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山に出掛ける時は、主要なポイントへの到着時刻と出発時刻を詳細に記録しているのですが、今回の山行ではそのデータを記録したメモ帳を、下山途中で落としたか、或いはどこかに置き忘れたかで紛失してしまいました。そんな訳で時刻に関してはデジカメの撮影時刻から近似値を割り出しています。そんな訳で、精度については過去のものと比べて幾分劣ることをご了承ください。 さて、白鳳峠を通過しても険しい登りはまだまだ続きます。次の関門・高嶺までは高度差330mほど残っています。再び突入した針葉樹林は手付かずで、風も通さない密林状態ですが、程なく(標高2600m前後)潅木帯に変わり、涼しい風の恩恵を感じられるようになります。険しい岩場も頻繁に見られるようになり、こうした難関をこなしつつ高度を稼ぎ、何とか高嶺(2779m 上画像)には12:00頃到着しました。白鳳峠に着いた頃から、急速にガスが広がり始めていて、高嶺に着いた頃には上空は白一色に変わっていました。途中で出会った登山者の話では、前日も同じ空模様だったようですが、夕方にはガスは晴れたようです。同じ経過を辿るよう祈りつつ、ここで昼食を兼ねてやや長めの休憩。 高嶺を通過したことで、『登る』という大仕事は9割方消化したことになります。この後は、100~200mの小さなアップダウンをこなすだけになります。高嶺から次の地蔵岳に向けては、一旦100mほど下り、再び上り返すことになります。この登りの途中から岩石の様子が一変してしまいました。これまでの黒い岩石から、オセロの駒が反転するように白っぽい花崗岩に変わりました。コースも花崗岩が風化した白い砂が多くなり、まるで”白砂青松”(ハイマツですけど^^)の印象です。1時間ほどで地蔵岳への分岐点となる”赤抜沢の頭”に到着。ザックはここにデポして、身一つで地蔵岳に向かいました。 ダケカンバやハイマツの混在する林を抜けて50mほど下ると、”賽の河原”と呼ばれる緩やかな起伏の鞍部が広がっています。ここにはたくさんのお地蔵様が祀られています。お地蔵様を横目に、地蔵岳のオベリスクに向かいます。花崗岩は風化が進んで角が丸みを帯びています。そのためドラム缶サイズの岩石は越えられるのですが、ワンボックス車級や大型バス級の岩石には、素手では登ることはできません。結局、下画像の矢印の位置まで登ったところで諦めてしまいました。因みに20分ほど遅れてやって来た人も、私と同じところで引き返したのですが、円内がその直後の様子です。人間の大きさと岩石の大きさの対比がご理解戴けるかと思います。先っぽには行けませんでしたが、この日2つ目の目標・地蔵岳(2764m)もクリア(・・・ということに^^;)しました。≪前の記事 次の記事≫
2012年08月31日
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乗合タクシーで広河原のバス停に到着したのは6:30頃、手短に身なりを整え直して歩き始めたのは6:40でした。この頃上空は雲一つない晴天で、本邦第2の高峰・北岳が朝日を受けて聳えていました。南アルプス林道を北沢峠方向に向けて約1km歩いた所が白鳳峠への登山口(上画像)です。登山路はのっけから急勾配で始まり、この勾配は稜線上の白鳳峠に着くまで手を緩めることはありません。備え付けのハシゴやロープのお世話になりながら、よじ登って行くことになりますが、「スリルとサスペンス」というような生命に関わるような危険箇所はありません。行程の大半はシラビソなどの針葉樹の森の底を歩くことになり、当然雄大な景色に癒されながら・・・などという歩き方は期待できません。時々、樹林の隙間から正面の北岳や小太郎山を垣間見ることはできますが、全体像は望むべくもありません。またこのコースは、出発地の広河原バス停を出た後は、山小屋に着くまで途中で水を手に入れることはできません。まるまる1日分を下から担ぎ上げて行くことになるので、荷物の重量はその分増加することになります。 急勾配とザックの重量にスタミナを吸い取られながら約2時間半ほど歩いたところ、概ね標高2200m付近で一旦針葉樹の森は途切れます。森林限界はもっと上なのですが、森に代わって累々と積み重なった岩石帯を歩くことになります。この区間の植生は、少数のハイマツやダケカンバなどが生えているだけなので、上昇してきた太陽に「強火の遠火」でジリジリ焼かれる状態になり、スタミナの消耗は一層早まります。岩石は頁岩が砕けたもので、年輪のような細かな層が確認できます。こんな岩石帯を1時間近く辿ると、再び針葉樹林帯に入りますが、流石に樹高は低くなって10mに届かないものが中心になります。稜線上のやや平坦になった所に、直径5mほどの空間が開けており、そこが白鳳峠です。案内板が立てられていますが「白鳳峠」を示す部分は、破損して脱落していました(下画像)。≪前の記事 次の記事≫
