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今日は農作業のため実家へ帰省しました。 九州自動車道の通行止め区間が通れるようになってから初めての帰省です。 今日は益城熊本空港インターからではなく次の御船インターから入りました。 橋は基礎部分がしっかりしているのか沈下はありませんでしたが 両端の路面の沈下は激しく木山川に架かる野嶋橋の際では数十センチ沈下したのでは ないかと思いました。(舗装して補修してありました) 橋付近では「段差有り」の表示が何箇所もありました。 九州自動車道・御船~松橋インター間は大きなゆったりした波のような路面の 浮き沈みがあるところがありました。 九州自動車道は大型連休に入り混雑しているかなと思われましたが午前9時前頃は 下り線は走っている車は少なく寂しい限りでした。 今日は遅ればせながらトウモロコシと枝豆の苗植えとジャガイモの草取り&土寄せでした。 お昼はグリンピースを貰ったとのことで食べたいなと思っていたグリンピースご飯。 あまりにも美味しくてお代わりをしてしまいました。 グリンピースご飯は若い人たち(我が家の息子二人も好んで食べない)から あまり好かれていませんが、私はこれを食べて春真っ盛りの季節の訪れを感じています。
2016.04.30

鶏むね肉に塩と胡椒を擦り込んでラップで一昼夜包み、そしてラップを外して一昼夜乾かして桜のチップで燻煙すること30分、安上がりのハムの出来上がりです。 本来ならタコ糸で縛りたかったのですがタコ糸を見つけられずに断念。「うん、これは美味い」と言ってくれたのは二男。オカズとしてより酒の肴向き?特にワインのつまみには最高じゃないかと思います。鶏ムネ肉は価格が安いのが何よりも魅力、さらに、むね肉のパサパサ感を感じることなくしっとりと仕上がりました。 今度は味噌、味醂、出汁に漬け込んだ鶏むね肉ハムに挑戦したいと思っています。ところで、今日午前3時59分、また余震がありました。この余震で目が覚めてしまいました。
2016.04.30

まだ余震がある熊本地方、揺れないでくれという思いの中で揚げ物をしてみました。揚げたのは新玉葱とエンドウを混ぜた鱧すり身天。今夜の息子の夕食です。 巻き寿司は4割引だったのを買いましたが、これだけでは息子には足らないだろうと鶏肉・干し椎茸・エノキダケ・人参の釜飯も炊いてみました。余震がある時の天麩羅などの揚げ物はしない方が良いかも知れませんが、確実に美味い新玉葱入りのすり身天を食べさせようと思ったのです。私の夕食は、すり身天4個に缶ビール1本、巻き寿司3個でした。
2016.04.29

昨日は実に13日ぶりに熊本市内の繁華街で一杯。銀座通りに面したワインショップの前は建物の入り口の部分と歩道の間にズレが生じていました。 お店も徐々に開店してきて人通りも日に日に多くなって来ていますが開店にこぎ着けるまではまだまだ時間を要するところもあるようです。 広場泊、小学校への一時避難、車中泊、そして停電、断水、ガス不通の数日間の暮らしを思い出し、地震前の日常生活に戻れたことを噛みしめながらの一杯でした。13時41分、また余震がありました。震度3位ではなかったかと思います。あまりにも余震が多いため大体の震度が分かるようになりました。そして震度4くらいの揺れでは驚かなくなりました。慣れというものは怖いものです。
2016.04.29

14日に最初の地震があり翌日の15日に行きつけの寿司店「叶家寿し」さんへ出かけました。「叶家寿し」さんは熊本市の繁華街(西銀座通り)にあって46年間営業されてきて4月16日が閉店される日でした。もう、上にぎり寿司も カンパチのカマの塩焼きも 食べることはできません。いつもここに座って大将と女将さんといろいろな会話を楽しんできました。その店内ももう見ることはできません。 このお店で知り合った川釣りを趣味とされている方からヤマメを何十匹も頂いたことがあります。4月16日午前1時25分、震度6強(熊本市中央区)の激しい揺れに見舞われました。16日閉店当日もお邪魔するつもりでいましたが我が家も被災(食器破損)し、停電、断水、ガスも止まってしまいました。46年間も頑張って来られたお店の閉店の日があの大地震に見舞われたことはたいへんショックでした。お店の被害はどうだったのか、閉店当日は営業されたのか(多分できなかったと思っています)気になるところですが、大将の携帯に電話できずにいます。
2016.04.29

今朝は買っていたアオサづくしとなりました。 と、言っても三種類で、アオサの佃煮、アオサ汁、そしてアオサの佃煮を巻いた玉子焼き。 アオサが発する磯の香りは気に入りました。 佃煮は鰹出汁4、醤油1、味醂1の割合のツユでじっくりと煮詰めたものです。 ところで昨日の我が家でのランチは鶏ささみ、干し椎茸、エノキの釜飯でした。 釜飯は駅弁の「おぎのや」さんの土鍋がひょっこり出てきたのでそれで炊いてみました。 冷奴の豆腐は市販の豆乳を使って作った自家製豆腐です。
2016.04.28

熊本城の鯱は今回の地震で落下してわからなくなったと報じられましたが、よく見ると一部は屋根に引っかかっているようにも見えました。 ほかの部分は落ちて細かく砕け散ったのではないかと想われます。その鯱、取り付けられる前に展示公開中だったときの画像をこのブログにUPしていたものがありました。 鯱の寿命はたった8年くらいと短い命でした。鯱はまさか自然災害でこんなことになるとは思ってもいなかったことでしょう。 再び鯱が大天守に颯爽と鎮座する日はいつの日か、 一日も早く熊本城の復興が待たれます。ところで飯田丸五階櫓も石垣の損傷が激しく床下から半分近くえぐられて南東側の柱を支えている縦一列の石垣が辛うじて支えています。よくぞあういう形で櫓を支えて残ったなと驚いています。縦一列の石垣を1個でもとれば櫓は崩れ落ちるでしょう。取り付けられる前の→熊本城の鯱 2007.9.8に撮影した熊本城、手前が飯田丸五階櫓です。 雪の日の飯田丸五階櫓 2010.1.13撮影昨年の3月26日に撮影した備前堀に映える逆さ飯田丸五階櫓です。暫くはこの雄姿を見ることができません。 熊本城内の被災した石垣、建物の全てについて一日も早い復元が待たれます。 2分ほど前、12時56分頃の余震は今までと違う揺れ方(頭がくらっとする)でした。
2016.04.27

