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「堀跡」『本丸』と『2の丸』を繋ぐ『土橋』。 その下は、『でっかい堀』になってっと。 橋の上から覗いてみっと、 これは、『土橋の東側』 お~、深け~! 左右の崖は、『本丸』と『2の丸』の側面だな。 こっちが西側。こっのほうが『堀の形』さ、しっかりわかる。 あ!『本丸側の土塁』とこに、道があるど。 なんであったらとこに、道さあんだ? どこさ抜けるんだろ。 おもしろそうな細道だな。 東側は、『2の丸側の崖』に、階段さあるよ。 こっちも面白そうだな。 う~ん! 迷っちまうなぁ。 よし! 東側さ降りてみよ。『2の丸側の崖』にそって降りてくと、『本丸』の裏っかわにでんだな。 降り切ったとこで、振り返る。 おお~っ! これは『堀』け~!『崖』みたい! 上に『土橋』さめ~るから、さっきの『堀跡』に間違ちないんだけんど。 下からみっと、全然違うよ~。 今まで見て来たとこは、ほのぼのとした公園って雰囲気だったから、 なんか ガツン! って殴られたような衝撃さ、感じちゃったど。 上からじゃ、そったら深くめ~なかったのに。 巨大な双璧が、ぐぐぐ~っと迫ってくるようだど。 なんか、ここだけ、雰囲気さ違う。 別の城さ、来ちゃったみたいだよ。 すげ~や~!ここ! で、ここって、なんて呼べばいんだべな?『空掘』? 『水掘』? それとも『竪堀』?『堀』の全体図が、想像出来ないんだけんど。 こったら『崖みたいな堀』、ってのもあんだなぁ。 この辺、花見客さいないみたいだけど、見学する人いないんかな。 おかげでじっくり、眺めることさ出来たけど。 上さ通り過ぎるだけじゃ~、もったいないど~。 ここは、おすすめ。 ぜひ立ち寄ってみとこれね。^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。 ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村にほんブログ村^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
2014.05.31
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「台門跡 2」『本丸西側の土塁』、端っこまできたよ。 端は『台門跡』まで、途切れずに続いてたね。 こちらは特に、なんもないな。 向かい側の『東側の土塁端』と違って、広くなってる場所はないよ。 だとも下は……深いね~。『堀跡』だかんね~。 さて、そんじゃ~今度は下さ降りて。『堀跡』観察しょっと。 ・・・だども、どっから降りたらいんだべな? 階段、ないど? ここさ来る途中に、下さ降りる階段らしい道はあったけど。 ありゃ、『本丸』の外側さ下ってた。 それに急勾配だったし、藪ぼうぼうだったしなぁ。『台門の西側』にゃ、下り道ないんかな? きょろ、きょろ。『土塁』の下さ覗いたら。あ、あった! 赤い矢印んとこだど。『土塁』にひっついた、ちっこいやつ。 後からとってつけたような、簡素な階段。 こういう素朴な段々、好きだけど。 さっき登ってきた『西側の虎口んとこの階段』と、 格差がありすぎだべ~。『土塁』さ戻ること考えたら、有り難い階段だけど。 降りにくそ~だな。『土塁の本丸側』は低い、っつってもな。 坂だし、土だし、滑りそうだど。 ゆっくり落ち着いて。じわり、じわり、と降りる。 なんとか転ばずに、下さ到着! あ~あ、一汗かいちゃった。 なんでここは、こったら素朴な階段なんだろ?『土塁』さ破壊されるよりいっけど、気になるな。 ここは本来、下りる道がなかったのかな? だもんだから、階段さ設置するような坂道さなくて。 立派な石段さ、こしゃれなかったんかもしんないな。 だとしたら。 戦国時代のころは、どうやって上り下りしてたんかな? 端っこまで駆け戻ってたっくれ、時間さくっちまってよ。 いざってとき、大変じゃね~かな。 やっぱり、『東側の土塁』と繋がる、 橋のような役目をもった門があったんだべか。 そしたら、東側から下へ降りれるもんな。 資料が手元にないもんで、どんな門があったかわかんないんだけど。『台門』って、どんな形さしてたんだべな~。^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。 ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村にほんブログ村^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
