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松坂昌應さん(島原市議)からコメントをいただいた。さすがに、お仕事柄、私なんぞのグチとは違い、深い内容で、「学生の選挙権」の変遷を知ることができた。このブログのコメントからも、すぐにいけるので、興味のある方は是非「新・土佐日記」を、訪問していただきたい。 それにしても、選挙管理委員会だ。この組織は国、都道府県、市町村にそれぞれある訳だが、どうにも統制がとれていない気がしてならない。素人考えではあるが、これは、それぞれの首長が選挙で選ばれるので、その選挙の管理をする委員会には、あまりモノが言えないという側面もあるのだではないか。もう一つ、公務員の中でも選挙管理委員になりたいという人はいないのではないだろうか。あら、なっちゃった、どうしよう、そうだ、ちゃんとした選挙員名簿を作ろう、とかなるのではないか。 元締めは総務省なのだろうか、良くはわからないが、いつまでも、「新成人が学生であるために、初めての選挙で棄権する権利さえ無い」という現状をこのまま放置しておいては、日本の選挙制度は、新有権者をないがしろにすることで、根本から壊れてしまうのではないだろうか。
2010.05.31
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佐平治さんから、コメントをいただいた。「出稼ぎしている人の選挙権はどうなるのか」「学生でどこの大学に入っているかの調査自体が正当なものか疑わしい」という内容でしたが、まさに、私の言いたいことを代弁してくれている。こんな調査をすることが選管の重要な仕事なのだろうか。ただし、選管がこのような調査をせざる得ない事情も、多少はわかる。この3月の市議会議員選挙で、トップ当選でも1325票、最下位当選は608票ということで、田舎では肉親、親戚の1票が当落を左右するのだ。だから、「あの候補の息子は東京の大学に行っているので、投票はできないはずだ」みたいな、足の引っ張り合いが有り、それが選管にもプレッシャーをかけるのだと思う。 それにしてもだ、ただでさえ人口減少、少子化でトップクラスの秋田県が、こんな有権者減らしをしていていいものだろうか。学生も若者も、案外秋田が好きのなのだ。しかし、進学先や就職先が県内にないので、しょうがなく出て行ってしまっているということを、知っていて、こんな調査をしているのだろうか。 この件に関して、抗議も説明も釈明もしようとしない北秋田市とその選管には、ほとほとガッカリしてしまう。
2010.05.30
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娘が帰ってきており、今回の滞在が長いのからか、珍しく部屋を片付けていたところ、ルービックキューブが出てきた。実は、3月に帰った時にも、もう一つのキューブをめちゃくちゃにして、「やっておいて」と言われたので、やっとのことで完成させていたのだった。流行した当時は、簡単に出来るまでになっていたのだが、すっかり忘れてしまい、ネット検索でやり直しての完成だった。またかよ、と思いながら手順に従いやっていったのだが、おかしい。最後の3段目がどうしても、あり得ない配列になる。はて、どうしたものか。娘に、「まさか、コレ、バラバラにしたことはないだろうな」と聞くと、「あれ、なんか、そんな記憶が、ああ、そういえば、そんなことがあったような」だと。問題のキューブを手にして、力を込めるとキューブがはずれ、「あぁ、これこれ、覚えがある」とか言いながら、どこか手馴れた様子で、3段目をバラバラにしたと思ったら、ちゃんと組み立て直し「できた!」と叫んだ。そりゃ、出来るはずだ。私の、時間と悩みはどうしてくれるんだと、文句を言ったら、「いいじゃん、なんかのネタになるべ」ですと。で、いつもより遅れてこれを書いているのだった。
2010.05.29
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第八回は、昭和49年6月12日(水)プログラムは以下のとおり。三遊亭きそ馬 道具屋柳家つばめ 見合い天国神田伯治 小猿七之助三遊亭円右 関の扉三遊亭円馬(4代目) 花見の仇討 この日はハプニングがあった。柳家つばめ師匠が体調不良で来られなかった。その穴を埋めるように、円馬、円右両師匠がカッポレを踊ってくれたのだ。今から思えば、大変贅沢なラインアップである。きそ馬は現在の扇馬、他の師匠はすべて、故人である。 この時に、寄席の臨機応変な対応に感激し、次回申し込みハガキに、そのことを書き添えたところ、その拙文が第九回のパンフレットに掲載されたのである。大幅に加筆修正されていたとはいえ、自分の書いた文が印刷物になる快感を初めて知ったのだった。
2010.05.28
