連合体が創設され、キリスト教国の連合体と肩を並べるほどになった。コミュニズム連合がそれだけの力を得るようになると、今度はその力を封じ込め、抑制し、最終的に社会的破局に向かうように誘導された。周知のとおり、ルーズベルト、チャーチル、スターリンは、その政策を実行し、トルーマン、アイゼンハワー、ケネディ、ジョンソン、ジョージ・ブッシュもそれとまったく同じ政策を実行してきた。第三次世界大戦の下準備をしているのは、政治的シオニストとイスラム世界の指導者たちとの間で深刻化しつつあるいわゆる対立である。この対立を煽るために、様々な名のもとでイルミナティのエージェントたちが活動している。世界は第三次世界大戦に向けてこのように誘導されている。すなわち、全イスラム世界と政治的シオニズム(イスラエル)を互いに戦わせ、それと同時に、他の国々をこの問題をめぐって分裂させ、互いに争わせ、物理的・精神的・霊的・経済的に徹底して疲弊させる。思考力のある読者の中で誰が「中近東と極東において進行する陰謀は、そのような悪魔的目標を達成するための計画である」ということを疑うだろうか。アルバート・パイク自身、マッツィーニへの1871年8月15日付の手紙の中でこれらの計画をはっきりと明かした。パイクは、第三次世界大戦後に、世界征服を目指す人々によって、空前絶後の社会的大変動が起きると語った。ロスチャイルド家のロンドン銀行で比較的短期間の訓練を受けた後、ヤコブは米国金融システム支配の足がかりを作るために、アメリカに渡り、ある銀行に就職した。実際に、ヤコブは米国において次の4つの任務を遂行した。1. 最重要課題:米国の金融システムの支配。2. 金銭的報酬のために陰謀のエージェントとして働く用意のある有望な人間を探し、彼らを連邦政府、議会、合衆国最高裁、すべての連邦政府機関のトップの座に据えること。3. 人種・民族的少数派集団の間に、とくに白人と黒人の間に、対立を作り上げること。4. 合衆国において宗教を破壊する運動を始めること。主なターゲットはキリスト教である。最初の、そして最も重要な目的「合衆国の金融システムを掌握する」を遂行するためにまず彼は、完全に掌握でき、その目的遂行に合わせて作り変えることが可能なある銀行に潜入した。入念な調査の後に、ヤコブはクーン・アンド・ロエブという会社と取引関係を結んだ。シフと同様、クーンとロエブも、ドイツのユダヤ人ゲットーからの移民であり、1840年代にアメリカに移住、行商から身を起こした。1850年代初期に、集めた資金をもとでに、インディアナ州ラファイエッテに西部開拓者向けの有蓋ワゴンを扱うクーン・アンド・ロエブ商会を設立した。その後、シンシナチやセントルイスに同様の会社を設立、さらに貸金業を開始した。シフが業界に加わった頃、クーン・アンド・ロエブはすでに民間銀行として有名であった。クーン・アンド・ロエブとの取引を開始した直後、シフはロエブの娘テレサと結婚した。その後、クーンの会社を買収し、クーン・ロエブ・アンド・カンパニーと名前を変え所在地をニューヨークに移した。外面的にこの会社の唯一の所有者はヤコブ・シフであったが、その背後にはロスチャイルド家がおり、さらに、国際銀行家たちが関与していた。ユダとマキャベリの性格を合わせ持ち、アメリカのイルミナティに君臨したこの男は、その職業人生全体を通じて、寛大な博愛主義者、大聖人の仮面をつけ続けた。前述のとおり、陰謀計画の第一目標は、アメリカ金融システムの掌握にあった。この目的達成のために、シフは、アメリカにおける大銀行の完全な協力を得る必要があった。これは、言うは易し、行うは難しであった。当時もウォール街は、アメリカの金融市場の中心地であり、J・P・モルガンが独裁者として君臨していた。第二の有力者は、フィラデルフィアのドレクセル家とビドル家であった。他のすべての大小の融資家は、これらの3つの家族(とくにモルガン)が奏でる音楽に合わせて踊る踊り子に過ぎなかった。3家族はみなプライドが高く、傲慢な君主として振舞っていた。最初の数年間、彼らはドイツのゲットーからやってきた小柄な髭面の男を蔑んでいた。しかし、ヤコブはそのような軽蔑を尊敬に変える術を知っていた。つまり、ロスチャイルドの人参を彼らの目の前にぶら下げた。彼は、ヨーロッパの株式と債権をアメリカにおいて発行すると持ちかけた。その際、自分にはさらに次のような武器があることに気づいた。南北戦争後数十年間に、アメリカの産業が勃興し始めた。鉄道建設への需要が高まり、石油、石炭、鉄鋼、織物業が芽を吹き始めていた。これらの事業は大規模な融資を必要としたが、融資の多くを外国に頼らざるをえなかった。つまり、これは、ロスチャイルド家が必要とされているということであり、シフがその本領を発揮する時が来たということである。シフは、この仕事をきわめて巧みにこなした。彼は、ジョン・D・ロックフェラー、エドワード・R・ハリマン、そしてアンドリュー・カーネギーの後援者となり、ロックフェラーのスタンダード・オイル社、ハリマンの鉄道帝国、カーネギーの鉄鋼帝国に融資した。しかし、シフの主な目的は、クーン・ロエブ・アンド・カンパニーの勢力拡大のために他のすべての産業を貪り尽くすことではなく、モルガン、ビドル、ドレクセルに、ロスチャイルドへの扉を開けてあげることにあった。ジョン・F・ケネディは、合衆国大統領の任期中にクリスチャンになった。悔い改めのしるしとして、彼はアメリカ国民に対して「合衆国大統領の職務は、イルミナティとCFRによってコントロールされている」という事実を知らせようとした(少なくとも2回)。同時に、彼は、連邦準備制度紙幣を「借りる」ことを止め、合衆国の信用に基づいて(利息がつかない)合衆国紙幣の発行を開始した。ケネディ暗殺の原因は、この合衆国紙幣の発行にあった。 リンドン・B・ジョンソンは、就任宣誓後すぐに、合衆国紙幣の発行を停止し、連邦準備制度紙幣の借り入れを再開した(この借り入れに対して、アメリカ国民は、17%の利息を支払わねばならない)。ジョン・F・ケネディのもとで発行された合衆国紙幣は1963年製で、紙幣の表面に「赤い」判が押してある。疑いを払拭するために、ここで少し紙面を割いて、人種間闘争計画に関する証拠文書を提示したい。何百万ものナイーブなユダヤ人と黒人にデモ・略取・窃盗・違法行為を行わせるには、最初に、指導者の選定と組織化が必要であった。1909年に、シフやレーマン家や共謀者たちは、全国有色人種地位向上協会(NAACP)を設立した。NAACPの総裁や理事、法律審議会は、シフが任命した「白系ユダヤ人」によって占められており、それは今日も変わらない。