2014.05.29
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「本丸西側の土塁」 らくがき地図さ描いてみたど。 いつものように、気ままならくがきだから、 大きさや縮尺、形はおおまかだどもなw。 イメージ、伝わるかな? 時間さなかったんで、手前は途中なんだ。『門』とか『土塁』とか『水堀』もあんだけど。 後で描きたすべ。 ええと。 真ん中のでっかいやつが、『本丸』。 右側が『2の丸』で、左が『北城』だど。 で、今回は『本丸土塁の西側』さ登ってみたど。 ここが登り口。 ちょうど『本丸西側の虎口』んとこにあんだけど。『本丸側』から上に登ってくんで、外からめ~ない。『虎口』から入って『本丸』から振り向かないと、わかんねんだな。 ほほ~。んじゃこの階段の原型は、 お城が現役時代のころからあったんかな? わかりにくい、ってとこがポイントだな。 階段横のでっぱりも、気になるんだけど、 どうだべな?『土塁の上』は、こんな感じ。 これだけみたら、河原のどてっこみたいだな。 道幅も広いし、ゆったりしてる。 だども、反対側は、崖!『東側の土塁』は断崖だったけど、『西側の土塁』は・・・あ、藪で下さめ~ないやw。 いや、それよりも、 この景色! すげ~ど~! 向こうにめ~るのは『大田原市の一部』 ビルの間に桜がいっぱい植わってて、 町が桜んなかに、埋もれてめ~る! あの手前辺りが、家臣たちの屋敷や長屋があったとこらしいど。 全部め~るね。 あの辺の住所は『城山』っていうんだって。 わかりやすいなw。 あ、もしかして、地平線もめ~る? 昔はどこまで、見渡せたんだろう! 後方にも、桜! あ、駐車場がみえるど。 こっちも桜で埋まって見える。 たぶん写真で写ってるとこ全体が『西の曲輪』だったとこだな。 北方向も、遥か遠くまで見渡せる。 おお~。こりゃ絶景~! 昔はビルのかわりに、瓦の屋根が並んでたんだべな。 昔の風景さ想像しながら、ほてほて歩ける。『西側土塁』は、ちょっとほのぼのした場所だったな。 ここは、お城好きじゃなくっても、 ぜひ見て欲しいな。 ::::::::::::::::::::::::::::::::::最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。 ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村にほんブログ村:::::::::::::::::::::::::::::::::::
2014.05.27
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「土塁の上の空き地」 さて。もっかい『本丸土塁の上』さ戻ってきたど。 こないだの道だけど、昔からあった抜け道かな? って想像したのにゃ、理由があんだよ。 それは、これ。『北城へ降りる細道』のすぐ先に、こったら空き地があったんだ。 お城好きさんなら、わくわくすんじゃないかな~。 位置は土塁の先っぽ。行き止まりだな。 んで、『本丸』よりも、ちょっと先にはみだしてめ~る。 とくれば・・・『物見台跡』! かもしんないど! 実際にいってみっと、結構広い空き地さなっててな。 車2台ぐらい入れる車庫が、建てられそうだど。 下さ覗いてみっと・・・あ、藪と木でめ~ないや。 だども、ちょこっとした隙間から、下さ通る車道がめ~たど。 西のほうさ見てみっと、 桜が群れなしてる~! 木が邪魔でよくわからないけんど。 こっちにゃ『大田原市の街』があるんだ。 こりゃ、木さなかったら、かなり遠くまで見渡せるど。 やっぱし、ここに、『物見台』さあったんかな。 さらに、南に目さ向ければ、『本丸広場』が見渡せる。 こっからみっと、『本丸』全体が、桜の花に埋もれてるど。『物見台』から、お花見・・・それもいいな~♪ あ、だども戦国時代~江戸時代のころは、 ここにゃ桜はなかったな。 お花見は、現代だけの楽しみだったな。 だけんど、前後左右。どこさみても遠くまではっきりめ~る。 さらに『本丸西側の虎口』も見渡せる。 こったら見晴の良い場所、ほったらかしにしとくわけないべ。 やっぱし『物見台』か『櫓』のような、 見張り役になる建物さ、あったはずだど。 でも、案内板さないんで、何があったのかわかんない。 あ、もしかしたら『戊辰戦争』のころの『砲台跡』かも。 なんてこと想像しながら、横の階段さ降りた。 