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名古屋の佐平治さんという方から、私の「声」の投稿に対しての熱い応援メッセージをいただいた。うれしかった。どうやら、名古屋など関東以西の朝日新聞には、一週間遅れの26日に私の投稿が掲載されたらしい。取り上げてくれた朝日も、佐平治さんも、私の言いたいことをわかっていただいていることが、本当にうれしい。生まれ育った故郷から、これまで一度も住所を移していない新成人の棄権する権利さえ奪うことが正しいのだろうか。選挙管理委員会の重要な仕事と言えるのだろうか。 偶然にも、今日、娘が卒業した高校で実習をするため帰って来た。おおむね一ヶ月はここに住むわけで、どこからが判断基準かは知らないが、投票入場券をいただけるに足りる期間はここに居るワケだ。だから、意を強くして言いたくなる。選挙管理委員会さんは、適正な選挙人名簿を作ることも重要な業務だろうが、投票率を上げるのも、また、重要な業務ではないだろうか。そこを考えて欲しいのだが。 ちょっと、今日は、酔っていて、機嫌が異常にいいので、強気になってしまった。
2010.05.27
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5月は、出版界でも、いろいろ区切りの時期である。私の趣味のメインともいえる、マンガ収集も、ちょっと転換期にある。なにしろ、私なりに買わなきゃいけないモノが重なり、行きつけの本屋に、万札以上を持っていかないとヤバイ状況になっている。先日は、払いきれなくて、預かりにしたことさえあった。・デアゴスティーニの「ウルトラマン」が、ついに、50巻を越えた。来年の今頃には、めでたく完結予定である。・白土三平の忍者武芸帳全17巻が今月で終わり。・手塚治虫文庫全集の第1期57巻も、今月で終わり、だが、これは第4期全200巻なので何も終わってはいない。・藤子・F・不二雄大全集も6月で第1期33巻が完結。でも、これも第4期まであるので、7月から続けて購入する。・鉄腕アトム復刻大全集は、これまで3巻、全6巻なのであと3巻なのだが、2ヶ月に1回なので、今年中に完結か。1巻が15000円ぐらいなので、こちらも大変だ。次回からは、何らかの事情で(思ったよりうれなかったのだろう)、出版元が変更になる。 自分でも、どうしてだろうと思うような購入癖というか、収集癖なのだが、これは、死ぬまで続いてしまうな。
2010.05.26
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昭和49年(1974)4月、私は、札幌で浪人生活を始めた。間もない5月17日(金)に、さっそく第七回 STVホール名人會に行っていた。あきれた浪人である。当日のプログラム古今亭志ん吉 :真田小僧桂 文朝 :おしくら 錦明竹古今亭志ん朝 :巌流島 酢豆腐 いや、自分でも驚いた。私が初めて生で鑑賞した落語会のトリはあの志ん朝だったのだ。この時、志ん朝36歳、まさに、若手実力者としてバリバリの時代だ。記憶ははっきりしないのだが、最初に志ん朝を観たというのは、落語ファンとして幸せなスタートだった。それにしても、こんなに貴重な噺を聞いておきながら、ちゃんと記憶していないというのは、我ながら残念。当時は、田舎から出てきたばかりで、単なるミーハーで、その価値などわからなかったのだろう。 ネットで調べたところ、前座の志ん吉は、現在の古今亭八朝、文朝と志ん朝はご存知のとおりすでに故人である。また、STVホールは今でも健在らしい。(第八回へ続く)
2010.05.25
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以下のようなメールが、「ombudsman_001」と名乗る方から、3月までの職場に送られ、転送されてきた。5/19付けの朝日新聞の声Voiceへの投稿を読み、公務員として不適切な考え方ではないかと思いました。第一に、あなたがお嬢さんが大学に進学した時点で、居住地に住民登録させておれば、何も問題が起こらなかった事例であるということです。年金の手続き・納付は全国どこの自治体でも可能であるし、県内の市町村は出身学生が帰郷して成人式に出席できるように配慮しており、あなたの主張は全く考慮する理由にあたりません。居住地に住民登録するという当たり前の法律を子どもに守らせずに、法律や制度にクレームをつけるというのは公務員としてあるまじき行為です。県の専門職員のようなので一般の地方公務員程の行政知識をお持ちでないのかも知れませんが、54歳にもなって分別が無さ過ぎであると思います。あなたの投稿で、殆どの真面目に働いている地方公務員(特に秋田県内)の方は大変な迷惑を受けているでしょうし、県政への県民の信頼も大きく傷つけられたと思います。定年までわずかでしょうから、今後は襟を正して、県民の信頼に応えるよう、しっかり仕事をしていただきたい。なお、朝日新聞社には、読者の投稿には難癖の類の投書も含まれるので、そのまま鵜呑みにせず、十分にチェックして掲載するように要求いたしました。 ombudsman_001さんは、これと同じようなメールを県の方にも送っており、上司からその事実を知らされ、騒がせたことはお詫びするしかなかった訳だ。 反論はあるが、この人にアドレスを知られるのが怖いので、返信はしない。だから、迷惑だとは思うが、ここでグチりたい。 娘の住所を移していなかったのは、確かに違反なのかもしれないが、公務員としての資質を問われるようなことなのか、他の秋田の公務員にそんなに迷惑をかけたのだろうか。