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昨夜2階の階段を上っていく途中で、右ひざが痛くなった。途端に「なんで?」という疑問が起こってくる。確かに私は左足に重心をかけるクセがあるので、左右が対象ではない。気がついた時には直しているのだが、信号待ちとかに無意識で行なってしまうことが、どうしても有るのだ。だから体温も右足のほうが若干低い。使う頻度が少ないからなのだろうと思う。体の部位はどの機能も必要だから、どこか一ヶ所でも問題が発生すると、体全体の問題へと発展していく。右足をかばって歩くと、いつかは左足が問題になる。なので下半身のストレッチを、負担のないようゆるやかに行なった。朝起きた時も微妙に違和感を感じたが、ほぼ普通通りに歩くことができた。そして、突然思い出したのだ!それは前日のことだった。約1時間近くの間、変な足の組み方をしてしまったのだ。場所が狭くて仕方がなかったのだが、足を組まない選択肢もあったにも関わらず足を組んでしまった。これも日頃の悪いクセの一つである。交互に組み替える場所が無かったため、長時間右足が少し無理した方向へと曲がっていた。でもその時に痛みとか感じなかったから忘れていたのだが、間違いなくその時の無理な右足への負担が引き起こした痛みだ。原因を引き起こした時に痛みがくればすぐに改善するのだが、痛みが伴わない状況だと、全く気にもしないで続けてしまう。そして後から痛みがきて慌ててしまうのである。「後悔先に立たず」である。無意識にしてしまうから、悪いクセが中々直らない。でもまずは「気づく」ことが第一歩だと思う。◆NPO法人主催の現代レイキ体験会&交流会in名古屋が11月30日土曜開催◆ 中村区生涯学習センター 視聴覚室 ★詳細は私までお問い合わせください※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
2013年10月31日
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体は心のままに反応する。心がストレスで一杯になってしまうと、体は悲鳴を上げるのだ。その心を私たちはコントロールできないでいる。私ぐらいの歳になると、体のどこかに問題が起こってくる。体は乗り物だから、どうしても故障が目立ってきてしまうのだ。すると不安や怖れが心を占める。説明できない現象に、何処からともなく不安が忍び寄るのだ。その不安を解消するために、医療機関へ足を運ぶ。なんとか不安の原因を知って、不安に対処していきたいからだ。でも、果たしてその順序なのだろうか?もしかしたら心が作りだした負(マイナス)の考え方が原因で、体に不調をきたしたかもしれないのに‥、そうは考えないのか?心の在り方のほうから体の不調を考える必要が有っても、不調が起こっている体に重点を置いてしまい、即座に医者を頼るクセがついてしまっては、いないだろうか。心の声を聴いてみるのも良いと思う。体の不調の原因は何かを、自分の心に聴いてみるのだ。不規則な生活? 睡眠不足? 暴飲暴食? 運動不足?そういった答えがくるかもしれない。ストレスに意識を置くと、別の解答がくるだろう。考え方の悪いクセ? 差別化した意識? 間違った思い込み?余計な感情は働いていないだろうか?必要以上の憤り、悲しみに暮れる毎日、比較する心が生む嫉妬や妬み。体に災いを与える原因は、自分の心の中に潜んでいる。そしてそれらが積もり積もったある日、病気という形で、突然(本当は徐々にだが‥)表れてくるのである。勿論医療も必要だし大切なのだが、病の根治を望むなら、心の中の点検をしっかりして、原因から排除していきたいものである。◆NPO法人主催の現代レイキ体験会&交流会in名古屋が11月30日土曜開催◆ 中村区生涯学習センター 視聴覚室 ★詳細は私までお問い合わせください※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
2013年10月29日
