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T看護高等学院に進学が決まったS子。昨日お母さんと一緒に最後の挨拶に来た。毎年の事だが、こうして塾を一人一人巣立っていく。浅い理解と早とちりの名人。この子については、私もかなり反省がある。もっともっと深い思考ができるようにしてあげられなかったか?折りに触れて、多くの対話をしてきたが、それをどう受け取るかというのは、育った家庭環境, 高校での友人のレベル環境, 新聞を含めた読書環境, それらから成り立つその子の関心のありか、これらに大きく作用される。根が真面目すぎ、また性格が優しすぎるとき、それがどうしても物事を冷徹に見る邪魔をする。まず冷徹に見、そのあとに価値観を付与した行動を考えるというコースに乗せたが、この子の卒塾までの期限で遂に走破させてあげることはできなかった。「温室育ち的思考をやめよ」という言葉を何度言ったことだろう。S子は、少しずつ少しずつ自分を変えようとはしていったが、自分の受け取り方に疑問を持つようにはなっても、それが懐疑までいっても、「ではこのように受け取ったら・・・」「またこのように受け取ったら・・・・」という、複数の可能性の中からいくつかの候補に絞るというところまではなかなか。複数の可能性があるのだろうという認識は持てても、直感で現実に浮かぶのは1つだけで、他の可能性は、存在可能性予測はできても、具体的な形となってはそれが出てこない。そのこと自体に自らが苦しむことが多かった。このようなコースに踏み込ませることは、指導者としては非常に危険なことである。まかり間違えば、その子の精神不安定をもたらす。だがしかし、この子の志望は看護士。患者の大切な命・・・(心の命を含めて)・・・を預かる仕事だ。私は今までにトータルすれば3年間くらいの入院生活があった。高2のとき、1年間弱入院し、高校を一年休学、留年している。そのうち半年近くはベッドに体を固定され、自由に歩くことができない状態だった。そんなとき、患者の一日の心が明るく過ごせるかどうかは、極端に言えば、朝最初に「検温です!」と言って入ってくる看護婦さんが誰か、ということで決まることがあった。優しい看護婦さん、好きな看護婦さんだったら、その日は一日、明るい気持で過ごせそうな気がした。医師の先生は、言ってみればその日ちょっとだけの「回診です」で終わってしまう。寝たきりの患者の心の持ち方には、医師よりも、身近に寄り添ってくれる看護士さんの方が影響は大きい。看護士の仕事は言葉に言い尽くせないほど激務であり、その中でいつも笑顔を要求される。そして責任が重い。医師に指示された薬を間違えただけでも、患者の命に影響する。S子がそのような仕事につくことを選んだのは、たぶん優しさからだ。だが、その優しさというのは、軽はずみな優しさからであってはならない。私がS子に期待したことは、塾の仕事範囲ということからすれば、まったく「余計なおせっかい」という範疇と言われるかもしれない。ほかにもこれまで何人も看護系に送り出してきたが、S子に対してほどはいろいろ踏み込んだ事までは言ってこなかった。でも、S子にだけは軽々しい憧れだけで看護士の道に進むことを、決めては欲しくなかった。そのS子は、そんな数多くの私の問いかけに、悩み、明快な答えを出せる所までは行かなかったが、それでも看護の道を選んだ。いいんだよ、結論が出ていなくても。これから3年間看護に必要なことを学びながら、ここで言われたことを頭に置いて模索してくれれば。「患者の気持がわかる、素晴らしい看護士さんになってね」と送り出した。S子は「はい」と、きっぱり返事をし、ニコッとして出て行った。
2007.02.28
前に書いた日記と関連。昨日また別の中学の2年生から湿度関係の質問が続出。うむむむむ。今後又他の中学生から出る可能性アリ。めんどくさ~い。ここに書いて、あとは “これを見よ!” 用に。たぶんmasa/k先生の説明とウリ2つでしょう。麗子: 先生、露点って何? ウ: (うっ、またかよ~) 露点の『露』は?麗子: 露(つゆ)、水滴。 ウ: それがわかればいい。それで終わりじゃ。麗子: 先生~ ウ: わ~かった、わかった。 うるさいもんじゃここから先は、事実は意地悪をかなり含む問答形式ですが、あまりに長くなるために、意地悪部分をカットした私の独演式に近い形に書き直して。 ウ: 露点の点は「度合い,すなわち割合。この場合は温度計の位置、つまり温度」。 つまり水蒸気が露(つゆ=水滴)になる温度のこと。 どうせ湿度に解説お願いが進むんじゃろ。 湿度とは「湿り気の割合」。 湿り気の主人公は水蒸気じゃ。 とにもかくにも水蒸気の量だけを問題にしちょる。 ここで話題変更。『乗車率』について。 【 割合の問題 】 今ここに50人乗りのバスがある。そこに乗客20人が乗っていた。さて、乗車率はどのくらい?麗子: えぇと~・・・ううっ・・・20÷50は~・・・ ウ: あほんだら! 素直にありのままに答えればいいんじゃ めんどくさい計算なんぞいらん! 公式だとか、計算なんぞするからわからなくなるんじゃ。 あるままの数字をそのまま使って答えればそれでよろし。 全部で50人乗れる所に20しか乗っとらん。じゃ、乗っとるのは全部の50人に対して20人。 つまり「何分の何」しか乗っとらんのじゃ?麗子: 50分の20。 ウ: そうじゃ。それが一番素直じゃ。 割合なんて、ほとんどのものは 「全体に対してどのくらいか!」 を、そのまま分数で表すのが一番素直なんじゃい。 さて、これを頭に置いて、もう一度湿度の公式の分数部分を見てみい。 「飽和」とは「飽」の「和」、つまり“もういっぱ~い! これ以上はダメ~!!” という満員状態, 満腹状態のことじゃ。 乗車率と何ら変わるところはない。 水蒸気が「何人入れる~」分の「何人入ってる~!」で、 これが分数の割合で示した湿度じゃ。 何か難しいことがあるか?麗子: えっ、それでいいの? 簡単じゃん でも先生、問題がある 水蒸気って目に見えないじゃん。 分母の飽和水蒸気量ってのはグラフか表から求められるからいいけどさ。 分子の今ある水蒸気量って、数えられないっていうか、わからないよ。 ウ: お~っ、お前、なかなか注意深い。 まるっきりのアホでもなさそう。誉めてつかわす さっき「露点」のことを言ったな。 露点、つまり水蒸気が水滴になる温度をただ調べたってしかたがないだろ。 あれなぁ、その困る分子を確定するためなのさ。 例えばこの飽和水蒸気量曲線で、気温25℃のとき、飽和量は約23人(g)だろ。 ここに透明人間が13人乗っているとする。 透明人間が13人ってわかっていれば、湿度は13/23さ。ところがそれが見えんから 苦労する。 じゃどうすればわかるか? そいつが透明人間でいられるのは、バスに乗っているとき、つまり水蒸気でいられる ときだけじゃ。水になれば不透明人間になる。 都合がいいことに、バスの定員(飽和水蒸気量)は気温と共に変化する。 気温が下がれば飽和水蒸気量すなわちバスの定員が減るじゃろ。 さっきの気温25℃のときの定員は23人で、乗ってた透明人間は13人じゃったが、 その13人を乗せたまま気温を下げていくと、乗客は変化しないが、バスの定員は減っ ていく。 曲線をよく見い。何度まで下げれば満員になるか?麗子: え~と・・・15℃のときかな。 ってことは先生、これより気温が下がると・・・13人は乗っていられなくなって・・・ ウ: そうじゃ。 おう鋭い気づきじゃ。 15℃よりもちょっと下がっただけで、そのバスに乗っていられない透明人間が外に出 てくることになる。定員を超えたヤツには、バスから降りてもらわにゃしゃあない。 降ろされれば、そいつは姿が見える不透明人間になってしまうわけよ。 それがすなわち『露(水滴)』じゃ。麗子: だから、露点を調べれば、そこが満員になっているだけの透明人間おじさんが そこにいたということがわかるんだ ウ: そうじゃ。そんな調べ方があったんじゃい。 それなら、「この空気を5℃まで下げれば何gの水滴が出てくるか?」なんて問題も わかるよな。麗子: 簡単簡単。5℃ならええっと7人までしか乗れないから、13-7=6で、 「6人がバスから追い出される」つまり6gが水滴となって出てくる。 ウ: やったぜベイビー。そのとおりだ麗子: 先生、一人前の女の子に向かって、その「ベイビー」ってやめてちょうだい。 私、赤ちゃんじゃない ウ: ワッハッハッ、わりぃ、わりぃ【2つのパターン】 ウ: 結局、湿度の問題って2つのパターンの問題しか作れないんだ。 いいかい、湿度関係では、出てくる要素は3つだ。 1.分母の「その気温における飽和水蒸気量」、 2.分子の「その空気に含まれている水蒸気量」、 3.そして「そのときの湿度」 このうち、1.は99%の場合グラフか表で与えられている。そしてこのうち2つが わからなければ計算式を作れない。だから未知数は1つでなければならん。 そうなると未知数としては2.の「その空気に含まれている水蒸気量」にするか 3.の「湿度」にするかだ。 2.にした場合は『露点』や『出てくる水滴』の問題にしかならん。 このときは『湿度』は与えられている。 例えば、気温20℃(飽和水蒸気量17.3g)で湿度80%と言えば、今ある水蒸気は17.3gの 80%=80/100だから、17.3g×80/100の計算で求まる。 そしてその水蒸気量が飽和量となる気温を探せば、それが露点というわけさ。 3.にした場合は、露点が与えられている。すると分子は露点のときの飽和水蒸気量に なるから、分母,分子に困らない。そのまま湿度を求める問題になる。 ときたま意地悪く複合問題に見えるような問題文になっていることがあるが、 冷静に見れば必ず要素の2つはわかるようになってる。 そうでなければ問題が解けんからな。 尚、公式にある『×100』は、分数で表した湿度を百分率にするというだけの理由だ。 百分率とは、分母を100にしたときの分子の数字だからな。 例えば1/4をパーセントで表せというなら、 1 X ─ = ── だろ。 4 100 Xを求めるには両辺×100で、 1 X=── ×100 になる。 4 以上だ。おわかりか。 では問題集で自分でいろいろやってみい。パターンは2つしかないことを忘れずに麗子: はぁ~い
2007.02.27
あの超~塾長先生が「合格への7ステップ」という小冊子を書かれた。私は更に敬愛の念を込めてAngel先生とお呼びしている。ブログではすっとぼけているが、真実を知る全国の塾長連からは、圧倒的な尊敬を集めている方だ。そのAngel先生の小冊子から少し抜粋します。~~~~~~~~~~~~~~~~~(引用開始)~~~~~~~~~~~~~~~~~~~はじめに~うちの子供には、素晴らしい人生を歩んでほしい・・・お母さん、お父さんの、こんな思いを実現するお手伝いを、私はしている。大人は、勉強することが、今後の人生設計において、どれほど大切なものかを理解している。しかし、その勉強の大切さを、きちんと理解している生徒は少ない。生徒が「勉強する」といっても、実際は、目標も定めず、漠然とやっていることが多い。一方、大人は勉強の大切さを理解しているため、口すっぱく勉強しろと子供に言うが「どう勉強すればよいか?」という具体策や、子供に勉強させる「内容」が分からないため、とにかくやれ!の一辺倒になりがちだ。子供の将来を心配しない親は一人もいない。ただ、どうすれば「子供が勉強をする気になるのか?」その具体的なノウハウを知らないだけである。多くの大人は、勉強の大切さを理解していても、具体的な話が出来ないため、子供には伝わりにくいのである。私たち学習塾のプロにとって、お母さんと生徒の間に入って、互いの意思疎通を行うことは大切な仕事の1つである。私たち学習塾は、そのために存在している。だからこそ、私たちに大切な子供を預けてくれるのである。どの塾も大切な生徒を「合格させる」ことに必死になっている。私は少なくともそう思っている。(そう願っていると言ってもよいが・・)しかし、その方法が「誰でも」「簡単に」「続けられる」ものなのかどうかは、疑わしい。もっと言えば、それが体系化されているかどうかは、はなはだ疑問である。大切な体系化を今までの教育業界は軽視してきた。ちょっとイメージして欲しい。例えば、子供が高熱でひじょうに苦しい表情で病院に運ばれてきたとしよう。そこでは病院の先生が、まずは診察をし、その症状から病気の原因を突き止め、その原因に合わせた治療法を取るはずである。また、それらの治療などに使う薬などの説明も丁寧にする。しかし、塾に限っては、そんな説明をするところは皆無に等しい。塾の数だけ、子供の数だけ方法があるのなら、その塾は無限の方法論を持っているのだろうか?残念ながら、答えはNoである。本当は、もっと単純で、しかも、どんな人でも合格する方法がある。しかも、この合格する方法の中では「勉強」の占める割合は、さほどではない。実は、勉強以前の問題が大切なのである。この事実は、過去十年間、さまざまなタイプの生徒を指導し、成功した生徒の共通項を分析して初めて分かったことである。つまり塾とは、勉強を教えている所であるが、成績を伸ばす、合格させるということにおいては、勉強以外の部分が大切なのだ。本当に大切な部分は、勉強以外のところにある。だからこそ、全国に多くの塾があるにもかかわらず、合格の方法を体系化できなかったのである。これから話す内容は、ある意味「常識」と思われる部分も多いかも知れない。