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2008年も大晦日となった。連れ合いと、姫と一緒に高校時代の同級生が営む料理屋に大きな鯛を買いに出かけた。手打ちの蕎麦もごちそうになるし大きな鯛は市中で買う数分の一の値段で分けて貰った。個人的には、今年の前半はやる気もなく沈んでいたが、連れ合いのおかげで後半は人と会うことや、、友人の紹介でゴルフコンペに参加することが出来て、充実した一年になった。海外旅行もパリ、グァムと2カ所に行くことが出来た。また国内旅行は、北海道、九州、信州、伊勢志摩と宿泊旅行を楽しむことが出来たし、日帰りのバスツアーにも2度参加して、年の後半は、これで良いのだろうかと思うほど充実した年だった。さらに、連れ合いに最初ゴルフクラブを握らせたときはこれほどまでとは思わなかったが、10歳も年長の姉と姉の友人のパワーに負けじと連れ合いが、本格的にゴルフを始めたことだ。難しいコースではあるが合計8回もラウンドしたし、マイクラブも購入するという力の入れようだった。ただ、年の後半になって、共通の友人がガンを宣告され、手術や闘病生活に入ったことは残念なことである。病気は時を待たないし、突如襲ってくる。暮れの押し迫った今日も、ベッドで過ごしている友らを思うと何とも気がもめる。世間(世界)は個人的な事情とは全く無関係に過ぎた。今年の重大なニュースが新聞に掲載されていたので、ここに転記しておこう。5/2:ミャンマー大型サイクロン直撃、死者8万4000人超5/7:ロシア、メドベージェフ大統領就任(プーチン首相と双頭体制)5/12:中国四川省地震(M8)死者6万9000人超6/13:アイルランドEU基本条約否決7/11:原油が1バレル147.27ドルの最高値以降急落8/7:グルジア、南オセチア州を巡りロシアと武力衝突8/8:中国オリンピック開催(チベット問題など弾圧強化)9/15:アメリカ、リーマンブラザーズ破綻し金融危機深刻化10/11:北朝鮮、アメリカがテロ支援国家指定解除11/4:アメリカ、オバマ氏が次期大統領確定11/25:タイ、反政府抗議行動で空港閉鎖11/26:インド、ムンバイで高級ホテルや駅などで同時多発テロ日本では、何人もの首相が出ては代わり、果ては、国民の権利である、選挙さえも行使させてもらえない。それでいて強力なリーダーシップがとれているわけでもなく、いたずらに時が過ぎるだけである。リーマンブラザーズの破綻に対し、「蚊が刺したほどの影響もない」と言っていた経財相も、この事態にそしらぬ顔である。今の日本は、蚊が刺すどころか、巨像に踏みにじられているではないか?方や豪華な衣装に身を飾り、華やかな舞台で舞い歌っている一方では、年越しのねぐらさえ追われている人たちがいる。矛盾したこの不条理を、座視するというわけではないが、侃々諤々議論するだけの人間はいてもいっこうに前に進まない。今年の終わりもどことなくゆったりとした気分にはなれない終末となってしまった。来年こそはよい年であらんことを祈ろう。
2008.12.31
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イスラエルによるガザ地区の空爆で、すでに400人近い人が死んでいる。原因は、ガザ地区を実効支配するハマスによるイスラエルへのロケット砲攻撃がイスラエル人を脅かすからであるという。イスラエルの駐日大使は、空爆前に空からビラをまいて、ハマスの施設近くには近寄らないでおくように注意してハマスの施設のみを攻撃したと言っているが果たしてそうなっているのだろうか?BBC新聞ではパレスチナの少女の葬儀を象徴的の報道し、空爆が市民をも殺戮していると報じている。さらに新聞の写真を見ると、重戦車が、ガザの境界線に集結している。民間人とハマスを区別することは難しい。ベトナム戦争時代のベトコンを区別するよりももっと難しい様な気がする。同様のことをパレスチナの駐在大使は述べている。ハマスと一般市民を区別するのは至難の業であり、彼らは同じ所に住んでいるというのだから無差別殺戮と同じになってしまう。この空爆を受けて、ハマスは自爆テロなどの手段で対抗するという。いつまでも終わらぬ戦いの連続、連鎖になる。力で押さえ込むという限界をここでも見せつけられている。元はと言えば、第二次世界大戦後の大国のご都合主義による暫定的ともいえる国境線の策定に絡んだユダヤ人と、パレスチナ人の民族の戦いだから話は表層的には解決しない。その昔、神が、ユダヤ人に土地を与えると約束したと言って、この地に大挙してユダヤ人が移住したことに始まる。神様も罪なもので、土地を指定せず、権利書なども渡さず、且つ先住者との交渉もなしに独断で決められたようであるから始末が悪い。イスラエルの建国は、既成事実を盾にユダヤ人が、大国の後押しで成立させてしまった。エルサレムというのは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教などの共通の聖地である。神様は唯一であるというイスラム教はアラーと呼び、キリスト教徒はゴッドと呼ぶ。そこにヤハウェーを神とするユダヤ教が絡んでくるから話は簡単には解けないのだ。神様は同じで、ただその呼び名が違うだけなのに、骨肉の争いとなってしまう。イスラエルに肩入れするアメリカも、政権交代を目前にしてなにやらもたもたというか、浮き足立っている。その混乱をすかさずイスラエルがついたという形になっている。この空爆を受けて、当然のことながら近隣アラブ諸国は態度を硬化させている。デモや、抗議集会などで終わればよいが、これが各地のイスラム原理主義者達の格好の名目となって、イスラエルにとどまらず、各地でテロ活動が激しくなるのが懸念される。イスラエルの方もオルメルト首相が退任し来年2月に選挙があるから、対パレスチナへの弱腰外交と取られないようにとの政治的配慮も伺えるようだ。パレスチナのアッバス議長率いるファタハはヨルダン川西岸のみを統治するだけで、ガザ地区はより強硬なハマスに支配されているところに問題がある。いずれにしろテロ集団を相手にせず、力で押さえつけるということができなかったし、来年もテロを殲滅することはなかなか難しそうである。世界のどこも、明るい展望の開ける2009年には成りそうもないと言うことを象徴するような事件である。何としても、戦争や、殺戮が早く終わるようにして貰いたい。
2008.12.30
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阪急トラピクス社のバス旅行に参加した。このツアーは、香住海岸での食事と、ひたすら土産物屋で買い物をするツアーらしい。今年はまだかにを食べていないと言うことで、連れ合いが申し込んでくれた。朝6寺に起床し、電車で集合場所の阪急茨木市駅に向かった。朝が早いこともあり、またすでに休日に入っている会社もあると言うことで電車は当然のように空いていた。しかし矢張り寒い。この寒空に放り出された人もいるのかと思うと、我々は何と幸せなことか、と寒さを楽しめることを有り難いと思った。約束の時間には20分も早く着き、添乗員さんに一番に名乗りでた。バスに乗ってからの説明では、何とこのかに食い旅行への参加は、同じ所からバス2台、そして、同じ会社からは合計8台が行くのだという。従って、土産物屋などでバスが混み合うときにはこの番号の車へ乗ってくださいとバスのプレートナンバーを教えられた。発車後すぐに万博記念公園の横を通り、中国自動車道にのったバスは、西に向かって滑るように走った。この日も天気が良い。最初のトイレ休憩で停まったのは赤松PAでここは友人達と岡山に向かうときにも止まった場所だ。外に出ると矢張り寒い。しかし幸運なことに最近はどこに行くにしても雨にあったことはない。すぐに舞鶴自動車道路に入ったようだ、進んでいくうちに青空なのに山間の盆地のような道路周りは濃い霧が立ちこめていた。それでも車はぐんぐん進んでいく。途中のPAで再びトイレ休憩と言うことで停車したが、後ろに三角錐のとがった山があるところだという以外、そこがどこだか良く覚えていない。最初に添乗員さんが言ったように「私はバスガイドではありませんから、ガイドはいたしません」と言うとおり、どこを通って、どんなところなのかと言うことは一切なしで、スポットスポットのおみやげ物を買う地点をたまたまバスで移動する乗り合いバスのような感覚である。最初のおみやげ屋は海鮮せんべいであった。試食のせんべいをつまみながら美味しそうなのを二種類買った。次は玄武洞さんと言うことで、連れ合いは何故玄武洞にさんを付けるのか、玄武岩にも種類がありここの玄武洞はどんな黒色なのか、まだ行ったことがないのでと持ち前の地学の興味をつのらせていたが、何と連れて行かれたところは、おかきの工場(名前が玄武洞屋)であった。昼も近くなり、香住の昼食場に向かった。昼食ではスタンダードとランクアップの2クラスがあることを初めて知った。スタンダードは、かに飯と、かに味噌汁(こっちの方は飲み放題らしい)だが、私たちはランクアップの、かにいっぱいと甘エビなどが付く豪華な食事であった。そこには、長野や岡山、京都などから来た人たちもいて、大きな宴会場は、かにをしゃぶる人でいっぱいになった。私も最初はかにをほじくる道具で、しとやかに食べていたが、周りの人たちの食べるスピードが格段に速く、最後は五本指と口を直接使うなど、まるでカニクイザルのようになってしまった。満足して外に出ると、綺麗に澄んだ空に、日本海の白波が岸に寄せる香住海岸が目の前に開けていた。普通の年ならこの時期は雪で大変だとかという話も聞こえたが、まるで春のようなうららかな光景だった。それからまた、買い物旅行が再開された。海鮮品を売る店や出石の土産物屋により、その他にも何回か停まったが、全くどこがどこなのか分からないまま、夕暮れとなり、バスは一路もと来た道を帰っていった。添乗員さんも言っていたが、通常の年なら雪やその他で、2時間以上遅れることもあるそうで、今日はついていましたと皆さんの行いがよいからだと言うことにされてしまった。ちょこちょこと買った土産物が小分けした白い袋に一杯となってしまったが、丸一日を気ぜわしいながら好天のなかドライブ旅行をしただけでも楽しい気分になれた。今度行くのなら、かに攻略法をあらかじめ勉強していった方がよいかなと思った。
2008.12.29
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夏に高校時代のバスケットボールのOB会で会って以来久しぶりに旧友と会った。その友人も職を転々とした方で結構めまぐるしく変わっている。機械屋で、実直な男だ。人に取り入るとか、人を使って自分が良くなろうとかと言うことには一切無関係で生きてきた根っからの技術屋である。発想もユニークなようで、時に突拍子もないようなことを考えたりするために、周りからは受け入れられないと嘆くようなこともある。おそらく上司であろうが全く関係なく、自分が信じることは主張して引かないタイプなのであろう。朝早くから起きて(これは私と同じ)、近所の山を走り、この冬の寒い日にも水浴びをして、一駅離れた電車の駅まで歩き、未だに会社に勤めているという。それが日課になっているらしく、もうこの歳ではきついだろうと思うが、そう言ったことには無頓着で、自分がやりたいようにやっている。11回も住所が変わったという最終の家に招かれて昼食をごちそうになった。住居は、小高い山(丘)の上に建っていて見晴らし、日当たりとも良好である。隣接の立派な寺を改修する時に、寺の一部である土地が売りに出されたとかで、交通の便は自動車必須という感じだが、周りの環境は良さそうだった。私の家とは淀川を挟んで、向かい側にあるが、その山はほとんどが宅地のために山頂の方まで開発されていた。彼の家は、私の所からは山の反対斜面にあるようで望遠鏡で見ても見ることは出来ない。淀川を挟んで直線距離にしたら実に近い距離に位置している。今までで一番近距離に住んでいることになるのかも知れない。奥さんも高校時代バスケットをしていた4つ若い人だが、彼によくぞ付いてきたと言う感じである。役に立たないことは分かっているが、と前置きしながら、今でも英語の原書を読んでいると言って見せてくれた。しかし、読んでいると、何かとヒントになることもあるらしい。私など翻訳された本を読んでいて、眠気が来る位に理解力が不足しているが、彼はそう言った方面では特異な才能を持っているようだ。高校時代の3年間だけ一緒に過ごし、汗を流して、苦しい練習に耐えてきただけで、長い間会わなくても簡単に親密感持てるものかと思うほど、お互いに歳をとっていても、すぐに昔にワープできる。同じ仲間の中では、すでに早世した者や、体を悪くした者、つい最近入院して病院での正月という不運な者もいる中、何とか健康でやっていることが一番だと言うことになった。短い時間ではあったが、暮れの忙しいときに快く家に迎えてくれたことを感謝しつつ、今度は私の家に二人で出来てくださいと言い家路についた。帰ってから、連れ合いが実家の片付けや掃除をし終わったのとあわせて、近くのスーパー銭湯に行くと、日曜日とあってか、芋の子を洗うような盛況であった。
