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今日は忙しいので、あちらこちらに転がっているような笑える話で…。ラーメン屋に友人が行ったときのこと。「おまちどうさま」とラーメンがカウンターの中から差し出された。と、友人は目を疑った。おばさんの親指がラーメン汁の中に、ぶっすりと浸かっているではないか。彼は思わず、「指、指……」とおばさんに叫んだ。「指は熱くないから心配しなくていいのよ~」と、おばさんはおもむろに言ったとさ。あるステキな女性を見て、日本人ばなれしたお顔ですね、と言おうとしたのだが、人間ばなれしたお顔ですねと言ってしまった。言われた女性は、瞬間的に表情が激変していた。やはり、人間ばなれしていた。小学生の子どもをもつ友人。息子がちゃんと留守番できているかどうか、他人のふりをして家に電話してみた。「もしもし、お母さんいる?」息子の返事。「いらない」。その子が、うちの姉ちゃんきれいだぞ、と自慢した。そうするともう一人の子も、うちの姉ちゃんもきれいだぞ、きれいだからステキな彼氏が出来て結婚したんだぞという。それを聞いたある子は、うちの姉ちゃん結婚して、別れて帰って来たんだぞ、と自慢していた。友人のご子息。ニートをしていたのだが、ようやく働く気になって入社試験に出かけたという。そこでの面接で、「家業は何ですか」という質問を受けて、思わず「かきくけこ!」と答えてしまったという。家に帰るまで、何で「か行」を尋ねられたか分からなかったそうだ。その会社の工場内の「おれがやらなきゃだれがやる」という看板が、「だれが」の「が」の点が削られ、「おれがやらなきゃだれかやる」になっていたそうだ。なんて、ばかばかしい話しでお茶を濁してと…。励ましのクリックを
2009.09.30
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言葉というものは、あまり使われ過ぎると飽きられて他の言葉に替わられることがあるようだ。チラシに「ブルゾン」と書いてあったが、どうしてもジヤンバーにしか見えないので、息子に聞いた見たら元ジャンバーが今はブルゾンだという。そういえば、アパートが「マンション」、陸上の「コース」が「レーン」と呼ばれているといった具合だ。「美形」という古くさい語だが、ここ数年多用されるようになった気がする。これも「美人」、「ハンサム」などに飽きたせいか。人は容姿ではないよ、と強がってみてもやはり昔から美形はみんなの憧れだった。クレオパトラ・楊貴妃・小野小町が三大美人とされてきたが(外国人は小野小町を知っているのか…)、その他にもトロイのヘレン、項羽の寵姫虞美人、そのほか天下の美女が時代を楽しませてきた。それらの美人が、どんな顔だったかは写真がないのにどうやって判断できたのだろう。現代の女性たちもつぶが揃ってきたようにも思えるが、僕の記憶にいっこうに残っていかないのはなぜだろう。テレビを見ていても、若い女の子たちは一様にキマリきったアイドル顔で、目、ハナ、口と部品的にみると揃っているが、表面的で内容のない顔が多いように感じる。男の方はどういうわけか子どもっぽい顔が多く、しかもネズミかイタチに似ているのがはやっているのだろうか。男も女ももっときれいな子が増えているのに不思議なことだ。時代がどの程度の美意識を持ち得るかで文化の高低が計れるとするならば、今は大した時代ではなさそうだ。とはいえ「多様性」の現代、顔だけでなく、全体的にみてどこか美しい所を探し出し自信を持つのもいいだろう。左足の小指の爪の形なら誰にも負けないとか、ミズオチの凹み具合なら私だ、とか……。だが、男があまり容貌を気にするのはみっともない。先日もあるファミレスで斜め隣に座った若い男が、バッグからなんと手鏡を取り出し前髪をいじったり眉毛の形を整えたりしていたが、ぞくぞくするほど気持悪かった。男でもエステに通ったり薄化粧するのさえいるらしい。顔の作りでしか男を売れないとは軽薄短小アホっぽい。顔面のつくりはさほどでないが、表情が何ともいえず生き生きと美しい人がいる。逆に美形でもブスッとしていて、性格ブスに見える人もいる、男女問わず。顔のつくりは自然現象だが表情は本人のものだ。僕は人を顔のつくりでなく、表情で見るようにしている…なるべく。ともあれ、人はみてくれではない。押尾学だって酒井法子だって、以前はこの人は絶対誠実でいい人だ、と思いこんでいたくらいだ。かの兼好法師は、男は容貌などよりも、学問があり詩や音楽に通じ、そして「下戸ならぬこそ、男はよけれ」だとという。だから、他はともかく「下戸ならぬ」ようにせっせと修行しているのである。励ましのクリックを
2009.09.29
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昨日書いた記事はみなさんの共感を得られなかったようです。(クリック数で一目(笑)です)今までの「CO2が増えると地球温暖化が進み、海表面の上昇と異常気象をもたらす」という、CO2が地球温暖化の元凶であると流布されてきた説が、ほとんど根拠の薄いものだということが、多くの研究者によって証明されつつあります。ここで、そのひとつのソースをネットでも見ることができますから、時間のあるときにお読みください。地球温暖化は、むしろ太陽の活動(黒点の拡大・縮小)、気候変動の大きな周期によって変化すると思ったほうがいいでしょう、とまともな科学者は言っています。例えば、過去にピナツボ山の大噴火前後の観測結果からは、桁違いのCO2が出ましたが、火山灰による太陽放射への遮蔽効果により世界的な低温下が2年にわたり起こっています。むしろ太陽光線の変化による気温変動の影響が大きかったわけです。誤解して欲しくないのは、だからCO2は野放図に増やしてもかまわないということではありません。昔、東京がスモッグに覆われ、川崎や四日市コンビナート周辺でも喘息患者が急増したように、現在は中国など、経済成長の激しい国でも環境汚染は深刻化しています。そうした健康面から考えても、空気を汚さないような努力はしてゆかなければなりません。指摘したいのは、環境問題というかなり情緒的に陥りやすい錦の御旗が、ともすると産業界などの思惑によって、きわめて政治的に利用されやすいということです。例えば太陽光発電、環境にとって正義の味方のようにも感じますが、これなども器機や設備をつくるときには沢山の石油を使います。自動車の電池、充電する電気、これも末端がクリーンなだけですべてがクリーンでは済みません。エコ制度補助金といって、大型テレビや冷蔵庫を買い換えて、使えるものを廃棄することがエコなのか…。自治体などで普及が進んでいるダイオキシン対策のチャンピオンのガス化溶融炉。それを製造する新日鐵など溶鉱炉メーカーの経営改善に大いに役立っています。高温で処理するためにダイオキシンがほとんど出ないというも、部分的には事実です。しかし、それを除去するためのフィルターを(そのままだと高温で燃えてしまうため)冷却しなければなりませんが、そのときにいったん消えたダイオキシンが再生してしまいます。それを昔ながらの(綿のような)フィルターに吸着させて処理するという、何のために高価な設備を使って焼却するのかわからないといった事実も明らかになってきています。アメリカとブラジルでのバイオエタノール計画も、昨日の記事で書いたように結局は穀物メジャーの経済戦略と生産地の思惑が下敷きになっています。環境問題は、もっとシンプルに原点に返って考えたほうがいいでしょう。個人的には、ムダなものをつくり過ぎない、買いすぎない、過剰にもたない。生ゴミはなるべく花壇や畑の隅に埋めて肥料に返す。などなど…。社会的には、産業活動の歩みを全体的にゆるやかにしてゆく。経済効率至上主義で働きすぎない。大都市と地方を平準化してゆく、地産地消を基本においた循環型社会へと、人間の営みを軟着陸させてゆく。世界においては、国々の原文化にもとづいた生活を尊重してゆく。そのためには国も国民も、漠然とした不安をあおり、ビジネスチャンス結びつけてゆくといった「環境ビジネス」の仕掛けを鵜呑みにしない知識と、冷静な判断が必要だと思います。僕らの子ども時代は、雀は稲を食べる害鳥として嫌われ駆除の対象でもありました。しかし、現在では害虫を捕食し発生を抑制する益鳥としての効果があるということになっています。気温変動も、プラスとマイナス両面があり、それに逆らってみるよりどのように対応するかを考えるほうが実効的です。もちろん、僕とて専門家ではありませんから、主張がすべて絶対であるなどとはいいません。ただ、マスコミや御用学者の垂れ流しを無条件に受け入れるだけでなく、様々な角度から正しく科学的な眼でみてゆくべきだと思うのです。CO2に環境問題のすべてを押しつけて、何かを見落としてしまうことがないだろうかと考えてみるべきです。励ましのクリックを
2009.09.28
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鳩山総理の国際デビューは、国民もメディアもおおむね好感をもったようです。マニュフェストでの「公共事業の見直し」での“脱・ダム”については僕も大歓迎するところです。「高速道路の無料化」については、メディアも国民からも疑義の声が上がっていて、短絡的にはそうかなと一時思ったのですが、さまざまな情報を精査してみると「無料化」が正しい公約であると確信をもてるようになりました。これについては秀0430さんの「誰のための無料化か?」などに詳しいのでお読みください。ところで、これが場合によっては民主党政権の命取りになりかねないと僕が危惧しているのが、国連で高らかに打ち上げた「温室効果ガスの25パーセント削減」(による温暖化阻止)目標です。産業界の提灯持ちではなく、これは絶対にムリです。現在の目標値の6パーセントでさえムリです。詳しいことをここに書くだけのゆとりがないので少しずつ書いてゆきますが、CO2削減で温暖化阻止という考え方にそもそもの間違いがあるからです。もし、このことに興味のある人は、武田邦彦氏の『偽善エコロジー』と『日本人はなぜ環境問題にだまされるのか』をお読み下さい。政権そのものがダメになれば交代すればいいわけですが、交代するのがあの腐り始めている自民党への後戻りとなったら何のための政権交代だったかということになります。二大政党以外に受け皿ができない仕組みがここではネックとなります。思い出してください。ブッシュ大統領が積極的に推進したバイオエタノール燃料。トウモロコシで燃料をつくるという政策。オレンジや小麦畑を潰してトウモロコシ畑にした結果、世界の食料が高騰して、貧しい国では餓死者が急増しました。生産国では、そのエタノールをつくるのに同じだけ以上の石油を使うという、馬鹿げたことが起きました。しかし、トウモロコシや小麦が石油以上に高騰したから、穀物メジャーや生産農家の腹は痛みません。むしろ、エタノールのための生産に力が入っています。生産国は、石油を使ってもトウモロコシをつくって燃料にしたほうが結果的に高い値段で売れるから好都合だからです。温暖化政策も、科学的には誤ったデータをもとに、特に日本だけが熱心に推進しています。しかし、これはいくら頑張っても達成されるはずがない数値なのです。仮に無理に達成しようとしたら、江戸か明治時代並の生活水準に戻さざるを得ないでしょう。馬鹿らしいのは、それをしても温暖化阻止にはほとんど影響を与えないということです。なぜなら、CO2と気温上昇の因果関係は直接には結びついていないからです。誤解してはならないのは、CO2そのものをへらす努力はつづける必要はあるでしょう。しかし乱暴な言い方をすれば、化石燃料は努力しなくてもいずれ枯渇して無くなるだけです。無くなれば努力する必要もないわけです。しかし、それまでには数十年という時間がかかります。だから、民主党政権が続くためにはこの約束をどこかできちんと世界に説明して訂正せざるを得ないということになります。というようなことを、今日の読書会でも勉強し合ってきます。僕らしくないちょっと堅苦しい話題になりましたが、今日はこのへんで…。励ましのクリックを
