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去来する思い出は、18歳から家を離れている私と、子育てをしてもらい、近居を含めて、最期を看取る寸前まで居た妹とは、全然違う。妹が生まれて以来、母は、妹のものだったし、中学校という勤務先も含めて、母と妹は時期も同じくして居た。妹の妊娠や出産や子育てを支えてくれたから、姪たちの今がある。葬儀、斎場、初七日のお経と、身内でひっそりとした。そして、なんと、斎場から戻って、初七日のお経が済んだら、勤勉な妹の主人は、急いで仕事に行き、上の姪は、自分のアパートに帰って行った。また、日常に戻っていくのだなぁ。。。広島から来てくれた夫婦も、一緒に初七日のお経をあげて、本来なら会食なんだけど、実際にはみんなで、取り寄せたお弁当をそれぞれ持って、帰るという状況。実家には、妹が来てくれた後、葬儀社の人が来てくれて、白木の箱と、遺影と、小さな盛花を飾ってくれて、仏壇用のお花と、お墓用の背の高い花とを2束の花束にしてくれていたので、仏壇の花を替え、妹と下の姪を誘って、お墓に、生花を活けに行った。午後からは、晴れて、温かかったので、今のうちに行っておこうと思って。ついでにお線香も上げてきて、4月以降に、また、納骨があるよと、お墓の先住民に、挨拶して、お参りしてきた。妹は、このお墓もそのうち維持できなくなると、言っていた。全くね。徒歩3分もかからない、実家の仏壇の花でさえ、1月の花がまだ残っていたくらいだから、車で来る墓なんて、周りも活けてあるのは造花ばかり。我が家も、普段は、造花で、私が気に入ったのを取り寄せて、組んだものだ。如何にも、本物に見えるのは、ひとえに、私のこだわりに依るので、これが、母が居なくなって、妹が来なくなったら・・・そう思うと、諸行無常って、本当だなぁ。だって、お寺さんだって、墓地の一番上にお寺さんの家の累代墓があるけど、上まで歩いては登れない年齢になろうとしている。もうすぐ70歳くらいで、お元気だけど、急坂は、辛いだろうし、階段も、きついだろう。まして、お参りしていた人たちは、みんな故人となっているか、施設から出られないか、遠地に住む、遠い孫たちか・・・今日、いつものお寺さんのお友達が、大分県から脇を勤めに、来てくださった。同じくらいの年齢に見える。大学の同期かもしれない。先生をしていらしたと聞いた。家族葬にしては、お寺さん二人は、なかなか豪勢だ。毎月毎月、親しくしていただいてきたけれど、実はえらいお坊さんで、葬儀社の方から他のお寺さんより、格上のお礼をと、墓参りの帰りの車で、連絡があった。明後日、直接お寺に持って行くよね。って、妹と言っていたけど、そうなると、脇を勤めてくださった方の分も、金額が大きくなるかと・・・ま、そんな現世のことは、もう、母には関係ないけどね。。。南無釈迦牟尼仏南無釈迦牟尼仏南無釈迦牟尼仏南無帰依佛南無帰依法南無帰依僧本当の独りになってしまった。小芋さん・・・
2025年02月28日
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妹の家族が、今日は4人で泊です。昨日は、私と母と二人きりの夜でしたが。。。お寺さんも、昨日の枕経に続き、今日は通夜、明日は葬儀、そして明日のうちに初七日も。何十年もお世話になっているお寺さんなんで、お寺さんの思い出話が、聞けました。通夜のお客さんは、家族葬って言ってたけど4人こられて、皆さん、妹はよく知っている方、そして、お一方は、私も存じている方でした。母の仕事上の知り合いから、退職後も近所ということで、折に触れ行き来の有った方で、さすがに、お断りできず。明日は広島から、日本の母として慕ってくれていた一家の夫婦だけを呼びました。他は、お断りしています。だって、こっちからは、いけないもの。。。親戚は、居ないのは、父の任地で暮らしていたからです。父方の親戚も、母方の親戚も県内に一人も居ない。それが、91歳、家族葬の所以ですね。私が、倒れたときのことを、四人そろった時に、妹の家族に言っておきました。だって、誰かにしてもらうなら、今言っておかないとねって。。。明日は、もう、広島からの客が来るだけの予定です。でも、込み入った話はその人たちの前ではできないからね。。。人生って、本当に、難しい。
2025年02月27日
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「母帰天」という展開で。でも、どうしようもなくて、結局、予定通りに帰ってきて、もう、なんだかんだ進んでいるところに、帰りつき、そして、母の冷たい顔を撫でました。今朝「6時半頃に、息を引き取りました。施設の方から連絡をいただいて駆けつけましたが、 間に合いませんでした。」ということで、施設の看護師さんたちに見守られて、息を引き取った後、妹が到着し、それから、ちょっとしてお医者様も来られて、診断書を書いてくださいました。苦しまないで、眠っている間にそのまま永眠・・・って言う感じで。お天気も良くなった後だし、すいすいと天に昇って行ったと思います。私が実家に着いたときは、妹が葬儀場の方との打ち合わせの最後で、供花をどうするってことでした。元夫君は、自分はとてもいけないからって、50万円預けてよこしたので、妹に渡しました。明日が通夜で、明後日が家族葬で、ひっそりと、しんみりと、見送る予定です。さっき、姪に、明日のこともあるから、ちゃんと食べてねって言われて、固形物を食べました。。。喪主のところに、私の名前が・・・
2025年02月26日
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不健康な精神状態は、血圧とかいろんなところに出るから・・・本来の基礎診断以上に、こちらからは骨密度の検査を申し込んだだけだったけど、血圧に起因すると思われる追加検査が次々とくわえられ、心電図やら、眼底検査やらなんやらで、お代は要らないからっていう検査項目の追加があった。骨密度は500円で、先月の胃カメラは4000円だった。今日のはタダで、健康保険組合からの支出ということだった。そもそも、血圧はいつも最初は高めに出て、二度計測することが多いが、二度目も結構高かったってことだ。しかも、体重は前回同所で受けた時よりも、6キロ以上減ってるし。そらあ、追加検査増えるよね。尿タンパクも+だった。思い返せば、採用試験のための健康診断の時も、尿タンパク+だった。よくあることらしいけど、昨日の晩御飯が、あまりにも高タンパク質だったから?普通は、前日焼き肉とか、いうけど。。。いやいや、心労と過労でしょう。そんなわけで、明日は朝から、帰省です。健康診断を受けた足で、みどりの窓口にチケットとりに行きました。身も心も、疲弊してます。。。でも、取り敢えず、今月の予定は消化したので、母のそばに居よう。
2025年02月25日
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妹から、気になるメールが届いて、心は、千々に乱れるが、さりとて、やっとのこと、決まった健診日程で、それまでも、去年はあらゆる可能性を潰してきたので、もう、今年度は、明日がセンターでの最終日になる。1月にも、キャンセル待ちで、なんとか胃カメラ済ませているし、同じところでできる最後のチャンス。気を取り直して、予定通り明日は健診、水曜日から帰省と伝えた。母が退院してきた日の翌日土曜日と、次の日曜日に、食事の介助に入らせてもらい、特別に、母の居室で過ごした。土曜日の朝から夕方までで、相当疲弊して、日曜日の朝は妹に頼んだ。で、昼前から入って、夕食まで。一緒にずっといると、「滅入る」ってこのこと・・・って感じで。3連休で、職員も手薄だし、医者も休みだし・・・妹のメールはまさに、あの退院直後の休日の・・・きついしんどい楽に死にたい静かに死にたいそればかり聞いていた私と重なるが、私は、「そうなん?」と、言いながら、食べさせ、飲ませ、支え、励ましてしまった。今日は、上の姪も来ていたが、頼んでいたジュースは、やっぱりまだのようで、妹はまだ2本あるからと、言っていた。。。まだ2本(三日で1本)と思う妹と、もう2本(毎日1本)と思って送った私との思いの差を、離れて暮らす私には埋められない。明後日、水曜日に、帰省するからと。。。送りを元夫君に頼み、迎えを妹に頼んで、2月の3回目の帰省をする。今夜から明朝8時半までになんの連絡も無ければ、そうする。連絡が有ったら、健診をキャンセルして、帰省する。
2025年02月24日
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前々から気になっていた電源に挿すだけのホームルーターを、蔵用に購入してしまった。出来心って言うやつですが、一応、色々何か月も調べていて、他社の安い奴とかも検討したけど、なんといっても、そもそもが、蔵の場所が、○○郡ってところだからね。将来、転居して、実家に戻ることが発生したら、その時も、docomoしか多分、アンテナ立たないから。なんで、パソコン買ったついでに買ったのでした。これで、制限がかかることを気にしないで、使えるようになるはず・・・なんか、この1年間、散々帰省するたびにボロボロになっていくWi-fi のルーターにも、心を痛めていて、しかも、docomoは、もう後継機種もバッテリーも個人用には無いっていうし。ああ、田舎って面倒だなぁってこんな時は思う。テザリング専用にスマホを買うって言う方法も聞いたけど、30GBまでなら、今のと一緒だしなぁ。2月は28日までしかないけど、1月の終わりごろって、本当にハラハラしてた。そんなわけで、イオン系のいつものスーパーに行ったついでに、ちょっと大きな買い物もしてしまいました。。。閑話休題まず、朝の内、妹からのメールでは母は飲み物も口にし、少しはミカンも食べたらしい。職員さんが昨日は食べさせてくれたのに、今日は放置されていたと、誤った認識でいるようだった。でも、まあ、ミカン食べて、コラーゲンジュース飲んで、それはそれで良かった。午後も、下の姪と一緒に写ってる動画では、何事かしゃべっていた。「黄色はあかん」「傍にあったらいやや」とか妹によれば、宇宙と交信しているということで。。。まあ、色々な認識のずれとか、思い込みの誤りとか、生じてきているのかもしれないし、本当に「黄色」嫌いなら、黄桃はあかんか・・・とか玉子焼きは黄色いやんとか思いつつ。「誤嚥」が心配って、今頃に妹が言うから、「だから、物を食べるときに目を開けてって、言うてるやん」って思った。声を出し、声帯を使い、舌を動かし、色々な歌や会話が、誤嚥を防ぐトレーニングだから。お母さんが、宇宙と交信していてもかまわないから。個室だと、話し相手が居ないから。私は、通夜と葬儀の話をlineで送ってくる妹の気持ちにまで近づいて行っていないので、もう少し、時間をください・・・おかあさん、心の準備のためにもう少し 私に時間をください。飲んで、食べて、しゃべっていてください。お願いやから。。。
