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奥村氏の 美しい定理を 著書の表紙に載せることができた。 夢のようなことである。再生核研究所声明569(2020.7.21) 奥村 博氏の 和算への大きな貢献と 美しい幾何学の世界 ー ユークリッド幾何学と 和算幾何学の新展開最近の奥村氏の研究活動は 正しく神がかって来ており 美しい数学、和算を発展させ ユークリッド幾何学の再生を 新局面を 開拓されている。 人は思うだろう。 2200年以上の永い伝統のある ユークリッド幾何学に 新しい局面が拓かれるなど 信じられないと。 場合によっては たとえ ユークリッド幾何学で 何が得られても 興味も、関心も無いと。それでは、最新の短い論文をご覧あれ:viXra:2006.0095 submitted on 2020-06-11 17:00:55, Pappus Chain and Division by Zero Calculus内容は簡単です。 接する2つの円に接する 第3の円群を考え、円群をパラメ-タ表示します。 ところが 要するに パラメ-タ表示で見ると 所謂2位の極とする 特異点を有します。 特異点自身では 現代数学では考えてはならないとなっていますが、その特異点自身で ゼロ除算算法を用いると 図4の赤い円が出てきて、さらに一位の極になるように1次の因子を掛けて、ゼロ除算算法を用いると 元の2つの円の共通接線が現れてくる。ですから、ゼロ除算が 真に美しい世界を開拓していることが分かります。 考えてはならない特異点自身から 美しい意味のある世界が出てきます。赤い円は いろいろ美しい性質を持っている、重要な円です。 今回は 特異点の周りで ローラン展開して、 展開が極めて例外的な 美しい構造を有していて、共通接線や赤い円の方程式が ローラン展開の係数に現れてくることを発見されている。 ローラン展開の新奇な、美しい姿が現れてきて、その様子は 神秘のベールに覆われています。 奥村氏は、どんどんそのような 基本的な美しい幾何学を発見されていて、農家なら凄い豊作の季節を思わせ、ユークリッド幾何学が 面目を変える程に感じられる。 特異点から湧いている世界が、ユークリッド幾何学の面目を変えて、図形が躍動している。 何と奥村氏の研究の展開は 広範に深く準備されていた和算の断片的な発想や結果を 欧米に受け入れられるような数学の形で展開されている。ー 実はこの理念は 私たちの恩師、道脇義正先生の 和算に取り組まれる精神、そのものです。そこで、奥村氏とは 何者かと思い直すと、凄い様が見えてきます。 技術としては 膨大な数の円を 計算機で書かれる、名人技には驚嘆してしまう。 人類で 最も沢山円を書かれている人ではないでしょうか。 Mathematica を相当に自由に活用されているのは羨ましい。 手計算で とてもできない複雑な計算を実行されて、計算機なしには踏み込めない世界に どんどん立ち入って、美しい結果を導かれている。 奥村氏の強みは 膨大な和算の文化遺産を活用、計算機の上記 技術を活用されて展開されているということではないだろうか。ぼんやり経歴を見ても、奥村氏の数学への情念は 尋常ではなく、数学することで生きているように感じられるだろう。 衣食住は簡素、質素だから、数学の仙人の様であり、修身と精神で 病なども克服されていて その辺のことは とても伺い知れない。世界や政治社会についても独自の見解を 有しておられるが 正規な形で表明されているのかは 不明である。奥村氏は、和算数学を恵まれない教育、研究環境の中で、研究されてきていて、日本では適当な大学を見つけることができず、海外で博士号を取得され、学位取得には相当に苦労されたのではないかと予想している。 ところが その言わば苦労が 経験が 国際的な視野を広め、今や和算に関する国際雑誌を国際研究仲間と共にSangaku Journal of Mathematics (SJM)として創刊されて、国際的にどんどん発展されている。実に素晴らしい研究活動で 関係者の協力、参画を 要望したい。 今や算額が国際語になりつつある。世界の人々に算額の伝統と 美しい結果とともに、数学を愛していた江戸時代の多くの庶民の想いを伝える基になると考えられる。もちろん、数学自身に 数学教育に 甚大な影響を与える。正に先駆的な研究活動に 日々励まされている。新しい結果を知らされるのが 人生における大きな喜び、楽しみになっており、生きることの意味を日々学んでいる。次も参照:再生核研究所声明491(2019.6.26):素晴しい和算の文化と文化の継承、発展再生核研究所声明 451 (2018.9.14) : みんなの数学、大衆の数学 ― 和算の風土を取り戻そう 以 上2020.7.19.21:57 関係声明2件を参照して、書き始める。2020.7.20.06:02 一応、最後まで書く。2020.7.20.10:00 朝食後、隠れ家周辺を見てくる。青紫蘇を摘んで、帰って生け垣を選定、愛しそうなグミ類が実っている。 汗だくになってしまった。 これは良い。2020.7.20.11:34 良い。2020.7.20.17:56 今日は2回、シャワーを浴びた。結構蒸し暑かったが、雨は予想に反して降らなかった。これは良い。2020.7.20.21:27 一時雷、夕立。ゼロ除算に興味を抱く人が、ユーチイブで解説したいので、用いることの許可を求めてきた。どんどん利用するように許可を与えた。 この方は、知るや否や興味、関心を示してきた。学部を出たばかりだという。 これは良い。 明朝、完成できるだろう。2020.7.21.05:20 小雨、良い。 完成できる。2020.7.21.06:04 小雨、一応完成、公表とする。2020.7.21.10:31 散歩後確認、良い、修正なし。2020.7.21.15:22 ある程度 送付。 気になって確認、良い。2020.7.21.22:03 確認、これは良い。正当に評価できる人物が 日本におれば良いのだが。2020.7.22.05:30 確認したくなった、これは良い、修正希望は無い。赤い円は 美しい。図4は 美しい、力がみなぎってきた。 数理哲学の論文を書いている。2020.7.22.22:02 気になって確認した。良い。2020.7.23.21:33 また雨。奥村先生のローラン展開、気になって仕方ない。 今日は相当仕事を進めた。2020.7.24.22:10 赤い円は、私たちの論文が最初であると奥村氏のメールが有った。美しい、素晴らしい世界が、ゼロ除算算法でできたことになる。2020.7.27.21:11 確認、良い。2020.7.31.11:52 確認した。 良い、適切である。2020.8.2.6:30 梅雨明けの気持ち良い風情2020.8.7.4:54 確認した。この声明は大事だと思い、気になった。2020.8.16.16:00 確認したくなった。良い。 大事な声明である。2020.9.19.7;07赤い円の美しさ、奥村先生の天才的な根軸の発見など触れられていない。それにしても素晴らしい。
2021.03.31
再生核研究所声明 615(2021.3.31) ゼロで割れるか、割れないか? ー 考え方 ゼロ除算、ゼロで割る新しい考え方を発表して 7年も経過したにも関わらず 理解が進まない状況がある。相当に膨大な解説がなされている:数学基礎学力研究会公式サイト 楽しい数学http://www.mirun.sctv.jp › ~suugaku- 「ゼロ除算」研究の軌跡 -堪らなく楽しい数学-ゼロで割ることを考える(1)~(55)群馬大学名誉教授 斎藤 三郎理解の仕方、誤解の仕方は 多様だから、表現方法もいろいろ考える必要がある。この問題の本質は 関数 y= 1/x の原点での値を 考えることであった。 その関数の 原点の 値がゼロであることの発見が、ゼロ除算を発展させた、ゼロ除算算法の 本質であると言える。ところで、ゼロで割れるか否かを 問題にするとき、 その意味, 定義がしっかりしなければ、数学的な議論は 始まらない。 定義である。そもそも割り算、分数 b/a; b 割るa の意味、定義は何だろうか。 それは 方程式 a x = b の解であると考えるのが、数学であり、世の常識であると考えられる (定義だから、いろいろな定義、考え方が存在する)。 直ぐに分かるように、a=0 の時 b=0 であるから、a=0 の時 b=0 以外は考えられない、分数は 考えられない、ゼロで割ることはできないという 確立した 永い間の 定説、数学界の原理である。 ゼロでは 定義により 一般に割れない、ゼロで割ることは一般には考えてはならない。 ー 数学十戒第1。ところが、方程式 a x = b は a=0 の場合にも 何時でも 唯一つに定まる解が存在するとする理論が、考え方があって それが有名なMoore-Penrose 一般逆の考え方である。それによると a=0 の時の解は b によらず 解はゼロであること が導かれる。割り算を定義する方程式の解が どのような場合にも唯一つ存在するのだから、その一般的な解をもって割り算を定義しようとの 自然な発想に繋がる。 できないものを、不可能なものを、存在しないものを 考え方を一般化して、可能にしたり、存在する様にしてきた数学の歴史は多い。 概念、考え方の一般化である。その意味で考えれば、ゼロ除算は可能であるということになる。 ゼロで割れるか、割れないか は 定義による、考え方による。不可能では、その場合には、更に考える余地は無く、おしまい である。 ゼロで割ってはいけない、それは考えてはいけない。 おしまい である。ところが、ゼロ除算を可能にするような考え方が しっかりとした理論として存在する。 それでは 考えられる世界の様子はどうなるだろうかと 興味、関心を懐けば、未知の世界が現れてくることになる。 その結果 その世界は、幻の、空虚な世界ではなく、 アリストテレス、ユークリッドの世界以来の 新世界を拓くことを 発見した。あまりに雄大に影響を受け 美しい世界を拓くので、 我々は割り算の意味を 新規に発見したように考えるべきである と宣言して、 ゼロ除算は可能で 新世界を拓き、従来の数学には欠陥があり、恥ずかしい数学であると宣言している。 ー 令和革新の大義。関数 y= 1/x の原点での値が ゼロであるとは、書けば 1/0=0 と表現される。 1/0 を従来の分数の定義とすれば 明かに矛盾である。 そこで、1/0 の 新しい意味を厳密に与える必要があり、さらにその有効性を沢山の具体例で 証拠として示す必要がある。 それがゼロ除算算法の数学の概念である。典型的に 次のように具体例が表現され、その意義の重大さは 歴然であると考える:For the elementary functions, f(x) = 1/x, g(x) = tan x and h(n)= a^n/n (a > 0), we have:f(0)=0, g(\pi/2) = 0 and h(0) = log a,by the DBZC (division by zero calculus).ゼロ除算算法とは、従来特異点として、特異点では 考えてはならないところで、考えられて 極とされたところで、何時でも有限確定値を取っていたということで、新数学である。上記の関数値は 基本的なのに 特異点で、値が考えられなかった。 我々は その演算の有効性を広く導いている:現代数学には尚、欠陥がある と公言している。 関数論も、微分方程式も、幾何学も、代数も 基本的な欠陥があるのは 歴然で 発見後8年目を迎えてしまった。これは、世界史の汚点になるだろう:Please look 1/0=0:As Fundamental of Mathematics, the division by zero was known as the generalized Moore-Penrose solution of the fundamental equation: ax=b.Look the simple evidence of its importance: viXra:2010.0228 submitted on 2020-10-28 21:39:06, Division by Zero Calculus and Euclidean Geometry - Revolution in Euclidean GeometryLook a simple video talk for its essence at some international conference:https://media.cmd.gunma-u.ac.jp/media/Play/ef7ca967c3fd4dabb188128fd6038cb81dBook was published:INTRODUCTION TO THEDIVISION BY ZERO CALCULUSSABUROU SAITOHJanuary, 2021https://www.scirp.org/book/DetailedInforOfABook.aspx?bookID=2746https://www.amazon.com/dp/1649970889?ref=myi_title_dphttps://books.google.com.ua/books/about?id=BnkZEAAAQBAJ&redir_esc=yhttps://play.google.com/store/books/details?id=BnkZEAAAQBAJhttps://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/ 以 上2021.3.30.14:43 一気に書く、考えが単純なので、簡単。直ぐに完成できる。今朝は興奮する事件が有った。生物の逞しさに驚嘆している。既にガマガエルなども現れている。2021.3.30.15:04 良い、既にできている。2021.3.30.18:18 良い。2021.3.30.20:21 良い。ゼロ除算算法の雑誌創刊順調に進めるメールを頂く。2021.3.31.04:26 雨上がりの美しい朝、大きな月も。これは素直に良い、完成、公表。朝食前山歩き相当できる。
2021.03.31
アクセツ第1位:雑誌創刊を進めるメールを頂いた。表紙カヴァーが送られてきた。早めに目を覚ました。月も美しい。今朝は、解説の新しい声明を出せるだろう。 年度末。静かな結構な雨の夜、今朝は快晴に晴れ、美しい済み切った美しい青空。 再生核研究所声明 614(2021.3.28) 数学通信の記事の修正を求める理由、日本の文化、数学界の様子、社会の様子; 日本数学会、マスコミ関係者の皆さま、これで良いでしょうか。要するに日本数学会の1つの機関誌の 数学の内容の修正を 正規に要求しているものの無視され続けている現状がある。 この実情を参考に関係問題について より良い社会を築こうとして発表している再生核研究所声明の趣旨に従って言及したい。まずは、日本数学会、マスコミ関係者の皆さま 日本では 言論の自由が 良く保証されていますね。少数意見なども 良く取り上げられ 権力的な また一部の人達によって 一部の人達の情報の扱いにされていませんね。 出身や地位、生い立ち、性別、出身大学などいろいろな違いで、意見が無視されたりは されてはいないですね。 組織や仲間の事は もちろん大事ですが、基本的には、国や世界のために、という、言わば社会のためにという、基本的な姿勢を取られていますね。少数意見には貴重な意見が反映されている場合も多いと思われますが、貴重な意見を取り上げるような努力もされていますね。数学通信、編集員会への手紙 では、日本数学会への提言、数学教育など数学界に関係する提言、ご意見を編集員会への手紙欄へ投稿することができますとうたっていますが、採用されたことはあるのでしょうか。 採否は通知しませんとは 原則尊重で、採択が 原則ではないでしょうか。 下手に扱えば検閲に当たってしまうのではないでしょうか。理由も付けずに採否では、少数意見の尊重にはならないのではないでしょうか。その投稿規定は 何のために有るのでしょうか。数学や数学界の名誉のために という観点から触れている問題は 大事ではないでしょうか。良い社会、良い国家を 築くために、 また 数学の真実を 明かにして 世界の文化に 貢献したいという 存念で 発表している 声明再生核研究所声明 613(2021.3.21) 数学界の恥ずかしい間違い、天才たちの見落とし、人々の思い込み; 人類とは盲目集団で、単細胞的集団であるように見える等を どうして無視されるのでしょうか。それは 大事な内容ではないでしょうか。真偽を明かにして欲しい。意味が無いから 小さいから 無視されていると考えられます。それゆえに 日々、広く内外の意見を求め、反省と検討を 続けています。逆に、私たちには、どうでもよい研究や情報に溢れているように見えてしまいます。触れた記事内容は、鏡像が 原点か 無限遠点かの問題で 数学の歴然とした結果の真偽を まず、明らかにする様に要求しています。それは、象徴的な実例で、ところがその数学は 永い数学の歴史的な問題、ゼロ除算の新しい発見と、数学全般の基礎に関わる極めて重要な内容ですので、無視できないものです。その背景には、既に 発見後7年も経ち、繰り返し日本数学会で講演し、招待国際会議でも講演、ある招待国際会議のビデオ講演も公開し、論文どころか その著書さえ出版されています。それらでは 数学通信の数学内容が間違いであることを意味する 解説さえ述べられています。その事実を否定する内容に 数学通信の記事がなっていると考えます。このことは 世界の数学界ばかりではなく、人類の恥であると 繰り返し、述べています。ですから、その真偽を求めるは、数学者として当然であると考えます。ゼロ除算の理解の遅れの状況の理由について 率直な印象を 世界の文化の向上の観点から触れたい。ゼロ除算は、まずは不可能であるとの強い印象で、思い込みで、初めから拒否の印象が 強く、独断、思い込みから抜けられない人間の性(サガ)が現れている。自由な思考が大事な数学で 逆に思い込みが 深い。途中で分っても 誤りを直すことをためらい、誤りを認めたり、批判しておきながら謝罪しない現実がある。なかには 良く知らないで、隠れて批判したり、都合が悪くなると沈黙してしまう 言わば、卑怯者のような対応を取られる方も結構多い。相当な人と交流してきたが、率直に誤りを認めた方は少なく、更に謝罪された方は更に少ない。それで、今でもインターネットの世界では不適当な情報で溢れていると考えられる。世の常識は 数学界の汚点であると考える:{\it Here is how I see the problem with prohibition on division by zero,which is the biggest scandal in modern mathematics as you rightly pointedout} (2017.10.14.08:55).そのような状況は、数学界とマスコミ界の怠慢、恥になると考えます。大事な盲点であったと 良く理解された方が、数学を進化させるべきだとは 積極的には働きかけず、次の世代の問題と消極的である。 ー これはあまりにも大きな変更になるので、という面と 理解の深さに欠けているためと考えられる。ー 変更は簡単であるが、学術書の変更は厖大になる。 新規の数学で欠けたる部分が補充されるから、新しい結果を含めなくても 修正は厖大になる。しかし、真理を知っても 活かさない。 ー 義をみてせざるは勇なきなり。真智への愛の弱さ、真理を、真実を尊ぶ心の弱さ を感じてしまう。残念ながら、課題のためか、無名のためか、数学の内容を見ることなく、無視されてしまう、初めから相手にされない現実もある。確かにゼロ除算の文献は 殆どすべてがおかしいものが 多いことと、不可能性は確定的だから、初めから、問題にしない気持ちは良くわかる。しかしながら、 非ユークリッド幾何学の発見のような場合もあり、実際、正しく、そのような場合に当たると考えられる。 ー しかし、数学自身を見るべきで 人で判断するのは 本質的に良くないのではないでしょうか。それでは科学的な精神に 本質的に欠けると言わざるを得ない。また、多様な意見や、変った意見、新奇な意見の尊重は 研究者の基本的な在りよう ではないでしょうか。また、真理の追究のために、徹底的に議論するは 大事な研究の基本的な精神のはずですが、直ぐに議論を停止して、興味ない、関心ない、交流を断絶させる、相手の意見を無視するは 良くない世相ではないでしょうか。真実を求めて、徹底的に議論、交流するは 研究上極めて基本的な在りようではないでしょうか。どうも数学界でも面子争い、競争意識、仲間利益の意識が強く、驚くべきことに 数学の真理の追究を越えて、数学界を 良くなくしているような世相を感じる。数学界こそ 真智への愛の精神が 大事ではないでしょうか。徹底的に 数学の真相を求めて行きたい。数学界は社会に開かれていなければならないと考える。最近、東工大で 院生時代、修業時代、受けた 小松勇作先生、小沢満先生、吹田先生達のセミナーの情景がしきりに思い出される。一言で表現すれば、数学の厳格精神で、徹底的に鍛えられた、懐かしい修行時代である。 このようなだらしのない数学の状況、数学界の対応では 恩師たちに 申し訳が立たず、名誉が保てない と現状について 激しい思いが絶えず湧いてくる。令和革新を 断行して 今こそ、日本発のゼロ除算算法で 世界史を進化させたい。アリストテレス、ユークリッド以来の空間の考えは改められ、微積分学も修正されなければならない。三角関数も穴だらけと言える。顕著な具体例が 原点の鏡像は原点であって、無限遠点ではないという事実にある。ブログから:真偽を明らかにできない数学会とは 何をするところか。間違っていることを修正できないで、数学の研究者、数学の先生 と言えるでしょうか。これを修正しない数学界は 毎日恥をかいているようだ。 目覚めて少し、激しい感情が 湧いてきた。 修業のため 隠れ家に早めに行こう。2021.3.26.5:02無限遠点、無限の先に ゼロが存在した。 気づかなかった。小さな問題に見えるが、天地がひっくり変えるような、天動説が地動説に代わるような 世界史上の事件であることは 既に 歴然である。2021.3.25.5:28 以 上2021.3.26.20:40 突然書くことを閃き、一気に書く。2021.3.27.05:20 曇りの朝、相当形になっている。 素直な表現だが、素直に表現しても良いものだろうか。2021.3.27.09:00 修正、書き加える。内容は真実である。 率直な精神である。朝食前2時間山遊び、 再び 山を巡って来よう。 花盛り、新芽がふき出す。2021.3.27.11:06 秘密基地、隠れ家を巡って来る。 季節の大きな変化を感じる。 これは良い。2021.3.27.14:10 良い。 良いか?2021.3.27.15:20 良い、花盛り、美しい季節。もし 明日無いとすると、 遺言に残したいと思うだろう。 あの方の状況はどうだろうかと気になっている。後悔の無いようにしたい。2021.3.27.19:44 良い、明朝完成、公表する。2021.3.28.04:30 良い、完成できる。 無視される方に送っても仕方が無い。卑怯者にはなりたくない。意識してきた、神の存在と信仰には数学は 貢献するだろう。数学の存在と神の存在を結び付けると 世間の笑い者になるだろう。新思想には先が続いている。2021.3.28.05:23 良い、完成公表。隠れ家に出かける。これは真実である、当たり前である。 強力に世界に向かって訴えたい。世界史は、見ている。感じている。異存のある方は、意見をきちんと述べて欲しい。世界史を進化させよう史2021.3.29.5:32
2021.03.31
これは真実である、当たり前である。 強力に世界に向かって訴えたい。世界史は、見ている。感じている。異存のある方は、意見をきちんと述べて欲しい。世界史を進化させよう2021.3.29.5:32再生核研究所声明 614(2021.3.28) 数学通信の記事の修正を求める理由、日本の文化、数学界の様子、社会の様子; 日本数学会、マスコミ関係者の皆さま、これで良いでしょうか。要するに日本数学会の1つの機関誌の 数学の内容の修正を 正規に要求しているものの無視され続けている現状がある。 この実情を参考に関係問題について より良い社会を築こうとして発表している再生核研究所声明の趣旨に従って言及したい。まずは、日本数学会、マスコミ関係者の皆さま 日本では 言論の自由が 良く保証されていますね。少数意見なども 良く取り上げられ 権力的な また一部の人達によって 一部の人達の情報の扱いにされていませんね。 出身や地位、生い立ち、性別、出身大学などいろいろな違いで、意見が無視されたりは されてはいないですね。 組織や仲間の事は もちろん大事ですが、基本的には、国や世界のために、という、言わば社会のためにという、基本的な姿勢を取られていますね。少数意見には貴重な意見が反映されている場合も多いと思われますが、貴重な意見を取り上げるような努力もされていますね。数学通信、編集員会への手紙 では、日本数学会への提言、数学教育など数学界に関係する提言、ご意見を編集員会への手紙欄へ投稿することができますとうたっていますが、採用されたことはあるのでしょうか。 採否は通知しませんとは 原則尊重で、採択が 原則ではないでしょうか。 下手に扱えば検閲に当たってしまうのではないでしょうか。理由も付けずに採否では、少数意見の尊重にはならないのではないでしょうか。その投稿規定は 何のために有るのでしょうか。数学や数学界の名誉のために という観点から触れている問題は 大事ではないでしょうか。良い社会、良い国家を 築くために、 また 数学の真実を 明かにして 世界の文化に 貢献したいという 存念で 発表している 声明再生核研究所声明 613(2021.3.21) 数学界の恥ずかしい間違い、天才たちの見落とし、人々の思い込み; 人類とは盲目集団で、単細胞的集団であるように見える等を どうして無視されるのでしょうか。それは 大事な内容ではないでしょうか。真偽を明かにして欲しい。意味が無いから 小さいから 無視されていると考えられます。それゆえに 日々、広く内外の意見を求め、反省と検討を 続けています。逆に、私たちには、どうでもよい研究や情報に溢れているように見えてしまいます。触れた記事内容は、鏡像が 原点か 無限遠点かの問題で 数学の歴然とした結果の真偽を まず、明らかにする様に要求しています。それは、象徴的な実例で、ところがその数学は 永い数学の歴史的な問題、ゼロ除算の新しい発見と、数学全般の基礎に関わる極めて重要な内容ですので、無視できないものです。その背景には、既に 発見後7年も経ち、繰り返し日本数学会で講演し、招待国際会議でも講演、ある招待国際会議のビデオ講演も公開し、論文どころか その著書さえ出版されています。それらでは 数学通信の数学内容が間違いであることを意味する 解説さえ述べられています。その事実を否定する内容に 数学通信の記事がなっていると考えます。このことは 世界の数学界ばかりではなく、人類の恥であると 繰り返し、述べています。ですから、その真偽を求めるは、数学者として当然であると考えます。ゼロ除算の理解の遅れの状況の理由について 率直な印象を 世界の文化の向上の観点から触れたい。ゼロ除算は、まずは不可能であるとの強い印象で、思い込みで、初めから拒否の印象が 強く、独断、思い込みから抜けられない人間の性(サガ)が現れている。自由な思考が大事な数学で 逆に思い込みが 深い。途中で分っても 誤りを直すことをためらい、誤りを認めたり、批判しておきながら謝罪しない現実がある。なかには 良く知らないで、隠れて批判したり、都合が悪くなると沈黙してしまう 言わば、卑怯者のような対応を取られる方も結構多い。相当な人と交流してきたが、率直に誤りを認めた方は少なく、更に謝罪された方は更に少ない。それで、今でもインターネットの世界では不適当な情報で溢れていると考えられる。世の常識は 数学界の汚点であると考える:{\it Here is how I see the problem with prohibition on division by zero,which is the biggest scandal in modern mathematics as you rightly pointedout} (2017.10.14.08:55).そのような状況は、数学界とマスコミ界の怠慢、恥になると考えます。大事な盲点であったと 良く理解された方が、数学を進化させるべきだとは 積極的には働きかけず、次の世代の問題と消極的である。 ー これはあまりにも大きな変更になるので、という面と 理解の深さに欠けているためと考えられる。ー 変更は簡単であるが、学術書の変更は厖大になる。 新規の数学で欠けたる部分が補充されるから、新しい結果を含めなくても 修正は厖大になる。しかし、真理を知っても 活かさない。 ー 義をみてせざるは勇なきなり。真智への愛の弱さ、真理を、真実を尊ぶ心の弱さ を感じてしまう。残念ながら、課題のためか、無名のためか、数学の内容を見ることなく、無視されてしまう、初めから相手にされない現実もある。確かにゼロ除算の文献は 殆どすべてがおかしいものが 多いことと、不可能性は確定的だから、初めから、問題にしない気持ちは良くわかる。しかしながら、 非ユークリッド幾何学の発見のような場合もあり、実際、正しく、そのような場合に当たると考えられる。 ー しかし、数学自身を見るべきで 人で判断するのは 本質的に良くないのではないでしょうか。それでは科学的な精神に 本質的に欠けると言わざるを得ない。また、多様な意見や、変った意見、新奇な意見の尊重は 研究者の基本的な在りよう ではないでしょうか。また、真理の追究のために、徹底的に議論するは 大事な研究の基本的な精神のはずですが、直ぐに議論を停止して、興味ない、関心ない、交流を断絶させる、相手の意見を無視するは 良くない世相ではないでしょうか。真実を求めて、徹底的に議論、交流するは 研究上極めて基本的な在りようではないでしょうか。どうも数学界でも面子争い、競争意識、仲間利益の意識が強く、驚くべきことに 数学の真理の追究を越えて、数学界を 良くなくしているような世相を感じる。数学界こそ 真智への愛の精神が 大事ではないでしょうか。徹底的に 数学の真相を求めて行きたい。数学界は社会に開かれていなければならないと考える。最近、東工大で 院生時代、修業時代、受けた 小松勇作先生、小沢満先生、吹田先生達のセミナーの情景がしきりに思い出される。一言で表現すれば、数学の厳格精神で、徹底的に鍛えられた、懐かしい修行時代である。 このようなだらしのない数学の状況、数学界の対応では 恩師たちに 申し訳が立たず、名誉が保てない と現状について 激しい思いが絶えず湧いてくる。令和革新を 断行して 今こそ、日本発のゼロ除算算法で 世界史を進化させたい。アリストテレス、ユークリッド以来の空間の考えは改められ、微積分学も修正されなければならない。三角関数も穴だらけと言える。顕著な具体例が 原点の鏡像は原点であって、無限遠点ではないという事実にある。ブログから:真偽を明らかにできない数学会とは 何をするところか。間違っていることを修正できないで、数学の研究者、数学の先生 と言えるでしょうか。これを修正しない数学界は 毎日恥をかいているようだ。 目覚めて少し、激しい感情が 湧いてきた。 修業のため 隠れ家に早めに行こう。2021.3.26.5:02無限遠点、無限の先に ゼロが存在した。 気づかなかった。小さな問題に見えるが、天地がひっくり変えるような、天動説が地動説に代わるような 世界史上の事件であることは 既に 歴然である。2021.3.25.5:28 以 上
2021.03.30