写真にちょこっと写ってる『本丸側に下る階段』だど。 石段の幅が、長いんだか、短いんだか。中途半端でな。 歩幅があわなくて、苦労したど。 で、これは公園化したときの階段かな? それとも、昔っからの道なのかな? なんか、昔からあった道を改良したようにみえるけど、 どうかな? なだらかで幅も広いから、『砲台』を上さあげるために、増設した道かもしんないど。 だとしたらここが、『戊辰戦争』んときに、改良された部分かもしんないな。 な~んてな。 空想さ耽ってたら、カーブさまがったとこで あ、あれ? いきなり階段、なくなっちゃった。 下に見えるのは、『本丸西側の虎口』に続く本道。 このまま降りれば、合流するはずだけど、 なんで、ここで石段なくなっちまったんだろ? 予算の都合かなw ま、それはいいんだけんど。 あんまし突然に、石段がぶちきれてるもんだから、 最後の段差が・・・半端じゃないんですけど。 飛び降りろ、っていうんかな? 20センチは、なかったと思うけど。 下はでこぼこ、坂になってるし。 滑りそうだし。 おっかね~。 若い人なら、問題ないんだろうけんど。 今までの石段も おっかなびっくり降りてきたおばさんにゃ、 冷や汗もんの、高さだど! 足くじくかも、って本気で心配しちゃったよ。 土の坂道、好きだけど。 転ばないように、も少し段差を詰めといてほしかったな~。 ::::::::::::::::::::::::::::::::::最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。 ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村にほんブログ村:::::::::::::::::::::::::::::::::::
2014.05.23
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「北城へ降りる階段」 角を曲がると、『土塁の北側』へ。 見事なカーブだな~。 あ、この辺、下さ撮った写真があったんだ! ここの下。『本丸』んとこに、ミニステージさあってな。 ちょうどカーブんとこが、 ステージの裏側になってたもんだから。 花見客さいなかったんだ。『土塁の高さ』わがるかな~? この辺は、低めだったな。 崩れちまったんかな? ここまでくると、桜がいっぱい植わっててな。 風に舞う桜の花びらで、天然の花吹雪~。 うわ~い! 埋まりそ~。 今の季節限定の、楽しみだなw。 うきうきしながら歩いていくと、 右下に『北城』がめ~たよ。『本丸』と比べると、暗いな。『本丸の崖(切岸?)』の影になってるせいかな? こわごわ、下さ覗いて見ると。 木さなかったら、『北城』全部め~そうだど。 これじゃ~『北城』で仕事ささぼったら、 すぐめっかっちゃうなw。 あ、下さ降りる階段があるど。 写真の右側が、『土塁』だど。 急だな。だども、手すりさあるし。 落ち着いておりれば、おばさんでもだいじ、だいじ。 降りてみよ。『北城』からみたとこ。 一回じゃ降りられなくて、途中で曲がってる。 おっかなかった~! だども、崖の高さは実感できたな。 道さなかったら、だれも崖さ登ろうとしないだろうな。 この階段って、公園化したときに、 わざわざこしゃったのかな? それとも、元になるような道さあったんだべか。 どっちの可能性も、もありそうだな。 気になる階段だな。 ブログさメモっとこ、っと。 ::::::::::::::::::::::::::::::::::最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。 ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村にほんブログ村:::::::::::::::::::::::::::::::::::
2014.05.21
