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あなたはだれのものでもない あなたは ただ あなたのもの はるのひかりが あなたにふれて あなたをのばすこれは、『からゆきさん』の著者で知られる森崎和江さんのエッセイ「光の海のなかを」の一節です。森崎さんが思春期を迎えた娘へ送ったメッセージです。日本人にとって、歳末・元旦とつづくこの時間はとてもよい習慣だなと思います。もちろん、どの国の人々にもNew Year's Dayで、喜ばしい日としてお祭りをする習慣があるでしょう。しかし、僕がいいなと思うのは、この時間を期してさまざまなこころの更新をする日本人の習慣です。「今年は」「今年こそは…」と新年を迎える。初日の出を拝む。そうやって、二年参りで新しい年への決意表明をしてくるわけです。ちなみに「元旦」の「旦」の字の下線は地平線を表わします。つまり、「地平線から昇りつつある太陽」を意味します。上記の詩は、森崎さんの初潮を迎えた娘さんに対して、こころを込めてつづった詩でもあります。初潮もまた、女の子から女性としての階段をのぼる“女性にとっての日の出”という意味と、とれなくはありません。昔は(今でも?)、女の子は初潮をみると、母親は赤飯を炊いて一人前の女になったことを祝いました。今だったら、レストランで食事でもして祝うのでしょうか。清浄しい元旦という日も、社会にとっての、家族にとっての、一人ひとりにとっての初潮のようなものではないでしょうか。初日の出に、一歩大人となった自分を自覚して新年の決意を固めるわけです。森崎さんの詩はつきのようにつづきます。 わたしはだれのものでもない わたしは ただ わたしのもの はるのひかりが わたしにふれて わたしをのばすあなたはあなただけのもの、わたしはわたしだけのもの、新しい年のひかりがふれることで、あなたもわたしも、もう一段おとなとなり、おとなとしての自覚を固めるわけです。ゆく年よありがとう、くる年もよろしく。2010年こそ、みなさんとともによい年に!励ましのクリックを
2009.12.31
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男が男のからだのかたちしてしか 生きることのできないのはくやしい かたちのないこころだけであったなら もっと自在にあなたと交われるものを だがことばよりもくちづけで伝えたいと そう思うときのこころのときめきは からだなしでは得ることができない いつか滅ぶこのからだなしでは こころがどこをさまよっていようと こころがいくつに裂けていようと 女がただひとつのからだのかたちをして いま私のかたわらにいるのはかなしい「からだ」と題された谷川俊太郎の詩です。からだとこころをあわせもって生きている私たち人間の、なんと複雑でなんと切ない存在であることか…。僕は「からだ」をもっぱら「身体」と書きます。もちろん、これは表記上は「しんたい」と読むほかなく、国語の漢字テストに「からだ」とでていたら「体」と書くのが正解です。でも、なぜか「身体」と書きたくなってしまいます。「体」では、なんとなく居心地ならぬ書き心地が悪いのです。少しく気になって、手元の国語辞典で「体」を引いてみました。からだ〔体〕 「だ」は接辞。動物の頭から手足の先までをひっくるめた言い方。古くはなきがらの意に用いられた。み〔身〕 (心を包むものとしてとらえられた)生きている人のからだ。その人自身。なるほど、なるほどと思います。「体」ではなにか物足りなく、「身体」と書いていたわだかまりは、これで納得がゆきました。さらに驚くのは、その説明に続いて並べられた〔身〕のつく言葉の多さです。「身につける」「身を人れる」「身につまされる」「身を粉にする」「身に余る」「身を落とす」「身から出たさび」「身にしみる」「身も世もない」「身を切る」「身をこがす」「身をやつす」…etc。「身(み)」という言葉は、「体」と「心」、「自己」や「立場」というふうに、いろいろな意味に置き換えることができます。「身(み)」は、単なる体でもなければ精神でもなく、精神である身体、あるいは身体である精神としての「実存」を意味しているわけですね。いまさらながら、「身(み)」の言葉がもつ奥行の深さに感じ入ります。ということで、あるいは今年もあとわずかになりました。「こころ」はもちろん、その「容れ物」の方も大切にお過ごしください!励ましのクリックを
2009.12.30
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年賀状を昨日、自分で発行している文芸誌を今日発送を終えてホッとしているところです。見たかったフィギアのテレビも見られず(中野チャン好きだったのに、残念!)、好きなブログも読めず…。しかし、ブログでこうして思いつくままに書くのとちがって、自作品を仕上げるときのプレッシャーはちょっとした苦しみであり、(仕上がったときの)快感でもあります。例えば恋愛小説、あれはまったくのフィクションでは書けない部分があります。結局、作品の中に自分を放りこんだり、過去の思い出をたぐり寄せたりして自由にあそばせるんですね。たとえばこんな感じ…。 小さな日記にっづられた 小さな過去のことでした 私と彼との過去でした 忘れたはずの恋でした(詩は原田晴子さん作詞の「小さな日記」です。)もちろん、生身の自分が遊ぶのではなく、空想の中にいる自分であるわけですが、頭で考えて組み立てるというわけではなく、妄想や願望が勝手に歩き出してあんなことやこんなこと(笑)をしてしまうわけですね。これを読んでいるはずの執筆者の皆さん、ほんとうにご苦労さまでした。 ちょっぴりすねて横むいて 黙ったままでいつまでも やがては笑って仲なおり そんなかわいい恋でしたいや、こんなかわいい恋をしていた時代をもう一度折り返してくるほどの歳月を経ているので、かわいいだけの恋などできようもないのですが…(笑)前にも書いたように、今年は尊敬する人や大切な人を何人も亡くしました。そういった感傷や、黄昏ゆく年代なりの自分の生き方、そんなものを織り交ぜながら書いているうちに、胸の中はぐっしょりと濡れている気分になります。ええ、おねしょではありません(笑) 山に初雪降るころに 帰らぬ人となった彼 二度と笑わぬ彼の顔 二度と聞こえぬ彼の声親しい人や大切な人が亡くなると、ああ、あの人とはもう永遠に会うことがないのだなとは誰もが思うことですが、実は、こうしている一分一秒も、二度と会うことのない過去となりゆく時間なのです。子どもの頃、自分には永遠の時間が与えられているような気がして、随分ムダ使いをしてきました。いや、ついこの間までそうでした。ちょっとキザないいかたをすれば、人や土地とのであいは恋のようなものかも知れません。異性と性で結ばれるだけが恋ではなく、心とココロが重なったりつながったりするのも恋。そういうことでは、ときには男同士の恋もいいものですし(笑)、人ばかりではなく、初めての土地での景色や風土。もう、淫乱多情といわれようがやめられません。 小さな日記につづられた 小さな過去のことでした 二度と帰らぬ恋でした 忘れたはずの恋でした今は、どのくらい自分の時間が残されているのかわかりませんが、意義ある出会いを大切に、それらの刻みゆく経過を文章としてのこしてゆければと思っています。ここで出会った人たちとの時間も、これから出会うであろう人たちとの時間も、これから刻み続ける一分一秒が、二度と繰り返すことのない大切な時間となるはずですから…。この「小さな日記」という歌が流行ったのはいつ頃だったでしょうか、たしかフォー・セインツというグループや何人かの歌手がカバーしていたと思います。励ましのクリックを
2009.12.29
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「モナリザ」の神秘的な微笑を見ると今なおいろいろな想いを抱かせてくれる。モナリザほどでなくとも、親しい人の微笑と出会うと心がなごむ。その人が今持っている明るい気持ちがこちらに伝わってくるからだろう。テレビ界はお笑い芸人全盛である。笑いは人の心を解きほぐしリラックスさせる。しかし、ことさらつくられた笑いより、かすかなほほえみのほうが見る者をなごませるのは、ほほえみのほうがより素直に心を表わすからかもしれない。それに、ほほえみというのは、その人の一番美しい表情であることが多い。だから世界のどこでも、ほほえみが好意を表わす共通語となっているのだろう。ところが、いつもほほえみを浮かべていながら実は鬱病という人が増えているらしい。ほほえみっぱなしなら「躁病」だろうと思うが、これも「鬱病」だという。鬱病もいろいろなタイプがあり、周期的な鬱病だと毎年秋から冬にかけて家に閉じこもり、20キロも痩せてしまう人もいるようだ。また失恋や対人関係などをきっかけとする心因性のものも多いのことろう。僕などは不定期的にふさぎこむのだが、妻にいわせるとこれは「金因性鬱病」というのだそうだ。現金が入るとすぐ「躁」になるという現金な病だ。鬱病なら暗く沈痛な表情が自然だとおもうがそうでない。だが、考えてみれば、こうした心情と表情の不自然なズレは子どもにはほとんどなく、大人になって多くなる。心のズレによる病をもつ人は、表情を観察していると、顔の上半分と下半分の表情が違うことに気づく。眼が泣きそうなのに口が笑っていたり、上半分は喜んでいるのに下半分は怒っていたりで、こういうのは「顔が不自由な人」ともいえるのかな。「顔が不自由な人」というのはひらたくいえば「ブス」という言い方もできる。これは政治家に多いように思う。表情からいえば笑っているのに、眼だけが鋭く怒っている。某党の幹事長などもこんな感じと見られる。ああした心情と表情のズレが拡大してゆくと、大人の「鬱病」にまで及んでゆくのかも知れないとしたら、日本国にとってもゆゆしき事態だ。日本人独特のあいまいな笑いはとかく外人にキモチ悪がられるようだが、それは実際には、いつでも微笑んでいるからというこどではなく、心情と表情のズレを見てとられているからかも知れない。僕もいつもエヘラエヘラとほほえんでいると思われているフシがあるが、それは単におバカなだけである。励ましのクリックを