2025年02月23日
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今この文章を打っているのは、古い古いパソコンで、自宅用に使っている。で、Windows10を11にできないので、新しい、けど低機能のに買い替えようと思って、もう2週間以上前に、母のことで大混乱中に、NECから、直接買ったら、出荷が遅くて、22日の午前中ってことになって、今日は、10時30分から11時45分過ぎまで、自宅の車の中で、ヤマト運輸の車を待った。時間的に、元夫君の朝寝の時間で、ここで起こされたら、機嫌はMAXやばい。だから、ペットボトルの湯たんぽを用意して、待つことにした。長かった。寒かった。途中で、湯たんぽのペットボトルのお湯を替えに一瞬だけ台所。そしてまた、運転席で、エンジンかけず、暖房も入れずに、待った。大体、我が家は、交通至便な上に、駐車スペースあるからか、いつも、午前中の最後ごろ。問題は、対面受取しかできないところ。普通は、玄関置きで行けるんだけど、ものがものだけに、無理で。一旦、家の前を確かに通り過ぎたヤマト運輸のトラックが、向こう側の住宅地に入って行って、いよいよ戻り。戻りじゃないと、止めにくいからね。車が止まると同時に私も車から出て、印鑑持って、待ってました。そのうち、また、実家で、姪にやってもらうだろうから、箱も開けず。今日は、妹からは、母の状態が良くなかったとのことと、主人の症状は点滴で改善したとのことと。。。母の状態は、日ごとに変わる。妹にとっては、せめて、主人の状況が好転して、良かった。腎盂腎炎や、急性細菌性前立腺炎や・・・60歳を超えているから、なんでもありだ・・・妹は、正式な病名は聞いてないと言っていた。心配をかけまいとしているのかもと、主人の日頃から推察する。彼のお父さんは、今の彼くらいの年齢の頃には、おそらくパーキンソン病がかなり進んでいたのだった。健勝を祈らずにはいられない・・・
2025年02月22日
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最近姪が仕込んできたシロップ入りのミカンに飽きたのか、西瓜が食べたいと言い出して・・・って、妹からのlineメールが。今の時期の西瓜って、高知県や、熊本県で1つ5000円くらいのを売ってるけど、まあ、普通にスーパーで売ってるものでもないし、私は職場がら、冬の贈答用の西瓜を生産していることを知っているけど、まあ、物が物だけに、値段よりも手続きが大変で、妹は、最初からあると思っていない様子だし・・・有るんだよねぇ~~~冬の西瓜ねぇ・・・まあ、中国の故事だと冬の筍だったかなぁ・・・いずれにしろ、妹に何かを頼むのは今はもうお互いの為にやめようと思っている。で、今日は、動画が二つあって、後編は、「田道間守の歌」だった。妹と、母とが歌っていた。母の子供時代の唱歌だ。私もよく聞かされて知っている歌で、「橘」という言葉を覚えた。ミカンなら手に入るけど、西瓜は、妹が自宅に届くように手配しても1週間くらいかかるから、彼女の選択肢には無いだろう。母も天皇じゃあないしな。。。替わりに、ミカンのシロップつけ以外の、なんかこう、口当たりのいい、カロリーの取れる、果物・・・退院間際の頃、母は、完熟バナナなら、自分で半分くらいは食べていた。だから、それらしい、黄桃のゼリーとか、果肉入りのなんか、こう・・・ああ、田舎には、神戸に出たらデパ地下にあるものも、売っていないからなぁ。でも、まあ、痩せてもやつれても、幼いころの記憶は残るんだなぁと、思った。閑話休題そう言えば、101歳になった佐藤愛子さんは、認知症の症状が出て、こけて、顔から突っ込んで骨折して(おそらくは、骨粗鬆症で骨折して、だからこけたんだと思うけど)それを忘れてまた立とうとして、また骨折して、病院にいるらしい。でも、食欲はあって、病院食はまずいと、孫に言っているらしい。去年までは、自宅で家族や通いのお手伝いさんとかが来てた暮らしだったけど、どうやら、自宅では無理なんだろうなぁ。その様子を、今までインタビューとかの補助をしていたお孫さんが報告されていた。在り通す ことの有らねば 我が老いを 如何に迎へむ 如何に生くらむ老い老いて 老いの姿を 子や孫に 示し給へり かくも尊しスマホてふ 機械の中に 母は居て 歌ひ給へり 目をとづるまま閑話休題 2)先だって、妹の主人は、膀胱炎で高熱が出てと、妹は言っていたが、男性の膀胱炎は、女性のそれと違って珍しく、かつ危険である。女性は膀胱から尿道までが短く、尿道の周辺に雑菌がうようよいるけど、男性は、尿道が長い分、膀胱炎にはなりにくく、なったとしても、排尿で菌が出やすい。女性ならあんまり心配しない程度の、多い病気だけど、男性だけに熱が下がらないと、腎盂炎・腎盂腎炎などの危険があるので、それを知らせた。
2025年02月21日
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妹が行った時に、母が、自分でジュースを飲もうとして逆に持ってしまい、こぼしていたらしい。でも、咽喉が渇いた、口が乾燥するっていうときに、コラーゲンジュースを飲もうと自分で手を伸ばしたことは、素晴らしいと思うんだけど。美味しい美味しいって飲んでくれてるんだけど、もうじき無くなる。O.ヘンリーの「最後の一葉」じゃないけど、常に余分が有って、足りなくなることが無いようにって、いくら妹にお願いしても、様子を見てって、言われてしまう。なんか、切ない。「もう残ってないよ。」「これが最後の1つ」とか、そういうのは、イヤなんだけど、なんで、それを理解してもらえないのか、わからない。無駄になったって、いいじゃん。無駄になったら、置いといてくれたら、私が帰省の間、持って帰る荷物がその分減るし。私は、基本、毎回帰省の度に、帰省期間中用のつぶより野菜と森永のコラーゲンジュースを持って帰っている。それだけでも結構な重量だ。それよりも、箱が空っぽになって、「もう何も残っていないね・・・」そんな状態の方が絶対に嫌だ。退院の直後に、私の帰省中に使っていたドライシャンプー使って、私と姪とで母の頭を洗った。かきむしっていたから。だから、その時に妹に追加で2本ドライシャンプーを頼んで置いたのが、1本、母の部屋にあって、今日は、妹がドライシャンプーでしてくれたらしい。私がした時は、姪に私のを持ってきてもらって、一緒にしてくれたので、お湯も使いながら、お湯を含んだタオルで拭き取って、仕上げは完全にタオルドライできたんだった。今日は、施設の看護婦さんが、清拭して、痒み止めを塗ってくれたようだ。オイルも、あるんだし、乾燥を防いで、薬も塗ってもらって、母は、「手」を当ててもらえた。どうせ、だれでもいつかはこの世を去るのだけれど、その時に、「ああ、自分はたくさんの人にお世話になったなぁ」、「ありがたかったなぁ」と、意識があるうちは思ってほしい。勿論、母の望むように、寝ているうちに気が付いたら、此岸から彼岸へ渡っていたら・・・それはそれでいいのだろうけど。。。それだって、小ざっぱりと、手入れされた状態でありたいじゃないか・・・妹にジュースのお試しを取り寄せてって頼んだときに、管理栄養士の姪にも頼んだ。彼女は、こないだ来た時に試飲もしていて、母の好む味をわかっている。そして、二人とも、無くなったら注文すればって・・・っていう発想だから、似た親子だなぁと感心した。下の姪には、クレジットカードも無いので頼みようがない。。。なんだって、正規雇用で働いていた時に、クレジットカードの1つも作っていなかったのかと思うけど、もう、今さら無収入の31歳には作れない。。。今度どこかに正規雇用になったら、1つは作ってほしいなぁ。まあ、どっちみち、お試しは1家庭1回きりだから、妹の家に住む姪には、頼めない。別住だから、上の姪に頼んだのだ。妹と上の姪とは、親子ながら相性が悪くて、以前、妹は第二子の死産の原因は、アトピーで痒がる上の娘の夜泣きが酷かったせいだと言っていた。お腹の中で死んでしまった子は、男の子だったらしい。で、間を置かずに、死産の産休のあと、間を置かずに、下の姪を妊娠して、下の姪が生まれてきたのだけれど、妹の心の中には、ずっと、死んだ男の子がいるらしい。知ってか知らずか、上の姪は、高校卒業後、一度も実家に帰っていない。姉妹の仲も良くないけど、なんたって、自宅に居たくないから、極、近いのに、(県内の遠地だった1校目はともかく)車で20分ほどの2校目から、アパートを借りて別住だ。おかげで、下の姪がコロナ禍で無職になったことも、妹たちは、3年間隠し通している。。。まあ、妹が注文するのが先か、上の姪が注文するのが先か、母の命が尽きるのが先か・・・わからんけど、本当に、たかが1000円ほどの送料無料のジュースを面倒くさがるなぁあ!今まで、定価で買って、高い送料も負担して、郵便で、私が施設に送っているのに・・・無駄になったっていいやん。お願いやから、「もう無いよ~」だけは、やめて・・・切なすぎるから・・・
2025年02月20日