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「本丸土塁 東側」『東側の土塁』は、でこぼこしてる。 道もうねうねしてるど。 山の稜線をそのまま利用した『土塁』なんかな。 おっきなでこぼこ。 どうやら崩れちまったとこも、あるみたいだな。 うかうかしてっと足さ踏み外して、 ころげっちやいそうだな。 道幅は広いから、上で転ぶだけなら擦り傷ぐらいで済むけんど。 左手側は『本丸』。 2~3メートルは確実にある崖。 右手側は『蛇尾川』。 あ、途中に通路みたいな場所さめ~る。 ってことは、直接『蛇尾川の河川敷』まで行かないけんど。 ん~、そんでも、5メートル以上はありそうな、 深い崖だど。 油断できね~な。 あ、今思い出したんだけどな。『大田原城』は『東海沖地震』の被害にあってんだよ。『本丸土塁』に、大きなひびが入ったって聞いたけど。 どの辺だんべ? まだ痕跡さ残ってんのかな? それらしい場所はみあたんないけんど。 修復できたんだべか。 も少し北の『黒羽城』じゃ、『本丸周辺の崖』が崩れちまってな。 立ち入り禁止さなってたんだけど。 最近修復さ進んでな。『本丸』んとこにある『物見櫓』が、使えるようになったんだって。『黒羽城の本丸土塁』周辺も、登れるようになったんかな? そっから眺める『那珂川』が、絶景らしいんだ。 昔いった時は、見れなかったから。 見にいきたいな~。 あ、話さずれちゃった。『大田原城』の話に戻るど。 北へ向かって『土塁』さ進んで行くと、 おお~!綺麗だね。 桜の間から、『蛇尾川』が見えるよ。 向こう岸の町も、よくめ~るね。 木さなかったら、どこまでめ~るんだろ? 敵がきたら、すぐめっかるねw。 敵にとっちゃ~、迷惑な城だったろうなぁ。::::::::::::::::::::::::::::::::::最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。 ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村にほんブログ村:::::::::::::::::::::::::::::::::::
2014.05.19
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「台門跡」『台門跡』は、左右にでっかい『土塁の壁』がある。 これは『2の丸』側からみた『台門跡の虎口』。 どんな門があったんだべな。『本丸の入口』にあたる門だから、 丈夫ででっかいやつだったんだべな。『左右の土塁』を繋ぐ、橋のような門だったんかな。 ええと。 今日は『土塁の上』さ歩いてみんど。 まずは右側。『本丸の東側』さ取巻く『土塁』から、行ってみよ。 階段さ登ると、ちっこい広場になってた。 少し『本丸の内側』に入り込んでるど。 今は休憩用の、東屋さあってな。 みんなが集まる場所に、なってるど。 だもんで、写真は撮れなかったんだけんど。 もしかしたらここに、『櫓』か『物見台』があったんかもしんないね。 東屋が出来る広さだし、 こっから『2の丸』や『本丸』が、よ~くめ~るんだよ。 こったらいい場所、ほっとけないべ。 さっき『台門』は、橋みたいな門だったんかな? って書いたけど。 この場所さ使ったら、可能かもしんないな。 それとも、『台門』って名前から想像すっと、 大砲の土台でも、あったんかな?『反対側の土塁』はどうだべか? 後で見てみよっと。:::::::::::::::::::::::::::: 最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。 ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村にほんブログ村:::::::::::::::::::::::::::::
2014.05.17
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「本丸」『大田原城の本丸』は、桜の花が真っ盛り。『土塁』がピンク色になってるど。 綺麗だな~。 4月13日は日曜日だったんで、『本丸の中』は花見客で一杯。 アイスクリームやトランポリンなど、屋台も出てたよ。 賑やかだな~。 だどもこれじゃ、写真さ撮れないな。 どうすべか? ええと。『本丸』の形は、北南に長い、長方形だな。 ちっといびつな長方形だど。 これは『土塁』に登ったとき、撮った写真。 北側から見た『本丸』だど。 大きさ、わかっぺか? 東西 約50メートル。 南北 約65メートル、あんだって。 んで、写真の右端。西方向に『虎口』がひとつある。 今入ってきた、『曲がりくねった階段』さあったとこだど。 そして、南にもう一つ。『2の丸』に抜ける『虎口』があるんだ。 写真だと、真上になんな。 ここにゃ『台門』が、あったんだって。 下は『どでかい堀』になってるよ。 するとここは『土橋』かな? 真ん中にパイプさ通ってるけど・・・ 周りさセメントで固めてあっけど・・・ 昔は『土橋』だったのかな? ちょっと手が入りすぎちゃって、違うものみたい。