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内田さん楽しい。 添付のように登録纏めました。敬具齋藤三郎2021.10.30.10:35№1230分けるより 同じ個数の塊を造った結果と考えた方が 良い。 内田さんの疑問から閃きました: 内田さん: 先ほど閃きました。 楽しい。 ゼロで割ることは割らないこと、1も割らないのではないかとの 発想です。割るを塊がいくつできるかと発想したら如何でしょうか。 同じ個数の固まりを 作ると発想しています。 100個のものを 1つの塊にしますね。塊の個数は100で、解は100. 2つの塊にできますね。各々の塊の個数は50,解は50です。ゼロ個の塊はできるでしょうか。塊は なく、その個数は0ですね。 少し、新しい発想を加えました。 進化させました。如何でしょうか。 楽しい。 敬具齋藤三郎2021.10.30.10:05 ゼロで割るとは割らないことであるという表現は、1で割るとは割らないことであるという表現との意味の区別を考え始めるので、 ここ気になります。検討したい。 前者はそうとう明瞭と思います: ゼロ除算は、実は ゼロの意味 からも当たり前です:ゼロで割ることは 割らないこと、したがって 割り当てられた数は無く、ゼロ。ゼロには、しないこと、できないことを表す 意味がある。ゼロで割ることは 割らないこと、したがって 割り当てられた数は無く、ゼロ。ゼロ円あげるは、あげないことです。ゼロ回施行は、しないことです。時速ゼロkmで走るは 止まっていて 走らないことを意味します。ですから、ゼロの意味を考えれば、実は ゼロで割る問題は、初めから当たり前でした。 サー世界の常識を変えましょう。 ー 令和革新の大義2021.4.20.7:17 検討させて頂きます。 2021.10.30.10:40
2021.10.31
ゼロ除算の理解を求める努力研究内容の表現として、研究活動の内容として、下記も引用して置く: 数学基礎学力研究会http://www.mirun.sctv.jp/~suugaku/ で、 堪らなく楽しい数学 - ゼロで割ることを考える (1)~(55) で 55か月に亘って解説されたゼロ除算の解説の最終回の内容である:(最終回、纏め、総括)今回で解説は最終回を迎える。先ずは サイトの管理者 山根正巳氏には深い感謝の気持ちを表したい。ゼロ除算発展の最中、詳しい解説を55カ月に亘って記録できたことは貴重なものになると考える。気合を込めて慎重に検討して解説を書いたのは 充実した人生そのものであった。より公式的なものは、再生核研究所声明や論文などで公表しているので、参考にして頂きたい。また数学の全貌は 著書に纏められ出版が予定されている。 最終回は夢を語り、協力をお願いする方向で、総括を行いたい。アリストテレス以来 ゼロ除算は 不可能であるとの永い神秘的な歴史にもかかわらず、それらの常識は間違いであり、自然な意味でゼロ除算は可能で、小学生以降の算数、数学は修正、改められるべきである。学部程度の数学は 全般的な改変が要求され、現状は数学界ばかりではなく 世界史の恥の典型的なもの と言える。これは未だ軍拡や戦闘が止まない人類の愚かさの2つの象徴として 世界史に記録されるだろう。これらは世の道理から言って 小学生でも分かる、いや小学生の方が分かり易い普遍的な事実である。小学生以降の教科書が変わる、これほど大きな夢は 数学者にとってないのではないだろうか。実際、天動説から地動説への変更のように世界史は変わり、我々の世界観や人生観は甚大な変化が求められている。発見者は既に新しい世界を見ているから、断言してそのように言明できる。興味も、関心もなく、意欲もなく、真実を求めようとしない人に意見を求めても 何にもならないのは 当然である。興味、関心、愛が無ければ始まらない。数学界には ゼロ除算は数学ではなく、変な世界の話題のように感じている人が ゼロ除算発見5周年を過ぎても多いのは、恥ずかしい世界史の事件と記録されるだろう。 ― もっとも これは我々の信頼のなさ、無能力な様も示している。そこで、我々の文化を発展させるために広範な取り組みを行いたい。参画できるところで、関与できる部分で いろいろなご協力、援助、参加を広くお願いしたい。例えば、1) ゼロ除算の研究への参加、ゼロ除算の教育、文化活動への参加、2) セロ除算の理解を求めるための各種 研究会、講演会、勉強会、後援会、雑誌の投稿依頼、雑誌への投稿、いろいろな意見などの投稿など、3) ゼロ除算のいろいろな出版、著書の出版構想への参加、4) ゼロ除算の具体例の発見の 試み、それを楽しむ文化の 創造、5) 絵画、エッセイ、デザイン、Tシャッツなどへの ゼロ除算の表現、発現、6) ゼロ除算を議論するサイトの創設、雑誌の創刊など、7) ゼロ除算研究会の創設と学会の創設など、8) ゼロ除算の導入による教科書改変構想の素案作りと提案構想の策定など。いずれにせよ あらゆる機会を活かして、ゼロ除算の数学の普及と理解を求めて、広範な取り組みを歴史の要請、大義を受けて展開したい。ゼロ除算の世界的な展開を 共に楽しみにしたい。参加できるところでの、ご協力を大きな夢を描きながらお願いして 一連のゼロ除算解説を終えたい。最後に、臨場感を示すために最新の情報について付記して置く。S. K. Sen and R. P. Agarwal, ZERO A Landmark Discovery, the Dreadful Void, and the Ultimate Mind, ELSEVIER, AP(2016)が 出版され、我々の初期の論文がIntroductionで2ページに亘って議論されていて、数学の論理を無視して、“Thou shalt not divide by zero” remains valid eternally.と結論づけ、Brahmagupta (598 -668 ?) の結果0/0=0さえ否定している。そこで、直接ドイツ オーベルバッハ研究所で 不等式の国際会議で会ったことのあるAgarwal 教授に我々の結果を送ったところ、誤りを認めるようなメールを受け取った:Dear Saburou,The dates we have written in our book are correct. All books of Mathematical history have made mistakes.Wish you best,Ravi彼はゼロ除算算法の国際雑誌創刊の編集員に加わってくれ、テキサス大学で、 永く主任教授を務められた、国際的な数学界の指導者である。 ドイツのオーベルバッハ研究所でお逢いして面識があり、その後不等式の国際雑誌創刊など永い研究交流があるのが 励ましになっている。まだ退職されたばかりであるが、多忙過ぎる状況が感じられる。 肝心なメールにしか返事が来ない。そこで、ゼロ除算の理解は、未だ容易ではないと考えて、どんどん結果をプレプリントとして公表して行くこととした(略):さらに2019.2.16. 夜、計算機が ゼロ除算ができるとの情報が入り、本人と連絡が取れた:José Manuel Rodríguez CaballeroAdded an answerIn the proof assistant Isabelle/HOL we have x/0 = 0 for each number x. This is advantageous in order to simplify the proofs. You can download this proof assistant here: https://www.researchgate.net/deref/https%3A%2F%2Fisabelle.in.tum.de%2Fケンブリッジ大学とミュンヘン工科大学のIsabelle 計算機システムはゼロ除算x/0=0 を導いたその後 質問に対して 回答があり、 添付のように 信じられないほどに ソフトが完成されていることを見て、驚嘆させられています。責任者とは交流がありましたが、大したことではない と 言っていましたが、 実は 相当なことを 大きなグループで 完成していたと 考えられます。2値や 大事な \tan(\pi/2)=0 も できているので、驚嘆です。2019.2.17.20:05
2021.10.31
共同研究者 奥村 博氏ゼロ除算の研究での 凄い共同研究者 奥村博 氏に言及し、称賛と深い謝辞の気持ちを表明したい。 氏が展開されてきた和算幾何学へのゼロ除算の応用と展開であり、日々の研究交信で生きる、生きている実在感を感じ、称賛と畏敬の念を 謝辞を込めて表現したい。ゼロ除算算法の著書には 70歳誕生記念に 献じられた言葉を記載したばかりか、表紙には 奥村氏が得た美しい定理の図を載せている。ゼロ除算算法の国際雑誌創刊も二人で創刊したと言え、それには もちろん大事な論文を2人とも載せている:再生核研究所声明636(2021.9.20): 日本の偉大な数学者 奥村 博氏 ー ユークリッド幾何学の王(この構想は 18日 昨夜 休む前、 ひとりでに ユークリッド幾何学における 王 として 奥村氏の名前が 創造されました。ユークリッド幾何学に最も執着し、愛した歴史上の 人物は誰でしょうか。の発想を率直に 面白ろ可笑しく表現したい。私は存念の率直な表現に興味と関心を懐いている。)月から地球を眺め 人類の歴史を想像しよう。 いろいろな観点から いろいろ想いがうかべられるだろう。 ここでは ユークリッド幾何学の歴史を想像してみたい。ユークリッドがどのような想いで ユークリッド幾何学を建設されたか、 学生時代に読んだ非ユークリッド幾何学の発見の様などと共に 思い出される。 絶対に揺るがぬ 永遠不滅の 幾何学の建設を志したユークリッドの想い である。ユークリッド幾何学は あらゆる学術書の基本精神を与え、永遠の学として2000年以上栄え 現在でも初等数学の基礎になっている。 いや数学の基礎になっていると言える。そこで ユークリッド幾何学の全体を 月の世界から見るとどうなるだろうか。