1913年に、シフの一味は、一般にADLという名称で知られているB'nai B'rith(訳注:「契約の子」の意味)反名誉毀損連盟を組織した。これは、すべての陰謀を実現するために働くゲシュタポ・実行部隊の役割を果たしてきた。今日、この邪悪なADLは、アメリカ全土に2千の下部組織を擁し、NAACPや、全国の黒人市民権組織都市連盟(この指導者にはマルチン・ルーサー・キング、ストックリー・カーマイケル、バーナード・ラスティンなどが含まれる)のあらゆる活動を完全に支配している。読者は、「ルーズベルトと裏切り者の国務省は、アメリカと全世界において、共産主義の脅威を築き上げ、パール・ハーバーの攻撃を口実にアメリカを第二次世界大戦に駆り立てた。また、ヤルタにおいてスターリンと秘密の会談を持ち、アイゼンハワーの支援のもとでバルカンとベルリンをソ連に明け渡した。」ということをご存知だろう。しかし、この20世紀のベネディクト・アーノルド[訳注:アメリカ独立戦争においてウェストポイントをイギリスに売り渡そうとしたことで有名]が、我々を新しい権力―国連と世界統一政府―に引き渡しただけではなく、それをアメリカの中に根付かせるためにあらゆる策略を巡らしたということはご存知ないだろう。端的に言えば、ルーズベルトがホワイトハウスに入ったまさにその日に、CFRの陰謀家たちは、アメリカ外交のシステムを完全に掌握し、国連をイルミナティの世界統一政府の母体として確立したのだ。私は、さらにもう一つ、非常に重要な点を強調したい。ウィルソンの「国際連盟」の失敗から、シフとその走狗たちは、共和党を支配するだけでは不十分だということに気づいた。たしかに、彼らは、連邦準備制度を通じて破産と恐慌を引き起こした1929年の時のように、共和党政権においても危機を作り出すことができただろう。・・・しかし、4年の間、外交政策をコントロールできない状態が続くことは、その陰謀計画を台無しにする恐れがあり、それによって戦略全体すらも破壊してしまう恐れがあるということに気づいた。ルーズベルトがスターリンの体制を認めるまで、計画のほとんどがそのような挫折を体験していた。そのため、彼らは、ウィルソンの失敗後、アメリカの民主共和両党を支配する計画を練り始めた。しかし、ここである問題が生じた。それは、民主党を掌握するためにマンパワーを投入するだけではなく、共和党の傀儡にもマンパワーを提供する必要も生じたということだ。なぜならば、ホワイトハウスのトップをコントロールするだけでは不十分だったからだ。大統領をバックアップするために、よく訓練された傀儡ども―つまり、国務長官、財務長官、国防長官、CFR総裁、USIA総裁など―を政権内部に送り込む必要があった。つまり、副長官や長官補佐官だけではなく、内閣全体がラスクやマクナマラのようなCFRによって選ばれた人々によって占められねばならなかった。そうすれば、陰謀家たちは、米国の国内政策、そして最も重要な外交政策においても、完全に支配できるようになる。そのためには、よく訓練された予備兵が必要だった。政権交代や、どのような緊急の事態が発生しても、すぐさま自らの傀儡を送りこむ体制を整えておかねばならなかった。これらの傀儡どもは、全国的に評判のよい人間でなければならない。しかし、だからといって、功名心や罪悪感や良心によって二の足を踏むような人間ではだめだ。恐喝やゆすりに屈しやすい者がよい。強調するまでもないことだが、この点でCFRは大きな成功を収めてきた。不死身のジョー・マッカーシーは、どのような連邦機関においても、そのような恫喝が頻繁に発生することをはっきりと示した。スコット・マクレオドは、さらに多くのリスクの存在を明らかにした。上院委員会において、国務省の裏切り者の名前を公表したために、オエテガ(Oetega)がどのような扱いを受けたか、読者はご存知だろう。また、キューバをカストロに明け渡した国務省の人間が組織に匿われただけではなく、昇進すらしたということも周知の事実だ。ロスチャイルドは、自らの傘下の会社と提携を結ぶことを条件に、ロンドン、パリ、ヨーロッパと他の地域において、彼らの支店作りに協力し、さらに、3者全員に対して、「シフをニューヨークのボスにする」と告げた。かくして20世紀のはじめに、シフは、ウォール街の銀行連合全体を掌握した。この連合には、ロスチャイルド家が選んだ人間が支配するレーマン・ブラザーズ、ゴールドマン・サックス、他の国際銀行も含まれていた。つまりこれは、シフがアメリカの金融業界を完全にコントロールできるようになったということ、そして、次の偉大なステップ――アメリカの金融システムの完全掌握――に踏み出す準備ができたということを意味する。さて、合衆国憲法では、アメリカの金融システムの支配権はもっぱら議会に属する。それゆえ、シフの次なる重要な一手は、議会を罠にかけ、憲法違反に導き、金融システムの支配権をイルミナティ組織に譲り渡させることであった。この譲渡を合法化し、国民がこれに対して抵抗できないようにするためには、特別な法律を議会に通す必要があった。これを実現するために、シフは、議会両院にエージェント――つまり、そのような法律を議会において可決させることができるほどの力のあるエージェント――を送り込まなければならなかった。これと同じくらい、いや、もっと重要なことは、もう一人のエージェントをホワイトハウスに送り込むことであった。つまり、このような法案に署名できるほど堕落し、良心のかけらもない人間を大統領の座に据えることであった。それには、共和党と民主党のいずれかを支配する必要があった。 ★ ★ ★ 悪魔たちに誑かされてはいけない。
2017年11月22日