2008.12.28
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元々5人所帯で始まった高校の同窓会に参加した。私がこの同窓会に参加するのは連れ合いのおかげである。昨年初めて連れ合いについて行ったときは酔いつぶれてしまったがそれ以来正規会員の中に入れて貰って、会員は6人となったようだ。また夏には私の紹介というわけでもないが、もう一人加わって、幹事が案内を出すのは7人になったようである。また、この同窓会は、別の同窓生が経営する魚と日本酒の店で開かれる。持ちつ持たれつというのかも知れないが、魚は新鮮でうまいものをふんだんに食わしてくれる。日本酒はというと、酒好きにはたまらないくらいの銘酒をいろいろ取り混ぜて飲ませてくれるので、通には結構人気の店であるらしい。残念ながら、私はあまり日本酒を飲まないので、どれが良いかと聞かれても即答は出来ない。これがうまいよと言われるとそうかうまいのかと思う程度である。以前別の酒屋での話だが、気取って、辛口をと頼んだら、めっぽう辛いのを頼んでしまったらしくおいしくも何ともなかった経験がある。どちらかというと甘口が好きな体質のようだ。しかし、昨今の血糖値云々が頭にあるから、日頃は酒を口にしないことにしている。そうした生活をしていると、こんな集まりの時に飲めば、ビールをグラス一杯、日本酒もぐい飲み一杯程度でもう顔が真っ赤になってしまい人からはずいぶん飲んだように見られてしまう。そこで自制すると、みんなが盛り上がっている話にとけ込んでいけない。だからといって飲み過ぎても眠くなるだけである。皆定年を迎えている年ではあるが、まだ役員として会社に残ったり、仕事を続けているものもいたり、社会活動に参加している奇特な人間もいる。何もせず、ただ日々遊び暮らしているものにとっては、なかなか提供する話題といってもない。たとえばゴルフの話にしても、私などがちゃらんぽらんに再開したのとは違って、仲間の連中は腕前が違う。ハンディーも一桁の連中を相手に話すことにもなり、あまり乗っていけない。人生の途中挫折というわけでもないが、横道にそれてしまった私の経験談など、話したとしても話題は線香花火のようなものだ。今を第二の人生とすれば、第一の人生の後半はパッチワークで過ごしたわけだから、特別人に話すこともない。また、生まれてこの方、大きな移動で、大阪を2カ所、玉野(岡山)、千葉、東京を2カ所と6カ所も場所を変えているので、何処も故郷と呼べるところがなく、高校時代の同窓会といっても、高校3年間だけのつきあいの範囲に限られる。地元が大阪といえる人たちは、大阪の変貌なり町の変化を話すことも出来るのだが、出戻り大阪人では、今一しっくり会話がかみ合わない。その高校時代も連れ合いとの交際とバスケットボールと最後に進学のことしか頭になかったので、特に高校生活で人脈が広がったというわけではなく、何十年もたって、それこそ袖振り合うも縁とばかりに話すのだから話の内容が深まらないのもこれまた致し方のないことである。一緒に参加していた、別の集まりで一緒だった女性から、「今日はおとなしいね」と言われて、苦笑する以外はない。別の集まりでは比較的饒舌?であったためかそう聞かれたのだろう。出しゃばりすぎてもいけないだろうし、かといって黙りこくっていても場を壊すだろうし、適当に合いの手を入れながら過ごした時間は4時間にもなった。あちこちで別の会合を持つ友らが、ひとつの会合で話す最小公倍数的な話をすることが私にとっては結構気を遣うことなのかも知れない。近況を話しているのを聞いて、彼は今そういうことをしているのかと思うだけで、特に何の感慨もわかない。ただ、暮れになって急性白血病と診断されたバスケット仲間のことが越年の心配事にまた一人加わったという感じである。
2008.12.27
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新聞に昨年の一人当たりのGDPのランク表が出ていた。人によって世界の国数は変わるそうだし、紛争によって生じた国を承認するか否かでも世界の国の数は変わるそうであるが、現在の数は195ヵ国のようである。国連に加盟している国は191ヵ国だそうだから、日本の一人当たりのGDPは丁度上から1割あたりの所にある。何をもって先進と称するのか分からなくなってきたが、とにかく先進7ヵ国中では最下位であるという。19位の中には中国やG7+1のロシアは含まれていない。第1位はルクセンブルグで日本の3倍という結果である。一人当たりのGDPだけで裕福さを計るわけにはいかないのかも知れないけれど、確かな尺度ではあると思う。世界の超大国アメリカは前年7位から11位と下がっているが日本の1.3倍となっている。勿論国全体のGDPを国民の数で単純に割った値であるから、個々の人間の裕福さを示すものでないことは明かである。中国が表に現れていないのと同様に、日本人の経済格差が大きくなっている証かも知れない。しかしここでいつも思うのだが、9位以上の国は寒い国ばかりなのである。ベルギーは少し外れているが、上位は、スカンジナビア半島の3国と、ベネルックス諸国なのである。アイスランド、アイルランドも寒い地方であるし、スイスは少し地域的には違うが、これも高度が高い故に寒い国ということができるのかも知れない。寒さと一人当たりのGDPとの相関関係は見たことがないが、何かあるのかも知れない。飢え死にすることがないくらいに果物などが豊富で、凍える心配のない南国では、日々食料には何とかありつけると、あまり稼ぐことにどん欲ではなく、また稼ぐにも暑くて活動が出来ないなどの問題はあるから論外としても、寒さと一人当たりのGDPの間には何か関係があるのだろう。勿論国としての全GDPはアメリカが1位で、日本は2位という結果になっているので、経済大国と呼ばれているのだが、一人当たりに直すと20位前後と全く中流の国でしかない。おそらくは生産階級の人間に対して、非生産階級の人間が多すぎるからではないだろうか?日本の公務員は約400万人もいる。さらに、金融関係や証券関係など、生産に関与しない人間がいるため、薄まってしまうのかもしれない。適正な官僚の数がどれほどなのか、小さな政府とはどれくらいの規模を言うのかは分からないが、決まったことを決まったとおりにしかやらない、仕事が無くても仕事があるふりをする、放って置けばどんどん増殖する、などなど官僚の弊害ばかりが目に付く。テレビで官僚上がりの人が述懐していたが、国会における答弁を国会議員がするためにその資料準備で大変なのだという。その国会議員たるや、昔風に言う陣笠議員であったり、タレント議員であったりする、数だけ必要な議員があまりにも多い。こんな議員に振り回されるのはたくさんである。まず議員の定数を減らし、小さく効率の良い政府とすることで、立て直すしかない。それと、一番大切なのは、これら議員を選ぶ我々自身が、与えられたチャンスを放棄しないことだと思う。本当に我々にとって必要な人材は誰なのかを見極めることである。寒さで縮こまってばかりいるかと思っていた北欧諸国の人たちは、案外一人一人豊かな生活を送っているのである。だからではないだろうけれど、サンタクロースは寒い国からそりに乗って、我々の所にプレゼントをもって来るのかも知れない。
2008.12.26
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来年度の政府予算原案が決定された。一般会計は総額88兆5480億円で6.6%増、財政投融資計画は15兆8632億円で14.4%増であるという。何故増えるのかと不思議に思うと、国の借金がまた増えて、国際が33兆2940億円と31.3%増だという。何だ、麻生さん家(ち)は借金がほぼ40%近くで回っているんだと言うことになる。まあ、まあるく言えば、半分は借金生活なのである。でも借金が簡単にできるのはすごいことだと思う。私の家が回らなくなったからと言って、例えば銀行に行っても簡単にはいと融資をしてくれるわけがない。高額のサラ金に手を出そうものなら、満期が来たらやんやの催促と電話攻勢等々で、借りたお金の何倍もとられてやがては追い込まれて死んでしまうと言うことにも成りかねない。その点、国債は簡単に出せてつけを孫、子に回すという。来年度の新規借金(国債)を加えると国債の発行残高は581兆円にもなるという。一般家庭で言えば、年収(年支出)の6-7年分に相当するというものだ。国民一人頭の借金は455万円だといつもの事ながら計算してある。私などは、悪いこともしてないし、細々とつましく暮らしていると思うのだが、何故か借金をしていることになっている。つけを孫、子の代に回すのは云々とあるが、経済音痴の私などは、ずーーーーと、孫、子の代に代々送り続ければどうなんだと思う。何代も先の最後がどうなろうと知ったこっちゃ無い(政府も案外こう考えているのかな?)日本という国が破綻するまで国債でも何でも出し続けるのだ。そこで初めて大きな痛みがじんと分かってくるのではないか??(と言うか日本が沈没しているのかな?)今構造改革一つ取っても、かけ声倒れになって、涙ぐんだり、怒り出す大臣がいるが、孤軍奮闘のことでもあり、何とも歯がゆく、動かしがたいものを感じる。言うは易く、行うは難しである。そんな大臣は、党則に反するから戒告だとなっている。(やろうと言ったことを忠実にやったからいけないのか?)とにかく政治家が、政治家でなく、官僚のスポークスマンでしか存在価値がないのがどうにもいただけない。日本と言わず諸外国でも不正はあり、一旦得た特権は離したがらないのが人間である。こういった既得権をどこで断ち切るかは、しがらみがない、大いなる力を持ってなたを振るうことが肝心であるのに、今の政府は、かけ声と、役者は決めていざ屋根に登ってしまうと梯子を外すようなことを平気でやってしまうのだから当てにならないわけだ。行財政改革とは名ばかりで、担当の大臣まで置いておきながら出てきた結果は、「大山鳴動してネズミ一匹」にもならない。明らかに誰が見ても変だという、いわばウジ虫だけがのこのこ出てきた様なものだ。レクレーション費、運動器具、タクシー代、意味のない調査費等々、重箱の隅をほじくった程度の600億円程度の削減だ。(これでもすごいと思うが・・・)2010年1月に国家的泥棒集団「社会保険庁」を衣替えして「日本年金機構」に移行するための経費に44億円もかけるという。まさに盗人に追い銭とはこのことであろう。無駄や不正を行ったもとを罰せず、弱者にしわを寄せる。今の政府の限界はすでに来ているのになかなか止めようとはしない。今必要な人物は「鞍馬天狗」「遠山金四郎」「長谷川平蔵」「スーパーマン」「スパイダーマン」達であろう。ひょっとして「必殺仕置き人」がいるのかも知れない。
2008.12.25
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連れ合いが今月初めにラウンドしたゴルフ場のロッカーにメガネを忘れたので取りに行かなければと言う。それならばと、ついでにと言っては逆になるかも知れないが、ラウンドしようと言うことに急遽決まった。連れ合いは、若い頃入れあげたというスキーに変わって、このたびはゴルフに意欲を燃やしている。今月の初めに自分のゴルフセットを買ってから2回目のラウンドである。クラブを購入する前は、姉から譲り受けたセットの一部と、私のクラブを共用してのラウンドだったためになかなか思うようにいかなかったが、マイクラブでの2回目のラウンドは彼女なりに少し得るところがあったようである。山深いゴルフ場への道のりは慣れた道となった。そのゴルフ場は、今も所々で改良を加えているようだが、最初に行ったときに比べるとずいぶん綺麗になってきた。谷越えで、しかも越えた地点から打ち下ろしさらに左ドッグレッグと、最初に行ったときには、何だこれはと思うホールや極端な打ち下ろしで、途中一部フラットなところに打ち下ろした後大きな池越えをするという極端な名物コースがある。そこらは適当に家族内ルールで楽しみながら進んでいくことにしている。谷底までは降りて行けないが、ちょっとしたすり鉢状の所や、藪の中にOBした球を拾いに行くと、時には何個ものロストボールに出会う。中でも綺麗なボールや、銘柄の高そうなボールもある。おそらくは、それらロストボールとして売っていた物を安く買ってきたのではあろうけれど、まだまだ使えるので頂いて帰り、名物ホールの池越えや、どうもボールが無くなりそうなホールではそれを使っておしげなく池の中にプレゼントして進む。姉は若いときに少しレッスン教室に通ったことがあり、ゴルフ用語やマナーについては一応の知識があるが、連れ合いがゴルフをやろうとした時は、すでに還暦を過ぎていたわけであるから、半信半疑で見ていたが、ついにマイクラブを買うまでになってしまったのは驚きである。最初はウッドとアイアンの違いはどうとか、ロフトとは何かも分からず、何故クラブを使い分けるのかから始まったわけである。「はにかみ王子」こと石川遼君の真のすごさも最近になってやっと分かってきたと言うところだろう。ボールがグリーンに乗ってマークをするときもボールの前にマークしようとするときもあり、まさに一からの手ほどきである。加えて、その手ほどきをする私はというと、ゴルフを始めたのは若い頃からだが、遊び遊びで飛び飛びの我流ゴルフで、このたび数冊の攻略本を買った程度であるからお里が知れるというものだ。時々行くゴルフ練習場で、二人並んで打っていると、個人のレッスンプロと覚しき人が、連れ合いのフォームを見かねて、こうするのですよと色々アドバイスをしてくれた。勿論最後に、いつでもここに連絡してくださいと名刺を渡すのを忘れなかったが・・・。専門的な生のレッスンは理にかなっているが、なかなか自分のものには出来ない。しかしやり始めた時にアドレスやグリップを簡単に教えただけで、初めてラウンドに行ったときには結構様になっていた。持って行ったカメラで写真を撮ってみると、何と教えている私よりも素直でフォームが決まっているではないか!それに女性としては上背もあり、スキーで鍛えた感覚も手伝ってか、当たれば結構飛ぶのである。姉はさらに10歳も年上だから、もうあまり飛ばないけれど、その姉の球を置いていくときも度々あるようになった。問題は当たればである。練習場のマットと違い、本番でのコースは平らなフェアウェイだけではなく、つま先上がりやつま先下がり、左足上がりや右足上がりと一つとして同じようにはいかない。初心者にありがちなだふりやチョロもある。我と我が身を考えるとなるほどと思うのだが、こちらは早く巧くなって、まともにスコアーが数えられるようになって欲しいとの一心で口出しをする。私などは、始めた頃はティーショットで、チョロしないか、OBしないかとペシミスティックに考えてしまったものだが、その点は彼女の場合は強い心臓を持っている。おそらく後数回で、希望の域までは達することだろう。私が参加させて貰っているコンペで、男性ではあるが、81歳の方がおられ、かくしゃくとしておられるのは勿論、アプローチやパターの絶妙さは何ともいえない味がある。彼女の場合は、アプローチとパターの練習はあまりしていないので、まだまだ課題は多いが、今日のプレーでは、ピッチングウェッジでふんわりとグリーンに乗せる場面があり、少しずつ自信になっているようである。さらにあごの極端に高いバンカーから(私はダメだろうけど練習してみてはと言ったのだが)2回目に脱出しグリーンに乗せたときは、少なからず驚いた。特別何の練習もしていないパターの課題は残るものの、何とかラウンドできるようになってきて、ともにフェアウェイ?を歩けるようになるのは良いものだと思う。少しでも巧くなって欲しいとの純粋な願いから、プレー中も大きな声で、アドバイスを送ることには抵抗感があるようだけれど・・・。
2008.12.24
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この間印刷を終えた年賀状に添え書きをした。宛名を見てはその人の顔(当然昔の)を思い出し、一緒に過ごしたり関わった日々のことを考えながらほんの一言を書き添えるだけなのだが、つらかったことなどを含めて、楽しく過ごした当時を回顧する年一回の時かも知れない。この歳になっても義理で出しているような年賀状はある。おそらくもう会うこともないので止めようかと思うが、出さないと来るので矢張り前もって出しておこうということになってしまうのだ。私は過去2回、意識して年賀状を一切出さない年があった。そうすると、義理で来ている年賀状がぱったり無くなり、その分量は半分になってしまった。寂しいといえば寂しいけれど、年賀状の懸賞を期待するわけでもないから、こちらから書く分量も減り、かえってすっきりしたのを覚えている。また、毎年来る喪中はがきに対しても、考慮して出さないことや、いや、喪中の人は「出さないよ」と言っている訳で、こちらからは出しても良いのだという人もあり、このあたりは礼儀作法の塩月弥生子(ちょっと古いか?)さんの意見を聞いてみないとと思う。その昔「昔はこうだった」と言うことを聞いたことがあり、そのときは昔は昔なのだと若者心に思ったものだが、この歳になると、今頃の世相を気にしながら生きている自分を感じてちょっとおかしな気分になる。年賀状にはまた、生存の証のような意味もある。「本年もどうぞよろしく」などとは書くものの、それは実際お世話になるわけではなく、「本年も生きていますよ」と言うことの意を込めて書いている。私の昔の年賀状は、筆ペンを使って、一枚一枚宛名と裏を同時に書いていた。そのときは、懐かしい人には、小さな字で、お義理の人には大きな字で書くようにしていた。「今年は是非会いたいものですね」などと書いたり、書いてこられたりするが、なかなか会えないものである。同窓会の集いなどにも一切出てこなかったから、もはや忘れ去られている存在であったかも知れない。今は、高校時代と、小学校時代の同窓会らしきものに出て行っているので、何とか思い出して貰ってはいる。それというのも、連れ合いは高校時代の同級生なので、彼女を通じて小さな窓が色々と開かれたからである。自分が出す味気ない年賀状の事は棚に上げ、受け取る年賀状の印刷屋に出したものに宛名書きもプリンターで書かれているのを見るとちょっと空しい気がする。その人の中では、私という人間が確かに意識されている瞬間はあるが、ただそれだけのことなのである。そう言う人にはこちらも「本年もどうぞよろしく」と書くだけになるが直筆を入れるという点では少しましかと思っている。聞いた話によると、最近携帯電話が普及して、若者の間では、「あけおめ、ことよろ」とかと携帯で年賀の意味を出し合うという。意味は書くまでもなく「明けましておめでとう、今年もよろしく」を省略したものだそうである。「KY」を空気が読めないということに代表される様な省略言葉である。もっとも、いまでは「KY」は漢字が読めないという意味にも使われるそうだけれど。余談だが、寒い国の人は口を開けると寒気が一層感じられるので、口数が少ないと聞いたことがある。例えば、「こっちにおいで」は「こ、け」であり、「これをお食べなさい」は「け、け」と言う具合である。今の世の中にはやる事がいっぱいあり、長々と説明するのが時間の無駄であるように思っているのかも知れないが、こういった省略言葉が流行るのは、世の中が寒くなってしまっているのではないかと思ってしまう。このことで、地球温暖化が、少しは緩和されればいいのだけれど。
2008.12.23
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テレビの特集番組で、ロスト・ワールドを探検する特別番組があった。二人の俳優と女優がギアナ高地とアマゾン河に分かれてそれぞれ踏破し、生命の樹と呼ばれる山での再会をするという筋立てだった。私はこの手の物語と、南米に関心がある。テレビに映し出されるのは、まさに南米大陸の壮大な景色である。友人が来訪していたので、久しぶりのワインを飲みながら半身でしかも音量を絞ってテレビを見ていたので、あまり脈絡無く景色だけを追うことになった。世界一の流域面積を持つというアマゾン河については、人類はまだその全貌の10%も知らないのではないかとの下りは、さもありなんと思うとともに探検帝国時代のスペイン人や、イギリス人達の冒険に思いをいたした。オリノコ川からギアナ高地へ向かうアプローチも、素晴らしい景色が展開されていた。生命の樹に擬せられたその山は、巨木の根の部分の上部から幹の部分の途中で水平に切り取られたようなとても不思議な形状をしていた。またその周りには、何百メートルの深さのケーブが存在しているのである。人間もそうだが、羽根のない動物は何万年、何億年もそのケーブから出ることなく進化していったというような巨大なものだった。時々アニメーションで、ゴンドワナ大陸以前の地球の陸地形成の様子を描き出し、ギアナ高地がどのようにして出来、大西洋がアフリカと分かれることのよってできたかを説明する当たりは、とても興味深かった。まさに地球創世の記録が凝縮されていることを有無をいわさず納得させられる地形であった。またポルトガル語でシーツを意味する真っ白な砂丘レンソイスは、サウジアラビアや、UAEでみた茶色の砂とは違う真っ白な砂丘で、何と石英で出来ているからだそうだ。そして、海の水の美しさは、また格別のものを感じる。くだらない番組が多い中、こういった大自然を行く紀行番組は冒険心をかき立てられ面白い。スペイン人が先行し、イギリス人がこれを追って求めたエル・ドラド(黄金郷)の舞台でもある。テーブルマウンテンのようなロライマ山の偉容や、世界最長と言われる1000mの落差があるサルトアンヘル(エンジェルの滝)では落ちてきた水は途中で霧散してしまい、下には滝壺がないという壮大なものである。こんな番組を見ていると、一度は行ってみたいとは思うが、そこがかつては、黄金を争奪する地域となり、先住民達が殺戮された場所でもあることも思いいたされ、人間はこのような秘境へも分け入ったのかとの感動を覚えるとともに、文明というものが自然を壊していく過程を見る気がした。
2008.12.22
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二つのイベントをこなした日となった。2008年も早10日を残すのみとなった。今年は連れ合いの伝手で、大阪に帰ってからの交流が増えたのと、我々自身の外出計画もあり、忙しい毎日である。恒例の年賀状も最近ではパソコンを使って印刷するので、図案を考えればほぼ自動的にプリンターがこなしてくれるのは助かる。今日は年賀状の日だと決めないといつ出来るか分からないということで強制的に朝から印刷を始めた。午後からは、連れ合いが私にと買ってくれた、超高級なシャツを、サイズが合わないので交換して貰うために出かけなければいけない。職業柄と人との交流を大切にしてきた連れ合いの年賀状は減らしたといいながら250枚を切る程度ある。私のはと言えば、大阪に戻って少し多くなったとはいえ、70枚を切る程度である。連れ合いの分はゆうに3倍を超える枚数だ。図柄は連れ合いのが2種類で合計3種類だが、少し前に決めておいたので、後は、出す相手が喪中であるか?追加する人は?今回は出さずにおこうか?などの人を選ぶ作業があるだけで、それさえ決めれば後はパソコンとプリンターがこなしてくれる。時々巧く色合いが出ているか、ずれてはいないかとチェックする程度である。宛先の住所や名前の配置が、若干バランスを欠いているが、どうせ機械のすることだと割り切って一気に印刷してしまい、出かける前にはほとんど終わってしまった。京都に出かけ、高級シャツのサイズを交換に出かけた店では「藍」を扱い、藍を使った製品を置くその店には、藍に関する説明書が大きな模造紙に書かれ壁に貼られていた。何となく出藍の誉れの言葉を思い出して、「青は藍より・・・」と口に出すが、どうもはっきりしない。帰って調べると、性悪説で有名な荀子の言葉で、「学は以って已(や)むべからず。青は藍より出でて藍より青く、氷は水これを為して、水より寒(つめた)し」とあった。氷のことはあまり聞かなかったが、師を越える誉れについて述べられたものである。その店を出て、そのまま帰るのも交通費が勿体ないということになり、映画でも観ようかと向かった映画は「地球が静止する日」であった。内容は環境破壊を続ける人類を滅亡させないと、地球上の多様な生き物が生息できなくなるというので、人類全滅の任務遂行のため、ロボットの“ゴート”(これがめっぽう強い)を従えて地球に降り立った人間型異星人“クラトゥ”が任務遂行中に女性宇宙科学者と義理の息子とを交えて織りなすSF映画だった。”クラトウ”は人類の行動を見てきたが、このままでは人類が地球自体を滅ぼしてしまうという結論に達し、人類だけを滅亡させることによって、多様な生物を生かそうということになったとされている。人類はもう進む道を変えることが出来ないという“クラトゥ”に対し女性宇宙科学者が「We can change!」と叫んだとき、なにやらどこかで聞いたことがあると思わず吹き出しそうになった。現実の地球で起こっていることは、世界的経済危機である前に、環境の破壊や、各地での紛争、暴動、食糧危機等々山積みする難問を、本当に変えられるのだろうか?ハルマゲドンは地球最後の日で、核戦争をイメージしたものだが、今や、核戦争に加うるに、世界を破壊するあまたの要因がこの地球を覆い尽くしている。本当に人類は変われるのだろうか?この映画では、宇宙人からの警告として、人類の破滅を示唆しているが、オルブライト前国務長官に似た女性の国防長官が、大統領に如何なる手段でも彼ら宇宙人を止めることが出来ないといっているのが興味深い。如何なる最新兵器を使っても、宇宙人のプログラムを止めることは出来ないし、核を使えば自滅するだけ、さあ、人類はどうするのか、どの道を歩くのか?本当に「We can change」なのか、宇宙人に情を訴えるだけで危機を回避したこの映画のように現実の地球は甘いものではないだろう。