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無きゃ無いで、気が揉める。仕方なく、夕ご飯を妹たちが済ませただろうと思しき時間を見計らって、「何事も無く過ぎましたか?」と恐る恐るラインを送ったら、妹の主人が膀胱炎で高熱を出していたので、診断が出るまで母のところに行けなかったと。。。そうなんよね。病原菌の巣みたいな職場にまだ通ってるからね・・・コロナもインフルも、ちゃんと職場でもらってきてる主人だから。コロナの時は、強制隔離で、入院して・・・ってくらいの大変さだったから。でも、母自体は、昨日も小康状態、今日も小康状態らしい。動画では、森永のコラーゲンジュースを飲んで、嬉しいと声を出していた。今日は、オイルの効果で、顔の皮膚の状態も改善している気がする。オイルを塗ってもらうことは、すなわち、「手当て」をしてもらうことであり、それは、母にとっては、大事にされている実感を得られることだろうと思われるので。馬路村の皆さん、ありがとうございます。金曜日の深夜の、性急な注文でも、ちゃんと高知県から、山口県の寒村に、日曜日には届けてくれてはったもん。姪にも、ちゃんと使えるといいと思って注文したけど、けど、母にだって、ワセリンよりは、柚子種子オイルの方が、ちょっとでも高知大学の研究もあって、良かったから。まあ、山陰の冬空のような母の状態だけれども、妹が行ってコラーゲンジュースを飲んでいる動画を摂っている時に、往診の歯医者さんが、週に一度の歯の手入れに来てくれて、それも良かった。母の機嫌がましな時の方が、歯医者さんだって、受け入れやすいだろうし。。。今日の母の状態が、今夜から明日の午後までの、私の心理状態を左右する。。。今日は、昨日の母の状態が、が比較的マシだったおかげで、買い物にも行けたし、自分を労わることもできたと思う。妹に頼んでも、梃子でも、コラーゲンジュースを注文してくれそうにないから、私の手元に次回届くのを待って、また、送ろうと思う。私の貴重な朝のたんぱく源なんだけどなぁ・・・母の口に合う、貴重な、たんぱく源にもなっている。あんなに牛乳とか好きだったのに、胃の手術の後、受け付けない体になって、ひどい下痢をして、消耗するので、小さなコラーゲンジュースは、想定外に、重要になった。低アルブミン血症の改善は、母の胸水を貯めないため(あの病院に再送されないため)には、不可欠なんだけどなぁ・・・たかが試供品を購入してみてって言うのを、そこまで嫌がらなくてもって思う。別に定期購入してって言ってるわけじゃなくて、足りぐるしくなった時がイヤだから・・・私は、三か月ごとの定期購入者になっているので、試供品を頼めないんだよね・・・まあ、次に、私のが届くとき、まだ、母の命が続いていたら、さっそく送るけど。それが、いつなのかが、前回早めてもらったから、わからなくなっているんだ・・・歯医者さんのおかげで、週に1度定期的に会える人が増えて、ちょっと、良かったかも。。。火曜日は、内科のお医者さん、水曜日は歯医者さん。。。閑話休題今朝、元夫君がいかにも外出って格好で出ていこうとして、引き返してきたので、どこのお医者さん???って聞いたら、内科の数十年来のかかりつけ医だった。途中で、その医者が癌で休診したこともあったけど。その医者の入っているのと同じビルに、私の心療内科も入っている。「潰瘍性大腸炎」を緩解と再発とを繰り返しながら・・・ずっとそこに罹っている。内科・泌尿器科・耳鼻科・歯科・眼科そして去年からの癌のかかりつけ医になった県立病院。。。元夫君の話し相手って、これら病院の職員に限られているところが、すごいと思う。以前なら、犬を相手に大きな声を出していたけど、今は、そんな元気な声も出さないだろうに、75歳に成んなんとして、元気だなぁ。起きている時は、朝夕の散歩か、食事か、巨大画面での映画か、パソコンを見てるか。私の言を受けて、食直後に寝るのは良くないから、と、2時間してから寝るらしい。丁度、映画を1本見る時間だ。で、ご飯食べて、また映画見て、2時間したら寝て、起きて、散歩に行って、ご飯食べて、・・・不健康なのに、規則正しく、生きていることが、ある意味素晴らしいと思う。ASDなので、孤独を感じないのかもしれないし、同じことの繰り返しが苦にならないのだ。それにしても、潰瘍性大腸炎ていうのは、国の指定難病なのに、まあ、長生き。前立腺炎も、結婚前からだし、まあ、長生き。この分だと、腎臓ガンごときでは死なない気がする・・・老人にとって「孤独」は「最大の毒」だと言われるが、彼には、無縁だと・・・
2025年02月19日
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日常生活に復帰すべく、買い物やら、ガソリン入れやら、ちょっとしておきました。と言っても、まだ、気力はその時点では足りなかったけど、夕方の妹からのラインの動画で、母が体を起こして、自分で容器も手にもって、フォークを使って、ミカンを食べているのをしっかりと確認出来て、ちょっと嬉しかったです。話してる声も聞けたし。。。妹には悪いけど、私は、なんか、ちょっとでも母が楽にできるようにって、目を洗ってあげたら、目を開けるようになったし、昨日持ち込んだ老人性乾皮症にも使えるオイルを姪に分けてもらったのを、妹が塗ってくれたら、母が、多分、ケアを受けた気持ちになれたと思います。今日は、内科のお医者さんの往診もあって、また、来週ねって言われたって。明日は、歯医者さんの往診があって、口腔のケアがあるはず。一日一日、その日暮らしでも・・・在り通す ことはあらねど 人の子の 願ひは一つ 母の安らぎ
2025年02月18日
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もう、なんか、待ってるのって耐えられないって思って、妹にも言って、帰ってきたけど、元夫君はびっくりしてた。だけどさ、今日か、明日かって、待つべきものでもないなって、もう心が定まったから。妹の姑が亡くなったとき、男兄弟3人と、その家族とかも、ホスピスだかなんかに集まってたのに、みんなが帰ったあとの真夜中から、明け方の間に亡くなってしまいはって、そんなもんかなぁって思うから。妹が次々にしてくる事務的な話をその時は聞けても、後になって、一人で、母の暮らしていた家で、母の座っていた食堂でその言葉を反芻するのに、私の心身は耐えられないのね。妹は、家族3人で、心を分け合えるけど、私は、一人でぼそぼそと何かを食べながら、そのことを、一人で反芻する。もう、本当に、無理・・・しかも、母の脳は痛みや辛さには敏感だし、清明だし・・・今日も、蔵にやってきてあれこれ考えていると、母の失ってきた友達の多くは、若い頃から優秀で、それぞれに女性としては活躍した人達。ある人は神戸大学の教授だった夫を支えていたのに、ガンで早死にしたし、ある人は、家庭裁判所で全国を転勤して回る人だったけど、認知症が進行してしょっちゅう電話をかけてくるようになって、母が電話を留守電にした。やがて、電話こなくなって、亡くなられたと・・・ある人はつい最近まで、三木露風の生母の研究と顕彰活動をしていたはずなのに、数年前のある時から、突然消息が途切れ・・・老い、病み、衰えていくのは避けられないことなんだけど、清明であればあったで、母のように苦しみを苦しむ時間がある。母の妹のように、レビー小体型認知症とシェーグレン症候群とを併発して、高級施設の個室に入り、胃瘻もして、身動きできないまま6年生きて、声も出ず、反応もなく、最期は家で看取られて死んで、そのご主人は、二年後に、末期がんが見つかって手遅れで死んで・・・生き死にの間には、何もこれが正解というものが無いから、取り敢えず、生み出されたら、定められた命を、情けなくとも、みっともなくとも、生きなければいけないのだろう。今日、妹に送ってもらうときに、この蔵の住所の印刷された郵便物の紙切れと一緒に部屋の鍵を渡した。自宅の権利書とか、蔵のもだけど、生命保険の証書とか、全部、ここに集めてあるから。元夫君が生きてる限りは、自宅を処分できないし、彼が自発的に退去する可能性(施設入居とか)は限りなく低いけど、何が有っても、大丈夫なように、スペアキーを渡した。迷惑をかけようと思って生きる人も死ぬ人も居ないだろうが、何がいつなんどき起きるかわからないのが人生だということは、たった1ヶ月の間の母の変化で分かったし、親戚を思い出してもそうだから。取り敢えず、重要書類は、整理しておかないといけない。母のことは妹がしてくれているけどね。。。途中の岡山駅で乗り換えの待ち時間が長かった。おかげで、ホームから下に降りて、下痢気味だったけど、トイレに行くこともできた。そして、夕方に、妹とその主人が母を見舞っている動画が、lineで送られてきていた。母は、妹の主人には、ちゃんと作り笑顔で話題に対応する気力を残していた。なので、声も、笑顔も、動画で確認できた。ありがとう。。。妹よ。そして、良くできた妹の主人(元夫君と干支で一回り年下)よ。。。母が、夜、夜勤の人を煩わす回数が減りますように・・・今の願いは、そこだなぁ。。。ブザーは押せるんだもん。枕もとに転がしておいて、のどが渇いたときには、手をのばせば、こぼれずに水が飲めるような、自動給水装置だなぁ・・・あるいは、マイルドなマイルドな睡眠薬なぁ・・・無理かぁ・・・母は、森永のコラーゲンのジュースは飲んでくれるらしい。。。でも、誰かが、ストロー挿して、渡して上げないといけない状態だから。。。
2025年02月17日