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政治についてはあまりに腐りきっているので、警告するのもむなしいのでとりあえず書くのをやめている。 さて、 モーガンフリーマンの「時空を超えて」という番組は面白いので、よくみているが、先日、貧富の差は何故生まれるか?というテーマをやっていたが、遺伝やら、動物実験やら、理論物理の熱力学やらで色々な研究がやられているのはわかったが、どれも本質を逸れているのには呆れてしまった。 貧困の解決はキリストが言ったように、金持ちが貧しい人に施せばよいのであり、金銭を独占するのが問題なのである。キリストが神殿で商売してはならないと言ったように、利益は人類全体に平等に分配しないといけない。 なによりも、金持ちは天国にはいけないとキリストがはっきり言っているのだから、少なくともキリスト教徒を自称するのなら、金持ちであってはいけないはずである。それでは単なる嘘つきで、アンチキリストである。 人類全体がバカになり、低レベルになってきているので、金持ちに憧れたりするのである。 はっきりというなら、生命は金銭では買えないもので、神や霊界を信じないから、物質界での死を本物の死と悪魔に唆されてしまうのである。 神と共に歩めば永遠の生命を学べ、得られる。 今回紹介する人智学的医術から、経済学にも通じる重要な原理がわかる。それはキリストも言ったが、『金持ちは天国に行けない』という事実である。正確にはキリストは「行けない」とは言っていないが、「縄を針の穴に通すほど難しい」というのだから、ほぼ不可能という事である。 キリストは譬え話を用いたが、人智学では理論的経済学で、金持ちが天国に行けないことを証明する。 予めその部分を抜書きして解説する。 ☆ ☆ ☆ これは強調すべきことだが、人間は、より強い力に対すると、より強い力を発達させなければならない生物である。人間は、人体で、鉱物を同化し、克服するのなら、植物を同化するよりも、ポジティヴな強い力が必要になる。 ここに植物と鉱物の相違がある。この違いから、決して食物の趣向を勧めるのではなく、菜食主義を支持するのではない。ただ、事実を述べているだけである。 菜食と肉食の違いは、この点にある。植物を摂取すると、人間は、植物の進化活動を引き継いで進めていかなければならないが、動物は、植物の進化活動を継続し、少しばかり先に進めているので、動物の肉を摂取すると、動物が先に進めた活動を、人体が行う必要がなくなり、省いてくれる事になる。 つまり、次のような結論に達する、 「植物が既に成し遂げた活動1(下図の黄金点線)は、動物に継続され、2(下図の緑点線)まで進められる。従って、いま考慮すべき動物の進化活動(赤点線)は、2で休止し(下図参照)、植物では1で休止する。 肉食すると、下図の2までの活動(下図の緑点線=赤点線)を、自分でやらずに済む。1-2の活動は動物の活動である。1-2の活動を動物に代替して(省いて)もらう事になる。つまり肉食すれば、菜食よりも、克服(同化)に必要な活動をしなくてすむ。」 (プロセス=活動) しかし、菜食では、自分で動物の活動をする必要がある。すなわち、菜食は、黄金点線の活動を引き継いで、動物の活動(1-2の赤点線)を、自分でする必要がある。 植物の活動を引き継ぎ、動物が進める活動(緑点線=赤点線)がある。この動物の活動を省くと、その分楽をするので、エネルギーが余って、逆に、他の活動に介入するようになってくる。 この動物の活動を省くと、自我が怠惰になるので、逆に人体を酷く疲労させ、消耗させる。だから、菜食し、自分で動物の活動を行っても、人体には菜食の方が負担が軽くなる。人体は、自分で動物の活動をするのに慣れているので、自分で活動するほど活発になる事を特に強調したい。 ☆ ☆ ☆ 以上の話を、簡単な譬えで当てはめると、「菜食」が貧乏な労働者、「肉食」が金持ちの資本家となる。後の紹介にでてくるが、「調理」は会社の株のようなものである。 資本家は、本来自分ですべき企業活動全てを、労働者に金銭で代わりにやってもらっている事になる。簡単にいえば、いいとこどりなため、代替活動で、仮のもので、動物の活動を代わりに動物にやってもらう、肉食と同じとみなせる。 資本家は、労働者の活動を金銭で買っているので、その分、楽になり、怠惰になる。資本家だって頭脳労働をしているという反論があるかもしれないが、それが芸術や学術になり人間の自由を拡げ、また法律になり、社会全体に反映されない限りは、労働とはいえない。単なる金儲けでは詐欺であり、労働ではない。 人間の法律は、資本家と労働家の区別ができないほど公正公平でなければ、本来の法であるカルマの法則を体現できない。ちなみにカルマの法則とは、自分が相手にしたことが自分に返ってくるブーメランのことである。 資本家として、労働者から労働を賃金で搾取すれば、次には、労働者として搾取される人生を選択することになる。 そこで労働を宇宙の活動から考えると、植物の進化活動を引き継いで、宇宙の活動に合わせて、人間を進化させる活動という事がわかる。 宇宙の活動を簡単に人智学から解説すると、古いものから分離して新しいものをつくり、多様性を拡げながら、同時に統合していく働きで、数式で示すなら、数理学の複雑系で有名なパイコネの方程式となる。 人智学によると、人間は、この進化の原理を心臓に宿している。心臓は異質な流れを統合する働きをもつ。 この分離し拡がり、絶えず新しくなりながら、統合していく働きを、簡単にいうなら、「知性」といえるだろう。時間は、知性獲得の方向に流れる。だから理論では、知性をもてば時間を超えれる。 さて、問題は、労働を金銭で買っている資本家の怠惰さにある。人間は現世ではその怠惰を快楽と捉えがちにあるが、それは束の間のもので、真のポジティヴな強さにはなりえない。 重要なのは、「人間は、より強い力に対すると、より強い力を発達させなければならない生物である。」という事であり、金銭などで、自分がすべき活動を他者にしてもらい、怠惰による束の間の快楽を貪るのは、同時に永遠の本物の快楽、知性を獲得する機会を放棄していることになる。 本物の知性は金銭では買えないし、金銭で買える知性は、一度誰かの所有となった知性であり、自らの活動=努力で獲得した知性ではなく、他者のものである。そういう知性は、死んで金銭を無くすように、いつか捨てなければいけない。 この事から、天国というところは、自分で全てを創り出す代替のきかない世界といえる。 天国の階段を金で買おうとする愚か者は、小便するのが嫌だから、自分の代わりに、誰かに小便をしてくれというようなものである。 だから、その立場につくのに、本来すべき活動を、金銭を使い、誰かに代用してもらえばもらうほど、将来、そのツケを払わないといけなくなる。それが輪廻転生で、カルマの法則というわけである。 天は、このカルマの法則により、公正を図る。だから代替はきかないといえる。 天は誰も犠牲にせずに、自分で活動する者を助ける。そこに金銭の介入の余地はない。 つまり、金持ちの資本家たちは、宇宙の活動からすると、寄生の存在で、破壊的存在なので、何者かにすぐに依存しようとする性質をもつので、自分の正体を隠し、強い者に取り入り、自ら地獄に行ってしまうのである。 地獄の住者のほうが、一時しのぎのために、見せかけの強さをもつからである。そういう見せかけに引き寄せられてしまう。 そういうわけで、人智学的医術を続けて紹介する。 ☆ ☆ ☆ルドルフ・シュタイナー「精神科学と医学」第10講1920年 3月30日 ドルナハ-------------------------------------------------------------------------------- この講義の本質は、医学研究を実り豊かにする事である。でないと、あまりに専門分類化しすぎて、個別な疾患のなかに、自らの見識を見失いかねないからである。 個別のもつ意味は、結局、相対性に帰するからである。これまで述べてきたように、人間と、外の自然との関係から、治療法を探るのが、人間一人一人を自然のなかに観察する準備に適している。 従って、今回は前置きとして、医学分野の指標となる事例を少し述べる。また、その指標を探る途上で新たな指標がみつかる事もある。 人智学の探究から、指標を提示する事で、前回のシュタイン博士(1)の講義の意味が検証できる。この分野(医学史)へ霊の観点から方向付けできる。そこで今回、注目に値する例を幾つか指摘したい。 1 Walter Johannes Stein 1891-1957 シュトゥットガルトの自由ヴァルドルフ学校の歴史教師(1919-1932)。後にイギリスで活動。 前回のシュタイナーの講義後に講義された。 例えば、アニスという植物(1)が、人体にどのような作用をするのか、いまではよく知られているが、アニスの特色とは、分泌(排泄)の促進、すなわち、利尿、乳汁分泌促進、更に、発汗である。 1;アニス セリ科の香草。一般的には種子をスパイスとして用いることが多く、甘い芳香に特徴がある。焼菓子に入れたり、リキュール類の原料にも用いられる。多くの図鑑では、アニスの学名は、Pimpinella anisum となっている。ヨーロッパでは民間で催乳薬として用いられる。 参照;http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%82%B9 http://www.amazon-herb.com/herb/plant_anise.html この特色は人体の何と関係するのか? アニスの働きは、そのなかに含まれている鉄分、もしくは塩化鉄に関係し、従って、アニスの作用の基礎となるのは、血液中の鉄による通常の働きが、血液から取り上げられ、アニスに移り、血液より下位の器官に、しばらく押し込められる事にある。 実際、ある植物は、人体の外と内の中間の、すなわち、皮膚と心臓との中間に作用を及ぼすので、このような植物を使って、人体の部位への作用の違いを良く研究でき、理論的に薬を発見する教科書となる。 例えば、正真正銘の自然の教師とでもいうべき植物、チコリ(2)を取り上げてみる。チコリを手懸かりに、治療を研究できる。 2;チコリ キク科、和名キクニガナ。明るい空色の花をつける。若葉は野菜として食される。根をコーヒーの代用品1)とすることでも有名。一般の薬草学においても、葉、花、種子、干した根、いずれも、利尿、健胃緩下等の薬効があるとされている。中国では全草が肝炎や黄疸の薬として用いられる。 1)http://hirogarden.web.infoseek.co.jp/herballifeherbchicory.html参照;http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%B3%E3%83%AA チコリは、消化不良を改善し、つまり、外界に向け開いている臓器の障害を改善する薬となり、また自我に必要な活動を、血液が実行するように、血液の液性が停滞し(血栓ができ)ないように作用する。 チコリの作用は、末端の活動に及び、状況によっては、頭部や、特に喉や胸、肺に及ぶ。 チコリは人体にくまなく作用しているので、チコリを研究すれば、興味深い知見が得られる。チコリの(消化不良の抑制と、血栓予防の)作用が、いわば人体下位から扇形に拡がっている、のがわかる。 では、「チコリの消化不良の改善は何によるのか?」 それは「味覚で知覚されるチコリのなかの苦味エキスの作用による。」 この苦味エキスは、植物のなかでは、まだ物質の性質を強力にもち、まだあまり加工されずに、外界の外観のままにとどまっている。 口のなかに取り入れた初期段階では外界の物質はほとんど加工されず、胃に取り込んだ後に加工がはじまり、腸を通じて基本構造から改造され、血液中に出され、最も改造された形で、末端の骨や神経、筋肉に現われる。そして、この苦味エキスは、まだ加工されていない外界の物質と強い親和性をもつ。 ところで、チコリはアルカリ塩のカリウムも含んでいる。特に、血液に作用するものを探究すべきである。すると、同時に、チコリのなかの、どのような活動が分離するのかがわかる。苦味エキスのなかの活動は、その親和性から、消化器へと進んでいく。 アルカリ塩の作用は、親和性により、血液や血液と関係深い臓器へと進んでいく。更にまた、チコリのなかには、珪酸も多量に存在し、珪酸は血液を越えて、末端の器官にまで達し、神経や筋肉を経て、骨のなかにまで到達する。 従って、次のような結論に至る。 「チコリは、基本的に、3つの作用に分けられる。だから、人体の3つの部位(頭部、胸部、四肢と腹部)に作用する。」 以上のアニスとチコリの作用は、いわば自然が、目の前で行なってくれる実験であり、人体で行なう実験よりも、遥かに意義深い。というのも、人間が実験によっていちいち自然に意図を問いかけるよりも、自然の意図が明確に現れているからである。 以上の植物に関連して、スギナ(3)も興味深い。スギナにも消化不良を改善する作用と、末端にまで達する作用が見られる。 3;スギナ トクサ科の多年生植物。これの胞子茎がツクシ。スギナの全草は利尿薬とされる。いわゆるトクサ(木賊、砥草)は Equisetum hyemale。 地上茎は円筒形で分枝しない。茎は珪酸を多く含み、固いので、18世紀まで、鍋類、特に白銅製品などを磨くのに用いられた。参照;http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%AE%E3%83%8A では「スギナの末端にまで達する作用は何によるのか?」 それはまた「珪酸による」という同じ答えがでる。だから、これら植物の比較研究から(植物の薬学が多彩になる)、植物が外界にあるのと近い状態と、消化され、植物エキスとなった状態の両者は、消化器に親和性をもつが、植物というよりも、鉱物に近い状態、つまり珪酸に近い状態は、人体の中心から、末端を目指し、同時に治癒作用も発揮する事がわかる。 