しかし、常識に意味を与えていることは少ない。また逆に、「非常識」と思う部分もあるかも知れない。しかし常識にとらわれている多くの生徒と違う「圧倒的な実績」を出す生徒との違いは、実は、そこにあるのが現実である。この本を読んでいるあなたの合格は、もうすでに決まっている。私は、そう固く信じている。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・(ここから各論に入る)第一章 真似ザルが成功への第一歩 ステップ1 夢を持って決断する ステップ2 学習は真似ることから始まる第二章 継続は力なり ステップ3 継続は力なり、継続させるには、簡単な行動を・・。第三章 感情が全てだ ステップ4 感情を自分で決めることが人生を決めることになる第四章 わがまま計画を立てる ステップ5 わがままな計画を立てよう。自分の感情がよくなる計画を立てよう!第五章 行動って楽しい! ステップ6 行動は快と結びつけよう!第六章 さらなる高みを目指して ステップ7 全てをフィードバックする (これが最終章)私がこの本で言いたかったのは、あくまで「勉強の方法」である。合格するには、当然、勉強しなければならない。しかし、具体的に「どう勉強すればよいのか?」「どんな気分で勉強すればよいのか?」ということに踏み込んでいる本は皆無である。しかし、実はそのことで悩んでいる生徒や保護者は多い。そのことを長年、子供たちを指導して顕著に感じていたのである。さて、一連の流れで勉強方法は、理解できたと思う。だが、ここで大切なことを忘れてはいけない。勉強は技術であるということだ。勉強はスキルである。よって、そのスキルを磨き続けなくてはならない。これは、大人になってもそうである。子供の時と大人の時で勉強方法が同じ人がいるなら、それは、まったく進歩していないに等しい。守・破・離(ウロコ注.この意味は途中で語られています)は言葉通り、基本を完全に作ってしまうことであるが、実はこれは大学受験までであり、その後は、大人になってからの勉強方法である。主要5科目の勉強というのは、まさに大人になった際に、勉強すべき基礎となるものである。それは、基礎知識ということではない。勉強する技術の基礎となるという意味である。語学系であれば、当然に英語の勉強の方法が生きてくる。法律関係であれば、様々な暗記方法やノートのまとめ方などの知識が生きる。勉強が出来る子というのは、覚えている知識だけでなく、実は勉強するスキルに長けているのである。周りにいないだろうか? まったく勉強してないように思えるのに、成績だけは抜群に良い子が。私たちからすれば、テストは、この勉強のスキルを試しているに過ぎない。自分の勉強の結果がテストに現れる。それをどんどん勉強法にフィードバックしていくことで、勉強の精度が上がっていくのである。もちろん、これを行うには、今まで書いてきた全ての行動が伴うことが大切だ。~~~~~~~~~~~~~~~~~(引用終わり)~~~~~~~~~~~~~~~~~40ページの小冊子。Angel先生はこれを販売用として作ったのではありません。塾生用です。私が読んで感動したのは、ここにAngel先生の今までのリアルな真実が語られていたからです。数字やデータの改竄がなく、実際にはやってもいないことを書いたのではなく、むしろこれまでにやってこられたことを謙遜して、その何十分の一しか書かれていません。塾での学習というのを、その子の生涯学習的な長いスパンで、暖かい眼差しで書かれています。これこそが、私は、少なくとも自分の塾の原点であるべき姿であると、思いました。記事にすることは事前にAngel先生のご了解をいただきました。また【非売品】であるにもかかわらず、ご無理をお願いし、大量にお譲りいただきました。自分の塾生に配布したかったからです。願わくは、まだ未完の部分を補充し、市場に出されんことを!!
2007.02.26
EdelweissEdelweiss Edelwiess every morning you greet meSmall and White Clean and BrightYou look happy to meet meBlossom of snow may you bloom and growBloom and grow foreverEdelweiss Edelweiss Bless my homeland forever ~~映画「The Sound of Music」より~~ Edelweiss Edelweiss Bless our Children forever 健闘している受験生たちに
2007.02.25
言ってもしかたがないことなんだけど・・・今日の日記、アップを予定していたのは、実は中学の1Pノートの宿題で 「学校の先生の指示がなんとかならんか!?…あまりに融通がきかない指示はやめてくれ」 というものだった。でも、読む方に気分良いものではなかろうと・・・ボツにした。が・・・・・たった今。期末テストを終わったS中1年坊K男が口を尖らせて言ってきた。 先生、オレ英語の期末テスト受けられないかと思った。 テスト開始のとき、先生が『筆記用具だけ出して、筆箱はしまえ』と言ったのが、 オレには聞こえなかったんだよぅ。出したままだった。 そしたら『K男、廊下に立ってろ!』といきなり言われ、出されちゃった。 あと15分くらいで終わるって時、ドアが開いて、『K男、入ってテストをやれ』と 言われた。 15分で全部できたからいいけどね。見直しの時間はなかったよ。この子はガリ勉ではないが、たいてい450点くらいとっている子だ。私はその先生の処置を疑問に思い、ちょっときいてみた。 他の教科でも、筆箱はしまうようになってるの?そうしたら全教科そうだという。試しに他の中学の子に同じ事をきいてみた。やはり筆箱はしまうことになっているという。鉛筆を床に落としても、それを自分で拾ってはいけなくて、手を挙げて先生を呼び、拾ってもらわなければいけないらしい。「なんで?」ときくと、K男は「悪いこと(カンニング)をするヤツがいるからじゃない?」と答えた。「出しておいた鉛筆をバサッて落としてしまい、散ったそれを集めてもらってるうちに時間切れになっちゃったヤツもいるよ」とも。今はこんな所まで先生から子どもに疑いの目が向けられるの?“小学校や高校ではこんなことしないよね?” と思い、居合わせた高校生にきいた。 「おいN子、お前の高校じゃ、テストのとき筆箱をしまわせるか?」 …N子「いいえ」ボツにした1Pノートについての指示とは次のようなものだった。Y子が数学の図形問題で、1ページを二つ折りにし、小さな図と図を、やけにくっつけてかいていた。 「もっとおおらかに大きくかけよ。それから違う図はもっと離してかけ。 それじゃぁ、数字や記号を書き入れたとき、ごっちゃごっちゃになるだろう!? これで二度目だぞ」 と言ったら、Y子が悲しそうに答えた。 「先生、前にそう言われて、私は図を大きくかいたんです。 そしたら数学の先生からすぐに注意された。 『もっときっちり詰めてかきなさい。少ししかやらないでズルするものでは ありません。』って。 「私、どうすればいいの?」いつものように、「すべての教師が・・・」とは言わないが、なんで子どもを萎縮させ、自分を押しつけ、始めから子どもを疑ってかかるような指示, 行動, 言い方が中学ではまかり通るのか?子ども相手なら、どんな強権でもまかり通るのか? 一般社会で大人相手にこんなことをしたらどうなる? なんで、そのようなことが他の教師から批判されるような、自浄作用が働かないのか?不可思議な世界だ。
2007.02.24
ウチの高3生、娘も含めて各地へ散っていった。今夜は布団や枕が変わってもよく眠れればよいが・・・合否は結果が出るまではわからないが、明日は今の自分のありのままを出してこい。みんな、やるだけのことはやった。ここまでいろいろあったな。平坦な道を歩んだ者は一人もいない。私とけんか腰でやりあった一時期があるN男, 家庭での軋轢を泣いて訴えたK子,失恋の悲しさから自暴自棄になりかけたI子, ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・高校時代というのは、多感故に極論に走りやすい。一面の真理を突く見方はできるようになっても、社会構造の中で自分を見つめることが難しい。雑談の中で、あるいは英語や現文の評論文の解釈をめぐって、いろいろな話をしてきた。来た頃と比べて、君たちは随分多角的に感じ考えられるようになったよ。前期で決まればもうここへ定期的に来ることはない。後期に挑戦となれば、もうしばらくだ。どうなるかわからん。一人一人の、ここへ来てからのやりとりが、今、妙に思い出される。いかんいかん、感傷に浸っている場合ではない。君たちがやってきたことは、単なるお勉強だけではなかったはずだ。明日は十分に今の自分を発揮せよ。
2007.02.24
2/20の日記にも出てきた看護系のJ子。いよいよ二次試験が目前だ。これまでまったく小論文というものを書いたことがない子。センター試験が終わり、私立を1つ受け、それから小論訓練に入った。〔J子の生まれて初めて書いた小論文〕【問題】次の文を読み、それを踏まえてあなたの考えを述べなさい。 ☆ いままで医学の進歩のために、新しい手術方法については、患者にそれを詳しく説明 することなく行われてきた。 新しい方法なら、成功確率は低いが、成功すればその患者は間違いなく助かる。しか しこの方法をとらなければ、患者は数ヶ月延命するだけだ。数ヶ月の生をとるか、それ とも成功の可能性は低いが、長らえる命を選択するか。その判断を患者に任せることな く、新しい手術を行ってきたことが多い。 助かると信じて亡くなっていった多くの患者さんの命と引き換えに、その手術方法は 確立し、今では多くの患者さんの命が助かるようになった。 だがしかし、それで良かったのだろうか? 私の心には何か割り切れないものが苦い 思いとして残っている。 ある医師の回想から ────ある国立大学医学部の試験文を私(ウロコ)が要約 筆者は、医療は多くの患者の命を犠牲にすることによって進歩してきたと述べている。 これは正しい選択だったのだろうか。 確かに、助かる見込みのない手術を積み重ね多くの患者を犠牲にしてきたことによって 医療は大きく進歩し、今では多くの人々の命が救われるようになった。しかし犠牲になっ た患者が助からないことを承知し、手術に臨んでいたのだろうか。 現在も病院側が強い権力を持ち、患者の意見に耳を傾けないような一方向的な治療が問 題になってきている。病院側の意見を患者に押しつけると、患者の不安やストレスは増え、 病気にも悪影響を与えてしまう。病院側は患者を主人公と考え、生きたいと強く願う患者 のサポート役になっていくべきである。決して患者の命を犠牲にしてはならない。 私は医療の進歩のために患者を犠牲にしてきたことを完全に正しい選択であったと思う ことはできない。【私のコメント(面と向かって)】 ○ 本文の読み込みが足りない。これでは回想を書いた医師がかわいそう。 ○ 入試の小論は、一般人に向かってのアピールではなく、採点者に対するアピールである。 看護系なら、医学関係者が採点に携わることが多かろう。この言葉遣いでは「カチン!」 とくる箇所がいくつもあるね。 ○ あなたは医学の素人である。素人がプロにアピールするときは、知ったかぶりがあって はならない。素直に感じ取ってもらえるような内容、書き方をしなさい。ほかにもあるが、主要点は以上のこと。具体的にこう書けというような指示はしないで、家で書き直してきた2通目がこれ。〔J子の翌日書いた小論文(2通目)〕 筆者は、医療は多くの患者の命を犠牲にすることによって進歩してきたが、これは正し い選択であったのだろうかと疑問視している。 確かに、助かる見込みの少ない手術を積み重ね、多くの患者を犠牲にしてきてしまった 結果として現在の医療は大きく進歩し、今では多くの命が救われるようになった。しかし 犠牲になった患者は助かる可能性が少ないことを承知し、手術に臨んでいたのだろうか。 現在も、医者や看護師が患者よりも強い立場にあり、患者の意見が最優先されないよう な一方向的な治療が問題になることがある。医者が患者に対して手術のことやそれ以外の 治療法について十分に説明し、その上で最終的に手術をするかしないかの判断は患者自身 が行うことで、どうしても弱い立場になってしまう患者の意見が尊重され、病院側と患者 とのより良い関係が生まれると思う。病院は患者を主人公と考え、生きたいと強く願う患 者のサポート役になっていくべきである。より多くの患者の命を救いたいと思う医者にと って、手術をして手術をして少しでも患者が助かる可能性があるなら手術をしたいと思う のは当然である。しかし患者が一番病気に立ち向かう気持を強く持てる治療法を優先すべ きである。 このように、私は患者の意思も尊重した医療が大切だと考える。まあまあ、小論の形になってきたというところか。これ以上はこのテーマで長々つづけるわけにはいかない。読んでわかるとおり、まだ底が浅い。それからは「もし出されたら何を書くか!?」に絞り、いろいろなテーマで、マインドマップにひたすら書き出した。不足は私が補充知識を授けた。短期間に詰め込んだが、さあいよいよだ。昨日書いた3通目はとても良くできていた。行って、大逆転を狙って来い!