日本数学会、マスコミ関係者の皆さま、これで良いでしょうか。再生核研究所声明 614(2021.3.28) 数学通信の記事の修正を求める理由、日本の文化、数学界の様子、社会の様子; 日本数学会、マスコミ関係者の皆さま、これで良いでしょうか。要するに日本数学会の1つの機関誌の 数学の内容の修正を 正規に要求しているものの無視され続けている現状がある。 この実情を参考に関係問題について より良い社会を築こうとして発表している再生核研究所声明の趣旨に従って言及したい。まずは、日本数学会、マスコミ関係者の皆さま 日本では 言論の自由が 良く保証されていますね。少数意見なども 良く取り上げられ 権力的な また一部の人達によって 一部の人達の情報の扱いにされていませんね。 出身や地位、生い立ち、性別、出身大学などいろいろな違いで、意見が無視されたりは されてはいないですね。 組織や仲間の事は もちろん大事ですが、基本的には、国や世界のために、という、言わば社会のためにという、基本的な姿勢を取られていますね。少数意見には貴重な意見が反映されている場合も多いと思われますが、貴重な意見を取り上げるような努力もされていますね。数学通信、編集員会への手紙 では、日本数学会への提言、数学教育など数学界に関係する提言、ご意見を編集員会への手紙欄へ投稿することができますとうたっていますが、採用されたことはあるのでしょうか。 採否は通知しませんとは 原則尊重で、採択が 原則ではないでしょうか。 下手に扱えば検閲に当たってしまうのではないでしょうか。理由も付けずに採否では、少数意見の尊重にはならないのではないでしょうか。その投稿規定は 何のために有るのでしょうか。数学や数学界の名誉のために という観点から触れている問題は 大事ではないでしょうか。良い社会、良い国家を 築くために、 また 数学の真実を 明かにして 世界の文化に 貢献したいという 存念で 発表している 声明再生核研究所声明 613(2021.3.21) 数学界の恥ずかしい間違い、天才たちの見落とし、人々の思い込み; 人類とは盲目集団で、単細胞的集団であるように見える等を どうして無視されるのでしょうか。それは 大事な内容ではないでしょうか。真偽を明かにして欲しい。意味が無いから 小さいから 無視されていると考えられます。それゆえに 日々、広く内外の意見を求め、反省と検討を 続けています。逆に、私たちには、どうでもよい研究や情報に溢れているように見えてしまいます。触れた記事内容は、鏡像が 原点か 無限遠点かの問題で 数学の歴然とした結果の真偽を まず、明らかにする様に要求しています。それは、象徴的な実例で、ところがその数学は 永い数学の歴史的な問題、ゼロ除算の新しい発見と、数学全般の基礎に関わる極めて重要な内容ですので、無視できないものです。その背景には、既に 発見後7年も経ち、繰り返し日本数学会で講演し、招待国際会議でも講演、ある招待国際会議のビデオ講演も公開し、論文どころか その著書さえ出版されています。それらでは 数学通信の数学内容が間違いであることを意味する 解説さえ述べられています。その事実を否定する内容に 数学通信の記事がなっていると考えます。このことは 世界の数学界ばかりではなく、人類の恥であると 繰り返し、述べています。ですから、その真偽を求めるは、数学者として当然であると考えます。ゼロ除算の理解の遅れの状況の理由について 率直な印象を 世界の文化の向上の観点から触れたい。ゼロ除算は、まずは不可能であるとの強い印象で、思い込みで、初めから拒否の印象が 強く、独断、思い込みから抜けられない人間の性(サガ)が現れている。自由な思考が大事な数学で 逆に思い込みが 深い。途中で分っても 誤りを直すことをためらい、誤りを認めたり、批判しておきながら謝罪しない現実がある。なかには 良く知らないで、隠れて批判したり、都合が悪くなると沈黙してしまう 言わば、卑怯者のような対応を取られる方も結構多い。相当な人と交流してきたが、率直に誤りを認めた方は少なく、更に謝罪された方は更に少ない。それで、今でもインターネットの世界では不適当な情報で溢れていると考えられる。世の常識は 数学界の汚点であると考える:{\it Here is how I see the problem with prohibition on division by zero,which is the biggest scandal in modern mathematics as you rightly pointedout} (2017.10.14.08:55).そのような状況は、数学界とマスコミ界の怠慢、恥になると考えます。大事な盲点であったと 良く理解された方が、数学を進化させるべきだとは 積極的には働きかけず、次の世代の問題と消極的である。 ー これはあまりにも大きな変更になるので、という面と 理解の深さに欠けているためと考えられる。ー 変更は簡単であるが、学術書の変更は厖大になる。 新規の数学で欠けたる部分が補充されるから、新しい結果を含めなくても 修正は厖大になる。しかし、真理を知っても 活かさない。 ー 義をみてせざるは勇なきなり。真智への愛の弱さ、真理を、真実を尊ぶ心の弱さ を感じてしまう。残念ながら、課題のためか、無名のためか、数学の内容を見ることなく、無視されてしまう、初めから相手にされない現実もある。確かにゼロ除算の文献は 殆どすべてがおかしいものが 多いことと、不可能性は確定的だから、初めから、問題にしない気持ちは良くわかる。しかしながら、 非ユークリッド幾何学の発見のような場合もあり、実際、正しく、そのような場合に当たると考えられる。 ー しかし、数学自身を見るべきで 人で判断するのは 本質的に良くないのではないでしょうか。それでは科学的な精神に 本質的に欠けると言わざるを得ない。また、多様な意見や、変った意見、新奇な意見の尊重は 研究者の基本的な在りよう ではないでしょうか。また、真理の追究のために、徹底的に議論するは 大事な研究の基本的な精神のはずですが、直ぐに議論を停止して、興味ない、関心ない、交流を断絶させる、相手の意見を無視するは 良くない世相ではないでしょうか。真実を求めて、徹底的に議論、交流するは 研究上極めて基本的な在りようではないでしょうか。どうも数学界でも面子争い、競争意識、仲間利益の意識が強く、驚くべきことに 数学の真理の追究を越えて、数学界を 良くなくしているような世相を感じる。数学界こそ 真智への愛の精神が 大事ではないでしょうか。徹底的に 数学の真相を求めて行きたい。数学界は社会に開かれていなければならないと考える。最近、東工大で 院生時代、修業時代、受けた 小松勇作先生、小沢満先生、吹田先生達のセミナーの情景がしきりに思い出される。一言で表現すれば、数学の厳格精神で、徹底的に鍛えられた、懐かしい修行時代である。 このようなだらしのない数学の状況、数学界の対応では 恩師たちに 申し訳が立たず、名誉が保てない と現状について 激しい思いが絶えず湧いてくる。令和革新を 断行して 今こそ、日本発のゼロ除算算法で 世界史を進化させたい。アリストテレス、ユークリッド以来の空間の考えは改められ、微積分学も修正されなければならない。三角関数も穴だらけと言える。顕著な具体例が 原点の鏡像は原点であって、無限遠点ではないという事実にある。ブログから:真偽を明らかにできない数学会とは 何をするところか。間違っていることを修正できないで、数学の研究者、数学の先生 と言えるでしょうか。これを修正しない数学界は 毎日恥をかいているようだ。 目覚めて少し、激しい感情が 湧いてきた。 修業のため 隠れ家に早めに行こう。2021.3.26.5:02無限遠点、無限の先に ゼロが存在した。 気づかなかった。小さな問題に見えるが、天地がひっくり変えるような、天動説が地動説に代わるような 世界史上の事件であることは 既に 歴然である。2021.3.25.5:28 以 上2021.3.26.20:40 突然書くことを閃き、一気に書く。2021.3.27.05:20 曇りの朝、相当形になっている。 素直な表現だが、素直に表現しても良いものだろうか。2021.3.27.09:00 修正、書き加える。内容は真実である。 率直な精神である。朝食前2時間山遊び、 再び 山を巡って来よう。 花盛り、新芽がふき出す。2021.3.27.11:06 秘密基地、隠れ家を巡って来る。 季節の大きな変化を感じる。 これは良い。2021.3.27.14:10 良い。 良いか?2021.3.27.15:20 良い、花盛り、美しい季節。もし 明日無いとすると、 遺言に残したいと思うだろう。 あの方の状況はどうだろうかと気になっている。後悔の無いようにしたい。2021.3.27.19:44 良い、明朝完成、公表する。2021.3.28.04:30 良い、完成できる。 無視される方に送っても仕方が無い。卑怯者にはなりたくない。意識してきた、神の存在と信仰には数学は 貢献するだろう。数学の存在と神の存在を結び付けると 世間の笑い者になるだろう。新思想には先が続いている。2021.3.28.05:23 良い、完成公表。隠れ家に出かける。これは真実である、当たり前である。 強力に世界に向かって訴えたい。世界史は、見ている。感じている。異存のある方は、意見をきちんと述べて欲しい。世界史を進化させよう史2021.3.29.5:32
2021.03.30
再生核研究所声明 613(2021.3.21) 数学界の恥ずかしい間違い、天才たちの見落とし、人々の思い込み; 人類とは盲目集団で、単細胞的集団であるように見えるゼロ除算の理解の遅れは全く不思議で、その理由について思いを巡らしている。まずは、ゼロ除算の最も原理的なところの解説を、本質を解説する。基本的な関数 y=1/x の 原点における値 が ゼロである という発見が ゼロ除算の発見の 本質と言えます。何と その基本関数の 原点での値がゼロだ というのです。その関数は、正の方向から原点に近づくと 無限大に発散し、負の方向から ゼロに近づくと マイナス無限大に 発散しています。 それらは 事実で、 現代数学も当然 そうなっています。しかし、それらは原点に近づくときの 様子を述べていますが、それらは、原点での値が どうの こうのとは 一応違った問題です。 いくら原点に近づいても 原点での値が どうかは 別問題です。 いわゆる 連続性が成り立っているとか、そのようなことは 分りません。 それで 原点での 値を考えてきませんでした。 ぼんやり無限大のようなことを発想してきました。 複素解析学などでは 無限遠点を考えてきましたが、原点での値が 数のように無限大とするのは、そもそもおかしい。 値が 数ではないものと 等号で結ぶのは、 本当は おかしいと言えます。等号は数でなければならないのではないでしょうか。1/0=INFINITY は 本当におかしい。 実際、天才 オイラーの間違いとして 既に有名です。 ゼロ除算は 1/0=0 と言っていますから、多くの人には驚嘆で、実際、聞いて、表情を変えられたのは 国内外、欧米、アジア、ロシア、アフリカ、南米、アラブの人たちも同様です。 しかしながら、1/0 の新しい意味が与えられる必要がありました。 それがゼロ除算の 新しい概念、意味です。 近づく値と、近づいたところの値を 長い間混同し、曖昧にしてきたのが ゼロ除算の 大事な観点、盲点だったと言える。 良く知られているように ゼロ除算は普通の意味では不可能性が簡単に証明されてしまうので、世の天才 ニュートン、アインシュタイン、オイラー、ガウス すら ゼロ除算の本質は捉えることができませんでした。 天才 ラマノジャンは 0/0 = 1 ではないと直観していたが、ゼロ除算の意味は 捉えられなかった。肝心な点なので、ある人とのメールを参考に、理解を深めるために引用したい:まず、関数とその極限の基本事項として、f(z)=1/z (z≠0)とおくとき、f(z) は z=0 で定義されておらず、極限としてlim_(z→0) f(z) = ∞ は明らかです。このとき、z=0 での値を新たに定義して拡張された関数を定義する場合、z=0 において どのような関数値をとるかは自由です。関数論でリーマン面を考えた場合、連続性や等角性にとって便利なようにf(0)=∞ と定義するのは自然です。(1/0=∞)一方、先生がご提唱されているように、いろいろな応用を考えた場合、f(0)=0 と定義した理論も重要です。(1/0=0)これが大事ですが、ム-アペンローズ一般逆、高橋の一意性定理、体の構造、1100を超える具体例は 数学が、1/0=0 の定義と意味を与えているのは歴然です。その考えは極めて簡単に記述されて 内容も定義も簡単です。レヴェルで 小学生から、当たり前です。 割り算の定義、意味をちょっと考え直すだけです。それゆえに 数学が恥ずかしい状態だと言っています。これは、数学界の恥だけではなく 人類の、世界史の恥です。上記で、z=0 において どのような関数値をとるかについて f(0)=∞ と定義するのは自然です は: 値を数でない∞とするのは、おかしいです。 それは、lim_(z→0) f(z) = ∞の意味で、 極限操作を考えなければ、∞は 意味がないと言えます。∞の定義を思い出す必要があります。円の中心の 円に関する鏡像が 中心自身であることを意味しますが、それを無限大や、無限遠点とは やってはいけない 考えてはいけないことは 解析学における、 数学教育の基本に当たります。 なぜなら、近づいていった値と そこでの値は、一般に違うことが 極限の考え方で、基本的に 大事だからです。 ところが鏡像では、 みんな気づかず 永い期間 曖昧にして、ぼんやりして来ました。 不幸にして、原点に近づいていった値と、原点での値は違っていて、原点では似つかない、驚くべき数、ゼロが定義されていた。アリストテレス以来とも 言える。このことをきちんと指摘しても、7年間も修正されず、日本数学会 数学通信に 従来の古い間違いの事実を 正規に指摘しても 1年以上経っても無視を続けていられる有様です。 函数論分科会でもそうです。 何か みんな嫌な世界を見るように 避けるような態度を取られているのは、数学者らしくはない態度で、それでは数学の教育と研究に責任を持つ方がおられないように感じられてしまいます。 われわれは数学の真偽を明かにするように求めています。われわれの教えている数学には 基本的な欠陥があり、恥ずかしい状態であると 繰り返し述べているのに 無視されている状況が存在する。われわれは数学者の良心から、数学の美しさの名において 真相を明かにしていかなければならない ー 令和革新の大義。理解が進まないのは、どうしてか と思い巡らしてきたが、自分の専門に深くはまり、単細胞的な思考と視野に閉ざされて、基本的なことに 気がまわらないような状況が感じられます。 忙しく、心を失っていて、そのような状態で良い教育や、研究が できるのだろうか と考えてしまいます。ゼロ除算は古い歴史を有する 有名な問題ですが、 世の秀才、天才は多いのですが、ひとたび不可能であるとされると、天才たちもすっかりその様に思い込み、その思考から抜けられない人間の性(サガ)を知らされます。 それゆえに、素人の意見など 広く参考にすることが 大事ではないでしょうか。 実際、私たちの発見は、素人の方の質問が、大きなきっかけになっています。数学の世界は、政治社会等と違って 数学的真実は 客観的に 絶対的に存在していると考えれますので、数学としてどうか、真理の追究の立場から、真相を明かにして欲しい と願っています。現状の数学は、恥ずかしい状態で、社会の扱いも 対応も恥ずかしいものであると、 ちょうど地動説を否定して、無視したり、批判していた世相に似ていると考えられます。人は、数学的な真実を求めるべきではないでしょうか。その問題は どうでもよい数学ではなく、数学の基本と世界観が直接関わっているのは歴然です。 永遠や無限は、どうなっているでしょうか。 以 上2021.3.19.18:21 夢中で存念を閃きにしたがって纏めて見た。2021.3.19.20:12 一応形になる。2021.3.19.21:38 大部固まる。2021.3.20.06:28 良い。兄の誕生日。 曇り。2021.3.20.10:50 良い、次には数学界の大勢、マスコミ界の在りよう、文化の問題に触れるべきであると考えられる。社会の病的な状況を示しているのは歴然である。2021.3.20.14:12 曇り、良い。2021.3.20.18:04 良い。明朝完成。論文審査の依頼が入ってしまった。2021.3.20.22:10 良い、小雨が降り始める。2021.3.21.06:12 小雨、感じの雨である。 これは良い。真実である。 完成、公表。2021.3.23.6:12 気がまわらない と修正。 良い。
2021.03.29
Fundamentals:For the elementary functions, f(x) = 1/x, g(x) = tan x and h(n)= a^n/n (a > 0), we have:f(0)=0, g(\pi/2) = 0 and h(0) = log a,by the DBZC (division by zero calculus).Why??? Please consider their natural meanings.2021.3.29.13:40
2021.03.29
Okumura’s 6 points:Please look the 6 points in the Figures with very small circles that are equal distance. Please look also 6 orthogonal symbols in the back cover.The sentences of the book cover is serious.2021.3.29.13:46
2021.03.29
これは真実である、当たり前である。 強力に世界に向かって訴えたい。世界史は、見ている。感じている。異存のある方は、意見をきちんと述べて欲しい。世界史を進化させよう2021.3.29.5:32再生核研究所声明 614(2021.3.28) 数学通信の記事の修正を求める理由、日本の文化、数学界の様子、社会の様子; 日本数学会、マスコミ関係者の皆さま、これで良いでしょうか。要するに日本数学会の1つの機関誌の 数学の内容の修正を 正規に要求しているものの無視され続けている現状がある。 この実情を参考に関係問題について より良い社会を築こうとして発表している再生核研究所声明の趣旨に従って言及したい。まずは、日本数学会、マスコミ関係者の皆さま 日本では 言論の自由が 良く保証されていますね。少数意見なども 良く取り上げられ 権力的な また一部の人達によって 一部の人達の情報の扱いにされていませんね。 出身や地位、生い立ち、性別、出身大学などいろいろな違いで、意見が無視されたりは されてはいないですね。 組織や仲間の事は もちろん大事ですが、基本的には、国や世界のために、という、言わば社会のためにという、基本的な姿勢を取られていますね。少数意見には貴重な意見が反映されている場合も多いと思われますが、貴重な意見を取り上げるような努力もされていますね。数学通信、編集員会への手紙 では、日本数学会への提言、数学教育など数学界に関係する提言、ご意見を編集員会への手紙欄へ投稿することができますとうたっていますが、採用されたことはあるのでしょうか。 採否は通知しませんとは 原則尊重で、採択が 原則ではないでしょうか。 下手に扱えば検閲に当たってしまうのではないでしょうか。理由も付けずに採否では、少数意見の尊重にはならないのではないでしょうか。その投稿規定は 何のために有るのでしょうか。数学や数学界の名誉のために という観点から触れている問題は 大事ではないでしょうか。良い社会、良い国家を 築くために、 また 数学の真実を 明かにして 世界の文化に 貢献したいという 存念で 発表している 声明再生核研究所声明 613(2021.3.21) 数学界の恥ずかしい間違い、天才たちの見落とし、人々の思い込み; 人類とは盲目集団で、単細胞的集団であるように見える等を どうして無視されるのでしょうか。それは 大事な内容ではないでしょうか。真偽を明かにして欲しい。意味が無いから 小さいから 無視されていると考えられます。それゆえに 日々、広く内外の意見を求め、反省と検討を 続けています。逆に、私たちには、どうでもよい研究や情報に溢れているように見えてしまいます。触れた記事内容は、鏡像が 原点か 無限遠点かの問題で 数学の歴然とした結果の真偽を まず、明らかにする様に要求しています。それは、象徴的な実例で、ところがその数学は 永い数学の歴史的な問題、ゼロ除算の新しい発見と、数学全般の基礎に関わる極めて重要な内容ですので、無視できないものです。その背景には、既に 発見後7年も経ち、繰り返し日本数学会で講演し、招待国際会議でも講演、ある招待国際会議のビデオ講演も公開し、論文どころか その著書さえ出版されています。それらでは 数学通信の数学内容が間違いであることを意味する 解説さえ述べられています。その事実を否定する内容に 数学通信の記事がなっていると考えます。このことは 世界の数学界ばかりではなく、人類の恥であると 繰り返し、述べています。ですから、その真偽を求めるは、数学者として当然であると考えます。ゼロ除算の理解の遅れの状況の理由について 率直な印象を 世界の文化の向上の観点から触れたい。ゼロ除算は、まずは不可能であるとの強い印象で、思い込みで、初めから拒否の印象が 強く、独断、思い込みから抜けられない人間の性(サガ)が現れている。自由な思考が大事な数学で 逆に思い込みが 深い。途中で分っても 誤りを直すことをためらい、誤りを認めたり、批判しておきながら謝罪しない現実がある。なかには 良く知らないで、隠れて批判したり、都合が悪くなると沈黙してしまう 言わば、卑怯者のような対応を取られる方も結構多い。相当な人と交流してきたが、率直に誤りを認めた方は少なく、更に謝罪された方は更に少ない。それで、今でもインターネットの世界では不適当な情報で溢れていると考えられる。世の常識は 数学界の汚点であると考える:{\it Here is how I see the problem with prohibition on division by zero, which is the biggest scandal in modern mathematics as you rightly pointed out} (2017.10.14.08:55).そのような状況は、数学界とマスコミ界の怠慢、恥になると考えます。大事な盲点であったと 良く理解された方が、数学を進化させるべきだとは 積極的には働きかけず、次の世代の問題と消極的である。 ー これはあまりにも大きな変更になるので、という面と 理解の深さに欠けているためと考えられる。ー 変更は簡単であるが、学術書の変更は厖大になる。 新規の数学で欠けたる部分が補充されるから、新しい結果を含めなくても 修正は厖大になる。しかし、真理を知っても 活かさない。 ー 義をみてせざるは勇なきなり。真智への愛の弱さ、真理を、真実を尊ぶ心の弱さ を感じてしまう。残念ながら、課題のためか、無名のためか、数学の内容を見ることなく、無視されてしまう、初めから相手にされない現実もある。確かにゼロ除算の文献は 殆どすべてがおかしいものが 多いことと、不可能性は確定的だから、初めから、問題にしない気持ちは良くわかる。しかしながら、 非ユークリッド幾何学の発見のような場合もあり、実際、正しく、そのような場合に当たると考えられる。 ー しかし、数学自身を見るべきで 人で判断するのは 本質的に良くないのではないでしょうか。それでは科学的な精神に 本質的に欠けると言わざるを得ない。また、多様な意見や、変った意見、新奇な意見の尊重は 研究者の基本的な在りよう ではないでしょうか。また、真理の追究のために、徹底的に議論するは 大事な研究の基本的な精神のはずですが、直ぐに議論を停止して、興味ない、関心ない、交流を断絶させる、相手の意見を無視するは 良くない世相ではないでしょうか。真実を求めて、徹底的に議論、交流するは 研究上極めて基本的な在りようではないでしょうか。どうも数学界でも面子争い、競争意識、仲間利益の意識が強く、驚くべきことに 数学の真理の追究を越えて、数学界を 良くなくしているような世相を感じる。数学界こそ 真智への愛の精神が 大事ではないでしょうか。徹底的に 数学の真相を求めて行きたい。数学界は社会に開かれていなければならないと考える。最近、東工大で 院生時代、修業時代、受けた 小松勇作先生、小沢満先生、吹田先生達のセミナーの情景がしきりに思い出される。一言で表現すれば、数学の厳格精神で、徹底的に鍛えられた、懐かしい修行時代である。 このようなだらしのない数学の状況、数学界の対応では 恩師たちに 申し訳が立たず、名誉が保てない と現状について 激しい思いが絶えず湧いてくる。令和革新を 断行して 今こそ、日本発のゼロ除算算法で 世界史を進化させたい。アリストテレス、ユークリッド以来の空間の考えは改められ、微積分学も修正されなければならない。三角関数も穴だらけと言える。顕著な具体例が 原点の鏡像は原点であって、無限遠点ではないという事実にある。ブログから:真偽を明らかにできない数学会とは 何をするところか。間違っていることを修正できないで、数学の研究者、数学の先生 と言えるでしょうか。これを修正しない数学界は 毎日恥をかいているようだ。 目覚めて少し、激しい感情が 湧いてきた。 修業のため 隠れ家に早めに行こう。2021.3.26.5:02無限遠点、無限の先に ゼロが存在した。 気づかなかった。小さな問題に見えるが、天地がひっくり変えるような、天動説が地動説に代わるような 世界史上の事件であることは 既に 歴然である。2021.3.25.5:28 以 上
2021.03.29
静かな結構な雨の夜、今朝は快晴に晴れ、美しい済み切った美しい青空。 川も 小鳥たちも 桜など花、植物も元気、美しい理想的な日になった。人間とは、誠 盲目の存在だ との認識で、目を覚ました。 昨夜、卒業生たちとズーム会、3Dプリンターの解説。ドラマの作成には、感心している。再生核研究所声明 614(2021.3.28) 数学通信の記事の修正を求める理由、日本の文化、数学界の様子、社会の様子; 日本数学会、マスコミ関係者の皆さま、これで良いでしょうか。要するに日本数学会の1つの機関誌の 数学の内容の修正を 正規に要求しているものの無視され続けている現状がある。 この実情を参考に関係問題について より良い社会を築こうとして発表している再生核研究所声明の趣旨に従って言及したい。まずは、日本数学会、マスコミ関係者の皆さま 日本では 言論の自由が 良く保証されていますね。少数意見なども 良く取り上げられ 権力的な また一部の人達によって 一部の人達の情報の扱いにされていませんね。 出身や地位、生い立ち、性別、出身大学などいろいろな違いで、意見が無視されたりは されてはいないですね。 組織や仲間の事は もちろん大事ですが、基本的には、国や世界のために、という、言わば社会のためにという、基本的な姿勢を取られていますね。少数意見には貴重な意見が反映されている場合も多いと思われますが、貴重な意見を取り上げるような努力もされていますね。数学通信、編集員会への手紙 では、日本数学会への提言、数学教育など数学界に関係する提言、ご意見を編集員会への手紙欄へ投稿することができますとうたっていますが、採用されたことはあるのでしょうか。 採否は通知しませんとは 原則尊重で、採択が 原則ではないでしょうか。 下手に扱えば検閲に当たってしまうのではないでしょうか。理由も付けずに採否では、少数意見の尊重にはならないのではないでしょうか。その投稿規定は 何のために有るのでしょうか。数学や数学界の名誉のために という観点から触れている問題は 大事ではないでしょうか。良い社会、良い国家を 築くために、 また 数学の真実を 明かにして 世界の文化に 貢献したいという 存念で 発表している 声明再生核研究所声明 613(2021.3.21) 数学界の恥ずかしい間違い、天才たちの見落とし、人々の思い込み; 人類とは盲目集団で、単細胞的集団であるように見える等を どうして無視されるのでしょうか。それは 大事な内容ではないでしょうか。真偽を明かにして欲しい。意味が無いから 小さいから 無視されていると考えられます。それゆえに 日々、広く内外の意見を求め、反省と検討を 続けています。逆に、私たちには、どうでもよい研究や情報に溢れているように見えてしまいます。触れた記事内容は、鏡像が 原点か 無限遠点かの問題で 数学の歴然とした結果の真偽を まず、明らかにする様に要求しています。それは、象徴的な実例で、ところがその数学は 永い数学の歴史的な問題、ゼロ除算の新しい発見と、数学全般の基礎に関わる極めて重要な内容ですので、無視できないものです。その背景には、既に 発見後7年も経ち、繰り返し日本数学会で講演し、招待国際会議でも講演、ある招待国際会議のビデオ講演も公開し、論文どころか その著書さえ出版されています。それらでは 数学通信の数学内容が間違いであることを意味する 解説さえ述べられています。その事実を否定する内容に 数学通信の記事がなっていると考えます。このことは 世界の数学界ばかりではなく、人類の恥であると 繰り返し、述べています。ですから、その真偽を求めるは、数学者として当然であると考えます。ゼロ除算の理解の遅れの状況の理由について 率直な印象を 世界の文化の向上の観点から触れたい。ゼロ除算は、まずは不可能であるとの強い印象で、思い込みで、初めから拒否の印象が 強く、独断、思い込みから抜けられない人間の性(サガ)が現れている。自由な思考が大事な数学で 逆に思い込みが 深い。途中で分っても 誤りを直すことをためらい、誤りを認めたり、批判しておきながら謝罪しない現実がある。なかには 良く知らないで、隠れて批判したり、都合が悪くなると沈黙してしまう 言わば、卑怯者のような対応を取られる方も結構多い。相当な人と交流してきたが、率直に誤りを認めた方は少なく、更に謝罪された方は更に少ない。それで、今でもインターネットの世界では不適当な情報で溢れていると考えられる。世の常識は 数学界の汚点であると考える:{\it Here is how I see the problem with prohibition on division by zero, which is the biggest scandal in modern mathematics as you rightly pointed out} (2017.10.14.08:55).そのような状況は、数学界とマスコミ界の怠慢、恥になると考えます。大事な盲点であったと 良く理解された方が、数学を進化させるべきだとは 積極的には働きかけず、次の世代の問題と消極的である。 ー これはあまりにも大きな変更になるので、という面と 理解の深さに欠けているためと考えられる。ー 変更は簡単であるが、学術書の変更は厖大になる。 新規の数学で欠けたる部分が補充されるから、新しい結果を含めなくても 修正は厖大になる。しかし、真理を知っても 活かさない。 ー 義をみてせざるは勇なきなり。真智への愛の弱さ、真理を、真実を尊ぶ心の弱さ を感じてしまう。残念ながら、課題のためか、無名のためか、数学の内容を見ることなく、無視されてしまう、初めから相手にされない現実もある。確かにゼロ除算の文献は 殆どすべてがおかしいものが 多いことと、不可能性は確定的だから、初めから、問題にしない気持ちは良くわかる。しかしながら、 非ユークリッド幾何学の発見のような場合もあり、実際、正しく、そのような場合に当たると考えられる。 ー しかし、数学自身を見るべきで 人で判断するのは 本質的に良くないのではないでしょうか。それでは科学的な精神に 本質的に欠けると言わざるを得ない。また、多様な意見や、変った意見、新奇な意見の尊重は 研究者の基本的な在りよう ではないでしょうか。また、真理の追究のために、徹底的に議論するは 大事な研究の基本的な精神のはずですが、直ぐに議論を停止して、興味ない、関心ない、交流を断絶させる、相手の意見を無視するは 良くない世相ではないでしょうか。真実を求めて、徹底的に議論、交流するは 研究上極めて基本的な在りようではないでしょうか。どうも数学界でも面子争い、競争意識、仲間利益の意識が強く、驚くべきことに 数学の真理の追究を越えて、数学界を 良くなくしているような世相を感じる。数学界こそ 真智への愛の精神が 大事ではないでしょうか。徹底的に 数学の真相を求めて行きたい。数学界は社会に開かれていなければならないと考える。最近、東工大で 院生時代、修業時代、受けた 小松勇作先生、小沢満先生、吹田先生達のセミナーの情景がしきりに思い出される。一言で表現すれば、数学の厳格精神で、徹底的に鍛えられた、懐かしい修行時代である。 このようなだらしのない数学の状況、数学界の対応では 恩師たちに 申し訳が立たず、名誉が保てない と現状について 激しい思いが絶えず湧いてくる。令和革新を 断行して 今こそ、日本発のゼロ除算算法で 世界史を進化させたい。アリストテレス、ユークリッド以来の空間の考えは改められ、微積分学も修正されなければならない。三角関数も穴だらけと言える。顕著な具体例が 原点の鏡像は原点であって、無限遠点ではないという事実にある。ブログから:真偽を明らかにできない数学会とは 何をするところか。間違っていることを修正できないで、数学の研究者、数学の先生 と言えるでしょうか。これを修正しない数学界は 毎日恥をかいているようだ。 目覚めて少し、激しい感情が 湧いてきた。 修業のため 隠れ家に早めに行こう。2021.3.26.5:02無限遠点、無限の先に ゼロが存在した。 気づかなかった。小さな問題に見えるが、天地がひっくり変えるような、天動説が地動説に代わるような 世界史上の事件であることは 既に 歴然である。2021.3.25.5:28 以 上2021.3.26.20:40 突然書くことを閃き、一気に書く。2021.3.27.05:20 曇りの朝、相当形になっている。 素直な表現だが、素直に表現しても良いものだろうか。2021.3.27.09:00 修正、書き加える。内容は真実である。 率直な精神である。朝食前2時間山遊び、 再び 山を巡って来よう。 花盛り、新芽がふき出す。2021.3.27.11:06 秘密基地、隠れ家を巡って来る。 季節の大きな変化を感じる。 これは良い。2021.3.27.14:10 良い。 良いか?2021.3.27.15:20 良い、花盛り、美しい季節。もし 明日無いとすると、 遺言に残したいと思うだろう。 あの方の状況はどうだろうかと気になっている。後悔の無いようにしたい。2021.3.27.19:44 良い、明朝完成、公表する。2021.3.28.04:30 良い、完成できる。 無視される方に送っても仕方が無い。卑怯者にはなりたくない。意識してきた、神の存在と信仰には数学は 貢献するだろう。数学の存在と神の存在を結び付けると 世間の笑い者になるだろう。新思想には先が続いている。2021.3.28.05:23 良い、完成公表。隠れ家に出かける。これは真実である、当たり前である。 強力に世界に向かって訴えたい。世界史は、見ている。感じている。異存のある方は、意見をきちんと述べて欲しい。世界史を進化させよう史2021.3.29.5:32