2012年08月30日
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本州中部では、沖縄県の皆様には申し訳ないようないい天気が続いているのを見て、「今行かないで何時行くか」ということになり、8/27~28の2日間をかけて鳳凰三山(観音岳、薬師岳、地蔵岳)+1(高嶺)の4座を縦走して来ました。今シーズンの遠征も3回目になり、やっと足腰も温まって来たようで、歩きに粘りが実感できるようになりました。 入山は広河原(標高1525m)から白鳳峠(同2453m)に上がり、稜線伝いにまず高嶺(2779m)を経由して、地蔵岳(2764m)、観音岳(2840m)、薬師岳(2760m)の順に巡りました。画像は地蔵岳山頂のオベリスクで、この岩の塊は天気が良ければ中央道からも確認できます。オベリスクは巨大な花崗岩が積み重なったものですが、風化が進んで手掛かりが少なく、素手の”歩き屋”の装備では矢印の位置までしか行けませんでした。以前はどなたかが先端からロープを垂らしてくれていて、手軽に先っぽまで登れたようですが、現在は撤去されています。山行の詳細は後日紹介します。 次の記事≫
2012年08月29日
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イワウチワ(岩団扇)が半年先の花期に備えて準備が進んでいるようです。画像の株に2芽、画像に納まっていないもう1株に3芽、小豆粒サイズの花芽が確認できます。自生の現場のものと比べると、葉っぱの方はかなり貧弱ですが、花芽のサイズはひけをとっていません。 昨年3月に購入した時には、2.5号の塩ビポットに5株が収容されていました。現在の6号プラ鉢に植え替えた後、その年の夏までに1株、また1株と枯れてしまい、結局1年半が経過した今生き残っているのは2株だけになってしまいました。植え替えに伴うストレスは相当大きかったようで、昨年は画像のような花芽を付けることもなく、当然の結果としてこの春は花を付けることはありませんでした。それだけに来年の花期への期待は大きく、半年後が楽しみです。
2012年08月26日
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ネジバナの世代交代が始まりました。毎年のことですが、7月上旬の花後暫くして半分以上の株で地上部、つまり葉っぱや花軸が次々黄変して姿を消してしまいます。栽培し始めた頃は、「枯死してしまったか!」・・などと落ち込んだりしたものですが、1ヶ月ほど死んだふりをした後、新しい葉っぱが姿を見せて一件落着と同時に、この野草の生活パターンについて理解を深めて来ました。中には一度も葉っぱが姿を消すことなく、そのまま次の年に向けて生き続けるツワモノもいますが、比率としてはごく一部です。 先般四国からリクルートして来た個体も、前例に倣って姿を消していました。こうした固体については、無事に定着できたか、それとも定着に失敗して枯れたかが、外見から判定できるのはこの世代交代の時が最初のタイミングになります。まだ全点には達していませんが、画像のように新芽が姿を見せたことで、取り敢えず心配のタネはかなり減った・・というのが、正直な感想です。
2012年08月25日
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昨年まで猛烈な増殖ぶりを見せていたタマスダレ(玉簾)が、3日前に紹介したフヨウの木陰に入ってしまい、草の勢いは見る影もなく衰えていました。この付近には日差しが殆ど差し込まないため、1m離れた場所では暴れまくっているノゲシやオヒシバ、エノコログサ(猫じゃらし)などの雑草も殆ど生えていません。まるで草も育たぬ砂漠を連想させる景観です。 株数が減っただけでなく1株1株も貧弱で、今年は花を付けないものも出てしまいそうです。この草の花期が過ぎてからになりますが、頭上を覆っているフヨウは伐採してしまうことにしたので、1年後には元の勢いを取り戻せるとは思うのですが、今年は作落ちを覚悟することにします。