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「話しを聞いて欲しい」と言われたら、聞くだけにとどまらず、聞く側としては色々質問して聞いていってしまう。でもこの場合、誰が主役?というと、実は話しをするほうが主役なのである。だから聞く側が満足するような質問は、基本NGである。聞いている内容に、ついつい好奇心が湧いてきて、自分の好奇心を満たすような質問をしてしまう場合がある。それでは意味が無い‥というか、良くないことである。話す人が気持ち良くスラスラと話してこそ、聞いている人が役目を果たしていることになる。聞く人が主役になってしまうと、話す人としては、「この人は私の話しを聞いてくれない人だ」という認識になってしまい、話そうと思っていた言葉を、飲み込んでしまう。そして最後には、話す言葉がどんどん少なくなっていき、心を閉ざしてしまうのだ。今回、チョッと驚いたことがあった。それは「聞くワードは話すワードより多い」ということ。どう考えても、話しているワードのほうが多いと思うのだが、どうやら反対らしい。聞いている時に、脳は別のことを考えてしまうことがある。話しの内容に全く関係の無いことが、思い浮かんできたりする。そぅ、今日の夜は何を食べようか‥とか。これこそが、脳にそれだけの余力が残されている証拠だと言うのだ。だから別のことを考えてしまう脳を聞くことに集中させれば、聞く力は大いに広がることになる。良い聞き手になること。そして話し手が主役として輝けるように、話しを促していきたいものである。◆NPO法人主催の現代レイキ体験会&交流会in名古屋が11月30日土曜開催◆ 中村区生涯学習センター 視聴覚室 ★詳細は私までお問い合わせください※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
2013年10月26日
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「えーっ?知ってたの??」 超~びっくりしてしまい、私の目は点になってしまった。私は仕事の中でシステムの不具合を見つけて、本社に改善を要求した。それで本社が調べてみて分かったのだが、その不具合は、随分前からだったようなのだ。でも誰も気がつかなかったし、気づいた私も「今頃」というお粗末な話しだった。ところがところが‥なんと!知っていた人が居たのだ。「知っていて、なんで本社に言わないの??」私にとってその行動は、理解不能である。本社に改善を要求してシステムを正常にすれば、みんなが助かるわけで、逆にそのままにしておけば、本社も後々困ったことになる。実際本社の人は、「また問題点を見つけたら教えてください」と言って、私が見つけたことに感謝を表してきた。私としては、これは私のミスでなく、機械の不具合であることをはっきりさせた上で改善してもらい、今後仕事がスムーズにいくことを望んだから言ったのだ。それがその不具合を知っていて、そのまま放置していた人が居たことになる。本社に言って改善してもらえば、自分の仕事も楽になるだろうし、他の人の仕事も楽になるわけで、何故言わないのかが理解できない。すると驚いた解答だった。「こういうもんだと思っていた」と言うのだ。不具合を受け入れてしまい、手動で操作していたようである。私は手動で操作する必要が無い仕事。まぁ、だから気づくのが遅くなったわけだが‥。その人は不便を感じつつ、何も疑問を感じることなく仕事をしていたことになる。私は驚くやら呆れるやら‥でも笑ってしまった。へぇ~、そんな面白い考え方をする人が居るんだなぁ~。世の中広いよ~、そして考え方は十人十色だ。言わなきゃ分からない、コミュニケーションの原点だ。◆NPO法人主催の現代レイキ体験会&交流会in名古屋が11月30日土曜開催◆ 中村区生涯学習センター 視聴覚室 ★詳細は私までお問い合わせください※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
2013年10月24日