何と言っても 本質的な事件は 3人の巨人によって拓かれた 非ユークリッド幾何学の出現である:(非ユークリッド幾何学出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』カール・フリードリヒ・ガウスは、1824年11月8日の手紙に於いて、鋭角仮定のもとで整合的な幾何学が成立する可能性を示唆し、そこにはある定数があってこれが大きいほど通常の幾何学に近づくと述べた。ガウスの言うある定数とは、現代の言葉で言えば空間の曲率 k に対し、-(1/k)のことである。ガウス個人は非ユークリッド幾何の存在を確信していたと見られるが公表はしていない。「宗教論争に巻き込まれる事を恐れてか」とその理由を推察する者もいる。非ユークリッド幾何学の成立[編集]ニコライ・イワノビッチ・ロバチェフスキーは「幾何学の新原理並びに平行線の完全な理論」(1829年)において、「虚幾何学」と名付けられた幾何学を構成して見せた。これは、鋭角仮定を含む幾何学であった。ボーヤイ・ヤーノシュは父・ボーヤイ・ファルカシュの研究を引き継いで、1832年、「空間論」を出版した。「空間論」では、平行線公準を仮定した幾何学(Σ)、および平行線公準の否定を仮定した幾何学(S)を論じた。更に、1835年「ユークリッド第 11 公準を証明または反駁することの不可能性の証明」において、Σ と S のどちらが現実に成立するかは、如何なる論理的推論によっても決定されないと証明した。)これらは要するに ユークリッドの平行線公理は証明できず、平行線公理が成り立たない幾何学の存在を発見した。 これは同時に 絶対的な幾何学の存在を否定して、数学にも 幾何学にも いろいろなものが存在することを示し、 数学観を本質的に変えた歴史的な事件であったと言える。 そのような意味で、それらの発見はユークリッド幾何学における最大の事件であると考えられる。次に注目されるのは デカルト(1596-1650)によって導入された 座標系の導入で、 平面や空間の点が 数の組で表現できるという考えである。 それゆえに 図形は方程式で表現され 図形と代数、数字の世界が結び付けられ、幾何学と代数学が結び付けられたことである。 これらの基礎の上に、 微積分学、解析学、幾何学、代数学、多様体上の数学が発展していると考えられる。ここでデカルトの偉業を高く評価したい。 さらにデカルトは ユークリッド幾何学自身でも デカルトの円定理 という 美しい定理を得て、その発展は目も眩むほどである。ユークリッド幾何学における最も美しい定理とも言える。ユークリッド幾何学における 2大事件とは 上記のようなものでは ないだろうか。ここで第3の事件 について触れるために下記を確認したい:そもそも数学とは何かに関してですが、数学の元は、ユークリッド幾何学と 四則演算の算術 の法則にあると考えられます。 この算術は インドの ブラ―マグプタによって ゼロの導入と共に西暦628年に確立された。 図形、そして 算術の法則 です。重要で、面白いことには これらは、デカルトの座標系の導入で、統一される。これらの基礎の上に、幾何学、代数学、解析学が発展している と考えられる。 ところが驚くべきことに、 両方の基礎には 初めから欠陥が存在していた と考えられる。 無限遠点の考えと、ゼロ除算である。 空間の認識では無限の彼方は どうなっているかという観点が欠けていた。 四則演算においては、割り算における ゼロで割る問題 ゼロ除算問題 である。ブラ―マグプタ自身は 初めから0/0=0 と きちんと定義していたが、一般のゼロ除算は 考えなかった。- これは 不可能である と考えたと思われる。 ゼロ除算の歴史は、もっと古く、物理的な意味から、アリストテレスが ゼロ除算は考えるべきではなく、かつ不可能である と述べていて、欧米の文化に大きな影響を与えてきたという。 ギリシャ文化は、ゼロや空、無を嫌う 強い文化を有してきた。他方、インドでは 相当に深い思想をもってきた。それゆえに ゼロ除算算法の概念による ゼロ除算の解明によって 初等数学は 広範な影響を受けることになったが、不変な筈のユークリット幾何学でさえ、面目を一新するような革命が起きている:viXra:2106.0108 submitted on 2021-06-19 20:06:05, Division by Zero Calculus in Figures - Our New Space Since Euclid -Geometry and division by zero calculus. International Journal of Division by Zero Calculus, 1(1), pp.1-36. (https://romanpub.com/dbzc.php)標語的に言えば、 未知世界とされていた特異点から ユークリッドの盲点であった無限の彼方から 新規な世界が次次と現れてきて、 既にユークリッド幾何学に新世界、真に新しい世界が現れて来たということである。江戸時代、永い平和の結果として 数学が庶民に愛され、和算として沢山の人による厖大な文化遺産が残されている。 今でも沢山 それらの遺産を研究されている和算愛好者、研究者がいる。 奥村 博氏もその一人で、 特に群馬は 和算の伝統が強く その文化的な背景を受けて一途に研究をされてきた。 特に和算の幾何学の研究に集中されてきたことが 多くの業績によって分る。 これら膨大な幾何学は 当然にもユークリッド幾何学の世界である と考えられるが、 和算は美しい結果を得て居たものの 論理や記述に本質的な欠陥が存在し、欧米世界では従来軽視されてきた経緯がある。そのような状況で、私たちの恩師に当たる道脇義正先生の強い存念で、和算から新しい数学の結果を発見して、 数学として欧米に受け入れられるような数学の研究活動が始められていた。 奥村氏はそのような精神を受け継がれ、どんどん発展され、和算専門の国際雑誌を 国際的な仲間とともに創刊され、 算額を国際語にして 研究活動をされている:再生核研究所声明588(2020.11.30): 奥村 博氏の 和算数学へ大きな貢献について ー 声明569の続編 -再生核研究所声明569(2020.7.21): 奥村 博氏の 和算への大きな貢献と 美しい幾何学の世界 ー ユークリッド幾何学 と 和算幾何学の新展開それらにゼロ除算算法の適用で どんどん全く新規な結果を まるで神がかったように進められている。 結果は具体的で、驚嘆するものばかりであるが、上記 デカルトの円定理でさえ 美しく 統一され、 さらに そこに 新規な現象さえ発見されている。研究成果の質、 美しい結果の量を ユークリッド幾何学の歴史の中で見ても 世界史上最高に位置すると 歴然と分るだろう。いみじくも、 非ユークリッド幾何学 平行線公理にも抵触して 3人の巨人とは違った意味で 新しい非ユークリッド幾何学を発見され、 デカルトさえ 円定理では 本質的に越えていることが分る。このように思う時、 日本の偉大な数学者として 奥村 博氏の名前が ユークリッド幾何学における王 と呼ぶにふさわしいものであると 発想される。 発想された。これは 価値の評価であり、価値の創造である。価値の発見である。月から地球を眺め 人類の歴史を想像しようでは 情けない 人類の戦争の歴史を深く嘆いている。 以 上2021.9.19.6:12 一気に纏めてみた。 天気は回復。2021.9.19.9:16 文を整える。良い。 おかしな数学界の理由 その構想が既にできている。2021.9.19.11:45 買い物から帰って精読、良い。明朝公表できる。有難くも市から敬老の贈り物が届いた。2021.9.19.12:50 良い。2021.9.19.14:46 良い。 暖かな日和、ぐるりと散歩してくる。2021.9.19.17:55 良い。2021.9.19.21:40 良い。2021.9.20.05:36 良い、完成できる。快晴の美しい朝。NHK大河ドラマなどどうして素晴らしい番組ができるのか、不思議で仕方ない。菅首相は立派に首相を務められているが、自民党の党首選も立派である。2021.9.20.06:20 完成、公表。2021,9.20.09:10 公表後確認。2021.9.20.11:52 確認、良い。 水田先生からメール。2021.9.20.22:02 これは真実である。 秋の深まり、近くで鹿が啼いた。 柿がどんどん熟している。2021.9.21.15:15 美しい日、確認精読、良い。これは真実である。2021.9.23.11:36 買い物から帰って、精読、確認。 彼岸の中日、美しい、暖かな日和。2021.9.23.21:30 確認する、良い。修正なし。
2021.10.30
Open question:For the functionf(x) = x sin (1/x), the value at x=0 is defined as f(0)=0, by continuity. However, by the division by zero calculus f(0) = 1.We can give some natural senses of f(0)=1.However, I am interested in some good and natural sense of f(0)=1.2021.10.30.7:10関数f(x) = x sin (1/x) の原点での値は、連続性より その値をゼロとするのが自然です。 ところが ゼロ除算算法という自然な数学、考え方では、その値が f(0)=1 であると定めます。そこで、どうしてそのような値を 定めるのか といろいろ考えるのですが、いろいろな理由が考えられるのですが、何か上手い考えが有るように感じています。いろいろご意見を伺えれば 幸いです。何か、上手い考え方ですね。物理現象や宗教的な発想でも 結構なのですが。2021.10.30.7:152021.10.30.8:50
2021.10.30