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お寺さんは、2時に来て下さるので、3時からの面会の予約を入れて、会いに行ってきた。きつい しんどい 楽に死にたい とまあ、こんな調子だ。3時からの2時間ほどを、話して、寝かせないで、夜にちゃんと眠れるようにと思ったけど。最初の「きつい しんどい」は減ったものの、「楽に死にたい」と言うのは、本音だと思う。「静かに死にたい」と、言うので、「そうなん? おじいちゃんやお父さんのときはそうやったなぁ」って、言うときました。母は、散々、夜勤の人にあれしてくれこれしてくれって言うから、全然静かじゃないと思うんですけどね。おばあちゃんは、病院で排泄の介護がイヤで絶飲食して死んだから、多分、静かに死んだほうだと思うけど、母は、「きつい しんどい」って、散々言うので、ちっとも静かじゃない。しかも、バイタルは、目の前で時間を置いて2回違う人が測ってくれたけど、いずれも正常でした。そして、尿取りパッドが、もう小さいのしか残っていないことに気づいて、妹に電話で、「前に買った大きいのを買ってきて」って頼みました。すでに足りなくなっていて、小さいのを使っていたようですが、小さい方が、まめに取り替えてもらえるかというと、微妙な感じで。まあ、大きいのを準備しておく方が、良いかもと思って。大きいのを買ってくださいって、前回は言われたので、多分、今夜以降の取り換えは、大きい方になるのかも。母が、眼科を受診したがっていたので、使い切りの軽い洗眼程度の目薬を買って行って、今日は、両眼にしっかり点眼して、何度か繰り返して、目元をすっきりさせました。固く目を閉じたままだったのに、「人生の見納め・・・」って、母が言ってましたけど、その後も何度も目を開けるようになったので、やっぱり目やにがひどくて辛かったんだろうと推察します。眼科に連れて行っていた時は、逆まつげを抜くのと、洗眼とをしてもらっていたのですが、逆まつげはともかく、目を洗うには、点眼薬の低刺激のものが良いかなぁと思って。母が、眼科で処方されていた目薬をささなくなったころ、理由は、皮膚科の医者から、「皮膚の炎症の原因の可能性のあるものを排除しなさい」そう言われたからでした。で、白髪染めとかもやめて、パーマもやめて、髪は黒くなっていったんですが、さすがにこの1月の入院から、白髪が増えた気がします。でも、視力は良いままで、開ければちゃんと字も読めるし、老眼鏡無くても、新聞の文字でも、読めます。なのに、目を開けないのは、勿体ないなぁ。そんなわけで、使い捨ての点眼薬で、お試ししてみました。。。さて、今日、母の願いをあれこれ聞いていたら、「自分の歯を、死んだら、ちゃんとお墓に入れて欲しい」と言うの。一生懸命、大事にしてきたからね。で、それは、尿取りパッドを買ってきてくれた妹にも言って、って言ったら、母が、妹にもそう伝えていました。そうこうするうちに晩御飯の為の移動の時間が来て、係りの方と新しい車椅子に移乗した母と、一緒にエレベーターで降りて帰りました。姪に買った柚子の種子オイルを母にも保湿用に少し取り分けてもらったので、明日の朝、届けてから、帰ろうと思います。どうしようかすごく悩んだけど、やっぱり、予定通り、月曜日には一旦戻って、来週からのことは、寒波による移動の困難も含めて、適時、考えます。丁度、妹の一家もお参りに来てくれていたので、様子を見て決めるって言っておいたけど、移動の困難とかは、散々話しておいたし、かと言って、もう、ここでその時を、待つのも、嫌だし・・・悩みは尽きないけど、お寺さんには、母の様子も伝えたし、3月のお参りのお願いもしたし、明日は、一旦帰って、出直します。そう言えば、妹が、母の通帳からの現金の引き出しを少しずつ始めないといけないと、言っていました。準備なのね。私は、見たことが無いけど、妹が全部任されて管理していることなので。
2025年02月16日
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いつものように、目覚ましを必要とする朝は、夜が眠れないか、異常に早く目覚めるか・・・今回は、服薬2倍量だったので、寝入ることはできたが、異常に早く目覚めて、もう眠れない状態になった。。。で、早めに洗管工事の現場に行って、順序良く済ませてもらい、予定よりずいぶん早く、加古川駅に向けて出発した。元夫君が危ぶんでいた通り、道路は混んでいたし、土曜日なのに工事中だったりしたし、着いてみたら、JR神戸線は、安定の遅延だったりしたけど。。。大丈夫、余裕をもって新幹線を考えていたから。だけど、まさかのハローキティー号だったので、2号車から3号車に移動し、長時間の各駅停車の新幹線の苦痛に耐えて・・・出迎えの車の中で、妹にこのまま行く?って聞いたら、予約が必要だって。そして、しかも、今日は、彼女が忙しいので、無理ってことで、姪が、母を見舞っていたらしい。後で、その姪から、母の様子を聞いて、へこんだ。姪は、若いから、余計にしんどいだろうなぁと思うけど、余りに母が「しんどい、息苦しい、きつい」と苦しがるので、施設の看護師を呼んで、バイタルチェックをしてもらったんだけど、血圧も、血中酸素も熱も、すべて正常。。。第一、何かが異常だったら、また、あの病院送りになってしまう・・・まあ、母は、生きていること、老いていることそのものが、「苦」なんだと思うし、心臓の状態は改善しているわけでも何でもないので、病んでいることも事実なんだ。今日、車の中で「200歳まで生きる人は居らん」って妹は言った。つまり、最期の時はやってくるので、それを本人も、周りも受け止めるときがくるってこと。ちょっと前に亡くなった姑のように、あらまぁ・・・って言うように、高齢になっても、元気で活動的だった人が、なんと、すい臓の末期がんだったりすることもあるし、治験薬での治療で原発部位は緩解し、生きながらえたのに、副作用で、認知に障害が出てしまい、その上で、別の癌で亡くなるって・・・そのことを、母はずいぶんと気の毒がっていたのに、今は、母自身が気の毒な状態になっている。思えば辛いばかりだが、思わずにはいられないのが、母の辛さだ。こんなことなんだなぁ、四苦八苦って簡単に言うけど。。。妹はもう悟りを開いていて、今日は午前中は講演会の司会、午後は、私の迎え、夕方からはなんかの会議と言っていた。日常の中に、老い病んでいく母や姑の姿があるので、妹は、そういうものだと受け止めている強さがあると思う。私は、それに欠けている・・・
2025年02月15日
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明日は、10:20~11:00の予定で、アパートの洗管工事の人が入ってくる。今日、外の洗管をしているのを見たら、若いお兄さんたち二人組だった。明日は、もっとたくさんで、一斉に来るのか、それとも、今日みたいなお兄さんたち2人で6棟全部やるのか、不明だが、その、他人が入るってことに対する不安とか不快とか、必ず立ち会わなければならないことゆえ、1か月前ほどの貼り紙以来、緊張している。勿論、毎日来てるから、貼り紙も見てるし、不住者ゆえ、自宅にも郵便物が届いた。この時期に、折悪しく母のことが重なっているのであって、ストレスは、何万倍だぁああってくらい。11:00に終わったら、即、帰宅して、帰省しなければならない。私は6棟中の1棟目の最後(4階建ての1階)だから、時間が早まることはあっても、遅くなることは考えられない。その後、2・3・4・5・6棟を順に回るのだから。それは、まだしもと、思うことにする。帰省の準備もしなきゃいけないし、台所の水回りをって言うか、台所そのものを、片付けないといけないし。浴場と洗濯機置き場とは、我が家では使っていないので、その場で、「物置だから、不要です」って、言わなきゃいけない。風呂場なんか、カラーボックスを積み上げて、本当に物置になってるから。購入以来、一度も水すら流したことも、無い。お風呂の設備としても、ガスをそもそも契約していないし。。。なんだけど、そんなことも、こんなことも、明日、直接言わなきゃだから、居なきゃ仕方ないし、台所は昼晩使ってるから、排水管の洗管は、ありがたいし、水洗トイレとか、当然ながら・・・洗面所は、実際には、コロナ以降、主にアルコール消毒になって以来、使わなくなっていて、泡で出て来るアルコール消毒薬が置いてあるけど。昨日、寝る前に、きちんと早く寝たいと思って、短期作用の薬を2錠飲んで寝たら、3時間で、きっちり切れて、一旦目が覚めた。でも、頑張って、寝続けた。今日は、もう少し、ゆとりをもって、明日に備えて早く布団に入ろう。部屋に来る時間も、10時とかじゃなくて、もう少し早めに、着いておきたいし。先月、1月にお寺さんのお参りをお願いした時、こんな予定は入っていなかったから、16日にお願いして帰ってきた。そしたら、母は、あんな状態になるし、こちらはこんな洗管工事、入るしで、てんやわんやの踏んだり蹴ったりだ。今日で、二月半ばだ。世間は、バレンタインディと言う日らしい・・・年金の支給日で、所得税が、きっちり差し引かれた金額になっていた。4月以降は、また、なにやら引かれるのか・・・そして、再来年度からは、健康保険料も引かれるんだな・・・なんだか、まだまだ、年金生活の原資の確定は先のことのようである。出ていくお金は増える一方なんだけれども。入るお金は、減る一方・・・老後を、機嫌よく、元気よく生きていくには、温かい家族とか、豊かな経済力とか、色々なものを楽しめる好奇心とかが大事だな。それもこれも、健康あってのことなんだけれども。。。なんの楽しみも無く、ただ生きているだけでも、税金や水道光熱費はかかるのだから、楽しみを見つけ、豊かな思いを持たなければなぁ。
2025年02月14日
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母のお粥のこともあり、心配していたが、今日の昼間の妹の面会に行ったタイミングで、いかにもしんどそうな様子の母に、案の定と思ってしまった。しかも、昨夜は、痒がって、眠れずに、何度も夜勤さんに来てもらって薬を塗ってもらったらしい。退院した時から、ずっと痒がっているが、エアコンの効いた室内は乾燥するから、痒いだろうと思う。でも、それで呼ばれる夜勤さんは、たまったものではないだろう。。。色んなことを我慢できず、子供のように駄々をこねる。姪が居たときも、塗り薬を家から持ってきてもらって、それこそ全身に塗ってもらっていたが、手首や肘の内側など、アトピーの子供がむずかるように痒がって、何度も何度も呼び出しのブザーを押しているのを思うと、こちらが泣けてくる・・・だって、絶対「迷惑老人」でしかないから。今日から、午後のデイケアステーション行きは母の状態が悪いので無くなって、午前だけになったらしい。往診してくれるお医者さんが、痒み止めを出してくださって、次回の2週間後の往診で、利尿剤の量をみましょうと言われたらしく、妹は、2週間後のことを言われたことにちょと安堵した様子。。。父の時は、同じお医者さんの口から「なんで生きられているのかわからない」ってくらいの、絶望的なことを言われていたから。。。でも、母の状態も年齢的には、父の時より7歳くらい上だし、実はそう変わらないんじゃないか。本当なら、この週末、姪や、妹の主人たちは親戚の結婚式に千葉に行く予定だった。それをキャンセルしたくらい、母の入院の終わりくらいの衰弱はひどかった。今も、実際には変わらない身体状況の中、違うのは、ブザーを押せば来てくれる人が居る、居室の安心感だけだ。。。我々も、入院中よりは、会いに行きやすいだけで、根本は変わらない。私が、その現実を母のこととしてだけでなく、わが身のこととして受け止めてしまうから、おそらく、夢見が悪いんだろう。。。まあ、そんなわけで、今日の母の動画は、昼食後の居室での安静時間に、自分の身体を右側を下に向けて欲しいということを、妹にうまく伝えられていない姿だった。何をどうしてほしいのか、表現する言葉を、口に出せていなかったけど、声は、聞けたし、そのまま、安静にして、寝てしまったようだった。母自身は、昼夜なく寝てばかりいると、夜にも眠れないから、痒みで人を呼んでしまう。部屋の乾燥を防ぐのは、自宅なら、強力な加湿器が有るんだけどなぁ・・・「口の中がカラッカラなんや」って、そればっかり言う。それと、「痒い」「きつい」・・・姪は、自分自身がひどい皮膚症状なので、痒みの辛さをわかってくれるけど、だれにでもその辛さがわかるわけではないし・・・老い・悔い・報いは、「ヤ行」の「い」である。思い知るわ・・・まあ、帰って、歯を磨こう。