2007.02.23
突然変異したトモゴン。2/17提出ぶん。家の歴史知るモミの木に涙(信濃毎日新聞の投書欄から) 玄関先の表庭に「わが輩はこの家の守り神樹だぞ」と言わんばかりに、空高くそびえ立 つモミの木がありました。枝葉の枯れが目立つようになり、昨秋、庭師さんに「とうとう この大木も枯れたなあ」と言われました。私の知らない古い古い歴史をいっぱい知ってい る木なのに、残念だが仕方がないと思いました。 あまりの大木で、専門の方に切ることをお願いしました。重機を使って持ち上げ、道路 に横倒ししてしまいました。幾つかに切られ、トラックに乗せられて行きました。 私が嫁入りして60数年、朝に夕に目にしていた大木がいとも簡単に切り倒されてしまい ました。 思わず胸が詰まり、涙が流れました。切り口の年輪を数えたところ150余。今更のよう に驚き、この木を植えてくださったご先祖様のことをあれこれ想像し、ご先祖様に報告し ました。 ああ、また一つの世代が終わったのかなあと感無量でした。 ──────ここまで誤字なし〔要約〕 私と(いっしょ)に、暮らしてきた。モミの木が、切られることになった。その木は、私の 知らない歴史を、いっぱい(し)っている。切られていく、うちに胸が詰まり、涙が流れてき た。そのモミの木は、大木で切り口の、年輪が百五十余あった。ビックリしてしまった。こ の木を、植えた、ご先祖さまに、報告をしました。一つの世代が、終わったのかなと、思う と、感無量でした。【私のコメント】↑(二重マル) ( )漢字に! ていねいに書いたね。 ・・・・・何カ所も消しゴムで丁寧に消し、 書き直した跡がアリ〔感想〕 僕も、そのような事がありました。僕のおばちゃんが、亡くなってしまった時も、まだ、 全然実感がなくて通夜の時に、おばちゃんが、入っている柩を見た時に、まだ、動くんじゃ ないかと思った。 おばちゃんの家に、いても、おばちゃんが、いなくてそこで実感した。けれど、どこかで 生きているのだろうと信じている。僕が、おばちゃんの病院に行き、おばちゃんに会っちゃ いけないと、お母さんにいわれそのつぎの日に、亡くなった。おばちゃんはおばあちゃんと いっしょに住んでいた。おばあちゃんの姉さんだ。たまに、おばあちゃんちに、行くとおば ちゃんの影がみえたりする。実感した時は泣いてしまった。この話しもこの木との、思い出 が、あるから泣いてしまったんだと思った。【私のコメント】↑(五重マル)…(今まで二重マルが最高) これは素晴らしいよ。今までの最高ケッサクだ。 「ブラボー」を言っちゃう。 トモゴンにこんな才能があったんだね。 お父さん・お母さんに自慢してもいい感想だ!今までいつもひらがなばかりの要約と感想を、2行程度しか書けなかった子だ。それもおざなりに。書いたときはひらがなだったはずの所を丁寧に消して、辞書を調べながら、できるかぎり漢字にした跡がたくさん見える。何よりも、自分の心の中を見始めたことが嬉しい。改行なしとか、句読点の打ち方などを問題にすればキリがない。そんなことは二の次。この感想を書くのに、この子は2時間以上はかけたのだろうか?この子が教室に入ってきたとき、 「おいトモゴン、今回の感想、先生は感激したぞ!」 と私はいきなり握手を求め、言った。そして席につくなり、「やった、やった」と言いながら、トモゴンの頭をボカスカ叩いた。悲鳴をあげながら頭を手でかばうトモゴン。でも、こんなにうれしそうな、晴れ晴れとした顔をしながら泣き笑いしていたトモゴンを初めて見た。私は最後につけ加えた。 「でもなぁトモゴン、一度こんなの書いちゃうと、あとが大変だぞ。 このあと、これよりも手抜きしたものを書くわけにはいかなくなっちゃうからな」ここで、笑っていたトモゴンの顔が、キリッと引き締まった。
2007.02.22
昨日はトモゴン(中2男子)の頭をボカスカ叩いた。トモゴンは頭を両手で防御しながら、悲鳴をあげていた。こんなに嬉しかったのは久しぶりだ。私は塾生数人に新聞の投書写しと、要約・感想を書かせている。投書は各自が書きたいものを選んでよい。語彙の不足, 日常的な漢字力の不足, まとまった筋の通る話し方に弱さを感じる子たちだ。大学ノート2冊を用意させ、一週間にノートに交互に2回書く。 誤字には片っ端からチェックを入れ、要約・感想にはコメントを添える。トモゴンの半月ほど前のもの。残された者の悲しみを考えて(信濃毎日新聞の投書欄から) 20日の本欄「娘を亡くした悲しみに漂う」を読み、思わず涙が流れました。私も12月11 日に二女の13回忌を迎えます。この季節になると、思い出しては私の心は揺れ動き、深い 悲しみに沈むのです。 娘は6歳の男の子と2歳の女の子を残し、壮絶な闘病生活の末、逝ってしまいました。 もうろうとした意識の中で、言葉にならないうわ言を残したまま・・・。私も必死に聞き 取ろうとしましたが、悲しいかな、はっきり分かりませんでした。きっと、2人の幼児の 行く末を託したかったのだと思います。 幸い2人の孫は、嫁ぎ先の父母たちに見守られ、成長してそれぞれ学校に通っています。 でも私の心は加齢とともに、深い悲しみに包まれるのです。我が子に先立たれるほどつら く悲しいことはありません。 世の若い人たち、軽々しく自らの命を絶つことなど考えないでください。残された者の 深い深い悲しみが待っていることを忘れないで生きてください。 ──────ここまで誤字1つ『歳』←中が「示」に〔要約〕 わたしの娘の、二女が病気で病気で、死んでしまった。世の若い人たちは、軽々しく、自 ら命を絶つことなど、考えないでください。〔感想〕 (ぼく)もそのとおりだと思った。(い)きたくても(い)きていけない(ひと)がいるのにと思 った。そんなことをして(なに)を(とく)するのだろう。(せいしん)が、弱いと思った。【私のコメント】↑んにゃろ! ( )の字は漢字にせい! 今すぐにだ!! こんなふうに批判するだけで、何が生まれるのだろうか? 両者の「想い」というのを、わかってあげたうえでの批判でなければ ならないのではないだろうか? 自ら命を絶つ若者だって、命を絶ちたくて絶ったわけじゃない。 耐えられない事情があったんだ。 それを何だと~、「なにをとくするのだろう」とか「せいしんが弱い と思った」だと~!? 薄っぺらなことを書くんじゃない。カァっ!毎回毎回、とにもかくにも呆けたことを言い、書く。とにかくこちらはひたすら忍耐である。ノートを返すときに、話し合いを持つことにしている。この子が昨日の要約・感想では、まるで突然変異したかのような要約と感想を書いてきた。後刻それを。
2007.02.22
出勤途中の国道○○号線。片側2車線、左の車線で車がつながっている。右車線はずっと先まで見通し良し。制限速度は60km/時。私はもちろん右車線。数珠繋ぎの左車線の先頭車が見えてきた。おっ、白と黒の見慣れたツートンカラーで、天井に赤ランプのパ○カーさん。50km/時くらいで走っている。後ろの車はみんな大人しく追走している。私は制限速度60km/時の道路を60km/時で追い抜いた。そしてルームミラーで後方確認してみると・・・パ○カーさんの後ろについていた車が次々と右に車線変更して私の車についてくるじゃないかなんで~? どうして~? しょうもないお話しでしたm(_ _)mあとで真面目記事を2本アップします。
2007.02.22
小論文添削をしていて、困った表現がたまたま出てくる。会の作文・小論文講座の「文章博士」応募作で、半月ほど前だろうか、添削の先生一人から問い合わせが来た。その子が文章中で使った「的を得る」という表現部分について 「今はまだ『的を射る』にしておきましょうとコメントしたが、それで良いか?」 というものだった。私はその時「それでいいでしょう」と返事をし、その線で行ったが、先日今度はウチの塾生の小論文にやはり『的を得た見解』という表現が登場した。小論文で一番重視されるのはもちろん「問題提起」→(根拠)→「自分なりの解決策」、DrNERO先生の言葉で言えば“ Why → How の流れ ”だが、その流れを踏んだうえで、このような表現が出てきた場合、ちょっと困ってしまう。勿論古来からの用法は『的を射る』である。しかしそれが正しいとされる根拠は案外薄弱で、「元はそう使っていた」程度のもの。理屈から言い出せばこのような見解があるし、私も『的を得る』の方が感じが出ていると思う。言葉は時代と共に変化し、誤用であってもそれが多くの人の共感を得、多数に使われるようになれば承認される。「一所懸命」→「一生懸命」などはその典型だろう。自分がその言葉を認めていても、書かれた小論文の採点者がそれを認めるとは限らないし、『的を得る』と書いたら、採点者はその論争を知らずに “『的を射る』が正しいのに、そんなこともこいつは知らんのか!” ととってしまうかもしれない。比較的新しいある表現が“社会的に認知されているのかどうか?”の判断は案外難しい。ざっと思いつくだけでも、 「私的には」, 「すごいきれい(←すごくきれい)」, 「・・・。なので・・・(なのでを接続詞として使う)」 ・ ・ ・ ・誰が採点するかわからない作文・小論文では、やはり古き世代の採点者(?)を想定して、新しい言葉遣いは極力、いや絶対に使わない方が安全だろう。二次や後期で小論文が受験科目になっている諸君、気をつけようね!
