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邪神も2回斃したし、残りやるべきことと言えばコンプ系のことばかり。しかも、カジノをガッツリやるつもりはない(いつものこと)ので、そんなに大したことは残ってないのだが…まだまだロトゼタシアを堪能したい。で、今回は、ひととおり冒険を振り返って思い出や印象に残ったこと、思ったり感じたりしたことなどをいくつか書こう。(1)結局どのキャラが一番好きか?これはDQファンにとっては大事なこと。私は元々剣術より魔法で戦いたいタイプなので、発売前の事前情報を見た限りでは、勿論ベロニカとセーニャがお気に入りだった。しかし、実戦で数多くの戦闘をしてみて良かったのは、マルティナ。女武闘家という意味では、私の好きなDQ4のアリーナとかぶる。二人とも姫だし武術の大会出てるし。それ以外では、武闘家には珍しく爪だけでなく槍が使える(事前情報のグラフィックで既に薙刀を持っており、そこは私も気になっていた)ことや、なんといってもロトゼタシアのセクシー系担当であることもポイントだ。コスチュームや特技で楽しませてくれる。個人的にはセクシービームよりサキュバスウィンクのほうがお気に入り。最大MPが低いのが玉に瑕だが、そこはアクセサリでどうにでもなるし。あと、あのハイヒールは雪原や砂漠でもめりこまないのは何故だろう?(2)伝説の勇者ロトの誕生についてストーリー中で出てくる通り、伝説の勇者ローシュと賢者セニカの系譜を継ぐのがDQ11の勇者。言ってしまえば、ローシュとセニカの子孫がDQ11の勇者で、この人がどうやら「初代ロト」。更にその系譜を継ぐのがDQ3のオルテガの息子であるアリアハン出身の勇者(「2代目ロト」)。このことはエンディングの最後の最後がDQ3に繋がっていることからも判る。つまり、時間の流れと勇者の系譜は、以下の順になっている。ローシュ→DQ11→DQ3→DQ1→DQ2驚きだ!(3)「過ぎ去りし時を求めて」の本当の意味過去のDQ作品のサブタイトルは大きく2種類に大別される。「悪霊の神々」のように世界観を表しているだけで特段意味のないものと、「そして伝説へ…」のように物語最終版やエンディングでその深淵なる意味が明らかになるというもの。私は、今回のサブタイトルは前者だと思っていた。つまりDQ30周年で過去の作品との繋がりを強く意識しているということを象徴しているくらいに。勿論ヨッチ族の依頼で過去のDQ作品世界に旅立つのだが、これすらPS4版にはない仕掛けである。だから、物語を進めて過ぎ去りし時を求めると、失われてしまったあの人と再会するために文字通り時間遡行をして過ぎた時をやり直すことになるとは予想だにしなかった。まぁあの人と別れた時点で、のちのち再会できるんだろうなとは思っていたが。まさに予想外で予想以上。いい意味で期待を裏切られた。でもあの人と再会できたのは本当に良かった。
2017.09.29

DQ1の冒険がフィナーレを迎えた。DQ1自体は勿論もともとFCのゲームで容量も大きくないので、あっという間に終わってしまった。私はSFC版を1回やったことがあるだけだが、あまりにも有名なストーリーなので、謎解きで行き詰まることはなく、難なくクリアした。とはいえ苦戦したところも。橋を渡ると突然魔物が強くなるので、新しい鎧を手に入れるだけのお金を貯める間はけっこう苦しかった。最寄りの街の宿屋に戻れるだけの距離・残りHPなどを把握しておかないと。アイテムの残量確認も必要。薬草と鍵は常に満タンにしておくことを心掛けた。あとは最後の竜王戦。竜王の城の最深部に辿り着いて変身前のりゅうおうを斃した時点でMPはあまり残っておらず、それもあっという間に尽きて、最後は虎の子の薬草(回復量が少ない)でどうにかこうにか戦った。最後の一撃がもし外れていたらその反撃でこっちがやられていただろうってところで辛勝した。そしてエンディング。これももちろんFC流シンプルを貫いたもの。しかし、というか寧ろそれが故に「フィナーレ」の曲の良さが際立って大変印象的だった。改めて、名曲であることを認識。さて、これでまたしばらくロトゼタシアに戻るわ。
2017.09.28
