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最近読んだ小説「下流の宴」の中の登場人物にこんな女性がいた。美貌に自信があり、最初から高収入の男をゲットして専業主婦に収まることを狙い、そのための人生設計をたてている。高偏差値の学校を狙ったり、自立できそうな職業を目指すことは初めからせず、イメージのよい女子大で婚活に励む。昔はこんな女性は珍しくなかった。いやけっこう普通だったのではないか。そうした女性が減ったというのも、ここ何十年かの社会変化で大きなものの一つかもしれない。女子高が進学校として名をはせるようになったのもこれと連動しているのだろう。もともと男子進学校に入る子と同等のレベルの女子が本格的に受験戦争に参入しだしたわけである。医師と結婚したければ、合コンに励むよりも、自分が医師になる方がよい。医師に限らず、高スペック男性を狙うなら自分もその中に入った方がよいというわけである。もちろん婚活が人生の最大目標でないにしてもだ。そのためかつては硬派で男の世界?とされた政治経済あるいは国際情勢といった分野でも女性の専門家は普通になっている。ただこうしたものは過度期がある。硬派な世界は男ばかりが当たり前と言う時代と、女もいて当たり前という時代の中間があったように思う。お堅いテーマのシンポジウムや座談会、あるいは対談で、男ばかりでは彩に乏しい、女性がいればよいのだが…という時代である。それは専門家でなくともよいが、美しく頭のきれる女性で、中身のある発言は期待しないが、適度に話に入ることができればよい。ある時期、そうした知的タレントの需要が高まったように思う。これはその後の女子アナのタレント化にもつながっていくと思う。一方、そうした知的タレントの需要が高まったのは同時にタレントの志望者も増えていたということでもあった。単に英語ができて、有名大学を出た美人というのなら、いくらでもいる。それにひきかえ、多少盛った経歴でも、特異なものがあれば有利になる。こうした知的タレントは、シンポジウムに花を添えるだけでなく、政財界人とのインタビューや対談でもひくてあまたであった。そんな時代もあったわけである。
2026年08月01日
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