この人以外には誰からもそんな抗議は受けていない。 年金は問題になってから、住所の移動が不払いの大きな原因になっており、新成人の親はかなり神経質になっている。私の周りでも、県外に出ている子どもの住所を移していない親がほとんどだ。なにしろ、投票権が欲しくてそうしているのではなく、棄権する権利さえ奪われるのが問題だと言いたいのだ。 さらに、今時の大学生は春休み、夏休み、冬休みに帰省するので、三ヶ月は故郷にいることもあるのだ。それを、どうやって判断するのか。生まれてから一度も住民票を移動していない学生の投票権を奪ってしまうような制度が本当に正しいのか。 それにしても、あの投稿を読んだだけで、こんなにも私のことを悪し様に言えるとは、何か個人的に私に恨みのある輩の成りすましではないかと、勘ぐってしまう。いい年して分別が無いとか、定年も近いので、それまでは、ちゃんと働けとか、もう、言われ放題。こう見えてもナイーブで打たれ弱い性格なので、めげている。韓国戦の完敗よりもこたえている。 ネットに精通していれば、私のアドレスなんかは、すぐにわかるはずだ。ombudsman_001さん、せめて、何者なのか、正体を明らかにしないと、フェアじゃないよ、これじゃあ、喧嘩もできないよ。
2010.05.24
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参議院選挙も、もう始まっているような熱気であるが、秋田県はやはり、石井浩郎候補の出馬が話題だ。自民比例区の堀内恒夫候補が応援に秋田に来たという。石井候補のライバルは、鈴木陽悦現職。元秋田テレビのニュース担当のアナウンサーで、無所属で自民の現職を破って当選したのだが、今回はすったもんだの末、民主党公認だ。 どちらが当選するのか、相当な接線になりそうだが、ちょっと気になることがある。今は公示前なので、政党懇談会やら講演会の名目で候補と誰かのツーショットのポスターがそこら、ここらに貼られている。石井候補は、無難に、自民党の県会議員とかの何種類かなのだが、鈴木候補は田中真紀子議員とのモノだけ。これ、票につながるのだろうか。少なくとも私は、ちょっと引いてしまう。前回、自民に対しての反発票を集めて当選した鈴木候補が、今は民主党とはいえ、あの方の娘とのツーショットとは。なんだかなぁーと思うのは私だけではないはずだが、どんなもんでしょうか。
2010.05.23
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昨日は、これに行ってきた。猫は3年連続3回目、すっかりおなじみだが、いつもの好きな曲、「各駅停車」「雪」「花吹雪桜一家と申します」などをやってくれた。内山さんのボーカルは本当に渋い。なにしろ、常富さん、内山さんは今年で62歳、石山さんでも58歳だというのに、3時間ほとんど出ずっぱりで頑張る。頭がさがります。 四角佳子さんは、その昔、ラジオで声をお聞きしたとき、「なんて可愛らしい声なんだろう」と思っていたが、昔そのままとは言わないが、十分魅力的だった。「ガラスの言葉」と「春の風が吹いていたら」には泣けた。ジョイントの「出発のうた」は盛り上がった。 ただ、いつも残念なのは、観客が少ないことだ。今回も数人に声をかけてみたのだが、知り合いは誰も来ていなかった。今回は、チケットが5000円と、これまでの2倍だったが、なにしろ、食べ放題、飲み放題なので、けっして高くは無い。酒が飲めなかったのが本当に残念だった。しかし、30数年前にタイムスリップしたような楽しいひとときだった。 猫もおけいさんも、ホームページがあり、掲示板に書き込むとちゃんと答えてくれる。先日「猫が目を覚ました」に書き込んだのを、おけいさんまで知っていて、購入したCDのサインに「かっぺいさんへ」と書き込んでもらった。ミーハーな私は大喜び、また、行こうっと。
2010.05.22
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昨日、反応が無い、とか余裕をこいていたら、今日になって、大変なことになってしまった。オンブズマンと名乗る男性が、「声」を読み、「公務員のくせに、法を守らず、あんなことを主張するのは、資質に欠ける。そんな職員を使っている県も悪い」との趣旨の、抗議があったのだそうだ。私が娘の「住民票を移動しなかった」のは、公務員にあるまじき行為だというのだ。オンブズマン氏は、地方公務員である私を探して、たどり着き、県にそんな内容の抗議をしたのだという。今回は別に処分とか注意ではなく、そういう事実を知らせるということだったが、騒がせてしまい、県や上司に余計な迷惑をかけたことについては、もう、謝るしかない。私の気分としては最悪だが。 私の主張の内容ではなく、「住民票を移動しなかった」という行為が公務員としての資質に欠けるというのだ。確かに、5万円以下の科料に当たるらしいが、そんな、大それた違反をしているとは思わなかったし、直ちに移動しなさいとも言われなかった。知らずに、私と同じことをしている方はかなり多いと思う。だからこそ、これはおかしいのではないかというのが私の言いたかったことなのだが、わかってはいただけないようだ。職業を、会社員とかにしておいた場合、オンブズマン氏は、抗議してきたのだろうか。聞いてみたいものだ。