ヨッチ村の問題を解決してから邪神に再戦を挑み、勝利した。別段話が変わるわけではなく、せいぜい邪神が「一度ならず二度までも」みたいな台詞を吐くくらいなのだが。しかし再戦してみて初めて気付くことや感じることもあった。1戦目で気付いたことの繰り返しもあるかもしれないが、改めてまとめてみよう。邪神戦のBGMは「勇者の挑戦」で、これはDQ3の大魔王ゾーマとの戦闘シーンでかかる曲と同じ。邪神に対して最初に闇の衣を払わなければならない設定も同じくゾーマ戦に由来。こちらは武器ではなく光の玉だが。武器(剣)で何らかのバリアをはがすという点では、DQ4の天空の剣(凍てつく波動の効果)も想起させられる。また、邪神の体色が緑色であることや、本体と別々にある左右の腕を斬り飛ばしながら戦うこと、機械っぽいマシン的な要素と有機生命体的な要素が融合したようなデザインになっていることは、DQ4のデスピサロにも似ている。エンディングのBGMも2回目を落ち着いて聞くと、改めてその良さをより深く感じることができた。発売前に配布された無料ブックレットで堀井氏が「エンディングの曲が感動するんですよ。皆さんこの曲を聴くと、色んな思い出がよみがえるんじゃないかな。」と言っておられた意味がよく判った。特にロト三部作に対する愛情が込められている曲だと思う。オーケストラ版ではどのような演奏になるのだろう?さて、まだ私のDQ11の冒険は終わらない。モンスターのコンプなど、できる範囲でやりたい。そういえば、私は聖地ラムダで2件のクエストを受けてすぐ世界に異変を招いてしまったので、その2人にクエスト終了報告をずーーっとできずにいたのだが、やっと昨日できて一安心(ってか単に気づかなかっただけ)。クエストは残りひとつ、カジノのヤツだけだ。そういえば、カジノ遊びもまだやってないなぁ(いつものことだが)。少しは雰囲気を味わっておかないと勿体無いよね。
2017.09.27
別にDQ6のチャモロを意識しているワケではない。まして、DQ2のローレシアの王子やサマルトリアの王子の真似でもない。というか、DQ2の2人の王子のは「眼鏡」ではなくて「ゴーグル」のように私には思える。眼鏡をしているワケ、それは勿論目が悪いからだが、目が悪くなったのは冒険のし過ぎが原因である。特にDQ5が大きな原因なのだ。というのも、DQ5が発売されたのはちょうど私が高校受験を控えていた秋。勿論受験勉強の合間に冒険をしていたのだが、集中してできるようになるのは受験が終わった翌年3月からということになる。中学から高校への春休みはほぼまる1カ月あるので、ここで私は喜び勇んで天空の花嫁の物語に没頭した。そして視力が悪くなった。高校最初の席が教室の一番後ろで、授業中黒板の文字がかつてなく見づらく、「ひょっとしてこれは視力が落ちたというヤツなのか? 眼鏡作らないとダメなのか?」となったことから、私は眼鏡をかけるようになったのだ。無論、受験勉強もその遠因だが。
2017.09.24

DQ11の早期クリア特典であるDQ1のフリーダウンロードを行い、アレフガルドを冒険し始めた(勿論まだDQ11もやっているけど)。
2017.09.22
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「セーラー服とシャーロキエンヌ 穴井戸栄子の華麗なる事件簿」(古野まほろ、角川文庫)を読む。ホームズ譚のオマージュとして女子高生探偵・穴井戸栄子の活躍を描いた中篇集。世界観は「セーラー服と黙示録」シリーズと同じである。私はホームズは全く読んだことがないのだが、それでも楽しめたし、巻末解説でホームズとの繋がりもちゃんと説明されていて、きっと判れば2倍3倍いやもっと楽しいんだろうなと思う。まぁそれでも、世界観・世界設定と登場人物のキャラクタ設定と、そして何よりミステリとしてのクオリティの高さと、この3点だけからで楽しめる推理モノだなと思う。これって、面白い映画や小説やゲームに共通することだと私は思う。あと、エヴァやガンダムその他アニメ作品からの引用が多いのも魅力であり作家の個性であるのは云うまでもない。私は好きだな、こういうの。ちなみに獅子座の私は「獅子座同盟」という作品のタイトルに、勿論「センチメンタリズム」を感じた。これで今年22冊目(355ページ/累計8751ページ)。セーラー服とシャーロキエンヌ 穴井戸栄子の華麗なる事件簿/古野まほろ
2017.09.21

