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囲碁仲間にホテルなどの事業を手広くやっていて羽振りのいい男がいた。彼とはよく食事代を賭けて碁の勝負をした。普段は互角でも、勝負となるとこちらはハングリー、僕が奢って貰うことのほうがずっと多かった。もっとも僕が負けるとカツ丼、彼が負けると焼き肉食べ放題だった。一見横柄なところがあったが、けっきょくはお人好しだった。その彼が事業拡大でパチンコ店を始めた。市郊に豪華な店が建ち、客入りもよく盛ったかに見えた。しかし、筋の悪い客筋に目をつけられたのをきっかけに急に客足が途絶え、経営が行き詰まった。無理な資金繰りもあて、恐い債権者にも追われ生活は荒れていった。彼には美しい妻、そして有名大学に二人の子どもを通わせていた。そんな彼の窮状に嫌気がさしたのか、妻は愛人をつくり家を出た。子どもたちは大学をやめ働きにでた。立派な家は人手に渡り、一家は離散した。彼と久しぶりに出会ったとき、糖尿病にとりつかれたとのことでだいぶ痩せていた。その日も勝負をした。最後に重大な見落としをして、僕の逆転負けとなった。わざと負けだのではない。近くの中華飯店で幾つかの品とビールを注文した。すると彼は「オレは烏龍茶にしてくれ」と、あれほど好きだったビールを飲まなかった。「久しぶりなのに今日くらいいいだろう」と言ったが「いや、意地でももう十年は生きる」と、嗤った。そうつぶやいた理由は後でわかった。彼は家族名義で億という生命保険に入っていた。事業に失敗して、掛け金も払えずに、保険はとうに失効したものと思っていたそうだ。ところが、たまたま保険会社の営業マンと会って、その掛け金が継続して払われていることを知った。掛け金は妻が払っていた。彼を捨てたはずの妻である。妻は彼が糖尿病だということを知っていた。今は愛人のもとにいるが、ちゃんと掛け金は工面できているようだ。僕は一度注文したビールを断り、野菜サラダを注文した。「な~に、“ネバーギブアップ”これからよ。オレの底力を見せてやる」彼は、パリパリとサラダを口に運び、烏龍茶をガブガフッと飲み干した。僕はこころから彼の再生を祈った。その後、彼の家の後には飲食店が建ち、庭のあったところに雑草に混じって数本のトマトが育っていた。こぼれた種から生えてきたのだろう。彼の家族も落ち着いた土地でそれぞれトマトのようにたくましく生きている。 *その彼が、5年近く経って突然顔を出した。生きていたのだ。東京で息子と始めた仕事が順調だという。その上、なんと、20歳も若い女性との結婚を考えているという。心配していたのが、ウソのようである。保険のことは聞けなかった。いやはや、トマトより強い男はいるものだ。励ましのクリックを
2009.05.30
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今日の新聞に、現在、金子みすず記念館館長を勤め、童謡詩人、作家でもある矢崎節夫氏が隣町で講演したという記事が掲載されていた。実は、日曜日に地元読書会主催の小講演会で、僕が矢崎氏とは別の角度から金子みすゞの本名「金子テル」について話をする(^^;)。いやはや…。矢崎節夫氏は金子みすゞを掘り起こした人、僕は詩の読者でただの人。おのずと話す密度は違う。ということで、友人のプロの女性アナが話の合間に詩の朗読をしてくれるとということになり、今日はふたりで二時間ほどリハーサルをした。僕は、自他とも認める口べたであるから、果たしてどうなるものか。もっとも、ずっこけるのを楽しみに聴きに来るという友人もあったりして、それはそれで楽しみである。まあ、素人なりの無責任さもあるから、そんなにつまらない内容にはならないという自負はある。それにしても、みんながイメージしているだけでない真実をあぶり出そうとすると、どうしても長くなってしまう。周辺の状況証拠をださなければ納得してもらえないからである。自分で書いてみると、なるほど推理小説はこのように苦労しながら組み立てるのかという、ことが実感としてわかる。もう人前で上がるという年齢ではなくなってきたが、話しやすい人数というものがある。聴衆があまり少なくても意欲が湧かないが、多すぎても困る。ちょうどほどほどの入りであってくれればいいのだが…。当日は、僕なりに推理した金子家の秘密も暴いてみるつもりだが、さてどうなることやら。励ましのクリックを
2009.05.29
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僕の本業の事務所から、最寄りのJR駅まで約500m、歩いて7、8分の距離にある。駅までの道中、かつて貨物の線路だった部分が使われなくなってそのまま広がっている。天気の好い日には本通りを避け、野良猫のように線路、枕木、砂利の上と歩く。つい10年くらい前までは荷物の貨車輸送の積み降ろしが行われ繁忙していたこのローカル駅も、トラック便に顧客を奪われ、貨車の入れ替え用の線路となり錆び横たわっている。人の経済活動が弱まると自然が元気になる。春から秋にかけて線路のところどころに、菫、マーガレットなどの草花が咲き、目を楽しませてくれる。そして、もうひとつワクワクと心まちにしていることがある。それは、蓮の開花の時期だ。線路横に一反分ほどの蓮田があり、赤、白、ピンクと大輪の花がプレゼントしてくれるかのようにつぎつぎに咲き始め、目を楽しませてくれる。泥の中を緑一面に広い葉で埋めつくし、その上に優雅に、しかも楚々と開きはじめると、少女から大人の女性へと花開いてゆくような、まばゆいときめきの姿を感じる。蓮田と線路の間には道はなく、そこを知る人も少ないので、その場所を通るのは保線夫とごく一部の人で、町中にありながらこの穴場を知っているのはごく少数だろう。蜂や蝶などの虫たちも、付近の花に通ってせっせと蜜を集めている。空の下では、どの生き物も自由でのびのびと生きている。そこを抜け、もと貨物の操車場だったところが駐車場になっている。駐車中の車はまばらで出入りは少ない。あるとき、その奥まったところの、さらにポツンと外れたワンボックスカーの車内でなにやら蠢いているものを見つけた。どうやら人間のカップルらしい。まさか、この白昼にと思いながら、通り過ぎたが、先方も、使っていない線路を伝って人が来るとは思っていなかったのだろう。花や虫たちののびやかな健康的な姿を見てきて洗われた気分になっていたのに、なにか目が汚れてしまったような気がした。このようなことを話題にすると、よくヘビが嫌いな人はわざわざ(いないか、いないかと草むらを)探して歩くというのと同類だと思われるかしらん。とにかく、目を洗わなくては…。励ましのクリックを
2009.05.28
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ヤギは家畜として古くから飼育されています。ヤギは、沖縄などでは肉を食べるため、広い地域で乳製品を利用するため、あるいは毛を利用するために飼育されています。近年では薬品をつくる実験動物としても…。日本でよく知られているのは乳用のザーネンという品種です。僕も子どもの頃は飼っていて、乳を搾っては飲んだものです。実は近くにグリーンファームという産直市場があり、そこで飼っているヤギの子を一頭お借りしてきました。目的は、山荘内の雑草を食べて貰うためで、ほかの目的はありません。かつて、モンゴル帝国軍や英国海軍は、遠征や航海の際の兵士たちの性処理に雌の山羊を使用していて、日英同盟の折りに英国海軍から日本海軍へ友好のために山羊が贈られました。ところが、使用方を知らなかった日本の軍人たちはこれを食べてしまい、英国の軍人たちに顰蹙を買ったといいます。(どちらが顰蹙ものだか…)最近は、離島や無人島でのヤギが問題になっています。それは、植物を根こそぎ食べてしまうからです。草食動物が食べるのは葉の部分だけであったり、柔らかい若芽だけだったりするのですが、ヤギは根までも食べてしまうのです。そのため、ヤギが食べた場所では植物が再生ができにくくなってしまうのです。広い場所ならば、新たに種が発芽しますが、狭い島では再び生えてきた新芽もすぐに食べられてしまうため再生が困難になってしまいます。また、大陸から離れた島には大型の食肉動物(オオカミなど)がいないため、ヤギの数は増えるばかりになってしまうわけです。つまり、自らの生存のために必要な環境(植生)を破壊してしまうということです。だから今では「地球最悪の動物」だとも言われることがあります。しかし、品種改良を重ね、この最悪の動物を作り出したのは人間です。そして、小さな島々にこの動物を持ち込んだのも人間です。ということは、本当の最悪の動物というのは、ヤギではないことはおわかりですね。励ましのクリックを
2009.05.27