震災前と同じ商品が揃うようになった近くのスーパー、遠くから買い物へ来る人もいるらしく朝早くから駐車場はいっぱいとなる。 昨日は二度も買い物へ行くことなってしまった。スーパーまでの距離はたった500メートルくらいなのだが途中いろいろな花たちが咲いていた。 地震後、こういう花たちに目を配る余裕はなかった。こういう花が咲いていることに気付くようになったということは震災前の日常へ戻りつつあるということだろうか。
2016.04.27

苗を買ってベランダのプランターで育てていたレモンタイムが 大きくなったので今日収穫しました。 このレモンタイムを使って作った今夜のメニューは「鶏むね肉のレモンタイムピカタ」。 今夜は行き付けのお店が開いているか街中へ出かけようと思って息子のために作ったものですが外出が面倒くさくなって取り止め。そこでピカタを1個だけ味見をしたところレモンタイムの香りが鶏肉の旨さをさらに引き出してくれていました。レモンタイムを使ったレシピ 、まだいろいろな料理方法があるのではと思っています。
2016.04.26

近くのスーパーは震災前と変わらない商品が揃ってきて驚いています。 そのスーパーへ向かう途中は積まれた震災ゴミでいっぱいです。 16日の本震があった翌日あたりから出されはじめた震災ゴミ、現在はご覧のとおりです。 こういう所が何箇所あるでしょうか。震災ゴミは全て出していいと言われたのは よかったものの分別がしっかりされていないものもあって悪臭も漂いはじめています。 袋をしっかり閉じてないと隙間から雨水が入り込み膨らんでいるものもあります。 出された震災ゴミはまだ一度も収集に来てもらっていません。 日常生活から出る燃やすゴミ(生ゴミなど)は決められた曜日に 収集に来てもらっていますがペットボトル、資源ゴミ(瓶・缶など)、紙類の 日常ゴミはしばらく収集しないとの周知がなされています。 熊本市にある二つのゴミ焼却場のうちの一つは地震で被災したとのこと、 これも困ったものです。 収集されない震災ゴミ、外ばかりではなく収集されない日常ゴミが 家の中にも溜まって行きます。 他都市で受け入れてもらうなどいろいろと頑張ってもらっていますが速やかな処理を お願いするしかありません。
2016.04.26

いつかは明太子を燻煙したものでピザを焼こうと思っていました。未だ冷蔵庫に一昨日作ったピザ生地が残っていました。 明太子は辛子明太子で冷蔵庫内で一昼夜乾かしたものです。 燻煙したものを輪切り、そしてサラダ玉葱、茹でたエンドウ、チーズをトッピング。焼く前です。四隅の茶色はパンを焼いたときの痕跡です。 明太子、ウィンナの塩分を玉葱とエンドウがバランス良いものにしてくれました。 今朝は牛乳の買い置きがなかったため飲み物は新規就農支援研修の同期生のSさんの商品「ブルーベリーティー」を頂きました。 このピザも美味しかったのですが 自家製ベーコンとチーズの燻製のピザが一番美味しいような気がしています。
2016.04.26
16日未明、震度6強(熊本市中央区)が起きたとき、「オヤジ外へ出よう」とリビングに寝ていた私のところに息子が飛んできた。道路を一つ隔てた駐車場にマンションの住人が避難、集まった世帯数は7~8世帯で20人近く。徐々に冷えてきたので余震の中で着るものを取りに戻り、外で一夜を明かした。明るくなり避難していた全員がマンションへ戻った。しばらくすると隣の奥様が「おはようございます、隣の〇〇ですが娘のところへ避難します」と伝えに来られた。自宅の両隣の一軒とはお母さん、同居している息子夫婦との会話はよくするが、もう1軒の奥様は一人住まい(多分)、挨拶をする程度で話したことがない。そんな付き合いなのだが「娘のところに避難します」は周囲から心配されたらいけないと思って伝えに来られたのだろうと思った。マンション住まいは何年住んでも知らない人は知らない。付き合いがなければ一生関わりののないままで終わってしまう。今回の「娘のところに・・・」は伝えてもらえたことがなぜか嬉しかった。そして、最小限の近所付き合いは今回のような有事を考えると、有ったほうがいいのではないかと思いました。
2016.04.26

今日は雨模様でしたが、どうしても草刈をしておきたいと実家へ帰省しました。九州自動車道の植木インターから八代インター間は地震の被害を受けて通行止め。八代インターまでは国道3号線をひた走り。草刈は雨合羽を着て2時間近く奮闘。 雨の日の草刈は雨に打たれた草がシャキッとしていることと埃がしないところがいいなと思っていますが雷が鳴れば即中止します。今日、草を刈ったところには楽しみにしている桃を植えています。 確か「はなよめ」という種類だったと思います6月、どのような桃に生長するのか楽しみです。草刈を終えて実家を出発したのは4時35分、自宅に着いたのは8時30分、なんと4時間近くかかってしまいました。高速道路の一部不通は熊本市内へ向かう道路、市内に入っても渋滞が激しくいつもなら1時間20分くらいのところが3倍近くの時間を要してしまいました。草刈よりも帰り道に疲れてぐったりとしています。
2016.04.25

昨夜も震度4という余震がありましたが、そのあとは揺らされることなくどうにか眠れて目が覚めたのは5時半。息子のワイシャツのアイロンをかけ、そして洗濯をして干すためにベランダに出ると萩の若葉、 さらにミニトマトの黄色い花が元気づけてくれました。 いつも揺れているような感覚も無くなり元の生活を取り戻しつつありますがまだ何か落ち着かないところがあります。朝食をとり、食器を片付けて一日のスタートです。
2016.04.25