2012年08月24日
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間もなく暑さも峠を越そうか、という時期になりましたが、小庭の片隅では秋の草花が静かに準備を始めています。画像はツリガネニンジン(釣鐘人参)の花芽ですが、ゴマ粒大のツボミをたくさん付けました。まだ開花の時期がどうのこうのという段階ではありませんが、我々人間が眉をしかめながら「いつまでこの暑さが・・・」などとボヤいている傍らで、こうした草花は確実に季節を先取りして準備を進めているようです。 ・・・ということは・・・ 前回の高天原徘徊から戻って半月が過ぎようとしています。秋を先取りする高山帯では、お花畑の顔ぶれも様変わりしているかもしれません。そろそろ次の行動を起こさなくては、脚力も元に戻ってしまいそうです。次は南アルプスに行ってみよう・・・というのは、ちょっとお気楽過ぎかな?
2012年08月23日
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シュンラン(春蘭)に新たな動きが出たのですが、ちょっと判定に迷う事例です。画像の中心の小さな円錐形の物体、これが遅れて目覚めた新子なのか、それとも目覚めが早過ぎた花芽なのか、この時期に姿を見せられると認定に困ってしまいます。 この春から初夏にかけて、このポットでは2芽の新子が芽吹きました。中心の若芽の右後方の若株もその内の一つです。例年並の増殖ペースを見て、次は秋の花芽がどうなるかに注目していました。この先、この若芽がどっちに転ぶかがハッキリするのは、あと1ヶ月ほどかかるものと思われます。この品種が我が家に越して来て3年、まだ一度も花を見ていない状況下では、これから先の変化は大いに気になるところです。
2012年08月22日
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フヨウ(芙蓉)が咲き始めました。といってもこれが1番花という訳ではなく、保護者も気が付かないうちに開花は始まっていたようで、萎びた残骸が残っていました。山だ、初盆だ・・と出歩いていた間に、自然の営みは着実に歩を進めていたようです。いやはや面目ない次第で・・・ 画像は日が高く昇ってからの撮影だったので、葉っぱも花もかなり萎れています。加えて葉っぱはかなり毛虫たちに食い荒らされています。一昨年までは枝振りも比較的こじんまりしていたので、食害が見つかり次第キ○チョールに出動願って曲者どもは一掃できたのですが、昨年辺りから樹高は2.5mを越えるようになり、手が回りきらなくなってしまいました。昨年秋には8割ほど切り詰めて規模を縮小していたのですが、今は元の勢いを取り戻してしまいました。お隣さんの庭に枝がハミ出す状況を呈しており、傍迷惑な存在になってしまいました。やむなくこの冬には完全に伐採することにしました。そんな訳で、我が家の小庭でこの花を眺められるのは今年が最後になります。
2012年08月21日
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山だ!、温泉だ!と浮かれている傍らで、またまたエラいことが起きてしまいました。中国東北地方産アツモリソウ(敦盛草)が、時期を半年ずらして芽出しを始めてしまいました。地中の根(バルブ)は生きていた・・という意味ではめでたいことなのですが、そうは言ってもこの猛暑の中でのこと、どんなに頑張っても生き延びられる可能性は、弓で500m先の的を狙うようなものです。取り敢えずの延命処置として、空調で比較的平均気温の低い書斎に移動しましたが、これがいかほどのサポートになることやら・・・。静かに看取ることになりそうな予感が拭い切れません。
2012年08月20日