2010.05.21
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朝日の投稿欄に載ると言うのは、かなりすごいことだと思うのだが、職場では誰も気付かず。唯一反応があったのが、別の職場の上司だった。「趣旨には賛同するが、住民票を移していないのは法律違反で科料になる。大丈夫か心配している」とのこと。科料といえば、スピード違反と同じ、私は新聞紙上で全国的に「違反をしました」と発表してしまったらしい。いつ罰金の支払い通知が来るのか、ハラハラしてしまう。また、職場で問題になり、処分を受ける可能性も否定できない。 それにしても、その他の反応は皆無。市も選管も何も言ってこないし、職場でも平穏無事。私としては、日本の選挙制度に対する提言だと思っているのだが、こうもそっけない扱いを受けると情けなくなる。政府でも、総務省でも、北秋田市でも、何か言って来て欲しい。日本の選挙制度は、誰も関心がないのかと、がっかりしてしまう。
2010.05.20
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今日(5月19日)の朝日新聞の読者投稿欄「声」に「帰郷しての投票できぬとは」という私の投稿が載った。ちょっと、その背景を書きたい。 3月の市議会議員選挙の前に、選管から娘宛に「あなたは学生ですか?」みたいなアンケートが来て、代理でもいいということなので「千葉の大学に行っている旨」の回答をしたところ、春休みで帰郷していたのにもかかわらず、娘に投票入場券は届かなかった。頭にきて選管に抗議の電話をしたが「これが規則で、どこでもやっていることだ」とのつれない返事。そして、先日、私の抗議があったためなのか、「選挙権を北秋田市で行使するためには、有権者として登録されることが必要ですが、原則として3ヶ月以上市に住民登録しかつ実際に生活していなければなりません。~調査の結果、住所要件を満たせず有権者として登録できなかった方には7月に予定されている参議院議員選挙の投票入場券は送ることができなくなりますので申し添えます。」という文面の「有権者登録に係る学生等の居住地調査について」という往復はがきが届いたのだ。選管が正確な選挙人名簿をつくりたいというのは理解できるが、ここで生まれここで育ち、これまで一度も住所の移動をしていない住民が、ほんの4年間大学に行くために離れただけで、投票権も奪われるのは納得がいかない。投票率を上げるのも選管の重要な仕事であるし、初めて投票しようとする新成人に棄権する権利も与えないような調査が本当に必要なのだろうか。
2010.05.19
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小学生の頃から、落語が好きだった。自分でやってみようとは思わなかったが、寄席番組はテレビもラジオもお気に入りだった。テレビに出ている落語家、節子の円鏡、よし子の三平、笑点メンバーがメジャーだったが、この人たちは、ほとんど噺をしていなかった。私の時代は、やはり、立川談志、古今亭志ん朝の当時の若手が好きだった。志ん生の晩年には、かろうじて間に合ったが、その前の金馬や三木助には遭遇できなかった。当時すでに名人だった、円生と小さんでは、小さんが分かりやすくて好きだった。 昭和30年生まれで、ものごころ付いた時からテレビは観ていた。ラジオも深夜放送リスナーのさきがけだと自負している。しかし、夕張の田舎育ちのことで、生の落語に接することはなかった。そんな私が浪人生活で花の大都会札幌に出た。どうやって知ったのかは忘れたが、当時、やっと飛行機がメジャーになってきた時代、STV札幌テレビが、落語会を開いているのを知った。しかも、ハガキで申し込めば無料の整理券がもらえるという。さっそく飛びついた。毎月1回、何回も行っていたつもりだったが、みつかった資料では、6回ほどだったようだ。何しろ、記憶が薄れ、テレビで観たのか、ラジオで聞いたのか、生で観たものか自分でもわからなくなっていたが、いや、自分でも驚く、その内容。これから、不定期に昔を懐かしんでみたい。
2010.05.18
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思い出深い、浪人生活だったが、実は2年前に新琴似11条11丁目に行ってみた。30年以上前のことだから覚悟はしていたが、まあ、言葉が出ないほどの変わり様だった。青雲寮の建物はおろか、どこにも見覚えが無い。開発中で、空き地がたくさんあったのに、住宅だらけで、クルマを駐める場所もないほどだ。通った本屋も酒屋も親父と入った寿司屋も痕跡さえみつけられなかった。がっかりもしたが、ちょっとホッとしたというか、ふっきれたような気がした。当時、通った落語会のことを書こうとしたのが、どうしても浪人時代のことを書いてけじめをつけたかった。気が済みました。 ところで、明後日、19日の朝日新聞の読者投稿欄「声」に私の投稿が載る予定だ。内容は、以前、ここでも書いた、娘の選挙権に関するグチだが、良かったら読んでいただきたい。