『大規模な土橋』なのに、なんか、感動できないな~。 物足りないど。 そして『本丸』の周辺は、『土塁』に囲まれてる。 全面『土塁』なんで、『本丸の中』から直接外はめ~ないよ。 だども、『本丸土塁』も上さ登れるみたいだね。 後で登ってみんべ。『大田原城』は天文14年(1545)ごろ、『大田原資清』がこしゃったっていわれてる城、なんだけど。 今残っている姿は、このころとちょっと変わってるらしいよ。 っつうのもな。 大きな戦に合わせて2度。大改修してんだって。 一度目は、慶長5年(1600)ごろの『関ヶ原の合戦』のとき。『徳川側』についていた『大田原晴清』は、隣りの『黒羽城主・大関資増』と供に、 北から侵攻して来る『上杉軍』を向かえ討つための拠点になってたんだ。 だもんで、『徳川家康』の命令で、大改修してんだ。 2度目は慶応4年(1868)ごろ。『戊辰戦争』んときだよ。 こんときは『新政府側』でな。 お隣の福島県白河にある『白河城』を攻めるための拠点になってたんだと。 だもんで、城内に大砲や武器を入れるために、道さこしゃったりしてな。 また、城の様子が変わっちまったらしいど。 へ~。どこに大砲さしつらえたんだべな? 跡は残ってんのかな? どちらの戦でも『大田原城』は、 北から来る勢力を押さえる、重要拠点になってたんだね。 こりゃ、ぽけっとしてらんないな。 よ~く、みとかなきゃ。 意外なとこに、歴史の欠片が隠れてるかもしんないど。《参考》【送料無料】とちぎの古城を歩く [ 塙静夫 ]価格:1,995円(税込、送料込)《電子書籍版》とちぎの古城を歩く 兵どもの足跡を求めて-【電子書籍】価格:950円(税込、送料込)【送料無料】栃木の城増補改訂版価格:2,039円(税込、送料別)『北の関ヶ原合戦』 中田正光・三池純正 洋泉社::::::::::::::::::::::::::::::最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。 ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村にほんブログ村:::::::::::::::::::::::::::::::::
2014.05.15
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「本丸虎口」 さて、いよいよ『本丸』さいくど。『龍城公園の入口』からだと、『本丸の崖さ登ってく階段』と、『本丸の崖さ回り込んで、奥さ進む坂道』がある。 どっちさ行くと、いいんかな? これは『本丸の崖さ登る階段』 急だな~。階段の幅もへんに広い。 それに傾いてめ~るんだけど、気のせいだべか? これはどうみても、『虎口跡』じゃないな。 後でくっつけた、公園散歩用の道だべな。 登ろうかな? だども傾いてんだよな。 上までちゃんと、繋がってんのかな? 上のほうはカーブしててな。到達点がめ~ないんだ。 悩んでいる間にも、大勢の人が行き来する。 どうやらちゃんと、繋がってるみたい。 では折角だから、登ってみんべ。 上に行くほど歪んでんだけど。わざと歪ませてんけ? ……たぶん、地形のせいだな。 急斜面に乗っけたような階段だから、地面に合わせて傾いちまうんだな。 やっとこ階段のカーブを曲る。 おわぁ。すげ~。 崖の下に階段があるよ。 どうみても、こっちが本道だね。 階段の幅も高さも、綺麗にそろってるど。 下から上がってきて、カーブを描きながら『本丸』へ向う。 その分、今いる近道よりも距離さのびちまうけど、登り安そうだなぁ。 あ、そうか。ここが『本丸の虎口』なんだ! 道が曲ってんのは、敵が入り難いようにこしゃった仕掛け。『枡形』があったのかな? これは『本丸側』からみたとこ。 上の土手に乗っかってる道が、『公園入口から続いてた階段』 やっぱし下が本道だべな。『本丸』につながる部分も広い。 だども、左右にゃ土塁の高い壁がそびえててな。 中は直接め~ないど。 おや? この角度からみる『本丸』は、 ちょっと時代劇に出てくるお城の入口みたいじゃないけ? もしかしたらここに、でっかい門があったんかもしんないね。 公園化すっとき、車道さ通したり、舗装したりしたもんだから、『龍城公園入口』付近は、かなりの部分が破壊されちまってんだって。 だからこの辺も、昔のまんまじゃないかもしんないけんど。 お城好きなら、要チェックポイントだと思うど。 う~ん! 脳みそがうずうずしてきたど~。::::::::::::::::::::::::::::::::: 最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。 ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村にほんブログ村::::::::::::::::::::::::::::::::::
