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母が実家に居ない初めてのお正月を過ごして、あんなに楽しみにしていた母の自宅での1・2・3・4日が、本当に大変で、その後の入院につながったのかもしれないと思う。母の望む通りの過ごし方だったけど、結構時間的にはハードだったろうし、気持ちも張っていたのだろうか・・・今日は、妹から、母の願い出により聞いた担当医の言葉を伝え聞いた。胸水はだいぶ減っている。(母も息苦しさは減ってきたと言っていた)しかしその分、腎臓への負担が大きく、(あれだけ排尿にケアしてくれる人が来ないんだから)その腎機能への負担と、胸水の加減と、栄養状態をみながら、(ブドウ糖の点滴とかしてたりして)大丈夫になったら、療養病棟行きや、退院もありうる。いつの話になるのかも、雲をつかむような・・・威勢の良いときの母と違って、今の母は、声を出すのもしんどいっぽくて、でも、甘酸っぱいミカンは食べたいらしい。それで、昨日も一昨日も、ミカンを食べている。食べたいものがあるなら、持ち込んで食べてもいいよって、お医者さんが今日も言われたらしい。23.6kgまで減少した母の体重は、何かを食べたからって変わらなそうだ。でも、問題は、気力なんだよね。当初の予定では、2~3週間の入院だった。2週間はもう過ぎた。次は3週間目だな・・・そして、1ヶ月、2ヶ月って、前の骨折の時は2ヶ月と数日間、入っていた。閑話休題今も犬の臭いの残っている自宅の2階では、嗅覚を失くした元夫君が、癌の再発も無さそうに、のどかに暮らしている。ネットで配信されているドラマを一気見しているらしく、退屈しない人生だ。まあ、通っている耳鼻科で、もらって飲んでいる薬では、嗅覚が戻らないようだと・・・3ヶ月かけて無駄だったと言っている。だから最初から安易にレーザー焼灼とかしないで、鼻洗浄を勧めたのに。。。今は、鼻洗浄もしているし、嗅覚は戻らないままだって。亡くなった愛犬の臭いが感じられない方が、幸福な気がする。今も、その臭いを感じる私としては・・・
2025年01月31日
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ずっと、そうやって生きてきたんだけど、しなきゃいけないことが、わかっていて、期限が迫っていても、できないときはできない。心の中に、次から次へと、課題がやってくるのは、そりゃあ、仕事をしていた時に比べたら、全然、責任の重さとか違うんだけど、今、本当なら自由だと思っていたはずの1年間が、もう10ヶ月も過ぎようとしているのに、不自由の連続だ・・・予定を立てることが苦手なのに、まして不測の事態が転がり込んできて、丁度、1年ほど前には元夫君の腎臓がんが発覚したのだった。母が、なんとか体調を取り戻して独居の目途が立ったころだった・・・それを前提に、仕事をし、片付けに取り組んでいたのに、あらゆることは、まるで地震のように、足元から崩れていく。ポジティブであろうと心がけているけど、今、以前よりできていることは、昼寝をやめることくらい・・・日常を、もっとシンプルに、見たら捨て、見たら捨てを繰り返して行かなければ。家ごと脱皮してやる、家ごとこいつを捨ててやると、随分前に決めたはずなのに、「こいつ」の癌に付き合って、せねばならないことが増えて、父の時には、私が仕事をやり繰りして必死で頑張ったのに・・・今度は、母だ・・・じゃあ、私のことは、誰が、どうやって、始末してくれるんだよ!?って思ったら、自分で自分の周囲のものを捨てていくしかないじゃないか・・・物を捨てるエネルギーは、凄いものだ。まして、愛着を持って取り組んできた仕事だったし、収集物だし。ああ、一番捨てたい奴が「こいつ」が、私の目の前に居る毎日を、断捨離したいわ!って思いつつ、彼が勝手に作った12畳分の犬小屋の解体を済ませてから、居なくなってほしい。母の体調を気遣いつつも、自分の体調を維持しなければ・・・なんで、こんな時に、アパートの排水管の10年に1度の工事なんだろう・・・秋には、壁面塗装の工事らしいし。。。人生って、面倒くさいことの連続だなぁ。yumiさんのご主人て、本当に神様のように偉いって、つくづく思うわ・・・
2025年01月30日
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お願いの内容は、母のかかとを寝たままでいいから足裏からトントンと叩いてあげて欲しいってこと。握りこぶしの小指側の柔らかいところで、トントンと叩くの。そして、離れて話をするんじゃなくて、ふくらはぎをさすってあげたりとか、かかと叩きをしたりとかして、一人で立てなくなる可能性を排除してほしいってこと。まあ、そんな言い方はしないけど、自分でできないなら、かかとを叩いてもらうとか、ふくらはぎをさすってもらうとかの身体的な接触をお願いするしかないし、母自身が、リハビリを、リハビリ室でするものと思い込んでいるから、自分ではしないだろうし・・・気分次第で随分と体調は変わるので、身体的な、ソフトな接触と、会話とを、短い面会時間ででも同時にできれば、それに越したことはない。離れたところで座って会話しても30分、ベッドサイドでふくらはぎをさすってあげて会話しても30分。優しくかかとを叩いてあげながら話をしても30分だ。。。身体を触れるのは、だれでもいいわけではない。本当なら、行って私がしてあげたいけど、ずっとはいけないので、姪に、まず頼んで、それを妹に伝えてもらった。私自身は、骨格に問題を抱えて50年生きてきているので、健常な人よりは知識がある。そして、職場ででも、「手当て」のできる職人だった。「手当て」は、まず、自分の手が温かくないとだめだし、相手との心理的距離も大事だ。早朝、起きてすぐの時は、私も手が温かいわけではないが、まず、手と、胃とを物理的に温めて、それからは、日中は手はずっと温かい。冷え切った手では「手当て」はできないから・・・今は、職場ですることがなくなったけど、去年までは、良く掌を温めてあげていた。それができる相手との関係性つくりは、勿論仕事上のスキルなんだけど。今日で、入院から2週間だ。胸水がとれていると良いんだけど。身体はしんどいけど、息苦しさはなくなってきたと、今日の母の言葉・・・妹から。。。
2025年01月29日
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と言いつつも、スマホとかで、つながることはつながるんだけど、スマホで、これを打つ気力は無いし・・・記事を読んだりはできるんですけどね。母の体調が、間もなく2週間なんだけど改善せず、元々2~3週間の入院予定ってことで、希望的観測として、母的には、2週間と思って、お医者様に聞いたら、あっさり、却下されたようで、昼間っから吐き気をずっと訴えていた様子。今日は、妹が、昼も夕方も面会に行っているので、夕方の帰り際に、一昨年とその前年とに、胃拡張の診断で冬の初めに2回入院していると、看護ステーションに伝えたようですが。。。本当に、人手不足で、看護師どころか、看護助手もまったく集まらず、高齢者が多い地域だから、入院患者ばかりが増える一方ってところみたいです。妹も、看護師さんも手が回らないのだろうと言っていましたが、母のレッグウォーマーを母自身が装着できないのも、どうかと思う。靴下にしてもなんだけど。次の帰省は2月の15日の予定なので、退院していて欲しいけどなぁ。4週間になってしまうし。ずっと付き添えるわけではない、面会にも制限のある中で、母のような心臓の弁膜症のある後期高齢者に、出来る治療もないのだろうなぁ。母自身、手術は嫌だって言ってたし、今さらだし・・・別に呼吸器つけてるわけでもなく、今日も点滴はしていなかったようだし。バイタルの管理もされていない。。。辛いだろうけど、気力を持たせるものがない。。。それが、私たちにも辛い。
2025年01月28日
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1月1日からのWi-Fiの使用量が、半端じゃなかったせいで、結構、使いすぎてる感が有って、残りの日数を考えると厳しい。二月ならまだしも、一月だから・・・そんなわけで、今日は、ハルメクとイオンのmomの、「前月号」を読んでいました。調べ物は、極力Wi-Fiを切った状態でスマホで済ませているんだけど。。。実際、紙媒体を広げて読むのも、実家には新聞も無かったし、(母の分は施設に届くようになっていて)テレビは見ないし(駅伝以外)溜まっていた紙媒体を、読んで捨てる作業を真剣にしていかないと・・・毎月送られてくるジパング倶楽部の月刊誌や、ハルメクやmomとか、全く読まないうちに、次が来るので、封を切ってもいないものが有ったりします。いかに怒涛の年末年始だったとは言いながら、ここまで溜めたら、情報の意味がないもんね・・・かと言って、世界情勢を見ても、何にも見聞きしたくないようなニューズばっかりで。。。困ったもんだと思いつつ、残りの28・29・30・31をやり過ごすべく、頑張ります・・・今日は、買い物にも行かず、茫漠たる一日を、過ごしていたら、ついさっき、妹から、今日の母の近影が届き、午前中に入浴があり、昼は妹の持って行ったミカンを1つ、食べたと。夕方は、朝の入浴の日のいつもの過労で、具合が悪いだろうから行かなかったとのことでした。なるほどね。経験則ですね・・・
2025年01月27日
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ついつい、山の上のスーパーに、お買い物に行ってしまい、あれこれと買い物をして、自宅の冷蔵庫にしまいに行く羽目になってしまいました。胃カメラが済んでも、母の状態が好転しているわけではないので、ず~~~~んと胃が重く、肋間神経痛は続いています。まあ、今日は妹は行かずに、昼と夕方と、姪が行ったようで、私から恐る恐る妹に様子を聞いたら、姪に聞けとのことでした・・・昼間は清拭してもらって機嫌が良かったのが、夕方は「寒い」と言って、不調だったと。昼間は「暑い」と言っていたそうなので、窓辺の外気の影響を受けやすいことも、あるのかもしれない。低体温になって、不調だった時間帯に、姪と、妹の主人が行ったらしい。今日は千秋楽だよって、好きな相撲の話をしても、TV観る気力が無いと。。。十日前までは、施設で普通に暮らしていて、重病人ではなかったのに、今は、気分が重病人。胸水は、施設入居前にも溜まっていたし、多分、気分的なものもあるのかと思うけども。「きつい」から「しんどい」に、日本語が変化している。きついは、山口でよく使う言葉で、しんどいは、関西でよく使う言葉。きついには性格を表すときもあるけど、心身の倦怠感が強く表現される母の母語は関西弁だから、「しんどいんやろうなぁ」・・・広い窓辺は、外気温の変化を受けやすいから、温かくして休んでほしいと思う。できることは、心配しかないが、妹が駆けつけているというのでもないので、大丈夫だろう。私も、早めに帰って、寒くなると言う気温に備えよう。
2025年01月26日
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胃カメラのもっともっと楽な受診方法はあるはずと思うけど、色々聞いても、結局面倒だから、直接咽喉に突っ込む方法に・・・今日、思ったのは、看護師さんが、背中をさすってくれたり、医師が、今どの辺って、言ってくれたりしてた姫路の病院って、やっぱり秀逸だったってことかな。結果は、まあ、過去のピロリ菌の除去歴とか、カメラ飲むときの接触傷とか、見ながらの話しだったけど、なんてことはない、また、2年したら、検査してね・・・ってことで、次回はもっと早くに1日で全部済むように予約とりたい・・・今年は来月25日に、もう一度、無料の健康診断がある。胃カメラは4000円で、駐車料金は、100円だった。まあ、例年通りの結果であることを確認出来て、生検も無かったし、良かった。検査終了後1時間は、誤嚥があるといけないので、飲食禁止と言われ、用意してきたお茶も飲めず、仕方なく、蔵にたどりついても、しばらく我慢した。・・・1時間後からは、怒涛の飲み食いで、反省もしている。けど、仕方ないじゃん。19時前に夕食終えてから、15時50分までダメって・・・朝抜き・昼抜きだったから・・・さ、今日は、朝のサプリとジュースをまだ済ませていないので、これから帰って、お風呂を準備しながらサプリとジュースも済ませよう!!そうそう、検査に行くついでに、水道光熱費の振り込み用の入金もATMで済ませた。次回南向きに行くときは、帰省のチケットを買いに行きがてら・・・かな。みどりの窓口に。平日の午前中かな???多分
2025年01月25日