2010.05.17
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青雲寮のあった新琴似は、当時はまだ、住宅開発の途中で、道路も宅地も商店も、すべて中途半端だった。私も同じく中途半端だったが、予備校だけは真面目に通っていた。当時、地下鉄は24条までしか来ていなかったので、そこまでは、自転車かバス、地下鉄で札幌駅で降り歩いて予備校へ。途中で、憧れの北大構内を通ったりもした。北大通りに「青猫」とかいう喫茶店があり、そこで、COMの別冊の手塚作品「地球を呑む」なんかを読みふけった。24条では友人のバイトしている居酒屋へ行ったり、ATG(わかりますか?)映画の専門館に通ったりもした。大学生よりも大学生らしい生活だった。 予備校の授業では、ためになったのは生物だけで、あとは大して身につかなかった。なにしろ、「一浪当然」という時代だったので、教室はあふれんばかりの学生。今はどうか知らないが、よっぽどの覚悟がないと、浪人は成功しないと、後から思った。 寮生の大部分は、1年で晴れて大学生になろうと必死だったが、中にはすでに3浪目とか、5年計画で医者になろうと計画している者もいた。不安の中での集団生活で、喧嘩もあったが、それなりに楽しい寮生活だった。
2010.05.16
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青雲寮での浪人生活は、それなりに快適だった。死に物狂いで合格を目指さなければならない身なのに、初めての一人暮らしに浮かれ、酒、タバコ、パチンコ、マンガ、落語会にまで行っていたのだから、我ながら呆れる。 一つだけ、辛かったのは食事だ。管理人兼食事担当のおばさんは、いい人でお世話になったのだが、食費に回ってくるお金が少ないということで、メニューは悲惨を極めた。その中でもカレーは数少ない人気メニューだったが、ある日、珍しく大きな肉の塊が入っていたので、かぶりつくと、なんとそれはチクワだった。おかげで、好き嫌いがなくなり、後の生活では何でも食えるようになった。 一度だけ、親父が寮に寄り、晩飯に寿司を食わしてくれた。腹の減っていた私は、どんどん注文し食べまくった。すると、注文もしていないのに吸い物が出てきた。これが、「ある程度の払いになったよ」という店からの合図だというのは後から知った。「いいから、どんどん食べろ」と言っていた親父も、持ち合わせが足りなくなりそうな私の食いっぷりに内心慌てていたという。心身ともに幼い自分が、恥ずかしくも懐かしい。
2010.05.15
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さっそく、札幌予備学院に紹介された下宿屋に買ってもらったばかりのスーツにネクタイで行った。その下宿は、予備校のすぐ近くで、ちょっと大きい普通の家に部屋が何個かあるというものだった。すっかり、その気の私に、そこの若い大家の奥さんは、こう言った。「ここは、毎年、何人も北大に入る下宿、あなたは、ちょっとね」私は「じゃぁ、予備校の紹介でも、入れないってことですか?」奥さん「そう、こっちにも選ぶ権利があるのよ」涙が出るほど悔しかった。しかし、今になって考えてみると、この奥さんは、浮かれて、たいした危機感もなく浪人生活に入ろうとしている私を見透かしていたのだ。奥さん、正解。お互いに、結果的には良かったと、今だから思える。 また、予備校へ戻り、「それじゃあ」というので紹介されたのが、「青雲寮」だった。住所は、覚えやすい、新琴似11条11丁目。多分15人が入寮していた。自分でも驚いたのは、その15人の名前をほとんど覚えていた事。ほんの数人とは今でも年賀状のやりとりがあるが、ほとんど会ったこともないのにである。短かったが重かった「青雲寮」については、また明日。
2010.05.14
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浪人時代に何回か行った寄席のパンフレットを探して、過去の思い出を掘り起こしたのだが、今から考えると、なんと恥の多い、それでも貴重な経験をした1年間だったことか。恥を覚悟して、思い出して書いてみる。 昭和49年に、高校を卒業した私は、ほぼ、浪人生活を覚悟していた。と、書けば聞こえはいいが、学力不足からの諦めと、つまらぬ見栄から国立しか受験せず、当たり前のごとく不合格だった。本当に自分のやりたい職業があったのなら、どうして私立を併願しなかったのか、今更ながら、馬鹿だと思う。私立は金がかかるからとか、いいながら浪人の方がもっと、金がかかることに気付ず、結局、私立に行ったアホさかげん。親は不安で迷惑だったことだろう。親と同じ立場になって、ようやくわかった。 当時、北海道の予備校は、桑園予備校と札幌予備学院がメジャーだった。代々木とか駿台とかの大手は、まだ、進出していなかった。私はその頃勢いのあった札幌予備学院に決め、札幌での初めての一人暮らしが始まった。
2010.05.13
