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ツイッターにサブアカウント tcross0816_twnovel(@Ttwnovel) を作成して、ツイッター小説を書き始めた(今月2日に書いた通り)。で、取り敢えず1ヵ月、1日1篇書き続けることができた。まぁ正直、今後も続けられるかは判らないが、やれるだけやってみようと思う。書いてみると想像以上に面白いし、書きたいネタや構想も幸いまだ尽きていない。この1ヵ月に書いた作品をジャンル別にまとめてみると、以下のような感じになる。恋愛モノ…13独白系…3ファンタジー…2ミステリ…2コメディ…2DQのオマージュ…2学園モノ…1ホラー…1SF…1その他…4私、恋愛小説家になりたかったワケじゃないのに!寧ろホラーやファンタジーを書きたいのだが…でも恋愛という題材は書きやすいというのはある。それをまず、以下の技法にまとめよう。【技法0:執筆の基本は「妄想5割・経験4割・創作1割」】まず、何故ゼロ番から数え始めるのかと思われるかもしれないが、ある種のプログラマは数をゼロから数えるし、物理にだって「熱力学の第0法則」があるからだとだけ言っておこう。で、さっきの恋愛という題材についてだが、これは妄想と経験だけで書ける。妄想も経験も脳内で記憶となり強化され美化されて、何とも呼びようのない状態になる。これにほんの少しの創作を加えればとりあえずはお話になるのである。逆に言えば、人間は記憶以外をベースに書くことは難しい、ということ。【技法1:最後の1文・1台詞から書き始める】しょうもない【技法0】だけ書いてもホントにしょうもないので、私が見つけた技法らしい技法を。自ずと文字数制限との戦いとなるツイッター小説で、前から書いていくと字数オーバーになることはよくある。でも、「最後はこの台詞で締めたい。ここは文字数を絶対に削りたくない」ってのがある場合、その台詞をまず書き、その前の1文を書き…と後ろから逆に書いていき、文字数制限に当たりそうになったら、そこを話の起点にするというやり方がある。けっこう実用的だし、頭の中でシミュレートするだけでも使える。これをやると話が途中から始まる感じになることもある。だが、それはそれで副次的な効果を生む場合も。例えばカフェで隣の席の話が聞こえてしまう場合、これはどうしても話の途中からになる。何かそんな効果というか印象を持たせられるのだ。【技法2:タイトルはつける】【技法1】と順番が逆になった気がするが…文字数制限ゆえタイトルをつけていないツイッター小説も多くあるが、私はタイトルはつけたほうがいいと思う。タイトルの印象を作品で裏切ったり、意味深なタイトルを回収しない伏線みたいに使ったり、あとはタイトルだけ有名作品に似せてみたり、タイトルがあるといろいろできて楽しめる。そして何より、古来タイトルのない小説というのはないと思う。タイトルをつけることで作品が作品らしくなる。正装する感じ。ただし、文字数はあまり使えない。5文字くらいが妥当なところか。とまぁ、1ヵ月という短期間ではあるがやってみて感じたことをまとめてみた。また機会があれば、自作解説なんかしてしまうかも!?