しかし、働きは単純だが、極めて多い知見をもたらす、実に素晴らしい植物がある。それは野イチゴ(4)である。この野イチゴの作用が滅多に観察されないのは、この作用を覆い隠してしまう人たちによく食べられているからである。 4;野イチゴ ワイルドストロベリー。ヤマイチゴ、エゾヘビイチゴ、シロバナヘビイチゴ とも。葉、根、実いずれも用いられ、冷却、収斂、強壮性のハーブとされる。 参照;http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%93%E3%82%A4%E3%83%81%E3%82%B4 野イチゴの作用を覆い隠さずに、まだ感じやすく、敏感な、つまり野イチゴをほとんど食べない人たちで試せば、この作用の素晴らしい意味が明らかになるだろう。 野イチゴの作用は、特に血液の正常化を促す。血管の形成を含む血液の組成を促進するので、野イチゴの作用を打ち消す免疫をもたなければ、下痢の薬にできる。というのは、下痢の、下腹部に間違って出る活動が、この作用によって、本来の正しい活動、つまり、血液の活動に戻されるからである。 さて、野イチゴは、本質的に血液を正常化させる活動をもち、また珪酸をもつので、人体の末端の珪酸活動との親和により、末端を目指す。野イチゴの珪酸は、人体の生成活動を、末端にまで展開し、進めていく傾向をもつ。 しかし、末端で、生成活動を展開すると、逆にある危険も生じてしまう。珪酸を、あまりに多く末端に導いてしまうと、生成活動がおかしくなる。つまり、末端で展開する生成活動に、十分な栄養を同時に輸送できず、珪酸活動により産出された組織に到達できずに、血液が充分な栄養を供給できない、という危険である。 さて、野イチゴは、珪酸活動により末端でつくられた組織に、栄養を輸送すべき血液を自ら準備するという、素晴らしい例証(サンプル)なのである。つまり野イチゴは、珪酸によって末端に生じる生成活動を支援する血液も同時につくるという、驚くべき一石二鳥の作用をもつ。 自然は、このような例証(サンプル)によって、この例証の数は更にずっと増えていく可能性もあるが、実に驚くべき洞察を与えてくれる。ただし、自然を正しい観点で探究する直観力を備える必要がある。 更に、この観点から、別の事例に注意を向けてみる。例えばラヴェンダー(5)のような植物が持つ包括的な作用を研究すれば、魂のネガティヴな衰弱とでもいうべき、失神、神経衰弱、麻痺などに対して、強い治癒作用をもつのがわかる。 つまり、ラヴェンダーは、人体の末端に作用して、アストラル体を追い出し、アストラル体が物質体に及ぼす作用を失うように働きかける。 5;ラヴェンダー シソ科の多年草。ハーブとしては最も有名なものの1つ。花から取れる精油は香料、薬用に広く用いられる。 参照;http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%99%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%BC さて、このような植物のなかの、ネガティヴな神経衰弱を改善する作用をもつ物質の、また別のネガティヴな神経状態への作用についても調べられる。例えば月経不順の有無である。 すると、このような物質は、神経衰弱を治癒する一方で、月経不順にも作用するのがわかる。このように両方に、とりわけ強く作用する植物は、例えば、メリッサ(6)があり、眩暈、失神にも強く作用し、また月経をかなり促進させる作用ももつ。 6;メリッサ レモンバーム。香水ハッカの異名も持つ。シソ科の多年草。全草にレモンのような芳香がある。ディオスコリデスの「薬物誌」(紀元前1世紀)にも記され、古代から薬草として用いられた。ハーブティーとしても用いられ、リキュールの原料でもある。パラケルススはこれを「不老不死の霊薬」と呼んだと言われる。参照;http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%A0 以上の例に言及したのは、人体の活動との類似から、外界の植物の活動が、いかに追求できるか、を示す為だった。ただ、植物が実際に親和性を持つのは、人体の一部だけである、という事をはっきりと理解すべきである。 例えば現存する治療法を、ファナティック(狂信的)に植物からの薬だけに切り替えたいと思うなら、上述の事をよく考慮すべきである。人間は、自然を、人体のなかに含みもち、進化のある段階で、自然の生成活動を、ある形で外に出したので、親和性をもっている。 そして、場合によっては、外に出した活動を、自然から再び自分のなかに取り戻す事もある。つまり、治療とは、かつて出した活動を、植物から自分のなかに取り戻す事なのである。植物から得られた薬で治療できる病気は、勿論、一部だが、人体から過去に出した活動を取り戻す事である、というのは大変重要である。 進化の比較的に最後(近年)になってから、外に出された活動は、逆に治療では、比較的早く、人体のなかに取り戻す必要がある。動物を考慮に入れなければ(いずれ光を当てるが、いまは省く)、植物よりも後に、鉱物の原型を、外に出した。 それ故、植物との関係のみを探究するのは片手落ちとなる。とはいえ、やはり植物は依然として治療に有益で、というのも、結局、植物といっても、治療薬に用いるのは、植物の特性ではなく、植物のなかの鉱物の特性により癒しているからである。 更に、はっきり理解すべき事は、植物はまた、鉱物の一部を、新たに加工しているので、この植物によって既に加工された物質は、まだ加工されていない物質とは異なる、という事である。 つまり、既に植物により加工され、植物の進化(発達)活動のなかに組み込まれている珪酸は、鉱物として出現する珪酸ほど強力な薬ではない。鉱物の珪酸を同化吸収し、一体化するには、植物のなかの珪酸よりも、人体には負担がかかる。 これは強調すべきことだが、人間は、より強い力に対すると、より強い力を発達させなければならない生物である。人間は、人体で、鉱物を同化し、克服するのなら、植物を同化するよりも、ポジティヴな強い力が必要になる。 ここに植物と鉱物の相違がある。この違いから、決して食物の趣向を勧めるのではなく、菜食主義を支持するのではない。ただ、事実を述べているだけである。 菜食と肉食の違いは、この点にある。植物を摂取すると、人間は、植物の進化活動を引き継いで進めていかなければならないが、動物は、植物の進化活動を継続し、少しばかり先に進めているので、動物の肉を摂取すると、動物が先に進めた活動を、人体が行う必要がなくなり、省いてくれる事になる。 