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アメリカのピアニスト&シンガー「Matt Dennis」の1953年録音のアルバム。このCDは2002年12月に24bitデジタルリマスタリングされて紙ジャケで発売された時のもの。マット・デニス(vo,p)、ジーン・イングルンド(b)、マーク・バネット(ds)の3人のみでの演奏。「We Belong Together」と「When You Love A Fella」の2曲はヴァージニア・マキシーとのデュエットです!マット・デニスはシンガー、プレイヤーのみではなくソングライター、アレンジャーとして活躍。(オリジナルのアメリカ盤ジャケットで紙ジャケCDに再現)1曲目「Will You Still Be Mine?」2曲目「Junior & Julie」3曲目「The Night We Called It A Day」4曲目「We Belong Together」5曲目「Angel Eyes」6曲目「Violets For Your Furs」(邦題「コートにすみれを」)7曲目「Everything Happens To Me」8曲目「Compared To You」9曲目「That Tired Routine Called Love」10曲目「It Wasn't The Stars That Thrilled Me」11曲目「When You Love A Fella」12曲目「Let's Get Away From It All」自分もピアノで弾き語りするのが好きなんですが、このアルバムは弾き語りの理想形で、こんな事ができたら気持ちよくて毎日ピアノ弾くだろうな。とにかく何もかもがカッコいい!友人たちを呼んでちょっとだけおしゃれな物を食べながらお酒を飲む時なんかにこのアルバムを流し続けるのもいいだろうな。聴き入ってしまうから話せなくてダメか・・・^^;アルバム1枚あっという間に終わってしまう。12曲あるけど全てで33分です。1曲ごと短いのですが、満足感はじゅうぶんにあります。4曲目と11曲目でデュエットしているVirginia Maxeyはアメリカのジャズシンガー。声が可愛くて最高です!声だけじゃなく容姿もかなりキュートです。後にマット・デニスと結婚します。デュエットしてる4曲目「We Belong Together」は軽快でコミカルに語り合ってるような心が温かくなるような楽曲です。もう1曲の11曲目「When You Love A Fella」はミュージカルのひと場面のようなドラマチックで美しい世界です。映画の中でBette Midlerが誰かとデュエットして歌ってそうな映像が頭の中に浮かんでくるような曲です。この中では5曲目「Angel Eyes」と6曲目「Violets For Your Furs」の2曲がよく知られてる。やや重くブルージーな「Angel Eyes」はトリオで演奏して歌えば気持ちいいだろうな。「Violets For Your Furs」はメロディーが圧倒的に美しい。12曲目「Let's Get Away From It All」はピアノが最高で、これ弾きながら歌えるの凄すぎる。7曲目「Everything Happens To Me」のスロージャズなムーディな弾き語り部分とコミカルに語るように歌う展開が気持ち良い。最後のハイトーンボイスも美しい!続けて8曲目「Compared To You」もスローなジャズで目を閉じで聴き入ってしまう。(裏ジャケはVirginia Maxeyと歌ってる写真)
2024年12月31日

イギリスのシンガー「Engelbert Humperdinck」の1973年日本発売のシングル。「Engelbert Humperdinck」はインド出身の名バラードシンガーとして超有名です。A面「A Place in the Sun」(邦題「太陽のあたる場所」)初来日が決まった記念盤として発売された日本企画のシングル盤。このシングルは1973年8月発売ですが、この曲自体は1967年発売の2ndアルバム「The Last Waltz」の2曲目に収録。オリジナルはスティービー・ワンダーが1966年に発売して大ヒットしたものです。その翌年にカバーしてアルバムに収録しました。アレンジやパフォーマンスもスティービーのオリジナルを崩さないかなり近い雰囲気でレコーディングされています。エンゲルベルト・フンパーディングの声は歌い出しただけで人を惹きつける魅力があります。この曲よりももっとその魅力が伝わりやすいと思うのはB面の「True」です。B面「TRUE」この曲は1969年発売の4枚目のアルバム「Engelbert」のB面5曲目に収録されてた曲。たしかこのシングル盤のA面もB面も日本でのみシングルカットされたとか。発売から何年も時間が経ってからのシングルカットって日本での洋楽の売り方ではよくあるパターンでした。なので、みんな1973年にレコーディングされた曲だと思い込んでる人が多かったんじゃないかと。ジャケット裏面の解説にも一切、5年も前にすでに発表されてた曲とは書かれていません。初来日に合わせての企画なので、スティービーワンダーが大ヒットさせた曲なのもあってプロモーションしやすい曲を選んだと思えてしまう。この「True」は最強に美しいメロディーと歌唱で大好きな曲です。こっちをA面にするべきだといつも思ってしまう。本当に最高の声と歌唱力です。5回連続でリピートして聴いたとしても毎回、同じほどの感動を与えてくれる歌唱。当時はトム・ジョーンズ、アンディ・ウィリアムス等と並ぶスーパーボーカリストの一人でした。エンゲルベルト・フンパーディングは88歳で今も健在でラストツアーをしているらしい。
2024年12月30日

オランダのサイケロック「Shocking Blue」の1969年発売の大ヒットシングル。日本ではこの曲がデビューシングルでした。1967年デビューからすでにアルバム1枚と、5枚のシングルを発売していました。女性1人と男性3人のバンドですMariska Veres - VocalsRobbie van Leeuwen - Guitar、Sitar(B面)Klaasje van der Wal - Bass Cor van der Beek - DrumsゲストミュージシャンCees Schrama - KeyboardsA面「Venus」(邦題「ヴィーナス」)1986年発売のバナナラマのバージョンを最初に思い浮かべる人も多いと思う。バナナラマバージョンもかなり大ヒットしました。ショッキング・ブルーの事を書くのは初めてかも知れない。この曲をライブでカバーしたアリスのきんちゃんのバンド「ソライズ」のライブでの話などは書いていますが。それから同時期にオランダのロックバンドとして人気があった「Earth and Fire」の事を書いた時に少し書いてたかも。(「Earth and Fire」は「Earth, Wind & Fire」とはまったく関係のないバンドです)バナナラマバージョンは原曲の良さをまったく損なわないアレンジで打ち込みを多用してのニューバージョンって感じです。イントロのギターストロークからカッコよすぎる曲です。B面「Hot Sand」この曲ではシタールを効果的に使用しています。この頃はビートルズもシタールを使用したりと、いろんなバンドがシタールを取り入れてました。今日、かなり久しぶりにこの曲を聴いてたらドナ・サマーの「Hot Stuff」のサビってこの曲をちょっとだけ意識してるのかなと思ったりした。「Hot Stuff」はダントツに好きな曲でDonna Summerは今でもよく聴くアーティストです。「Shocking Blue」のアルバムにも久々に針を落としてみようと思う。
2024年12月29日

カーペンターズの1972年6月19日発売のシングル「Goodbye to Love(愛にさよならを)」の日本企画のシングル盤。A面「Goodbye to Love」(邦題「愛にさよならを」)この曲は1972年6月発売の4枚目のアルバム「A Song for You」のA面5曲目に収録されてる曲。アルバムからの3枚目のシングルカットでB面が「Crystal Lullaby」でした。このシングルは1973年10月25日発売の日本のみの企画盤2枚組➕EP盤「カーペンターズ- Gem Of Carpenters」のボーナス7インチシングル扱いのようなEP盤です。カップリング曲をThe Beatlesでも有名な「Baby It's You」に変えています。この「Goodbye to Love」はカーペンターズの全曲の中でもベスト10に入る好きな曲です。ポップスでは当時使われることがなかった、エレキギターの歪みソロを大胆に取り入れた曲。当時のファンは「ロックに寝返って裏切られた」とか言ったとか。この曲のアウトロのGソロは本当に鳥肌もんのカッコ良さ!それも約1分間、歪んだファズのソロが延々と続きます。これがめちゃカッコいい!後半にハードなGソロがあるなんて思えないようなオーボエも絡んでくるような美しい世界。次第にリズム隊も激しくなっていき間奏でGソロ! ここまでの盛り上がり感がたまらなく好きで何度もよく聴いた曲です。どこかに書いてあったけどポップスとしてこの曲が初めてのパワーバラードではないかと。レコーディングメンバーKaren Carpenter – VocalsRichard Carpenter – Backing vocals, Piano, Hammond organorchestrationJoe Osborn – Bass guitarHal Blaine – DrumsTony Peluso – Electric fuzz guitarEarl Dumler – OboeB面「Baby It's You」1970年8月発売の2枚目のアルバム「Close to You」のB面1曲目に収録されてる曲。この曲はやはりThe Beatlesのイメージが強いのですが、この曲のオリジナルは「シュレルズ」が1961年10月発売したもの。Beatlesはライブでは「Baby It's You」をそれまでに演奏していたのですが、レコードとして発売するのは1963年でした。カーペンターズのバージョンは静かで澄み切った空気の中で聴いてるかのように始まる。この曲でもオーボエの音が郷愁を感じ、少しずつ盛り上がっていくアレンジに鳥肌です。ビートルズとは違う曲のように感じる世界です。
2024年12月27日

ベネズエラの作曲家、そしてアルバ奏者の「Hugo Blanco」の大ヒットシングル。昨夜は「月影のキューバ」のオリジナルの「セリア・クルス」版の事を書きました。名曲オリジナルシリーズで「コーヒー・ルンバ」のオリジナルの事を。(古いレコードのわりにジャケットも盤も状態はなかなか良い)A面「Moliendo Cafe」(邦題「コーヒー・ルンバ」)1958年にLP「La Chispita-Moliendo Cafe」の中の1曲として発表。日本盤でシングル盤になったのは1961年2月。西田佐知子さんがガバーしてシングル発売したのが1961年8月でした。その後も多くの日本の歌手がこの曲をカバー。オリジナルは演奏のみです。「ウーゴ・ブランコ」のアルバの演奏とラテン楽器でのインストです。ベースと拍子木のような楽器「クラベス」のイントロからアルバがメロディを演奏。そして、テクニカルなマラカスが絡んでくるのが凄くカッコいい!カバサも鳴ってるのかな。ウーゴ・ブランコの叔父であるベネズエラの作曲家ホセ・マンソ・ペローニが作った曲です。B面「Orquidea」(邦題「らんの花」)この曲はウーゴ・ブランコの作曲作品。蘭乃はなって変換されてしまうのは、何度も蘭乃はなって書き込んでるからだろう^^蘭乃はなさんは元、宝塚トップ娘役で今でもずっと出演舞台や主演映画はできる限り観に行ってる女優さんです。曲とは全く関係ない話でした。この曲も凄く好きな曲。キメのアレンジとか「コーヒールンバ」と同じだったりしますが。同じバンドでアレンジしてるから仕方ないか。この曲でもアルバの美しい演奏とクラベスの響き、そしてテクニカルなマラカスの演奏。終わり方が唐突すぎるのですが・・・。アルバって楽器ですが、スペイン語でパープの意味。でも普通のハープとは違って小型です。インディアンハープ・ラテンハープとも呼ばれてるそうです。フォルクローレには欠かせない楽器。(フォルクローレって、ユーミンファンなら馴染みのある言葉です)
2024年12月25日

毎年送られてくる、ユーミンファンクラブからのクリスマスカード。ツリーだったりオーナメントだったり毎年豪華すぎる。他にも年会費以上の物がいろいろ送られてくる。(今年はドライフラワーが付いてる豪華なカード)今年は「Blue Planet」の気分で写真撮った。この「Blue Planet」って曲は何度聴いてもリズム隊のカッコ良さとユーミンのボーカルの軽快さで重い気分の時でも元気になれる。真夏の曲だけど、クリスマスに聴くのもいいものです。2006年5月24日発売の34枚目のアルバム「A GIRL IN SUMMER」の1曲目に収録されています。(50周年の「THE JOUNEY TOUR」の「Blue Planet」の場面。イントロのキーボードに合わせて 客席のフリフラが少しずつ点灯していく演出は最高でした)「THE JOUNEY TOUR」の映画版は必ず観に行こうと思ってる。松任谷由実『THE JOURNEY 50TH ANNIVERSARY コンサートツアー movie ~5.1ch/4K~』グラミー賞エンジニアのGOH HOTODAさんが映画のためだけにリミックスした音は絶対に聴きたい!GOH HOTODAさんはユーミンの作品に多く関わってるけど、どれも最高の音になっているので今回の映画も、あのBlu-rayの最高の音以上になるのかと思うと楽しみすぎる。関西は1月3日から「109シネマズ大阪エキスポシティ」で上映!
2024年12月25日

キューバのサルサシンガー「Celia Cruz」の1960年の大ヒットナンバー。演奏は「La Sonora Matancera」(ソノーラ・マタンセーラ楽団)のめちゃくちゃカッコいい演奏!日本でもこの名曲にすぐ目をつけたように森山加代子さんと西田佐知子さん、ザ・ピーナッツがカバー。A面「MAGICA LUNA」(邦題「月影のキューバ」)この曲、たしかシングルA面で発売されたのは日本だけだったように思う。1960年2月にシングル「Marcianita」のB面として発売され、同年発売のアルバム「Reflexiones De Celia Cruz」のB面1曲目として収録。1960年だとまだ日本ではモノラルが多かった時にステレオ録音での発売。この曲はいろんなカバーバージョンを聴きましたが、これは完全にオリジナルのクオリティはまったく格が違うって言うか全てがカッコいい!セリア・クルスの歌声の魅力は強烈です! 20代前半の頃に中古レコード屋ちょっと高かったけどこのシングルを見つけて買ってよかった。ここからセリア・クルスのレコードを数枚買っていろんな曲を聴いた。これは完全にジャケ買いでしたが…。森山加代子さんの歌でこの曲を知ってたのですが、このジャケットのレトロな感じとか色合いに惹かれてしまった。聴いてみてびっくりだった。めちゃくちゃカッコいい演奏と歌!森山加代子さんのカバーバージョンもオリジナルをちゃんとリスペクトが感じられ、かなりカッコいいのです。この曲の歌詞は、去ってしまった恋人に月の光の力で戻ってくるように伝えてって感じの内容で森山さんや西田佐知子さんのバージョンはほぼそのままの意味で歌っています。ザ・ピーナッツのバージョンは演奏もだけど歌詞も何だか違う曲のようで好きじゃない。歌詞の中に「ベサメムーチョ」とか出てくるし・・・。自分がセリア・クルスを初めて知ったレコードなので思い入れも強くて大事なレコードです。B面「Por Que Sera」(邦題ポル・ケ・セラ」)この曲は1958年にステレオで発売され大ヒットしたシングルです。日本ではこの曲をB面にカップリング。低音部分の声が特に魅力的で、自分はやはりソプラノに近いような高音で歌い上げる女性シンガーより低音がしっかり出せてる女性シンガーが好きなようです。高音歌唱は長く聴くと耳も頭もしんどくなってくる。普段、話す地声が低い人の歌声に魅力感じるようになった。「ポルケ」って言葉、「エクソシスト2」マニアなら絶対に脳裏に焼き付いている。10代半ばに観た「エクソシスト2」…悪魔に取り憑かれた人たちが何度も発する言葉「ポルケ」。「なぜ』」とか「どうして?」とか疑問文に使われる言葉。取り憑かれた子供が一瞬だけ自分に戻った時に「ポルケ?」ってスペイン語で訴えかける。スペイン語なんて触れることがない10代前半に最初に覚えたスペイン語だったかも。
2024年12月25日