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さて山行3日目です。2日がかりでここ高天原までやって来た訳ですが、撤収にも2日かかります。高天原山荘を後にしたのは5:50でした。帰路は雲ノ平、祖父岳の山麓を経て、一旦黒部川源流域まで下り、その後三俣山荘から巻道ルート経由で双六小屋で3泊目を過ごす予定です。 高天原とか雲ノ平と聞けば、何となく天女でも戯れていそうな響きがありますが、こと”歩く”ことに関しては半端なコースではありません。平坦なエリアでは木道が敷設されて楽チンな歩行が保障されていますが、勾配のある山腹はあらゆる悪路が取り揃えられています。鬼の演習場か・・と思いたくなるようなコースにも耐えて歩かなくてはいけません。それでも頂上部の平坦な丘陵地に入りさえすれば、奥スイス庭園、スイス庭園、日本庭園などと名付けられた美しい風景に出会うことができます。こうした景勝を見ることだけを目的に、ここを目指す人も少なくありません。・・・が、この日のワタクシは往路でパワーの大半を吸い取られて、風景を楽しむ余裕はありません。ひたすら山の彼方の双六小屋の方向だけを見つめて歩きます。・・・・途中の出来事は省略しますが、双六小屋には15:52に到着しました。 山行4日目は朝5:30に双六小屋を出発しました。この日は50mぐらいの小ピークをいくつか越えさえすれば、後はひたすら下るだけです。ここも詳細は省略しますが、鏡平山荘に7:09(休憩25分)、ワサビ平小屋に9:45(休憩20分)に到着、入山口の新穂高温泉には11:00に辿り着きました。この後、キチンとした温泉で汗を流し、夕方まで温泉施設内の休憩コーナーで熟睡して、この日の深夜自宅に戻って来ました。 最後に付け足したような説明になりますが、上の画像は2500~2600mの稜線上の草地でたくさん咲いていたダイモンジソウ(大文字草)、下は2800m付近で咲いていたイワギキョウ(岩桔梗)です。 ≪前の記事
2012年08月19日
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山行2日目の歩きはまだまだ続きます。鷲羽岳を後にして、この日最後のピーク・ワリモ岳に向かいます。この区間は120mほど下り、続いて90mほど登ることになります。コースはガレ場、岩場の混在した急斜面で、歩行に当っては気が抜けません。この区間を40分ほどでこなして、ワリモ岳(2888m 上画像)には12:24に到着しました。山頂を示す標柱は山のピーク点から10mほど下がった登山路脇に立てられています。ハイマツと巨石の隙間をすり抜けて最高点に行ってみましたが、三角点は見つけられませんでした。 このピークを通過すれば、後は宿泊予定の高天原山荘までは、ひたすら下るだけです。ガレ場の道を北に向かって辿り、岩苔乗越(標高2729m)に向かいます。ここから暫くの間、標高2500m付近までは沢沿いの道で、冷たい水が豊富に得られます。更に下ると、コースは沢を離れ山の麓を進むようになり、この辺から森林限界を下回り樹林帯を縫って進みます。岩苔乗越から2km余り下ったところ、コースからは少し(徒歩10分ほど)外れたところに水晶池があります。雪解けのピークも過ぎ、水位は少々下がっていましたが、涼やかに水晶岳を映していました。生憎微風が吹き止まず、水面に漣がたってピタッと止まった画像は得られませんでした。この後1時間ほど歩いて、15:15にやっと高天原山荘に到着しました。 夕食は17:00からということなので、その前に念願の秘境の温泉に入ることにしました。甘い期待をしていた訳ではありませんが、温泉は山荘から7-800m離れたところでした。しかもトレッキングシューズでないと歩けないような、結構な悪路を進まなくてはなりません。熊よけの鈴も是非携行したいアイテムです。20分ほどで現場(下画像)に到着しました。沢の右岸に2つ、川原に1つ、計3つの湯船が設えられています。画像の左、ブラインドされた方が女湯、その右手に屋根だけ見えている方が男湯です。お湯は白濁していて、微かに硫黄臭があります。湯温はやや低めで、私好みの45℃前後には遠く及んでいませんが、秘境の温泉で贅沢は言えません。自宅を出て3日、どうにか汗を流して下着も交換でき、サッパリしたところで山荘に戻りましたが、辿り着いたころには新しい汗をかいてしまいました。この夜も20:00前には眠りに就き、朝4:30頃まで爆睡してしまいました。≪前の記事 次の記事≫