今日18時50分頃と19時56分頃の揺れ方が気になって仕方がありません。 二つとも下からドンと突き上げるような揺れ方でほんの1~2秒ですが足元が震源では ないかという今までにはない揺れ方です。3度目の震度7クラスの揺れがまた来るのでは ないかととても不安です。 今日午後、熊本城・桜の馬場「城彩苑」、そして行きつけの角打ち「堤酒店」さんが 営業しているのか確かめるため街中へ出かけてみました。 城彩苑は閉まっていました。 店内の被害を想定、またこんな時に観光施設を訪れる人がいるだろうかと 思えば閉苑は当然かも?知れません。 城彩苑入口の右側にある櫨方門手前の広場の先の石垣は備前掘りへ向かって崩落していました。 飯田丸五階櫓の被災状況は立ち入り禁止のため全形を確認できず、 木の葉の間から少しだけ見えました。 長塀は数十メートルに亘って崩れていました。 堤酒店さんへ向かう途中、市役所そばの交差点から東十八間櫓を見るとその姿を 確認できませんでした。 真ん中正面の赤いノボリの先の上に立っていた東十八間櫓でしたが・・・・ 堤酒店さん手前の食堂「宝来軒」さんは壁が崩落。(左手へ行けばNHK熊本放送局、右手へ行けば堤酒店・下通りアーケード) 堤酒店さんはシャッターが下りていました。 ほかに気になったのは熊本ホテルキャッスルの外壁にはたくさんのヒビが入っていました。 HPによれば臨時休業とのこと、一日も早く営業が再開されることを祈っています。 あと、鶴屋百貨店の本館も未だ営業が再開されていません。 鶴屋が閉まっていると市内繁華街から活気が失われたような気がします。 ところで、我が家の今夜の晩ご飯はエビが半額だったのでこんなものとなりました。 これは息子用で、私はピザ二切れと小松菜のおひたしに缶ビールだけ。 太らないよう、食べ過ぎないよう注意しています。
2016.04.24

トマトソースを作り過ぎたのでお昼にピザを久しぶりに食べてみようと10時半頃から生地作りにかかりました。今回の粉は強力粉ではなくリスドォル(準強力粉)で作ってみました。またまたエンドウを使っています。 直径は20センチくらい、一人で食べると太るなと思い半分を残しました。これを食べ終えた頃、余震が2回ありました。
2016.04.24

余震が先ほど1時13分頃にありました。震度3とのことでしたが結構揺れた感じがしました。その揺れで起きてなかなか寝付けません。そのあとも余震がありましたが熟睡している人は起きない程度の揺れでした。この余震、間隔はあいて来ましたがまだまだ予断は許しません。余震はいつまで続くのかわかりません、困ったものです。ところで、昨日、また断水したら困ると浴槽に溜めていた真水を抜くと底には茶色い沈殿物がありました。泥なのか錆なのかよくわかりませんでしたが濁っている水での料理はできないと友人も同じでした。(23日の午後)今回、ガスが開通して溜めたお湯は濁っていないようでした。今朝(24日)の朝食、エンドウのパスタ
2016.04.23

久しぶりに干物を食べました。 干物を食べたかったのですがガスが来ていなかったので干物を焼くことができせんでした。 今夜から普通の夕食に戻りました。 大きな鯵の干物、ポテトサラダ、牛肉とサラダ玉葱とエンドウのすき焼き風。熱々の干物にはやっぱりビール。久しぶりのお風呂上りのビールの味は格別でした。ところで地震にガスは弱いことがわかりました。弱いというのは復旧に時間がかかるということです。オール電化キッチンシステムにしようとも思いましたが今年新しいガスコンロにしたのは停電は台風や落雷などで有り得ますがガスの不通はめったに無いと思ったからです。ガスと地震、結び付けて考えていませんでした。
2016.04.23
先ほど23日午後3時20分やっとガスが復旧しました。 16日未明の震度6強(熊本市中央区)の揺れに見舞われたあと止まっていたガス、 実に一週間ぶりです。 一週間はカセットコンロに頼った料理(簡単なものしか作れませんでしたが)、 そしてお風呂に入れず盥にぬるま湯を張った行水。 水、電気、ガスの無い生活がいかに困るか思い知らされた一週間でした。 ガスの復旧は昨日大阪ガスの方がお見えだったようですが我が家が不在のため一日遅れの 復旧となりました。全国から支援に来て下さっている皆さんに感謝感謝です。 後輩が住む地区はガスの復旧は5月に入ってからのようで待ち遠しいようでした。 今から早速お風呂に入り、今夜の料理にかかりたいと思っています。 間隔は遠くなりましたが、また先ほど余震がありました。
2016.04.23