2008.12.21
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今日は連れ合いが京都の顔見世を見に行く日だ。女友達4人が枡席を陣取って、終日観劇することが年1回の楽しみらしい。私はスクラップし、貯まっていた新聞を読む日にしていた。新聞を読み終えたところで電話がかかってきた。姫が大学に車を置いてきて取りに行きたいが、最寄りの駅からのバスが休日は本数が少ないので送ってもらえないかとのことだった。今日の予定は、ゴルフの打ちっ放しの後スーパー銭湯の無料券があるのでそれを利用して夕刻帰るとの心づもりだったので、そのついでもあり、姫を送っていくことにした。彼女は朝早く出て夜遅く帰るのが日課になっている。もう少し早く帰れないかと思うが、なにやら来年は日本で国際会議があり、その技術面の総帥をしていると言うことで何かと雑用が多いらしい。何度か姫を大学まで送ったことがあるので道順は問題はなく、往路は話ながら京滋バイパスを通った。帰りは時間もあることだし、途中適当なところでゴルフ練習をと思いながら、一般道の国道1号線を通ることにした。東名神高速道路が出来、さらに部分的に第2名神が出来ているので一般道の交通量は幾分改善されているかと思うのだが、相変わらず、○○で渋滞の文字が電光掲示板に出ている。土地勘がないのでそれがどの辺りか分からない。帰りは山科のトンネルを越えたら京都だとの頭しかなかったところ、なにやらトンネルを越え、名神と1号線の分岐する所を越えたので、やっと京都市内の端についたと錯覚した。ところがそこはまだ山科で、もう一つ「東山トンネル」を越えないといけなかった。そしてあろう事か、国道1号線からも何故かはずれてしまったのである。細い道をくねくねとそれらしい方向に走ると、やっと国道1号線に出ることが出来た。そこは見慣れた新幹線沿いの道である。そしてやっとの事で、「東山トンネル」を越えて京都の五条通に入った。ゴルフ練習は結局いつも行く西京区の善峰寺近くでやろうと決め五条通をつき切ったものの、京都側から行く道があやふやなのだ。適当に南に降りてこれまた適当に太そうな道を見当を付けて入っていくと、急に道が細くなる。向こうから数台車がくるが、離合できるかどうか立ちすくむ状態になってしまった。気分では3分以上待ったかと思う位に双方とも動かなかったが、やっとの事でバックミラーが擦れそうな位接近しながら通り抜けることが出来た。京都の町が碁盤の目になって分かり易いのは市内だけで、一旦旧の市街地を出るとくねくねした細い道しかないのには閉口した。やっとゴルフの練習場に着いたのは、日も落ちる寸前で、そそくさと120球を打ったが、前後の打席の人の豪快なショットに気押されてしまった。薄暗くなって、スーパー銭湯への道はと思いながら走ったが、どうも見落としたらしい。結局またうろうろするのは大変だとばかり、慣れた道を家路にとり、帰ってシャワーを浴びてお茶を濁してしまった。帰ってしばらくすると、姫から電話で「今から大学を出る」とのことで、休みとはいいながら、一旦職場に行くとあれこれ雑用を片付けなければならなかった20年前の職場をふと思い出した。今日は一人での行動だったが、矢張り連れ合いがいないと、帰りの道は長く感じるし、無駄な道を走ってしまうものだということがよく分かった。連れ合いがいないので、帰った姫が夕食を作ってくれた。その連れ合いも、帰りにメールをよこしたが、「電車は何故か最寄り駅に停まらなかった!」といっている。連れ合いも、私がいないと、急行と各停を乗り間違えるのかと笑ってしまった。
2008.12.20
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NHK大阪文化センターの17世紀美術の第4回目の講座があった。早いものでもう半分以上終わってしまった。毎回時間が来ると淡々と講義を始められ、時間が来るとぱたりと止めてしまわれる講師は、無駄口をほとんど叩かない。レンブラントと言えば「夜警」があまりにも有名である。私はその程度の知識で講座に臨んだ。レンブラントはオランダの画家である。オランダはオレンジ公ウィリアムの下、強力なカトリックの国であるスペインの統治から独立を果たした地域でプロテスタントの国であった。そこがベルギーとは違っていた。プロテスタントは教会を宗教画で飾ることをしない。従ってレンブラントはカトリック教国に生きたルーベンスと違って教会という強力なパトロンがいないという点で決定的な違いがあった。オランダ人の気質として、独立を勝ち得たことから、自分たちの事は自分たちで守るという強い意志があり、絵画についても豊かな市民の組合(ギルド)からの発注を待つと言うことになり、レンブラントは安定したパトロンを得ることは出来なかった。市民が相手と言うことは、時の流行に流される事を意味し、世の移ろいに左右されるという点でレンブラントは安定した画家生活を送れなかったようだ。数点の絵画が紹介されたが、「ラザロの復活」などに見られる光の効果は、師のピーテル・ラストマンを通じて、カラヴァッジォの影響を受けている。あのカラヴァッジォの「マタイの召命」と対比するとその辺がよく分かる。「ラザロの復活」ではキリストが、すでに埋葬されたラザロを復活させるという宗教画にキリストを中心にした左からの光を巧妙に取り入れている。肖像画を多く手がけているが、描かれる側は従来のすました記念撮影的なものではなく人間の表情に生き生きとした動作が感じられ、行動する人物の一シーンをカットして絵にしたという作品が多い。「ニコラス・ルッツの肖像」などはタフなネゴシエーターが厳しい顔で交渉している様子を生き生きと描き出している。「トゥルプ博士の解剖講義」では外科医師会からの要請で書かれたトゥルプ博士の解剖講義の様子が、活き活き描かれているが、トゥルプ博士は市長にまでなった人物であり、その講義の有様を驚きを持って見守る医師仲間の中に、同時に羨望の内面が伺えるとともに、取り巻いている医師達の中には後日絵を賑やかにするために付け加えられた人物もあるという。(無関心そうな人たちがそれである)また、「織物商組合の見本調査官」では当時のギルド(組合)の中でも織物に携わるものの権威の高さを黒い帽子をかむることで示し、今まさに面接をしているという瞬間を活き活きと描写するという、従来になかった人物像がここにも感じ取られる。「夜警」の描写では、オランダの自警を象徴する作品であり、出動前の隊長と、副隊長をハイライトしている点で、周りの人間の嫉妬を買っているという点も見逃せないところである。また、隊長の左に書かれた少女は架空のもので、少女が吊す鶏が、市の紋章であることから、自治への誇りをここに示したのであろう。「石橋のある風景」では川は二つの世界を分断するもので、その川を石のアーチ橋を渡る事で、左の明るい部分から、右の方には今はよどんだ雲があり、暗いが救いの教会へたどり着くと言うことを暗示するように描かれている。「百ギルダー判画」で見られるように、レンブラントもまた、聖書の寓話をモチーフにした作品が多く、版画自体の値段は安いものの、彼の作品は、他の作家達の数倍の値段で売れたという。「レンブラントとサスキア」ではレンブラントが市長の娘サスキアと結婚して得意の絶頂にあるときに描いた作品であるが、彼が数多く描いた自画像の中では、特に34歳の時に描いた自画像などと比べて、酔っぱらった下品な様が描かれていて、市長の娘を得た得意さの反面、ぬぐいきれないコンプレックスを表す作品に仕上げている。このことは左に描かれている虚栄を表すクジャクを配したことからも伺い知れる。「目をつぶされるサムソン」は旧約聖書の士師記を元に描かれたもので、長い歴史のユダヤ(イスラエル)人とペリシテ(パレスチナ)人の諍いの中で、デリラの甘言にのり自らの力の元である髪の毛をそり落とされて、ペリシテ人に目をえぐられるサムソンが描かれている。(この辺の所は旧約聖書を読むとさらに詳しく書かれている)「パテシバ」も旧約聖書からの作品で、ダビデ王が奪った人妻を描いた寓話であるが、彼の召使いのヘンドリッチをモデルに描いたとされている。ルーベンスが描いたピチピチしたパテシバの作品とは違い、そのときのレンブラントの境遇とルーベンスの境遇の差が想像される作品ではないだろうか。「クラウディウスキウスの誓い」では市役所に掲げると言う契約の元に描かれたものが、アイデンブルグという男の工作で、納入した作品を返却されたという。こういった不遇続きの中、4人の子供を持ちながら3人までも早世させ、残った4人目で将来を嘱望された自慢の息子も27歳で亡くしたうえ、晩年は画商に疎まれ、借金のあげくに没落して公設の養老院で暮らしながらも画家としてのプライドを持ち続け、多くの絵画とともに、多くの自画像も残した。彼の自画像の変遷を見るだけでも彼の歩んできた道が想像出来ようというものである。人間の生き様が評価されるようになる19世紀になり、ロマン主義が台頭するようになって、彼の作品は見直され評価されるようになったという。19世紀に一人の画家レンブラントが認められたと言うが19世紀とは言わず、絵画そのものが持つ魅力は現在の我々の心をどこか揺するものがあることは、絵画という媒体の持つ魅力の一つかも知れない。
2008.12.19
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今日は大変な一日だった。私一人、月例のゴルフコンペに参加するために6時半に家を出て、ゴルフ場に向かった。連れ合いは「がんばって!」と見送ってくれる。元々このコンペには、同期の友人が誘い入れてくれたもので、幹事も我が高校時代のバスケットの先輩なので、気分的に楽しいコンペである。ところが、今回のコンペが始まる直前に、私を誘い込んでくれた友人が、急性白血病と診断され、面会にも行けない隔離状態になっていると、本人からメールが入った。なんと言うことだ!体格も良く、飛ばし屋の彼が・・・、一瞬目を疑ったが、当日一緒にラウンド予定が、組替えになっていた。身の回りに病人が増えるのがとても寂しく、残念であるが、幹事の先輩とも、これだけはどうしようもないなぁ、回復を待つしかないなと言い合うしかなかった。組替えになった私のパートナーは、筆頭が81歳、次が、2月に脳梗塞をされ、早めに手当をした結果後遺症もなく参加されている飛ばし屋の71歳、それと距離は私程度だが正確なショットの私より一級上の65歳。何と私が最年少である。さすがに、81歳の方はレディースティーから打たれたが、距離は出ないものの、グリーン周りのアプローチやパターは絶妙で年期を感じさせられ、何と3位に入賞されてしまった。後の二方も4位と7位であり、グロスでも私は遙かに置いて行かれた。言い訳やタラレバは通じないのが人生とゴルフだが、朝、雨でしまったバンカーから出すことが出来ずほとんどギブアップしてしまうなど、不本意であった。前日のロートル4人組の山岳コースが練習になっていないのが残念だ。いかにとぎれとぎれのゴルフ人生ではあったが、またしてもブービー賞をいただいてしまう羽目になった。ゴルフコンペが終わると、いつも私はゴルフをしているなどとおこがましいことをいえないなぁと感じてしまう。もっとも一回優勝してハンディーがごっそり減らされたので、こうなるのが当たり前だと先輩方は慰めてくれるが、その先輩は、もう70近いのに、ベスグロをとり堂々準優勝で、次回からのハンディーが8になってしまった。その先輩も、心臓ペースメーカーを入れられ、ご自分では機械人間だと言われるし、通風の薬も服用されているとか。私は、帰りの車の中で、とりあえず健康でコースを歩いている自分を有り難く、諸先輩のような歳までゴルフをすることが出来るだろうかと思うとともに、次回こそは、ゴルフを楽しむだけでなく、きっと上位入賞を果たしたいと思いながら帰った。といつもならここでゆっくりと言うところだが、それから梅田に出かけて、高校の同級生5人のミニ同窓会に出かけた。私と連れ合いの二人の他は、連れ合いの親友の二人の女性と、私の中学時代からの友人の男性だけのささやかな同窓会だった。語るほどに、40数年前のことがつい最近のような気持ちになることが出来て、楽しい一時を過ごすことが出来た。連れ合いの友人の一人は鎌倉からこちらに時々帰ってこられるのにあわせての会合になるので、今年は時期が折り合わず紅葉を見ることが出来なかったが、また集まりましょうと終電近くまで話し込んで帰ってきた。今日は私にとっては二日分の行事をこなしたことになる。停年退職してこんなに忙しい日々がくるとは考えもしなかったが、これも一重に連れ合いの交友範囲の広さに感謝しなければならない。これから2-3日貯まった新聞を読むことにしよう。
2008.12.18
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75歳を筆頭に74歳の姉と64歳の我々二人の高齢者が山岳コースをラウンドした。もう何回目になるだろうか、コースは大体頭に入っている。私一人が男性で、後は女性ばかりである。そのリードすべき私もなかなか100を切れないゴルファーとあって、ラウンドはまさに珍道中である。男だから女性よりは飛ぶには飛ぶが、十分ではないし、また飛ぶ故にOBになるケースが多い。また、ラウンドするコースは、いつもの山岳コースで地形上、谷越えが多く、また大きな池を越えなければならないところもある。女性にはレディースティーが用意されているが、それでも十分でなく、球は谷底や池に吸い込まれたり山の藪の中に隠れていくケースが多い。私などは、フェアウェーの広い、他のコースでもわざわざラフに飛ばすという特技?があるから、この山岳コースはフェアウェーが狭いし一歩間違えばOBが待っているので、なかなか親しめない。しかし、ここの会員である最年長の女性の話では、経営者が変わったとかで、なるほど、一番最初にここに来たときに比べると、ずいぶん手入れが進んでいて、中でも1ホールは75ヤードのショートが130ヤードのショートに変わっているなど、来るたびに少しずつ良くなっている。ウイークデーにもかかわらず、昨今の暖かい天気の良い日には、前後にゴルファーがひしめくような時もある。ホールバイホールもほとんど頭に入っていて、頭の中での攻略方法は分かっているけれど、なかなか技術が伴わないのが正直なところである。同じグラブハウスから出て、そこにに帰るのだから、打ち上げのホールもあれば打ち下ろしのホールも当然あるわけだろうが、印象としては、打ち上げホールがやけに多いと感じる。打ち上げプラス、砲台型のグリーンでグリーンの面積がまた狭く、乗せるのは至難の業である。さらに、乗ったグリーンも、まだ整備が完全でないところが多いため、パターの練習にはならないところもあるが、それは安いと言うことで値引きして考えることが出来る。いずれにしても大の大人(老人?)がほぼ丸一日を健康的に過ごせるという意味では、素晴らしいことだと思う。75,74歳のパワーに押されるところもあるが、健康でクラブを振り回しながら大自然の中を散歩できると言うことは、とても有り難く、貴重なときだと感謝する気持ちになっている。そんなコースであるから、OBをして、ちょっと谷底へ降りたり、山の斜面に登ると、真新しいロストボールを拾う時もあったり、無くしたボールより拾ったボールの方が多くなるときもある。電動カートを降りて、コースをなるべく歩くようにしているが、なかなか体重は減らないものだ。また行きましょうと最年長の女性に声をかけられると、ただただそのパワーに驚かされる。
2008.12.17
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日記の書きだめと言うのも変だが、このところ外出が多くじっと机に座る暇がなかったので、日記もバックナンバー的に振り返る。NHK大阪文化センターの表記講座も3回目となった。今回主題は「アラビア語世界の広がり」である。いろんな事をためておく脳のハードディスクの小引き出しがさび付いてきているので、キャパシティーはあると思うが、なかなか出てこないという、世間一般の老化現象が私にも始まっているので、今回も配られたレジメをベースに思い出しながら書いてみる。常日頃アラビア語にはなじみがないのは誰でも同じであるが、中東に少しの間いた私にとってもアラビア語は決してなじめる言葉ではない。あの蛇が、くわえた卵を放り上げながら進むような文字はどう考えても読めるものではない。そのアラビア語を母国語とし、話す国(アラブ諸国連盟)は22ヵ国でその数は世界で4位か5位の3億人であるという。そしてあの文字を公用語としている国は何と世界で第3位であると聞くから驚きである。国際連合でも昨今のオイル問題もあってか6番目の公用語となっているという。元々は、英仏露中西に追加されたものだそうだ。日本人というか、日本語を話すのは日本人だけだから、せいぜい1億2千万人であるから、その2倍以上の人があの蛇文字を読み、語り、書いているのであるからまあ世界は広いわけだ。日本語で、外来語というものの内アラビア語が起源のものが多いと教えられ驚いた。一例を挙げると、アルコール、アルゴリズム、アルジェブラなどアルが付くものは大概そうだ。アルはアラビア語の冠詞に当たるという。他にも、ラケット、マッサージ、キャンディ、マガジン、コーヒー、シャーベットズボン・・等々である。街角でも、梅田のヨドバシカメラや、京都高島屋のアナウンスにアラビア語の放送案内があるという。イスラム国家の共通語となっているアラビア語は、元々宗教色の強いもので、ベースはクルアーン(コーラン:神の言葉)に基づいている。数学や自然科学なども非常な発達を遂げ、アラブ世界から西欧に伝わりルネサンスの洗礼を受けて世界(日本など)に広がったという。アラブ諸国=テロ諸国との短絡的な発想に誘導されている我々だが、テロリストは勿論一部の跳ね上がりものであると考えた方が良さそうだし、また一般のアラブ人は迷惑を被っているのであろう。アメリカのエドワード・サビアは知恵は次の三つのものの上に降りると言ったという。・フランク人の頭脳・中国人の腕・アラビア人の舌それほど、アラビア人は世界的な言語を話すし影響力があると言うことである。そのアラビア語も文語(フスハーという)と口語(アーミヤと言う)では全く違うと言うことだ。日本語に例えると、平安時代の言葉が文語で、現代の言葉が口語位の差があるのだという。元々子音しか書かないので、前後の文章を見ないと意味が全く分からないという。例えばKTBと書くとその意味は間に母音(後に発明されたア、イ、ウしかない)を入れる入れ方により14個もあり、書かれたものだけを見ては何のことを言っているのか分からないと言うことらしい。漢文で返り点がないものみたいなものなのか、と想像した。これからの時代はアラビア語も知らなければダメなのか、とか、日本という国は何と閉鎖的な国であるのかとか講義を聴きながら思ってしまった。そんな日本人の中にも司馬遼太郎氏と対談した井筒俊彦氏などは優に30カ国語を操ると言う話を聞いて、ただただ感嘆の声をあげるしかなかった。次回もまた楽しみである。
2008.12.16
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新しく出来たJR駅の前に今度新しくコンビニが出来た。オープンが今朝の7時という事で、早起きのついでに開店状況を視察?に行ってみた。6時半頃着いたら、もうすでに店員がいて営業を始めている。何の変哲もない小さな店で、あたかも以前からそこにあったように自然に営業をしていた。十分に着込んでいったが、手先が冷たく、気軽に店に入って、温かいコーヒーを買った。この店もこれから毎日24時間営業を続けるのだろうか?元々駅から数十メートル離れたところに別のコンビニがあり、つい最近続けていく人手がないというのでクローズしたところだったので、駅前に深夜までやっているところが出来たというのは便利だと姫は言っていた。夏場の暑い日、大勢の来客があったとき、自宅の冷蔵庫の冷えたビールが底をついても、近所にコンビニがあるとすぐ補充できると言う位コンビニ(便利)なのである。家の近くに巨大な冷蔵庫が、電気代向こう持ちであるようなものである。諸説あるらしいが、コンビニ発祥は1970年代だという事であり、何でも略語に違和感のある私なども、コンビニは平気で口にしているほど定着している。事のついでに調べてみると、アメリカではガソリンスタンド(連れ合いなどはガソスタと言うがなじめない)などに併設される形式が多く、車と一体の店舗と言うことらしい。さすが広大な国のあり方かと思われる。アジアでは、特に台湾で過当競争の様相を呈している一方中国本土ではまだまだ広範囲にと言う風にはなっていないらしい。私見ながらPOSを巧く使い商品をきめ細かく管理し、衛生面でもしっかりしている日本の方式が中国全土にまではなかなか広まらないであろう様な気がする。ヨーロッパでは宗教上や、文化上の問題で普及はしていないそうである。そう言えば、イタリアへ行ったときも、フランスでも、ちょっと何かを食べようと思った時どこを探してもいわゆるコンビニは見つからず、不便であったことを思い出す。キヨスク(KIOSK)にしろコンビニにしろきめの細かい日本人向けの小売り形態であろう。ヨーロッパの田舎町でこれを始めるとすると、以前の日本の駄菓子や的な感じになるのではないかと思ってしまう。駅前に出来たコンビニも矢張りATMを取り扱っており、公共料金の支払いや、映画・演劇のチケット購入、各種払い込みなどが出来るのもまたコンビニのコンビニたる所以であろう。駅前のコンビニと同じ会社のコンビニは、駅前通の道路で1km内に3店もある。ここだけは、台湾並みの林立状態である。コンビニには店舗面積の数倍の駐車場を備えていることが望ましい。駅前のコンビニは、駅の乗降客をターゲットにしているのか、非常にこじんまりしていて、勿論専用の駐車場はない。時折路上停車して、コンビニで用を足す人がいるが、本人にはコンビニでも、他の通行車両にとってはインコンビニである。そんなことを考えながら、夜が白々と明けて、通勤客もコートの襟を立て、そのコンビニに吸い込まれていくのを見ながらちょっと遠回りの散歩しながら家路へとついた。
2008.12.15
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連れ合いが新しいゴルフセットを買った。この歳からゴルフを始めることでもすごいと思うが、新しいセットを買うというのだから熱も一段と入っている。私に啓発されただけではなく、古希を過ぎた姉が、ゴルフに興じていることや、姉のゴルフ友達はさらに1歳上なのにこれまたゴルフをやっておられると言うことが大きな刺激となっているのであろう。投資に対する効果はと言うか、買って元が取れるかというと、かなり難しいだろうけれど・・・。ここで、ホラティウス詩集の「カルペ・ディエム」を思い出した。元のラテン語で書かれた詩集は勿論見たことはないが、その訳文も手にしたことはない。ただ解説されたものを見ると、この言葉の直訳は、「その日を摘め」、「一日の花を摘め」と言うことらしい。時間を惜しめと言うことだろう。人生は短いからせいぜい楽しく生きていこうという思想だと解釈できる。時間を惜しむ言葉では、漢文なら「少年老い易く、学成り難し。一寸の光陰、軽んずべからず」という朱熹の句があり、英語なら、Time flies like an arrow. (光陰矢のごとし)やTime is money. (時は金なり)またはTime and tide wait for no man.(歳月人を待たず)と言うところか。『今日一日の花を摘みとることだ。明日が来るなんて、ちっともあてにはできないのだから。』と言うことで、とにかく、「今を捕らえよ」である。日本的には『明日ありと思ふ心の仇桜、夜半に嵐の吹かぬものかは』と言うことにもなろう。待っていてはそのうち時間はなくなったり、また旬が過ぎ去ってしまうと言うことにもなる。現に私の友人達は、早世したり、早くからゴルフが出来ない身体になったり、今度また急性白血病で倒れたりで、夜半の嵐が吹きまくっているのだから・・・。とにかく使い下ろしのためにそのゴルフバッグを担いで少し離れた練習場に出かけたら、丁度他の人をコーチしていたレッスン教室の人の目にとまり、連れ合いに何やかやと基本から手ほどきしてくれた。なるほどと思うが、連れ合いの身体はなかなか思うように動かない。ではというところで、そのレッスンプロ?は教室(どうも個人のマンツーマンレッスン家業)の名刺を渡し、いつでも呼んでくださいと言いながら去っていった。思わぬコーチを受けて、連れ合いのゴルフがどうなるのか?やるからには正しく、また楽しくできなければ意味がないが、レッスンを受けてうまくいくのかどうか、半信半疑ながら、時折今までの打球とは違った勢いのボールを見て、正しくやると違うものだなぁと思いながら練習場を後にした。矢張り「カルペディエム」であろうか?