2007.02.21
私の私的なお気に入りに入っているページです中学生・高校生向きの勉強用から、歴史大好き人間のお父さん・お母さんが、この歴史専門とも言える、しかもバラエティーに富んだページを見たら、きっと一日を忘れてあちこち読みふけってしまうかも。大場佳代さんの、 大場佳代の楽しくヒストリー。受験生には ■歴史年表 と ■大場佳代の楽しくヒストリー(全220回…完結メルマガ)は絶対にお薦め。気になるタイトルのものだけでも、読んで絶対に損はない。雑学が肉となり、本体を忘れなくなること、請け合います。歴史クイズマニアには ■歴史クイズ これをクリックすると、 ▼「基本クイズ」, ▼「四択クイズ」, ▼「穴埋めクイズ」,・・・・ ▼「私は誰?」, ▼「並べ替えクイズ」,・・・・ ▼「クイズで学ぼう日本の歴史」 まで、何と12種類のクイズが。親子, 兄弟で挑戦してみては如何? 学校・塾の先生なら、生徒や塾生に教えてあげて欲しいページ。全部に目を通せたら凄い!!
2007.02.20
ウチの高3塾生看護志望J子。センターの国語で大失敗をし、前期の志望を急遽第一志望の公立から別の公立に変更した。センターと二次の配点でセンターの得点のウェイトが圧倒的で、二次での逆転が見込めないからだ。二次は小論文と面接。そこで二次がやはり小論文と面接だけの、二次のウェイトがもう少し大きい別の公立看護へ。間に私立の入試をはさんだために、こちらの対策が遅れた。過去問を知りたくて問い合わせたら、なんと 「過去問は原則として公開していない。 知りたければ、直接こちらの大学に来た人にだけ、 去年1年分だけの、大体の内容を教えている」 とのこと。ダメモトと、高校の進路担当の先生からその大学へ電話で交渉していただいたが、 「当大学の方針ですので、悪しからず」 と、あっさり断られてしまった。しかたなくJ子が県外のその公立大学まで出向いた。事務の人が応対し、文字通り昨年1年分だけ、 「資料となる文(非公開)を読んで、それについての意見を書く」 という口頭説明をしただけ。おいおい、これだけのことなら、電話で5分もかからないではないか。この子がわざわざ長時間かけてその大学まで行ったのは、何のため?まっ、受験者が全員同じ条件だから、この子が不利になったというわけではないが・・・今までに小論文というものを全く書いたことがないというこの子。小論文のイロハを教え、書いたのがこれで2通。その大学の出題傾向に合わせた訓練をできないのが痛いが・・・看護系で一般的によく出る出題をいくつか拾って、マインドマップで整理する方法をひたすらさせている。書く内容が整理できなければ『書く』という段階まで行かない。かいたマインドマップが15~20枚くらいになっただろうか。内容がだいぶサマになってきたが。それにしても、過去問を全く公表しない看護系大学があるんだね。
2007.02.20
少し前にmasa/k先生がご自分のブログで「テキストを売る」というテーマを書いておられた。時間がとれればの話だが、私は、塾の先生がもっとご自分の教務のノウハウ、とりわけ授業で説明していることを紙に落としてテキスト化し、多くの人に購入していただいてもよいのではないかと常々考えている。昨日(日曜日)、溜まっている仕事を少しでも片付けなければと、また教室に出てきていたが、夕刻に相棒のKAZUから電話があった。二十歳代と思われる人が、突如KAZUの教室に現れ、 「会の教材はほかにもないか?」 と尋ねたと言う。会の事務局はKAZUの教室になっていたからだ。会のテキストは、HPトップからPDFファイルのDL版で売っているほか、地元最大手の書店でも簡易製本版で売っており、 「それらはすべて購入したが、置いてなかったものがまだあるだろう。 それを全部買いたい。」 ということだった。KAZUが「ご同業の方ですか?」ときいてみると、なんと学校の“体育教師”だという。はて?聞くと、ボランティアで子どもたちに勉強を教えておられるらしい。 『土曜教室』のようなものだろうか。そこで会のテキストを使ったら、子どもたちの評判があまりに良かったから、それならほかのも・・・ということだったらしい。書店にそのときは置いてなかったもののほか、KAZUの「上級英語ゼミシリーズ」をすべて購入してくださった。今のところ会のテキストは私が書いたものが大半を占めている。DL版でも、書店版でも、購入者は子どもたちのほか、塾関係者や学校の先生方が多い。塾生Dによると、進学高校のYO高校の数学の先生の本棚にも、「推理式で解く展開・因数分解が置いてあった。ただ『少し難しい!』と言われてしまった。」ということだった。私は初歩の初歩からわかるように書いたつもりなのだがDは、よせばいいのに、「それ、僕が言っている塾の先生が書いたんだよ」と言ってしまったとか。地元中学の先生方の本棚にも各種置いてあるということを、塾生からよく聞く。光栄なことではあるが私は、「塾の先生は、どの教科でも説明が圧倒的に巧みである方々が多い」と思っている。それは、学校の先生と違い、一人でいろいろな教科を教えているために、科目の垣根を越えて「勉強そのもの」のつながりをよくわかっているせいだろう。ところが、そのノウハウが現れるのは、授業現場でだ。今まで何人もの塾の先生作成のテキストを拝見してきたが、テキスト自体はほとんど問題集であり、その問題のやらせ方や解説が授業で現れる。当然ながら、そのテキストは塾の授業と組み合わされて初めて超真価を発揮する。テキスト単独では、子どもの純自習用としては極めて不十分だ。自塾用, 自塾生用で、そのために各先生のノウハウ部分が『授業料』としてお金をいただく部分であると考えれば、それは当たり前と言ってしまえば当たり前なのだが、でも、何かもったいなくはないか・・・・?私は自塾の形態を十数年前に完全自学自習の形にした。各自が勉強する所を指定もしない。これは「ほったらかし」と紙一重である。そこでと、自習でありながら自宅でも教室でも私の教務の大筋が承知できるようにと、その前に一斉授業でやっていたことをそのまま紙に落として文書化し、生徒に渡すためにつくったのが私のテキストだった。DVDと同じく自習用として自塾生用に作ったのだが、簡易製本版を会の仲間が書店に持ち込んで置いてもらったら、それが飛ぶように売れていく。あの時は「はぁ~!?」だった。市販教材にない、あのような解説書を欲しがる人が多いということを、その時初めて知った。もともと売り物用として書き始めたものではなかったが、結果として売り物にもなってしまった。自塾では、私が全生徒にプリントアウトして、売り物よりも丁寧な製本をして、無料で渡している。このシステムにして良かったと思えるところは、 「テキストに書いてあるところまでは自分の責任で理解せい。そこから先の疑問点や解説 は先生が受けてやる!」と、 難易度が高い所までも踏み込める生徒が以前より多くなったことだ。ただ、そこまで子どもたちを持っていくための支えは、以前より多く必要になったことは確かで、こちらとしては「ラクになったか?」と問われれば、「むしろ苦労が多くなった」と答えるしかないが。「授業でやっていたことをそのまま紙に落として、文書化すればよいではないか!?」 というのも、やってみると案外難しいらしい。でも、塾の先生だからこそ作れる解説テキストというものが、もっと出てきてもよいような気がするのだが。塾に行けなくて、そのようなテキストを求めている子は多い。これは私の地元だけでなく、全国から来るDL版の注文からも言える。また、より良い教授法を研究するためのタネ本として求める、学校の先生や塾の先生が相当多い。各先生方、時間があったら自分の得意分野で「解説書」を作ってみませんか!?塾での教務がどんなものなのかを知っていただく機会が増えれば、みんなの教務レベルが底上げされていくかもしれません。
2007.02.19

春遅き信州。 今年の暖冬でか、いつもより早い花の便りが。カミさんが携帯電話で撮りました。 半日村に近いカミさんの実家で咲いていた福寿草。 我が家の軒先に咲く黄色のクロッカス。娘が生まれる年に、私が黄色, 白, 紫, 紫と白のしぼりの4色の球根を各4個ずつ植えました。 今ではすっかり増えてあちこちに。これと同時に撮った別の写真、今夕の「NBSスーパーニュース」で放映されます。カミさんの写真がこの番組に採用されるのは今回で3回目かな?長野県のみなさん、お時間あったら見てくださいね。これからほかの色のクロッカスが咲き出し、つづいて紫と黄色のヒアシンス, そして八重咲きのちょっと珍しい水仙2種、山からとってきて植えた野生のスミレも咲き出すことでしょう。受験生もみんな花開くといいな。
2007.02.18

昨日の日記に関係する(?)が、電流と磁界のところは本当に“う~っ、わからん!”という子が多い。入試前に、ここが弱い中3生にサービス。ここから先は、♪♪さとみ♪♪さんにならって、「見て良いのは中学生だけです!」としておこう。高校物理に関係する専門的なことには踏み込まないで、比喩だけで模擬授業をするからね。結果オーライになるから、難しいイチャモンは御法度。相手は恋留子(こいるこ)としておこう。恋留子: 先生、コイルに磁石に近づけたときの誘導電流の向きを答える問題って、 よくわからん。ウロコ: はっ、あんなものが?恋留子: ひょっとして、また意地悪が始まるの?ウロコ: いやいや、ウロコ先生が意地悪するのは、わかっているヤツに対してだけ。 まるでわからん状態の子には意地悪せん。安心せい恋留子: ホッウロコ: で、いつものとおり、この問題を解くのに必要な範囲の予備知識の確認からいくぞ。【必要な予備知識】(1)磁石君の磁界(磁力線…オーラ)の向きはNBS(N極→S極)。 注.ローカルな事情ですが、NBSとは長野の1つのテレビ局です。(2)コイルは、年頃の女の子そのものだと思え!(3)誘導電流君は、その女の子(コイル)の応援団である。はい、これだけでよろしい。じゃわかったね。 終わり。恋留子: やっぱり~! 先生が意地悪しないわけがない 先生、それでわかるわけないでしょ。ウロコ: おっ、そうかそうか。ついついいつものクセが出てしもた。 磁石君のN極がコイルさんに近づこうとしている。コイルさんは恥ずかしい本心とは違って、口をついて出てしまった言葉は、「イヤ、来ないで!」だった。そして「来ないで!」というオーラ(磁力線)を出してしまった。女心はいつの時代も天の邪鬼(あまのじゃく)じゃN極が近づくのを妨げるには、コイルの上側にやはりN極ができればよい。同極どうしは反発する。コイルにはそのような磁界が発生する。磁界に対抗するのは磁界だから。ところで磁界と電流というのは、兄弟のようなものだ。そのような磁界ができるように、応援団の電流君が発生する。磁界によって誘導されて(手招きされて)生じた電流だから『誘導電流』君だね。その向きは『右ネジの法則』で考えればよい。だいたい、電流と磁界の関係はすべてこの法則と作図で片付いてしまうものだ。 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆さて、「来ないで!」という叫びでしょげた磁石君(下のN極)は、すごすごと遠ざかろうとする。すると、コイルさんはあわてた。「行っちゃイヤ~! “Shane! Come back !”…戻ってきて~!!」N極君を行かせないようにするには、それを引きつけるS極をコイルに上側に作ればよい。すると全体的にそのような磁界ができる。これをまた応援する向きに電流君が顔を出す。…右ネジの法則で作図。これで気を良くしたN極君がまたコイルさんに近づこうとすると・・・・あやや、また「イヤ、来ないで!」。しょげて離れるとまた「行っちゃいや~!」このくり返しに・・・哀れな磁石君。コイルさん、素直になろうね。とまぁ、こんな調子かな。一方的にしゃべったけど、わかった? 恋留子ちゃん!?恋留子: たぶん。作図してみるね。