14日に実家へ帰省、その日は九州自動車道益城空港インターで下りました。その2時間後に最初の震度7の大地震、昨日はそれ以来の実家へ実に8日ぶりに帰省しました。農作業等のため3日に一度は帰っていましたので8日ぶりというのは随分帰っていなかったことになります。 気になっていたのはポットに種を播いたトウモロコシ、乾瓢、枝豆、食べるホウズキ。 帰省したのはその生長具合を見るためとエンドウ、巻かないレタス、玉葱の収穫のためでした。防虫ネットで育ててきたキャベツも随分大きくなっていました。 ジャガイモも順調に生長していました。 玉葱は食べる分くらいを収穫して帰るつもりでしたが、今日から数日雨が続くとのことで急遽収穫することにしました。玉葱は12時半から引き抜き、玉の部分の少し上のところとひげ根を丁寧に切り、大きさ別に分けてコンテナに収納が終わったのは4時過ぎでした。帰り際、芦北町の湯の浦温泉の岩の湯さんで実に8日ぶりの入浴。2回も身体を洗いました。 「岩の湯」さん 8日間はたった2回の「行水」だけ、久しぶりの温泉は心身ともに疲れを癒してもらいました。玉葱を収穫中にスマホに着信。それはガスを開通するので立ち会って欲しいとの電話でしたが帰省しているため立ち会えず開通できませんでした。ガスの開通はガス会社の人に立ち会わないと開通して貰えないということを知りませんでした。
2016.04.23
熊本市内を走るバス、市電も復旧して熊本市内の被災の状況がどれくらいのものなのか一昨日の夕方繁華街へ出かけてみました。下通り、上通りのアーケードなどを歩くと開いていたお店はドラッグストア、コンビニ、ケーキ店のほかは数店。外壁が崩れたところ、崩れかかっているところと営業再開にこぎつけるまでは相当の費用と時間がかかるだろうと思いました。上通りアーケードでは一部雨漏りするところもあり、乾いた土が濡れたときの変な匂いも漂っていました。今回の地震、14日の21時26分の最初の揺れには驚きましたが16日1時25分の揺れは最初の揺れよりさらに激しく、この揺れが被害を大きくしました。2度も震度7(我が家付近(熊本市中央区)は震度6強(16日)だったと想定される)に見舞われたのですからたまったものではありません。16日未明の地震は住んでいるマンションが倒壊して下敷きになるのではと思うくらいの激しい揺れでした。 今回の地震は熊本の観光、経済に大打撃を与えて花畑地区再開発にも影響を与えるのは必至ではないかと思うところです。益城町にお住まいの方は6割くらいの家屋が大きな被害を受けたと話してくれました。今回の地震が起こるまで熊本県民は熊本は地震が少ないところでいいなあと思っていた人が多かったのではと思うのですが、地震が無かった間にひずみ、エネルギーが蓄えられていたとしか思えません。長い間、地震が無いところ、特に断層帯近くの地域は危ないのではと今回の地震で思ったところです。熊本城、阿蘇神社の損壊など様々な名所旧跡、重要文化財等も被害に合いました。 熊本市、阿蘇地方への観光客は激減するでしょう。震災前に戻るための復興には多額の費用と年月を要すると思われますが一日も早く地震前の熊本に戻れることを祈る次第です。(私に何ができるか模索中です)
2016.04.21
今日、近くのスーパーが10時に開店するということで9時55分に着きましたが誰一人並んでいませんでした。ところが店内は開店10分後にはお客さんで一杯となりました。 店内には野菜も魚も肉も品数も数量も地震後とは思えないくらい揃ってきて一安心。 魚に肉、そして野菜にと買い揃え、牛乳も買うことができました。 昼から西原村が実家、そして益城町にお住まいの先輩へ電話するとご無事とのことで一安心。まだ時々余震があり不安は解消されませんが少しずつ地震前の日常に近づきつつあります。ライフラインは未だガスが来ていません。 今、カセットコンロが頼りです。ガスボンベの在庫が尽きる前にはガスが使えるようになって欲しいと願っています。身体は、震災後、おにぎりだけで済ませた時もあったので痩せてきています。
2016.04.21

最初の地震が起きた14日以来、身体を動かす機会がなく身体に悪いと 久しぶりに近くを散歩してみた。 外壁が壊れているマンション、倒れた古いブロック、高く積まれた震災ゴミが目に付いた。 震災ゴミは毎日出していいと聞いているが収集に来る気配はなく溜まっていく一方。 今日は大雨とのこと土砂崩れなどの二次災害が心配される。 余震はずいぶん回数が減ってきた気がするが揺れ方もユサユサとゆっくり揺れる 揺れ方に変わってきた感じがしている。 震源が大分方面へ移動しているようだ、まだまだ予断を許さない今回の地震、 ドーンと来て激しい揺れが来ないかと不安がつきまとう。 そんなことをよそにベランダの外で輝く緑に芽吹いた槻(けやき)は 地震など関係ないというように雨に打たれている。 ところで益城町、熊本市在住の知人、友人の皆さんの被害の状況が徐々に判明してきた。 マンションの上層階に住む先輩は食器類が殆ど割れて大きなレジ袋に9つも。 また、金融機関に勤める若い奥様は車中に7泊して車から今日出勤するとのこと。 まだ1歳くらいのお子さんを残しての出勤、子供さんは誰が見ているのとの 問いかけに未だ返信なし。 まだ断水中のお宅はお風呂に入りたくて一休という温泉施設に行ってみたところ 長蛇の列にビックリして菊池市の七城温泉まで出かけ深夜に帰宅。 いろいろな方に電話して「ご無事でしたか」と確かめたいところだが 片付けなどでそれどころではないだろうと思って連絡するのをためらっている。
2016.04.21

15日の夜は熊本市内の西銀座通りで46年間も営業されてきた行きつけのお寿司屋さんが 翌々日の17日にお店を閉じられるということで街中へ出て最期のお寿司を食べてまいりました。 その時以来の久しぶりのビールです。 ガスが来ていないのでカセットコンロで調理しています。 そして炒飯。 炒飯は私の分ではなく息子用。 お風呂にはまだ入れませんがビールを飲んで余震を気にすることなく寝付けるようにとの 思いで飲みましたが1本だけでは酔いが覚めてしまいました。 二日間ほど毎食おにぎり1個だけで済ませていたことを思えば 元気をもらえた食事となりました。 余震の揺れが弱くなり間隔が大分空いてきました。早く収束しますように・・・・・
2016.04.20