つまり、次のような結論に達する、 「植物が既に成し遂げた活動1(下図の黄金点線)は、動物に継続され、2(下図の緑点線)まで進められる。従って、いま考慮すべき動物の進化活動(赤点線)は、2で休止し(下図参照)、植物では1で休止する。 肉食すると、下図の2までの活動(下図の緑点線=赤点線)を、自分でやらずに済む。1-2の活動は動物の活動である。1-2の活動を動物に代替して(省いて)もらう事になる。つまり肉食すれば、菜食よりも、克服(同化)に必要な活動をしなくてすむ。」 (プロセス=活動。プロセスをそのまま訳せば「過程」となるが、過程だと静的に感じるので、あえて動的な「活動」とした。) しかし、菜食では、自分で動物の活動をする必要がある。すなわち、菜食は、黄金点線の活動を引き継いで、動物の活動(1-2の赤点線)を、自分でする必要がある。 植物の活動を引き継ぎ、動物が進める活動(緑点線=赤点線)がある。この動物の活動を省くと、その分楽をするので、エネルギーが余って、逆に、他の活動に介入するようになってくる。 (狂牛病の病因も、エネルギーが有り余って攻撃的になるようである。この理論を経済学に当てはめると、資本家の金持ちが社会破壊を行うことがわかる。) この動物の活動を省くと、自我が怠惰になるので、逆に人体を酷く疲労させ、消耗させる。だから、菜食し、自分で動物の活動を行っても、人体には菜食の方が負担が軽くなる。人体は、自分で動物の活動をするのに慣れているので、自分で活動するほど活発になる事を特に強調したい。肉食すると、この動物の活動を自分でやらずに、怠惰になる分、逆に他の活動を妨害してしまう。しかし、先にも述べたように、菜食を推奨しているわけではない。ホメオパシーの医師たちでさえ、度々次のように反論する、 「肉食を急にやめると、癆(癆[ろう]、結核)になりやすくなる。」 確かに、それも考えられるが、この事例は、揺らぎのない真実で、現存する。しかし現代は、菜食のみでは耐えられないので、肉食の必要性を否定するつもりは毛頭ない。これは個人的趣向の問題である。 さて、治療の為に、鉱物との関係の必要性を強調するなら、別の課題に導かれる。この課題は実際に取り組まれてはいたが、やはり、その解決には、人智学的観察から見つけ出すしかない。 治療には、生(なま)の食物と、調理された食物の違いについての疑問が重要である。これについても何らかの主義や趣向を推奨するわけではない、ただ客観的に調べ、真実を明らかにしなければならない。 調理された食物を食べるのと、生(なま)の食物を食べるのを比べれば、自分でする消化を、外でやってもらってる事になる。生で食べたときの、自分ですべき消化を、調理する事で省略している事になる。 さて重要なのは、人間は、人体の末端では、外界の自然と関わっているが、中心の特に消化もその一部だが、自然から人体を分離し、個性化しようとしている。 人間と自然との関係を思い浮かべれば、例えば、次のように表現できる。 「人体の末端は宇宙に組み込まれ、中心の消化や血液の活動に向け、次第に人間は自らを個性化していく(下図参照、中心;炭酸塩=赤 末端;珪酸=緑)、従って、個性化された活動は、もはや外界とはほとんど対応せず、外界の活動のなかでほとんど固定化された活動より、外界の活動に対抗して独自性を発揮している。」 次のように考えれば、更に分かり易くなるだろう。 人間は宇宙に組み込まれ、人体の、特に上図の緑色で描いた活動領域では、鉛、錫、鉄の力が作用し、赤色で描いた活動領域では、銅、水銀、銀の力が作用している(上図参照)。この両活動領域を調停しているのが金の力で、特に心臓に、調停の場を定めている。 以上の観点は、一本の指を、人体の一部とみなすのと同じで、人間を、宇宙の一部とみなし、人体が、宇宙に組み込まれている、とみなすのと同じである。 しかし、矛盾もあって、人間は、消化活動によって、自らを個性化し、周囲から分離し、また視覚と思考との相互作用からも、宇宙の普遍的な活動から離れて、自らを個性化している。 従って、人間は、我儘な消化活動のために、食物を必要とし、この我儘が、自然が直接与える食物を加工分離して取り入れる、という調理法を発明させた。というのも、いまの人類は我儘になりすぎて、自然から直接与えられる生(なま)の食物を食べると、少なくとも平均的な人間の消化活動には耐え難く、あまりにも虚弱体質になっているからである。 逆説的な表現でいえば、もし、食物を調理せずに、生(なま)のままで食べたなら、食事は治療薬となるだろう。つまり、もし、食物を調理しなければ、環境との強力な親和性によって、食事は、実際に治療となる。 (医食同源) 従って、生(なま)の食物は、調理(加工)された食物より、遥かに治療薬に近い。調理された食物を摂るのは、単なる栄養摂取にすぎない。生(なま)の食物は、調理された食物よりは、遥かに、宇宙の活動の意味において、治療薬であるのは、重要な原則である。 生(なま)の食物を摂る食事は、調理された食物を摂る食事より遥かに治療の本質に近い。 調理された食物は、消化活動を省くため、上図の赤の炭酸塩の領域にとどまるのに対し、生(なま)のまま食べた食物(果物など)は、この領域を超えて、人体の末端にまで達し、例えば血液が栄養を送り届ける誘因となる。 試しに、珪素(シリカ)を薬として用いた治療中に、しばらく生(なま)の食物を患者に与えてみれば、この事が確認できる。珪酸の活動を、生(なま)の食物が、本質的に高めるのがわかる。 というのも、珪酸の活動は、末端の変性[Deformationen](物質の変性ではなく、解剖学では出現しない、生理学的に出現する変性)を治療できるが、治療中の珪酸活動に、相応しい栄養分を供給し支える必要があるからである。 この事は、治療法の探究理論として指摘しておきたい。というのも、この事を追求するのは意味深く、ほとんど研究されていないからである。研究するにしても、概ね経験的で、ラツィオ(原理)を探究しないので、医学で確認できる治療について、満足のいく見通しをたてる可能性がほとんど見いだせない状況である。 この様な飲食について、個人に注意を払うのが重要なのは言うまでもない。だから、これまで次のような事を述べてきた。 「医学では、何か経験則をみつけると、すぐに、その例外が掘り起こされる。」 これまで述べてきた珪素や生(なま)の食事などの関係は、原理として知っておくべきである。例えば、個人について、次のような指示が必要な場合もある。 「この患者には、生(なま)の食物を与えてはいけない。