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昨日のコンサートに引き続き、今日もコンサートにお父さんと一緒。3月に予定されていたのが大震災で日延べになっていた。コロッケワンマンショー。合計104人のものまねだったらしい。よくやるね。腹がよじれるというのはこの事。日ごろの鬱積した胸の内が消えたようだ。 ほんきで歌ったさだまさし作詞作曲の真面目な自分の歌よかったねー。たまにはこうした腹の底から笑うのはいいね。次は落語を聞きに来よう。
2011.04.30
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昨年は手術を控えていて行けなかった氷川きよしコンサート、夫と一緒に出かけた。隣の穏やかな感じの人はいろいろな種類のペンライトをたくさん持っていた。猛烈なファンのようで、何かと隣席の夫にファンの心構えを教えてくれていた。そしてペンライトを貸してくれた。私は初めてではないが夫はこんなに活気なるコンサートは初めてだ、としきりに感心していた。元々は氷川きよしの歌のうまさをほめていた夫なので、すっかり熱気の中にハマっていた。ところでお隣さん、上品な顔に似合わず大きな声で、きよしーの相の手を絶叫していた。そして歌うたびに夫に告げていた。「本当に歌がうまいし感じがいいでしょう」「あれはいついつの紅白の衣装ですよ」「お終いの曲と言ってから3曲歌うから席を立たないでね」etc
2011.04.30
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少年少女の宿泊している更生施設に夕食を届けた。自分の親はいても家があっても、家に帰れない少年少女がこの施設には宿泊している。今日はFさんと二人でメニューを分担、各自家で作ってくることにした。Fさんが唐揚げとスープ。煮物は少年たちが好むかどうか不安だったが、あえて私は煮物担当、肉じゃがと野菜の炒め物を作って届けた。10人前である。喜んで食べてくれるだろうか。料理を作る事は好きなので、随分前になるが、盲導犬センターでの犬と利用者の訓練の時には、利用者の食事作りを担当して、センターまで随分通ったものだった。あの当時は、息子祐二も健在でそのセンターで、盲導犬候補になりそこなったライリーを預かって家族の一員として、祐二の相方として共に過ごしていた頃だった。祐二の事故遭遇やライリーの死から盲導犬センターとも縁が切れてしまった。それでも盲導犬を愛する会の一員として縁をつないでいたが、その愛する会も、今年は解散となるとか。食事作りからライリーを思い出してしまった。
2011.04.22
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更生保護活動を共にした同い年の人が逝ってしまった。広報活動ではいつも頼りになる名カメラマン、作詞を趣味とし、歌を好み、こよなく酒を愛したひとだった。現役時代は刑事として名をはせた事も。急激にやせた頃、病院へ行くことを強く勧めたあの日が思い出される。もっと早く無理にでも診察を勧めていればと悔やまれてならない。手術後も活動をしていたし、叙勲も受けていたのに。私が血液のがんで入院手術をした昨年、見舞ってくれたとき、自分の再発をほのめかしていたが、これほど早く病が進行するとは思ってもいなかった。私の退院の挨拶の時お会いしたのが最後になってしまった。今日はお通夜明日は葬儀。人脈の多い人だから、さぞ大勢参列するだろう。
2011.04.21
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未曾有の大災害から間もなく40日が過ぎようとしている。随筆のお仲間の作品にはそれぞれ人生の状況が綴られていた。旅先で行く先をちがえていたら津波に遭遇していたかもしれなかった人、アメリカから帰る筈の孫が空港に降りられない状況になった人、入院先の病院の9階で大揺れを経験した人、プールに入った状態だった人、原発関係者の対応に激怒している人、友人を案じている人などなど。私は風評被害とミリシーベルトトCTやレントゲンを限界に近い回数を浴びている話などを。ところで、私の著書『君へのメッセージ』の本を発行2年目にしてようやくお仲間に紹介できた。息子の事を先刻承知している方たちだが、本の発行については誰にも話していなかった。遷延性意識障害について知らない方がいらっしゃるので知っていただきたかった事もある。出版社からの印税分は義援金に寄付させてもらった。させてもらえることは幸せな事だと、しみじみ思った。間もなく連休が来る。祐二の外泊の日となる。今回は何をして過ごそうかな。