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まだまだ見つかる、過去のお宝。一度は整理していたはずなのに、その時捨て切れなかったものは、やはり、今も私をうならせる。 浪人時代の、寮で流行っていたセブンブリッジ大会の成績表だとか、初めての職場の採用決定書類、初めての研修の復命書、職場のボーリング大会を競馬に見立てて作った出走表、若者会の機関紙など、当時の仲間を集めて披露したいものがいっぱい出てきた。 ここで書いて、かろうじて分かっていただけるモノとしては、学生の頃下宿の壁に貼ってあった「あしたのジョー」の大きなポスター数点。例の「真っ白な灰になった」ラストのヤツは本当にお宝だ。あと、中央公論社で昭和60年代に刊行していた「藤子不二雄ランド」全301巻(もちろん、全部購入しています)の関係資料とグッズがでてきた。自分でも忘れていたが、この全集の読者コーナーに2回ほどコメントが掲載されていたのだ。 紙モノについては、この辺が限界だろう。ただ、捨て切れなかったレコードもみつかった。これらについて、不定期で書いていきたい。 余談だが、阿部伸樹さんの「コトバの貯金箱」で昨日の記事を取り上げてくれた。だからというワケではなく、このブログ、面白いのでお勧めする。
2010.05.12
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手紙の整理で、もう一つ貴重な手紙がみつかった。それは、これまで唯一、私が漫画家へ出したファンレターへの返信だ。その漫画家の名は「あすなひろし」。よっぽどのマンガ通じゃなければわからないだろう。 ファンレターを出し、返事をいただいたのは、昭和44年、私は14歳の中学2年生の頃だった。自分でも情けないのだが、どの作品に感激したのかさえ忘れてしまっていたが、今回、調べてみて、おそらく1969年週刊少年ジャンプに掲載された「そこに泣いているぼくがいた」という作品だと思う。あすな先生の作品は、徹底的にハートフルだ。そして、何より、その流麗な絵柄。現在でも、これほど好きなペンタッチの作家はいない。うまい、とかじゃなく、私が好きなのだ。いただいたお手紙の文字の素晴らしいこと。感動である。 あすなひろし先生は、2001年3月に、亡くなられている。しかし、今でも作品を愛するファンは多く、追悼サイトもある。私も、遅まきながら先生の作品を読み返してみようと思いを新たにした。
2010.05.11
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昨日、5月9日の朝日新聞3面のコラム「青鉛筆」に、夕張のお土産店で販売されている「メロン熊」というのが紹介されていた。今日になって、前の職場の同僚のK杉くんがネットの記事と写真を送ってくれた。それを、ここにと思ったのだが、転送やらがうまくいかず私の力不足から断念した。気になる方は、新聞を見るか、ネットで検索していただきたい。 いやー、なんか気持ち悪いが、なんにしろ、夕張で売れるものが出てくるのはいいことだ。ただ、売れるからと言って、あまり増産して出回りすぎてデフレになるのが、ちょっと心配だ。おせっかいながら、「夕張でしか買えない」というのが必要なのではなかろうか。 もう一つ、余計なおせっかいを言わせてもらえば、その売り上げが夕張市に入ってくる、夕張応援グッツを開発すべきだと思う。神戸の二番煎じの「頑張れ!夕張」でも、何でもいいから。モノはどうでも、私のように食いつく夕張ファンはきっといると思う。
2010.05.10
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写真を、うまく添付できないでもうしわけないが、これが裏面。右上に「藤」とだけあるのは、藤子・Fこと、藤本先生がだしてくれたものだろうか。当時は少年サンデーに「オバケのQ太郎」を連載して1年目あたりで、人気絶頂だった頃である。藤子不二雄の二人は、赤塚不二夫や石森章太郎らのトキワ荘メンバーで「スタジオゼロ」という集団を組んでいた。 まあ、興味の無いかたには、どーでもいいことだとは思うが、ちょっと自慢したかったので。
2010.05.09
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手紙の整理をしていて、貴重なものがみつかった。昭和40年、私が10歳の時に、藤子不二雄先生からいただいた5円ハガキである。記憶は定かではないが、おそらく小学館の学習雑誌に連載されていた「すすめ!ロボケット」の感想文でも出したのだろう。貴重なのは、送り主がスタジオゼロとなっているところだ。
2010.05.09