2009.09.27
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かつて、由紀さおりが「♪涙で綴りかけたお別れの手紙……」と唄われた歌も、「今は昔」になって、手紙から電話、そしてケイタイ、メールへと伝達の手段が移って、手紙を書くということが少なくなってしまいました。そんな日常のなかで、ふと郵便受けに久しく消息のなかった友人や元変人(笑)からの、手書きの手紙を見いだしたときのときめきは、また格別のものがあります。文字のない時代、あるいは文字を支配階級に独占されていた時代の民衆は、どんな恋文を相手に送ったのでしょうか。たとえば「石文」がありました。恋する若者は、松葉を小石に結びつけてお目当ての彼女に贈るのです。つまり、小石に「恋し」松に「待つ」をかけたものです。ちなみに、「なしの礫」という言葉は、せっかく贈った石文なのに、なんの反応もない場合からきた言葉です。「錦木」という方法もありました。恋する男は、三〇センチほどに切った木切れを何本もつくって五色に塗り、女の家の前につき立ててくるのです。これが求愛のサインです。女は、受け入れる気持ちがあればその木をとりこみ、その気がなければほっておきます。さて、ほっておかれた男はどうするか―。翌日も錦木を立てにいきます。その次の夜も、またその次の夜も、せっせ錦木を立てて並べていきます。ただし最大千本までで打ち止め。それでも女にとりこんでもらえなければ、もう断念するほかありません。恋文と言えば、なんといっても平安王朝でしょう。男たちは恋人と一夜を過ごした翌朝には、きまって後々(きぬぎぬ)の文(ふみ)をおくり届けたといいます。文は木の枝に結びつけて届けられます。咲きさかる桜の枝、燃えるほど紅いもみじの枝、あるいは苔むした松の枝など、四季折々の季節感を添えた枝に結ばれた恋文をそっとほどくときのときめきはどんなであったでしょう…。恋文はまぎれもなくプライバシーそのもの。覗き見たりすることは失礼この上ないことですが、恋文を人に見られないようにすることもまた、たしなみといえます。『かげろふ日記』の作者、藤原道綱の母が、夫の藤原兼家に激しい嫉妬の情を燃やすことになったのは、夫が町小路の女に書いた恋文を見つけてしまったたのがきっかけです。『源氏物語』にも、女三の宮が柏木から届けられた恋文を不用意に置いて、源氏の君に見つかってしまう場面があります。二人だけの秘め事である恋文の管理というのは、これでなかなか厄介なものです。僕もその昔、熱い文面にしたためられた手紙を妻に見つかり、単なる僕の作文への恋文風返信だと釈明するのに苦労した苦い思い出があります。現在では、そんな恋文が来ることはとんとなくなりいまや懐かしい思い出です。皆さんも、一度や二度思い当たる方もおられるのではないですか。あっと、メールでのやりとりに浮き身をやつしている人もいるということですが、それを覗くのはマナー違反でっせ…。しかし、それが浮気発見のいちばんのツールとなっているようです。励ましのクリックを
2009.09.26
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朝のいのり 山本沖子 紺色の制服を着て、カバンをさげ、中学校へ行こうとする娘に、私はかたりかける。いってらっしやい、気をつけてね。 赤ちゃんだったあなたを抱いて、ママは待っていますよ。今朝は雪が降っているから、赤ちゃんを暖かくくるんで、窓から雪を見せてあげましょう。 赤ちゃんは風邪をひきませんよ。だから、あなたもケガをしないでね。 ママはあなたを、だいじに抱っこして、待っていますよ。ほら、赤ちゃんのあなたが、今日のあなたに、パイパイをしていますよ。いってらっしゃい、気をつけてね。 この詩が手渡してくれたのは、赤ちゃんの重みです。はかりにかけて何キロとわかるようなものではなく、はかり知れないいのちの手ごたえ、情愛のかたち。書き出しの部分「中学校へ行こうとする娘に、私はかたりかける」と言いながら、読者に語りかけてしまう。うまいナ、と思いますが作者にたくらみはなく、これはたぶんありのまま。次に一行の空欄を置いただけで、いきなり詩の世界に引き入れる力は、たぶん長い習練。「いってらっしゃい、気をつけてね。」どれだけ大勢の母親が、学校へ行く子に語りかけた言葉でしょう。でも「赤ちゃんだったあなたを抱いて、ママは待っていますよ」と言ったのは、この作者がはじめてではないかと思います。赤ちゃんだったときから、私はずっとあなたを大事に抱き続けてきました。今朝は雪が降っていてとても寒いけれど、風邪などひかせたりしません。だからあなたもケガなどしないで、と析る。題名の深さ。お母さんの前には成長した現在の姿だけではなくて、生まれてこのかたの娘の全部、過去も未来さえもひっくるめて、立っているもののようです。でも赤ちゃんのあなたは、今日のあなたにバイバイしているという。ここにきて抱いているのが、紺の制服を着た中学生とは別、ということがはっきりします。誕生のそのときから、子は既に母親から出発していたのだと気が付きます。抱かれているのは作者自身の心だったのかと。いくつになっても、という言葉がよみがえってきました。母はそうして自分の思いを抱き続け、子と別れつづけて生きるのでしょうか。戸口のような所に、母の座が見えてくるような。父親たる男にとっても、子どもへの愛情や思いはあります。しかしこのような詩を読んでしまうと、やはり母親という「女」にはかなわないなぁ、という観を深くせざるを得ません。励ましのクリックを
2009.09.25
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塩原恒子さんという女性の著書に、作家の吉村昭さんの遺作「死に顔」のことが書かれていた。ちなみに塩原さんは85歳くらいの歳とお伺いした。吉村昭さんは、2005年春、舌癌と宣告され、さらに膵臓癌も発見され2006年7月30日夜、東京都三鷹市の自宅で療養中に、看病していた長女に「死ぬよ」と告げ、みずから点滴の管を抜き、次いで首の静脈に埋め込まれたカテーテルポートも引き抜き、数時間後に逝去した。享年79歳であった。遺稿「死顔」は『新潮』2006年10月号に掲載された。作家吉村昭さんは若いころ、結核を患って死にひんした経験があり、次々と身内の死に遭遇するということもあって、格別な死生観をもっていました。遺作「死顔」も、吉村さん自身が舌がんを宣告され、その手術の前に書いたといいますが、吉村さんの深い思いが伝わってきます。塩原さんはいいます。「私の年代の者が寄ると、人生の最期をどのように迎えるかという話題に尽きます。この作品の中に、幕末の蘭方医佐藤泰然は自らの死期が近いことを知って、高額な医薬品の服用を拒んだとありますが、私が一番に引かれるのは、泰然は食物をも断って死を迎えたというところです。吉村さんは、死期を察知できる医学者だからこその一種の自殺とも言えるが、懸命な自然死であることに変わりないと言い切って、いささかせん望の意がこめられています。」 そして、「私は以前から、私の最期は潔くきれいでありたいと家族にも言い続けてきました。しかし、食物を断つということは、実際には難しいでしょう。私の理想とするところですが、凡人はもっと修行を積まなければなりません。」 吉村さんは、「死に顔」のなかで、棺の中の死者は病み衰えていて、それを目にするのは失礼であり、死者も決して望むことではないだろう、しかし抵抗もできずに死に顔を人の目にさらす、ということは最もこだわっていて、斎場で指示されても棺に近づくことはしなかったと言います。これには僕もある記憶が甦ります。28歳という若さで亡くなった友人の娘さんの通夜に行ったとき、その素顔のあまりにも変わり果てた姿に息をのんだものです。というのは、美人で活発なお嬢さんで、生前のきちんと化粧した顔しか見たことがなかったからです。その通夜以来、生きていた頃の顔と通夜で見た顔の記憶がないまぜになり、はっきり思い出せないのです。通夜のとき拝顔しなければよかったという思いにかられました。亡くなった人にとって、死は安息の時であり、乱されたくないという思いもあるのではないだろうか。吉村さんも遺言に、自分の「死顔」は一般会葬者の目に触れられることを避け、伴侶と子や孫たちのみに限って欲しいと書いてあったといいます。もちろん、死に対しての考え方は人それぞれでしょう。「死に顔」を他人に晒したくない、というのもひとつの考え方。美しく死化粧してもらい、親交のあった方々に最後の別れをしたい、と考える人もいるでしょう。このごろは身内だけの家族葬が増えていると聞きますが、僕は自分の時はそれでもいいなとも思うし、写真を飾った下で親しかった友だちたちが僕の悪口でもいいながらドンチャン騒ぎをしてくれるのもいいなと思っていますが、どちらかひとつしか選べません。ただ「死に顔」だけはあまり見せたくないなぁ。さて…。励ましのクリックを
2009.09.24
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拷綱の白き腕 沫雪の若やかなる胸を 素手抱き手抱き抜がり 真玉手玉手さし枕き 股長に寝は寝さむを上記は、『古事記』に出てくる八千矛の神(大国主の命の別名)に求婚された沼河姫の歌の一節です。少し、詩の勉強の一環として、昔は見向きもしなかった『古事記』を読んでみました。するとなにやらとても高貴なエロスな雰囲気につつまれてきます。さっそく、意味を読み解いてみましょう。ああ、白くつややかなこの腕、泡雪のような、やわらかな白い胸、きものをかなぐり捨てて、素手で抱き合い、手足をからめて固く固くお手がわたしのからだを巻いて、おみ足をのびのびと長くお仲ばしになって、おやすみなさい!若い男女が互いにその白い肌を愛しあっている率直で自然な姿が、おおらかな詠法によって歌われています。万葉集からも一首。 上毛野安蘇の真麻群かき抱き寝れど飽かぬを何どか吾がせむ 作者不詳 舞台は上州いまの群馬県安蘇の農村。麻の産地で、五、六月の収穫時には自分の丈よりも高い麻の束をかかえ、力いっぱい働いたのでしょう。麻の束を抱くようにおまえを抱いて寝るが、ちっとも飽きない。どうしようと、うれしい悲鳴をあげています。労働にいそしむ農夫の恋情は、その労動感と重なるとき、最も率直に表出されるのでしょう。 朝寝髪吾は梳らじ愛しき君が手枕触れてしものを 作者不詳同じく、万葉集からの歌です。これは解釈するまでもないですね、こころもからだも溶けあったふたりの夜が明けて男が帰って行ったあと、女は朝寝髪の乱れのまま、その充足の余韻にひたっているさまが、そこはかとないエロティシズムを奏でて浮かびあがってきます。寝乱れのエロティシズムというと、和泉式部の次のー首もなやましいシルエットをうつしだしてくれます。 黒髪の乱れも知らずうち伏せばまず掻き遣りし人ぞ恋しき髪の乱れも知らず、思い乱れてうち伏していると、いつか、こんな時に何もいわずにまず優しく髪をかきなでてくれたあの人が恋しくてなりませんわ…。こんな歌ばかり眼に飛び込んでくる僕ちゃんは、ちょっとヘンタイでしょうか。おそまつ。励ましのクリックを
2009.09.23