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休憩時間になり、私の傍で土居先生が外国の人と写真をとっていた。土居先生が茶目っ気一杯で、そんな自分の様子を私に話しかけてきた。私も先生に話しかけ、先生の言葉を笑いにした。そんな私の様子を見ていたお隣の人が、途中で声をかけてきた。土居先生と親しくしている私に声をかけたくなったようだ。一人で参加されたようで、その不安も手伝ったに違いない。「土居先生とも親しいようですけれど、長いのですか?」と聞かれ、長いのか?と考え込む私。その人はこういう大きな交流会は初めてのようで、土居先生にお会いできて喜んでいた。だから「何か購入して先生にサインを頂いたら?」とお話しすると、とても喜んで買いにいかれ、土居先生のところへ持っていった。その姿は純粋で微笑ましかった。私はというと、ずうずうしくいつも先生のお近くに‥。そう、懇親会は先生の近くに居る。いやぁ、そのつもりは無いけれど‥何故かねぇ‥。(^^)今回の交流会は、前回と違って50人を悠に超えた人数だった。会場が少し狭かったので、その熱気たるや‥。いやはや凄いことに‥。何せレイキエネルギーをその人数で流すのだから、それはそれは暖かく‥ではなく、暑い!! 超~がつくほど暑かった。外は寒いんだよぉ~、レイキって凄いよね。休憩の時間になると、知っている人たちが声をかけてくれる。東京の交流会は、知った顔が多いので大好きである。時間のたつのが早いのなんのって、アッという間に過ぎていってしまった。また来年も会いに来たいと思う、素敵な交流会だった。 ◆NPO法人主催の現代レイキ体験会&交流会in名古屋が11月30日土曜開催◆ 中村区生涯学習センター 視聴覚室 ★詳細は私までお問い合わせください※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
2013年10月22日
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今回はエドガー・ケイシーと重なってしまったので、3時間だけの出席となってしまった。でも、受けられなかった時間を取り戻す意味で、しっかり聞けたと思っている。一番良かったと思ったのは、土居先生の霊授の映像だった。こんなに綺麗?‥先生は流れるように行なわれる。エネルギーの流れが、スムーズだと感じた。そして何より美しかった。どうも私は、メリハリをつけすぎているようだ。私はというと、エネルギーを送ることに重点を置き過ぎている。宇宙からの贈り物であるエネルギーを、しっかり一人一人に届けたいと思い過ぎているようだ。有るがまま、流れるまま、宇宙に任せて淡々と行なう。力が抜けないから、土居先生のように美しくないんだなぁ‥。大いに反省し、見直す良い機会になった。オーラ浄化の練習の時にも思ったのだが、オーラは人の体そのものだということ。だから優しく行わなければならない。オーラの大きさは人それぞれである。むやみに乱暴な入り方をすれば、不快な思いをさせてしまう。 それを忘れないで、霊授もするべきだと思った。研鑽会には土居先生の出席はないが、こういう形で教えて頂けるのが有り難かった。これもNPO現代レイキで、理事をされている皆さま方のお蔭である。私もいつかお手伝いができて、お役に立てる人間になりたいと思っている。◆NPO法人主催の現代レイキ体験会&交流会in名古屋が11月30日土曜開催◆ 中村区生涯学習センター 視聴覚室 ★詳細は私までお問い合わせください※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
2013年10月20日
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光田会長が、怒涛の追い上げで創世記を解説していく。どうもこのままでは名古屋の聖書講座が、いつ終わるか不安になったようだ。さもありなん。前回までの3回で、創世記13章までしか進んでないのだから‥。今回は一日で50章まで進んだ。なんだこの差は‥(^^ゞというわけで、夢判断の講座は一旦お休みのようだ。聖書講座が遅れていくばかりだからである。16章のサライ(後のサラ)の話しで、サライが神との約束を10年で諦めたこと‥。「駄目だよ10年で諦めては!」と光田会長は言う。だってその後に神は約束を守ったのだから‥。そこに誰かが声をかける。「この頃の寿命は今の倍長いのだから、今なら5年待てば良い?」この一言で、会場中が和やかになる。そりゃそうだ、10年はどう考えても長い。その半分ならなんとか待てるかも?というところである。神はどんな小さな願いも聞き届けてくれる。ただ私たちが、絶対神は聞き届けてくれるということを信じずに、どこかで疑ってしまうものだから、それで成就しないだけである。人間は現実をみて未来を書き換えてしまう。現実を目の当たりにすると、未来がどんより霞んでしまうのだ。その思いや考え方が未来を創る。それでは良い未来が待っているわけはないのである。結局、未来を駄目にしているのは誰か?神でなく人間であり、私たち一人一人である。もう一度、自分の心に誓おうではないか。願いは叶うと信じて、心を揺るがせないで今を生きることを‥。