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胃カメラが好きって言う人は、居ないでしょうね。バリウム飲んで排泄に苦労するよりはましって人は、居るかもね。実は、私が胃カメラにしたのは、もうずいぶん前に職場の検診で、「胃ガンの疑い 要精密検査」って言うのが有って、その時に、個人の医院で胃カメラを飲んで以来ずっとなんです。毎回、バリウムで次に胃カメラなんだったら、最初から、胃カメラでしょう?でもね、この今回も受けに行く加古川のウェルネスセンターの担当の医師が、初めて行った時に、ひどくて、二度と行くもんかって思えるような下手さで。。。それ以来、ここは避けていたんですよ。でも、あの胃カメラ苦手の元夫君が、最近では大丈夫で、マシになったって言うので、それで、受けてみることにしたの。。。神戸の病院に行ったり、姫路の病院に行ったりしていたけど。本当は姫路の病院で受けたかったのだけど、指定病院になっていなくて、無理でした。まあ、今日は、夕方までじらされた挙句に、やっと母の写真が妹から来て、病室内でも窓側にベッドが移り、明るい感じで、滞っていた排便も、大量にあったということで、ポータブルトイレもベッドサイドでいつでも使えるし、自力で排尿までできるおかげで、気力が回復しているようす。ベッドをできるだけ起こして、胸水が呼吸を妨げないように、姪がバランスボールを持ってきてくれたようで、良い塩梅に、身体が起きていた。後は、今から帰って、明日の13時30分に備えるのみだ・・・一応、9時までに、必要なサプリは済ませておいて、水は3時間前まで大丈夫って書いてあったから、まあ、導眠剤は、いつもの時間でも良いだろう。母の胃癌は、長い間受けていなかった健康診断で、たまたまの医師の勧めで受診して、それで見つかったのだった。父の時は、自覚症状があったけど、母には無かった。ま、私の胃潰瘍の痕跡って言うのも、大昔の胃潰瘍の痕跡だけど、両親が胃癌だっていうのは、動かしがたい事実だから、胃カメラは仕方ないかと、思っている。思っているけど、嫌なもんだなぁ。。。
2025年01月24日
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私の夢に、私の不安が反映されているのなら、そうかも・・・ヒメカツオブシムシが大量に発生していて、しかもでかい・・・一回目は寝てから3時間ほどで目が覚めたので、二度寝をしたら、合宿所の宿舎で、床からヒメカツオブシムシのようなしかもカナブンほどのも居るような成虫が大発生して飛んでいる夢だった。合宿所には、以前の同僚が、左右にもその向こうにも居て、左隣の同僚の女性が持ち込んだ寝具が発生源だったという夢だ。シュールな夢過ぎて、脳が疲れたので、トイレに降りて、もう一度寝なおした。とにかく、9時間は、関節を休めて、横になっておこうと思っているので、頑張って寝たおかげで、最後は、ちゃんと寝られて、都合7時間半は、寝ていると思う。関節は、消耗品だ。若い頃に無理をすると、報いが来るし、手入れが良ければ、長持ちする。わかっているけど、私の右の膝は、どうしても左の分の負担を引き受けるので、最近では、左にも分担してもらっている。すると、てきめんに、左も痛む・・・重たいものは持つなとか、体重は増やすなとか、色々と気をつけてはいるけれども、日常生活には限度がある。調理も洗い物も、立ってするじゃない・・・そして、帰省の度に、歩くし、荷物も持つし、心身の疲労はたまるし・・・今週は、ずっと肋間神経痛がある。神経性胃炎は膝を傷めた高校時代から、肋間神経痛もその後。今は、神経性胃炎が出ていないけど、胃潰瘍には、若い頃に罹っている。自然治癒しているけど、未だに、胃カメラで、毎回引っかかる。。。カツオブシムシって、幼虫はウールを食害するらしい。で、成虫になると、屋外に出ていく。時々、見かける成虫は、小さいけど、本当に不気味だ。実生活で大発生したことがあるから。輸入品の安物のラタンかなんかから、出てきたのが、一気に増えて、特徴ある幼虫から、次々に成虫になって・・・だから、悪夢にうなされるのは、40年近く前の経験に基づくものだ。昨日、やっと、胃カメラの問診票を書いた。そして、写真も撮った。一か月後に、同じ問診票で検査を受けるのに、いい加減なことがばれないように。。。人生は、多難だ。健常者にとってだって、多難なのに、生まれつきってものが邪魔をする。その上、高齢者になっている。毎日通ってくる蔵に「認知症にならない最高の習慣」と言う本があって、わかっているけど、どうしても改められないのが、導眠剤の服用なのだ。それ以外には、色々なことを、クリアしてるんだけど。。。あああ!寄る辺の無い身の行く末を案じてもしょうがないのだけれども。閑話休題昨日、イチゴ農家の子にもらったイチゴを元夫君にもちょっと分けてやろうかと思ったら、「わざわざ食べたいものでもない」と言うので、まあもったいないからやめようと思った。「すげない口調で済みませんね」って、後で言われた。ところがその後、「何か、見返りはあるのですか?」と、聞いてくるので、「はぁ???」って思った。「見返り???」って思ったことも無かった。そもそもの発想に、無かった。卒業生はプロの農家になったけど、普通に友達で、売れ残ったり、余ってるから、私を喜ばせようと、もってきてくれるのだ。この人の人生はそういう人生なんだなと、思った。私は、友人への行為に見返りを求めないし、まして仕事上なら、なおのことだ。相手が、何かを要求してくることも、考えたことはなかった。元夫君を、気の毒な生い立ちとは思うけど、根本的に、受け入れられない発想だ。。。本当に世の中には「下衆」っているんだなぁって、思い出させてくれる、身近な存在だ。
2025年01月23日
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直接会って、状態をわかっている妹と違って、離れてて、わからないから、不安が倍増する。それに、車で10分や15分じゃないんだから、体調急変とか、何かあったら、あらゆる予定をキャンセルしてタクシーと新幹線でって、なるじゃない。今週末の25日は、私は胃カメラの予定になっている。しかも午後の13時30分からの予定だ。これは、キャンセルが入ったから、そこに取れたので、本検診は2月の25日(奇しくも)一か月後の同じ日だ。昨日帰ったら、共済組合から特定検診の対象者だよってわざわざ追加の通知が来ていた。わかってるよ、忙しかったんだよ!しかも、肝心の胃カメラとか、骨粗鬆症検査とか、乳がん検診とかは、別予約の、別料金じゃん!まあ、毒づいてもしょうがないけど、母の状態が悪ければ、胃カメラどころじゃないし、元々、胃が悪いのは、胃潰瘍の治癒痕跡が消えないから。両親が胃癌なんだから、胃カメラしかないだろう???ってもんで、そんな今週末に向けての体調を気にしなきゃいけない時期に、私の睡眠薬を強いのにして、量を増やさなきゃ眠れないような、母の状態の不明さは、勘弁してほしい。「車で、10分なんだし、家族3人、一人も時間が無いわけじゃないだろうから、 急性期って言われてる心臓病の患者の家族なら、昼と夕方と、状態を聞きに行けるだろう。 それが、昼間行って、夕方には行かなかったってことは、必要を感じない程度なんだろう。」そうやって、自分に言い聞かせて、薬を飲んで、寝たけど、寝る前に、妹に、「会いに行ったら、声を聞きたがってるって伝えて」って、メールでお願いしておいたら、さっき、横に妹が居る状態で、母の携帯電話から、声を聞くことができた。母は、「きついんや」っていう。だるいとか、しんどいとかではなくて、きついんやっていう。呼吸がってわけではないらしい。食事もしてるらしい。ご飯は、美味しいと言っていた。トイレも、行ける限りは、行っているらしい。排尿はできるが、排便は、滞っているようだ。まあ、そんなことを、聞けて、ちょっとほっとした。閑話休題昨日の夜、8時前ごろに、「今日は早めに出て、もう一度、買い物に行こう」と思っていたら、卒業生のイチゴ農家の子から電話で、「今 どこ おる?」「いちご、いらん?」って。「嬉しい、いつものとこ、おるから、もらいにでるわ」って言ったら、予定の15分ほどで、待ち合わせの7-11に現れた。4パック入りの1ケースと、引いてきた大根1本と、蕪2つと、葉付きでくれた。「去年は、雹のおかげで、イチゴのハウスはボコボコで、張替に大損害で大変やった」とか、 白菜3反作っとったから、結構売れた」とか、いつものように話して、「ほんじゃ」って、去って行った。。。ADHDの仲間であり、ごく親しい友達であり、私が、ちょっとだけ、30歳くらい人生の先輩でもある。本当に共通の知人も多く、しかも、年齢は超越している。そう言えば、あいつの嫁さん、元の同僚だわ・・・そんなわけで、先週もらった大根は、おでん用に下茹でして、昨夜もらった蕪は、甘酢に漬けて、なんだかんだと野菜を買わずに生きている。豪華すぎるデザートのイチゴが、待っている・・・決して、yumiさんの真似をして、おでんにしたわけではないですよ~~~だって、昨日の晩のうちに買ってきてあったんで。。。
2025年01月22日
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朝から、メールを2回送ったけど、返信が無くて、心配していたら、妹からのメールで、昨日は、写真でも元気そうだった母が、今日はげっそりしてて、なんかブドウ糖の点滴を受け入れている様子。しかも、療養病棟に移りたいとお願いしたら、お医者さんからは、まだ「 急性期 」だから、って言われたと、妹が。写真だと、すごく寒そうにしてました。昨日も、一昨日もそんなことなかったのに、先週の入院直後の悪い状態に、また戻ったみたいな感じで、ハラハラします。今日は朝から火曜日の玉子を買いに、「虫干し」のおじいさんたちもたくさんいるお店で、残り少なくなっていた155円の玉子を買いました。火曜日の11時半くらいまでが、おじさん&おじいさんの虫干しですね。同じ店とは思えないくらい、人出が違います。今日までが、5%offクーポンの使える日だったこともあるかも。それにしても、鳥インフルエンザが結構大流行してて、卵の価格を押し上げているらしいので、この値段も、いつまでかと思うけど、人手を見ると、そう簡単には、止められない企画なのかもしれません。先週の母の検査からの即入院に際して、妹は、延命措置をどうするか、「今日・明日」ってこともあるからって、主治医の院長さんに言われたって言ってて、私が土曜日に会いに行って、笑顔で会えるようにしておいて欲しいとは、その時に、私も、言いました。その後の、様子を見ていると、私は、母には生きる気力があるから、延命してもらうことになるだろうと、昨日、妹に、伝えました。心臓が、もう持たないというのであれば、仕方ないだろうけども、心臓に関しては、なんの積極的な手術も、母は、望んでいない。それははっきり、本人が言っていた。でも、実際、今日は、ブドウ糖輸液を受けているし、まだそうなっていないけれど、呼吸が苦しくなれば、酸素の吸入も受けるだろう。母自身が判断できる状態なので、直接、医者の口から現状を伝えて聞いてもらう方が、わからないでおろおろしている我々よりは、良いように思えるし、母は、まだ、今を生きることを、諦めてはいないと、実際に感じる。
2025年01月21日
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今日は、今までの帰宅よりも1時間早めの出発だった。妹の都合で、その方が、良いと言うので。まあ、ルートは、同じで、新下関から新幹線こだまで、小倉、小倉からさくらで折り返して、岡山、岡山からは岡山始発のひかりで、姫路姫路からは新快速で、加古川、そして、頑張って加古川線で駅からは歩いた。荷物は、行きよりは軽いから、まあ、大丈夫。そして、自宅までの10分足らずを歩いて、自宅の部屋の足元暖房を入れてから、蔵に来た。なんと、蔵の階段の掲示板に、2月15日の洗管工事の予定表が、貼りだしてあったのだ・・・いやいや、次回のお寺さんのお参りを2月16日にお願いして帰ってきたのに、15日の午前中が、潰れるなんて・・・アパートの部屋に外部の人が入ってきて、屋内の配管を洗浄する工事は、これで2回目になるんだけど、その日、その時間、決められた時に、居なきゃいけないから。10時20分から11時00分て、書いて、貼りだしてある・・・衝撃。一から、帰省の日程を組み替えなければならない。まじかぁ・・・工事の人が中に入るのも嫌なら、まして、帰省の予定の時間を半日分ずらす。。。せめて、1ヶ月前に通知してくれてたら、次回のお寺さんの日程・・・もう、遅い。妹に頼んで、夕方迎えに来てもらうことにして、乗り継ぎの予定を組んで。一応の妹の許可はもらった。後は、使っていない浴室と洗濯機用の配管の上に置いてある、家具や、その他もろもろだ。4階建ての1階だから、なぁ。。。上階からの排水管が屋内を通っている怖さもあるし・・・ま、決まっているものは仕方ないとして、諦めよう。詳細を聞きに、管理組合に、足を運ばなければ。。。一日の疲れが、10000倍になってどっと来るけど、半面、まあ、アドレナリンがどひゃ~んって出てるのを、感じる。全く、疲れているのに、それを感じる余裕がないくらい、衝撃度が高い。ま、明日からだ。今日は、帰って寝べし。ともかく、寝ろ!!!
