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暖かい。 小春日和というのだろうけれど、ほんとに暖かい日が続いている。今日もいちおうコートを持って出かけたが、脱いで電車の網棚において置いたら、てきめんに忘れた!すぐ気がついて降りた駅で騒いだので、取っておいてもらえたのがラッキーだったけれど。 「クールビス」が成功したので、この冬は「ウォームビズ」だそう。冬物の衣類を売らんがためではあるのだろうが。 それにしても、こう暖かいのだから、冬物なんか売れないんじゃないだろうか。 それに加えて、とくに昼間は、暖かな場所が多すぎる。 電車のなかなどいい例で、冷房がはいっていることも珍しくない。エネルギーの無駄遣いのような気もするが、現実にぎゅうづめの電車に乗れば、冷房はどうしても必要。コートにマフラーを着込みながら、冷房にさらされているなんてしゃれにもならない。 いっそのことウォームビズならぬ、冬場のクールビズを提唱してはどうだろうか。混雑した冬の車内を快適に過ごせる冬・クールビズ。よほど実用的だと思うけどな。
November 28, 2005
来日しているソフィアオペラの「リゴレット」(ヴェルディ作曲)を見てきた。 お目当てはスカラ座でも活躍しているアンドレア・ロストのジルダ。さすが期待通り、鈴を振るような美声と安定感、演技力もぴかいちでした。 あとの歌手はまあ・・・指揮が雑なのが気になった。毎日のように日本全国で公演しているとああなるんだろうか。 まあ、ここで書きたいのは公演の感想ではなく、「リゴレット」にまつわるお話である。 ご存知の方もあると思うが、「リゴレット」の主役は背中の曲がった道化師。生まれつき障害があるので、道化師という当時は賎しい仕事にしかつけない悲劇の主人公である。 このオペラ、原作はフランスの文豪ユゴーの戯曲「王は楽しむ」。実在のフランス国王フランソワ1世を放蕩無頼の悪役として描いたので、初演当時は大スキャンダルになり、上演禁止になったいわくつきのお芝居である。 なので、ヴェルディがこれをオペラ化したときも、検閲に引っかかって大変だった(当時は「お上」の悪口は厳禁)。実在の君主の批判はまずいので、場所の設定を、北イタリアのマントヴァに、フランソワ1世も架空のマントヴァ公に、いずれも「たまたま」変更した、と、ものの本には書いてある。 でも、「たまたま」じゃないんじゃないか、と、私は思う。 根拠は、マントヴァを訪問したときの体験。 マントヴァは、ゴンザーガ一族という貴族が支配していた。一時はとてもお金持ちで、広大な宮殿を作ったりしている。 その宮殿を訪れ、ゴンザーガ一族を描いたというマンテーニャの壁画を見ていたときのこと。 ガイドさんが、「あの人を見て。背中が曲がっているでしょう」と、壁画のなかの人物を指差したのだ。 たしかに、背中が曲がった人物の姿が。「だから、リゴレット、なんですよ」 彼女は言った。 ぴんときましたね。 ゴンザーガ一族に、そのような体のひとがいるということは、きっとオペラ当時のイタリア人はみんな知っていたのだ。 だから、ヴェルディは、「リゴレット」の舞台をマントヴァにしたのだ。偶然などではなく、確信犯で。 だってヴェルディにとっては、背中のまがった男が主人公だということが、とてもとても重要だったのだから(彼の手紙に「背中の曲がった男が歌ってなぜ悪いのか」と書いてあるのです)。検閲で変えろといわれても変えなかったのだから。 ヴェルディみたいなメッセージ性の強い作曲家に、「偶然」なんて似合わないのである。
November 27, 2005
数週間前、トイレのタンクからの水もれを、検針のひとに指摘された。 直さなきゃと気になっていて、ようやく修理のひとに来てもらう。投げ込みのちらしで見た修理屋で、少し不安でもあったのだが・・・ 約束の時間から30分くらい遅れてやってきた修理屋は、タンクをあけてみて、開口一番、 「あ、これ全部だめになってますね」という。 「全部だめって、ちょっと漏れてるだけなんですけど」 反論してもだめ。 「全部部品を取り替えるしかないです」の一点張り。「外側を全部替えるより安いですから」 当たり前だ。 漏れているところの部品をちょっと替えるだけじゃいけないのか、と何度も言ったのだが、それにはきちんと応じないような感じ。 結局、相手の言うなりに、タンクのなかの部品を全部とりかえて(本当かな・・・)、請求は何と45000円。投げ込みちらしに「2000円引き」としてあったのだが、2000円引いた金額で45000円だという。もちろん明細はもらったが。 あとで親戚に話したら、 「良心的な修理屋さんだったら、その部品だけ替えて8000円くらいですむわよ」といわれた。 そうだろうなあ。 投げ込みは便利だから、つい頼ってしまうけれど、本当は自分でちゃんと情報集めなきゃいけないんだなあと、反省したことでありました。