ゼロ除算は実は当たり前でしたが、気づいてみると あちこちに それを予感していた現象が起きていた。 計算機が、それを出力させていたというのは 凄い 面白い現象。ゼロ除算はできるだろうと できるようになるだろう と予想していた人もいる。 また 1/0=0は 無矛盾であると 少なくても 3人が 言及していた。さらにゼロ除算を そうする見方が 論理的に、存在すると 言及されていた方、あまりに 変なので 深入り しなかったようである。 うすうす感じていたが あって楽しい。2021.10.28.4:48そこで、計算機は何時、1/0=0 ができるようになるでしょうか。 楽しみにしています。 もうできる 進化した 計算機をお持ちの方は おられないですね。これは 凄い、面白い事件では? 計算機が人間を超えている 例では?面白いことを発見しました。 計算機は 正しい答え 0/0=0を出したのに、 この方は 間違いだと 言っている、思っているようです。0/0=0 は 1300年も前に 算術の発見者によって与えられたにも関わらず、世界史は間違いだと とんでもないことを言ってきた。 世界史の恥。 実は a/0=0 が 何時も成り立っていた。 しかし、ここで 分数の意味を きちんと定義する必要がある。 計算機は、その意味さえ知っているようですね。 計算機、人間より賢くなっている 様が 出て居て 実に 面白い。https://steemkr.com/utopian-io/@faisalamin/bug-zero-divide-by-zero-answers-is-zero2018.10.11.11:23
2021.10.30
ゼロ除算の理解を求める努力研究内容の表現として、研究活動の内容として、下記も引用して置く: 数学基礎学力研究会http://www.mirun.sctv.jp/~suugaku/ で、 堪らなく楽しい数学 - ゼロで割ることを考える (1)~(55) で 55か月に亘って解説されたゼロ除算の解説の最終回の内容である: (最終回、纏め、総括)今回で解説は最終回を迎える。先ずは サイトの管理者 山根正巳氏には深い感謝の気持ちを表したい。ゼロ除算発展の最中、詳しい解説を55カ月に亘って記録できたことは貴重なものになると考える。気合を込めて慎重に検討して解説を書いたのは 充実した人生そのものであった。より公式的なものは、再生核研究所声明や論文などで公表しているので、参考にして頂きたい。また数学の全貌は 著書に纏められ出版が予定されている。 最終回は夢を語り、協力をお願いする方向で、総括を行いたい。アリストテレス以来 ゼロ除算は 不可能であるとの永い神秘的な歴史にもかかわらず、それらの常識は間違いであり、自然な意味でゼロ除算は可能で、小学生以降の算数、数学は修正、改められるべきである。学部程度の数学は 全般的な改変が要求され、現状は数学界ばかりではなく 世界史の恥の典型的なもの と言える。これは未だ軍拡や戦闘が止まない人類の愚かさの2つの象徴として 世界史に記録されるだろう。これらは世の道理から言って 小学生でも分かる、いや小学生の方が分かり易い普遍的な事実である。小学生以降の教科書が変わる、これほど大きな夢は 数学者にとってないのではないだろうか。実際、天動説から地動説への変更のように世界史は変わり、我々の世界観や人生観は甚大な変化が求められている。発見者は既に新しい世界を見ているから、断言してそのように言明できる。興味も、関心もなく、意欲もなく、真実を求めようとしない人に意見を求めても 何にもならないのは 当然である。興味、関心、愛が無ければ始まらない。数学界には ゼロ除算は数学ではなく、変な世界の話題のように感じている人が ゼロ除算発見5周年を過ぎても多いのは、恥ずかしい世界史の事件と記録されるだろう。 ― もっとも これは我々の信頼のなさ、無能力な様も示している。そこで、我々の文化を発展させるために広範な取り組みを行いたい。参画できるところで、関与できる部分で いろいろなご協力、援助、参加を広くお願いしたい。例えば、 1) ゼロ除算の研究への参加、ゼロ除算の教育、文化活動への参加、2) セロ除算の理解を求めるための各種 研究会、講演会、勉強会、後援会、雑誌の投稿依頼、雑誌への投稿、いろいろな意見などの投稿など、3) ゼロ除算のいろいろな出版、著書の出版構想への参加、4) ゼロ除算の具体例の発見の 試み、それを楽しむ文化の 創造、5) 絵画、エッセイ、デザイン、Tシャッツなどへの ゼロ除算の表現、発現、6) ゼロ除算を議論するサイトの創設、雑誌の創刊など、7) ゼロ除算研究会の創設と学会の創設など、8) ゼロ除算の導入による教科書改変構想の素案作りと提案構想の策定など。 いずれにせよ あらゆる機会を活かして、ゼロ除算の数学の普及と理解を求めて、広範な取り組みを歴史の要請、大義を受けて展開したい。ゼロ除算の世界的な展開を 共に楽しみにしたい。参加できるところでの、ご協力を大きな夢を描きながらお願いして 一連のゼロ除算解説を終えたい。最後に、臨場感を示すために最新の情報について付記して置く。S. K. Sen and R. P. Agarwal, ZERO A Landmark Discovery, the Dreadful Void, and the Ultimate Mind, ELSEVIER, AP(2016)が 出版され、我々の初期の論文がIntroductionで2ページに亘って議論されていて、数学の論理を無視して、“Thou shalt not divide by zero” remains valid eternally.と結論づけ、Brahmagupta (598 -668 ?) の結果0/0=0さえ否定している。そこで、直接ドイツ オーベルバッハ研究所で 不等式の国際会議で会ったことのあるAgarwal 教授に我々の結果を送ったところ、誤りを認めるようなメールを受け取った:Dear Saburou,The dates we have written in our book are correct. All books of Mathematical history have made mistakes.Wish you best,Ravi彼はゼロ除算算法の国際雑誌創刊の編集員に加わってくれ、テキサス大学で、 永く主任教授を務められた、国際的な数学界の指導者である。 ドイツのオーベルバッハ研究所でお逢いして面識があり、その後不等式の国際雑誌創刊など永い研究交流があるのが 励ましになっている。まだ退職されたばかりであるが、多忙過ぎる状況が感じられる。 肝心なメールにしか返事が来ない。そこで、ゼロ除算の理解は、未だ容易ではないと考えて、どんどん結果をプレプリントとして公表して行くこととした(略): さらに2019.2.16. 夜、計算機が ゼロ除算ができるとの情報が入り、本人と連絡が取れた: José Manuel Rodríguez CaballeroAdded an answerIn the proof assistant Isabelle/HOL we have x/0 = 0 for each number x. This is advantageous in order to simplify the proofs. You can download this proof assistant here: https://www.researchgate.net/deref/https%3A%2F%2Fisabelle.in.tum.de%2Fケンブリッジ大学とミュンヘン工科大学のIsabelle 計算機システムはゼロ除算x/0=0 を導いたその後 質問に対して 回答があり、 添付のように 信じられないほどに ソフトが完成されていることを見て、驚嘆させられています。責任者とは交流がありましたが、大したことではない と 言っていましたが、 実は 相当なことを 大きなグループで 完成していたと 考えられます。2値や 大事な \tan(\pi/2)=0 も できているので、驚嘆です。 2019.2.17.20:05
2021.10.30
ゼロ除算の理解を求める努力研究内容の表現として、研究活動の内容として、下記も引用して置く: 数学基礎学力研究会http://www.mirun.sctv.jp/~suugaku/ で、 堪らなく楽しい数学 - ゼロで割ることを考える (1)~(55) で 55か月に亘って解説されたゼロ除算の解説の最終回の内容である: (最終回、纏め、総括)今回で解説は最終回を迎える。先ずは サイトの管理者 山根正巳氏には深い感謝の気持ちを表したい。ゼロ除算発展の最中、詳しい解説を55カ月に亘って記録できたことは貴重なものになると考える。気合を込めて慎重に検討して解説を書いたのは 充実した人生そのものであった。より公式的なものは、再生核研究所声明や論文などで公表しているので、参考にして頂きたい。また数学の全貌は 著書に纏められ出版が予定されている。 最終回は夢を語り、協力をお願いする方向で、総括を行いたい。アリストテレス以来 ゼロ除算は 不可能であるとの永い神秘的な歴史にもかかわらず、それらの常識は間違いであり、自然な意味でゼロ除算は可能で、小学生以降の算数、数学は修正、改められるべきである。学部程度の数学は 全般的な改変が要求され、現状は数学界ばかりではなく 世界史の恥の典型的なもの と言える。これは未だ軍拡や戦闘が止まない人類の愚かさの2つの象徴として 世界史に記録されるだろう。これらは世の道理から言って 小学生でも分かる、いや小学生の方が分かり易い普遍的な事実である。小学生以降の教科書が変わる、これほど大きな夢は 数学者にとってないのではないだろうか。実際、天動説から地動説への変更のように世界史は変わり、我々の世界観や人生観は甚大な変化が求められている。発見者は既に新しい世界を見ているから、断言してそのように言明できる。興味も、関心もなく、意欲もなく、真実を求めようとしない人に意見を求めても 何にもならないのは 当然である。興味、関心、愛が無ければ始まらない。数学界には ゼロ除算は数学ではなく、変な世界の話題のように感じている人が ゼロ除算発見5周年を過ぎても多いのは、恥ずかしい世界史の事件と記録されるだろう。 ― もっとも これは我々の信頼のなさ、無能力な様も示している。そこで、我々の文化を発展させるために広範な取り組みを行いたい。参画できるところで、関与できる部分で いろいろなご協力、援助、参加を広くお願いしたい。