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この選挙結果に溜飲をさげた方、おめでとうございます。涙を呑んだ方、ご愁傷さまでした。予想通りともいえる結果で、自民党政権の崩壊にたちあえたことは、なにはともあれウフフのフだ。自民党は2ケタ台止まりもありといわれたが119議席となったのは、比例での民主のおこぼれもあるが、選挙終盤で各メディアの民主の圧勝予想への自民党支持者の揺り戻しの結果が大きかったのであろう。野党の民主308、共産その他が26で、334議席。与党の自民119、公明21。民主と他党の議席数ではこれだけ圧倒的大差になっているが、得票数でいえば民主党は半分も得ているわけではない。いわゆる死票が多い小選挙区制効果が如実にあらわれた結果ということで、自民党は政権の長期延命をはかるために導入した制度で自らの足をすくわれたということになる。首長選挙は典型的な小選挙区制の見本のようなものだが、これはリーダーを決めるためだからしかたがない。しかし、国会はさまざまな課題について国民の代表たちが知恵を絞る場所である。ものごとの決定はスムーズに行くであろうが、間違いがおきやすい。極端な例をあげると、地方議会で議員が1人だけという超小選挙区にしたとしよう。首長はひとりであるから、ふたりだけの相談で何でも決めることができる。理事者側にとってはこんなラクな議会運営はないだろうし、そうしたしくみからはなれあいによる澱み、不正もおきやすい。今度の国会は民主党の絶対多数であるから、民主党で決めたことは簡単に通りやすい。自民党が立ち直るか、このまま瓦解するかわからないが、いずれにしてもラクな国会運営になることだろう。しかし、体内に大きな対立軸を抱える民主党では、党内合意のほうが大変になるかも知れない。そして、安定多数のうま味にアグラをかいていると次の選挙で、また逆のことが起きることは十分にあり得る。民主党内には比例代表制度の不備を理由に、廃止の議論があるようだがそれであったら、小選挙区制度も廃止し、1県1選挙区などの中選挙区への変更を検討すべきである。民主党も、明日は我が身とおもったら、安定議席をもっているうちにぜひ実行すべきだ。ところで、選挙上手だといわれる公明党が小選挙区に擁立した8候補が全員落選した。その1人、冬柴鉄三元国交相に挑んだ田中康夫が当選した。間接的ではあったが、支援したひとりとして喜びたい。民主党からの要請を受けて立ったこともあり、次の内閣では地方分権担当大臣を担うことが予想されている。大騒動のすえ尻つぼみととなった全国知事会の求めている地方分権とはまた違った地方分権案をうちだすものと思われる。国の官僚相手にどのような闘いをみせてくれるか、手腕を期待したい。当選させたくない候補者にマイナス票(1票引く)を投じる「落選運動」があり、共感できるが、もうひとつの落選運動、最高裁判事の信任投票はの方法は不合理そのものだ。本来は、信任したい人に○をつけさせて、何も書かなければ棄権または無効というのが選挙の常識ではないか。それが、なにもわからないからと×をつけずに投票したら信任したことになるというのは、投票の詐欺行為だと思う。それに、洗礼を受けるのは新任の1回だけだから、○×の判例データがあまりない状態で、判断しなければならない。僕も、投票した後からひとりひとりの経歴を読んで、×をつけなかったことを後悔した判事もいるが、こんな目くらましのような信任制度はただちに改めるべきである。励ましのクリックを
2009.08.31
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各党のマニュヘストを読むと、頭が良くないなと思うことがよくあります。たとえば高校まで授業料を無料化するというような公約があります。まあ、予算があまっているなら悪いとはいいませんが、出すのなら高校に通わせることが負担になっている(所得の低い)家庭にだけ支給すればいいのです。たしかに親にとっては、授業料の負担がなくなることはありがたいことでしょう。しかし、そこでの負担増はかならず他の削減に向かいます。具体的には、学校の設備や運営費の削減です。僕も学校に出入りすることがあったり、教師をしている友人も多いのでよくグチを聞きますが、真の学問・学究の場としては、目本の学校はほんとうにお粗末です。本気に学びたいと思うと、なんとも中途半端です。本も満足に揃っていません。望遠鏡、顕微鏡なんていうもの、あってもほんのあてがいぶち、はじめから予算が足りていません。教育設備ということになると急に貧しい気配が漂うのがこの国です。ほんとうに政治が教育のことを考えているなら、そういうところにこそ予算をしっかりつけるべきです。学校に席だけおいて遊びほうけている子にまで、年収ン千万という家庭の子にまでバラ撒きをする必要はありません。それと、社会のために学ぶということと、個人が学ぶということを、明確に分けてとらえる必要があります。社会のために学ぶことには、しっかり予算をつける。個人として学ぶことは個人が負担するということです。僕のやっている川柳も学校教育に入れろとがんばっている人がいます。しかし、川柳にかぎらず芸術というものは学校教育の中で扱わないほうがいいと思います。芸術はほんらい個人の学びの権化みたいなジャンルです。個人があくまで個人でいられるか、いられないかが勝負どころなのです。個を磨いてこそ芸術の価値があるのですから、一律に教育的一般化を企てると必ず矛盾が生じます。ただ誤解して欲しくないのは、読み書きソロバンというような、基礎的知識は必要です。これは、芸術にかぎらず最低限の基礎でしょう。僕は母校の同窓会の役員をしているときに、芸術コース、福祉コースなどの設置をうっかり提案したら、通って実現してしまいましたが、そうしたコースのなかからは例えば絵の上手な子はできても、芸術家はでにくいでしょう。たとえば、天才的芸術家だったモーツアルトの、ほとんど同一のフレーズが違う曲のあちらこちらに出てくるやり方について、教育的説明は無理だとおもいます。ピカソや池田満寿夫の画風の変わり目と女性遍歴の因果関係を教室で教えるには無理があると思うのです。個がまなぶべきことは、個にまかせるべきなのです。わざわざムダ金をつかって、個ののびやかさを失わせ必要はないのです。励ましのクリックを
2009.08.29
