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2011.05.27
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カテゴリ: 気になる本
在職中は仕事柄、英文メールを韓国や台湾に送ることがあったのです。
英語がままならない大使は「exite翻訳」で翻訳した英文をメールにコピペして送るわけですね。
辞書を引かずに、正しいスペルの単語をコピペできる便利さがいいんだけど・・・・
できた英文がどうもトンチンカンなんですな~。

試行錯誤の結果、気づいたんですが・・・・
英文らしくするためには、日本文の段階で主語(私とか我々)を入れておく必要があるということです。
つまり、日本語と英語の最大の違い、主語の有るなしにぶち当たっていたわけです。
(お手軽メール作成術で、文法の違いを乗り越えていたわけですね)

そのあたりのことが、同時通訳者であった米原万里さんの本に出ていました。


「心臓に毛が生えている理由」米原万里著、角川学芸出版、2008年刊

<心臓に毛が生えている理由>p126~129
 口頭で発言するとき、人は、なぜか10人中7~9人が、文頭に、次のようなフレーズを添える。
 I think that~/We consider that~
(わたしはロシア語の同時通訳者だが、この文を読んでくださる大多数の方々には、馴染みがないと思うので、英語の例文で説明する)
 同じ人でも、文章に較べてスピーチの方がこの種のフレーズの登場頻度が五倍以上に増えている。おそらく、考えと文を整えるための時間稼ぎなのと、聞き手の抵抗を和らげたいという下心が作用するのだろう。まあ、一種の常套句と考えて差し支えない。
 さて、ややこしいことに、このフレーズは形式的には主文で、情報の核を成す「~」の部分が従文になっている。そして、訳される日本語文では主文の述部は必ず最後に登場しなくてはならない。ところが、英語を始めとする欧文の一般的語順に従うと、主語の直後に述語が来て、主文は発言冒頭で完了してしまう。
 しかし、同時通訳では、短い文ならまだしも、長たらしい複文が出てくると、文のピリオドまで聞いているわけにはいかない。次から次と後続の文章が押し寄せてくるから、フレーズ単位で片付けていく。たとえば、
 I think that she loves him.
 という文章ならば(これほど単純な形式と内容の文章を訳させてもらうことは、あり得ないのだが)、
 「彼女は彼を愛している、とわたしは思う」
 なんて全文を聞き終わってからでないと訳せない言い方は避けて、
 「わたしの考えでは、彼女は彼を愛している」
 というふうに、原文の語順をなぞるように転換していく。でも、発言者は「わたし」なのだから、考えの主も「わたし」であることは分かり切っている。ということは、「わたし」は省いて構わない。
 「思うに、彼女は彼を愛している」
 というふうに。同時通訳成り立ての人々は、しばしばそうしている。こう訳しているのを横目で見やりながら、ベテランは、心の中で呟く。
 「フン、ひよこだわね」
 というのも、よくよく考えてみれば、そう思っているからこそ、そう発言するのである。すなわち、情報を伝えることに主眼を置くなら、この「わたしの考えでは」とか「思うに」は省略しても構わない。
 「彼女は彼を愛してます」
 これで十分なのだ。
 さて、逆に、原発言が日本語だった場合、
 「彼女は彼を愛していると(わたしは)思います」
 というのを、耳に入ってくる順序で訳していくと、
 She loves him.
 「思います」の部分は、時間的余裕があったら、
 I think so.
 なんて付け加えてもよいし、間に合わなかったら、省いてもよい。あってもなくても情報の核には差し障りがないのだから、逆に最初から、
 I think that~
 という構文にしておいてもよいことになる。
 ただし、日本語の場合、
 「彼女は彼を愛していると思わない」
 なんて最後のところで裏切られたりすることもある。そんな時には、
 I think that she doesn't loves him.(彼女は彼を愛してないと思う)
 と切り抜ける。
 しかし、「彼女は彼を愛していると思わない」と「彼女は彼を愛していないと思う」の間には微妙な違いがある。このミクロな差異が気になって仕方ないタイプの人には、もちろん同時通訳という職業は向かない。
 同時通訳者の心臓が剛毛に覆われていると言われるのは、そのせいだろう。