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信州で山荘をやっていますから、当然ながら蕎麦は定番メニューの一品です。当店では(自分でつくっているわけではないけれど)、手打ち麺と冷凍生麺(手打ち風)を使い分けています。あらかじめ予約のあった人には手打ち、その場での注文には冷凍です。もちろん、値段が違うからわかるはずです。しかし、冷凍麺であっても味を見分けられる人はそう多くはないでしょう。今は冷凍生麺といっても、かなり手打ちに近い製法でつくられますから、下手な名人より勝ることが多いのです。身の回りにも、自称「蕎麦名人」が何人もいます。講釈だけはどの名人もたいしたものです。しかし、蕎麦は一定水準以上の麺であれば、後はタレとか薬味で決まるというのが僕の主張です。名人たちは、そのように言うと物足りない顔をしますが実際そうなのですから…。ということで、ちょっと蕎麦談義をしてみましょう。入った蕎麦屋がどんな店か、蕎麦そのものもさることながら、薬味の葱の切り方を見れば、およその見当がつきます。薬味の葱といえば、小口から薄く切るのが決まりですが、易しいようで難しいのが、その切り方。俎板の上で普通に切ったりすると、いくら腕前がよくて包丁が鋭利でも、葱はつぶれて真円にはなりません。そこで薬味の葱だけは昔から独特の切り方をします。関東や信州では薬味に太い白葱を用います。その葱を縦にして左手で握り、親指で第一関節を曲げて爪の先を葱にあます。そして、包丁を親指に沿わせて右へ引くようにしながら葱を切ってゆきます。簡単なようですが、熟練を要します。下手をすれば爪を削りかねません。(だから、僕はやりません)。こうして切ると、葱はつぶれないうえに、切り口もピカピカ光っています。なぜ、そんな切り方がいいのか。もちろん葱がシヤキッとなって見栄えもですが、もっと重要な効果があります。葱を俎板の上で切ると、つぶれたときに粘液のようなものが流れ出て、多少なりとも葱のもつ香味が失われるからです。そのロスを防ぐ手段としては、葱を宙に浮かしてスパッと切るしかない。昔は、そんな切り方を、どこの蕎麦屋でも洗い方の若い衆や小母さんが受け持っていたものです。何事も機械化が進んだ現在、大手の蕎麦屋ではスライサーで葱を切っていると聞きます。まあ、それでもうまい蕎麦屋だといって流行るからそれでもいいのでしょう。普通、薬味といえば、葱のほかに、七味唐辛子、山淑、おろし生姜、おろし大根、それに青紫蘇や浅草海苔などがあります。こちらでは、焼き味噌を使うこともあります。大根も、辛みのある特殊なものも使います。これらのうち、使う直前に切ったり揉んだりして手を加えるのは、青紫蘇と浅草海苔ですが、これも切り方によって香味が変ります。プロの料理人たちは、青紫蘇のことを大葉といい、普通、繊切りにして薬味にします。ところが腕のいい料理人は、とかく大葉を髪の毛のように細く切りたがります。包丁の冴えを見せたいのでしょうが、それだけのことで、ほかになんのプラスにもなりません。むしろ、口の中に入れてモサモサするだけです。また、浅草海苔も針海苔などといって、針のように細く切ったりします。それも料理にのせたときに盛り栄えはするけれど、香味の点ではザッと揉むに越したことはないのです。だいたい、大葉も海苔も、口に入れて噛んだときに最も香味を感じたいものです。それを髪の毛や針のように細く切ったりすれば、せっかくの香味も半減して、カスを噛むに等しいというわけです。包丁の冴えは、味をよくするためでこそ生きるもので、技をひけらかすだけなら、テレビや雑誌の料理番組のようなものです。あれは、おいしそうに見せるために、わざとさまざまな工夫をこらしてあり、とても食べられません。これだけ講釈をいうのも、自称名人達の講釈を耳にタコほど聞いてあげたたまものです。励ましのクリックを
2009.09.23
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僕の父親は生前、あるお寺の檀徒総代をしていました。その寺の和尚が僕の行っていた高校の教師をしていたこともあり、ワルガキだった僕はときどき父親にひっぱられて寺に行き、座禅をしたことがあります。正座をして、ほぼ1時間ほど瞑想するわけですが、僕の頭の中に浮かんでくるものとは好きな女の子のことや、次の休みにはバイクでどこに行こうかなどとかなりいい加減なもので、つきには眠くなります。それを見透かしたのか、ときどき先生(和尚)が質問をしてきます。その寺は曹洞宗でしたから、本来は禅問答はないわけですからインチキだなぁと思いながら眠い目をしばたいて応えます。僕はそんなときのために、答えを用意しています。「M君にとって学校とはなにか」「はい、人生です」。「M君にとって親とはなにか」「はい、人生です」。「M君にとって悪戯とはなにか」「はい、人生です」。座禅といえば禅宗で、曹洞宗と臨済宗があります。ひたすら座禅をしつづける曹洞宗に対して、臨済宗での公案というものが、すなわち禅問答です。おもには、雲水(修行僧)に師家(師匠)から出される問題のことです。たとえば、「本来の面目は何か」すなわち、お前の生まれる以前の心はなんであったか―というような問題です。あるいは「隻手の声を聞け」、すなわち、両手をたたけば音が出るが、片手ではどんな音がするかというのもあります。こういった公案は、素人にはいったいなんのことなのか、かいもくわからないので「禅問答」と呼ばれているわけです。禅問答には学校の試験のような正解というものがないわけです。初めての者は、どうにかして答を出してほめられようと、あれこれ考えます。しかし、ほとんどの答えは付け焼き刃でしかありません。当然、やり直しを命じられます。答えるほうは全身全霊、その問題に取り組むほかなくなります。なぜこのような「禅問答」が必要なのでしょうか。ひと言でいえば、これまでに身についた自分の知識や考え方を捨て去るためです。禅宗の考え方では、そういった知識や考え方は、仮のものでしかないといいます。「仮」すなわち「借り」です。すべて、人から与えられた知識や考え方で、自分からつかんだものではない、というわけです。学校の先生が、そんな教えをするのですからこれもインチキです。インチキがインチキを指導していたようなものです。公案は、そういった借りものの知識を捨て去るために必要ということなのですから、おかげで僕は学校で身につけた知識をあらかた捨ててしまいました。坊さんたちは公案に取り組むと、公案そのものになりきらねばならないといいます。それは論理や知識では解決できない問題だからです。そうしているうちに、これまで身につけた知識や論理が、いかにむなしいものであったか、痛切にわかってくるといいます。ほんとかなぁ。つまり、そういったことを身をもって体験させることが、禅問答の基本的な考え方なのです。僕が、いつもものごとを立ち位置を変えて見ようと試みるクセは、この禅問答の意味が頭にあることも一つの要因なのかも知れません。励ましのクリックを
2009.09.22
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「生」という言葉がいやに気になることがある。「今日は生足だから…」というのは、ストッキングなどを履かない状態で、「生キャラメル」という北海道のさる町がミルクの消費を増やすために考案し、タリントの 田中義剛がヒットさせたものらしい。テレビやラジオの番組などで「○○生出演」の文字をよく見かける。「生」であるからには、その出演者はまだヒモノや煮物ではないから、ヒカラビたのやスレカラシたのではなく新鮮でイキのいいのが出るということなのか。それにしてはつい最近までの政治討論番組などの顔々は、言葉も内容もヒモノとしか思えない方々が多かったが…。とにかく「生」というのは「生ビール」にしろ「生鮭」、「生女子」(若い女のこと)にしろいいものなのだ。ただし人間の「生首」はちょっとなぁ。南米には「干し首」があって高いようだ。手間がかかるからだろう。ひと頃、ある種の劇場のポスターにマナ板ショーというのがあり、それは鰹のかわりに「生女子」がマナ板にのって見せるのだが、それがいつの間にか「生板」ショーに変わった。京都の東寺ちかくにもあって、一度だけ覗いてみたがあまりに生々しくてちょっと驚いた。「ナマでヤル」という言葉もあるが、それは皆さんご存じどおりのこと。「生」の方が干したのよりいいから、「生出演」というかと思ったら少し違うようだ。放送関係では「生中継」、「生録」、「生演奏」、その場で使う「生カメラ」、電気ギターではない「生ギター」まだ使ってない「生テープ」、「生フィルム」などの語があり、これらすべてが国語辞典に載っている。ナマハゲというのは、禿げた人のことではない。今にグリニッジからの「生時刻」とか、カメラの前で遭難したり人を殺したりの「生遭難」、「生殺人」、少し早目の「生葬式」などがはやるかも知れない。録画技術の普及で、逆にリアルタイム・ノーカットの「生」の価値が増した。なにせこの映像氾濫時代、どれがホンモノかつねに不安だ。あなたが話している相手だってさわって見るまではわからない。もし手がスッと相手の顔をつき抜けたら、相手は「生」じゃなく、電波のかたまりの立体映像だ、という時代もまもなくだろう。そんな中で、加工されない事実を見たいという、見る側の切実な願いを満たすのが「生」の一字なのだろう。ただし、「生」が必ずしも真実を語るものではないことは、政治討論番組を見るまでもない。励ましのクリックを
2009.09.21
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本を読むのがつらい。いや、本が嫌いというわけではない。しかし、義務感で読む本はつらい。そういえば学校に行っていた頃はそうだったよな、と思う。文芸個人誌、夏の内に発行しなければならないものが秋の真っ盛りになろうというの、ひとりの原稿が遅れているばっかりにまだ発行できてない。そのひとりとは情けないことに僕のことだ。この間にまた何冊もの本の贈呈を受けた。それの感想をいれて発行するというのが慣例になっているのだが、感想文を書くためには読まなければならない。ずいぶん厚い本の贈呈も受けていて、これがけっこう辛いんだな。そういいながら、ネットに連載されている小説を4つもチェックして読んでいるのだが、これらは内容が軽いし、無責任に流せるものだからつい開いてしまう。本を読むということに間してさまざまなスタイルがあると思う。重要なところを抜き書きしながら読んでゆくタイプ、本を全部読んでみて感じたものがふと残るタイプ、逆にあることを感じたのを証明するために読むタイプ、本は読まないで物事を考えるタイプ、読んでも考えないタイプ、否定を前提にして読むタイプ、読まないけれど書棚に並べておくタイプ……。本を読むということでさえ、これほど多種多様なスタイルがあるのだが、感想文を書くために読むタイプがいちばんつまらないような気がする。だって、いつも自分を外側に置いて本の中にのめり込めない。また、贈呈される本というのは、たいがい真面目そのものといったものだから、わかるでしょ。僕に本をくれる場合、お勉強にならなくてもいいから少しはイロっぽいものをお願いしたい。励ましのクリックを
2009.09.19