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ちょっとした文章を書く都合で、ネットでカジュラホのミトゥナ像を調べた。インドといえば、僕には藤原新也の「メメント・モリ」が思い浮かぶ。駒ヶ根高原美術館で出会った「死の瞬間が、生命の標準時」から始まるさまざまな短い言葉。かようにインドへ行ったものはみな何らかの悟りを得たような錯覚をいだくようだ。知人にもインドに取り憑かれて、ヨガの普及につとめている人がいるが、多くはもっと低いレベルでの達観者たちだろう。インドでは古来から、男女の性的結合を神聖視する信仰があるという。ミトゥナ像を写真で見たが、そうか、SEXの陶酔・悦び・忘我の境地が、神との神秘的な同一性に通ずるといわれれば、そのようなものかと頷く主体性のない僕ではあるが、性技四十八手は宗教的意義があったのか。それにしてもおおらかな彫刻である。インド天竺は仏教の始まった聖地、他教でいえばエルサレム。仏教が日本まで伝わるまでにどうして性愛がスポイルされてしまったのだろう。日本の仏教があれほどおおらかで、お寺の仏像が四十八手で溢れていたら、お参りする人は世界から押し寄せたのではないだろうか。励ましのクリックを
2009.05.26
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男でも女でも色気を感じる人はたしかにいるもので、目の前で微笑まれただけでゾクゾクとした経験は誰でも1度や2度あるのではないだろうか。(ときには、カガミの前でなら、というナルシストも…)。これは、容貌がいいとかスタイルがいいとかいうだけではない。色気というものは内面からじんわりと滲み出てくるものだろう。知性とか教養もいくぶん大切ではあるが、それより人間として熟成されていなければ、知識や教養が嫌みに感じることだってある。若い娘であれば、イケメンであれば何でもいいというヤボもときにはいるが、青いだけ、メンクイだけで魅力を感じるうちは色気のなんたるかを知らない人だ。そんな人は、青いバナナを食べていればいい。仕事で訪れた、30歳代の若い女性ばかり4、5人いる工房で、ティーをご馳走になりながら、男の色気、女の色気というような話になった。(どうして僕はこんな話題が多くなるのだろう)僕は、人生や自分のうちこむ仕事をクリエイティブに語れるな女性たちには色気を感じる。水関係でも如才なく話題をあわせてくる女性にも感じるが、下ネタ的な話題しかもちあわせない人は僕は苦手である。(またまた、タナにあげてと…)知ったかぶりの付け焼き刃はダメだ。だから評論家タイプはダメである。ほとんど自分を語らなくても、仕事をさせると天職を感じさせる人、こういう人に色気を感じてしまうんだな。ほら、君のことだよ。励ましのクリックを
2009.05.26
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ブログを始めて以来のつきあいになる友だちが訪ねてくれた。せっかくのお越しなので、昨日は一緒に木曽を訪ねたが、木曽は曇りから雨、なんの成果もあげられずスゴスゴと引き返した。といっても、わずかな縁を手がかりに造り酒屋を訪ねて、ありったけの種類の酒を利き酒させてもらってきた。いや、もちろん車のキーは同乗したつれあいにバトンタッチして、心置きなく戴いたのであるが、小雨けぶるしっとりとした景色のなかでの一献もまたよきもの。山荘に引き上げてきて、それからはひきつづきジョッキを交わしながら、よもやま談義。この人は、さる学校の先生であるのだが、話題も豊富で中味も濃い。こういう人と話をするのは楽しいのである。今朝は5時に起きたら、好天に恵まれていた。友だちもよい信濃路散策を楽しめることだろう。自宅に戻ってみたら、絶好の撮影日より。数枚パチパチと写して山荘までもどった。ということで(なにが)、ひさしぶりにわが家付近の写真をUPするとしよう。田んぼに逆さアルプス森樹湖などと勝手に名付けて…森のこびとと出会えるかも…?信州は、いま春から夏への切り替わりの季節。この季節はニセアカシアの花が満開になるため、群生している場所はアカシア蜜の匂いに包まれる。猿もこの花が好物らしく、昨日はたくさんのニホンザルが訪れていた。励ましのクリックを
2009.05.25
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もうそうとう過日のことなので記憶に薄いが、僕は母親と中学生近くまで風呂に入ったような気がする。男なら誰でも経験することだが、少年期はほんのささいな刺激で勃 起する。子どもの頃はなぜそうなるのか意味がわからなかったから、母親の前でも平気だった。たとえば鼻や耳をピクピク動かすことが特技の子があるように、自由に大きくなるのは僕だけの特技かも知れないと思っていたこともあった。中学生近くまでだれもが勃 起するなどとは知らなかったのである、まったく…。だから、中学生になるまでは結婚して家族にさえなれば子どもが生まれると信じきっていた。(いやはや…)ある悪友が人間も犬や虫たちと同じことをするのだと懇切丁寧に教えてくれたが、にわかには信じられなかった。(まったく…)中学生高学年ともなると、こと細かく教えてくれる先輩がいて、さすがに不承不承納得することになった。すると、母親と風呂に入れなくなった。当時は母親もまだ三十代、裸はなんの偏見もなしにきれいで誇らしげだったが、男女間の仕組みを知ってしまってからは、さすがに一緒に風呂に入る気はしなくなっていった。若干いいわけも含めていうと、ポルノグラフィーを見る少年を軽蔑する女性もいるが、少年時代にヌード写真を見ることは自然な性的成長を促すうえで必要な要素でもある。中学生くらいになった子どもが、ティッシュをゴミ箱につめこんでいても、大目にみてあげたほうがいい。最近、あるブログで、お母さんが息子の布団を干そうとしたら下からたくさんのティシュがでてきたので慌てて元通りにしたが、どうしたらいいか。というエントリーがあって、おもに女性たちからは「それとなく正してあげて」「不潔、甘やかしすぎ」「親が責任をもって」など侃々諤々の議論になっていたが、男はたいがい「ほっときな」と醒めた答えだった。無理もない、誰もが通ってきた道だから…。そんなのは見て見ぬふりをすればいい。でもときどきは、「新型ウイルスが心配だから、今度の日曜日に部屋の掃除してあげるね」と通告してあげれば、まあなんらかの行動にはでるだろう。ヘアーヌードなどの写真集を見て、自然の範囲で性的浄化ができていればそれで満足、ごく正常な成長過程だから心配することはない。ところで、僕などが週刊誌のグラビアをこっそり開くのは、純粋に美的観賞である^^;。いやホント、そんなことではビクともしなくなった。まったく自慢にもならないが…。励ましのクリックを
2009.05.24
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わが家の軒下で産まれた5匹の子猫、3日ほど前から引っ越しをはじめました。どうやら親猫が咥えて、自分の飼い主の家に運んでいるようなのです。2日前までに4匹がいなくなり、ちょっとホッとしていたのですが、最後の1匹を忘れたのか遺棄したのか引き取りにきません。気温の落ちる夜中に、目が開ききれない子猫をおいたら体温が低下して死んでしまうのではないかと、家の中に入れミルクを与えコタツで温めています。動物の世界も、無条件にすべての子どもに愛情をもつということではなく、幾つかは育たないという前提で数多く産んでいるのでしょうか。猫の世界では父猫の役割はまったく無責任です。子育てにまったく参加していません。その点、人間の父親は子育てこそほどほどでしょうが、家族を守るために戦ってきました。古代から現代までの人類の男の歴史は、自と他の対立、戦争、支配と被支配、掠奪と侵略の連続でした。男たちもガンバッテきました。男なりの新しい理想を打ち建てようとしてきましたが、結果はどうでしょうか?理想→幻滅→新しい理想→幻滅→また新しい理想、良い面もありますが、僕の実感では空回り、戦争や経済によって科学技術などは進歩したのでしょうが、人間が今後も生息しつづける環境としては悪くなるばかり…、とまでは言わないまでも、袋小路に人っています。その結果、人類は地球上最悪な病原菌のようなものとなったのかも知れません? 地球から人類がいなくなれば、他の生命はもっと、のびのび、ゆったりと共存できるのでは? こんなペシミスティックな考えをもつのは、やはり、子宮を持だない男たちの人間観、世界観、頭脳だけでものごとを空想し、組み立てるという根本に問題があるからでしょう。女性には子宮という自と他を受け容れる器がある。この潜在的能力は、人類の歴史上でいえばほとんど公的に発揮されていません。男たちの理想とか頭で考えた愛でなく、肉体としての愛。コンピュータで整理できるキレイ事ではない。子を孕み、産み、育てる愛、これがベースとなった精神が、人間対人間、民族対民族、宗紋対宗教の和解の道を造りだすべきではないかと考えるのですが…。ただ、最近は政治や経済分野でも女性が活躍し、男顔負けの力を発揮している人も増えてきました。そして、なかには政治や軍事についても、男顔負けな強硬な意見を吐く女性も少なくありません。これらの人は子宮的思考が退化し、やはり頭で考えることが進化した人たちなのでしょう。いうならば理で自分の思想をつくった人。本来なら、その両方がほどよくかみ合っていれば、人間と動物たち、地球と人類、それぞれの共存関係がつづく世界が拓けてゆくような気がしますが、これも永遠のテーマとなるのでしょうか。わが家の軒下で産まれた猫の子の世話をするうちに、支離滅裂な哲学などぼんやりと考えている猫のパパです。励ましのクリックを