2013年10月18日
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人生逆戻りツアー 泉ウタマロ著 プレジデント社面白い! つい笑ってしまう楽しい本。この物語は、可愛いひ孫の猫を助けるために、ついうっかり死んでしまった主人公の話しである。死んだ後、3名の天使と自分の人生を回想しに行く。そしてなぜかその回想は逆向きに行われた。私たちは生まれてくる時に、生まれてくる目的を忘れてこの世に存在する。何を体験し学ぶのかということを決めて生まれてきているのだが、悲しいかな、生まれた途端にその記憶を失ってしまう。その記憶を思い出させるために、天使たちは色々と画策する。その天使たちのやり方に、主人公は唖然とするのだ。でも、主人公は3名の天使たちに、生まれてきた目的を思い出すきっかけを次々に貰っているはずなのに、本来の目的にまで、到達することが出来なかったのである。そんな中で素敵なエピソード。自分が他人の人生に素晴らしい贈り物をして、その人の生涯を幸せへと導くのである。でも、主人公は贈り物をしたことは覚えていても、その人の人生全般に関わっていったことは知らなかった。一度だけすれ違っただけの人、会ったことが無いが憧れている人、本や音楽や劇場や‥、今ならブログを読んで知っている人等々‥。私たちは沢山の人と関わって生きている。自分のしたことが、人を楽しませることも悲しませることも、喜びも苦しみも与えて生きているのだ。どうやっても関わるのなら、良い関わり方をしたいものである。そしてこの世は、良いものは良いものを引き寄せ、悪いものは悪いものを引き寄せてくる。だから、自分のために良い関わり方をして生きていきたいと思う。話しは過去生へと続いていき、ほろりとするシーンも‥。ここに出てくる神様というのが、真剣に宗教を学び真面目な人が読んだとしたら、きっと罰当りだと言うだろう神様。そういう人には申し訳ないが、この神様が超~面白い。久しぶりに軽快なテンポで、楽しく本を読んでいった。コミカルで、ホッとする本である。
2013年10月16日
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日曜がエドガー・ケイシーの勉強で、そのまま夜行バスに乗って東京に行き、翌月曜の祝日が、現代レイキの研鑽会と交流会である。現代レイキの研鑽会は、実は土曜の夜から月曜の午前中までで、随分前‥多分5月頃には決まっていた日程である。エドガー・ケイシーの勉強は2ヶ月に一度で、だいたいが勉強会の当日に、次の日程を決めるので、今回の10月の日程は、8月に決まったことである。だから、本来なら前から決まっている研鑽会に出るべきなのだが‥。私が今一番に優先するのが、エドガー・ケイシーなのである。ケイシーの今年4月からの講座は、楽しくて仕方がない。こういうと今までは?と言われてしまうのだが、いままでは「神の探求」という勉強であり、精神世界についてだったので、知っている部分が多かったのだ。今回と同じように他の勉強と重なっていたら、今までならケイシー以外の勉強を優先していたように思う。今は聖書講座が中心なので、とても楽しいのだ。ケイシーから見た聖書は、普通の人が聞いても斬新だと思う。私は聖書の講義をしていた過去があるので、そこまで斬新には捉えていないが、頷けることが多くてうきうきする。だからどうしてもケイシーを優先して勉強したい。随分悩んだのだけど、研鑽会も全く出ないわけでなく、少しは出席することができるので、両方出る日程にしたわけである。なんで重なるの?‥もう、他にも日曜日があるというのにさぁ~。なにも研鑽会の、ど真ん中でなくても良いと思うのだけど‥。こういう時って、チョッと考えるのよね。どうして重なったのか?そこにどんな意味があるのか?なにかスムーズに事が運ばない場合、そこに伝えたいメッセージが有ることが多い。私も私なりにそのメッセージを受け取った。臨機応変に事を進められない私への、的確なメッセージだと思った。