2007.02.17
中3生H君。最後の総合テスト理科。【問い】右図のような装置(磁石とコイルの組み合わせ図)で流れた電流を何と言うか?の解答欄に『電磁誘導』と書いた。おいおい!勿論正解は『誘導電流』だが、このH君に限らず、『電磁誘導』と『誘導電流』はなんとなく紛らわしいのか、ごっちゃになる生徒が多い。教科書の説明では〔電磁誘導〕 コイルの内部の磁界が変化すると, コイルに電流を流そうとする 電圧が生じる。この現象を電磁誘導といい, このとき流れる電流 を誘導電流という。誘導電流は・・・(以下 略)とある。生真面目な子は、これを読んだらこの文をそのまま覚えようとする。この文から、キー言葉の『電磁誘導』と『誘導電流』を取り出せないのだ。また、文の組みかえをしようとする発想がない。文を覚えたとしても、 “じゃ、おい『電磁誘導』って何?”, “『誘導電流』って何?” ってきき直すと、それには答えられない。でも、この文そのものは言えるのだ。ここでこちら側が “『電磁誘導』ってのはな、磁界を変化させることによって、 電流(が流れるように)誘導することだよ” “そしてその誘導によって生じた電流が『誘導電流』さ” と、その専門用語の漢字の分解(この場合は修飾・被修飾の関係)から 説明してやると、今度はこの説明を覚えることはできる。覚えれば今回のテストの発問のような形なら正解になることはできるだろう。だがしかし、それ以上にはならない子がけっこういる。このような子の特徴は、ほとんどの話が小間切れにぷつっ、ぷつっと切れて、一貫性がある話にならないことだ。H君も以前はそうだったが、今はその段階はクリアしている。一問一答式の大量反復テストをこなしたとして、小間切れ知識は増え、一問一答形式の“なんと言うか”式テストなら、できる範囲は増えるだろう。このような子を国語や英語の長文読解ができるようにするには、どこをどういじっていけばよいのか?『対話』を基本とする作文・小論文訓練の重要性は、こんなところにもある気がする。小学校時代から、『作文』がもっと重要視されてもいいのではないか?もっとも、それを見る側が子どもの書いた文から何を見抜き、どのように導こうとするかが一番問題なのだが。
2007.02.16
私の好きなブログの1つがこれです。willseeds教室(神戸)のTOH先生。私はふだん『(大和)撫子(なでしこ)先生』とお呼びしているのですが、ご本人はこの呼び名をかたくなに受け入れてはくださいません(-_-)まったく頑固者め!! (-_-) (>_
2007.02.15
昨日の記事『お母さん、それはよしましょうね 』について、コメント欄によく登場してくださるtanAさんから、次のようなメッセージをいただきました。全文をご紹介します。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ウロコ先生こんにちは。以下は、大棟耕介さんの著作「ホスピタルクラウン」からの引用です。 (コメント欄に書きたかったのですが、引用しても 良いものかどうかわかりませんでしたので。 ) ・・・・・・・・・・・・・・・・(引用開始)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・子どもたちと遊んだ後、その子のお母さんがよくこんなことを言う。 「自分の子がこんなに笑うってこと、忘れていた」 子どもが本気で笑った姿をみたことがない。病院にはそういうお母さんがいっぱいいる。 そりゃ当然だ、とぼくは思う。 なぜならぼくが子どもを笑わせるプロだから。 といいたいところだが、本当の理由はそうじゃない。 子どもは、ひさしぶりにお母さんが笑っている姿を見てうれしいんだと思う。 病院にいるお母さんたちはひどく疲れている。 家と病院とを毎日毎日往復しているし、ずっと子どものそばについていなきゃならない。 なにより子どもに対する罪悪感や不安で、心身ともに休まるときがない。そんなお母さんの状態を、小さい子どもは敏感に感じ取ってしまう。そのせいで母子いっしょにふさぎこんでいることが多い。 だからぼくはお母さんとも遊ぶ。めいっぱい笑ってくれるまで、何度も何度もギャグやいたずらをしかける。やがてお母さんとぼくとの呼吸が合い、子どもはそのやり取りを見て笑い、そこにすてきな三角形が生まれる。そのとき子どもはこう思っているかもしれない。 「お母さんがこんなに笑うってこと、忘れていた」 ・・・・・・・・・・・・・・・・(引用終わり)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・子どもとお母さんの関係、難しいですよね。 子どもも親も多くのことに呪縛されている気がします。心ある先生方のブログで、少しでもその呪縛が解けますように。失礼しました。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~tanAさん、いつも本当にありがとうございます。お母さんの笑顔、これだけは父親も絶対にかなわない、100万ドルもかなわない。お母さんが芯から笑顔になれば、すべての雪は融けるのです。
2007.02.14
つい先ほど、初めての体験入学(学力診断が第一目的)の女の子(中1)が帰った。学力診断は、新たなテストをするよりも今までの学校のテストを持ってきてもらった方が、手っ取り早くできる。お母さんも同席。数学・・・計算問題で合ったりあわなかったり。その他はほぼ全滅。英語・・・総崩れ国語・・・漢字からして総崩れ私: う~ん、相当重症です。 毎日2時間の家庭学習を続けたとして、平均点まで行くのに1年計画です。母: 毎日1Pノートはやっているんですが、ただやっているだけなんでしょうか? あんたよく考えてやってるの? 先生、いいやり方ってないんでしょうか。 この子に教えていただきたいのですが。私: 無理ですね。「考えてやっているの?」と言われても、わからんことだらけの内容を 一人で考えられると思いますか? いいやり方・・・「要領よく」というのは、内容がわかってきてからのことですね。母: この子は授業を聞いているのかどうか・・・私: お母さん、それは酷な言い方ですよ。 聞いていてわかることなら、人間誰でも聞けと言われなくても聞きます。 まったくわからん宇宙語だらけの内容をずっと聞いていられる人がいたら、私は尊敬 すると同時に、“超鈍感!”の烙印を押しますよ。 今私がお母さんに素晴らしく難解な学術論文を呈示したとします。お母さんはそれを どのくらい読めると思いますか? 授業は、その子にとってわかる授業なら言われなくても聞きますし、ちょっとわからな いくらいなら真剣に聞くように努力するでしょう。 まったくわからないのなら・・・聞けないのが人間らしいというものです。 この子は人間らしいんです。ねっ、Yちゃん。 ・・・表情が固かったYちゃん、ここで初めてにっこり。私: 朝礼で、よく『校長訓話』ってありますよね。あれほとんど退屈でみんなざわざわ。 そんなとき陪席している先生の一人が、たいてい子どもたちに向かって 「お前たち、よく聞け!」 って怒るでしょう。 あれ、私は昔よく「筋違いだ!」と反発心をこらえきれませんでした。 俺たちは校長の話が面白くないから聞いていないんだよ。聞いて欲しけりゃ、 校長が「俺たちが聞きたくなるような内容と話し方」をすればいいんだ。 つまらん話を聞けと強制する権利があんたたちにあるのかい? 大人だからって、そんな横暴を俺たちに強いていいわけないだろう。 あんたが校長に向かって 「校長、あんたの話が面白くないからみんなが聞かない。 もっとみんなが聞きたくなるように話しなよ!?」 ってたしなめるようなら、俺たちゃ、あんたを尊敬するぜ。母: そんなふうに考えたこと・・・ありませんでした。私: そんなものじゃないですか。この子が私の話を聞かないとしたら、それはこの子が悪い のではなく、私が悪いのです。 そうだろ、Yちゃん。またまたYちゃんにっこり。私: どう見てもこの子の方に一方的に問題があると考えられる場合を除いては、 子どもだけを責めるのはよしましょうよ。母: そういえば、私、今までこの子にいっぱい無理を言ってたような・・・私: お互い様ですよ。これから無理無いペースでわかることを積み上げていきます。 小言は、この子がある程度わかるようになってからにしましょうね。 じゃYちゃん、始めるか?Y: うん母: 先生、この子、今までに誰に対してもこんな気持ちいい返事したことないですよ。 どうしちゃったの?私: 今までこの子は、この子にとってそれだけ酷なことを言われ続けてきたんですよ。母: 今日来るときこの子は「お腹が痛い」と言ってて、診断していただいたらそれで帰る つもりだったんですが・・・「あんたどうする?」Y: 「私、まだやってく。先生、いいよね」私: 当たり前じゃないか。じゃ、時間までね。ぐあいが悪くなったら言うんだよ。Y: は~い♪お母さん、勉強について、一方的に子どもに小言を言うのはやめましょうね。言い分も聞いてあげてからでも遅くはないんです。子どもが 「自分でもわかるようになるかもしれない」 という希望を持たせることが第一の突破口ですから。今日のお母さん、偉かったですよ。 あとは引き受けました。
2007.02.13
中2の男子M男。 「先生、日付変更線がよ~わからん。 日付変更線をはさんで、どっちからどっちへ行くときに、 日付をどう変えたらいいんですか?」こいつは数学・理科がメチャ得意なくせに・・・・(-_-)こいつには細かい説明はいらんな。じゃあ、と・・・教室備え付けの地球儀をど~んと持ってきて私: おいM男、いいか、日付変更線は東経180°かつ西経180°じゃ。 東経180°と考えて、ここが1月1日の午前0時じゃとすると、 そこから西の日本、東経135°では何月何日の何時じゃ?M: え~と45°の差があるから12月31日の午後9時。 私: じゃ、0°のイギリスでは?M: そこから更に135°差があるから、135°÷15°=9で、更に9時間前。 あっ、12月31日の午前12時。私: そこから更に西に行けば、時刻はこのように後戻りするよな。 小刻みに西にたどって、西経180°の地点(日付変更線)では何月何日の何時か、 一足飛びにじゃなく、経度15°ごとにズラして書き出せ。 ・ ・ ・ ・ ・ さあ、何月何日の何時じゃ?M: え~と・・・12月31日の午前0時。 あっ、ちょうど24時間、一日遅れてる。 そうか、日付変更線をはさんで、西経側は一日遅れなんだ。 だから・・・私: そうじゃ。先生にきいてくる前に、お前ならこの程度のことは自分で小刻みに試せ。 それもしないでいきなりきいてこようとは何事ぞ!?M: は~い、すみません(^^;)(私の本心) いや、お前の力は認めとるぞ。 こんな説明とは言えぬ説明で、理解できるんじゃから、たいしたもんじゃい。 お前レベルになれば、何でもやってみることじゃい。 ええぞ、ええぞ(^^)/(口に出ると)私: あほんだら。以後気をつけい・・・怒・怒・怒・・・(実は(^o^)・(^o^)・(^o^) 素直でない私でした・・・反省・・・しないよ!?