2025年01月20日
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久しぶりに、結構続けて寝たな。途中目覚めたときもトイレに行かずに、もう一度寝たから、8時間半くらい。もうちょっとだけ、横になっていてもいいかぁって言うくらいのところで起きた。いつものジュースとサプリとで朝ごはん。サプリは、ほとんど年末に置いたままにしてきたもので、ジュースは、さすがに、もって来たものもある。なんでも常温保存ができるわけではないので、まあ、仕方ない。お供えの準備やら、持って帰っていただくお寺さんへの包みやら。頂き物のお年賀に日の持つ佃煮などがあったのと、頂き物のイチゴ1パックと。それを、準備してから、母にメールをしたんだけど、既読がつくのに、電話がかかってこなくて、数十分、待ってたけど、全然で・・・心配になったので、電話をした。だって、あのカーテンで仕切られた4人部屋で、一人で居たら、病状が悪化しそうだったから。そしたら、電話を取った、母が、今、昼ご飯中と言った。ちょっと安心しかけたら、「朝から大変やったんや」って。朝から、ご飯の後に、トイレで、吐いたり、利尿剤が効いてるから、トイレに行きたいのに、コールブザーで呼んでも、誰もトイレの介助に来てくれず、母にしては、大声で呼んで、なんとか、トイレに連れて行ってもらえたりが続いたらしい。施設では、自分で車いすでも、伝い歩きでも、歩行器でも、トイレに行けたのに、病院では、それがしてはいけないらしくて、スタッフさんに、頼らねばならないのに、人手不足で、それができないと・・・しかも、歩行器も、車椅子も、部屋の横に置いてあるのに・・・母の為のものだと思うが・・・ひとしきり、電話で話を聞いて、妹にもお寺さんの前に、それを伝えておいた。お参りがすんでから、先に、妹が、見舞いに行って、時間差で、夕方の最後の時間帯に私が行った。面会の基準は、まあまあ、緩かったと思う。母は、丁度、妹が言った時には、ブザーでトイレの介助を依頼したところで、比較的早く来てもらったようだった。私の行った時は、トイレ中で、一時間に1回のトイレって感じかなぁ・・・一応、白湯を作って、小さなペットボトルに入れていったら、母が欲しがったので、飲んでもらって、空になっていた白湯用の容器に、同じくらいの温度の白湯を汲んできておいた。今まで、いくら、水を飲むように言っても頑強に飲まなかったのに、白湯なら飲むのか。それとも、私がしつこく、言ってたことと、医師に言われたことが合致したからか・・・朝が、しんどいのは、身体を横たえるからで、電動ベッドを起こして、起坐位でいた方が、寝ているよりは楽だよって、メールで伝えて置いたら、電動ベッドが、そうしてあった。慢性の心不全で胸水が溜まっていると、45度くらいの角度が、呼吸の楽な角度。まあ、長い間、フレイルとか、サルコペディアとか、予防のために、散々言って聞かせたけど、なんも私の言うことを聞かなかったのが、今、こうなってみて、言われていたことがわかってきたのかもしれない。。。低アルブミン血症も。。。でも、まあ、今日は、左目が開いていたので、ちょっと昨日よりはホッとした。12月に、妹が眼科に連れて行くと言っていたのに、多忙で、行かなかったようで、右目は、逆まつげのせいか、目やにがひどかった。ぬるま湯で拭いてあげた。妹は、総合病院だから眼科もあるから、院内で見てもらったらいいと言っていた。ので、母にも、そう伝えたけど、それって、妹が担当の看護師さんに言うことかな?それとも、主治医(院長先生なんだって)に依頼することなのかな???治療と言っても、服薬しかないので、安静が良いのか、リハビリができるのかも不明だ。。。明日、妹に、駅まで送ってもらうので、その時にあれこれ聞こうと思っている。
2025年01月19日
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いつもより早起きして、ちょっと緊張していたせいか、眠い。いつもの時間に、新幹線の、予約の席に乗るだけなのだが、平日と違うので、予約席を確保している。外で並んで待つのは、寒いからだ。送ってもらう8時40分の時点で、元夫君の車のフロントガラスは、霜で、真っ白。アルコールを吹きかけておいた部分は、解けたけど、ハッチバックのリアは、白いまま。なんで、一応お湯も準備しておいた。JR神戸線は、家を出る前は遅れの予報は無かったけど、駅に着いたら、10分の遅れだった。で、新快速は10分遅れで、駅に先に止まっていた快速列車(普通列車)は姫路に先着とのこと。寒いから、迷わず、乗り込んだ。この10分の遅れでも、予約の新幹線に乗れない人が出るのだから、3本も前の列車と思わずに、早めに出ておくことは大事だ。姪が迎えに来てくれていた。ありがたい。そのまま二人で仏壇の花を買いに行き、家まで送ってもらった。仏花を整えてから、白髪染めに行き、その後、また、姪と二人で母を見舞いに。まあまあ、4人部屋でも二人だったし。何故か、入り口のスライドドアが開いていて、母が寒いと言うから、個室じゃないから、病院の管理基準があると思って、姪が頼まれて持ってきた上着のほかに、私の極暖のダウンジャケットも置いてきた。昨夜は寒くて眠れなかったと言っていた。母は、混乱していて、過去のことは一昨日でも昨日って言う。去年の入院中の個室の室温は26~27度にしてあったって言う。それは、真夏の7~9月の入院の時でしょう・・・トイレは部屋の前だけど、自分で行ってはダメで、車椅子をスタッフに頼まなければならなくて、頼んでもなかなか来てくれないとのことだ。施設では、自分で伝い歩きで行けたのに。それは、オムツに排尿してくださいってことね。リハビリパンツのレベルじゃなくて。でも、胸水を抜くための利尿剤のせいで、頻繁に尿意があるらしく、母にも、スタッフにも負担だろう。人手不足は深刻のようだ。1月4日は、あんなにも意気軒高だったのに、たった2週間で、また、一気に見るからに病人になった。。。前もそうだったけど、入院すると、左目があかなくなる。眼瞼下垂が重篤で、気力が無いと、見えないくらいあかないのだ。「病気」と言うよりは、すべてが「老化」であり、「経年的劣化」だ。母の場合、思い返すと、75歳からの劣化の進捗が著しかった。75歳って、あと10年もないじゃんって思ったら、ジュリーはすごいんだなぁ、って、改めて。。。ま、健康寿命と言うものがあるらしいから、母の場合は、知的には、一時的な混乱だと思うが、肉体的な衰えは、否めないだろう。足元を、自分の。しっかりとしておかないとって、思った。母の最初の骨折は、大腿骨の骨頭だった。じつに軽率な怪我だったが、この時も夜のトイレが絡んでいた。夜のトイレは、危険がいっぱいだってことよね・・・学びがあるわ。姪とは、仕事の話とか、なんで、医療事務がイヤかとか、話を聞いた。なんか、いつも、人生の選択において、失敗していて、選択そのものを避けている結果、今に至るって感じかも。まだ、30歳なんだし、いくらでも、この先の人生働かなきゃいけないんだから、なんか、割り切ってできる仕事を、見つけなきゃだよね・・・ま、専業孫って言うのも、おばあちゃんが生きててこそのことだからなぁ・・・およそ、なんか、面倒な、向き合わなきゃいけない人生の話をちょっと、してみた・・・いつか、どこかでしなきゃいけないことになるだろうからね。。。
2025年01月18日
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予約をしてもらった時には、こんなことになっていようとは、まさか思ってなかったけど、そして、丁度、帰省の日程も明日からにしてるんだけど、まあ、今年、誕生日が来たら77歳になるのかな・・・意識しての、ロックコンサートって感じでした。なんと、今日のフェスティバルホールが初日なんだけど、抽選で当たらなかった人も居たようで、去年も神戸国際外れたし、不思議な人気は続いているようです。今まで一緒だったメンバーは和さんも含めていなくて、去年からかのキーボードの人だけは知ってて、あとは、知らない人たちでした。でも、客席は、ジュリーさえ元気なら、私たちも元気って感じで・・・いろいろな曲を、懐かしい曲も取り混ぜて、ほぼ、ロック調でした。だから、皆さん、立ちっぱ。私は、席が良かったので、時々、畳んだままの椅子に腰をもたせても居たけど、それでも立つ感じだったなぁ。もっと年上の人たち、元気・・・今夜は、あちこちに湿布貼って明日の準備して、寝ます。明日は、朝から、帰省ですからね・・・会えないかなぁ・・・面会のことは明日、妹に聞いてから。。。
2025年01月17日
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元日の帰宅の時から、なんか、突然不調だった母が、色々と原因を自己分析していたが、全部外れで、鼻の穴が小さいとか、マスクが苦しいとか、口を閉じて食べてるからとか・・・それで、息苦しい!のではなくて、ちゃんと、あれこれ病名がついていました。・心臓弁膜症による胸水 これは、前の入院の時からあったやつですが・陳旧性心筋梗塞 これは、30日以上前に心筋梗塞を起こしたことがある。・うっ血性心不全 このせいで、突然息苦しくなるのね・・・なんでも、心臓弁膜症は、「もっと若い時だったら、絶対手術しただろう」と前の入院の時の担当の先生には言われていましたが、もう、そんな年齢じゃないし、要するに、心臓弁膜症で、身体の中の水が溜まるのが、何年か前から、右足の甲とか、左足にも少しあったのが、去年の入院中にずっと寝てた間に、足から浮腫みが消えて、全部胸に行った感じだったんですよ。それは、わかっていたけど、利尿剤で、治療してってことで、施設入所を優先させて、9月の頭から、4ヶ月で、やっぱり無理ってことで、2~3週間の利尿剤と強心剤での治療となりました。まあ、退院後は元の施設に戻れるようなので、できれば、リハビリもしてほしいんだけど。今は、安静みたいです。個室が空いていなくて、急性期用の4人部屋だったようですが、最初の部屋の人が、ずっと大きな声でうめいていて、耐えられなくて、すぐに部屋を替えてもらったらしいです。トイレも近く、入り口側のベッドらしいですが、車椅子でのトイレを看護師さんに頼まなきゃいけないらしい。せっかく、施設では伝い歩きと、歩行器とでトイレが使えるようになっていたのに・・・退行するかも・・・もう一つ、週末の帰省に合わせて、冷凍食品を注文してて、姪あてに、19~20に着くとの会社からの連絡だったのに、なんと、今日、到着したとかで。。。ニッポンハムの冷凍のチキンステーキ15袋も、妹の家ではなんとか冷凍庫に入れたらしいけど、びっくり!実家のスカスカの冷凍庫に入れて、妹の家にもおすそ分けって思っていたのに、なんで今日着く!しかも、昨日の発送連絡の時に20日って予定に変更になってて、それじゃ遅いってって、一旦ブチ切れてたのに、早まるって。。。驚きますよね。妹も、姪も。だって、帰ってから言おうと思って、何にも言ってなかったの。。。1月・2月の帰省中の買い物を減らそうと思っていたから。。。まあ、今日のせめてもの幸いは、母が、晩御飯の後で電話して来てくれることができたって。そして、入院自体が、これまでの繰り返した緊急入院じゃなくて、大事を取っての入院であったってこと。明日は、大阪に行く予定の日なので、帰省は明後日の土曜日で、お寺さんは、日曜日。で、月曜日には、もう戻ってくることに。インフルやコロナで、面会規制も厳しくて、週に1回、2人までで、30分以内らしい。だから、どっちみち、長居は無用ってことだろう。「今日明日に、万一の事態が起きたら、延命措置はどうされますか」って、担当の医者が妹に聞いたらしい。私が行くから、土曜日には、笑顔で会えるようにしてほしいと、一応は伝えたけどな。その先のことは、母に聞いてくれ!あ、妹の家の冷凍庫に、空きがあったことも、良かった・・・明日、実家の冷凍庫に運んでくれるらしい。9袋ね。6袋は、妹の家でどうぞ。。。明日の動線とか、時間とかまったく調べていなかった。これからだ。。。
2025年01月16日