2009.12.26
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酒の季節、そしてクリスマスイブ、皆さんは今日は家族とシャンパンでも飲んでいるのでしょうか。明日はわが山荘に不思議なメンバーたちが集まって、クリスマスならぬ「満月の会」が行われる。メンバーは自称・他称文化人といわれる人たちが多く、いつも楽しい酒会となる。ところで、日本人と外国人の酒の飲みかたの違いはあるのだろうか。以前、ヨーロッパに行ったとき、ドイツ人たちは、いつでもまるでコーヒーでも飲むような調子でビールを飲んでいた。僕も嫌いではないのだが、昼間から積極的に飲もうという気にはならない。日本人は総じて、酒に対して一種構えてしまうような気がする。外国映画で、さり気なくサイドボードからウイスキーのびんをとり出して、水でもすすめるようにコップにつぐ、といったシーンがある。つがれた方も「ええっ、昼間から酒ですか」というような驚いた顔もしないで「サンキュー」といいながらクイッと一気に飲み干す。さりとて泥酔、大虎になるような場面もあまりみられない。これが日本人だと、酔わなきやいけないみたいな、落ちつきのない酔っぱらいができ上がる。親しい居酒屋の亭主がいるので聞いてみた。酔っぱらいで、いつもいちばん乱れるのは学校の先生方の宴会、次にお役所関係とか経理士さん、そしてお医者さんに法曹界など…、とにかふだんおかたい順に大変です、と語っていた。なるほど日ごろ抑制している人ほど、酒が入ると、“さあ行くぞ!”みたいな感じになるのだろうか。そういえば、わが山荘でマスコミ団体の宴会があったときもなかなかの賑わいで、余裕をもって在庫してある酒では足りず、途中で買い出しにいかなければならなかった。つまり多くの日本人にとって、酒はことの始まりではなくて、うっぶんと愚痴のはけどころ、事後処理用でもあるようだ。“酒は涙かため息か心のうさの捨てどころ”こんな貧しい酒の飲みかたは、酒を冒涜していると同時に、時間のムダであり、身体のためにも良くない飲みかただと思う。僕は、“酒を飲まないのは人生の半分を知らずに過ごすものだ”と極論しているが、しかし“酒は楽しく飲むべかりけり”で、“つまらない酒は人生半分捨てている”ようなものだとも思う。バカ騒ぎする楽しさより、ほどほどのアルコールによって、おいしく料理を食べ、楽しいお喋りをし、胸襟を開き合う。ときにほどほどの色っぽい気持ちを交わしてみる。つまり、決してことの終わりの吐けどころではなく、いつも出会いや、何かの始まりの乾杯であり、精神をリフレッシュさせるのが、いい酒の飲み方だと思っている。さて、皆様方ともいい酒を交わしたいもの、メリークリスマス。励ましのクリックを
2009.12.24
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たまたま載っていた写真だけれど、記事とはまったく関係ありません。ただの好み?(チャウチャウ)しかし、ここまでくればなかなかの肉体。昼食に行った先の店の週刊誌に、例の、周辺の男たちが次々に不審死するという詐欺女の記事が、写真入りで載っていた。なんでこんな小錦みたいな女にだまされてしまうんだと思ったのだが、料理はプロ級だというし、アノ方もテクニシャンだったんだろうか。以前にブログに書いたことがあったが、女にだまされやすい典型的十パターンというのがある。もちろんこれは僕の言うことではなく、週刊誌ネタだ。 1.ルックスに自信を持ちすぎてる男 2.あるいは反対に身体においてどこか劣等感が強い男 3.育ってきた過程において、何らかの理由で母親像を通し、女を憎むか軽蔑している男ないしはマザコン 4.女の外見や知名度のみ追う男 5.自信満々ひけらかし型 6.強力助平タイプ 7.憂国の志士、または全学連、赤軍派風 8.他力本願甘ったれ男 9.SF思考、楽天ユートピア志願、ET型 10.世の中金が全てのゴールド信者、数学博士タイプ女にだまされやすいというのは、もてないということとイコールであるのだが、なんだなんだ、こんなにならべたらほとんどの男のタイプが入っしまう。どんな男でも多かれ少なかれこういう部分を本性では持っているものだ。ちなみに、男にだまされやすい女性のタイプ典型的ベストテンも載っていたので、ここに列挙させていただく。 1.男まさり強気型 2.フランス人形型 3.占い過信型 4.超セックス好き型 5.暗い家庭育ち型 6.外人男性好み型 7.新劇女優型 8.エセ仕事女性型 9.教師の娘型 10.街頭署名運動型とあったが、胸に手をあてて揉んでみてください。あてはまるものありますか?総じていうと「自分の意思、信条がはっきりしないくせに、自己主張が強い人」ということにでもなりますか。つまり甘ったれで、コンプレックスと優越感のはざまを振り子みたいに揺れているということになる。いや、これは僕がいうことではなく、単に週刊誌の受け売りであるからしてお咎めなく。励ましのクリックを
2009.12.23
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日本人は、その英語力ゆえに国際的交渉ごとに弱いということはよく言われる。そういったこともあってのことだろうか「全国高校生英語ディベート大会」というのがあって、わが街の伊那北高校が先日の全国大会で優勝した。大会は都道府県単位で選ばれた64チームが出場「日本国政府は派遣労働を禁止すべきである。是か非か」をテーマに、肯定側と否定側に分かれて是非を論議を競ったという。 ディベートとは、平たく言えば「口ケンカ」だ。僕は口ケンカにはからきし弱く、絶対自分のほうが正しいと思っても、妻にはいつもいいようにやられてしまう。だから口ケンカは(なるべく)しないと決めている。負けるとわかっているものをするバカはいないだろう、と理屈ではおもうのだが…。それだとストレスが溜まるから、悪口はこっそりとブログに書く。他人の悪口を書きはじめると、背中のかゆいところをかいているときに似て、上のほうもかきたい、あ、そこそこ、そこの右の下もかゆい、という感じで、指が左右上下に移動し、結局はボロクソに書いて、そのときは気分いいが、それをうっかり読まれたりして、あとでしっぺ返しを食うことにも…。伝承ごとに造詣のある先輩に「ケンカは神への申しわけ」ということを聞いて、なるほどと感銘した。よくある裸祭りはたいていはケンカ祭りで、山の者と田の者とのケンカが定番のパターンで、勝ったほうが幸福になって、負けたほうがその年のヤクを背負うことになる。ケンカも本気で血をみるバトルをしたら戦争となってしまうので、古来よりケンカの儀式が行われてきた。綱引き、棒倒し、歌合わせなど、儀式化したケンカがいろいろとある。博打も無言のケンカだと思うし、競輪、競馬といったギャンブルは、フォークロア的解釈をすればケンカの代償行為で、だれが勝つかは、神がきめるということだろう。そういえば日本の神は、神話などをみてもよくケンカをし、夫婦ゲンカするケースもよくでてくる。男の神と女の神とが激しく争って、一番もめたのは結婚であって、仲人というのはケンカの仲裁役であった。つまり、仲人は公正取引委員会のようなもので、夫婦とは本来的にケンカをするようにできていて、夫婦の存在理由はケンカするためにある。ケンカも仲直りするまでの道筋といものがあって、そういえばあれほど激しいケンカをした両親が、朝には仲良しになっている理由が子どもの頃にはトントわからなかった。磯野貴理ももう少しケンカ上手になれば別れることもなかったのではないかと…、よけいなおせわか。昔は、村と村とのケンカは、その多くが水争いで、農業に関係していたが、それが昂じて村どうして悪口を言いあう習慣があったという。これは、本気になって血をみないための智恵のようなものだったろうが、悪口には日ごろの練習が必要となり、村どうしの悪口合戦のときは、村人が一堂に会して、虚実いり乱れて相手の村をけなしあった。言い勝った村のほうが豊作になると信じていたから、みんな勝とうと努力した。隣村との悪口合戦は、ぞくぞくするほどスリルがあって力がはいったと思う。「やいやい、おまえの村のカボチャはまずいぞ」「なんだア、そっちの大根はヘンなかたちなのにパンツも履いてねえらぁ」「ふざけんなハゲ村長」「なんだブス助役」「ガタガタぬかすなチチタレおんな」……と、朝から晩までやりあえば頭がすっきりするし、ケンカは神への申しわけなんだから、神様も喜んでくださったのだろう。そうした習慣が、ヒンが良くないというような理由で廃れてきたから、日本の国際交渉力は弱くなるし、こっそり陰で悪口をいって鬱憤をはらす人々は増えるし、地域は陰険になるし…で、なんでもかんでもキレイゴトばかりの社会は良くないという反省から、高校生のディベート大会というものができたのだろう、というのはいい加減なディベートだ。優勝したわが伊那北高校は「高校生ディベート大会」日本チャンピオンとして、2月にカタールで行われる世界大会に出場するという。いわば口ケンカの世界大会ということだろう。国際紛争についてもこの手をつかったらどうだろう。キリストもイスラムも仏教徒もみんな神様をもちよって、その前で紛争はすべてディベートで勝負をつけるということにする。これをやったら、口の勝負だから各国とも女性主体にチームを組んで出してくるだろう。すると、日本からは田中真紀子とか連坊とかが出て行く。アメリカからはクリントン女史、北朝鮮からは、あの居丈高な女アナウサーが出てくるような気がする。イスラムは女性弁士の少なさに気づき、女性の地位向上が進むかも知れない。判定をめぐって、つかみ合いの紛争がおきたりしなければよいが…。賛成の人はクリックを