2025年02月13日
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今日から、訪問診療の歯科の治療を受けられることになって、まず、初日は残存歯の掃除から。歯周疾患は、嚥下の障害だけでなく、認知症などにもつながる。母は、8020を十分達成していたが、去年の夏からの繰り返す入院などのせいで、残存歯の状態は非常に悪化している。今の義歯は、残存歯を頼りに作られているので、簡単には歯を失えない。妹からは、今日は母の動画も送られてきていて、ヘッドレストのついた車椅子から、姿勢を起こして剥いてあるタッパー入りのミカンを、フォークで刺して食べているところ。声も聞くことができて、ちょっとほっとした。さて、私のかかりつけの医者は心療内科の医者だけなんだけど、彼が、3月6日から癌の手術で入院し、しばらく休む間、代診の先生が来る。面倒だから、3ヶ月分の薬をくれた。ちょっと、ホッとした。こちらの都合では3か月分の薬は出してもらえないので。そんなわけで、今日のできたこと1)心療内科に行って、3か月分の薬を出してもらえたこと2)ついでに17日の下関からの帰りの切符をジパング倶楽部で取れたこと3)行きたかった三井住友銀行のATMに行けて、入金できたこと4)25日に控えている健康診断の予約の確認に行けたこと5)母の新しい車椅子での様子を見られたこと出してもらえた3か月分の薬の中には、肩凝り用の薬も入っている。肩こりは、移動に伴う心労や物理的に荷物を持つことによっても起きる。なんと、肩が凝っていると、睡眠薬の効きが悪くなるんですよ~~~昨日と、今日と、リアルに2000歩以上を歩いて、結構、向こう脛に来ているので、湿布を貼っておこうと思っている。。。そう言えば、もうすぐ、年金の支給日だな・・・これは、貴重な、3月に払う健康保険料になる予定。お金って、本当に羽が生えたように出ていくなぁ。。。と、しみじみ。。。4月には、年払いの医療保険の支払いが待っている。老後って、厳しいねぇ。一度きりの人生だから、何事も、すべては、初めての体験。。。幸せなら「歯を磨こう!」(不幸せなら余計に、歯を磨こう)さあ、帰って歯を磨こう。
2025年02月12日
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今日は、姪が、面会に行ってくれたらしいが、母は、ご飯の残食が多すぎて、危惧していた「お粥」にされてしまった。母は、お粥が大嫌いなんだ。でも、食事の介助をしていても、ご飯は多くて3口くらいしか食べないので、しかもずっと嚥下できずに、目を閉じたまま噛んでいるので、事情を知らない職員さんは、残食を見かねて、お粥にしてくれたと思う。二日間、食事の介助をしながら、「おかあちゃん、今、お米高いんやで。 世の中には、食べたくても食べられんと飢えて死ぬ人も多いのに、 残さんと食べよ~」って、ずっと言っていたのに、本当に、多くても3口くらいしかご飯食べないから、結果として、大嫌いなお粥を出されてしまったと思う。さて、どうなることやら・・・家でなら、残して、また温めて食べるができるけど、施設ではそうはいかないから、残食は捨てることになる。もう、経口的に栄養を取れないとなると、どういう補助栄養をどんな形でと・・・まあ、今日は、休みなんだけど、明日は、往診の歯科医も来てくれるらしいので、ちょっと、妹の手を煩わすことになるような気がする。母は、お粥とかおじやとか、丼物とかが、昔から、とことん嫌い・・・父がよく言っていたけど、「強情」である。往診の歯科医も、自分の行きなれたところじゃないから、本当はひどく嫌がったけど、私と妹と叱られて、しぶしぶ・・・眼医者もそう。12月には、行くはずだったのに、妹によると、天候不順で、行かないまま。近くにあるところには行きたがらなくて。老いは、どんな人生にも訪れるんだけど、哀しくて切ない。妹は、姑を見送ったばかりだから、心につもりがあるだろうけど。私は、ただもう、おろおろするばかりだ。。。
2025年02月11日
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母の施設には朝から妹が行ってくれて、朝から刻み食に変わっていたと言っていた。そしてその妹に送ってもらって、新下関の駅からこだまとみずほを乗り継いで帰った。しばらくジパング倶楽部でチケット買っていたから、定価の高さにたじろいだし、新幹線の駅なのに、みどりの窓口は閉鎖だし、全部機械でやってくれってことで、不親切この上ない。高齢者や外国人が占める乗客の割合から考えて、アホ過ぎる・・・で、予定して書いてきた乗車方法にならないし、実のところ、指定席じゃないなら、簡単に買えたはずだったのに・・・もう、今日はさもありなんと思って早く着くように送ってもらっていたから良かったけど、ギリギリだったら、大変だった。。。もう少し、良い方法を考えたい。次の戻りは15日で、切符は買えているが、こっちに戻ってくるときの切符は手配していない。この調子が続くなら、買っておこうかと思うくらいだ。この調子というのは、母の調子で、夕方までに清拭もしてもらい、機嫌良く、自分で介助無しで食べられるものだけ食べ、妹が夕方行ったら、新しいヘッドレストのついた車椅子が借りられていた。写真をlineで送ってもらったが、ちゃんと目を開けて、しっかりした表情だった。まあ、山陰の冬空だから、何があるかわからないけども。。。一方で、私の移動は、自由席だから、こだまはともかく、みずほは並んで待った。そしたら、3分ほど遅れた。これなら、次の広島始発ののぞみにした方が、早くに温かい室内に入れたのにと、自由席とは言え、思った。。。9分ほどの出発時間の差だが、広島始発だから、当然座れるし、早めに到着しているので、車内で待てるのだ。もっとも、みずほやのぞみは、ジパング倶楽部では使えないので、今回のような買い方になって、初めて知ったことだったんだけどさ・・・繁忙期で、ジパング倶楽部が使えないときとかの、EX予約を取るなら、これだなと、ちょっとだけ賢くなりました・・・さて、遅れて来るみずほを待つ間に、追い打ちをかけるように、JR神戸線の遅延と間引きの情報。。。まあ、姫路に着くまでハラハラしたけど、姫路に着いたら、正常運転に戻っていた。精魂尽き果てて、加古川からはタクシーで帰った。今朝は-3度だったのが、今は10度やから、13度も気温が上がったと、運転手が言う。それはそれは、自宅の自室も、蔵の部屋もさぞかし、寒かろうと思った・・・実際、6度とかだった。カーテンを閉め切って帰省していたので。まあ、自宅の部屋は、今やっと10度を超えてきた。。。足元暖房を入れ始めてから4時間以上かかっている。。。でも、お布団のマットレスも多分、あったかくなってくれているだろうし、何より、母の状態が、想定よりも、一気に悪化したのに、土曜日と日曜日とで、急速に、気力が回復したので、私はちょっとほっとしている。妹には悪いけど、もう少し、母に頑張ってもらって、母が全身全霊で孫育てをしていた期間の恩を、孫たちに、返すチャンスを与えてあげてください。妹は25年で、嫌になって、仕事を辞めてしまったけど、上の子の保育園の途中から、死産を経ての後、下の子の学童保育からの帰宅先は実家の方だったし、そして、朝は妹の家からの送り出しまで、朝食とか、天気次第では洗濯物の管理とか、全部、母が支えてくれていた。家を建てる土地も、(父の死後、妹が相続した離れのついた)地続きの広い庭も、父や母が妹の子育てを支援できるように、懸命に探し出して、チャンスと金銭面での支援をしてくれたから実現した。転がり込んだわけではなく、父の培ってきた地縁や人とのつながりで、入手できたのだから。だから、その恩を、孫たちにちゃんと伝えておいて欲しいのだ。父や母は、恩着せがましくそんな話をしたりしないだろうけど、本当に、当初は、遠いアパートまで、父が母を送って行っていた時もあったし、父が、家事をしに行っていたこともあった。上の子は、癇癪もちで、絶対に親と離れては夜寝ない子だったので、妹が第二子を死産した直後も、実家で預かることが不可能だったくらいだ。だから、遠く離れて暮らす私と違って、妹の子供たちの為には、私の両親の献身ぶりはすごかった。今、母は、気力が戻れば、食べ物を受け入れ続けるだろう。水曜日には、施設の契約している歯科医も往診してくれる手はずだ。歯の手入れをして、ちゃんと歯石を取って、元の口腔の状態を取り戻して、嚥下で苦しまないように訓練もしてほしい。おかあちゃん、甘えたらあかんで!愛される老人は、感謝する老人で、自分でできることをやろうとする老人やからな!デイケアから考えると、本当に長い間、世話になっているので、みんな元気なころの母のイメージがある。だから、大切に思ってもらえるうちに、元の機能を回復して行って欲しい。おかあちゃん、ほな、また、土曜日な!
