吟遊映人 【創作室 Y】

吟遊映人 【創作室 Y】

PR

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

吟遊映人

吟遊映人

カレンダー

2013.01.09
XML
カテゴリ: 読書案内
【辻仁成/ピアニシモ】
20130109

◆25歳ぐらいまでに読んでおきたい青春小説

ロック・ミュージシャンの辻仁成が、すばる文学賞を受賞したと知ったのは学生時代のこと。
最初はほんの興味本位で読み始めた。半分は冷やかしだ。こういうものは片手間に出来ることじゃないのだと、批判めいた気持ちも持っていたかもしれない。ミュージシャンと作家を両立してやっていくつもりなのかと動向を見守っていたのだが、最近の辻仁成を見ると、どうやら作家一本に的を絞ったようだ。

『ピアニシモ』は、2013年の現在再読してみると、1990年に初めて読んだ時とは全く違う感想を持つ、私にとっては珍しい作品だ。
当時はまだケータイもパソコンも今ほど普及していないから、秘密の交信の場として花形だったのは、伝言ダイヤルというシステムだ。これはもうほとんどが売春などに関するメッセージばかりで、小さな社会問題となっていた。
『ピアニシモ』では、十代の主人公トオルが、伝言ダイヤルで知り合ったサキとの電話のやりとりにすっかりハマってしまうというものだ。
匿名性の強い分、単なる電話だけのやりとりだと割り切ってしまえば、あるいはゲーム感覚でそのバーチャルな世界を堪能することが出来たであろう。だが主人公のトオルは、そうではなかった。
裕福な家庭に生まれ育ち、小遣いには事欠かないが、氷のように冷え切った親子関係に心の休まることはなく、学校でも凍るような視線を向けられ、友だちが誰一人としていない教室に針のむしろ状態だった。
そんな中、トオルの孤独を癒すのはヒカルだけ。
だがヒカルという存在は、トオルが自分の中で作り上げた、いわば幻でしかなく、実在しないものなのだ。


青春とは、決してバラ色でないことぐらい知っていたはずだが、それでもこれほどまで狂信的な孤独を強要させる小説というものは、耐え難かった。
ところがどういうことか、今読むと、全く違う感想だ。
これはあくまで少年期における、度の過ぎた反抗期を描いたものなのでは?と思うわけだ。
皆少なからず若い時には苛められたり、親子喧嘩したり、友人に騙されたり、それこそありとあらゆる苦い体験をするのだ。そういうものを文学という名を借りた青春小説にまとめると、このような作品に生まれ変わるのだろう。
少年から大人に成長する時、誰もが自己否定と自己消失と自己憐憫に戸惑う。
どんな形であっても、人は大人になってゆく。気づかなかったことも、気づき始め、やがては孤独にも慣れてゆく。
人は一人で生まれ、一人で去ってゆくのだから。
『ピアニシモ』は、大人になってから読んでも、さして衝撃は受けない。できれば25歳ぐらいまでのうちに読んでおく方が、“青春とは何ぞや”をリアルに実感できる作品と成り得るものだ。

『ピアニシモ』辻仁成・著


☆次回(読書案内No.33)は田口ランディの『コンセント』を予定しています。

~読書案内~   その他

取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ
■No. 2 複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!
■No. 3 雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!
完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する
■No. 5 青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ
■No. 6 しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる
■No. 7 白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す
■No. 8 ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている
■No. 9 女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説
■No.10 或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル
■No.11 東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず
■No.12 お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人
■No.13 レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?
■No.14 山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く
■No.15 佐藤春夫/この三つのもの 細君譲渡事件の真相が語られる
■No.16 角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く
■No.17 室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛
■No.18 織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話
■No.19 谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。
■No.20 車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか
■No.21 松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場
■No.22 川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!
■No.23 丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの
■No.24 宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!
■No.25 岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ 女郎が寝物語に話す、身の上話
■No.26 柳美里/水辺のゆりかご 包み隠さず書くのは勇気なのか、それとも・・・?
■No.27 宮尾登美子/櫂 妻は黙って亭主に傅くのみ。殴られても蹴られても耐えるべし
■No.28 向田邦子/阿修羅のごとく いくつもの顔を持ち合わせているのが女なのだ
■No.29 樋口一葉/にごりえ 明治の娼妓のコイバナ、そして人情沙汰
■No.30 南木佳士/阿弥陀堂だより 信州の自然美に触れて生き返る
■No.31 東川篤哉/謎解きはディナーのあとで エンターテインメント性重視、ポップでライトなミステリー小説

◆番外篇.1 新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る!
◆番外篇.2 菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ
◆番外篇.3 芥川龍之介と菊池寛 唯ぼんやりとした不安、ハナはこちらなり。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2013.01.09 06:06:32
コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

© Rakuten Group, Inc.
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: