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また旅に出て、ウィーンにやってきた。 今回はオーストリア航空である。 機内の設備はいまいちだったが(テレビ画面が各シートにないとか)、機内食が珍しくまあまあだったので、許せてしまった。機内のインテリアも明るくてよかったし。 「期待するなんて間違い」と人には言われ続けるが、やっぱり何となく気になってしまうのが機内食。まずまずだと、なんだかちょっと得をした?気分になる。 海外旅行がこんなに一般的になる前は、機内食ってごちそう、のイメージがあった。 今からウン十年前、おばに連れられて初めてハワイに行った時は、もちろんエコノミーだったけれど、血のしたたるステーキが出たような気がする(実はハワイにはそれきり行っていないのだけれど)。 その経験が強烈?だったせいか、まだ機内食=ごちそう、のイメージから抜けきれないのかもしれない(ビンボー症ですね)。 留学、そして帰国後、最近ツアーの仕事を始めてから、年に3ー5回くらいはヨーロッパに行っているが、「これじゃファミレスのランチの方がまし」という機内食ばかりである。「機内食がおいしいと表彰されました」などと航空会社がうたい文句をならべるが、うそばっかり!といいたくなることも。機内食をパスして、1000円でも2000円でも引いてもらって、成田でお寿司でも買って乗ったほうがまし、という感じ。アルコールその他の飲み物はあったほうがいいかもしれないが。 まあ飛行機会社も、過当競争で大変なんだろうけれど。ならばなおさら、そういう選択肢を導入したりするのも手ですよね。 ヨーロッパ内は、かなりそんな風になっているようで、スイス航空などヨーロッパ内は飲み物もすべて有料だった。 日本からヨーロッパは遠距離だから、すべて有料とか、すべてなし、とするのは難しいかもしれない。でも少量のくたびれたパスタや、何の調味料を使ったか不明の細切れ肉料理を出されるより、自分で用意したほうが安心、というものだ。
April 30, 2005
最近、新聞連載時に愛読していた小説が、相次いで本になった。 桐野夏生の「魂萌え!」と、曽野綾子の「哀歌」である。 偶然だが、どちらも毎日新聞に、ほぼ同時に連載されていた(朝刊と夕刊)。小説が読みたい一心で(他の記事も悪くない新聞だけれど)、朝夕買っていた(自宅でとっているのは「毎日」ではない)。2つの連載が終わったら、たまにしか買わなくなってしまった。 ふだんめったに新聞の連載小説は読まないので、ほんとに例外的なことだったのである。それだけ目の離せない作品だった。 両方の作品に共通していることは何だったのだろうか。 まず文章に緊張感がある(曽野作品はさらに含蓄に富んでいる)。次に何が起こるかわからない、手に汗を握る展開がある。読者をいい意味で裏切り続けるのだ。 新聞の連載という枠組みには、短い枚数でその両方を満たさなければならないジレンマがあるような気がする。 だが実際、そんな連載はめったにない。 本になってから読むと、引き込まれ、感動する作品もある。けれど連載時から引き込まれ、本になって改めて読み返してまた感銘を受けることは、まれである。 この2作品は、そんなまれな作品だった。 また、このようなまれな作品にめぐりあってみたい。読書の幸福を2度も、2通りのやり方で味あわせてくれる、贅沢な作品に。
April 28, 2005
女性なら誰でも、「お買い物」が好きなはず。 そう思っているひとは多いだろう。世間の常識も、そういうものらしい。 女のはしくれにもかかわらず、私は「お買い物」が苦手である(恥ずかしい・・・)。以前はよく従姉からお下がりをもらって間に合わせていたこともあり、洋服というものを、買いなれないのだ。 これが本屋やレコード店ならいそいそと出かけ、時間のある限り粘っているのだが・・・。本やCDやDVDはあまり惜しまず買えるのに、服を買うのは抵抗があるのである。 だってちょっとしゃれた服だとすぐ10万。高いと思いませんか? あるひとにそう言ったら、 「オペラのチケットに4万も5万も出すほうがよほど酔狂」 だと言われた。ごもっとも。 こちらとしては、それだけの価値があると思うから出してしまうのだが、ふつうの女性からすれば、服だって価値があれば高くて当たり前なのだろう。私など、同年輩のおしゃれな女性とは一桁違う値段の服にばかり目が行ってしまう。 デパートめぐりも疲れるんですねえ。本屋なら疲れないのに。 「浩子はほんとに男の子みたい」 私のそんな趣味を見ていた亡くなった祖母は、そう言っていた。 「送ってくる荷物がみんな本ばかりで、これが女の子の荷物かと思ったわよ」 これも亡くなった母が、留学帰りの私の荷物の山を見ながら、ため息をついていた。 本を読む=男の仕事。そういう概念は、私にはなかったんだけれど。 もうひとつ困るのが、化粧品のショッピング。 肌のきれいだった祖母がこれだけをつけていた、ということを言い訳に、長年オードムーゲという化粧水しかつけなかったのだが、やはり寄る年波?には勝てない。目の周りの乾燥が目につき始め、例の佐伯チズさんの本を引っ張り出したまではよかったが、いざ美容液、となってもどれを買っていいか分からない。コスメ雑誌は星の数ほどあるのだが、ありすぎてかえってわからないのだ。 化粧品売り場をうろうろしてみるのだが、混乱は増すばかり。 化粧品売り場を訪れて何度か目、とうとう意を決して?買ったのは、安くて有名、ちふれ化粧品の「美容液」でした。お値段650円なり。 ホントにおそまつな女ぶりである。
April 27, 2005
枕の話を書いたから思い出したが、「靴」には悩まされ続けている。 大足(25センチ)、幅広に加え、何年も前から外反母趾。左足の親指の付け根など、出っ張って靴に当たるので、いつも赤くなっている。 当然、おしゃれなパンプスなど無縁。ワシントンなどの「コンフォートシューズ」コーナーで、とりあえずパンプスの形をしているものを見つけては履いている。 専門店に行ったこともあるのだが、高い割に必ずしも快適ではなかったので、最近はもっぱらワシントン。どこかいい靴屋さんをご存知の方はぜひ教えてください! ところで、昨年夏、ヨーロッパで、そんな私の「救いの神」のようなサンダルを見つけた。 いわゆるぞうり型のサンダルである。ヒールが低いのも多いし、外反母趾の部分は当然ながら靴に当たらないし、これほど足に優しいものはない。 鼻緒?部分が花型になっている白いサンダルをイタリアの靴屋で嬉々として購入、おしゃれなワンピースにも合わせていたのだが。 帰国後、友人たちのグループとオペラを観にいった。ロンドンで買ったふわふわのワンピースに、鼻緒サンダルを合わせて行ったのだが、休憩時間、友人の夫君が私の足元を見て笑み?を浮かべている。 「それ、ぞうりじゃないの?」 そうなんだよね。でも、一応イタリアで買ったんだよ、と説明?したら、納得してくれたようだったのだけれど。 次にそのグループとオペラを観にいったのは真冬。 彼に会ったら、開口一番こう言われた。 「今日は、靴はいてるんだね」 友人の弁によると、夫君は「浩子ちゃんが靴履いてくるかなって、来る前から気にしてたんだよ」という。 うーん、一応おしゃれ&実用性を備えたサンダルだと思ったんだけどな。 ゾウリサンダルに市民権が欲しいものだ。外反母趾に悩む多くの女性のためにも。 たぶん今年も、懲りずにゾウリサンダルを買うだろう。
April 26, 2005
枕を買った。 めったに枕など買わないのだけれど、雑誌広告で見た、「首のシワが気にならなくなった」という謳い文句に惹かれたのである。 気は若い(というか、ふだんは自分の年齢など忘れている)つもりなのだが、やはり現実に気づかされる時もある。このごろどうも、写真に写った自分の「首のシワ」が気になりだした。 最近大人気の美肌師?佐伯チズの説によると、首の肌はとても薄くてデリケートなのだとか。その薄い肌で頭を支えているのだから、負担がかかって当たり前。とくにデスクワークをすると姿勢がかがみ気味になるので、シワができやすくなるそう(ドキ!)。そして枕は、寝るときもなるべくまっすぐになれるよう、低い方がいいのだそうだ。 ちなみに、ふだん使っていたのは、ごく平凡なそば殻枕。その前には、「西式健康法」とやらで薦めている、木枕(昔の芸妓さん?が使ったような、首を乗せる高い枕)を使ったこともある。これはたしかに背筋は伸びるのだが、首は疲れるので、長い時間はしていられない。 枕ひとつで「シワ」が何とかなるのなら何とかしたいな、と思っていたら、「この枕に替えてから首のシワが気にならなくなった」という広告に出くわしたのである。 「トスカーナの夢まくら」(つまりイタリア生まれ)というコピーにも、何となく惹かれてしまったのでありました。(ミーハー!) ところが、やっぱりだめなんですねえ、これが。 ヨーロッパへ行くたびに、実はホテルのふわふわ枕には閉口していた。肩が凝る上に、柔らかいせいか熱を発散しないので、起きた時何となく頭が重いのだ。 で、この枕も、「低反発素材」を使っているという触れ込みなのだが、そば殻に比べれば圧倒的にやわらかく、通気性も悪いのである。従って、熱を発散しないのだ。だから起き抜けがすっきりしない。 大枚はたいた枕だし(12000円もした)、シワが薄くなるのは魅力だしで、ずるずると使っているのだが、1週間ばかりたち、そろそろ限界に近づいてきた。 日本ではよく「頭寒足熱」といいますよね。頭に熱がこもると、快適ではないのである。 それにしても、欧米には「頭寒足熱」という言葉はないんだろうか。日本人とは感覚が違うのかな。
April 25, 2005
HPもブログも星の数ほどある昨今、私のHPのようなマニアックな?サイトを訪問してくれるひとは、残念ながらそんなに多くない(書き方そのほかにも問題があるのだろうけれど)。 けれどサイトがなければなかっただろう出会いも、時たまある。 昨日はそんな嬉しい出会いがあった。今年の3月、パリのシャトレ座で聴いた「マタイ受難曲」の感想を、HPの「コンサート日記」に書いたら、それを見たかたからメールをいただいたのだ。それも、当日出演していたバス歌手、K・M氏の奥様である。 K・M氏はドイツ人なのだが、奥様は何と日本人。ご主人の批評にまめに目を通していらっしゃるのだそうで、ご主人様の記事を探して、インターネット・サーフィンをしていたところ、私のつたない感想を見つけてくれたらしい。 現在はドイツ在住とのことで、これこそネットが可能にしてくれた出会いと、感動したのでした。 今さらですが、共通の関心を持つひとが距離を越えて出会えるところが、ネットのいいところなんですね。
April 21, 2005
以前この日記でも取り上げた、新国立劇場の芸術監督に会ってきた。 広報の担当者に、公演に関する不満を述べたメールを送ったのがきっかけで、意見交換を、ということになったのである。 色んなひとの話を聞こう、という姿勢には大いに共感するものがあった。 とはいえ、どうやら芸術監督氏には、自分の立場を説明したい、という意図もあったようだった。 私が一番感じているのは、歌手起用(とくにイタリア・オペラの公演について)に対する不満なのだが、その点は基本的には平行線。 たとえば、昨年11月の「椿姫」の主演歌手、国内では不評で、私も大いに不満だったのだが、「歌手の好き嫌いは誰にでもある」というような結論にされてしまったのは残念。 日本人歌手の起用にしても、必ずしも意見は一致しなかった。「特定の人に偏らず、もっと色んな日本人歌手を出して欲しい」というと、「歌手を育てなければならず、公演の数が少ないので、特定の人に集中せざるを得ない」という。それはそれで分かるけれど、だったら二期会や藤原歌劇団と共同戦線を組んで、有望な人が今回は新国、今回は二期会、と出られるようにすればいい、と言ったのだけれど、なかなかそこまで提携するのは難しいらしい。 外国歌劇場の来日ラッシュなどやめ、日本各地に歌劇場を作って、地方の劇場で日本の歌手を育て、最終的に新国でデビューするようにしたらいい、という意見には賛同できたが。 もっともそれまでには、気の遠くなるような年月が必要なのでしょうね。17、18世紀から各地に劇場があったヨーロッパとは違うのだから。
April 18, 2005
世はほんとに、ヴィジュアル時代である。 私の領分?であるオペラでも、太った歌手なんて昔話になりつつある。クラシック音楽ももちろんそう。ファッションモデルばりの容姿以外に、失礼ながら何がある?といいたくなるような演奏家がわんさか出ている。 どうやら、政治家も同じようだ。支持率が下がったと騒がれても、30-40%は確保している小泉首相の人気も、ヴィジュアル的な部分に負っているものが多いよう。 改めてそう感じたのは、何日か前の飲み会の席である。 当日のメンバーは、男2人に女2人。旅行の仕事の関係者で、何年も前から付き合いがあり、かなり親しみを感じていた間柄だった。 話がはずんで、小泉首相の話になり、私ともう一人の男性で、アンチ小泉の話で盛り上がっていたときに、もうひとりの女性がありありと不満の色を浮かべ、 「私、小泉さんて割と好きなんですけど」 と言ったのである。 私は驚いた。というのも、私は9.11のあった翌年、2002年の年賀状に、アフガン攻撃への疑問(詳しい内容は省略するが)を延々と書き、それを読んだ彼女は、次に私に会った時に、 「そうですよ、その通りですよ」 と、思い切り同調してくれたからなのである。 