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札幌での浪人時代に、落語会に通っていた。その時のパンフレットがどうしても観たくなり、季節外れの押入れ大掃除を敢行した。実はGWにもやろうとしたのだが、ウイルス騒ぎで挫折していた。 女房が逝った時にも、大掃除をして、かなり捨てたと思っていたが、いやはやなんと、自分の「取って置きの良さ」に改めて呆れた。なんで、こんなものを残しているのか自分でもわからない。30年前の初任地の書類やら、昔の彼女の手紙なんかやら、主催・参加していた数々の団体の会報やら、資料やら、自分でも恥ずかしくて、絶対読み返したりしなにのに、どうしてとっておくのか。 何かの整理法の本で読んだと思うのだが、「過去の手紙や書簡はほとんど必要がないので捨てるべきである、特に年賀状を保存しているのは愚の骨頂だ」という趣旨が載っていた。まったく、そのとおりだと思う、が、捨てられないでいた。今回は、捨てようと思う。もっとも、じっくり吟味してからになるが。 目的のパンフも見つかったし、今となっては貴重な資料も発見した。ドラえもんは「押入れから未来へ」(正確には机のひきだしだが、押し入れに住んでいるので)だが、私の場合はタイトルのとおり。しばらくネタには困らない。
2010.05.08
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ゴールデンウィーク明けから、2日間仕事に出て、また休み。なんか、かえって疲れる。GW最終日のウイルス感染の精神的ショックも有り、なんだかブログを書く気力がわかない。とはいえ、書ける限りは毎日書くのだけがとりえなのだから、書いちゃう。 最近、このブログに、イヤと言うほどアクセスしていたア〇ルトサイトが、表面上はほとんど無くなった。これは、楽天ブログ側の対策のおかげなのだろうか。まだ、おかしげなトラックバックはあるものの、ありがたいことではある。 自分で、年賀状に「ブログ読んで」と告知しておきながら、身近に読者がいるのに驚いたことも何回かあったし、思いもかけぬ方からのコメンをいただいてうれしかった。これも、書き続けていたからこそなので、どんなくだらない内容でも続けよう、と、思い直し、明日からは、ちゃんと書きます。
2010.05.07
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私の粗忽なウイルス騒ぎで、1回飛ばしてしまったが、怪我の功名で面白い進展があった。ちょっと前に、「オヤジラーメン愛好会ニンニク騒動」というのを書いたが、その時に、ラーメン待ちの時間に、「いかにアカスリが素晴らしいか」を熱弁したところ、メンバー最年長のSさんが、このGWに「こまち」のアカスリに挑戦してきたという。本人の感想としては、「韓流は、荒っぽいが、気持ちいい」。 私としては、こういう仲間をなんとか、増やしたい。偏見なしにアカスリの快適さを楽しむ人が増えて欲しい。だから、もう一度繰り返して書く。1.日帰り温泉施設などのアカスリは、健全・安心である。2.恥ずかしがっている場合では無く、そんな余裕も無い。3.アカスリは床屋と同じ、いや、伸びる髪の毛が無くてもアカはたまる。 さあ、勇気を出して、アカスリを堪能しましょう。 もっとも、あまりの人気で、私が困ることが起きる・・・訳はないわな。
2010.05.06
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昨日、ブログを書き終えて、最後のメールチェックをしたところ、サポート情報が来ていたので、何の気なしに開いてみた。すると、英文の警告メッセージで、ここをクリックしろと書いてある。うかつにもクリックした時はもう時すでに遅し。まんまと、ウイルスを喰らってしまった。どうにも、こうにも、動かすことも何も出来ない。それにしても、感染した後も、本物のウイルスガードソフトとまったく見分けがつかぬほどだった。これは、やられたと気付き、明日の朝一番で、「リカバリー」というパソコンショップに持ち込むことにしたのだが、さすがに、動揺と心配で、昨晩は寝つきが悪かった。出来れば夢であって欲しいと願いつつ、うなされながら悪い夢見だった。 店の話では、相当に凶悪、しかも最新型のウイルスだったらしく、修復までに6時間を要した。一時は、修復不可能化とも思われたが、最新のワクチンでことなきを得たという。感染を治療したかったら、クレジットカードで現金を振り込ませようと言う手口らしい。いやー、自分がひっかかってみて、初めてわかった。ともあれ、金と時間はかかったが、無事復旧して本当に助かった。念のために空けておいた連休最後の日は、とんでもないトラブルと共に終わりをつげたのだった。
2010.05.05
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韓国には、銭湯には必ずアカスリがあり、毎日のように通うのだそうだ。週に1回は常識だという。アカスリの利点は、血行が良くなり健康にいいのと、清潔が保たれ、下着やシーツも汚れないのだそうだ。 アカの出方もいろいろであるが、色の黒い人からはヒジキのようなのがボロボロ出るというし、色白の女性でも、それなりのが出るそうだ。やはり、これまでやったことの無い人は、最初の場合、驚くほどの量が出るという。何回も通っていれば出ないかと言うと、そうでもなく、かえって新陳代謝が活発になり、アカが出やすくなるともいう。 アカスリを受ける前に、石鹸で体を洗ってはならないし、水風呂などで冷やすのもいけない。アカの出が悪くなるという。アカスリ前には、じっくりぬるま湯に入り、皮膚をふやけさすのが肝心だそうだ。 私の場合は、何しろ気持ちがいい。少々痛いぐらいが、かえっていい。アカスリ後のサウナでは汗の出方も違うような気がする。自分では、腕や胸や腹はできても、背中はどうにもならない。今では、月に1回以上は必ず、年に2回のボーナス時には、デラックスコースにしたりしている。なじみのおばさんは、私の五十肩も把握しており、「シャンプーなしの代わりに、サービスね」と言いながら、念入りにマッサージしてくれる。そのせいなのかはわからないが、最近はほぼ完治している。