2021.03.29
皆さん:楽しい定理? 課題のように3方向からの 平面図形が知られているとします。 当然、立体がそれで定まる場合です。それらの情報を知って、立体の体積と表面積を 求める公式を確立して下さい。できたら、名づけて、公開したい。敬具齋藤三郎2021.3.28.14:28
2021.03.28
古い記録だが、ゼロ除算 誤解の本質が良く述べられている:ゼロ除算、ゼロで割る問題、分からない、正しいのかなど、 良く理解できない人が 未だに 多いようです。そこで、簡潔な一般的な 解説を思い付きました。 もちろん、学会などでも述べていますが、 予断で 良く聞けないようです。まず、分数、a/b は a 割る b のことで、これは 方程式 b x=a の解のことです。ところが、 b がゼロならば、 どんな xでも 0 x =0 ですから、a がゼロでなければ、解は存在せず、 従って 100/0 など、ゼロ除算は考えられない、できないとなってしまいます。 普通の意味では ゼロ除算は 不可能であるという、世界の常識、定説です。できない、不可能であると言われれば、いろいろ考えたくなるのが、人間らしい創造の精神です。 基本方程式 b x=a が b がゼロならば解けない、解が存在しないので、困るのですが、このようなとき、従来の結果が成り立つような意味で、解が考えられないかと、数学者は良く考えて来ました。 何と、 そのような方程式は 何時でも唯一つに 一般化された意味で解をもつと考える 方法があります。 Moore-Penrose 一般化逆の考え方です。 どんな行列の 逆行列を唯一つに定める 一般的な 素晴らしい、自然な考えです。その考えだと、 b がゼロの時、解はゼロが出るので、 a/0=0 と定義するのは 当然です。 すなわち、この意味で 方程式の解を考えて 分数を考えれば、ゼロ除算は ゼロとして定まる ということです。ただ一つに定まるのですから、 この考えは 自然で、その意味を知りたいと 考えるのは、当然ではないでしょうか?初等数学全般に影響を与える ユークリッド以来の新世界が 現れてきます。ゼロ除算の誤解は深刻:最近、3つの事が在りました。私の簡単な講演、相当な数学者が信じられないような誤解をして、全然理解できなく、目が回っているいるような印象を受けたこと、相当ゼロ除算の研究をされている方が、基本を誤解されていたこと、1/0 の定義を誤解されていた。相当な才能の持ち主が、連続性や順序に拘って、4年以上もゼロ除算の研究を避けていたこと。これらのことは、人間如何に予断と偏見にハマった存在であるかを教えている。まずは ゼロ除算は不可能であるの 思いが強すぎで、初めからダメ、考えない、無視の気持ちが、強い。 ゼロ除算を従来の 掛け算の逆と考えると、不可能であるが 証明されてしまうので、割り算の意味を拡張しないと、考えられない。それで、 1/0,0/0,z/0 などの意味を発見する必要がある。 それらの意味は、普通の意味ではないことの 初めの考えを飛ばして ダメ、ダメの感情が 突っ走ている。 非ユークリッド幾何学の出現や天動説が地動説に変わった世界史の事件のような 形相と言える。2018.9.22.6:41ゼロ除算の4つの誤解:1. ゼロでは割れない、ゼロ除算は 不可能である との考え方に拘って、思考停止している。 普通、不可能であるは、考え方や意味を拡張して 可能にできないかと考えるのが 数学の伝統であるが、それができない。2. 可能にする考え方が 紹介されても ゼロ除算の意味を誤解して、繰り返し間違えている。可能にする理論を 素直に理解しない、 強い従来の考えに縛られている。拘っている。3. ゼロ除算を関数に適用すると 強力な不連続性を示すが、連続性のアリストテレス以来の 連続性の考えに囚われていて 強力な不連続性を受け入れられない。数学では、不連続性の概念を明確に持っているのに、不連続性の凄い現象に、ゼロ除算の場合には 理解できない。4. 深刻な誤解は、ゼロ除算は本質的に定義であり、仮定に基づいているので 疑いの気持ちがぬぐえず、ダメ、怪しいと誤解している。数学が公理系に基づいた理論体系のように、ゼロ除算は 新しい仮定に基づいていること。 定義に基づいていることの認識が良く理解できず、誤解している。George Gamow (1904-1968) Russian-born American nuclear physicist and cosmologist remarked that"it is well known to students of high school algebra" that division by zero is not valid; and Einsteinadmitted it as {\bf the biggest blunder of his life} [1]:1. Gamow, G., My World Line (Viking, New York).p 44, 1970.
2021.03.28
奥村先生:拝見しました。 確かに新現象ですね。広く、 テイラー展開やローラン展開の係数と 図形の関係として捉えられますね。いろいろ面白い結果が出るが、理由が分からない、新奇な世界ですね。実に面白い。兎に角、新しい世界が拓かれて来る。 素晴らしい。敬具齋藤三郎2021.3.28.11:24
2021.03.28
No. 1189: 藤本先生、先生のゼロ除算の物理的な解釈は、大変興味深いのです。しかし、それらは解釈で、数学ではありません。それは当然ですが、世間の人が、ゼロ除算の効用や数学と混同をされるのを畏れています。ゼロ除算の効用は 極めて 本質的で厖大ですが、簡潔に、 $\tan (\pi/2) = 0$, $\log 0=0$, $[(z^n)/n]_{n=0} = \log z$, 等が上げられますが、学術書、教科書の変更などへの影響は 甚大で、大いに役立ちます。新しい数学を発見させます。先生の解釈は大変面白いので きちんと英文で纏めて頂ければ幸いです。 論文や著書に入れたいと思います。2021/03/28 4:15 半径Rの球に一様な電荷Qが分布するときを考えますと、電界と電位は全空間で有界な関数で表されますが、R→0 のとき電界は原点で0に留まりますが、電位の原点での値は無限大に発散します。 従って、自然界には無限大の極限の向こうに0が待っている場合と、無限大しかない場合がある、ということを示していると思います。(藤本一郎)
2021.03.28
再生核研究所声明 614(2021.3.28) 数学通信の記事の修正を求める理由、日本の文化、数学界の様子、社会の様子; 日本数学会、マスコミ関係者の皆さま、これで良いでしょうか。要するに日本数学会の1つの機関誌の 数学の内容の修正を 正規に要求しているものの無視され続けている現状がある。 この実情を参考に関係問題について より良い社会を築こうとして発表している再生核研究所声明の趣旨に従って言及したい。まずは、日本数学会、マスコミ関係者の皆さま 日本では 言論の自由が 良く保証されていますね。少数意見なども 良く取り上げられ 権力的な また一部の人達によって 一部の人達の情報の扱いにされていませんね。 出身や地位、生い立ち、性別、出身大学などいろいろな違いで、意見が無視されたりは されてはいないですね。 組織や仲間の事は もちろん大事ですが、基本的には、国や世界のために、という、言わば社会のためにという、基本的な姿勢を取られていますね。少数意見には貴重な意見が反映されている場合も多いと思われますが、貴重な意見を取り上げるような努力もされていますね。数学通信、編集員会への手紙 では、日本数学会への提言、数学教育など数学界に関係する提言、ご意見を編集員会への手紙欄へ投稿することができますとうたっていますが、採用されたことはあるのでしょうか。 採否は通知しませんとは 原則尊重で、採択が 原則ではないでしょうか。 下手に扱えば検閲に当たってしまうのではないでしょうか。理由も付けずに採否では、少数意見の尊重にはならないのではないでしょうか。その投稿規定は 何のために有るのでしょうか。数学や数学界の名誉のために という観点から触れている問題は 大事ではないでしょうか。良い社会、良い国家を 築くために、 また 数学の真実を 明かにして 世界の文化に 貢献したいという 存念で 発表している 声明再生核研究所声明 613(2021.3.21) 数学界の恥ずかしい間違い、天才たちの見落とし、人々の思い込み; 人類とは盲目集団で、単細胞的集団であるように見える等を どうして無視されるのでしょうか。それは 大事な内容ではないでしょうか。真偽を明かにして欲しい。意味が無いから 小さいから 無視されていると考えられます。それゆえに 日々、広く内外の意見を求め、反省と検討を 続けています。逆に、私たちには、どうでもよい研究や情報に溢れているように見えてしまいます。触れた記事内容は、鏡像が 原点か 無限遠点かの問題で 数学の歴然とした結果の真偽を まず、明らかにする様に要求しています。それは、象徴的な実例で、ところがその数学は 永い数学の歴史的な問題、ゼロ除算の新しい発見と、数学全般の基礎に関わる極めて重要な内容ですので、無視できないものです。その背景には、既に 発見後7年も経ち、繰り返し日本数学会で講演し、招待国際会議でも講演、ある招待国際会議のビデオ講演も公開し、論文どころか その著書さえ出版されています。それらでは 数学通信の数学内容が間違いであることを意味する 解説さえ述べられています。その事実を否定する内容に 数学通信の記事がなっていると考えます。このことは 世界の数学界ばかりではなく、人類の恥であると 繰り返し、述べています。ですから、その真偽を求めるは、数学者として当然であると考えます。ゼロ除算の理解の遅れの状況の理由について 率直な印象を 世界の文化の向上の観点から触れたい。ゼロ除算は、まずは不可能であるとの強い印象で、思い込みで、初めから拒否の印象が 強く、独断、思い込みから抜けられない人間の性(サガ)が現れている。自由な思考が大事な数学で 逆に思い込みが 深い。途中で分っても 誤りを直すことをためらい、誤りを認めたり、批判しておきながら謝罪しない現実がある。なかには 良く知らないで、隠れて批判したり、都合が悪くなると沈黙してしまう 言わば、卑怯者のような対応を取られる方も結構多い。相当な人と交流してきたが、率直に誤りを認めた方は少なく、更に謝罪された方は更に少ない。それで、今でもインターネットの世界では不適当な情報で溢れていると考えられる。世の常識は 数学界の汚点であると考える:{\it Here is how I see the problem with prohibition on division by zero, which is the biggest scandal in modern mathematics as you rightly pointed out} (2017.10.14.08:55).そのような状況は、数学界とマスコミ界の怠慢、恥になると考えます。大事な盲点であったと 良く理解された方が、数学を進化させるべきだとは 積極的には働きかけず、次の世代の問題と消極的である。 ー これはあまりにも大きな変更になるので、という面と 理解の深さに欠けているためと考えられる。ー 変更は簡単であるが、学術書の変更は厖大になる。 新規の数学で欠けたる部分が補充されるから、新しい結果を含めなくても 修正は厖大になる。しかし、真理を知っても 活かさない。 ー 義をみてせざるは勇なきなり。真智への愛の弱さ、真理を、真実を尊ぶ心の弱さ を感じてしまう。残念ながら、課題のためか、無名のためか、数学の内容を見ることなく、無視されてしまう、初めから相手にされない現実もある。確かにゼロ除算の文献は 殆どすべてがおかしいものが 多いことと、不可能性は確定的だから、初めから、問題にしない気持ちは良くわかる。しかしながら、 非ユークリッド幾何学の発見のような場合もあり、実際、正しく、そのような場合に当たると考えられる。 ー しかし、数学自身を見るべきで 人で判断するのは 本質的に良くないのではないでしょうか。それでは科学的な精神に 本質的に欠けると言わざるを得ない。また、多様な意見や、変った意見、新奇な意見の尊重は 研究者の基本的な在りよう ではないでしょうか。また、真理の追究のために、徹底的に議論するは 大事な研究の基本的な精神のはずですが、直ぐに議論を停止して、興味ない、関心ない、交流を断絶させる、相手の意見を無視するは 良くない世相ではないでしょうか。真実を求めて、徹底的に議論、交流するは 研究上極めて基本的な在りようではないでしょうか。どうも数学界でも面子争い、競争意識、仲間利益の意識が強く、驚くべきことに 数学の真理の追究を越えて、数学界を 良くなくしているような世相を感じる。数学界こそ 真智への愛の精神が 大事ではないでしょうか。徹底的に 数学の真相を求めて行きたい。数学界は社会に開かれていなければならないと考える。最近、東工大で 院生時代、修業時代、受けた 小松勇作先生、小沢満先生、吹田先生達のセミナーの情景がしきりに思い出される。一言で表現すれば、数学の厳格精神で、徹底的に鍛えられた、懐かしい修行時代である。 このようなだらしのない数学の状況、数学界の対応では 恩師たちに 申し訳が立たず、名誉が保てない と現状について 激しい思いが絶えず湧いてくる。令和革新を 断行して 今こそ、日本発のゼロ除算算法で 世界史を進化させたい。アリストテレス、ユークリッド以来の空間の考えは改められ、微積分学も修正されなければならない。三角関数も穴だらけと言える。顕著な具体例が 原点の鏡像は原点であって、無限遠点ではないという事実にある。ブログから:真偽を明らかにできない数学会とは 何をするところか。間違っていることを修正できないで、数学の研究者、数学の先生 と言えるでしょうか。これを修正しない数学界は 毎日恥をかいているようだ。 目覚めて少し、激しい感情が 湧いてきた。 修業のため 隠れ家に早めに行こう。2021.3.26.5:02無限遠点、無限の先に ゼロが存在した。 気づかなかった。小さな問題に見えるが、天地がひっくり変えるような、天動説が地動説に代わるような 世界史上の事件であることは 既に 歴然である。2021.3.25.5:28 以 上2021.3.26.20:40 突然書くことを閃き、一気に書く。2021.3.27.05:20 曇りの朝、相当形になっている。 素直な表現だが、素直に表現しても良いものだろうか。2021.3.27.09:00 修正、書き加える。内容は真実である。 率直な精神である。朝食前2時間山遊び、 再び 山を巡って来よう。 花盛り、新芽がふき出す。2021.3.27.11:06 秘密基地、隠れ家を巡って来る。 季節の大きな変化を感じる。 これは良い。2021.3.27.14:10 良い。 良いか?2021.3.27.15:20 良い、花盛り、美しい季節。もし 明日無いとすると、 遺言に残したいと思うだろう。 あの方の状況はどうだろうかと気になっている。後悔の無いようにしたい。2021.3.27.19:44 良い、明朝完成、公表する。2021.3.28.04:30 良い、完成できる。 無視される方に送っても仕方が無い。卑怯者にはなりたくない。意識してきた、神の存在と信仰には数学は 貢献するだろう。数学の存在と神の存在を結び付けると 世間の笑い者になるだろう。新思想には先が続いている。2021.3.28.05:23 良い、完成公表。隠れ家に出かける。
2021.03.28
隠れ家、秘密基地を 巡ってくる。科学技術は加速度的に進歩していますが、人間そのものはほとんど変わっていない に賛同されますか?Saburou Saitoh, 名誉教授回答日時: たった今残念ながら、そういえますね。お釈迦さま の世界から見ると人類は 退化すらしているようですね。
2021.03.27
真偽を明らかにできない数学会とは 何をするところか。間違っていることを修正できないで、数学の研究者、数学の先生 と言えるでしょうか。これを修正しない数学界は 毎日恥をかいているようだ。 目覚めて少し、激しい感情が 湧いてきた。 修業のため 隠れ家に早めに行こう。2021.3.26.5:02無限遠点、無限の先に ゼロが存在した。 気づかなかった。小さな問題に見えるが、天地がひっくり代えるような、天動説が地動説に代わるような 世界史上の事件であることは 既に 歴然である。2021.3.25.5:28再生核研究所声明 613(2021.3.21) 数学界の恥ずかしい間違い、天才たちの見落とし、人々の思い込み; 人類とは盲目集団で、単細胞的集団であるように見えるゼロ除算の理解の遅れは全く不思議で、その理由について思いを巡らしている。まずは、ゼロ除算の最も原理的なところの解説を、本質を解説する。基本的な関数 y=1/x の 原点における値 が ゼロである という発見が ゼロ除算の発見の 本質と言えます。何と その基本関数の 原点での値がゼロだ というのです。その関数は、正の方向から原点に近づくと 無限大に発散し、負の方向から ゼロに近づくと マイナス無限大に 発散しています。 それらは 事実で、 現代数学も当然 そうなっています。しかし、それらは原点に近づくときの 様子を述べていますが、それらは、原点での値が どうの こうのとは 一応違った問題です。 いくら原点に近づいても 原点での値が どうかは 別問題です。 いわゆる 連続性が成り立っているとか、そのようなことは 分りません。 それで 原点での 値を考えてきませんでした。 ぼんやり無限大のようなことを発想してきました。 複素解析学などでは 無限遠点を考えてきましたが、原点での値が 数のように無限大とするのは、そもそもおかしい。 値が 数ではないものと 等号で結ぶのは、 本当は おかしいと言えます。等号は数でなければならないのではないでしょうか。1/0=INFINITY は 本当におかしい。 実際、天才 オイラーの間違いとして 既に有名です。 ゼロ除算は 1/0=0 と言っていますから、多くの人には驚嘆で、実際、聞いて、表情を変えられたのは 国内外、欧米、アジア、ロシア、アフリカ、南米、アラブの人たちも同様です。 しかしながら、1/0 の新しい意味が与えられる必要がありました。 それがゼロ除算の 新しい概念、意味です。 近づく値と、近づいたところの値を 長い間混同し、曖昧にしてきたのが ゼロ除算の 大事な観点、盲点だったと言える。 良く知られているように ゼロ除算は普通の意味では不可能性が簡単に証明されてしまうので、世の天才 ニュートン、アインシュタイン、オイラー、ガウス すら ゼロ除算の本質は捉えることができませんでした。 天才 ラマノジャンは 0/0 = 1 ではないと直観していたが、ゼロ除算の意味は 捉えられなかった。肝心な点なので、ある人とのメールを参考に、理解を深めるために引用したい:まず、関数とその極限の基本事項として、f(z)=1/z (z≠0)とおくとき、f(z) は z=0 で定義されておらず、極限としてlim_(z→0) f(z) = ∞ は明らかです。このとき、z=0 での値を新たに定義して拡張された関数を定義する場合、z=0 において どのような関数値をとるかは自由です。関数論でリーマン面を考えた場合、連続性や等角性にとって便利なようにf(0)=∞ と定義するのは自然です。(1/0=∞)一方、先生がご提唱されているように、いろいろな応用を考えた場合、f(0)=0 と定義した理論も重要です。(1/0=0)これが大事ですが、ム-アペンローズ一般逆、高橋の一意性定理、体の構造、1100を超える具体例は 数学が、1/0=0 の定義と意味を与えているのは歴然です。その考えは極めて簡単に記述されて 内容も定義も簡単です。レヴェルで 小学生から、当たり前です。 割り算の定義、意味をちょっと考え直すだけです。それゆえに 数学が恥ずかしい状態だと言っています。これは、数学界の恥だけではなく 人類の、世界史の恥です。上記で、z=0 において どのような関数値をとるかについて f(0)=∞ と定義するのは自然です は: 値を数でない∞とするのは、おかしいです。 それは、lim_(z→0) f(z) = ∞の意味で、 極限操作を考えなければ、∞は 意味がないと言えます。∞の定義を思い出す必要があります。円の中心の 円に関する鏡像が 中心自身であることを意味しますが、それを無限大や、無限遠点とは やってはいけない 考えてはいけないことは 解析学における、 数学教育の基本に当たります。 なぜなら、近づいていった値と そこでの値は、一般に違うことが 極限の考え方で、基本的に 大事だからです。 ところが鏡像では、 みんな気づかず 永い期間 曖昧にして、ぼんやりして来ました。 不幸にして、原点に近づいていった値と、原点での値は違っていて、原点では似つかない、驚くべき数、ゼロが定義されていた。アリストテレス以来とも 言える。このことをきちんと指摘しても、7年間も修正されず、日本数学会 数学通信に 従来の古い間違いの事実を 正規に指摘しても 1年以上経っても無視を続けていられる有様です。 函数論分科会でもそうです。 何か みんな嫌な世界を見るように 避けるような態度を取られているのは、数学者らしくはない態度で、それでは数学の教育と研究に責任を持つ方がおられないように感じられてしまいます。 われわれは数学の真偽を明かにするように求めています。われわれの教えている数学には 基本的な欠陥があり、恥ずかしい状態であると 繰り返し述べているのに 無視されている状況が存在する。われわれは数学者の良心から、数学の美しさの名において 真相を明かにしていかなければならない ー 令和革新の大義。理解が進まないのは、どうしてか と思い巡らしてきたが、自分の専門に深くはまり、単細胞的な思考と視野に閉ざされて、基本的なことに 気がまわらないような状況が感じられます。 忙しく、心を失っていて、そのような状態で良い教育や、研究が できるのだろうか と考えてしまいます。ゼロ除算は古い歴史を有する 有名な問題ですが、 世の秀才、天才は多いのですが、ひとたび不可能であるとされると、天才たちもすっかりその様に思い込み、その思考から抜けられない人間の性(サガ)を知らされます。 それゆえに、素人の意見など 広く参考にすることが 大事ではないでしょうか。 実際、私たちの発見は、素人の方の質問が、大きなきっかけになっています。数学の世界は、政治社会等と違って 数学的真実は 客観的に 絶対的に存在していると考えれますので、数学としてどうか、真理の追究の立場から、真相を明かにして欲しい と願っています。現状の数学は、恥ずかしい状態で、社会の扱いも 対応も恥ずかしいものであると、 ちょうど地動説を否定して、無視したり、批判していた世相に似ていると考えられます。人は、数学的な真実を求めるべきではないでしょうか。その問題は どうでもよい数学ではなく、数学の基本と世界観が直接関わっているのは歴然です。 永遠や無限は、どうなっているでしょうか。 以 上
2021.03.27
アクセツ第1位 曇りの朝:これを修正しない数学界は 毎日恥をかいているようだ。 目覚めて少し、激しい感情が 湧いてきた。 修業のため 隠れ家に早めに行こう。2021.3.26.5:02無限遠点、無限の先に ゼロが存在した。 気づかなかった。小さな問題に見えるが、天地がひっくり代えるような、天動説が地動説に代わるような 世界史上の事件であることは 既に 歴然である。2021.3.25.5:28再生核研究所声明 613(2021.3.21) 数学界の恥ずかしい間違い、天才たちの見落とし、人々の思い込み; 人類とは盲目集団で、単細胞的集団であるように見えるゼロ除算の理解の遅れは全く不思議で、その理由について思いを巡らしている。まずは、ゼロ除算の最も原理的なところの解説を、本質を解説する。基本的な関数 y=1/x の 原点における値 が ゼロである という発見が ゼロ除算の発見の 本質と言えます。何と その基本関数の 原点での値がゼロだ というのです。その関数は、正の方向から原点に近づくと 無限大に発散し、負の方向から ゼロに近づくと マイナス無限大に 発散しています。 それらは 事実で、 現代数学も当然 そうなっています。しかし、それらは原点に近づくときの 様子を述べていますが、それらは、原点での値が どうの こうのとは 一応違った問題です。 いくら原点に近づいても 原点での値が どうかは 別問題です。 いわゆる 連続性が成り立っているとか、そのようなことは 分りません。 それで 原点での 値を考えてきませんでした。 ぼんやり無限大のようなことを発想してきました。 複素解析学などでは 無限遠点を考えてきましたが、原点での値が 数のように無限大とするのは、そもそもおかしい。 値が 数ではないものと 等号で結ぶのは、 本当は おかしいと言えます。等号は数でなければならないのではないでしょうか。1/0=INFINITY は 本当におかしい。 実際、天才 オイラーの間違いとして 既に有名です。 ゼロ除算は 1/0=0 と言っていますから、多くの人には驚嘆で、実際、聞いて、表情を変えられたのは 国内外、欧米、アジア、ロシア、アフリカ、南米、アラブの人たちも同様です。 しかしながら、1/0 の新しい意味が与えられる必要がありました。 それがゼロ除算の 新しい概念、意味です。 近づく値と、近づいたところの値を 長い間混同し、曖昧にしてきたのが ゼロ除算の 大事な観点、盲点だったと言える。 良く知られているように ゼロ除算は普通の意味では不可能性が簡単に証明されてしまうので、世の天才 ニュートン、アインシュタイン、オイラー、ガウス すら ゼロ除算の本質は捉えることができませんでした。 天才 ラマノジャンは 0/0 = 1 ではないと直観していたが、ゼロ除算の意味は 捉えられなかった。肝心な点なので、ある人とのメールを参考に、理解を深めるために引用したい:まず、関数とその極限の基本事項として、f(z)=1/z (z≠0)とおくとき、f(z) は z=0 で定義されておらず、極限としてlim_(z→0) f(z) = ∞ は明らかです。このとき、z=0 での値を新たに定義して拡張された関数を定義する場合、z=0 において どのような関数値をとるかは自由です。関数論でリーマン面を考えた場合、連続性や等角性にとって便利なようにf(0)=∞ と定義するのは自然です。(1/0=∞)一方、先生がご提唱されているように、いろいろな応用を考えた場合、f(0)=0 と定義した理論も重要です。(1/0=0)これが大事ですが、ム-アペンローズ一般逆、高橋の一意性定理、体の構造、1100を超える具体例は 数学が、1/0=0 の定義と意味を与えているのは歴然です。その考えは極めて簡単に記述されて 内容も定義も簡単です。レヴェルで 小学生から、当たり前です。 割り算の定義、意味をちょっと考え直すだけです。それゆえに 数学が恥ずかしい状態だと言っています。これは、数学界の恥だけではなく 人類の、世界史の恥です。上記で、z=0 において どのような関数値をとるかについて f(0)=∞ と定義するのは自然です は: 値を数でない∞とするのは、おかしいです。 それは、lim_(z→0) f(z) = ∞の意味で、 極限操作を考えなければ、∞は 意味がないと言えます。∞の定義を思い出す必要があります。円の中心の 円に関する鏡像が 中心自身であることを意味しますが、それを無限大や、無限遠点とは やってはいけない 考えてはいけないことは 解析学における、 数学教育の基本に当たります。 なぜなら、近づいていった値と そこでの値は、一般に違うことが 極限の考え方で、基本的に 大事だからです。 ところが鏡像では、 みんな気づかず 永い期間 曖昧にして、ぼんやりして来ました。 不幸にして、原点に近づいていった値と、原点での値は違っていて、原点では似つかない、驚くべき数、ゼロが定義されていた。アリストテレス以来とも 言える。このことをきちんと指摘しても、7年間も修正されず、日本数学会 数学通信に 従来の古い間違いの事実を 正規に指摘しても 1年以上経っても無視を続けていられる有様です。 函数論分科会でもそうです。 何か みんな嫌な世界を見るように 避けるような態度を取られているのは、数学者らしくはない態度で、それでは数学の教育と研究に責任を持つ方がおられないように感じられてしまいます。 われわれは数学の真偽を明かにするように求めています。われわれの教えている数学には 基本的な欠陥があり、恥ずかしい状態であると 繰り返し述べているのに 無視されている状況が存在する。われわれは数学者の良心から、数学の美しさの名において 真相を明かにしていかなければならない ー 令和革新の大義。理解が進まないのは、どうしてか と思い巡らしてきたが、自分の専門に深くはまり、単細胞的な思考と視野に閉ざされて、基本的なことに 気がまわらないような状況が感じられます。 忙しく、心を失っていて、そのような状態で良い教育や、研究が できるのだろうか と考えてしまいます。ゼロ除算は古い歴史を有する 有名な問題ですが、 世の秀才、天才は多いのですが、ひとたび不可能であるとされると、天才たちもすっかりその様に思い込み、その思考から抜けられない人間の性(サガ)を知らされます。 それゆえに、素人の意見など 広く参考にすることが 大事ではないでしょうか。 実際、私たちの発見は、素人の方の質問が、大きなきっかけになっています。数学の世界は、政治社会等と違って 数学的真実は 客観的に 絶対的に存在していると考えれますので、数学としてどうか、真理の追究の立場から、真相を明かにして欲しい と願っています。現状の数学は、恥ずかしい状態で、社会の扱いも 対応も恥ずかしいものであると、 ちょうど地動説を否定して、無視したり、批判していた世相に似ていると考えられます。人は、数学的な真実を求めるべきではないでしょうか。その問題は どうでもよい数学ではなく、数学の基本と世界観が直接関わっているのは歴然です。 永遠や無限は、どうなっているでしょうか。 以 上2021.3.19.18:21 夢中で存念を閃きにしたがって纏めて見た。2021.3.19.20:12 一応形になる。2021.3.19.21:38 大部固まる。2021.3.20.06:28 良い。兄の誕生日。 曇り。2021.3.20.10:50 良い、次には数学界の大勢、マスコミ界の在りよう、文化の問題に触れるべきであると考えられる。社会の病的な状況を示しているのは歴然である。2021.3.20.14:12 曇り、良い。2021.3.20.18:04 良い。明朝完成。論文審査の依頼が入ってしまった。2021.3.20.22:10 良い、小雨が降り始める。2021.3.21.06:12 小雨、感じの雨である。 これは良い。真実である。 完成、公表。2021.3.23.6:12 気がまわらない と修正。 良い。
2021.03.27