2009.12.22
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「あれは誰々の女だ」などというと、愛人であるかのように誤解されてしまう昨今であるが、その昔、平安時代の女性にはきちんとした名前がなく「誰々の女(むすめ)」といった呼び方が普通だった。もっとも男だって、貴族や僧侶など官職でない我々の祖先は「○○村の与兵」などと呼ばれるのが一般的だった。ところで、 ・大江雅致の女 ・藤原為時の女 ・清原元輔の女この三人ムスメのうち、一番の美人はだれでしょう。見たことはないが、個人的主観では藤原為時の女だと思う。この女性のまたの名は紫式部といった。なんたって『源氏物語』の作者だから、1位というもんだろう。ちなみに大江雅致の女は和泉式部で、清原元輔の女は清少納言であるから、みんなならべたらよだれがたらりで甲乙つけがたいのかも知れない。もうひとり美人で忘れてはいけないのは、小野篁(たかむら)の女で、この人は小野小町である。昔は男中心社会であったから、ムスメに名前をつけて、独立した人格として記録に残そうとする習慣がなかった。女は、誰それという有名な男のムスメなのである。現代の価値観でいわせれば、男女差別云々以前の問題だろうが、このような書き方は女性キャラクター表示としてはじつにわかりやすい。 菅原孝標の女 藤直後成の女 大納言久我雅志の女この3人などは、これのみが名前として残っている。菅原孝標の女は『更級日記』の作者である。名作をのこした女流作家であるのに、名は単に菅原孝標の女である。藤原後成の女は『無名草子』の作者とされるが、竣成の息子には、有名な定家がいる。しかし兄妹のムスメのほうは、これだけだ。しかし「竣成の女」と聞くだけで世間は「さもありなん、なるほど…」とうなずいたのだろう。大納言久我雅志の女は『とはずがたり』の作者である。ここで現代でみると、吉本隆明のムスメを思いうかべる。吉本隆明は僕らが青春時代のスター論客であった。したがって吉本ばななは僕らの世代には「吉本隆明のムスメ」という説明が一番わかりやすい。ムスメは父親の血をうけつぎながら自立している。血のつながりがありつつ別人格として立派に立っている。男だとこうはいかない。息子は父親のコピーであることに反発して、対立する。ある息子は葛藤ののち父から自立して別の地平をめざす。例えば、長嶋茂雄の息子のかずしげといっても、単なる親の七光りとしか見えない。ちょっとさかのぼって思いつく有名人の娘をあげてみると、露伴の娘(幸田文)、鴎外の娘(森茉莉)、朔太郎の娘(萩原葉子)、岸田国士の娘(岸田今日子)、広津和郎の娘(広津桃子)息子が出る幕は少なく、娘ばかりがピチピチしている。無頼派に目を移せば、太宰治の娘(津島佑子・太田治子)、檀一雄の娘(檀ふみ)、阿川弘之の娘(阿川佐和子)、等々……、調べてみるととてもここには書ききれないほど沢山の才媛がいる。息子はいったいどうしてるんだ、といったって、いまさらしようがないのだが…。娘は父親の重圧に負けず、父親を食っていく。息子よりはるかに太くたくましい。しかし、同じ女性でも誰それの妻、は商品になりにくい。最近思いつくといったらせいぜい鳩山由紀夫首相の幸夫人くらいだが、彼女の賞味期限はどのくらいだろう。僕の好みでいえば、松本幸四郎の娘(松たか子)というのがいいなぁと思っているのだが…。まあ、それは単なる嗜好のもんだい、それにもう人妻だし…。高嶺の花だし…。励ましのクリックを「辛口性格診断」というのがあって、やってみたらイヤになるほど当たっています。あー、そのとおりだ。ショック!
2009.12.21
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スポーツでは高校野球に次いで、最近では駅伝も人気がある。今日は、全国高校駅伝があった。テレビにかじりついて郷土チームを応援した人もいるのではないだろうか。今年は、男子は広島の世羅高校、女子は愛知の豊川高校が優勝した。やはりといおうか、時の流れとでもいおうか、優勝チームは助っ人選手の力を借りている。男子優勝の世羅高校は、ケニア人留学生カロキ君が9位で引き継ぎ、なんと8人を抜いてトップに押し上げて後続はそのままゴールしている。女子優勝の豊川高校もアンカーに留学生のM・ワイナイナを起用している。高校も大学も、日本国内のレースに外国人留学生を使って優位を保つということにはさまざまな議論があるようだが、こうしたことでケニアなどから優秀な人材を発掘して、オリンピック選手にまで育てることには貢献できているわけで、功罪を一概に云々はできないだろう。外人を使わない学校の本音からすれば「ちょっとズルイな~」という気持ちにもなるだろうが、その学校にしても、私立の有力校は県内外から優秀な中学生をピックアップしてきて選手を育てているのだから、目くそ鼻くその部類ではあろう。スポーツが人々の気持ちに活力を与えるという効果はたしかにある。このことの代表例で思い出すのはプロレス。現在では、K1などの異種格闘技に押されて、人気も凋落気味であるが、かつては、そのマッチメイクも、決戦の場の演出も、歌舞伎のように美しく、ロックコンサートのように熱狂的で劇画のように因縁を強調して、ドラマチックだった。その先駆けとしてブームに火をつけたのは、昭和29年、力道山によってまきおこったプロレスブームだった。試合展開は、今となって考えるとあまりにワンパターンだった。悪役外人レスラーの目に余る反則攻撃を耐えに耐え、沖織名(ちょっとおぼろ)というレフリーも、その反則の肝心なところは見て見ぬフリをしている。そして、いよいよ力道山もこれまでかと思われるところで、空手チョップの一閃によって、外人レスラーをたたきのめす。この勧善懲悪のニッポン代表の出現に、ニッポン国民は幼児から老人まで、心をときめかせ、その試合を楽しむというだけではなく、本気になって力道山の勝利を願っていた。フレッド・ブラッシーの噛みつき攻撃にショック死する老人が出たのも、この本気のせいである。ちなみに、フレッド・ブラッシーは大の親日派で、日本人女性と結婚している。とにかく、この昭和の時代の約10年間、力道山という元力士のプロレスラーが果した役割は、敗戦以来の日本人の劣等感を打ち破るという意味を背負って、想像を絶するほど大きなものがあり、それをより増幅して伝えたのがテレビであったことは、否定できない。この素朴さには、現在の格闘技イベントが、如何に知恵を絞って因縁の対決をマッチメイクしたところで、及ばないものがある。占領された民族の劣等意識を吹き飛ばす、という快感に勝てる劇的要素など、めったにないからである。日本におけるテレビジョン放送開始のタイミングと、力道山による劣等意識解放のパフォーマンスが一致したのは、偶然のことなのか、計画的なことなのかわからないが、テレビは力道山を時代のヒーローとして伝え、力道山はテレビを必要不可欠の文化であることを証明し、たがいに補完関係にあったことは間違いない。その、昭和29年の史上初のプロレス国際試合は、蔵前国技館で行われ、なんとNHKと日本テレビが生中継している。まだ各家庭にテレビがあるという時代ではなく、それらが屋外に設置された設置された街頭テレビで見られたというが、もちろん僕には体感していないし、当然ながら記憶にはない。あとで歴史ニュースなどでその光景の写真を見ると、まさに黒山の人だかりである。その力道山が、北朝鮮出身で日本人ではなかったということを知ったのは、彼が暴漢に刺されてあっけなく死んでからだいぶ経ってからである。書き始めたテーマから、おもわず道がそれてしまったが、プロレスも力道山という人物によって、その後のニッポンにプロレスブームを引き起こすきっかけとなり、相撲も幾多の外国人力士によって、革命的改革を余儀なくされている。駅伝など、アマチュアスポーツも純血主義だけを求めていては発展をのぞめないだろう。しかし、有力外国人留学生を揃えたチームを、生粋の地元選手だけで組んだチームがコロリと負かす楽しみも期待したいんだな~。もう、相撲でのふがいなさには愛想がつきかねているから…。励ましのクリックを
2009.12.20
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「チョイワルおやじ」というのが流行だそうで、僕もそう呼ばれたいと密かにたくらんでいるのだが、憧れるだけで、なかなかワルにはなりきれない。本当のワルとは「オトコは黙って…」と不倫でも、金儲けでもセッセとしているのだろう。男ばかりでなく「オバさんや婆さんも不良になりたい」という人がでても不思議ではない。老いては子に従わず、言うことをきかず、わがままいっぱいに暮らし、自分でかせいだ金は自分で使いきり、余生は自分勝手にすごすというのが不良ばあさんの生きる道だ。ほとんどのばあさんは、夫が死んで1、2ヵ月は静かにしていても、49日を過ぎたころから別人のように生き返って服が派手になり、お肌にもツヤが出て、口紅なんかぬって色っぽく化けなおし、芝居に展覧会に、同窓会やバーゲン、カルチャーにと忙しく出歩いて、夫が生きていたら、腰をぬかすような高価な着物などもドンーンと買う(ような気がする)。それに対し、妻に先だたれたじいさんは、しょぼくれて薄汚くなり、メソメソとした日々を過ごしがちとなる。ああいやだ、先立たれたくないものだ。それまでの鬱積もあろうが、齢をとると女性のほうが不良になりやすいようにできている。老人ホームでは自由恋愛(?)が盛んで、男は社会的責任から逃げられるし、女は妊娠の心配がなくなり、第三か第四の青春真っ盛りということかも知れないが、まあどんどんおやりなさい。なにがつまらないと言って、物わかりのいい老人ほど割にあわぬものはなく、経験と知識があり、いいオジイさんねと仙人のように扱われても、退屈でしかない。もうそろそろ社会の呪縛から解かれてもいいのだから、たっぷりと勝手なことをしたほうが心残り無く死んでゆけるのではないか。いつもニコニコしていて皆に尊敬される老人なんて薄気味悪くて、アヤシくないか。老害政治家がその典型で、偽善者ぶりを振りまきながら、その実嘘つき、というがこの間まで政界にはゴロゴロいた。しかし、天を畏れず言ってみれば、日本の高齢者の実態は、へんくつでへそまがりで、人みしりをして、病気がちでケチで、他人の悪口ばかりを言うボケ症が少なくない。これから高齢化社会になるのだから、ワンパターンでなくさまざまなタイプの老人が出てきていい。派手な服を着て、シュミーズ姿の御婦人を連れ歩いて、不良の限りをつくしていただきたい。かくいう僕もその入り口に立つ。30歳のころは早く40歳になりたいと思い、40歳になると50歳の壁がうっとうしく、50を過ぎたら人生これで終わりと観念したが、50のなかばをすぎると、60歳も70歳も勝手に来やがれという開き直った気になってくる。かくなるうえは、せめて75歳くらいまで生きのびて、不良おやじとして晩年をまっとうしたいものだ。好好爺と呼ばれるようないい人にだけはなりたくない。といいながら今日も、車をスタッドレスにするの手伝ってといわれればホイホイお手伝いし、忘年会だからつきあえと誘われればいいよと断れず、作文を手伝ってといわれればもってこいといい、いい人っぽいのを脱するのもラクではないものだ。ああ、これは単なる息抜きですから、クリックをしても真面目なコメントは不要です。