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よく、自分の友達を人に紹介するときに「出会い系サイトで知り合いました」などというと、ギョっとした顔をされ、冗談でしょうなどと言われる。ブログなどで、今までだったら一生他人同士の、仮に会ったとしても、口も聞かずにすれ違うだけという人と、親しいつきあいがある。しかも、相手の様子によっては取捨選択もできるという時代になって、これなら生涯孤独というものから解放されるのではないかとさえ思う。もともと友人は少ない方ではなかったが、なかには妥協の産物でというトモダチもいた。しかし、ブログという“出会い系サイト”を活用するようになってからは、妥協でつきあっている部分はだいぶ整理できた。ありがたきかな出会い系。ということで「出会い」というテーマで書いてみたい。僕のように、ひちすらマジメに出会い系を利用している者ばかりではなく、「出会い系サイト」というと、手っ取り早く男女を引き合わせたり、合わせるとみせかけてユスリの餌にしたりという、悪質な“出会い”系も蔓延しているようだ。江戸時代から「出会い」という言葉はあって、「出あい茶屋」はソレ目当ての男女が目指す場所であったし「出あい宿」もアレ目当てであった。今の「未知との遭遇」とちがってなじみの男女がしめし合わせて落ち合う「既知との遭遇」というニュアンスだ。今、江戸時代の「ソレ」の意味が健在であったらどうだろうか。悪質出会い系ならずとも、「出あいの旅」、「出あいのつどい」「出あいの会」…、なんとなくいやらしい。だいぶ昔になるが、「フォレスト・ガンプ」というアカデミー賞をとった映画を見た。知恵遅れの主人公がどういう訳か奨学金は貰うわ、戦争で英雄にもなるわ、プレスリーやジョン・レノンや歴代の大統領にも次々に会うわ、なんと実業界でも大成功で大金持ちになるわ、おまけに美人の奥さんまで貰うという、なんのことはないアメリカン・ドリームをズラズラ羅列しただけの映画で、後からよく考えたら感動したのがバカらしく思え、なぜ主人公が知恵遅れじゃなくてはいけないのか、知恵遅れを感動のダシに使うな! と不愉快になった。つい知恵遅れの代表として熱くなったが、これは主題ではなく、映画の中に「人生はチョコレートの箱のようなもの、開けてみなくては分からない」というつまらない名セリフがある。それでガンプ君は一生懸命チョコレートの箱を開けて食べたり、人にすすめたりするわけだが……。とにかくわがニッポンではチョコレートやキャラメルの箱の蓋は、見なくてもわかっているからセロファンで張ってある。この塾へ行けばこの学校に入る、この学校に入ればこんな会社に行く、こんな会社に行けばこのくらいの地位になり、このくらいの年収を得、このくらいの年までつとめこんな老後になる、とわかっているらしい。それにまた画一的な人間、きまりきった交友、おんなじ価値観、平均化した社会、いつも同じカラオケ―セロファンを通して、中身がすべて見てとれる。ああ、つまいない。(…と思うのは、負け惜しみが少しはあるが、実際つまらないことなのだ)だからこそ「出あい」、予期せぬ出来事、思いもよらぬ人間、あっと驚くハプニングが希求されるのだ。今までだったら絶対に会うことのない、フランスのbonbnusさんが、九州のRinnさんがこんなブログにコメントしたり、超学識(学歴ではない)を披露して困らせてくれたり、そのほかにもブログを通じて親友のようにつきあっている人や訪ねてくれる人もいて、これこそ出会い系の恩寵でなくてなんだろう、と。ところで、日本人はとかくチョコレートの中味を予想できてしまうが、人生までもが見通せると思いこんでいるのは全くの錯覚である。最近の政変劇などさまざまな出来事を見るまでもなく、やはり人生は一寸先は闇。逆に言えば、決まりきったように見える人生だって、自分の意志でいかようにも動かせる。計画され、セットされた「出あい」などではなく、本当のナマの「出あい」こそが、僕たちが待っていた時代なのだ。だからって、わけのわからん“お誘いメール”なんかにかまけていたらダメなんですよ。励ましのクリックを
2009.09.18
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「ひまじんさろん」などといって、毎日のように駄文をアップしているものだから、「アホなヤツ、あんなヒマがあったらもっと働けば少しはマトモな生活ができるのに…」と、お節介を焼いてくれる人がいる。余計なお世話だといいたいが、実のところヒマなど殆どない。(といいながら、ブログなど開いたりしているのだが…)このように書いていないと、すぐに怠け癖がムクムクと湧き起こってくるからだ。そういえば、世間さまでも、「お忙しいところわざわざ」「本日はご多忙にも関わりませず」などと、ヒマなときでもいわれる。頭からこのようにいわれると、「いえ、まア」などとモゴモゴすることがある。初対面の人、すなわちこちらの事情を全く知らない人からもいわれる。してみるとこれは一種の「あいさつ」だ。また、いわれるとそれを軽く否定しなければいけないから、一種のお世辞かも知れない。ところで、「ひまじん」などと名乗っている身で世の中を見わたすと「忙し族」がほとんどで、相手を「ご多忙、ご多用」と持ち上げ、自分でも「忙しい、実に忙しい、どうだこんなに忙しいぞ」といばっているよう感じる。忙しくない奴は昔でいえば非国民、今でいえば「うすら馬鹿」、うっかり「ヒマだ」「ひまじん」だ、などといえば周りから珍種の生物を見る目で見られることに気がついた。以来「いえ、まア」だ。考えてみればみんなの「ご多忙」こそが戦後の日本を復興させ、さらに世界に冠たる経済大国をつくり上げてきたのだろう。その中で自然に栄光ある「ご多忙」があいさつになり、連帯のしるしともなっていったのだろう。それに加えて「忙しさ」が即「マジメ」「仕事熱心」に直結するため、皆安心して忙しがっているのだろう。しかし忙しくないマジメさや仕事熱心だってあるはずだ。単に能力がないから時間ばかりかかってしまう忙しさだってあるはずだ(自分で言っているから確かだ)。日本人は今まで通りいつまでも忙しがっていてよいものだろうか……?「忙」は「心を亡くす」という字だ。実際忙しいと「気」は働くが「心」は鈍くなる。そういえば気は効いているが、心のこもらぬ商品やサービスが増えてきたような気がする。マニュアル接待としいチェーン店などのアレだ。人間でも気は働かないが心があったかい人がいて、こういう人は上等だ。ひま人が何いうかと怒るな諸兄、ひまだからこそできるものもある。みなさんにはご多忙のところ、こんな文を最後までお読み頂き誠に恐縮です。ついでに、クリックなどして頂けたら幸いでございます。なんて…。励ましのクリックを
2009.09.17
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なぜか、身近に自閉症気味の人とおつきあいすることが多いのです。近年の社会情勢がいっそう、そういう人をつくりだしているようにも感じます。脳障害による先天的な自閉症は別として、いわゆる自閉傾向的な状態はほとんどのケースが「大人が作った病気」だということが、最近わかってきているそうです。自閉傾向の子どもにはいわゆるIQが高い子が多いようです。IQが高いということは、平たく言えばいろいろなことがすぐわかる、それゆえに趣味がはっきりしている、好き嫌いがきちっとしてるということですね。こういう傾向は新生児どころか胎児のころからあるのだそうです。胎児にもすでに趣味というものがあるんです。だから、母体を通して変な振動がしたり、親が喧嘩したりして、いやな感じが伝わると、ギュツと体を閉じたりするんだそうです。よく、胎教にモーツアルトがいいって聴かせるのは、必ずしも正解ばかりではないといいます。モーツアルト(の音楽)が嫌いな胎児にとっては、ストレスになる。では、北島三郎がいいかというと、それは僕にはわかりません。たぶんダメでしょう。母親のそれまでの人生がどうだったかによるところもあるのでしょうね。ところでまったく話題が変わりますが、僕は、リンクしている秀0430さんの記事から、過去にもずいぶん目からうろこの出来事を教えられています。今回も、民主党の目玉公約のひとつである「高速道路無料化」について、山崎養世さんの著書をひきながら、その正しさについて述べています。この公約については、僕も当初首を傾げていたものです。しかし、その後民主党の長妻氏やこのブログ記事を読んで、考えをあらためるに至りました。なぜ「高速道路無料化」が正しいのかは、単に遠出に便利になるなどという単純なものではなく、それをしなかったら、将来国家財政的な破綻へともなりかねない問題をはらんでいるというものです。詳しくは秀0430さんのエントリーを読んで貰いたいが、とにかく長いので時間のゆとりのあるときに読んでください。なお、この公約については賛成ですが、僕は(たぶん秀さんも)民主党の公約についてすべて丸呑みに賛成できるものではないと申しておきます。励ましのクリックを
2009.09.16
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タイトルはドウディンという人の言葉です。なぜこんな言葉を思い出したのかというと、イチローの言葉「(人生において)苦しみを知らずに生きた人は可哀想だと思う。僕は苦しみを乗り越える喜びをもってきた」というようなことを発言したと聞いたからです。僕はヘソ曲がりの性格。イチローの才能はすごいと認めつつも、もし、ヤンキースなどいつも優勝を狙うチームにいたら果たして記録が達成できたのだろうかと、つい斜めに見てしまいます。しかし、無条件にイチローに感心するのは、試合後などの言葉のキレです。とっさに出るとしたら言葉の天才だし、つねに考えているとしたらその努力は尊敬ものです。「普段と変わらない自分でいることがボクの支えだった。苦しいところから始まって、苦しさから辛さになって。辛さを越えたら今度は痛みがきて...心にね。」「自分で無意識にやっていることを、もっと意識をしなければならない。」「今自分がやっていることが好きであるかどうか...。」「僕は決して「打率4割」とは言わないんです。6割の失敗は許してやるわ、と。いつもそう言っているんです。」「苦悩というものは前進したいって思いがあってそれを乗り越えられる可能性のある人にしか訪れない。だから苦悩とは飛躍なんです。」「今自分にできること。頑張ればできそうなこと。そういうことを積み重ねていかないと、遠くの大きな目標は近づいてこない。」ところで、昨日のえんとりーでのコメントのやりとり。ちょっと忙しくて、きちんと応えられないのが心残りですが、こちらもなかなか意義深い討論になっています。無断再掲させていただきます。Rinnさん 姓名について、ハッと目から鱗のご意見。そうだけど、中国みたいに頑なに外国人の名前を自国語読みするようなのも尊大で、感じよくないですね。漢字つかってる日本人にだけなのかなあ?欧米語を無理やり漢字に置き換えてるのなんて、意地みたい。日本語にはカタカナもあるから外国語を受け入れやすいこともあるでしょうが。思うのは、発音のことで「ハトヤマ」の「ヤ」にアクセントくる言い方は、外国人が言いやすいからだけで、あれはちゃんと日本語のアクセントでいいと思う。こちらのJRの車内案内は日本語、英語、中国語の放送がありますが、「博多」は「ハカ~タ」でなく「博多」と言ってますよ。bonbonusさん 文字には音のみを表しそれ自体は意味のない「表音文字」ハングル、ひらがな,アルファベットなど。とそれ自体意味をなす「表意文字」があります。代表的なのが『漢字」です。表音文字(ひらがななど)を持たないのは中国だけで世界的にもめずらしい言語形態の国です。なぜ漢字に無理やりするのかという疑問ですが、これは『音』だけわかっても『漢字』が分からなければ書けないという構造上の欠点があるわけです.そのため同じ漢字でも4音(ピンインといいますが)で発音を区別しています。