2007.02.12

日曜日、久しぶりに完全休養といきたいが・・・なかなか。昼間はまたカミさんと日帰り温泉に行ってきた。お仕事の先生方、ごめんなさい。カミさん共々ちょっと遠出の気分だったので、前日にあれこれ温泉紹介雑誌で物色。足の湿疹の治癒のことも考え、なるべく硫黄泉か硫酸塩泉の温泉を探す。北信濃の山奥にはこの硫黄泉系が多いが、山奥では「雪」が心配。でも「奥地まで入らなければ、雪の少ない今年は大丈夫なのではないか!」そんな希望的観測のもとに、結局初めて行く蕨(わらび)温泉に決定。平地にはまったく雪がなし。山道を蕨温泉に近づいても雪がなし。ところが蕨温泉に近づくと、降りてくる車の天井部分には、雪を厚くかぶった車がちらほら。ちょっと不安がよぎる。近づくにつれて、辺りや道路にも積もった雪が現れだし・・・目的地まではけっこう山道の上り坂。積もっているなよ!着いた。大丈夫だった。 持って行ったデジカメ、電池切れで1枚も撮れず。これはカミさんの携帯電話で撮ったもの。(ちなみにウチはカミさんと娘が携帯電話を持っていますが、私だけ今も持っていません) 写真ではわかりにくいが、ふれあいの湯の屋根にはけっこう厚い雪が。温泉につかる前にまずは腹ごしらえ。すぐ脇のお蕎麦屋で、ザルと天ぷらのかきあげ。そして「もうちょっと」と、その隣のお店でおやきを。「おやき」というのはやはり信州の郷土料理。同じ信州でも、土地土地によって、製法や味がけっこう違う。私はおやきも大好きだ。田舎料理っぽいものが性に合う。生まれ故郷の信州松代ではふかしたものを油でまたちょっと焼くのだが、近間ではいろりの灰で焼き固めるのもある。ここのおやきはふかしただけのものだった。そのような土地もある。どのようなものもみなおいしい。昔ながらの郷土料理、田舎の味だ。そのあとたっぷり一時間ちょっと内湯と露天風呂につかった。露天風呂の気温は、男湯の方で0℃(カミさんの入った女湯では4℃だったと言う)。雪を見ながらの寒さの中の露天風呂もまた格別。十分満足できて帰路へおよそ一時間弱。夕刻に結局またメールチェックで教室へ。そしてこの日記をアップ。これから帰宅します。ここの硫酸塩泉、足にやっぱり効いてます。 行って良かった。
2007.02.11
いろいろな家庭があり、いろいろな子がいる。(1)親と子どもの双方とも覚悟ができている場合 私も常に強気だ。 「よしっ、それで行こう!」 ・・・不思議なことに(本当は不思議ではないのだが)、学校側からどんなに 「合格はあり得ない」と言われていても、合格してしまうものだ。 注)…今の長野県は、内申点の比重は高校の裁量に任されているので、 内申点をあまり考慮しない高校については、特にこのようなことがよく起きる。(2)親に覚悟ができているが、子どもに覚悟ができていない場合。 これが一番難しい。 学校から「安全だ」と言われていても、志望を下げても合格するとは限らない。(3)子どもは覚悟ができているが、親に覚悟ができていない場合。 受験するのは子どもである。たいていは合格する。(4)親も子どもも覚悟できていない場合。 進路相談をされたときに一番悩む。 冒険してもまず力の半分も出せずに不合格になることが多いし、 安全だと言われた高校であっても、不合格になってしまうことがポロポロとある。 まわりから「なんであの子が不合格だったの!?」と驚かれるケースのほとんどがこれだ。塾としてできるケアは、(特に入試に向けた)学力アップ面と、子どもの精神面, 親の精神面までは可能だが、その両者の精神面は家庭の経済面, 諸事情に影響されることが少なくなく、限界を感じることがままある。そんなとき特に「オレがこの子の親なら・・・」と歯ぎしりして、自分の無力さをなじることがある。(1)のようなケースになると強い。昨年、私は2月末の最後の総合テストで学年ビリの生徒をNK高校(学年平均点くらいとっていると合格)に合格させた。学校からは当然「合格なんてあり得ない!」だ。いや、合格したのは本人だ。勉強を嫌がっていた本人が 「こりゃぁヤバイ。これから3年間の居場所がなくなる。 先生、今まで悪かった。オレ、死に物狂いにやるから、助けて!」 と私に言ってきた。入試まで2週間の間、私は特別カリキュラムを組んだ。このような精神状態になった子になら、成算がある。というより、毎年このような子は合格させるだけのノウハウを持っている。決して運良く合格したわけではない。(2),(4)のようなケースでは、時々ポロポロと不合格者が出る。そして滑り止めの私立高校か公立の二次募集高校に進学するか、もう一年再チャレンジに向かうか、どれかだ。ランク下の私立高校か二次募集の高校に行った場合、指定校推薦で私立大学にすんなり行ってしまうことがままある。その高校なら普通以上の実力を持っていたのだから、真面目にやって上位の成績を維持したとしてもそれは当然かもしれない。それが良かったかどうかはまた微妙な問題を含む。再チャレンジの子は、たいていすんなり合格した子よりも、一年苦しんだ分だけ学業面だけでなく良い結果を残すことが多い。しかしそうでない場合もある。だがもっと先でそれを活かしてくれる子もいる。毎年進路相談を受け、進路相談に応じるが、似たケースはあっても当然ながら完全に同じケースはない。わずかに違う要素をも考慮していくと、とてもとても進路指導のことを一般論では述べられない。昔、大手塾にいた頃は、 「不合格なら『力が及ばず、済みませんでした。』と頭を下げて終わりにしろ! それ以上には踏み込むな!!」 という経営者の指示のもと、それだけで終わらせていた講師が多かった。 頭を下げたあとは、もう笑顔で別の講師と雑談しているような連中もいた。 私には耐えられなかった。独立して個人塾にしたのにはいろいろなわけがあるが、他の講師に気兼ねすることなく、自分の良心に背かないようにやりたかったことが一番の動機だ。ただ、そうすると、この時期白髪がとてつもなく増える。また一人故の別の問題が出てくる。子どもの人生選択に拘わらざるを得ない、重い仕事。子どもを預かるとは、そういうことではないのだろうか。道筋をいくつかたてられるも、目前の成功を選ばせるか、遠回りさせた方が良いのか。「どうするのがこの子の人生にとって最善の道なのか!?」どこかで割りきって一線を引き、アドバイスはするが、これからのその子との関わりをも考慮して、毎年悩む。
2007.02.10
長いので2回に分けて、後刻に〔2〕をアップします。昨日のレク先生のブログから始まった進路指導についての記事。それがしんた先生, スパピン塾長, ヴァージャー岡本先生と続いて皆さんがご自分の見解を書かれていた。私は正直、進路指導についての見解を書きにくい。しんた先生の記事へ歯切れ悪いコメントを入れたが、毎年この時期になると白髪が急に増える。若いときは、入試の決着がつくと、それらの白髪はいつの間にか黒髪に戻っていたが、今はこの時期に増えた白髪が黒髪に戻ることはなくなった。私にとって未熟なことに、進路指導には一般論として抽象化できるものがないのだ。あるのは、毎年の一人一人の生徒の個別的事情を考慮した、まさに個別論だけ。そして更に一般論を書きにくくしているのは、「私は塾生の親そのものではない」ということだ。私が非常にデリケートな事情を抱えている子にアドバイスするときに時々使う言葉で、「もしもお前が自分の子であったら、先生はこう言う。」という前書きがある。同じ言葉は、親から相談されたときにも時々使う。「もしも○○君が自分の子なら、私は以下のように言います。」と。親と塾講師との違い。それは親は受験の合格後でも不合格後でも、精神的にも経済的にも面倒を見続けることができるということである。いや、それでは正確ではない。親なら、 「高校入試や大学入試、入社試験ですら、 そんなことはその子の人生の通過点でしかない」 という見方から、その子が単独では何とかならないことに、手を貸すことができる。また、そうすることが親の義務でもある。先日も、受験を控えた自分の娘には、親としてのアドバイスをした。 「お前の人生をサポートするのはお父さん・お母さんの役目だ。 お前がよく考えて『こうしたい!』と出した結論なら、 それが考慮不足と認められない限り、経済面はお父さんとお母さんが引き受ける。 したいようにせよ!」 と。講師は親ではない。家庭の事情には口出しできる部分と口出しできない部分がある。また、その子の家庭の経済面には、こちらからは絶対に口を出せない。その子の後の経済的な面倒までこちらが面倒を見れるわけではないし、よしんばそれができるとしても、するのはその親に対する越権行為である。塾生を自分の子どものように見ることは多々あるが、しかしそこには超えられない、或いは超えてはならない一線が明確に存在する。その一線を意識しないで、軽率に(としか思えない) 「みんな自分の子だ!」 と軽く書かれたものを目にすると、ぞっとする。進路指導でどうしようもないジレンマは、「この子は自分の子ではない」ということだ。この子が自分の子なら、どんなにかアドバイスがラクだろう。 「やりたいようにやれ。 どんな結果になっても、あとの面倒はみてやる。 また次に向かって足を踏み出せばよい!」 で済む。いろいろな家庭があり、いろいろな子がいる。 ・・・・・・〔1〕はここまで。また後刻に。
2007.02.10
純粋に教務ネタです。昨日のイチロー(YO高校1年生…あだ名にもかかわらず女の子)、学校の宿題プリント真っ最中。進学高校なので、もう数IIBに入っている。見ると因数定理を使う高次式の因数分解。“どうせ・・・”と見ていると案の定1つ1つを全部組立除法を使って解いている。ウズウズ私: おいイチロー、何やってんの!?イ: 因数分解。私: そんなこと見ればわかるわい。 で、見た瞬間の因数分解に、なんでいちいち組立除法なんぞ使ってるんじゃい。 時間とスペースのムダじゃ。イ: えっ、だって、割り算しなければ残りの因数が出ない。私: アホぬかせ。先生の弟子でこんなの割り算でやるヤツはおらん。破門候補じゃな。イ: えっ、割り算しなくてできるの? (学校の)先生は「組立除法でやるのが一番ラクだ」と言ってたよ私: ああ。アホは、見ただけでわかるものを、見ただけでやらん。 困ったもんじゃい。イ: センセぇ、どうやるの? 教えて! 教えて!私: だから見ただけでやるんじゃい。見・た・だ・け・で・・・・イ: センセ~えぇぇぇぇぇ私: うるせぇ・・・・ったく。じゃ、よぅ聞いとれよ【一問】 X'''+3X''-X-3 を因数分解せよ。 (「'」は「○乗」とする…指数の入力やっかい) 与式=P(X)とする。P(1)=0より、 与式=(X-1)(X''+4X+3) =(X-1)(X+1)(X+3) はい、終わり。イ: (X''+4X+3)の部分をどうやって出したの?私: 見たままに。イ: センセ・・・・私泣いちゃう・・・よ私: おいおい、よせよせ。わかったよ。 P(1)=0 から、P(X)=(X-1)( )という形になる保証がある。 右の( )に何が入るか、降べき順に考えていけばよい。 元の式の両端、X'''と定数項の-3を見れば、( )の両端が決まる。 P(X)=(X-1)(X'' X+3) になるじゃろ。こうでないと開いてX'''と-3が出てこない。 あとは真ん中のXの項の+,-と係数を決めるだけじゃ。 ここまではいいか?イ: うん。そこまではわかる私: そりゃそうだ。こんなのは小2でわかる。イ: センセ、やっばり・・・私・・・泣く私: じゃかぁしい。 で、これを展開したときに元の式になるようにしてやる。 X''の係数かXの係数のどちらか一方を使えばよい。 〔X''の係数+3を使う場合〕 展開してX''になる組合せを弧でかく。2箇所だ。 ( X - 1 )( X'' X + 3 ) │ └──┘ │ │ -1 │ └────────┘ ここの数? ←上で-1があるから、ここが何なら+3になるか? ( X - 1 )( X'' X + 3 ) │ └──┘ │ │ -1 │ └────────┘ +4 ←これで-1+4で+3になる。 だから ( X - 1 )( X'' +4X + 3 ) │ └──┘ │ │ -1 │ └────────┘ +4 ←これで-1+4で+3になる。 ほら、割り算しなくても、つじつま合わせだけで出たろ。 そして ( X''+4X+3 )を更に因数分解すればよい。イ: あっ、これならラクそう。センセ、他のもこれでやってみる わっ、楽しそう私: ちゅうことじゃい。イ: 先生、ありがとう私: 慣れたら、こっちの方が圧倒的に速いからな。 よしよし