2010.05.04
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「こまち」のアカスリに通い始めて1年ほどたった時、3~4回やってもらったおばさんから「ここは、今日で終わりです、華のゆに移ります、ありがとうございました」と、突然言われた。なんでも、明日からは韓国アカスリになるという。 そして、次の時、そこは、いろいろ様変わりしていた。まず、担当は本当の韓国おばさんで、「イラッシャマーセー」と迎えてくれた。いつものようにパンツを手渡してもらおうと待っていたら「韓国では、そんなのナシね、ハイ、アオムケネ」。自分のタオルをふんどし風に当てるだけで開始。まあ、どっちにしても、タオルで目隠しされているのは同じなので、さほどの恥ずかしさは感じなかった。現在のスタッフは、韓国のおばさんが、4~5人、話によると、男性客の方は、いろんなトラブル防止のため、ある程度のおばさんで、女性客の方には若いスタッフーもいるらしい。 少なくとも、ちゃんとした日帰り温泉で営業しているアカスリには、場所的というか空間的にも、システム的にも、あちら系統の怪しさは微塵もなく、客も、40過ぎのオヤジが多く、私に言わせれば「月1回、床屋に行く」というのが最も近い。 韓国はアカスリの本場であり、発祥の地らしく、いろいろと聞いてみた。それについては、また、明日。
2010.05.03
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アカスリを知ったのは、今から20年ほど前、札幌のサウナでお目にかかった。よっぽどやってみようかと思ったが、当時はまだ若かったので踏み切れなかった。また、一般の人のイメージと同じく、なんとかマッサージのたぐいかも知れないという躊躇もあった。だが、これは、とんでもない偏見だった。 今から5年ほど前、秋田市に「天然温泉ホテルこまち」が開業、風呂好きでサウナ好きの私は、さっそく行ってみた。当時の入浴料金は2時間500円で、生演劇が観られるのがウリだった。一般の入浴の他に、有料で岩盤浴、マッサージ、アカスリ等がが設けられていた。入場前ににも予約出来るのだが、入浴してからも専用電話でやってもらえる。「こまち」の場合は、浴室入り口横に、アカスリルームというのが有り、未だに間違って入ってくる客も多い。そこに、病院の診察用ベッドみたいのが3台並んでいる。入浴していて時間になると、そこからアカスリのおばさんが「アカスリのお客さまー」と呼んでくれる。入浴中なので当たり前だが、タオル1枚で入っていくと、パンツを渡されるのでこれをつけて「仰向けになってください」の声にしたがいベットの上に寝るだけ。タオルで目隠しをされ、あとは、おばさんの命令どおり、なすがまま。「痛くないですか」と何回も聞いてくれるし、よこしまなことを考える余裕も無く、30分が過ぎる。大量の垢を落とし、爽快な気分になること受けあいである。ただし、これは5年前のことで、今はちょっと違うので、それは、また明日。
2010.05.02
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いつも、このブログを読んでいただいているY先輩から、「アカスリについて書いていただきたい」とのありがたいリクエストをいただいた。実は、いろいろ書きたかったのだが、興味の無い方にはどーなのかと思い、あまり詳しく書いていなかった。ただ、私の周りにもそんな人が案外いるのだが、どうもやってみようという踏ん切りがつかないようだ。一人でもリクエストがあるのなら、喜んで書いてしまおうと思う。 まずは、私の知る限りの秋田のアカスリ事情を記す。秋田市内でアカスリが出来る温泉というか健康センターというか日帰り入浴施設は3件、1.天然温泉ホテルこまち 2.華のゆ 3.ユーランドホテル八橋 そして、横手市に4.ホテルグランティア秋田というのが最近出来た。知る限りでは、県内にこの4件しかない。東北では他県も同じようなもので、県庁所在地のどの大都市に1~2件というところだろう。 その中で私が通っているのは1.の「こまち」である。秋田市卸町の国道13号線沿いにあり、Aコースは30分3500円、後ほど書くが、今は韓国式のアカスリである。Aコースには全身のアカスリとシャンプーとフェイスマッサージがパックになっているが、私の場合、アカスリだけにしてもらっている。もちろん、45分、60分の高いコースもあり、リンパマッサージとかタオルマッサージとかもやってもらえるが、それなりに高い。私の場合、身を削ってまで払えるのは、Aコースまでだ。
2010.05.01
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