全14件 (14件中 1-14件目)
1

「太平山城」 6月29日(金)、大平山城さ行って来たべ。 大平山は紫陽花で有名でな。今は「あじさい祭」もやってっと。 まだ、ちっと、早かったかなw。 満開になっと、この辺全部、あじさいだらけになって、 きれ~なんだ~! ええ~っと。 住所は、栃木県栃木市平井町659。太平しぜんの家や、国学院のすぐ近く。 電車だと、JR栃木駅から、バスで国学院前までいくといいべ。 山のてっぺんには、「太平山神社」。 ちっと北さ行くと「大中寺」など、神社やお寺もたくさんあんだ。 だども「大平山」が城跡だって知ってる人、どんだけいっかな? ガイドブックには、載ってないし。「大平山」の案内パンフにも、載ってない。 何度も「あじさい祭」さ来たことあんだけとな。 つい最近まで、城跡だなんて、ぜんぜん知らなかったよ。 そんでな。インターネットで検索して見たんだ。 けんど、情報はほとんどないし。 評価も、低くて、遺構はほとんどない、って書いてあっし。 どうしようかな~って、迷ったんだけどな。 以前、あじさいさ見に行ったとき、怪しい跡さ見たんだよな。 それに、「大平山神社」の上さ登ると、「本丸跡」があるっていうから、気になっちゃってよ。 あじさい見物がてら、ほげほげ散歩さ、行ってみたんだ。 そしたっくれな。 すっごく素晴らしいもん、見っけちゃったっぺw。 ただ、資料さないから、城跡かどうか自信さないんだけどな。 これから、調べながら、少しづつ書いていくど。 だども、一つだけいっとくど。「太平山」は、みっちりと、謎が詰まった山なんだ。どだい? 興味でてきたけ? ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村にほんブログ村
2012.06.30
コメント(0)

「行屋川(ぎょうしゃがわ)と高札(こうさつ)」『芳賀城公園』の横には、『行屋川』が流れてんだ。 川幅は、4~5mってとこかな。水がたぐさん、流れてる。 今は、整備されちゃって、川になってんだけど。『行屋川』は、『芳賀城の内堀』だったとこなんだ。 昭和初年ごろに、河川に改修されたそうだど。 少し離れた東んとこに、『五行川』って大きな川があんだけど。 昔はそっから、堀ん中水さ引いて来てた、って話だべ。 堀は『芳賀城』全体を囲む、『水堀』だったんだと。 今じゃあ、立派な川だべな。 堀の面影は・・・ま、まあ、視ようによっては、堀かもなw。 そばでみたら、もっと堀っぽいとこ、みっかるかな? んで、ちっと、川岸さ降りてみだべ。 写真は、『行屋川』の上流さ撮ったもんだど。 『行屋川』も、公園の一部になっててな。 川岸に降りて散策できるように、整備されてんだ。 春には桜さ咲いて、お花見も出来るらしいど。 右のほうへ、ぐ~っと曲がってんな。 あの辺までが、ぎりぎり城跡かな。 だども、やっぱし、堀じゃ~ないな。川だっぺ~w。 振り返って、上を見上げると、おや? 橋のたもとんとこに、なんかあっと。 さっそく、岸さ登って、行ってみた。『高札』だって。『高札』ってのは、古代から明治時代に使われたもんでな。 おもに、江戸時代に活躍した、告知板なんだ。 この『高札』に、皆に知らせたい掟や条目・禁制や法令なんかを、 書面にして貼りだしたんだと。 市場や町辻、河岸なんかの、 人目に付く場所にこさえられたんだって。 これは、真岡市内にあったっていわれる『高札』さ、再現した物らしいど。 おお!なんか、歴史めぐりの散歩みたい。『芳賀城』は、ちと城跡遺構が少なかったから、物足んなかったんだけど。 いいもん、みたなw。 ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村にほんブログ村