2013年10月12日
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台風は思ったより早く温帯低気圧になってくれたようだ。9日の午後と言っていたが、午前9時頃には変わったとのことだった。九州地方の一部は高潮を警戒していたが、それも大参事には至らなかったようだから、ホッと一息である。それにしても、もう10月も半ばに差し掛かかっているというのに、いまだ台風のラッシュである。海面の温度が高いからすぐに台風は発生するし、その勢力も衰えない。そして大きな勢力のまま、日本に到達してしまう。かくゆう私もまだ暑いものだから半袖でいる。普通ならとっくに七分袖か長袖である。今後は10月も台風シーズンということになってしまうのか?この台風24号まで、前の台風が消えない内に次々に発生している。来週から温度が下がると言っているけれど、台風も打ち止めにして欲しいところである。どうも春夏秋冬は、偏ってきているよねぇ。夏と冬が長くて、春と秋は随分と短くなってきている。春分の日、秋分の日、そして夏至や冬至。本来の日にちからズレてきているように思う。それでも日本は、春や秋が有るから癒される。やはりこの日本に生まれたこと、そしてこの時代の日本に生まれてきたことに、心から感謝する。
2013年10月10日
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どう考えても、コーチングの先生が意図することが分からない。分からないけど私は勝手に動いた。先生が望むことは、「コミュニケーションを使って行動するように‥」であった。でも、先生が言ったコミュニケーションの必要性を感じなかった。なので、コミュニケーション抜きで動いたのである。ここが頭で理解できないと何事も進めていけない私の悪いところである。指示通りにすれば良いのに‥、理解できないことには従えない。結果、コミュニケーションが無かったために、正確でないものが出来上がってしまった。そういう失敗を得て、ようやく指示の意味が理解できたのである。取りあえず、言われたとおりにしようという発想が無い。理解できないと行動できないわけではないが、間違った判断で行動してしまうことになったのである。先生はコミュニケーションの重要性を訴えていたのである。そして、コミュニケーションは行動を円滑にしてくれることを証明した。だから指示通りにやってみて!と言っているのに、私がしたことといったら、全くの無視。そして失敗する。失敗から得るタイプか?素直じゃないよねぇ‥。素直に従った人は、とても的確な結果を得た。こういう人は伸びるんだろうなぁ~。自分でも思うけれど、私って面倒くさい。そして頭でっかちで自分本位だ。ここが変わると、違った自分に出会えるだろうにねぇ‥。う~む、死ぬまで学びが必要な私のようである。
2013年10月08日
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くやしいなぁ~、結局覚えていない夢。その夢が宇宙へ帰るためのパスポートを手に入れる夢だったから、くやしい気持ちだけが残っている。でも、ドリフターズが出てきたんだよぉ‥、意味不明。それからヘミシンクの仲間の名前や顔が浮かんできた。懐かしかったなぁ~、何年前だ?ヘミシンクに出会ったのは5年前で、そこからヒプノに導かれた。ヒプノセラピストの認定を3年前に取っているから、その間のヒプノの勉強期間を除いて、ヘミシンクに力を入れていたのは1年半だ。もちろんその後もやっていたけれど、だんだんヒプノやNLP等の心理学に重点が置かれた生活になっていった。私は何かを始めると、結構のめり込んでいってしまうので、新しいものに割く時間の割合が、大きくなっていく。そうそぅ、ヘミシンクに没頭していた時は、4時起きだったなぁ。たっぷり40分~1時間かけてヘミシンクを聴いていた。