従って日本人が毛沢東をモー・タク・トーと日本風に発音していては全く意味がつうじません。mao zedong マオ・ツトウンが世界中で使っている正式名です。ちなみに現在の国家主席胡錦涛(こきんとう)の発音は HU JINTAOホウ・ジンタオ。ホー・チミンの漢字名は胡志明です。以前にもどこかで申し上げたと思いますが、欧米という感覚は日本人の世界観を狭くしております。欧と米は全く違う文化(米に文化が存在すると仮定してですが)が存在しています。mskさんが指摘された欧州のハンガリーは地理的には欧州ですが民族はアジア系です。従って日本のように氏族名が先にきます。欧州ではフィンランド,バスクがそうです。フランスでも入国する場合カードには姓,旧姓(女性の場合)名となっています。母親の旧姓はどの役所でも必要です。なぜ名前が先に来るかというと、いろいろな人種が混ざりあい,複雑な人種構成をしている米,欧では日本のように姓名が2字3字で収ままれない事情があります。たとえばユダヤ系の名前でZITRINBAUMさんなんて簡単に発音できません。この意味はレモンの木というです。この人たちはフランスにきてフランス語のレモンの木の意味のcitroen(車で有名なシトロエン)になりました。アラビア人の名前は苗字が4代目まで言わなくてはなりません。日常生活で苗字を呼びあうことは社会生活に支障をきたす事になるかもしれないわけです。(きっちり発音できない)仏では身分社会ですから,同僚,家族は名でツトワイエ(2人称)で呼び会いますが,上司は苗字でよび必ずブボワイエ(2人称英語のyou)でよばなくてはいけません。英語はこの2人称の区別がすべてyouになったので世界言語になり得たとおもいますが。それから,2000年前から家(氏)族名,個人名という順序と言うことですが、それは歴史の本で習ったことで、現実には明治以前日本人の95%の人は苗字がありませんでしたね。何々村の田吾作であり,嫁の粂であり、捨吉の恥かきっ子の外吉だったと思います。くまさんはっつあん、ご隠居だったですよね。今更苗字が前になっても名前が前になって呼ばれても,その国の習慣に従うのが妥当だと思いますが、むしろ外人が日本にきたら苗字を先に名乗らせる(実際外人タレントはそうですがスペクターとか)。早く日本も在日韓国人が自分たちの氏を名乗って堂々と仕事ができる国になればいいと思います。アイヌ人も日本名ではなく,自分たち固有の名前が名乗れる国になるといいとおもいます。ちなみに現在の韓国大統領李明博の日本名は月山明博だったのをご存じでした。最後にピカソの本名を記します。母親方の名前父親方の名前名付け親の名前などが織り込んであります。これが欧州なんですよ。PABLO DIEGO JOSE FRANCISCO DE PAULA JUAN NEPOMUCENO CRESPINCRISPIANO DE LA SAINTISSIMA TRINITAD RUIZ Y PICASSOちなみに 鳩山由紀夫は中国語で jiu(1) shan(1)you(2)ji(4)fu(1)と発音します。(数字は4音です)欧米(特にアングロサクソン系)の言葉は言葉が2シラブル以上になると2番目にアクセントをつけます。はと・やまは2シラブルになるので「や」にアクセントがかかり奇妙な発音になるわけです。フランス語は関西弁のように全て第3シラブルにアクセントがくるシステムになってまるでさざ波が打ち寄せるように発音工夫されています。(耳元で囁くようにできているみたいです。)Rinnさん 中国人の人名についてのご指摘は、日本人の偏見ではなく、国際的な慣例に従ってると聞いたことがあります。ある国が外国人の名前を読むとき、なるべく相手国の発音に近く読む。文字は音から、自国の言語に近く表記する。それは相互のことで、相手国がそうならこちらもそうする。(その点、日本ではカタカナが便利)国際会議など複数の国が集うときは、共通言語として英語表記にするのでしょう。中国はそれをやらないで、漢字に対してだけそうなのか、自国語読みにしかしない。だから日本も中国人名については日本語読みするのです。これは偏見でなく、慣例なんでしょう。アルファベット表記については、よく知りませんが。まあ、国際的に通用しようと思ったら、どちらも本来の発音に近くした方がよいでしょうが。それから、「欧米語」と一括りにしたのがお気に召さなかったようですが、、そう書くときチラリとbonbonusさんのことが浮かびましたのよ。それぞれで違うことはいつも力説してありますので。^^ハンガリーについてのご説明には納得。ただ、この場合アルファベットを使う言葉という程度の意味でした。お許しを。言語はその国の文化そのものですから、相手の国に敬意をはらう意味で、人名・地名くらいは原語に近く発音するのがよいのかもしれません。国際的共通項として表記は英語にするとか。オマケ: 「bonbonus」とはどう発音するのでしょう?「bonbon」のラテン語読みとおっしゃいましたが、わかりません。英語ならカタカナで書くと「ボンボナス」なのでしょうが…。読みだけの関係なので、聞きそびれていました。^^;なんだか、僕のブログらしくない知的なやりとりになりました。いいですねー。こんな会話も焚き火を囲みながら交わしてみたいなー。励ましのクリックを
2009.09.15
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先日の焚き火オフ会のおり、参加したひとりから僕の印象について「イメージしていた人とずいぶん違う」と言われました。ネットでのイメージは小難しい人物ということらしいのだ。つまり、リアルでの僕はそれとは正反対ということのようなんです。自分は自分でしかなく、実際でもネットでも裸の自分を晒しているつもりでも、ひとり歩きしたイメージができてしまうのだなと、あらためて思いました。この“小難しい”という感じは、たぶん社会的な主張や、文章の内容にあるのでしょう。文章を書くときに、意識していることがあります。ともすれば、社会的通念でものを考えたくなりますが、それから一歩立ち位置をずらして見たり考えたりするよう(努力?)して心がけています。そうすると、見えてくるものが多くなるのではないかと…。見えてくるものが多いと、書くネタにも困らないというわけです。というわけで、(小難しそうな)僕の正体はただの好奇心人間です。ウソだと思ったら、会いに来ませんか。もう、根掘り葉掘り聞きまくります(笑)。そして…(以下省略)ということで、小難しい(?)名前の話しに戻ります。よく、イベントなどで英語訛りで、「クニオ・ハトヤーマ!」などと呼び上げることがありますが、それに疑義を唱える人をあまりみたことがありません。いや、本人も誇らしげに笑顔で応えたりします。わが日本を含む中国文化圏では二千年以上前からまず家(氏)族名、そして個人名という順序が決まっていて、この順序がひっくり返ったことはありません。僕たちが持つのは「氏名」・「姓名」であって、断じて「名氏」・「名姓」などではありません。それをあえて逆転して呼ぶのは、欧米では個人名が先にくるからというのがその理由でしょう。欧米はそれで構わないと思いますが、なぜわれわれがそれに合わせなくてはいけないかがわかりません。向こうに金髪や青眼が多いと、僕等もそれに合わせなければならないのか(なかにはそう思っている奴もいて、髪を金髪に染めたり青いコンタクトを入れたりしているが、だ)。身体的なことはともかく、こうしたことは向こうに合わせられます。しかし、漢字文化圏が何千年つちかってきた文化をそう簡単に放り出していいのかと思うのです。僕たちがいいと思っても、相手方がそれで済むのでしょうか。そこまで合わせてくれるとはと、アワレに思われているんじゃないでしょうか?この伝でいけば、源頼朝は頼朝源なのか、松尾芭蕉は芭蕉松尾なのか、劉邦は邦劉なのか、毛沢東は沢東毛なのか、ホーチミンはチミンホーなのか。歴史上の人物を西欧に対してはこのように表記しなくてはならないのか、と思うのです。日本だけはサミットでも「タロー・アホー」だったと思いますが、これはバ力にされてるのではないでしょうか。(しているか…)欧州でもハンガリーなどでは日本と同じに家族名-個人名の順で、この順序を逆転させて表記したり言ったりすることはないようです。当然です。日韓併合の時代、先祖伝来の大切な名前のかわりに日本名を強要されて、彼の地の人々は多大の精神的苦痛を受けたといいます。僕たちが西欧風の順序に名を変えるのは、これに近いものがあるような気がしますが、みんな何にも感じないのでしょうか。国際会議などで「MSK・イトー」と名乗ったとたんにこちらは卑屈になり、相手は優位に立ちます。なぜなら、その瞬間に何千年のしきたりを相手に合わせるため、捨ててしまっているからです。猫や犬が強いものに寝転んで腹を見せるようなものでは…。明治以来今も続く欧米への卑屈さの原点は、この逆転名の名乗りからではないでしょうか。“虎は死して皮を残し人は死して名を残す”、とまで名を大切にしたわれわれが、簡単にそれをひっくり返しちゃってかまわないのでしょうか。ともあれ名を逆転させる必要も必然性もないと思います。それで相手が間違えても、わが国では中国・朝鮮半島などと同様、ファミリーネームが先にくる、そんなことも知らんのかと笑って教えれば済むことです。などと、ちょっと立ち位置を変えてものを考えるように努力(ですよ、あくまで努力)しているのです。くどいようですが、僕は好奇心が強いだけ。もう、子どもの頃から、「女体の神秘」とか…(自粛、自粛!)励ましのクリックを
2009.09.14
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負け惜しみではなく、雨のなかの焚き火が面白かったです。雨の降る音を聴き、雨の糸を見つめ、炎の明かりだけのなかで、まったく初対面の男女10人ほどが、飲み、語り、黙して真っ赤なオキをみつめていたのですが、意外に楽しく、夕方6時に始めた会が気づいたら朝の3時を回っていました。病みつきになるかも…。もちろん焚き火をしたのは雨の中ではありません。山荘敷地内にある東屋の下ですから、雨や夜露はしのげます。楽しかったのは、集まったメンバーがそれぞれ個性的ということがあったからでしょうか。もちろんそれもありますが、周囲を雨に囲まれている、そしてその真ん中に熱としての炎があり、気持ちが散漫してゆくのではなく、ゆっくりと律動しながら伝わりあってゆくことを感じたからなのでしょう。この心地よい温度差が、大人たちの静かなエネルギーとして、朝の3時過ぎまで飲み、語らせたのではないかと…。この「温度差」ということば。本来の科学的な意味を脱し、人間各個の心情の比較を表現しはじめたのはそんなに古くはないようです。「新党結成へ各グループの温度差」「○○達成への個人的温度差」などなど。この焚き火オフ会の代表のたくみさん、熱にまかせて人をリードするというタイプの人ではなく、ニコニコとおだやかななかに炎をもっているという人でした。ところで温度というのは熱エネルギーであって、当然温度が高い方がエネルギーが大きいわけです。だから、あるグループの中で一番熱くなっている人が一番エネルギーを持っているわけです。だから集団のりーダーというのは一番「熱い」人がなりやすいものです。宗教的・スポーツ的・思想運動的団体では特にそうです。こうしたグループの場合は、一番熱い人が最適のりーダーかというと必ずしもそうではないでしょう。とかく自らの熱で目がくらんでしまうことが多いからです。大きく見えるのは確かですが……。熱すぎる人がいると、熱気が全部に伝わりやすく、また冷えたのがひとりいると全体がシラケてきたりします。自分特有の温度を持たない人の集まりでは特にそうなりやすいものです。どうも日本人は、ある集団が等温で、しかも熱いのをよしとする傾向があります。戦前はむろんのこと、戦後もそうであり続けました。今でさえそうです。そしてその方がエネルギッシュであり、大きな成果をもたらすと思い込んでいます。しかし熱エネルギーというのは内蔵しているだけでは何の働きもなく、それが「移る」時に発揮されます。つまり幾ら熱くても全体が等温では内部ではエネルギーとなり得ないのです。「温度差」が存在し、熱が移行することによって、はじめて活発なエネルギーが生まれるのです。いい大人たちが焚き火をしながら過ごすだけで、朝まで過ごしてしまう。これは何だろうと考えたら、この熱の移動ではないだろうかとボンヤリと思ったのです。一人ひとりのほどほどの熱の抑揚が、暗闇のなかの炎を中心にぽっと隣に移り、また隣へと移動し合う。こんな律動のようなものが、時間の経過を忘れさせてくれたような気がします。またこんな哲学的な思いを抱かせてくれるのも、焚き火の面白さではないかと再認識しました。一光さん撮影。励ましのクリックを