2012.06.19
コメント(0)

「虎口と横矢と空掘」『芳賀城』公園を南に進んでいくと、『虎口跡』がある。 って聞いたんだけど、どこだべな?『切岸』の壁にそってこさえられた坂道を、のんびり歩いてたら、公園の端にでちゃったど。 はてな? ここらへんにあるはずなんだけど・・・ 振り向いたら、あった! ありゃりゃ。行き過ぎちゃったみたい。 向こう側からみたら、わかんなかったべな。 んで、あわてて、引き返してきたっぺ。 ここが、『虎口』。 もしかしたら『搦め手の跡』かもしれないっていわれてんだ。 思ってたよりも、小さいな。 入口んとこの小山は、『横矢の跡』らしいんだけど。 崩れちゃってんのかな。 なだらかな小山でな。迫力さないな。 入口の道は、あんまし手入れがされてないみたい。 草が、中途半端な生えかた、してる。 なんか、城跡っぽくないんだけど。 入っていんだべな? どきどきしながら、奥さ進と、 草の生い茂った、広場だべw。 ええ~とな。ここは、『曲輪』でいいんかな。 通路にしては、広いべな。 小さな物置ぐらいは、こさえられる広さがあんど。 この広場は、『芳賀城』の北側を覆うように広がってんだけど。 南側に、本丸側の土塁の土手さあって、 北側にも、落ち込んだような崖さあって、 防御態勢は、整ってる、って感じだべ。 昔は兵の詰所とか、倉庫みたいな建物さあったんかな。 広さは十分だけど、ど~だべな。 さらに奥に進むと、『空掘』と『西側の横矢跡』があるらしいんだけど。 道が、なあ。けもの道みたいw。 草だらけで、足元がみえないど。 ちょっとなやんだんだけどな。今回はやめにしたっぺ。 なんだか、危ない予感さしたんだ。 こういうときは、無理に進んでもいいことない、って学んだかんな。 やめとこ。 内側からみた『虎口』跡。 こっちからみると、ちょっと城跡みたいw。 みあげると『横矢跡』の小山。『櫓台の跡』っていう人も、いるみたいだけど。 ど~だべな~。 上のほうは、あんまし広くないみたいだど。 あの上に、建物さ、こさえられっかどうか。疑問だべ~。 あ、だどもな。 崩れっちゃって、狭くなってるってこともありえるど。 上に登ってみたら、もちっとよくわかったかもしんないけどな~。 転げっちゃいそうだったんで、断念したっぺ。 『虎口跡』さ、覗いてみた感想は。 学校裏の隠れ家、って感じかな。 城跡っつうよりも、子供らの隠れた遊び場って雰囲気だべな。 悪い場所じゃないんだけどな。城跡探検としては、ちと物足りなかったかな。ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村にほんブログ村
2012.06.18
コメント(0)

「本城稲荷神社」『真岡陣屋跡』の西っ側には、なんか、ある。 近寄ってみると、記念碑みたいだべ。 もしかすっと『忠魂碑』かな? 今までいった城跡公園には、かなりの確率で、戦争慰霊碑関係の碑があったからな。『芳賀城』にも、あんのかも。 んで、ちょっと、覗いてみた。 残念ながら、壊れてる。 たぶん、『東北地方太平洋沖地震』のせいだべな。 比較的、新しい感じがすんだけど、文字さ、読めないべ~。 いんや、目が悪りいから、見えない、て言ったほうが、いいんかな。 そんでもな、じ~っと集中してたら、 なんか、戦争って文字が見えたような。 やっぱし、慰霊塔とか供養塔みたいなもんが、あったんかな。 こっちは『本城稲荷神社』だど。 隣の石柱に、おっきな文字で書かれてたから、間違いなかんべ。 上の石碑と同じように、ロープさ張られて、立ち入り禁止になってんど。 なんでだべ? 隣とちがって、お稲荷さまは、危険じゃなさそうだけど? 首さ伸ばして、奥を覗く。 と、ちっさい狐さまに囲まれた、本殿らしい建物が、傾いてる! 本殿、っつってもな。雨よけみたいな、粗末なもんでな。 下に石でできた『石祠(せきし)』があんだ。 こっちが、本家のお稲荷さまだべな。 『石祠』ってのはな。 石でこさえられた祠のことでな。いろんな形さあんだけど。 中にはいろんな神様が、祀られてんだ。 地域や祀られる場所によって、違うらしいべ。 だども、ここで祀られてんのは、お狐さまだな。稲荷神社だがんなw。 んで、ここにあんのは、よく見かける形の『石祠』なんだけど。 屋根の平な部分が、前に向いてて、な。 入口のうえに屋根が張り出して、2本の柱で支える形さしてんだ。 これを『流造り』っていうらしいど。 ず~っと、なんて呼んだらいいか、気になってたんだけどな。 こったら名前、だったんだな。 また一個、勉強さ、なったっぺw。 ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村にほんブログ村
2012.06.16
コメント(0)

「芳賀城の歴史 江戸時代編」 え~と、まずは昨日のブログのおわびから。 芳賀氏が改易されたあと、『芳賀城』さ、廃城になったって書いちゃったけど。 違ったみたい。 芳賀氏が退去したあと、な。『芳賀城』は、浅野長政、堀親良、稲葉正成たちが、城主を務めてるんだ 寛永9年(1632)稲葉正成の子・正勝が小田原藩に転封すると、『芳賀城』がある真岡のあたりは、小田原藩の飛地になってな。 天明3年(1783)。 天領になり、台地の南端に『天領代官屋敷』が置かれるようになったんだと。 ここは『真岡陣屋跡』を、西の方向からみた写真。 裏口があった場所らしいど。 階段をあがっていくと、昨日紹介した広場に出る。 こっちから見っと、また違った感じがすんな。 ここに『真岡陣屋』さ、あったらしい。 ひろびろとしてんな~。 おや? 広場の向こうになんかあんど。 さてさて、何があんのかな?《参考》【送料無料】近世栃木の城と陣屋改訂増補価格:1,995円(税込、送料別)ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村にほんブログ村
2012.06.14
コメント(0)

「芳賀城の歴史」 道路を渡って、『4の丸』へ行くべ。 入口はゆるやかな、登り坂になってるど。 上りきると、きれいなトイレ・・・じゃ~なぐて。 青~い空と、茶色い広場さ、広がってた。 は~、きもちいいべ~。 ここは『真岡陣屋』があった場所なんだけど。 その前に、『芳賀城』について、ちょこっと書いとくな。 築城年代は・・・いろいろな説があってな。 貞治元年(1362)ごろ、芳賀高貞がこさえたって話と 天正5年(1577)ごろに、芳賀高継がこさえたって説があるらしい。 んでな、一番有力な説は、 芳賀高貞がこさえた城を、芳賀高継が改築したんじゃないかって話なんだ。 だいぶ時代に差があんな。 だども、芳賀氏が築いた城って点は、間違いないみたいだべ。『芳賀氏』は宇都宮氏の家臣でな。 鎌倉時代から戦国時代にかけて、宇都宮氏の元で活躍した一族なんだ。 宇都宮氏との間には、婚姻関係や養子のやりとりもあってな。 宇都宮一族とまでいわれるぐらい、強いつながりさ、あったんだと。 あ、でもな。つながりが強い分、争いもあったみたいだな。 宇都宮城乗っ取りなんか、してるみたい。 だども、別の時代だと、乗っ取られた宇都宮城を奪回するため活躍したともある。 むむう~。頭さ、痛くなってきた。 この辺は、もちっと勉強さ必要だな。 最後の芳賀城主・芳賀高武は、宇都宮氏の改易事件にかかわった人物でな。 芳賀高武は、宇都宮国綱の弟なんだけど。 芳賀氏の養子になって、『芳賀城』の城主になった人なんだ。 宇都宮国綱の後継ぎ問題で、対立した上三川城・今泉高光を攻め落とし、 宇都宮氏の改易のきっかけさ作った、って言われてる人なんだ。 (上三川城落城については、こちら 歴史編1・歴史編2・歴史編3) けんどな。後継ぎ問題さ持ち上がるまえは、 国綱にいやんの右腕って言われるほど、頼りにされてたらしいんだ。 なんか、このへん、複雑だな。 その後、芳賀高武は、上杉景勝の元に預けられ、『芳賀城』は廃城になったんだと。 ふ~。歴史って、難しいな~。 ちっと、景色でもみて、休憩、休憩。ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村にほんブログ村
2012.06.13
コメント(0)

「堀跡」『本丸跡』から、『4の丸』さ移動すんど。 ここら辺は、学校の南側、『3の丸(推測)』の南端になっとこだな。 下さ降りる階段があんだけどな。 南側の『切岸』も高さがあっから、階段も急だど。 おっと。ここでストップ!『芳賀城』は、気楽に見れる城跡が、あんましないんだけど。 ここに一つ、みとかなきゃなんないとこさ、あったんだ。 どこかって? ここだど! ただの道だなw。 だども、ただの道じゃ~、ねんだな~。 ここは、『3の丸』と『4の丸』の境目だった、『堀の跡』なんだと。 道は舗装されちゃってっけど、左右の崖を見てみっと、 ちょっと、堀っぽいべ? 駐車場の近くからみたとこ。 この辺が堀の入口さ、なんだべな。 幅は、昔のまんまなんかな? だとしたら、規模の大きな堀だったんだべな。 これは、『4の丸』の上からみた『堀跡の道』。 あれ? なんか変だべな? 駐車場が、道の下にあんど? 道が堀底だったとしたら、な。 駐車場があった辺りは、堀よりも低いってことに、なんな。 駐車場や公園になってっとこも、昔は曲輪の一部だったはずなんだけど。 ど~ゆ~ことなんだい? 堀跡を道にすっときに、土を盛ったんかな。 それとも、公園側を、掘り下げたとか? あるいは、地面の高低差はそのまんまで、間に土塁のような壁さ、あったとか? 道は登るには、ちと苦労しそうだけど、緩いくだり坂でな。 一番高いとこでも、駐車場んとこから1~2mってとこかな。 戦国時代の城って、こんな段差は普通にあるもんなんけ? それとも、現代に合わせて、開発しちまっただけだべか。 変なとこさ、みてんな~、って思うかもしんないけど、 気がついちゃったもんは、しゃ~ないべ。 気になるな~。 うう~ん。謎だ。 ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村にほんブログ村
2012.06.12
コメント(0)

「本丸跡」『切岸』を行ったりきたり。いろは坂のようにくねくねとした登り道があった。 きれいに整備されててな。段差がないから、安心して登れんな。 天辺は・・・もちろん!『本丸跡』って言われてる、曲輪だど! うわ~!すごい景色だど~。 さすがに10m近い崖の上からみっと、町がちっこくみえんな~。 それに『芳賀城』周辺には、邪魔になるような高層ビルがないもんだから、 空がひろびろしてんな~。 さてと。 ほんとならここで「本丸跡だど~」って、写真さ乗せるとこだけどな。 今回は、写真さありません。 何故っていうとな。『本丸跡』は小学校になってんだ。 木々の間から、ちょこっと覗いてみたっくれ、 小学生たちが、わいわい騒いでっし。 なんか、普通の学校風景なんでな。 写真さ、撮らなかったんだ。 そうそう。それでな。 現在の『芳賀城』は、上さ登ってみっと、1つの広い敷地になってんだけどな。 本来は『3つの曲輪』に、わかれてたんだって。 北から『本丸』『2の丸』『3の丸』って感じだな。 道を挟んで『真岡陣屋跡の4の丸』も含めて、全部で4つの曲輪があったんだ。 『連格式』っていう縄張なんだと。 