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この夏に、子どもたちから何度となく「ヤッタネ!」という言葉を聞いた。むろん昔からある言葉だが、以前とはその使い方がまったく違ってきたようだ。もちろん僕らも使うが、子どもたちのいう「ヤッタネ!」とは違う。「あなた、ヤッタでしょう!?」こういう場合は、たいがい亭主は身を固くしてしばしのお説教を受けるときだ、ハイ。このように以前は実際に「やった」ことを「ヤッタ」あるいは「ヤッター!」といっていた。今は、何もやらなかったことにも「ヤッター」という。同じ言葉だが、その意味が使われ方が現代風に違ってきている。この言葉は子どもや若者たちに多用される。中年以上はあまり使わない。老人はまず使わない。目測を誤って車をぶっつけてしまったときぐらいだ。伏せた竹龍に糸をつけたつっかい棒をし、下に米粒を蒔き、物陰に身をひそめる。雀がカゴの下に入る。パタン、カゴを落とすが雀は逃げる。何度か失敗し、やがて―。これが本来の「ヤッター!」である。親類のおじさんがきてホイと小遣いをくれる。これは「ヤッター」ではなかった。やってないからだ。3日も夜更かしして木を削り、竹ヒゴを曲げ、紙を張り模型飛行機を作り上げ、ゴムを巻き、飛ばす、飛ぶ。これが「ヤッター」である。リモコンの飛行機を買ってきて、スイッチを押し、飛ばす。これは「ヤッター」ではない。やってないからだ。プラモデルの飛行機を一週間かけて完成図通りに組み立てる。これは半分「ヤッター」かもしれないが、真の、正当な、胸躍る「ヤッター」ではない。パソコンゲームで悪人や怪獣をやっつける。ハワイに行ってきて友達に日焼けを自慢する。道で財布をひろう。先生が転ぶ。こういうのは「ヤッター」ではない。何もやってないからだ。自分の力で何かを達成したときこそが、真の「ヤッター」なのだ。今はいろんなことを、構造もわからぬ各種の機器やシステムが「ヤッて」しまう。自然がなくて受験がある。入試合格の一回の「ヤッター」のために何百という日常の「ヤッター」が犠牲になっていることか。最近、子どもたちが、心から達成できることが激減したように思う。それでも「ヤッター」は連発される。子どもたちは何かを自分の手でやりとげたくてしかたないのだ。やってもいない「ヤッター」は、その子どもたちのやりきれない悲鳴ではないだろうか。ところで、明日の夜の選挙結果をみて「ヤッター!」と喝采をさけぶ人はどれほどいるのだろう。せめて、選挙応援まではしなくても、自分の一票を(できたら、野党に入れて)、国賊の竹内行夫判事、竹崎博允判事らに×をつけてきてから、ヤッターと叫んでほしいなぁ。励ましのクリックを
2009.08.28
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この夏に、子どもたちから何度となく「ヤッタネ!」という言葉を聞いた。むろん昔からある言葉だが、以前とはその使い方がまったく違ってきたようだ。もちろん僕らも使うが、子どもたちのいう「ヤッタネ!」とは違う。「あなた、ヤッタでしょう!?」こういう場合は、たいがい亭主は身を固くしてしばしのお説教を受けるときだ、ハイ。このように以前は実際に「やった」ことを「ヤッタ」あるいは「ヤッター!」といっていた。今は、何もやらなかったことにも「ヤッター」という。同じ言葉だが、その意味が使われ方が現代風に違ってきている。この言葉は子どもや若者たちに多用される。中年以上はあまり使わない。老人はまず使わない。目測を誤って車をぶっつけてしまったときぐらいだ。伏せた竹龍に糸をつけたつっかい棒をし、下に米粒を蒔き、物陰に身をひそめる。雀がカゴの下に入る。パタン、カゴを落とすが雀は逃げる。何度か失敗し、やがて―。これが本来の「ヤッター!」である。親類のおじさんがきてホイと小遣いをくれる。これは「ヤッター」ではなかった。やってないからだ。3日も夜更かしして木を削り、竹ヒゴを曲げ、紙を張り模型飛行機を作り上げ、ゴムを巻き、飛ばす、飛ぶ。これが「ヤッター」である。リモコンの飛行機を買ってきて、スイッチを押し、飛ばす。これは「ヤッター」ではない。やってないからだ。プラモデルの飛行機を一週間かけて完成図通りに組み立てる。これは半分「ヤッター」かもしれないが、真の、正当な、胸躍る「ヤッター」ではない。パソコンゲームで悪人や怪獣をやっつける。ハワイに行ってきて友達に日焼けを自慢する。道で財布をひろう。先生が転ぶ。こういうのは「ヤッター」ではない。何もやってないからだ。自分の力で何かを達成したときこそが、真の「ヤッター」なのだ。今はいろんなことを、構造もわからぬ各種の機器やシステムが「ヤッて」しまう。自然がなくて受験がある。入試合格の一回の「ヤッター」のために何百という日常の「ヤッター」が犠牲になっていることか。最近、子どもたちが、心から達成できることが激減したように思う。それでも「ヤッター」は連発される。子どもたちは何かを自分の手でやりとげたくてしかたないのだ。やってもいない「ヤッター」は、その子どもたちのやりきれない悲鳴ではないだろうか。ところで、明後日の夜の選挙結果をみて「ヤッター!」と喝采をさけぶ人はどれほどいるのだろう。せめて、選挙応援まではしなくても、自分の一票を(できたら、野党に入れて)、国賊の竹内行夫判事、竹崎博允判事らに×をつけてきてから、ヤッターと叫んでほしいなぁ。励ましのクリックを
2009.08.28
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投票はしてきたのだが、地区の候補者は必ずしも全面的に支持している人ではなかったので、なんとなく気になって選挙公報を読み直した。公約だから政権をとってしまったら、やらなければいけないんだよ。あぁ、投票した人の公約だが、シロウト目にも実行は難しかろうことが…。なにか自分がウソについているような恥ずかしさをおぼえる。投票しなかった与党候補の公約にも目を通す。おお、少しはいいことも書いてあるではないか、だったらなぜ自分が議員でいるうちにやらなかったんだよ、いくらでも時間があったではないか。結局、国会に行ければいいだけの約束になってしまっている。コウヤクはホゴにされるもの、大人はウソをついてもいいんだと教育しているようで、これも白々しい。ところで、今日書くのは、選挙期間中にのみ大事にされるじいさまばあさまたちのこと。じじい・ばばあ・おいぼれは、年寄り・老人ではあんまりだというので、苦慮した結果、「熟年」、「実年」「前期高齢者」「後期高齢者」と新語をひねり出し、サア皆で使おうとことなのだが……自虐的に「オレ、高齢者見習いなんだけれど」などと使うことがあっても、みんな自分で使っているだろうか。「熟年」は成熟の熟らしいが、なんだか柿の地面に落ちたもののようで鬱陶しいし、「実年」は実る年かそれとも、実に年だの意味なのか、いずれにしろ「秋」のイメージたが、まだ青春だと思っている僕は、お前はもう秋だといわれるのはちょっとくやしい。それに自慢じゃないが、僕はこの年になっても、成熟もしないし実りもしていない。その資格もないのにこんな言葉は遠慮したい。呼びかけや会話にも使いにくい。「もしもし、そこのお熟年」「実年のおにいさん」といって、今まで通り「おじいさん」とか「おばあちゃん」と呼べば睨まれたりソッポを向かれたりする。同年齢の人を「おばさん」と呼んでも睨らまれることがある。じいさんばあさんなど自分で名乗る以外は不快語なのだ、80歳までは。では何とお呼びしよう? 年長を表わし、また尊敬をも表わす、しかもわかりやすい言葉がどこかに落っこちていないものか。あった、あった、今の時期だけ選挙カーから飛び出してきて、米つきバッタのように握手をもとめているあの鉄面皮、香具師まがいの面々が互いを呼び合っているあの言葉、「先生」はどうだ?「先生もご承知のように」「○○先生ご指摘の如く」国会中継でその「先生」の顔を見るとその違和感にふき出してしまうが、連発されるあれをかき集めて、世の65歳以上の方々を呼んだらどうだろうか。高年齢の人をみんな「先生」にしてしまうのだ。「後期高齢者」は尊敬をこめて、大先生でどうだ。もともと「先生」という語は、中国語圈では職種に関係なく汎用性のある敬称だし、「先に生まれた」という字面からみても、人生の先輩方に対してすなおな呼びかけであろう。某雑誌の編集者が「センセイ」などと呼んで、タダ同然の原稿を書かせようとするのは気持ちよくないが、先に生まれた人への尊敬語として子どもたちなどに「センセイ」と呼ばれるなら、違和感はない。先輩方は何らかの面で、必ず後に続く者の先生なのだから慣れれば不思議ではない。どこで会っても男女を問わず「先生」、呼ばれる人々も決して不快ではないだろう。それに、これで世の中に先生がいっぱい増えてしまえば、永田町に限らず世の中の妙な権威がかすんでしまうからスッキリすると思うのだが……。賛成の人はクリックを