この文章から、押し寄せる困難をウィットで笑い飛ばしていた様が浮んでくるようです。
通訳、翻訳で鍛えられた、論理的で豪快とさえ言える文章ですね。

次に、薀蓄あふれる蕎麦のお話をおまけとして紹介します。

<蕎を伝播した戦争>p92~95
 ロシア人は古くから実によく蕎(ソバ)を食べてきた。ロシアの格言に「蕎粥はわれらが血を分けた母なり、ライ麦パンは我らが血を分けた父なり」とあるが、これはまだロシア人が馬鈴薯を食すようになる19世紀以前にできた慣用句なので、現在は、この二つに馬鈴薯を加えて、ちょうど日本人にとっての米に相当する主食の役割を果たしている。
 平凡社刊『世界大百科事典』に、「世界総生産量は従来平均約100万トンで、そのうち大部分は旧ソ連での生産変動が世界生産量を左右している」とあるが、さもありなんなのである。
 もっとも日本のようにヌードルにするのではなく、実を粥にするか、スープの具にするか、ご飯のように炊いたものをソースの多い肉料理に添えて食べる(これは素晴らしく美味で、私はビーフ・ストロガノフを作るとき、馬鈴薯やご飯ではなく蕎の実を添えている)。あるいは、粉にしてクレープにする(これは香ばしくて、小麦粉クレープが物足りなくなる)。また、ロシアの国民酒ウォトカの原材料としても珍重されている。もちろん、家畜の餌としても大活躍だ。
 蕎を愛するのは人間だけではない。蕎の花が咲き乱れるとき、大地はピンクがかった白い絨毯にビッシリ被われる。その上を日がな一日蜜蜂が飛び交う。
 蕎の蜂蜜は一番黒ずんでいて一番身体にいい、「青白い顔の人は蕎の蜂蜜を飲め」とロシアの諺は言う。たしかに貧血にはとても効くのだ。
 18世紀末の対仏戦争を勝利に導いた、ロシアきっての名将スヴォロフは大の蕎粥好きだったと伝えられるが、実はロシア兵法の父と言われるだけあって、蕎粥が美味であるだけでなく栄養価が高いことを計算していたのではないかと思われる。蕎は少量でも素早く腹を満たすので、遠征時の兵站にピッタリ。そんなわけでロシアでは、古くから蕎粥は、兵隊さんの食生活の中心に据えられてきた。
 さて、蕎のことをロシア語でグレチーハまたはグレチカと言う。綴りは「ギリシャ女」を意味する語と同じ。偶然の一致なのかと長い間思っていたのだが、本稿を書くために調べていて、蕎がロシアにギリシャ経由で入って来たことを知った。蕎の原産地は、バイカル湖畔辺りからシベリア南部、モンゴル、中国東北地方にいたる寒冷地だと言われているので、てっきりシベリア経由で入ってきたものと思い込んでいたのだ。
 ところが、蕎を最初に栽培し始めたのは、4000年ほど前のインドで、ヒンズー語では、実の色から「黒い麦」と呼ばれていた。そして、ギリシャには、アレキサンダー大王が大遠征の末インドから持ち帰った。ギリシャから黒海沿岸のギリシャ人植民地を経てロシア人の祖スラブ人社会にやってきたので「ギリシャ女」と呼ばれるのだ。
 ロシアには、そんなわけで比較的早く蕎が入ってきたのだが、北欧、東欧諸国が蕎を知るのは、13世紀はジンギス汗の軍勢のおかげ。
 チェコ語ではポハンカと言い、ハン=汗だから「汗の食べ物」というような意味ではないだろうか。フィンランド語ではタッタリと呼ばれるのは、少数民族である蒙古人がタタール人を隊列に加えて軍を編成したため、ヨーロッパでは、蒙古軍をタルタル、あるいはタタールと呼んで恐れていた名残かもしれない。
 フランス語でsarrasin「サラセン=アラブ」、イタリア語でgrano saraceno「サラセンの穀粒」と呼ばれるのは、十字軍が遠征先のイスラム圏から持ち帰ったためであると思われる。ポルトガル語で、trigo mouro「ムーア人の小麦」と呼ばれるのは、イベリア半島が8世紀から13世紀までムーア人に征服されていたため、彼らから蕎を伝えられたからなのだろう。あるいは、蕎の実の黒さからムーア人を連想したのかもしれない。
 蕎がその版図を広げていくのに、戦争わけても遠征の果たした役割の大きさに息を呑む。スペイン語の蕎、alforfon=alforjonの語源が、alforjas革袋、転じて革袋で運ばれる遠征食を意味しているのは、とても偶然とは思えなくなる。

日本では、もっぱらヌードルで食べる蕎は、遠征食として世界に広まったようですね。
スラブ地域に遠征し、今もロシアの大地を闊歩しているように思える万里さんでした。
(フランスでも蕎粉のクレープがあるそうだが、そうとは知らず食べそびれた大使であった。)







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Last updated  2011.05.27 13:41:20
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