2012年08月18日
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さて徘徊2日目です。この日は2800m超のピークを、名の通ったものだけで4つ越えることになります。いずれも昨年半径1km以内を通過したものの、挨拶なしに素通りしたものです。今回は全てに登り、不義理を詫びることにします。上の画像が予定コースのアップダウンの概要です。 双六小屋を5:15に出発。前夜まだ明るいうちに就寝、4時半まで爆睡したにも関わらず、何となく足が重いのが気になります。最初のピーク・双六岳までは高度差300m余りです。疲労感を引きずりながら、MAPPLEコースタイムをいくらか上回って、6:40に双六岳(2860m)に到着。ここから2つ目の三俣蓮華岳までは、小さなアップダウンを2つこなすだけの、爽快な稜線歩きです。上空には探しても雲はありません。360度の視界に散らばる名だたる高峰を、ヨダレが垂れる思いで眺めつつ歩きます。もしかすると我がマナコにはハートマークが浮き上がっていたかもしれません(不覚)。この区間もルンルン気分で軽快に・・・という訳にはいかず、三俣蓮華岳(2841m)に到着したのは8:12になっていました。10分余り休憩した後、三俣山荘に向けて出発しました。この区間は高度差300mを下るだけです。下りで働く筋肉はこれまで殆ど使っていないので、この区間は滑るようにスムーズに捗って、三俣山荘には9:14に到着しました。 小屋の休憩コーナーで軽食を摘みつつ30分休んだ後、次の鷲羽岳に向かいます。この区間がこの日最大の急勾配で、歩行距離1kmで400mを登ることになります。スタミナはEnpty状態に近く、歩行はスイスイ・・という訳にはいきません。少し歩いては一休み、また歩いて休む・・という「尺取虫歩行」を繰り返しながら、コースタイムの3割増しの時間を費やして、11:24に鷲羽岳(2924m 下画像)に着きました。標柱の右後方が大天井(おてんしょ)岳、その右が常念岳です。この鷲羽山頂ががこの日の最高点で、後は小さいピークをこなすだけです。峠は越えた訳で、ここで昼食タイムということにしました。≪前の記事 次の記事≫
2012年08月17日
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今回の山行ではスマホGPSが全く機能せず(注:アプリの問題でしたけど^^)、自分の現在位置や歩行経路のトレースといった情報は全く利用できませんでした。ただ、今回徘徊した地域一帯は登山者も多く、それなりにコースの整備や案内板の設置が行き届いており、進路の選択に困るような場面は一度もありませんでした。ということで、いつも紹介するトラックログはありません。 上の画像は1日目に歩いたコースの断面図です(画像クリックで拡大画像を表示します)。下山時を想定したものなので、往路では画像の右から左に向けて進んだことになります。新穂高温泉の登山指導センターは現在解体されて更地に戻っていました。そんな訳で登山届けは林道を少し進んだゲート脇に置かれたポストに投函して歩き始めました。この日歩くコースは、まず林道を6kmほど進み、その後山道に入ることになります。歩行距離は13kmほど、高度差は1700mを越えます。 新穂高温泉(標高1080m)を出て歩き始めたのは5:41、いつもより幾分遅めのスタートです。6kmの林道区間だけで400mほど高度を稼ぐことになるので、結構足には応えますが2時間でこの区間をクリアしました。林道から山道に変わるところが登山口になり、ここから先は土の道、ガレ場、石畳、ゴロ石の道と変化には富んでいます。勾配は「これでもかっ!」と言わんばかりの急勾配ですが、ゴロ石も石畳も非常に安定していて、歩いていて不安を感じることはありません。登山口から高度差で250mほど登ったところに秩父沢があり、山小屋以外ではこの日最後の水場になります。今も雪渓の雪解水が流れ込んでいて、大汗をかいて登って来た登山者には実に有難い存在です。その後も急勾配のコースは続きます。11:50になってやっと鏡平山荘(標高2300m付近)に着きました。ここで昼食を兼ねて長めの休憩をとることにしました。ここでは山小屋としては珍しくかき氷を売っています。