数学における無限の面白さを教えてくれませんか?Saburou Saitoh, 名誉教授回答日時: たった今ゼロ除算の結果1/0=0, それは無限大の表現とも解釈できます。無限大が、実はゼロで表されるという厳密な理論が現れました。 面白いとともに新世界を拓きます:私は、現代数学には基本的な欠陥があり、数学は恥ずかしい状態だと言っている。 内容も公開している。 国際会議招待講演のビデオ講演も 著書も公開している。 具体的に批判して欲しい。 数学の真実 を明かにして欲しい:2021.3.2.13:35今の数学も 数学教育も おかしいとして、公言、関係者に真相を明かにするように お願いしている。 その事実を公表、議論して欲しい。 情報を隠蔽、無視しているように見える。具体的に 数学通信の記事には、不適当な記事があると 編集責任者に 申し出ている。 真相を明かにして欲しい。2021.2.21.9:52私は、その様に強く思った。 感じた。現代数学には尚、欠陥がある と公言している。 関数論も、微分方程式も、幾何学も、代数も 基本的な欠陥があるのは 歴然で 発見後8年目を迎えてしまった。これは、世界史の汚点になるだろう:Please look 1/0=0:As Fundamental of Mathematics, the division by zero was known as the generalized Moore-Penrose solution of the fundamental equation: ax=b.Look the simple evidence of its importance:viXra:2010.0228 submitted on 2020-10-28 21:39:06,Division by Zero Calculus and Euclidean Geometry - Revolution in Euclidean GeometryLook a simple video talk for its essence at some international conference:数学における無限の面白さを教えてくれませんか?https://jp.quora.com/%E6%95%B0%E5%AD%A6%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E7%84%A1%E9%99%90%E3%81%AE%E9%9D%A2%E7%99%BD%E3%81%95%E3%82%92%E6%95%99%E3%81%88%E3%81%A6%E3%81%8F%E3%82%8C%E3%81%BE%E3%81%9B%E3%82%93%E3%81%8B#sent/_blank
2021.03.27
再生核研究所声明 605(2021.2.25) ゼロ除算、ぜロ除算算法の 著書の出版について世界最初のゼロ除算の出版とみなせる著書が 最後に述べるように アメリカで 出版された。紹介、宣伝を兼ねて 経緯や意義などを込めて 心情を述べたい。ゼロ除算の発見2014.2.2後 8年目に入ったが、ゼロ除算の著書について イギリスの出版社の勧めで、出版契約をして、出版されると考えていた。実際、2018..3.20 付 証人を立てて契約をしている。 契約は、経歴や著書原稿などの 外部審査、社内審査を当然経由してなされた。 ところが英文は 英語を母国語とする 推薦する専門家に見てもらうようにとの要求が 契約後に示された。 そのようなことは望まず、しかもいわば校閲には、高価な経費が掛かり、表現も個性が活かされないことが分かったので 2020/11/19 1:20 出版契約を双方合意の上、破棄していた。その間研究に打ち込み、著書の充実に励み、著書は遺構として 奥村氏などに跡は任せて 楽しい研究と著書の充実に夢中になっていた。 著書原稿は355ページになっていた。その様な折り、しかも国際会議招待ビデオ講演収録https://media.cmd.gunma-u.ac.jp/media/Play/ef7ca967c3fd4dabb188128fd6038cb81dの前日2020.12.4.信頼のある出版社が 200ページの本を出版してくれるとの連絡を受けた。我々は、その出版社から既に3編論文を出版して、信頼関係を築いている:Most popular papers in Advances in Linear Algebra & Matrix TheoryGeneralized Inversions of Hadamard and Tensor Products for MatricesSaburou SaitohAdvances in Linear Algebra & Matrix Theory Vol.4 No.2, May 15, 2014DOI: 10.4236/alamt.2014.42006 3,917 Downloads 6,146 Views CitationsMatrices and Division by Zero z/0 = 0Tsutomu Matsuura, Saburou SaitohAdvances in Linear Algebra & Matrix Theory Vol.6 No.2, June 14, 2016DOI: 10.4236/alamt.2016.62007 12,953 Downloads 14,638 Views CitationsTrace of Positive Integer Power of Real 2 × 2 MatricesJagdish Pahade, Manoj JhaAdvances in Linear Algebra & Matrix Theory Vol.5 No.4, December 7, 2015DOI: 10.4236/alamt.2015.54015 5,598 Downloads 6,996 Views Citations原稿は 乏しい表現能力であるが、繰り返し、繰り返し検討し、作成された原稿の いわば良い部分を精選して作成したもので、表現の変更は好まないこと、 著書の表と裏に ユークリッド幾何学に革命を起こす、 奥村博氏の図を入れる希望を述べて、極めて順調に出版が進められた。特に奥村氏の結果と図は 永く官能的とも言える 歓びを感じてきたので、 この著書は 表紙だけでも 既に出版の歓びが溢れてきます。表紙を見ているだけでも楽しい。著書の内容の本質は:アリストテレス以来、2200年以上の懸案、正確には不可能であるとされてきたが、絶えず、問題とされてきた所謂 ゼロで割る問題、ゼロ除算の本質的な解明を発見し、その概念を深めて、本質を捉え、ゼロ除算算法の概念を 発見して、数学全般の欠陥に対する補完、完全化を行い 新しい数学と世界観を提起している。 無限大とゼロの基本関係を 発見している。ゼロの大事な意味を明かにしている。内容は初等数学、大学学部レベルであるが 既に基礎数学全般に対する大きな影響を具体例で示している。現代数学には基本的な欠陥があり、世の学術書の変更を 著書は明確に要求しており、著書の数理科学、世界観、哲学、計算機科学への影響は 甚大であると考える。 令和革新の大義。令和革新の明確な 普遍的な 目標としては、世界の数理科学の内容が ゼロ除算算法の影響で、大きく変更されること および 世界の計算機がゼロ除算トラブルを回避できるようになるばかりか、ゼロ除算が可能になり、ゼロ除算算法が実装されることとしている。我々はそれゆえに 日本国はおろか、世界史に大きく貢献できると考えている。 著書は その基礎になるものと信じて、少しの疑いも懐かない。数学は絶対的な論理で構成され、研究を志して以来 55年余、1度たりとも数学の論理を疑ったり、本質的に誤ったことはない。上記、国際会議ビデオ講演が 放映された後、イギリスの出版社が雑誌創刊を勧めてくれたが 要望に応じて経歴書と希望を送ったところ、 再生核とゼロ除算算法に関する2つの国際雑誌の創刊を企画することになった。 特にゼロ除算の雑誌は本年中に発刊することとしている。それで、本著書は その雑誌の基礎にもなることとなった。ゼロ除算の歴史、ゼロ除算算法の歴史は 簡潔に著書にも述べられているが、我々の発展の経過は 次に纏められている:Announcement 600: The 7th birthdayof the division by zero z/0 = 0(2021.2.2)For Founding a new InternationalJournal of Division by Zero CalculusBook was published:INTRODUCTION TO THEDIVISION BY ZERO CALCULUSSABUROU SAITOHJanuary, 2021https://www.scirp.org/book/DetailedInforOfABook.aspx?bookID=2746https://www.amazon.com/dp/1649970889?ref=myi_title_dphttps://books.google.com.ua/books/about?id=BnkZEAAAQBAJ&redir_esc=yhttps://play.google.com/store/books/details?id=BnkZEAAAQBAJhttps://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/内容から、将来ピタゴラスの定理を超えて 数理の世界で甚大な影響を与えるのは 既に歴然である。それゆえに 令和革新の大義に 広範な人々の参加を要望したい。我々の時代に 数学を美しく 完全なものにしようでは ないか。 以 上CommentShare
2021.03.26
真偽を明らかにできない数学会とは 何をするところか。間違っていることを修正できないで、数学の研究者、数学の先生 と言えるでしょうか。これを修正しない数学界は 毎日恥をかいているようだ。 目覚めて少し、激しい感情が 湧いてきた。 修業のため 隠れ家に早めに行こう。2021.3.26.5:02無限遠点、無限の先に ゼロが存在した。 気づかなかった。小さな問題に見えるが、天地がひっくり代えるような、天動説が地動説に代わるような 世界史上の事件であることは 既に 歴然である。2021.3.25.5:28再生核研究所声明 613(2021.3.21) 数学界の恥ずかしい間違い、天才たちの見落とし、人々の思い込み; 人類とは盲目集団で、単細胞的集団であるように見えるゼロ除算の理解の遅れは全く不思議で、その理由について思いを巡らしている。まずは、ゼロ除算の最も原理的なところの解説を、本質を解説する。基本的な関数 y=1/x の 原点における値 が ゼロである という発見が ゼロ除算の発見の 本質と言えます。何と その基本関数の 原点での値がゼロだ というのです。その関数は、正の方向から原点に近づくと 無限大に発散し、負の方向から ゼロに近づくと マイナス無限大に 発散しています。 それらは 事実で、 現代数学も当然 そうなっています。しかし、それらは原点に近づくときの 様子を述べていますが、それらは、原点での値が どうの こうのとは 一応違った問題です。 いくら原点に近づいても 原点での値が どうかは 別問題です。 いわゆる 連続性が成り立っているとか、そのようなことは 分りません。 それで 原点での 値を考えてきませんでした。 ぼんやり無限大のようなことを発想してきました。 複素解析学などでは 無限遠点を考えてきましたが、原点での値が 数のように無限大とするのは、そもそもおかしい。 値が 数ではないものと 等号で結ぶのは、 本当は おかしいと言えます。等号は数でなければならないのではないでしょうか。1/0=INFINITY は 本当におかしい。 実際、天才 オイラーの間違いとして 既に有名です。 ゼロ除算は 1/0=0 と言っていますから、多くの人には驚嘆で、実際、聞いて、表情を変えられたのは 国内外、欧米、アジア、ロシア、アフリカ、南米、アラブの人たちも同様です。 しかしながら、1/0 の新しい意味が与えられる必要がありました。 それがゼロ除算の 新しい概念、意味です。 近づく値と、近づいたところの値を 長い間混同し、曖昧にしてきたのが ゼロ除算の 大事な観点、盲点だったと言える。 良く知られているように ゼロ除算は普通の意味では不可能性が簡単に証明されてしまうので、世の天才 ニュートン、アインシュタイン、オイラー、ガウス すら ゼロ除算の本質は捉えることができませんでした。 天才 ラマノジャンは 0/0 = 1 ではないと直観していたが、ゼロ除算の意味は 捉えられなかった。肝心な点なので、ある人とのメールを参考に、理解を深めるために引用したい:まず、関数とその極限の基本事項として、f(z)=1/z (z≠0)とおくとき、f(z) は z=0 で定義されておらず、極限としてlim_(z→0) f(z) = ∞ は明らかです。このとき、z=0 での値を新たに定義して拡張された関数を定義する場合、z=0 において どのような関数値をとるかは自由です。関数論でリーマン面を考えた場合、連続性や等角性にとって便利なようにf(0)=∞ と定義するのは自然です。(1/0=∞)一方、先生がご提唱されているように、いろいろな応用を考えた場合、f(0)=0 と定義した理論も重要です。(1/0=0)これが大事ですが、ム-アペンローズ一般逆、高橋の一意性定理、体の構造、1100を超える具体例は 数学が、1/0=0 の定義と意味を与えているのは歴然です。その考えは極めて簡単に記述されて 内容も定義も簡単です。レヴェルで 小学生から、当たり前です。 割り算の定義、意味をちょっと考え直すだけです。それゆえに 数学が恥ずかしい状態だと言っています。これは、数学界の恥だけではなく 人類の、世界史の恥です。上記で、z=0 において どのような関数値をとるかについて f(0)=∞ と定義するのは自然です は: 値を数でない∞とするのは、おかしいです。 それは、lim_(z→0) f(z) = ∞の意味で、 極限操作を考えなければ、∞は 意味がないと言えます。∞の定義を思い出す必要があります。円の中心の 円に関する鏡像が 中心自身であることを意味しますが、それを無限大や、無限遠点とは やってはいけない 考えてはいけないことは 解析学における、 数学教育の基本に当たります。 なぜなら、近づいていった値と そこでの値は、一般に違うことが 極限の考え方で、基本的に 大事だからです。 ところが鏡像では、 みんな気づかず 永い期間 曖昧にして、ぼんやりして来ました。 不幸にして、原点に近づいていった値と、原点での値は違っていて、原点では似つかない、驚くべき数、ゼロが定義されていた。アリストテレス以来とも 言える。このことをきちんと指摘しても、7年間も修正されず、日本数学会 数学通信に 従来の古い間違いの事実を 正規に指摘しても 1年以上経っても無視を続けていられる有様です。 函数論分科会でもそうです。 何か みんな嫌な世界を見るように 避けるような態度を取られているのは、数学者らしくはない態度で、それでは数学の教育と研究に責任を持つ方がおられないように感じられてしまいます。 われわれは数学の真偽を明かにするように求めています。われわれの教えている数学には 基本的な欠陥があり、恥ずかしい状態であると 繰り返し述べているのに 無視されている状況が存在する。われわれは数学者の良心から、数学の美しさの名において 真相を明かにしていかなければならない ー 令和革新の大義。理解が進まないのは、どうしてか と思い巡らしてきたが、自分の専門に深くはまり、単細胞的な思考と視野に閉ざされて、基本的なことに 気がまわらないような状況が感じられます。 忙しく、心を失っていて、そのような状態で良い教育や、研究が できるのだろうか と考えてしまいます。ゼロ除算は古い歴史を有する 有名な問題ですが、 世の秀才、天才は多いのですが、ひとたび不可能であるとされると、天才たちもすっかりその様に思い込み、その思考から抜けられない人間の性(サガ)を知らされます。 それゆえに、素人の意見など 広く参考にすることが 大事ではないでしょうか。 実際、私たちの発見は、素人の方の質問が、大きなきっかけになっています。数学の世界は、政治社会等と違って 数学的真実は 客観的に 絶対的に存在していると考えれますので、数学としてどうか、真理の追究の立場から、真相を明かにして欲しい と願っています。現状の数学は、恥ずかしい状態で、社会の扱いも 対応も恥ずかしいものであると、 ちょうど地動説を否定して、無視したり、批判していた世相に似ていると考えられます。人は、数学的な真実を求めるべきではないでしょうか。その問題は どうでもよい数学ではなく、数学の基本と世界観が直接関わっているのは歴然です。 永遠や無限は、どうなっているでしょうか。 以 上
2021.03.26
これを修正しない数学界は 毎日恥をかいているようだ。 目覚めて少し、激しい感情が 湧いてきた。 修業のため 隠れ家に早めに行こう。2021.3.26.5:02無限遠点、無限の先に ゼロが存在した。 気づかなかった。小さな問題に見えるが、天地がひっくり代えるような、天動説が地動説に代わるような 世界史上の事件であることは 既に 歴然である。2021.3.25.5:28再生核研究所声明 613(2021.3.21) 数学界の恥ずかしい間違い、天才たちの見落とし、人々の思い込み; 人類とは盲目集団で、単細胞的集団であるように見えるゼロ除算の理解の遅れは全く不思議で、その理由について思いを巡らしている。まずは、ゼロ除算の最も原理的なところの解説を、本質を解説する。基本的な関数 y=1/x の 原点における値 が ゼロである という発見が ゼロ除算の発見の 本質と言えます。何と その基本関数の 原点での値がゼロだ というのです。その関数は、正の方向から原点に近づくと 無限大に発散し、負の方向から ゼロに近づくと マイナス無限大に 発散しています。 それらは 事実で、 現代数学も当然 そうなっています。しかし、それらは原点に近づくときの 様子を述べていますが、それらは、原点での値が どうの こうのとは 一応違った問題です。 いくら原点に近づいても 原点での値が どうかは 別問題です。 いわゆる 連続性が成り立っているとか、そのようなことは 分りません。 それで 原点での 値を考えてきませんでした。 ぼんやり無限大のようなことを発想してきました。 複素解析学などでは 無限遠点を考えてきましたが、原点での値が 数のように無限大とするのは、そもそもおかしい。 値が 数ではないものと 等号で結ぶのは、 本当は おかしいと言えます。等号は数でなければならないのではないでしょうか。1/0=INFINITY は 本当におかしい。 実際、天才 オイラーの間違いとして 既に有名です。 ゼロ除算は 1/0=0 と言っていますから、多くの人には驚嘆で、実際、聞いて、表情を変えられたのは 国内外、欧米、アジア、ロシア、アフリカ、南米、アラブの人たちも同様です。 しかしながら、1/0 の新しい意味が与えられる必要がありました。 それがゼロ除算の 新しい概念、意味です。 近づく値と、近づいたところの値を 長い間混同し、曖昧にしてきたのが ゼロ除算の 大事な観点、盲点だったと言える。 良く知られているように ゼロ除算は普通の意味では不可能性が簡単に証明されてしまうので、世の天才 ニュートン、アインシュタイン、オイラー、ガウス すら ゼロ除算の本質は捉えることができませんでした。 天才 ラマノジャンは 0/0 = 1 ではないと直観していたが、ゼロ除算の意味は 捉えられなかった。肝心な点なので、ある人とのメールを参考に、理解を深めるために引用したい:まず、関数とその極限の基本事項として、f(z)=1/z (z≠0)とおくとき、f(z) は z=0 で定義されておらず、極限としてlim_(z→0) f(z) = ∞ は明らかです。このとき、z=0 での値を新たに定義して拡張された関数を定義する場合、z=0 において どのような関数値をとるかは自由です。関数論でリーマン面を考えた場合、連続性や等角性にとって便利なようにf(0)=∞ と定義するのは自然です。(1/0=∞)一方、先生がご提唱されているように、いろいろな応用を考えた場合、f(0)=0 と定義した理論も重要です。(1/0=0)これが大事ですが、ム-アペンローズ一般逆、高橋の一意性定理、体の構造、1100を超える具体例は 数学が、1/0=0 の定義と意味を与えているのは歴然です。その考えは極めて簡単に記述されて 内容も定義も簡単です。レヴェルで 小学生から、当たり前です。 割り算の定義、意味をちょっと考え直すだけです。それゆえに 数学が恥ずかしい状態だと言っています。これは、数学界の恥だけではなく 人類の、世界史の恥です。上記で、z=0 において どのような関数値をとるかについて f(0)=∞ と定義するのは自然です は: 値を数でない∞とするのは、おかしいです。 それは、lim_(z→0) f(z) = ∞の意味で、 極限操作を考えなければ、∞は 意味がないと言えます。∞の定義を思い出す必要があります。円の中心の 円に関する鏡像が 中心自身であることを意味しますが、それを無限大や、無限遠点とは やってはいけない 考えてはいけないことは 解析学における、 数学教育の基本に当たります。 なぜなら、近づいていった値と そこでの値は、一般に違うことが 極限の考え方で、基本的に 大事だからです。 ところが鏡像では、 みんな気づかず 永い期間 曖昧にして、ぼんやりして来ました。 不幸にして、原点に近づいていった値と、原点での値は違っていて、原点では似つかない、驚くべき数、ゼロが定義されていた。アリストテレス以来とも 言える。このことをきちんと指摘しても、7年間も修正されず、日本数学会 数学通信に 従来の古い間違いの事実を 正規に指摘しても 1年以上経っても無視を続けていられる有様です。 函数論分科会でもそうです。 何か みんな嫌な世界を見るように 避けるような態度を取られているのは、数学者らしくはない態度で、それでは数学の教育と研究に責任を持つ方がおられないように感じられてしまいます。 われわれは数学の真偽を明かにするように求めています。われわれの教えている数学には 基本的な欠陥があり、恥ずかしい状態であると 繰り返し述べているのに 無視されている状況が存在する。われわれは数学者の良心から、数学の美しさの名において 真相を明かにしていかなければならない ー 令和革新の大義。理解が進まないのは、どうしてか と思い巡らしてきたが、自分の専門に深くはまり、単細胞的な思考と視野に閉ざされて、基本的なことに 気がまわらないような状況が感じられます。 忙しく、心を失っていて、そのような状態で良い教育や、研究が できるのだろうか と考えてしまいます。ゼロ除算は古い歴史を有する 有名な問題ですが、 世の秀才、天才は多いのですが、ひとたび不可能であるとされると、天才たちもすっかりその様に思い込み、その思考から抜けられない人間の性(サガ)を知らされます。 それゆえに、素人の意見など 広く参考にすることが 大事ではないでしょうか。 実際、私たちの発見は、素人の方の質問が、大きなきっかけになっています。数学の世界は、政治社会等と違って 数学的真実は 客観的に 絶対的に存在していると考えれますので、数学としてどうか、真理の追究の立場から、真相を明かにして欲しい と願っています。現状の数学は、恥ずかしい状態で、社会の扱いも 対応も恥ずかしいものであると、 ちょうど地動説を否定して、無視したり、批判していた世相に似ていると考えられます。人は、数学的な真実を求めるべきではないでしょうか。その問題は どうでもよい数学ではなく、数学の基本と世界観が直接関わっているのは歴然です。 永遠や無限は、どうなっているでしょうか。 以 上2021.3.19.18:21 夢中で存念を閃きにしたがって纏めて見た。2021.3.19.20:12 一応形になる。2021.3.19.21:38 大部固まる。2021.3.20.06:28 良い。兄の誕生日。 曇り。2021.3.20.10:50 良い、次には数学界の大勢、マスコミ界の在りよう、文化の問題に触れるべきであると考えられる。社会の病的な状況を示しているのは歴然である。2021.3.20.14:12 曇り、良い。2021.3.20.18:04 良い。明朝完成。論文審査の依頼が入ってしまった。2021.3.20.22:10 良い、小雨が降り始める。2021.3.21.06:12 小雨、感じの雨である。 これは良い。真実である。 完成、公表。2021.3.23.6:12 気がまわらない と修正。 良い。
2021.03.26
最近の再生核研究所声明リスト:再生核研究所声明 609 (2021.3.11): 複素数と円の幾何 - 島根大 中西俊浩氏の解説について(数学通信 2020年2月号) 記述の修正を求める再生核研究所声明 610(2021.3.15): 数学の高度化、 分極化、細分化、孤立化の弊害再生核研究所声明 611(2021.3.16) 終末の予感、大いなるゼロの世界の予感再生核研究所声明 612(2021.3.19) 我々は発見した ー 数学の初歩的な結果再生核研究所声明 613(2021.3.21) 数学界の恥ずかしい間違い、天才たちの見落とし、人々の思い込み; 人類とは盲目集団で、単細胞的集団であるように見える
2021.03.25
3th Announcement on DBZC:The International Journal of Division by Zero Calculus:Dear the leading mathematicians and the related persons on the division by zero calculus:For our new journal on division by zero calculus,1)Please kindly give me your ideas and wishes for the attached basic idea.2)Please kindly recommend some suitable editorial members and pleasekindly forward this email with the attached one.3)In order not to loss our valuable time, we would like to do our best.With some completion, we would like to push our publication more promptly:We have still enough time, however, in order not to loss our valuable time, I imagine for the first volume:Gather survey papers over 20-30 pages as follows:1.Jan Aldert Bergstra: Division by Zero in Logic and Computing (23 pages)2.Wolfgang Daeumler: The horn torus model in light and context of division by zero calculus (20 pages)3.Hiroshi Okumura: Geometry and division by zero calculus4.Saburou Saitoh: History of Division by Zero and Division by Zero Calculus (54 pages + 2 pages)Furthermore, I would like to request to write their ideas and results on the division by zero Professors Sin-ei Takahasi, Wolfhard Hövel, José Manuel Rodríguez Caballero, Ravi P. Agarwal, Ichiroh Fujimoto, Predrag Stanimirovic and Dimitrios Gerontitis.Of course, the editors and others can submit their papers.I am already requesting to Wolfgang Daeumler symbolic Figures of our Journal that may be used in the covers of the Journal and in others. We, however, can take suitable ones from his sites. He gave a complete Figure already with his paper.Please kindly do the above with enough time, however, we do not need to wait our pleasant works. For some prompt publication, I would like to gather the papers following your wishes, however, I would like to look the papers over all and their situations in order to publish our Journal with the publisher promptly. This will mean that we would like to do our best for the publication.Please kindly give me your kind suggestions and good ideas.With best regards,Sincerely yours,Saburou Saitoh2021.3.25__________________________________Nature of the International Journal of Division by Zero Calculus:Introduction. What is a Journal? Of course, the authors will wish to publish their results, promptly and widely, following their wishes. However, sometimes, they will wish to hear from some authorities for their results from the viewpoints of originality, rightness (correctness), and estimation. That is; they will wish to have some estimation for the papers. We have to consider the refereeing procedure, seriously.For this point, how will be?:The appointed editorial member for a paper submitted can give the final decision with two referee’s recommendations for the paper. The publisher and the main editors (in some topics) will give the final decision officially for the publication with the three forms; one editorial member and two referees reports. This procedure, however, is just formal, in the usual many cases.1.Manuscript form and submitting procedure. These may be given simply, by the publisher. No problem. However, I think no journal style and free style by the author in PDF file, directly. We can consider an art with heart of the author for a paper. Simple, exact and prompt procedure.3 . Aim and Scope , Instructions to Authors, (the requests of the publisher)The topics in the journal may be identified as the division by zero calculus that is expanded to the whole fields of mathematical sciences. However, the contents may also be related to our serious problems:What is ZERO?What is Division by Zero, in some serious sense?The problems may be related to mathematical philosophy, long history and our culture. Papers and essays by related physicists, computer scientists, philosophers and others are well-comed.Also, some simple examples and evidences of the division by zero calculus may be published in one or two pages in the Short Notes.The spirit of the journal is: fundamental, beautiful and good impact to human beings. Love, passion and fairness are important in the journal.2.Quality of papers: Many kinds of papers, variety, high quality papers and low quality papers are acceptable. For originality, correctness, quality and others, their responsibility may be considered: the author 5 and the appointed editor 5 among 10, roughly. The appointed editor is presented by as the communicated member in the paper.For this, how will be?: An author submits papers to an editor, directly and the editor can do all as in the above. The editor is the communicated member. Then, the procedure will be more simple.Any editorial member can do all for the submittedpaper. How will be this principle?3.Frequency of the journal. In order to loss our valuable time, we do not fix Frequency of the journal. We publish first the paper soon after the official acceptance of the paper on line. With a reasonable set of the papers, the publisher will publish the journal with printed book form.4.List of the editorial board members, (by the request of the publisher) Tentative, we are looking for the editorial members:Saburou Saitoh松浦勉OkumuraJan Aldert Bergstra Sandra PinelasHaydar AkcaZouhair MouaynLukasz T. StepienKen Hayami Agarwal, Ravi PWolfgang DäumlerBipan HazarikaDimitris GerontitisPredrag Stanimirovic Sriraman B.