2009.12.19
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鳩山兄弟たちに、母親が9億円づつ配っただの、松井の年収が半減しても5億8000万円だとか、どうも最近万札が見えないと思ったら、みんなどこかに集中して吹き溜まっているようだ。まあ、金が一生贅沢をしても使い切れないほど稼いだからといって、それが幸せなわけではない。たとえば、かつてCMで幸福そうに演じていた有名人夫婦がある日突然離婚するというケースがよくある。そのことで世間は、「つくられた幸福というものがいかに虚像だったか」というごくあたりまえのことに気づく。家族でなくても、酒井法子を筆頭に、幸せ系CMに登場するタレントは好感度が高い人ばかりで、性格が明るく、しっかりしていて、庶民的でありつつお嬢様で、ほんの少しインテリで、既婚者であればいい奥様風情で、健康で、税金の申告もれもなさそうな人が活躍している。しかし、子ども店長は別にして、こういうタレントやアイドル系に限って、男から男へわたり歩いて、中学生のころはスケバンはってたなんてことがよくあるようで、酒井法子も家族は組関係者だなんてことが、事件があってバレることになる。これは、世間のイメージがいかにあてにならないか、ということと同時に、幸福になることより、幸福でありつづけることの難しさを思い知らされる。CMのイメージが良妻賢母人格者であっただけに、正体がばれたときの落差がすごく、まあ、これは「やっぱり、そうか」という種あかしをされた安心感もあり、幸せいっぱいに見えた芸能人家族が壊れていくのを見るのは、テレビ的には楽しい(?)ものだろう。芸能人家族は、幸福もみせるし、不幸もみせ、そういった人生を実演サービスしているのだろう。しかし一度壊れてしまった幸福芸能人には「つぎは幸せになるかもしれない」という期待感はない。老いて、風雪にさらされ、朽ちていくだけで、有名芸能人てどうしても不幸になってゆく。お金が入って、ぜいたくをして、いい目にあったぶんだけ不幸もしっかりやってくるらしく、幸福と不幸は死ぬときはプラスマイナスゼロということだなあと思う。僕の小学生時代は、物はなくて貧しかったけれど、いまから思えばけっこう幸せだった。まんまるな夕日が、山の向こうに沈んでいくのが美しかった。アイスキャンデー売りや紙芝居屋がやってきて実演し、貧乏の記憶は時間がたつと玉虫色になる。いまの子どもはどうなんだろうか。いくら不況といっても食料はあり、住宅は完備され、服だって揃っており、ホームレスが増えたといっても浮浪児はまずいない。この子どもたちがはたして30年、50年後に「幸せだった」と言えるんだろうか。数十年後の日本は、人為的な超インフレとなるか、貧乏国家となり、新宿高層ビル群は廃墟となっているかも知れない。失業は慢性化して、勤労意欲は減り、麻薬がはびこり、しかも食料が不足している。無理な減反を続けた結果、農作物をつくる農民は激減し、自給は減り、輸入食料品の高騰により餓死者が出るといった状態をあり得るかも知れない。そのときになって「ムカシはよかった」と現在の生活を懐かしむかもしれず、それは、貧しくなって気がつくことであるが、だからといって、いまの子どもに「おまえはいまのうちだけ幸せなんだ。きっとそのうち地獄となる」と脅かすのは、大人の怠慢というもので、子どもたちにとってはチンプンカンプンだろう。ということは、幸福というのは生きる状態ではなく、相対的な状況の判断だということになり、幸福とは虚構の劇場ということである。幸福であることを演じていた人気俳優が、その実、不幸のどん底にいるかも知れないことはしごく当然の原理でもあろう。CMで幸福であることを演じ、その収入によって並はずれてぜいたくな生活をし、それを成功者の甘い生活だとうぬぼれ、自分は他人とは違うと信じ、テレビ画面の前では「やれ五百円定食が好き、ソース焼きそばが好き、私は庶民です。エプロンつけて夫の帰りを待ってます」と台本通りの嘘をつき、豪邸を建てて、その地下室で息子が麻薬パーティーをひらいていたりして、晩年まで虹色の生活は守れるはずもなく、ある日突然生活がクルリと回転して、裏側のザラザラとした淋しい荒野に立ちつくすのである。そのてん、我々は毎日あくせく働き、それでも足りないばかりで、もう少しでも良くなりたい、せめて月に2回は回る寿司でも食べに行こうかなどと、つつましやかに向上を目指している。つまり、周囲にうらやむような生活が見えるうちは、「あの頃は幸福だった」と将来思えるような時代のなかにいるということかも知れない。励ましのクリックをぼちぼちさん、やまどりではありませんか。こちらでは山際でときどき見かけます。
2009.12.18
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近代文学で有名な三大自殺事件といえば、芥川龍之介(35歳)、太宰治(38歳)、三島由紀夫(45歳)だという。川端康成や古くは有島武郎、火野葦平等もいるが、彼らはこのなかに数えられていない。芥川は文学をアリバイとして死に、太宰は女をアリバイとし、三島は思想をアリバイとして死んだ。本当のところは、3人とも、ひとことでは説明できぬ命題をかかえていたのであるが、時代を挑発して自殺したこの3人の本はいまなおよく売れて読まれている。いまの時代は、どれほどの人気作家でも、死ねばたちまち本は売れなくなり、長持ちしても死後3年までといわれる。芥川は生前から自殺願望が強く、睡眠薬を飲みすぎた結果、幻覚症状を自覚するようになり、心中未遂して果たせず、やっとのことで、自殺した。遺書といえる『或旧友へ送る手記』には「ただぼんやりした不安」と書いている。三島は「私は自殺をする人間を認めない。自殺する文学者を尊敬できない」と言い切った。三島によれば、「芥川が脅えていたような未来は、大したことではなかった」と断罪したものの、自分が自決するときになると、自衛隊員を前にして「そもそも日本は、経済的繁栄にうつつをぬかして、すでに精神的空白状態に陥っている」と演説した。三島は、武士として死のうとしたということであって、「楯の会」会員とともに市ケ谷陸上自衛隊に押し入り、檄文をまいて自衛隊のクーデターを呼びかけるが果たせず割腹自殺した、その真意は、何か幼稚にさえみえていまだにわからない。有島武郎は心中だが、太宰治のように男がリードした心中ではなく、愛人に連れられての同情心中だった。(45歳)だった。有馬の死後、教科書に載っていた作品は削除されたが、作者と作品は別物であるのに、と思う。川端康成は72歳で自殺した。仕事場の一室で、ガス管を咥えて死んでいたというが、睡眠薬の飲みすぎによる発作的自殺というのが真相だろう。イザとなれば人は簡単に死ぬことができる。ことに若いときは、気力でエイヤッと自殺することができるが、それが50歳をすぎたあたりからパワーダウンして、「死ぬ死ぬ」と言ってはみてもこの世に未練が残り、なかなか死にきれず、寿命がつきれば放っておいても死ぬわけだから、なにもあわてて死ぬことはないか、と考える。尾崎放哉は「死にたいは生きたいという事なり」と言った。三島も川端康成も自殺否定論者でありながら、結果的には自殺してしまった。ということは、2人とも自殺の誘惑とむきあっていたわけで、ようするに、文学などやって名を成すと、みんな死にたがりたくなるものなのだろうか。近年、妻の後を追って死んだ、江藤淳は67歳だったが、遺書には「形骸だけの江藤淳を自ら断つ」とあった。自殺は文学者にとっては最後の作品であり、遺書はそれを補佐するともいわれるが、文学者は、自分の描いた小説なり詩なり批評、伝記を作りあげ、その作品がさらに有効に読まれるために自殺するという見方もできる。われわれのように何も残すもののない凡人は、ヨボヨボになるまで生きて、運良くポックリと逝けるのを待つというのが、正しい死に方である。励ましのクリックを
2009.12.16