2009.08.27
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期日前投票をしてきた。NHKの調査員が出口調査をしていて、協力を求められたので素直に応じた(まるで職務質問)。それで回答と引きかえに「どうなんです情勢は?」と聞いてみた。すると、「質問には答えられません」ときた。「いや、NHKの人としてではなく、一個人のあなたに聞いたのです」とたたみ掛けるとようやく、「大きく変わりそうですね」と言うから、僕は、「そうか、大きく変わるということは、自民党も自民党のOBが集まって出来たような民主党も負けて、思いもよらなかった政権ができるということですね」と、ありそうもない期待を言ったら、目を見開いてパチクリさせた。昨日の記事で二大政党制に向かうことの危険性を書いたが、重ねていいたい。日本が健全な政治風土であるためには似たような2つの政党だけでなく、多様な政党がいてさまざまな角度から、日本の向かうべき道の提言をしたり、政権党の政策や不正ををチェックできる体制が必要である。それは、好き嫌いはベツにして共産党でも公明党でもその他の政党でも、もちろん新党日本ならなおいい。-_-;)自民党や民主党に期待をもっている支持者にしても、どんなに立派な政党であったとしても、長期政権はやがて制度疲労をおこし、もたれあい、なれあい政治が始まることは理解できるはずだ。ところで、さまざまな人が触れているからご存知だと思うが、最高裁判所判事の国民審査も同時に行われる。それに、最低2名は×をつけるべきだ。天木直人氏のブログに詳しいので、それを転載させて戴く。 しかし今度の総選挙では、政権交代よりももっと革命的な事が我々の投じる一票で起きるかもしれないのだ。 それが衆院選挙の時に同時に行われる最高裁判所判事の国民審査である。 今回の国民審査では憲法成立以来はじめて最高裁判事が信任拒否されるかもしれない。 最高裁判事の任命人事は国民の手の届かないところで、政府と司法官僚によって決められてきた。 そうして決められたこの国の最高裁判事は、この国の司法をほしいままにし、国民生活に多大な影響を与えてきた。 その最高裁判事の任免権限は、憲法によって最終的には国民の手にゆだねられてきたというのに、これまで国民はただの一度もそれを活用してこなかった。 それは無理もない。 一つには自分の一票でどうなるものでもないというあきらめがあった。 もう一つは最高裁判事についての情報不足があった。 どういう人物かろくに知らないで、どうして最高裁判事を審査できるのかという自信のなさが、我々を消極的な信任投票に向かわせていた。 ところが今回の国民審査に限ってはこの二つが見事にクリアされた。 たとえば外務省から天下りした元外務事務次官の竹内行夫判事である。 彼は外務事務次官の当時、米国のイラク攻撃を支持し、自衛隊をイラク派遣に派遣した責任者だ。 その自衛隊のイラク派遣を名古屋高裁は昨年4月違憲であると断じた。 憲法を破った人物が「法の番人」となるなどということが認められていいはずがない。 もう一人、最高裁長官である竹崎博允判事である。 かれは昨年11月、あの裁判員制度を成功させるために最高裁長官に抜擢されたと報じられた司法官僚だ。 すでに裁判員制度の開始で明らかになったように、裁判員制度は国民の意思を無視した平時の徴兵制ともいうべき悪しき制度である。 早晩廃止されなければならない制度である。 その制度をつくった張本人の一人であり、その制度を強引に定着させようとする人物を、最高裁長官にとどめておいていいのか。 イラク戦争に反対した国民や、裁判員制度に反対する国民にとって、これほどわかりやすい判断基準はない。 しかもそれらに反対する国民はどんどんと増えつつある。この二人に不信任の一票を投じようと呼び掛ける運動が全国で広がりつつある。 ひょっとしてあなたの一票が彼らの否認を決定づけることになるかも知れないのだ。 これほど意味のある一票はない。これほど直接的に自らの一票が結果に結びつくことはない。 今度の総選挙で、どの政党、どの候補者へ一票を投じるよりも、はるかに重要な事がある、と私が強調する理由がそこにある。励ましのクリックを
2009.08.26
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今回の選挙でとりあえずは自民党独裁政権が幕を下ろすことになりそうで、それについては素直に喜びたい。敗色濃厚だからかたをもつわけではないが、昔の自由民主党という政党はいろいろな意味で懐の広い政党だった。保守党でありながら、三木、後藤田、野中など気骨のあるハト派議員もいて、評論家の森永卓郎氏などは、日本の平和は自民党のハト派がずっと守ってきたと私は思っている。とまで言い切っている。ところが小泉政権になって、これらの流れをくむ人たちは守旧派というレッテルを貼られ葬り去られたり、引退を余儀なくされ、またタカ派の支柱となることをめざしていた安倍晋三らももろくも挫折した。危なくなりそうになると自壊するという良き伝統があった。政権を獲りそうな民主党はどうだろう。民主党もハト派とタカ派に二分されており、そのため代表選挙でもまっぷたつに割れた。前原を代表とするタカ派は、弱肉強食、市場原理主義を志向しており、基本的には小泉構造改革の支持派だ。一方、ハト派は社会民主主義的で、大きな政府を容認し、できるだけ平等な社会を志向するとしている。しかし、路線対立の溝は深く、かつての自民党のような清濁併せのむといった懐は感じられない。この民主党が大勝することで二大政党制が定着するのであろうか。昔から、自民党や民主党を支持してきた人たちにとっては、二大政党制は歓迎するシステムだろうし、あまり政治に関心をもたない人たちも漠然と、アメリカやイギリスのような政治体制は理想的と感じているかも知れない。しかし、結論からいうと「二大政党制」は、健全な民主主義を否定する政治体制である。そしてそれに導く小選挙区制も、少数派意見を圧殺する理不尽な制度である。よく考えて貰いたい。家庭の食事で、カレーライスがいいかライスカレーがいいかどちらかを選びなさいというようなものだ。カレーが好きで毎日でも食べたい、インド人のような人もいるだろう。その人たちにとっては毎日カレーでもいいだろう。しかし、ボクがラーメンといってもダメである。