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予約時間が3時だけど、3時にはもう前に5組くらいの患者が居て、診療は、短時間診療だ。一人一人の患者に、会計の度に、受付の掛かりの人が、お医者さんの入院が決まったから、3月5日以降は、代診の先生になるし、午前か午後かは、まだわからないと・・・6番目の私の頃にはもう、聞かなくても大丈夫な情報になっていたけど、実際、中に入ってお医者さんの顔を見ると、(医療用キャップで隠していた)頭髪に続いて、眉毛も抜け落ちていた。。。元々薄い眉毛の人なんで、あんまり印象かわらないけど。でも、食欲はあるのだろう、痩せてはいない・・・もうかれこれ何か月、あの、スタッフとの3時の診療開始前の口論の時は、まだスタッフにも言ってなかったのかな。。。先生もイライラしてて、スタッフさんの雰囲気もとげとげしい感じだったけど。その2か月後くらいに行った時には、医者の不調の為金曜午後は休診と貼り紙がされて、先生の頭には、医療用のキャップがつけてあった。。。ってことは、事前治療で、癌を叩いて、小さくなったので、切るってことにしました・・・かな・・・まあ、私の癌センターへの入院経験でも、そういう手順の人は結構いた。元夫君の腎臓みたいに、ロボット手術でっていうのは、7cmって、小さいからだったしね。色んなことを考えた。まあ、60%以上の日本人の男性は癌に罹患するんだから、問題は、いつなのかなってとこ。勤務医なのか、開業医なのかでも、違ってくるだろうけど・・・スタッフの人たちも、代診があるのなら、仕事はあるってことだな・・・閑話休題母は、昨日の検査の結果が、思わしくないので、明日、行きつけの病院に行くことになった。母にとっての「病院」は、そこしか無くて、総合病院で、父も母も何度も入院してきた。「情けは人の為ならず」・・・昔は国立病院だったのだけど、廃止になる時に、まだ若くて元気だった父が、存続運動の先頭に立っていた。陳情にも東京に何度か行っていた。結局、「国立病院」ではなくなったけど、「済生会豊浦病院」として、維持されている。此処より山陰線側には、総合病院は無いのだと思う。元々は、国の結核療養所だったところだから、由緒正しく風光明媚。長期の入院に堪えるような場所にある。津波が来たら、助からないような海辺だけどね。。。さあ、明日、担当の循環器の先生は何と言うだろう。母が、前に、「手術は91歳やからしたくない」って、言ってたから。。。今さら手術は無いと思うけど、じゃあ、どんな治療があるのだろう・・・7月の緊急病棟から、療養病棟に移り、「胸水が溜まっている」と言われたのは、8月だったか・・・思いがけないことの連続で、こっちが参ってしまう。妹と違って、私には支えてくれる家族は居ないので、自分がしっかりしなきゃって、思うけど。もともとしっかりとかきっちりとかができない生まれつきなのに、しっかりなんてできるか???って、65歳の今、思うのだった。。。先生の癌の部位がどこかはわからないけど、入院も、代診も、いつまでかはわからないとのことだった。神のみぞ知る。なんか、トルストイの短編集にそんな話があった気がする。
2025年01月15日
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火曜日なんだけど、いつもと違ってノウバイデイに。今週は、17日から、ジュリーや帰省やって続くから、もう、買い物はせずに。晩御飯を食べた後に、ふ~っと自然な眠気が来ることが有るんだけど、勿論、蔵でそのまま寝るわけにはいかないし、身体にも良くないから。でも、あの、自然な眠気って言うのは、夜寝る前に欲しいなぁって思う。お昼には玄米とかも食べるから糖質を摂るけど、晩御飯は、主として野菜とたんぱく質で、糖質は、デザートのわずかな量だけ。だから、糖質で眠くなるわけではない。コーヒーも、ブラック無糖で、昼は薄めのを食後に飲んでいるけど、晩は、デザートのほのかな甘みが引き立つように、普通の濃さで飲んでいる。同じ、深煎りの15g入りのドリップパックだけど、ちょっとした苦みが好き。これを飲んでから寝るまでに4~5時間もあるから、コーヒーで眠れないわけではない。そう言えば、最近、きちんとまた服薬するようになって、入眠は、難しくなくなってきた。日によって、3時間後や4.5時間後に目が覚めることはあっても、まあ、頑張って9時間は横になっている。合計すれば、7.5~9時間は寝ている。明日は、いつもの心療内科に、導眠剤を処方してもらいに行く日になっている。光陰矢の如し母の不調に、おろおろ・おたおたしている間に、気が付いたら、退職1年目が終わってしまうのではないか・・・何も片付かないまま、自分の貴重な人生の休日が過ぎていくような虚しさを感じる。今日の母のメールは、往診の有ったこと、採血があったこと、結果はまだわからないとのことと、マスクがイヤってことだった。世の中には、マスクが無くては生きていけない人も居る。若い子の中にも、心理的にマスクに依存している子も居て、コロナの前には、式典では外しましょうと、指導していたものだった。今は、自分を守るためにではなく、守るべき誰かのためにマスクをしている。マスクでは、コロナやインフルは防げないけど、人にうつす危険性は多少とも、短時間なら、減ぜられる・・・最近、知人が嘔吐がひどかったらしく、インフルB型かもって思ったけど、3連休で病院に行けず、もう、なんともなくなったって言いながらも、今日は、一応検査に行ったらしい。検査に行って、朝一番から正午過ぎまで待たされるくらい混んでいて、医者も大変だと言ってた。発熱外来も、一般外来も、行き来しながら、同じ医者が観てるなら、白衣なんか、ウイルスまみれだろうに・・・インフルエンザも、コロナも予防接種があるから、母は、受けてくれているんだけど、私は、もう、どっちも受けていないので、頼むから、野良コロナや野良インフルは来ないで。妹の主人みたいに、コロナもインフルも、ちゃんと職場からもらってくるってことが、現場の有ったころには、自分にも心配されたけど、今は、現場が無いから、私の感染があったら、それは、移動中のJR車内ということになる。前には、行きつけのスーパーが臨時休業だったことがあったが・・・あの時は、びっくりした。17日のジュリーの大阪は、本当に気を付けよう。昔東京でのジュリーの帰りに、インフルもらったからな・・・若くて元気そうな子で、すでに今期インフルA型に感染している子は、意外とマスクしてなかったりする。無知に起因するね。もう、今年はBが来てるんだからね・・・空費されていく、私の貴重な時間を、もっともっとのんびり過ごさせてくれ・・・1年間は、思い切りのんびりしたいからって、なんの予定も入れなかったのに・・・なんか、乾燥してるって思ったら、湿度が37度だった。気を付けなきゃ。。。室温は、18度です。今朝、暖房切って寝てたら、明け方寒かった。室温は10度だった。 暖房を切らずに寝ると、14度くらいは保てている。悩ましいが、自宅の寝室では、明け方の安眠の為に、暖房を選択すべきか・・・
2025年01月14日
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最後は、現場の夢だったけど、登場するのは最後の現場の元の同僚だったりするのに、出て来る場所は、その前の12年間居た職場だった。構造がまったく違う建て方だったので、そのあたりは変な感じで覚えている。でも、根性で合計で9時間寝て、間に一度トイレに起きただけで、身体を横たえていた。重いものを運んだから、数日は、股関節や、膝に負担が残ってはいけないと思っているし。重いものと言えば、思いがけず、昔の同僚から電話が有って、売れ残りの野菜を配ってるから、上げるわぁ・・・って。蔵の近所の農家さんで、ちょくちょくくれるのだけど、キャベツ2つに、白菜1つ、葉っぱ付きの大根2本・・・売れ残りとは言え、プロの作物。買ったら相当な支出だから、ありがたいけど、一袋に入ってて、重たかった・・・大根の内の古そうなのは、さっそく半分をレンチンで下茹でして、おでんに追加した。前にも、キャベツが高騰した時とか、持ってきてくれたし。冬場は、日持ちがするから結構ありがたい。でも、今週は、ジュリーやら帰省やらで、しばらくは使えなさそうだから、16日までが勝負かな・・・昨日も、母は、午前中体調が良くなかったらしいが、昼食後に面会に行った妹によると、昼には普段通りだったらしい。三夜連続で夢見が悪いからとか言っていたが、今日の夕方の妹からの報告では、新説(珍説)を母が色々展開したらしく、1,息苦しいのはマスクのせいだ。(みんなそうよね)2,息苦しいのは、鼻の穴が、人より小さいせいだ。(確かに母の鼻は低い)3,息苦しいのは、お祖母ちゃんに倣って食事中に、口を閉じて食べているから!!! (私たちが子供のころから、口を閉じて食べろって、言ってきたじゃん!)とまあ、なんだかんだと、本当のところは、コロナやインフルの大流行中の施設で、不安感が大きいからじゃないかなって思うんだけど。胸水が溜まっているのとか、心不全が起きてるとか、年齢相応に色々とあるだろうけど、なんせ、理学療法士の人が年末に退職してしまい、歩く訓練ができなくなっているから、それについても、不安があると思う。なんでもかんでも不安だらけだ。母は、まだ、91歳。お祖母ちゃんが、自宅で、骨粗鬆症で、急に立てなくなったときは、96歳だった。それまで、お祖母ちゃんは、自分の足で歩いて、トイレにも行って、(説得してリハパン使ってもらったけど)ミストシャワー浴もできるリフォームしたお風呂にも、介助無しで入っていた。耳は遠かったけど、食事も一緒に、自力で、できていた。祖父の後妻さんだったから、子も産まず、苦労も多かったけど、実は赤の他人の私の父と母とに、最期まで面倒を見てもらい、介護と看護の為に、最終的には、養子縁組もし、色んな手続きがスムーズにいくようにしたのだ。他人もままだと、入院や入所も大変だから。65歳の私からして、こんなにも不安だらけなのに、お祖母ちゃんは、最後の最後まで、生まれつきの股関節脱臼やら、足の不調やらを抱えつつ、頑張って生きてたなぁと、思うのだ。閑話休題今日は、ノウバイデイだったのに、家にお茶を入れた冷水筒を忘れてきて、蔵についてから、また取りに戻って、本当に間抜けだった。往復のガソリン代は、まったくの無駄でしかない。「ヒョイと置く」が一番いけない・・・これを深く反省した。なんといっても、取りに戻ってから、次にはそれを、自分の動線から探す時間がかかったのだ。普段置かない場所に、「ヒョイと置く」ことで、目に入らず、探すのにも苦労した。65歳で、こんなに耄碌してたら、これからどんな毎日が待っているのかと、それこそ夢見が悪いわ・・・父は、自分に癌があることを知らなかったが、糖尿病では苦労したので、私にも糖尿病には気をつけろと言っていた。気を付けている。母も胃癌で、父も胃癌で、私は、当然、胃癌検診は胃カメラで受けることにしている。なんだかなぁな、検診の問診票も届いているし・・・胃潰瘍の自然治癒した痕跡は消えないので、受け続けるしかないだろう。。。胃カメラは、1月25日の土曜日の午後13時30分からだな・・・思うだに、胃が悪くなりそう・・・上手で親切なお医者さんにあたりますように・・・
2025年01月13日