例えば、 1) ゼロ除算の研究への参加、ゼロ除算の教育、文化活動への参加、2) セロ除算の理解を求めるための各種 研究会、講演会、勉強会、後援会、雑誌の投稿依頼、雑誌への投稿、いろいろな意見などの投稿など、3) ゼロ除算のいろいろな出版、著書の出版構想への参加、4) ゼロ除算の具体例の発見の 試み、それを楽しむ文化の 創造、5) 絵画、エッセイ、デザイン、Tシャッツなどへの ゼロ除算の表現、発現、6) ゼロ除算を議論するサイトの創設、雑誌の創刊など、7) ゼロ除算研究会の創設と学会の創設など、8) ゼロ除算の導入による教科書改変構想の素案作りと提案構想の策定など。 いずれにせよ あらゆる機会を活かして、ゼロ除算の数学の普及と理解を求めて、広範な取り組みを歴史の要請、大義を受けて展開したい。ゼロ除算の世界的な展開を 共に楽しみにしたい。参加できるところでの、ご協力を大きな夢を描きながらお願いして 一連のゼロ除算解説を終えたい。最後に、臨場感を示すために最新の情報について付記して置く。S. K. Sen and R. P. Agarwal, ZERO A Landmark Discovery, the Dreadful Void, and the Ultimate Mind, ELSEVIER, AP(2016)が 出版され、我々の初期の論文がIntroductionで2ページに亘って議論されていて、数学の論理を無視して、“Thou shalt not divide by zero” remains valid eternally.と結論づけ、Brahmagupta (598 -668 ?) の結果0/0=0さえ否定している。そこで、直接ドイツ オーベルバッハ研究所で 不等式の国際会議で会ったことのあるAgarwal 教授に我々の結果を送ったところ、誤りを認めるようなメールを受け取った:Dear Saburou,The dates we have written in our book are correct. All books of Mathematical history have made mistakes.Wish you best,Ravi彼はゼロ除算算法の国際雑誌創刊の編集員に加わってくれ、テキサス大学で、 永く主任教授を務められた、国際的な数学界の指導者である。 ドイツのオーベルバッハ研究所でお逢いして面識があり、その後不等式の国際雑誌創刊など永い研究交流があるのが 励ましになっている。まだ退職されたばかりであるが、多忙過ぎる状況が感じられる。 肝心なメールにしか返事が来ない。そこで、ゼロ除算の理解は、未だ容易ではないと考えて、どんどん結果をプレプリントとして公表して行くこととした(略): さらに2019.2.16. 夜、計算機が ゼロ除算ができるとの情報が入り、本人と連絡が取れた: José Manuel Rodríguez CaballeroAdded an answerIn the proof assistant Isabelle/HOL we have x/0 = 0 for each number x. This is advantageous in order to simplify the proofs. You can download this proof assistant here: https://www.researchgate.net/deref/https%3A%2F%2Fisabelle.in.tum.de%2Fケンブリッジ大学とミュンヘン工科大学のIsabelle 計算機システムはゼロ除算x/0=0 を導いたその後 質問に対して 回答があり、 添付のように 信じられないほどに ソフトが完成されていることを見て、驚嘆させられています。責任者とは交流がありましたが、大したことではない と 言っていましたが、 実は 相当なことを 大きなグループで 完成していたと 考えられます。2値や 大事な \tan(\pi/2)=0 も できているので、驚嘆です。 2019.2.17.20:05
2021.10.29
快晴の美しい朝、ゼロ除算算法は、連続性より強い要請で 特異点の値を決めている。その原理はどのように表現されるか 昨夜 寝る前、具体的な関数の例で 気になってきた。この素人的な表現は、 本質的で大事、生きる意味を問うているようである。本質を知りたいということである。一応、昨日63ページ論文を纏め終える。 今朝から、人生後半の纏めの精読を始める。2021.10.29.5:24そこで、計算機は何時、1/0=0 ができるようになるでしょうか。 楽しみにしています。 もうできる 進化した 計算機をお持ちの方は おられないですね。 これは 凄い、面白い事件では? 計算機が人間を超えている 例では? 面白いことを発見しました。 計算機は 正しい答え 0/0=0を出したのに、 この方は 間違いだと 言っている、思っているようです。0/0=0 は 1300年も前に 算術の発見者によって与えられたにも関わらず、世界史は間違いだと とんでもないことを言ってきた。 世界史の恥。 実は a/0=0 が 何時も成り立っていた。 しかし、ここで 分数の意味を きちんと定義する必要がある。 計算機は、その意味さえ知っているようですね。 計算機、人間より賢くなっている 様が 出て居て 実に 面白い。https://steemkr.com/utopian-io/@faisalamin/bug-zero-divide-by-zero-answers-is-zero2018.10.11.11:23
2021.10.29
Set to the numerator and denominator equal to zero and solve. Are the values you get called critical values?Profile photo for Saburou SaitohSaburou SaitohAdd CredentialAnswered just nowThis problem is solved completely. Look:数学界とマスコミが 怠慢だから、このような問題が繰り返されている。We think that modern mathematics is still flawed. It is clear that there are basic defects in function theory, differential equations, geometry, and algebra, and it has been seven years since the discovery. This will be a stain on world history.Please look 1/0=0:As Fundamental of Mathematics, the division by zero was known as the generalized Moore-Penrose solution of the fundamental equation: ax=b.Look the simple evidence of its importance:viXra:2010.0228 submitted on 2020-10-28 21:39:06,Division by Zero Calculus and Euclidean Geometry - Revolution in Euclidean GeometryLook a simple video talk for its essence at some international conference:Set to the numerator and denominator equal to zero and solve. Are the values you get called critical values?https://www.quora.com/unanswered/Set-to-the-numerator-and-denominator-equal-to-zero-and-solve-Are-the-values-you-get-called-critical-values?__nsrc__=4#sent/_blankBook was published:
2021.10.28
齋藤 三郎何と 直線を 円の一部 と考えると、半径ゼロで、中心が原点です。半径ゼロ が 凄いのではないでしょうか。それが数学だった。 · 返信する · 1日これは深く楽しいと思います。 円と直線は 違いますね。いくら近づいたとしても違う。 やはり無限のところで、不連続性が生じている。 不連続性がゼロ除算の 本質だった。 2021.10.28.4:52齋藤 三郎10月24日 15:42 · プライバシー設定: 公開ユークリッド幾何学における王:ショッピング中、楽しい考えが 湧いてきました。
2021.10.28
ゼロ除算は実は当たり前でしたが、気づいてみると あちこちに それを予感していた現象が起きていた。 計算機が、それを出力させていたというのは 凄い 面白い現象。ゼロ除算はできるだろうと できるようになるだろう と予想していた人もいる。 また 1/0=0 は 無矛盾であると 少なくても 3人が 言及していた。さらにゼロ除算を そうする見方が 論理的に、存在すると 言及されていた方、あまりに 変なので 深入り しなかったようである。 うすうす感じていたが あって楽しい。2021.10.28.4:48そこで、計算機は何時、1/0=0 ができるようになるでしょうか。 楽しみにしています。 もうできる 進化した 計算機をお持ちの方は おられないですね。 これは 凄い、面白い事件では? 計算機が人間を超えている 例では? 面白いことを発見しました。 計算機は 正しい答え 0/0=0を出したのに、 この方は 間違いだと 言っている、思っているようです。0/0=0 は 1300年も前に 算術の発見者によって与えられたにも関わらず、世界史は間違いだと とんでもないことを言ってきた。 世界史の恥。 実は a/0=0 が 何時も成り立っていた。 しかし、ここで 分数の意味を きちんと定義する必要がある。 計算機は、その意味さえ知っているようですね。 計算機、人間より賢くなっている 様が 出て居て 実に 面白い。https://steemkr.com/utopian-io/@faisalamin/bug-zero-divide-by-zero-answers-is-zero2018.10.11.11:23