熊本という所は地震が少ない、まあ大きな地震は起きないだろうと思っていた県民が殆どじゃないかと思います。 私もその一人でこんな大地震が起こるとは誰が想像したでしょうか。ということは地震に対する備えが万全と言える世帯がどれだけあったか、あってもそんなに多くなかったのではと思うのですがどうでしょうか。地震の揺れを止めることはできませんが「備えあれば憂いなし」で水や食料を少々でも準備していれば地震後の暮らしへの影響を少なからず抑えられたかもしれません。地震に備え、水も食料もいつかは準備しなければと思っていましたが思っている矢先にこんなことに遭遇してしまいました。思っているだけでは駄目で「備え」を実行しなかったばかりに痛い目に合いました。いろいろと気付かされ、考えさせられた震災です。さて、昨夜は余震はあったようですが起こされるような揺れではなく5時に目が覚めました。一緒に暮らしている二男は今日から通常出勤ということで仕事へ出かけて行きました。となれば朝食を食べさせなければということでこんなものとなりました。 今朝は地震前と変わらぬ朝食となりました。ガスが未だ来ていません、ひょっとしたら今日からガスが来るようになるかも知れないと期待しています。徐々に元の生活を取り戻しつつある我が家です。余震も徐々に減ってきているような感じがしています。このまま収束に向かって欲しいと思っています。
2016.04.20
先ほど八代、熊本地方で震度5強の激しい揺れがありました。そんな中で余震が来ないことを祈りながら汗臭くなった身体をやっと、実に6日ぶりに洗ってさっぱりしました。ガスが来ていないのでシャワーもお風呂にも入れません。そこで考えたのがお湯を沸かし、沸かしたお湯を盥(たらい)に入れ水で薄めておき石鹸で身体を洗い、その温水で流すことにしたのです。盥は野菜を洗うために買っていたものでたまたま実家から持って来ていました。久しぶりの湯浴みは汗臭さもどこかへ飛んで行き気持ちよくなりました。先ほどの地震の震源地は南西の八代地方へ動いている様子、さらに震源地が広がらないことと余震が無くなることを祈らずにはいられません。もういい加減にして大人しくなって欲しい頼むから!
2016.04.19
外は今まで起きた地震が嘘のような快晴です。 そんな中、午前中放送された民放の番組に南阿蘇村に住む退職するまで一緒に働いた元同僚が 突然現れてびっくりしました。 被災者の一人としてインタビューを受けているところが放送されたのです。 家具が倒れて奥さんが下敷きとなり、それを近くの人と一緒に助けたけれど骨折されたとのこと。 南阿蘇村から通勤していることは知っていました。まさかこんな形で元同僚を 見れるとは思いませんでした。 午後、近くに住む亡き妻のパート時代の友人の方からは 「片付けの手伝いに行きましょうか」との有難い電話を頂きました。 その妻の友人宅は激しい揺れだったにも関わらず食器一つ割れなかったそうです。 また、従兄のマンションは免震構造でこちらも何一つ被害はなかったとのこと。 私が住むマンションとは大違いです。 ところで今回の地震、南は種子島から北は東京、千葉と多くの方から電話、メール、ラインで 「大丈夫ですか」と安否を気遣って頂き励ましも頂きました。 愛知県、福岡市、種子島、大分市に住む知人、友人、元同僚の皆さんからは 「必要なものを送りますから言って下さい」と、 また、福岡県に住む元同僚からは 「昼は渋滞しているから、夜、必要なものを車で持って行きますよ」という 嬉しい言葉を頂きました。 今回の地震で多くの皆様から頂いた数々の音信はとても元気づけられました。 心から感謝しています。
2016.04.19

16日未明の本震から停電となり、それからマンション敷地内の屋外で二度土鍋で炊飯し、 おにぎりを作り、それを朝昼夜と1個ずつ食べて繋いできました。 昨夜は久しぶりに電気釜で炊飯。 献立はカレーとホウレン草を茹でたものとトマトでした。 「温かいご飯はいいねえ、ほっとするわ」と、息子が一言。 確かに「温かいご飯」は心が休まります。 ガスは未だ止まっていますが携帯ガスコンロで調理しています。 細かいことですが野菜を茹でるときはガスボンベの消費を少なくするため T-falでお湯を沸かし、そのお湯を鍋に移してコンロで茹でています。 今、平穏な日常のライフライン(水、電気、ガス)からもらっていた幸せさについていかに 無頓着だったかと深く考えさせられています。 勢いよく流せるトイレの水、温かいご飯、心身ともに疲れを癒してくれるお風呂のお湯、 室内を隅々まで照らす灯り、蒲団や毛布に包まれた深い眠りに就ける環境など、 平穏な日常の中での当たり前だった光景はいろいろな事を教えてくれています。 激しい揺れ、いつ収束するのか全く分からない今回の地震で寸断されたライフラインは 当たり前だった日常の幸せについて「見つめ直すという」機会を与えてくれました。
2016.04.18
余震が少なくなって来たな、これで収束していくかなと思っていた矢先に 先ほど8時42分、阿蘇市で震度5強(熊本市で震度4)の地震がありました。 震度4くらいは震度5、6と比べれば強い揺れでないので驚かなくなりました。 残念なことですが「余震慣れ」状態になってしまったようです。 今回の「熊本地震」で気になることは震源地が移動していること、 今、阿蘇、大分方面へ移動しているようですが、南西方向の日奈久断層へ移動しないという 確信、断定はできません。 日奈久断層の最終地は水俣市沖の海底下ですが近くには出水ー宮之城断層も走っています。 稼働中の川内原発への影響は今のところは考えられないとのことで 運転停止はしないとのことですが、影響を与えるような地震が絶対発生しないという 科学的な根拠があるとは思えません。 いつどこへ震源地が移動するかも知れない度重なる激しい地震、 川内原発へ影響を及ぼすような地震が起きないこと、また余震が早く収束することを 祈るばかりです。 震度6、震度7の激震がいつ起きるかわからないという不安、 そして数えきれないくらい起きている余震は強いストレスとなっています。
2016.04.18

マンションの隣のお宅の息子さん、そして友人から玉名のスーパーは開いていて並ばなくて買い物ができるという情報をもらったので9時に自宅を出発。こちらからはスイスイと行けましたが熊本市内へ向かう通称北バイパスの対向車線は東バイパスから麻生田交差点のちょっと先まで大渋滞でした。九州自動車道の植木インターから八代インターまでが通行止めのため一般道が大混雑になったという次第です。1時間かけて着いた玉名のスーパーではアルコール類、つまみはいつもと変わらない状態で売られていましたがほかは品不足ぎみ。でもレジでの混雑は全く無く早々と引き上げてきました。帰りは県道1号の熊本~玉名線で帰ったところ渋滞で2時間もかかってしまいました。熊本市内に戻ったところ自宅近くのスーパーも開いていましたが肉、酒類などを除いてほとんど売り切れていました。今日は肉、魚、野菜、米など数日間は大丈夫と思われる食糧を入手できました。予定していた16日の筍掘り、プロレス鑑賞(行くかどうか迷っていた)が中止若しくは行かず、また17日の講演会(アクロス福岡)は交通手段がなく、さらに18日の料理教室、20日のパン教室は中止となり、空き時間ができてしまいました。今また、15時ちょうどに結構大きな余震がありました。テレビでは震度3と放送していますが震度4ぐらいの揺れと感じました。 【住んでいるマンションの状況】壁の一部のタイルが剥離して亀裂があちこちに走っています。損傷が激しい柱剥離した外壁のタイル16日午前1時25分のような揺れがまたあると崩落するかも知れません。そんな不安な思いの中で家の中に居ます。 【要望】 停電、断水、ガスを早く復旧して欲しい。(自宅近辺はガスのみ未復旧)スーパー、コンビニの商品不足を速やかに解消して欲しい。
2016.04.18