November 26, 2005
オペラの帰りに、銀座に出た。 目指すは、さるワインバー。といえば聞こえはいいが、知人が新しいお店を開いたというので、覗きに行ったのである。 若向きのお店だというけれど、バーやクラブの入った雑居ビルのなか。やっぱり「銀座」の雰囲気?である。(ふだんめったに来ないので) 知人は新規開店で張り切っていたし、「カジュアルなお店」だと強調していたが、やっぱり「銀座」なのかなあ、と思うことがいくつかあった。(他の盛り場もそうかも知れないのだが、何しろほとんど行かないので) たとえば、普通の飲み屋だったら突き出しなら突き出しが出て、あとはお客の注文になると思うけれど、上品な器にほんの一口ずつ盛った煮物やら乾き物やらが、断らないかぎりタイミングよく次々と出てくる。(やっぱりあれ、お金取られるんですよね?) お会計も、「ご自宅にお送りしますから」という。普通ならカードか何かで払っちゃいたいところだが、請求書が送られてくる、というのがなんとも微妙な気分。それまで、料金だってわかんないんだし・・・ このようなシステム、大昔にほんの数回銀座に来たときに、垣間見た。 当時通っていた文章教室の先生(もと新聞記者)に、連れてきてもらったのである。 そのお店は内装はそれなりだったが、すぐカラオケになってしまうような感じだった。カラオケって、会話を奪うよね。相手するほうは楽かもしれないけれど。 で、銀座と聞いて期待したような気のきいた会話にはほとんどめぐりあえず、先生の自慢ののどを聴いていたのでした。 それはいいのだが、どうもその先生、楽しいとか何とかよりも、「銀座で飲む」ということに、「何か」を感じていたらしかったのである。「俺も銀座で飲めるようになった・・・」という感覚のようだった。 うーん、「銀座で飲む」って、そんなに快感なんだろうか。そうなんだろうな。 ちなみにうちのだんなは、その手の二次会はほとんどパス。「こっちが気を使ってお金払うなんてまっぴら。家へ帰って飲んだほうがよほどいい」というタイプである。 「気を使ってお金を使う」。たしかにあるよね。お店のひととよほど気が合えば別だけど、そうでなければ、私だって家に帰って音楽聴いているほうがいい。たんに、音楽おたくなのかも知れないが。 「銀座で飲む」ことの「何か」は、分かるようで、分からないのだ、私には。
November 25, 2005
夕方、世田谷線に乗っていたときの話である。 立っていた私の右横の座席に座っていた妙齢の女性、大きめのトートバッグからメイク用品を出し入れしながら、本格的にメークを始めた。 いつもならじろじろと見たりしないのだが、その過程?と手つきのあまりの見事さに、つい見入ってしまった。 とはいえ、もちろん正面から見るわけにはいかないので、夕暮れの窓ガラス越しに眺めていたのだが。 まあその見事なこと。ほんとにしげしげと見入ってしまった。 マスカラってあんなに何度も、あちこちの方向から塗るんだあ!とか、リップは一度唇をファンデーションで塗りつぶしてから塗るんだあ!とか。 マスカラなんて、こちらは一回塗って終わり、の世界だから、ほんと参考になりました。 ついでに彼女は巨乳美女。胸繰りのがばっ!と開いたドレスを着ていたが、胸元からは悩ましい黒いレースがちらちら。うーん、自信がなければできないなあ。それともこれからご出勤? 化粧品会社のカウンターにもめったに行かない身としては、実にお勉強になったメーク指南でありました。
November 23, 2005
あっという間の旅から帰って数日。東京の忙しいテンポに、ヨーロッパがなつかしい。 そう、ほんとに日本、とくに東京はあわただしい。混雑もすごいし。でもみんな文句も言わず、黙々と従っている感じなのが日本人である。 それに比べると、イタリア人はほんとに勝手というか、自己主張が強い。 ミラノでいっしょに食事をした日本人のテノール歌手のひとは、「こちらの女性は我が強い」と言っていたが、何となく分かるような気がする。 傑作なのは、日本ではほとんど滅びてしまった?ストライキという方法に、まだまだ従っていること。 とくにユーロにきりかわってから、物価が大幅に上がったので、ストが頻発している。先の歌手の話では、バスの運転手など、月給17,8万くらいなので、「しょっちゅうストをやっている」ということだった。 そりゃ、物価の高いミラノで17,8万じゃ暮らせない。 ミラノ在住のジャーナリストの話では、一度ジャーナリストがストをしたことがあり、テレビのニュースが2日ばかりなかったとか。テレビをつけたらいきなりニュースがない!というのは、なかなか想像を絶する状態である。日本では考えられないよね。 音楽界も、現首相のベルルスコーニの方針で、予算が大幅に削られているので、人数削減を迫られているオケや合唱団のひとがあちこちでストをやっている。ハンストをやっている合唱団員もいるようだ。 ガンバレ!