2021.10.28
明るい月、美しい星座; 快晴。眞子様の愛の深さに感銘を受けている。それが、生命の多様性の原理になっている。ゼロと算術の確立者は、1300年も前に、ゼロ除算 0/0=0 を述べていた。ところが現在に至るも、それは間違いだとされている。ところが、最近の研究で、実はそれは適切、正しいことが分かった。 他方、 アインシュタインの理論から、0/0=1 だと主張して 譲らないものも居る。おかしな事件では?By a {\bf natural extension} of the fractions\begin{equation}\frac{b}{a}\end{equation}for any complex numbers $a$ and $b$, we found the simple and beautiful result, for any complex number $b$\begin{equation}\frac{b}{0}=0,\end{equation}incidentally in \cite{s} by the Tikhonov regularization for the Hadamard product inversions for matrices and we discussed their properties and gave several physical interpretations on the general fractions in \cite{kmsy} for the case of real numbers.The division by zero has a long and mysterious story over the world (see, for example, H. G. Romig \cite{romig} and Google site with the division by zero) with its physical viewpoints since the document of zero in India on AD 628. In particular, note that Brahmagupta (598 -668 ?) established the four arithmetic operations by introducing $0$ and at the same time he defined as $0/0=0$ in (Brāhmasphuṭasiddhānta). Our world history, however, stated that his definition $0/0=0$ is wrong over 1300 years, but, we will see that his definition is suitable. However, we do not know the meaning and motievation of the definition of $0/0=0$, furthermore, for the important case $1/0$ we do not know any result there. However,Sin-Ei Takahasi (\cite{kmsy}) established a simple and decisive interpretation (1.2) by analyzing the extensions of fractions and by showing the complete characterization for the property (1.2):\bigskip{\bf Proposition 1. }{\it Let F be a function from ${\bf C }\times {\bf C }$ to ${\bf C }$ satisfying$$F (b, a)F (c, d)= F (bc, ad)$$for all$$a, b, c, d \in {\bf C }$$and$$F (b, a) = \frac {b}{a }, \quad a, b \in {\bf C }, a \ne 0.$$Then, we obtain, for any $b \in {\bf C } $$$F (b, 0) = 0.$$}Note that the complete proof of this proposition is simply given by 2 or 3 lines.We {\bf should define $F(b,0)= b/0 =0$}, in general.\medskipWe thus should consider, for any complex number $b$, as (1.2);that is, for the mapping\begin{equation}W = \frac{1}{z},\end{equation}the image of $z=0$ is $W=0$ ({\bf should be defined}). This fact seems to be a curious one in connection with our well-established popular image for the point at infinity on the Riemann sphere. Therefore, the division by zero will give great impact to complex analysis and to our ideas for the space and universe.The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean SpacesHiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou SaitohInternational Journal of Mathematics and Computation Vol. 28(2017); Issue 1, 2017), 1-16. http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20diviAnnouncement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2021.10.28
「子供の可能性は無限」という言い方をしますが、この無限というのは数学的に言う無限として正しいですか?Saburou Saitohさんのプロフィール写真Saburou Saitoh, 名誉教授回答日時: たった今この確立した用語は、無限の意味を 限りないと厳密に捉えて 大事なことは、 質的な意味で無限ではなく、多様性、方向性で 限りがないことを意味するのではないでしょうか。 そう解釈すれば、数学的に 適当、正しいと言えるのはないでしょうか。
2021.10.27
ゼロと算術の確立者は、1300年も前に、ゼロ除算 0/0=0 を述べていた。ところが現在に至るも、それは間違いだとされている。ところが、最近の研究で、実はそれは適切、正しいことが分かった。 他方、 アインシュタインの理論から、0/0=1 だと主張して 譲らないものも居る。おかしな事件では?By a {\bf natural extension} of the fractions\begin{equation}\frac{b}{a}\end{equation}for any complex numbers $a$ and $b$, we found the simple and beautiful result, for any complex number $b$\begin{equation}\frac{b}{0}=0,\end{equation}incidentally in \cite{s} by the Tikhonov regularization for the Hadamard product inversions for matrices and we discussed their properties and gave several physical interpretations on the general fractions in \cite{kmsy} for the case of real numbers.The division by zero has a long and mysterious story over the world (see, for example, H. G. Romig \cite{romig} and Google site with the division by zero) with its physical viewpoints since the document of zero in India on AD 628. In particular, note that Brahmagupta (598 -668 ?) established the four arithmetic operations by introducing $0$ and at the same time he defined as $0/0=0$ in (Brāhmasphuṭasiddhānta). Our world history, however, stated that his definition $0/0=0$ is wrong over 1300 years, but, we will see that his definition is suitable. However, we do not know the meaning and motievation of the definition of $0/0=0$, furthermore, for the important case $1/0$ we do not know any result there. However,Sin-Ei Takahasi (\cite{kmsy}) established a simple and decisive interpretation (1.2) by analyzing the extensions of fractions and by showing the complete characterization for the property (1.2):\bigskip{\bf Proposition 1. }{\it Let F be a function from ${\bf C }\times {\bf C }$ to ${\bf C }$ satisfying$$F (b, a)F (c, d)= F (bc, ad)$$for all$$a, b, c, d \in {\bf C }$$and$$F (b, a) = \frac {b}{a }, \quad a, b \in {\bf C }, a \ne 0.