14日の地震から4日目の朝を迎えました。昨夜は一度だけ揺れを感じましたが起きるほどでもなく、どうにか眠れました。割れた食器類のあと片付けも一通り終わり、洗濯もできてホッとしています。今、7時53分、ドンという感じの余震がありました、多分震度3か4ではないかと思います。あまりにも余震が多いのでいつも揺れている感じがしています。この地震、NHKで先ほどの地震は震度3を観測したと放送がありました。さて、4日目の朝食は昨日焼いた胡麻入り食パンを使ったサンドイッチです。パンを焼こうと思ったときはまだ断水中、水少々で焼けるパンは水の節約ができるなと思ったのです。 これは二人分です牛乳がないのでウーロン茶です。息子は「うわーっ久しぶりの野菜だ、これは嬉しい」と言って喜んで食べて仕事へ出かけて行きました。これまでおにぎり1個だけの食事でしたので私も今朝は満足の食事でした。 ところで今回の地震で一番激しく揺れたのは16日午前1時25分、その地震で殆どの食器類は落ちてしまいましたが、キッチンカウンターの上にあった炊飯器とT-falの湯沸かしだけは全く動じることなく落下しませんでした。安定感があるということでしょうか。今日は鮮魚、肉、生鮮野菜を買いに出かけようと思っています。また、今8時35分余震がありました。これは震度4かな?
2016.04.18
久しぶり、実に4日ぶりの洗髪です。というのは地震で断水していましたが先ほど10時過ぎに「水が出るようになっていますよ」とマンションの理事長宅から連絡をもらったので蛇口をひねったところ、待望の水が出ました。それからが大変、14日夜の食器類が洗えなかった(地震が来たとき片付けていなかった)分をまず洗い、そしてたまっていた衣類を洗濯して干し、そして浴槽には水を溜め、さらにペットボトルにも溜めました。そして洗髪。洗髪は残念ながらガスが止まっているため水での洗髪となりました。冷たかったけれどさっぱりしました。電話、電気、水道、ガス、これらライフラインがいかに大切なものかと今回の地震で痛切に感じているところです。あと、ガスが来ていません。余震がなくなり、熱いお風呂に入ってさっぱりして 冷たいビールを一杯といきたいところですが、その日はいつやって来るのでしょうか。ところで、今の服装は激しい余震に突然見舞われたときでも直ちに外へ出られるよう カジュアルな服装で靴下も履いています。こんなことを書いている最中、0時13分頃にまた余震がありました。
2016.04.17
結構激しい雨に見舞われた昨夜ですが、今、外は快晴です。 でも、心の中は断水が解消されないため曇り空です。 断水しても、まだ我が家なんかはいい方なので我慢です。 ラインでいろいろな情報が入って来ました。 益城町に住む友人からの画像は悲惨でした。 グループのどの家も家財・食器類などが散乱して散々とのこと、困っているのは断水。 小料理屋さんからは「今日18時から炊き出しをするので困っている方はお出で下さい」との メールを頂きましたが、ずいぶん足が遠いのていたので行きづらくて行けません。 息子が飲み物、カップラーメンなど数日間は乗り越えられる分の飲食物を確保してきました。 私は水が少量で済むということで食パンをホームベーカリーで焼きました。 生野菜は実家の畑で栽培しているものを持って来ていたサラダ玉葱とエンドウ、 さらにマンションベランダで栽培している葉物野菜で数日間は大丈夫なようです。 14日の最初の大揺れのあと、すぐお風呂に水を溜めました。 これが功を奏してトイレなどの生活用水として役立っています。 あと半分ほど残っていますが無駄遣いしないように慎重に使っています。 スーパーやコンビニは開店しても物が無いということは困るので、 食料、生活用品が速やかに行き渡るような対策を講じて欲しいと思います。 そして、停電、断水が解消されていない地域を早く解消して欲しいと思います。
2016.04.17
昨夜、自宅マンションから3百メートルくらい離れた公道に路上駐車して夜を明かしました。トイレに行きたくなったらいつでも自宅へ用を足しに帰れる距離と考えての選択でした。 同じような選択をした方が10数名、天候は悪くなり、激しくフロントガラスを雨がたたきましたが、前夜に殆ど寝ていなかったため熟睡。(目が覚めるような激しい余震もなかった) 目が覚めたのは5時、トイレに一度も起きることはありませんでした。目が覚めて思い立ったのは車への給油。ガソリンスタンドへ着くとまだ6時という早朝なのに既に10台くらいが並んでいました。昨夜、停電が復旧して一時帰宅、キッチン回りは少し片付きましたがリビングと三つの部屋は足を踏み入れられないくらいの散々な状況です。今も、魚釣りに行ったとき、魚がコツコツと引くあたりのような余震があっています。3回あった激しかった揺れ、4回目が無い事を祈るばかりです。息子には何か食べるものを探して来てと食料調達に行ってもらいました。 これからボチボチ、片付けにかかろうかと思っています。
2016.04.17
未明、経験したことがない激しい揺れ(生きた心地がしなかった)で起こされました。 そして停電と断水。 マンション前の空き地に20数名で一晩中不安の中で過ごしました。 夜が明けて近くの学校へ避難していましたが停電が復旧したので今帰宅したところです。 キッチンの床には割れた食器類が散乱。 すぐにスマホの充電、空きペットボトルに水を充填。 息子がご飯を炊いておにぎりを作ってくれています。 いつ余震がくるかわからないので今夜は危なくないところに路上駐車して寝ようと いうことになりました。(学校はもう満杯) 今回の地震は激しい余震が何度もあることが特徴で 今度の余震は震度4だとか5だとかが大体分かるようになりました。 今、困っていることは 食料が底をついて来ましたがスーパー、コンビニが閉まっていて買い物ができないことです。 開店するまで食いつがないといけません。 今、命があることをしみじみと噛みしめています。
2016.04.16
昨日も実家へ農作業のため帰省し、九州自動車道・益城熊本空港インターで下りて帰宅。 ゆっくりしていた2時間くらいあとにガタガタ以上の激しい揺れに見舞われました。 食器棚から皿やコップなどが落ち、焼酎、ワインなどを入れている棚からは ワインが落ちて割れました。 食器棚の上に置いていた古い形の圧力鍋も落ちていましたが、その時は凄い音が しただろうと思うのですがその音にも気付かないくらいの激しい揺れと音でした。 停電、断水は幸いに発生しませんでした。停電すれば不安の中で一夜を 過ごすことになっただろうと思います。 9時26分の最初の地震から数えきれないくらいの余震が凄くて午前0時3分の揺れは 最初の激しい揺れに匹敵するようなものでした。 その後も余震が何度もあり、今も後片付けをしようという気分になれません。 今回の地震で尊い命が奪われ、そして多くの方が怪我をされています。 また建物も数多く倒壊しています。熊本城は天守閣の瓦が無残に落ちて、あちこちで 石垣が崩れているようです。 今回の地震は観光スポットである熊本城の被害で観光客減少に伴う熊本経済への 影響が心配されます。 飲食店の被害も飲料が入ったボトル、食器類の破損など被害を受けただろうと 想定されます。 行き付けのお店もどのような状況なのか心配ですが後片付けで たいへんだろうと思って電話するのを躊躇しています。 地震というものの怖さを痛感しています。
2016.04.15
昨夜、楽しみにしていたジャーナリスト鳥越俊太郎さんの講演会が熊本県民交流館で開かれました。講演会は、申し込み先着順(ある新聞の購読者に限る)で聴講できることになっており、早々と申し込んでいました。演題は「ポジティブに生きる」でした。講演では「今も時々テレビに出ていますが、すんなりと現在のように成れたのではありません」と。また、三つの思いを携えて過ごしてきたこと、その三つの紹介、そして高校、大学生、勤務先の新聞社でのことなどを聴かせてもらいました。「人生って何なのか、残りの時間をどう過ごし生きるか、最期をどのように迎えるかが重要」など、心に残る言葉を直近の5メートルくらい前で聴かせてもらいました。穏やかな語り口での講演でした。また別の演題での講演を楽しみにしています。
2016.04.13