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夜の街に出てみれば、どこもかしこもイルミネーションがキラキラ輝き、クリスマスの飾り付けが賑やかだ。月並みな提言ではあるが、クリスマスをエスカレートさせるのはそろそろ考え直したらどうだろうか。キリスト教信者がクリスマスを祝うのは結構だと思うが、いまの日本クリスマスはキンピカ商戦であって、イエス・キリストとはまるで関係がない。キリストは年末商戦のダシに使われているわけで、フランシスコ・ザビエルが見たら腰をぬかすだろう。どうして日本の伝統行事をまともにせずに、クリスマスだのバレンタインデーなどばかり派手になるのだろう。日本でクリスマスが盛んになったのは第二次大戦後のことで、進駐軍が日本へ持ちこんだのは、チューインガムと、軍事基地と、クリスマスであった。チューインガムはすたれ、軍事基地は縮小すべき方向へむかっているのに、クリスマスだけは年ごとに盛んになる。そのぶんキリスト教信者が増えたとでもいうのだろうか。祭りは国の歴史伝統文化と不可分である。労働や宗教とも不可分である。農業労働があって収穫祭がある。精進あって報賞がある。苦闘のあとに優勝パレードがある。いや、日本には古くからの年中行事があったではないか。お正月、3月3日の雛祭り、5月5日の端午の節句、7月7日の七夕祭り。細かくあげればまだまだある。これはわれら日本人の先祖が営んできた古来の祭りであり、そこに日本人のアイデンティティーがあった。そういった日本人の矜恃はどこへ行ってしまったのか。進駐軍は、焦土と化した日本に同情してクリスマスをプレゼントしたのである。いささかでも誇りがあれば、フンとそっぽをむくのが日本人の意地というものだ。日本は戦争に負け、魂もまたアメリカに売り渡してしまった。進駐軍がいるあいだは相手のいいなりになるのはしかたがない。しかし、見せかけの経済成長に浮かれ、アメリカに肩をならべたなどといい気になっているうちに、日本人としての文化基盤わ塗り替えられてしまった。クリスチャンでもないのにクリスマスに浮かれるのは無節操ではないか。与えられたクリスマスを享受し、精神的にもアメリカに敗退してしまった。全国の都市を彩る電飾の輝きは、日本が文化的にまで占領されて、隷属している悲しい象徴である。その昔、進駐軍は雛祭りの人形が刀をさしているのを「軍国主義的だ」として禁止した。遊びのチャンバラごっこにもクレームをつけた。そのとき、日本の子らは悔しい思いをしたが、その子が成長して親になると、みさかいもなくクリスマスに浮かれ、子にサンタクロースの贈り物をする。おかげで、子はクリスマスに物を貰い、正月にお年玉を貰い、雛祭りをして貰い、四月の進級祝いを貰い、こどもの日にも貰い、なにかを貰いつづけ、それが当然と考えるようになってしまった。アメリカ人が七五三の祝いをするか。イギリス人が節句の豆まきをするか。フランス人が雛祭りをするか。ドイツ人が端午の節句をするか。日本人がクリスマスのドンチャン騒ぎをするのはそれに類したものではないか。祭りがその国の文化伝統と密接な関係があるのは、それが一定の周期をもって配分されていることからもわかる。クリスマスをしたければ、ひっそりとすればいい。仏教徒は、恥ずかしそうにこっそりとやればいい。しかし、クリスマスに浮かれたなら、日本の伝統行事も忘れずにやってゆくのが、ニッポン人のあるべき姿ではないだろうか。励ましのクリックを
2009.12.15
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黄昏男には白髪神話がある。年をとっても、白髪をハラリとたらしてロマンスグレーでいきたいという願望である。なんとなく女性にもてそうだ。それに対しハゲ系がある。白髪ハラリでいきたいのだが、残念ながらハゲてしまったという黄昏男だ。もう、こうなったらもてようとは思わない。ハゲ頭をテカッと光らせて、ズケズケとモノを言い、人生を割り切っている。はたして白髪系とハゲ系とどちらが女性にもてるかというと、どの男たちも「白髪系だ」と信じている。これは男たちがそう思いこんでいるだけであって、女性たちに聞くと、断然ハゲ系のほうに人気がある、と思う。ロマンスグレーが「女にもてる」と考えるのは、五木寛之など高名な作家、音楽家など芸術家タイプに多いからである。白毛長髪系は知識人が多く、思慮深く、ロマンティックで、おだやかで、日本の現状を憂い、紳士であり、革新的で、おだやかにかまえている。しかし、これらはごくごく少数で、ほとんどの長髪系は意外にもてない。周囲を見ると長髪でありながらバカな中年男はいっぱいいる。一見したところは知識人風だが、そのじつ嫉妬深く、メソメソして、ケチで臆病で自分本位で、女にだらしなく、決断力がなく、どうしようもないタイプ。白毛長髪には案外こういう黄昏男が多いのだ。年をとったくせに、まだ未練が多い。女にもてたがっている。とくに働いている女性たちは、老いも若きも、白毛短髪系とハゲ系のほうに好感を持っている。短髪とハゲ系は、思想性にとぼしく、元気だけがとりえで、物事を簡単に割り切り、メソメソせず、頭をテカッと光らせて、カラカラと笑う。しかし、つきあってみるとこちらのほうが気前がよく、人情があり、ウジウジせずに行動力がある。約束は守るし、他人への気くばりがあり、あとくされがない。どうみてもオヤジづらだが、じつはいろんなことを知っている。つきあってみて気分がいいのはこちらのほうだ、と女性たちはスルドク知っているハズだ。友人のまんが家Mさんはみごとなハゲで、「満月の会」と称して、ハゲ頭仲間を募集した。サロン的飲み会や社会福祉活動をしているのだが、ハゲどころかフサフサの男女が大勢集まっている。その会に入れば、魅力的なハゲの人がいるに違いないと集まったのだろう。そんなわけで、「あんたもいずれ確実にハゲになるのだから入りなさい」と仲間に入れてくれた。ということで、この25日にはわが山荘で大々宴会をする予定。女性にはダイエット信仰がある。やせている女性のほうが男に人気があると勘違いしている。ダイエットでガリガリにやせた女なんか、男性は相手にしたくない。世間でもてる女性をみれば、そのほとんどがやせていない。ダイエットしたガリガリ系がもてはやされるのはモデル界ぐらいのものなのに、女性たちはそれを真似しようとする。ダイエットに夢中になり、食べるものも食べずに針金みたいになった女性が、いかにアホタレかぐらいは、これも男たちはみんな知っている。中年男たちの白毛長髪願望と女性たちのダイエット願望には共通したところがある。互いに、異性の嗜好を勘違いしている点である。ピカソを見よ、古今亭志ん生を見よ、ガンジーを見よ、みんな見事なハゲである。ハゲてこそいい仕事をして色気があった。かくいう僕も後頭部から薄くなって、前のほうにも黄信号が灯ってきた。白毛もだいぶまじっている。あとはハゲきるのを待つばかりだから、いつ短くしようかと考えるようになった。こうなったらメソメソして、ケチで臆病で自分本位で、女にだらしなく、決断力がなく、どうしようもない白毛長髪願望はさらりと捨てて、短髪ハゲ系を目指していこうと思っている。いやなんのことはない、どうやら僕にはロマンスグレーになれそうもないから、こんなこと書くのではあるのだが…。励ましのクリックを
2009.12.14
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図書館の男子トイレ(あたり前じゃないトイレもあるんです)に座っていると、隣のトイレに誰かが入ってきた。やはりオヤジらしい。向こうもこちらに入っているのが分かったのか屁をするのをガマンしているのがわかった。それで、僕としては、さきにしようと力を入れると、ププップーと三連発の屁が出た。先に入ったものの礼儀として、自分が早くすませてトイレから出てしまえば、隣のオヤジは心おきなくウンコをするだろう、という気がある。オヤジ同士の暗黙の連帯というものだ。ここで手をぬけぬという気合で力を入れると、ブブッと鈍い音がしてまたプーッと出た。ウンコが出る音を聞かれるのは恥ずかしい。それで中途半端な力の入れかたとなる。隣のオヤジは、こちらが出しきっていないのにいらだったらしく、「ウーン」と小さく唸りつつ水洗の水を流した。ドバドバジャーッと水音が轟いて、その音で大勝負に出たようだ。「うまくいったか、おめでとう!」と祝福しつつも、こちらはオヤジがトイレから出るのを待っている。互いに顔を見たくない。それなのに、オヤジがトイレを出る気配はない。そのかわり「プリッ」という小さな屁の音がした。と同時に、小便に来たらしいシャーシャーとやっている音がした。この訪問者が出たら、こちらも勝負に出よう、と決意したところで、いきなり「ププーッ、ビリビリ、プースー、バリバリ」と大音響が出ている。いよいよ隣のガマンも限界に達したらしい。まもなく図書館の閉館時間が迫っている。いつまでもトイレで悩んでいる場合ではない。こちらも、トイレットペーパーをワサワサとむしって尻をふき、トイレをでる決意を固めた。なりふりかまわず、ドーンと力を入れてトイレを出た。隣の客も同じように考えていたらしく、一緒に飛び出した。上等の背広に身を包んだ白髪の紳士であった。「や、どうも」と挨拶をかわすわけにもいかず、目と目をちょっとあわせて手を洗い、なにごともなかったように別れたのであった。こんなビロウな話しで申しわけない。こんな心の洗われる映像を見つけたから、機嫌をなおしてから、蝶クリックをして欲しいです。励ましのクリックを
2009.12.13