2011.04.17
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たった一人の孫娘の、今日は入学式。校庭の桜は満開、うってつけの好天気、風は少し冷たいが、いい日旅立ちといったところ。昨日からの大揺れの地震が気がかりだったが。小学校の教員であるママが、一年生担任で今日が入学式。重なってしまった。一人娘の入学式であっても、愚痴も漏らさずさすがプロ。上手にわが子を納得させていたようだ。さぞ娘の入学姿を見届けたかっただろうに。「ママは大勢の一年生をお迎えするので、パパと行くよ。ばあば写真撮ってね」という孫娘こちらもあっぱれ。校門前まで一緒に出かけ記念写真を撮って、会場に向かう父と子の姿を見送った。どの子もママといっしょなのが気になるばあばであった。最近の入学式はパパママ共に参加が大半なのだねえ。なんだかんだ言っても、ジジババも共に学校に勤めていたから、自分の子供達の学校行事には参加できなかったなあ。今でも子供達にいやみ言われ続けているもの。
2011.04.12
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前日お父さんはなぜか君の機嫌が悪いと言っていた。排便の薬が入っているというから、ことのほか機嫌は良くないのだと思っていたけど。意外や意外、ごッ機嫌じゃないの。母さんの調子はいまいちだったんだけど、祐二の笑顔は母さんの薬だよ。言語の先生との勉強もまるで別人みたいに反応していたね。君の頭の中は一体どうなってるんだい。チッパチャップの飴を口に入れたら、結構ごっくんと唾を飲み込んでいた。甘いのに気が付いたかい。でも母さんがあめの棒から手を離したら、途端に引き抜いて放り投げちゃったのは残念。でも嫌がっていた顔ではなかったね。これからは徐々に、なめる時間を長くしていこう。美味しい事が分かればいいのだけれど。
2011.04.08
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近くの児童公園の桜が開き始めた。いつもだったらあちらの桜こちらの桜と、桜を追いかけたくなるのだけれど、そんな気になかなかなれない。今この日本に、全てを失って避難している人がいて、不眠不休で探索をする人、命を張って原発の作業をする人がいる。テレビの報道新聞の報道、見るほどに心が痛む。全世界がかたずをのんで見つめている。テレビでの言葉ではないけど、日本を信じて、収束を信じて復興を信じて、見守るしかない。どうやら息子祐二も、何かしらの不安が乗り移っているように見える。今日も不機嫌この上ないとお父さんが首をひねって話してくれた。どこかがどうにかなっているかのように荒れているようだ。
2011.04.07
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自衛隊の捜索隊が女の子の遺体を発見。お線香を手向けて一様に瞑目して祈る捜索隊。「我慢しなくてもいい、一人で考えないで心の内をはき出しなさい」上官の言葉にうつむきながら、「わが子だったらと考えたら」と絶句する隊員。大人と言えどもこの悲惨な状況に心がむしばまれていくこともあるという。学校ぐるみ全滅した学校もあると聞く。もう言葉がない。祐二発熱。この頃病院の中が寒い。温かいのに慣れた病院。風邪引いたのかな。いつも半袖の看護師さん達もカーデガンを羽織っていながら、寒い寒いと肩をすぼめる人も。節電なんだよね。
2011.04.02
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車椅子にのせられる、という事はとてもうれしい事だった。寝たきりからの一歩前進だったから。背の高い息子のために特注で作られたスライド式の車椅子。首が定まらない時から、現在に至るまで病院の移動の時、わが家での散歩のとき、私の小さい身体に合わせて最も軽い材質で作られたものだった。スライドが効かなくなり、すっかりガタが来てしまった。毎日のリハビリで非常に困っていたようだ。特注となるので、すぐには出来ないらしい。暫く面倒を見ながら使う事になる車椅子。息子の8年間のうち7年間、容体に一喜一憂した日々を全て知っていた車椅子。ご苦労さん。もうひと踏ん張りしてね。
2011.04.01
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