$$Then, we obtain, for any $b \in {\bf C } $$$F (b, 0) = 0.$$}Note that the complete proof of this proposition is simply given by 2 or 3 lines.We {\bf should define $F(b,0)= b/0 =0$}, in general.\medskipWe thus should consider, for any complex number $b$, as (1.2);that is, for the mapping\begin{equation}W = \frac{1}{z},\end{equation}the image of $z=0$ is $W=0$ ({\bf should be defined}). This fact seems to be a curious one in connection with our well-established popular image for the point at infinity on the Riemann sphere. Therefore, the division by zero will give great impact to complex analysis and to our ideas for the space and universe.The division by zero is uniquely and reasonably determined as 1/0=0/0=z/0=0 in the natural extensions of fractions. We have to change our basic ideas for our space and world:Division by Zero z/0 = 0 in Euclidean SpacesHiroshi Michiwaki, Hiroshi Okumura and Saburou SaitohInternational Journal of Mathematics and Computation Vol. 28(2017); Issue 1, 2017), 1-16. http://www.scirp.org/journal/alamt http://dx.doi.org/10.4236/alamt.2016.62007http://www.ijapm.org/show-63-504-1.htmlhttp://www.diogenes.bg/ijam/contents/2014-27-2/9/9.pdfhttp://okmr.yamatoblog.net/division%20by%20zero/announcement%20326-%20the%20diviAnnouncement 326: The division by zero z/0=0/0=0 - its impact to human beings through education and research
2021.10.27
数学では、深くて感銘を受けるような結果、論文が多い。 あまりに深く、ほんに 数人の専門家しか読めない、読まない。 本当の意味で きちんと すっかり検証できる人も 数人、多くは 数人も読まないのでは。すると そのような結果が どれほどの価値があるのかと 淋しく感じてしまう。 そこで、基本的で、美しく、影響の多きいもの ほど 良いという価値観を確立していた。世への貢献度で判断しようと いうことである。将来は 人工知能が価値評価を行う時代が来る、間もなくであろう。基本的な価値観の上に、 自動的に判断するシステムである。 幾つかの方式が提案され、 其れさえも 判断されるだろう。 判断の 判断である。評価の評価である。 結局は 世界史の問題になる。昨日は、晴れたので、昼食後、山歩き、庭掃除を 3時間くらいして体を動かした。なっている柿は 10個くらいで、今年は 8月22日から、毎日3個くらいずつ頂けた。銀杏の実を拾う季節になった。クルミはたっぷり拾った。幾ら何でも 数学界はおかしいのでは? 何のために、国家は数学界に補助しているのでしょうか。今朝は この言葉、情念で 5時 目覚まし時計で 目を覚ました。強い情念である。私は、今の数学も、教育も おかしい、基本的に欠陥がある と述べている。 我々が教え、学んで、考えている数学に欠陥があるから、真相を明らかにして欲しいと 述べている。 個人的な興味、関心の内容ではなく、小学生や中学生、大学生に教えている基礎数学に 基本的な欠陥があり、非常に恥ずかしい状態だ と述べている。内容、趣旨から、数学界は まずは、真相を明らかにすべき問題ではないでしょうか。 どうでも良い、内容ではなくて 基本問題を提起している。 それを無視して、どうでも良いような数学 に目を向けて居れば、数学界は社会に無関係に存在して、教育も 研究も 義務としての任務を放棄していることにはならないでしょうか。 何のために、国家は数学界に補助しているのでしょうか。 政府、国民がそれを追求するのは当然と考えます。 私は、数学の内容も 主張も 公にしている。 存念を公開している。 意見を求めている。公に意見交換を求めている。 数学は 著書に出版され、その国際専門雑誌も公刊されている。 数学の発展過程、存念も 間もなく出版され、私は歴史的な判断を求めることにしている。これは、数学界の恥だから、速やかに修正しようと 提案している。2021.10.10.5:36幾ら何でも 数学界はおかしいのでは?数学も、数学教育も おかしいとして きちんと理由を付けて 表明しているにも関わらず、永く意図的に無視している。都合の悪い情報を拒否し、人々の立場を 無視したような活動に はまっている ように思える。 重大なことを表明しているのでないでしょうか。 内容、意味を考えてみてください。数学がおかしいと言っている。2021.10.9:9:303年半も前の記録ゼロ除算算法の著書は、アメリカから出版され、その国際雑誌が イギリスから創刊された。ゼロ除算の発展過程も 間もなく出版されるが、何と この重要な文書 載せていない。 残念である。再生核研究所声明 422(2018.3.27): 数学界の歴史的な恥と恥の上塗り ー ゼロ除算の見落とし と 固定観念ゼロ除算発見4周年を契機に、結構内外の意見を広く求め、日本数学会2018.3.18(東大駒場)でも真正面から問題を明らかにした。関係分科会にメーリングリストを用いて、3月15日群馬大学での公開の研究集会を案内し、論理の展開、認識の適否を検証する形で、予告し問題点を明らかにして研究集会と学会に望んだ。案内は結構刺激的なものであったと見られよう:メーリング登録者各位(2018.2.14):下記のように研究会を企画して頂けることになりましたので、ご案内します。ゼロ除算は別格慎重に研究を進めていますが、次のように表明している認識、その是非などを検証したいと思っています。何でもご意見など頂ければ誠に幸いです:複素解析学では、無限遠点はゼロで表されること、円の中心の鏡像は無限遠点ではなくて中心自身であること、ローラン展開は孤立特異点で意味のある、有限確定値を取ることなど、基本的な間違いが存在する。微分方程式などは欠陥だらけで、誠に恥ずかしい教科書であふれていると言える。 超古典的な高木貞治氏の解析概論も確かな欠陥が出てきた。勾配や曲率、ローラン展開などに、コーシーの平均値定理さえ進化できる。しかしながら、奥村博氏の影響を受けて、現在のところユークリッド幾何学への影響が大きいと言えます。我々の空間の認識はアリストテレス、ユークリッド以来の変更が求められている。敬 具メーリング登録者各位(2018.3.6):下記のように研究集会を企画して頂けることになりましたので、ご案内(要旨付)します。ゼロ除算の研究は別格慎重に研究を進めていますが、次のように表明している認識、その是非などを検証したい。何でもご意見など頂ければ誠に幸いです。また、興味、関心を抱いて頂けそうな方に転送などして頂ければ幸いです。どうぞ宜しくお願いします。 敬具第1回 ゼロ除算研究集会のご案内下記のように研究集会を開催しますので、ご案内致します。日時: 2018.3.15(木曜日).11:00 - 15:00場所: 群馬大学大学院 理工学府概要: 始めにゼロ除算の全体について、齋藤三郎群馬大学名誉教授から30分くらい 総合的な報告を受けて、その後、討論を重視する形で進める。昼食を挟んで、討論し、最後に 今後の研究活動について検討する。