九重祐三子さん主演で大人気を博した「コメットさん」の最終話ってどんなんだった?昼間に急に気になって思い出そうとしたけど、はっきり思い出せない。故郷の星へと帰る話だった事は思い出せても経緯などまったく思い出せなかった。で、帰ってきてからDVD-BOXを出してきて最終話を観た。前にも「コメットさん」の事は書いたと思う。坂本スミ子さんの事を中心に書いたような気がする。「コメットさん」は1967年7月から1968年12月まで毎週月曜日の19時30分から全79話が放映された。主演のコメットさん役は九重祐三子さん!そして、コメットさんがお手伝いさんとして働いてる石原家の主人の役が伊丹十三さん、その奥さんが坂本スミ子さん(夫婦の役は1話から48話までは別のキャストでした)石原家のわんぱく兄弟の兄、武役が蔵忠芳さん、弟の浩二役が河島明人さん(実写とアニメの合成のオープニング映像は当時は斬新だったと思う)コメットさんが住んでいるアンドロメダ星座β星の学校でいたずらばかりして困らせてたコメットさんを怒った校長先生が小型ロケットに縛り付け地球へ追放。地球での毎日の行いを校長先生はその日ごとに◯か×をほっぺたに墨で付けたり、点数を付けたり。(コメットさんはこの日も自転車の修理や竹馬作りなど忙しくしていた。 鼻の下のちょび髭のようになってるのは最終回のサービスか…。笑いも多い作品だったので 特別驚く事はないけど、この回のコメットさんの登場がいきなりこれだから)(校長先生にベータ星へ帰って教師になれと言われている場面)最終話は突然、コメットさんの地球での行いが認められ、β星で教師として戻るようにと校長先生が告げる。明日の夜にはβ星へ連れて帰ると…。その時、石原家は父の石原三郎はアメリカへ急遽、仕事に行く事になっていて単身赴任の準備でバタバタしている。兄弟二人と妻の石原スミ子はお手伝いさんのコメットさんもいなくなると3人になってしまう。歌手として忙しい妻のスミ子はコメットさんに家事は頼り切っていた。(兄弟二人は校長先生の話を聞いてしまっていて、魔法のバトンをコメットさんから奪ってしまう)校長先生がコメットさんに明日、星へ帰るように告げているのを兄弟は聞いてしまう。子供二人は何とか阻止しようとコメットさんのバトンを奪うが・・・。コメットさん自身も抵抗するものの、星へ帰らなければいけない現実に気が動転して失敗ばかりしてしまう。最後まで校長先生にもう少し待ってほしいと頼むが、校長先生はコメットさんの姿を元のアニメの姿に変えてしまい帰らざるを得ない状況になる。(石原家は主人のアメリカ単身赴任の準備でバタバタしている)(帰らないていけなくなり、いろいろと考え込んでしまうコメットさん。 後ろのスーパーの広告に「松坂牛 すきやき肉 100g120円」!!! 1kg買っても1200円!)(ぼーっとしてしまって、子供専用の乗り物に10円入れて乗ってしまう^^; なぜか女性だけしか買えない、即席ラーメンの袋麺「サッポロ柳めん」・・・・ 1袋30円なのに10袋買うと158円!!!! 女性しか買えません)(坂本スミ子さんもコメットさんが失敗ばかりして困ってしまう)(星へ帰る事を拒絶しているコメットさんを校長先生は元の姿に変えてしまう)(そして手錠をかけられ無理やり、ベータ星へと連れていかれる)(コメットさんは最後に手紙を届ける。子供達は知っていたが夫婦は困惑してしまう。 コメットさんが宇宙人だと知ってるのは子供二人だけ)(コメットさんはお世話になった家族へお礼をする。 三郎には探してた写真を魔法で出し、歌手であるスミ子は声の調子が悪く上手く歌えないところに 魔法できれいな声を出させる)(コメットさんが作った花壇をいなくなってしまう怒りでめちゃくちゃにしてしまった兄弟。 それを何とか直そうとしているのを魔法で花を咲かせる。 コメットさんは半透明で登場^^;)(急に花が咲きコメットさんを探す二人)年内で終了の決定はかなり前にあったとは思うけど、ストーリーの展開が急すぎて突然の打ち切りなのか?と思ってしまう。視聴率は凄く好調のまま推移してたそうなので打ち切りではないとは思うのですが。全てが唐突です。この一つ前の78話「いつか行った雪の街」は脚本を市川森一さんが担当して、幻想的でSFチックな少し怖さもあるストーリーを作っています。「マッチ売りの少女」をモチーフした不気味な世界。次の週にいきなり「コメットさん」が終わるとは思えないSFホラーな世界。(「コメットさん」は他にも意外と怖い話は多かった)「コメットさん」の最終話が印象に残っていないのは、やはり唐突すぎる展開と強引に終わらせるようなストーリー。いろいろと凝った話も多かったわりに最後がこれかよ…子供の頃にきっと思ってたのだと思う。「コメットさん」…おもしろい回がいろいろと多いので、また書こうと思う。
2024年12月23日

イスラエル出身の男女デュオ「シュキ&アビバ」の日本デビューシングル。第4回世界歌謡祭に出演した。世界的なヒットになって、日本語でもレコーディング。この流れ・・・誰かとダブる!?って思った人が多いはず。そう!「ヘドバとダビデ」とまったく同じ経緯で日本デビュー。「ヘドバとダビデ」もイスラエル出身のデュオで「ナオミの夢」で一躍有名になった。「ヘドバとダビデ」の「ナオミの夢」もかなり前にブログで書きました。A面「愛情の花咲く樹」作詞 阿久悠さん 作曲 Shunki Levi 編曲 乾裕樹さんめちゃくちゃ久しぶりに聴いた。レコードでちゃんと聴くのはそれこそ50年ぶりぐらいかも。子供の頃に聴いた音楽って脳に焼き付いてるのか、イントロが流れた瞬間に歌詞カード見なくても歌えてしまう。それにしても「ヘドバとダビデ」の時にも書いたけど、日本語の発音が急遽、日本語レコーディングにしたにしては上手すぎる!何年かかってもカタコトな雰囲気を残してる欧陽菲菲さんやアグネス・チャンさん…その他にも海外から来て日本語デビューした歌手はカタコトが強い人が多かった。「ヘドバとダビデ」もそうだけど、イスラエル語(ヘブライ語)の発音が日本語を発音するのにどこか近いものがあるのかも知れない。スリー・ディグリーズの「にがい涙」はレコーディング時点ではカタコト感がかなりあったけど、音楽番組で歌い出した頃には日本語の発音がかなり美しかった。昨年、ビルボードライブ大阪で観たライブの時も「にがい涙」を歌ってくれましたが、発音は美しかった。小学生の時、以来に聴いてみて凄くいい曲だと改めて感動しました。アレンジもカッコいいし最高です!B面「旅はふたりで」作詞 阿久悠さん 作曲 Shunki Levi 編曲 Zack Laurenceビートルズの軽快な楽曲のようにも感じる、ストリングスのアレンジがかなり美しい曲。この曲の印象はあまりなかった。当時、B面も聴いてたんだと思うけど、A面ほど記憶に蘇ってくることはなかった。男性の方の「シュキ・レヴィ」は作曲家、脚本家、映画プロデューサー、映画監督と幅広く活躍しています。日本のテレビ漫画の主題歌の海外版の音楽を多く担当、そして伊藤咲子さんの大ヒット曲「ひまわり娘」の作曲も「シュキ・レヴィ」です。女性の方の「アビバ」は元々、ミュージカル主演など多くの舞台に立っていたので、後にもミュージカル女優として活躍したようです。そうそう!翌年の1974年には「ナオミの夢」の二匹目ドジョウ狙いで「アキコの夢」を発売。売れてなかったように思う。曲調は「ナオミの夢」とはまったく違った感じでした。
2024年12月22日

オーストラリアのロックバンド「Moving Pictures」の3枚目のシングル。デビューアルバム「Days of Innocence」からの3枚目のシングルカット。アルバムから2枚目のシングルカット「What About Me」が有名ですが、この曲はアルバム買った人にしかあまり知られてないと思う。ヒットしなかったしMVも作られてなかったように思う。自分が「Moving Pictures」を初めて聴いたのも「What About Me」でした。当時から大好きだった「Bruce Springsteen」の影響を強く感じたのもある。「What About Me」の途中でピアノとボーカルだけになる部分があるのですが、初めて聴いた時に「Thunder Road」の最初の部分に完全に重なって聞こえた。で、アルバム「Days of Innocence」を買ってきたんだったと思う。バンドメンバーAlex Smith - VocalsGarry Frost - Guitar, Backing vocalsAndrew Thompson - SaxophonesCharlie Cole - Keyboards, TrumpetIan Lees - BassPaul Freeland - Drums(日本ではこの曲がデビューシングルだったのか…。「What About Me」はこの次にシングルカット?)A面「Sweet Cherie」(邦題「いとしのシェリー」)作詞・作曲 Alex Smith、Charlie Cole、Garry Frostヒットした「What About Me」も好きですが、それ以上に売れなかったけどこの曲が好き。この曲もピアノのフレーズとかリズム隊の感じとか「The E Street Band」を感じる部分が多い。イントロなんてBig Manが吹くようにSAXで同じフレーズを吹けばもろブルースの曲っぽい。別にBruce Springsteenっぽいからだけで好きなわけじゃなく、Alex Smithの歌い回しも好きだし、楽曲自体も好きだから今でもたまに聴いてる。Bruce Springsteenのモノマネアーティストなら日本に山ほどいる。そして、それがオリジナルかのように売れてたりする^^;そんなアーティストにはまったく興味が湧かないけど、「Moving Pictures」はブルースとまったく違うような楽曲にも魅力が凄くある。聴き始めたきっかけはBruce Springsteenっぽさですが、何十年も聴いてるのはそれだけじゃないから。バンド名が「Moving Pictures」なのでRUSHの影響なのかと普通は思う。でも、Rushが「Moving Pictures」を出した1981年より前の1980年に結成してます。なのでひょっとして「Moving Pictures」ってバンド名をどこかで見て、逆にラッシュに影響与えてたりして…それはないか・・・。ラッシュの「Moving Pictures」は名盤すぎる!B面「Joni and the Romeo」(邦題「ジョニ&ザ・ロミオ」)作詞・作曲 Alex SmithこれはモロにBruce Springsteenです!モロすぎてうれしくなる域に達してる^^;きっとAlex SmithがかなりなBruce Springsteenマニアなのだと思う。このまま、このアレンジで「THE RIVER」に入っててもまったく違和感なし。いきなりアップテンポの「Hungry Heart」そして「Rosalita」や「Crush On You」のようになり、間奏のSAXソロなんてもうね・・・。最後のシャウト連発も「ブルースがめちゃ好きなんだろうな!」って思えて変に感動してしまう。youtubeで少し前にこの曲をギター1本で弾き語りしてるライブバージョンを見つけた。ギター1本でもロックしてる感じもブルースっぽい。めちゃくちゃカッコいい!「Moving Pictures」と言えば忘れてはいけないのが映画「Footloose」のためにレコーディングした「Never」が超有名。これは大ヒットしました。ピンク・レディーのMIEもカバーした曲。でも「Never」って曲は知ってても誰の曲なのか知らない人が多いと思う。MIEがオリジナルと思ってる人もいるんじゃないかと。映画「Footloose」からヒット曲が多く生まれた。
2024年12月21日

1982年6月5日発売の谷村新司さん8枚目のソロアルバム「JADE -翡翠- 」の2024年リマスター盤。このアルバムから完全にソロアーティストとしての活動が始まった。1981年11月7日にアリスの活動を停止させ3人がそれぞれの活動を始めた。まず、きんちゃんがバンド「BLEND」を結成して1981年11月25日にシングル「LADY I LOVE YOU SO」、1982年2月25日に「ダウンタウン・シティ・ライツ」、そして3月25日にアルバム「INTERCITY RENEGADE」を発売。続いてべーやんが1982年4月5日にシングル「Don't Stop My Love」とアルバム「DAY BREAK」を同時発売。最後にちんぺいさんが1982年5月25日にシングル「スーパースター-MY SUPERSTAR-」を発売。続いて6月5日にこのアルバム「JADE -翡翠-」を発売。(LP盤の30cmだと、このジャケットのインパクトは凄かった)ちんぺいさんは、アリス活動停止すぐの1981年12月20日にシングル「風は激しく」を発売しています。この曲はアルバム「JADE -翡翠-」に入る事なく、ベスト盤などにもほとんど入る事なくかなり不憫なイメージな曲です。せっかくの機会なのに、なぜここでボーナストラックにA面とB面「Ruah Daembey Avey」を入れないのか…。「群青」のシングルバージョンなんて入れるのに(ピアノイントロ抜いてるだけ)、シングルA面コレクションとB面コレクションのBOXを持ってないと、聴けない曲です。アナログ盤を持ってる人は問題なく良い音で聴けますが・・・・。(ツアーパンフに掲載されてた広告と、アルバムの予約用紙)「JADE -翡翠-」2024年リマスター盤は「昴」「海を渡る蝶」と2004年リマスターと音圧はほぼそのままだったのですが、このアルバムはかなり音圧を上げた感じです。このアルバムはダイナミックレンジの幅がいつも以上に広いように思うので効果はあると思います。「風は激しく」と「Ruah Daembey Avey」がボーナストラックで収録されてたら完璧だった。そう言えば「海を渡る蝶」のボーナストラックに「青年の樹」も入れるべきだったと思う。全曲 作詞・作曲 谷村新司さん1曲目 「JADE -翡翠-」 編曲 難波正司さん2曲目 「RESISTANCE -ピアニストは撃たないで-」 編曲 難波正司さん3曲目 「スーパースター -MY SUPERSTAR-」 編曲 難波正司さん4曲目 「シェヘラザード」 編曲 難波正司さん5曲目 「心の痛み -NOBODY IN MY HEART-」 編曲 難波正司さん6曲目 「ファイアフライ -螢-」 編曲 難波正司さん7曲目 「雨の森 -RAINY WOOD-」 編曲 難波正司さん8曲目 「愛・地獄篇」 編曲 服部克久さん9曲目 「少年の墓」 編曲 服部克久さん10曲目 「JADE -翡翠-」 編曲 難波正司さん「喝采」を発売する時にちんぺいさんは1曲目とラストの曲が同じ曲で、その曲に戻るようなアルバムを作っています、と音楽雑誌のインタビューで話してた事があって結局「喝采」はそういう構成にはならなかったのですが、このアルバムで実現した感じなのかと当時、思ってました。2曲目「RESISTANCE -ピアニストは撃たないで-」は斬新なアレンジで、このアルバムのツアーでぞくぞくするオープニングで使われました。2020年に突然、9曲目「少年の墓」をセルフカバーして新たに今の声で聴かせてくれた。CDのバージョンも最高ですが、2020年のツアーで歌ったこの曲は本当に素晴らしかった!服部克久さんの素晴らしいアレンジをそのままに再現したセルフカバー最高でした。このアルバムは「海を渡る蝶」や「昴」よりも良く聴いてるアルバムです。初めてのソロコンサートツアーもあり、その前にはさだまさしさんや北島三郎さんとのジョイントコンサートもあり、そこでもこのアルバムのからの曲を生で聴けた。アルバムから多くはセットリストに入らなかったけど、このアルバムのカラーをそのままにツアーのカラーになってるようでアルバム「JADE -翡翠-」は思い入れも強い。(ツアー初日、8月30日は2階の2列目、31日は最前列の真ん中でした。 神戸公演も最前列(文化ホールは後ろから1列、2列で28列が最前)だった。)1982年8月30日・31日大阪フェスティバルホールから始まった初のソロコンサートツアー『ONE AND ONLY - jade in the night -』 1曲目「RESISTANCE-ピアニストは撃たないで-」2曲目「喝采 -想い出のライト-」3曲目「真夜中のカーニバル」4曲目「ライザ -LIZA-」5曲目「おまえ」6曲目「ドミノ」7曲目「愛すれど心さびしく」8曲目「スーパースター -MY SUPERSTAR-」9曲目「いい日旅立ち」10曲目「終着駅」11曲目「帰らざる日々」12曲目「陽はまた昇る」13曲目「チャンピオン」14曲目「昴」15曲目「ラスト・ソング 最後のライト」6曲目「ドミノ」は高田みずえさんに提供した曲「ガラスの花」のB面曲でこのツアーでしか歌われなかったので貴重な曲。オリジナル以上にラテン色を強めてアレンジされてた印象です。7曲目「愛すれど心さびしく」は後にシングル「忘れていいの」のカップリング曲として小川知子さんとデュエット。でも、この曲はこのツアーで、コーラスに亀渕友香さんを迎えたので、亀渕さんと歌うために作られた曲でした。このツアーでの亀渕友香さんのコーラスの存在感は強力でした!難波正司さん キーボード田代耕一郎さん ギター小林大介さん ベース松藤一英さん ドラム粟冠利郎さん サックス大竹守さん トランペット亀渕友香さん コーラスこのバンドメンバーでアリス活動停止後のちんぺいさんは、初のコンサートツアーに出た。ツアーも秋を超え、冬に入るとセットリストも変わってきた。「心の痛み -NOBODY IN MY HEART-」と「ファイアフライ -螢-」が追加されたり、構成も変わっていった。12月には初の大阪城ホールでのコンサートも開催された。この『ONE AND ONLY - jade in the night -』の様子は『谷村新司・さだまさし 日本武道館ライブ』でかなり近い雰囲気は楽しめます。特にレーザーディスク版だと短縮されてしまったDVD版よりも4曲も多い7曲を観る事ができま1曲目「RESISTANCE-ピアニストは撃たないで-」2曲目「喝采 -想い出のライト-」3曲目「真夜中のカーニバル」4曲目「スーパースター -MY SUPERSTAR-」5曲目「ライザ -LIZA-」6曲目「陽はまた昇る」7曲目「昴」1981年8月21日に増上寺で開催された北島三郎さんとのジョイントコンサートのライブ盤もレーザーディスクで発売されています。収録されたちんぺいさんの楽曲は「RESISTANCE-ピアニストは撃たないで-」「喝采 -想い出のライト-」「ライザ -LIZA-」「冬の嵐」「陽はまた昇る」「チャンピオン」「群青」「いい日旅立ち」「昴」この9曲が収録されています!レーザーディスクを観れる人は少ないと思う。これも短縮せずにBlu-rayで発売してほしい。北島三郎さんとのやりとりもおもしろく、二人で歌う曲もあり素晴らしいライブでした。もちろん、自分は増上寺で生で観ました。(レーザーディスク裏ジャケ)さだまさしさんとのコンサートと北島三郎さんとのコンサートのノーカットをリマスターしてBlu-rayとして発売するべき。
2024年12月20日