2009.09.13
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「ありがとう」という言葉、昔と現代では意味や使われ方が少し違ってきているように思いませんか?では「ありがとう」はどう変わったのでしょうか。「ありがとうございます」や「ありがとうございました」は従来通り大して変わったとは思えません。ただの「ありがとう」。これが変わったと感じます。これは目上の者が目下の者へ、また同輩や親しい者同士で使う言葉であるだけに、略されることも多く、案外使われませんでした。気軽な相槌的なものはともかく、心からの感謝の言葉を口にするのは何か面はゆいものでした。少なくともかつての僕がそうで、家族に(思っても)なかなか「ありがとう」とはっきり口にすることが少なかったと思います。目上に対しての、あるいは儀礼的な感謝の言葉は出やすい。しかし、同輩や目下にはなかなかいいにくいというのがその理由です。その「ありがとう」の中身が少しく変わってきたように感じます。儀礼から、より心に近くなり、深まり拡がってきました。最初にそれを意識きっかけは、あの日航機事故だったような気がします。死へとつき進むダッチロールの中で、何人かが震える字で遺書をのこしていました。その中に妻や家族への「ありがとう」がありました。死んでゆく自分が、家族へ遺す最高の言葉が「ありがとう」でした。この言葉は一生続く悲しい辛い思い出の中でも、遺族の心を照らし温めつづけることでしょう。あの状況下でこの言葉を遺し得た人たちの強さ、やさしさを思いました。この時僕でさえ受けた強烈なショックは、おそらく社会にも一般にも浸透していったのでしょう。TVドラマなどで、いまわの時に夫が妻が、配偶者に「ありがとう」をいうことが多くなったような気がします。いちまつの救いを余韻として残すシーンですね。歌手がステージのラストで「アリガトーウ!」と叫ぶのも、この頃から増えたように感じます。尾崎豊が死んだ時、本田美奈子が死んだとき、ファン達は涙にくれて立ち尽くし口々に叫んでいた。「ありがとう!」。ここでこの言葉により、彼らはもう一歩広いステージに出たことになりました。以来、この「ありがとう」という言葉が、ごく身近な言葉として使われるようになったように思います。少なくとも、僕はそのようになりました。「ありがとう」がいっぱい言える世の中こそ、ひかりが…。今日「焚き火の会」小雨が降っています、アリガトウ。(涙)励ましのクリックを
2009.09.12
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ひよこさんの日記に、ずっと老父の世話をしてきた長男のお嫁さんが、夫が亡くなって、続いて舅である老父が亡くなったため、遺産はすべてその実子兄弟にわたり自分は無一文になって家を出なければならなくなったという哀しい話しが書いてありました。生前に遺産相続の話しはしにくいものですが、やはりきちんとしておくべきでしょうね。僕も家を建てる計画途中では父が資金援助をしてくれると言っていましたが、建つ前に亡くなったのでその分の手当に苦労して、それが今でも続いています。という話しで思い出したのですが、いつか数学を扱ったアメリカの絵本に、カップケーキが人数分より一つ足りない、さあどうしましょ、そこで主人公の女の子、わたし、カップケーキアレルギーだからパス、そうすれば、ほら、みんな一つずつ分け合えるでしょ。なんてのがありました。算数にアレルギーが突然出てくるところが立派です。こんな教材使っていると、算数アレルギーはかなり減るでしょう。日本は数学も法律も、冷淡に割り切ることを求めます。たとえば、掛け算より割り算を先にやったほうがわかりやすいという子もいます。よくケーキなんかを放射状に八個とか十二個に切って上手に分けたりする、ま、仕切り型の子なんでしょうか。一つずつ足してゆくほうが得意な子には、カップケーキのほうが扱いやすいような気がします。僕の子供の頃は、ジャンケンをして負けた者が切って、勝ったものからとってゆくという方法をとったのですが、切ったり割ったりできないものもあるんですね。そういうときには、取っ組み合いで決着をつけるんです。親に分けさせると、ぜったいに弟にたくさんあげますから…。だから、僕のように数学嫌いができてしまうんですよね。励ましのクリックを
2009.09.11
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ここにきて急に寒くなってきました。実はこの12日に山荘で「焚き火の会」が行います。「焚き火」は文化だといって、「国際焚火学会(会長・浅井慎平)」という団体まであります。昨今は外で火を燃やす機会が少なくなってきましたが、星空の下でチョロチョロ燃える炎をみつめながらの料理でグラスを傾け、人生や文芸、恋愛論などを語り合うというものです。ある人が、ベツのサイトでmskの山荘でやろうと呼びかけたら、遠くは兵庫など各地から男女併せて10人ほどが参加することになって実現したものです。まったく顔も合わせたことがない、住む地域もバラバラの人が集まりどんなことにあいなりますことか、楽しみでもありコワイようでもあり…。残念ながら天気予報では曇りで、星空は見えそうにありませんが、薪だけは十分に用意したので、きっと楽しいオフ会になると思います。この薪というのは、きのこが生えやすくするために山掃除をしているのですが、木の枝などが風で落ちたものをもってくるという、いうなればきのこのためにも山掃除にもなって一石二鳥、そのうえ楽しんでしまうわけから三鳥ということで、僕としては恒例化していこうかと企んでいるところです。ところで、心配は寒さです。風邪を引かないように準備しなければなりません。風邪というと、ひきはじめの予兆としてクシャミがでます。人のうわさをすると、された人がくしゃみをするということもあります。また、「一ほめられ、二そしられ、三くさされ、四かぜをひく」ということばもあります。つまり、くしゃみ一回だと、だれかが自分をほめていて、二つならばそしって(悪態をついて) いて、三つだと、くさして(けなして)、そして、四つもくしゃみが出ると、くさされるどころか、それは風邪をひいたのに違いないというものです。なぜこのような、くしゃみにまつわる俗信が生まれたかというと、もともとくしゃみが出るのは不吉だという考えがあったからのようです。いまならば、くしゃみーつぐらい、たんなる生理現象として、たいして気にもかけないのですが、その昔は、それを神秘的なものと考えたのでしょう。また、くしゃみといっしょに霊魂が飛び出してしまう、とも思ったようです。清少納言の『枕草子』によると、くしゃみのことを、「鼻ひる」と書いています。「ひる」は「放る」という意味です。「ヘをひる」と同じです。それがいつのころからか「くしゃみ」と呼ばれるようになったのですが、それは、「鼻ひる」が出たときに「くさめくさめ」といって、おまじないのことばを唱えていたためで、その「くさめ」が転じて「くしゃみ」になったといわれています。……ちなみに、江戸時代はくしゃみが出たときに「ハ、ハッ、こん畜生」とか「くそくらえ」とか唱える風習があって、それがだいぶ後まで下町の職人などの間には残っていたようです。ただ『枕草子』によると、正月元日のくしゃみは、おめでたいものとして記されています。あれ、焚き火の話しから、いつのまにかくしゃみの話しになってしまいました。まあ、このようなでまかせのバカバカしい話しをしながら、夜が更けていくのを楽しむ。機会があったら、どうぞご参加ください。励ましのクリックを
2009.09.10
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みらいさんがおもわず笑ってしまったという「初恋の人からの手紙」、僕も貰ってみました。msk、元気にしてる?今でもGカップと付き合う夢を追いかけていますか?それを毎日のように私に言っていたmskをなつかしく思います。泣きじゃくる私にmskが「別れても連絡するから大丈夫だよ」と慰めつつパッタリ連絡が来なくなったあの日から、もう36年が経ったのですね。月日が流れるのは早いものです。お手紙を書いたのは、とくに用事があるわけではないんです。ただふと思い出して懐かしかったので、思いつくままに手紙に書こうと思いました。ふふ。驚いたかな?今考えると、私ってmskに対してひどいことばかりしたなぁと思います(汗)。mskはいつも私のこと包んでいてくれたのに、私は臆病で心を開けなかったし、「mskはどうせ私のカラダ目当てじゃない!」なんて暴言を吐いていましたよね。それは事実としても、もっと他の言い方がなかったものかなぁと反省しています。そういえばmskにとって初恋の相手が私だったんですよね?最初のころのmskは、なんだかキスするときも勢いありすぎて、歯があたってあのときは少し怖かったんですよ。慣れてくるとやけに自信をつけていましたね。「おれうまいだろ」って(笑)。私たちが付き合い始めたころ、mskは「こんな気持ちになることはもう一生ない。ずっと一緒にいてくれ」と言ってくれましたよね。「それはちょっと・・・」と思ったりもしましたが、嬉しかったです。そういう口だけなところもmskらしかったですね。恋愛を総合的に考えれば、私はmskと付き合えてよかったなぁと思います。当時は少し恥ずかしかったし疲れたけれど、私が男性のように強くなれたのも、mskがどこか頼りなかったおかげだと思っています。いろいろ書きましたが、私はmskのことがそれでも好きでした。これからもmskらしくいられるよう、そして当時のように武器屋になる夢をあきらめないで(笑)、幸せをふりまいてください。またいつか会いましょう。では。P.S. 愛と恋の違いを熱く語る病気はもう治りましたか? 【短評】しっかり者であり、リーダー気質。女性を引っ張るタイプだが、配慮もできる。ただし弱味を見せない。【あなたの恋愛事情を考察】mskさんは基本的に、ふられるよりはふる側になることが多いと思います。ふられる側になることがあるとしても、mskさんの気持ちが分からなくなった相手が、不安のあまり自ら逃げ出すような形でしょう。mskさんは、わりと恋愛において「強者」の側にいるのだと思います。また人に頼られるのは好きでも、何事も相手に頼ったり任せたりするのはあまり好きではないのではないでしょうか。それが相手を不安にさせるのです。「私、いる意味あるのかな」と。ここから言える、mskさんにありそうな問題点を列挙します。◆隙や弱味を見せないことで相手に不安を抱かせる。◆初対面でオーラはあるがとっつきにくい。かわいげがない。◆相手からするとmskさんの気持ちが分からない。◆結果として相手が不安になり、ネガティブになる。mskさんはそれを重苦しく感じる。いやはや、かなり当たっているような、でも、あたって欲しくないような…。自慢ではないが、僕の初恋は小学校だから身体を求めるだなんて、とんでもはっぷん。でも、恋っていうものはこんな風にパターン化してしまえるものですね。われこそは、ぜったい人とはちがうゾという恋はないものか…。励ましのクリックを