2021.03.25
無限遠点、無限の先に ゼロが存在した。 気づかなかった。小さな問題に見えるが、天地がひっくり代えるような、天動説が地動説に代わるような 世界史上の事件であることは 既に 歴然である。2021.3.25.5:28再生核研究所声明 613(2021.3.21) 数学界の恥ずかしい間違い、天才たちの見落とし、人々の思い込み; 人類とは盲目集団で、単細胞的集団であるように見えるゼロ除算の理解の遅れは全く不思議で、その理由について思いを巡らしている。まずは、ゼロ除算の最も原理的なところの解説を、本質を解説する。基本的な関数 y=1/x の 原点における値 が ゼロである という発見が ゼロ除算の発見の 本質と言えます。何と その基本関数の 原点での値がゼロだ というのです。その関数は、正の方向から原点に近づくと 無限大に発散し、負の方向から ゼロに近づくと マイナス無限大に 発散しています。 それらは 事実で、 現代数学も当然 そうなっています。しかし、それらは原点に近づくときの 様子を述べていますが、それらは、原点での値が どうの こうのとは 一応違った問題です。 いくら原点に近づいても 原点での値が どうかは 別問題です。 いわゆる 連続性が成り立っているとか、そのようなことは 分りません。 それで 原点での 値を考えてきませんでした。 ぼんやり無限大のようなことを発想してきました。 複素解析学などでは 無限遠点を考えてきましたが、原点での値が 数のように無限大とするのは、そもそもおかしい。 値が 数ではないものと 等号で結ぶのは、 本当は おかしいと言えます。等号は数でなければならないのではないでしょうか。1/0=INFINITY は 本当におかしい。 実際、天才 オイラーの間違いとして 既に有名です。 ゼロ除算は 1/0=0 と言っていますから、多くの人には驚嘆で、実際、聞いて、表情を変えられたのは 国内外、欧米、アジア、ロシア、アフリカ、南米、アラブの人たちも同様です。 しかしながら、1/0 の新しい意味が与えられる必要がありました。 それがゼロ除算の 新しい概念、意味です。 近づく値と、近づいたところの値を 長い間混同し、曖昧にしてきたのが ゼロ除算の 大事な観点、盲点だったと言える。 良く知られているように ゼロ除算は普通の意味では不可能性が簡単に証明されてしまうので、世の天才 ニュートン、アインシュタイン、オイラー、ガウス すら ゼロ除算の本質は捉えることができませんでした。 天才 ラマノジャンは 0/0 = 1 ではないと直観していたが、ゼロ除算の意味は 捉えられなかった。肝心な点なので、ある人とのメールを参考に、理解を深めるために引用したい:まず、関数とその極限の基本事項として、f(z)=1/z (z≠0)とおくとき、f(z) は z=0 で定義されておらず、極限としてlim_(z→0) f(z) = ∞ は明らかです。このとき、z=0 での値を新たに定義して拡張された関数を定義する場合、z=0 において どのような関数値をとるかは自由です。関数論でリーマン面を考えた場合、連続性や等角性にとって便利なようにf(0)=∞ と定義するのは自然です。(1/0=∞)一方、先生がご提唱されているように、いろいろな応用を考えた場合、f(0)=0 と定義した理論も重要です。(1/0=0)これが大事ですが、ム-アペンローズ一般逆、高橋の一意性定理、体の構造、1100を超える具体例は 数学が、1/0=0 の定義と意味を与えているのは歴然です。その考えは極めて簡単に記述されて 内容も定義も簡単です。レヴェルで 小学生から、当たり前です。 割り算の定義、意味をちょっと考え直すだけです。それゆえに 数学が恥ずかしい状態だと言っています。これは、数学界の恥だけではなく 人類の、世界史の恥です。上記で、z=0 において どのような関数値をとるかについて f(0)=∞ と定義するのは自然です は: 値を数でない∞とするのは、おかしいです。 それは、lim_(z→0) f(z) = ∞の意味で、 極限操作を考えなければ、∞は 意味がないと言えます。∞の定義を思い出す必要があります。円の中心の 円に関する鏡像が 中心自身であることを意味しますが、それを無限大や、無限遠点とは やってはいけない 考えてはいけないことは 解析学における、 数学教育の基本に当たります。 なぜなら、近づいていった値と そこでの値は、一般に違うことが 極限の考え方で、基本的に 大事だからです。 ところが鏡像では、 みんな気づかず 永い期間 曖昧にして、ぼんやりして来ました。 不幸にして、原点に近づいていった値と、原点での値は違っていて、原点では似つかない、驚くべき数、ゼロが定義されていた。アリストテレス以来とも 言える。このことをきちんと指摘しても、7年間も修正されず、日本数学会 数学通信に 従来の古い間違いの事実を 正規に指摘しても 1年以上経っても無視を続けていられる有様です。 函数論分科会でもそうです。 何か みんな嫌な世界を見るように 避けるような態度を取られているのは、数学者らしくはない態度で、それでは数学の教育と研究に責任を持つ方がおられないように感じられてしまいます。 われわれは数学の真偽を明かにするように求めています。われわれの教えている数学には 基本的な欠陥があり、恥ずかしい状態であると 繰り返し述べているのに 無視されている状況が存在する。われわれは数学者の良心から、数学の美しさの名において 真相を明かにしていかなければならない ー 令和革新の大義。理解が進まないのは、どうしてか と思い巡らしてきたが、自分の専門に深くはまり、単細胞的な思考と視野に閉ざされて、基本的なことに 気がまわらないような状況が感じられます。 忙しく、心を失っていて、そのような状態で良い教育や、研究が できるのだろうか と考えてしまいます。ゼロ除算は古い歴史を有する 有名な問題ですが、 世の秀才、天才は多いのですが、ひとたび不可能であるとされると、天才たちもすっかりその様に思い込み、その思考から抜けられない人間の性(サガ)を知らされます。 それゆえに、素人の意見など 広く参考にすることが 大事ではないでしょうか。 実際、私たちの発見は、素人の方の質問が、大きなきっかけになっています。数学の世界は、政治社会等と違って 数学的真実は 客観的に 絶対的に存在していると考えれますので、数学としてどうか、真理の追究の立場から、真相を明かにして欲しい と願っています。現状の数学は、恥ずかしい状態で、社会の扱いも 対応も恥ずかしいものであると、 ちょうど地動説を否定して、無視したり、批判していた世相に似ていると考えられます。人は、数学的な真実を求めるべきではないでしょうか。その問題は どうでもよい数学ではなく、数学の基本と世界観が直接関わっているのは歴然です。 永遠や無限は、どうなっているでしょうか。 以 上2021.3.19.18:21 夢中で存念を閃きにしたがって纏めて見た。2021.3.19.20:12 一応形になる。2021.3.19.21:38 大部固まる。2021.3.20.06:28 良い。兄の誕生日。 曇り。2021.3.20.10:50 良い、次には数学界の大勢、マスコミ界の在りよう、文化の問題に触れるべきであると考えられる。社会の病的な状況を示しているのは歴然である。2021.3.20.14:12 曇り、良い。2021.3.20.18:04 良い。明朝完成。論文審査の依頼が入ってしまった。2021.3.20.22:10 良い、小雨が降り始める。2021.3.21.06:12 小雨、感じの雨である。 これは良い。真実である。 完成、公表。2021.3.23.6:12 気がまわらない と修正。 良い。
2021.03.25
極限値の意味を誤解していた、と 言うより、連続性を重んじて 定義したということ。 しかしながら、近づいて行ったときに 違った値が定義されていた。ここ、相当な人が、誤解されている。多分、信じて 考えようとされないのだろう。 考えた方は 素人でも簡単に分かった。無限とゼロの関係、数学の真実を求めよう。再生核研究所声明 613(2021.3.21) 数学界の恥ずかしい間違い、天才たちの見落とし、人々の思い込み; 人類とは盲目集団で、単細胞的集団であるように見えるゼロ除算の理解の遅れは全く不思議で、その理由について思いを巡らしている。まずは、ゼロ除算の最も原理的なところの解説を、本質を解説する。基本的な関数 y=1/x の 原点における値 が ゼロである という発見が ゼロ除算の発見の 本質と言えます。何と その基本関数の 原点での値がゼロだ というのです。その関数は、正の方向から原点に近づくと 無限大に発散し、負の方向から ゼロに近づくと マイナス無限大に 発散しています。 それらは 事実で、 現代数学も当然 そうなっています。しかし、それらは原点に近づくときの 様子を述べていますが、それらは、原点での値が どうの こうのとは 一応違った問題です。 いくら原点に近づいても 原点での値が どうかは 別問題です。 いわゆる 連続性が成り立っているとか、そのようなことは 分りません。 それで 原点での 値を考えてきませんでした。 ぼんやり無限大のようなことを発想してきました。 複素解析学などでは 無限遠点を考えてきましたが、原点での値が 数のように無限大とするのは、そもそもおかしい。 値が 数ではないものと 等号で結ぶのは、 本当は おかしいと言えます。等号は数でなければならないのではないでしょうか。1/0=INFINITY は 本当におかしい。 実際、天才 オイラーの間違いとして 既に有名です。 ゼロ除算は 1/0=0 と言っていますから、多くの人には驚嘆で、実際、聞いて、表情を変えられたのは 国内外、欧米、アジア、ロシア、アフリカ、南米、アラブの人たちも同様です。 しかしながら、1/0 の新しい意味が与えられる必要がありました。 それがゼロ除算の 新しい概念、意味です。 近づく値と、近づいたところの値を 長い間混同し、曖昧にしてきたのが ゼロ除算の 大事な観点、盲点だったと言える。 良く知られているように ゼロ除算は普通の意味では不可能性が簡単に証明されてしまうので、世の天才 ニュートン、アインシュタイン、オイラー、ガウス すら ゼロ除算の本質は捉えることができませんでした。 天才 ラマノジャンは 0/0 = 1 ではないと直観していたが、ゼロ除算の意味は 捉えられなかった。肝心な点なので、ある人とのメールを参考に、理解を深めるために引用したい:まず、関数とその極限の基本事項として、f(z)=1/z (z≠0)とおくとき、f(z) は z=0 で定義されておらず、極限としてlim_(z→0) f(z) = ∞ は明らかです。このとき、z=0 での値を新たに定義して拡張された関数を定義する場合、z=0 において どのような関数値をとるかは自由です。関数論でリーマン面を考えた場合、連続性や等角性にとって便利なようにf(0)=∞ と定義するのは自然です。(1/0=∞)一方、先生がご提唱されているように、いろいろな応用を考えた場合、f(0)=0 と定義した理論も重要です。(1/0=0)これが大事ですが、ム-アペンローズ一般逆、高橋の一意性定理、体の構造、1100を超える具体例は 数学が、1/0=0 の定義と意味を与えているのは歴然です。その考えは極めて簡単に記述されて 内容も定義も簡単です。レヴェルで 小学生から、当たり前です。 割り算の定義、意味をちょっと考え直すだけです。それゆえに 数学が恥ずかしい状態だと言っています。これは、数学界の恥だけではなく 人類の、世界史の恥です。上記で、z=0 において どのような関数値をとるかについて f(0)=∞ と定義するのは自然です は: 値を数でない∞とするのは、おかしいです。 それは、lim_(z→0) f(z) = ∞の意味で、 極限操作を考えなければ、∞は 意味がないと言えます。∞の定義を思い出す必要があります。円の中心の 円に関する鏡像が 中心自身であることを意味しますが、それを無限大や、無限遠点とは やってはいけない 考えてはいけないことは 解析学における、 数学教育の基本に当たります。 なぜなら、近づいていった値と そこでの値は、一般に違うことが 極限の考え方で、基本的に 大事だからです。 ところが鏡像では、 みんな気づかず 永い期間 曖昧にして、ぼんやりして来ました。 不幸にして、原点に近づいていった値と、原点での値は違っていて、原点では似つかない、驚くべき数、ゼロが定義されていた。アリストテレス以来とも 言える。このことをきちんと指摘しても、7年間も修正されず、日本数学会 数学通信に 従来の古い間違いの事実を 正規に指摘しても 1年以上経っても無視を続けていられる有様です。 函数論分科会でもそうです。 何か みんな嫌な世界を見るように 避けるような態度を取られているのは、数学者らしくはない態度で、それでは数学の教育と研究に責任を持つ方がおられないように感じられてしまいます。 われわれは数学の真偽を明かにするように求めています。われわれの教えている数学には 基本的な欠陥があり、恥ずかしい状態であると 繰り返し述べているのに 無視されている状況が存在する。われわれは数学者の良心から、数学の美しさの名において 真相を明かにしていかなければならない ー 令和革新の大義。理解が進まないのは、どうしてか と思い巡らしてきたが、自分の専門に深くはまり、単細胞的な思考と視野に閉ざされて、基本的なことに 気がまわらないような状況が感じられます。 忙しく、心を失っていて、そのような状態で良い教育や、研究が できるのだろうか と考えてしまいます。ゼロ除算は古い歴史を有する 有名な問題ですが、 世の秀才、天才は多いのですが、ひとたび不可能であるとされると、天才たちもすっかりその様に思い込み、その思考から抜けられない人間の性(サガ)を知らされます。 それゆえに、素人の意見など 広く参考にすることが 大事ではないでしょうか。 実際、私たちの発見は、素人の方の質問が、大きなきっかけになっています。数学の世界は、政治社会等と違って 数学的真実は 客観的に 絶対的に存在していると考えれますので、数学としてどうか、真理の追究の立場から、真相を明かにして欲しい と願っています。現状の数学は、恥ずかしい状態で、社会の扱いも 対応も恥ずかしいものであると、 ちょうど地動説を否定して、無視したり、批判していた世相に似ていると考えられます。人は、数学的な真実を求めるべきではないでしょうか。その問題は どうでもよい数学ではなく、数学の基本と世界観が直接関わっているのは歴然です。 永遠や無限は、どうなっているでしょうか。 以 上
2021.03.25
この文章を確認したくなった:真理の追究に 励みたい。しかし余裕をもって楽しみながら。 恥ずかしい数学は 直さないと気持ちが悪い。再生核研究所声明551(2020.3.8) 函数論分科会の皆様 --今の学部函数論テキスト、教育内容には基本的な欠陥があると考えます。 今回の中西氏の解説記事(複素数と円の幾何: 数学通信 2020年2月号)、大変興味深く読ませて頂いています。 ところが最初の部分、超古典的な記述に問題が起きていると考えますので、広く皆様に注意をして頂ければ幸いです。 入試問題に間違いが有れば 即社会問題になりますが、我々が基本的な欠陥のある数学を教えて、その上に暮らしていれば、それは速やかに修正されるべきであると考えます。 数学の広い分野にわたる内容ですが、函数論の基本に関わる内容ですので、学会も中止されてしまったこともあって メーリングリストを用いて意見を表明したいと考えます。 もし真実を知ってそれを疎かにすれば、教育と研究に責任を持つ私たちに責任が生じて来ると 気に成り出したからです。何と我々の初等数学は初めから欠陥があると考え、誠に畏れ多いので広く意見を求めて来て 既に6年の歳月が経ってしまいました。 最後に文献をあげますので、ここでは焦点を絞って問題を提起させて頂きます。超古典的な結果、原点を中心とする単位円の 原点の鏡像は無限遠点と考えられていますが、我々は原点の鏡像は 原点自身であると述べています。これは中西氏が最初に述べていることですが、その真偽を明らかにして欲しいと考えます。 それはゼロ除算 1/0 の解釈から 無限遠点とされています。 ところが、基本関数W=1/z は z が ゼロに近づく時、無限に発散するは 適当なのですが、z がゼロ自身の時には 不連続的に ゼロの値を取るという、ゼロ除算を発見しました。 それで、原点の鏡像がゼロであることが導かれます。 - これには大きな意味があって、古典的な世界、リーマン球面のモデルは ホーントーラス上で考えるべきで、そこで考えれば 基本関数W=1/zは全複素平面を連続的に、等角写像で 美しく写っていることになります。--発見後6年を経過しても大きな話題にならないのは、あまりにも新奇な世界なので受け入れられない気持ちが先だってしまうためと考えられます。 - しかし、数学者は感情などに左右されるべきではないとは 基本的な心得と学んできたように思います。ゼロ除算の位置づけについて:そもそも数学とは何かに関してですが、数学の元は、ユークリッド幾何学と 四則演算の算術 の法則にあると考えられます。 この算術は インドの ブラ―マグプタによって ゼロの導入と共に西暦628年に確立された。 図形、そして 算術の法則 です。重要で、面白いことには これらは、デカルトの座標系の導入で、統一される。これらの基礎の上に、幾何学、代数学、解析学が発展している と考えられる。 ところが驚くべきことに、両方の基礎には 初めから欠陥が存在していた と考えられる。 無限遠点の考えと、ゼロ除算である。 空間の認識では無限の彼方は どうなっているかという観点が欠けていた。 四則演算においては、割り算における ゼロで割る問題 ゼロ除算問題 である。ブラ―マグプタ自身は 初めから0/0=0 と きちんと定義していたが、一般のゼロ除算は 考えなかった。- これは 不可能である と考えたと思われる。 ゼロ除算の歴史は、もっと古く、物理的な意味から、アリストテレスが ゼロ除算は考えるべきではなく、かつ不可能である と述べていて、欧米の文化に大きな影響を与えてきたという。 ギリシャ文化は、ゼロや空、無を嫌う 強い文化を有してきた。他方、インドでは 相当に深い思想をもってきた。ゼロ除算の結果は:関数 f(x)/x の原点での値は、 関数 f(x) が原点で微分可能であれば、そこにおける微分係数f’(0) で、微分可能でないときには、0とする。特に、1/0=0/0=z/0= tan(\pi/2) =0 and [(z^n)/n](n=0) = log z, [exp(1/z)](0) =1.基本的な関数 W=1/z の原点に於ける値は ゼロである。 無限遠点がゼロで表される。分数とゼロの意味の 新しい発見である。上記の公式は、函数論の基本に関わる結果で、微分係数、y軸の勾配、 対数関数、値分布理論の素に関わると考えられます。これらの数学の素人向きの解説は 55カ月に亘って 次で与えられている:数学基礎学力研究会公式サイト 楽しい数学www.mirun.sctv.jp/~suugaku/数学的な解説は 次で公表されている:viXra:1904.0408 submitted on 2019-04-22 00:32:30,What Was Division by Zero?; Division by Zero Calculus and New Worldカリキュラムの変更内容は:割り算の意味を、繰り返し減法、除算で指導する。基本的な関数 W=1/z の原点に於ける値は ゼロである。 ゼロ除算とゼロ除算算法の導入、無限遠点とゼロ点が接していること、リーマン球面に対して、ホーントーラスの導入、多くの応用。ゼロ除算算法の数学とは:要するに 分母がゼロである ところで、あるいは 所謂 極と言って 孤立特異点を持つ解析関数で、あるいは ローラン展開で、今まで考えなかった、分母がゼロや極、あるいは孤立特異点 その点で、意味のある値が 定義されていた ということです。これらは、ユークリッド幾何学、解析幾何学、微積分学、線形代数学、微分方程式、複素解析学に広範な影響を与える。現在、1100件を超える所見、具体例を持っていること。我々は 初等数学には 基本的な欠陥がある と述べている。 初等数学は 相当に変更されるべきである と考える。ゼロ除算はおろか、ゼロや無、空に弱い、欧米の文化に対して、今こそ欧米中心の数学に 日本発の数学 ゼロ除算算法 を発展させて、世界に貢献したいと 皆さまに期待したいと考えています。最後に 主な参考文献を挙げさせて頂きます:M. Kuroda, H. Michiwaki, S. Saitoh and M. Yamane,New meanings of the division by zero and interpretations on $100/0=0$ and on $0/0=0$, Int. J. Appl. Math. {\bf 27} (2014), no 2, pp. 191-198, DOI: 10.12732/ijam.v27i2.9.T. Matsuura, H. Michiwaki and S. Saitoh, $\log 0= \log \infty =0$ and applications, Differential and Difference Equations with Applications, Springer Proceedings in Mathematics \& Statistics, {\bf 230} (2018), 293-305.S. Pinelas and S. Saitoh, Division by zero calculus and differential equations. Differential and Difference Equations with Applications. Springer Proceedings in Mathematics \& Statistics, {\bf 230} (2018), 399-418.S. Saitoh, What Was Division by Zero?; Division by Zero Calculus and New World, viXra:1904.0408 submitted on 2019-04-22 00:32:30.S. Saitoh, Fundamental of Mathematics; Division by Zero Calculus and a New Axiom, viXra:1908.0100 submitted on 2019-08-06 20:03:01.S.Saitoh, Essential Problems on the Origins of Mathematics; Division by Zero Calculus and New World, viXra:1912.0300 submitted on 2019-12-16 18:37:53.S. Saitoh and Y. Saitoh, Ankur Tiwari's Great Discovery of the Division by Zero $1/0 = \tan (\pi/2) = 0$ on $ 2011$,viXra:2003.0071 submitted on 2020-03-03 15:31:11.以 上適当である、当然である。 修正して 世界の数学の進化に寄与したい。2021.3.23.9:41
2021.03.24
数学者でなくても 素人でも分ってしまう ということですね; 大丈夫でしょうか、数学界、数学者:添付資料を読ませていただきました。内容は、老若男女、誰にでも分かっていただけるものと思いました。「数学の基本と世界観が直接関わっている」という記述は、名言と思いました。再生核研究所声明 613(2021.3.21) 数学界の恥ずかしい間違い、天才たちの見落とし、人々の思い込み; 人類とは盲目集団で、単細胞的集団であるように見えるゼロ除算の理解の遅れは全く不思議で、その理由について思いを巡らしている。まずは、ゼロ除算の最も原理的なところの解説を、本質を解説する。基本的な関数 y=1/x の 原点における値 が ゼロである という発見が ゼロ除算の発見の 本質と言えます。何と その基本関数の 原点での値がゼロだ というのです。その関数は、正の方向から原点に近づくと 無限大に発散し、負の方向から ゼロに近づくと マイナス無限大に 発散しています。 それらは 事実で、 現代数学も当然 そうなっています。しかし、それらは原点に近づくときの 様子を述べていますが、それらは、原点での値が どうの こうのとは 一応違った問題です。 いくら原点に近づいても 原点での値が どうかは 別問題です。 いわゆる 連続性が成り立っているとか、そのようなことは 分りません。 それで 原点での 値を考えてきませんでした。 ぼんやり無限大のようなことを発想してきました。 複素解析学などでは 無限遠点を考えてきましたが、原点での値が 数のように無限大とするのは、そもそもおかしい。 値が 数ではないものと 等号で結ぶのは、 本当は おかしいと言えます。等号は数でなければならないのではないでしょうか。1/0=INFINITY は 本当におかしい。 実際、天才 オイラーの間違いとして 既に有名です。 ゼロ除算は 1/0=0 と言っていますから、多くの人には驚嘆で、実際、聞いて、表情を変えられたのは 国内外、欧米、アジア、ロシア、アフリカ、南米、アラブの人たちも同様です。 しかしながら、1/0 の新しい意味が与えられる必要がありました。 それがゼロ除算の 新しい概念、意味です。 近づく値と、近づいたところの値を 長い間混同し、曖昧にしてきたのが ゼロ除算の 大事な観点、盲点だったと言える。 良く知られているように ゼロ除算は普通の意味では不可能性が簡単に証明されてしまうので、世の天才 ニュートン、アインシュタイン、オイラー、ガウス すら ゼロ除算の本質は捉えることができませんでした。 天才 ラマノジャンは 0/0 = 1 ではないと直観していたが、ゼロ除算の意味は 捉えられなかった。肝心な点なので、ある人とのメールを参考に、理解を深めるために引用したい:まず、関数とその極限の基本事項として、f(z)=1/z (z≠0)とおくとき、f(z) は z=0 で定義されておらず、極限としてlim_(z→0) f(z) = ∞ は明らかです。このとき、z=0 での値を新たに定義して拡張された関数を定義する場合、z=0 において どのような関数値をとるかは自由です。関数論でリーマン面を考えた場合、連続性や等角性にとって便利なようにf(0)=∞ と定義するのは自然です。(1/0=∞)一方、先生がご提唱されているように、いろいろな応用を考えた場合、f(0)=0 と定義した理論も重要です。(1/0=0)これが大事ですが、ム-アペンローズ一般逆、高橋の一意性定理、体の構造、1100を超える具体例は 数学が、1/0=0 の定義と意味を与えているのは歴然です。その考えは極めて簡単に記述されて 内容も定義も簡単です。レヴェルで 小学生から、当たり前です。 割り算の定義、意味をちょっと考え直すだけです。それゆえに 数学が恥ずかしい状態だと言っています。これは、数学界の恥だけではなく 人類の、世界史の恥です。上記で、z=0 において どのような関数値をとるかについて f(0)=∞ と定義するのは自然です は: 値を数でない∞とするのは、おかしいです。 それは、lim_(z→0) f(z) = ∞の意味で、 極限操作を考えなければ、∞は 意味がないと言えます。∞の定義を思い出す必要があります。円の中心の 円に関する鏡像が 中心自身であることを意味しますが、それを無限大や、無限遠点とは やってはいけない 考えてはいけないことは 解析学における、 数学教育の基本に当たります。 なぜなら、近づいていった値と そこでの値は、一般に違うことが 極限の考え方で、基本的に 大事だからです。 ところが鏡像では、 みんな気づかず 永い期間 曖昧にして、ぼんやりして来ました。 不幸にして、原点に近づいていった値と、原点での値は違っていて、原点では似つかない、驚くべき数、ゼロが定義されていた。アリストテレス以来とも 言える。このことをきちんと指摘しても、7年間も修正されず、日本数学会 数学通信に 従来の古い間違いの事実を 正規に指摘しても 1年以上経っても無視を続けていられる有様です。 函数論分科会でもそうです。 何か みんな嫌な世界を見るように 避けるような態度を取られているのは、数学者らしくはない態度で、それでは数学の教育と研究に責任を持つ方がおられないように感じられてしまいます。 われわれは数学の真偽を明かにするように求めています。われわれの教えている数学には 基本的な欠陥があり、恥ずかしい状態であると 繰り返し述べているのに 無視されている状況が存在する。われわれは数学者の良心から、数学の美しさの名において 真相を明かにしていかなければならない ー 令和革新の大義。理解が進まないのは、どうしてか と思い巡らしてきたが、自分の専門に深くはまり、単細胞的な思考と視野に閉ざされて、基本的なことに 気がまわらないような状況が感じられます。 忙しく、心を失っていて、そのような状態で良い教育や、研究が できるのだろうか と考えてしまいます。ゼロ除算は古い歴史を有する 有名な問題ですが、 世の秀才、天才は多いのですが、ひとたび不可能であるとされると、天才たちもすっかりその様に思い込み、その思考から抜けられない人間の性(サガ)を知らされます。 それゆえに、素人の意見など 広く参考にすることが 大事ではないでしょうか。 実際、私たちの発見は、素人の方の質問が、大きなきっかけになっています。数学の世界は、政治社会等と違って 数学的真実は 客観的に 絶対的に存在していると考えれますので、数学としてどうか、真理の追究の立場から、真相を明かにして欲しい と願っています。現状の数学は、恥ずかしい状態で、社会の扱いも 対応も恥ずかしいものであると、 ちょうど地動説を否定して、無視したり、批判していた世相に似ていると考えられます。人は、数学的な真実を求めるべきではないでしょうか。その問題は どうでもよい数学ではなく、数学の基本と世界観が直接関わっているのは歴然です。 永遠や無限は、どうなっているでしょうか。 以 上2021.3.19.18:21 夢中で存念を閃きにしたがって纏めて見た。2021.3.19.20:12 一応形になる。2021.3.19.21:38 大部固まる。2021.3.20.06:28 良い。兄の誕生日。 曇り。2021.3.20.10:50 良い、次には数学界の大勢、マスコミ界の在りよう、文化の問題に触れるべきであると考えられる。社会の病的な状況を示しているのは歴然である。2021.3.20.14:12 曇り、良い。2021.3.20.18:04 良い。明朝完成。論文審査の依頼が入ってしまった。2021.3.20.22:10 良い、小雨が降り始める。2021.3.21.06:12 小雨、感じの雨である。 これは良い。真実である。 完成、公表。2021.3.23.6:12 気がまわらない と修正。 良い。