2009.05.23
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インフルエンザって、夏までには終息するのではないかな。まだ日本では死者はでていないし、数からいっても風邪を引いている人よりは少ないであろう。それに、新型インフル:1957年以前生まれに免疫の可能性ということで、これを読んでいる人はインフルエンザより先に老衰で死ぬ確率のほうが高い(笑)。人間の身体はほんとうに良くできていて、異質が進入すると戦って追い出すように出来ている。発熱作用などもそれで、病気との闘いが熱となる、したがって熱が出たからといって、安易に解熱剤で下げてしまうのはどうかとも聞いた。男女別にみると、自分と相容れない異質を体外に排出しようという性質は男がより強くもっていると思う。議論をしていても、異論を受容しようという姿勢をみせないのは、男性としてのの愚かなDNA(笑)かも知れない。媚びるわけではないが、その点で女は、異質に対して受容性があると思う。わが家のハナという犬。一応雌であるが山梨県奥地で猟犬として過ごしてきた甲斐犬の血が強いため、日頃は闘争心が豊かで遠くに犬の姿を見かけてもファイティングポーズを怠らない。敷地に進入してくる猫も追っぱらう。しかし軒下で産まれたどこかの猫の子には親愛の情を示し、ペロペロ舐めたりする(食べるためではない)。子を産んだことがないのに母性としての受容性をもっているということなのだろうか。受容度ということでつねづね思うことは、女という身体の不思議だ。インフルエンザなど外敵には抵抗を示すのに、おなじ外からの侵入者である精子は排除しないで受けとめることができる。通常生体は、病原菌とか、バイ菌の侵入に対し、免疫作用が働き、外敵を排除しようとするものだ。だから精子といえども生体にとり侵入者の一つだが、女体は精子の侵入、受胎を受容する性質をもっている。やがて、受精卵は子宮の中で胎児に成長し、女体と胎児はまた共存してゆく。そのような肉体的条件が人間界の歴史では、行動条件として女性を不利にしてきたわけだけれど、肉体的・精神的なしたたかさということでは一貫して変わらなかったのではないだろうか。それを支えたのが女という性格の受容度というところにあるのだろう。もちろん、すべてにあてはまることではないけれど、受容度をもたない肉体や精神は折れやすい。力も弱く出産というハンディーをもちながら、なお男より高い平均寿命をもちつづけている秘密はここにあるのではないかと思う。励ましのクリックを
2009.05.22
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近くの高校で生徒に川柳などのよもやま話をしたことがあります。そのときのメモ書きがありました。誰にでも思いこみというのがありますね。例えば蛇のような人、小鳥のような彼女というと、初期印象だけで相手を判断して相手を決めつけてしまうことです。よく見ると蛇の目は意外に可愛いし、逆に鳥の目は冷たいものがあります。人は思いこみで対象物の性格を決めつけてしまいがちです。昔、「キツネ目の男」が話題になったことがありますが、キツネだって獲物を狙うときの目と子狐に乳を含ませている目は違うと思うんです。だから、正確にはどんなときのキツネの目かっていわないと、正確には伝わらないことになります。川柳の古い僕の句で、 鰯雲父ならなんと叱るだろうというのがあります。それぞれの人が鰯雲にイメージしている感情を利用して、読者のなかで勝手にストーリーを描いてもらおうとしているわけです。ちょっとズルイと思われるかも知れませんが、それを受けとめて膨らませることができる人は(川柳的な)感性をもつ人です。これを「鰯雲は、鯖雲などとも呼ばれている雲で、天気の変化が激しいとき現れる雲で秋に多い。ところで、それがどうしたの?」などと科学的に言われてしてしまったら、そこで完結してしまい味もそっけもなくなります。答えようがないといおうか、こういう感性の人には答える意味をもたないのです。イメージといえば、秘境とか秘湯という言葉がありますね。深々と森々とけぶる湯煙のなかにある温泉、あるいは鉱泉を思うことでしょう。もっと妄想クセのある人は、その湯煙のなかに白い裸身が……、などと月並みなエッチ心を描くかも知れません(僕だけかな…)。そんなエッチ男の夢をつぎつぎとぶち壊してくれるたのが、便利すぎる道です。今まで、熊やイノシシが闊歩していた山奥まで立派な道を造ったものだから、熊やイノシシ、猿はその道を使って人間と同じ界隈での生活をするようになってきました。わが山荘付近も田畑の鳥獣被害が大きいということでイタチゴッコをつづけています。昨年には敷地内にイノシシのための電柵を勝手に作ってくれました。まったく余計なお世話です。しかし、田畑を荒らされる人たちにとっては死活問題ですから、対処療法としてはしかたがない面もあります。僕たちの子ども時代は、もっと田舎っぽかったけれど熊や猿とこれほど近くでニアミスすることは少なかったと思います。最近では、日本各地の行き止まりのようなところにあった人間と獣の共存関係は崩れ、互いに相手を攻撃しあっているように思えます。僻地文化もそうです、立派な道とひき替えに、どんどん消えてゆきました。秘境という言葉も、いずれはオオカミと同じように“かつてあって言葉”として「死語辞典」でしかお目にかかれなくなるのでしょうか。いずれは、獣たちと人間の戦いは必要なくなるでしょう、とりあえずは人間が勝つに決まっています。しかし、そのときは人間の滅亡が始まっているときかも知れません。指一本でしかパソコンを打てないけれど職人としての腕はたしかなお父さんも、携帯もナビもロクに使えないけれど田舎料理が上手なお母さんも、その家の無形文化財のようなものです(たぶん)。無くなってから後悔してもおそい、今のうちに大事にしましょうね。励ましのクリックを
2009.05.21
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加島祥造という哲学者的詩人が当地に住んでいる。その人の詩集「求めない」が2年ほど前にベストセラーになった。自分の内側に入ってごらん―ぎょっとして立ちどまるよ。(だって汚いドロがいっぱい詰まっているからだ)今までこんなものを、ためこんでいたんだ、と知ったら、もう欲しがらなくなるよ―すると開いた口から、くさい息が少しずつ、出てゆくよ―そしてひとの一生には一度か二度はあるみたいだ。「求めない」なんてことは実はむずかしい。できないことだ。加島さんは、そのことをまえがきで書いている。誤解しないでほしい。「求めない」と言ったって、どうしても人間は「求める存在」なんだ。それはよく承知の上での「求めない」なんだ。食欲性欲自己保護欲種族保存欲みんな人間のなかにあってそこから人は求めて動く――それを否定するんじゃないんだ、いや肯定するんだ。五欲を去れだの煩悩を捨てろだのとあんなこと嘘っぱちだ、誰にもできないことだ。「自分全体」の求めることはとても大切だ。ところが「頭」だけで求めると、求めすぎる。「体」が求めることを「頭」は押しのけて別のものを求めるんだ。しまいに余計なものまで求めるんだ。じつはそれだけのことなんです、ぼくが「求めない」というのは求めないですむことは求めないってことなんだ。すると体のなかにある命が動きだす。それは喜びにつながっている。だけどね、意外にむずかしいんだ、だってわたしたちは体の願いを頭で無視するからね。ほどよいところで止める――それがポイントだ。でもそれができなければ、ときにはもう求めないと自分に言ってみるだけでいい。すると、それだけでもいい気分になると分かるよ。あらゆる生物は求めている。命全体で求めている。一茎の草でもね。でも、花を咲かせたあとは静かに次の変化を待つ。そんな草花を少しは見習いたいと、そう思うのです。やっぱり、僕は煩悩の人でいいんだな。励ましのクリックを
2009.05.19