谷村新司さんの7枚目のソロアルバム「海を渡る蝶」2024年リマスター盤。この2024年リマスターシリーズのブログは長文になりすぎるので、今回は簡潔に・・・。友人に長すぎるって言われた^^;「海を渡る蝶」・・・簡潔になんて書けるか?・・・。(2024年リマスターの「黒い鷲」「昴」と一応、LPの歌詞カード掲載の写真は このCDにも掲載してたけど、この「海を渡る蝶」に関してはなぜか、LP歌詞カードの写真は 全てカットされています。このアルバムだけかなり手抜きになったのは何でだろ?)このアルバムが発売された1981年は全アリスファンにとって忘れられない寂しい1年になった。新たにレコード会社「ポリスターレコード」を設立して1年・・・これからアリスはさらに新天地へと向かっていくものだと思い込んでいた。敏感なファンは1980年末からのアリスのコンサートスケジュールを見ていつもと何かが違うって感じてました。毎年クリスマス時期にはクリスマスを意識した内容でのコンサートを開催してました。1979年12月はクリスマスソングを歌う事もなくオープニング曲「永遠に捧ぐ」のイントロの頭に「きよしこの夜」のメロディーを付け加えただけでしたが…。(1980年12月のツアーは通常のコンサートで、何の企画もありませんでした)(この年のクリスマスは初めて名古屋でのコンサート。12月25日は大阪で開催が多かった印象。 1978年は12/23武道館、12/24大阪 12/25横浜でした)いったい何月何日頃にべーやんがちんぺいさんに伝えたのかはわかりませんが、1980年の12月の時点でアリスの中にそんな空気が漂い始めてたのかも知れません。そんな中、ちんぺいさんはこの「海を渡る蝶」のレコーディングの準備をしていたのでしょう。(1980年12月〜1981年の謀反ツアーまでのスケジュール) (この大阪追加公演はこの2日間からさらに2公演追加公演で12月から合わせると大阪6回公演に)(2月9日と13日も追加された)(この3回目の滝野ローンステージでの野外コンサートは異例づくしでした。 何度も書いてるけど、アンコールは3回、そしてまだ発売1ヶ月以上前の新曲を 2回ずつ演奏。客席からギター弾ける人を手をあげてもらって、数人ステージに上げて アリスと一緒に「冬の稲妻」を演奏して、ステージにあがった人がアリスと一緒に歌う。 アンコールの最後は「何を歌ってほしい?」ってちんぺいさんが聞いて、 「美しき絆」を歌った。バンドメンバーはこの曲を誰一人演奏したことがないメンバーで アカペラであの長い曲をフルコーラス歌ってくれた。それも大雨の中でした)(ちょうどこの1981年4月の初旬に撮影された写真。 きんちゃんにサインしてもらった。なぜか「黄色いカモメ」って書いてくれてる。 この撮影した時は活動停止がすでに決まってたかと思うと、3人の表情が複雑に感じてしまう)このアルバムの事も何度も書いてると思います。各曲の事などは過去のブログで。キーワード検索の所にアルバム名などを入れると出てくるんじゃないかと思います。全曲 作詞・作曲 谷村新司さん1曲目「序曲 海を渡る蝶」 編曲 前田憲男さん2曲目「愛」 編曲 服部克久さん3曲目「花束 -最後の汽笛-」 編曲 青木望さん4曲目「天狼」 編曲 服部克久さん5曲目「浅き夢」 編曲 青木望さん6曲目「冬の雁」 編曲 青木望さん7曲目「群青」 編曲 服部克久さん8曲目「砂漠」ボーナストラック1「ライザ -LIZA-」 編曲 前田憲男さんボーナストラック2「群青 (シングル・ヴァージョン)」 編曲 服部克久さんこのアルバムが5月5日発売されて16日後、5月21日に活動停止の記者会見を開いた。なので、このソロアルバムのプロモーションはいつも以上に出来なかった。ラジオ番組に数本出演してアルバムの話をしましたが、深い部分まで話した事はあまりなかったと思う。アルバム発売の2ヶ月前の3月5日にシングル「天狼」を発売。この曲への思いを詳しく書いているものがあります。『「志」と書いて「こころ」と読んでもらっています。 僕の心の中には、古き良き時代があるような気がするのです。 へたにとられると、ぶっそうな発言に聞こえてしまうのだけれど、 僕は明治維新の志士の「想い」に魅かれるのです。 僕らのなかに、そんな「想い」があるのならば、時がきたら、ゆくべきじゃないかと 思うのです。 彼ら志士たちは。男のロマンをかかえて突っ走っていったのだと思うのです。 僕らも「想い」いだいて進まなければ、いけない時があるはずなのです。』ちんぺいさんがこの文章を書いたのはアルバム発売直前、業界内に配るプレスシートの中のためです。「覚悟」を感じさせられるこの文章を読んで「僕らの中に」という部分にアリスを感じてしまう。深読みしすぎてるのかも知れないけど。(3つ折りになってる豪華なプレスシート)他にも1曲目「序曲 海を渡る蝶」については『海を渡ろうとしている一匹の蝶の可憐さと その志の雄大さを 序曲のインストゥルメンタルで表現してみたのです。 真っ暗な海峡を、蝶が飛び始めて、向こうに雄大な何かが見え始めたという所までが 序曲なんです。 最近、岡倉天心の本を読んでいます。その本の影響が、この歌になったのかも知れません。 それと、安西冬衛の有名な一行詩。 雄大な志、決意には、ある種の悲しさがあります。 それは男の悲しさなのだろうと思います。一匹の蝶は、その翼に魂をこめて 海を渡ろうとしているのです。』ちんぺいさんは、ここでも「志」「決意」を語っています。「海を渡る蝶」はこの時のちんぺいさん自身で何かが見え始めた事を示唆してるのかも知れません。2曲目「愛」については、コンサートでもここに書かれてる文章と同じような事を語った事があります。『愛なんてタイトルの歌は初めて作りました。この歌を作ってから一生懸命タイトルを考えたのですが、 何にも浮かんでこないのです。「愛」以外にないのです。 「なんとかの愛」でもないし「愛のなんとか」でもないし、 「愛」という言葉はそこいらじゅうに氾濫しているし、 そんなに好きな言葉じゃないけれど、この歌は、それしか表現できなかったんです。 愛っていうものは、その証しをみせろ、と言われてもみせられない。 ただひたすら生きたあとで、「ああ、これが愛なのだ」と気づくようなものじゃないでしょうか。』「愛」はコンサートでもよく歌ってくれました。この曲が好きな人はかなり多いんじゃないかと思います。自分もこの歌を聴くと、高校生の時に初めて聴いた感覚とまったく同じ感覚で今でも聴けます。「天狼」よりも、この曲をリードトラックとしてシングルカットするべきだと当時から思ってた。「天狼」はスーパーニッカのCMの関係で壮大な曲になりシングル発売のためと言う事情もあったのでそれはそれで当然なのですが。「愛」をあの時シングカットしていたら、きっとかなりヒットのじゃないかと思います。スーパーニッカのCMが「愛」でも何の問題もないと思うのですが。5曲目「浅き夢」について、ちんぺいさんはこんな事を書いています。『コンチネンタル・タンゴ風に文語体のイメージで書きました。 僕は文語体のイメージが昔から好きなので、「昴」でも使ってみたわけなんです。 曲を書いてて、文語体の方がメロディーにのりやすい事があるんですね。「なれど」とか「されど」とか…口語体にはないリズムと色があるんです。 郷愁というか、帰郷する者のときめきとむなしさを歌っています。 ひさしぶりに故郷の土の上に立ってみると、その思い出にときめき、 その変貌に胸のいたみを感じるのではないでしょうか。 胸にせまってくるのは、やっぱり春の夢……』「浅き夢」はコンサートで歌われた事はほとんどなかったと思います。7曲目「群青」については、その時々でちんぺいさんは語ってきました。この曲を書いた直後に、もっと深く語っていました。『子供に先立たれた親の気持ちを、僕なりの想像のなかに歌ってみたのです。 東宝映画「連合艦隊」の主題歌でもあります。 この歌で、色彩感を表現してみたかった。 青は、青でもそれがたくさん集まると群青という色になる。 青が集まれば、ただの青ではなくなる。 そこに壮絶な色があるような気がするのです。 単なる悲しみという言葉を超えてしまう色とでも言えるかも知れない。 その群青の海に降る雪の白さ。 僕らのさまざまな感情を、さまざまな色が物語る。 その心の色を、どれだけメロディーと詞とで表現できるのだろうか……』ちんぺいさんは2010年頃からこの曲を歌う時によく「逆縁」と言う言葉を使っていました。「群青」は百回以上、コンサートで聴いたかも知れないけど、毎回心が震える曲だった。この曲を歌う時の演出は毎回、繊細で微妙な「青」の違いをライティングで表現して、ボーカルとピアノのバランスも絶妙でした。全てのおいて繊細に計算されたパフォーマンスは舞台の総合芸術の凄くクオリティの高い部分を観せて、聴かせてくれていたのだと改めて感じています。ちんぺいさんがまったくと言ってもいいほど語って来なかったこの曲。8曲目「砂漠」の事もプレスシートには書かれています。『このアルバムのテーマみたいな曲です。 人間には、ふたつの面があって、「夢は夢でない」つまり、夢を表現する意志と、 そう思いつつも、昨日と同じ今日が始まるのを許してしまう弱さがあると思うのです。 この2つが、正直な自分自身だと思うんです。 目標に向かって、つき進みながら、同時に全然動いていないように感じている自分がいる。 いつでも、僕らは背中を持っているんです。 前に歩きながらも、その背中が考えてる「ほんとうに進んでいるんだろうか」と。 人の砂漠の中を歩きながら、自分は何のために生きてるのだろうと考える背中があるんですね。』そしてこの「海を渡る蝶」のアルバム全体の事を、こう書いています。『僕のなかに、古き良き時代があります。自分のなかに自然にそれがあるのです。 明治生まれの父親をひきづっているからかもしれません、 「海を渡る蝶」というアルバムのなかには、そんな古い日本の心の形、感情、情景が 歌い込められています。 それは、僕の心の部屋のひとつ…。 海を渡ろうとする一匹の蝶の翼にこめた志に、いまの僕自身を重ね合わせる。 その「想い」は僕を熱くする。鼓舞する…… そう、自分自身が、どっぷりつかって聞けるアルバムが欲しかったのです。 このアルバムには、僕の音楽のひとつのくぎりになるだろうと思います。 いま、32歳の僕が納得いくところまで、この世界を描いたと思っています。 次は、僕のまた違った心の部屋……明るいグレン・ミラーのようなちょっとオールドな感じで 気軽に口ずさめるような歌を聞いてもらいたいと思っています』やはり、この1981年春は何かに区切りをつけて、一匹の蝶のように海を渡る覚悟を感じる。アリスという大きく安定してる場所から離れていく想いは、次の「JADE/翡翠」でさらに深く語られてるように思う。ちんぺいさんは「海を渡る蝶」を作った時点では、次のアルバムの構想は、「明るいグレン・ミラーのようなちょっとオールドな感じで、気軽に口ずさめるような歌」なんて書いてましたが、気軽に口ずさめる曲なんて1曲もなかった^^;あえて言えば「シェヘラザード」だけかな。これも気軽に口ずさめるほど簡単な曲じゃないけど。「愛・地獄編」なんて気軽に口ずさんでいたりしたら怖すぎる。(そして「謀反ツアー」が始まった。このコンサートではソロコーナーはなく、 「群青」や「天狼」は歌われる事はなかった。この写真はホールツアーの時のみあった、 3人でのお話コーナー。球場や体育館での時はこのコーナーはカットされてました)(そして1981年11月7日が来てしまい、しばらくアリスとしての活動は休止)
2024年12月19日