シロップはイチゴ、レモン、メロンの3種ですが、暑さと歩きで草臥れた登山者を、喉からクールダウンしてくれます。鏡平は池に映る槍ヶ岳の名所ですが、この日この時点の鏡池は水位は下がり、少々波も立っていて、快晴にも関わらず”逆さ槍”観察はできませんでした。 鏡平山荘を出て高度差で250mをこなすと稜線に出ます。ここに到達しさえすれば、後は若干のアップダウンをこなして2km余りを歩き抜けば今日の宿泊地・双六山荘(下画像)です。到着は16:02になっていました。新穂高温泉までの道中、渋滞迂回などで麓の駐車場到着が遅くなり、仮眠は2時間に届きませんでした。実質的に駆け付け登山になってしまい、疲労を貯め込む結果になっていました。2日目以降に、疲労が尾を引かなければいいのですが・・・≪前の記事 次の記事≫
2012年08月16日
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丸々1週間、穴を開けてしまいました。この間、前半4日間は黒部源流域の高天原(たかまがはら)の温泉へリゾートに・・・というのは大ウソで、実は疲労を貯めに行って来ました。後半3日は親類のお盆に伴う行事に参加するため、自宅滞在6時間で高知県まで出掛けてしまいました。 さて、温泉行脚についてですが、入山口は新穂高温泉です。ここは押しも押されもしない立派なリゾート温泉なのですが、これを素通りして往路に2日、復路に2日をかけての山旅になってしまいました。途中、行きの駄賃・・という訳ではありませんが、双六岳、三俣蓮華岳、鷲羽岳(わしばだけ)、ワリモ岳などに登り、昨年この一帯に足を踏み入れた際に素通りした不義理を埋め合わせました。画像は男風呂、女風呂とは別に、温泉沢の川原に設えられた共用の湯船です。入浴中のお客さんは見知らぬ登山者なので、無断で顔を出す訳にはいかないのでモザイクを掛けています。詳細は後日数回に分けてご紹介します。 次の記事≫
2012年08月15日
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白花・四季咲きコマクサが開花しました。4月に次いで、2度目の開花期を迎えたようです。花茎は2芽で各々に4-5個のツボミが付いており、少しずつ時期をずらしながら咲き続けてくれそうです。個人的な好みで言えば、もう少し花弁が反り返った状態がベストなのですが、この株の特性としては180度を越えるような反り返りは期待できないことや、反りが最大化する時期には留守にしそうなので、この状態で開花宣言することにしました。 強烈な日差しと高温で少なからず葉焼けを起こしていますが、やる気は失っていないようです。足元には損傷した葉っぱを補うように、新たな葉っぱも顔を出しており、このままジリ貧になってしまうようなことはなさそうです。取り敢えず強烈な日差しが避けられる場所を確保し、退避させることにしました。
2012年08月07日
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夏枯れの間の仕事というと、まだ本格的な植え替え適期までは2-3ヶ月の猶予があり、時には機材の手入れということになります。先般も紹介した樽型プランタのタガ腐食対策として、最も症状の進行が激しかった1点について、全ての金属部品の交換を実施しました。タガは2本ともステンレスワイヤーで手作りしたものに交換しました。ネジ類も全てステンレスです。取っ手(円内)はアルミ製ですが、鉄と比べれば耐食性は高いだろうという希望的観測とコスト面の制約による選択です ^^。 このプランタには原種ネリネを引越しさせる予定ですが、比較的乾燥に強い品種なので2-3年は持つのではないかと期待しています。因みに、それくらいで材木が腐敗して強度を失うだろう・・という発想による見積りで、手直し部分にはかなり自信を持っています(根拠となる資料はありませんが・・・)。
2012年08月06日
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ただ今ガーデニングネタは夏枯れ状態。つなぎのネタで恐縮ですが、今年我が家で咲いた山野草のスライドショーを増補改定しました。早春から盛夏までの画像21点を掲載しています。山野草、高山植物に興味をお持ちの方は、一度お立ち寄りください。 コチラからどうぞ。因みに上の画像はユキノシタです。花の時期は過ぎましたが、この草だけは夏バテ知らずに活発な子作りが進行しており、ファミリーの規模は天井知らずです(困)。