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僕の生家は南アルプス麓の村、通っていた高校は家から5キロほどの小さな城下町にあった。高校に通う生徒の気質は極端に別れていた。学校近くの山村部から通う、純朴で生真面目な勉強もほどほどできるタイプ。学校から10キロほど離れた市方向から通ってくる、元気で垢抜けているがちょっと不良で勉強はニガテというタイプ。WとかKとか有名大学に進学するのはほとんどが山村部からの進学組だった。市にはちゃんとした進学校があり、出来の良い子はそちらに進んで、いうなれば落ちこぼれ組みが街からきたという格好だった。もちろんそれが全部ではないが…。その高校が移転して、現在は公園になっている付近の美術館を訪れ、建っている文学碑を見たときに、同級生だったTのことを思い出した。Tは長年親交を温め合ったというような関係ではないが、高校2年までの1年半ほど互いの将来を暗示するような親密な関係をもった。彼は街のほうから通っていた。他の街の子たちとちがって静かで、腺病質な中性的なところのある少年。声は聞き取れないほど小さく、はにかみ屋だった。休み時間になっても、いつも教室の目立たない場所でおとなしくしていた。当時クラスの男子はほとんどが何かの運動部に入っていて、授業が終わるとさっそうと運動着に着替え、それぞれの部活に向かった。だが彼はいつも白い重そうな肩掛けカバンを担いで、傾いだような後ろ姿を見せながら一人学校を後にした。当然運動神経も鈍く、バレーの授業の時にはボールを顔で受け、走ればいつも最後尾をトボトボと歩くようなヤツだった。そんな鈍くさいTは、いじめにあわないこそすれ、ほとんど存在を無視されていた。だがある授業の時に、不意に彼は小さな脚光を浴びることになる。国語の教科のときクラス全員に作文が課せられ、後日教師は優れた十編をガリ版刷りの小冊子にして授業の析に配った。その小冊子に、普段は存在感のないTの作文がトップを飾っていたのだ。それも他の生徒の作文は自分の日常のことを書いたものに過ぎなかったが、彼は小説の短編を書いていたのである。題名は『異邦人』。のちになって思い返すにカミュのあまりに有名な小説と同じタイトルだったが、一地方の高校生である僕はカミュのことさえ知らなかった。残念ながら、その小説の筋を忘れてしまっているが、えらく大人びた、官能と死のイメージに彩られた内容だったことだけ微かな記憶にのこる。クラブ活動のことを書いた僕の作文は彼の小説の次に載せられていたが、そこには目もあてられないほど大きな才能の落差を知らされた。僕は当時、文章を書くことが得意とは思っていなかったし、国語の授業の作文など、他の生徒同様授業のノルマとして果たしていただけのことだった。しかし彼の小説が教師の朗読によって読み上げられたとき、なぜか少なからぬ嫉妬と敬慕を感じる自分かそこにいた。Tとの親交がはじまったのは、それ以降のことである。彼は、僕の作文を、腹からこみ上げるようなペーソスがあって面白かったと言ったが、明らかにお世辞とわかった。僕にはそのペーソスさえ、後から辞書をひいて意味がわかったほどだった。見え透いたお世辞が悔しくて、しかし嬉しくもあった。つきあってみると彼はウイットに富んだ、そして情の深い少年で、何か心の奥底まで通じ合うことの出来る共通の感性をもっているように思えた。ときどき公園内にある文学碑の前で、彼と文学の話しをした。話しはいつも彼のほうが一方的に語りかけるというものだった。しかしその後、彼は自分の家の倒産に伴い、転校することになる。女性的なところのある彼はその別れのとき、山の方でわずかにちらほらと咲きはじめていた菜の花を摘んで小さな束をつくり「この花、別れ花っちゅうんよ」と言いながら僕に手渡した。それは彼一流の何かの文学の一節を摸した行動だったらしいが、彼ほどの読書をしていない僕にはその出所はわからなかった。彼としばらくは手紙のやりとりが続いた。しかし、僕に異性への興味がわいてきた頃から連絡も途絶えがちとなった。そして僕が卒業して東京にでて、Tとの縁はパッタリ切れた。その後の風のたよりに、彼は政治活動に走って過激派と呼ばれるセクトに入っているなどという噂も耳にした。学生運動の盛んな頃だったが、その真偽はわからなかった。あれだけの才能をもっていたのだから、いつか作家にでもなった彼と突然の再会もありえるのではないかと夢見たが、あれ以来どこに消えたのか、青春の行方は知れないままだ。励ましのクリックを
2009.12.12
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ここ数年のあいだに、40代の女性が主人公の恋愛小説が登場してきて、そのバリエーシュンも広がって、小説界の様変わりしてきたなと思っていたら、ネットのなかでは中高年のおおらかな恋愛小説がつぎつぎと書かれていてちょっと驚いている。このぶんだと遠からずシルバー世代の恋愛ものがでてくるのではないかという期待もいだく。10年ほど前、恋愛小説の女性主人公の年齢は、ぎりぎり30代なかばぐらいまでと、当時の編集者たちは口をそろえて言っていたものだった。そして、できれば共感を集めるためには20代の後半が望ましいともいう説をどこかで目にしたことがある。10年前に、40代、50代の女性を主人公にして恋愛小説を書いても、「嘘だろう、ありえない話だ」と一笑に付されたと思う。もっとも書く人の筆力があれば違うかも知れないが…。当然ながら、40代の女性を主人公にした恋愛小説の背景のひとつには、高齢化社会がある。最近は「お年寄り」とか「中年」といった言葉を、どのあたりの年齢から使ったらよいのかわからなくなってきている。今日も60代の女性と話しをしていて、昔でいったら私達はもう寿命が尽きる頃、それなのに周囲を見てもまだ煩悩から抜けきれない人ばかりと笑った。僕も、中年とか熟年とか書かずに「60がらみの男」とか「40代後半の女性」といったように記し、こちらからは「老人」とか「中年」とかはきめつけないで、読み手の判断にまかせる。しかし、これも数年前は、もっと無造作に使われていたと記憶する。このたった数年のあいだにも、このような変化があるのだから、この先5年、10年たったなら、ひとびとの年齢のとらえ方はどうなっているのだろう、と素朴な興味がわく。ひところよく使われていた「シルバー世代」の表記も、このごろは「シニア」(年上の人・年長者)にとってかわられているらしい。モミジマークも、いかにも枯れる寸前のようで感じが良くないということで、新しいデザインを検討中とのことだ。老人ホームに勤める知人が、入所者同士の恋愛によるトラブルもけっこうあって、あまり干渉しすぎるわけにもいかないし、さりとて刃傷沙汰でもおきたら困ると頭を悩ませていた。そのうちに、老人ホームを舞台にしたサスペンスな恋愛小説がでてくるかも知れない。励ましのクリックを
2009.12.10
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車にはいつもカメラが乗せてある。ぽっと目にとまった花や光景などを記録に留めておくためだが、写っているものを見ると何でもない、ありきたりな花やモノである場合が多い。野や道の片隅に咲いている、ちょっと見落としてしまいそうなささやかな花やモノ。市井の片隅を歩く人や、なにげない光景と言ったらいいだろうか。どうも僕はそんな慎ましやかなものが好みである。最近、いかにも洋犬といった精悍なペットを連れて颯爽と散歩している、ちょっとCM的なカッコイイ女性を見かけるようになった。いや男もいるのだが、目にとまらないということだ。それはお互いさまではあろうが…。そのペットだが、いかにも由緒ある血統書付きといったいでたちで、昔ながらの雑種が影をひそめてきたように思う。花やペットを愛で育てるのは得てして女性が多いが、大袈裟に言えば女性がブランド志向になったということなのか。そのことは今昔の母親の子供の育て方の変質に似ていなくもない。僕らが子供だったころの母親には、子供を「育てる」という自意識が今日のように過剰には働いていなかった。「育てる」というより「育つ」のを見ていたように思うのである。しかしこのところの母親と子供とのスタンスは徐々に変わりつつある。子供を自分の作品として「育てる」傾向がありはしないか。子供を完全管理しようとするような子育てと、血統書付き(らしい)ペットを連れて颯爽と歩いている女性達となぜか重なって見えてしまう。花を育てるという行為も、僕が子供のころに見た花の風景に較べると、昔より管理化あるいはブランド化か進んでいることは確かである。それはガーデニングという言葉が日本に流通しはじめた流れと無縁ではない。西洋の自然観、イングリッシュガーデンなどは、自然を人間が手なずけ管理するかということにある。おそらくそれと対を成すのが昔から延々と受け継がれてきた日本の露地や家々の出入り口や片隅に息づいてきた植え込みだろう。その小さな庭は、かつての母親の子育てに似て、半ば放任されている。あまり完璧を期さない。時には廃物となった空き缶や鍋などが鉢として利用されたりしていて、それが不思議な寛容と豊かさを醸し出していた。植物の枝が思わぬ方向に伸び、戸の開け閉めに邪魔になってもあまり気にしない。その自然の小さな叛乱が、むしろえも言われぬ風合いを醸し出すことを日本人は知っていた。つまりそのように日本人の自然観は、管理することではなく、植物と「共生」することだったように思う。「朝顔につるべとられてもらい水」という加賀の千代女の句はそのような日本人の自然観をよく言い表している。スラっとした洋犬を連れて颯爽と散歩する女性たち。薔薇を愛でて、自宅にみごとな洋風庭園をつくりあげる女性。それらはそれで素晴らしいのではあるが、もうひとつ僕の被写体としてカメラを向けにくいのである。励ましのクリックを
2009.12.09