谷村新司さんのソロアルバム6枚目「昴 -すばる-」2024年リマスター盤。アリスの3人は1980年1月1日付けで東芝EMIからポリスター・レコードに移籍。東芝EMI所属としての最後のコンサート、1979年12月28日大阪フェスティバルホール公演。ラスト曲「さらば青春の時」を歌う前のMCでちんぺいさんは「そして今日で我々と別れて行ってしまうっていう方々もこのホールの中にいらっしゃいます。 そんな今まで我々をずっと支え続けて下さった影で力になったみなさんに どうか暖かい拍手をお願いします」と、この日会場に来ていた多くの東芝EMIのスタッフの人たちに対しての言葉がありました。そしてレコード会社を移籍する事に対しても1980年1月のインタビュー記事で語っています。(1980年1月の取材時の写真)アリスの事務所「ヤングジャパン」とアメリカナンバー1のレコード会社「ポリグラム」が手を組んだレコード会社「ポリスター」がいよいよ1月1日から始動。アリスも住みなれた東芝EMIを離れ、新会社を背負って大海に漕ぎ出すことになった。ちんぺいさん「東芝に不満があったわけじゃなく、むしろ住み心地が良かったくらいなんです。 だからポリグラムからの話があった時、何も無理して冒険しなくてもいいんじゃないかって 気持ちもあったんです。でも、日本の音楽状況が良くなってきてるし そして自分たちの中で夢を無くして生きたくはないと思って決心しました」(上が初回版、下が2004年リマスターシリーズ版)この大きな挑戦があったから「昴」がポリスターレコード第一弾のレコードになった。「昴」の歌詞は新たにレコード会社を設立して船出する意味も大きく込められています。アルバム「昴」の事は前に何度も書いているので、このアルバムを聴いて今、考える事を書こうと思う。全曲 作詞・作曲 谷村新司さん1曲目「Runnin' on」 編曲 篠原信彦さん2曲目「終着駅」 編曲 青木望さん3曲目「レテの川 -Lethe-」 編曲 篠原信彦さん4曲目「この世が終る時 (when the world ends)」 編曲 青木望さん5曲目「マイ・ボーイ」 編曲 服部克久さん6曲目「玄冬記 -花散る日-」 編曲 青木望さん7曲目「残照」 編曲 青木望さん8曲目「昴」 編曲 服部克久さんボーナストラック「What love is」 編曲 服部克久さんボーナストラックの「What love is」をCDで聴くにはこれまでは「シングルB面コレクション」で聴いていましたが、今回リマスターされてボーナストラックで収録されたのはうれしい。この曲、本当にカッコ良くて当時凄く聴いてた。A面の「昴」よりも多く聴いてたかも知れない。コンサートで歌ってくれる事は叶わなかった。2018年6月6日に『「EARLY TIMES」~38年目の昴~』というアルバムを発売しています。そこにはこのアルバムから「Runnin' on」「終着駅」「昴」 の3曲を1980年「昴」発売から38年目の今のちんぺいさんの声と表現で新たにレコーディングされています。このアルバムの内容が発表された時は正直、かなり驚いた。収録された13曲は、それまでにステージでよく歌われた曲や1,2度しか歌われなかった曲など満遍なく選曲され、そしてコンサートツアーでもかなりライブではレアな曲も歌ってくれた。ちんぺいさんが亡くなってから、改めてよく聴くアルバムになってるのですが、このアルバムをこの時に作ったちんぺいさんの覚悟を強く感じる内容です。 この頃、昔からのコアなファンもライトなファンも全ての人が楽しめるようなものをツアーでもCDでも作ってくれてたと自分は思ってる。それまではちんぺいさんのその時々の「想い」で楽曲を選び観客に投げかけてきてた。昔からのファンを喜ばせるような懐かしく振り返る事ができるものを聴かせてくれるようになった。ファンのためだけじゃなく、ちんぺいさん本人も懐かしく振り返ってのだと思う。懐かしむだけじゃなく、これまでの全てを抱きしめるような「嗚呼」と全てを抱きしめながらも、さらに前進する覚悟を歌った「Keep On!」を同時期に制作してるのも大きな意味があったのだろうと思う。ちんぺいさんはいろんな意味で準備を始めてたのかも知れないなぁと、この曲を聴きながら最近特にそんな風に思う。「嗚呼」と「Keep On!」、今一度、ちんぺいさんの思いを胸にしまい込むように聴いてほしいって思う。「♪砂の道よ 凍てる星よ 形あるものを許せ 伝えることを 小さきもの 短かきもの 取るに足りぬ一粒の 願いのかけら ・・・・・・嗚呼 嗚呼 とこしえは 心の様よ」12月11日に発売された詩集にこの歌詞が選ばれていない事に少し悲しくなった。この曲へのちんぺいさんの思いは本当に大切だと思ってる。「グレイス」と同等にちんぺいさんが生きて来た事をずっと感じさせてくれる大事な曲だと思う。 そして他のアーティストに提供した懐かしい楽曲を集めてコンサートで歌ってくれたり、もう二度とコンサートで歌うことはないだろうと思っていた曲をアリスコンサートで歌ってくれたり…。2020年には「谷村文学選2020 ~グレイス~」の中で「面影」「熱い吐息」「この空の下」「悲しみの器」「少年の墓」という今ではマニアックと言ってもいい自分も大好きな曲を新たにレコーディングしてます。そして、コンサートでも歌ってくれた。生で二度と聴く事はないだろうと思ってた曲たちです。ちんぺいさんが亡くなってから、より深くちんぺいさんの言葉が胸に入ってくるようになった。もう二度と生の声を聴く事は叶わないけど、それ以上にこれまでの楽曲や歌唱が今までとは違うように胸に届いたり、一行の言葉に胸が熱くなったり、新たな想いや発見を見つけてはちんぺいさんをこれまで以上に近くに感じらるようになった。小学3年生の終わり頃からアリスのコンサートに行き始め、曲と演奏のカッコ良さにハマって、中学生になった頃にやっと歌詞の深さに気づき、泣けてしまう曲が増えて言った。それがちょうど「引き潮」が発売された頃。それで特に自分は「引き潮」のアルバムへの思い入れが異常に強いのだと思う。1980年ポリスターに移籍して、関西でのコンサート第一弾は3月6日大阪フェスティバルホールで開催された「愛をみつめて」コンサート。FM大阪開局10周年記念のコンサートでたった1日だけの公演でした。この日のセットリストは1979年末のツアーの内容にプラスして懐かしい曲を追加。1曲目「アリスの飛行船」2曲目「ジョニーの子守唄」3曲目「夢去りし街角」4曲目「好きじゃないってさ」5曲目「青春時代」6曲目「秋止符」7曲目「生きているから」8曲目「スナイパー」9曲目「今はもうだれも」10曲目「走っておいで恋人よ」11曲目「愛と涙とやさしさと微笑」12曲目「緑をかすめて」13曲目「陽はまた昇る」14曲目「遠くで汽笛を聞きながら」15曲目「チャンピオン」16曲目「帰らざる日々」17曲目「さらば青春の時」この時、初めてセットリストに入れたという「生きているから」は貴重。そのあともしばらくセットリストに入るのかと思っていたら、夏のツアーではすでになくなってた。1曲目が「アリスの飛行船」というのも「エンドレスロード 」以来。べーやんは黒いサングラスで「アリスの飛行船」・・・^^;まだ「昴」のシングルが発売されるまで25日あるので、ソロコーナーではこれまで通り「陽はまた昇る」でした。「スナイパー」〜「今もうだれも」にメドレーで繋がるのは斬新だった。「昴」を初めて関西で歌ったのは5月3日播磨中央公園滝野ローンステージでの「海援隊」とのジョイント野外コンサート。前年はアリスのみで25000人以上を動員したのに、どうして2バンドでやるんだろ?ってその頃はみんなで言ってた。「海援隊」は好きだけど、アリスだけで満席にできるのにって。なので、アリスは13曲のみの演奏になった。「Wild Wind」から始まった。その前に甲子園球場で2年目のさだまさしさんのチームとの野球大会もあった。そして、アリスが本格的にコンサートツアー開始したのは「狂った果実」も発売されてからのサマーコンサートツアー。自分的には内容に驚くような事はなく、あまり思い入れのないツアーだったかも知れない。1曲目「Wild Wind」2曲目「ジョニーの子守唄」3曲目「冬の稲妻」4曲目「夢去りし街角」5曲目「好きじゃないってさ」6曲目「街路樹は知っていた」7曲目「秋止符」8曲目「スナイパー」9曲目「南回帰線」10曲目「トラベリング・マン」11曲目「ボッサ・デ・スー」12曲目「昴」13曲目「遠くで汽笛を聞きながら」14曲目「チャンピオン」15曲目「帰らざる日々」(7月12日のみ)16曲目「狂った果実」17曲目「さらば青春の時」べーやんの「トラベリング・マン」ときんちゃんの「ボッサ・デ・スー」は貴重。ちんぺいさんも「昴」では星球と流れ星の演出でより感動的に。この頃、まだバンド演奏での「昴」のアレンジが良いとは思えないものでした。レコードであの壮大な音を聴いてるのでイントロがピアノなのはどうしても弱く感じた。(ポリスターに移籍して海外盤も充実してきました。 上はオリジナルのLPです。紙質はつや消しの高級紙。 下は香港盤。光沢感の強いツルツルコーティングのジャケット)(カセットテープも豪華なスリーブケース。カセットの品番も25xー1 です。 一番最初にポリスターから発売されたカセットテープ。)
2024年12月18日

谷村新司さんのソロアルバム5作目「喝采」の2024年リマスター盤。このアルバムも、このリマスターCDが発売されるまでは入手困難になってたCDです。一度、紙ジャケでリマスターされてるのですが、企画物としての紙ジャケ発売だったのですぐに生産は終了して買い損ねた人がかなり多かったように思います。このソロアルバムが発売された時、アリスはすでに頂点に上り詰めていました。1978年12月に「チャンピオン」が発売され大ヒット!…この「チャンピオン」ですが、発売が決まった頃のインタビューでちんぺいさんが「現在は「スナイパー」〜「つむじ風」がショーのオープニング曲ですが、新たなオープニング曲が 欲しいと思って「チャンピオン」をシングルにする事にしました」って語っています。結局「チャンピオン」がオープニングで歌われる事はなく、本編ラストに使われることが一番多かった。1979年4月20日発売の「喝采」ですが、この4月末〜5月上旬のアリスのスケジュールは強烈でした。まず、4月26日に神戸国際会館で「ポートジュビリー スペシャル Hand in Hand Concert」が開催された。この日、ちんぺいさんのアマチュア時代のバンド「ロック・キャンデイーズ」とべーやんのアマチュア時代のバンド「フーリッシュ・ブラザー・フット」が出演。チケット争奪戦は凄かった。自分は入って観る事ができました。(左から ロック・キャンディーズ 松田幸一さん、山本峯行さん、谷村新司さん、島津ちづ子さん、 フーリッシュ・ブラザー・フット 堀内孝雄さん、松居功さん、中川いさとさん) その4日後には播磨中央公園内の滝野ローンステージで25000人規模の野外コンサート!アリス単独としては、この時点では最大規模の野外コンサートでした。内容は2月〜3月に全国回った「ALICE HAND IN HAND CONCERT」とほぼ近いのですが、数曲追加して2時間20分のステージに。「ALICE HAND IN HAND CONCERT」は途中でゲストアーティストが2組出演してたのでアリスは13曲でセットリストを組んでいました。ゲストアーティストは各3曲ずつ演奏しました。会場によってゲストは違っていました。大阪はシグナルと岸田智史さんでした。翌日の5月1日は文化放送で生放送。5月2日は「ALICE VII」のレコーディング。この日のレコーディングは長時間になった。その翌日、5月3日は万博記念公園お祭り広場でフォークフェスティバル。ちんぺいさんがパーソナリティを担当していた「ライオン・フォーク・ビレッジ」の大規模イベント。ちんぺいさんは1977年4月から1979年9月を担当。この日、ちんぺいさんは司会に専念で弾き語りで1曲だけ歌ってくれたと記憶しています。10000人以上がひしめき合う客席は息苦しいほどでした。この過密スケジュールの中でソロアルバム「喝采」のラジオプロモーションを数本録っています。全曲 作詞・作曲 谷村新司さん1曲目 「喝采 -想い出のライト-」 編曲 青木望さん2曲目 「Left Alone」 編曲 篠原信彦さん3曲目 「真夜中のカーニバル」 編曲 篠原信彦さん4曲目 「凱旋」 編曲 篠原信彦さん5曲目 「陽はまた昇る」 編曲 青木望さん6曲目 「Follow The Sun」 編曲 青木望さん7曲目 「ムーランルージュ物語 -哀しみのライト-」編曲 青木望さん8曲目 「ラスト・ソング -最後のライト-」 編曲 前田憲男さん「喝采」のアルバム事は2010年4月9日のブログに各曲の事とか買いています。他にも何度も「喝采」の事は書いてるように思う。今回の2024年リマスターと2003年に発売された24bitリマスターと聴き比べてみて最初、聴いた時はまったく2003年のまま?かと思ったけど、じっくり聴くと違っています。ピアノの音で聞き比べると分かりやすいように思う。でも、音圧は2003年リマスターとほぼ同じ。2003年紙ジャケでずっと聴いて来たので、音的には特に驚く事もなかった。2003年の「必聴名盤シリーズ」として24bitリマスターされたアリス関連のアルバムはこの「喝采」とロック・キャンデーズの「賛美歌」、堀内孝雄さんの「言葉にならない贈り物」の3枚。当時はこの3枚の音質向上には感動でした。この時、凄くうれしかったのは大好きなアルバム「自切俳人のゴールデン・アルバム」も24bitリマスターされた事です。このアルバムからライブで歌われた事があるのは「喝采」「Left Alone」「真夜中のカーニバル」「陽はまた昇る」「ラスト・ソング -最後のライト-」の5曲です。 この5曲は5月31日日本武道館を皮切りに全国4公演開催された「アダモ スペシャルコンサート アダモ Meets 谷村新司」で歌われました。「喝采」陽はまた昇る」「ラスト・ソング -最後のライト-」は後々、何度もセットリスト入りします。「真夜中のカーニバル」は「谷村文学選2020 ~グレイス~」でリレコーディングされてツアーでも歌われました。「アダモ Meets 谷村新司」の大阪公演は6月2日大阪フェスティバルホールでした。当日、座席引き換えで立ち見でした・・・。でも入れただけで最高でした。明治マクビティビスケットを買ってパッケージの一部分を切り取って封書で応募。何通送ったかわからないほど、ビスケット買いまくりやっとペア座席引換券をゲット。1979年6月はアリスの活動は止めていて、べーやんも全国ソロコンサートツアーでした。このあと、1979年の7月からはアリスが一番派手な活動した時期です。「つま恋」での野外コンサート、全国アリーナツアー、日本武道館7日連続公演、横浜スタジアム公演、そして夏のツアーを映画として残した「ALICE THE MOVIE 美しき絆」の撮影、公開。ちんぺいさんは「アリスはとっくにピークを迎え、あとは降りていく」と、この頃よく口にしていました。「今は夏から秋へ向かうアリス、そしていつか冬のアリスにも会いに来てください」「年老いてピアノ1本だけでピアノにもたれかかり歌っていれたら最高です」と当時、ちょうど淡谷のり子さんがそんな感じでシブいステージをやってたのを観たのか聴いたのか…。アリスの冬は結局あったのだろうか。ちんぺいさんがアリスとして歌った最後のステージが有明アリーナ。これは冬ではないな・・・と。2010年にも東京ドーム公演を秒殺ソールドアウトさせ、アリスの冬がなかった事はちんぺいさんも計算外だったと思う。(上が紙ジャケリマスター盤、下が1987年3月初CD化 CA32-1217)(カセット版。 曲順はレコードと同じ。背表紙の写真も問題なし^^;)
2024年12月16日