2025年02月10日
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案の定というか、それを危惧していたというか、上の姪は、時間をむしろ早めて、昼食時にやってきたので、昼食の介助を手伝わせた。なんたって、管理栄養士だから、病人食とか、食事療法とかは、勿論、調理も上手・・・なはずだけど。ま、何をどのようにして食べさせるかとか、嚥下機能の低下に備えた食事とか、要するに、プロなんで。でも、職場は、公立の小学校の栄養教諭で、病院ではない。家からでもいくらでも通える距離の学校に、アパートを借りて通っているので、自立心は旺盛で、気も強い。今日は、自分の都合で時間を早めてきたうえに、いきなり、来週末に行くはずだった従弟の結婚式がキャンセルになったって、言い出して・・・そりゃあ、母としては、驚くだろう。そして、ヘタすると、自分の容態が悪化したからかぁって、悟るだろう。だから、ギリギリまで決めずにいたのに、急遽決まったことらしい。3人分のキャンセルだから、早く知らせないとってことで。天候不順のせいにして、話を繕ったが、なんと、母の食事の介助をしている中で、妹から、「家族で会食に行くのだから、早く帰ってこい」と。。。姪は、あけすけだから、それも、そのまま、言ってしまう。で、途中で私に引き継いで、また、私が続きを食べさせて・・・ってことだ。その後、会食を終えた下の姪も来てくれて、今日は、なんだかんだと、多かった。で、母の様子は、山陰の冬空のように、なってしまった。。。不安と、安心とが交錯する。まあ、相変わらず、食は細く、嚥下は下手だ。いつからこんなに嚥下が下手になったのかと思うと、やっぱり三週間の入院は大きい。付き添えなかったから、手をつけなかったら、さっさと下げられてしまい、話し相手も回数も限られるので、声さえも、入院の最後ごろは出なくなっていた。今日などは、声は普通の声で話せる。裏返ったりもしないし、要望もわがままも、可愛くない声で、繰り出してくる。。。昨日の晩、妹に、「食事の時には、部分入れ歯を入れるのを忘れないように」ってメールで言ったのに、今朝は、さっそく忘れていたらしい。昼も、お澄まし汁に口を付けた段階で、気が付いて、慌てて付けたから良かったけど。明日から、どうするんだろうって、不安しかないけど、少なくとも、明日からは、一入居者。以前のような車椅子ではなく、もっと姿勢保持の困難な人用の車椅子を借りることになる。食事も、刻み食を、今夜までの様子を見て、依頼した。三週間前までは、歩行器や、四点杖での歩行を練習していたのに、こんなにも一気に機能低下するという悪しき見本のような状態だ。でも、なんでも、とにかく、私は、明日は一度自宅に戻るし、次の週末に来るし。なんと、二月はもう一つ重要な予定があった。25日は、胃部以外の健康診断だった。。。そう言えば、今日、母が、昔のことを思い出して、いつものように母の継母の悪口を・・・私は、母の口から人の悪口を聞くのは、嫌だ。そして、母の台湾時代の話を聞くのも、嫌だ。だから、結構、きつい口調で、「二度と私の前で、台湾の話をしないで。」と言った。嫌なものは嫌なんだから。母にとっては継母は嫌だったろうけど、継母にとってだって、いきなり現れた夫の連れ子2人、まして、台湾に、岐阜から移る時にやってきて。。。母は、その後、自分の母方の実家で、裕福に戦時中も暮らしたが、継母は、夫の戦病死の後、父親の顔も知らない乳飲み子も抱えて貧困の中で戦後を生きた。そんな人の苦労もあるだろう。。。祖父の子供4人の中で、大学まで行かせてもらっているのは母だけだ。同母妹は高校まで、異母弟たちは中学までである。そして、下から順に、亡くなっている。私は、戦中戦後の混乱期の父のこと母のことを幼い頃は聞かされずに育った。長じても、父は、貧窮生活のことは語りたがらなかった。なぜなら、直接の原因の祖父母と、同居していたからだと思う。祖父が亡くなった後、父の母方の親戚からぽつぽつと、聞いた話では、父や、亡くなった祖母の苦難は凄絶だったらしい。祖父が、樺太でのソ連軍からの抑留の話をしなかったように、本当の苦難は、暗い重たいコンクリートの底に、塗り固められているものだと思った。まあ、今日の母の様子だと、いつ急変してもおかしくはない。祖父は、朝食を普通に自宅の食堂で食べて、ベッドに横になって、そのまま、亡くなった。祖母は、倒れてから2週間近い絶飲食の果てに搬送された病院で亡くなった。父は、毎晩の9時の電話をかけてこないと思っていたら、翌日、多臓器不全で亡くなった。今の母の入居している施設だった。施設だったけど、私の連絡を受けて妹の家族が看取れたので、今回も世話になっている医師が死亡診断をしてくれた。母が今日、昭和8年生まれと言ったから、大正生まれの人が施設に居ってやでって言った。昭和八年七月八日、もう一息、頑張ってもらおうかなぁ。。。大正生まれの人も居るのなら、是非!仏壇の位牌置き場は、もう一杯なんで、是非、もうしばらく、あと10年くらいは、待ってね。
2025年02月09日
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今朝の食事から、特別に、介助する許可をもらって、自分の部屋で、母が食べられて、その介助を、朝昼晩と3食する間に、問題点や改善点を見つけて、母や妹、施設の人たちに伝えるという、ことで。。。母は、4人部屋の病院でのありようが苦しすぎて、自分の部屋に帰ってこれたことが、本当にありがたかったようだ。だから、排泄のケアとか、色んなことを受け入れて、もう、あの病院に戻るくらいなら、この部屋で暮らせるように努力する・・・ってそういう姿勢を見せていた。地域医療の崩壊という視点からは、勿論好ましいことではないけれど、まあ、現実はそういうことなんだろう。母は、元来偏食で、非常に少食だが、胃癌の手術後はさらに悪化した。病院内では、余計に食べなくなっていたので、結構、嚥下とかの機能低下が顕著だった。もう、8時半からの食事と、他の入居者さんより、30分遅くしてもらって、むせるって言ったら、とろみも急遽つけてくれて、そこからのスタートだった。私自身は、凍結が怖くて妹の主人の車を頼んでいたので、朝6時過ぎから緊張で目が覚めていて、準備は万端だったけど、到着してからも、食事だけでなく、後頭部を掻きむしりながら痒がり、あれこれと我がまま全開の母親、そして、食べたら、右側を下にして、くてっと寝てしまう母親、いろいろなことを、午後の途中から合流してくれた姪と、かなえてあげながら、施設の人の話も聞き、妹にも伝え、買い出しをしてもらいなど・・・本当に、ヘロヘロな一日だった。今日できたこと1)往診してくれる歯科医の先生のついてお願いできた。2)母の歯を3週間ぶりに母自身に、磨いてもらった。3)明日の朝ご飯の介助を妹に依頼できた。4)母の更衣のついでに、姪に手伝ってもらいながら、ドライシャンプーで母の頭皮を洗った。5)母に、水出しコーヒーを飲ませてあげることができた。朝が早いと、私は、睡眠の確保に疲弊する。精神的に、早く起きないといけないことで、眠れなくなるのだ。だから、昨夜は、以前の薬を2倍量飲むっていう禁じ手を使って寝た。それって、二日は続けてしたくないので、明日の朝のことは、断った。妹に「ノー!」って言うのは、難しい。だから、相当な気力で、朝一番を頼んだ。昼食の介助の前に交代するからって、頼んだ。誤嚥性肺炎の怖さについては、勉強したので、母の今の状態の危険さは、わかる。なので、施設の人からしたら、嚥下障害が有って、たった3週間で激変した摂食したがらない91歳がイヤだってわかる。わかるからこそ、ちゃんと嚥下できるように、あれこれと言って聞かせた。もう、本当に、脅迫ちゃう?ってくらいの強めで。。。精神的にも、肉体的にも、結構限界な一日だった。今日は、気の付く、優しい方の姪が来てくれたけど、明日は、気の強い方の上の姪が、午後1時の、自分の都合の合う時間に来るようだったから、時間的には、母の都合に合うようにしてもらった。「無理な時間」ていうのが、母の場合結構あるので。。。
2025年02月08日
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退院中にも直後にも色々あって、大変でした。でも、「もう、治療は済んだので、出て行って!」な感じの、地元のかかりつけ医師宛の書面も見せてもらい、確かに、胸水も腎機能値も改善しているのは、かかりつけの、駆けつけてくれた先生のお墨付き。なんで、「再入院」とか、「転院」とかでなく、取り敢えず、元の個室に戻りました。11時の退院から、元の居室に戻れたのは17時で、それまで本当に気をもみましたが、まあまあ病院と違って、職員の方も、親切だし、顔なじみだし、往診してくれたかかりつけ医の先生も、看護婦さんもほっとできる対応でした。排便も、4日ぶりにあって、その後も、リハパンに更に便が少し出たようで、、、看護師さんが、居室に戻る前に、清拭してくれたのは、ありがたかったです。点滴を担当の人がかかりつけ医院からもらってきてくれてから、施設の看護師さんに点滴の処置をしてもらい、その間に、母の食べるミカンを買いに車で出たときは、曇ってました。そして、点滴終わって、リハパンからオムツへの取り換えや清拭もしてもらって、母の居室に看護師さんと戻ったら夕方5時で、粉雪でした。そこから、ベッドに移乗し、もう着の身着のままで、ベッドで横になりました。ミカンを少し食べて、水分を口にして、何故か、ミカンは、誤嚥しにくいのに、水は、ちょっとでも、むせるのね・・・私が家に帰ろうとした時に、母が、「お母ちゃん、昨夜、いっぺん死んだ」って言うのよ。そう感じるような夢でも見たのか・・・そのくらい辛かったってことなのか。なんと、5時半過ぎに施設を出たら、ものすごい吹雪で、車にも積もっていて、山陰の冬やぁ!!!って感じの天候の急変です。生きて、急性期病棟から脱出できたのは、まあ、めでたかったけど。明日・明後日は、ちょっと、今後の為に、頑張ろうと思っています。自力で食事できるようにならないと、転院させられると案じられるのです。点滴後のちょっと元気が出たときに、施設の大先輩の方が休憩室のベッドサイドに来てくださって、これが噂の・・・っていう元気な声で、話しかけてくれて、ちょっと母も笑顔を見せていました。母の状態も、山陰の冬空みたいです。。。施設のデイと入所者との2月生まれの人達の紹介が貼りだしてあって、最高齢の人は、なんと、大正生まれでした!!明日の朝8時半には、朝食です。母のベッドサイドで、介助ができるように、天候の回復を祈っています。まあ、妹の主人に車を出してもらうことになっていて、スタッドレスタイヤじゃないと、怖いような場所なんで。今日は、何センチも積もっていても、降り始めの雪でしたけど、朝の凍結は、必至な感じでしたから。。。いざとなったら、歩いていくしかないんだけど・・・なんてこったぁ。
2025年02月07日
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今日は、妹が早めに行きたいと言うから、昨日とは逆に昼時だった。母は、昼ご飯を前にしながら、右手に食べかけのバナナ、左手に飲みかけのペットボトルを持って、目を閉じていた。「お母さん、目を開けて、食べてよ!」そこからかい???って言う感じで、でも、バナナが美味しいらしく、せっせと食べて、昼ご飯がお粥であることに不服を感じているのか目もくれず、他のおかずも食べず、結局、バナナとミカンをちょっとだけだった。でも、明日が退院であることは、何度も確認し、退院したら、自分の居室に戻ることも、確かめていた。病院にとっては、毎年、夏にも冬にもやってくる迷惑なオバアサンなんだろうけど、本当に、日に日に、食は細く、好き嫌いは激しく、世の中には、飢えて死ぬ人も多いのに、こんなにも何にも食べないで病人食が廃棄されるのって、我が親ながら、哀しくなる・・・でも、明日に備えて、うがいだけでは取れない歯の汚れも爪楊枝で取って、一度もしていないと平気で言う歯磨きをあきらめて、部分入れ歯だけは美しい状態だけど、この分では、次にいつかかりつけの歯科医に行けるかと、悲しみを深くした。早くしないと、残っている自歯が、ひどい状態になっているからだ。明日は、11時に退院だから、10時ごろに妹が迎えに来て、一緒に行って退院の準備をする。夕方は、姪と一緒にまた出掛けた。母の表情も明るくなる。本当に幼いころから育てた子だから、互いに気にかけ、愛情深いものがあるだと思う。生きて、この病院から出られて、本当に良かったって、明日思えますように・・・施設での様子が落ち着いたら、天候を見ながらでもあるが、日曜日か、月曜日に、一度、自宅に戻ろうと思っている。明日の11時半からは、妹は施設の担当者との打ち合わせをするから、その間、母の居室に居てあげてと、言われている。自分の中で、長いスパンと、短いスパンでの予定が錯綜するが、12日は、自分の心療内科。15日は、蔵の配管の洗管工事。その後帰省。16日は、2月の月参り・・・これ以上、2月に行事を入れないでくれ!!