2009.09.09
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自分ではごくあたりまえのことを書いているつもりでも、世間様からはまったく受け入れられていないことということは、よくあります。いや、それは僕の場合だけでしょうが…。最近ちょっとブームになった政治ネタにしても、「二大政党制は少数意見の圧殺となり、真の民主政治とはいえない」などと書いたら、ランキングのクリックが0でした。言い訳がましいのですが、僕はブログランキング上位を獲るためというより、自分の書いた日々の日記がどの程度読まれたか、支持されたかを知るために置いてあるのです。単なるランキング狙いなら、きれいなおとぎ話や訓話でも書いているでしょう。といいながら、またキラワレゴトを書きます。以前にも書いた「ふれあい」という言葉。ひんぱんに使われている現代語のひとつです。しかし「ふれあい」って言葉、べ夕べ夕した感じがしませんか。握手、手つなぎまではともかく、抱擁や接吻などは他人の眼前でするのを憚かるというのが日本の文化でした。最近、公園や電車の中でイチャイチャ抱き合い、ふれあっているカップルがいますが、「若人たちよ幸多かれ」と祝福するべきか、「恥を知れ」と、蹴とばすか水をぶっかけてやりたいと思うのか、どちらが日本人の自然な心情なんでしょうか。「ふれあい」という言葉は、ここ二十数年ほど「交流」という意味で、地方自治体などが使い出して以来、温か味のある便利な言葉として、急速に繁殖しました。とにかく今は何かというと「ふれあい」です。「ふれあい広場」、「ふれあいロード」、「ふれあいタウン」、「ふれあいショッピング」、「ふれあいプラザ」「ふれあい公園」……数えてみれば「ふれあい」を冠した場所が全国になんと20~30万ヶ所もある(そうな)。それに「ふれあいの集い」、「ふれあい料理教室」、「ふれあいハイキング」、「ふれあい祭り」、などもご承知のとおりです。狭い日本にこれだけの人口がひしめいているために、否も応もなく「ふれあい」になってしまうのでしょう。これだけ「ふれあい」が多いと、一日中体のあちこちべたべたと触られ手垢にまみれたようで気持ちが悪い(いえ、不特定多数の場合ですよ。個人はベツ)。「(ふれあいは)何も体に触れるわけじゃない、気持ちが通い合うことですよ、と仰るのでしょうが、それでは「気の触れ合い」ですか、会うたびに互いに気が触れるなんて、ちょっとベツの世界みたい。ある言葉が時代のキイワードになるのは、その言葉が実社会において大いに実現され実践されているか、あるいは全く行なわれていないかのどちらかです。例えば「欲ボケ」は前者であり、「清貧」は後者でしょう。「ふれあい」も後者でしょう。満員電車やデパートのバーゲンなどで物理的な「触れ合い」はあっても、隣人すら知らないという生活の現況が、逆にこの語を増殖させているのではないでしょうか。「ふれあい」という言葉の蔓延は、真の「ふれあい」がない社会を表わしているのではないでしょうか、と。最近、飯島愛や大原麗子の死に代表されるように、現代人には孤独な人が多いものです。一見華やかな世界にいても、一歩外へ出れば雑踏の中、群衆に紛れてしまうだけにその孤独感はひとしお深いでしょう。山の中での孤独はあたり前ですが、群衆の中での孤独は一層ひしひしと辛いことでしょう。そこへ「ふれあい」という言葉が蜜のようにしみ渡っていくのです……。このように書くと、まるで「ふれあい」を忌み嫌っているように思われるかも知れませんが、「ふれあい」は大切です。とくにお年寄りやハンディのある人々には、その機会がどんどん提供されるべきでしょう。が、たてまえや名目やキャッチフレーズだけで、お手軽、安易に使われていることが気になるのです。めめしいといおうか、ことばに魂が入っていない。僕は友達とワイワイやるのが好きなほうですが、それでも「ふれあい」だけが目的で、それで事足れりでは、仲よしクラブの女学生みたいで何だか情けない。「ふれあう」のであれば、せめて酒(飲めなければ、コーヒーかお茶)でも酌み交わしながら、人生や文化、そして密かごとを語り合う、そのくらいの深みが欲しいのです。言葉だけの「ふれあい」はいやらしい。だって、「触れる」は「触る」と同義だから「触れ合い」は「触わり合い」です。言い替えてみると「さわりあい広場」「さわりあい商店街」「さわりあいのつどい」、やっぱりいやらしい…。励ましのクリックを
2009.09.08
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先々日、先日とわが山荘で「地域住民大学」という交流会がありました。メンバーには元教師や大学教授といった方々が多いのですが、僕の友人が事務局という立場で参加しているので、会場として使ってくれたわけです。昨日は緑陰講座で、僕に金子みすゞについて語ってみないかというご指名があり、前に講演した内容をベースにお話しをしました。OBとはいえ、元教師たちを相手に話しをするわけで、いい加減なことを喋れないなぁという気持ちもありましたが、結局いつもの僕のペースでやらせてもらいました。ところで人物観察が僕のライフワークのようなものですから、つい聴く方々の様子を観察してしまうのです。はじめに、「黒板お使いになりますか」なんて聞かれます。僕は人前で字を書くのがニガテですから、え、なんのために、とちょっととまどいます。なにか、黒板があって先生かいるという風景が、みなさん、わりあい好きなようですね。そして、事前に「金子みすゞになりたかった女の子」という、僕の書いた文の載っている冊子と、ノートと筆記用具をきちんと並べている人もいます。そういえば、昔こういう女の子がいたなぁと思い出しました。学級委員の副委員長に選ばれるタイプの子です。学校という形がとても合っている人です。物静かなわりには、したたかななやつ。ノートとりながら聴く人がけっこう多い。でも、講座とは名ばかりの僕の話です。「これは、僕の推測です」とか「ここは冗談」なんて言わなくてはなりません。するとそこでもペンが動いています。「今のは推測」「ここは冗談」なんて書き込みしているんでしょうか。もしかしたら先生方も、カルチャーに参加される方々も、学ぶということより学んでいる形が好きなのではないかと、思ってしまうのでした。ほんとうの学びって、けっきょくは興味をもつから学べるのであって、興味のないことは学んだつもりでも、すぐに忘れてしまうのではないでしょうか。いえ、これは僕自身においての話しですが…。ところで、きのうの先生方、これ読んでないでしょうね。励ましのクリックを
2009.09.07
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夕鶴の劇 小学校六年 原田義次先生 ぜったい言うなよこれ ほんまやでおれな 種田典子が大好きになったんやあの夕鶴の劇の練習の時おれが「よひょう」で 種田が「つう」になったやろそのとき先生は「原田 もっと ひっつけ ひっつけ」言うたねおれな もじもじしてたけど種田の手 ぎゅうっとにぎったったんやそんなら 種田もなおれの手 きつうにぎり返してきよったほんなら おれなもうポワーンとしてきてセリフ みんな忘れてしもうた「こらっ 原田 セリフ忘れたらあっけー」そのとき先生 きつう怒ったねけどな おれ あの時種田の手を きつうにぎった時何が何やら わからんようになった顔も 手もおれ からだ中 まっかになってしもうたそれからのおれもう 授業中も種田のことばかり 気になるねん種田も おれのかおみてまっ赤になりよる先生 人間て その人を好きになってしもうたら頭の中が そのことばかりで心が 燃えてきよる勉強も 種田のこと思うてがんばっている先生 このことぜったい だれにもいうなよ先生 ほんまやで ほんまやで皆さんの少年・少女時代はいかがでした。もしかしたら、原田であったり、種田であったりしたのでは…。励ましのクリックを
2009.09.06
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当地にまつり工房という和太鼓の指導や製造を行っている会社がある。もともとは僕のながい友人でもある北原永(ひさし)君が立ち上げた「むげん隗」という和太鼓グループから発展したものであり、社員は太鼓技術者でありプロ演奏者であり、指導者でもある。ちなみに、そのまつり工房に所属する太鼓チームは「大太坊」は全国和太鼓コンクールで2年連続優勝するなど、その実力は折り紙つきのグループ。実はこの祭りのリーダーともいえるこのチームの1部は、お盆の13日にわが山荘に演奏や太鼓体験などに来てくれている。そのまつり工房を中心に、伊那谷の太鼓グループが集まって演奏する「伊那谷太鼓まつり『熱響』」という催しがあって聴きに行ってきた。伊那谷は太鼓チームが多いので、出場するチームは毎年交代で出場し、出ないチームは会場整理などの裏方をするということで続いている。会場は駒ヶ根高原スキー場に舞台を組み、スロープを観客席にするというスケールの大きなもの。花火などとコラボになった迫力ある舞台を堪能してきた。それにつけてもと思う。和太鼓というと男性的なイメージが強いが、最近は女性の打ち手が多くなってきた。単なる力業というより、力強さのなかに繊細さを秘めた演奏が楽しめる。それも、太鼓演奏の作曲化がすすんで、演奏するバリエーションが増えたことが大きいのではないだろうか。男の汗を感じる色っぽさもいいが、女の笑みからもれる妖艶な艶っぽさもいい。そしてゲスト出演した石川県七尾市の「七尾豊年太鼓」にも魅了された。一台の太鼓を、若いとはいえない10人ほどの打ち手がつぎつぎに叩いていくのだが、表情が豊かで、演奏のメリハリなど若者達の力で押す演奏とはひと味もふた味も違う、味わい深い演奏だった。日本の各地で、このような伝統芸能が息づいて残っているだろうことを思うと、演奏を聴きながらなにかこみ上げるものを感じた。ここでも写真などで、一部を伝えてはいるが、太鼓だけはオリジナルでないとその良さは感じられないとつくづく思う。ビデオやDVDもあるが、媒体を通じてはその感動は100分の1も伝えられない。それは、太鼓演奏は音や演技だけでなく、空気だからと思う。空気の揺れが、打ち手の熱や魂が、耳だけでなく全身のあらゆる感覚に共鳴し、太鼓が官能としても感応としても浸透してくるからだと思う。来年は、「熱饗」鑑賞ツアーでも計画し、この感動的な舞台をひとりでも多くに伝たいとも思った。翌々日、お疲れさまのビール箱を届けに工房を訪れたら、北原君など主力メンバーはすでに太鼓指導ということで全国に散って留守、残ったメンバーが静岡大学の和太鼓チームなどの稽古をつけていた。まつり工房のエネルギッシュさは太鼓演奏だけでなく、すべての活動そのものにゆきわたっていた。もしまつり工房のエネルギーに触れてみたいと思ったら、ブログの私書箱に連絡をくれれば、ご案内しましょう。火傷してもしらないよ。励ましのクリックを
2009.09.05