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今日は、いい天気。ひさしぶりの好天に誘われてといったら失礼だが、夏の会合の下見を兼ねて友人夫婦が訪ねてくれた。いや、友人と言っては失礼だろうか僕よりだいぶ先輩の60歳後半になる某教員ご夫婦だ。このように、具体的に近い人のことを書くときはむずかしい。ことにこのご夫婦は、このブログを読んでいる可能性が高い。明日になれば「おい、あのブログに書いてあったことはなんだ!」とお小言を頂戴しかねない。いや、しかし今日きたご夫婦はこころの広いお方で、たぶん笑ってすませるだろう。というように僕のつきあいは特定の範囲にとどまらず、さまざまに飛んでいく。ことにブログでのおつきあいも、必ずしも思想信条が近いとはかぎらない。だから面白いと僕は思っているのだが…。さて、前日のブログでおおむね僕の信条を書いた。ところが、僕の文章はわかりにくいらしい。僕はことさらに回りにくい文章は嫌いで、そうした主旨の論を過激に書いて、文芸仲間からは顰蹙も買っている。にもかかわらず、自分で書いて通じないとなると、比喩を交えずに率直に書くしかあるまい。率直に書くと味もそっけもない文章になりがちだ。ましてや今は夕方からの酒席でいささか入っているがお許し願いたい。昨日は、憲法に関する僕の考えだが、まず言っておかねばならないのは僕は一市民であって、国政や憲法、法律に関してなんら責任をもつ立場ではない。誰がどのようにというややこしい話以前に、この社会に生きている以上、社会で決められているルールのなかでそれに従って生きているということで、従いたくない人がいようがいまいが、それと自分の生き方とはかかわりないことである。そのことを表明するのに、なんら不都合があるとは思っていない。この憲法がもっと正しく改定されれば、また、それに従って生きてゆくであろうし、それ以前のことに関して後ろ指をさされることはないと思っている。僕が、あえて現憲法を評価しているのは、人間のあさましい現実とやらにすり寄らない凛とした理想にであって、なしくずしにされてきたものへの執心ではない。僕は一貫して体制に依らない立場をとってきているが、時代時代の政府や為政者、国益の代益者が対外交渉などで、人知れずあるいは自分の意とは添わない苦渋の決断もしてきたであろうことも薄々理解している。と、同時にこころならず国民の命を軽んじてきたことも…。僕もふくめ、それぞれの国民や一市民は、自分の視野からしか世界を覗くことができない。その立場からしかものを言えない。しかし、それが集合しての世論でもある。ということを前提に、ごく一個人的な立場で思うことを書いてみたい。いつも言うことだが、実は僕は憲法が改正されるか固守されるかということにそれほど関心がない。どうあろうと、家族や、知人友人、地域が、日本が、世界が平和で穏やかに暮らせればそれでいいのである。ただ、自分の知能では、9条のようになれば理想ではないかと思うだけだ。そんなささやかな願いでさえ現実的でないとなれば、あらたな理想を示して欲しいがそれが僕には見えない。先の、北○○(と、伏せるのもバカバカしいが)のミサイル騒動にしても、本当に日本の国土に落下したら困るのは日本ではなくかの国である、と思う。これは火をみるより明らかだ。どうやっても日本にだけは墜とさずにすむように整えて示威行動をしているだけだろう。これを大騒ぎするのは、かの国の意図に乗ってあげているようなものだと僕は思っている。なんであんなギャグマンガ程度で日本の憲法をうんぬんしたい。国会で、自衛隊がイラクのサマワ、そしてアフガンへとの議論がなされているときに、僕は災害救助隊として特化して、世界に派遣したほうがよほど国際貢献になると、非現実的(?)なことをブログに書いた。この頃、イランやスマトラ島沖に大地震があったり、大津波があったり、世界の各地で天災が報じられていた。僕の一庶民の感覚としては、国際貢献を言うならアフガンより災害救助だろうといった気持ちだ。しかし、惻隠すれば政府にはそれに庶民にだけは知らしたくない事情があってのアフガンであって、賢い庶民はそれを理解して政府に賛成したのだろう(これは皮肉も込めての文言です、と断らなければならないのだろうか)。だから、「自衛隊を災害救助隊に」という表現は、そのときの僕の庶民感情の発露であって、政府高官の発言のように責任を伴うものではないと思うのだが、これはいけないだろうか。「国益に添ったドロ縄をつづければいい」という発言が誤解を招いたかも知れないが、「苦笑」の比喩であって、本来はドロ縄でなく、国防のあり方はしっかり議論して国会で決めて欲しいと思う。僕が1億分の1の立場で切歯扼腕しても、なかなか通らないことだから…。そして庶民間でも、感情的な応酬しかできないのであれば、ドロ縄で対処してゆくしかあるまい。(残念なことではあるが…)僕には、なぜ国防の根幹にかかわる議論で、庶民が、敵味方のような感情論に踏み込まなければならないかわからない。自分の国の安全を確保したいのは誰でも当然にあって、自分の考え方を肯定しないのは売国奴のような決めつけをされる、ここにそもそもの問題があると思ってしまう。さまざまな意見を忌憚なく交わして、すりあわせて客観的にももっとも有効で効率的な合意を得てゆけばいいのに、なんで敵味方になるのだろう。では、誰を守ろうとしているのだろうか。ちなみに、僕も亡くなった父とは何度も議論した。議論という意味では論敵であるが、父も僕も互いを含めた家族を守りたい、そのための議論であったはずだ。というように書きながら、では書いたことに責任をもてるかといえば僕はもたない。これも1億数千万分の1の意見であって、さまざまな意見の集合が、基本的には国を動かしてゆくものである。それとて、理想でいえばとても虚しさはあるが…。たぶん、もっと書きたいものがあったはずだ。しかし今日はいささかアルコールが体内を回っているので、コメントも明日にさせてもらう。ゴメン。うん、重い。励ましのクリックを
2009.05.18
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ブログの楽しみ方は人それぞれで、それが他人をひどく誹謗中傷したり、社会を徒に惑わすものでないかぎり、自由に発信し、受信しあえばいいものだと思っている。とくに感じることや関心のあることがあればコメントすることもあるし、面白く読んだ感想を書くこともある。ありがたく参考にはなっても通り過ぎてしまうこともある。ことにごくプライベートな日常の生活を書いてあっても、自分に重ね、共感できることあまり関心をもてないこともあり、それはそのときどきに応じてコメントしたり、しなかったり…。この「ひまじんさろん」も、日々、200~400くらいのビューカウントがあり、そのうちのどのくらいの人がまともに読んでいるのかは定かでないが、2、3割として、コメントをくれるのはその10分の1、つまり「ひまじんさろん」開いた人の100人に1人程度ということになる。コメントがあまり少なくても寂しいが、多すぎても時間のとれない僕には負担だから、今くらいが適当だろう。ブログで、政治や思想性を積極的に書いている人もあるが、僕は自己主張することより、人の意見を拝聴することのほうに重点をおく。特に関心をもつことがあれば書く。読むブログということでいえば、僕は自分の考えと近いものはあまり読まない。なるべく違う角度から、立場から発信しているものに関心をもって読むことが多い。そうしたものには、トンチンカン、ゴウインで我田引水と感じるものもかなりあるが、なかには頷けるし共感できる意見もある。今は概ねそんな方々と交流ができていると思っている。そもそもどんな事柄の物事にも、デジタル的に0か1ということはあり得ない。光があれば影ができる。“泥棒にも3分の理”という言葉があるが6:4で、7:3でというように、頷けるものである。殺人犯だとて、事件の裏側をよく読めば同情すべきことがあったりする。そうしたときに思うのは、光を語れば影の存在に触れてあるものこそ正論だと思っている。それを念頭において考えてみれば、光しかない世界、あるいは影しかない世界が理想であるかの考え方、どちらかに思想が片寄りすぎることこそが怖いと認識している。光母子殺人事件などもおぞましく憎むべき事件だが、国民の全員が死刑!と叫ぶことも怖いと思う。東欧諸国の共産主義(的)社会建設の失敗、米国と同盟国の資本主義(的)社会の破綻方向も、理論と現実のギャップの差は簡単には埋め合わせることはできないものだという証左であろう。その主義が構造的に悪かったのではなく、運用にあまりにも人間の欲や思惑が絡まり過ぎていたということだと思う。たとえばスウェーデンなどは、王政でありながら高福祉高負担の、理想共産主義的社会を成功裏に実現したような国であるが、徴兵制もあり(兵役の代わりに福祉・医療に従事する代替え制度あり)、専守防衛ではあるが独特の兵器を開発して国防体制もしっかり敷いている。寒冷で農産物が出来にくい国土だが、国民の生活は豊かで安定している。しかしこれとて、掘り起こせば影の部分もあるだろう。ものごとに、一方的に良いことばかりはないし、悪いことばかりもないものだ。悪いことだけがあるとすれば、富がごく一部に集中する歪んだ社会だろう。油断するとこうした国はできやすいものだ。ところで、僕が護憲派か否かをはっきりさせたい人がいるので、自分ではどうでもいいと思っているが、あらためて明らかにしておくことにしよう。僕は日本人であるから、日本の憲法に「護憲」である。天皇だって憲法を遵守しますと言っているのに守らないのはヒコクミン(笑)ではないか。そこに所属する以上、決められた法律を守ることは義務であろう。しかし、吐露するとトイレ外で立ちションすることもあるし、制限速度を超えて車を走らせることもある。正確にはもっとあるが、自分の恥はこれ以上言わない。憲法規定でもっとも議論の分かれるのは第二章第九条だが、これが世界の常識とも、日本の現実とも齟齬や歪みができていることは承知している。非核三原則があっても、アメリカの核が国土にあることもいまや常識だ。しかし、万一現実の問題(例えば侵略とか、大規模テロ)などが起きたり想定された場合、九条が邪魔になって、なすがままになるだろうか、思わない。登山中にどうしても尿意があれば道路脇でやることもあるし、約束の時間を守ろうとアクセルを踏み過ぎることもあろう。