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結婚してからの恋愛、これを浮気とも不倫ともいう。このような呼び方がすでに背徳的であり、イケナイコトという認識をもって語られることになる。いや、もちろんそうであろう。ではそうでない場合、はないのであろうか。胸に手をあてて考えてもらいたい。ネットのなかを垣間見ても、婚外恋愛によっておこるトラブルで真剣に悩んでいる人が見受けられる。いや、かくいう僕もときにはエラソーに相談に乗ったりすることもある。ことに30代、40代の若年層の恋愛となると、我々世代の当時とは隔世といってよいほど割り切り方が違ってきている。50代前半の知人とこの話題になったとき、僕はたずねてみた。彼は若かりし頃、かなりユニークな異性関係のあった人である。「30歳代くらいの男なら、まだまだやり直しができると思っているからだろうか。たとえ妻や子供を捨てても…」「うむ、それはあるでしょうな。体力的な自信の面からも」「ただ不思議なのは、恋愛結婚していて、奥さんの女としての魅力も今が盛りとさえ思うのに、どうして結婚後の今になって、他の人のことを思いつめてしまうのか……」「実はぼくにもありましたよ」と、50代の知人はまじめな表情で言った。「男だったらわかると思うけれど、20代の頃はまだ性欲にかなり支配されている部分があります。極端な言い方をすると性欲と愛情を混同したり錯覚してしまうんです」ところが、とつづけ、30代になると性欲の面は一段落し、精神的なものを基準にして女性に求めるようになる。つまり生理的な性欲優先で女性を見るのではなく、心の相性から女性を見るようになり、その相性のぴったりした女性にであうと惚れこんでしまう。なるほど、そういう見方もあるのか、と僕は聞きいった。だが、もしそうなら人生とは、なんと皮肉にできているのだろう。30代の男が、より精神的に女性にのめりこんでゆけるのは、結婚というベースがあったからではなかったのか。妻の存在、と言いかえてもいい。妻という安定した(性欲を和らげる)対象があったなかで、男は精神性にめざめる。さらに、精神的に愛せる相手はどんな女性なのかを気づかせるのも、妻という存在ではあるまいか。妻に対する小さな不平や不満、生活をともにしているなかで必ず味わうであろう、いくつかの違和感や考え方の違い、意見の食い違いなどが、男たちにより自分に適した(好みの)女性のタイプを自覚させることになっているのではないだろうか。また別の同年代の友人は僕に打ち明けた。「オレが本当に真剣に女性を好きになったのは50代になってからだった」(ジャーン!)なんとなく身に覚えがなきにしもあらずで聞き入る。この場合はますます精神性が高くなっているといえるのだろうか。ただ30代の男の「やり直せる自信」とは反対に「もはや、失敗したらやり直せないかもしれないという、ギリギリなあせり」がそうさせるとも想像できる。30代の男の恋愛問題に考え込んでいる僕のもとに、女性側からの話も飛び込んでくる。妻としての発言である。「家事や育児に追われて、くたくたになっているところに夫が、恋愛時代そのままの“おとこ”としてむかってくると、もう、うんざり。こっちも疲れているのだから、もっと中性的になってもらいたい」こういう妻を持った男が「うちにいても居場所がない、淋しい」という理由で、会社の同僚OLとの恋愛に向かってしまった例も知っている。ただ、そういう社会的にいえば「不倫」をしている男たちの妻が、すべて夫に家庭内での中性性を求めているとはかぎらないし、あるいは夫の恋愛に気づいて、つらい気持ちですごしている妻の存在のほうが多いに違いないとは思う。一方、妻子ある男と真剣な恋愛をし、やつれてしまった女性もいた。既婚者が、恋愛相手を他に求めるのは罪であるという社会的な約束事は、建前としても倫理的なものとしても、その通りである。しかし、既婚者の恋愛は悪いものだと決めつけられるとすると、大方の男性と、かなりの女性は自分の心を欺きながら、人生を過ごさなければならないのではなかろうか。実際に恋愛行動を実行に移るかどうかはさておき、恋愛にいたる感情としては「既婚」であるなしとは別か、既婚であるゆえに気づくあらたな恋愛感情というものもあるわけだ。いや、だからといって不倫をすすめているわけではない。くれぐれも…。励ましのクリックを
2009.12.08
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メディアの功罪についてたびたび考える。昔は新聞や雑誌、そしてテレビやラジオ、そしてネットによるものへと移り変わって、速報性が格段に高まった。速報はニュースにとって大切な要素ではあるが、間違いがおきる可能性を考慮せねばならない。ことにテレビメディアの危険性についてはたびたび感じることがある。以前に、兵庫県のある高校の校長が全校朝礼の時に日本刀を振りかざして講話をしたということが事件になっていた。そこにいたコメンテーターは、それは無謀なことで、このような教育者がいるから世の中はだめになるというような発言をしていた。僕はそれを聞いて、三島事件を思い出し、それはなかなか危なっかしい話だなと感じた。ところが、翌日の新聞を読んで、だいぶ様子が違うことを思わされることになった。記事を読んでみると、テレビのようには非難調というわけではなかった。校長は刀を抜いて「しのぎを削る」とか「そりが合わぬ」とか「真剣勝負」の意味を解説したというのである。そして刀を頭上に振りかざしてみせ「こんなものを目の前に突きつけられたら怖いでしょう」と言ったという。それを読むと、そんなに非難するようなことなのかな、と思った。なぜその話が大げさに取りざたされているのか、首をひねるところだが、どうやらその講話の頃、ちょうど幾つかの少年事件が重なり、教育界に非難の声が上がっていたということらしい。非難の矢面に立たされた校長は「近く予定されている全校朝礼で生徒に謝りたい」とコメントしていた。新聞の論調はこのことに関して非難調ではなかったものの、その囲み記事はこれまでの一連の少年事件のデータを加えた上で、最近起こった少年による撲打事件に対する家裁の判決記事の中に組み込まれていた。ということは、記事の全体像が校長の「刀事件」と少年の殺傷事件がなんらかの相関関係を結ぶかのような印象を与えていることは否めない。つまりテレビのワイドショーはそういった印象をさらに増幅して伝えたということだろう。このような報道に接するにつけ、昨今のメディアの思慮のタメのなさと短絡思考が及ぼす社会的影響を考えざるを得ない。というのは今日の少年や子供の犯罪に見る異常性は、日本固有の母性的過保護な環境に一因があると考えているからだ。大人の責任回避のために、身に危険性のある現場からすべからく子供を遠ざけようとしたり、あるいはまた平等の名のもとに運動会で成績の優劣をつけないなど、人間の身体を「生(ナマ)の現実というものに関わらせない」この大人の側の異常な環境づくりが昨今の子供の異常な行動を生み落としているのではないか。たとえば「人を殺す経験がしてみたかった」という理由で人を殺した少年がいたが、その行動は一般常識からすると異常ではある。だが大人の異常思考によって健全な身体感覚をつくり得なかった少年が、その現実感や身体感の希薄さを、他者との身体的衝突によって確かめたいとする潜在的欲求が、たまたま殺人という形にエスカレートしたものと考えた場合、そこには彼なりの犯罪の理由が存在するのではないか。そういった子供たちの身体性の錯乱は(つまり異常犯罪は)、たとえば、件の校長が真剣の刀を子供の前で見せたというそのことが、さも子供の犯罪につながるかのような論調になってゆく昨今の風潮こそが、逆に助長しているのではないかと思う。子供たちを「真剣」の前に立たせない今日的環境の中で、真剣に対峙する力が狂いはじめているのだ。そう言った意味で考えると、この「真剣事件」をめぐる話はこういった時代というものをよく象徴している。メディアはそのような思考を踏まえた上で、件の校長が実際にどのような講話を子供たちの前で行ったかを取材した上で、なんらかの判断を待つべきではないか。そうするとひょっとすると、その校長は昨今教育の中にもっとも欠けている「真剣」というものを抜き身を使って教えようとしていたのかも知れないし、またあるいは子供たちもそのことに身体的な感銘を受けていたかも知れないのである。仮にそうであれば、校長が子供たちの前で謝るというのはきわめて現代的な情景といわざるを得ず、滑稽の話しとなる。僕にはこの校長から、真剣を持ち出した意味を聞いたわけではないが、今になって考えてみると、マスメディアの作り出す子どもたちへ現代的なぬるま湯環境におもわず荷担してしまう危うさを自分のなかにも感じてしまうのである。励ましのクリックを
2009.12.07
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親バカぶりはブログに書きにくいことではあるが、息子(長男)はいつか僕よりも大人になって、物心で助けられている。親子関係が攻守逆転したのはいつ頃だろうかと考えてみたら、息子が30歳になった頃からではないだろうか。まだ20歳代の彼を思い出すと、男友だちには恵まれているのに、どこか頼りなさげで臆病な性格だった。添乗員なろうとイギリスの学校を出てアルバイトで美容院に勤めていた頃、目立つほどの(親に似ない)イケメンぶりが評判になっていると、何人かの女性の知人から聞いた。そういうことで目立つのは好ましくないと、知人に頼み込んでバラ庭園で有名な会社に入れてもらった。その頃、息子が口にする言葉の断片からは、負けん気や学習能力の一端はうかがわれたが、その負けん気が空回りしている感じで、いくらかの歯がゆさをおぼえてもいた。その後、30歳近くなって、自分で見つけてきた会社に入り直して、アミューズメント系部門に配属されたのだが、そこで思わぬ才能を発揮することになり、30歳なかばになった今は百数十店をまとめる統括部門にいる。かつては僕との会話ではオブラートに包まれたものの言い方だったが、最近はまったく脱皮し、僕と対等以上に会話しているといいたげな、かすかな自信が漂っていた。入社以来、(まだ30支店に満たなかった会社を)不況にもかかわらずようやく軌道に乗せてきて、それが社内外に認められ、最近役員として抜擢されたこと、さらに、これから先の見通しについての展開など……。最近はもっぱら聞き役にまわっている僕だが、彼の多弁さに目を見張った。そして耳を傾けながら、ここまでたどりつくには、僕には語らない、たくさんの苦労や悔しさ、ときには、くじけそうになったことが、山ほどあったに違いない、と愚痴を言わないから、かえって想像を強くした。と同時に、これからはもっともっと厳しい現実と直面し、荒波に洗われて、挫折と直面することもあるだろうとも危惧するが、すでに親としてアドバイスできる喫水線は超えていることは自覚している。