寿司も少数意見で却下。現実には家族の食事なら、いくらなんでも毎日カレーということはなく、たまには焼肉にしようかというような妥協もあり得るが、二大政党制を完全に定着させたのちには、そんな選択はすべてアウトなのだ。アメリカも実際には小政党もあるが、政権は永遠に民主党と共和党だけのたらい回しになっている。これは一党独裁よりは多少マシな二党独裁ともいうべきものである。しかも一旦定着してしまうと、国民の半数の支持など必要なくなる。詳しい理由は僕が語らなくても賢明な方なら自明のことだから省くが、20~30パーセント程度の支持を確保できれば、政党として永遠的に安泰でいられる。事実南北戦争以後のアメリカで、2つの党以外に政権をとった歴史はない。この2大政党にあらずんば人にあらずといった体である。日本の民主党はこの2大政党の定着を目指して、議員定数の削減として比例代表制の廃止を掲げている。自民党はこれを肯定して小選挙区制の導入など、少数意見切り捨ての制度を推進してきた。つまり、これが通れば民主党と自民党という2つの保守政党以外は、ほとんど議員が生き残る道を絶たれることになる。まちがって当選しても、どちらかに取り込まれるか、シカトされておわりである。野党がないほうが審議がスムーズにいくことだろう。どんな法案も通しやすくなるだろう。今日は甘口、明日は中辛などと、毎日毎日カレーの中味だけを考えていればいいから国会議員はラクだろう。しかし、それでいいか? ほんとうにいいものをつくっていくためには、喧々囂々の議論があって出来てゆくのではないか。なれ合い、もたれ合いの緊張感の欠けた政治から、いいものが生まれてくると思うか? 二世三世が選挙区を変えてもラクラク当選でき、ますます国会の家業化がすすむのではないか。これは、僕がリベラルを掲げるからいうのではない。二大政党への道を支持することは、正しい意味での民主主義の崩壊を支持するに等しいということなのだ。今度の選挙で、マスメディアはこぞって「政権交代の是非」のような採り上げ方をしているが、実際には実際は、二大政党の是非を問う選挙である。しかし、それをいうマスコミはほとんどない。場合によっては、日本の民主主義の息の根をとめ、二大独裁政治の始まる歴史的ターニングポイントであるかも知れないのだ。ここまで読んで、まさか2大政党に比例票を入れる人はいないと信じるが…。こんな集会もあるようです。8・30総選挙当日に二大政党制反対集会励ましのクリックを
2009.08.25
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一昨年結婚した娘の婿殿(というと、呼び捨てでいいから名前で言って欲しいというんですが…)の会社の社員たち十数人は、毎年夏になると遊びに来て滞在してゆきます。今年は1度目に来たときは梅雨が明けていなかったので、先週末に今夏2度目の来訪となりました。土曜日には信大同窓会グループなどが泊まったり、友人の地元グループ10人ほどが庭でのキャンプに来たため、山荘には大きなテント2張りができ、キャンプファイヤーをかこむ泊まり客等と入り混じっての野外パーティーと、先の山荘の土日はまるで派遣村ができたようなさわぎで、ご近所皆様、お騒がせしました。考えてみたら、婿殿つながり、友人つながりと、もつべきは人々から信頼される人たちをどれくらい自分の周辺にもつかが、山荘の今後にとってのカギかも知れないと思ったしだい…。ビンボーな家に生まれた娘は小さい頃から長いつきあいの友だちが多く、昨日も小学校時代からの友達数人が赤ちゃんをつれて訪ねきました。娘の高校時代のアルバイト先からは今でも印刷の注文があります。なんのヘンテツもない娘に、人を惹きつける不思議な力があるのは何故だろうと思っていました。しかしある時、ハタとその理由に気づきました。親バカめいた話しをすると、子どもの頃から娘は絵が好きで、公募された本の表紙やポスターなどにたびたび採用されていました。家に残るノートや教科書のいたるところに落書きが残っています。特徴時なのは、その絵の隅のどこかにはウンコの絵が描いてあるのです。ときには湯気まで描いてあります。娘がまだ幼児だった頃、朝の散歩がてら地元にあった動物園(といっても、馬、ヤギ、熊、鹿、猪、狸などおなじみのものばかり)に行きました。娘が興味をもったのは、動物そのものではなく、あちらこちらに排泄されていたいろいろな動物の、さまざまな形の糞でした。真新しく湯気がたちのぼっている糞は、人間のほど臭くなく、あまりにも魅力的に造形的で、娘はそこにしゃがみ込んでじっとそれを見たり棒でつついたりしていました。そうして、家に帰るなり動物の姿ではなく、ウンチの形を描きはじめました。幼かったその時のことを娘が覚えているかどうか知りませんが、以来、やたらとウンコ(あのトグロを巻いたやつ)の絵が多いのです。それは小学校では友だちにも伝染し、娘の持ってくる学級文集などにもところどころにウンコが付いて描いてありました。その頃からの友だちが今でもつづいているのは、ウンコ繋がりではなかったのか、と僕は推理しています。切れ目なく、ながながととぐろを巻くようにつづいた仲間たち。そのひとりが生まれたばかりの赤ちゃんを連れてきましたが、その新米お母さんがオムツを換えるとき、嬉しそうにウンチを見つめている姿を想像して、おもわず含み笑いをしてしまいました。励ましのクリックを
2009.08.24
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良寛は「子供の純真な心こそが誠の仏の心」と解釈し、子供達とよく遊んだという。ある日、良寛は子供たちと隠れん坊をして遊んでいて、自分が隠れる番になり、田んぼの稻ワラにうまく隠れた。しかし、日が暮れて暗くなって、子供たちは良寛を探せないまま家に帰ってしまった。翌朝、田んぼのもちぬしの農夫が農作業に来ると、そこに良寛が居た。驚いて問いただすと、良寛は、「静かに!そんな大声を出せば、子供たちに見つかってしまうではないか」と言ったという。また戒律の厳しい禅宗の僧侶だったが、酒を好み、良寛を慕う民と頻繁に杯を交わしたという。そして、弟子の貞心尼に対してほのかな恋心を抱いていたことも伝えられているが、貞心尼は良寛を尊敬していたが男としてはみていなかったようである。(なにか、わかるなー。かなしいな)このような親しみ深い印象が、さまざまな童話などとしても残り現在にまで伝えらている。その良寛が、現代に再認識されているという。 いま、なぜ良寛なのかを、良寛研究家の小田切藤彦さんが熱く語る。僕らのやっている「読書グループ」の小講演会が8月30日の夕方6時からあります。近在の方で、興味のある人は「いなっせ」にお出かけください。遠くの方で、興味のある人? 僕の山荘があるではないですか。事前投票してくれば大丈夫ですよ。その晩は酒でも飲みながら、良寛の恋の蘊蓄を傾けながら、自民党政権の崩壊でも見届けましょう。でも、民主党が大勝ちしてしまうのもちょっと恐いな。ということで、僕は比例は与党でも大政党でもないところに入れます。励ましのクリックを
2009.08.22