2021.03.24
無限とゼロの関係、数学の真実を求めよう。再生核研究所声明 613(2021.3.21) 数学界の恥ずかしい間違い、天才たちの見落とし、人々の思い込み; 人類とは盲目集団で、単細胞的集団であるように見えるゼロ除算の理解の遅れは全く不思議で、その理由について思いを巡らしている。まずは、ゼロ除算の最も原理的なところの解説を、本質を解説する。基本的な関数 y=1/x の 原点における値 が ゼロである という発見が ゼロ除算の発見の 本質と言えます。何と その基本関数の 原点での値がゼロだ というのです。その関数は、正の方向から原点に近づくと 無限大に発散し、負の方向から ゼロに近づくと マイナス無限大に 発散しています。 それらは 事実で、 現代数学も当然 そうなっています。しかし、それらは原点に近づくときの 様子を述べていますが、それらは、原点での値が どうの こうのとは 一応違った問題です。 いくら原点に近づいても 原点での値が どうかは 別問題です。 いわゆる 連続性が成り立っているとか、そのようなことは 分りません。 それで 原点での 値を考えてきませんでした。 ぼんやり無限大のようなことを発想してきました。 複素解析学などでは 無限遠点を考えてきましたが、原点での値が 数のように無限大とするのは、そもそもおかしい。 値が 数ではないものと 等号で結ぶのは、 本当は おかしいと言えます。等号は数でなければならないのではないでしょうか。1/0=INFINITY は 本当におかしい。 実際、天才 オイラーの間違いとして 既に有名です。 ゼロ除算は 1/0=0 と言っていますから、多くの人には驚嘆で、実際、聞いて、表情を変えられたのは 国内外、欧米、アジア、ロシア、アフリカ、南米、アラブの人たちも同様です。 しかしながら、1/0 の新しい意味が与えられる必要がありました。 それがゼロ除算の 新しい概念、意味です。 近づく値と、近づいたところの値を 長い間混同し、曖昧にしてきたのが ゼロ除算の 大事な観点、盲点だったと言える。 良く知られているように ゼロ除算は普通の意味では不可能性が簡単に証明されてしまうので、世の天才 ニュートン、アインシュタイン、オイラー、ガウス すら ゼロ除算の本質は捉えることができませんでした。 天才 ラマノジャンは 0/0 = 1 ではないと直観していたが、ゼロ除算の意味は 捉えられなかった。肝心な点なので、ある人とのメールを参考に、理解を深めるために引用したい:まず、関数とその極限の基本事項として、f(z)=1/z (z≠0)とおくとき、f(z) は z=0 で定義されておらず、極限としてlim_(z→0) f(z) = ∞ は明らかです。このとき、z=0 での値を新たに定義して拡張された関数を定義する場合、z=0 において どのような関数値をとるかは自由です。関数論でリーマン面を考えた場合、連続性や等角性にとって便利なようにf(0)=∞ と定義するのは自然です。(1/0=∞)一方、先生がご提唱されているように、いろいろな応用を考えた場合、f(0)=0 と定義した理論も重要です。(1/0=0)これが大事ですが、ム-アペンローズ一般逆、高橋の一意性定理、体の構造、1100を超える具体例は 数学が、1/0=0 の定義と意味を与えているのは歴然です。その考えは極めて簡単に記述されて 内容も定義も簡単です。レヴェルで 小学生から、当たり前です。 割り算の定義、意味をちょっと考え直すだけです。それゆえに 数学が恥ずかしい状態だと言っています。これは、数学界の恥だけではなく 人類の、世界史の恥です。上記で、z=0 において どのような関数値をとるかについて f(0)=∞ と定義するのは自然です は: 値を数でない∞とするのは、おかしいです。 それは、lim_(z→0) f(z) = ∞の意味で、 極限操作を考えなければ、∞は 意味がないと言えます。∞の定義を思い出す必要があります。円の中心の 円に関する鏡像が 中心自身であることを意味しますが、それを無限大や、無限遠点とは やってはいけない 考えてはいけないことは 解析学における、 数学教育の基本に当たります。 なぜなら、近づいていった値と そこでの値は、一般に違うことが 極限の考え方で、基本的に 大事だからです。 ところが鏡像では、 みんな気づかず 永い期間 曖昧にして、ぼんやりして来ました。 不幸にして、原点に近づいていった値と、原点での値は違っていて、原点では似つかない、驚くべき数、ゼロが定義されていた。アリストテレス以来とも 言える。このことをきちんと指摘しても、7年間も修正されず、日本数学会 数学通信に 従来の古い間違いの事実を 正規に指摘しても 1年以上経っても無視を続けていられる有様です。 函数論分科会でもそうです。 何か みんな嫌な世界を見るように 避けるような態度を取られているのは、数学者らしくはない態度で、それでは数学の教育と研究に責任を持つ方がおられないように感じられてしまいます。 われわれは数学の真偽を明かにするように求めています。われわれの教えている数学には 基本的な欠陥があり、恥ずかしい状態であると 繰り返し述べているのに 無視されている状況が存在する。われわれは数学者の良心から、数学の美しさの名において 真相を明かにしていかなければならない ー 令和革新の大義。理解が進まないのは、どうしてか と思い巡らしてきたが、自分の専門に深くはまり、単細胞的な思考と視野に閉ざされて、基本的なことに 気がまわらないような状況が感じられます。 忙しく、心を失っていて、そのような状態で良い教育や、研究が できるのだろうか と考えてしまいます。ゼロ除算は古い歴史を有する 有名な問題ですが、 世の秀才、天才は多いのですが、ひとたび不可能であるとされると、天才たちもすっかりその様に思い込み、その思考から抜けられない人間の性(サガ)を知らされます。 それゆえに、素人の意見など 広く参考にすることが 大事ではないでしょうか。 実際、私たちの発見は、素人の方の質問が、大きなきっかけになっています。数学の世界は、政治社会等と違って 数学的真実は 客観的に 絶対的に存在していると考えれますので、数学としてどうか、真理の追究の立場から、真相を明かにして欲しい と願っています。現状の数学は、恥ずかしい状態で、社会の扱いも 対応も恥ずかしいものであると、 ちょうど地動説を否定して、無視したり、批判していた世相に似ていると考えられます。人は、数学的な真実を求めるべきではないでしょうか。その問題は どうでもよい数学ではなく、数学の基本と世界観が直接関わっているのは歴然です。 永遠や無限は、どうなっているでしょうか。 以 上
2021.03.24
この文章が気になった。気づいたら 日本は依然、数学輸入国では?ただ、追随が多いか?中国の方の数学の論文を結構見て、中国の台頭を感じさせる 強い印象が湧いてきた。まず、何と言っても 中国の方の 発表論文が飛躍的に 増加している。 日本人の発表数が、相当に減っている。中国の方の、メールなどの返信に 力があるのに比べて、日本の方のメールに 元気さがない。国際会議など 中国の方の企画が増大しているのに 比べて、日本では減少傾向にある。研究内容が 中国の方は 地について 応用を強く意識して、社会貢献の精神が強く見られるのに対して、日本人の研究は、細かく抽象的で、数学の裏付けが弱く、社会貢献の意識が弱く、抹消な研究が多いように見られて 心配に感じる。量、実学、パワーで 中国の 世界的な視野での 台頭を 小さな数学の 小さな窓からも 強く感じられる。2021.3.20.21:12
2021.03.24
0÷0の解はなんですか?Saburou Saitoh, 名誉教授回答日時: たった今それはゼロと1300年も前に、算術の創始者によって知られていました。それを間違いだとする世界史は 指摘されてもまだ直さない。数学界の歴史的な恥と思います。 日本数学会も そうです。私は、現代数学には基本的な欠陥があり、数学は恥ずかしい状態だと言っている。 内容も公開している。 国際会議招待講演のビデオ講演も 著書も公開している。 具体的に批判して欲しい。 数学の真実 を明かにして欲しい:2021.3.2.13:35今の数学も 数学教育も おかしいとして、公言、関係者に真相を明かにするように お願いしている。 その事実を公表、議論して欲しい。 情報を隠蔽、無視しているように見える。具体的に 数学通信の記事には、不適当な記事があると 編集責任者に 申し出ている。 真相を明かにして欲しい。2021.2.21.9:52私は、その様に強く思った。 感じた。現代数学には尚、欠陥がある と公言している。 関数論も、微分方程式も、幾何学も、代数も 基本的な欠陥があるのは 歴然で 発見後8年目を迎えてしまった。これは、世界史の汚点になるだろう:Please look 1/0=0:As Fundamental of Mathematics, the division by zero was known as the generalized Moore-Penrose solution of the fundamental equation: ax=b.Look the simple evidence of its importance:viXra:2010.0228 submitted on 2020-10-28 21:39:06,Division by Zero Calculus and Euclidean Geometry - Revolution in Euclidean GeometryLook a simple video talk for its essence at some international conference:0÷0の解はなんですか?https://jp.quora.com/0-0%E3%81%AE%E8%A7%A3%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%82%93%E3%81%A7%E3%81%99%E3%81%8B#sent/_blank
2021.03.24
3th. Announcement:On the International Journal of Reproducing Kernels. Dear respected mathematical scientists on reproducing kernels:Please look the attached basic ideas for the new international journal.Please kindly give your kind comments and wishes, and others for the attached one.Please kindly recommend some more suitable editorial members and please kindly forward this email with the attached one to some suitable persons.For the first publication we consider around February-March in 2022 and so, we would like to gather the manuscripts around in November, 2021. May I hear your ideas and wishes for your contribution to the first volume? Title, page numbers and abstract, and the date of completion of your article.I am considering our general survey article in pages 30-40 or some original short paper based on the very surprising and deep result by Professor Qi'an Guan.For the first volume, now I can think some papers already from the editors. However, for the first volume, how will be the below ideas:1)Some general survey papers in a self contained manner for some general interest.2)The concept of reproducing kernels and author’s idea in some essay way.3) The global survey of the author’s results for some general introduction.Anyhow, I wonder we can consider some suitable papers for the first volume. Could you consider some suitable papers for the first volume?Depending on the situation, we do not wait the publication and we would like to publish the first volume in this year. Indeed, I would not like to loss our valuable time.With best regards,Sincerely yours,Saburou Saitoh2021.3.23Nature of the International Journal of Reproducing Kernels:Introduction. What is a Journal? Of course, the authors will wish to publish their results, promptly and widely, following their wishes. However, sometimes, they will wish to hear from some authorities for their results from the viewpoints of originality, rightness (correctness), and estimation. That is; they will wish to have some estimation for the papers. We have to consider the refereeing procedure, seriously.For this point, how will be?:The appointed editorial member for a paper submitted can give the final decision with two referee’s recommendations for the paper. The publisher and the main editors (in some topics) will give the final decision officially for the publication with the three forms; one editorial member and two referees reports. This procedure, however, is just formal, in the usual many cases.1.Manuscript form and submitting procedure. These may be given simply, by the publisher. No problem. However, I think no journal style and free style by the author in PDF file, directly. We can consider an art with heart of the author for a paper. Simple, exact and prompt procedure.3 . Aim and Scope , Instructions to Authors, (the requests of the publisher)The topics may be identified as the reproducing kernels, so there is no problem for the unified contents already with the importance and great impact to mathematical science. For many journals, we restrict the papers for publication in the framework of reproducing kernels, however, for the wide topics of reproducing kernels we do not restrict any special topics; that will mean that we accept any paper for reproducing kernels. Positive definite functions, concrete reproducing kernels with deep properties, and abstract theory of reproducing kernels are well-comed for the journal. Random fields estimations, many topics in filtering and estimation theory in signal and image processing. Support vector machines and probability theory for data analysis, a powerful computational method for solving learning and function estimating problems such as pattern recognition, density and regression estimation and operator inversion. Statistical learning theory, as the hypothesis space in the approximation of the regression functions. Those applications of reproducing kernels may be well-comed. Furthermore, applications to physics and other fields are, in particular, very well-comed. The spirit of the journal is: fundamental, beautiful and good impact to human beings.Love, passion and fairness are important in the journal.2.Quality of papers: Many kinds of papers, variety, high quality papers and low quality papers are acceptable. For originality, correctness, quality and others, their responsibility may be considered: the authors 5, the appointed editor 4 and the journal 1 among 10, roughly. The appointed editor is presented by as the communicated member in the paper.3.Frequency of the journal. In order to loss our valuable time, we do not fix Frequency of the journal. We publish first the paper soon after the official acceptance of the paper on line. With a reasonable set of the papers, the publisher will publish the journal with printed book form.4.List of the editorial board members, (by the request of the publisher) Tentative, we are looking for the editorial members:
2021.03.23
What is devisibility rules in number?https://greatprafool.blogspot.com/2021/01/mathematics-in-easy-steps-number-and.html?m=1Saburou SaitohAdd CredentialAnswered just nowPlease look the field containing the division by zero:Please look 1/0=0:As Fundamental of Mathematics, the division by zero was known as the generalized Moore-Penrose solution of the fundamental equation: ax=b.Look the simple evidence of its importance:viXra:2010.0228 submitted on 2020-10-28 21:39:06,Division by Zero Calculus and Euclidean Geometry - Revolution in Euclidean GeometryLook a simple video talk for its essence at some international conference:What is devisibility rules in number?https://www.quora.com/unanswered/What-is-devisibility-rules-in-number?__nsrc__=4#sent/_blankBook was published:INTRODUCTION TO THEDIVISION BY ZERO CALCULUSSABUROU SAITOHJanuary, 2021What is devisibility rules in number?https://www.quora.com/unanswered/What-is-devisibility-rules-in-number?__nsrc__=4#inbox/_blank
2021.03.23
この文章を確認したくなった:再生核研究所声明551(2020.3.8) 函数論分科会の皆様 --今の学部函数論テキスト、教育内容には基本的な欠陥があると考えます。 今回の中西氏の解説記事(複素数と円の幾何: 数学通信 2020年2月号)、大変興味深く読ませて頂いています。 ところが最初の部分、超古典的な記述に問題が起きていると考えますので、広く皆様に注意をして頂ければ幸いです。 入試問題に間違いが有れば 即社会問題になりますが、我々が基本的な欠陥のある数学を教えて、その上に暮らしていれば、それは速やかに修正されるべきであると考えます。 数学の広い分野にわたる内容ですが、函数論の基本に関わる内容ですので、学会も中止されてしまったこともあって メーリングリストを用いて意見を表明したいと考えます。 もし真実を知ってそれを疎かにすれば、教育と研究に責任を持つ私たちに責任が生じて来ると 気に成り出したからです。何と我々の初等数学は初めから欠陥があると考え、誠に畏れ多いので広く意見を求めて来て 既に6年の歳月が経ってしまいました。 最後に文献をあげますので、ここでは焦点を絞って問題を提起させて頂きます。超古典的な結果、原点を中心とする単位円の 原点の鏡像は無限遠点と考えられていますが、我々は原点の鏡像は 原点自身であると述べています。これは中西氏が最初に述べていることですが、その真偽を明らかにして欲しいと考えます。 それはゼロ除算 1/0 の解釈から 無限遠点とされています。 ところが、基本関数W=1/z は z が ゼロに近づく時、無限に発散するは 適当なのですが、z がゼロ自身の時には 不連続的に ゼロの値を取るという、ゼロ除算を発見しました。 それで、原点の鏡像がゼロであることが導かれます。 - これには大きな意味があって、古典的な世界、リーマン球面のモデルは ホーントーラス上で考えるべきで、そこで考えれば 基本関数W=1/zは全複素平面を連続的に、等角写像で 美しく写っていることになります。--発見後6年を経過しても大きな話題にならないのは、あまりにも新奇な世界なので受け入れられない気持ちが先だってしまうためと考えられます。 - しかし、数学者は感情などに左右されるべきではないとは 基本的な心得と学んできたように思います。ゼロ除算の位置づけについて:そもそも数学とは何かに関してですが、数学の元は、ユークリッド幾何学と 四則演算の算術 の法則にあると考えられます。 この算術は インドの ブラ―マグプタによって ゼロの導入と共に西暦628年に確立された。 図形、そして 算術の法則 です。重要で、面白いことには これらは、デカルトの座標系の導入で、統一される。これらの基礎の上に、幾何学、代数学、解析学が発展している と考えられる。 ところが驚くべきことに、両方の基礎には 初めから欠陥が存在していた と考えられる。 無限遠点の考えと、ゼロ除算である。 空間の認識では無限の彼方は どうなっているかという観点が欠けていた。 四則演算においては、割り算における ゼロで割る問題 ゼロ除算問題 である。ブラ―マグプタ自身は 初めから0/0=0 と きちんと定義していたが、一般のゼロ除算は 考えなかった。- これは 不可能である と考えたと思われる。 ゼロ除算の歴史は、もっと古く、物理的な意味から、アリストテレスが ゼロ除算は考えるべきではなく、かつ不可能である と述べていて、欧米の文化に大きな影響を与えてきたという。 ギリシャ文化は、ゼロや空、無を嫌う 強い文化を有してきた。他方、インドでは 相当に深い思想をもってきた。ゼロ除算の結果は:関数 f(x)/x の原点での値は、 関数 f(x) が原点で微分可能であれば、そこにおける微分係数f’(0) で、微分可能でないときには、0とする。特に、1/0=0/0=z/0= tan(\pi/2) =0 and [(z^n)/n](n=0) = log z, [exp(1/z)](0) =1.基本的な関数 W=1/z の原点に於ける値は ゼロである。 無限遠点がゼロで表される。分数とゼロの意味の 新しい発見である。上記の公式は、函数論の基本に関わる結果で、微分係数、y軸の勾配、 対数関数、値分布理論の素に関わると考えられます。これらの数学の素人向きの解説は 55カ月に亘って 次で与えられている:数学基礎学力研究会公式サイト 楽しい数学www.mirun.sctv.jp/~suugaku/数学的な解説は 次で公表されている:viXra:1904.0408 submitted on 2019-04-22 00:32:30,What Was Division by Zero?; Division by Zero Calculus and New Worldカリキュラムの変更内容は:割り算の意味を、繰り返し減法、除算で指導する。基本的な関数 W=1/z の原点に於ける値は ゼロである。 ゼロ除算とゼロ除算算法の導入、無限遠点とゼロ点が接していること、リーマン球面に対して、ホーントーラスの導入、多くの応用。ゼロ除算算法の数学とは:要するに 分母がゼロである ところで、あるいは 所謂 極と言って 孤立特異点を持つ解析関数で、あるいは ローラン展開で、今まで考えなかった、分母がゼロや極、あるいは孤立特異点 その点で、意味のある値が 定義されていた ということです。これらは、ユークリッド幾何学、解析幾何学、微積分学、線形代数学、微分方程式、複素解析学に広範な影響を与える。現在、1100件を超える所見、具体例を持っていること。我々は 初等数学には 基本的な欠陥がある と述べている。 初等数学は 相当に変更されるべきである と考える。ゼロ除算はおろか、ゼロや無、空に弱い、欧米の文化に対して、今こそ欧米中心の数学に 日本発の数学 ゼロ除算算法 を発展させて、世界に貢献したいと 皆さまに期待したいと考えています。最後に 主な参考文献を挙げさせて頂きます:M. Kuroda, H. Michiwaki, S. Saitoh and M. Yamane,New meanings of the division by zero and interpretations on $100/0=0$ and on $0/0=0$, Int. J. Appl. Math. {\bf 27} (2014), no 2, pp. 191-198, DOI: 10.12732/ijam.v27i2.9.T. Matsuura, H. Michiwaki and S. Saitoh, $\log 0= \log \infty =0$ and applications, Differential and Difference Equations with Applications, Springer Proceedings in Mathematics \& Statistics, {\bf 230} (2018), 293-305.S. Pinelas and S. Saitoh, Division by zero calculus and differential equations. Differential and Difference Equations with Applications. Springer Proceedings in Mathematics \& Statistics, {\bf 230} (2018), 399-418.S. Saitoh, What Was Division by Zero?; Division by Zero Calculus and New World, viXra:1904.0408 submitted on 2019-04-22 00:32:30.S. Saitoh, Fundamental of Mathematics; Division by Zero Calculus and a New Axiom, viXra:1908.0100 submitted on 2019-08-06 20:03:01.S.Saitoh, Essential Problems on the Origins of Mathematics; Division by Zero Calculus and New World, viXra:1912.0300 submitted on 2019-12-16 18:37:53.S. Saitoh and Y. Saitoh, Ankur Tiwari's Great Discovery of the Division by Zero $1/0 = \tan (\pi/2) = 0$ on $ 2011$,viXra:2003.0071 submitted on 2020-03-03 15:31:11. 以 上適当である、当然である。 修正して 世界の数学の進化に寄与したい。2021.3.23.9:41