2008.12.14
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友人からメールが届いた。今度のゴルフコンペは都合が悪くなったので行けないと言う簡単な内容だった。その友人は私が大阪に来て、することもなくぶらぶらしているときに、ゴルフに導入してくれた友人である。どちらかと言えば、私の方が、どこかゴルフをする機会がないものかと無理にお願いして先輩が幹事をされているコンペに口をきいてくれた昔のバスケ仲間である。それというのも、一旦止めていたゴルフを、ドバイで駐在の人たちと貸しクラブで始めたのがきっかけであるが、帰国後連れ合いの友人とラウンドすると言うことのために、ゴルフクラブを後先考えずに買ってしまったので何とか償却をしたいと考えたからだ。先輩が幹事をされているコンペが5日後であるという時の急な知らせである。知らせを受けて直感したのは、その同期生は、会社時代を含め、定年後もゴルフ三昧で、月に平均4回、多いときで6回ラウンドするのだと言っていたので、てっきりゴルフのやり過ぎて腰でも痛めたのかちょっとした疲労かと軽く考えていた。「ゴルフをやり過ぎたのでしょ、休養してください」と通り一遍の質問を返して、すでに送られてきている組み合わせから彼がいなくなると、私の組は3人になり一人は知らない人だなぁと漠然と考えていた。そんなときまたメールが入った。「さっきのメールは簡単で済まなかったが、今緊急入院でベッドから打っている」とのことだった。単なる疲れや、腰痛でもないらしいことを感じて、差し支えなければ見舞いに行きたいので病院と病名を教えてくれとすぐに返信したところ、何と「急性白血病」と診断され、見舞いは無理という。「何で?!」との思いがよぎった。直感的に白血病と言えば血液のガンではないか?と調べると、『急性白血病とは、血液中の白血球の数が無制限に増殖し、芽球と呼ばれる非常に幼弱な白血病細胞で殆どが占められてしまう状態』だと書いてあるし、また、『急性白血病は放置すれば感染症や出血により死に至る致命的な疾患で、血液のがんともいう』何とまた「ガン」という言葉と向き合わねばならないのか。しかし、彼も自覚症状があって受診したわけではなく、気軽に血液検査をしたら「急性白血病」だと診断され緊急入院となったらしいことから、おそらくは早期発見と言うことで治癒することを願うしかない。本人も当面6ヶ月はかかるとメールしてきていることから、医者にそう言われているのだと思われるが、見舞いに訪れることも出来ないとのことで、外部からやきもきする以外に手がない状態だ。ゴルフ好きの彼がゴルフが当分出来ないと言ってきた日、連れ合いが本気でゴルフに取り組むべく新しいクラブを買ったとはちょっと皮肉な感じがしている。何はともあれ、早く寛解して再び一緒にコースを回れることを切に願っている。
2008.12.13
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このところ新聞紙上でこの言葉を目にしない日はない。現役時代で最も恐怖を覚える言葉だった。それに次ぐのが給与カットだろう。昔のようにストを打って、団体交渉で解決とか大々的にメーデーを戦う場などとした時代は過ぎ去ってしまった。ストを未然に防いだとか、組合員を何とかなだめたという、ただそれだけの(最もそのこと自体大変なことではあろうが)功績で会社役員になる手合いもいる。ばかばかしい話だが、そんな労組委員長について行った組合員ほど不幸な者はない。そんな委員長は、なぜか組合員から推されてその職に就いたわけではなく、会社側の意向で組合委員長を打診されている(飼い犬)わけであるから、組合と会社の対決姿勢は絵に描いた餅であって、常に会社主導で行われるわけである。こんな茶番劇も今では昔話で、このところのリストラは派遣社員がメインであるから組合云々とか、団体交渉などは全く形骸化しているように思われる。そもリストラとはRestructuringの略で、事業の再構築という意味である。それが今では一般にはリストラ=人員整理(頸)との方程式になっている。一昨日、日本経済新聞社主催の景気討論会で、日経新聞顧問の小島氏が産業界を代表?している東洋紡の津村会長に「安易な人員整理を行わないようにして欲しい」と通り一遍の要望を出していたが、これに対して、津村氏は「企業は決して安易な人員整理は行っていない」とこれまた通り一遍の回答がなされていた。この受け答えでも分かるように、このような討論会は全く意味のないものでしかない。現実に人員削減は、ソニー16000人、日産1500人、キャノン1100人、日本IBM1000人、村田800人・・・と枚挙にいとまがないほどで、海外でも、バンカメ35000人、リオ・ディント14000人、サン6000人、アンハイザー1400人等々削減の大嵐の中での会話であるから何とも空しいものを感じてしまう。なるほど、東洋紡は、今回はドラスティックな人員削減に踏み切らずに済んだのかも知れないが、小島氏のお願いは一般的な問題であったはずなのだが・・・。パナソニックは、収益の下方修正はしたが、人員削減までには至っていないのは評価できるのではないだろうか。業種や、業界によって当然凹凸はあるが、この100年に1度と言われる時代に、これを好機と人減らしをするのはいかがなものかと思う。採用時、同業他社によい人材を採られないために水増し採用して、いったん使い始めて矢張り役に立たないものをこんな機会に削減するというようなやり方は、経営とは言えないのではないだろうか?またこんな経営であれば、誰にでも出来ることである。2年前にやっと上場した出光興産の大家族主義は、創業者の撤退で、その行くへはどうなるか分からないが、単なる油屋から、業容を拡大して、有機ELも手がけるなどの試みがなされている。(これが本当のリストラクチャリングではないか)今の世の中、創業時の出光のような、タイムカードなし、定年制もないなど特徴的な大家族主義的社風は望むべくもないかも知れないが、現にそう言った会社もあると言うことも経営トップは考えに入れて、繁忙時にはどんどん人を入れ、要らなくなったら使い古した雑巾のように捨ててしまうというのはあまりに人情味のかけることではないだろうか?景気討論会では、また、三菱UFJの水野氏が言われるように、ワークシェアリング的考え(苦しいときには苦しさを分かち合う)も必要ではないか。10月末に行われた世界経営者会議で、アリババの馬雲CEOが、社員に訴えた内容の中で、「お客様が第一で、社員が第二、株主は第三番目」という考え方は、新鮮で強烈なインパクトを与えてくれた。今までは会社は誰のものと問われたとき、株主のものであると言うことだったが、今後は、個人個人を大事にする、まして一旦身内になった社員をただ要らなくなったからと言ってドラスティックに馘首するなどは止めて欲しいものだ。
2008.12.12
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連れ合いと、姉と3人で一庫レイクサイドカントリーでラウンドした。3日前の3時間打ちっ放し練習が尾を引いてか、身体がぎしぎしいって思うように動かない。こんな時に年齢を感じるというか、3時間のぶっ続け練習は暴挙だと言うことがだんだんに分かってきた。私が最年少組になる他のゴルフコンペでは、100球打つのががしんどいというような話を聞く。今までに積み上げてきた人は、コンペ前に少し思い出す程度で良いのかと思っていたが、彼らは、コンスタントに月4-5回のラウンドをこなされているという。実践で場数を踏んでおられるわけで、悔しいことに、豪腕ではないのだが不思議に飛ぶし、また正確なのである。考えてみれば3時間の練習は時間的には1ラウンド程度であるし、練習マットの上だから、練習になっているようで今一つ臨場感がないのは否めない。疲れてきても、時間制限内なら無理をして打とうと考えるので、フォームを逆に壊してしまうのかも知れない。勿論ドライバーだけの練習ではなく、アプローチの練習もするのだが、マットの上ではちゃんとボールを捕らえられるのに、実際のコースではコースアンジュレーションはもとより下が芝で滑りにくかったり、しかも上等な芝でなく、下がじゅくじゅくの所もあったりして、なかなか練習通りにはいかない。ではティーショットは同じだろうと思うのだが、これも、周りの景色が変わると、それに目を奪われて、微妙にフォームが狂ってしまう。少しえぐられた谷越えでは、通常で打てば十分届く距離なのに、向こうに届かなければいけないと、妙に力んでしまう。何もない通常の場所ではそんなプレッシャーがないからほとんどミスすることもないが、谷底に落ちてしまうとか、左右が迫っているフェアウェイの狭いところでは、なぜかフェアウェイを外してしまい、OB等出してしまう。前のホールのことは忘れて、今度こそはまっすぐ飛ばしてと考えて振ると身体に力が入ってチョロをしたりザックリをしてしまう。たまたまティーショットがうまくいったと思うと、フェアウェイウッドがままならない。そんなことは枚挙にいとまがない。まして、冬場の早朝のことで、この日は冬にしてはぽかぽかとまではいかないがラウンド半ばには汗ばむ陽気だった。保温のズボン下や、シャツなどは厚くてしょうがないと言うほどだ。早朝車で出かければ、そのまま準備運動もそこそこに、ラウンド中にほぐれるだろうと始めることになってしまい、スタート時は身体と思惑が完全にずれている。それでも続けて、アウトの9ホールが終わる頃にやっと身体がほぐれるという結果になる。毎回のことだから、今度こそ準備運動をしてと思うが、到着早々バッグをカートに積まれて流れ作業式に出て行かなければならない。なかなか身体が温まるまでには時間がかかるものである。それでも今回は3回ほど周りの景色を見る余裕があったが、コース上では毎回ボールに追われてあくせくしてしまい、ゴルフを楽しむと言うよりは、山道を歩くと言うことに重点が置かれてしまう。おそらく普通の人の1.5-2倍の道のりを歩いていると思うゴルフラウンドでした。
2008.12.11
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大阪のリーガロイヤルホテルで景気討論会があったので聴講した。日経新聞の片隅に出る、応募すれば大体案内が届く聴講無料のものである。この種の討論会や、パネルディスカッションは大阪では、東京ほど頻繁には行われないようだ。有料のものは敬遠するが、無料で、現在の先端のことが生で聞けると言うことで、この種の討論会などは良く聞きに行った。最近は便利なことにインターネットで申し込んで、案内状を待つことになるが、申し込んで外れたことはあまりない。今回の討論者は新聞テレビ紙上ではあまり聞かない人たちではあったが、ずいぶんと立派な経験の持ち主のように書かれている。東洋紡会長の津村氏、三菱UFJチーフエコノミストの水野氏、関西経済センター所長の吉本氏、日本経済研究センター特別顧問の小島氏の講師陣であった。私にとって近い感覚の人と言えば、東洋紡の津村氏で、後の方々は、失礼だが経済だけを追求している八卦屋みたいな感じに思えた。銀行屋上がりの人と、新聞屋上がりの人で、この種の人達はどうも経済の当事者という感覚が私に無いからだ。私は、40年間を物作り一筋に生きてきたから、製造業が産業の根幹だと思っている堅物だからである。二日前にゴルフの練習を3時間もしていたものと、その日は朝早くから起きていた事もあって、連れ合いとともに開場早々、前から2列目に陣取った割に、始まったすこしの間居眠りをしてしまった。連れ合いは横で、気が気でなく私を突いたらしいが、不覚にも前半の内容は聞き漏らしてしまった。気がついて後ろを振り返ると、300人位は入る会場は満員で、ほとんどが高齢者であったようだ。国際関係から話は始まったが、アメリカが今後どうなるのかは、寝ていたからか、話題にならなかったのか、記憶にない。57兆円を景気対策とした中国の問題が論じられた。中国の成長率は過去5年二桁台だったが、今年は8%になると言うことで、これを死守するのに国を挙げて取り組むようだ。日本と違って共産国家だから、面子にかけてもやり遂げるであろうことは、北京オリンピックを見ても分かるし、2010年の上海万博のためにも是が非でも数字あわせをするであろう。BRICSのロシア、インドに少し言及されただけであった。また、石油産出国の中東についても新聞に報じられていること以外に興味深い内容は無かった。いずれにせよ、日本の経済は、海外の経済動向に左右されるであろうという点では大方の見方は一致していた。吉本氏は会場の参加者の年齢層を見て発言されてのかも知れないが、現役世代はリストラや昇給なしと、大変だが、リタイアした年金生活者は感じ方が緩やかではないかとの見方を示していた。物価が上がっても年金は上がらないと言うことをどう思っているのだろうか?司会者に政治に求める各氏の意見はと聞かれて、水野氏:1.雇用でのワークシェア2.中長期アジア共同体構想津村氏:1.スピード2.金融対策3.円高阻止吉本氏:1.省エネ・省資源への投資2.対震災(交通インフラへの対策)3.セーフティネット(年金・医療・介護)見直し小島氏:1.石油ショック後環境がジャンプしたように今回もこれをてこに・・・。2.金融庁の統制強化を止めるべし3.建築法の改正で、官制不足が起こっている。4.企業はマーケットとの対話をすべき(トンネル脱出後の展望を示せ)等、問題が多岐にわたり、お話を聞くと言うだけにとどまった。最後に各氏に2008年の成長率、2009年の成長率、株価、為替レート(対ドル)の順に予想を求められ述べられたが、水野氏:△0.9%、△1.3%、7800円、75円津村氏:△0.5%、△0.8%、9000円、100円吉本氏:△1.0%、△1.0%、10000円、90円小島氏:△0.5%、△1.0%、9000円、85-90円と言うことだった。特に水野氏の対ドル75円にはちょっとしたざわめきが起こった。以上経済音痴が、物見遊山で訪れた景気討論会の話でした。
2008.12.10
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まだ前日のゴルフ練習が響いているのか身体がだるい。考えてみれば3時間も練習するなど年寄りの冷や水と言われかねない。平日の昼前後に練習場に来てクラブを振っているのは大概停年を過ぎた人たちなのであろう。中にはご婦人方もおられるし、時には若そうな男性も混じっている。人それぞれ仕事の内容が違うので、何ともいえないが、とにかく圧倒的に年寄りに成り立ての人が多いと言うことだ。汗を流した後は、近くのスーパー銭湯に出かける。一部温泉水を運んできているとのうたい文句である。中にはジャグジー、スーパージェット、寝湯、それにサウナと水風呂があり、概して盛況である。その中で、露天にある浴槽の一つにどこからか運んできたという温泉が混入されていて、その効能が書かれている。湯治という言葉があるが、これは少なくとも1週間位入り続けることが必要でありちょっと行楽帰りにとか、今回のゴルフ練習疲れを癒す程度では、そこに書かれた効能が効いてくるわけではないだろう。しかし、肩こり、腰痛、神経痛に効くと言われれば、浸かった後何となくそんな気になるのも不思議なものだ。温泉のタイプには、火山型と、地下深くの地熱で暖められた深層水型それに地殻変動でため込まれた化石水型とがあるという。そう言ったいわゆる温泉の源泉は日本には2000年で26000カ所を超えたと言われている。1973年に16000カ所だったと言うから、30年足らずで10000カ所も増えた勘定になる。日本国中どこでも掘れば温泉が出てくるのではないかとも思われるほどだ。出てくるものは原油だが、中東石油産出国もかんな感じなのであろう。日本の温泉密集地は中部から東北にかけて集中的に多く分布しているようだが、非火山性の温泉が出る地域もまた然りで、これは西日本にはほとんど存在していないという報告がある。昔は、ボーリングして自然に噴き出してくる火山型のものを温泉として利用してきたが、現在は、ポンプで無理矢理くみ出すのも多いという。化石燃料の原油も同じだが、地下水が温められた深層地下水型や、地殻変動で貯まった化石水型の温泉は、汲めば無くなるし、その部分は空洞になって、やがて陥没と言うことにならないか心配である。有名温泉で、白濁しなくなったお湯に混ぜものをしてさも効能があるとしていた温泉があったが、所詮1回や1回浸かった位ではその効果が出るわけでもなく、有り難く浸かっている客が満足していれば誰も気づかないことではあった。ドライブでちょっと遠出してはいる日帰り温泉地での源泉掛け流しという言葉はほんの一時の入浴であっても何となく効能書きの通り身体に効いてくるような気がする。気軽に温泉に浸かれる日本に生まれた喜びを感じる一時である。
2008.12.09
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久しぶりにゴルフの練習に行った。先月末のコンペでは思いの外(実際の私のレベルはこんなものだが)成績が悪かった。ゴルフをする楽しみは楽しみとして、矢張り成績は気になるものだ。コンペ以降はグァム旅行に行ったことなどもあって、練習に行くのが間遠になっていた。昔からの我流が身についているのと、ショートコースばかりやっていたことなどもあって、打球は上がりすぎ気味で全くと言っていいほど伸びない。コンペでは、同級生と後は3-4年先輩2人と回ったのだが、一回も先頭にボールがあったためしがない。次回のコンペも近いのだが、組み合わせを見ると、前々回の時にご一緒した70歳を越えた人と同じ組で、その方も、私のドラーバーを遙かに超えて飛ばしておられた。その方に聞くと、入院していたこともあると言われるし、「飛ぶのはクラブが良いからですよ」とさりげなく仰る。私の持っているクラブも値段だけは高かったんだが・・・。10数年前にジンバブウェでプレーをしていたときに、矢張り下手で、日本に帰るときにはもうゴルフをすることもあるまいと残留して駐在される商社の方にバッグごとクラブを売り払ってきた。それが、何の回り合わせか、ドバイでゴルフ仲間が2人出来たものだから、貸しクラブを借りてやるうちに、またゴルフが面白くなった。他愛のない話をしながら、ドバイのモンゴメリーのコースを手動カート(日本のようにレールを走るのではない)に乗って走りながらのゴルフは、実に楽しいひとときだった。しかし振り返ってみれば、成績はほとんど変わらなかった。上手な人が、何かとアドバイスをくれたなかで、海外のコースは長いから、日本では、もっと良い成績が出ますよ、との一言に励まされ、またその気になった。そんな折、連れ合いの友人で、ゴルフをやる人と帰国後プレーをすることになってしまった。ドバイでの気持ちの高揚と、その約束のために帰国後新しいクラブが必要になり、どうせ買うならと、身の程知らずの高価なクラブを買ったというわけだ。コンペで会う同級生などは、「おまえのクラブは良いなぁ」と必ず言う。と言うことは、その割に飛ばないなぁと言うことなのかと思ってしまう。あまり本など買って読んだことは無かったが、どうしたらスライスが治るのだろう、どうしたら飛ぶようになるのだろうと、何冊か本も買ってみた。ところが、元からレッスンプロに習ったわけでもなく、フォームや、練習も我流で実にいい加減にやってきたから、今更治ることもない。打ちっ放し場では隣で打つ人の豪快で、無理なく飛ばすのを見ては落ち込み、そのまた隣では力一杯力んでいるのにあまり飛ばない人を見ては、まああんなものかと少し安心をしという具合だからたかだか知れている。今更人に習うには年齢も年齢だし、とにかく、飛ばないなりにも、小技を間違いなくやる方が良いのかなぁと思いながら練習場を後にした。3日後の年寄りばかりのラウンドのために連れ合いもゴルフに引っ張り込んだので、一緒に練習に行き、間が開いたと言うことで、3時間コースをやったものだから、フォーム修正どころか、身体がへとへとになってしまって、夜は、食事もそこそこにベッドに入ってしまい、前後不覚に眠ってしまった。「過ぎたるはなお、及ばざるが如し」の練習でした。
2008.12.08
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ロボットと言えば鉄腕アトムを思い出す。手塚治虫氏が創作したSFのロボットである。現在色々な種類のロボットが考案され、制作されているが、ルーツというか、行き着く目標は鉄腕アトムではないだろうか。もう一方の雄に鉄人28号がある。これは横山光輝の漫画作品で創作されたロボットである。私の子供の頃は、これら漫画に夢を託したものである。超合金という言葉がはやり、特にこれが似合うのが鉄人28号タイプのロボットであった。動くわけでも歩くわけでもないこの鋳鉄?製のロボットを模した固まりが、子供の人気をさらっていた時期がある。鉄人28号はいかにも機械機械した形状(ごつごつが正しい表現か)の小型操縦器(リモコン)を使って操縦するという人間従属型のロボットであった。これに反し、鉄腕アトムは、天馬博士が交通事故で死んた息子、天馬飛雄に似せて作った人間とほぼ同等の感情と様々な能力を持つ優秀なロボットだったが、それでも矢張り人間の様に成長しないと言う、ロボットの限界が織り込まれていた。手塚治虫氏の慧眼には脱帽するが、鉄腕アトムは次の7つの力を持っていた。1.核融合ジェット噴射により最大マッハ5で空を飛ぶ2.60ヵ国語を自由に話す(当時の全国連加盟国数らしい) 3.人間の善悪を判断できる 4.聴力が1000倍 5.眼がサーチライトになる 6.お尻からマシンガンを発射する(指先からレーザーブラストが出る)7.10万馬力を有する数値には異論もあるらしいが、まあ考えられるもの全てをそれも卓抜した能力として備えていた。以上の能力を備えていれば、今の世の中大概のことは出来てしまうだろう。1.ではCO2排出問題もなく、飛行機会社や旅行会社は要らなくなる。2.では駅前留学のNOVAなどの問題もなく、どの国へも通訳なしで行ける。3.では裁判員制度は要らないし、弁護士や、検察官果ては裁判官も不要になる。4.では補聴器が要らなくて、連れ合いとの会話や、我が姉との会話がずいぶん楽になる。5.では勿論懐中電灯や常夜灯など不要で、痴漢の心配も激減する。6.はあまり使わないことが望ましい。7.については、私が三軸の超高速のコンテナ船を設計したときに、これでも鉄腕アトムにかなわないのかと思ったものだ。現在のロボットの開発状況はまだまだ鉄腕アトムには及ばないものの、だんだんと鉄人28号型からは進歩してきているようだ。私が海洋ロボットのプロジェクトに関係していた頃は、防災ロボットチームではロボットが2足歩行をするなど夢だと言っていた。それが、現在は2足歩行も出来、ほんの短時間であるが飛んだり走ったりすることも出来るようになっている。トヨタのアイフットは鉄人28号のようであったが、その後どうなったか知らない。ソニーのクリオはますます健在で4年前からゴルフ(パターだが)も出来る様た。ホンダのアシモはフルフェースのヘルメットをかぶっているが、鉄腕アトムに近いイメージだ。東大生研などが制作したロボットは「会津磐梯山踊り」まで出来る。ムラタセイサク君や、セイコちゃんもいる。これらのロボット以外でも、3Kを代行したり、FMS(フレキシブル生産システム)として、工場での単純作業を補完する仕事を代行する方を志向するロボットもある。制御機構も、一般的なフィードバック制御(PID制御)から、脳機能に見られるいくつかの特性を計算機上のシミュレーションで取り入れる制御(ニューラルネット制御)や、仙台の地下鉄で初めて採用されたあいまい制御(ファジー制御)に続いて、現在ではゆらぎ制御が取り入れられているという。ふらふらした揺らぎに似たこの制御では、与えられた条件に対して、必ずしも応答が一定しない(再現性がない)、いわば人間の筋肉の動きを動かす仕組みのようなものであるという。世の中には、天馬博士のように、日夜鉄腕アトムを作ることに腐心している人たちがいることを改めて感じ、早く鉄腕アトムをみたいと思った。
2008.12.07
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出処進退(でしょしんたいと読むのではなくしゅっしょしんたいと読むのですよ麻生さん。その意味を引いてみると:出て官途にあることと、しりぞいて民間にあること。役職にとどまることと役職を辞すること。身の振り方。例「出処進退を明らかにする」 とある。前に書いた麻生語録は、ウィキペディアにちゃんとまとめられていて、それは下記のようである。踏襲 「ふしゅう」youtube動画 頻繁 「はんざつ」 破綻 「はじょう」 順風満帆 「じゅんぷうまんぽ」 低迷 「ていまい」 詳細 「ようさい」youtube動画 未曽有 「みぞうゆう」 実体経済 「じつぶつけいざい」 焦眉 「しゅうび」 物見遊山 「ものみゆうざん」 有無 「ゆうむ」 思惑 「しわく」 措置 「しょち」 前場 「まえば」 詰めて 「つめめて」youtube動画 怪我 「かいが」youtube動画 *注:youtube動画とあるのは、わざわざ本人がしゃべっている録画を流している。踏襲 「ふしゅう」等は、違う場面で同じように使われているのだから、これはもう誤読ではなく、本人の誤認識であろう。私が中学、高校時代習った英語は、Queen's Englishで英国女王が使われる美しいものだと教わった覚えがある。今の英語は米語であり、しかもテキサスの田舎者が使うからめちゃくちゃなのかも知れないが、私にはどうなのだか判断できない。私も国内5カ所を転々としたから、各地の方言をすこしは理解できる。しかしどこの方言もしっかりとしたもので、誰が読んでも同じである。麻生氏は最初の小学校は廃校になったとかだが、立派に学習院の高等部まで卒業されてからアメリカに留学されているではないか。と言うことは学習院ではこのように読むのかも知れないので、宮様とは言わないまでも学習院卒の人に読んでみて貰いたい気がする。海外の要人と話すとき、英語ばかりではなく、日本語もたまには使われるとしたら、全く何を言っているのか通訳も出来ないので相手に伝わらない場面があるのではと心配してしまう。私は、そんな人物を国の代表としていることに汗顔の思いである。昔、原健三郎(ハラケン)さんというのがいて、晩年は、永年勤続で国会に自分の銅像を建てることのみに腐心した人だった。また、ハラケンさんや、桜内さんのように当選回数が多い人は、国会でも出入り口に近い後部座席に座ることになっている。当時は、入り口からその席まで若い人と行っても六十代の人なら10秒足らずで行けるところを何分間もかかると行って話題になったことを思い出す。(老害だ)「政治家の出処進退は政治家自身がお決めになること」とはいつも言われるが、企業のトップだって、同じ事である。ちゃんと後継を指名して、席を譲る立派な見識の方がおられる。「進むときは人に任せ、退くときは自ら決せよ」と言うことである。何でここまで混迷して、また前言を軽々しく翻して、その地位に恋々(こいこいと読むのではありませんよ麻生さん)としなければならないのか?「てやんでぃ、自民党が解散させねえのよ!」とべらんめい調が帰ってきそうですね。・・・勿論解散権は総理の専権事項であることは先刻ご存じですよね。それとも留学時に日本語をあまり使わなかったから、英語の方が良いのかも知れませんね。Please decide whether you should resign or remain in prime minister(出処進退を明らかにして下さい)Don't choose the wrong course(出処進退を誤らないでください)と言った方が分かるのではないだろうか?