アフガン攻撃に疑問を持ったということは、それを支持した小泉首相にも疑問があったわけだから、当然そこまでわかって同調してくれたものだと、思い込んでいたのだった。 これが彼女でなければ、小泉ファンだとわかっても、別に驚きはしなかっただろう。 「だって、かっこいいじゃないですか」 どうして?と問いかけると、彼女はそう答えた。 「今までの政治家って、何言ってるかわからなかったし、見てくれもさえないし。言ってることもわかりやすいし」 「わかりやすいからいい、っていうもんじゃないでしょう?何を言っているのか、その内容が問題なんじゃないです?」 そう切り返すと、 「うーん」と言って黙ってしまった。 何度か押し問答をしているうちに気がついた。 何をしたか、何をいったかはあまり問題ではないのだ。多分彼女は何となく、小泉首相が好きなのだろう。タレントを好きになるように。 「じゃ誰がいるんです?石原慎太郎?安倍晋三?」 何だか似たような感じの政治家ばかりである。言うことが威勢がいい。わかりやすい(わかりやすそうに見える)。見ばがいい。自己PRがうまい。 やっぱり、ヴィジュアル時代なんじゃなかろうか。 タレントを好きになるなら、「何となく」でもいいのかもしれない。でも政治家の評価は、それじゃ困る。クラシックの演奏家を、ヴィジュアルだけで判断することがおかしいのと同じではないだろうか。
April 16, 2005
何日前だつたろうか、また何という名前かも忘れてしまったのだが、たしかモンゴル出身のある力士(朝青龍ではありませんでした)が、「財布をすられてしまった」ニュースを見た。 中にはなんと、現金90万円!と、キャッシュカード7枚が入っていたのだという。 ところがブラウン管に映ったご本人はけろりとしたご様子。その上、 「まあこれで悪いことを全部出したと思って、これからラッキーなことが来る」 のようなコメントを発していたので、驚いてしまった。 よく「ポジティブ・シンキング」というけれど、ここまで来れば本物?である。(斉藤一人さんの「ツイてる!」でも読んだのだろうか???) 私だったら、現金もだけれど、カードの始末でパニックになってしまうだろう。 実は私も一度、財布をすられたことがある。 場所は、すりの多いことで悪名高い?イタリア、ミラノ。街の中央のドゥオモ広場で、露天商をひやかしているすきに、ショルダーバックのなかの財布だけばっちりやられてしまったのである。 この手の話でよくきくのが、ジプシーに取り囲まれたとか、知らないひとにアイスクリームをつけられたとかいう話。だがこのときはそんなことはまったくなく、またショルダーバックのジッパーも閉まっていたのに、まったく気づかずにやられてしまった。カフェにはいってお茶を飲み、さあお勘定、というときになって、財布だけないのに気づいたのである。 さあ、それからが大変でしたね。 現金は持たない主義なので、その被害は大したことはなかったが、何しろクレジットカードがごっそり入っていたのだ。分割してもっていればよかったと後悔したけれど後の祭り。その日はこれから帰国するという日だったのだが、何しろ一文なしになってしまったので、カフェで電話を借り、ミラノの旅行社につとめている知人に電話をかけた。必死でくどいたら、彼が車をまわしてくれたので、それで空港までたどりつくことができたのである。 空港までの車のなかがまた大変だった。カードをとめなければならなかったので、車の電話を借り、結局日本のカード会社に電話をかけまくった。後で来る請求書の額はそっちのけで・・・ 成田からは着払いでタクシーに乗り、何とか自宅にたどりついたのである。 ちなみにタクシー代は3万円近く。高い授業料でありました。 まあそんなわけで、ポジティブ・シンキングの境地には程遠かったのであります。 またあの経験をするのはまっぴらだけれど、もし何かあった時はあの力士に見習いたいものだと、つくづく思ったのでありました。
April 14, 2005