んで、一番北の『本丸』が一番でかいんだけど。 今はテニスコートなのかな? 運動場になってたど。 それぞれの曲輪の間には、深い堀もあったみたいなんだけどな。 それらしい痕跡は、ちっともみつかんなかったっぺ。『本丸』は、あんまし、じろじろみれないから、再び崖の下さみた。 駐車場が丸見えだべ。 車がちっこい。どんだけ高いかわかっけ? それにな、傾斜もある。ほとんど直角にちかいんけ? や~、手すりさあるっていってもな。落っこちそうでな~。 真下さ、みれなかったんだけど。たぶん、そんぐらい、あったんべ。 さらに、南に進んでいくと。『3の丸』があったあたり、と思われるまがり角には、休憩所があった。 とにかく、この日は暑くてな。 関東では一番の夏日! ってぐらいだったんで、しばし休憩。 んでな。ちと思ったんだどもな。『芳賀城』は『佐野城』に縄張りの形さ、似てるかもな。 (『佐野城』はこんな感じ)『佐野城』も『連格式』だしな。団子みたいに、曲輪がつながってるし。 あ、でもな。『芳賀城』のほうが、2周りぐらいちっこいかなw。 まるっきり同じ、ってわけじゃないけど。 想像する手がかりとしては、近いんじゃないかな。 『芳賀城』にも、『佐野城』見たいな、おっきな堀さ、あったんかな~。 校庭の隅っこの敷地が、目に入った。 そったら深い堀だったら、埋めんのたいへんだったべな~。 どうやったんだべな? と、ふと、思ったw。 なんかな。保存するより埋めるほうが、作業さ大変な気がすんだけど、な。 そったらこと、ないんかな?《参考》 【送料無料】近世栃木の城と陣屋改訂増補価格:1,995円(税込、送料別)ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村にほんブログ村
2012.06.11
コメント(0)

「滝の岩場と切岸」 駐車場のすぐ横に、石の壁があったど。 石っつうより、岩だべな。 だども、この岩場は全部、公園化したときにこさえたもんでな。『芳賀城』の遺構じゃ~ないんだ。 ええと、ここでちょっと『芳賀城』について説明しとくとな。『芳賀城』は、東西約230m、南北約360mの 舌状台地の上さ築かれた城なんだ。 高低差は約10mあんだど。 現在位置は、『芳賀城』の東側の『切岸』んとこ。 この辺が一番高くて、崖が急なとこなんじゃないかな。 あ、『切岸』ってのはな。『土塁(土壁)』の一種でな。『土塁』は平らな場所に、土を盛ったり、堀をこさえた時の土を使って作るんだと。 んでな。 自然の崖とか岩肌を使って、塀のように整えたやつを『切岸』っていうんだと。 おもに『山城』で使われる方法なんだって。 へ~。一つ勉強さ、なったな。 岩場に近づいてみたべ。 ごろごろと、大岩が表面を覆ってんど! 10m分の『切岸』が、全部岩で埋まってる。 すんげ~眺めだべ~。 ついつい岩に、視線さ奪われっちゃうけど。 この崖の高さは、城が現役だったころのまんま、なんだべな。 ふわ~!すげ~な~! 首さ痛くなっちゃうべ。 この辺は足元も、岩がごろごろしてる。 岩場を模してんだべな。 上ばっか見てたら、こけちゃうどw。 岩場の下は、池? かな。水が溜まってるべ。 そういや~、ネットで調べた時に、滝があるって載ってたべ。 そか。今は水を止めてあんだね。 夏になったら、水さ流すんかな? 城跡に滝?それも、大事な遺構に? って、びっくりすっかもしんないけんど。 公園のオブジェとしてみたら、かなりの力作。なかなかの見物だべ。 それにな、この岩場はな。広い範囲で、『切岸』を覆ってんだ。 もしかしたら、崖崩れ防止の役目もしてんじゃないかな? だとしたら。 コンクリートなんかで固めっちゃうよりも、粋なもんだ。 って、思わない? ま、日本中に、城跡はたぐさんあんだ。 1つぐらい、滝のある城跡があっても、個性的でいいべ? ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村にほんブログ村