2025年02月06日
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ちょっとでも、食後のしんどい時間を過ぎてから、母の様子を見ようと思っていくんだけど、妹と行く時って、母に甘えが出るのか、いつも大層なしんどさ。今日は、簡易トイレのバケツの部分が返ってきていなくて、母が、リハビリパンツにするから、もういいって言って、だけどなかなか排尿もうまくいかなくて、身体の向きを変えたり、ウエストを緩めたりと、あれこれして、妹が、ミカンを完全に剥いたのを一口分ずつ、口に入れてあげていたら、それさえも、さのうを口から出そうとするから、「大丈夫だから飲み込んで」って言ってしまった。なんだかんだと3つ分くらいは食べたかな。人の多い時間帯でも、なかなかバケツは帰ってこず、30分なんてすぐにたってしまう。母のお気に入りの5本指の靴下の履き替えと、レッグウォーマーの取り換えと、それが、昼食後の午後の一度目の面会時間。口の中がからからだと言って、水を欲しがるけど、冷たい水を飲むのかと言うと、うがいして出してしまうのを2回繰り返していた。排尿を考えると、水を摂らないということにしてしまうのか・・・でも、取り敢えず、一口は、飲み込んでもらって、背中をさすって、げっぷもしてもらった。妹は、「入った時より具合は悪くなっていると思うのに退院…」って言う。それは、私じゃなくて、医師に言えば、って思うけど、母は、「心臓に疾患があって、胸水が溜まった結果呼吸が困難になった病人」として、この病院に入院してきたのであって、今は、胸水は取れて、排出され、心臓は手術しないんだから直らないし、利尿剤で悪化した腎機能も数値は改善したから、もう治療はないのだ。もはや「急性期の病人」ではなく、慢性の心臓疾患を抱える「後期高齢者」だから、要介護4で入所した施設に戻る時なんだということだなぁ。入院前は、息苦しがっていたが、今は、全身倦怠と、衰弱だ。老衰ってやつですね・・・あの肺が水でちゃぷちゃぷしてる状態ではないから、息はできる。楽しいことは、思いつかないだろうけれど、病院ではない個室の施設に戻るしかない。ともかくも、金曜日の11時には、母の入所施設の方が迎えに来て下さる。祖母も、父も、母も、認知機能に年齢相応の衰えはあっても、まあ、病弱ながらも、老後を頑張って生きていたし、生きている。年を取るってこういうことなんだな、こうやって人は老い病み、衰えて、最期をいつか迎えるんだなと、不慮の死ではない、早逝ではない、「四苦」を見ている。上の姪は、あんまり関与してないけど、たまたま、下の姪は、長く関与することになってしまった。「四苦」を教えてくれるのも、親の恩なんだなと、老いの姿から、思える。実家のパソコンの上には、父の写真を置いている。もうずいぶんな年齢になってからの写真だ。胃を切ってから20年以上経っていただろう結構痩せて、髪も眉も白い、正装した写真だ。叙勲の時に、プロが撮った写真なんで、澄ましている。。。今確かめたら平成17年の4月29日の写真だった。時の総理大臣は小泉純一郎だ。10年後に亡くなったときから逆算すると、74歳ということで、まあまあ若い。その後の75歳からの10年間に、一気に色々な症状が出たなぁと思い出す。10年後、84歳を目前に亡くなったが、運悪く叙位の時の総理大臣は安倍晋三だった。私が、co-op共済の医療保険を終身にしたのは、実に、母が85歳以降に多病だからだ。人生は、何が起きるかわからないが、取り敢えず、手続きをしてもらう指定代理人を、姪に頼まなくてはならない。。。多事多難だが、生まれて、生きるってことは、そう言うことなんだな。閑話休題今日、午後4時過ぎに、なんと久しぶりに「つらら」を見た。しかも、家の駐車場の軒下のシノブの葉から、何本も長いつららが伸びていた。迎えに来てくれた姪にも見せた。。。ま、長いと言っても15cmもないかわいいつらら、信州に行くたびに見ていた数メートルのつららとは、わけが違うけど・・・二回目の面会はその姪と行って、背中のさすり方とか、首の周辺のほぐし方とか、足の裏の叩き方とか、実際にやって見せたら、まねをしてやってくれた。若くて、健常な肉体にはわからない衰えとか痛みとかを、なんとか姪に伝えて、母を楽にしてもらえたらと、思った。明日は姪は午前中は仕事で、午後から空くから、夕方はまた、姪と行くことになるかな。どんな天気やら。
2025年02月05日
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快晴の兵庫県の瀬戸内海地方から、岡山を経て、広島県では山筋が怪しく、山口県では積雪・・・でもまあ、私の気にしていた在来線の遅れが無かったので、そこは、着いてしまえばこっちのものって感じですね。お迎えは、スタッドレスタイヤを装着している妹の主人!!お手間を取らせてしまいました。その後、1時に出発して、妹と病院で待ち合わせて、車2台で別々に行動し、1時15分ごろって言う、母の昼食後の一番しんどそうなようすをハラハラしながら見ていました。食後は、胃の切除の後、ずっとしんどいんですけど、その状態がさらに悪化してる感。。。で、目が、12月に妹が眼科に連れて行くのを忘れていて、約束していたのに、行かなかったために、逆まつげや目の洗浄ができていないから、もう、目やにがひどくて、本人に、自覚が無いまま、エライひどい状態になっています。で、今日は、妹が右目を濡らしたティッシュで拭いてくれたんだけど、お互い、老眼だから・・・見えにくくて、もう一度、拭いて・・・母は、白内障は無いはずなのに、まるで白内障か???って目の印象だったの。ところが、夕方、4時半前に行った時は、姪と私とだったけど、姪が上手に、母の要望を聞き出して、一つづつ叶えて、母も身体を起こして、両眼をしっかり開けて、退院に向けての話とかをしました。母の掌の人差し指に今日が火曜日で、後、中指・薬指・小指で、水・木・金で、小指を握りながら、ここで退院。って言ったら、姪は、カレンダーに書き込んで、母に見せていました。足の裏が冷たいと言うので、私が持ってきていたお湯入りのペットボトルを、姪が母の足の裏に当てて保持してあげていました。母も、気持ちよく足の裏が温まったので、ご機嫌だったかも。退院後の施設での暮らしを心配するって言う状況になっていたので、だから、頑張って、ご飯も食べて、リハビリもしようねって、また指で、示しながら、話を終えて戻りました。私の懐炉代わりの温水入れられるペットボトルは、母の左手に保持されたまま・・・帰りに、姪が、味噌を買いに行くって言うので、お店の外の自販機で、ホットのお茶を買いました。母の毎日は綱渡りのようですが、気力が何より大事な要素なので、姪の存在は、大きいなぁと、思いました。。。母は、今日、私が来ることを知らなかったので、退院の準備に帰ってきたんやで、って、言っておきました。退院したら、また、一旦兵庫県に帰って、それから、また来るよって。。。だから、今のこの辛さを乗り越えて欲しいと、思っています。心から・・・
2025年02月04日
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前日は続けて寝られたのに、母のことが気がかりだからか、続けては眠れず、3時間ほどで、一度目が覚めて、そこからちょっと眠れなかった。でも、チケットを取りに行かなきゃなんで、頑張って、9時間は寝ていようと思って、そのあと、少し寝た。都合、9時間は、ベッドの中で過ごせて、骨格を休めることになった。起きてから、チケットを取りに行った。母の状態はわからないので、取り敢えず往復を取らずに、片道だけ取った。元々帰る予定だった15日の複雑なチケットも打ち出されればシンプルなものだ。要するに、新下関に着く時間と、こちらで家を出る時間とを考えるだけだから。4日のチケットはいつもの時間なので、朝が早い。15日の分は、排水管の工事を済ませてからのことになるので、午後になる。そして、どちらも、戻りのチケットを用意していない。臨機応変に動けるようにしておきたいのと、言い方を替えれば何が起きるかわからないってことなんだ。。。まあ、看護師が話していたように、今日、点滴が取れて、リハビリが始まったと。そして、夕方、驚きのlineが妹から入って、今週末には退院と決まったって。。。今日の昼間、妹が、医師と二人で詳しい状況を聞きたいと言ったら、夕方お母さんも交えて話しましょうと言われて、「投薬の効果があって、検査の数値が改善しているし、 リハビリにもなるから、人手のある施設の方が良いでしょう。」と。仄聞だが、看護師不足で、療養病棟は閉鎖になっているとか・・・?だから、母は、いつまでも急性期病棟に留め置かれてたのだろう。でも、気持ちの上では、母には、「退院」は、嬉しいはず。明るく、前向きになれる言葉のはずだ・・・妹は、数値の改善はともかくも、母の状態は気鬱だと感じているから、良かったと。半信半疑って言うよりは、疑いの気持ちの方が強い気がするけど、それでも、「3週間で退院」って言う当初の予定に近い退院になる。火曜日に着いて、金曜日が退院なら、金曜日まで居るし、大雪で身動き取れないなら、来週になってから戻っても構わないし。ともかく、母の傍に居られる時間は、居ようと思う。今日、できたこと。1)チケットを取りに行けた。2)15日の為の整理ができてきた。3)晩御飯をちゃんと食べた。明日が早いので、今日は、これから荷造りをしに帰って、早めにちゃんと寝よう。