2007.02.09
先日このブログの読者の方からメッセをいただいた。楽しいお話しだったが、最後に > 唐突ですが、ウロコ先生は八杉晴美先生(ご本人または著作)をご存知ですか? とあり、恥ずかしながら私は八杉晴美先生という方は存じ上げなかったので、すぐにネット検索をかけた。そして偶然これを見つけ、読みいってしまった。八杉晴美先生の書かれた「甦れ笑顔」という本の一節「わかりません」だそうである。読みいって、本当の優しさ, 強さについて、S子(中2)と重なった。S子は小学校時代から目立つことは嫌いな、そして人当たりの良い子だった。そのクラスに一人、不登校気味で、登校してもほとんどが保健室に直行というD子がいた。D子は、別にいじめにあっていたわけではない。そのクラスの担任の先生はよくできた方で、クラスの雰囲気も良く、みんな仲良しでまとまっていた。D子も明るい子で、普通に話していたら別に欠陥がある子ではない。ただ、なんとなく多くの子たちの中に入るのが苦手なのだろう。小学生くらいでは、こういう子が時々いる。ほとんどを保健室で過ごすかぎり、教室でやったことの連絡とか宿題, 連絡事項などをD子に届ける役を受け持つ子が必要だ。これがじつはけっこう勇気が必要なのである。連絡を渡すだけならすぐに済む。しかしそのような事務的なことで済まさずに、D子と話し込んだら、その間自分はクラスの子たちとは離れることになる。これがクラスで「浮くこと(→なんとなく疎遠になる)」になりかねない。小さな子にとっては、少しでも仲間はずれにつながるようなことは恐怖なのだ。S子はこの役を自分からかって出た。そして毎日のようにD子のいる保健室に行き、少しでもD子と話す時間を長くとり、そして教室に戻った。D子が学校を休んだ日は、D子の家に届け、話した。S子はそのことによってクラスで浮くこともなく、うまくやっていた。でもS子にはもどかしさがあった。D子はS子に心を開いている。しかしS子にとって、D子のことで理解できないことがある。S子は、D子のような子をもっともっとわかりたいと思った。でもそのときの自分には、あまりに知らないことが多すぎることを痛感していた。中学生になっても、D子はやはり保健室登校か学校を休むことが多い。S子はここでもまたD子と同じクラスになった。そしてまた連絡係をかって出て、している。今のS子には秘かな目標がある。大学に行って『心理学』を深く学びたい! ということだ。今のS子の頭には、D子だけでなく、D子のような友をもっとよく理解したいということでいっぱいだ。S子が懸命に勉強している姿を見て、以前私が “どうしてそんなに真剣に勉強しているのか?”をたずねたとき、S子が私に話してくれたことだった。「優しいけど強い」私はS子の日常にそんなことを強く感じている。 S子よ、一緒に歩んでいこうな!
2007.02.08
ある大学の二次試験。和文英訳問題に、『次の各物の説明を英語で書きなさい』という問題があった。そのうちの1つ。【自動販売機(vending machine)】そこを受験するある生徒が次のように書いて、“添削してください”と持ってきた。(その生徒が書いた英文を和訳) 私たちが何か欲しいとき、コインを入れてスイッチをオンすると、 それを手に入れることができる機械。 おいおい、自動販売機はコインだけじゃないだろう。紙幣だって使えるぜ。 それにスイッチって、電源をオン・オフするものだ。 1回1回スイッチを入れたり切ったりするかいな!?と言いつつ、生徒と2人でふっと気になって少し古い広辞苑を引いてみると、硬貨のほかに「紙幣」が入っていた。その子の最新の電子辞書では「カード」が加わっていた。そして更に気になって、What is a vending machine? でネット検索をかけてみた・・・(私たちって、ヒマ人?)5通りの英文の解説があったが、投入するものに一番こだわった解説には、 ・A self-service device that, upon insertion of a coin, paper currency, token, card or key, ・・・・ と、coin(貨幣), paper currency(紙幣), card(カード)のほかに、 token(代用貨幣)とkey(キー)まで入っていた。一番簡単だったのは、 ・A vending machine is a machine that dispenses merchandise when a customer deposits money, ・・・ と、“money”の1語で済ませていた。どこまで説明してあれば可とするか、英文として文法的な誤りはないか?後者の判断はラクなのだが、「どこまで書いてなければ減点するか!?」。本番の採点者が自分ではないだけに、何が完璧答案かの判断に迷うそれにしても「何を投入すれば」については凝りすぎか?ちなみにもっと昔の辞書ではどうなっているかを知りたくて、自分が高校時代(ウン十年前)に使っていた英英辞典を見たら・・・・vending machineは載っていなかったそりゃぁそうだよな、あの頃自動販売機なんて無かったもの。「辞書の説明は時代と共に変化する」を目の当たりにしてしまった。 ウ~、“おっさん化現象”か!?
2007.02.07
最近中2の連中から理科の気象でも、特に湿度の質問が集中する。『度』の言葉の意味がわからない。そして主人公の『水蒸気』のイメージが湧かない。そりゃそうだよね。『水蒸気』って目に見えないし、「水の気体だ。」なんて言ったって、イメージづくりを助けることにはならない。【教科書(東○版)の湿度の説明】では、 湿度は, 空気中にふくまれている水蒸気の量(質量)が, そのときの気温での 飽和水蒸気量に対して, どれぐらいの割合であるかを, 百分率で示したもの である。 1m^3の空気中に含まれている水蒸気の質量[g/m^3]湿度=────────────────────────×100 その空気と同じ気温での飽和水蒸気量[g/m^3]となっている。何の説明, 解説も無ければ、この説明はふつうの子たちにとっては『宇宙語』のオンパレードだ。 『湿「度」』,『空気中にふくまれている「水蒸気」の量』,『質量』, 『「飽和」水蒸気量』,『どれぐらいの「割合」』,『百分率』, そして計算式の 『「なぜ分子の項目(“露点”の意味を含む)を分母の項目で割るのか」』, 『「×100」は何のため?』これだけ『宇宙語』があると、解読は不能だろう。“公式だから覚えよ!”では、ちと(いや、かなり)かわいそうである。苦行も強いてよいことと悪いことがある。私がどんな解説をするかはここのテーマではないので、書かないけれど、自分では『バスの乗車率』から説明して、子どもの頭でモデルを作りやすいようにしてから、上の各語をバスの乗車率のモデルに結びつけていく。そして物質の三態, 蒸発と沸騰の違い, 物理変化と化学変化の違い, などなど関連項目まで及ぶ。質問された事項は、ここでも理科全体を理解するための入り口に過ぎない。これを契機に理科全体(場合によっては数学や社会の公害問題, 英語にまで広げる)につなげてしまいたいのだ。本文とは全然関係ないけど、こんな提案いいなぁ。「満開の桜の木の下で、想いを酒の肴に飲み交わす」、実現したら何としてでも参加したい。
2007.02.06
最近あちこちの塾長先生ブログで語られることが多くなったマインドマップ。マインドマップというものをまだご存知ない方は、「マインドマップ」でネット検索をかければたくさん出てきます。利用法はそれこそ無限にあるといってもいい。勉強でその教科の整理に当てることもできるし、また「う~ん、わからん!」ってときに自分が考えた過程をマインドマップで表してみると、なにが不足しているのかがわかることがある。また、何かの講演をメモするときも、箇条書きで書くよりもずっとスピーディーにメモできるので、講演者の方に注意を向けていられる時間が長くなる。作文や小論文の課題で、何を書くか(What)、どのように書くか(Why, How)、何を削るかなど、箇条書き下書き法よりも短時間にいろいろやりやすい。でもね、“mind(心,精神の) map(地図)”というくらいで、この発祥はヨガの瞑想や禅の瞑想から来ているんだよ。自分の心を、禅の高僧のようにじっと座禅を組んで見つめ続けるのは、訓練がないとちょっと難しい。慣れない人の座禅では、膝が痛くなってきて、いつのまにか注意がそちらへ行ってしまい、自分の心を見つめるどころではなくなるからね・・・ハッハッハッ。マインドマップでは、今ある自分の心の中を図化(あるいはキーワード化)して書き出していけばよい。結跏趺坐(けっかふざ…座禅の座り方)を組むわけじゃないから、膝の痛みとは無縁だ。“無念無想”なんて言葉があり、これが“何も考えない、何も想わない”なんてよく誤解されているけど、全然そんな意味じゃない。人間なんて、雑念と妄想に徹底的に縛られている動物だ。そして何が雑念で何が妄想かが自分ではわからないから始末がわるい。マインドマップを、“自分を見つめる”ことに使ってごらん!例えばA4くらいの大きい紙を使って、『自分の短所・長所』なんて項目から枝をあちこちに伸ばして書き出していく。禅と同じく、このとき「思考」してはいけない。今の自分が感じているままに書き出すんだ。書き出されたものが、今自分が「短所・長所と『思いこんでいる』こと」さ。“これ以上書き出すことは今の自分にはもうない”というところまで来たら、そこでストップ。さて、これでこの紙をポイしたら・・・・マインドマップをした意味がない。ここからが本番。書き出したことを何回も何回も見直そう。書き出したことは今のありのままの自分だ。恥ずべきことは何もない。そして、“これを第三者が見たらどう思うか?”という、別の視点で冷静に見つめよう。 “Aさんが見たら何て言いそうか?・・・” “Bさんが見たら何て言いそうか?・・・” “C先生が見たら何て言いそうか?・・・”そして “もう一人の自分がいると仮定して、その自分は何て言いそうか?・・・”賛成意見も出そうだし、反対意見も出そうだ。“これは全員こうみるなぁ!”というものもあれば、“これは意見が割れそうだぞ!”ということもありそうだ。書き出したことの順番はどうでもいいから、そんなふうに書き出したことを『別の目で』検討してみるんだよ。自分がはじめに書き出したことは、そのような自分に対する問題提起にすぎない。でも、こんなことをしてみると、 “今までの自分はどんなにか『思いこみ』が多かったのか!?” ということに驚かされると思うよ。自分が一人の『自立した人間』になろうとするとき、自分自身が自分自身を客観的に眺めることができるようになると、他者への理解が深まる。やっていいこととやっていけないことの区別が、「人間として」という観点から判断がつくようになるだろう。自分が自分を律しなければならない。他者の人間としての存在(心の自立性)を侵すことだけは絶対に許されないことだ。ここには、(強制、アジテーション、甘言、手段を問わず)、自立性を育もうとしている人間の妨害をすることは他者の人間としての存在を侵しているということも、また含まれている。そんなことまで当たり前の自己認識としてできるようにしておかないと、社会科学系の小論文を書かなければならない立場にたったとき、独りよがりの、見るに堪えない自己満足的な小論文(?)ができあがってしまうことがよくある。ふだんから、まず他者に無条件には依存しないで自己を見つめる訓練をしておくとよい。心しような!!