谷村新司さんのソロアルバム4枚目「黒い鷲」の2024年リマスター盤。このアルバムの再発の望んでいた人はかなり多かったと思う。2024年12月11日に10枚目までのソロアルバムが発売になって、このアルバムが「昴」や「海を渡る蝶」や「喝采」よりもデイリーチャートが一番上だった。1977年12月1日発売。「冬の稲妻」は10月5日に発売されていましたが、じわじわとチャートを上げてロングランヒットの兆しが見えてきた頃。「夜のヒットスタジオ」出演を機に一気にアリスの人気は爆発した。1976年の秋頃の時点ですでにどの地方でもコンサート会場をほぼ満員にできる動員力はありましたが。このアルバムをレコーディングする前にちんぺいさんは東北へ曲作りに専念するため一人旅しました。(孝子さんと二人で行ってたのが正解のようです…)その旅の中で作られた曲が数曲あります。そして、アリス人気でソロアルバムにもこれまで以上にお金を掛けられるようになり、歌詞カードも曲ごとに1ページの写真付きのブックレットになりました。ラジオでちんぺいさんがその事を語っていました。写真のチョイスと紙質、紙の色にはこだわってると。今回のリマスター盤の歌詞カードやジャケットの色合いなどは、丁寧な仕事だとは思えないものです。オリジナルの歌詞カードの色合いに合わせることなんてPhotoshopで簡単にできると思うのですが…。四つ折りになってる歌詞カードの「1977年 "冬"」だけオリジナルの色にほぼ合っています。もう少し赤茶というかちんぺいさんが当時言ってたと思うんだけど「礪茶(とのちゃ)色」だとか…。(下がLP歌詞カード、上に重ねてるのが今回の2024年リマスター歌詞カード。 まったく色が違っています)(上が今回の2024年リマスター、下は1993年発売の音蔵シリーズの歌詞カード。 音蔵シリーズのジャケットは紙質もLPと同じものを使用!そして歌詞カードの色も できる限りオリジナルに近いものにしています)微妙な色合いや紙質にこだわっていないアーティストなら少し違いがあってもいいのだと思うけど、ずっと「色」にはこだわってたちんぺいさんを知ってたらこんな事にはならないと思う。データはオリジナルの近い色で作られてても印刷すると色合いが変わってしまう事があるのもわかるのですが、それなら印刷でその色が出るまでデータを変えていけばいいだけなのに。音質に関しては「黒い鷲」は大満足しています。それでも本気でじっくり聴こうと思う時はアナログ盤で聴きますが・・・。(アナログ盤 LPジャケット)全曲 作詞・作曲 谷村新司さん1曲目 「黒い鷲」 編曲 青木望さん2曲目 「狙撃者(スナイパー)」 編曲 笛吹俊明さん3曲目 「冬の嵐」 編曲 青木望さん4曲目 「バイ・バイ」 編曲 田辺信一さん5曲目 「琥珀の夢」 編曲 青木望さん6曲目 「シェナンドー河に捧ぐ」 編曲 松田幸一さん7曲目 「口笛が聞こえる町」 編曲 青木望さん8曲目 「男鹿の子守唄」 編曲 青木望さん9曲目 「1977年 "冬"」 編曲 青木望さん・設楽幸嗣さんアリスのコンサートで定番になってた2曲目「狙撃者(スナイパー)」と3曲目「冬の嵐」はよく知られている曲です。「狙撃者(スナイパー)」は「スナイパー」とタイトルを短くしてキャッチーになった。このアルバムの「狙撃者(スナイパー)」とアリスが演奏してた激しいラテンの「スナイパー」とは別物のようになっています。この「黒い鷲」のオリジナルに一番近い形で演奏されたのは1977年12月の「アリス・トワイライト・タイム コンサートツアー」でのみ。コンサートの1曲目に歌われたのですが、オープニングは長めのラテンの演奏でした。その激しい演奏からつながるように「狙撃者(スナイパー)」が演奏された。テンポはもうすでに「黒い鷲」よりも少し速くなっていましたが、レコードと同じギターのオブリなど使われていました。1978年3月の時点ではもうすでに「武道館ライブ 栄光への脱出」とほぼ同じアレンジになっています。(1977年12月のトワイライト・タイム ツアーのチケット。 「スナイパー」を初めて演奏したツアーです)(予約確認のカード)「冬の嵐」は1978年春からセットリストに入りました。この曲は青山劇場のロングランリサイタルでも何度も歌われました。静かなイントロでちんぺいさんが咳き込む演出をしたのはドキッとさせられた。大阪でもその演出は何度か使われた。コンサートで歌われたのはこの2曲だけだと思います。「琥珀の夢」も一度歌ってくれたような気がするけどどうだったかな。「1977年 "冬"」はミュージックフェアで一度、ライブ演奏されました。あれはかなり貴重でした。珍しい所では、三善英史さんがちんぺいさんの曲を多くカバーしたアルバム「女性」の中に、「黒い鷲」から「バイ・バイ」と「男鹿の子守唄」をカバー。ぞの2曲の他、アルバム「蜩」からタイトル曲「蜩」と「恋唄」をカバーしています。この三善英史さんのカバー4曲がなかなか良くてもっと広く聴かれてほしかった。CD化はされてないので、アナログ盤のLPを中古レコード屋で探すしかないです。(歌詞カードに掲載されてるコーヒーを飲んでる写真と同じミリタリーシャツ。 1977年10月撮影の写真。このころはよくこのシャツを着ていた印象)東京と大阪でちんぺいさんがやってた深夜放送で「黒い鷲」が完成した時、最初に流した曲は、7曲目「口笛が聞こえる町」でした。アリスに一番近いと言えばこの曲になるかな。驚かせるような曲はアルバムが発売されてからしか流さなかった。「黒い鷲」も「シェナンドー河に捧ぐ」も「口笛が聞こえる町」も結局、生で聴ける事はなかった。このアルバムからのセットリスト入り確率はかなり低い。その代わりに「スナイパー」と「冬の嵐」が武道館3Days公演で歌われ超大ヒットのライブアルバムに収録された。「シェナンドー河に捧ぐ」の松田幸一さんのアレンジとブルースハープの演奏の素晴らしさに改めて感動しました。リマスターによってさらに感動的な音になっています。松田幸一さんはアリさんと呼ばれてるロック・キャンディーズ時代からちんぺいさんと深い関わりがある人です。1977年12月〜79年頃はアリスのバックバンドにも参加していました。「街路樹は知っていた」「老人」「冬の嵐」「帰らざる日々」「砂塵の彼方」「遠くで汽笛を聞きながら」「夢去りし街角の最初のバージョン」などでは名演奏を聴かせてくれました。急に今、思い出したんだけど、1978年9月30日大阪厚生年金会館でのアリスのコンサート。本編ラスト曲が「遠くで汽笛を聞きながら」でした。「♪自分の言葉に嘘はつくまい・・・・」で声を詰まらせこのあと泣いて歌えなくなったべーやん。サビから歌い始めたけどいつものようにフェイクもせず、その代わりにちんぺいさんの「♪あ〜あ〜あ〜あ〜」のコーラスが物凄い大きい声で歌ってべーやんをサポートしました。日本武道館公演3日間を成功させ大阪に戻ってきての初のコンサートで感極まったしまったのかと当時は思っていました。もっと何かがあったのかも知れないけど。べーやんが感極まって声を詰まらせて歌えなくなるのは結構珍しいと思う。(1993年に発売された音蔵シリーズの「黒い鷲」 ジャケット表紙の紙質はLPと同じです。1800円の低価格の廉価版なのに丁寧に作られてた印象です)(カセットテープ版。背表紙の写真・・・24歳の頃の写真。 これ、ちんぺいさん何も言わなかったのだろうか)(カセットテープ版は曲順が大きく違っています。 2面目の最後が「バイ・バイ」って・・・。 このテープで聴くと「1977年 "冬"」 の後から「バイ・バイ」のあのトランペットのイントロが…。 カセットテープでありがちなA面とB面の分数合わせなのですが、 別に「1977年 "冬"」 の前に「バイ・バイ」でも同じ事なのに。(この曲が「黒い鷲」のリリースの裏でじわじわと売れ始めていました。 年明けて1978年になるとテレビ出演の回数も一気に増えました)(「冬の稲妻」のジャケット撮影と同じ時に撮られた写真。 この写真もジャケット候補だったそうです。ちんぺいさんだけシャツを着替えています。 べーやんは上着脱いだだけ。きんちゃんはそのまま)
2024年12月15日

ソロアルバム第3弾の「引き潮」は超名盤と言っても過言じゃない。アリスとしても波に乗り始めフォークファン以外にも名前が浸透して来た時期。シングルで言えば「遠くで汽笛を聞きながら」と「さらば青春の時」の間に発売されたのがこの「引き潮」です。(このジャケットは酷いと思う。こんな中古レコード屋で売られてるLPのような色あせて黄ばんだ色では なかった。「引き潮」のジャケットはもっと白です。これは本当に酷すぎる。 「引き潮」のジャケットだけでもやり直してほしい。チェックする人もいなかったのだろうか。 ちんぺいさんはこのジャケットの色だと絶対にOKは出さないと思います)「引き潮」のアルバムの事は何度も書いてるので、アルバムの楽曲以外のその当時の事を中心に書くつもりです。楽曲の事ももちろん書くとは思うけど、どうなるのか書いて見ないとわからない^^;まだギリギリ小学生だった自分はこのアルバムの全曲に惹かれてた。とにかくカッコいい!と思ってずっと聴いてた。何度も書いてるけど、ちんぺいさんのソロアルバムの中で一番好きなアルバムが「引き潮」です。アリスを、谷村新司さんを、尊敬できる存在として認識してきたのがこのアルバムが発売された頃。コンサートで言えば、このアルバムの発売日の3日後、1976年12月23日は大阪厚生年金会館の客席に自分はいました。この時はべーやんが倒れてしまい、きんちゃんと二人で予定してた内容とかなり変えてのコンサート。黒のスーツに蝶ネクタイ姿できんちゃんと二人、開演前に緞帳の前に出て来てべーやんが倒れた経緯などを話して、しばらくして幕があがりました。この時、ちんぺいさんは「引き潮」から「この空の下」「引き潮」「春雷のあとで」を歌ってくれたように記憶してます。この日は1階C列!3列目で観ていました。客席も2人のアリスへの熱い拍手と応援が凄かった。そしてべーやんへの心配を胸に持ってのコンサートでいつもとは空気が違ってた。初めてちんぺいさんがリードボーカルで歌う「遠くで汽笛を聞きながら」・・・3列目だから見えたけどちんぺいさんは泣いていました。「遠くで汽笛を聞きながら」を歌う時点では、べーやんは病院からホールに戻ってきて1曲だけ「ロンリー・ロンサムナイト」を弾き語りでポツリポツリ歌って楽屋に戻ってきました。体調が辛い中、1曲でも歌ったべーやんへの涙だったのかも知れません。凄く寒い日だったのも覚えてます。コンサート終了後に四ツ橋駅まで寒空の下を歩いたのも何となく覚えています。(チケット予約申し込みのちらし。1976年の時点で一人2枚まででした。)年が明けて1977年からは一気に勢いつけて上り詰めていきます。3月〜の全国縦断リサイタル「エンドレス・ロード」は全国でチケットソールドアウトが相次ぎ、3時間を超える豪華な内容のリサイタルを全国で観せる事ができたのも、ライブバンドとしての力を知らしめたと思う。このリサイタルで「引き潮」の中から「引き潮」「春雷のあとで」「熱い吐息」の3曲を歌った。「熱い吐息」と「この空の下」の2曲はアリスのコンサートでも定番曲になった。3万人が集まった「HOT JAM '79 in つま恋」でも、観客のみんなに「良かったら次の歌あの… 1曲ぐらいあの…前、見やんと聴いてもええんちゃうかなと 思うねんけど、どやろ? 上、見て聴けるかな? 雨降ってるかわからへんけど。 よっしゃ、ほんだら、空見て聴いてください。こっちは前向いて一生懸命歌います。 あの、この空が全部、東京とか大阪とか、果てはフランスとかアメリカまで繋がっております。 そんな感じで歌います。「この空の下」っていう曲を」こんなMCをしてから3人だけの演奏で「この空の下」を歌った。それにしても、この1979年のHOT JAMでちんぺいさんは大阪でのコンサートの時以上に凄い関西弁で話しています。これは計算なのか、凄い観客の数に圧倒されそうなってしまったのか… わからないけど、この日も客席にいてその関西弁が嬉しくもあり、少し恥ずかしくもあり…。実はみんなで空を見て聴いて下さいっていう同じようなMCはもうすでにしていました。1979年4月29日滝野野外ローンステージのコンサート。この日もHOT JAMに負けないほどの25000人以上をアリス単独で動員した野外コンサートでした。「この空の下」って曲は要所要所で大事な場面で歌われてきました。アリスとして初めての海外コンサート、タイ、バンコクでのコンサート。「この空の下」を「I Believin the Sky」と英語のタイトルにして英語で歌った。この時はバンド演奏で歌った。「I Want to Believin the Sky」と歌う歌詞は日本語の「この空の下」とは違っています。アリス活動停止の1981年11月7日後楽園球場。きんちゃんは「この空の下」がセットリストに入るかも知れないと、前日までもこの曲のピアノを練習していました。結局、セットリストに入る事はなかったのですが。全曲 作詞・作曲 谷村新司さん1曲目 「引き潮」 編曲 国吉良一さん2曲目 「哀しみの終わる時」編曲 国吉良一さん3曲目 「熱い吐息」 編曲 ヘッドアレンジですが国吉良一さんが中心にまとめました。4曲目 「アディオス」 編曲 ボブ・佐久間さん5曲目 「この空の下」 編曲 ボブ・佐久間さん6曲目 「春雷のあとで」 編曲 ボブ・佐久間さん7曲目 「煙草のけむり」 編曲 国吉良一さん8曲目 「暗い桟橋」 編曲 国吉良一さん9曲目 「青空」 編曲 ボブ・佐久間さん(この見本盤は一度も針を落としてないまっさらです。内袋から出したくないので 袋の上からスキャンしてます。いつかのタイミングでまっさらの「引き潮」を聴くつもりです)LPにもCDにも各曲の編曲者は掲載されていませんが、業界内に配るテスト盤には掲載されています。演奏してるミュージシャンもLPやCDにまったくクレジットされていませんがテスト盤のジャケットには掲載されています。ミュージシャンや演奏については2014年9月14日のブログに詳しく書いています。そちらを見てください。ちんぺいさんはこのアルバムをより良い音で聴いてもらうために、音にこだわりをかなり持っています。ディレクターからこのLPを聴くための注意が書いてあります。「このレコードは出来る限り高音質のアルバムを作りたいというアーティストの 強い要望により、76センチ/秒のテープ速度でレコーディングしました。 従ってかなりレベルの高いカッティングされていますので、 カートリッジの針圧を重めにして聞いて下さい」このアルバム、LP盤で聴くと確かに音の良さが際立っています!自分が一番好きな曲の「青空」の事とか書き始めると止めどなく長くなるので、「青空」と言う曲への自分の思いは、これまでに「引き潮」の事を書いたブログで。4曲目「アディオス」は1971年にロック・キャンディーズ用にちんぺいさんが作った曲。オフィシャルで音源は残っていませんが、ラジオでは弾き語りしてたり、ロック・キャンディーズ解散後、アリスの活動開始までの間の「谷村新司」としてステージに立った時には歌っていた曲です。(歌詞は3番の歌詞が「引き潮」には加えられています。そして1番の歌詞の繰り返しは「引き潮」では削られています。漢字の付け方も少し違っています。)2024年リマスターの音は文句なしですが、もう少し何とかできたとは思う。とにかくジャケットの色を見てガッカリした。自分が持ってるLPは今でも真っ白です。3枚持ってますが3枚とも、こんなに黄ばんでいない。(カセット版はジャケットがまったく違う。この写真はLPの歌詞カードに掲載されている写真。 曲順はA面ラストの「この空の下」とB面ラストの「青空」が入れ替わっています)(予約特典だったポスター)
2024年12月14日