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祗園精舎の鐘の声、 ぎおんしょうじゃのかねのこえ諸行無常の響きあり。 しょぎょうむじょうのひびきあり娑羅双樹の花の色、 しゃらそうじゅのはなのいろ盛者必衰の理をあらはす。 じょうしゃひっすいのことわりをあらわすおごれる人も久しからず、 おごれるひともひさしからず唯春の夜の夢のごとし。 ただはるのよのゆめのごとしたけき者も遂にはほろびぬ、 たけきものもついにはほろびぬ偏に風の前の塵に同じ。 ひとえにかぜのまえのちりにおなじそんなに遠い昔でない昔、この国に奇妙な怪物がやってきました。人々が見上げるとそれは虹色にすきとおって見えました。その怪物は空気でできているらしいのです。昔の見世物に「空気獣」というのがあり、それはふくらんでグニヤグニヤしたもので、どうも牛の胃袋に空気を詰めたものだったらしいのですが、この怪物はちがいます。ぶわんぶわんと国中をはね歩き、なんと地面を片端から食べていくのです。百坪二百坪の土地をベロリベロリと食べてしまいます。地面が一番好きで建物も好きで、不思議なことに絵画とか屏風なども食べるのでした。そしてフンをしますが、それは地面やビルや絵画までもが、空気で何倍にもふくれ上がって虹色に輝いて出てくるのです。フンがあまりきれいなので人々は争ってつかもうとしました。それをつかむと自分も虹色に輝き、みんなにうらやましがられるのでした。うまくフンをつかんだ人は好みが変わって車なら「便通」べんつとか「屁羅痢」ふぇらり、持ち物や着る物は「尾豚」びとん、「斜寝」しゃねる、「得雌」えるめす、「愚痴」ぐっち、「或魔尼」あるまになど異国からの渡来物でかため大いばりです。それに煽られてふつうの女の子までが「尾豚」をぶらさげて歩く始末です。人々は血眼になってその虹色のフンをつかもうと「便通」や「便屁」べんぺに乗って走り回り、大騒ぎしたのでした。ところがその怪物は国中を荒し回ってどんどんふくれ上がり、いきなりバッチーンとはじけてしまったのです。あまり突然だったので人々は空足を踏んだり、六方を踏んだり、ずっこけたり、ひっくり返ったり、逆立ちしたりしました。すると、それまであの怪物は国のためになるとか国の力を表わすとかいっていた連中も、あれは実に下らないものだったなどといい出し、残されたフンも虹色の輝きが消えました。フンを沢山つかんだ連中は何とかそれをかくそうとしましたが、匂うのですぐバレてしまいます。うらやましがられていたのが急にみんなにバカにされました。とにかくあの悪い怪物がバッチーンとはじけてみな安心しました。死んだと思ったのは当然です。ところがこなごなに飛び散ったひとつひとつは生きていたのです。あの「ゴブリン」に似たこの「ぱぶりん」(日本生まれだからひらがなです)は小さいので前のように地面をベロリとひと呑みにはできません。そのかわり人間にとりつきはじめたのです。とかなんとか、いろいろあってひとつの時代が終わり、またつぎの時代がはじまる。いろいろ反省すべきことは多いだろうけれど、時代というものはひとり一人の意思とはべつに、さまざまに形を変えて、取り憑いていくのだろうな。この先、自覚的な人々はどのくらい増えていくのだろうか。励ましのクリックを
2009.09.04
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『源氏物語』の紫式部、『枕草子』の清少納言、『更級日記』の菅原孝標の女(むすめ)、『蜻蛉日記』の藤原道綱の母など、平安時代には女性が文筆面に進出し、女流文学が開花しました。面白いのは、菅原孝標の女(むすめ)とか、藤原道綱の母などと名前が定かでないのに、作品名が有名になっていることです。当時の社会では、男は漢字を常用しており、文字が読み書きできるのは、貴族、僧、神官など一部の階層に限られていたからでしょう。文字を使う習慣がなかった庶民の間では、名前もあだ名のように通称で呼び合っていたと思います。父親は花子とつけたつもりでも、ジイサンバアサンは花チャンと呼び、兄弟はハナッペ、友達ははなさま、ボーイフレンドはハーコなどと呼んでいたのでは、どれが名前だったのか本人もわからなくなってしまったのかも…。ともかくも、平安時代はわりあいのんびり時代でしたから貴族には自由恋愛も流行ったのですが、相互の意思を伝えるのには女も文字を読み書きできないと不便ということで、かな文字が発明されたわけです。これは恋文を交わすのにまことに便利だったものですから、女性文字として宮廷の貴族階級の女性たちの間に和歌なども流行し、また、かの君とのチョメチョメも日記として書き残すなど定着していったわけです。女性が平易なかな文字を使用し、さまざまな密か事などをこと細かに書きだしたことが、男たちより一歩先んじて文学活動として発展し、作品を書き、鑑賞するようになったわけですから、日本語にとって平仮名の発明は画期的なことだったわけです。かな文字の平易さが、恋文としての相聞歌や女流文学の洗練をうながしたことのほかに、当時の女流文学の出身者の多くが中流貴族だったということも見のがせません。これは京都にのみ居ついている上流貴族と違って、受領(地方長官)程度の中流貴族は地方に任官することも多く、彼女たちは父や夫とともに旅をし、見聞を広げ、いろいろな男たちとも出会い、豊富な(?)体験をして、文学の糧を得ていたものと思われます。つまり恋文をせっせと書くことで文章力も高まり、世界に冠たる女流文学が生まれたといっても過言ではありません。メールばかりでなく、恋文も書きましょうね。たまには、僕の日記もためになることを書くでしょう。マツタケたくさん手に入りました励ましのクリックを
2009.09.03
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芸能人の薬物汚染について、いまさらとやかくいうつもりはない。覚醒剤ももともとは戦時中に軍が疲れ切った兵隊をシャキっとさせたり、恐怖心なく敵陣に突撃でかるような精神状態にするために使い始めたクスリであるから、医師などの専門家が適量を上手に使えれば、むしろタバコなどよりいいクスリかも知れない。しかし、自分をコントロールできない輩が使い始めたら、それは破滅するしかない。いわば自業自得である。こんど話題になっているタレント夫婦も裁判では「改悛の情著しい」ことや「その後深く反省し」ているなどとなって、執行猶予がつくのだろうか。この選挙結果を受けて、自民党の幹部たちも「心から反省します」だの「不徳のいたすところでゴメンナサイ」などとあちらこちらで頭を下げていることだろう。最も罪が重いとされる麻生首相も反省の日々のようだ。日本では基本的には、反省すれば、罪や罰が軽くなるのは当然ということになるのだろう。赤ちゃんが客のひざでお洩らしをする。大騒ぎになるが誰も赤ちゃんを咎めない。赤ちゃんも反省しない。……反省する赤ちゃんなど見たくはないが。「反省だけならサルでもできる」というCMが昔あったが、あれの下敷きになっているのはご存じ「反省ザル」で、猿回しが「反省!」と声をかけると片手をついて反省する、のではなく反省の形をする。いうまでもないが、本当に反省しているわけではない。反省だけはサルでもできないのだ実際は。さて、被告、赤ちゃん、サルとくれば今度は政治家だ。さすがにサルと違って反省は得意らしく、最近は反省ばかりしている。不祥事を起こすとまず知らん顔をし、それがムリだと両手をついて反省する、と口に出していうのであって、本当に反省しているわけではない(ようだ)。とにかく彼らの「反省」は風当たり軽減を狙ってのことであろう。頭を下げれば風は頭上を素通りして行ってしまうという寸法だ。さて僕はなにを言いたかったのだろう。「反省さえすれば許されると思うな」というのが趣旨のように見えるだろうが、実はそうではない。「反省する奴ほど罪が深い」のだ。つまり反省する奴ほど、罰は重くあるべきだ、といいたい。なぜなら彼らは善悪を判断し得る能力を持っていながら(たぶん)過ちを犯したからだ。赤ちゃんやサルがおしっこを漏らしても咎めないのは、彼らがそれを悪いと思う能力を持っていないからだ。「心神喪失」や判断力の欠如が罪を軽くするなら、その対極に位置する「反省できる」能力のある者の罪は一層重くなるはずではないか、といいたいのだ。ところが、「反省」は「心神喪失」と同じく罪軽減の方向に働いている。刑罰では事後の社会適応性から反省をプラスと見ているらしいが、これは一種の便法であって、理屈に合わない。ともあれ、反省は心の中でならともかく、軽々に口に出すのは考えものだ。わかっていながらやっちまった、またやるかも、と白状しているようなものだから。いや、こんなことを書いていながら実は尻のあたりがもぞかゆい。あまりこれについては述べる資格はないのであるからして、反省!励ましのクリックを
2009.09.02
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僕がヘソマガリのせいでしょうか、このような歴史的な選挙結果をみて、ウキウキした気分になったのは昨日の半日くらいで、後はどことなくほの寂しい気分を感じてならなかったのです。自民党が大敗した。それはそれで喜ぶべきことと思うのですが、ほんとうに民意の結集でそうなったのか、小泉旋風のときもそうだったようにマスメディアの空気にみんな乗せられた結果ではなかったか、みんなが動く方につられて選挙民が動いたからで、政策の善し悪しが決めたのではなかったのではないかと…。ひとりひとりが、自分の頭で考えて生きるという訓練ができていればもっと違った結果がでたような気がする。よらば大樹の、日本人流オトナの行動様式を感じるのですね。その点、子どもは大人をただ「見ている」のだと思います。僕もかつてはそうでした。大人の立派さを見ているわけでも、批判しようと厳しく見ているわけでもなく、ただそこに居るから見ているのです。結果、大人のバリエーションを見ていることになるのだと思います。ただ、今、大人のバリエーション、かなり少ないような気がします。子どもにはすぐ飽きてしまうぐらい少ない気がします。それは、大きな流れとか、大きなものに添っていれば安心という防衛本能、自己保身が、似たような顔(行動様式)の大人をつくりだしているからではないかと思っています。そうした大人は、時代の雰囲気で劇場型の小泉旋風に流れたり、小沢マジックに流れたり…。ほんらい、人の生き方や考え方は千差万別ですし、政治に求めるものもさまざまだと思うのです。政党による得意不得意もあると思うのです。小泉・竹中路線が“勝ち組”になる人たちにとっては良い(?)政治をしたように、その他の負け組にとってはベツの、自分の欲求にあった選択をしなければならなかったはずです。しかし、大多数の“大人”は、流れをみて、ただ大きい流れについて行く。子どもの頃は、もっと自分の直感に正直で、どっちが人数が多いからそっちに行くとかいうようには考えなかった、もっと自分の欲求に忠実だったと思うのです。イワシや鯖は、一尾で泳いでいては恐いから身を守るために先頭の導くままに大群で泳ぎ、それゆえに先頭の一尾の判断ミスで一網打尽にされたり、クジラに群れごと飲み込まれたりします。それが先の大戦になだれこむ日本ではなかったかと…。もし、小グループごとに自分の頭で考える行動だったら、人間やクジラに狙われる危険性も減るんじゃないかと思います。こんなふうに考えるのも、大人になりきれないオトナの戯れ言でしかありませんが…。励ましのクリックを
2009.09.01
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