2019.01.31
「記憶をコントロールする―分子脳科学の挑戦―」(井ノ口馨、岩波科学ライブラリー)を読む。【事の発端】最近、脳科学に興味がある。特に、記憶に関することに。そのしょうもないきっかけは、私の頭の中で久松郁実さんの笑顔とDEENの「瞳そらさないで」が結びついて離れなくなったという体験である(ココ参照)。その他では、最近立て続けに読んだ伊藤計劃の小説で脳や脳科学に関する話題が扱われていたというのもある。そこで、自分なりに調べてみようと思ったのだ。【調べたこと】とはいえ、脳科学なんて門外漢。最初は心理学かなと思ってそっちの入門書にも当たってみた。勿論、記憶に関する記述もあったが、ふとしたことで「脳科学なのでは?」と思って調べ直してみた。すると、別冊日経サイエンスでそういったことの特集号が出ていたことを発見。2冊読んでみて大体の雰囲気は掴めた。現状の脳科学でどこまで判っているかが見えてきた。そしてその中の記事のひとつを書いていたのが、本書の筆者・井ノ口馨氏。それで本書を読んでみることに。内容的には、既述の別冊日経サイエンスのものと大体同じで、一般向けに易しく書いてある感じ。例えば、独立した2つの記憶は繰り返し想起で増えていくオーバーラップしたセルアセンブリによって関連付けられるとか、強烈な体験の前後の些細な出来事も長期記憶することがあるとか(行動タグ)、その行動タグは「シナプスタグ」という生化学的メカニズムで説明できるとか、こうした研究は「光遺伝学(オプトジェネティクス)」という新しい実験技術によって可能になったとか…。でも、なかなか【事の発端】を説明できるような現象には行きつかず…。【現状の結論】本書の最後の方に、こんな記述があった。これは私が求めているものにかなり近いと思って読んだのだが…。しかし、肝心なことがまだ分かっていないのです。私たちが記憶と言った時に想起するのは、心の現象としての記憶です。たとえば、デパートで売っている赤いセーターを見た時、若い頃に初めてデートした際に彼女が赤いセーターを着ていたのを思い出すといったような、いかにも記憶らしい記憶があります。(中略)あるセットのニューロンの活動がなぜ、赤いセーターと彼女との初デートをつなぐ心の現象としての記憶になっているのか。そこのメカニズムが解明できない限りは結局、記憶の本質を理解したことにならないのです。そっか、この「心の現象としての記憶」というのは、まだメカニズムが判っていないのか…ちょっと残念。でも、方向性としては合っていたし、今後この分野の研究が進めば解明される日が来るかもしれない。ここしばらく門外漢の脳科学を素人レベルでだけど追究してみて良かった。【おまけ】もう1か所、引用。官僚や政治家たちは研究の意義がよくわからないままに予算を削りますが、一旦資金を削られてしまうと、研究を元の軌道に乗せるまでに気の遠くなるような時間がかかるのです。
2019.01.29

やっと氷の大陸を脱して、魔法の王国に到達。3人ともDQ4のコスプレで統一して冒険中。そしてモンスター格闘場を始めてしまった。また本筋とは関係ない寄り道要素が増えて困る困る。でも結局やってしまうのがDQファンの性(さが)。この週末は初めてマルチをやってメタルスターを倒したし。あ~やること多くて時間がない~ッ!(嬉しい叫び)
2019.01.28
