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ログインをしてなかったので日記が書けませんでした。心こもった誕生祝の御礼もできなくてすみません。ありがとう。いよいよ大台に乗ってしまいました。ハーモニカの威力見たでしょう。いつもじっと聞き耳を立てるんですよ。何を思って聞いているのでしょうね。
2008.02.29
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あなたは感動を伝えていますか。と題し小学校の講演会の講師に招かれた。100人ほどの親達と教師が、熱心に話を聞いてくれた。子ども達に親として胸を張れる子育てをしたと言えないので話せる立場ではないが、親の危機を乗り越える力をくれたのは確かだ。規範意識については、親や教師を尊敬しているかと言う調査結果を報告する。日本の意識の低さに唖然としていた。世界20カ国の高校生の調査であったが、韓国の85パーセント、中国の80パーセント、アメリカの国も82パーセント尊敬度、日本は悲しくなるくらいの低さ21パーセント。この意識の低さどうすればよいのか。親のしつけについての意識改革しかあるまい。アメリカもベトナム戦争後、尊敬度が50パーセント近くまで下がったという。その時危機感を感じ即座に国をあげて、子育てを考えなおしたという。日本はこの状態に危機感を感じなかったのか?目上を敬う気持ちが育つかどうかはは、親の態度次第だろうな。
2008.02.27
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他の入院患者よりはるかに若い息子は、水分摂取量が多いのに、オムツを取り替える時間が同じなのに関係してはいないだろうか。いつも洗濯物が山盛りになっている。はきがえのズボンがいくつあればいいのかな。 今日はお風呂の日、気持ちよさそうにうとうと。ちょっと着替えを買いに行ってきた。このごろ以前のように唸り声が聞かれなくなった。すっかり落ち着いたのかな。
2008.02.25
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言語の若い先生と楽しそうにボール投げをした。流石元バスケットの選手だね。ボールを手にすれば、投げ返すことができる。それでも意識が集中できたときだけ。いつもできるとは限らない。目を瞑ってしまったり口をあけだしたらもうだめ。ボールを手にしようともしない。脳の神経がつながったりはなれたりしているのだろうか。それでも先生には、笑顔を向けている。声をかけてくれる人には、誰にでも笑顔を見せるのが、祐二のよいところ。この笑顔で救われる。このごろ、気難しい顔を見なくなった。病院の先生・看護師さん・介護しさんの声かけが嬉しいようだ。
2008.02.21
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戦没画学生の遺作を展示した館を見学。戦争がなければ、有名画家となり得たであろう彼らの遺作・遺品は、涙なくして凝視できない。妻を残し、恋人を残し、家族を残した無念の死が、作品から伝わってくる。戦争は最大の人権無視だ。松代大本営跡地下壕にて、1時間30分の説明を聞いた。1万人を動員して、急ピッチで掘り進められた地下壕。6キロにも及ぶらしい。動員された中には朝鮮半島からの強制動員されたいたいけな少年達もいたとか。戦争とは、酷いものなのだ。
2008.02.20
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歴史が語る人権の旅第1目は,太田市尾島町。過去に起きた世良田事件についての反省を元に、町独自であらゆる差別をなくすための条例を定め、人権の町づくりをめざしている。更にこの町には徳川由来の満徳寺がある。駆込み寺、縁切寺として有名である。江戸時代に女性救済の原点ともいえる寺があったのだ。 別所温泉にて、北向き観音堂参拝。映画「愛染かつら」の舞台であるとか。かつらの巨木に驚かされた。花も嵐も踏み越えて、と口ずさむ人、劇中人物の医者の名前がなかなかでてこないでクイズにした。30分近く回答はなかった。上原謙と答えた人もいて。ハハハ
2008.02.19
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今日は風呂に入る日なので、バリカンを持っていって散髪をした。意外に大人しくさせてくれたので、まあ上出来かな。道々、工事中のところが多く、たどり着くまでに1時間もかかってしまった。私も車の高齢者講習を受ける年齢になった。いつまで車を運転して息子のところまでこられるかな。千葉まで3時間半かかって息子に会いに行っていたことを思えば、1時間はよしとしなくちゃね。
2008.02.15
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中村勘三郎と藤山直美の愉快な楽しい舞台を観てきた。息のぴったり合った名コンビ。両者の演技に劇場は爆笑につつまれ、日ごろの憂さはすっかり吹き飛んでしまった。息子のことも、仕事も忘れて、心から笑い転げるこんな舞台を年に何度か観るのも、いいな。
2008.02.11
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休みの日は、息子のリハビリがない。職員も少ないせいか、ベッドに横になったままである。私が到着したとき、エレベーターにまで響く声で騒いでいた。声をかけると笑いながら大声を出している。左手が布団の外に出ていない。まずい。思ったとおり、股間に左手が入っていた。手がびっしょりである。オムツを外してしまい、背中まで尿が染み出していた。おむつ交換の時間が来てきれいにしてもらったら、とたんに静かになり、だれかれともなく笑顔を見せていた。騒いでいたのは、尿意を知らせたのか、ぬれていたのが気持ち悪かったのか、いったいどっちなんだい。
2008.02.10
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町内の婦人会の新年会を、かつての厚生年金会館で行った。何と立派な建物であることか。美術館のようだ。今では、ウエルサンピアという名の温泉場になっている。雪舞い散る温泉~外を眺めると、中々風情がある。大勢の人が訪れていた。大広間では国定忠治の芝居に満員の観客が楽しんでいた。この情景は建物と不釣合いだったが、温泉はいい湯だった。肌がすべすべになった。それにしても、年金でこのようなりっぱな建物をいったいいくつ造ったのかな
2008.02.09
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千葉から懐かしいおばさんがきてくれた。声を聞いただけで、胸を叩いて大歓迎。千葉ではお母さんよりお母さんらしく接してくれていたのだものね。一緒に行ったお父さんは無視されていた。約3年間、千葉で過ごした日々、いつもわが子のように相手をしてくれたおばさんだもの、うれしいよね。言語のリハビリも、その嬉しい気持ちが現れているのか、絶好調。美人の先生にテレながらも結構やるじゃない。その余力でお父さんが絵本を見せて声かけをしたが、そうは問屋がおろさなかったね。かわいそうにまたもや無視されていた。それにしても遠いところを、ありがとうね。千葉のお母さん。大好きな叔父さんがハーモニカを吹き込んでくれたから、この次行ったとき聞かせてあげるからね。
2008.02.08
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私にはあまり反応を示すことがない、とぼやいていた夫が「今日、食べ物の絵本を見せて話しかけたら、絵をしっかり指差しをしたので驚いた」と、興奮気味に話していた。もしかしたら、夫はいつも赤子をあやすような態度をしがちだったことが息子のプライドを傷つけていたのかもしれない。これからは、36歳の息子としての話かけをしてみようよ。冗談を言えばにやにやしているもの、と話し合った。
2008.02.06
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いつもより早めに病室に行った。今日はリハビリがない日で車椅子に乗っていなかった。今日はうんちの日、自力で排便のできない息子は3日目に排便の促進がなされる。一度では排便につながらないとか。食いしん坊だった息子の食をつかさどる脳もうまくない。歌うことが大好きだったのに言語をつかさどる脳もだめ、排便をつかさどる脳もだめ。それでも一生懸命に笑顔を見せてくれる。夫を見舞ったおばさんが、「80歳過ぎていてもこの姿が辛いのにこんな若い子が」と涙をふきながら「頑張ってね」と声をかけてくれた。
2008.02.02
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