今日から大学の講義が始まった。教室で学生さんたちと向き合うのは、ほぼ3ヶ月ぶりである。 講義の初日は、恒例の科目ガイダンス。1時間半の講義時間を前半、後半の2回にわけ、履修希望者に講義の内容を説明する(学生さんが一番ききたいのは、たぶんテストのことなんだけれど)。時間中に2回あるのは、同じ曜日・時限の科目で取りたいものが重なったとき、どちらかを選べるようにという配慮。親切ですよね。 春休みぼけから抜けきらないのか、家を出てしばらく行ったところでまたまた忘れ物に気がついた。あわてて引き返したが、電車に一台乗り遅れ、大学に着いてから資料のコピーをして、ぎりぎりで教室に到着。ほんとは早めに行って教室をあけて置かなければならないのに・・・。というのも私の講義はオペラ関係、AV機材を使うので、その設備のある図書館の地階のホールを確保しており、その教室は機材のある関係で、ふだんは鍵がかかっているのである。 図書館に着いて驚いた。地階に通じる階段の、なんと1階まで行列ができているではないか。 「今、鍵だけあけて置いたんですけれど」 図書館の係員のひとが、見かねて鍵をあけてくれていた。いやあすみません。 定員80名弱のホールは、補助席を出しても足りず、立ち見が何人も出る状態。こんな事態は初めて。うーん、今期のテーマはすごくマイナーな「ロシアとチェコのオペラ」なんだけど。 でも、がらがらより大入り満員の方がやっぱり嬉しい。本が売れないより売れる方が嬉しいのと一緒だ。ゼミじゃないし、一般教養科目なので。 「ひょっとして、どこかに楽勝って出てた?」 最前列に座っていた男の子に聞いてみた。 「いや、内容が充実してるって」 そりゃないでしょ(笑)。でもうまいですね、この返答。 謎?は、第2回目のガイダンスのときに解けた。 第2回目はふつうすいているものだが、今日はやっぱりかなりの入り。「どうしてこんなに多いんでしょうね」と思わず呟いたのに、 「この時間、他に一般教養の科目がないんですよ」 間髪を入れず、はきはきした女の子の声で答えが返ってきた。 なるほどね。そういうわけでしたか。腑に落ちました。 ついこの間まで(?うそばっかり)自分もそっち側で、そんなことを考えていたのなんて、すっかり忘れていたのでした。 それはそれとして、オペラの裾野はやっぱり広がっている気がする。オペラの講義を始めて5、6年になるだろうか、毎年最初に、「オペラを見たことがあるひと」がどれくらいいるか聞くのだが、年々増えている。これはたしか。 さあ、今年もオペラファンを増やすためにがんばるぞ?
April 13, 2005
つい先日逝去したローマ法王、ヨハネ・パウロ2世の「恋人」は、マザー・テレサだった?という記事を読んだ。 もちろんカトリックの聖職者たるお2人だから、プラトニックそのもの。何度かお互いに訪ねては教会や信仰のことを話題にしたのだとか。 「恋」のしるしに法王が大事にし、お守り代わりにもしていたものが、なんとマザー・テレサのパンツ。インドのマザー・テレサの自宅を訪問したときに、手を洗うことを理由にバスルームに入り、そこにあった下着用のバスケットから彼女のパンツを頂戴してしまったとか。もちろん彼女には内緒(これって、盗みっていうこと???)で。 けれど、聖なるパンツ?の効果はあらたかで、1981年に暗殺未遂の憂き目にあったときは、瀕死の床にありながらこのパンツを手放さず、奇跡的に回復したのだという。 法王の未公開の遺書には、このパンツをお棺に入れて欲しいと書かれているのだそうな・・・ ここまで読んで、何だか変だな、と思いませんでしたか? 素直すぎると人にいわれる単細胞の私めでも、さすがに???と思いましたよ。 案の定「エイプリル・フール」のための作り話でした。でもとっても笑えました。こんな「ロマンス」なら大歓迎です。 作者はエッセイの名手米原万里さん。「サンデー毎日」の連載「発明マニア」第71回に掲載されたもの(現在発売中の4月24日号。全文をごらんになりたければぜひ当該の号の178ページを)。著者の言では、エイプリルフールのために準備していたが、法王危篤の報道のために自粛なさっていたのだとか。 米原さんの才気煥発ぶりにはほんとに敬服。ばりばりの硬派からこの手のユーモア・エッセイまで、切れ味のよさでは女流エッセイストのなかでもぴか一なのでは。爪の垢でも貰いたい?ものです。 なお、同じ「サンデー毎日」の40ぺージ「シリーズ憲法」では、赤川次郎さんが発言している。昨年5月、言論統制が敷かれた近未来の日本をテーマにした小説「さすらい」を出版なさったとか。知らなかったな。読んでみよう。
April 12, 2005