November 21, 2005
最近お気に入りの町、それはスイスのチューリヒである。 理由の第一はオペラ。町の中心、チューリヒ湖のほとりに聳える「チューリヒ歌劇場」では、ほとんど毎晩オペラかバレエをやっており、水準がきわめて高い。この演目にこの歌手?この指揮者?すごおい!と言いたくなるような演奏家がぞろぞろ出てくる。 大きさも1100席と手ごろなサイズで、音響も悪くない。とくに天井桟敷の音響は抜群。劇場の裏手にはホテルやレストランがいっぱいあり、終演後の帰路も安心だし、アフターオペラの場所にも困らない。 観光都市ではないから、当然観光客も少ない。町のサイズも(人口34万くらいだったかな)ほどよくて、治安も一部を除いて良好。 セルフ形式の、気軽だけれどちょっとしゃれたレストラン(夜中までやっているベジタリアンのセルフレストランとか、ワインバーやすしバーのカウンターのあるセルフとか)もあって、一人で来ても気疲れせずにくつろげる町なのだ。 今回は、地元のガイドさんに連れられて、住宅街にある美術館をのぞいてみた。 いかにも富豪のコレクション、という感じのその美術館は、ヨーロッパによくある、邸宅がそのまま美術館になっている美術館。規模は小さいが、あるわあるわ、ルノワール、モネ、ドラクロワ、マティス、ピカソ・・・日本で人気のある有名どころはほとんど網羅しているんじゃないだろうか。 次にチューリヒをツアーに入れるときは、この美術館も推薦しようと、ほくほく気分だった。 だが、この町、ひとつ重大な欠点がある。 物価が高いのである。 オペラのチケットがまず高い。出演する歌手にもよるが、最高席で2万5千円くらい、ギャラの高い歌手のときは3万円以上する。 ホテル代も安くない。今回は3つ星(5つ星が最高)の、まあビジネスホテルに毛が生えたようなところに泊まったのだが、2泊朝食付きで、日本円にして約37000円。1泊2万円弱である。アメニティなどは揃っているし、部屋もそこそこ広いのだが、バスタブもついていない。今時、東京だって2万円も出せばかなりいいホテルに泊まれると思うのだけれど。 食費もそれなり。回転すしでもちょっと食べればすぐ2000円くらいになるし(まあ回転すしは日本と違っておしゃれなレストランのイメージなのですが)、ちょっとしたレストランで前菜、メイン、デザートにワインをつければ昼間でも軽く5000円以上。ランチコースのある日本のレストランがなつかしい。 スイスは一般に給料もいいらしい。けれどその分物価が高いのだから、「結局は同じこと」と、一緒にごはんを食べたガイドさんが言っていた。 ドイツやイタリアの地方都市で、メンバーはそれなりの、けれど最高でも40ユーロ(6000円)くらいのチケットでオペラを観るか、大枚をはたいて安心と安全と快適を取るか。なかなか悩ましい選択肢なのである。
November 20, 2005
ずーとおさぼりしていたブログ、ひさびさの復帰である。 (本当は本の締め切りが迫っていて、こんなことをしている場合ではないのだけれど・・・・) おさぼりしていたのは、まあ仕事のせいばかりではなくて、1週間ばかりミラノとチューリヒに行っていたことも大きな理由。旅先でブログを書けば面白いんだけど、携帯用(実際はふだん使っている)パソコンのモデムがこわれてしまって接続ができないので、目下旅先ではブログをあきらめている。さっさと修理に持っていけばいいのだけれど、仕事で使うことを言い訳にさぼっているのだ。まあ本音は、中味をコピーするのが面倒、ということなのだが。 ミラノ3泊、チューリヒ2泊の駆け足だったが、結構いろんな人にも会えて面白かった。ミラノーチューリヒ間の列車の車窓風景がものすごーく!きれいだったのも収穫。山また山、そして湖!その湖が浅いのやら深いのやらバラエティに富んで美しいこと。今度このあたりでツアーを組む時は、ここの列車の旅を入れたい、と思ったくらいきれいでした。トーマスクックの時刻表で、ヨーロッパの車窓風景ベストルートに数えられている理由がよくわかりました。 今回の目的は、まずスカラ座。出し物はプレートル指揮の「ペレアスとメリザンド」で、まあ本当はパリのオペラ・コミックあたりで聴きたい演目なのだが、プレートルも年だし、得意のドビュッシーを聴いておきたいと思ったのである。 