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まあ、買い物を計画的に動線に従って動けるのは、ありがたい。雪とか、強い風とか、雨とかなくて、時折日の射す買い物日和であった。午前中はしたいことを済ませてから、午後になって、買い物を兼ねて家を出ようとしたら、丁度、昨日注文したamazonの書籍が、早くも届き、駐車場で受け取ることができた。大谷君のロサンゼルスタイムズの記録集だ。これが、今度の帰省の道連れになる荷物だと思う。その前に、朝のうちに、ヤフオクで落札した靴の中敷きが届き、ヤマトのメール便だったので、チャイムは鳴らず、替わりにメールが入っていた。早速家の冬用の室内履きの中敷きに入れて使っている。そう言えば、昨日は、朝から、いっぱい荷物が届く日で、大変だった。朝一番に、カタログハウスのクコジュースが、3本入りで1箱。玄関わき。次に、また玄関わきに、にサントリーの荷物が2箱、これも朝のうちに回収できたけど、夜に帰ったら、お米が25kg入り(5kg×5)のが玄関わきに届いていて、もう、私には、箱ごとは、動かせなくなっていた。で、玄関を開けて、箱から5kgずつ運んで、所定の場所に移した。だから、結構、右の股関節に負担があった。ところで、その玄関の中には、満中陰志のカタログから選んだ芦屋のお菓子屋のお菓子の箱が届いていて、なんとも、荷物の多い一日だったのだ。元々、奇数月の11日には、色々と届くようにしてあったのが、仕事をしていた時からの経過で、その後も、色々と変更はありつつも、なんか、11日になってしまった。まあ、いいさ。何とか、米は5袋とも運び込めたし。。。でも、次からは、20kgまでにしようと思った。こんなものが持てないって言うか、持つのが怖いって思うのが、嫌だから。。。勿論、米は、値上がりしているし、去年は、11月から。そして、配送料も。。。年金は上がらないけど、物価は上がる。これは、受け止めるべき現実なんだな。。。さて、まあ、話を今日に戻して、大谷君の記録集は、届いたけど、開けないで取っておいて、旅のお供にするってところから。実際、年始の戻りの新幹線の中でも、そうして過ごしたし。昨日の母とのやり取りがあって、今日も、晩御飯後の7時に、母に電話をかけた。3夜連続で、変な夢を見て睡眠不足で、朝ごはんが食べられなくて、部屋で朝の内寝ていたと、母が妹に連絡したらしく、妹が心配して、母に昼間面会に行ったらしい。でも、午後には体調が戻っていて、大丈夫そうだったとのことで、初日は、煙に追いかけられて逃げる夢、二日目も、一人で怖い思いをする夢、三日目の今朝は、軍歌が3つ頭の中でずっとかかっていて、一人で行き先もわからず旅をしている夢だったと。年始に帰ってきたときに、古関裕而の「露営の歌」を姪に調べてもらっていたから、その影響か。母は、7月の入院までは、10時に寝て5時25分に起きると言う規則正しい生活だった。途中で2回ほどトイレに起きても、また、すぐ寝ていた。それが、入院生活で、破られたと、言う。なんでかって言うと、入院中は、看護師が夜中におしめを替えに入ってきて、睡眠のサイクルが狂ったと言うのだ。人のせいにしちゃいけないよ~そもそも、最初は、痛くて眠れてなかったし、自分では立ち上がれず、おしめも取りかえてもらう必要があったのは、2ヶ月足らず。入院期間自体は、7月初旬からの2ヶ月と数日、70日足らずでしかない。9月当初に、今の施設に移ってからは、夜間にオムツを取り替えてもらったりしていない。もう、4ヶ月自分のサイクルで、睡眠をコントロールできているはずだが、毎食後、朝寝て、昼寝て、晩御飯の後も寝て、ずっと寝ているから、夜に熟睡できないのは、当たり前だ。しかも、トイレに起きるために、夜中も電気を明るく点けたままにしてるから、アイマスクをしても、起きた瞬間から昼の明るさ。浅い眠りの中で、圧迫感のある怖い夢を見ているのは、不安が大きいからだろうが。同じ施設に長く住んでいる人からも、夢を見てるのは、眠れてるからだよって、言ってもらったらしい。全く持ってその通りだと思う。毎食後に安静にするのは良いけど、座ってできることをもっとすべきだと思う。閑話休題買い物日和なんだけど、買い物は、ちょっとずつ。ただ、そのちょっとの買い物も、本当に野菜の値段の高さに驚くばかり。。。今日は、いつものスーパーが5%offの日で、いつものスーパーにも、山の上にも行ったけど、ひるむような値段の野菜を前に、「なんでもたかいわぁ」と声が出た。。。ため息も出るわ・・・キャベツとか、白菜とかって、球で買う方が日持ちもするし、一気に家族で4分の1とか2分の1とかを使うことができない以上、買えるのは、球なんで、キャベツにした。地元の農事組合ので、1球498円だった。ブロッコリーも、同じところで298円。298円は高いけど、他産地からのものに比べて、良い状態だった。なんかなぁ、26年も贅沢三昧だったから、野菜の値段に、まして、冬野菜・・・いつも捨て値で買っていたんだなぁと、そこだけは、懐かしむ。。。なまじ、目が肥えているから、余計にだ。ま、今日は、遅い晩御飯を終えたら、おでんに牛肉を足して、ちょっと炊いてから、帰ろう。今は、赤魚の西京味噌漬けをオーブンで焼いているところ。。。貧窮問答歌じゃないけど、「如何にしつつか 汝が世は渡る・・・」って思います。すすっているのは、お茶ですけど。。。
2025年01月12日
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取り敢えず(人生はこの言葉で成り立っているが)まあ、今月分の必要経費を銀行から銀行に移し、生命保険料と、カードの引き落としには対応できるようになっているはず。なっていなかったら、月末までに、追加で入金だな。。。共済組合からの通知で、健康保険料をどうしますか???的な、でかい封書が。まあ、一旦退職して再任用になってから、給与は下がっていて、年金生活になっているのと、自分名義の固定資産税とかがあるから、意外と国民健康保険料の方が、まだ、高いって言う試算があって、令和6年の1~3月分の給与所得と、年金収入と、固定資産税とを入れると、「加古川市だったら、国保料はこんくらい!」って言うのをやってみたら、高かった。yumiさんに聞いた話だと、おそらくは、定年退職直後と翌年との差が結構あるケースで、私の住民税の算定基準や、介護保険料の算定基準から行くと、なんだか、もう1年は、共済組合にお世話になった方が良さげだった。色んな制度の変わり目で、振り回されている感じがする。けど、まあ、もし、60歳で辞めて5年間無年金だったら(実際には特別支給のが2年間)取り崩す退職金と、給与所得との差額は、1000万円超だったから、5年間は、我慢して青息吐息でも働いていて、良かったと思うことにする。まあ、元夫君は、60歳から年金有ったし、退職金から好きに使える500万円も渡してあったし、本当に放埓に犬飼って、生きてたけど。65歳の私の目の前には、74歳の癌の老人と、91歳のヨロヨロの母親とが、あるばかりだ。夕方妹からlineメールが入って、施設から、母親の不調を伝える電話があった由。で、3時に面会に行ったとか・・・私に毎晩9時に電話やメールをするのは、母の負担のようだから、もっと早くに私から電話をしてくれと言うから、7時になるのを待って、母に電話をしたら、いつもの元気そうな母だった。二日続けて、怖い夢を見て、睡眠不足で、朝からふらついていたとか・・・妹は、朝ごはんの前に、トイレで動けなくなったと聞いたとメールをよこしたけど、母は、睡眠不足で朝ごはんがほとんど食べられず、洗面所で手を洗おうとして、膝に力が入らず、立てなくなって、職員さんを呼んで椅子を持ってきてもらったというのだ。。。真実は1つだが、語られる事実はすでに第三者を介しているから、妹の方が深刻で、母は、「睡眠不足と、食欲不振とで、立てへんようになったから、 お昼ご飯は、ちゃんと食べたし、晩御飯もちょっと残したけど、食べた・・・」とのたまふ。まあ、母の年齢の人は、寝るのに睡眠薬を使う人も多い中、母は、効きすぎるので、使えず、四六時中うたた寝してて眠りが浅いから、夢も、私と同様に怖いものだったのかもしれない。アメリカの山火事のニュースとか、高齢者を狙う犯罪とか、ろくでもない報道に、テレビで接しているから、怖い内容の夢を見るのかもしれない。でも、まあ、妹の心配をよそに、元気そうだったので、この電話を切ったら、すぐに、妹に電話してって伝えておいた。元々の妹のメールだと、3時に時間外に面会に行ったのは、施設からの連絡が心配だったからのように読めたが、母の解釈では、勤務していた愛着のある中学校の5年ごとの同窓会の寄せ書きを持ってきてくれただけ。でも、その寄せ書きが嬉しかったと・・・ずっと、出席していた同窓会だったからね。。。5年前も、私に手を引かれて、下関に出かけたし・・・私は、終わるまで、会場のロビーで待っていた記憶がある。。。私とは違って、母は、そういうのが、大好きな人だから。今回は、参加できない母の為に、寄せ書きをもらって、さぞかし、丹念に読んでいたことだろう。心配して、損した・・・ってところか。今の家の維持管理費とか、全部、母の通帳から出ているので、元気で長生きしてもらわないとね。電気も水道も、サニックスも、浄化槽の管理費も・・・閑話休題靴下と下着以外は買わないと思っていた、衣類を冬休み中に買った。寝間着替わりのダウンの上着を2枚。これって、費目としては、被服費だよね。いくら寝間着とは言えだ。下着と靴下は、まあ、当然買い替えるにしてもだ。。。靴も、そろそろ買い替えだな。いや、買い足しというか。冬用の足回りが、必要になっている。仕事しないと、やれ北海道だ、信州だ、石垣島だ、台湾だとか、ならないから、家と蔵、家と実家との往復だと、どんなみすぼらしい格好でも平気になってしまう。コロナのおかげで、葬儀に出なくて済むようになって、礼服も着ないし、式服も1枚きりだし。痩せたから、前のやつも入るし・・・時代遅れとか、流行遅れとか、気にも苦にもならないし・・・ただ、夏は少しでも涼しく、冬は、着こんででも快適に・・・夜さえ、ちゃんと眠れれば、それで、他は我慢できる。昨日も、元夫君のがん検診について行って、思ったけど、目の前のよれよれの高齢者たちにも、達者でおしゃれにしていた時期があって、いつの間にか、こんな病人になり果てたのだ。病人 × 老人 = 将来の自分 なんで、老人は、仕方ないけど姿勢よく歩きたいし、病人も仕方ないけど、できる限り、人の手を煩わせたくないし・・・癌の手術での入院の初期やら、初めての1ヶ月検診やらの頃に比べて、元夫君は、ちょっと、殊勝に、謙虚になってきている。イライラしても始まらないこと、いつか車椅子を押される人になることを、学んでいて欲しい。。。妹のメールでひやひやしたけど、なんのことはない、母には母のペースがある。そして、この世の中に、死なない人は居ないのだ。盛者必滅 会者定離 諸行無常 厭離穢土 欣求浄土 愛別離苦 怨憎会苦 求不得苦 五陰盛苦もう一回、怨憎会苦・・・
2025年01月11日
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昨日の奇跡のような「9時間寝」と違って、一旦、4時間半で目が覚めてトイレに行き、そこから2回起きつつも、「9時間寝」を達成。朝、先に病院に尿検査や血液検査を受けに行く元夫君に、「前の健康診断の心臓の大動脈瘤の診断とかの結果を持って行った方が良いよ」って声をかける時間的余裕がありました。私が出かけたのは、10時15分で、元夫君の診察時間の予約は10時半から11時の間。でも、11時になっても音沙汰なくて、血液検査が混んでいたから、その結果が来ていないからだとうと、本人が言ってました。県立病院は山の上って言うか、山の上のスーパーの向かい側に有ります。だから、雪が残っていたら、嫌だなって思っていたけど、道は大丈夫でした。日の当たらない北向きの斜面はしっかり前日の朝の雪が解けずに残っていたけど。10時半近い時間から、30分以上、元夫君と並んで座って、待ってるのって、周り中が病人とその家族の中でも、変な感じです。でも、よれよれの高齢者がよろよろと家族に支えられているのを見ると、元夫君が、最近になって、気が弱くなっているのが、わかります・・・今日は、CTではなくて、その場でエコーをかけての検査でしたが、珍しく、彼の主治医にしては、和やかな感じでした。良い結果だからでしょうね。ついでに、先だっての心臓の大動脈瘤のことも診断表を見せながら聞いたけど、「大きくないし、今は心配ないよ」って、すぐに言ってもらえて、ちょっと良かった。ホッとしました。なんせ、80歳で、隣保長をするって言ってるから、それまではまあ、生きておいてもらわないと、私がする羽目に・・・帰省してる間に亡くなって、変死体を発見するのも、嫌だし。お友達のご主人は、自分の借りてたアトリエの中で、大出血して死んではったから・・・それは、それで、面倒なんで、元夫君も亡くなる時は、病院でと、思っている。それはさておき、まあ、順調に癌の手術後は推移しているので、会計とかを自分でしてもらって、私は先に出て、ヤクルトの店舗に行った。BF-1 とミルミルSとを買いに。健康のお守りみたいなもので、胃にはBF-1 大腸にはミルミル。ミルミルSには、さらに葉酸とかも入っているし。本当に、近くて良かった。。。さて、そこから、一旦帰って、お湯を準備してスクリュー式のタッパーに入れ、懐炉代わりに。水筒には冷茶を入れ、飲むときにレンチンしている。今日は、昨日の続きで、おでんに追加を投入して、食べるので、いつものスーパーに、調理済みの牛スジを買いに行った。勿論、安くなっている商品があれば、それも買うつもりだったけど。。。今日は10日なんで、ちょっとだけポイントが多めにつく日で、12日の日曜日が、より安い日。。。安いと言っても、山の上の方が安いものも多いけど。まあ、30%off狙いの年金生活者にとっては、痛みを伴うガソリン代を取り戻すには、相当安くないとだめなんだよね・・・オイコスは、3個で398円でした。でも、無糖は売ってなかった。取り敢えずは、今日と明日の食べ物を仕込んで、蔵に向かった。昨日の晩のうちにちょっとだけ、炊いておいた蒟蒻と下茹で済みの大根とごぼう天に、今日は、牛すじ肉と、厚揚げとを足して、軽く火を通して放置。