生(なま)の食物を食べると、(虚弱)体質から、様々な症状を誘発してしまうからである。患者の体質に合わせて、治療法を選ばないといけない。」 生(なま)の食物が、ある患者には不適切でも、これまで述べてきた事自体は正しい。このような事例や原理によりはじめて人体を見通せる。というのも、人間は実際に宇宙に組み込まれ、人間から離れている鉱物を人体に組み入れるのに必要な末端の珪酸の領域と、上図の赤で示した中心の個性の領域の両者を明確に区別しなければならないからである。 この個性の領域の制御は、確かに、主に植物の摂取で可能だが、塩の作用、すなわち炭酸塩[kohlensaure Salz]の摂取でも制御できる。またアルカリ性は、両者の均衡を取るのに関係する。つまり(順に)、炭酸塩、アルカリ(上図、黄領域)、珪酸塩もしくは珪酸となる。 つまり、この事例は、人間と周囲の自然との親和性を示唆する。人間を、末端と中心の2つに分かれた存在として見れば、その中間が、この2つに分かれた間を行ったり来たりの、振り子運動を行っているのがわかる。だから、次のような結論に至る。 「以上のように、末端と、個性化された中心とを見る観点は、自然の内奥の本性に導く。」 人体の末端は、地上を超えた天体の活動と親和性を持つ。この事実を如実に示すのは、惑星や星座の活動に依存する体内の鉱物の活動である。更に、個性化された中心は、地上と親和性を持つ。この中心の消化活動に表現される地上との親和性によって、同時に、人間は個性的に思考でき、人間個人として進化できる。 さて、このような人間の二元性を、すなわち人体に現われている地上を超えた宇宙と、地上との二元性として観る事ができる。人体のなかに、明確な素質として現われるのは、地上を超えた活動(天)と地上の活動(地)である。 そして、人間が精神活動[Geistorganisation]を備え、それと親和的な対極の関係にある消化活動を持つ事で、地上を超えた天体の活動が、人体の末端にいかに反映しているか、を前回、既に示唆したが、この事は、これまで繰り返し指摘してきた。 つまり、消化の分泌活動や、精神の働きの基盤となる脳の活動は、奇妙で逆説的に聞こえようとも、根本的に、人間を個性化する地上の活動である。 対照的に、尿や汗の分泌に関わる液体や気体の活動は、末端に作用する、天体、つまり宇宙の活動である。人間の本性の互いに離れようとする、この両極を重要視しなければならない。 さて、近代では残念ながら、いま指摘した人間の本性の、この二元性を、治療に多少とも役立つように指摘するような切欠は、これまで一度もなかった。というのも、この講義で考察している事例は、治療と病理を1つに統合するからである。 病理学と治療法は、互いに離れてはならない。また、この講義で提示する事例は、病理を治療へと方向づけるように導くだろう。この2つを統合すれば、病理の理解がそのまま治療への考察となるだろう。 だから、これまでのように病理的な表現で、治療への考察を述べている。治療への方向付けを、ほとんど考慮しないなら、非難は容易だろう。 例えば、梅毒の病因を唯物的に知るのに課題となるのは、梅毒が病気として出現するには、どのくらいの感染が必要なのか、という事である。 梅毒の感染を、単に確かめるだけなら、感染の確認が高度に発達するうちに、病理学を、独立した分野にするだろう。 というのも、些か大雑把な比喩だが、感染を、例えば、頭にできたコブに喩えると、そのコブができたのは、石か何かが当たったに違いない、つまり、何か打撃を受けて、頭にコブができた、と考え、梅毒の感染も、この比喩と同じように考えるからである。 もし打撃をうけなかったら、つまり、レンガが頭に落ちてこなければ、コブはできない、というのは確かに正しいが、この事から病因を特徴づけてしまうと、実り多い治療法には到達できない。というのも、結局、頭に石のようなものが飛んでくる事が、どのように起こるか、というのは社会的には意味のある事かもしれないが、治療法の探究の為に普遍的な意味を持つ、とは言えない。引き続き治療でも役割を果たすような人体の原理を探究すべきだろう。 さて、梅毒の治療でも、これまで述べてきた原理は大きな役割を果たす。治療法はこの原理によって解明される。この講義は、病理学的な重要性よりも、この両者、つまり病理学と治療学の間に橋を架ける為にある。 そのうち際立ってくる、ある精神から、この講義で述べてきた議論が育成されるのを特徴づけたい。しかも、今日では病理学を益々一層、独立させ、専門化し、治療法に導かない傾向が出てきているので、病理学を、霊的な観点で追求すれば、治療法の探究にとって意味深い豊富な原理を無視しているのに気づくはずである。 すると、次のような疑問が浮かぶ、 「人間は、宇宙の活動では末端の立場で、同時に地上では中心の立場にあり、その二重性が成立するのは、人体にとって、いかなる意味があるのか?」 人間の、この両極は、人体では異なった現われ方をしている。末端では、生成として現われてくる。そして、末端組織の究極の目的は、末端に他ならぬ人間の形を与える事なのである。 大まかに次のように言える、 「人体の生成活動が、末端で、いかに珪素の活動と共作用しているかを、珪酸に対する髪の毛の発毛状態から研究してみるとよい。」 頭部の珪酸の活動が、どれだけ活発か、という観点から、肉体への介入の度合い、もしくは、介入に抵抗する度合いを研究できる。ただ、総合的な比較が必要なのは勿論だが、例えば、髪が薄い人を集めて、総括できれば、珪酸-生成活動を、どれくらい受け容れているか、もしくは抵抗しているか、の傾向がわかる。 霊視できなくても、この研究から、霊的な直観[Anschauung]が獲得できるが、自然の働きに深く参入できなくてはならない。 自然の働きは主に生成=創造力だが、それは細胞の生成力ではなく、究極的に人間全体の姿=構造が出現するような総生成=創造力[Totalgestaltungskraefte]である。 毛が沢山生えているかどうか、などの皮膚の構造も、この総生成力とみなせる。この末端の活動に対して、中心に配される炭素や炭酸の活動は、形を再分離=解体し、破壊を行っている。 人間は実際、中心で、構造を絶えず解体し、破壊を行い、末端では再び、宇宙から、構造を絶えず作り出す事で、生きている。人間は、自我で絶えず構造を変形させ、変形を繰り返すのを、宇宙から調停される事で生きている。 人間のなかには、この二重性、つまり生成[Gestalten]と変形[Deformieren]がある。この二重性が人体で共作用する。人体には一方では、末端に、宇宙(天)の生成力(下図参照、上からの矢印)が働く。