何より、大改装が終わってからスカラ座に行っていないので、劇場自体の見学も目的だった。 事前に、ミラノに住んでいるあるテノール歌手の方の友人の案内で、スカラのバックステージも見せてもらって、ラッキー!だったのだけれど。 平土間の3列目、という特等席を奮発したのに、なぜか音が物足りないのである。頭の上を通っていってしまうのだ。あの魅力的なドビュッシー・サウンドにどっぷり浸れない、このいまいましさ!!! これが話に「音響のいい」と聞くスカラ座の平土間なのだろうか???一説によると、スカラ座は世界の音響のい劇場のベストスリーに入るというけれど、これだったらチューリヒや、それこそ新国やびわ湖の平土間のほうがいいぞ! 翌日、ミラノ在住のある日本人ジャーナリストに会ったので、聞いて見ました。 ミラノに9年、の彼女いわく、 「現地のひとは、音がよくなったよくなったって言ってるんですけど、あまり変わっていない」 とのこと。 やっぱり、ね。 劇場の下に戦災の残りのがれきが埋まっていたのをのけて、平土間の床を木張りにしたから、「音響がよくなった」と、現地のひとはたしかに自慢していたが、残念ながらそうでもないみたい。 私は残念ながら、スカラ座では「音がいい」と実感したことがない。ボックス席の奥とか、ろくでもない席にすわっているせいもあるだろうけれど。 「じゃ、どこがいいんですか?」 と彼女に聞くと、 「2階の最前列、あと天井桟敷も前ならいいです」 とのことだった。 うーん、やっぱり現地情報は重要である。 平土間=特等席、という思い込みは、こと音響に関するかぎり、排除したほうがいいみたい。オペラを「見たい」ひとは別だけど。
November 19, 2005
昨日のことだが、生まれてはじめて(そしてたぶん最後?)皇居に行ってきた。 だんなの叙勲(要するにそういう歳なの・・・)に、くっついていったのである。 天気予報は外れてみごとな快晴。広々とした新宮殿の空間は気持ちよかったし、(しっかりおトイレも見てきた・・・)、庭園?の植え込みもそれはそれは見事なもの。 待合室に集まった受章者の奥様方の着物もすてきだった。私は色留袖なんてもっていないし、作るのも大変なので吊るしのドレスで間に合わせたが、やはり日本人女性の礼装は着物、だと思ったよ。年齢がいってもきれいに見せてくれるし。ドレスは気が利いていないとしゃれて見えないし、皇居にヴェルサーチのドレスで行くわけにもいかないから、どうしても三越にあるような平々凡々なスーツ系のドレスになってしまうのです。 天皇陛下には、ずらっと並んで「拝謁」しただけだったが、ちょっとお顔の色がすぐれないようで気になった。「声」はよく通って、オーラを感じたが。 けれど一番「吹っ飛んで」しまったのは、小泉さんだった。 私は小泉さんの思想信条は必ずしも好きではないし、国会での筋の通らない粗雑な物言いには本当に頭にきている(「人生いろいろ」とか)。選挙だって勝ちすぎ!だと思っている。 なので、今回、だんなが小泉さんから勲章を貰うと聞いたときも、「ふーん」と思っただけで、別に興味はなかった。 それが、授章式を終えて(式は受章者だけで配偶者は出られない)、私たちが待っていた待合室に全員が戻ったところで、小泉さんが安部さんそのほかを従えて、挨拶に現れた。 で、「おめでとうございます」と声をかけながら、一通り回ったのだが、その姿にオーラを感じてしまったのである、 満面の笑顔(これがけっこうかわいい)、そして一人ひとりに視線を当て、目を合わせる。その全身から、明るさが放射されているような感じがしたのだ。 選挙で大勝した自信もあるんだろう。「勢い」のあるひとのオーラに間違いはない(安部さんはちょっと線の細い感じがした)。 けれど、この「勢い」を生み出したのは、小泉さんのもっている「何か」なのかもしれない。 小泉人気の秘密が、ちょっぴり分かった気がしたのである。 目の前で見た有名人で、もうひとりすごいフェロモンを感じてしまったのが、姜尚中氏である。 森達也氏との対談形式の講演を聞いたのだが(新刊の案内をかねたもの)、話は森さんもとても面白かったのだが、フェロモンは姜さんのほうがすごかった。 彼が壇上に向かう途中で私のそばを通ったとき、「うわ!」と思ってしまったほど。 たぶん、基本的にはすごくまじめな人なんだと思うのだけれど。姜さんは女性にとても人気があるときいたが、よく分かりました。 小泉さんは明るいフェロモンだけれど、姜さんはもっとぴっと張った、ややクールな感じのフェロモンでしたね。 小泉さんと姜さん、思想信条はまるで正反対。でも、人間の「好き、きらい」って、結局思想信条じゃない、感覚的な部分の方が大きかったりする。 波に乗るひとには、たぶんそれだけの理由があるのかもしれない。