たびたびネットで見られる表題の件についての私見を。おそらく「不要論者」の言いたいことは、学校を卒業してから社会で(あるいは職業上の理由で)三角関数の数式なんて書くことはないし、何の役に立ってるのか判らないということだろう(私はガンガン使っているが)。そして、この不要論者は文理問わず大学は遊ぶためのところと思っている手合いであろう。だから、ぶっ飛ばすよ!そもそも、今あなたがこれを見ているPCなりスマホなり、あるいはそれを繋ぐネットなりの技術は三角関数なしには存在しえない。だから不要論者には今すぐスマホの使用を禁じたい。それだけではない。車や電車の利用も禁止、安全で快適な家に住むのも全て禁止だ。つまり、三角関数はこの世のあまねく現象の根底にある基本要素(を数学的に表したもの)なのである。自分が直接使わないからと言って、その恩恵を受けていないとか、たまさかそれが不要であるとか言うのは、いささか頭脳が短絡的すぎる。三角関数なしに健康で文化的な生活は送れない。さて、観点を変えよう。この手の不要論は何故だか大概理系の分野に向けられる気がするのは、私が理系であるが故の被害妄想かもしれない。だから、文系の分野を私は槍玉に挙げる。例えば、「歴史」は中高でみんな学ぶが、それ以降で役に立っていると言えるのはそれこそ歴史の教師か学者だけで、普通の人は語呂で覚えた年号だけは脳の中にこびりついているが、その事件が何だったのかは忘れている、そんなところだろう。まぁ私もそうだ。それに「人類は歴史から学ばねばならない」としても、歴史から最も学ぶべき「悲惨な戦争をなくす」ことは未だ実現できていない。だから歴史を学ぶのは意味がないのか?もうひとつ、「経済学」は私はしょうもない学問だと思っている。経済学部は大学の学部の中で最多の数を誇る。それだけ多くの人間が経済を学び研究しているのに、経済学は未だにたったひとつの不景気を治す方法さえ見つけられない。だから経済学は無意味なのだろうか?勿論そんなことはない。「唯一の被爆国」の住人であるならば悲惨な戦争をなくす不断の努力の大切さを知っていて当然だし(知らないのは憲法を改悪したい人たちだけ)、医学が幾つかの病気を根絶したように、経済学だっていつかは不景気の治し方を発見するかもしれない。はい、結論。世の中に不要なものなんてない(少なくとも学問の分野については)。そんなことは、何かの学問に真剣に取り組んだ者ならば自ずと解るものである。
2019.01.21

やっと3人とも上級職に転職。自分自身はやっぱり呪文のエキスパートの賢者に。これでやっと邪眼の杖が使いこなせる!そして、共に旅をするのは私の大好きなモンバーバラの姉妹(のコスプレをした2人)だ。ストーリーは相変わらずあまり進んでなくて、未だ氷の大陸にいる。
2019.01.21
勿論「否」と言うためにこの文章を書いている。ちょうど昨日今日がセンター試験。で、私の思い出と言えば、英語は狙って満点を獲り、国語は苦手な古文は5割とれればOK、あとは現代文と漢文で9割以上獲ればいい。そして理系のくせして数学や物理でちょこちょこ取りこぼす。でも2次重視だからそれでもOK。そんな感じだ。で、表題の件。よく「古文なんて外国語みたいなものじゃん」という話を聞く。それはその通りだと思うが、私には英語はできても古文はできなかった。その理由は、これまたよく言われる言葉。「判らなかったら辞書を引きなさい」はい、そうですね。その通り。最近は電子辞書だけど、紙でも電子でもいいから引きなさい。でも私に言わせれば、古文は「辞書が引けない言語」なのである。英語なら、一単語一単語スペースを空けて綴ってあるから、どこからどこまでが一単語が一目瞭然。そのまま辞書を引けばいい。仮に、spoke が speak の過去形だと知らなくても、spoke を引けばその事実は判る。ところが古文となるとそうはいかない。古文では何故か漢字で書けばいいものまで平仮名で書いてあることが多く、平然と平仮名20文字が並んだ文章とかかそれこそ平然と存在する。どこまでが一単語かなんて判らないし、故に辞書なんて引けたものではない。おまけに、例えば動詞「来る」の古語は「来(く)」で、その活用は「こ・き・く・くる・くれ・こ(こよ)」(←間違ってたら申し訳ない。しかしまぁ、意味は忘れても語呂だけで覚えているというのは恐ろしい)だが、20文字連続する平仮名の中のたった一文字の「き」が「来(く)」の連用形であることをどうやって見抜けばいいんだろう。