2007.02.05
DrNERO先生、大仕事そして素晴らしいお仕事ご苦労様でした~さて、今日は午後カミさんと一緒にまた近間の日帰り温泉へ。信州は元々温泉王国。そして最近は更に日帰り温泉施設がわんさかできている。我が家から車で半径15分以内の所だけで何カ所あるんだ~?東に車を走らせると、すぐに山にぶつかるから、この方向だけは無し。あとの7方位は、どちらに向かっても日帰り温泉施設がある。もちろん泉質はみな違う。1, 2, 3, 4, ・・・合計8箇所。もう少し足を延ばせばもっとあり。きれいな話でなくて恐縮だが、体調が悪いときにはひどくなる両足の裏の湿疹。最近は湿疹にとどまらず、数カ所に切れ目が入って、歩くとそこがバカッと開き、ギクッと鋭い激痛が走ることもある。勿論生来の医者嫌いで、当然医者には行ってない。ところがこれが長時間温泉に入ると、す~と良くなることがある。どうも硫黄泉系とナトリウム, 塩素泉系が効くようだ。でも硫黄泉だからといって、どこの温泉でも効くとは限らない。今までで一番はっきりと効果があったのが草津温泉。そして驚いたのが今日行った稲荷山(いなりやま)温泉杏泉閣(きょうせんかく)。一応硫黄泉(?)のはずなのだが、ほとんど硫黄の匂いがしない。こりゃあ、効果は期待薄かな? と思いつつ、長時間入っていると効いてきた~! 効いてきた~~!! 効いてきた~~~!!!あれっ↓、草津温泉の次くらいに効いてきた。こりゃぁいいぞ夕刻に教室へ。そして今日入っていた新しい用件を処理してただけでもうこの時刻。たまっていた用件はまったく手つかずしゃぁない。家を出る時、たまにはカミさんと一緒に酒を飲もうかと思っていたので、そろそろ帰らなければ・・・ということで、今日はこんな内容でごめんなさ~い。メールいただいている方、まだ皆さんにはお返事できていませんが、明日お返事しま~す。お許しを~m(_ _)m
2007.02.04
今日は紹介ばかりでごめんなさい。だけどこれも皆さんに是非ご覧いただきたい記事です。考える学習をすすめる会の古くからのメンバーでもある、あの「道草学習のすすめ」のこだま先生のこのブログ。整理ノートつくってつくりっぱなし、問題をノートに解いて解きっぱなしじゃ、ポイされたノートが泣いている。ノートつくるなら、そのノートを徹底的に可愛がらなければ・・・そのようなノートなら、ノートは友であり、また自分を一番励ましてくれる相棒にもなってくれる。自分で勉強を進める際の原点かな。
2007.02.03
中3生では都道府県によってはまだこれからの前期推薦入試で, そして高3生では二次試験や後期試験の多くで課される「作文・小論文」。作文と小論文では書き方がちょっと違うけど、「ただの作文と小論文の違い」…「何が書いてなければ小論文っていえないか!」だけは知っておかなければいけないよね。ちまたに「入試に合格する作文・小論文」って類の市販本があふれているけど、DrNERO先生が最近のブログでシリーズでとりあげてくださってるよ。まだ最終回まではいってない。一連のシリーズをつなげて読んでごらん。「何を書くのが小論文なのか!」が承知できるだろう。そしてぜすと艦長が、昨日のブログで、やはり小論文について別の角度からとりあげてくださっている。お二人とも小論文指導では定評がある先生方だ。読んで、しっかり「小論文の『核』」を確認しておくといい。
2007.02.03
(ある父娘の対話)父親は塾の先生、そして娘は今、大学受験を迎えている。センター試験で英語・国語はまあまあ得点したものの、数学は大失敗。このままではちとまずい。その娘が目指すのは筑○大学。大逆転を企んで、今、二次の赤本を毎日懸命にこなしている。必要なのは英語・国語・日本史。いずれも自分の解答と模範解答が微妙に異なるときには、答え合わせに迷う。そこで「お父さん、見て!」になる。3年前の高校入試のとき、この父親は娘の勉強をほとんど見てやれなかった。大学入試は高校入試とはわけが違う。今度ばかりは、塾の仕事を終えた後は他の仕事を少々犠牲にしても『父親』に戻ろうとしている。なるべく早く帰り、その娘がやった英語と国語の解答をコメントしていく。娘が2時間の制限時間内で解いた問題を、父親が英語・国語の長文を30分程度で読み終え、かつ娘の解答と模範解答の違いまでコメントするのは、さすがにちときつい。しかし、あるもんだな~、「模範解答の方がおかしいよ!」ってのも。その間、母親は隣でネットサーフィンをしながら黙って見ているか、先に寝るか、どちらかだ。この母子、父親を攻撃するときは、まるで一卵性母子のようになる。攻撃というより「バカにする時」と言った方が正確だろうか。一番多いのが、「お父さん、その言葉はもう『死語』だよ!?」である。 「おっ、すごいグラマー!」 ・・・「お父さん、それは死語。今はそう言わない。」(-_-)(-_-) 「おっ、あのアベック、楽しそう!」 ・・・「お父さん、今アベックなんて言う人、いない。」(-_-)(-_-) 「おい、そろそろビフテキおごってやろうか!」 ・・・「お父さん、ビフテキって言い方、今の人はしない。」(-_-)(-_-)言葉になると、この母娘はやたらうるさい。しかも結束してくる。ところで・・・・・一昨日・・・・見つけてしまった。筑○大学の赤本で、つい最近の英作文の問題文。 「次の英文は、アメリカに留学していた女の子が、日本に戻り、留学中にホーム ステイしていたマザーに出した手紙である。文中の日本語で書かれている部分 を英訳しなさい。」この中の一文。 「日本に戻って一番残念なのは、日本ではアメリカで食べたような分厚いビフテキ が食べられなくなったことです」思わず目が点になった。 「おいおい、ここに『ビフテキ』って書いてあるぞ。 お前とお母さんはいつもお父さんが『ビフテキ』って言うと笑ってバカにするけど、 ちゃんとした国立大学の英語の問題文にも登場しているじゃないか!」娘…じっとその父親の顔を凝視して・・・そして呆れたように・・・言った。 「お父さん、・・・・・ この問題文・・・・・ きっと定年間近のおじいちゃん教官が・・・ 書いたんだよ」横でネットサーフィンをしていた母親が、その瞬間パチパチと手を叩いて言った。 「そうだ、そうだ~!」父母娘の三人家族のこの家庭。 多数決ではいつも父親には絶対に勝ち目はない。言い返す言葉も見つからず、またもや悲哀を味わうのであった 「お~い、昔は○○教育大学と言ったこの大学の入試問題文も、 権威としては通用せんのかい」何を考えているのか・・・いつもまったく楽しそうに勉強している娘であった。PS【 お 礼 】本文とは無関係ですが、このブログも昨年9月19日に第一回目を書いてから、途中に休止期間をはさみながらも、今朝3万アクセスを突破しました。アクセス数はあまり気にしないので、ほかの皆さまに比べて早いのか遅いのかわかりませんが、そのときの気分任せで書いているこのようなブログに、いつもおつき合いいただきまして本当にありがとうございます。これからもよろしくお願い申し上げますm(_ _)m
2007.02.02
ある私立高校で今年から(?)「併願推薦」という制度ができた。そして塾生D君が合格した。D君、小6の3月から預かった子だ。その時には漢字はほとんど書けず、語彙は乏しく、話すときも話題がとても幼かった。漢字字典で小学生漢字の、絵からその成り立ちを説明してある、その絵をもかくところから始めた。そして終わってから投書写しと要約・感想訓練に移った。中学の教科書を単独で読めるような段階ではなかった。途中、あまりに学校のテストの点数に反映されないので、親御さんと私との喧嘩まがいのやりとりも生じた。「世の中結果がすべてです。」そのように言われたこともあった。子どもの点数をめぐって退塾のやりとりも・・・いろいろあった。そのD君がとりあえず合格した。本命ではない。合格発表日。午前中「先生、合格したよ!」と、自宅の私にD君から電話がかかってきた。「おおっ、おめでとう!!」数日後、お父さんとお母さんが教室に見えた。お父さんは「自分の高校入試合格のときよりもうれしかった」と涙ぐんでおられた。小6のときには2つの中学受験をし、ともにダメだったとか。 「この子にとって、受験では初めての『合格』なんです。」そしてお母さん。手を目に当てて・・・・ 「投書写しのおかげでしょうか、 最近は私に本当によく話しかけてくれるようになったし、 話題が広がりました。 以前はほとんど話しかけてはくれませんでした。」D君、今は週1回しか写していないが、誤字はゼロか、あっても1つか2つ。題材に、以前のように野球・スポーツ一辺倒ではなく、社会問題的なものも選ぶようになった。本人がうれしいのは勿論だろう。でも、この時のご両親の涙ながらのうれしさのご様子。私の胸にも熱いものがこみ上げてきた。さあ、また本命に向かって頑張ろうな!!
2007.02.01
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