エンドウの層が二つもあるエンドウたっぷりのラザニア、今夜の息子の夕食です。私も味見したところまあまあの味でした。 220℃に余熱したオーブンで焼くこと12分。 耐熱土鍋は窯元「幻窯(げんよう)」さんの自宅展示販売会で買ったものです。 ラザニアは一年に一度登場するかしないかですので「おっ、これは何?」と息子から言われるかも知れません。
2016.04.13

巻き寿司などに使う大切な食材、かんぴょう。いつもスーパーで買っているが買う時に思うのは量の割に値段が高いということ。 それならいっそのこと、かんぴょうの種を播いてかんぴょうを栽培してみたらと思った。既に種を購入。 果たして上手く収穫できるだろうかと思うが何でもやってみないことにはわからない。売ってあるような乾瓢は無理かも知れないが、栽培過程を楽しみ、1個だけでも収穫できれば食べきれない量のかんぴょうができるだろう。失敗するか成功するかはわからない、まずは種播きから。今年、自ら作った「かんぴょう」で巻き寿司を作ることができるでしょうか?
2016.04.13

先日、実家へ帰省途中、高速道路を走っていてRKKラジオを聴いて偶然に知った『大田黒浩一・宮川理佳と行く!キリン一番搾り「熊本づくり」バスツアー』に昨日参加してきました。午後2時、RKK(熊本放送)社屋前を出発、3時40分にキリンビール福岡工場に到着。 昨日は普通の工場見学とは違い、6月7日に発売される一番搾り「熊本づくり」の仕込み(タンクへの麦芽投入)式でした。ビールができるまでの工程、仕込式についての注意事項などの説明があり、いつもは入ることができないタンクのそばへ。参加者全員が一人ずつ麦芽を投入。 投入式を終えたあと一番搾りの麦汁と二番搾りの麦汁を試飲。 一番搾りと二番搾りの 麦汁の違いを知ることができました。 ホップの香りもかがせてもらいました。 普通、ビールは一番搾りと二番搾り麦汁を混ぜたもので作られているとのことですが、キリンビールの一番搾りは一番麦汁を使って作られているとのことでした。(知らなかった)仕込み式を終えていよいよレストランへ移動して懇親会。レストランまでの途中にあった「つつじ」の植え込みに感動。仕立てられた形の珍しさと全てが咲き揃ったときには凄いだろうなと思いました。 いよいよ冷たいビールでバーベキュー。飲み放題で新鮮なビール、いつも飲むものとは違う美味しさに惹かれて6杯も頂くことに。行くときには静かだったバス車内、帰りはもう知人。私のような男性一人参加の方が多かったのに驚き、また初対面の方との会話は新鮮でした。飲みながら、あるいは帰りのバス車内でキリンビールマーケティング(株)熊本支社さんに作ってもらったわさもん集まれ!期間限定! 一番搾り 熊本づくり 伝道師の名刺で名刺交換。9時過ぎにRKK社屋前に到着、またの再会を楽しみに解散。 RKKラジオから流れてきた情報で偶然に知ったツアー、「よしっ、これに参加しよう」との即断が良かったようです。
2016.04.13

玉葱、ジャガイモ、人参などいろいろな料理に使われる基幹野菜、これらの野菜の栽培も毎年のように行っていますが時には珍しいものも栽培してみたらどうだろうということで、いろいろな種を購入しました。 買った種は、べにぞめ葱、コールラビ、チコリ、ハバネロ、カイラン(芥藍)、食用ホオズキの6種類。この中で栽培したことがあるのはカイランと食用ホオズキ。食用ホオズキは種苗会社から苗を買ったところその値段の高さにビックリしましたが、野菜ショップで売られていた食べるホオズキの1パックの価格にも驚かされました。(量はそんなに多くないのに千円でした) べにぞめ葱は煮ると色落ちすると書いてあったのにはちょっとがっかりしました。この6種類の中で栽培するのが面倒で難しそうなのはチコリ。このチコリ栽培、果たして上手く行き、口にすることができるのかという不安が頭の中をもう過っています。
2016.04.12