2014.05.12
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「龍城公園の入口」『北城土塁』の終点は、くっと曲った坂になってた。 雨っこ降ったら滑ってあぶねだろ~な。 一歩一歩、ゆっくり降りる。 と、『お手洗い』の横さ出たよ。 ちょうどいいや。 ちょっと用足しに……と思ったら、女性用は使用禁止だって! どっか壊れちまってるらしく、調整中って張り紙がはっつけてあったど。 入れない、となると、余計入りたくなるな~。 どっかに『お手洗い』ないけ~? しかし、公園内の詳細がわからない。 まずは案内板さ、探さなきゃ。 あるとしたら、入口付近だべな。『北城土塁』の端っこは、ちょうど『北城の出入口』さなってた。 だもんで、まずはそっから外さ出た。 広い車道があるど。 ここが通行止めになってた『龍城公園の入口』だな。 車道は、北の通りから伸びてきて、『大田原城』の中心部さ向かって行くど 辺りは一面舗されててな。坂道になってる。 ここが『大田原城の入口』だったんかな? これは、『本丸』方向さ撮った写真。 あんまし『虎口』っぽくないね。 あ、奥に案内板があるど。『本丸の崖』横に案内板と記念日みたいな碑があった。 でも、これじゃ~公園内の設備は、わがんねな。 だって だもの。 今知りたいのは、『昔の大田原城の配置』じゃねぐって、『現代のお手洗い』なんだよな。 と、ぶつぶつ言いながらも、見ちゃうんだなW。 だって、地図とか縄張り図って、好きだから。 で、今いるとこを探してみっと・・・あれ? どこだ? どうやらこの辺は、昔とだいぶ変わっちまったみたいだな。 地図にゃ車道から『本丸』の方向へ入る道は、書かれてないど。 道といえば『北城』から、西隣りの広い場所に通じてるやつだけだ。 本によると、『北城』の西にゃ『広い西曲輪』があってな。『馬場』があったんだって。 現在は民家になっちまってんな。『大田原城』は、西側に開けた場所さあってな。 家臣の屋敷や蔵も、いっぱいあったんだと。 んで、当時の『大手門』は『大田原城の西』にあったんだって。 ってことは。『北城前の車道』は、『大手門へ向かう道』じゃなかったんだね。 それどころか。 表の車道んとこは、『土塁』があったようにめ~るど! 今は建物さ立って、『土塁』は残ってないけんど。 平地部分も『堅固な土塁や仕掛け』が、ほどこされてたんだべな。《参考》【送料無料】とちぎの古城を歩く [ 塙静夫 ]価格:1,995円(税込、送料込)《電子書籍版》とちぎの古城を歩く 兵どもの足跡を求めて-【電子書籍】価格:950円(税込、送料込)【送料無料】栃木の城増補改訂版価格:2,039円(税込、送料別)::::::::::::::::::::::::::::::最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。 ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村にほんブログ村:::::::::::::::::::::::::::::::::
2014.05.10
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「第2の北城」 さてさて。『大田原城』の『北城土塁』の下は、 こんな感じ。 畑になっててな。ビニールハウスがあったど。 何がとれんかな? とんがらし(唐辛子)かな? 大田原市は、とんがらし(唐辛子)の産地で有名なんだ。 この辺でも、こしゃってんのかな。 実はこの畑も『北城』なんだって。 わかりやすいように、らくがき地図さ描いてみたど。 らくがきなんで、細かい部分は違ってるかもしんないけんど。 目さつぶって、見逃しとこれね。 下の階段が『蛇尾川の河川敷』と繋がってる入口。 んで、左っかわの高台が『本丸』だど。『北城』の中は、ブランコとか子供用の遊具があってな。 子供らがいっぱい、遊んでたっぺ。 空いたスペースは、花壇になってたな。 西のほうさ行くと、『お手洗い』があるよ。 そんで、『北側の土塁』の向こうが『畑になった曲輪』だど。 端っこが崖で欠けちまってんで、『北城』よりやや小さくめ~るけど。 敷地面積は、ほぼ同じじゃないかな。 