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子どもからは、突然ドキリとするような言葉が飛び出します。先日も、「子ども自然教室」に参加した男の子ふたりが、山荘を訪れたカップルが手をつないでいるのを見て、「センセイ、あのふたりはもう●メたの」なんて突然いうものですから、一瞬言葉につまってしまいました。ようやく「そういうことはふたりだけの秘密。誰も知らないから秘密というだよセンセイだって知らないよ」とシラジラしく答えておきました。子どたちは目をまるくして「ああ、そーかーセンセーも知らないのか…」なんて、いうのです。つまり、そういう発言にもまだ恥とか罪の意識がないから言えるんですね。僕の子どもたちが小学生だった頃、担任の女の先生が、赤ちゃんができてお腹が大きくなったときのことを家庭訪問で話してくれたことがあります。そこで、「赤ちゃんを産みますから、一ヵ月後から産休させてもらいます」と、みんなに言ったとたん、教室に気合いが入ったそうです。悪ガキがいっぱいいるようなクラスで、それまでは何かとイタズラばかりしていたわが息子が、「先生にそんな重いもの、もたしちゃいけない」といったり、座布団もってきて「先生、どうぞ」なんてすすめたりしたら、クラス全体に波及して、先生にまとわりつく子がいると「どけどけどけ」なんていって、とりあえず先生を守るやつがいたり、とにかく教室にやさしさが満ちたということでした。それはその先生に、みんなが守ろうと思うような波動、魅力があったからなのでしょうが、それ以上に「赤ちゃんがくる」というような絶対的なものに対して、子どもはすぐに動くということなんだろうと思います。理論でもなんでもなく、事実なのでしょう。総合学習ということで、ヤギや馬など家畜をクラスで飼ったりするような学校だからということだけではないと思います。性の神秘に対して、子どもはまじめだし、そのまんま受けとめるのだと思います。今は、人間のセイコウイなども小学校で教えているようですが、学科として教えなくても、先生や周囲の大人をちゃんと見てる。へんに邪念の入ってしまう僕ら大人より、本質として「性」をまともに見ているということでしょう。励ましのクリックを
2009.08.20
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政治家になると「普通」ということばが好きになるらしい。「普通の人に分かる言葉で政治を語る」という小泉元首相もそうだった。「普通の人」にわかる言葉というが、国を導こうとした政治の内容は普通の人にはとてもわかりにくいものだった。なぜ、わざわざ弱肉強食の競争社会を徹底しなければいけなかったのか、郵貯などを国際的ハイエナたちの前に晒したのか、憲法を変形させてまで自衛隊をイラクに派遣したのか…等々、「普通」以下な頭の僕にはいっこうにわからなかった。彼らが、アメリカの手下というならわかる。そして、それを国民の少なからぬ人々が熱狂して受け入れたこともわからなかった。もしかしたら僕が「普通」ではなかったのか…。それらの総括をせぬうちに、なにやら「普通の人」になり、また、ごく普通の政治家のように息子を自分の選挙区から立候補させる。このへんは「普通」の人が分かるような「普通」な(エグイ)生き方を自らに課していたのかもしれぬ。息子をもし普通の人にしたかったら、選挙で落ちればよい。わが国には「猿は木から落ちても猿だが、国会議員は選挙に落ちればただの人」という奇妙な言葉がある。「ただの人」はほぼ「普通の人」とイコールだろう。この言葉を正しく読めば、「国会議員か、普通の人か」だから、普通の人であり、しかも国会議員である、ということはあり得ない、ことになる。なるほど議員の面々を見渡してみると、とても普通の人々ではない。各々にぷんぷんたる個性が匂っている。彼らの多くは必須の関門である選挙運動で、一度完全なバカになり切らないと議員になれないから、こうなるのではないか。異常にハードなスケジュールをこなし、とてもできそうもないことをいくつも公約し、泣き落とし、連呼、握手、土下座、そして酌をして回る。普通の人の感覚では絶対ムリだ。普通じゃない心臓をもつ人のみが、この試験をくぐり抜け、晴れて議員になるのだから、国会議員が普通の人であり得るはずはない、といったら差別か。だからたまにまともな政治家が「普通の人に分かる言葉」で話したり、質問したりしても議員たちは普通じゃないから、何を言っているのか皆目分からず「何言ってんだー」「分からんぞ」のヤジが国会内でこだますることになる。このところ「普通」ばやりなのか、選挙に出ようというのがすでに普通でないにもかかわらず、「普通」、「生活者」、「清潔」、「改革」を売り物にする候補者が多くなったが、ただそんなあたりまえのことだけで政治家になっちゃおうというのはおかしい。ちゃんと勉強して、政治のプロとして通用する人でないと困るのだ。でないとただの便利な「頭数」(牛や豚のとうすうではない、あたまかず)になるだけだ。普通の人の感覚が分からなくては政治家の資格はないが、本人が普通人である必要はない。特に一国の宰相が普通の人では困る。マンガが好きなことがいかにも庶民的だなんて言っては困るのだ。ほんらい、人並はずれた判断力と指導力を持っていなくては首相などつとめてもらっては困る。それをめざす政治家もそうだ。普通の人っぽさを売り物に夏祭りの会場をめぐり、「あんたとオレの仲」というふうを装い、握手とお酌、平身低頭の泣き落とし、甘い公約…、そんな「普通」の選挙運動をして政治家になってどうする。未来を示せ、公約にもきちんとした数字を示せ、5年後10年後、20年後、50年後に日本が路頭に迷わないビジョンを語ってみろ。大臣など政治的ポスト欲しさの妥協をするな。それをきちんとできる能力の人に日本の将来を託したいのだ。「普通」の、地域エゴ、利権エゴを誘導するシガラミたよりのオッサンおばさんなんか、もういらないのだ。励ましのクリックを
2009.08.18
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昨日までの忙殺から解放されて、夏らしくスカッと晴れた空のした車で事務所に向かった。家から車で5分ほど走った橋の上で、すらっとスタイルのよい若い外国人女性が地図を拡げて見入っているのを発見。好奇心旺盛な僕のことであるから、すぐに車を停めて彼女に声をかけてみた。すると、嬉しげにすがるような視線を送ってくる。「どうしたんですか。どこに行くところですか?」と問いかけてみるが、Where am I now? らしき言葉以外喋らない。あれ、日本語がまったくわからないのか、僕は英語がニガテだが、しかたがない知っているかぎりを駆使し「てWhat's wrong with you?」(どうしました、のつもり)ところが彼女は頸を傾げている。あれ、通じない…アセアセ、発音が悪いのか。彼女は地図を開いて、イズイットフオーアフロムヘアーなどというから、ようやく英語らしいなと思って、それを見るとtumagoと書いてある。ツマゴ…、というと木曽の妻籠のことか…。(えっ、リックサックを背負って妻籠まで歩いてゆくの)と思うのだが、本気で歩こうとしたら同じ信州の隣でも7、80キロはある。しかもアルプスを越えなければならないから、2日はかかる計算だ。