息子の仕事を語るときの楽しげな話、ときどき顔をのぞかせる大人の男としての表情を目のあたりにして、僕はしみじみ思った。自信というものが、どれだけ人間を変えてゆくか。しかも、単なる自惚れだけではなく、まわりからも評価されることによって、もたらされる自信が、その人間をどれだけ大きく成長させることか。息子にとっては、30歳という年齢的なタイミングでの転職がちょうどよかったのだろう。きっと彼の感覚では、30にして、ようやく「オトナの男」として見なされるという、自分の取り決めがあり、そこに仕事面の順調さが重なって自信を深めることになったのではあるまいか。僕も会社に勤めていた時分がある。その頃、幾人もの20代の同僚や後輩の男女を眺めていて、痛感したことのひとつは「男は30になって、ようやく自分を確立する」という感覚だった。20代の女性たちが、それぞれ自分の望むものを次々と見定め、飛び立ってゆくのに、同世代の男たちは妙に足もとが不安定だった。また不安定だからこそ、良くも悪くも、めまぐるしく変化していった。その変化は、あまり行動には出てこないのだが、心理的には相当に揺れている。一般的には、この年代は女性のほうが精神的に揺れているように思われがちだが、僕が見ていたかぎりでは、むしろ、女性側に余裕が感じられた。なかには、いまは仕事がおもしろい、しかしつまらなくなれば、結婚してしまえばいい、というような余裕もあってのことではあろうが…。けれど、男はそうはゆかない。逃げ道がないがゆえに、自分ひとりだけの心のなかで、あれこれと悩み、しかし、他人にもうかつに打ち明けられず、内向してゆく。だが不思議なくらい、30歳になると、何かがふっ切れる。そんな感情は僕にもうっすらと記憶に残っている。この疑問を口にしてみたとき、ある30代も前半の若者は、こんなことを言った。「それって性欲にも関係してるのじやないかなあ。30になると、性欲がガクンと萎えてきて、それに振りまわされなくなる。オレなんか、30になって、性欲が落ち着いて、だから、かえって結婚する気になったもの」僕も男ではあるが、20代中半で結婚してしまったので、実感としてはよくわからない。しかし、30歳代になったとき、なにか誇らしげなステージに乗ったような感情になったことは記憶にのこっている。しかし、残念なことにその後の成長を感じられるものは何もない。せめて、親としての威厳をとりもどせるように、もう少し頑張らずにはなるまい。励ましのクリックを
2009.12.05
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友人に誘われて、南信州奥地にあるどぶろくの里に行って、一晩を過ごしてきた。どぶろくとは、日本酒の原酒にちかいもので、甘酒の甘みのもとになる糖分がアルコールに変わったものといった風味で、まだ米つぶがあるのでガブガブ飲めるようなしろものではない。しかし朝起きてみたら、ひとりあたり4、5合ほどは飲んでいたようだから、口当たりが良かったということであろう。ともかくも囲炉裏端で、6人の男が口角泡を飛ばしながら、飲み、食い、語らってきた。真ん中に火があると話題が盛り上がるのはにんげんの性か。語らった内容についてはあらかた忘れたが、陶芸家、版画家、モノ書きなど芸術肌の輩。僕にとって半分が初対面、同年代の人たちだからかみ応えがあった。男の議論というものは、女性の話しや下ネタ気味の柔らかい話題から入り、だんだん専門分野、哲学的な話題へとすすむのが礼儀というものである。メンバーによってはごく稀にこの逆もあるが、それはとことんの下品に堕ちやすい。昨夜の飲み仲間の男たちは、いわゆる「硬派」のタイプだった。口数多く喋るほうではないが、けじめを重んじ、いい意味で自分の「男」の部分に敏感であり、プライドの持ち方も、こまかいことにこだわらず、それでいてギリギリの一線を踏みこえてくる者には容赦なく反論を浴びせる。僕は酒のつきあいはほどほど自信があるが、話題を仕切るタイプではない。人の話をねじ伏せて口だしするような度胸もない。といいながら、友人によると意地は強いという。同席したうちのふたりは高校時代からの同級生ということであった。ことにそのうちのひとりは鼻っ柱が強く、なかなか理屈っぽかった。芸術の絶対性というような、他愛のない話題にいちゃもんをつけ、口喧嘩寸前となり、あっというまに肉体の勝負へ持ってゆきかねないかの勢いであった。ごちゃごちゃした理屈より、そのほうが手っ取り早く、あとくされがないという発想なのか。しかし、さすが肉弾戦にまではいたらない。たがいに年相応にということであろう。国と国との関係で、ときに戦争で決着をつけようとする短絡な指導者がいるが、これもオトコのバカさかげん、勢いというものかも知れない。女性の大半は、暴力なんて、と眉をひそめるかもしれないけれど、女の感覚とは別なところで、そうした男たちは言葉であれ肉体であれ、暴力を欲するときがあるようだ(と、人ごとみたいだが…)。この点、女とはしやべる性、ではあるまいか。ある人間の行動の是非について、許す、許せないからはじまって、あれこれと推測を働かせ、自分たちなりの分析を試みる。一応の結論を引きだし、またふりだしにもどって、その人間の評価をくだす。これを、えんえんとやって、最後にはこきおろす。自分への批判に対しては、すこぶる弱く、感情的に陥りやすか。その点、男はせっかちともいえる。ゴメンと謝って素直に反省してしまうか、とことん突っぱねて肉弾戦にもちこむ。言葉というもののむなしさを知っているのは、男のほうなのかもしれない。励ましのクリックを
2009.12.03
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最近思うのだが、歳とともに寡黙になってゆく人と、おしゃべりにになってゆく人とに二分されるが、圧倒的におしゃべりが増えてゆくような気がする。それは男女の別なく、たいがいはそうなってゆく。先日も友だちと飲みにいったのだが、一緒にいた5時間半、僕が会話らしきやりとりをかわせたのは、20分くらいだけ、あとは、とぎれなくつづく彼の話をひたすら拝聴していた。話題を変えたくとも、僕が口をはさむすきがない。「。」も「……」もなく、彼はしゃべりつづけたのである。話はそれなりにおもしろく、楽しかったのだが、5時間以上も聞き役に徹しているのは、けっこう疲れる。途中で僕の根気もつきて、なかば上の空になってしまう。僕は頭の回転が、書く速度にしか回らないので、ふだんはあまりしゃべらず、おおむね聞く側にまわる。それがラクであるのだが、やはり限界はある。しかし、友人知人のさまざまなおしゃべりは、僕にとってトクにはなっている。他愛のない世間話のなかから、僕は文芸上のいくつものヒントをもらったし、男女の発想の違いを教えられたり、さらに嘘のような本当の話もたくさん聞かせてもらった。こうしたブログのネタもほとんどが他人から与えられたものだ、ありがとう。ただ、しやべった本人は、ほとんど自分の言った内容を忘れているらしい。ということは、まわりがつまらないと思う事柄ばかりに、僕の記憶のアンテナは敏感に反応しているらしい。僕は小さいときの内耳炎が原因で、片耳が不自由だから、普段の会話が聞きにくい。そのうえ、体調が悪いときには聞こえる方の耳まで不調になったりする。ところが、Dr.悠々さんが訪れたときのアドバイスで、耳鼻科に行って数年ぶりに快方に向かい、再びこのアンテナが活気づきだした。居酒屋のカウンターで隣り座った一組のカップル、駅の待会室で聞こえてくる会話、喫茶店のうしろから伝わってくるやりとり。僕はけっして盗み聞きしようとしたのではない。このときも、くだんの友人の長いおしゃべりに疲れていたとき、すぐ横のカウンターにとても仲のよいご夫婦がすわっていた。男は50歳前後、女は40代だろうか。苦み走った顔立ちの夫と、おしゃれなパンツスーツ姿の妻、といったカップルだった。微笑ましいほど仲がいい。妻の声は澄んでいて通りがよく、さらに大声だった。「旅行先で旨いもの一杯食べたけれど、結局はウチのが一番だよ」「そうね。わが家のごはんがいちばんでしょ」といった夫婦らしい会話につづいて、妻のほうが子供たちの名前をあげ、ひとしきり、それを話題にしていた。僕はうらやましいと思っていた。結婚何十年もたっているだろうに、妻と飲みに出かけたことなど最近はついぞない。この夫婦は会話そのものを、しんそこから楽しんでいる。「おろし立ての背広って、やっぱりいいわね」と妻が夫の着ているそれを指さす。「そうかな」夫もまんざらでもない様子。僕が面喰らったのは、しばらくして妻が言った次の言葉だった。「それで、今度はいつ来てくれる?」おや、単身赴任の夫との、つかのまの再会だったのか……。夫はうなずく。驚いたのはこのあとだった。「でも、まずいかしら。あんまり、しょっちゅう、こちらにきているとバレるかなあ。○○に仕事にくるようになってから、あなたの帰りが遅くなりだしたって、勘づかれないかしら」「バレないさ。ウチのは鈍感だから勘づかないよ」僕は思わず、ふたりを見つめてしまった。これは、もしかしたら不倫というものではないか。このふたりの開けっぴろげなやりとりを聞いていた(というより、聞かされていた)のは僕だけでなかった。カウンターの中にいたママも、とっさにふたりを見返して、慌てて視線をそらせた。しかし不用心なふたりだと思う。こんな大声で、公衆の面前で…。だが、おそらくふたりは自分たちの関係に、おそらくはじまってまもない男女関係にのぼせ、歯どめがきかなくなった状態で、しゃべりちらしていたのだろう。だから、歳とともにおしゃべりになってくるのは僕の友人だけでなく、全体的な傾向なんだろうと確信したのだ。お二人さん、おしゃべりが過ぎると、あとにどんな修羅が待ち構えているか知~らない。中年過ぎのおしゃべりは、もう少しつつしんだほうが良さそうである。いやはや。励ましのクリックを
2009.12.01
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