2012年08月05日
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この暑い時期に、こともあろうに福寿草が芽出しを始めてしまいました。本当に福寿草か?ということで、細かく観察してみたのですが、葉っぱの切れ込みの様子などから間違いはなさそうです。 本来なら爆睡中の筈の草花が時期を外して起き上がって来た時は、過去の経験によると100%枯死する傾向が見られます。その詳しい理由は分らないのですが、今時の気温に耐え抜ける耐候性は備わっている筈もなく、次の春の芽出しに必要なスタミナまで使い切ってしまって生涯を終えるのではないかと推測しています。その意味でこの個体も、この芽出しが最後の足掻きではないか・・ということで、深刻さの度合いはメダル級です。
2012年08月04日
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白花の四季咲きコマクサが2回目の花期を迎えたようです。1回目は4月中旬でした。その時は3芽の花軸が立ち上がり、時期的にも涼しかったこともあって、かなり長い間楽しませてくれました。今回も3芽の花軸が立ち上がりつつありますが、この暑さでは花の持ちは短いものになるかもしれません。 気になることがないでもありません。『四季咲き』とは言いながら、これまでこんな暑さのさ中に開花したことは一度もありませんでした。お気楽に解釈すれば、株の地力が付いてこの時期にも開花する能力が備わったとも考えられないこともありません。逆にロウソクが燃え尽きる直前に一瞬炎が大きく燃え上がるように、地中で何らかの異常が起きているのでは・・・などという不安が拭い切れないのも事実です。
2012年08月03日
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昨日取り上げた桶型プランタの住人、カタクリの顛末です。画像は別の7号ポットに植えていたものと合算した球根の状態ですが、総数28個が確認できます。プランタ、ポット双方とも深さは15cmほどしかなかったため、球根たちが一番快適な深さに身を置いた時、球根のお尻(下端)が鉢底石にくっ付く状態になっていました。この状態に目を付けたのがオシリカジリ虫(実はダンゴムシ)の連中で、水抜き穴や鉢底石の隙間から球根に辿り着き、食い物にしていました。中段の右2個がその被害者で、お尻部分はなくなっています。掘り出した時点では、空洞になったお尻部分に住み着いている不届き者も確認できました。 そんな実態を踏まえて、今回調達した新居は家庭菜園用の大型プランタで、用土の深さは25cm以上が確保できます。広さも30×45cmあり、分球が進んでも3年程度は耐えられるのでは・・・と、期待しています。問題はその重量で、45リットルの用土が水を含むと、大人でも1人で運ぶのは困難です。
2012年08月02日
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リコリスやカタクリを植えていた桶型の木製プランタが、3年経過して鉄製のタガが腐食してボロボロになってしまいました(画像上半分)。材木部分は殆ど劣化は認められないので、この先数年は持ちそうですが、タガの破断はいかんともし難く、このままでは些細な外力でバラバラになりそうです。で、素人仕事にはなりますが修理することにしました。尚、作物は既に掘り起こして、別の新しいプランタに植え替えてしまいました。 直径0.8mmのステンレス線を所定の大きさ(直径)に撚り合わせます。8回から9回撚り合わせたものを新たなタガとして圧入し、トンカチと板切れを使って更にきつく叩き込みます。竹製のタガならこのままで持ち応えるようですが、摩擦の少ない針金製のタガでは自然に抜け落ちそうで心配なので、木ネジの頭でズレ落ちを防いでいます。スマートな出来栄え・・とは言えない代物ですが(画像下半分)、数年は使い続けられそう・・・あ、イヤ、使えたらいいナ ^^。
2012年08月01日
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