それは、DQ4で砂漠を旅していた時のこと。砂漠のバザーの壺の店で、壺の中を調べたら見つかったアイテム。それは「うまのふん」。何に使うものやら全く判らず、でも手に入ったからにはきっと何かの役に立つと思って、そのままアリーナに持たせておいた。そして、砂漠のバザーを出てすぐ戦闘に。敵は砂漠のミミズことサンドマスター。しかも、画面いっぱいに6匹か7匹かの大群。きっとここで使えば何かが起きるだろうと判断し、アリーナに「どうぐ→うまのふん」のコマンドを入力。すると…。アリーナはうまのふんを使った。しかし何も起こらなかった。今思えば当たり前。しかしその時は愕然。しかもこのときブライがまだヒャダルコを覚えていなかったのも災いして、サントハイムの姫一行はサンドマスターの大群に集中砲火を浴びるのであった…。以下おまけを2つばかり。まずは、昨日JR秋葉原駅構内でガチャを廻したら出てきたスライム&バブルスライム。もうひとつは、ちょっと前(1カ月ほど前?)にSQEXカフェで廻したガチャで出てきたももんじゃ。
2017.09.20
DQ11の真のボスである邪神を倒した。そしてエンディング、まだ明らかになっていなかった世界の謎が解き明かされ、勇者は伝説となった。エンドロールとそのBGMも今回のDQらしく、過去のDQ作品を強く意識した締めくくりとなっていて、感動した。一番最後のちょっとした場面がまた伝説を伝説たらしめるのにふさわしいワンシーンだったと思う。だけど、もうしばらくやるよ。
2017.09.19
「黒体と量子猫1/2 ワンダフルな物理史[古典篇/現代篇]」(ジェニファー・ウーレット、ハヤカワ文庫NF)を再読。再読なので以下引用のみ。光は格別にはかない存在で、慢性的な自己認識の危機(アイデンティティ・クライシス)に悩んでいる。科学者は何世紀も、光が粒子なのか波なのか議論を交わしてきた。なんということか、現代の水準でいえば、光を集めて物体を明瞭に拡大するという能力の面で、これらの荒っぽい原型もレンズ豆と大差ないのだ。ある人気のバンパーステッカーには、この概念に引っかけてこんな文句が書いてある。「このステッカーが青く見えるなら、スピードの出し過ぎです!」「第一法則によれば、きみは勝てない。第二法則によれば、引き分けにもできない。」しかし技術は本質的に善でも悪でもない。それは技術の使い方次第だ。自然は構造を機能に適合させる、つまり目的に合った個性を持つ。「不安定な粒子は時とともに崩壊した。しかし宇宙の構造はわたしたちがもはや見ることのできない粒子や力をすべて、”覚えている”」(マイケル・ターナー)この2冊で、今年20冊目(261ページ/累計8126ページ)21冊目(270ページ/累計8396ページ)を読了。
2017.09.18
今は日本だって中学・高校の英語の授業を英語でやる時代である。前時代的な受験英語云々という話はもう時代遅れで通じない。とは思うんだが、とあるTVCMを見て「これでは日本人の英語は永久に上達しない」と思った。それはテニスの錦織(Nishikori)が出ているリ〇シル(LI〇IL)のCMである。錦織とリ〇シルでは「R」と「L」だから繋がらないんである。どこの広告代理店が作ったか知らないが、英語ができない人であることは間違いない。ところで、日本人にLとRの区別は本当にできないのだろうか? 私は全くそうは思わない。勿論、100%区別できるようになるわけではないが、実用上問題ないレベルに到達するのは容易い。ただし、本気でやるならば。私自身、外国人と英語で話していて、LとRを訊き返されたことはない。さて、ではどうやってマスターするか? それは意識してLとRが連続して登場する単語や熟語を発音練習するのがいい。例えばある大学の英語の先生は、こんな例を挙げている。Marilyn Monroe (マリリン・モンロー)R→L→Rと、立て続けに出てくる。カタカナで見ていると判らないが、LとRの舌の動きを意識して発音を繰り返せば、筋肉が疲れて口内に唾液が溢れてくる。溢れなければ発音が甘い証拠。でも人名だと固有名詞なので、発音練習の題材以上の日常会話での使い道がほとんどない。ならば別の例。「日本人」が英語を使う上で意味的にも発音的にも知っておくといいと私が思う例を挙げよう。lotus root (レンコン)ちゃんとLとRが出てくるし、日本的な食材なので、海外から来た人と一緒に日本食を食べたりするときなどに実際に使える。私も使った経験が、一度や二度じゃなくてある。LとRがそれぞれ語頭に出てくるので練習素材としては初心者向け。