今はどうだろう‥、夢でのメッセージも大切になっているので、ヘミシンクは殆どしていない。夢よりヘミシンクのほうが、慣れている分メッセージを受け取れるなぁ‥。そうしろという夢からのメッセージか? ‥ややこしい話しだ。まぁ、私の生活の中に、もう少しヘミシンクを取り入れても良いかもしれない。向こうの世界からのメッセージは、一つでも多いに越したことはない。多ければ多いほど、現実世界が豊かになるからである。私はヘミシンクをするようになってから、ヘミシンクに関係なくても、向こうからのメッセージで行動してきている。そのほうが間違いが無いということを、経験上知っているからだ。最近そのメッセージを受け取るアンテナが上手く作動していない。だから、未来のビジョンが描けないのだ。そうだよねぇ‥。もう少しヘミシンクに時間を使おうかなぁ‥。
2013年10月05日
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今、コーチング関係の本を読んでいるのだが、やっぱり漠然とした夢とか未来像ではダメなんだよね。目的が有ってゴールが有って目標が有る‥、そしてビジョンを持つ。それらの積み重ねで、夢を叶えていったり確実な未来を手にしていく。漠然と考えているようでは、現実的になっていかない。現実的にしていくには、夢が現実になるしっかりとしたビジョンを持ち、それに向かって幾つかのゴールを設定していくべきである。それには知識武装もしなければならないし、自分が持っている能力も、フルに活用しなければならない。そして、それらを明確にする必要がある。漠然とした考えの向こうには、確かな未来は見えてこないから、明確な言葉や紙面にすることが大切である。ホント‥反省、昔はもっと計画的に行動していたなぁ~。夢や未来を現実的なものにするために、目に見える形で計画を立てて、それに従って行動していた。だから、夢を現実にしてこれたのだ。挫折が有っても、少しは前進していたという充実感が有った。今は? ‥明確なビジョンも出来ていない。計画は? ‥行き当たりばったり‥に近いかもしれない。昔を思い出して、自分が着実に前進していた頃を見習って、計画性をもって行動していきたいと思う。さて、まずはビジョンを持つところからいきますか。
2013年10月03日
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何が眩しいかって?それが床なんですよねぇ~。会社の廊下の床のタイルがはがれてきて、見た目も良くないし、第一安全面で問題だというので、ビルの3階と4階の廊下と階段を、新しく張り替えた。前が暗い色だったので‥というか色がくすんだのかも?しれないが、今度は肌色に近い色で、やたら明るかった。蛍光灯の明かりが反射して益々明るく、目に鮮やかだ。3連休に工事を行なったので、すでに1週間が過ぎている。なのに、目が慣れない。特にエレベーターが開いた瞬間、目に飛び込んでくるこの色に、いまだ目がびっくりしている。最初は明るくなって良かったと喜んでいたが、今はちっとも慣れない目に、少し困った感じである。また、いままで目がいかなかったところに目がいくようになった。それは‥壁だ。床が綺麗になったことで、壁のくすんだ色が気になりだした。いままでは床が汚かったので、壁の汚れが気にならなかった。それが床が綺麗になったことで、壁の汚れに気がついたわけである。目って面白い~。見ているようで見ていない。必要な情報かどうかを、常に取捨選択しているのだ。これは脳が比較によって情報を新しくしようとしているのかもしれない。「気づき」って、こういうことだよね?壁は床が綺麗になる前と後とでは、全く変わっていないのに、床が変わることによって壁の存在がクローズアップした。そこにずっと変わらず有るもの。なのに、全然認識できていなかった。それがある日を境にクローズアップされ認識される‥。気づきの方法は色々だ。人からだったり、テレビ等の情報だったり、或いは本からだったり‥。時には病気という形で気づきがくる。一つでも多く気づきがありますように‥。誰のためでもなく、自分の成長のために。
2013年10月01日
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