ましてや、強 姦しようという相手が迫っているときに大人しく身体を差し出すか?九条の存在いかんにかかわらず、田母神氏のような改憲に対する自説に忠実な人が自衛隊の幕僚長になっていた寛容力のある国だ。それが良いか悪いかということではなく、日本という国はよく言えば弾力的、悪くいえばいい加減な国で、どこかで帳尻をあわせているところがある。これからも国益を考えてドロ縄をないつづければいい。僕は九条を評価しているが、それは日本を縛るための役割としてではなく、「世界はこうあって欲しい」という精神的な役割としてである。お笑いの「爆笑問題」のタレントが、たぶんに比喩的意味を込めて「九条を世界遺産に!」と言ったが、世界遺産であってもいいのだと思う。世界遺産に認定されようがされまいが、その(実効性はともかく)精神を誇りに思っていいと思っている。原則主義の人たちは憲法もルールだから、絶対に守らなければならないと勘違いしているのではないだろうか。現実に合わせようとしているのではないか。なに、ルールは破られるためにある。たとえば、憲法25条には「国民の生存権」がある。その第一項で「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と謳い、二項で「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と、国が果たすべき責任を明示している。この条項が守られていたら、自殺者が毎年、毎年3万人を越えなどということがあるだろうか。“憲法は、理想であり現実に守るのはむずかしいものです”と、国がすでに示してきているではないか。それを、ルールに合わないから現実にあわせようとしたら、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利もあるが、出来なくても国は責任を取らなくてもよい」と明記する改憲運動が起きてもいいと思うが、こうした声はあまり聞かない。結局のところ、憲法の精神は崇高な努力目標でしかない。しかし、目標はないよりあったほうがいい。無くして、隣の国がミサイルを造ったから、それを事前に壊滅する兵器を持つべきだ、先制攻撃で芽のうちに摘むべきだ、というようなレベルにまでになったら、国民はおちおちこんなブログ生活を楽しむどころでなくなる。ちなみにかの田母神氏でさえ、北のミサイルのレベルは直撃しないかぎり、周辺の被害は殆どないと発言している。(田母神塾)僕はドンキホーテで結構だと思っている。世界の現実から言ったら気の遠くなるような悠長な理想であろうと、時間がかかろうと“戦争に解決の手段を委ねない世界”を目指す側にありたいと思う。もちろん、だからといってすべての人がこれに同調すべきだとは思っていない。先に述べたように、いろいろな考え方、異見があって面白い。トヨタやホンダ、ソニーは再度頑張って経済で世界制覇にチャレンジすればいい。それとて、世界が受け入れてくれる戦略でなかったら無理だろう。ただ願わくば、多様な思想や意見がひとつのものに圧殺され、共存できないような世界にだけはなって欲しくない。人も、動物も、考え方も、いろいろあってみんないいとは金子みすゞもいっている。片付けなければならない仕事があってしばらく更新ができないかも知れません。あしからず、お許しを。
2009.05.17
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bonbonさんから、子供の躾についてつぎのようなコメントをいただきました。ちなみにbonbonさんはフランスに永く在住している日本人です。aさんのところでたびたびお会いするのだが、欧米関係の歴史や文化への知識が豊富で、しかもaさん同様にヘソマガリということで、僕も親近感をもっています。日本語文章のつづりに若干の違和感を感じることがあるのは、たぶん日常はフランス語や英語など外国語文法で暮らし、日本語文法から離れているからだろうと思います。(意味が汲み取りやすいように若干手を入れました)ということは余談で、本題はその内容にあります。ヨーロッパの子供の躾について興味がおありなようで,ヨーロッパに住んでいる現場の人間からのレポートです。参考までに送ります。○夜のレストランでは子供は入れません。(犬はオーケイです。)○家で食事のとき、ジュース、コカコーラなど糖分の入った飲み物は禁止です。水でしかも水道水です。大人はワインです。○今はそうでもないですが、食事のとき子供が大人の話に入るのは叱られます。子供同士喋ることは禁止です。ただ聞くのみ許されます。○子供が10歳ぐらい(小学生)まで一人で道を歩くことは禁止です。一人で歩いていると,大人が必ずお母さんあるいはお父さんはどこ?と聞きます。もしいない場合,警察あるいは自宅までその大人が連れていきます。もし(子供に)何かの事故があった場合親が罰せられます。○子供が塀にナチスマークの落書きをして30000ユーロの罰金、壁をすべて塗り替えるという判決がありました。○言葉使いで必ず「ありがとうございます」。や「今日は」のあと、“マダム”あるいは“ムシュウー”をつけないと何度も言わされます。○電車などの乗り物のなかで椅子に座ることは禁止です。なぜなら半額あるいは無料で乗車しているからです。正規の料金を払っている大人が優先します。○ドアの後ろに人がいる場合、必ず扉を持ち次の人に当たらないよう躾されます。(不良少年もその癖がついているらしく、その光景を見ます)まだいろいろありますが、私から見て納得するところもありますが、厳しいな、という感じもします。○最後に路上での酔っ払いはすぐ警察に逮捕されます。馴染みのカフェでろれつが回らななくなると酒(グラスワインなど)はストップされます。日本に帰るといつも無秩序な国だと思ったりします。ガキが大きな顔をして歩いているな。という印象です。親の躾は国の要。確かに日本人的感覚からすると厳しいとは思いますが、このくらいの合意ができている社会が羨ましいとも思います。だいぶ昔にドイツに訪れたときに聞いたのは、洗濯物を通行人が見える場所に干してはいけないとか、(現地に住む日本人が)自宅の前に車を停めて用事を済ませて戻ったら、「ここは公道だから駐車禁止」という紙がフロントに貼られていて、それを貼ったのは普段仲の良い(と思っていた)隣家の主婦だった。というように、公共のマナーに厳しいというイメージをもちました。それと同時に、置き引きやスリなど日本人を狙った油断も隙もない大胆不敵な盗難を幾つも見聞きし、曰わくいいがたい不整合も感じたものです。ただし、子供の躾だけは小さいうちにきちんとしておく、ということは日本社会の合意になっていいと思っていますが、いかがでしょう。いえ、自分を棚にあげての部分もありますが…。bonbonさんただ忘れていけないのは、この社会ルールに外れたというか、このモラルをいろいろな理由(移民,貧困,宗教,人種などなど)で行えない,行わない,理解しない層が存在することは確かです。これがたまに地下から吹き出すように、表面化して大都市郊外の移民暴動になったりします。(これを日本のメディアは扇情的に、全国に暴動があるような印象をあたえる報道をします。)乞食をしても本国よりもパリ,フランスの方に住みたいという連中がいます。高度な社会保証の行き届いた国なので,その制度を悪用する移民が多くいます。(税金を払わずせっせと本国に送金する連中(中国人)失業保険を貰いながら本国に送金する連中(北アフリカ系)、人の赤ん坊をもらって自分の子供のようにして、人権だといって国外追放を免れている(アフリカ系)すべてがステレオ・タイプに見てはいけないですが、これが現実です。通常ジプシーとよばれる放浪の民ロマ族、もちろん国籍はないので学校は行けず、ご飯を食べさせてもらう(ボスに)にスリを働くざる得ない子供たち。人のものをすらなければ,夕食が食べれない,ボスから叱責をうける。何ともいえない現実があります。これも事実です。かわいそうというレベルではなく,ヨーロッパ民族の悲哀というか、ひょっとしたら自分たちもそのようになっていたかもしれないという思いを抱かせます。それがヨーロッパの治安の悪さのイメージのひとつになっているわけですね。なるほど、合点がいきました。日本も、このガキ世代が大人になって、なおかつ治安が欧米なみになったら…。励ましクリック
2009.05.16
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友人に軽い糖尿病の気があるという。とても真面目な男で、たばこは吸わず酒はつきあい程度、趣味は渓流釣りと山歩き、しかも規則正しい生活を送っている。まるで、健康となるお手本といってもいいような生活を送っているのに、なぜ糖尿病になるのだろう。糖尿病も、いわずと知れた成人病の一種である。腕のいい建築家ではあるが、神経が細かく、さまざまなストレスが病気を誘発した一旦になっているのかも知れない。ところでその友人が、「俺は成人病だ」と言ったら、娘から「お父さん、恥ずかしいから人前で病気のことを言わないで」と言われたそうだ。…………?「なぜ…?」と聞いたら、「だって、成人病って性病のことでしょう」と言う。推測してみるに、「成人」という言葉かいけないのかも知れない。日本語の婉曲な言い回しで「成人映画」「成人向け雑誌」というと「性描写」を扱ったものをいう。「アダ ルト」は、アダ ルトビデオやアダル トショップなど、やはり性を連想させる。「成人」も「大人」も「adult」。いつしか「性」と結びつけて言われるようになってしまった。友人はハムサムな部類ではあるが、性 的能力に長けているとは思えない。 (ところで、「アダ ルト」が楽天のわいせつもしくは公序良俗にかかったが、「大人」がなぜ公序良俗違反?)最近の猫励ましのクリック