イギリスのチャールズ皇太子の「再婚」が、えらく不評らしい。 ダイアナ元妃との離婚の原因となった、カミラさんと再婚するというので、世間の非難を浴びているようだ。 もう、いいんじゃない?結婚させてあげても、と私などは思うのだが、どうやら「ダイアナがかわいそう、これでは浮かばれない」というダイアナ派の方が、多数派のようなのである。 まあ、火種は結婚前から撒かれていたらしいから、やはり一番の責任はチャールズ皇太子にあるのだろう。 でもねえ、亭主が浮気していると分かったからといって、自分もあちこちの男性と関係を持ったり(しかもその男性が、暴露本を書くようなたちの人だったりする)、あるいはテレビ放送の電波でだんなの浮気をばらして、家庭問題を電波で流すなんて、そうそう褒められた行為じゃない。なんだかんだいっても王室のことであり、芸能人とはわけが違うのだから(日本の皇室じゃまず考えられないですよね)。ブレア首相も、これには苦言を呈したというし。 なのになぜか、一般からはあまり非難されず、チャールズの方にブーイングが集まってしまった。ちょっと不公平なんじゃないだろうか。 最後は最後で、大富豪の恋人とデートの帰りに事故にあってしまった。悲劇的だし、ドラマチックだからよけい人気が出たのだろうけれど、この非業の死がなければ、オナシスと結婚したジャクリーン夫人みたいな評判になっていたかもしれない。 地雷撤去運動に参加したことも人気の秘密だったというが・・・その種のボランティアは「ノーブレス・オブリージェ」というものでしょう。分野は違っても、身分のあるひとならその種のことはみんなやっているはずだ。それでも、彼女がやると人気の種になる。一方ではハリウッド俳優なみに、衣装や宝石にお金を使っていたのに、それはあまり非難されないで、憧れの的になるというわけ。 ダイアナ元妃は常に「人気」というものに恵まれる運命だったのだろうか。 ジャクリーン夫人の名前が出たから言うわけではないが、ダイアナ元妃は、ちょっと(ソプラノ歌手の)マリア・カラスに似ているな、と思うことがある。 もちろん2人の職業はまったく違う。ダイアナ妃はお嬢様からシンデレラ・ガールになり、マリア・カラスは「醜いアヒルの子」(彼女はとても太っていた)から、才能と努力で超一流の歌手になった。最後にはダイエットに成功して、美しい容姿も手に入れた。 おそらくその美貌の力もあって、ダイアナ妃とマリア・カラスは、王室とオペラ歌手という自分の枠組みをはるかに越えた名声を人気(ハリウッドスターのような)を獲得した。 そして人生がドラマティックだったことが、人気と名声に輪をかけたのである。 マリア・カラスなど、オペラ歌手にしてはまれなことに何冊も伝記が出版されている。そしてその大半は、彼女の音楽の秘密などではなく、恵まれなかった少女時代や年上の夫メネギ-ニとの確執、大富豪オナシスとの恋と別れなどに費やされている。私など、なぜ彼女があんな表現ができたのか、そういうことを解説した本があってもいいと思うのだが、その欲求が満たされたためしはない。「オナシスってひどい男なんだな。なんでカラスはそんな男に惚れたのかな」と思うのが関の山だ。 私には、彼女たちが幸せだったとは思えない。自分の求めたものーダイアナ妃はシンデレラの地位を、マリア・カラスは歌手としての比類ない名声を-を手に入れたのに、いつも何かを求め、飢えていた。それを「愛」だと言うのはたやすいし、何もかも手に入れたけれど「愛」には恵まれなかったというストーリーはとてもわかりやすい。でも、それは彼女たちの弱さから来る部分もあったと思う。彼女たちは最後のところで、自分とは何かを見失ってしまったのではないだろうか。
April 9, 2005
「DVD」の登場は、私の人生において革命的?だった。 CDサイズで、収録時間はその数倍。しかも画質はビデオなどよりダントツにいい。こんな便利なものができるなんて!快哉を叫んだものでありました。 というのも、カルチャーセンターや大学でオペラの話をすることが多いのだが、今はとにかく映像が不可欠。ビデオは頭出しができないし(全曲かけるのはまず無理)、その次に出てきたレーザーディスクは、画面はビデオよりきれいだったが、何しろ重い。LPサイズで、その数倍の重さなのだ。いつも荷物の多い私にとって、その「重さ」はほんとにやっかいだった。 それが、サイズも重量も質も、すべての悩みを一気に解消してくれるソフトができたのだ。万歳三唱でもしたい気分だった。 しかもどんどん新しいソフトが出てくるではないか。これはもう、舌なめずりをしたんですねえ。 ところが、世の中そうそううまくはいかないのだ、やっぱり。 最初につまずいたのは、「リージョンコード」である。 数年前、ヨーロッパへ行ったとき、現地のレコード屋でたくさんDVDを買い込んだ。帰宅してわくわくを押さえつつ、プレーヤーに差し込んだところ、 「読み取れません」という無情の字幕が現れたのである。 