谷村新司さんの初期のアルバム10枚目までが2024年リマスターで発売されました。ソロアルバム第二弾「海猫」からが本格的にちんぺいさんオンリーワンの世界を作り始めたアルバム。昨日書いた「蜩」はほとんどの曲がアリスのアルバムに入っていても違和感のない曲でした。タイトル曲「蜩」と「恋唄」はアリスのアルバムだと浮くかも知れないと思います。アリスの音楽自体、どんなジャンルでも消化してアリスの音にしてしまうので、究極、どんな曲が入っていても驚きはしませんが…。「ラ・カルナバル」にしても驚く事は特になくラテン系の曲はそれまでにもあって本格的にサンバの音を取り入れただけで、これもアリスって感じで聴いてました。そりゃ「ALICE V」の1曲目にいきなり「ラ・カルナバル」が入ってたら当時なら驚きまくると思うけど、「ポイント・アフターの夜」辺りから何でもありの世界が徐々に作られてきてたように思う。「ポイント・アフターの夜」もちんぺいさんが初めてラジオで流した時に「ALICE IV」ではいろんな挑戦をしてみたと語ってたのを思い出した。「♪ババ バッ ババ バッ ババ バッ ババ バッ バババ〜」の低音コーラスはちんぺいさんが歌ってるのですが、この部分を持ち出してバンバンとよく笑っていました。何か変な事ばかり急に思い出したりする。本当に思い出したい事はなかなか思い出せないのに…。「ALICE IV」が凄く好きなアルバムなのは、音楽性がバラエティに飛んでいて、どんなジャンルも吸収して消化しようとしてるのが小学生の自分にはカッコ良く感じられた。「とっちらかっててまとまりがないアルバム」とか書いてた評論家もいたけど、そこからアリスはもっと幅広い音楽を作っていく。「ALICE VIII」でも同じ事をその評論家は書いたのだろうか・・・。爆売れしてからのアリスにはきっとそんな風には書いてないと思う。2ndソロアルバム「海猫」ここにはちんぺいさんがアリスに持ち帰ってアリスとしての幅を広げる実験的な事も含まれてると思っています。アリスのコンサートでは「サンセット(蒼い夕陽)」をよく演奏してました。きんちゃんはガットギターを弾いていました。かなり複雑なコードを使ったボサノバです。きんちゃんは「サンセット」のガットギターの練習をかなりしたそうです。ライブではイントロから「♪涙にくれる私をあなたは知らない」まできんちゃんのギターのみ。「♪沈む夕陽の色は悲しすぎて」の少し前からベーヤンのオブリが入りカッティングでリズムを取るようなギターを弾き始めます。1番と2番の間のべーやんのGソロは毎回、めちゃくちゃカッコ良かった!次のGソロではべーやんが速弾きから始まりちんぺいさんのストロークも激しく入ってきます。3人だけで演奏する「サンセット」は本当に絶品でした!アレンジも少しずつ変わりましたが、「サンセット」も再結成で一度は聴きたかった。3rdアルバム「引き潮」が発売された後もしばらく「サンセット」はセットリストに入っていました。「熱い吐息」と「サンセット」が2曲ともセットリストに入る事も珍しくなかった。(最初にCD化された時のもの。CA32-1216)1曲目 「ハーバー・ライト(港の灯)」2曲目 「ひまわり」3曲目 「ぬくもり」4曲目 「雨やどり」5曲目 「夢行燈」 6曲目 「サンセット(蒼い夕陽)」7曲目 「讃歌」8曲目 「都忘れ」(with 水沢有美)9曲目 「海猫」10曲目 「砂の道」このアルバムの事も何度か書いています。2020年8月7日のブログにいろいろ書いてます。今回の2024年リマスターは音圧は上がり各楽器の細かい音もLP並みに聞こえるようになった。2024年リマスターで特に良くなったと思う曲の事を・・・。「ハーバー・ライト(港の灯)」のドラムの音とベースの音がカッコ良すぎる。ジャジーな世界を本格的に取り入れたナンバーで、ここからどんどん、jazzやbluesの大人の世界を作り上げていきます。26歳のちんぺいさんはきっとかなり背伸びしてる感覚を自分でも持ってたのかも知れないけどアレンジャーやミュージシャンの渋さにも助けられ凄い曲を完成させたと思う。「ひまわり」はメロディの美しさと圧倒的なちんぺいさんの歌唱力を堪能できる曲。子供の頃から物凄く好きな曲で50年近く聴き続けても最初に聴いた時の大好き度合いがまったく変わらない曲。「夢行燈」は子供の頃はアルバムの中で唯一、苦手だった曲ですが、この曲があったから八代亜紀さんに提供した名曲「哀歌(エレジー)」が作る事ができたと思う。八代亜紀さんも50周年のコンサートでもコンサートラスト間近かに歌われました。50周年を記念して作られたアルバムにも、山ほどあるオリジナル曲の中からセルフカバーとして新たにレコーディングしたほどです。「夢行燈」、40歳過ぎた頃からどんどん好きになってきた曲。「讃歌」は初めて聴いた時から大好きな曲。小学生の心にも深く入ってきた歌詞とメロディ。そして何よりちんぺいさんの熱唱に心が震えた。アレンジもGソロもカッコいいし!「海猫」は物悲しいマンドリンの音がさらに悲しく響くように感じる。ちんぺいさんのファルセット歌唱も堪能できる曲。今日、爆音で聴いてて本当にいい曲だと改めて思う。こんな曲、25歳で作ってるとか・・・。「砂の道」はやはり心の奥底に響く。ちんぺいさんがいなくなってから余計にこの曲の重みを感じて胸がつまる。どんな思いで毎日のようにこの曲をあの頃、歌ってたのだろう。26歳の肩にのしかかる物としては重すぎるし厳しすぎると。(最初に発売されたカセットとCDがQ盤シリーズで再発されたもの)歌詞カードに掲載されたメッセージの最後は「出来る事なら ほんのひとかけらの後悔と 微笑を道づれに最後の瞬間を迎えたい」そんな事を20代の若者が考えてる事に、ものすごい重圧があったのかと思ってしまう。(1976年4月に「帰らざる日々」のシングルが発売になり、その記念のサイン会の時のもの シングル購入と「ALICE V」の予約で参加できたような。はっきり思い出せない)
2024年12月13日

谷村新司さんの誕生日、12月11日に合わせて初期のソロアルバムが再発されました。(1stソロ「蜩」から10枚目「EMBLEM」まで)初期のソロアルバムが大好きな人間にとっては念願だったリマスターです。ちんぺいさんが生きている間にできればリマスターしてほしかった。本人のこだわりや想いもあるから、リマスターするならどんな音にしたいか、とかきっとあったと思う。アリスの初期から強くこだわりのあったレコードジャケットの色合いや紙質などちんぺいさんが生きていたなら、これOK出すかな?と思うものも正直、あります。この初期のソロアルバムの企画が発表される前までオークションサイトなどでは東芝EMI時代のCDが高額でやりとりされてました。帯付きだと6000円〜とか普通だった。特に「引き潮」「黒い鷲」は高額になっていました。「喝采」に関しては一度だけ紙ジャケで再発されたので、その時に買った人が多かったと思う。あの時、「蜩」〜「黒い鷲」まで全て紙ジャケで出ていたならちんぺいさんの拘りも伝えられたかも知れない。音質の向上はもちろんですが、音圧が上がっただけっぽく感じる曲もあるんだけど、ちんぺいさんのボーカルは素晴らしい表現が聴けるように感じる曲が何曲かあって感動でした。もしちんぺいさんがいたなら、このアルバムの事を今、改めてどう語るのか凄く興味ある。止まることのないアリスのツアー、大阪と東京での生の深夜放送、など超過密スケジュールの中、どうやってレコーディングしたとか語ってほしかった。橋場正敏さんがまだご存命ならちんぺいさんのソロアルバムやアリスのレコーディングの話、そして未発表のままお蔵入りした作品のありか等を語ってほしい。確実にMIX段階でお蔵入りしたテープは何本もあるはず。例えば「ALICE IV」は14曲レコーディングしたとはっきり言ってたので2曲はボツ。「ALICE IV」に関しては曲順や収録曲も第一報の発表からかなり変わったので、締め切りギリギリまで試行錯誤してたのだと思う。ヘッドアレンジしながら断片だけ残ってる曲も必ずあるはず。「ALICE XI 謀反」も収録曲よりもかなり多くの曲を録音してたはず。ソロアルバムでも、少なからずお蔵入りはあると思う。アレンジ違いやボーカル何パターンか本レコーレィングしたのもあるはず。歌詞がちょっと違ってたりメロディーが微妙に違ってるような物なども橋場さんなら保管してくれてないかな。(ジャケットの色、微妙に違うように思う。純白ではないのだけどここまで生成りっぽくなかったような… このアルバムや「引き潮」「抱擁」など白がベースのジャケットって再発のたびに 微妙に変わってきてしまう。「引き潮」に関してはあの紙質じゃないと、同じように見せるのは無理)1曲目 「テーマ・さよならの季節」2曲目 「面影」3曲目 「蜩」4曲目 「冬木立」5曲目 「さちこ」6曲目 「想い出橋」7曲目 「Good-Bye My Friend So Long」8曲目 「水曜日」9曲目 「セレナーデ」10曲目 「挽歌」11曲目 「恋唄」12曲目 「おやすみ」これまでに、このアルバムの事は何度も書いてて、詳しく書いてるのは2009年7月3日のブログ。2018年9月20日のブログにも「蜩」のLPとカセット版を比べたりしています。(蜩が発売された月の音楽雑誌の付録で小型の冊子がついてた。 アリスは「青春時代」しかまだヒット曲がない時ですが、こうやって音楽雑誌に 全曲の歌詞とコード、歌メロ譜を付録として付けるって事は、アリスの存在は1974年9月で じゅうぶんにフォークファンには認知されてた証拠) (この時のコンサートチラシには予定曲で「蜩」が入っています。 この日は「蜩」と「面影」の2曲をソロアルバムから歌った。 神戸国際会館 開館20周年記念コンサートでした。が、いつも通りの3人でのアリスでした)まだ小学生だった時に観てたアリスのコンサートで何度かセットリストに入った「蜩」と「想い出橋」、そしてコンサートの定番となってた「面影」、この3曲はやはり生で何度も聴いたので思い入れは強い。このアルバムが発売されて1年ほど経った時にラジオで9曲目「セレナーデ」の事を話したことがあった。強い想いを込めた曲だと語ってたように記憶してる。コンサートでは歌ったのを聴いた事がないけど、自分が行っていないコンサートで歌われてたのかも知れない。あまり曲の事は語らなかったちんぺいさんなので「セレナーデ」の事を語ったのが印象に強く残ってる。あれから「セレナーデ」が凄く好きな曲になったし、よく聴く曲になった。6曲目「想い出橋」も特に好きな曲です。コンサートでどんなアレンジでやってたのか、音源が残ってないので凄く気になる。思い出したい。きんちゃんに聞いた事あるんだけど、この曲をやったかどうかも覚えてなかった^^;ま、そうだとは思ってたけど^^きんちゃんは「サンセット」や「砂の道」の事は凄くよく覚えてるんだけど。この前のSORISEのライブで「砂の道」のピアノの高音部分をよくミストーンしてしまう話をしてた。あの曲は88鍵のかなり高音部分までイントロでかなり使う。高い音の最後の方はライトが当たってなくて真っ暗で勘で鳴らすと、たまに音を外してしまってたとか。「帰らざる日々」のバース部分の最後のピアノの音もたまにミストーンしてたのはライトが当たってなかったからなのかと。(1974年夏頃。コンサートのリハーサルかな。きんちゃんは「蜩」のピアノの練習してるのかも。)このアルバムのリズム隊が異常にカッコいいのは、ドラムが、「村上 ポンタ 秀一さん」と「チト・河内さん」の二人だから当然!ベースも、「岡沢アキラさん」「後藤次利さん」「森 理さん」という凄腕揃い。そしてギターは「矢島賢さん」がロックなギターをたっぷり聴かせてくれる。(この写真も1974年12月頃〜1975年2月頃)(このポスター、「蜩」買ってもらったと思い込んでるんだけど、「海猫」だったような気がしてきた。 コンサート会場で2枚とレコード屋で3枚ももらってた。他のアーティストのレコード買った時に アリスかちんぺいさんのポスター欲しいっていつも言ってたから、だぶっていっぱいあったりする)(マニアは見本盤やテスト盤はもちろん探しまくる)(これまでに出たCD。リマスターではなく廉価版として発売されただけです。 音蔵シリーズでもオークションなどでは帯付きなら高額になってたように思う)(カセットテープ版はA面最後とB面1曲目が入れ替わってる。収録時間合わせなだけだと思います。)
2024年12月11日