参加希望者は、開場の準備、プログラムの検討上 下記にメールにて、届けて下さい:(kbdmm360@yahoo.co.jp, saburou.saitoh@gmail.com)尚、ゼロ除算の研究状況は、数学基礎学力研究会 サイトで解説が続けられています:http://www.mirun.sctv.jp/~suugaku/また、ohttp://okmr.yamatoblog.net/ に 関連情報があります。(後援:数学基礎学力研究会、NejiLaw、再生核研究所) 第1回ゼロ除算研究集会基調講演要旨(日時:2018.3.15(木曜日) 11:00 - 15:00 場所: 群馬大学大学院 理工学府)ゼロで割る問題 例えば100/0の意味、 ゼロ除算は インドで628年ゼロの発見以来の問題として、神秘的な歴史を辿って来ていて、最近でも大論文がおかしな感じで発表されている。ゼロ除算は 物理的には アリストテレスが 最初に不可能であると述べていると専門家が論じていて、それ以来物理学上での問題意識は強く、アインシュタインの人生最大の関心事であったという。ゼロ除算は数学的には 不可能であるとされ、数学的ではなく、物理学上の問題とゼロ除算が計算機障害を起こすことから、論理的な回避を目指して、今なお研究が盛んに進められている。しかるに、我々は約4年前に全く、自然で簡単な 数学的に完全である と考えるゼロ除算を発見して現在、全体の様子が明かに成って来た。そこで、ゼロ除算を歴史的に振り返り、我々の発見した新しい数学を紹介したい。まず、歴史、結果と、結果の意義と意味、を簡潔に 誰にでも分かるように解説したい。簡単な結果が、アリストテレス、ユークリッド以来の 我々の空間の認識を変える、実は新しい世界を拓いていること。それらを実証するための 具体例を沢山挙げる。我々の空間の認識は 2000年以上 適切ではなく、したがって 初等数学全般に欠陥があることを 沢山の具体例で示す。ゼロ除算は新しい世界を拓いており、この分野の研究を進め、世界史に貢献する意志を持ちたい。尚、ゼロおよび算術の確立者 Brahmagupta (598 -668 ?) は1300年以上も前に、0/0=0 と定義していたのに、世界史は それは間違いであるとしてきた、数学界と世界史の恥を反省して、世界史の進化を図りたい。以 上これらの意図はイギリスからの著書出版計画が急速に進み、内容が現代数学の初歩の欠陥を広く指摘し、現在の教科書、学術書の変更を求めているので、慎重に、慎重に対応したいということであった。上記サイトで述べられている要点をまず復習して置きたい。ゼロ除算 0 / 0 = 0 は 算術の創始者、ゼロの発見者 Brahmagupta (598 -668 ?) によって定義されていたにも関わらず、それは間違いであるとして1300年を超えて続いており、さらに、新たな説、論文が出版されている実におかしな状況にある。しかるに我々は ゼロ除算は既に当たり前であるとして、沢山の証拠を掲げて解説、説得を続けているが、理解は着実に進んでいるにも関わらず、理解は深くはなく、遅々として夜明け前のぼんやりしているような時代であると言える。数学者は、真実に忠実でなければならないのに、数学の研究では、論理には、感情や私情、予断、思い込みを入れてはならないのに、それが、数学の精神であるはずなのに かえって、数学者が予断と偏見、私情に囚われている状況が皮肉にも良く見える。 それは、ゼロ除算の理解が、素人の方の方が理解しやすい状況に現れている。 ― 数学は 絶対的に 厳格な論理でできているはずであるから、基礎が揺るぐはずがないとの信仰、信念を有しているためであろう。しかしながら、人間精神の開放と自由を求めて、非ユークリッド幾何学の出現から、人は大いに学ぶべきではないだろうか。 絶えず、人は何でも疑い、 我は存在しているか と 問うべきである。 ― 人間存在の意義は 真智への愛にある。ゼロ除算の歴史は、数学界の避けられない世界史上の汚点に成るばかりか、人類の愚かさの典型的な事実として、世界史上に記録されるだろう。この自覚によって、人類は大きく進化できるのではないだろうか。 ― 汝自らを知れ、というソクラテスの言葉は何を意味するだろうか。そこで、我々は、これらの認知、真相の究明によって、数学界の汚点を解消、世界の文化への貢献を期待したい。ゼロ除算の真相を明らかにして、基礎数学全般の修正を行い、ここから、人類への教育を進め、世界に貢献することを願っている。ゼロ除算の進展には 世界史がかかっており、数学界の、社会への対応をも 世界史は見ていると感じられる。 恥の上塗りは世に多いが、数学界がそのような汚点を繰り返さないように願っている。ゼロ除算は 不可能であるとの言明によって数学的には問題は永く封印されてしまった。 しかし、考えて見れば奇妙な事であった。アインシュタインや多くの物理学者が本質的な問題として考察を続けていたばかりか、ゼロ除算回避を意図して、計算機関係者や数学愛好者がともに真摯に追求してきたが、奇妙な議論を世界的に行っていた。 約20名くらいの海外の関係者と交流してきたが、少年期からあるいは何十年も空しい努力をしてきた者がいる。膨大な空しい努力に数学者の責任の感情が湧いて来る。そればかりか、数学全般の欠陥と我々の空間の認識がユークリッド以来おかしい様は、既に歴然であり、世の数学、世界観は天動説のように基本的な間違いが存在する。そもそも数学は、不可能性に挑戦して、次々と概念を発展させ、可能ならしめてきた輝かしい歴史を有するが、ゼロ除算は盲点として、世界史に汚点を残してきてしまったと言える。いくら何でも算術の確立者の定義を無視して1300年を越えてそれを間違いであるとしてきた事実は、あまりにも酷い歴史として反省させられる。ゼロ除算は、発見されてまだ4年、今後大きな発展が行われて、現代初等数学の形相は相当に変化して、ゼロ除算発見は世界史上の画期的な事件として記録されるだろう。その歴史の大義を受けて、世界の数学界は 面目一新を図り、数学界の信頼を回復すべきである。以 上
2021.10.27
素晴らしい 眞子様 小室様: 情けない 一部のマスコミと 社会。 どうして暖かく 静かに見守れなかったか。 祝、ご成婚再生核研究所声明640 (2021.10.3): 日本の世相について、ー 菅首相、岸田総裁、眞子様民主主義の国である日本国では 政治などについても庶民が自由に発言できる素晴らしい国と考えられる。 特に より良い社会のために という大義をもっての意見は大事であると考える。そこで、率直な意見を表明したい。まず、菅首相についてである。 はじめから、真摯な政治家、実務型の手堅い首相として好感を懐いてきたが、 実際、オリンピック、コロナ禍を 無事切り抜けられて そのご努力に心から敬意と感謝の気持ちを表明したい。 田村厚生大臣、西村経済産業大臣、皆さん真剣に お国を思われ努力されたことが既に懐かしく感じられる。 当然 いろいろ批判され、いろいろ提案された方々も お国を思う一心で努力されたのであり、日本国の必死の努力は 世界的に見ても 結果的には素晴らしい状況にできたと ほっとしている。 オリンピック開催できるか、コロナ抑えられるか 現実的には極めて難しい判断を下され、国際公約を果たされた偉業は 高く評価されるべきではないだろうか。 菅首相、及び政権は高く評価されるべきであると考える。次に、首相交代を意味する自民党総裁選挙は 堂々と行われ 素晴らしい選挙ではなかったかと 高く評価したい。 それぞれ立候補された方々の見識は 高く、それぞれに良さが有り、また、立候補されて 選挙期間中に凄く成長され その成長ぶりに感心させられる。 そのような中 岸田氏が選出されたが、 岸田氏も 既に実績も、見識も高く、何か所謂 長老の影響が強すぎの批判も多いようであるが、 政権党が党全体の力を結集して行くのは当然であり、そのような批判は当たらないと考える。 大いに岸田政権には期待したい。さらに、眞子様の件ですが、 ご結婚が 確定され、まずは 心から祝意を表明したい。眞子様 が お好きになられた方、日本国民は 愛情をもって受け入れ、お二人の幸せを願い、気遣い いろいろな援助を 日本国としても行い、皇室や皇族方を大事に想う心を 一致して懐いて行きたい。 いろいろ環境的に難しい立場に置かれやすいので、マスコミも国も 充分に配慮されるように希望したい。 以 上2021.10.2.19:05 少し時間がとれて 最近気になることなので纏めてみた。 昼の散歩に200個くらいクルミを拾い、庭の掃除もした。柿の実が少なくなってきている。 8月20日から、毎日夕食時 家族で 2,3個頂いている。 3本の柿の木がある。2021.10.2.20:30 美しい星星、 少しにわか雨の後。2021.10.3.05:40 雨上がりの美しい朝。 これは素直で良い、完成、公表できる。 存念というより率直な感情である。2021.10.3.06:25 良い,完成、公表。2021.10.4.05:50 快晴、美しい朝、確認する、良い。2021.10.26.22:00 祝、ご成婚、確認
2021.10.26
奥村先生:ちょっと気になり、考えました。半径ゼロは 点と直線 その認識で、先生 最後の成り立ちますね。それで、そのような精神で 纏めるもありますね。デカルトの時は、別々に 別々に すべての場合を考えました。a=0 の時、d の条件が出て来るのですが、代数的には 何も出てこない。 少し何でか 気になります。予想と違って 良い天気になりましたので、午後、着替えて 山など巡って来たいと思います。敬具齋藤三郎2021.10。26.11:12
2021.10.26
2021年10月25日(月) 5:04 frank stenger :I agree, your method is novel, Saburou.Dear Professor Stenger:Thank you for your kind e-mail.I would like to see your paper and I would like to hear the problem.We were able to realize even the inversion of the Delta function of the Laplace transform.I wonder : someone could such results.I think we will need the method of Fujiwara.With thanks,Sincerely yours,Saburou Saitoh2021.10.25.5:34