ヨーロッパと日本では、地域別コードが違っていたのだ。 ビデオが国によって見られないのは知っていた。まさかDVDもだなんて!だってCDは万国共通だったじゃない?そのCDと同じ大きさなのに(関係ないか)・・・ 地団太踏んでも、決まったことには対抗できない。泣く泣く、専門家に教えてもらって、コードに関係なくDVDが見られる「マルチプレーヤー」を買い入れたのだった。 しかし問題はこれだけではなかった。 しばらく経つと、知人のオペラファンたちが、「こんなものを録音したんですけれど」と、放送されたオペラの録画やら、あるいは珍しいソフトのダビングなどと、送ってくれるようになった(ほんとはソフトのダビングはできないはずなのだけれど、イロイロ手段があるらしい・・・)。 これがまた、見られないのである。自宅にあったプレーヤーが古いタイプだったことも、関係があったらしいのだが。 見られないDVD盤が山積みになるのに耐え切れず、またまた新しいプレーヤーを購入した。 だが、それですら、見られない盤があったのだ。 「DVD-RAM」という種類の盤だったのだが、知人のレコーディングディレクターに言わせると、この種類は古いタイプで、自分のプレーヤーでも見られない、ということだった(新しいプレーヤーでは、DVD-Rなどはもちろん見られる)。 やれやれ、である。 何事もそうだけれど、便利は不便と背中合わせ。便利なことが増えると、それだけ不便なことも増えるのだなあと、改めて認識したのでありました。
April 8, 2005
今月から、私の住んでいる横浜市のごみの収集方式が変わった。 以前は、カン・ビンは別として、燃えるごみも燃えないごみも一緒くたに出してよかったのだが、リサイクルを目的に、かなりきびしく分別しなければならなくなったのだ。 燃えるごみと燃えないごみを分けて出していた東京から移り住んできたので、今までの横浜方式は、「いいのかな?」なんて思っていた。だから分別収集になって「これでいい」と思いたいのだが、どっこいそうは行かない、ということが分かったのである。 昨夜帰宅した時、ちゃんと分別したはずのごみが、置いてきぼりにされてしまったことを発見したのが、ことの起こりである。 「このごみは収集できません」 ゴミ袋には、無情にもそのシールがぺたんと貼られてあった。 なぜ自宅のごみだと分かったかというと、私の名前を書いた封筒が透けて見えていたのだ。あー恥ずかしい。酔いもいっぺんに醒めましたよ。 なぜ持っていってもらえなかったのか?あわててごみ袋を引き上げて、シールをよくよく見てみると、 「古紙が混じっています」 という内容の欄に、しるしがしてあった。 古紙?古紙って何だ? たとえば新聞・雑誌が「古紙」のたぐいだ、ということはわかる。それは別にしてあったのだから、新聞・雑誌以外でも「古紙」になるというわけらしい。 大慌てでだんなと2人、ごみ収集のテキスト?をひもとき、「古紙」の定義をたしかめた。 新聞、雑誌はもちろんあった。でもその後がすごい。「紙パック」「ダンボール」「紙袋」「紙箱」「包装紙」「その他の紙」・・・紙パックやダンボールなどは、どうやって出すべきかまで指示がしてあった。これじゃ、紙の類は全部「古紙」じゃないの?!そんなばかな! ごみ出しについては講習会があったのだが、私もだんなもその日は都合が悪かったのだ。ちゃんとお勉強していなかったから、「古紙」の範囲など分からなかったのである。 しかし実際、紙という紙がすべて「古紙」だったら、えらいことになる。だって「古紙」の収集日は、月1回しかないのだ。月1回ですよ。新聞の折込広告も、不要な郵便の束も、いろんなものの包装紙も、使用済みのパソコン用紙も、どんどんたまっていくのに(私たちの家のごみの最大のものは「紙」だった)、1ヶ月放っておけ、だなんて! あわててごみ袋を開けて分別を始めたが、気が遠くなりそうになった。 だって花粉症の時期でしょ、ティシュペーパーの山もあるんです! 使い終ったティシューまで分別して、念のためもう一度確かめたら、 「「汚れた紙」は絶対に入れないで下さい」 という但し書きがあった。ヨカッタ・・・。 それにしても、分別した「古紙」の量には茫然としてしまった。包装紙や紙袋などの多いこと。何か買ったりもらったりすれば包装紙がついてくるわけだから、本当にごみをなくそうと思ったら、むだな包装をなくすことが先決だと思うのだけれど・・・ 中田市長、いかがでしょう?