見抜けないと辞書は引けない。でも見抜けないから辞書を引きたいのだ。もうこれは自分の尻尾を追い回すバカ犬みたいなものだ。すなわち致命的。そしてこの致命傷は古文の領域から日本史の領域に染み出していって、日本史も苦手になった。まぁ理系の私は日本史がなくてもよかったのだが(実際、センターは世界史。世界史はカタカナが読めればいいからバカ犬にもできる)。それに高校時代の私は何故か日本の古くからの伝統的なものとか古典とか歴史とかを、特に理由もなく毛嫌いするという思想の持ち主であったため、その傾向には拍車がかかったのだと思う。一応念のため言っておくと、これは受験レベルの話。学校の定期テストではちゃんとした点数獲ってたよ。通知表は10段階評価だったけど、苦手な古文や日本史でも8未満を獲ったことはない(8未満、というかいつも6だったのは体育と美術だ)。えーと、そういうわけで、頑張れ受験生!(って、何の応援にもなってないが…)
2019.01.20
「ハーモニー」(伊藤計劃、ハヤカワ文庫JA)を読む。先日読んだ「虐殺器官」があまりに良かったので、その続編であるこの作品を早速読んでみた。勿論、予想を裏切らぬ面白さだった。舞台となっているのは、核戦争を含む世界的な大混乱<大災禍(ザ・メイルストロム)>後の世界。医療技術の革新的な進歩によってあらゆる病気が駆逐され、基本的に老衰と事故以外で人間が死ぬことはない。ある年齢に達するとWatchMeという医療装置を体にインストールすることで健康状態を常に把握し、異常があればメディモル(家庭用の薬品生成器みたいなもの)が薬を出してくれるし、カウンセリングなどの治療もお節介なほどに受けさせられる。一見、優しさと慈愛に満ちたユートピアなのだが、何故か若年層の自殺率だけが高いという世界。そんな世界を生きる3人の女子高生が、見せかけだけの優しさに疑問や反発を覚えて自死することを選択。メディモルを不正操作して作った栄養摂取を拒否する薬を口にするも、死ねたのは1人だけ。生き残った1人はその後、WHOの螺旋監察官となるが、今度はそこで世界同時大量自殺事件が発生。そしてその謎を追っていくと、かつて自死したはずの少女の存在が浮かび上がってくる…。本作のテーマとなっているのは人間の意識とか意志というもの。この世界では自分の体は自分のものではなく社会的なリソースであるという法規だったり空気だったりが存在する。<大災禍>の反省から生命というものを何よりも尊重する。つまり、生命を維持するために徹底的に病気を駆逐し、生命を脅かすものは自傷であれ他傷であれ許されない。そんな禁忌を破って発生した大量自殺。「調和(ハーモニー)」に満ちた社会を作ろうとしたはずなのに、災禍は繰り返されてしまうのだろうか?それともこれを乗り切った先に真の調和的社会があるのか?もしそうならその姿はどんなものか?まぁとにかく深い。その深い話をサラッと読ませてしまうところも凄い。いろんなところからの引用もそれを可能にしている一因かと。例えば、メイルストロムからしてDQ7の呪文名だし(ってその前にポーの小説のタイトルにもあるが)、冒頭には「涼宮ハルヒ」そっくりな自己紹介の台詞(をかぐや姫に絡めている)、「ナウシカ」の「蒼き衣をまといて金色の野に…」のくだり、盟友・円城塔の「オブ・ザ・ベースボール」の一節、「エヴァ」を思わせる「VOICE ONLY」の表示などなど。以下、気に入ったところの引用。「神に見捨てられるなんて、最高にかっこいいと思うけどな」人間っていうのは、欲望と絶望のあいだで針を極端に振ることしかできない、できそこないのメーターなんだよ。ほどほどができない。鳩にだって意志はあるもの。意志なんて、単に脊椎動物が実装しやすい形質だったから、いまだに脳みそに居座っているだけよ。それが進歩なのよ、とわたしの裡に住まう御冷ミァハが言う。人間は進歩すればするほど、死人に近づいていくの。というより、限りなく死人に近づいてゆくことを進歩と呼ぶのよ。殺さず殺されるべきか殺して生きるべきか、それが問題だ。