もしかしたら『土塁』がない分だけ、『畑の曲輪』のほうが広いかもしんないな。『曲輪』には見えないよ、って思った人は、『蛇尾橋』までいってみな。 地図の下にある『蛇尾川』にかかってる、橋のことだけどな。 歩いて5分も、かかんねよ。 こっから『北城』がよくめ~るんだ。 赤い矢印んとこに、ビニールハウスがめ~るよ。 さらに目を凝らせば、青い矢印んとこに、平な場所がめ~た。 きっとあの辺が『北城の土塁』だど。 な! 外からみっと、『曲輪』にしかめ~ないべ。 う~んと想像力さ働かせてみっと。 黄色い矢印の辺りが『本丸』かな。『北城』よりさらに一段高いとこにあんだから、 あの辺だべな。 木がなかったら、『2段の北城』と『本丸』が、段々になってめ~たんだべな。 じ~っとみてたらな。 堅固な城の姿が、め~た気がしたど。《参考》【送料無料】とちぎの古城を歩く [ 塙静夫 ]価格:1,995円(税込、送料込)《電子書籍版》とちぎの古城を歩く 兵どもの足跡を求めて-【電子書籍】価格:950円(税込、送料込)【送料無料】栃木の城増補改訂版価格:2,039円(税込、送料別)::::::::::::::::::::::::::::::最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。 ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村にほんブログ村:::::::::::::::::::::::::::::::::
2014.05.09
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「北城の土塁」『大田原城』はこんな城だと。 今回入り込んだ入口は、赤い矢印の辺りだど。 思いっきり、裏口だべな。 さて、『北城』の話。 これは『北城』の東からみたとこ。 左の山は『本丸』だっぺ。『北城』は『本丸』の北側に、こさえられた『曲輪』でな。 細長い長方形さしてる。 んで、周囲を『土塁』が、かこんでるんだ。 この『土塁』上さ、歩けるようになってんだよ。 となれば・・・登りましょう! 上はたくさんの人が歩いてるようで、 足元の地面は固くなってた。 けんど、安心できね~ど。 あちこちに、でこぼこがあっかんな。 なるべく手さ加えないで保存使用とすっと、『自然のでこぼこ』は、残っちゃうんだべな。『自然のでこぼこ!』 これこそ、土城散歩の楽しみだっぺ! 下からみっと、高いとこでも2メートル強ぐらいかな。 崩れてるとこもあってな。 場所によって、高さがまちまちなんだ。 んで。『曲輪側』は低めにめ~るけど。 向こっかわは、深い崖になってたよ。 木が邪魔してっけど、遠くまでよく見渡せるべ。 昔はここさ歩きながら、警備してたんかな。 木がとぎれた部分にゃ、ベンチさ置いてあってな。 現代じゃ、散歩の人やデート中のカップル、 または土塁好きの変なおばさんが、 うろちょろしてる場所になっちまってるw。 平和だなぁ。::::::::::::::::::::::::::::::::::最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。 ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村にほんブログ村:::::::::::::::::::::::::::::::::::
2014.05.08
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「大田原城の歴史」 階段を登ると広場にでだど。 ここは『北城』とか、『北郭』って呼ばれてるとこだど。 ややこしくなっから、ここじゃ『北城』で統一すんべ。 ちょっと、かっこいい呼名だな。 ええと。ここでちょこっと。『大田原城』の歴史さ紹介すんべ。『大田原城』は天文14年(1545)ごろに、『大田原資清』が築いたって言われてるんだけど。 天文12年にこしゃった、って説もあんだって。『大田原氏』の祖は『武蔵国』の生まれでな。 現在の埼玉県児玉群神川町辺りで『阿保』を名乗ってたんだ。『阿保氏』は『武蔵七党』の一つ、『丹党』の一族なんだって。 これは初めて聞いたな。 なんだろ? 後で調べてみっぺ。 んで、明応3年(1494)。康清って人がいてな。 那須さ移り住んで、『大俵』と名乗ったんだと。 最初は『現在の大田原市町島』に『水口(みなくち)城』を築いて、暮してたんだ。