2012.06.10
コメント(0)

「芳賀城」 6月8日(金)に、『芳賀城跡』の城山公園さ、行ってきた。『芳賀城』は、栃木県真岡市台町字城内、真岡市の中心部にあんだ。 真岡市は、栃木県の南にある市でな。 宇都宮市の下んとこ、って思ってもらえば、いいかな。 これは駐車場から撮った写真だべ。 目の前に見える、山みたいなんが、『芳賀城』の『4の丸』。『芳賀城』は、別名『真岡城』って言うんだどもな。『真岡陣屋の跡地』って名前のほうが、有名みたいだど。 江戸時代には、ここに真岡藩を治めるための、『真岡陣屋』さ、あったからなんだって。 ええと。『芳賀城』の案内地図板が、見つかんなかったんで、描いてみた。 緑んとこは、林だったり、崖だったりするとこ。 薄茶色は、曲輪の跡だど。 今回は、駐車場もすぐそばでな。 道路もすぐ近くまで、47号線っつう大きな道が通ってるから、迷わなかったべ。 あ、でもな。『芳賀城公園入口』って看板さ、なかったからな。『真岡小学校入口』って看板を目印にして、道さ曲がっといいど。 公園内に目を向ける。と、ここは、細長い敷地になってる。 右側に流れる『行屋川』と、 左側に聳える『芳賀城の崖』に挟まれた状態で、奥に長くなってんだな。 上のほうに、微かに建物がみえっけど。 あれは小学校。んで、あの場所が『本丸跡』なんだ。『芳賀城』の城主の屋敷さ残ってたら、あんな感じにみえたんかな? 崖の周辺は、緑がこでらみっちり、植えてある。 それと・・・岩場だ~。 なんだかな~。城跡って感じじゃないな。なんだべか? ま、先さ行ってみれば、わかんべな~。 んじゃ~、『芳賀城』散歩さ、出発~! ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村にほんブログ村
2012.06.09
コメント(0)

「本丸跡?」 これは昨日のブログさ、乗っけた写真なんだけど。 真ん中んとこに、くぼんだような切れ目があるって、わかるけ? 近くで撮った写真だど。 手前の土塁は、一直線につながってんのに、 奥の土塁は、途切れてんだ。 間に道みたいな、くぼみもあるべ。 なんか、奥にありそうだべな。 だども、こっから先は、立ち入り禁止になってんだ。 地震の影響が、まだ残ってんだな。 地図でみると、この奥にあるのは『本丸跡』と言われる空間と、『土塁』と『馬出跡?』って推測されてる、『3号掘』があるはずなんだ。 そりゃ~、ぜひ、みたい。 つうか、今回の散歩は、ここの本丸周辺さ、散策するんが、目的だったんだかんな。 どうにか、中さ、みれないかな~。 土塁の側まで来た。 立ち入り禁止、ぎりぎりんとこから、う~んと背伸びしてみたら、 ちょこっと、小山みたいなでっぱりが・・・みえたみたい! こんな感じだべ。 これが、『本丸跡』かな? それとも、手前の『土塁』? ただの森林かな? むむう。 中さ、入りたいべ~。 だども、違法行為さしてまで、入る勇気はない。 ほんとに、危ないかもしんないしな。 ここは、写真だけで、がまんすんべ。 んでな♪ んでな♪ 『本丸跡』さ覗けるポイントは、もう一つあるんだど。 それは、『2号堀』の、西の端っこにある『土橋』。 昨日もちょこっと、書いたけど。『2号堀』は途中で、Tの字に曲がっててな。 一方の端っこが、西に向かってんだ。 そこを渡って、『本丸跡』へ入るための『土橋』があんだよ。 ただし。 そこも堀の先は、通行禁止になってるから、入れないんだけどな。 で、また、めいっぱい腕さ伸ばして、撮った写真が、これw。 