2021.03.23
この文章が気になった。気づいたら 日本は依然、数学輸入国では?ただ、追随が多いか?中国の方の数学の論文を結構見て、中国の台頭を感じさせる 強い印象が湧いてきた。まず、何と言っても 中国の方の 発表論文が飛躍的に 増加している。 日本人の発表数が、相当に減っている。中国の方の、メールなどの返信に 力があるのに比べて、日本の方のメールに 元気さがない。国際会議など 中国の方の企画が増大しているのに 比べて、日本では減少傾向にある。研究内容が 中国の方は 地について 応用を強く意識して、社会貢献の精神が強く見られるのに対して、日本人の研究は、細かく抽象的で、数学の裏付けが弱く、社会貢献の意識が弱く、抹消な研究が多いように見られて 心配に感じる。量、実学、パワーで 中国の 世界的な視野での 台頭を 小さな数学の 小さな窓からも 強く感じられる。2021.3.20.21:12
2021.03.23
無限とゼロの関係、数学の真実を求めよう。再生核研究所声明 613(2021.3.21) 数学界の恥ずかしい間違い、天才たちの見落とし、人々の思い込み; 人類とは盲目集団で、単細胞的集団であるように見えるゼロ除算の理解の遅れは全く不思議で、その理由について思いを巡らしている。まずは、ゼロ除算の最も原理的なところの解説を、本質を解説する。基本的な関数 y=1/x の 原点における値 が ゼロである という発見が ゼロ除算の発見の 本質と言えます。何と その基本関数の 原点での値がゼロだ というのです。その関数は、正の方向から原点に近づくと 無限大に発散し、負の方向から ゼロに近づくと マイナス無限大に 発散しています。 それらは 事実で、 現代数学も当然 そうなっています。しかし、それらは原点に近づくときの 様子を述べていますが、それらは、原点での値が どうの こうのとは 一応違った問題です。 いくら原点に近づいても 原点での値が どうかは 別問題です。 いわゆる 連続性が成り立っているとか、そのようなことは 分りません。 それで 原点での 値を考えてきませんでした。 ぼんやり無限大のようなことを発想してきました。 複素解析学などでは 無限遠点を考えてきましたが、原点での値が 数のように無限大とするのは、そもそもおかしい。 値が 数ではないものと 等号で結ぶのは、 本当は おかしいと言えます。等号は数でなければならないのではないでしょうか。1/0=INFINITY は 本当におかしい。 実際、天才 オイラーの間違いとして 既に有名です。 ゼロ除算は 1/0=0 と言っていますから、多くの人には驚嘆で、実際、聞いて、表情を変えられたのは 国内外、欧米、アジア、ロシア、アフリカ、南米、アラブの人たちも同様です。 しかしながら、1/0 の新しい意味が与えられる必要がありました。 それがゼロ除算の 新しい概念、意味です。 近づく値と、近づいたところの値を 長い間混同し、曖昧にしてきたのが ゼロ除算の 大事な観点、盲点だったと言える。 良く知られているように ゼロ除算は普通の意味では不可能性が簡単に証明されてしまうので、世の天才 ニュートン、アインシュタイン、オイラー、ガウス すら ゼロ除算の本質は捉えることができませんでした。 天才 ラマノジャンは 0/0 = 1 ではないと直観していたが、ゼロ除算の意味は 捉えられなかった。肝心な点なので、ある人とのメールを参考に、理解を深めるために引用したい:まず、関数とその極限の基本事項として、f(z)=1/z (z≠0)とおくとき、f(z) は z=0 で定義されておらず、極限としてlim_(z→0) f(z) = ∞ は明らかです。このとき、z=0 での値を新たに定義して拡張された関数を定義する場合、z=0 において どのような関数値をとるかは自由です。関数論でリーマン面を考えた場合、連続性や等角性にとって便利なようにf(0)=∞ と定義するのは自然です。(1/0=∞)一方、先生がご提唱されているように、いろいろな応用を考えた場合、f(0)=0 と定義した理論も重要です。(1/0=0)これが大事ですが、ム-アペンローズ一般逆、高橋の一意性定理、体の構造、1100を超える具体例は 数学が、1/0=0 の定義と意味を与えているのは歴然です。その考えは極めて簡単に記述されて 内容も定義も簡単です。レヴェルで 小学生から、当たり前です。 割り算の定義、意味をちょっと考え直すだけです。それゆえに 数学が恥ずかしい状態だと言っています。これは、数学界の恥だけではなく 人類の、世界史の恥です。上記で、z=0 において どのような関数値をとるかについて f(0)=∞ と定義するのは自然です は: 値を数でない∞とするのは、おかしいです。 それは、lim_(z→0) f(z) = ∞の意味で、 極限操作を考えなければ、∞は 意味がないと言えます。∞の定義を思い出す必要があります。円の中心の 円に関する鏡像が 中心自身であることを意味しますが、それを無限大や、無限遠点とは やってはいけない 考えてはいけないことは 解析学における、 数学教育の基本に当たります。 なぜなら、近づいていった値と そこでの値は、一般に違うことが 極限の考え方で、基本的に 大事だからです。 ところが鏡像では、 みんな気づかず 永い期間 曖昧にして、ぼんやりして来ました。 不幸にして、原点に近づいていった値と、原点での値は違っていて、原点では似つかない、驚くべき数、ゼロが定義されていた。アリストテレス以来とも 言える。このことをきちんと指摘しても、7年間も修正されず、日本数学会 数学通信に 従来の古い間違いの事実を 正規に指摘しても 1年以上経っても無視を続けていられる有様です。 函数論分科会でもそうです。 何か みんな嫌な世界を見るように 避けるような態度を取られているのは、数学者らしくはない態度で、それでは数学の教育と研究に責任を持つ方がおられないように感じられてしまいます。 われわれは数学の真偽を明かにするように求めています。われわれの教えている数学には 基本的な欠陥があり、恥ずかしい状態であると 繰り返し述べているのに 無視されている状況が存在する。われわれは数学者の良心から、数学の美しさの名において 真相を明かにしていかなければならない ー 令和革新の大義。理解が進まないのは、どうしてか と思い巡らしてきたが、自分の専門に深くはまり、単細胞的な思考と視野に閉ざされて、基本的なことに 気がまわらないような状況が感じられます。 忙しく、心を失っていて、そのような状態で良い教育や、研究が できるのだろうか と考えてしまいます。ゼロ除算は古い歴史を有する 有名な問題ですが、 世の秀才、天才は多いのですが、ひとたび不可能であるとされると、天才たちもすっかりその様に思い込み、その思考から抜けられない人間の性(サガ)を知らされます。 それゆえに、素人の意見など 広く参考にすることが 大事ではないでしょうか。 実際、私たちの発見は、素人の方の質問が、大きなきっかけになっています。数学の世界は、政治社会等と違って 数学的真実は 客観的に 絶対的に存在していると考えれますので、数学としてどうか、真理の追究の立場から、真相を明かにして欲しい と願っています。現状の数学は、恥ずかしい状態で、社会の扱いも 対応も恥ずかしいものであると、 ちょうど地動説を否定して、無視したり、批判していた世相に似ていると考えられます。人は、数学的な真実を求めるべきではないでしょうか。その問題は どうでもよい数学ではなく、数学の基本と世界観が直接関わっているのは歴然です。 永遠や無限は、どうなっているでしょうか。 以 上
2021.03.23
雨上がりの美しい朝、相当桜が咲き始めている。この文書の確認を行いたい。昨日大学に行ってくる。 奥村先生と相当メールして 俄然元気が出て来る。 ドイムラー氏 病院から論文ー式 送ってくる。再生核研究所声明 613(2021.3.21) 数学界の恥ずかしい間違い、天才たちの見落とし、人々の思い込み; 人類とは盲目集団で、単細胞的集団であるように見えるゼロ除算の理解の遅れは全く不思議で、その理由について思いを巡らしている。まずは、ゼロ除算の最も原理的なところの解説を、本質を解説する。基本的な関数 y=1/x の 原点における値 が ゼロである という発見が ゼロ除算の発見の 本質と言えます。何と その基本関数の 原点での値がゼロだ というのです。その関数は、正の方向から原点に近づくと 無限大に発散し、負の方向から ゼロに近づくと マイナス無限大に 発散しています。 それらは 事実で、 現代数学も当然 そうなっています。しかし、それらは原点に近づくときの 様子を述べていますが、それらは、原点での値が どうの こうのとは 一応違った問題です。 いくら原点に近づいても 原点での値が どうかは 別問題です。 いわゆる 連続性が成り立っているとか、そのようなことは 分りません。 それで 原点での 値を考えてきませんでした。 ぼんやり無限大のようなことを発想してきました。 複素解析学などでは 無限遠点を考えてきましたが、原点での値が 数のように無限大とするのは、そもそもおかしい。 値が 数ではないものと 等号で結ぶのは、 本当は おかしいと言えます。等号は数でなければならないのではないでしょうか。1/0=INFINITY は 本当におかしい。 実際、天才 オイラーの間違いとして 既に有名です。 ゼロ除算は 1/0=0 と言っていますから、多くの人には驚嘆で、実際、聞いて、表情を変えられたのは 国内外、欧米、アジア、ロシア、アフリカ、南米、アラブの人たちも同様です。 しかしながら、1/0 の新しい意味が与えられる必要がありました。 それがゼロ除算の 新しい概念、意味です。 近づく値と、近づいたところの値を 長い間混同し、曖昧にしてきたのが ゼロ除算の 大事な観点、盲点だったと言える。 良く知られているように ゼロ除算は普通の意味では不可能性が簡単に証明されてしまうので、世の天才 ニュートン、アインシュタイン、オイラー、ガウス すら ゼロ除算の本質は捉えることができませんでした。 天才 ラマノジャンは 0/0 = 1 ではないと直観していたが、ゼロ除算の意味は 捉えられなかった。肝心な点なので、ある人とのメールを参考に、理解を深めるために引用したい:まず、関数とその極限の基本事項として、f(z)=1/z (z≠0)とおくとき、f(z) は z=0 で定義されておらず、極限としてlim_(z→0) f(z) = ∞ は明らかです。このとき、z=0 での値を新たに定義して拡張された関数を定義する場合、z=0 において どのような関数値をとるかは自由です。関数論でリーマン面を考えた場合、連続性や等角性にとって便利なようにf(0)=∞ と定義するのは自然です。(1/0=∞)一方、先生がご提唱されているように、いろいろな応用を考えた場合、f(0)=0 と定義した理論も重要です。(1/0=0)これが大事ですが、ム-アペンローズ一般逆、高橋の一意性定理、体の構造、1100を超える具体例は 数学が、1/0=0 の定義と意味を与えているのは歴然です。その考えは極めて簡単に記述されて 内容も定義も簡単です。レヴェルで 小学生から、当たり前です。 割り算の定義、意味をちょっと考え直すだけです。それゆえに 数学が恥ずかしい状態だと言っています。これは、数学界の恥だけではなく 人類の、世界史の恥です。上記で、z=0 において どのような関数値をとるかについて f(0)=∞ と定義するのは自然です は: 値を数でない∞とするのは、おかしいです。 それは、lim_(z→0) f(z) = ∞の意味で、 極限操作を考えなければ、∞は 意味がないと言えます。∞の定義を思い出す必要があります。円の中心の 円に関する鏡像が 中心自身であることを意味しますが、それを無限大や、無限遠点とは やってはいけない 考えてはいけないことは 解析学における、 数学教育の基本に当たります。 なぜなら、近づいていった値と そこでの値は、一般に違うことが 極限の考え方で、基本的に 大事だからです。 ところが鏡像では、 みんな気づかず 永い期間 曖昧にして、ぼんやりして来ました。 不幸にして、原点に近づいていった値と、原点での値は違っていて、原点では似つかない、驚くべき数、ゼロが定義されていた。アリストテレス以来とも 言える。このことをきちんと指摘しても、7年間も修正されず、日本数学会 数学通信に 従来の古い間違いの事実を 正規に指摘しても 1年以上経っても無視を続けていられる有様です。 函数論分科会でもそうです。 何か みんな嫌な世界を見るように 避けるような態度を取られているのは、数学者らしくはない態度で、それでは数学の教育と研究に責任を持つ方がおられないように感じられてしまいます。 われわれは数学の真偽を明かにするように求めています。われわれの教えている数学には 基本的な欠陥があり、恥ずかしい状態であると 繰り返し述べているのに 無視されている状況が存在する。われわれは数学者の良心から、数学の美しさの名において 真相を明かにしていかなければならない ー 令和革新の大義。理解が進まないのは、どうしてか と思い巡らしてきたが、自分の専門に深くはまり、単細胞的な思考と視野に閉ざされて、基本的なことに 気が周らないような状況が感じられます。 忙しく、心を失っていて、そのような状態で良い教育や、研究が できるのだろうか と考えてしまいます。ゼロ除算は古い歴史を有する 有名な問題ですが、 世の秀才、天才は多いのですが、ひとたび不可能であるとされると、天才たちもすっかりその様に思い込み、その思考から抜けられない人間の性(サガ)を知らされます。 それゆえに、素人の意見など 広く参考にすることが 大事ではないでしょうか。 実際、私たちの発見は、素人の方の質問が、大きなきっかけになっています。数学の世界は、政治社会等と違って 数学的真実は 客観的に 絶対的に存在していると考えれますので、数学としてどうか、真理の追究の立場から、真相を明かにして欲しい と願っています。現状の数学は、恥ずかしい状態で、社会の扱いも 対応も恥ずかしいものであると、 ちょうど地動説を否定して、無視したり、批判していた世相に似ていると考えられます。人は、数学的な真実を求めるべきではないでしょうか。その問題は どうでもよい数学ではなく、数学の基本と世界観が直接関わっているのは歴然です。 永遠や無限は、どうなっているでしょうか。 以 上2021.3.19.18:21 夢中で存念を閃きにしたがって纏めて見た。2021.3.19.20:12 一応形になる。2021.3.19.21:38 大部固まる。2021.3.20.06:28 良い。兄の誕生日。 曇り。2021.3.20.10:50 良い、次には数学界の大勢、マスコミ界の在りよう、文化の問題に触れるべきであると考えられる。社会の病的な状況を示しているのは歴然である。2021.3.20.14:12 曇り、良い。2021.3.20.18:04 良い。明朝完成。論文審査の依頼が入ってしまった。2021.3.20.22:10 良い、小雨が降り始める。2021.3.21.06:12 小雨、感じの雨である。 これは良い。真実である。 完成、公表。気が周らないような ここはおかしい。漢字内容は良い、真実である。
2021.03.23
奥村先生:先生のメールを頂き、がぜん元気が出てきました。無限は、定義をしっかりさせる、その辺何か纏めても良いですね。曖昧、歴史、概念 数学史の歴史、数理哲学にもなります。一応、無限遠点の定義は、あらゆるコンパクト集合の 外にあるものと 想像上で定義されますが、面白いのは立体射影で 球面に写すと 北極点が まさにそうで きちんと捕らえられたと感じて来た。 球面上で 無限遠点は定義されましたが、関数w=1/z で考えると、 zが 0 に近づけば、北極点にどんどん近づきますが、 北極点には 実は到着していなかった。近づくだけです。 北極点は 穴が空いていた。 ここの認識に間違いが存在した。ゼロ点が 北極点に 対応して、それは実は ゼロ点だった。そこで、新世界:From Euclid - Riemann to Daeumler - Puha horn torus model: https://www.horntorus.com/manifolds/paper/P-torus0.jpg Symbol mark: The Journal of the Division by Zero Calculus By Daeumler氏から、ゼロ除算算法の国際雑誌シンボルマークとして、送られてきたものである。 何十年も愛情をかけてきた世界である。ゼロ除算を実現するリーマン面に代わる空間のモデルである。日付:2021/03/19 1:32件名:Re: DBZC web page が 正しい世界です。敬具齋藤三郎2021.3.22.18:10
2021.03.22
風が出て天気は回復、 神社の桜が咲き始めた。 この確認をしたい。再生核研究所声明 613(2021.3.21) 数学界の恥ずかしい間違い、天才たちの見落とし、人々の思い込み; 人類とは盲目集団で、単細胞的集団であるように見えるゼロ除算の理解の遅れは全く不思議で、その理由について思いを巡らしている。まずは、ゼロ除算の最も原理的なところの解説を、本質を解説する。基本的な関数 y=1/x の 原点における値 が ゼロである という発見が ゼロ除算の発見の 本質と言えます。何と その基本関数の 原点での値がゼロだ というのです。その関数は、正の方向から原点に近づくと 無限大に発散し、負の方向から ゼロに近づくと マイナス無限大に 発散しています。 それらは 事実で、 現代数学も当然 そうなっています。しかし、それらは原点に近づくときの 様子を述べていますが、それらは、原点での値が どうの こうのとは 一応違った問題です。 いくら原点に近づいても 原点での値が どうかは 別問題です。 いわゆる 連続性が成り立っているとか、そのようなことは 分りません。 それで 原点での 値を考えてきませんでした。 ぼんやり無限大のようなことを発想してきました。 複素解析学などでは 無限遠点を考えてきましたが、原点での値が 数のように無限大とするのは、そもそもおかしい。 値が 数ではないものと 等号で結ぶのは、 本当は おかしいと言えます。等号は数でなければならないのではないでしょうか。1/0=INFINITY は 本当におかしい。 実際、天才 オイラーの間違いとして 既に有名です。 ゼロ除算は 1/0=0 と言っていますから、多くの人には驚嘆で、実際、聞いて、表情を変えられたのは 国内外、欧米、アジア、ロシア、アフリカ、南米、アラブの人たちも同様です。 しかしながら、1/0 の新しい意味が与えられる必要がありました。 それがゼロ除算の 新しい概念、意味です。 近づく値と、近づいたところの値を 長い間混同し、曖昧にしてきたのが ゼロ除算の 大事な観点、盲点だったと言える。 良く知られているように ゼロ除算は普通の意味では不可能性が簡単に証明されてしまうので、世の天才 ニュートン、アインシュタイン、オイラー、ガウス すら ゼロ除算の本質は捉えることができませんでした。 天才 ラマノジャンは 0/0 = 1 ではないと直観していたが、ゼロ除算の意味は 捉えられなかった。肝心な点なので、ある人とのメールを参考に、理解を深めるために引用したい:まず、関数とその極限の基本事項として、f(z)=1/z (z≠0)とおくとき、f(z) は z=0 で定義されておらず、極限としてlim_(z→0) f(z) = ∞ は明らかです。このとき、z=0 での値を新たに定義して拡張された関数を定義する場合、z=0 において どのような関数値をとるかは自由です。関数論でリーマン面を考えた場合、連続性や等角性にとって便利なようにf(0)=∞ と定義するのは自然です。(1/0=∞)一方、先生がご提唱されているように、いろいろな応用を考えた場合、f(0)=0 と定義した理論も重要です。(1/0=0)これが大事ですが、ム-アペンローズ一般逆、高橋の一意性定理、体の構造、1100を超える具体例は 数学が、1/0=0 の定義と意味を与えているのは歴然です。その考えは極めて簡単に記述されて 内容も定義も簡単です。レヴェルで 小学生から、当たり前です。 割り算の定義、意味をちょっと考え直すだけです。それゆえに 数学が恥ずかしい状態だと言っています。これは、数学界の恥だけではなく 人類の、世界史の恥です。上記で、z=0 において どのような関数値をとるかについて f(0)=∞ と定義するのは自然です は: 値を数でない∞とするのは、おかしいです。 それは、lim_(z→0) f(z) = ∞の意味で、 極限操作を考えなければ、∞は 意味がないと言えます。∞の定義を思い出す必要があります。円の中心の 円に関する鏡像が 中心自身であることを意味しますが、それを無限大や、無限遠点とは やってはいけない 考えてはいけないことは 解析学における、 数学教育の基本に当たります。 なぜなら、近づいていった値と そこでの値は、一般に違うことが 極限の考え方で、基本的に 大事だからです。 ところが鏡像では、 みんな気づかず 永い期間 曖昧にして、ぼんやりして来ました。 不幸にして、原点に近づいていった値と、原点での値は違っていて、原点では似つかない、驚くべき数、ゼロが定義されていた。アリストテレス以来とも 言える。このことをきちんと指摘しても、7年間も修正されず、日本数学会 数学通信に 従来の古い間違いの事実を 正規に指摘しても 1年以上経っても無視を続けていられる有様です。 函数論分科会でもそうです。 何か みんな嫌な世界を見るように 避けるような態度を取られているのは、数学者らしくはない態度で、それでは数学の教育と研究に責任を持つ方がおられないように感じられてしまいます。 われわれは数学の真偽を明かにするように求めています。われわれの教えている数学には 基本的な欠陥があり、恥ずかしい状態であると 繰り返し述べているのに 無視されている状況が存在する。われわれは数学者の良心から、数学の美しさの名において 真相を明かにしていかなければならない ー 令和革新の大義。理解が進まないのは、どうしてか と思い巡らしてきたが、自分の専門に深くはまり、単細胞的な思考と視野に閉ざされて、基本的なことに 気が周らないような状況が感じられます。 忙しく、心を失っていて、そのような状態で良い教育や、研究が できるのだろうか と考えてしまいます。ゼロ除算は古い歴史を有する 有名な問題ですが、 世の秀才、天才は多いのですが、ひとたび不可能であるとされると、天才たちもすっかりその様に思い込み、その思考から抜けられない人間の性(サガ)を知らされます。 それゆえに、素人の意見など 広く参考にすることが 大事ではないでしょうか。 実際、私たちの発見は、素人の方の質問が、大きなきっかけになっています。数学の世界は、政治社会等と違って 数学的真実は 客観的に 絶対的に存在していると考えれますので、数学としてどうか、真理の追究の立場から、真相を明かにして欲しい と願っています。現状の数学は、恥ずかしい状態で、社会の扱いも 対応も恥ずかしいものであると、 ちょうど地動説を否定して、無視したり、批判していた世相に似ていると考えられます。人は、数学的な真実を求めるべきではないでしょうか。その問題は どうでもよい数学ではなく、数学の基本と世界観が直接関わっているのは歴然です。 永遠や無限は、どうなっているでしょうか。 以 上2021.3.19.18:21 夢中で存念を閃きにしたがって纏めて見た。2021.3.19.20:12 一応形になる。2021.3.19.21:38 大部固まる。2021.3.20.06:28 良い。兄の誕生日。 曇り。2021.3.20.10:50 良い、次には数学界の大勢、マスコミ界の在りよう、文化の問題に触れるべきであると考えられる。社会の病的な状況を示しているのは歴然である。2021.3.20.14:12 曇り、良い。2021.3.20.18:04 良い。明朝完成。論文審査の依頼が入ってしまった。2021.3.20.22:10 良い、小雨が降り始める。2021.3.21.06:12 小雨、感じの雨である。 これは良い。真実である。 完成、公表。2021.3.22.06:08 良い、世界に向かって述べたい。 数学界は間違った数学を修正しないか、それでは、決戦を挑むことにしたい。 令和革新に 命を掛けたい。
2021.03.22
新世界:From Euclid - Riemann to Daeumler - Puha horn torus model:https://www.horntorus.com/manifolds/paper/P-torus0.jpgSymbol mark:The Journal of the Division by Zero CalculusBy Daeumler氏から、ゼロ除算算法の国際雑誌シンボルマークとして、送られてきたものである。 何十年も愛情をかけてきた世界である。ゼロ除算を実現するリーマン面に代わる空間のモデルである。日付: 2021/03/19 1:32件名: Re: DBZC web page
2021.03.21
これは 嘉田先生とは 無関係のようだ:内緒で、中傷しているようにも 見える。そのようなことが、数学者に 教育者に 有ってはならないから、誰かが かたっている のだろうか。 分からない。嘉田 勝 先生: 下記は先生の記事かと思われます: 今回はさすがにO藪氏もゼロ除算氏も基礎論歴史分科会での講演なしhttps://twitter.com/kadamasaru/status/1371211610543378432 先生、ゼロ除算は当たり前で、数学の盲点だったと ここ7年考えてきました。未だに初期のように誤解されている方がおられて驚いています。 下記などを参考にして下さい。またどのような建設的な御意見に対しても真面目に回答させて頂きます。私は数学の真相を求めています:私は、現代数学には基本的な欠陥があり、数学は恥ずかしい状態だと言っている。 内容も公開している。 国際会議招待講演のビデオ講演も 著書も公開している。 具体的に批判して欲しい。 数学の真実 を明かにして欲しい:2021.3.2.13:35 今の数学も 数学教育も おかしいとして、公言、関係者に真相を明かにするように お願いしている。 その事実を公表、議論して欲しい。 情報を隠蔽、無視しているように見える。具体的に 数学通信の記事には、不適当な記事があると 編集責任者に 申し出ている。 真相を明かにして欲しい。2021.2.21.9:52私は、その様に強く思った。 感じた。 現代数学には尚、欠陥がある と公言している。 関数論も、微分方程式も、幾何学も、代数も 基本的な欠陥があるのは 歴然で 発見後8年目を迎えてしまった。これは、世界史の汚点になるだろう: Please look 1/0=0:As Fundamental of Mathematics, the division by zero was known as the generalized Moore-Penrose solution of the fundamental equation: ax=b. Look the simple evidence of its importance: viXra:2010.0228 submitted on 2020-10-28 21:39:06,Division by Zero Calculus and Euclidean Geometry - Revolution in Euclidean Geometry Look a simple video talk for its essence at some international conference: https://media.cmd.gunma-u.ac.jp/media/Play/ef7ca967c3fd4dabb188128fd6038cb81d Book was published:INTRODUCTION TO THEDIVISION BY ZERO CALCULUSSABUROU SAITOHJanuary, 2021 https://www.scirp.org/book/DetailedInforOfABook.aspx?bookID=2746 https://www.amazon.com/dp/1649970889?ref=myi_title_dp https://books.google.com.ua/books/about?id=BnkZEAAAQBAJ&redir_esc=y https://play.google.com/store/books/details?id=BnkZEAAAQBAJ https://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/ 敬具齋藤三郎2021.3.15.14:22
2021.03.21