後は、3連休中にちょっとずつ食べていけばいいもんね。。。世間では3連休なんだなって、思いつつも、私には連休明けの水曜日の通院まで予定はなく、15日からは怒涛の週明けまでの予定が入っている。「今朝」起きて、「今夜」寝る。って言うのは、かつて、夢物語だった。「明け方に寝て、昼まで寝てる」っていう勤務中の自堕落な休日の生活が、改善されつつあるのは、毎日が休日になった私にとっては、進歩。。。昼寝をしないのも、その「今夜寝る」ためには、重要なポイントだ。正月に、チャレンジした「薬に頼らずに寝てみる」は、時期尚早だったようだが、今は、なんでもいいから、今日中に寝てしまうを頑張っている。今日の母からのメールは、「入浴で疲れているのと、明け方の夢で煙に追われる夢で疲れて・・・」って、要するに、早く寝てしまいそうだということだったので、「早く休んで、おやすみなさい」と返信したら、すぐに「おやすみ」と返事が来た。入浴は、実際、母の体力を奪うのだろうと思う。30kgで、体重が4kg戻ったと言っても、まだまだだし。外気温は、母の内臓を直撃するから、一昨年もその前の年も、寒くなったころに消化器官が不調だった。去年は、秋からもう竜宮城(ケアハウスを私はこう呼ぶ)に入ったので、気温に起因する不調は無かった。さて、元夫君の次の検診日は、4月、手術から1年だ。4月11日と、医者は言っていた。予後も良く、生活も食事を中心に改善されて、まあまあかなぁと血液検査の結果とか・・・なんだろう。高くても、ブロッコリーを欠かさずに食べているし、果物と言えるかどうかは、疑問だが、おなかいっぱいまでバナナは食べている。まあ、朝夕の納豆卵かけご飯との組み合わせも、酢タマネギも、飽きずに続いている。昼は、若干高脂質なものも摂るようだが、良いんじゃないかな・・・と思っている。だから、今、気にすべきは、自分の膝関節の保護なんだなぁ・・・勿論、感染症対策もだけど。さ、帰って、寝よう。氷点下になる前に。
2025年01月10日
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今日は、山の上にプリンを買いに行くつもりだったが、朝から、元夫君が、年末に頼んだ洗面所のパッキングの取り替え作業をするって言うから、その終わりまでは、取り敢えず、居た。居て正解で、なんだかんだと不調で、途中で工具を買い足しに行ったり。。。2階の自分用のだけまず先に完了して、1階の共用部分は、壊しただけ、みたいな感じで不貞腐れて終わりそうだったので、「使っていない温水用の水栓と取り換えては?」と提案したら、それが、うまくいったようで、「大成功」とのメールが、しびれを切らして買い物に出た後で、入った。まず、自分用のを成功させて、要領は掴んでいたようで、後は経年劣化との戦いだったのだけど、我が家の設計上、風呂を追い炊きすることを優先してガスの位置を決めてあるので、他の給湯用の水栓は使っていない。水用の水栓と違って、経年劣化していないはずなんだけど。それでも、一階の方は、取れなくて、二階の元夫君用の洗面台から外したらしい。まぁ、建築後まもなく40年という家だから、あちこちガタガタだ。でも、まあ、今回は、彼の努力と、私の助言を受け入れた姿勢を、評価しよう。だって、こんな工事でも、人を頼めば、おおごとだし、それなりの支出だ。2階と1階と、二か所ともうまくいって、上機嫌なメールだった。私も、ホッとした。彼の癇癪に付き合わなくて済んだから。ASDの癇癪は、非常に暴力的な破壊行為につながることがあるからね。で、私は、プリンが売っていなかった山の上をあきらめて、そこでは出来合いのおでんと、オイコスの無糖と、追加用のおでん種を買って、仕方なく、いつものドラッグストアに、プリンと、無糖炭酸水と、アセトアミノフェンとを買いに。もう、メニューも、yumiさんのを参考にできて、助かっている。。。追加用には、たこぼっくりをかった。たこぼっくりは、焼いて食べてもいいし、それ自体に味があるから・・・煮込み時間を省略できる = 省エネ。朝は、積雪だったが、その後は晴れて、寒い一日で、夜9時ですでに0度。。。なので、自宅のおんぼろパソコンで、このブログは打っている。部屋を暖めないと、眠れない寒さになるから。今朝は、奇跡のように、9時間寝た。一度も起きずに。。。本当に奇跡。寒くて、目が覚めたら、9時間経ってた。。。自分の布団って、ありがたい・・・これが、毎日なら、どんなに幸せだろう。。。ささやかな望みなのだけど。
2025年01月09日
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昨夜から、寒すぎる。。。気温が上がらないって言うか、日々低下して行っている。寒いと、活動性が落ちるし、メンタルも縮こまる気がする。昨日の晩の八時過ぎに、妹からlineのメールが入って、「お母さんが電話に出ない」って。。。すごく心配そうだったので、「お母さんは、この時間は居眠りしていることがままあるから、 施設の人に確認しに行ってもらったらいいよ」って返信した。父の時も、定時の9時の電話が父からかかってこず、私が心配してかけても出ず、妹に頼んで施設に連絡して見に行ってもらった。その時は、父は、意識を失って寝ていた。ただ、呼吸はあったので、施設の人は、「寝てました」で、済んだ。翌朝、妹の家族と、母が駆けつけて、見守る中、ちょっと目を覚ましたけど、そのまま、父は亡くなった。。。まあ、父は多臓器不全で、医者からは生きているのが不思議って言われてたから、ある程度、覚悟はできていたし、丁度、直前に幼少期を一緒に過ごした親戚が、青森から来てくれて、樺太での子供時代の思い出を話し合った後だった。だから、予定のラテン語の翻訳も済んで、国立国会図書館に納本できて、子供時代から、生まれ育った樺太への叶わぬ思いも「むすぼほり」を述べて、あらゆる現世の思いを果たして、家族の見守る中で亡くなったと思う。ところが、母の方は、そんな感じじゃあなくて、本当に、単純に、毎食後の休養で、座ったままとか、寝てしまっていたのだ。その上、妹もかなりボケてて、前夜から4回かけた電話は、全部、実家の家電だったらしい。だから、母は、妹からの電話は、知らぬことだったようだ。ただ、いつもの9時までの私へのメールを忘れて寝てしまうところだったので、施設の職員の人に起こしてもらって、それは良かったんだけど。母の日常で言うと、火曜と金曜とは、朝に入浴があるので、かなり体力を削がれている。正月の3日も、金曜日で、昼食の後、2時間、寝たから。1時から3時まで。それで考えると、まあ、単に草臥れて寝ていたのだけども、妹は、父の時のことがあるので、心配したようだ。私は、妹の認知機能の方が、心配。。。って、笑ったけど。そして、その後の、母からのメールでは、そんなことには全く触れていなかった。インフルエンザにかかる人が減ってきたとか、理学療法士さんが、年末で辞めて残念とか・・・そんなことを書いてよこした。自分がうたた寝から座ったまま熟睡していたことなどは、おくびにも出さない。。。母の居室のエアコンの設定温度は、夜でも27度って言ってたから、まあ、寒くて目が覚めるってことはないだろうけども。家の食堂でうたた寝をした時は、「寒い」って、一旦目を覚まして、ひざ掛けをかけなおし、上着を羽織らせたら、また、寝たな・・・入浴は、本当に体力を使うんだなって思ったもん。本人は、入浴が好きで、喜びなんで、浸りたいんだけど、浸ることで、奪われる体力は、倍増するんだよね・・・ま、そんなことが、昨夜はあったけど、今日も、無事にうち過ぎている。今日、ちょっと長めに効く導眠剤で寝たので、寒い中、何とか9時間寝を寝られて、トイレは明け方の1回。長く寝るために、早めにトイレに行った感じで。無駄な抵抗はやめて、「導眠剤と縁を切るのは、もうちょっと日常が落ち着いてからでいいかぁ」と。自分を甘やかすことにした。それに、寒さも悲惨で、今夜から明朝は氷点下とか言ってるし。「良い眠り」を眠ることに注力したいと思う。卒業生の新米ママさんは、暮れにパパさんと、続いてベビたんとが、コロナになったらしく、本人は大丈夫だったので、不顕性感染だったかもしれないと、今日、会った時、言ってた。朔日に、彼女の実家に電話をかけた時、お兄ちゃんが電話に出たけど、彼女は出なかったから、きっと一家で感染してるって思ってたんだけど、まあ、パパとベビたんだけで済んで、良かった。一家三人で、実家には帰らずに過ごしていたらしい。今日は、農家さんの直売所でイチゴを買ったから、って。実家に送ろうとしていたので、いやいや、もう、こっちだからって、貰いに行ったわけで。プロの介護福祉士で、色々な勤務経験のある彼女は、感染症対策も、ちゃんとわかっていて、まあ、大丈夫だろう。私も、まだ、新幹線で戻ってから3日目だから、インフルとかのA&Bの可能性あるからって、マスクして、距離を取って、話して、イチゴをもらって帰ってきた。インフルのA&Bは、どうも1ヶ月以上はやくから感染が爆発して、収集つかなくなっている。Aに感染したあとでも、Bにも感染するから、本当に気をつけなければ。昨日、母にもそのことは伝えておいた。母は、今期も、コロナもインフルも、予防接種を済ませている。いや、私は、してないんで。。。注意しないと。連続して両方感染した子を、見て知ってるから。Bは、胃腸の症状が強く出るケースがあるから、吐き気と下痢とは、勘弁してほしい。免疫力を強化するには、睡眠と、亜鉛とビタミンDと、CoQ10と、田七人参で。一番は、やっぱり睡眠かな。。。うがい・手洗い・睡眠・そして、外出時はマスク。さあ、母からのメールも受け取ったし、帰って、早めに寝室を温めて、寝る用意をしよう。今日は、イオン銀行でお金をおろしたので、明日は、セブン銀行に入金に行こう。。。で、山の上に行って、プリンを買おうかな・・・あわよくば、他のなにか、安くなっていないかな・・・
2025年01月08日
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自分の家の、自分のベッドの、自分の布団の、ありがたいこと。まあ、少々の寒さは、寝られますね・・・で、朝起きて、今日が火曜日だって思いつつも、ヤフオクで年末に買ったツボきーくを、今日の午前中に受け取るはずって思って、それが着くのはおそらくギリギリだろうから、そこまでにできることはしておこうと、準備していました。で、今玄関に置きましたと、メールが入って、取りに出て、到着の通知を相手に送って、それから、買い物に。例の未選別卵の安売りの日ですからね。その前に郵便局にも、ちょっと寄って、振り込みをして、記帳もして、今年の3月末までの予算を考えて・・・3月末までに年金の振り込みは2月の1回だけだから、結構厳しい。年払いの生命保険の掛け金とか、1月4月だかに2つあって、1月の分を口座に用意しておかないといけないなぁとか。なんだかんだで、来年度からの1年分の健康保険料も用意しなくちゃいけないし。なかなかここからの半年間くらいは、厳しいなぁ。まぁ、買い物をして、残り少なくなった卵のパックを手に取って、ニラの値段に驚いて、色々と学びの多い2025年の私の初買い物でした。朝から、元夫君がブロッコリー298円を2つ買ってきていたので、大体の相場はわかっていましたが、本当に、野菜、高い。まして、ニラなんて・・・で、ニラは、止めました。明日、貰い物のキムチでキムチ炒めをしようと、思っていたのですが、ニラが高いままなら、白ネギの青いところだけ。使うことにして、何にしろ、今日は、ニラはやめました。yumiさんなら、冷凍ニラだもんなぁって思って。明日の選択肢には、冷凍ニラも考慮に入れなくては・・・キャベツが高いのは、ずっとニュースで見てて、知ってたけど。ニラまで高かったら、ちょっとね。その後は、蔵に来て、文字通り、ごそごそしていました。なんせ、寒くて。室温が18度からなかなか上がらないし、20度とか、行かなさそうで。。。寒いと、トイレが近くなるし、そうすると、余計に寒いし。悪循環ですね。悪循環やぁって思いながらも、トイレには行かないわけにいかないし。yumiさんが、九条武子様のことを書いておられたので、大学時代の佛教讃歌を思い出していました。この九条家と皇室とのご縁で、本願寺は、非常に家格が上がった感じです。江戸時代の武家社会では、長い間、低く扱われていたのが、大逆転!!した感じですよ。日曜日以外は、毎朝、大学の寮で御仏参があり、仏教讃歌も歌うのですが、九条武子様は、なんせ、歌人として一流の方でしたし、「聖夜」を歌うときも、作詞者のところに目が行ってました。あの本を失くしたのは、実にもったいなかったなぁと、思います。さて、蔵も寒いけど、家はもっと寒いだろうから、早めに帰って、温めなくては。日常に回帰するには、非日常的な寒さが、邪魔ですが・・・