April 7, 2005
久しぶりに「焼きりんご」に挑戦した。来客があったので、デザート用にと思ったのである。 最近、デザートというと「りんごのワイン煮」ばかり作っていたのだが、いささか飽きたので、懐かしの味にトライしてみたのだ。 懐かしの味、というのは、亡くなった母が、私が子供のころよく作ってくれたから。芯をくりぬいて、バターとお砂糖をつめ、オーブンで焼く。じきに甘い匂いが漏れてきて・・・焼きあがるのが待ち遠しかったものだ。 本当は冷めてからの方がおいしいのだが、待ちきれなくて、熱々を頬ばったこともある。 冷たいカスタードソースをかけ、干しぶどうなど散らすと、すごく贅沢なデザートになった。 ところがその焼きりんごを、最近はあまり見かけない。 数週間前、渋谷の喫茶店で見かけて、いそいそと注文したのだが、同席していた若い女性編集者は、何とこう言った。 「焼きりんごって、何ですか?」 彼女は知らなかったのだ。「焼きりんご」という存在を。アップルパイやアップルタルトは知っていても。 まあ、それは、「焼きりんご」に喜んでいた頃は、オペラもフルーツタルトもカシスのムースもなかった時代だもんね。 ところが、数日前、横浜のはずれの喫茶店で、再び「焼きりんご」に出会ったのである。 なかなか美味だった。これはチャレンジしなければ!ムクムクとそんな気になったのだ。 で、今朝、何十年ぶりの自家製焼きりんごに挑戦してみた。 芯をくりぬき、バターと、ブランデーにつけた干しぶどう、そして砂糖をつめる。250度に温めたオーブンで20分。何も参照しない、100パーセント自己流レシピ。 いい匂いが漂い、なかなかいい感じにりんごが焼けた。 天板を取り出して、いざ味見。りんごの果肉にナイフを入れる。やわらかい果肉を一切れスライスして、口に入れた。 ふむ、なかなかいい歯ごたえ。。。。でも何か変!何が?味が変なのだ! ???首をかしげるうち、思い当たった。 「砂糖でなく、塩を入れたんだ!」 そうでした。同時進行でいくつかの料理をしていたので、塩の袋は開いたまま。一方砂糖の袋は、まだ口が開いていなかった。「開いていないのか・・・」なんだか開けるのが面倒で、未開封のままに・・・・そして天板にりんごを並べ、「砂糖(のように見えた白い結晶体)」を、りんごの芯をくりぬいた穴に詰め込んだ、というわけ。 リベンジ?しましたよ。もう一度りんごを買ってきて。でもショックから立ち直れなかったせいか、いまいちでしたね。
April 5, 2005
物忘れに悩んでいるのは、どうやら私だけではないらしい。 「40代に入ったら、まあ始まりますね」 そう言ってなぐさめて?くれる人は何人もいたし、人気作家のエッセイにも「忘れ物ネタ」はよく出てくる。 先週くらいの「週刊文春」には、林真理子さんが忘れ物について書いていらしたし、今日読んだ群ようこさんのエッセイ集にも、まるまる1本忘れ物ネタのエッセイがあった。焼きビーフンに入れるはずだったシャンツアイをすっかり使い忘れていたことなどをユーモラスに書いたエッセイには、「衰えは神様からの贈り物」なるタイトルがついていた。 締めの文章は、 「物忘れが激しくなると、細かいことはいちいち覚えていないから、人間関係もスムーズにいくことだろう。名前を忘れる人は自分にとって重要な人ではないのだ。人間の体というものは、うまくできているのだと、私はこれからのんきにかまえることにしたのであった」 本当にそうできますか???ならいいんだけど。 まあ、みんなそうなんだわ、とちょっとほっとして?出かけたまではよかったが、駅まで来てまたやった!財布を家に忘れてきたのだ。 ちょっと走って戻れる距離ではなく、泣く泣くタクシーで往復。1000円近くの料金は忘れ物罰金?やっぱり忘れ物は、しないにこしたことはない。
April 4, 2005
このブログを始めて最初の日記に、「長津田の不思議」について書いた。田園都市線とJRが交わるターミナルなのに、なんでこんなに寂しいの?という疑問がそもそもの発端。 昨日タクシーの運転手さんに聞いた話では、ようやく(やっと!)今年の秋から、駅前の再開発が始まるのだそうだ。 駅前に並ぶ地方銀行、農協、パチンコ屋が撤退して、まずバスターミナルを作るために広場を広げる。 そして、駅ビルができるのだとか。嬉しいなーーー。 つい数日前も、遊びに来た女性の友人2人組が駅前広場に立って、開口一番こう言った。 友人A「あらまあ、なんて寂しいの?」 友人B「これが駅前?夜遅く帰ってきたらいやだわねえ」 よくぞおっしゃってくださいました(泣)。 「溝の口みたいになるようですよ」 とタクシーの運転手さんは言っていたが、まあ別に溝の口の駅前のように、どでかい丸井を作らなくともかまわない。人並み(他駅なみ)にしてくれれば結構なのであります。 問題は何年かかるか、ですね。完成までに引っ越してしまったりして。
April 3, 2005
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