2017.09.17
「宇賀なつみ 戦士のほっとタイム」(テレビ朝日「報道ステーション」 朝日新聞社・編、テレビ朝日アナウンサー 宇賀なつみ・著)を読む。私のイチオシ女性アナウンサー・テレビ朝日の宇賀なつみアナの新聞連載を本にまとめたもの。スポーツ選手へのインタビューとその選手に後日「手紙」を認めたかのような文章が添えられている。幕間に書き下ろしコラム3本。時期としては最も新しいものが阪神・金本監督の引退直後の話なので、そこそこ経ってはいる。たしか、テレ東の狩野アナが本を出した時、宇賀アナも出してないのかなと古書を検索したら出てきて買ったものだ。コラムで秀逸だったのは、仕事でスポーツに携わり運動好きが高じて、バッティングセンターで110km/hのボールを打っていたという話。私なんか80km/hくらいしか打てない。100km/hではかするのが精一杯。それも若い頃の話。いや、情けない。あとは、インフィールドフライが判らないって話。大丈夫、アレは野球の中で多分一番難しい。そういえば、宇賀アナは報ステ卒業後深夜のバラエティをやっていて(「初めて○○~」)、そこにゲストで狩野アナが来たことがあった。今思えばアレは録画しておくんだった。あと、宇賀アナはこの頃の髪型のほうが可愛いね。これで今年19冊目(140ページ/累計7865ページ)
2017.09.17

過ぎ去りし時を求めている最中の私ではあるが、何と全キャラLv99に到達してしまった。クリア前にこのレベルに達したことはこれまでのナンバリング作品でも初めてである。まぁ何度か書いているが今回は3Dで訪問した街や洞窟を後に2Dで訪問しなおしたりしているし、元来「レベル上げ命」という冒険スタイルでもあるので、レベルはどんどん上がってしまう。しかも、メタルハントを狙って行ったことは殆どないのに。それにしても、過ぎ去りし時を求めたらフィールドのBGMがDQ3の「冒険の旅」に変わったのには感動した。やはりDQと言えば「勇者」、そして「勇者」の肩書が初登場したのはDQ3。勿論今回の「勇者の剣」は「ロトの剣(すなわち王者の剣)」の系譜を継ぐものであるし、空(ケトス)のBGMはその後「おおぞらをとぶ」に変わる。この辺は予想通りと言えばそうなのだが、やっぱりオールドファンとしては単純に嬉しい。まだクリアはしていないが、ここまでで気になっているもうひとつの大きなポイントがある。それは勇者の「目」。不思議な目をしている。キラキラと澄んでいて、でもどことなく何を見ているのかが判らないような不思議な目。その純粋でひたむきな目で、大きな災いや困難を幾つも潜り抜けてきた様は、魔物さえも仲間につけたDQ5の主人公の不思議な目に通じるものがあるなぁと、個人的には思っている。そういえば、DQ4の勇者の故郷・山奥の村でルーシアに出会った。
2017.09.14
大した話ではないのだが…仲間になるときに主人公との意外な関係が判明する我らが老師ロウ様のこと。発売前、グラフィックや設定のみ公開されている段階での私のロウの第一印象は、「もののけ姫」に出てくる僧に似ている、というものだった。あの、一枚刃の高下駄を履いた神の首を刈る不届きな僧、である。名前は忘れてしまったが。いや、あの体型・年齢・そして老師やら賢人やらと称されていることから何となくそう思ったのだが。そういえば、とらおとこの白い変種「ラッコアーミー」が貝を割って中身を食べてからの攻撃って、可愛いよね。
2017.09.10
先日地元の区立図書館で本を読んでいた時のこと―若い頃ならば趣味の読書は家でするのが一番だったが、今は家にいると余計な誘惑があって緊張感がなくなるし、カフェではコーヒー代がかかるしうるさいから図書館に行くのだが―マナーの悪い利用者がいたのだ。その人―ぱっと見は若いとは言えないがどちらかといえばきれいな感じの女性―が図書館でやっていたこと。それは、イヤフォンから音を思いっきり漏らし、ペンについたチャームをカチャカチャと派手に鳴らし、ビニール袋や紙袋をガサゴソと漁り、スマホを繰り、やっていたことは一言でいえば「家計簿をつける」ことであった。ひたすらノイズを撒き散らしながら、家計簿をつけていたんである。で、ここまで書いて気が付いた。図書館で家計簿が悪いのではない。私だって読んでいた本は図書館のものではなく、私物の持ち込みだ。だけど、イヤフォンから音漏れ、これはいくらなんでもまずいだろう(ス〇バあたりならつまみ出されるのでは?)。ペンや袋の音は作業に関連するものだから百歩譲るとして(でも周りを気にしなくていいという謂れはない)、公共の図書館でイヤフォンから音漏れさせてるのは、どう考えてもマナーがなっていないだろう。