2025年01月07日
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いつもと違って、新下からこだま上りで、広島からは「のぞみ」号を使う帰宅で、あっという間に、姫路。で、よろよろよたよたしながら、帰宅して、移動中にメールをもらっていたので、ジュリーのチケットを受け取りに行きました。暗くなってからだと、道が工事中の場所でもあり、変わっていたら、わからなくなるかもって、不安があったので、早めに行ってきて、それから、もう一度帰宅して、元夫君にお節の転送の礼を言ってから、蔵に来ました。年末に帰省する前に届いたお歳暮のミカンがあったのを、結構毎日食べてくれていたようで、半分くらいにはなっていました。6度になっている自分の部屋に感心しました。なるほど、これは、冷蔵庫なみやな・・・だけど、蔵の部屋は10度あったので、その差に驚く・・・まあ、今の蔵の温度は14度まで上がってきたけど、なかなか冷え冷えしている。昨夜は、すっかり懲りて、服薬して寝たので、ぐっすり6時間寝られて、トイレ行ってから、さらに3時間の「9時間寝」を達成できて、続けて6時間熟睡できた幸せって、嚙み締めた。脳の疲労度が違うもんだと・・・さて、寝苦しかった実家のソファーベッドの睡眠も、今夜からは、また自宅のベッドで。冷蔵庫並みの自宅の部屋は、夕方5時から少しだけ暖房をしてるけど、まあ、せいぜい上がっても10度から12度かなあと思っている。それでも、熟睡できるように、ベッド上の敷きパッドは、下半身だけは温熱できる西川のパッド。その温熱を強めに入れてから蔵に来たので、多分、幾分かでも、温まっているはずと。帰省中にNumberの大谷君の特集号を注文してて、ずっと届いてからも我慢してて、今日、帰省の新幹線で読もうと思っていた。だから、こだまの中でも、のぞみの中でも、全然退屈せずに、過ごすことができた。活字を脇目もふらずに読んでいる時って、そこが適温なら、大抵、幸福。ドジャースの一員になってからの大活躍だけでなく、大谷君だけでなく、記事の内容は、プロになって以降の彼の関係者や、取材者から、広く集めてあって、視点が多角的で、大抵は、ネットでも既に読んだ記事だけど、新幹線の2時間を快適に、過ごせた。その間の乗り継ぎもハラハラすることなく、時間的には余裕があって、そもそも、こだまは自由席だったけどすかすかの平日だし、広島始発ののぞみは指定席を取ってたし、早くから乗り込めて、ラッキー隣が来なかったし!姫路でも、始発で、座れたし、加古川線も始発駅だったから、待つ時間があっても、座れているから大丈夫。寒くないし・・・って感じだった。下関に比べて、明らかに、寒い! けど、まあ、結構な降り方で雨が降った後のようだった。ジュリ友さんが、「17日は自転車で行くけど、もしさっきみたいな降り方やったら、頼むかも・・・」って言うことだった。それくらい、がっつり、降った後だったってことだな。ジュリ友さんは、夫さんから、コロナを年末にもらっていたらしい・・・さて、明けて、1月、10日は元夫君の癌の術後の3ヶ月ごとの検診日15日は、自分の心療内科の通院日で、17日が大阪でジュリーで18日~20日がお寺さんのお参りの為の帰省、25日が、胃カメラで・・・来月の2月25日が、その他の健康診断日。勿論、2月には2月で、お寺さんのお参りの日がある・・・これから「12ヶ月の間に13回」帰省すると言う生活が何年続くかだな・・・自分の足腰の劣化・老化との戦いでもある。まあ、先月からのお試しのお参りやら、お試しの一時帰宅やら、母の気が済むようなお正月やったから、それで今は良しとしよう。姪との会話も、大体においては、私の老後の生命保険・医療保険等の請求とかの手続きを真面目に、お願いできた。あとは、保険会社の指定代理人などを、書き換える作業が残されているけれども。他に頼れる相手は居ないからって、私は前から思っているけど、去年以降、姪にも、そう思ってもらわないといけない深刻度が増してきた。姪も、今、自分の母親(私の妹)がその母親(私の母)の為にしている手続き類を、見聞きしているだろうし、現状、私には、他に頼れる手が無いことは、哀しいけど、明らかなので・・・帰省している間中、ずっと心が重かったのは、そう、わが身の老後を思うからなんよね。母の上に起きることは、やがてはわが身に起きること。そう思った時に、どうすべきかを考えるよね・・・そして、私には、不良債権が・・・う~ん。今日、一瞬見かけたときに、転送のお礼を言いながら、チクリと、「中山競馬してたやろ!」って言ったら、正解でした。12月28日ね。。。私のボケた思い込みと・・・競馬に夢中でメールを放置していた今年75歳になる元夫君と。まあ、転送に成功し、お節料理は食べられたから、結果オーライなんだけども。。。母は、好き嫌い激しく、哀しいくらい意志強く、せっかくのお節も・・・来年からは、単品で、母の好みそうなものを買うべしと思いましたね・・・冷たいことが、そもそも、気に入らないんだもんね。。。数の子は、好きだったなぁ。茹で海老も。ブリの焼いたんも。タイの焼いたんも。今回無かった筑前煮は、買うべし。合鴨のローストは食べそう。栗きんとんのトッピングの栗は、食べてたな・・・人の苦労も知らんとまぁ。。。
2025年01月06日
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調整日は、自分を緩めたり締めたりする、何も予定を入れない日。今月は、異常に忙しく色々な予定が次々に来たので、今日が結果的に調整日で良かった。勿論、チケットが取れてたら、今日五日の日曜日に帰るつもりだったけど、無理でした・・・で、明日という、仕事始めの日に、広島からの「のぞみ」のチケットを取って、そこまでは「こだま」で、ちんたらほい・・・なんだけど、昨日までの張りつめ方が異常で、昨日の晩、本当に寝つけなくて、やっと一眠りして起きたら、3時過ぎだったっていう絶望感。そこから頑張って、細切れにでも寝たかったけど、眠れなかった。諦めて、5時半に一旦起きて、パソコン立ち上げて、トイレにも行って、小一時間起きてて、自分でどうするか考えた。薬、今から飲んで寝るか、それとも、飲まないで寝るにチャレンジするか・・・飲まないを頑張った2・3・4日だったけど、前の2・3は、4日があるから頑張れたけど、4日は、もう終わった後で、心の疲労度が高すぎて、高揚と疲労とで・・・晩御飯も食べられなかったくらいだし、ともかく、一日何も無いから、今日は緩めようと思って、11時までは布団の中で、頑張った。12時間、前夜から経って、午前11時にやっと、起きられて、寒気があったので、身体を温めるために白湯を飲んだ。最初はちょっと熱すぎたけど、だんだんと、胃に熱い湯が少しずつ入っていって、着こんでいた上着を脱いで行って、白湯が、丁度のぬるさになったときに、その白湯でサプリをのんだ。あ、サプリの前に、緑の胃薬サクロンも1包飲んだ。長い時間、胃が、空っぽだったから、白湯と、サクロンとで、機嫌を取ってから、サプリを飲み始めたんだけど、白湯って、いうか、水でって言うか、サプリとか飲むの難しい。いつもなら、「つぶより野菜」のとろみで流し込んでるから、サプリもどんどん飲めるけど、とろみが無いと、本当に大量の各種サプリが、飲み込めないこと・・・びっくりする。でも、つぶより野菜を温める暇なく、白湯からいったから・・・サプリが終わってそれから、つぶより野菜をカップに半分入れて、レンチンして、冷たいままのを後で足して、スープのようにして飲んだ。熱くして飲んだのは初めて。。。まあ、これで、一日分の野菜を摂取して、朝食と昼食兼用の食事ってことで。たんぱく質とかは、BF-1とミルミルSと、森永のコラーゲンジュースで補給した。身体・内臓が温まってからね。洗濯して、洗濯物を浴室乾燥させたり、なんだかんだと、身体が動くようになってきて、夕方5時前には、毎日通っているお墓に、生花の水替えに行けた。明日の生ゴミ出しのこととかあると思っていたので、それを妹に頼むべく、連絡したら、今日も一緒にお墓に車出してくれると言うことだったので、助かった。お墓のお花は、天気が良く風が強いから、放っておくと、水が早く無くなってしまう。だから、毎日、水を家から持って行って、一瞬で追加して、ほんじゃ!って帰ってくる。妹は、車を出してくれるだけで、墓前に立つのは、私だけだけどね。西日を浴びる油谷湾(ゆやわん)の景色を堪能する短い時間。戻ってから晩御飯の支度をして、今日は、ちょっと晩御飯と言うか、固形の食事を。。。日持ちしない食材は整理されないといけないし。。。明日の戻りは、いつもの時間に姪が送ってくれるはずで、LINEで確認済み。雨の予報だけど、夕方には、上がっていて欲しい。JR神戸線は、今日も朝から人身事故で大変だったようだ。無事に動きますように・・・今夜は、ちゃんと服薬して、早く寝ようと思っている。18・19・20と、またお寺さんのお参りで帰省するし。17日はジュリーで大阪だし。25日は、(キャンセル待ちの空きが出て)胃カメラだし・・・一月、いきなり大変すぎた・・・有って良かった調整日。
2025年01月05日
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色々あったけど、メインイベントを無事に完遂できて、東京からの青学のイケメンと、大阪で社会人になってる強面のお兄さんと、呑気なパパと、素敵なママと、会えました。呑気なパパが、中国の大学から、日本の国立大学の大学院を受けるのを支援したのは、父が、胃癌の手術をした後でした。父が体調を整えながら、なんとか大学から中国に行く船に乗り込む一員になって、中国側の通訳だった彼のお父さんと知り合えたから・・・懐かしい若いころの彼の思い出は尽きないけど、広島大学の大学院に合格するまで、暢気すぎて、苦労しつつ、でも、行った広島で、私費留学生だった金持ちの奥さんと出会えて、ゴールインして・・・一人の青年が、一組の夫婦に増え、長男が次男がと年ごとに増えていって、次男坊も、去年から、青山学院の学生になって、東京暮らし。華やかな都会の生活を送りながらも、サークルやバイトに注力していて、3カ国語が普通に話せ、読み書きできる学生として、楽しめてるようです。。。一家四人が、全員、英語も中国語も日本語も堪能で、すごいなぁ・・・って思う。中国のママの方のおじいちゃんおばあちゃんが来日していて、3か月滞在と言っていた。広島での暮らしは、安定しているようで、パパさんは、刺激がないって言ってたなぁ。パパさんの方は、もう、両親も居ないし、家族は結婚してドイツに住んでいる妹だけかな???家族で帰化して、日本人になっているから、もう、中国には戻らない。日本での家族は、私たち。息子たちが結婚するまでは・・・長男は、アメリカの大学に行っていたのに、地味~に真面目な印象で、コロナで就職苦戦。現在は転職を真面目に考えているように見えた。次男は英語で学ぶのが売りの中国の全寮制の高校に行ってたのが、丁度コロナ禍中で、帰国もできなかったりしたけど、まあ、ゆったりと大学選んで、良かったなぁと。去年も、今年も、青山学院は、駅伝で名を上げてるから、適度にまじめで頑張る印象がついて、昔のようなチャラいアホ学のイメージが減少・・・色々と話を聞いていて、母が、ちゃんと聞こえてないこととかも、前もって言ってあったので、なんとか、嚙み合った感じかな・・・妹は、最初から、来てくれていて、やがて、妹の主人、最後に姪が合流。。。記念写真を撮って、父の為に焼香してもらい・・・1時間半の大団円。。。丁度4時まで。お仏間の父の写真を見せながら、今は亡き、パパの方のお祖父ちゃんとの出会いを話して、ちょっと、あんまり彼らの記憶に無いだろう、パパ方の祖父(日本留学の経験とかのせいで、文革の嵐で苦労して早くに亡くなった)との二人の出会いのおかげで、今の暮らしが有るんだよ~~~って感じで。一家を見送って、母を送って、お墓の花の水を替えて、帰宅したら、姪があれこれ片付けてくれてて、食洗器にかけるばかりになっていたので、お願いした。やり方も、教わった。見当たらなくなっていた充電式の電気行火も、発見してくれていた!!何週間探していたか・・・お礼に、私用にってもらったお菓子とコーヒーは、姪にやったわ!ホッとしたし、疲れたし、もう、姪が輝いて見えた!20250104任務完了!