『大田原城』からみっと、『蛇尾川沿い』に500メートルぐらい、北上した辺りだど。 だども『水口城』は平城だったんで、守りの堅い城が欲しくてな。 今の『大田原城』を築いて、移り住んだらしいど。 そして名を、『大田原』に改めてな。『那須七騎』と呼ばれるまでに、なったらしいど。『戊辰戦争』のころは、新政府側について。『白河城(福島県)』攻略の軍事拠点として、使われてな。 旧幕府側の会津軍に攻め込まれて、落城寸前までいったんだって。『北城』の南は、どでかい崖! この上が『本丸』だど。 うわぁ~! すげ~な~。 こりゃ、登れねな。 っつうか、どっから登んだろ? どっかに『虎口』があるはずなんだけど。 どうやら裏口から、入ってきちゃったみたいでな。『本丸入り口』が、わからない。 公園案内図があれば、すぐわかんだけんどな。 さあて。どっから攻め込むかな~。 わくわくしてきたべ。《参考》【送料無料】とちぎの古城を歩く [ 塙静夫 ]価格:1,995円(税込、送料込)《電子書籍版》とちぎの古城を歩く 兵どもの足跡を求めて-【電子書籍】価格:950円(税込、送料込)【送料無料】栃木の城増補改訂版価格:2,039円(税込、送料別)::::::::::::::::::::::::::::::最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。 ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村にほんブログ村:::::::::::::::::::::::::::::::::
2014.05.03
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「階段」『大田原城の外側』。『土塁』、っつうより崖だな。 ちっと崩れてっけど、容易に登れる高さじゃないよ。 木に隠れたりしてるけど。 3メートル以上は、あんな。 知らないと、ただの崖にしかめ~ないけんど。 ここはすでに『大田原城の一部』なんだ。 すげ~な~。 お、突き当たりに階段。あそこから上に行けるみたいだべ。 だども、だいじかな。 この階段、おっこちたりしないかな。 恐る恐る足さかけたら、しっかりと固定された丈夫な階段だった。 鉄筋かな? 木の階段じゃなかったな。 いやなに。 隙間から下が見える階段って、苦手でな。 隙間からおっこちそうな気がしちまうんだ。 落ちるほど痩せてないんだけんどなW。 だもんで、びびっちまったわけ。 こういうときは、別のこと考えるのがいいね。 でも、頭はなかなか、恐怖を手放してくんないんだ。 困った脳みそだよな。 しゃ~ないから、じっくりと階段を観察してみた。 安全性は文句なし。頑丈だし、滑らない。 少し急で息切れしそうな気もするけんど、 はじめて登る場所だから、緊張してるせいかもな。 んで、隙間から下の地面がめ~る。 塞いでくれたら、快適度アップなんだけど…。 あれ、ちょっとまった。下にめ~る地面は崖じゃないな。『蛇尾川緑地公園』とおんなし高さの、平な地面だべ。 てっきり崖に埋め込まれた階段だと思ってたのに。 崖に、沿って掛けられた階段だったんだ。 ってことは。 ここは、元々あった城の道を再利用したんじゃなくって、 河原側からあがれるように、こしゃった階段なんだ。 ふ~ん。んじゃ、東側は完全に崖の城だったんだなぁ。 船着き場はなかったのかなぁ。 下に降りる道がなかったんなら、船着き場もなかったよなぁ。 残念だなあ~。 ぶつぶつ。つぶやいてたら、階段なくなった! あ、違った。曲がり角だったw。 一度じゃ上がりきれないらしく、途中で、曲がってたんだね。 ちらっと下さ覗いてみたら・・・あ~、やめときゃよかった。 3メートルどころの高さじゃない。 ええ~と。何メートルあんのかな~。 よくみなかったけど、2階建ての一軒家ぐらい、あったかなぁ。 もっと、高かったかも・・・。 むむ~。南のほうは低く見えたけど。『本丸』の近くは、もっと高い地形になってんだな。 じっと下さみてると、登れなくなりそうだから。 さっさといこ。 :::::::::::::::::::::::::::::::最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。 ランキング参加中! ぽちっと 押しとこれ~!にほんブログ村にほんブログ村:::::::::::::::::::::::::::::::::
2014.05.01
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