実際に見たときは、もっと暗くて、わかりにくかったんだけど。 中は思ってたより、広いっぺ。 しかし、どこが堀で、どこが土塁か、わかんないや。 遠くに見える土手みたいなものは、たぶん『2号堀の土塁』だな。 きれいな一直線に、なってるべ。 どきどき、わくわく、しちゃうな~w。 よく見えない分だけ、なんかこう、想像力を刺激するって感じだど。 入れないんでがっかりしたけど、これでよかったのかもしんないな。 神秘的、っていうんかな。 わかんない部分があるほうが、一層ひきつけられる、っていうんかな~。 ますます、興味が出てきて、引き込まれっちゃうなあwww。 写真じゃ写ってないけど、広場の北側は崖なんだ。 立ち入り禁止になってるのは、ここの崖崩れの所為だと思うど。 ここも長い年月の間に、だいぶ崩れっちゃっててな。『本丸』は、ほとんどの部分が、なくなっちゃってるらしい。 ってことは、今よりももっと広かったんだべな~。『飛山城』って、当時の縄張り図とか、残ってないんかな。 今んとこ、みてないんだけど。 どっかにないんかな? ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村にほんブログ村
2012.06.06
コメント(0)

「北の曲輪・梅林」 ここは、前回来たときに、立ち入り禁止になってた曲輪。 本丸の北に位置する、曲輪でな。北から南に向かって、長方形に長く広がってんだ。 今は、梅林になってるど。 曲輪の、南のほうの写真。 堀は浅いけど、みごとな土塁が再現されてた。 上の堀は、北へづ~っと伸びてんだけど。 途中で『2号堀』と合流すんだ。 橋がみえんべ? あの辺が『本丸跡』へはいる、入口なんだけど。 今回も、橋の先は立ち入り禁止だった。 せめて、横からだけでもみたくてな。 う~んと、背伸びしてみたんだけど。 堀の周辺だけしか、見えなかったっぺ。 あの橋の先に『横矢』みたいなでっぱりが、あるみたいなんだけど。 どこだろう? ちと遠くて、わかんないな。 だども、防御用の場所があったってことは、当時からの『虎口』なんかな? 合流地点を過ぎて、さらに北へ向かうと、こっちは緑の土塁! きれいに刈り込んであって、うっとりしちゃう。 これ見ただけで、癒されっちゃうべ~♪ 高さは低くてな。堀も浅い。1mないと思うど。 これが、ず~っと続いてる。 本来なら崖の向こうまで、続いてたんだろうけどな。 この辺りも、崩れっちゃってんで、実際の長さは、わかってないんだ。 崖の向こうは、『鬼怒川』。 こないだよりも、さらに近くなってきたべ。 こっからみた『鬼怒川』が、一番広い幅かな? なんだか、『鬼怒川』の写真ばっかし、撮ってるみたいだな~w。 でも、いい景色なんだから、しゃ~ないべww。 こっちの景色も、癒されんど~♪ ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村にほんブログ村
2012.06.05
コメント(0)

「飛山城の地図」『飛山城』の入口にはな。立派な案内板さ、あんだど。 前回の散歩日記には、載せてなかったんだよな。 こったら立派な案内板さ、なんで載せ忘れたかな? 右側に、お城の説明さあって、左側には、城に関する事件の年表になってんだ。 入口と『とびやま歴史体験館』さ置いてある、パンフレットにも 詳しいことさ書いてあるから、忘れずに貰っとこれね。 んで、お城んとこだけ拡大したやつ。 細かいとこは、ぼけてるけんど、なんとな~く城の感じさ、わかっかな? ええ~と。 こないだ『鹿沼城』の日記さ、書いた時にな。 地図を、描いたんだけんど。あれ、ちょっと楽しくってなw。 今回も描いて見たべww。 使用したのは、道路案内を作成するソフトなんだけど。 まあまあの出来、だんべ? 