2009.05.14
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庭にあるプラムや梅が実をつけ膨らみだしている。良い実を収穫しようとすれば、剪定や摘果が欠かせないがなかなか手がつけられずにいる。剪定はムダな枝を落とし、果実のつく枝に集中させるとともに、木を虐めることによって、実をつける自覚を促す役目もある。摘果は育てようとする実だけを残して、養分を集中させる。ところでこれがなかなか勇気がいる。可愛そうで思い切って枝を切ることができなかったり、欲深くなり、つい実を多めに残したくなる。すると店頭に並ぶような形の良い実がつかない。子育てもこれに似たところがある。幼児期に「可愛い、可愛い」でわがまま放題に育ててしまい、ことに3歳頃までの人格形成時期に王様扱いさせてしまった子。世の中は甘い、自分中心に回ってゆくものだと植え込んでしまう親。電車で他人を押しのけて、親の自分が立って、子どもに座席に座らせている母親も見かける。こんなことをしたら、自分は世の中の専制君主と勘違いして育ってしまっても不思議ではない。そして、小学生から中学生にかけてのつめこみ塾と学校。勉強の時間以外はPCゲームで闘いや戦争ごっこ。こんな子供が大人になったら怖いが、ずいぶんこんなケースがあるのではないだろうか。このなかからモンスターが生まれないほうが不思議である。いや、活動を始めない癌のように、すでに広く潜在しているのかも知れない。こうして育った子供がおこす事件を、少年法を厳しくして厳罰主義で臨んだとしても何の解決にもならないだろう。子どもに厳しくというのは、できたらしたくないだろうが、しっかりした果実に育てるためには必要不可欠な摘果作業もしなければならない。ところで、最近時々山荘に訪れるなおぞうさん。プロ家庭教師の先生なんだけれど、連休中にわが山荘に母子で泊まっていた小さい男の子が、ゴハンを食べずにお菓子が欲しいとダダをこねていて、それを聞いてくれない母親を蹴ったのを見かけ、「お母さんにそんなことをしたらダメやんか! ワガママを言うのもいいかげんにせいや!!」と、大声で本気になってその子を叱った。古き良き時代のガンコオヤジの姿をを見るようで、とてもいいなーと思った。最近は、よその子を叱るのは勇気がいる。ヘタをすると親に逆恨みされたしりすることもある。ところがその母親は、このなおぞう氏のカミナリに、涙を流して感謝していた。そして、親子が帰るときにはハグまで交わして…、おお、いいないいな。皆さんも、よその子も叱る勇気をだそう。励ましのクリック
2009.05.12
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先日は「母の日」だったのか、妻あてに子供たちからなにやら届いていた。衣装貧乏だから衣類は歓迎なんだけれど、つぎから、花卉類はできたら変えて欲しいな。妻は鉢に水をやるということがない、油断するとすぐに枯らしてしまう。結局、僕が世話をする羽目になるわけだ。(…と、これは伝言板として、と。)わが家は過去に空き巣に入られたこと二度。こんな貧乏な家に入る泥棒も、よほど見る目がないということだろう。ということで、愛犬ハナが活躍することになる。ハナは来客者と不審者をかなり見分けて対応する。山荘でも家でも、玄関以外から入ってくる人には激しく吠える。玄関から入れば、尻尾を振って迎える。ということで、家の周囲半周ほどはリード線を伝わり見回りできるようになっている。その角には、子犬だった頃入っていたゲージがあるのだが、連休中に山荘に行っている間にどこかの猫が、そのなかで子猫を産んでしまったのだ。総数5匹。毛並みも体つきもいいし、子猫たちの様子からみて野良猫ではないようだ。ハナは見つけた日にそれを見つけて、かなり激しく吠えたてた。しかし、母猫はじっと子猫を抱いたままそこを離れようとしなかった。産まれたばかりの親子を追い立てるのは可哀想だから、ハナを近づけないようにしてしばらく様子を見ることにした。その後もハナは、母猫が一匹で通りかかると吠えるが、子猫のいるゲージの様子は見に行くが吠えなくなった。抱いている姿を見ても、見ないフリ(?)をしている。普通では、よその犬が近くにいる場所で子育てなどしたくないだろう、いつか出ていくだろうと思って毎日観察しているのだが、いまだに出てゆく様子が見えない。わが家には、テンという名前の猫(避妊手術を受けた雌)も飼っている。この猫も、その場所に近寄る様子がみえない。普通、動物は縄張り意識が強く、ことにハナは遠くに見えただけでも攻撃的になり、よそ者は追いだそうとするのが普通だと思うのだが、この猫の親子には寛容のようだ。猫が親子だからということであろうか。もっとも、僕はこの親子がわが家に居着いてしまったら困ると思っている。猫屋敷にするほど寛容ではない。だからといって、この親子を追い出すようなこともできない。さて、どうすべえか。世の中は母の日だというらしいが、それどころではない。本当の飼い主が引き取りにくるまで、一時保護扱いするしかあるまいが、来るかな?
2009.05.11
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その子はS子と言った。桜が満開のため学校は休校だったが、クラブ活動はやっていた。S子は庭球部、先ほど練習を終え更衣室に入って行ったから、もうすぐ出てくるはずだ。僕は友だちのAと、30分もその付近をふらふらしながら待ちかまた。間もなくS子は級友N子と二人連れだって出てきた。僕は、高ぶった気持ちを悟られないように偶然を装いながら校門でばったり出会ったふりをしてS子に言った。「俺たち地形調査に行くところだったけれど、Sちゃんたちも桜見にいかねぇか、五郎山の山頂からみる町はすごい綺麗だぞ」S子はちょっと相談していたが、「うん、行く」と拍子抜けするほど素直に応えた。Aは早速N子にリップサービスを始めた。途中の菓子屋でアンパンとジュースなどを買い求め、店のおばさんに古新聞を所望した。新聞は尻に敷くためだったが、あるいはもっと別のことに使えると思ったのかどうかはわからない。学校から五郎山に行くには、公園を通って、一端公園下の県道まで降りてダム湖の堰堤を渡らなければならなかった。堰堤の上は一般の通行は禁止されていて、ダム関係者しか渡らなかったが、勝手知った道、僕たちはいつものように堰堤を渡り、五郎山のある対岸へと向かった。公園からは風に乗って桜のはなびらが舞い降りてきた。湖から吹き抜けてくる風が、火照った頬を冷やした。堰堤の段差にはきつい階段があり、おそるおそる手を伸ばすとS子も握りかえしてきた。少し湿度を帯びた掌は柔らかく温かかった。胸のどこかでぽっと蕾が膨らむのを覚えた。五郎山山頂にたどり着くまで一時間近くかかったのかも知れない。山道の脇にはところどころに山野草が咲いていた。S子は驚くほど花の名に詳しく、「これは雪割草でしょう。そしてあれがカンアオイとウチョウラン。あっ、セツブン草も咲いている。」などと、ひとつひとつ説明してくれた。僕は「そうか、セップンソウか…」などと、もぞもぞつぶやいていたが、いつしか現れる花々にこころを奪われ、友人たちも競うようにめずらしい花を探しあった。今では貴重種になっているが、カタクリやアツモリソウの芽吹きなどが群生している斜面に入り、また道に戻ったりと、ひととき天国への道のりを歩くようにはしゃぎ山道を登った。途中に生えているスイコンボを囓り、逍遥歌を唄いすっかり童心に返っていた。山頂は展望が開け、眼前には満開の高遠公園の桜がピンクに霞んでいた。霞の下には城下町が拡がり、薄青くかすむ遙か先にはアルプスの山々の雪が光っていた。悪友がつぶやいた「青雲だなー。」僕も同じように復唱した「そうだ、青雲だよなー」彼女たちも草の上に腰を下ろし、ただうっとりとパノラマのように拡がる町や雪のかぶったアルプスの風景に見とれていた。一幅の絵巻のような景色を眺めているうちに、なんとなく不埒な気持ちはどこかに消え、Aは卒業後の夢を語りだした。「俺は、大学を卒業したら新聞社に入り、政治記者になるんだ。政治の不正を暴き、マスコミの力で社会を変えていくんだ」当時は、学生運動が始まっていて、高校生でも青臭く政治を語るのがブームのようになっていた。S子は「私は、小学校の先生か保母さん」。N子は「私は、デパートに入るつもり」などと言い、「Mさんは?」と聞いてきた。「オレは養蜂業、蜜蜂をもって花追い生活さ」などと応えてはいたが、実は東京にでて大学に行こうか勤めようかと迷っていた。突然、S子が言い出した。「ねえ、十年後みんなの夢が叶っているかどうか、桜の咲く頃ここに集まって確認しない?」「おお、それはいい」とAは応えた、僕たちも賛同した。それから十年後、うっすらとその話を思い出したが、だれも集まろうとは言い出さなかった。誰も誓い合った職業には就いていなかったからだ。いや、N子だけはデパートに勤めたが、数年で結婚して寿退社したという。もちろん、山に登ったきりで、清く正しくそのまま下ってきたのだが、だいぶ後の同級会か何かで、Aがおもむろに告った。「いや、N子とはデパートに勤めている頃つきあって、結婚しようと思ったこともあったんだ。だけど若すぎるって、両方の親に反対されて諦めたんだ」僕は、S子とはあの山へ登って以来、会ったこともなかった。再会したのは、子連れとなって町のスーパーで買い物をしているときだった。何だか、青春に裏切られたような複雑な思いがした。