まあ、とりあえず僕の車に乗りなさいと促し、事務所に連れてきた。たまたま事務所にいた妻が、なんでというような顔をしている。もちろん妻も英語どころか、ときには日本語すらまちがえることもある(?_?)。しかたがない筆談だ。パソコンを開いて、翻訳サイトで筆談をはじめた。そこでようやく概要がわかってきた。彼女はフランスからバックハッカーとして数日前に日本にやってきた大学生。フランス人か、どうりで僕のカタコト英語が通じない^^; リックサックにはテントが入っているという。諏訪から来たと言うから、木曽谷に入るつもりが間違って伊那側に来てしまったということだ。う~んどうする、電車の駅まで連れてって欲しいといっても、伊那から木曽側へは交通機関はまことに不便だ。しかたがない、僕が連れて行くしかないか。まずは僕と食事をして、それから木曽までおくると伝えた。彼女はちょっと嬉しいような困惑したような顔をする。まてよ、いつかフランス在住のブログ仲間のbonbonさんが、フランスでは食事を供にするということは、ベットまでOKと同意語だと言っていたような…。さて、どうしたものか。いや、妻が一緒ならそんなふうにはとられないだろう。「山荘で、妻のつくる食事をしてから、木曽に送る」と、何とかかんとか伝えた。彼女もようやく安心したのか、明るい笑顔を向けてくれる。(あたりまえだよ、Wくんではあるまいしこんなまっ昼間に誘うかよ)と、僕も顔にはださずつぶやいてみる。ということで、山荘に着いて食事の用意ができるまでの間、ジマンの小径を森樹湖まで案内する。犬のハナもよろこんで着いてくる。彼女も嬉しげに、さかんにムービーカメラで森や湖を撮影している。戻ると、妻から呼び出された息子が待っていた。ジマンの蕎麦を食べさせたあと、息子が旅程や希望などを聞いている。手振りとカタコト英語でなんとか通じているようだ。どうして、僕のカタコトが通じないのだ…。それによると、今日はツマゴ、明日はマゴメ宿に泊まって、その翌日には京都を歩きたいとのこと。「オイオイ、京都まではおつきあいできないよ」とりあえず、もし京都に行って困ったらここに電話をしなさいと親しい文芸仲間を紹介したが、彼女が電話をしても彼も困るだろうなぁ…。しかしまあ、これも良い経験になるだろう、美人だし会って嫌なハズがないと彼のアドレスを書いた名刺を渡した。(Tさん、もしホントに行ったらよろしうに)ということで、思わぬふたり旅ということで木曽路めぐりをしてきた。背の低いオッサンとスラリと美人の彼女が並んで歩いている姿はあまりバランスの良いものではなかったかも知れない。しかし、僕としてもこんな機会はめったにないから良い体験となった。木曽は、僕もある程度は知っている。ちょっとしたところを案内しながら、無事に最終目的地まで送り届けた。彼女とは、握手と軽いハグをさせていただいたのは役トクということで帰路についたのだが、迷子の子猫ちゃんを送り届けただけなのに、あちこち案内したからけっこう疲れたのだね。途中で睡魔が襲ってきて、道の駅に停めて1時間ほどシートを倒して寝てしまった。帰ると、妻が「ゆっくりでしたね、無事に泊まるところ確保できたかな?」と、それとなく聞いてくる。僕もそれに応えて、「ああ、つい別れがたく途中で寝てきたよ」などとちょっとイミシンに返事をしてみたが、まるで反応なし。そうだろうなぁ、普段から品行方正な僕が疑われるようなことがあるわけないもの…、ツマンナイ。励ましのクリックを
2009.08.17
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前日の夜はいろいろな意味で大荒れの天気だったが、明けてみれば久しぶりの快晴。盆休みも最終日で、みんな帰路について久しぶりにのんびりと過ごせるかと思いきや、昼前からドカドカとお客様方がみえた。どうやら、帰省客を追いだしたあとの田舎のジッチャンバッチャンが孫を連れての骨休みという風情。ありがたきこと、ありがたきこと。久しぶりにさまざまな子供たちとつきあい、なかなか勉強になった。ということで、だいぶ前にあるドイツ人から聞かれた言葉を思い出した。「私は日本人は大好きなのだが、どうも子供は好きになれない。彼等は人の言うことをきかないし、電車の中でも他人の迷感もかえりみず平気で走り回る。そして大人は誰もそれを注意しない。子供は甘やかされ放題だし、礼儀も何もあったものではない。ところが不思議なことに、私がつき合っている会社の人たちや、他の大人たちも例外なく非常に礼儀正しく控え目だ。日本人はいったいいくつになるとそういう風に変身するのですか?」面白い指摘だったが、考えてみると逆の見方もできる。ドイツ人は子供時代はとても厳しい躾を受け、みんな礼儀正しい良い子なのに、大人になるとどうしてああも羽目をはずしたり、杓子定規になってしまうのか―。日本ではたいがい、学生から就職して社会人になったときあたりに、みごとに変身したり、企業新人研修あたりでスポイルされるのであろう。そもそも子供は大変に残酷なものである。幼いうちは残酷さを理解せず、平気でトンボの羽をむしったり、カエルの皮を剥いだりしてしまったりするのだが、少し知恵がついてくると今度は弱い者をいじめたり、泣かせたりして喜ぶ。兄弟の上の子が下をイジメるのも自然の摂理のようなものだ。子供たちに、残虐な童話を読んでやっても平然としているし、いじめられる側の子供にしても、フィクションとノンフィクションの違いは明確に把握している。ある女の子が僕のために粘土でお菓子を作ってくれた。僕がながめていると「早く食べてください」と言う。しかたがないので、いざ食べるしぐさをすると、「それは粘土だから、本当は食べられないのよ」と、よろこんでいる。電車のなかを走り回ったり、周囲の迷惑もかえりみずにゲーム機でピコピコと遊んだりしている子供をみると、頭をド突きたくなるのだが、まあ、そのまま大人になる子供はいないだろう。ということで、まとめたいのだが眠くて頭が回転しない。後はみなさんが勝手にまとめてください。励ましのクリックを
2009.08.16
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Dr.悠々さん一家が13日から3日泊まりに来ている。おふたりとも医師、仲の良いステキなご夫婦、ご家族だ。今日の午前中は山荘近くの森樹湖でボートに乗ったり、泳いだりしていた。午後は付近の農場でブルーベリーを摘んだり、木曽の宿場町まで足をのばしたりと信州を満喫(?)していただいた。夜は、シンガーソング仲間による歌声酒場…。ということはここのメインではなく、子ども自然教室も今日修了式を行い、今年の日程を終えたが、参加者のお母さんからもっとつづけてくれないかという要望。その子どもがいたく気に入って、ここで暮らしたいという。モシモシカメさん…ではない、子どもさん。お気持ちは嬉しいけれど、こちらはキミたちとのお付き合いでいたく疲れたんだよ。しばらく休ませてくれないかなー。子どもを見ていて思うのは、小学生も低学年と高学年ではずいぶん意識が違う。低学年だと、秒殺親友というくらいにたちまち友達になってしまう。くだんの1年生も、悠々さんの和くんと出会ったとたんに徒党お友達になってしまい、カブトムシ探しや犬の引き回し散歩にと大活躍。