日本で一番多くの歌い手と共演した音楽家が語る 究極のボーカル論。武部聡志さんと言えば日本の第一線で活躍アーティストのほとんどと共演。日本での大きな音楽イベントの音楽監督も数多く担当。「FNS歌謡祭」「日本レコード大賞」「ポップジャム」「スカパー!音楽祭」の音楽監督や編曲を担当。その武部聡志さんがボーカル論を書いた。発売日に買って、自分の興味あるアーティストの箇所だけまず読んだ。最近、全て読み終えた。ユーミンに関してはまったく同意見と言うか、まったく同じ感覚。ユーミンの歌声は本当に心が震えて、その曲の世界に気づけば没頭していて深い感動に包まれてる。もちろん歌声だけでそうなってるわけだはなく、メロディや歌詞、そして正隆さんの天才的なアレンジ!も大きく影響しています。ユーミンの歌声にはホーミーのように倍音が同時に鳴ってると証明されている。この倍音の響きもきっと心に中に作用してるのだと思う。何でもないような歌詞でも泣けてしまう事はしょっちゅうあります。光景、匂い、温度、風までも鮮明に感じられる楽曲が山のようにたくさんある。武部聡志さんがユーミンのコンサートに参加したのは1983年「REINCARNATION Tour」から。このツアーは自分もかなり回数を観たツアー。かなり激しいRock Liveな内容だった。少し落ち着いた感じだったその前の「PEARL PIERCE〜ようこそ輝く時間へ〜」ツアーとはまた違う感動が大きかったのを覚えてる。あの頃、ラスト間近かやアンコールでは体力を全て出し切るアスリートのようなライブしてた。長い髪を振り乱して出せる限りの声を振り絞って歌う姿にも感動してた。90年代に入るとしばらく(ユーミンが異常に売れてた時期)少し距離を取った感じでユーミンの音楽を聴いてた。ブログにもあまり書かなかったかも知れない。それが1999年「FROZEN ROSES」辺りから、ユーミンの音楽のカッコ良さに再び没頭し始めた。徐々に熱が高くなっていき、2016年「宇宙図書館」で80年代前半の時のようにユーミン熱が再びピークに達した。そこからずっとピークのまま、今のユーミンを楽しんでいる。「宇宙図書館」ツアーからは一つのツアーを何度も観に行くようになった。ユーミンも70歳代になり20代の頃のように歌える事はなくても、今の歌の中の感情の深さや伝えて来るパワーの強さが20代、30代のユーミンの何十倍も強く、それが声が聞けた事での満足感になっている。そして自然と涙が出そうになる。心を揺さぶる歌声のユーミンの曲301 シャンソン(2013年「POP CLASSICO」)2 ダンスのように抱き寄せたい(2011年「Road Show」)3 宇宙図書館(2016年「宇宙図書館」)4 愛と遠い日の未来へ(2013年「POP CLASSICO」)5 きみなき世界(1997年「スユアの波」)6 GREY(2016年「宇宙図書館」)7 丘の上の光(1979年「悲しいほどお天気」)8 離れる日が来るなんて(2020年「深海の街」)9 Flying Messenger(2009年「そしてもう一度夢見るだろう」)10 夜明けの雲(2013年「POP CLASSICO」)11 経る時(1983年「REINCARNATION」)12 Midnight Scarecrow(1995年「KATHMANDU」)13 永遠が見える日(2004年「VIVA! 6 x 7」)14 Forgiveness(2006年「A GIRL IN SUMMER」)15 ただわけもなく(2002年「Wings of Winter, Shades of Summer」)16 Autumn Park(1986年「ALARM a la mode」)17 命の花(1995年「KATHMANDU」)18 消息(1982年「PEARL PIERCE」)19 あなたに会う旅(2016年「宇宙図書館」)20 水の影(1980年「時のないホテル」)21 散りてなお(2020年「深海の街」)22 何もなかったように(1976年「14番目の月」)23 さまよいの果て波は寄せる(1979年「悲しいほどお天気」)24 空と海の輝きに向けて(1973年「ひこうき雲」)25 ついてゆくわ(2006年「A GIRL IN SUMMER」)26 Laughter(2013年「POP CLASSICO」)27 かんらん車(1978年「流線形'80」)28 雪月花(2002年「Wings of Winter, Shades of Summer」)29 ずっとそばに(1983年「REINCARNATION」)30 私の心の中の地図(2016年「宇宙図書館」)自分が好きなユーミンベスト30として選ぶとまた全然違う曲になると思う。カッコいい曲、心地よい曲とかはまた違うので、どうしてもバラード系中心になってしまう。ほとんど考える事なくスラスラ30曲選べたのも自分で驚いた。この曲順でプレイリスト作って聴いてみようかな。何百曲もあるユーミンの曲をし全て、即興で弾ける武部聡志さんは凄いと思う。苗場のコンサートでリクエストコーナーでは毎回3曲、何が出て来るかわからない。それでも何の問題もなく弾けてしまってる。Bruce Springsteenのバンド「E ストリートバンド」がボスの曲をいつでもどの曲でも演奏できる事を思い出す。Bruce Springsteenはライブの本番前にセットリストを決めてバンドメンバーに伝えてた。そこには何年かぶりに演奏する曲もあっても、それでも出来てしまうとか。70年代後半〜80年代半ばまではずっとそんな感じでライブをやってたと思う。たまに本番中にボスが急に曲を変える事もあった。それでも全員、普通に対応してた。70年代後半〜80年代前半のBruce Springsteenのライブは4時間近くなっていた。ライブノーカットのブートレッグだとLP5枚組とか普通にある。ほとんど3枚組にしないとノーカットでは収録出来なかった。だからBruce Springsteenのブートレッグは高かった。探し回ってかなり買ってた。よく10代の時にあれだけ買えたと思う。武部聡志さんの事よりもユーミンの事ばかりになってしまったけど、ユーミン、武部さん、そして正隆さんの3人の天才が集まると凄いことができる。リリースされてないけど一番新しい曲「小鳥曜日」も鳥肌たちまくりで感動した。こんな曲の世界を今作れるのも凄いと思った。シンプルだけど不思議な世界だけど深くて胸が熱くなる曲でした。次のアルバムには入るのだろうか。「小鳥曜日」にハマりまくってラジオ録音したのを何十回聴いたかわからない。
2024年12月11日

昨年あたりからよく思う事ですが、「すずめ」が増えてきてるような気がする。一時期、「すずめ」が街で見なくなったとか、そんな話をよく聞いたけど、自分が毎日、歩く場所では確実に増えてきてる。それも鳩のように人がかなり近くにきても逃げない。「すずめ」は大好きな鳥で写真集なども買うほどなのですが、じっくりと何時間もかけて観察したことはない。「にっぽん スズメ歳時記」という写真集を前に紹介したと思う。他にも「にっぽんスズメのしぐさ」「にっぽんスズメ日誌」「にっぽんスズメ楽園」などこのシリーズや「あした、どこかで。」っていうすずめの写真集も最高です。すずめの写真集を見つけると、買ってしまう。自分でも写真集のように表情豊かな写真やアップで可愛く撮れるのなら買わないと思うけど、何度か撮ったりしたけどカメラの才能はまったくなさそうです。この写真、3日前に撮った。線路脇にある作業用の階段の手すりに毎日ぎっしりすずめが留まってる。もっとぎっしりいたんだけど反対側の道路にバイクが大きい音鳴らして走ったので半分ほど飛んでしまった。これ、かなり近い場所から撮ってるけど普通に近づくだけだと逃げない。この写真はその2日後の同時刻に撮った写真。この日は階段の手すりじゃなく金網の上にぎっしり留まってた。上に電車が走ってるのも写ってるけど、電車が走っても逃げない。線路がカーブする場所なのでかなり大きいブレーキ音と振動なのですが、すずめは動じません。電車の音は毎日聞き慣れてるのか…。バイクの爆音は危険を感じたのか。この金網の横を普通に歩いたけど何羽か飛んだだけで、自分の方をじーっと見てるだけで目が合っても逃げない。金網の下の草むらの中にも見えてないけど、かなりの数のすずめがいます。すずめの天敵のカラスもかなり多い場所です。とんびも飛んでるし敵は多そう。それでも年々、すずめが増えてきてると感じる。youtubeですずめを慣らして手乗りにして餌をあげてる動画があってよく見てるのですが、手や肩に乗ってきたら可愛いだろうな。前にも書いたように思うけど「分類としてはトカゲとティラノサウルスの関係よりも、 スズメとティラノサウルスの方がずっと近縁」と発表されたとか。恐竜は鳥類に進化したと、それもすずめに近いだとか…。そんな大きなロマンのあるような事を知ってから、よりすずめに興味を持った。もしすずめが10メートルあったら、人間なんてミミズ感覚で餌にされるんだろうな…とか思う。すずめが人間と同じほどの大きさだったとしても、武器なしで人間はすずめには勝てないでしょう。鋭い爪もあるし、尖ったくちばしもあるし。ちょっと関係ない話だけど、有名な格闘技マンガで人間と同じ大きさだったとしたらカマキリが最強だとか書かれてた。ライオンやトラでもカマキリが全て捕食するとか。この写真集は8年前に発売されたものですが、今でも普通に買えると思います。ジュディ・オングさんのようです。この立ち姿はちょっと恐竜を思わせる感じもします。こんな幻想的で美しい写真もいっぱい載っています。こんなの素人では撮れないな。
2024年12月10日

今日は宝塚歌劇月組公演を観てきた。トップスターが鳳月杏さんに変わっての新生月組。ミュージカル・クエスト「ゴールデン・リバティ」は19世紀後半のアメリカを舞台にした西部劇。西部劇は意外と宝塚では珍しくて新鮮に感じた。舞台上にある蒸気機関車の装置がなかなか豪華で作品をより楽しめるものになってた。主演の鳳月杏さんは元強盗団の一員だった男。二番手の風間柚乃さんは新任の保安官。保安官と言っても誰もが想像するようなものじゃなくてミステリアスな存在。新しい娘役トップの天紫珠李さんは架空の小さな島国の王女。コメディ要素の多いアクション活劇。ストーリーもわかりやすく、楽しめました。ショーの「PHOENIX RISING」は不死鳥をモチーフにしたアジア色が強い内容でした。インド、中国、日本、タイなど各国の伝統や特色を出したショー。風間柚乃さんはインドの場面を担当。一人で早変わりで何役も次々とこなすコメディ色の強い場面でした。鳳月杏さんはもうベテランの域に入ってるので、安定したパフォーマンスでしっかりトップを務めてる印象でした。ずっと応援してる蘭乃はなさんや輝咲玲央さんと同期です。92期は気に入ってるジェンヌが多く、蘭乃さん、輝咲さんを筆頭に透水さらささん、百千糸さん、天輝トニカさん、月映樹茉さん、真風涼帆さん、天咲千華さん、真那春人さん、天真みちるさん等、当時の自分のブログには名前が頻繁に出てくる人ばかりです。透水さらささんの歌声は毎回、聴き惚れる最高の歌唱だった。真風さんは星組3番手時代が一番好きだった。柚希礼音さん、紅ゆずるさん、真風涼帆さんの3人が揃ってる時が好きだった。主演した新人公演はたしか全て劇場で観たように思う。3番手、4番手の時は凄く応援してたのに、トップになるとあまり魅力を感じなくなる事がこれまでにもかなり多くあった。北翔海莉さんも宙組3番手の時が一番好きだった。早霧せいなさんも宙組時代と雪組4番手時代が一番好きだったし。月城かなとさんも雪組時代が好きだった。凰稀かなめさんも雪組時代が好きでした。組替えすると急に魅力を感じなくなる事も多いし、組替えして魅力的になる事も多い。明日海りおさんは月組時代から魅力的でしたが、花組に替わってさらに輝いて見えた。(新人公演のパンフレット)(輝咲玲央さんの初スチール)トップになるまでは、特別応援してなかった人がトップになった途端に急激にハマる事もあった。特に水夏希さんはトップスターになってからの魅力が凄かった。中日劇場での「星影の人」の沖田総司役がハマり過ぎてたし、その時のショー「Joyful!!II」も再演のショーだけど水夏希さんの魅力に溢れてるショーになった。トップスターになってから急激に好きになったので今でもファンクラブには入ってる。初舞台が花總まりさんの退団公演「NEVER SAY GOODBYE」だったので、観れる限りチケット取れる限り回数を観たので初舞台生のロケットもかなり回数を観たので印象に残る人は多くいました。雪組時代から花總まりさんが出る舞台は回数を多く観てたので最後の作品となるとさらに思い入れも強い作品になった。92期の事を書いてたら、すごい話が逸れた。宝塚での西部劇…なかなか斬新に思えたし、コメディ要素を完全に抜いたガチ西部劇ってのも意外と良いかも知れない。
2024年12月09日

アメリカのソウル/R&B シンガー「Brenton wood」の大ヒットシングル。1967年8月発売。日本発売は1968年。A面「Gimme Little Sign」作詞・作曲 Alfred Smith, Joe Hooven, Jerry Winnいろんなアーティストがカバーしてるので聴いた事がある人も多いと思う曲。めちゃカッコいいソウルナンバーです!ブレントン・ウッドは日本ではそこまで知られていない印象です。ソングライターとしてはAlfred Jesse Smithの名前で活動。堺正章さんの「さらば恋人」を聴くといつもこの曲を思い出す。(ジャケットにはブレントン・ウッズと書かれてるけどWoodなので違うのではないかと)この曲、60年代の渋さを凝縮してるようなカッコいいノリです。Brenton woodの歌唱も心地良くて最高です!B面「Lovey Dovey Kind Of Love」(邦題「恋のラヴィ・ダヴィ」)大ヒット曲のA面のよりもさらに、この曲が好きです。「Gimme Little Sign」もそうですが、キーボードのチープな音さえもカッコよくて引き込まれる。イントロのアレンジから惹かれて聴き入ってしまう。ファルセットで歌う部分も最高に気持ち良い。アメリカではこの曲もA面としてシングル発売しています。
2024年12月08日

ジミ・ヘンドリックスの2枚目のシングル。アメリカのシンガーソングライター/ギタリスト。この曲はオリジナルを聴いた回数よりもいろんなバンドがカバーしてるのを聴いた回数の方が遥かに多いように感じる。何バンドか出演するイベントのラストに全員でこの「Purple Haze」か「Born to Be Wild」か「Smoke on the Water」を舞台上、ごちゃごちゃになりながら演奏したり、その光景を客席から観たりでその印象が強く残ってる。この3曲ならバンドやってたら全員知ってるだろうと誰かが思い込んで選曲してたのだろうけど、知らない人も意外と多かったと思う。全員が知ってるならビートルズの有名曲の方が妥当に思ってた。この3曲の中では「Purple Haze」が一番知られてないように思うけど、熱烈にこの曲が好きな人が多かった。思い出したけど「White Room」の時もあった。一番、演奏がぐちゃぐちゃになったので凄く覚えてる。誰が決めたんだろう・・・。観客もポカーンだったような。全員で「We Are The Champions」ってのも仰々しいし、演奏も歌も難しいし、「Stairway To Heaven」「Immigrant Song」「Rock and Roll」ってのも何か違うしZepなら「Heartbreaker」かな。ボーカリストが歌い継いでいくのは難しそうだけど。自分が選ぶのだったらやっぱりサバスの「Paranoid」かな。曲も短いし簡単で覚えやすいし^^A面「Purple Haze」(邦題「紫のけむり」)洋楽EP盤の棚を観てたらこのシングルを見つけた。多分、針を落とすのは40年以上ぶり。モノラルだったんだ!って懐かしく思い出した。最近、モノラルの盤をよく聴いてて、モノラル盤独特の音の魅力にハマってきてた時なのでジミヘンのギターの音がアナログでそれもモノラルで流れ出した時は鳥肌でした。この歳になって聴くと素直にカッコいいと思える。B面「51st Anniversary」(邦題「第51回記念祭」)このシングルの2曲はアルバムには収録されていません。ベスト盤かこのシングルで聴くしかない。特にこのB面曲はベスト盤にも入っていないものもあって良い曲なのにあまり知られていないような気がする。「Purple Haze」はレコードで聴かなくても、いろんな場面で耳にしてきてたけど、この「51st Anniversary」は曲を聴くこと自体が40年以上ぶりだと思う。構成もカッコいいし、A面よりも好きかも知れないほどに聴き入ってしまった。このシングル盤はいつ、どこで買ったのか記憶になくて、家にあったのか、中古盤屋で見つけて買ったのか、まったく思い出せない。10代後半か20代前半に買ったのは確実だとは思うんだけど。
2024年12月07日