茶色線が堀。緑の線が、土塁だど。 グレーの線が道だけど、他にも散策用の、細かい道はたくさんあっから、 主な道だけ描いといたっぺ。 問題は、みどころポイントなんだよな~。 本丸とか曲輪とか書きこんじゃうと、ごちゃごちゃになっちゃう。 しゃーないか。まわりんとこだけ、描いとこ~。 ふんふん♪ ふん♪ 地図って、描いてみっと面白いべ~。 ちゃんと見たはずのとこが、思い出せなかったりな。 逆に描いているうちに、こったら面白いもんがあったっぺ! って思い出したりな。 情報の整理に、なるべ。 それにな。地図描きは、頭のトレーニングにもなんだど。 ボケ防止、ってやつだね。 他人から見たら、いらずら書きみたいだけんど、な。 本人がたのしいんだから、問題なし! また一つ。 城跡散歩の楽しみ方が、増えたべなwww。 さて、次は、どの城跡さ、描こうかな~♪ ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村にほんブログ村
2012.06.04
コメント(0)

「櫓台5と、その先」 次は、『櫓台5』へ行ってみっぺかな。 土塁がづ~っと続いてて、上を歩いていけそうなんだけど。 立ち入り禁止になってた。 それに、入口にあたる場所は、土塁さとぎれてっからな。 どっちにしても、一端下へ降りなきゃなんない。 めんどいな~。 昔の兵士も、移動の際は、いちいち下に降りたんだべか。 それとも、通行用の橋でも、あったかな? なんて、な。くだらないことさ、考えながら、『六号堀』と土塁の内側に当たる、ひろびろとした道を、ぽてぽてと北へ向かう。 入口を通り越して、さらに進むと、 ここが『櫓台5』だどw。 城の内側からみっと、ただの土塁みたいだけんど。 よ~く、みとこれね。上にちっこい案内版さ、みえるっぺ? ってことは。上さあがっていいんだべな。 いざ、土塁さ登るべ! ってとこで、緊急事態発生! 登り口さ、ないど? よ~くみると、土塁の壁に申し訳程度の板がある。 階段っつうより、花壇の土止めみたい。 だども、他に上がっとこさ、ないから、そろっと足さかけてみた。 つま先がやっとかかるぐらい幅だど。 お、おっこち、そうなんだ、けど? やっとこさっとこ。上まできたど。 南に見えるのが、入口の橋と『櫓台4』。 城外に目を向けると、駐車場周辺が、丸見え。『櫓台5』から、さらに北に目を向けると、鬼怒川の流れが、すばらしい~べ~! この櫓台がこさえられた土塁は、『飛山城』の一番外側の守りなんだ。 現在は、土塁の横さ通りぬけられるように、道がこさえてあっけど。 昔は、道んとこを突き抜けて、さらに北へと、土塁が伸びていたんだど。 んじゃあ、どこまで伸びてたの? って疑問さ、わくべな。 でも、な。残念なことに。 どのぐらいの長さがあったのか、ってのは、わかんないんだ。 なんでかっていうとな。『飛山城』の北側は、崖なんがけど。 崩れっちゃって、どのくらいの広さがあったのか、わかっていないからなんだ。 案内版によると、な。 今残っている崖んとこまでは、土塁の壁が続いてたらしいど。 その先は、もう、想像するしかないんだけんど。 いいや。このままでも。 眺めがすごく、気にいったかんな。 そうそう。『櫓台5』はな。 土塁登り体験さ出来るように、ロープさ、たらしてあってな。 堀側から櫓台の上まで、登れるようになってんだ。 そのせいで、階段さ、手抜きなのけ?www まあ。どっちにしても、絶対におすすめの場所だから。『飛山城』さいったら、ぜひ登っとこれね。 ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村にほんブログ村
2012.06.02
コメント(0)
全14件 (14件中 1-14件目)
1