地元から参加したダンゴ三兄弟のような男の子がまた面白い。6年生の長男は、ちょっと女の子を意識したのか、いつもよりずっと大人しい。女の子の前ではいやに紳士的だ。そのくせ、一歩外に出ると、「センセイ、さっき大きなヘビをみつけたからつかまえに行こう。みんなを驚かせてあげよう」などと、誘いをいれてくる。3年生の二男といえば、ピッタリと女の子に寄り添ってエスコート。長男にむかって「オイ○○、女の子はひとりだからさびしくないようにしようぜ」などと、小生意気なことをいう。そのくせ食事時には、自分がいつも女の子の隣にピッタリ。ほんに二男というものは(まて、そういえば僕も二男だったか…)。そういえば昨晩は、友人の太鼓グループ(その筋では知らぬ人のないという全国的グループ)が演奏。そして、子どもたちに演奏指導をしてくれた。折れたバチをさりげなくプレゼントしたりしている。(頭、叩かれたらどうする)というような、こども同士の人間模様もあって、まこと疲れるが面白い子どもの世界。(まっ、大人の世界でもおなじか…)山荘にあるPCだが、自分用のエディター機能がないため、更新が至極めんどう。おめよごしだが…。励ましのクリックを
2009.08.14
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" width="450" height="338" alt="DJ039_Ls.jpg" border="0">自然学校の第二回目が始まり、どちらかというと田舎少年たちにまじり5年生の少女がひとり参加した。僕が東京まで迎えに行った関係で、高速バスのなかでいろいろ話を聞きながらの旅だった。やはりといおうか、都会の子はたくさんの習い事をしている。バレエ、ピアノ、ヴァイオリン、英語…、まるで塾だけで一週間が埋まってしまうようなスケジュール。さぞかし教育ママの家庭かと思ったのだが、ママが(自然学校に)行け行けって押しつけるの。わたしは自然のなかより原宿とか、都会が好きなのに…。という。両親が海外生活が長かったので、子どもには日本の田舎の暮らしを触れさせたいらしい。食事の後キャンプファイヤーをして、星空を眺めた。言葉がふるっている。「ワァー、こんなにたくさんの星、東京でも見れない!」ホタルの路に連れて行き、草むらのホタルをみせると想定内だったのか、生まれて初めて見たというのにあまり興味をしめさない。それどころか、暗やみを怖がってしがみついてくる。ワンパクどもが離れて、ふたりだけになったときにドキリとすることをいう。「センセイ(校長センセイだから)、すこし泣いてもいいですか?」こんなこと、大人の女性にもいわれたことがない。始めて親元を離れて、センチになったらしい。こうやって大人になってゆくんだよと心のなかで呟く。「男の子たち、わたしのことを鬼ババっていうのよ。それなのに、三人もわたしにコクったのよ」などとオマセなことをいうくせに、寝る間際になると布団のなかで涙を拭っている。いやはや、女の子というものはこんな歳から、男ごころをゆさぶってみるものらしい。ということで、緊急大募集。小学生の女の子、この子と友達になりにきませんか。励ましのクリックを
2009.08.11
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つい先日、ある女性から2冊の本を頂いた。一冊は詩集、もう一冊は随筆集。本づくりに携わっていて言うのもなんだが、本を贈呈されてもあまり嬉しくないことが多い。文芸を趣味にしているということで毎月何冊か、「謹呈」と書かれた栞のついた本が送られてくる、なかには直接うけとる。一方的に送られてくるのだから、黙って貰っておけばいいかというとそうでもない。謝礼の手紙で済ます本。あと腐れないように定価相当を送る本、封のまま書架に眠ってすっぽかしてしまう本などなど…。少なくとも、その本を詠んでいる時間は、著者と人生をともにするつもりでいるから、出来れば人生をともにして悔いない本だけを読みたいと思っているのだが、そういう本とはなかなか出会えない。。本と人間は似ているとよく思う。つまらない本やつまらない人間とつきあう時間は人生の浪費。…と言いながら、場末のあばずれ女のところに飲みに行ったり、悪友とダベったりするのだが、ワルイ本とワルい友だちは僕のエネルギー源なのだ。だから道徳臭い本と、品行方正、実直な人間とのつきあいは、僕にとってエネルギーの浪費にあたる。(昨夜の日記とは関係ない、…いや、少しはあるか)ということで、僕が本作りをするときには、おせっかいでも「詠んで貰える」ことを念頭に、ワルイ本になるようこころがけている。という余談はともかく、「ある女性」などともったいをつけたが、85歳になるその人の詩集にはまいってしまった。瑞々しくやわらかいことば、読んでいるあいだはこの女性に恋をしていたのかも知れない。自分の若い頃の記憶をもとに詩を書いているのだが、僕も彼女の記憶の中をたどり、詩のなかにいる女性と肩をならべて歩いている気分になった。う~ん、想像力といおうか妄想力というものは、げに怖ろしきものなり。その詩は、現在僕の枕辺にあるので、ここでは紹介できないが、いずれ。励ましのクリックを
2009.08.06
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今日は信州のさらに山深い地域から文芸友達が訪ねてくれて、杯を酌み交わしている。酒はいい、数年に一度しか会わない彼とも昨日の友のように親しく語りあわせてくれる。その話し相手の彼は酔いつぶれて先程蒲団の中に轟沈した。僕は蒲団程度には轟沈できないのだ(まっ、ふかくは考えないで…)ということでいささか酩酊しているので、何を書いてしまうかわからない。問題発言があったとしても、酒の席のことでという、日本人的美的感覚に免じてごかんべん。その友人を迎えに行ったさる飲食店の前で、元僕が所属していた文芸グループのカシラが友人と一緒に待っていた。いやらしい話をすると、その文芸グループは、○○のという僕の名前が冠するほどのグループだったが、3年ほど前にカシラを筆頭とするクーデターまがいがあって、バカらしくなって会員を辞退した。もともと僕はリーダーというのには興味も未練もなかった。いい作品を生み出すグループを育てたいという気持しかなかった。しかし、作品に対する厳しさが、専制のように思われ疎まれているとはついその時まで気づかなかった。(間ははぶくが)そういうことで、今の『旬感』という雑誌が生まれた。旧くから信頼しあう文芸仲間のほか、このブログつながりでも数人が仲間になってくれて、心地よい空間ができている。(というわりには、遅れ後れではないか、という声が耳に痛いが…)正直に言って、こんなに心地よい空間が実現できるとは思っていなかった。元に戻るが、そのカシラが僕に始めて(だったっけ)語った。「お前は商売がヘタだよ。山荘を始めた時、なんでオレや○○に招待状をよこさなかった。酒の飲めない○○さんたちだけにはやったのに。そういう態度だからお前は嫌われるんだ」。オイオイ、そんなことでクーデターをおこし、その後もそれとなしに陰険な態度を示していたのかい。くだらん、まったくくだらん。