November 8, 2005
昨年に続き今年も、「びわ湖ホール オペラ入門講座」を担当させてもらった。 初心者の方も多いのだが、昨年も今年も熱心に聴講していただいて、感謝している。 で、講座終了後に、受講生の方に書いてもらうアンケートのコピーが、最近送られてきた。 それを見るときは、いつも「おそるおそる」と「わくわく」が交差する。 で、今回うれしかったのは、「話がうまい」と書いてくれた方があったことでした。 大学そのほかで講義を始めてもう15年くらいになるけれど、初めのうちは、「話がうまい」といってもらえる日が来るとは、想像もしていなかった。 どうしてって、「どもり」だったからである。 それは小学生の時にはじまった。 一時はとてもひどく、「どもり矯正」とか「話し方教室」に行こうと何度も考えたたが、なぜかいざとなるとその気になれなかった。たんに怠慢だったのかもしれないが。 で、今でも、「どもり」が治った?わけではない。 時々吃音が出るし、「あの」を連発することもしょっちゅう。 とくに大勢の前ではひどくなる。まあ緊張するんでしょうね。 結婚式の披露パーティの、最後のご挨拶のときも言葉が詰まって困ったし、5年くらい前にレクチャーコンサートをやったときはさんざんのできで、アンケートに「あの人は話し方教室へ行ったほうがいい」とさんざん書かれてしまった。主催者にも迷惑をかけてしまって心苦しく、しばらく参ってしまった。 それが、「話が上手」といってもらえるとは・・・ もちろんそのようなご意見ばかりではなく、 「はじめは吃音が気になった」と書いてきた方もあって、「言われちゃった・・・」という感じだったのだが。 ただその方も、「内容は面白かった」と書いてくれていた。 結局、「話し方」というのは中味の問題なのかもしれない。 私がどうも「吃音矯正教室」に行く気がしなかったのは、何か暗ーい印象を受けたからなのだが。何か、そのなかにただよっっているような劣等感みたいなものが苦手だったのだ。 最後には、自分のなかに話したいことがある、ということが、一番重要なように思う。 「頭がいい人の話し方、悪い人の話し方」という本がバカ売れして、私も購入したけれど、つまらなくて途中でやめてしまった。 つまらなかつたのは、たぶん、中身の問題に触れていなかったから、だと思う。
November 3, 2005
二期会の「さまよえるオランダ人」に行ってきた。 ハノーバーの歌劇場との共同制作で、ベルリン在住の日本人演出家渡辺和子さんの、日本でのオペラ演出家デビューなど、なかなか話題性の高い公演だったのだけれど。 で、終演後、出演者を囲んでちょっとしたパーティがありました。 その時、ある歌手のひとに聞いた話。 「いや今回はね、共同制作で、日本で初めに上演しましたからね。 何が助かったって、衣装ですよ」 え、衣装って、何のこと? 「・・劇場で上演した演目を持ってきた時なんて、大変でしたよ。20年か30年前の制作だから、まず埃かぶってるわけ」 なるほど、それじゃ相当かび臭い・・ 「いやね、もっと大変なのは腋臭!だって外人の体臭ってすごいでしょ。それがしみこんでるわけだから。 わきの下に布を挟むんだけど、練習していて汗かいてくると、もうむわー・・・・」 わー!!! 聞いているだけで、卒倒しそうになりました。西洋人の腋臭って、ほんとにきついもんね(肉食のせいかあまりお風呂に入らないせいか)。 そうそう、私にも、苦い?想い出がある。 昔、オーストリアのインスブルックという町に留学していた時のこと。 図書館で勉強するのが苦手だった。 だって、勉強している机の横を、すさまじい腋臭が時々通過するんですから。 あの時の悪夢が、よみがえったのでありました。 まして衣装を着るなんて、くわばらくわばら。オペラ歌手にならなくてよかった!?
November 2, 2005
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