2017.09.10
「デカルト『方法序説』を読む」(谷川多佳子、岩波現代文庫)を読む。「方法序説」は高校時代に当時の担任に薦められて読んだのが最初で、その後何度か読み返している。しかし、かなり難しいというのが正直なところだ。まぁ回数をこなしているうちに段々判るようになってきてはいるが、ひとつ解説書を読んでみるのもアリかなと思って、だいぶ前に入手だけしておいたものを読んでみた。コレ、正直判りにくい。本書はとあるセミナーをベースにしたものなのだが、そのことを前書きで触れたりしていないので、読み始めていきなり違和感。そして「です・ます」と「だ・である」の混在。扱っている題材が難しいから仕方ない側面は認めるが、これでは解説書としての意味があまりないような…。それでも、平らな言葉で理解が進む部分もある。別に哲学科出身でもないから…でも、「難しいもの=面白いもの」と思っている私が私に読ませるんだよなぁ、デカルト。これで今年18冊目(187ページ/累計7725ページ)
2017.09.09

7/22のブログに書いた、北海道のコミュニティFM11局の企画「北の勇者の物語」キャンペーンで、なんとプレゼントが当選した。FMいるか(函館市)から昨日届いたその中身は、DQ11のポスターとスライムの巾着袋。北海道の地図に各局の位置をお城のマークであしらったキャンペーンロゴの入った紙もDQらしくて素敵!北の大地の勇者の仲間たちに感謝!!
2017.09.08
「ケモノの城」(誉田哲也、双葉文庫)を読む。警察に保護を求めてきた少女は体中に暴行を受けたあとがあった。彼女と同じマンションの部屋で暮らしていた他の女性を暴行容疑で逮捕するも、その女性にも暴行のあとがあった。やがて事件はマンションの一室を舞台にした大量監禁・殺戮・死体損壊・遺棄事件へと発展する。上記の「死体損壊・遺棄」の部分の描写が酷くグロテスクで、文字通りの意味で吐き気を催す話が続く。キングのホラーを読みなれている私でも、本当に吐きそうになりながら読んだ。結末にどうにか辿り着きたい一心で。正直、オススメは出来ない。ただ、表題の「ケモノ」が誰を指しているのか、その意味が最後に判るとどうにか面白さを感じるといったところ。誉田哲也と言えば姫川シリーズの「インデックス」が文庫化されたのを書店で見かけた。寧ろそっちが楽しみ。でも他の作家で読みたい作品が幾つも重なってしまったので、読むのは先になりそう。これで今年17冊目(479ページ/累計7538ページ)
2017.09.04

ついさっき、ロトゼタシアに平和を取り戻した!勿論まだまだ先は続くが、とりあえずここまでを振り返ると…いや、いろんなことがあった。気が付いたところを後で書けるようにメモしながら冒険したのだが、途中からメモを取るのももどかしいほど。というか、全てメモしたい。まぁそれなら、メダ女に行けばいいんだが。それでも書くとすれば、久々にルーラで天井に頭をぶつけたとか、仮面武闘会での対戦相手に懐かしい名前を見つけたり、あの人とのまさかの別れだったり、何故か思い入れのさほど強くないDQ9をまたやりたくなったり。過去作品のBGMも印象的な本作だが、私が一番印象に残ったのはユグノア城跡でのイベントで流れるDQ5の「哀愁物語」だ。まだまだ旅は続く!
2017.09.02
「Qrosの女」(誉田哲也、講談社文庫)を読む。ファストファッションブランド「Qros」のテレビCMに出演した謎の美女。あっという間にネットで話題になるものの、どこの誰だか全く情報がない。そんな「Qrosの女」の素性を暴くべく動き始める芸能雑誌記者たちを主人公にした、かなり異色のミステリ。今のスマホ時代に実際に起こりうる(というか、起きている?)芸能人を巡るニュースのリークが題材なので、好きな人は好きなタイプの話だと思う。以下、今回は巻末解説からの引用。他人より早く正確な情報を得ていることは、それだけで愉悦をもたらす。(佳多山大地)今年16冊目(416ページ/累計7059ページ)
2017.09.01
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