2009.05.10
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高遠は山裾の町古き町行き逢ふ子等の美しき町 田山花袋僕の住んでいる町から9キロほど東に高遠という町がある。桜のことに美しいことで知られ、それ以外にはどうということのない小さな町だが、幕末から明治にかけて坂本天山や伊沢修司など幾多の秀逸を生み、文人などの交流もあったことでも知られる。高遠を訪れた文人の田山花袋が、このように書いている。高遠の町は衰頽の気の張つたやうな町であつた。四面をめぐった翠微、町を取巻きて流れてゐる三峰川の深い溪、いかにも山裾の町といふ感じを深からしめる。それに、諏訪あたりの町々に比べて、其處で出逢ふ娘達に美しい人が多かつた。『高遠は山裾の町古き町行き逢ふ子等の美しき町』といふ歌を私は手帳に書きつけた。 (『太陽』第二十二巻第十二号)より江戸時代、将軍家継の時代にあった「絵島生島事件」の絵島が流された地としても知られるが、実は江戸より流された絵島が蟄居させられた囲み屋敷が、僕の生家の土地にあった(屋敷は後に現在地に移転)。僕は、高遠よりまた5キロほど南アルプスに分け入った美和村(当時)という地域に生まれた。その頃は、村から進学する8割ほどは高遠高校に通った。高遠高校は旧高遠藩の藩校の跡地にあり公園は隣接していた。当時、山口ベニー号というオンボロバイクに乗って学校に通ったが、時々は同じ学校に通う幼なじみの女の子を後ろに乗せて走った。村から高遠までは山の中である、緑のトンネルの中の風、そしてほのかに背中から伝わる熱も心地良かった。人目につく前に、学校のすこし手前で女の子を降ろし、公園の中を走り抜けて学校に着くとクラブ室に飛び込んだ。教科書などは全部そこに置いてあったのだ。当時、花見休校ということもあった。桜が咲く頃は公園は音楽を鳴らして煩かった。そのうえ、酔っぱらいが校内を徘徊するなどということがあったための処置だ。僕たちは悪友たちと連れだって、五郎山に出かけた。ときには、お目当ての女の子を誘った。長くなりそうなので、つづきにしましょう。
2009.05.09
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川柳仲間でもあった河野基樹さんは医学博士で精神科のお医者さんでした。残念なことに1996年に50歳そこそこの若さで癌で亡くなっています。自分の命を最期まで冷静に見つめ、自分の症状をつぶさに観察した文章を残しています。河野さんと直接的なつきあいはあまりありませんでした。しかし、以前から 自殺など 雀よ 思うことがあるか こんなとき母ならきっと死ねと言うなど、印象的な川柳を注目していて、同じ時実新子さんのグループに所属していたことで、ある会で同席する機会がありました。当時は40才後半、姫路市の高岡病院の副院長という職責でした。クリスチャンということでしたが、とてもおだやかな人でした。その基樹さんからある日、お手紙とともにご自分の体験を書いた「直腸癌再発を経験して」という、医師会で講演した原稿のコピーを送ってくれました。自らが進行性の癌であることの葛藤をのりこえ、死という現実を受けいれ、人間としての最後とどう向き合っているかが、淡々と語られており胸を打たれました。一患者としての眼、医師としての眼で、冷静に気負うことなく病気の進行とともに変化してゆく様が克明に書いてあり、死をみつめながらここまで冷静に自分と向き合っている姿に感銘を受けました。その文の最後に書いてあった言葉と詩を紹介してみましょう。私は、今、生かされています。手術してもすぐには死なないな。何年かは生かさせてもらえる。これからが本当の私の人生ではなかろうかと考えました。(中略)“勝ち負けを競わなくてもよいゲーム”人生は他人と競争したり、比較するものではないと思います。 祈り 神様この病を通して謙遜な人にしてください 誠実な人にしてください 思いやりのある人にしてください そして、何事にも感謝して生きることができる 人にしてください振り返ってみると、基樹さんの川柳には、病や死と対峙した作品がたくさんありました。 丁寧に柩の釘を打つ稽古 一匹の蝿とふたりの病室よ したいことまだまだあって命吠え 桜降る中でわたしの命聴く 限りある命であれば蟻になる 主役の座おりる緑が美しい 天国の門で親父が待っている 一度だけ生き一度だけ死んで行く これらの句をつくりながら、自分の生活や仕事を淡々と整理し、人生の終焉を受け入れていったのです。 一つずつ灯りを消して全部消す 基樹
2009.05.08
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人間として尊敬する大恩人が亡くなって、今日はその葬式に出てきた。68歳だった。昨晩は精魂を傾けて弔辞をしたためた。30年来のつきあいだったので、これも言いたいあれも書きたいという思いが溢れ、文章が遅々として進まなかった。思い入れが強すぎると、かえって書けないものだ。あれこれ書いて読んでみても、どこかそらぞらしさが残る。夜中の12時を切って、思い切って思いを捨てることにした。そうやってようやく弔辞は完成した。大成した企業人には珍しく、懐の深い人間的にも優れた人だったため大勢の人々に慕われ、参列者が溢れかえっていた。祭壇上に大きく飾られた遺影は正装した姿ではなく、手塩にかけた会社の作業着姿で微笑んでいた。自分の死を覚悟して、写真館で作業着を着て撮影したものらしかった。すべての残務を自分の手でかたづけたのだろう、やつれてはいたがさっぱりした微笑みだった。弔辞を促され、思いを込めて読み始めた。参列者の視線を背中に受け、わけのわからない重みを肩から背筋に感じた。読み始めると、すすり泣く声が式場のあちらこちらから聞こえてきた。ああ、こんなにもこの人はみんなから愛されていたのだ。惜しまれて死ねるということは、ある意味で幸せな人生だったといえたのではないだろうか。すべての式が終わると、故人の弟さんらしき人が人をかき分けて寄ってきて、「とても感動しました。素晴らしい弔辞をありがとうございました」と、深々と礼をされた。いや、礼を言わなければならないのはこちらのほうです。長い間さんざん世話になって、そのうえHさんの最後の晴れ舞台でお訣れの言葉を述べさせていただくなんて、光栄の限りです。そのように言おうとしたのだが、なんとも感極まった姿を見ていると、なんとなくしどろもどろの受け応えをしてしまったようだ。帰りの車中で、同席した妻が「弔辞良かったよ。感情が抑えられていてみんなの気持ちが代弁されていた」と、めずらしく褒めて、「余計なことまで言い出さないか心配だったけれど、自分を出し過ぎず、要点だけまとめてあったのがよかった」と言った。そうか、いつもそんなに自分を出し過ぎていたのか。五月の連休後半から天気が崩れはじめ、今日も曇りの予報だったのに小雨が降り続いている。今夜は久しぶりにゆっくりと身体をやすめ、明日から溜まった書き物に精を出そうと思う。自分を出し過ぎず要点をまとめる、そんなふうに書けるのだろうか。Hさんの居なくなった寂しさがつのってくるのは、これからだろう。これからも、大切な人たちとのわかれと何度も出会わなければならないだろう。それが嫌だったら、自分が先に逝くしかない。五月にしてやけに暗く、冷たい雨がふりつづいている。
2009.05.07
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山荘を訪れたお客様を案内して「自慢の、自己満足の」森の散歩道を散策するのを、忙しくても欠かせない。小径添いに清流がいくつか流れているので、そこに蛍を増やそうとカワニナも養殖中だ。水中での螢は幼虫として1年ほどカワニナを食べて成長する。生物界の宿命とはいえ、幼生時の螢は、成虫の優美の姿とは似つかわぬグロテスクな姿である。主食はカワニナ、しかしカワニナとて食べられるのを座して待つわけではない。食いついた刺激で貝の蓋を閉めるときに、挟まれて死ぬ幼虫が9割ちかくもいる。川底を這い回っていた幼虫は、種を遺すための準備として五月頃さなぎとなり、3~4週間で羽化するため浅瀬から水草の茎などにしがみつきのぼり始める。そして、種を残す使命とひき替えに約10日のあいだ空中を舞う羽と光を与えられる。羽はまた死への旅立ちであり、光は種を成す相手を呼び合うための信号である。年に、月に何回もモールス信号をかわす人間とはちがうのだ。10日間のうちに相手をみつけ、交尾そして産卵へとたどり、一年間の生涯を終えるのである。過酷な運命を生き抜き、陸にあがる栄誉を与えられた螢にとって、10日間だけ与えられた恋の季節は、一日一分がおろそかにできない真剣な時間である。もうすぐ、大発生地で有名な辰野の螢もさなぎになり飛び立つ季節にはいる。標高の高いわが山荘の蛍は7月中旬頃になるだろう。螢たちと人間のいのちにどれほどの差があるのだろうか。螢の一生は人間の尺度ではかれば儚い一年、そして10日である。人間の一生も宇宙時間ではかれば、一瞬の火花のようなものである。宇宙の生成、地球の誕生、生命の出現、そして人類への課程をたどれば、あまりにも天文学的な偶然と人知を超越した不思議によってひとりひとりがここにいることがわかる。