このように書くと、そのカシラが悪党に聞こえてしまうかも知れないが、彼はまったく裏表のない実直な日本人的なにんげんである。僕が言ってしまうと語弊があるが、愛すべき小市民で、世間常識に実直な人である。その彼に嫌われるのだから、僕もソートー酷い人間なんだろう。しかしだ、僕はその会を出てから、(もう会のために自己犠牲は払わなくてもいいのかという)ホッとした気持はあっても、カシラを始めとするメンバーになんのわだかまりもなかった。あるとしたら、毎月行っていた会合が無くなったというサビシサだけであった。その会は、僕もふくむ7人の創立メンバーで始め、僕がやめたときにはそのうち3人ほどが残り、後のほとんどのメンバーは僕が誘って引き入れた人たちだ。可愛くないはずがない。元のグループへの思い入れもあって、僕が抜けてもあたらしく僕が発足した雑誌へ誘うということはしなかった。自分から、入れてくださいといった人だけを仲間にした。このブログも不特定多数の人が読んでくれている。僕に近い人も遠い人も、関係ない人も、面白がってくれている。 オモシロこそ文芸の原点。わがこころの師の言葉である。だからこそ、あえて本音に近いことを連ねている。いささか酩酊しているとはいえ、この文章も本音である。 人生の半ばを越えてから、自分が打算的になってることをとみに感じる。打算とは人とのつきあい方である。 会えば今日の天気の話とあたりさわりのない世間話、そこに居ない人の悪口、そして世間常識とやらでしか動かない人間とのつきあいは「人生の浪費」だと思うようになった。たとえばこのブログでも、単なる褒め言葉のキレイゴトだけのコメントの方とは長続きしたことがない。せっかく生まれた人生に自分を殺して生きてなんになる。ホンネで、自分のこころに忠実に生きてこその人生ではないか。見え透いた言葉のやりとり、気持ちよく生きてゆけるなら、その人たちでそのコミュニティをつくればいい。僕はそのなかでは生きられない。自分のこころに忠実に、ホンネで生きてゆく。もちろん世間のルールは(いちおう)守るから、いきなり押し倒したりはしない(注・運動会での棒倒しのコト)から安心して欲しい(汗)。まあ、なんだかんだいっても、僕も世間にしばられて生きてはいるんだけれどね。 励ましのクリックを
2009.08.05
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都会の子どもたちと接してみて、いろいろな問題点、そして長所がみつかりました。ちゃんとまとめなければなりませんが、手元の多忙にかまけてレポートにまとめられていません。ほんとうに「忙」とはこころを亡くすそのものだと感じています。子どもたちの長所についてとりあげてみましょう。思ったより礼儀正しく、素直です。(まあ、その反面ひ弱ということもあるのですが…)そしてなにより勉強ができる、これには驚きです。絶対に僕の子ども時代とはおおちがいです。算数(数学)の宿題をしているところを横にいて見ていました。さっささっさと問題を解いてゆきます。僕も頭の中で計算しているのですが追いついてゆきません。それでも、自然学校のコウチョウセンセイとしての威厳があるものですから、解けなかったそぶりなどみせられません。幾人かの子の勉強をみていて思ったのですが、数とか量とか順番の概念の理解の仕方は、それこそ個々の感性によってアプローチも違ってくるものだと…。量的なものがすごく把握しやすい子もいれば、幾何学的なアプローチだとすぐわかってしまう子もいる。掛け算のときに、碁盤の目の縦×横の面積でいくと、ごくわかりやすいという子もいますし、碁盤の目を出されただけでぼうっとしちやう子もいます。「2×4」というより、「2+2+2+2」のほうがわかりやすい子、これもまたクセです。「整体」の世界では体のクセ、体癖というものを重視します。クセそのものが個性です。学びの方法にもそんな視点が必要だと思います。そういえば、僕の友人の碁打ちは、アマでいうと7、8段くらいの力がある男ですが、盤面をざっと見ただけで双方の数をほぼ計算してしまいます。また麻雀の計算だと、もの凄く速いやつもいます。こいつらの頭はどうなってんだ、と感心してしまうほど鮮やかです。でも、ちょっと違う場面ではまったく遅かったりする。要は癖なんだと思うことにしています。兄が徒歩で家を出発して、その何分か後に弟は自転車で出発して、それぞれ駅に向かう。駅までの距離は○キロメートル。兄の歩く速度は時速○キロメートル、弟の自転車の速度は時速○キロメートルとする。弟が兄に追いつくのは駅の何メートル手前でしょうか、なんて問題がありました。もちろん算数、いや数学かもしれません。それを読んだとたんに、「なんで兄貴が先に家を出ちやうんだ。なんで弟を待ってやれないんだよ。兄弟だろうが…」と怒りだす人。「別々に駅に何しに行くんだろう」といぶかしがった人もいました。そういう人は概して算数が苦手です。でも、いい人です。都会の子たちが、いい人になれるかどうかはわかりません。僕はいい人の仲間です。自分でいうんだからまちがいないって…(なにかご不満でも?)。励ましのクリックを
2009.08.04
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今日・明日は「伊那まつり」。通常なら街中が踊りで埋め尽くされるのではあるが、激しい雨が降っていて、さてどうなることやら。記憶では、このまつりは雨に祟られることがおおい。女性のずぶぬれの浴衣もそれなりの色気を感じていいもんではあるが、濡れるご本人たちはたいへんだろう。こんな雨の中を、毎年避暑として山荘にお出かけくださった某会社の皆様が泊まっている。雨はそれなりの風情があるのだが、団体はやはり晴れでなければダメだ。残念である。というところに、常連となっているご家族が流しそうめんをしに来店した。この家族がまた今頃としては見事な子だくさん。夫婦に中学生の男の子を筆頭に6人の子どもだが、いつも感心するのは、上の子が小さな子をよく面倒をみている。父親は鷹揚に眺めているのだが、中学生の男の子、その下の女の子が赤ちゃんを抱っこしたり、口にそうめんを入れてあげたりして、それがとても微笑ましい。これだけの大家族を養うには食費だけでも大変だろうと、ついこちらもいろいろサービスしてあげたくなる。しかし、このくらいの家族は半世紀ほど前の日本では当たり前の光景だったはずだ。こんな兄弟のなかで、年の差による理不尽に泣かされることも覚えたり、家族が助け合うことも当たり前のように習得していた。しかし、少子化がすすみ、少ない子どもを大事に育てるようになって、家族間で学びあう機会がだいぶ狭まってしまったのではないだろうか。教育にもお金がかかるから、子どもをなにがなんでも大学までやろうと思ったら、ちょっと6人、7人は産めないかも知れないが、なに、今時大学を出ても仕事につけない人もいる世の中。むしろつぶしの効く高卒でもいいと考えれば何人兄弟がいてもいいではないか。伊那まつりに、家族で踊り連を組んででるくらい、もっともっと頑張ってもらいたいよ、ご両親。励ましのクリックを
2009.08.01
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