2008.12.06
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ノーベル賞授賞式に益川さんがストックホルムに出かけられた。氏は英語はダメだと言うことで、出発時英語のスピーチをしないとの約束で出かけることにしたそうだ。そのとき発せられたのが、表題の言葉だ。テレビ放映を見ていて、その言葉をたまたま耳にした。また、海外旅行も今回が初めてでだそうで、パスポートも今回最初におとりになったのだろう。「来いと言うから行く」だけで、海外にも興味がないから、きっと1回きりの旅券(パスポート)なのだろうかと想像してみた。物質を形作る最も基本的な要素は何であるかと、原子が発見され、さらに中性子がと続いて、湯川博士が「中間子」なるものを発見された。これらの粒子が電荷を持つのであればこれに反対の電荷を持つ粒子が存在するはずだと言うことで、この反粒子は従来3個だと考えられてきた・・・。益川氏らは3個では説明できないこの反粒子が6個あることを発見され、証明されたと言うことだ。宇宙が始まったとき、物質と反物質があって、互いに平衡を保っていたはずなのに実際そうではなく・・・、「CP対称性の破れ」というものがあると言うことが提唱され、その説明のために反粒子が従来の3個より6個の方が説明しやすいと言うことらしい。(全く違うかも知れないが、これ以上書こうとしても所詮は無理・・・)確かにこんな事を考えているときには、英語を必要としないであろう。ただ、「Quark」とかく必要はなく「クオーク」で良かったのであろう。自分が最先端であるから、名前は勝手に付けられることにもなるのだろうか?世界と会話することなく理論を作り上げていくのには英語は必要ないかも知れないが、氏の言われる英語のレベルはもっと高いところにあるのであろうとも想像する。このような経緯から、氏は英語でのスピーチはしないぞという約束?で出かけられたらしい。末は博士か大臣かという、まさにその博士にしてこういう面があることは庶民にとってはほほえましいことである。ところがもう一方の、位人臣を極めた麻生総理の方は、帰国子女の類か、「国語は出来なくても総理大臣は出来る」と言うことを実践された方であろう。氏の演説原稿用紙には振り仮名がふっていたとも聞くが、ハワイやモンゴルから来た相撲力士の口上でもあるまいに、読み間違いでは済まないような事が連発されたと聞く。確かテレビのお笑い番組では5-6個あったらしいが、覚えているいくつかを書くと、頻繁(はんざつ)未曾有(みぞうゆう)踏襲(ふしゅう)逆鱗(・・・・):麻生流読み方を知らない・・・*注(赤字)内は麻生流読み方で、決して正解ではありません。漫画を読むなとは言いませんし、ベランメイ口調もたまには良いでしょう。しかし、開き直って誤読であったとの言い訳は最も恥ずべき事でしょう。自民党には人はいないのか???と真剣に悩む以前の問題だと思います。歴代の総理は何らかの著書を書いておられるけれど、私は校正なしに出版された麻生太郎氏著なる本がもしあれば是非読んでみたいと思う者であります。
2008.12.05
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連れ合いと二人でグァム旅行に出かけた。一つにはエグゼクティブ(ビジネス)クラスで行けるという点が魅力的だった。まぁ、十数時間も乗るのであればその効果は絶大であろうが、たった3時間半とはいえ、ゆったりとしたシートは心まで悠然とさせてくれる。また特典のラウンジを使えるとあって、人の数倍もそこでゆったりと過ごした。このところ、新聞紙上や、インターネット、雑誌などで、格安旅行が載っていない日はない位に多種多様の企画が紹介されている。勿論今回の旅行もその一つであるが、一般のツアー旅行と違って、個人がカウンターに行ってチェックインし、かってに乗っていくという代物で、現地スタッフがグァム空港に待ち受け、バスでホテルまで案内してくれるという巧い仕掛けになっている。日本人が介在しないだけ安上がりなのであろうと思った。グァムはアメリカの領土であるが、なぜか随所に日本語の表記や店が並んでいる。日本人が多いのは着いたその日に訪れた行く先々で感じた。日本を夜の10時に出発し、3時間半のフライトで時差を考慮して現地の午前2時半に着く。着いたら仮眠をとって、その日明けてから組み込まれたツァーに参加するというタイトスケジュールだ。若く体力がないと参加するのをためらいそうな企画である。イルカウォッチングに船で出かけたが、小形のイルカが自然に泳ぐ様を見られたのはちょっとした感動ものだったが、水族館で芸をする大形イルカをイメージしていた身には少し物足りない気もした。それには、どうやら若い人たちは、ダイビングの体験も組まれていて、初心者はシュノーケルで遊ぶと言う企画も併設されていたらしいが、私たちは見送った。夜はバーベキューを、自分で焼きながら食べて、フラダンスや火の棒をくるくると鮮やかに操る現地人によるショーを楽しむことが出来た。翌日は、早朝目覚め、白い砂浜を端から端まで散歩した。白い砂浜は引き潮で、海草が狭い海岸に打ち上げられ、それを熊手で綺麗に海に履きかえしているホテルのやとわれ人がいたり、白い投網を持って、「ゴーフィッシュ」とか言う小魚を岸辺から捕る人がいたり、ジョギング、散歩の人もいて、結構にぎわっていた。連れ合いが起きてきたので、次のスケジュールの合間に遠浅の海岸に身を浸した。透き通った水と、空の青さが体中で感じられ、「おーぉここはグァムだ」と一人南国の海を楽しませて貰った。約束の時間が来て、市内観光を駆け足で回り、恋人岬(Two lovers point)から見下ろす海の青、緑、白などのグラデーションに環境破壊が及ばない?自然を楽しむことが出来た。お定まりのブランド物ショッピングにはあまり興味がなかったけれど、全土の半分以上が米軍基地であり、随所にあるゴルフ場も訪れることがなければ、あまり時間をつぶす場所はないようだ。最後の夜に計画されていたサンセット・ディナークルーズでは湾の入り口まで船を出してくれたものの、丁度西の空が雲に覆われて、水平線に沈む夕日を見ることが出来なかったのは心残りだった。船内のショーは、おかまのお姉さんと2人の現地若者が客を引き入れての歌と踊りで楽しませてくれたが、連れ出される第一番目の栄誉?に私が指名されたことは驚きだった。そして、残りの時間をプールで泳ぎ、翌朝早い5:00出発の便であわただしい日程だったが楽しく過ごして帰還した。運の良いことに、太郎君がたまたま関空に来ていて、電話で呼び戻すことが出来、家までそのまま送ってもらえたのはさらに幸運であった。
2008.12.04
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最近何度となく景気後退が叫ばれ、それがドバイにまで達しているという話だ。去年の前半に訪れたときには、飛ぶ鳥を落とす勢いであったドバイが、計画の見直しや縮小を余儀なくされているようだ。ドバイで購入した地図の説明によると、オイルのドバイ経済に貢献する度合いはたったの6%に過ぎないと書いてあるのを見て驚いた記憶がある。ドバイは派手に見えるけれど、ドバイ自身にはあまり原油を排出していないのは事実のようだ。アラブ首長国連邦というのは7つの首長国で構成されていて、首都はアブダビ首長国のアブダビである。アブダビ首長国の王様が連邦の首長(国王)と言うことになっている。このアブダビ首長国はドバイの何倍もある面積を有しているが、ほとんどが砂漠地帯であり、その砂漠地帯に原油が出ているのであるから、ドバイ自身は、首長国の中でアブダビ首長国の援助を受けている形になっている。官公庁のあるアブダビと違って、ドバイは、金融や観光さらに物流の中心地として生きるべく巨大なプロジェクトを多数抱えていて、この間も1泊250万円もする超豪華ホテルを、埋め立てた人工島(ナツメヤシの形をしているのでパーム・ジュメイラという)にオープンし、盛大な花火を打ち上げていたようである。それはそれは立派そうで、気の弱い私などは近づくことも気が引けるような代物である。現在のビル・ゲイツや、日本の浜崎あゆみらも泊まったというブルジュ・アル・アラブでさえ、入るだけで何千円か取られると言うことであるから、推して知るべしであろう。世界一の対象物に対して、世界一小心者が評価するのであるから、何ともしみったれた話になってしまうのはどうしようもない。そのドバイが、100年に一度の世界金融恐慌のあおりを受けて計画の縮小ないし見直しを迫られていると言うから、相当な打撃なのであろう(新聞では7兆6千億円の債務とある)思えば、砂漠ばかりの土地に、たまたまオイルが出た(実際には隣のシャルジャ首長国に最初にオイルが出たそうだが)おかげで、真珠取りと、ささやかな漁業で成り立っていた不毛の土地が、世界一とも言われる超豪華な国に様変わりするとは誰が考えただろうか?彼らにしてみれば、まさに人生至る所に青山(オイルウェル)有りと言うところか?縮小したとはいえ、世界一の名が多く付いた建物や、場所を完成の暁にもう一度訪れてみたいと思う。
2008.12.03
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連れ合いと一緒に1年あまり前にイタリアへ旅行した。ミラノ→ヴェローナ→ヴェネツィア→フィレンツェ→ナポリ→ローマと回る、ほぼお定まりのコースだが、水の都として知られる、ヴェネツィアが洪水で大変なことになっているとテレビ報道であった。ここを訪れたときには好天気に恵まれていて、サンマルコ広場は大勢の人で埋め尽くされていたのだが、それが今回は何と膝までも浸かる水浸しになったのだという。やがてはと言っても2-3百年位のうちにはヴェネツィアは水没するとの話も聞いたので、その予測が早まったのかと若干心配になった。ヴェネツィアは車を使うことは出来なくて、市内に道のように張り巡らされた水路を人も物もゴンドラで行き来する様になっていて、陸と、水面との高さの差があまりないのも特徴である。1966年に大洪水があったとかでそれ以来、全市の水没の恐れを懸念する住民たちは次々に街を離れ、もともと12・1万人いた人口がこの40年間で6・2万人に激減したと報じているニュースもある。また、2001年1月にも再度、1966年の洪水を上回る大洪水に見舞われ史上最悪の水害だったようで洪水は4日間続き、多くの街が水没した。それ以来、毎年60回に及ぶ水害が起きており、ベニス住民にとって悪夢となっている。これでは、カンツォーネを歌いながらゴンドラで観光客を案内している場合ではなくなってしまう。そして、この分で行くと30年後の2038年前後にはヴェネツィアは無人都市になると推測されているともいう。そこに、日経の「温暖化による被害を防ぐ」というサイエンス記事である。ヴェネツィアの洪水は、強風と暴雨によるものらしいが、100年ごとにおよそ1・3センチ沈下し海面は、この100年で23センチも上昇しているというから、住民も気が気ではないだろう。温暖化が進み、南極の氷が溶けて海水に流れ込むと、ますます危険なことになるのだろうか?新聞記事はヒマラヤの氷が解け氷河が無くなり、ガンジス、インダス、長江に流れ込む水量が減り、水不足が訪れる危険があり、住民の水不足の方が懸念されていると報じている。また水不足による穀物不作での食糧危機など、関連することは多岐にわたる。今回のヴェネツィアの洪水は、これらの現象は直接関係はないかも知れないが、地球規模で見れば、南国のツバル同様、水位上昇で、沈みゆく場所の一つになることは間違いなさそうだ。やがて日本も沈没するのだろうか?温暖化の記事を見るたびに心配してしまう。
2008.12.02
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十八史略の人物学(伊藤肇)に出てくる文章を一括掲載する。まず陶冶とは何か?で躓いた。「人間形成」のことをいう古い表現で「教育」とほとんど同義と言うことらしいが、人を焼き物を作るように、型に合わせて、焼き固めるような行為を連想させるというのが一因で使われなくなったという。しかしこの考えはこれは誤解で、陶冶の「陶」は、人を教え導くという意味で、「冶」は立派なものに仕上げることの意味であるらしい。字面から判断する人が多いようだ。「するめ」を縁起が悪いからと言って「当たり目」というのとは一寸違うが言葉とは難しいものだ。略語なども便利ではあるが、使っている当事者や、意味を聞いて納得するとよく分かり手っ取り早いものでも、最初に聞くとちんぷんかんぷんであったり、何もそこまで省略しなくてもと思う言葉がある。スタバ=スターバックス、ロイホ=ロイヤルホストなどはまだ分かるが、イナイチ=国道百七十一号線などは私の住んでいる付近の人や、この道を利用する人間以外はすぐには分らないだろう。今は慣れてしまったが、自分から進んで「イナイチ」と呼ぶにはまだ若干の抵抗がある。ところがこれをウィキペディアで引くと詳細が出ている。そしてその後に「 京阪神地域では、「イナイチ」と通称されている。」とあるから全国版で承認された言葉となっているようだ。まさに知らぬは私一人のみであるということか。中学高校生がはやらせた判じ物のようなKY=空気が読めない、などとはまた若干趣を異にする言葉ではあるが。私にはこれはあまり省略して欲しくないと思う。と言うのが、私の連れ合いが高校・大学の頃、この沿線に住んでいて、その連れ合いが住んでいた付近を通るときは、少なからず心をときめかしたことがあるからだ。それを今、連れ合いもそうだが、簡単に「イナイチ」と呼ぶのには多少の抵抗感を禁じ得ないのが本音である。やっぱりちゃんと国道百七十一号線か、少なくとも171号線と言って貰いたい気は今でもしている。その話は置くとして表題は、孔子が学問的な鍛練を欠く人間の必ず陥る偏向について、弟子の子路を戒めた言葉だということだ。仁ヲ好ンデ学ヲ好マザレバ、ソノ弊ハ愚。(学問によって鍛練されたことのない愛情、それは愚者の愛情である)知ヲ好ンデ学ヲ好マザレバ、ソノ弊ハ蕩。(断片的な知識だけを身につけて、腹にずんとおさまった哲学をもたぬと、それは単なるものしりにすぎない)信ヲ好ンデ学ヲ好マザレバ、其ノ弊ハ賊。(学問を伴わぬ信義、それはヤクザの仁義にすぎない) 直ヲ好ミテ学ヲ好マザレバ、ソノ弊ハ絞。(単純率直が好きというだけで、いろいろな場合の適応を学ばぬと「ソノ弊ハ絞」。つまり、偏狭な正義感によって、人に自説を押しっけることになる) 勇ヲ好ミテ学ヲ好マザレバ、ソノ弊ハ乱。(暴虎漏河:の勇は秩序を乱すだけのことである) *暴虎漏河(ぼうこひようが)とは虎を素手で打とうとしたり、黄河を歩いて渡ろうとするような無謀な振る舞い。向こう見ずな行為のたとえ。 (論語 「述而」) 剛ヲ好ミテ学ヲ好マザレバ、ソノ弊ハ狂。 戦前、戦中の日本の軍を省みれば、思い半ばにすぐるものがあろう。そのどれもが、巧く言うものだと感心するが、特に私などには、知ヲ好ンデ学ヲ好マザレバ、ソノ弊ハ蕩。と言うことになるのだろうか?最近の新聞を読んでも分からないことが多すぎる。経済新聞だから経済のことを多く書いてあるのは当たり前だが、言葉の解説に出てくるものでも何年か前に解説された言葉が再登場してくるのも多い。しかし、それが新しい言葉としてまた経済用語辞典などを引くと言うことは、上滑りにしか理解していないことであろう。科学用語などは新しいものは十重二十重と解説の言葉が書かれているが、所詮は茫洋として分かるだけであり、その真髄に迫ることが出来ないのは当たり前のことである。百聞は一見にしかず、百見は一験にしかずと言うが、言葉だけを追ってみても所詮は心に残らず、孔子の言う、断片的な知識だけを身につけて、腹にずんとおさまった哲学をもたぬと、それは単なるものしりにすぎない、と言うことになるのであろう。自分の周りに身近に起こることや、やがて自分にも累が及ぶことは身を入れて学ぶことになるが、何百年先かに起こることについては、正直それほど必死に考えていないのかも知れない。ともあれ、知らない言葉からその意味を探り、新しい知識を売ることはそれ自身楽しいことであるが、私も知り得た言葉を、腹にずんと来る哲学を持って使う(学ぶ)ように心がけたいものであると思った。
2008.12.01
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