植えた苗は10数本(種を播いて作った苗)、エンドウは今、収穫の最盛期を迎えています。エンドウは茹でるとこんなに緑鮮やかな姿、嬉しい春らしい色です。 暫くはエンドウを食べる日が続きます。 昨日の我が家のランチ「エンドウと新玉葱のカレーパスタ」野菜も大量にあるといろいろな料理ができます。 今日の朝食、エンドウのトーストエンドウを使った料理を工夫研究してみようと思っています。
2016.04.11

山の神まつりの酒宴を終えて九州新幹線に乗り自宅へ帰り着いたのは午後6時半。 それから飲み足りないなと思い熊本市内の繁華街へ。 まずは上通りアーケード近くの行きつけの立ち飲み店へ。 カウンターの中には初めてお目にかかる若い女性の笑顔があった。 働いていた男女大学生の皆さんが卒業したため働くこととなった新人さんだった。 その女性に週に2~3回ほどお邪魔している常連客であることなどの自己紹介。 ハイボール2杯を飲んでこのお店を後にして、これまた時々お邪魔している 並木坂のピザ屋さん Pizzeria da Roccoさんへ。 注文したのはマルゲリータとチーズが半分ずつのピザ。 これにビールを一杯、ピザは美味しくて完食したがビールは全てを飲みきれず。 2.5トンの石窯で焼かれたピザ、ここのピザは本当に美味い!と思う、 とても気に入っている。
2016.04.11

昨日の山の神まつりの座元は私に1歳年下の従弟宅だった。 従弟宅は実家から歩いて100メートルも行かない近いところにあるが是までお邪魔した ことがあるのは二度ほど。 駐車場の看板、郵便受などいろいろなものを作っていた。 圧巻は駐車場の上に作られたバーべーキューなども可能なテラス。 ここはリビングから出入りができるようになっており、便利に作られているなあと、 また手先の器用さにも感心させられた。 すぐ傍に住まれる今回の座元宅のお兄さんの畑にも感心した。 畑はそんなに広くはないが栽培されている数々の野菜はスクスクと育っていた。 奥様と二人でせっせと手入れされているらしい。 仲がいい従兄弟、私には30名近くの従姉妹兄弟がいる。
2016.04.11

戦前、父たちが山を開墾したことを記念して毎年4月に開墾地の地主11軒だけで「山の神まつり」が開かれている。今年は昨日開かれ、私は前夜から実家へ帰省。開墾地は小学校低学年頃までスイカ、瓜などを栽培していた。畑は山に囲まれていたにも関わらず、その頃は鳥獣被害に全く合うこともなくスイカも金瓜も大きなものがたくさん収穫できていた記憶がある。その後、どこのお宅も畑作をやめてミカン栽培を始めた。現在はそのミカンも枯れてしまい何も栽培されておらず耕作放棄地の一歩手前という状態となっている。 開墾地の頂上には山の神を祀る祠(ほこら)があり、その清掃としめ縄などを飾るために誘い合わせて8時に麓を出発。 枯れ枝、落ち葉などを片付けて飾り付けが終わるまで30分。下山したのは9時過ぎ、11時に今年の座元(従弟宅)宅に集合。座元宅には神主さんにお出で頂いていて神事が執り行われてめでたく終了。そのあとは酒宴。 弁当、お刺身、飲み物などにかかる費用は全て割り勘。しょっちゅう実家へ帰省してもめったに会うことがない地域の人たちとのまつりは盛り上がり、山の神様が取り持ってくれたご縁に感謝しつつ宴は終了。座元は11年に一度回ってきます。回って来たその年はたいへんですが、年に一度、地域の懇親が深まるということを考えればそこに報われるものがあります。
2016.04.11

朝10時頃から作り始めた息子の夕食用弁当です。 今日の弁当はシュウマイとイカの照り焼きが入った弁当。 シュウマイには新玉葱をたっぷり使っています。そして干し海老を戻したものも。 グリンピースがなかったので代りにエンドウを使っています。 イチゴの下は野蒜の味噌炒めです。 そしてイカの照り焼き、こちらでもエンドウが活躍してくれました。 おにぎりがちょっと足らないだろうと別に準備しています。 この弁当、野蒜などあまり食べたことがないので残す可能性大です。
2016.04.09

昨夜のメニューの残りもの牛丼の具材にエンドウを加えた一品。 エンドウのシャキシャキとした歯ごたえ、そして今回は唐辛子もふってピリッとした味となりました。新玉葱もさらに追加して今日の朝食のオカズとなりました。
2016.04.09

2月に湯の鶴温泉の立ち寄り湯に入り、近くにあった鶴の屋さん中にあるCafeで店長さんと話し込んでしまい「今度は複数で食事に来ます」と約束してしまいました。昨日、その約束を果たすため兄弟たちを誘って初めてのランチへ。ここのシステムはバイキングランチ。ずらりと並んだメニューからいろいろと盛り付けてみた。皆、素敵ないい味で美味かった。 そしてこちらは別オーダーのステーキ、軟らかい美味しい肉だった。ドリンクバーも充実していた。珍しかったのは「いぐさソーメン」、是も美味しかった。 駐車場は100メートルくらい先にあって帰りのそこまでの湯の鶴温泉の風景。道路脇にそびえ立つ苔むした古木。 川べりに下りてみるとまた違った風情。 今回は温泉には入らず、また、運転手だったためアルコールもなし。次回は温泉にゆったりと浸かり、そして湯上りの冷たいビールでディナーを堪能してみたいと思っている。2月に行ったときの鶴の屋さんの全景は→こちら
2016.04.09

実家への帰省、多いときには月に10回以上。 ガソリン代、高速道路料金とお金はかかるがそれ以上の楽しみがあるからあまり苦になりません。 今日もいろいろな春の彩りを目に焼き付けてきました。 収穫が楽しみなビワも少しずつ大きくなっています。 実家のつつじも少しずつ咲き始めています。 柿の木の下に自生している三つ葉。 軒下で育ててある鮮やかな花たち 実家へ帰ると熊本市内のネオン街をウロウロとしている時と同じくらい元気が出ます。
2016.04.08

今日は実家へ帰省してエンドウと自生している三つ葉などを収穫してきました。それらを肴に珍しく晩酌。メインは牛肉と新玉葱、未だ帰宅していない息子には牛丼で提供。 豆類は素材そのものの甘味が何とも言えません。今夜のビールのつまみからは春の本格的な訪れを感じました。
2016.04.08
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