2019.01.20
血液型占いに科学的根拠がないことを承知の上で、「構造的問題」について思うところがある。それは…。B型ひとり負け説である。あくまで私見だが、A型は几帳面と言われる。几帳面は誉め言葉だ。何なら日本的美徳の鑑とさえ言える。O型はおっとりと言われるが、これも別にけなしてはいないと思うし、何ならおっとりはちょっと癒し系なのでプラスの要素ですらあると思う。AB型は…いやまぁ私もABだけど…基本変人だよね。でも絶対数が少ない少数派なので、その存在は許容されてしまう。天才肌の人が多いとも言われているから、種の多様性維持みたいな観点からも少数の変人は必要ですらあるかもしれない。で、問題のB型だ。ご存知「マイペース/ゴーイング・マイ・ウェイ」の権化のB型は、協調性がないだの人の和を乱すだの勝手なことするだのってイメージ。まぁ日本がそれこそ聖徳太子の時代から「和を以て尊しとなす」社会だから嫌われるんでしょうね。突き抜けた個性が評価される欧米で血液型占いが流行らないのは、この辺に関係があるのかもしれない、と何の根拠もないけど思ってしまう。以下余談。大学時代に所属していた研究室である日、学生・教官を含めた全員の血液型を調べたことがあった(たかだか8人くらいだが)。そしたら何と、7人がAB型!奇人変人ビックリ人間の集合じゃないか!でも、ふつう大事故とかで輸血が必要になる場合、少数派のAB型は不利なのだが、その時に限ってはAB型が絶対多数だったので安心だよね、って話をしたものだ。まぁそもそもそんな危険なことが起きる研究をしてはいなかったけど。
2019.01.19

私にはそういう嗜虐的趣味はないのだが、世の中には「美女に怒られたい」願望がある人がいるようで、そういう人向けのコンテンツもあったりする。って今更私が言うことではないが。そんなわけで、今回は怒っている久松郁実さん。既に何度も書いているように、私は彼女の瞳が最大の魅力だと思ってるのだが、この動画を観ると、怒るときにもそのパワーが如何なく発揮されることが判る。ただでさえ大きな目をさらに見開いてこっちを睨みつけ、ねめつける感じは恐怖感をかき立てる。こういう場合はホントに「目力」という表現がピッタリくると思う。怒られ好きではない私としては、この動画の見どころはいくみんのスーツ姿であったりするのだが…。(単にYouTube埋め込みをやってみたかっただけ…)
2019.01.18
「虐殺器官」(伊藤計劃、ハヤカワ文庫JA)を読む。伊藤計劃には前から興味があったのだが、漸く読めた。本作を含めアニメ化されたものもあり、確か「ノイタミナ」で放送されていたのもあると記憶しているが、それも録画しただけで結局観ずに消してしまった。勿体無いことをしたものだと本書を読み終えて思った。第一印象を例えるなら、円城塔は難しい「エヴァ」で、伊藤計劃はそこまでではない「PSYCHO-PASS」かなと感じた。ディストピア的世界観が似ているから、というのもあるが。さて、この「虐殺器官」であるが、一言で言えば近未来のミリタリー系SFミステリ。主な舞台のアメリカでは、社会の超高度情報化と超管理化が進み、人々は生体内に埋め込まれたIDタグで管理されるも、同じシステムで買い物や交通機関の利用や決済までもが、指紋などの認証ひとつで「ピッ」と済む、便利さと引き換えに息苦しさもある、それでいて安全な社会が構築されている。実際、国内のテロやジェノサイドの発生件数はゼロにまでなっている。しかし、それと反比例するように発展途上国ではテロや大量殺戮の件数が膨大に膨れ上がっている。その陰にはジョン・ポールなる男の姿が常にある。そこでアメリカは彼の身柄拘束に乗り出す。