「SORISE」のライブを下関で観てきました。新幹線の泊まる駅「新下関」からタクシーで約10分。そこに「Jazz Club BILLIE」があります。泊まるのは小倉にしました。小倉だとライブ後に飲みに行く店に困らないし遅くまで開いてる店も多い・・・ってだけの理由。友人たちと小倉のホテルのロビーで待ち合わせ。小倉駅から在来線で下関駅へ。新下関駅はまだ先です。下関駅から新下関駅まで電車が繋がっていない。JR九州とJR西日本の境界線がややこしくて、在来線だと下関駅が境界線。新幹線と在来線だとまた違った境界線になるんだとか。(行きは小倉駅でICOCAで改札入って、新下関駅で出ようとしたら全員扉が閉まった^^ 直通じゃないので精算機へ。帰りは切符券売機で小倉まで370円の切符を買った)なので小倉から新下関駅に行く直通の電車は走ってません。下関駅で乗り換えて新下関駅まで。小倉駅から新下関駅まで乗り換え時間含め30分ほど。(小倉駅から新下関駅まで新幹線で一駅って手もあるけど「こだま号」しか止まらない駅なので 1時間に1本しかない^^; それなら在来線で行く方が、その町の雰囲気や景色も楽しめる)新下関駅で降りてタクシーに乗って「Jazz Club BILLIE」へ。タクシーの運転手さんも「Jazz Club BILLIE」の事はよく知ってるようでした。セットリストは12月1日の大阪・高槻でのライブと同じでした。MCが入る位置が変わってたりして、ライブの流れがスムーズになった印象でした。「SORISE」として活動するときに新たに作られた新曲はどれも素晴らしく感動です。「冷たい火花」「Sentimental Morning」「追憶の雫」「あたたかい涙」「HAPPINESS」「今でも初恋」そしてきんちゃんが歌う「君住む街角」も最高です。住出さんと滝さんのボーカルの良さがより活きている「追憶の雫」や「今でも初恋」「冷たい火花」はもっと多くの人に聴いてもらいたいと思う。「君住む街角」は歌う前にきんちゃんは謙遜したMCするけど、本当にいい曲です。メロディも歌詞も素直な美しさで何度でも聴きたくなる曲。この曲はきんちゃんの声で歌うことで完成する曲だと思う。レコーディングしてCDになるのが楽しみです。オリジナル曲がいつでも聴けるようになるのが楽しみ。アリスのカバー曲「4月の魚」もこのメンバーでレコーディングもしてほしい。シグナルからも1曲と滝さんの曲からも1曲、セルフカバーしたらいいのに。シグナルなら「愛に捧ぐ」「エアポートふたたび」「ほほえみ」「翼」「愛の終りに」「蒼い影」などを滝さんと二人で歌うのも良さそう。 滝ともはるさんなら「ベスト・オブ・マイ・ラブ」「心の扉」「雨はいつか」ならどうかな。 (入り口は真っ赤で、ちょっとダリオ・アルジェントの「サスペリア」のよう)(Jazz Club BILLIEの中は昭和のジャズクラブのような落ち着いた雰囲気でBarも充実してた。 自分は600円のドリンクチケットではハイボールを飲み、休憩時間にBarに行って メニューを見たら「マッカラン12年」が850円!!と書いててあまりの安さに驚き、即ロックで注文。 自分がよく行くBarではマッカラン12年のロックや水割りだと安い店で1200円、一番高い店で1800円。 他のウイスキーも驚きの安さでした。)(開場少し前に到着したので、Jazz Club BILLIEの真横にある住吉神社へお参りにいった。 心が洗われるような凄く立派で美しい神社でした。紅葉の時期なのもあり、もみじも鮮やかに色づいて 美しかった。もう少し明るい時間に来てたらもっと散策できたのに・・・。)
2024年12月06日

12月3日はOzzy Osbourneの生まれた日。オジーも75歳になった。10代の頃からいろんな歌にハマり、その人物にハマってきた。10代の頃と同じ思いの強さのままで聴き続けたアーティストは数えるほどです。その中の一人がオジー・オズボーン。最初はBLACK SABBATHのボーカリストとして好きだったのですが、バンドを脱退。そしてソロ活動に。最初は急に楽曲が軽くなったようで戸惑ったのは事実。サバスの最後の2枚もやや1stソロアルバムに近い部分もあったのですが。ソロ活動を始めたおかげでそれまで取り上げられる事もあまりなかった「オジー・オズボーン」のパーソナルな部分がわかってきたのも、より強くファンになった要因のひとつ。うわべだけのオジーしか見なかったら、当時はただのマッドマンでしかなかったけど、インタビューなどで語るオジーは知的で優しさがいつも感じられた。溺愛してたギタリストのランディー・ローズが飛行機事故で亡くなった時のオジーは海外のテレビインタビューなどでも何か魂が抜けたような感情を無くしたのようにも見えた。それでもライブやファンの前では「Ozzy Osbourne」を演じ続けてた。その頃、オジーは奇行の多く取り沙汰されてそんなニュースを聴くたびに心配になってた。その後はいつでも人間味あふれるパフォーマンスで自分をいつの時代も楽しませてくれた。「あ、今日はオジーの誕生日か…」と昼過ぎに思い出して、本当に長い間、ずっとオジーの声を聴き続けてたなあ・・・と感慨深くいろんな事を思い出してた。今日はこの曲だな!と選んだのは2020年作品「Ordinary Man」2曲目の「All My Life」です。『All My Life』この曲を作ったのはOzzy OsbourneChad Smith(Red Hot Chili Peppersのドラマー)Duff McKagan(Guns N' Rosesのベーシスト)Alexandra Tamposi(シンガーソングライター)Andrew Watt (プロデューサー、シンガーソングライター、 ギタリスト)凄いメンバーで作り上げられた名曲です!歌詞はオジーらしい、過去のトラウマ的な悲しさや虚しさと生きる強さが感じられる。パワーバラードで感動的な構成と演奏と、そしてオジーの歌唱!「♪僕は崖っぷちに立って 子供だった自分を見下ろしていた そして彼も僕を見つめ返した。 彼の目からは敗北の涙が流れていた」こんな歌詞から始まる曲です。「♪僕の人生はずっと昨日を生きてきた 僕の人生はずっと1ドル足りず、1日遅すぎた」 Andrew Wattのギターは本当に素晴らしく感動的です。クリーントーンのストローク部分だけでも心が動かされる。激しく感動的なギターソロはいつ聴いても鳥肌たちまくりです。オジーの歌唱の熱と確実に同等の熱で絡んでくるようで凄いの一言です。 Chad Smithのドラムも素晴らしすぎてAndrew Wattの激しいギターソロをさらにカッコよく輝かせてる。
2024年12月04日

オーストラリアのロックバンド「MEN AT WORK」の大ヒットシングル。昨日観に行った「SORISE」のライブでこの曲をカバーしてて、昔に凄くよく聴いた曲だったのでシングル盤を引っ張り出して久々に聴いてた。メンバー構成Colin Hay – Guitar,Vocals Greg Ham – Sax,KeyboardRon Strykert – GuitarJohn Rees – BassJerry Speiser – DrumsA面「Who Can It Be Now?」(邦題「ノックは夜中に」)この曲は1981年5月にオーストラリアでリリースされて大ヒット。それが話題になって広がって1年後の1982年5月にアメリカでもリリース。ビルボードチャート1位になった。この曲のMVもよくMTVなどで流れ始めイントロから耳について離れない現象に。それでレコード買いに行った。「MEN AT WORK」と言えばこの曲以上に「Down Under」がよく知られていますが、自分は「Who Can It Be Now?」の方が好きだった。「Down Under」のレゲエやスカのノリも気持ちよくて大好きですが。この翌年にリリースされた「Overkill」って曲も凄く好きだった。1stアルバム「Business as Usual」の1曲目に収録されリードトラックとしてシングルカット。B面「I Can See It in Your Eyes」この曲は1stアルバム「Business as Usual」の2曲目に収録され「Who Can It Be Now?」の次の曲として収録されています。この曲、20年ぶりぐらいに聴いた。当時、あまり好きじゃなかったと思うのですが、久々に聴いて印象が大きく変わった。アルバム「Business as Usual」には大ヒッットシングルが2曲収録されていて、他の曲もシングル曲に負けないキャッチーで個性的なナンバー揃いです。
2024年12月03日

アリスのきんちゃん、シグナルの住出さん、そして滝ともはるさんの3人で結成した「SORISE」のライブに行ってきました。バンド名を「HUKURHO」から「SORISE」に変えて初めての大阪でのライブ。満席の会場、観客の熱量も凄くて盛り上がったライブでした。【セットリスト】1曲目「Montego Nights」(矢沢透ソロアルバム「バラエティ・ツアー」より)2曲目「HAPPINESS」3曲目「早く家に帰ろう」4曲目「今、僕は君に恋をする」5曲目「コーヒールンバ」(カバー曲)6曲目「Sunny」(カバー曲)7曲目「あたたかい涙」8曲目「Sentimental Morning」9曲目「うぶな女」10曲目「新曲」11曲目「冷たい火花」12曲目「君住む街角」(歌唱 きんちゃん)13曲目「今でも初恋」14曲目「追憶の雫」15曲目「十六夜の月」16曲目「もっともっと」17曲目「4月の魚」(「ALICE X」からのカバー)18曲目「DISCO メドレー」Kool & the Gang「celebration」Men At Work「Who Can It Be Now?」Buggles「Video Killed The Radio Star」Shocking Blue「Venus」Ruback「Gotta Get You Into My Life (Dee-Ay-Oh)」19曲目「僕らの世界は沢山のアイで出来ている」20曲目「愛をありがとう」アリスの「4月の魚」をライブで聴けてうれしかった。「ALICE X」からは「BURAI」しかアリスのライブでは演奏されなかった。「さよならDJ」はソロでは一度歌った事があったけど。「4月の魚」と「心の場所」は特にセットリストに入れて欲しいと思ってた曲なので聴けてよかった。「SORISE」になってからの新曲はどれも凄く気に入っています。早くCDで発売されるのを願っています。ディスコメドレーは圧巻でしたMen At Workの「Who Can It Be Now?」は凄く好きな曲だったのでメドレーに入っててうれしい。「Venus」はショッキング・ブルーよりもその曲をカバーした「Bananarama」のバージョンに近い感じでした。終演後はJR高槻駅すぐ近くのインド/ネパール料理の店に行った。昨年の「HUKURHO」のライブの後に初めて入った店で、中も広くて静かで、そして料理はどれも美味しかったので今回もそこに入った。ゆっくり静かに時間を過ごせて帰るのが遅くなった^^;かなりボリューミーなチーズナンも絶品。カレーは種類ごとにかなりスパイスの配合が違っててどれも美味しく作られています。神戸や大阪でもインド料理はよく食べに行くけど、自分の中でベスト5に入る店です。
2024年12月02日

1961年1月発売の森山加代子さんの大ヒットシングル。デビュー曲から洋楽のカバーを日本語歌詞と耳慣れない外国語の歌詞を混ぜたような楽曲を連続でリリースして大ヒットさせてました。デビュー曲「月影のナポリ」では「♪ティンタレラ ディ ルナ」で始まる。2ndシングル「メロンの気持ち」では「♪コラソン デメロン デメロン メロン メロン メロン メロン コラソン」で始まる。3rdシングル「月影のキューバ」では「♪お月様も片目つぶって ね プロントプロントプロント 笑ってた」という歌詞が入る。4枚目のシングルはクリスマスソングの「ジングルベル」でした。A面「じんじろげ」作詞 渡舟人さん 作曲 中村八大さん 編曲 高見弘さん「♪チンチクリンのツンツルテン マッカッカの オサンドン お宮にがんかけた 内緒にしことう〜〜〜」こんな歌詞で始まります。ここまでは意味はわからないけど日本語だと何となくわかる。この次からは完全意味不明になっていきます。「♪ジンジロゲヤ ジンジロゲ ドレ ドンガラカッカ ホウレツラッパのツウレツ マージョリン マージンガラ チョイチョイ ヒッカリコマタキ ワ〜イワイ ヒラミヤパミヤ チョイナダディーア ヒラミヤパミヤ チョイナダディーア チョイナダディーア チョイナダディーア ヒッカリコマタキ ワ〜イワイ ヒッカリコマタキ ワ〜イワイ」原曲がインド民謡に近いような事を何かで読んだ事あるけど、そう言われれば「ヒラミヤパミヤ チョイナダディーア」からはヒンディー語っぽいようにも思う。2コーラス目の歌詞は最初に日本語っぽい所だけ違っていて、あとは全て同じです。「♪ オッペケペのスッテンテン マックロケのジンジロベ お宮にがんかけた 内緒にしとこう〜」 歌詞の意味なんてわからなくても、メロディーとリズムとノリが良ければ売れるのを証明したような曲。日本人がイタリア語わからなくてもカンツォーネがブームになって大ヒットしたように、フランス語わからなくてもシャンソンをその流れるような言葉のリズムだけで好きになるようにブルータルデスやブラックメタル、グラインドコアなど英語が聴き取れない曲もある。デスボイスの中でもガテラル下水系は一つの単語すら楽曲の中で認知できない物もある。それでも言葉なんかじゃなくても怒りや哀しみや喪失感などが心の中に伝わってきて感情が湧き出る。この「じんじろげ」は自分は凄く好きな曲です。イントロからおしゃれで演奏もノリもカッコいい。このイントロ、凄く好きです!!森山加代子さんの歌い回しも最高で、意味不明な歌詞が立体的に意味のあるように聞こえてくる。かなり前に松任谷正隆さんと佐野史郎さんがラジオ番組で対談した時に松任谷さんは「じんじろげ」から音楽にハマったような事を語っていました。佐野史郎さんは「月影のナポリ」から音楽にハマったように話してた。森山加代子さんから影響を受けてた事をお互いが知って驚いてたように記憶してる。アウトロでのオルガンソロがまたカッコいい!すぐにF.O.されてしまうけど、このソロが松任谷正隆さんも気に入ってたのかも。B面「恋の汽車ポッポ」訳詞 ホセ・しばさきさん 作曲 ポール・アンカ 編曲 ダニー飯田さんポール・アンカのオリジナルとテンポもほぼ同じですが、ポール・アンカのバージョンはブラスセクションがかなり前に出て、それが楽曲をより盛り上げてる。森山さんのバージョンではサックスやトランペットのパートを男性コーラスの歌になっています。これはこれで良いのですが、やはりブラスセクションが歌に絡んでくる感じの方が最高。この曲はビッグバンドが派手に演奏する方が楽曲に合ってると思う。
2024年12月01日
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