2009.05.05
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今日は曇天にもかかわらず午前は大入り。ギター唄いのなおぞうさんが泊まり込みでお手伝いをしてくれ、そこにまた大阪のブログ友だちまんまんぷりぷりさんご一家がお食事に…、ありがたきかなブログともだち。気のおけない友人と一杯飲むときには、キャベツ一玉を目の前にドンと置くといい。肉でも焼きながら、バリバリと一枚ずつ剥がし、肉を包んだり、そのまま囓ったりして食べる。バリッと剥がすたびに瑞々しい肌が現れ、十二単を一枚一枚剥ぎながらの、ちょっとエロチックな気分。キャベツの句を探してみたら楽しい句が飛び込んできた。両脇にキャベツを抱え走り出す 由紀子なぜ走り出すのかなどと詮索する必要はない。勝手に読者がその場を想像してしまえばいいのだ。例えば、火事場で枕を抱えて飛び出すのと同じような情景が目に浮かぶ。ちなみにこの作者も読んでいる可能性があるのでいうが、スラッと細身の美人だ。しかし実はとってもオチャメでそそっかしい。このときも、何か大切なものと取り違えて走り出したにちがいない。ずっしりとキャベツも君も愛してる 俊和この人もキャベツを抱くように君を抱き上げたのだろう。この君はキャベツと同列にされてちょっと拗ねているが、この人はすべての生命に限りない愛情の眼を向けることのできる人なんだよ。キャベツにも、君にも…。キャベツ切るモールス信号送りつつ 幸子まな板の上で刻む包丁の音、たしかにモールス信号のようにも聞こえる。「トントン、トントン、今日は子どもを早く寝かせましょうね」。
2009.05.04
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だいぶ前になるが、NHK朝のテレビ小説で、演歌歌手“オーロラ輝子”が主役を喰ってしまうほどの人気になったことがある。いかにも大阪的なクサイ筋立てだったが、照子のくさい演技に不覚にも涙をこぼしてしまった。じっと耐え、一途に男を“想う”おんなごころには、日本男子は弱いのである。それにしても、演歌の歌詞には男にとって都合のいい女がつぎつぎと登場したが、僕も含め、僕の周囲にはそんな都合のいい女房のいる男は皆無だ。だれもが、結婚するまでは演歌の関係もあり得ると夢を描いていたはずではあるが……。いい仕事をしている男には良くも悪くも「なるほど」と頷ける奥方がいることが多い。それが、じっと耐えて…というと、残念ながらそうでもない。しかし、男の立て方を知っている(いや、深い意味はない(-_-;)。所詮、男は女の掌の上で大きくなる。悔しいがこれだけは仕方がない。どうかすると、演歌じみた結びつきをするカップルもいないわけではないが、しかし演歌のような生活が長くつづいた例は聞かない。いずれ「割れ鍋にとじ蓋」「割れ鍋に割れ蓋」にわかれて。男にとって、演歌にでてくる“イイおんな”は夢であり理想でもあるが、現実には主婦と演歌の世界の両立などは絶対無理である。演歌の女はババシャツに毛糸のパンツなんか履かない。鏡を覗くがいい。そこに映るセイウチのような生き者が、演歌の女にふさわしいはずがない(ウチのことではないよ)。もっとも、その後ろにはカバも映っているが…(あっ、やっぱりウチチか…)。だから、オトウサンたちは“演歌の女”という空想の動物を追って街に繰り出すのだろう。ジャンジャン。
2009.05.03
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人生をクリエィティブ(創造的と言うべきか)に生きている人は、常に既成から抜けだそう、うち毀そうという意識が潜在している(と思う)。伝統的といわれる文化も、実は既成を毀す作用によって進化を遂げてきている。衰退は、既成に安住しよう、既成とされたものに疑義をもたなくなったときに始まっている。既成を毀し続けてきた線の延長が、簡単に伝統などと括られているのではないだろうか。歌舞伎の始祖という出雲の阿国も、俳聖といわれる松尾芭蕉も、それまでの常識の破壊者であった。大杉栄や伊藤野枝、そのほかの破壊者たちの累々たる屍もあって、現在の社会がある。逆説的な言い方になるが、クリエイティブな破壊者たちは既成や伝統という重みを知っているからこそ、それを(心のなかでは)認めたうえで「超えよう、毀そう」という意識が働くのではなかろうか。本当の破壊者たちは、保守的といわれる土壌のなかにこそ生まれる。何万年の風雪に耐えて、原生林や細々と生き続けてきた希少種の動植物が生息する奧谷。そこをクリンーエネルギーだ、利水だ治水だと、勝手な都合をつけたダムで一気に埋めようとする。昔々、男女が並んで歩くだけでふしだらといわれたそうな。ふしだらな父とふしだらな母が、ふしだらなことがあったから、僕がいてあなたがいて、そして子どもたち、孫たちがいるではないか。みんな少しずつ過去を毀しあって、傷つけあって生きている。しかし、ほんとうに大切なモノはなにか、残すべきなにかを知ったクリエィターたち、伝統の重みを知る革命者たちによって新しい既成観念が拓かれている。ここ2、3日、メチャクチャ忙しくなります。留守中にも蝶クリックを!
2009.05.02
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昼は定食、夜は居酒屋になるという喫茶店(?)がある。そこに画家やチョイワルオヤジたちがたむろし、よもやま話しに花を咲かせている。聞くとはなしに聞いているのだが、なかなか含蓄がある。今日は、来年にせまった市議選のことが話題になっていて、「議員は定年制をしかなくちゃあダメだな、オレは2期60才定年がいいと思うんだ。オレたち位のトシになると、判断力はにぶるし、新しい発想もでてこん。明日死んでしまうような年寄りばかりで考えているから、いつも目先のことしか考えん。将来のことに切実な20代、30代の若い連中にやらせるべきだよ」「そんな、人生経験もねえ若い者にまかせて何ができるっていうんだ。俺んちの息子なんか、30にもなってまだスネを囓ってやがる」「オイ、オイ、それは親が悪い。バカな親がいるからバカな息子が育つんだ。あんたは荷物をまとめてサッサと老人ホームにでも入っちまいな。そうすりゃあ、息子も自立するよ。」「俺は、投票権の剥奪ってのもいいと思うんだ。65歳(ここが微妙)になったら、投票をしてもいいかどうかテストをして、合格したヤツだけにシルバー投票権を与える。脳軟化になったら投票権の剥奪。そして、投票権を高校生か中学生にまで引き下げる。そういう権利をやれば子供たちの自覚が高まる。」「そういえば幕末から明治にかけて活躍していた連中は10代、20代が多かったな。そんな連中だからあれだけのことができたんだ。しかし、下手に利用されると赤衛兵みたいになっちまうぞ」「それなら、俺らはどうする。社会に責任負わんでいいのはありがたいけれど、これ以上ヒマになったらどうする。」「だから、まだ分別もつかない若い市長をつくって、生涯学習センターの地下に市営のソープラントをつくらせる。」「オイ、ソープランドって、あんたまだゆうこときくんかい」「いやいや、俺たちはそこで働くんだ。下足番やあかすりだったらあんたでもできるだろ」「うん、それもいいな。長野県にはまだ一軒もないから、流行るかも知らんぞ。ところでソープ嬢はどうするんだ」「おめさん、市役所に行ってごらん。子供が減ってきて、保育所職員は余っているし、ヒマなヤツがゴロゴロしているから。男子職員はおんな専用のソープにすればいい。それに仕事は夜だけ。民間だって残業やっているんだから職員だって残業しなくちゃあ」「公営のソープか、夜の公務員。俺たちの若い頃はまだ赤線みたいのがあったから外ではあまりワルサをしなんだ。そこでマスターの一言。「皆さんもう仙人になろうという歳なんだから、そっちはもう卒業して、Mさんの山荘に遊びにいったらどうです。いま、山野草が花盛りだから、よっぽど若返りますよ」どうやら、お年寄りたち、日頃のうっぷんがでてしまっただけのことらしい。いやはやこのお年寄りたちらは定年制は必要なさそうだ。しかし、ソープは荒唐無稽としても、年寄りの投票権テストなんか実現しても面白いかな。蝶クリック!
2009.05.01
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