主人公のシェパード大尉はアメリカ軍の暗殺のプロとしてジョンの追跡の命を受ける。この時代、世界的にはサラエボが手製核兵器で焦土と化し、インド・パキスタン国境などでも核が実際に使われている。また、戦闘員が殺戮を行う際の良心の呵責や痛覚などの負担を軽減するために、脳の特定のモジュールをマスキングする技術や心理カウンセリングなどが行われたり、戦争そのものを民間にアウトソーシングすることが行われている。「人工筋肉」とは名ばかりの素材を得るためにクジラやイルカを人工的に養殖したりもされている。そんな世界でジョンを追うシェパードの1人称で描かれている本作は、扱われているテーマが壮大であるにも関わらず読みやすく、実際スラスラ読めた。勿論、難解で理解不能な専門用語もそれこそ戦場の銃弾の如く飛び交うが、だからといって難しくて読めないという感はない。ストーリーの一貫性と明晰性がそれを可能にしているのだが、他にも文学・哲学・宗教・心理学・法学・社会学から理工学・医学・芸術・アニメ・ゲーム…と、ありとあらゆる分野の視点から、「戦争の本質とは何か? 戦争を止めるにはどうしたらよいか?」といった深淵かつ本質的な議論が交わされるという面白さもある。実際、それら様々な分野からの大量の引用が作品世界をよりリアルにしている。というか、これはホントに近い将来起こる話なのだと思った。結末は、意外性と必然性のないまぜみたいな感じだが、私は好きだし、やっぱりそうだよねと思った。ひとつヒントめいたことを書くとすると、タイトルが虐殺「機関」ではなく、何故虐殺「器官」なのか、ということが判ると面白いということだと思う。まだまだ書き足りないのだが、取り敢えず以下に気にいった箇所を引用させてもらおう。「理解できない文化は排斥の対象になりやすいのと同じくらい、崇拝や美化の対象になりやすいんだよ。エキゾチック、とか、オリエンタル、とかいう言葉のもつクールさは、理解できない文化的コードから発しているというべきだね」情報を発信するのは容易だが、注目を集めるのはより難しくなっている。世界は自分の欲する情報にしか興味がなく、それはつまり情報そのものは普通に資本主義の商品にすぎないということだった。「職業に貴賎なし、と言いますが、同時に思索は職業を選ばないのです」なにかしらの専門職についている人なら、経験したことがあるだろう。友人や親、あるいは同じ職場の事務方や営業職と話したとき、技術的には簡単に割り切れるものではないある事柄を、どっちなんですか、と訊かれて答に往生したことが。狂信のかたちは宗派に拠らない。死者はぼくらを支配する。その経験不可能性によって。鳥のように自由に、なんていう人もいるが、それこそ鳥は、ほんとうに遺伝子に命令されてひとつしか選べない行動をとっているだけだ。
2019.01.16

やっと氷の大陸(ツンデレ大陸だっけ???)に到達。そして初の上級職への転職を行った。予定通りのバトルマスターだ。
2019.01.13
今は昔、高校時代の話なので肝心なところの記憶がなかったりするのだが…。ある日の英語のテストで、英文中の()内を正しく穴埋めしなさいっていうありがちな問題が出た。どんな設問だったかは忘れてしまったが、とにかく正しく埋めた英文を日本語にすると、父は息子がタバコを吸うのを止めさせた。となる問題だった。ところが、この問題が判らなかった友人Kは頭を捻り、文法的には全く問題はない(が、意味的には問題のある)巧妙な【別解】を編み出した。その別解の英文を日本語にすると、父は無理やり息子にタバコを吸わせた。となる。これ、ホントに文法的にはOKだったものだから、友人Kは先生に直談判して結局〇をもらっていた覚えがある。それにしても、どんな設問か覚えていればよかったのだが…。ちなみにこの友人Kは、以前キングの「IT」に関する記事で書いた「ピエロ恐怖症」になった男であり、また授業中(これは英語ではなく数学だったと思うが)居眠りが原因で寝冷えをして、お腹を壊したというエピソードを持つ面白いヤツである。いや、ホントは真面目ないいヤツなんだけど。