この力は心臓で、地上(地)の解体力(下図参照、右からの矢印)と出会う。 心臓では、均衡(動的平衡)が作り出される事は既に述べた。では今度は、心臓にまで到達する傾向を持つ末端の生成力が、心臓で均衡の働きを受ける前に(下図参照、上からの矢印)、膨張し、充満する場合を仮定してみる。 この末端の生成力が、心臓での均衡に至る前に、予行[Vorstauung]として膨張し、充満する、と仮定すると、人体のなかには低い割合であっても、やはり、宇宙(天)の生成力が現われている、のがわかる。 さて、この末端の生成力と対抗する反対の解体力、つまり消化活動を通じて、心臓にまで働く解体力もまた心臓に到達する前に、前もって膨張する(上図参照、右側からの矢印)と仮定してみる。 すると、この膨張し、凝縮している活動は、霊や物質を変形する活動で、つまり頭や腸の分泌に関わるが、心臓の活動とは直接に対抗せずに、前もって行われる準備的活動になり、これは、地球の中心から発せられた解体力が、人体のなかで変形力となり、予め膨張する事で成立する。 以上の仮定により、人間のなかの、この二重性を、固体化した器官ができる。つまり、末端の生成力から女性の性を現わす生殖 器が、また中心の解体力から、男性の性を現わす生殖 器が与えられる(上図参照)。 (女性が人体の末端に眼がいくのに対し、男性が中心に眼がいくのが、この違いからわかる。) 女性の性を研究するには、宇宙-末端の生成力への依存性という観点から観察する必要がある。そして、男性の性は、地球-中心の解体力への従属性という観点から観察する必要がある。 (女性が包容力を求め、男性が突破=破壊力を求めるのがわかる。) 人体を、科学的に深く探究する道は、この観点にある。また、この観点から、生成力を自ら担う植物が、生成力を麻痺した子 宮を、どのように回復させるか、という治癒原理がわかる。 以上のように霊的な観点から、人体の生成力を研究すれば、植物や鉱物のなかの生成力も、見通せるようになる。この事を、個別的に観察していくが、最初に、全体像に触れなくてはならない。 このような観点で見通せば、真の胎生学=産婦人科学も手にできる。今日まだ得られていない、というのも、真の胎生学の、初期発生(発達)の人体には、宇宙(天)の活動が強力に働いている事、つまり、宇宙は、男性の精 子と同様に、女性の人体を受胎可能にする事が、そもそも全く考慮されていないからである。 胎生学の初期は、宇宙との関係から観察しなければならない。男性の精 子により植え付けられるものは、時間の経過とともに現われてくる。宇宙が女性の体のなかに移し入れる生成力が、精 子により変形される。 つまり、宇宙が、創り上げる全体の形が、男性の精 子により、個々の器官へと変形され、特殊化される。女性の役割は、全体の組織化にあり、男性の役割は、個々の器官=臓器への特殊化や差異化、つまり個々の器官を、全体から分離させ、全体の統一性を、変形させる事にある。 つまり、次のような結論に至る、 「女性の力によって、人体は球体を目指し、男性の力によって、この球体を心臓、腎臓、胃などに特殊化していくのを目指す。」 女性と男性が出会うなかに、宇宙(天)と地球(地)という両極性が現われてくる。この事実から、また、次のような太古の叡智を前にすると、大きな敬意を抱く、 「(天の)ウラヌスが、(地の)ガイアを身篭らせる。或いは(霊界の)クロノスが(物質界の)レアを身篭らせる。」 と語られると、畏敬の念をもって耳を傾けられるようになる。 この古代の意味深い預言力=神通力に大きな敬意を示すなら、従来の神秘的で曖昧な感情である必要はない。上述の事実を洞察し始めれば、よく耳にしたような神話が、現代の自然科学以上に生理学を語っている、という箴言は、最初は意外で、衝撃を与えるが、後には理解でき、同意するようになる。神話のなかには途方もなく多くの真実が含まれている。 だから、知性が進むほど、益々次のように告白するようになる。 「このような関係について、もはや何も見通せない今日の医学は、人体を深く理解するのには役に立たない。」 この機会に再度述べるが、この講義で述べてきた知見は、例えば、古代の書籍等の研究から得られたものではない、という事である。実際に、現存する事実から得られた知見である。ただ、太古の叡智と一致しているだけで、太古の叡智から取って来たものではない。 だから、今回の講義で述べてきた宇宙の活動を追求して行けば、直観が現われ、それから、その直観が、太古の叡智へと導いていくだろう。 例えば、パラケルススが、研究から到達した事実等を伝えているわけではない。ただ、私(シュタイナー)が発見した事実が、中世当時、どのように見えたか、パラケルススの研究を紐解いて調べてみたい欲求にかられる事はある。 だから、これまで提示してきた事実を、次のような意味で理解して欲しい。 人体の奥深くまで見ていくと、人智学の霊の観点から、太古の叡智に大きな畏敬の念を抱くようになる事実を認めなくてはならない。しかし、このような事実はまた別の知的分野で取り扱うべき問題である。 この事については、更に次回に述べる。その前に、2つの二重性から、つまり女性と男性の出現についての事実を消化してもらったわけで、次回以降も考えていくが、更に深い関係を示唆するだろう。 1-10 さて、まず注目すべきなのは、シリカとなって静止状態に至った活動の、頭部の物質体への関与について、例えば、胸部のなかと比べると、何がわかるか、ということである。 奇妙にも、胸部でのシリカの活動は、頭部よりも強く広範に働く。この活動は頭部では弱くなる。この活動は、胸部では、より強く広く、いわばより分化して働く。そして、この活動は、四肢-代謝系では、最も強く働く。 シリカの活動に注目するなら、次のような結論に至る、 「シリカの活動は、自我を支援しなければならない部位(四肢-代謝系)で、最も強く働く。更に他の人体(アストラル体、エーテル体)との相互作用も見ていく必要があるが、独立した(個別の)自我の働きは、四肢-代謝系の物質体のなかでは、その記録制御部しか持たないからである。」 シリカを生み出す活動は、四肢-代謝系への自我の働きの為に、自我を助ける必要のある部位(四肢-代謝系)で、最も強く働く。つまり、シリカにより特徴づけられる活動は、アストラル体も支援する必要のある胸部では、弱く働き、またエーテル体も支援する必要のある頭部では、最も弱く働く。
2017年11月10日
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