2025年02月03日
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妹からのlineで、15日と言わず、早めに会いに来て・・・って感じの状態の悪さだったので、明日、妹から、担当の医師(院長先生)に状態を聞いてもらって、火曜日に帰省しようと思っている。医師の話の内容にかかわらずだ。要するに、母は、放置されていると感じていて、事実そうである。妹は、先日母の願いを受けて、担当医の話を聞いているが、3人で聞いていながら、母は、先生の言葉を聴きとれていない耳の状態で、妹伝いに聞いても、きちんと理解できていない。且つ、妹は、医師と二人で深刻な話をしているわけではないので、母が、同席しているから、本当の状況、見通しとかをきちんと聞けているわけではない。検査に行って、即入院ってなった時、「今日明日、何かあったら、延命とかどうしますか?」って医師は聞いている。私は、だから、その「今日明日」の状態を脱しているのか、息苦しさは減って、胸水が減っているのは明らかだが、母の体重は減り過ぎだし、気力は意識に左右されるし、面会時間は限られるし、人手は足りなさすぎる。。。姪に、母のかかとをトントンして、リハビリに備えてねって言っているのも、ふくらはぎをさすってあげてねって言っているのも、母に、治癒の見込みが有って、リハビリが待っていると思うことで、気力を維持してほしいからなのだが・・・夕方までに、看護師さんから、月曜日に点滴が取れたらリハビリって言われて、ちょっと気持ちが持ち直したらしい・・・夕方のさっきの妹からのlineは、昼間よりはマシな感じだった。なんせ、91歳で、本当に骨と皮でできている。母の体格からしたら、頭部が一番重くて、それを支えるのが、大変だと思う。母を見ていると、96歳まで自宅で暮らしていたおばあちゃんって、気力あったなぁって思う。ほとんど何も聞こえてなかったし、色々と補聴器も受け入れても、合わなくて、聞こえないレベルだったけど、母は、補聴器どころか、集音器も煩わしいし、自分は聞こえているから要らないと言う。看護師さんの声かけがあっても、聞こえていないだろうと思う。向き合って、顔を近づけて意識を集中していないと、聞こえていないから。適当に聞こえた単語をつなぎ合わせて話を作っているレベルだ。姪の声は、不思議と波長が合うようで、勿論、姪は、母と向かい合わせで近くで話すけど。自分が話しかけられていると思っている時以外、声掛けが無かった、で、済ませてしまう。閑話休題今日できたこと1)昨晩から今朝まで7時間近く続けて眠れたこと2)来週の打ち合わせを妹とすることができたこと3)4日からの帰省に向けてのジパング倶楽部のチケットの申込書を書けたこと。閑話休題 2サントリーのサプリメントを長く続けているのだが、父にプレゼントしていたこともあって、すごい長期にわたって愛用しているらしい。で、そのサントリーから、毎日、朝から、一定時間ごとに、色々なすべきことの確認がチェックされる。鬱陶しいのだが、これのおかげで、健康習慣と言うものが、どんなものかを知ることになった。・朝起きて水を1杯・朝にたんぱく質を摂る・朝食を食べる・ロコモアを飲む・リフタージュ(コラーゲンとプロテオグリカン含有)を飲む・DHAセサミン(今月からボケ防止強化で、オメガエイドとセサミンEX)を飲む・サプリを飲む(ほかにもいっぱい飲んでるから・・・)・薬を飲む(ビタミンDを毎朝骨粗鬆症対策に飲んでいる)・空腹の時間を取る・寝るときは部屋を暗くする・べジファースト・野菜をたくさん食べる・ご飯少な目チャレンジ・食事中はお茶を飲む・家族や友人とおしゃべり・十分な睡眠をとる・肩甲骨を寄せて広げる・歩数をチェック (4000歩が一つの目途らしい。)・気になる記事や本を読む・温かい湯船につかる・こまめに水を飲む・食後にコーヒーを飲むまあ、順不同で書き上げてみたけど、なんとまあ、水飲め、茶飲め、コーヒー飲め、人と話をしろ、睡眠時間を取れ、4000歩以上歩け、部屋を暗くして、風呂に浸かって、しっかり寝ろ・・・晩御飯からあと、十分に寝て、間食をしなければ、空腹の時間は嫌でも長い。そんなことができるのは、働いてたら、まあ、無理ね。でも、食後のコーヒーと、肩甲骨を寄せて広げる意識と、4000歩を目標に、健幸らいふのあしふみを頑張るのは、意識するようになった。こまめに水を飲むって、意外と難しい。無糖の炭酸水を生姜のしぼり汁で飲んでいるのが、せいぜい300ccで、日中はお茶とコーヒーで、「水」とか「白湯」とか、母には「水か白湯」って言っておきながら、自分にはできていないことを、本当に、認識。白湯を美味しいと飲めるのは、いつの日か・・・まず、湯を沸かして、冷ます作業からだなぁ・・・
2025年02月02日
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今日できたことを3つ考えて、書き上げてみるっていう企画があって、1)買い物に出かけられたこと2)台所の排水管の見えない部分のぬめり取りに取り組み始めたこと3)元夫君に2月の帰省予定を連絡できたことまあ、早めに買い物に出られたのは、雨の予報を見たからで、昨日の時点で、買い物には行こうと思っていた。最初に、いつものスーパーで、高いブロッコリーを買い・・・次にドラッグストアで、排水管のぬめり取りを探してみた。yumiさんの載せてた排水管のぬめり取りは、多分、どちらの店にもあったんだけど、どれも塩素系だったので、最後の手段にしようと思って、今日から2週間かけて、ちょっとずつ、バイオの力で、分解していくって言うのを試してみようと思った。実際、普段から週末とか、塩素系の除菌や漂白はしているので、目に見える取り外せる範囲は、無臭で綺麗なんだけど、管の内側にこびりついているだろうぬめりとかは、まあ、枯草菌の力で、2週間頑張ってもらって、効果が乏しかったら、塩素系でってことになりそう。元夫君は、今日は土曜日で、9時開店のスーパーに朝一番に買い物に行く日だ。その前に、2月の帰省の予定を書いたメモを朝食用のトレーにのせて見えるようにしておいた。母の心臓の状態が良くないことや、しばらく入院が続いていることなども、知らせておかないと。普段は、帰省の朝の決まった時間に加古川駅まで送ってくれるのだが、昼間だから、加古川線を使う予定と書いておいたら、昼間になっても、送ってかまわないと、元夫君から言ってきた。母の状態次第で、実際に15日から17日の帰省がどうなるのかもわからないが、ともかくも、そういうことの連絡や打ち合わせができたので、「聞いてなかった」「知らなかった」は、無いと言うことで。閑話休題今朝も、元夫君は自分で食べる分のブロッコリーを買ってきているが、なんでも298円にしては、見たことも無いほど小さなブロッコリーらしい。でも、まあ、前なら、買わなかったような商品でも、今は、買うんだなぁと思った。以前に、握りこぶし1つ分ほどのを見たことがあるから、そんな感じかなぁ。で、いつものスーパーに早めに出向いたもう一つの目的は、地元産のブロッコリー。298円は同じでも、もう少しましなものを出荷して来る営農組合があるから、それを目指して、買いに行った。多分、元夫君のよりは、もう少しましな状態の、でも、値段は同じ・・・まあ、あったら買いたいと思っていたのがあったので、私もブロッコリーを買った。ブロッコリーは、意外とたんぱく質が摂れる野菜だし、葉酸も摂れるしなぁ・・・というわけで、まずは、茎だけ、先にレンチンしようと思って・・・これから下処理。本体は、家で、ちゃんと鍋で蒸すつもりにしている。ブロッコリーは、「こり」っとした食感が好きなので、私は、浅く蒸す。強火で、一気に蒸して、3分くらいかな。。。茎は、まあ、レンチンでもいいかぁってくらいの、これも固めなんだけど、下処理が有って、そこから。。。蒸してから、硬い筋や外皮を取る時と、先に全部処理してから、蕾と一緒に蒸すときとある。今日は・・・うーん。気分次第で。新鮮だから、筋や外皮が取り易いことを祈っておこう。
2025年02月01日
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