2019.01.13
「君へ。つたえたい気持ち三十七話」(鷺沢萠ほか、ダ・ヴィンチ編集部/編)を読む。本棚の奥から埃をかぶっていたのを引っ張り出して読んだ。最近何故か短篇小説づいている私。この本が出たのは、PCやメール、携帯電話をみんなが使い始めた頃で、そのほかにはFAXや国際電話がふつうに使われ始めた時代である。そして人間のやっていることは相変わらずコミュニケーションと恋愛。これは、「PCやメール…」を「スマホやSNS」に置き換えればそのまま現在にも当てはまるから面白い。冒頭の鷺沢さんの若かりし頃の大恋愛話は「超」がつくほど凄くて印象的だが、敢えてそこ以外から気に入った箇所を引用しよう。負担を減らすための便利なツールとして使いこなすか、逆にのめり込んで一日中向き合わずにはいられなくなるか、メールの使い方も人次第なのかもしれないが。(山本文緒「試行錯誤はまだまだ続く」より)世の中がどう変わり、通信手段がどう変化しようとも、送り手の心というものは必ず刻印されている。(宮本輝「バーチャル……?」より)「あんな男かもしれないけど、だったら尚更、あんな男のために、これから出会う男たちを信じないなんて、もったいないとは思わない?」(唯川恵「失恋メール」より)大切な一言を見つけ出すのは、自分ではなく相手なのだ。一行の価値は相手が決めるのだ。(瀬名秀明「一言が伝えられない」より)こうして見てみると、さすが言葉のプロはコミュニケーションの本質を見抜いているなと思う。あと、感性というのは経年劣化しかしないものだと思っていたが、実はそうでもないかもしれないとも思った。まぁこれは単に、涙腺が経年劣化しているせいかもしれないが…。
2019.01.12

ようやくキングレオを倒した。これだけレベルがあり、しかもより強力な助っ人の助けを借りての戦いだったが、最後には1人しか残らないという苦戦っぷり。ここまで強い攻撃スキルがあれば倒せるだろうと思っていたが、そろそろ補助・守備・回復もきちんと考えないとな。一応回復に関しては全員ホイミかベホイミを持ってはいるが…。スクルト・フバーハ・バイキルト、あとは食べ物を効果的に使わないと。ただ、食べ物で耐性上げるには相手が何を使ってくるかが事前に判らないといけないから難しい…。
2019.01.10
「ブルックリンの八月」(スティーヴン・キング、文春文庫)を再読。年末年始はキングの短篇を読もう!の最終回。期せずしてホラー色がほとんどない作品群だ。ミステリあり、キングが愛する野球の話あり、神話的寓話あり。では、印象的な作品を紹介(ネタバレ含む)。「アムニー最後の事件」…中盤あたりまで不思議なことが起き続けるが、それが何なのか判らない。最終的には主人公アムニーはとある作家が書いた作品の主人公で、その作家が自ら作ったアムニーの世界の中に入ってきて、そこに住むことになる。代わってアムニーは現代のアメリカに飛ばされる、というSFミステリ。「ヘッド・ダウン」…小説というよりエッセイあるいは日記とキングも認める本作は、キングの息子が所属する野球のリトルリーグ・チームを描いたもの。大会を勝ち進むにつれてチームのメンバーが成長していく様子を描いた1作。冒頭に、マイク・グリーンウェル(虎党にとって憎き選手)の名前が登場。「ブルックリンの八月」…こっちは詩。これも野球をテーマにしている。以下、一か所だけ引用。「人は洞察にさえ慣れてしまうものさ」(「ワトスン博士の事件」より)さて、改めてキングの短篇を(全てではないが)一気読みして、一番印象的だった作品に「大賞」を贈ろうと思う。その作品は…。「ゴーサム・カフェで昼食を」主演男優賞は勿論、給仕頭のギイ!おめでとう!