2025年01月04日
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今日は、朝から施設で入浴して、11時過ぎに来るって言ってた。母の思っていることと、迎えに行く妹の思っていることが、30分ずれてたみたいで、入浴後の帰宅の準備とか、母の思っていたことと、ずれがあった模様・・・まあ、帰宅した時は順調だったんだけど、昼食も、昨日は、冷たいお節に、母の食指が動きにくくなっていたので、今日は、買い置きの冷凍のから揚げを一口サイズに切って温めたり、生みそのインスタントみそ汁も温かく・・・ご飯だけでなく、手順を考えて食卓を整えた。すると、母が、結構食べて、昨日の食べ残しが嘘のように、食べて・・・ご飯も全部食べ終えた。ところが、その後、母が、食後の安静タイムに、寝込んで、1時から3時過ぎまで、途中、トイレにも行かず、寝たまま・・・一度呼び出し電話が入ったので、トイレかと思ったが、違って、「寒い」って・・・寝入ってしまって、二枚もかけてあったひざ掛けがずり落ちてしまっていたから・・・で、ダウンのジャケットも肩に羽織らせて、ひざ掛けもかけなおしたら、また、折り重ねたタオルを額に当てて枕にして、寝てしまい、結局2時間。何度も、途中、見に行ったが、寝ている。そして、最後に見に行った時、「良く寝たわぁ。夢も見んかった!」って、私の心配は無駄だった・・・無意味に、心配したのに・・・能天気な。。。その後も、姪がやってきてくれて以降に、巨大な一波乱あったが、まあ、明日に向けて、良い薬になったろう。いや、なってほしい・・・妹の旦那さんも朝夕、来てくれて、母の、駐車場から玄関、上がりかまちをクリアできるように、力を貸してくれる。本当は、姪と私でもできるんだけど、母が幼児返りしていくので、靴が履けなかったりする。それを私がケアするから、妹の旦那さんが、ありがたい。二人で、母の乗った手押し車を持ち上げ、下ろす。玄関を出るとき、小さな段差を母が怖がって声を上げた。そう、逆向きにしないといけなかったのに、前向きに、出ようとしたからね。。。あれこれ、あれこれ、あれこれ、明日の為に。メインイベントだからね。。。明日、無事に過ごせますように。送って行ったあと、妹が、「お母さんの顔、だんだんお父さんに似てきた」って言う。・・・頑迷固陋・・・な老人の顔ってこと???
2025年01月03日
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昨日の母の状態について、妹は施設から車椅子を借り出すとか言ってたけど、私としては、大掛かりで、軽四に載せるのも大変だと思ったので、秘策を巡らしてみた。それは、母がゴミ出しに使って持っていた手押し車に母を乗せて、移動させ、手押し車ごと、玄関を持ちあがると言うものだった。試しに、自分が乗ってみて、サイズ的には大丈夫なことを確認した。いざとなったら、座って休めると言う設計だったので、強度は十分。で、車の助手席から、そこに移乗してもらい、押して、玄関まで行って、そこからは、その手押し車ごと、左右から二人で抱えて、家に持ち上げた。一旦、玄関を乗り越えれば、後は、昨日も伝い歩きでできていたから、大丈夫。やはり、昨日は、妹の動かし方が性急だったのかもしれない。今日は、最初から最後までまあまあうまくいって、何度も用便に伝い歩きをし、その都度電話で呼び出されて、見守りに行った。「○○して」と言われても、母ができることはしてあげなかった。爪楊枝を取って楊枝入れに入れてって言うから、お母さんの真後ろの棚にあるから、自分で取って入れてと言って、座椅子を回して、自分でしてもらったし。体温計を自分のバッグに入れてって言っても、自分で入れてって、バッグを渡して、自分で入れてもらった。できるのに、しないで、指図するのは、悪い癖だ。父が、昔から、母の「ありがとう」が、教員が生徒に言うようだと、嫌がっていたが、病弱だった幼少期からの、してもらって当然と言う態度は、そう簡単には直らない・・・まして、今は、患者様から入居者様になってるから・・・自分でできることは、自分でしないと、人にしてもらったら、忘れてしまう。どこにやったかわからなくなるし、適当なところに混ざってしまうし、夕方、妹が迎えに来るまでの間に、早めに玄関に移動したがるから、玄関は竜宮城じゃないよって言って待たせた。寒さの中で待つ羽目になるからだ。妹が着いてからで十分だからって、上の姪も言うんだけど、まあ、予定時刻の5分前に、母の部屋履きを脱がせ、玄関先までまた手押し車で連れていき、靴を履かせて、妹が着いてから、二人で抱えて下ろした。自分で履いたり、自分で脱いだりできるけど、時間がかかるから、したがらない。これは、施設内では、自分でしていることなのだ。しかし、今日は都合5回はトイレに伝い歩きで行って帰ってを繰り返していた。お節料理は、冷たくて、飽きてきたと思う。昨日に比べて食べる量が減った。そのくせ、数の子は、好きで、結局二日とも、一人で数の子を食べた。半面、黒豆とか、伊達巻とか、甘いものとかは、まったく口にしなかった。そして水分は、口にしない。以前と変わらない。これは、医者によほど厳しく言われても、直らないと思う。水なんて、まったく飲まないし。お茶も、最初の一口二口でおわりで、9時半から16時半までの間に、200cc足らず。理解していない。正しく水分を取ることが、身体の中の水を巡らして排出させることを。これでは胸水は解消されないだろうと思う。元夫君の方が、マシ。。。母は、胃が小さいことも言い訳にしているけど・・・1500cc~とかって、夢のまた夢だな・・・明日は、午前中の入浴がある日なので、その後に妹が迎えに行って、到着はいつもより1時間以上遅くなるようだ。10時半~11時ってところかな。良いけど。私は、長く寝られて幸せな気がする。今朝は、6時間でどうしてもそれ以上眠れなくて、少し布団の中で、スマホ見たりして横になってたけど、限界だったから起きだしていた。夜中に、一度ならず二度までも、左のふくらはぎが痙攣しかけたからだ。原因は、わかっている。墓前の花の水替えの為に、急な長い墓地の階段の昇降を急いだせいだ。ので、今日は、夕方ではなく、昼間、母がトイレから戻った直後に、20分だけ行ってくるって、言って、出かけた。実際、急がなくても、そんなもんで十分な時間なのだ。だけど、夕方は、暗くなると気が急くから。。。昨日は、妹が車で戻ってくるのが遅かったから、日暮れを気にして歩くのが早すぎた。残っている湿布薬はあと1枚きりなので、今夜は、堪忍してほしいと思っている。。。夕方、姪が、二人がかりで、パソコンとスマホを同期させてくれたが、姉妹でも上はアンドロイド、下はiPhoneと、違うので、まあ、iPhoneの私としては、下の姪の方が頼りになるけど、職場で使っていてやたら詳しいのは、上の子なので、どっちにしろ、助かった。。。呆れられ、笑われたけど、拝み倒してやってもらった。・・・これで、いつ、パソコンにコーヒーこぼしても、新しいのに、移せる???ってこと?いや、家のおんぼろパソコンの買い替えに向けた不安が、少し減ったって言うことか。。。もう10月でサポート切れてしまうし、家用と蔵用と、2つは欲しいと思っているので。後は、6日からの日本経済の動き次第ってことで。。。ともかくも、老いの坂を転げ落ちる速度は速まっている中、ちょっと帰省した甲斐があった?
2025年01月02日
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まあ、緊張して、寝過ごしたらあかんと思って、目覚ましかけて寝てるから、何度も何度も目が覚めた。そして、その度に時間を見てまた寝て、最後は、目覚ましで起きた。だから、寝不足。寝てた時間の割に、熟睡感は全くなかったけど。。。母の居るべき部屋の室温は20度をキープしていたが、米を洗い、40回水を替え、1時間浸水して・・・(コメの取説に書いてあった通りに)室温を22度にすべく、エアコンのリモコンを触っていると、エアコンの自動判断で、なんか、20分くらい停止するらしくて、知らんがな・・・姪がちょうど来てくれて、困っていると、さっとスマホで調べてくれた。待っておけば大丈夫らしいと。そうこうするうちに母が着いたので、姪を駐車場に迎えにやったが、妹と姪とが急がせ過ぎたのか、母が、脱力してへたり込んでしまい、玄関先で、そこから上に上がれなくなった。10歩ほどを、支えられて歩いただけよ。。。過呼吸か、ヒステリーか???目があかないから、何も見えないとか、わけのわからんことを言う・・・熱も無く、脈も上がっていない。ま、ヒステリーだな・・・入院中も何度か起こしてたやつな。両脇から手を入れて上に引き上げるしかなく、そうやって、食堂まで運んだ。気をつけないと、高齢者は、簡単に肋骨折れるからね。こんな時、以前の私なら、自分より重い生徒でもお姫様抱っこで抱えてたけど、姪や妹には、頼めないし。左右から二人で抱えるのは、練習してないと一度にはできない。でも、自分の椅子に座って、ホッとしたら、別人のように元気になった。一過性のヒステリー症状だったな・・・車を降りるまでは普通に元気だったらしいから。その後、姪と妹は家に戻り、実家には、私と母だけだ。あれしろこれしろを、あれこれ言われ、静かになったと思ったら、自分に来た年賀状を読みふけっている。希望の食事時間を聞いてから炊飯器のスイッチを入れた。トイレに行きたくなったら、携帯に電話してねって言って、私は母の居城から、寝室に戻った。最初の電話で、母は、伝い歩きでトイレに行くことができるのを再確認し、炊きあがった極上の白米で、仏飯を上げ、それから母の希望通りの分量のご飯で、一緒にお節料理を食べた。最初は、お節以外の取り寄せの生ハムそれから1台のお節を二人で取り分けて食べたけど、母が、食べそうなものを一口サイズに切って、食べてもらう感じだ。結局、白米の美味しさも良かったようで、母は、満足して最後に栗きんとんの上の栗だけ、追加で食べて、メインエベントは終了その後、2時半ごろまでは、胃の手術以来続く、母の昼食後の休憩時間だ。そこから、妹の家族が、ばらばらに、ちょっとずつやってきて、慎重に配置された廊下の、母の伝い歩きの為の椅子を台所に戻して、4人と母と言う構図で、私は、寝室に引き上げていた。やがて、妹が帰り、下の姪が帰り、妹の主人が帰って、最後に上の姪が残っていた。そうこうするうちに、母が、トイレに行きたくなって、また椅子を廊下に配置しなきゃいけなくなった。都合3回目で、母は、伝い歩きで、トイレには行けたけど、3回目、戻ってくるのは、辛くなったようだ。そろそろ施設に帰る時間だし、母の心の中で、妹の迎えが欲しいと、思ったこともあり、母の動きが面倒になってきた。自分の思っていることが、妹にちゃんと伝わっていないようで、施設には4時半には戻ると言ってあり、妹は、4時半に迎えに来ると言う。上の姪に、連絡してもらって、急がせたが、母は、3回目の用便で、大便に息んだせいで、結構疲れている。その上、自分としては、食堂ではなく、トイレの横の玄関で待ちたかったのだろう。無駄に、1往復分(20歩ほど)歩数が増えた分、機嫌も体調も悪化し、妹が来た時には、朝の状態に逆戻りしていた。。。車までが大変だった。帰ろうとする上の姪に、私が、一緒に車に乗っていくように指示して、ちょっとほっとした。。。車で往復しても10分もかからない距離だから。私も、車で出かける用事があるので、妹の帰りを出かける準備を済ませて待っていたが、一向に戻らないので、不安になった。私の用事は、墓の花の水足しだけだけど、母の調子が悪かったら、大変だから・・・けど、そんなんじゃなくて、妹が施設の人と話をしていたためらしかった。墓の花の水足しを済ませて帰宅して、茶器の片づけをして晩御飯の支度をしていたら、元気な、呑気な、母の声で、電話があった・・・もう、明日からは、睡眠不足は、勘弁してほしいと、心から思っている。能天気な電話の内容は、後日・・・疲労困憊・・・
2025年01月01日
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