再生核研究所声明 613(2021.3.21) 数学界の恥ずかしい間違い、天才たちの見落とし、人々の思い込み; 人類とは盲目集団で、単細胞的集団であるように見えるゼロ除算の理解の遅れは全く不思議で、その理由について思いを巡らしている。まずは、ゼロ除算の最も原理的なところの解説を、本質を解説する。基本的な関数 y=1/x の 原点における値 が ゼロである という発見が ゼロ除算の発見の 本質と言えます。何と その基本関数の 原点での値がゼロだ というのです。その関数は、正の方向から原点に近づくと 無限大に発散し、負の方向から ゼロに近づくと マイナス無限大に 発散しています。 それらは 事実で、 現代数学も当然 そうなっています。しかし、それらは原点に近づくときの 様子を述べていますが、それらは、原点での値が どうの こうのとは 一応違った問題です。 いくら原点に近づいても 原点での値が どうかは 別問題です。 いわゆる 連続性が成り立っているとか、そのようなことは 分りません。 それで 原点での 値を考えてきませんでした。 ぼんやり無限大のようなことを発想してきました。 複素解析学などでは 無限遠点を考えてきましたが、原点での値が 数のように無限大とするのは、そもそもおかしい。 値が 数ではないものと 等号で結ぶのは、 本当は おかしいと言えます。等号は数でなければならないのではないでしょうか。1/0=INFINITY は 本当におかしい。 実際、天才 オイラーの間違いとして 既に有名です。 ゼロ除算は 1/0=0 と言っていますから、多くの人には驚嘆で、実際、聞いて、表情を変えられたのは 国内外、欧米、アジア、ロシア、アフリカ、南米、アラブの人たちも同様です。 しかしながら、1/0 の新しい意味が与えられる必要がありました。 それがゼロ除算の 新しい概念、意味です。 近づく値と、近づいたところの値を 長い間混同し、曖昧にしてきたのが ゼロ除算の 大事な観点、盲点だったと言える。 良く知られているように ゼロ除算は普通の意味では不可能性が簡単に証明されてしまうので、世の天才 ニュートン、アインシュタイン、オイラー、ガウス すら ゼロ除算の本質は捉えることができませんでした。 天才 ラマノジャンは 0/0 = 1 ではないと直観していたが、ゼロ除算の意味は 捉えられなかった。肝心な点なので、ある人とのメールを参考に、理解を深めるために引用したい:まず、関数とその極限の基本事項として、f(z)=1/z (z≠0)とおくとき、f(z) は z=0 で定義されておらず、極限としてlim_(z→0) f(z) = ∞ は明らかです。このとき、z=0 での値を新たに定義して拡張された関数を定義する場合、z=0 において どのような関数値をとるかは自由です。関数論でリーマン面を考えた場合、連続性や等角性にとって便利なようにf(0)=∞ と定義するのは自然です。(1/0=∞)一方、先生がご提唱されているように、いろいろな応用を考えた場合、f(0)=0 と定義した理論も重要です。(1/0=0)これが大事ですが、ム-アペンローズ一般逆、高橋の一意性定理、体の構造、1100を超える具体例は 数学が、1/0=0 の定義と意味を与えているのは歴然です。その考えは極めて簡単に記述されて 内容も定義も簡単です。レヴェルで 小学生から、当たり前です。 割り算の定義、意味をちょっと考え直すだけです。それゆえに 数学が恥ずかしい状態だと言っています。これは、数学界の恥だけではなく 人類の、世界史の恥です。上記で、z=0 において どのような関数値をとるかについて f(0)=∞ と定義するのは自然です は: 値を数でない∞とするのは、おかしいです。 それは、lim_(z→0) f(z) = ∞の意味で、 極限操作を考えなければ、∞は 意味がないと言えます。∞の定義を思い出す必要があります。円の中心の 円に関する鏡像が 中心自身であることを意味しますが、それを無限大や、無限遠点とは やってはいけない 考えてはいけないことは 解析学における、 数学教育の基本に当たります。 なぜなら、近づいていった値と そこでの値は、一般に違うことが 極限の考え方で、基本的に 大事だからです。 ところが鏡像では、 みんな気づかず 永い期間 曖昧にして、ぼんやりして来ました。 不幸にして、原点に近づいていった値と、原点での値は違っていて、原点では似つかない、驚くべき数、ゼロが定義されていた。アリストテレス以来とも 言える。このことをきちんと指摘しても、7年間も修正されず、日本数学会 数学通信に 従来の古い間違いの事実を 正規に指摘しても 1年以上経っても無視を続けていられる有様です。 函数論分科会でもそうです。 何か みんな嫌な世界を見るように 避けるような態度を取られているのは、数学者らしくはない態度で、それでは数学の教育と研究に責任を持つ方がおられないように感じられてしまいます。 われわれは数学の真偽を明かにするように求めています。われわれの教えている数学には 基本的な欠陥があり、恥ずかしい状態であると 繰り返し述べているのに 無視されている状況が存在する。われわれは数学者の良心から、数学の美しさの名において 真相を明かにしていかなければならない ー 令和革新の大義。理解が進まないのは、どうしてか と思い巡らしてきたが、自分の専門に深くはまり、単細胞的な思考と視野に閉ざされて、基本的なことに 気が周らないような状況が感じられます。 忙しく、心を失っていて、そのような状態で良い教育や、研究が できるのだろうか と考えてしまいます。ゼロ除算は古い歴史を有する 有名な問題ですが、 世の秀才、天才は多いのですが、ひとたび不可能であるとされると、天才たちもすっかりその様に思い込み、その思考から抜けられない人間の性(サガ)を知らされます。 それゆえに、素人の意見など 広く参考にすることが 大事ではないでしょうか。 実際、私たちの発見は、素人の方の質問が、大きなきっかけになっています。数学の世界は、政治社会等と違って 数学的真実は 客観的に 絶対的に存在していると考えれますので、数学としてどうか、真理の追究の立場から、真相を明かにして欲しい と願っています。現状の数学は、恥ずかしい状態で、社会の扱いも 対応も恥ずかしいものであると、 ちょうど地動説を否定して、無視したり、批判していた世相に似ていると考えられます。人は、数学的な真実を求めるべきではないでしょうか。その問題は どうでもよい数学ではなく、数学の基本と世界観が直接関わっているのは歴然です。 永遠や無限は、どうなっているでしょうか。 以 上2021.3.19.18:21 夢中で存念を閃きにしたがって纏めて見た。2021.3.19.20:12 一応形になる。2021.3.19.21:38 大部固まる。2021.3.20.06:28 良い。兄の誕生日。 曇り。2021.3.20.10:50 良い、次には数学界の大勢、マスコミ界の在りよう、文化の問題に触れるべきであると考えられる。社会の病的な状況を示しているのは歴然である。2021.3.20.14:12 曇り、良い。2021.3.20.18:04 良い。明朝完成。論文審査の依頼が入ってしまった。2021.3.20.22:10 良い、小雨が降り始める。2021.3.21.06:12 小雨、感じの雨である。 これは良い。真実である。 完成、公表。
2021.03.21
From Euclid - Riemann to Daeumler - Puha horn torus model:https://www.horntorus.com/manifolds/paper/P-torus0.jpgSymbol mark:The Journal of the Division by Zero CalculusBy Daeumler
2021.03.20
中国の方の数学の論文を結構見て、中国の台頭を感じさせる 強い印象が湧いてきた。まず、何と言っても 中国の方の 発表論文が飛躍的に 増加している。 日本人の発表数が、相当に減っている。中国の方の、メールなどの返信に 力があるのに比べて、日本の方のメールに 元気さがない。国際会議など 中国の方の企画が増大しているのに 比べて、日本では減少傾向にある。研究内容が 中国の方は 地について 応用を強く意識して、社会貢献の精神が強く見られるのに対して、日本人の研究は、細かく抽象的で、数学の裏付けが弱く、社会貢献の意識が弱く、抹消な研究が多いように見られて 心配に感じる。量、実学、パワーで 中国の 世界的な視野での 台頭を 小さな数学の 小さな窓からも 強く感じられる。2021.3.20.21:12
2021.03.20
What is meant by extended real number system and how are the points at infinity introduced in the extended real numbers system?Saburou SaitohAdd CredentialAnswered just nowPlease look 1/0=0:As Fundamental of Mathematics, the division by zero was known as the generalized Moore-Penrose solution of the fundamental equation: ax=b.Look the simple evidence of its importance:viXra:2010.0228 submitted on 2020-10-28 21:39:06,Division by Zero Calculus and Euclidean Geometry - Revolution in Euclidean GeometryLook a simple video talk for its essence at some international conference:What is meant by extended real number system and how are the points at infinity introduced in the extended real numbers system?https://www.quora.com/unanswered/What-is-meant-by-extended-real-number-system-and-how-are-the-points-at-infinity-introduced-in-the-extended-real-numbers-system?__nsrc__=4#sent/_blankBook was published:INTRODUCTION TO THEDIVISION BY ZERO CALCULUSSABUROU SAITOHJanuary, 2021What is meant by extended real number system and how are the points at infinity introduced in the extended real numbers system?https://www.quora.com/unanswered/What-is-meant-by-extended-real-number-system-and-how-are-the-points-at-infinity-introduced-in-the-extended-real-numbers-system?__nsrc__=4#inbox/_blankWhat is meant by extended real number system and how are the points at infinity introduced in the extended real numbers system?https://www.quora.com/unanswered/What-is-meant-by-extended-real-number-system-and-how-are-the-points-at-infinity-introduced-in-the-extended-real-numbers-system?__nsrc__=4#inbox/_blankWhat is meant by extended real number system and how are the points at infinity introduced in the extended real numbers system?https://www.quora.com/unanswered/What-is-meant-by-extended-real-number-system-and-how-are-the-points-at-infinity-introduced-in-the-extended-real-numbers-system?__nsrc__=4#inbox/_blankWhat is meant by extended real number system and how are the points at infinity introduced in the extended real numbers system?https://www.quora.com/unanswered/What-is-meant-by-extended-real-number-system-and-how-are-the-points-at-infinity-introduced-in-the-extended-real-numbers-system?__nsrc__=4#inbox/_blank1 viewSaburou SaitohAdd CredentialAnswered just nowPlease look 1/0=0:As Fundamental of Mathematics, the division by zero was known as the generalized Moore-Penrose solution of the fundamental equation: ax=b.Look the simple evidence of its importance:viXra:2010.0228 submitted on 2020-10-28 21:39:06,Division by Zero Calculus and Euclidean Geometry - Revolution in Euclidean GeometryLook a simple video talk for its essence at some international conference:What is meant by extended real number system and how are the points at infinity introduced in the extended real numbers system?https://www.quora.com/unanswered/What-is-meant-by-extended-real-number-system-and-how-are-the-points-at-infinity-introduced-in-the-extended-real-numbers-system?__nsrc__=4#sent/_blankBook was published:INTRODUCTION TO THEDIVISION BY ZERO CALCULUSSABUROU SAITOHJanuary, 2021What is meant by extended real number system and how are the points at infinity introduced in the extended real numbers system?https://www.quora.com/unanswered/What-is-meant-by-extended-real-number-system-and-how-are-the-points-at-infinity-introduced-in-the-extended-real-numbers-system?__nsrc__=4#inbox/_blankWhat is meant by extended real number system and how are the points at infinity introduced in the extended real numbers system?https://www.quora.com/unanswered/What-is-meant-by-extended-real-number-system-and-how-are-the-points-at-infinity-introduced-in-the-extended-real-numbers-system?__nsrc__=4#inbox/_blankWhat is meant by extended real number system and how are the points at infinity introduced in the extended real numbers system?https://www.quora.com/unanswered/What-is-meant-by-extended-real-number-system-and-how-are-the-points-at-infinity-introduced-in-the-extended-real-numbers-system?__nsrc__=4#inbox/_blankWhat is meant by extended real number system and how are the points at infinity introduced in the extended real numbers system?https://www.quora.com/unanswered/What-is-meant-by-extended-real-number-system-and-how-are-the-points-at-infinity-introduced-in-the-extended-real-numbers-system?__nsrc__=4#inbox/_blank1 view
2021.03.20
数学通信に 間違った、不適当な記事があるとして、修正を 責任者や関係者に求めている。それは、数学と数学教育の基本に関わると考えている。再生核研究所声明 609 (2021.3.11): 複素数と円の幾何 - 島根大 中西俊浩氏の解説について(数学通信 2020年2月号) 記述の修正を求めるここで、記述とは 円に関する 中心の鏡像を 無限遠点としているのを、 中心の鏡像は 中心自身であるとの記述に改めて欲しいとの、要求です。詳しい背景は、再生核研究所声明551(2020.3.8) 函数論分科会の皆様 -- 今の学部函数論テキスト、教育内容には基本的な欠陥があると考えます。と再生核研究所声明 606(2021.3.1) : 新世界は拓かれた、新世界の探検を求める:From Riemann sphere to Daeumler - Puha horn torus; 2021.2.22.5:33orFrom Euclid - Riemann to Daeumler - Puha horn torus model; 2021.2.22.07:30を参照。 検討の依頼は 著者本人及び、編集責任者 「数学通信」編集委員長 徳永浩雄氏に伝えられ(Thu, 5 Mar 2020 10:22:54 +0900)編集委員会にて諮りますと回答されたが、以後一切連絡を受けていない。修正依頼の理由について心情は:数学者が 間違いを修正しないはずは無いから、 数学会が間違いを修正しないのは、 どちらでもあり得ると 誤解している、 間違いの理解をしているため と 考えられる。だから、真相を明らかにして欲しい。 関係者の 数学者の名誉と 義務 職務に反していると考える。春の美しい朝、東工大で 小松勇作先生、小沢先生、吹田先生の 出席される 高級なセミナーで 数学の精神は鍛えられた。 先生たちは充実した年代で、結構な数学者、 東大の及川先生等も よく参加、更に当時助手と呼ばれていた人たちも一緒で 厳しいものだった。私は、現状の関数論の在りようは おかしいと考えられると、そのような思いで 目を覚ました。 どうして こんなことが明らかにできないのだろうか。 どうして 真実を求めない。 明らかにしない。 鏡像の古典的な考えは 間違いであり、 現代数学の基礎には 基本的な欠陥がある。 真相を究めて欲しい。 それができないで 数学者と言えるだろうか。 私は 我々の受けた数学の精神に掛けて、それは許せない。それは研究者の 譲れない 良心である。 2021.3.6.5:25(ブログに公開)。ゼロ除算は発見されて7年を経過し、日本数学会でも 繰り返し講演、学会ごとにできる限り個別にも会ってゼロ除算の理解を求めてきた。 それで正当な批判は世界のどこからも無く、招待国際会議のビデオ講演を公開し、 著書も出版されている。 しかしながら、今でも相当な人が上記に述べているような誤解をされている状況が 広くみられる。 単に鏡像の問題だけでは なく、世界観や基礎数学全般の基本に関わるので、日本数学会として、きちんと真相を明かにし、事実の認定を行うは、数学の研究と教育に責任を担う機関として、基本的な義務になると考えます。私は、数学者の良心に掛けて、真相の究明を続け、数学の名誉に掛けて、令和革新の大義 に努力したい。尚、結果は ISAAC 2015, Macauでの Plenary Lectures で特別に言及され、正規に出版されている:S. Saitoh, A reproducing kernel theory with some general applications, Qian,T./Rodino,L.(eds.): Mathematical Analysis, Probability and Applications - Plenary Lectures: Isaac 2015, Macau, China, Springer Proceedings in Mathematics and Statistics, {\bf 177}(2016), 151-182. (Springer). 以 上2021.3.9.05:10 一気に簡単に完成させる。 曇りの朝2021.3.9.05:50 良い、既にできている。2021.3.9.07:35 良い。2021.3.9.10:17 晴れて来る、美しい日、これは真実で良いが。2021.3.9.11:52 これは真実である。 良い。 不適当な基本的な数学は 修正されなければならない。2021.3.9.14:06 美しい日、良い、完成できる。2021.3.9.18:45 良い。2021.3.9.21:53 良い。2021.3.10.4:56 良い、明日、完成、公表できる。間違っている数学、不完全な数学をほおって置く置くわけに行かないのは 当然である。2021.3.10.7:14 良い、隠れ家周辺を回ってくる。鹿の足跡が見えた。 風少し、つめたかった。2021.3.10.10:57 良い、熱情なくして、2000年の歴史を変えられようか。 美しい日になってきた。著書案363ページになる。2021.3.10.11:56 良い、暖かな日和、少し風が。2021.3.10.17:32 良い、これは真実であり、当然である。2021.3.10.21:22 要するに間違っている数学の事実の修正を求めている。 鏡像はずっと間違えていたが、既に7年も前に修正された。それが旧体依然になっているのは良くない。2021.3.11.05:42 良い、ゼロ除算算法の雑誌の編集員が2人今朝増えた。完成、公表。
2021.03.20
アクセツ第1表現 面白い。 既に新しい声明案ができている。明日 公表できるだろう。理解を求める表現、 証拠を挙げているが、分からない人が多い。間違い、欠陥の数学を直して、美しい、役立つ数学にしよう。 不格好の数学を直したい。ゼロ除算算法の雑誌、シンボルマークが定まり、ホーントーラスの論文は 定まった。計算機との関係、ゼロ除算の歴史と現状も既に、できている。幾何学との関係は、原稿の基礎は確立している。 出版を予定を繰り上げて 急ぎたい。再生核研究所声明 612(2021.3.19) 我々は発見した ー 数学の初歩的な結果我々は、自然な意味で、ゼロで割れることを発見した。我々は、無限大はゼロで表されることを発見した。我々は、真っ直ぐに立った電柱の勾配がゼロであることを発見した。我々は、y軸の勾配がゼロであることを発見した。我々は、直角双曲線の中心での値が、中心の値をとることを発見した。我々は、特異点で 意味のある値をとることを発見した。我々は、無限の彼方が 原点に一致していることを発見した。我々は、無限の先にゼロがあることを発見した。我々は、全てはゼロから始まってゼロに帰することを発見した。我々は、円の中心の 円に関する鏡像が 中心自身であることを発見した。我々は、ゼロには不可能を現す性質があることを発見した。我々は、ゼロが 存在しないことを現す場合もあることを発見した。我々は、ユークリッド幾何学には、無限の彼方の考えに欠陥があることを発見した。我々は、直線も 点も、 中心が原点で、曲率がゼロの円とみなせることを発見した。我々は、ゼロ除算算法 DBZC という 基本的な演算の概念と 言葉を発見した。 それを著書に出版した:INTRODUCTION TO THEDIVISION BY ZERO CALCULUSSABUROU SAITOHJanuary, 2021https://www.scirp.org/book/DetailedInforOfABook.aspx?bookID=2746https://www.amazon.com/dp/1649970889?ref=myi_title_dphttps://books.google.com.ua/books/about?id=BnkZEAAAQBAJ&redir_esc=yhttps://play.google.com/store/books/details?id=BnkZEAAAQBAJこれらは気持ちで、感情的に 素人向きに、一般向きに 表現したものである。 正確、厳密には 上記著書で 自己完結に記述されていると考える。 以 上今朝の考え:私は、ゼロで割れることを発見した。私は、無限大はゼロで表されることを発見した。2021.3.18.5:45このような表現を考えよう。これは面白いので、整理纏めて、声明に纏めた。2022.3.18.17:442021.3.19.05:38 良い。Wolfgang Däumler完全な論文と雑誌シンボル図が 送られてきた。 病院から。2021.3.19.06:00 良い、完成公表。 曇りの朝。
2021.03.20
2021年3月19日(金) 18:26 ゼロ除算を認めたような思想です。 正しいだけで価値は無いです。|もじすーhttps://twitter.com/nemunokinoki/status/1372829543719972867知らないで批判されていますね。従来数学の例外を 統一的にする、数学を美しくするばかりでは無く 全く新規な結果を沢山導いています。新世界が現れました。 現代数学には尚、欠陥がある と公言している。 関数論も、微分方程式も、幾何学も、代数も 基本的な欠陥があるのは 歴然で 発見後8年目を迎えてしまった。これは、世界史の汚点になるだろう: Please look 1/0=0:As Fundamental of Mathematics, the division by zero was known as the generalized Moore-Penrose solution of the fundamental equation: ax=b. Look the simple evidence of its importance: viXra:2010.0228 submitted on 2020-10-28 21:39:06,Division by Zero Calculus and Euclidean Geometry - Revolution in Euclidean Geometry Look a simple video talk for its essence at some international conference: https://media.cmd.gunma-u.ac.jp/media/Play/ef7ca967c3fd4dabb188128fd6038cb81d Book was published:INTRODUCTION TO THEDIVISION BY ZERO CALCULUSSABUROU SAITOHJanuary, 2021 https://www.scirp.org/book/DetailedInforOfABook.aspx?bookID=2746 https://www.amazon.com/dp/1649970889?ref=myi_title_dp https://books.google.com.ua/books/about?id=BnkZEAAAQBAJ&redir_esc=y https://play.google.com/store/books/details?id=BnkZEAAAQBAJ
2021.03.19
2021年3月19日(金) 14:32 あちこちいったりきたりしておりますが、[[ゼロ除算]]が「まともな出典がなくて独自研究の嵐に見える」という理由のみで良質な記事から除去されていたことを知ったので、出典追加祭りを開催することにしました ……なぜ再選考時に、出典を付ける方向で救われなかったのか謎 #jawphttps://twitter.com/akaimegirl/status/1372457633928466432畏れながら率直に申し上げれば、ゼロ除算の情報は 間違いか、不適当なもので 満ちています。 私たちの結果が 正当であると考えています。 日本語も 英語の本も出版されました。 下記から、辿って下さい: ゼロ除算を簡単に言えば、基本的な関数 y=1/x の 原点での値が、ゼロの発見です。 それを、 1/0=0 と書いたら、凄いことが起きるということで、2000年以上の 我々の世界観と、数学は変更、修正ではなく、新しい世界、数学が現れ、広範な影響が出るということです:2021.3.7.5:02 現代数学には尚、欠陥がある と公言している。 関数論も、極の概念にそもそも欠陥がある、 微分方程式も、 微分係数に欠陥がある、幾何学も、 無限の彼方に 欠陥が数学的に存在した、代数も、 そもそもゼロ除算を含む 簡単な 体の構造が存在した。 それゆえに 現代数学の基礎に、基本的な欠陥があるのは 歴然で 発見後8年目を迎えてしまった。これは、世界史の汚点になるだろう:2021.3.5.10:44As Fundamental of Mathematics, the division by zero was known as the generalized Moore-Penrose solution of the fundamental equation: ax=b.Look the simple evidence of its importance:viXra:2010.0228 submitted on 2020-10-28 21:39:06,Division by Zero Calculus and Euclidean Geometry - Revolution in Euclidean GeometryLook a simple video talk for its essence at some international conference:https://media.cmd.gunma-u.ac.jp/media/Play/ef7ca967c3fd4dabb188128fd6038cb81dBook was published:INTRODUCTION TO THEDIVISION BY ZERO CALCULUSSABUROU SAITOHJanuary, 2021https://www.scirp.org/book/DetailedInforOfABook.aspx?bookID=2746
2021.03.19
数学の美しさを堪能するには、どのようにしたらいいですか?Saburou Saitoh, 名誉教授回答日時: たった今指摘されたモーレイの定理やピタゴラスの定理は 有名です。しかしながら、奥村先生が発見された定理など 最高の美しさではないだろうか。 何か月も 頭が壊れそうになるほどの喜びを感じています。 それを著書表紙に書けて、 立派な遺言、記念碑が 残せた と思っています。viXra:2010.0228 submitted on 2020-10-28 21:39:06,Division by Zero Calculus and Euclidean Geometry - Revolution in Euclidean GeometryAuthors: Hiroshi Okumura, Saburou SaitohBook was published:INTRODUCTION TO THEDIVISION BY ZERO CALCULUSSABUROU SAITOHJanuary, 2021https://www.scirp.org/book/DetailedInforOfABook.aspx?bookID=2746https://www.amazon.com/dp/1649970889?ref=myi_title_dphttps://books.google.com.ua/books/about?id=BnkZEAAAQBAJ&redir_esc=yhttps://play.google.com/store/books/details?id=BnkZEAAAQBAJ
2021.03.19
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