2019.01.07

天空編の追体験を終えて本筋に戻ろうかというところで、また年末年始のイベントにはまったり、転職したり、メタルでレベル上げしたりでやっぱりストーリーがほとんど進んでない。とりあえず初の転職でイクミを戦士にした。勿論、バトルマスター狙い。
2019.01.05
「メイプル・ストリートの家」(スティーヴン・キング、文春文庫)を再読。年末年始はキングの短篇を再読しよう!シリーズもいよいよ終盤。本書は収録作品が5篇しかないが、どれも個性的。早速気に入った作品を紹介(ネタバレを含む)。「電話はどこから……?」…明らかに身内の誰かかからかかってきた電話なのだが、思いつく限りの身内に確認してみてもそれが誰からなのかは判らず。そして時は過ぎて判ったのは、未来の自分が過去の自分にかけた電話だった、ということ。これを読んで私は映画「オーロラの夜に」を思い出した。「十時の人々」…職業の年齢もバラバラの人たちが10時になると全館禁煙の建物から出てきて喫煙しながら談笑する。そんな風景も珍しくないが、彼ら<十時の人々>にはある特殊能力が。それは、人間のふりをして人間界に紛れ込んでいる異形の生物「蝙蝠男」を見分けることができる、というもの。やがて話は彼らと蝙蝠男との戦いの話となる。「メイプル・ストリートの家」…ブラッドリ家の4人の子供は母親の再婚相手が嫌いでたまらないのだが、ある日家の壁に割れ目が出来ていて、その内側に何やら金属めいたものがあることを発見。そこから4人は家中の壁や天井にドリルで穴を開け、どこに何があるのか徹底的に調べる。その謎の金属と継父がどう関係しているのか、キングらしいホラーだなという感じ。最後に1か所だけ引用。子供には簡単にわかる理屈なのに、なぜ大人はときどきこうも愚かなのだろうか?(「メイプル・ストリートの家」より)
2019.01.04

寄り道大好き冒険王はキングレオ討伐をそっちのけにして、お正月イベントや天空編の追体験(?)に精を出している。お正月イベントでは晴れ着を手に入れたので早速見た目を変更。女子用の晴れ着がもう1着あればなぁとは思ったが、天空編でマーニャの姿になれる装備品を手に入れ、これはイクミを踊り子に転職させたらぜひ使おうと心に決めた。
2019.01.03
今年の目標とかやりたいこととかを何か書こうと思うんだけど、敢えて抽象的にいこうと思う。具体的な目標は後に検証されるし、そんなことは他でやるので。そうはいっても考えていることはあって、昨年末から少しずつ動き始めているんだけど、その目標とは、文体を増やすということ。私が使っているSNSはこのブログの他にツイッターとmixiだけだが、書き込みをするときの文体はこれまで基本「だ・である」調にしてきた。それを最近崩しつつある(というか、崩れつつあるのかも知れないが)。具体的には、小説風・独白風みたいな感じ。で、更に一歩進んで、こんなことも考えている。 #ツイッター小説こっちはツイッターにサブアカウントを作って昨日・元日から執筆を開始した。ネタはけっこう溜まっているし、まだネタになってない漠然としたものもいろいろある。まぁ1日1篇などと焦らずに書いていきたい。
2019.01.02
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【序】正直、最初は買うかどうか迷った。それで、他の用事で書店に行った時「LA」を手にとってみた。勿論、ビニールがかかっているので、表と裏の表紙しか見えない。しかし、裏表紙を見たとき「これはヤバい」と思った。是非欲しい。でもちょっとセコい私は、「古書でいいので12月中に2000円を切ったら買おう」と決めた。そして結局その通りになって、私は今「LA」を手にしている。【破】ホントはここでシーンごとのお気に入りポイントなんかを書いていこうと思ったんだけど、かなり長くなりそうなので(実際、半分書いたところで凄い量になった)、バッサリ割愛。未購入の方は是非ご自分の目で!【急】そうはいっても何か結論めいたものを書いておかなくては…ということで。「LA」を見ていて気付いたいくみんの新たな魅力、それは・最大の魅力の目を瞑っていても可愛い。・視線が正面を向いていない横顔などでも、目が魅力的。・お尻が小さくてキュッと上がっていて可愛い。さすがモデルをやっているだけある。女子が憧れるお尻。・おへそが縦にまっすぐの「鍵穴」を思わせるスリット状で、可愛らしい。といったところ。つまり、いくみんはどこまでも可愛い。でも私はやっぱり、パッチリ、クリっとした目と視線が合う時が一番好きだし、ドキッとする。初春の挨拶に代えて。久松郁実写真集・LA
2019.01.01
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