2021.10.26
数学では、深くて感銘を受けるような結果、論文が多い。 あまりに深く、ほんに 数人の専門家しか読めない、読まない。 本当の意味で きちんと すっかり検証できる人も 数人、多くは 数人も読まないのでは。すると そのような結果が どれほどの価値があるのかと 淋しく感じてしまう。 そこで、基本的で、美しく、影響の多きいもの ほど 良いという価値観を確立していた。世への貢献度で判断しようと いうことである。将来は 人工知能が価値評価を行う時代が来る、間もなくであろう。基本的な価値観の上に、 自動的に判断するシステムである。 幾つかの方式が提案され、 其れさえも 判断されるだろう。 判断の 判断である。評価の評価である。 結局は 世界史の問題になる。昨日は、晴れたので、昼食後、山歩き、庭掃除を 3時間くらいして体を動かした。なっている柿は 10個くらいで、今年は 8月22日から、毎日3個くらいずつ頂けた。銀杏の実を拾う季節になった。クルミはたっぷり拾った。幾ら何でも 数学界はおかしいのでは? 何のために、国家は数学界に補助しているのでしょうか。今朝は この言葉、情念で 5時 目覚まし時計で 目を覚ました。強い情念である。私は、今の数学も、教育も おかしい、基本的に欠陥がある と述べている。 我々が教え、学んで、考えている数学に欠陥があるから、真相を明らかにして欲しいと 述べている。 個人的な興味、関心の内容ではなく、小学生や中学生、大学生に教えている基礎数学に 基本的な欠陥があり、非常に恥ずかしい状態だ と述べている。内容、趣旨から、数学界は まずは、真相を明らかにすべき問題ではないでしょうか。 どうでも良い、内容ではなくて 基本問題を提起している。 それを無視して、どうでも良いような数学 に目を向けて居れば、数学界は社会に無関係に存在して、教育も 研究も 義務としての任務を放棄していることにはならないでしょうか。 何のために、国家は数学界に補助しているのでしょうか。 政府、国民がそれを追求するのは当然と考えます。 私は、数学の内容も 主張も 公にしている。 存念を公開している。 意見を求めている。公に意見交換を求めている。 数学は 著書に出版され、その国際専門雑誌も公刊されている。 数学の発展過程、存念も 間もなく出版され、私は歴史的な判断を求めることにしている。これは、数学界の恥だから、速やかに修正しようと 提案している。2021.10.10.5:36幾ら何でも 数学界はおかしいのでは?数学も、数学教育も おかしいとして きちんと理由を付けて 表明しているにも関わらず、永く意図的に無視している。都合の悪い情報を拒否し、人々の立場を 無視したような活動に はまっている ように思える。 重大なことを表明しているのでないでしょうか。 内容、意味を考えてみてください。数学がおかしいと言っている。2021.10.9:9:303年半も前の記録ゼロ除算算法の著書は、アメリカから出版され、その国際雑誌が イギリスから創刊された。ゼロ除算の発展過程も 間もなく出版されるが、何と この重要な文書 載せていない。 残念である。再生核研究所声明 422(2018.3.27): 数学界の歴史的な恥と恥の上塗り ー ゼロ除算の見落とし と 固定観念ゼロ除算発見4周年を契機に、結構内外の意見を広く求め、日本数学会2018.3.18(東大駒場)でも真正面から問題を明らかにした。関係分科会にメーリングリストを用いて、3月15日群馬大学での公開の研究集会を案内し、論理の展開、認識の適否を検証する形で、予告し問題点を明らかにして研究集会と学会に望んだ。案内は結構刺激的なものであったと見られよう:メーリング登録者各位(2018.2.14):下記のように研究会を企画して頂けることになりましたので、ご案内します。ゼロ除算は別格慎重に研究を進めていますが、次のように表明している認識、その是非などを検証したいと思っています。何でもご意見など頂ければ誠に幸いです:複素解析学では、無限遠点はゼロで表されること、円の中心の鏡像は無限遠点ではなくて中心自身であること、ローラン展開は孤立特異点で意味のある、有限確定値を取ることなど、基本的な間違いが存在する。微分方程式などは欠陥だらけで、誠に恥ずかしい教科書であふれていると言える。 超古典的な高木貞治氏の解析概論も確かな欠陥が出てきた。勾配や曲率、ローラン展開などに、コーシーの平均値定理さえ進化できる。しかしながら、奥村博氏の影響を受けて、現在のところユークリッド幾何学への影響が大きいと言えます。我々の空間の認識はアリストテレス、ユークリッド以来の変更が求められている。敬 具メーリング登録者各位(2018.3.6):下記のように研究集会を企画して頂けることになりましたので、ご案内(要旨付)します。ゼロ除算の研究は別格慎重に研究を進めていますが、次のように表明している認識、その是非などを検証したい。何でもご意見など頂ければ誠に幸いです。また、興味、関心を抱いて頂けそうな方に転送などして頂ければ幸いです。どうぞ宜しくお願いします。 敬具第1回 ゼロ除算研究集会のご案内下記のように研究集会を開催しますので、ご案内致します。日時: 2018.3.15(木曜日).11:00 - 15:00場所: 群馬大学大学院 理工学府概要: 始めにゼロ除算の全体について、齋藤三郎群馬大学名誉教授から30分くらい 総合的な報告を受けて、その後、討論を重視する形で進める。昼食を挟んで、討論し、最後に 今後の研究活動について検討する。参加希望者は、開場の準備、プログラムの検討上 下記にメールにて、届けて下さい:(kbdmm360@yahoo.co.jp, saburou.saitoh@gmail.com)尚、ゼロ除算の研究状況は、数学基礎学力研究会 サイトで解説が続けられています:http://www.mirun.sctv.jp/~suugaku/また、ohttp://okmr.yamatoblog.net/ に 関連情報があります。(後援:数学基礎学力研究会、NejiLaw、再生核研究所) 第1回ゼロ除算研究集会基調講演要旨(日時:2018.3.15(木曜日) 11:00 - 15:00 場所: 群馬大学大学院 理工学府)ゼロで割る問題 例えば100/0の意味、 ゼロ除算は インドで628年ゼロの発見以来の問題として、神秘的な歴史を辿って来ていて、最近でも大論文がおかしな感じで発表されている。ゼロ除算は 物理的には アリストテレスが 最初に不可能であると述べていると専門家が論じていて、それ以来物理学上での問題意識は強く、アインシュタインの人生最大の関心事であったという。ゼロ除算は数学的には 不可能であるとされ、数学的ではなく、物理学上の問題とゼロ除算が計算機障害を起こすことから、論理的な回避を目指して、今なお研究が盛んに進められている。しかるに、我々は約4年前に全く、自然で簡単な 数学的に完全である と考えるゼロ除算を発見して現在、全体の様子が明かに成って来た。そこで、ゼロ除算を歴史的に振り返り、我々の発見した新しい数学を紹介したい。まず、歴史、結果と、結果の意義と意味、を簡潔に 誰にでも分かるように解説したい。簡単な結果が、アリストテレス、ユークリッド以来の 我々の空間の認識を変える、実は新しい世界を拓いていること。それらを実証するための 具体例を沢山挙げる。我々の空間の認識は 2000年以上 適切ではなく、したがって 初等数学全般に欠陥があることを 沢山の具体例で示す。ゼロ除算は新しい世界を拓いており、この分野の研究を進め、世界史に貢献する意志を持ちたい。尚、ゼロおよび算術の確立者 Brahmagupta (598 -668 ?) は1300年以上も前に、0/0=0 と定義していたのに、世界史は それは間違いであるとしてきた、数学界と世界史の恥を反省して、世界史の進化を図りたい。以 上これらの意図はイギリスからの著書出版計画が急速に進み、内容が現代数学の初歩の欠陥を広く指摘し、現在の教科書、学術書の変更を求めているので、慎重に、慎重に対応したいということであった。上記サイトで述べられている要点をまず復習して置きたい。ゼロ除算 0 / 0 = 0 は 算術の創始者、ゼロの発見者 Brahmagupta (598 -668 ?) によって定義されていたにも関わらず、それは間違いであるとして1300年を超えて続いており、さらに、新たな説、論文が出版されている実におかしな状況にある。しかるに我々は ゼロ除算は既に当たり前であるとして、沢山の証拠を掲げて解説、説得を続けているが、理解は着実に進んでいるにも関わらず、理解は深くはなく、遅々として夜明け前のぼんやりしているような時代であると言える。数学者は、真実に忠実でなければならないのに、数学の研究では、論理には、感情や私情、予断、思い込みを入れてはならないのに、それが、数学の精神であるはずなのに かえって、数学者が予断と偏見、私情に囚われている状況が皮肉にも良く見える。 それは、ゼロ除算の理解が、素人の方の方が理解しやすい状況に現れている。 ― 数学は 絶対的に 厳格な論理でできているはずであるから、基礎が揺るぐはずがないとの信仰、信念を有しているためであろう。しかしながら、人間精神の開放と自由を求めて、非ユークリッド幾何学の出現から、人は大いに学ぶべきではないだろうか。 絶えず、人は何でも疑い、 我は存在しているか と 問うべきである。 ― 人間存在の意義は 真智への愛にある。ゼロ除算の歴史は、数学界の避けられない世界史上の汚点に成るばかりか、人類の愚かさの典型的な事実として、世界史上に記録されるだろう。この自覚によって、人類は大きく進化できるのではないだろうか。 ― 汝自らを知れ、というソクラテスの言葉は何を意味するだろうか。そこで、我々は、これらの認知、真相の究明によって、数学界の汚点を解消、世界の文化への貢献を期待したい。ゼロ除算の真相を明らかにして、基礎数学全般の修正を行い、ここから、人類への教育を進め、世界に貢献することを願っている。ゼロ除算の進展には 世界史がかかっており、数学界の、社会への対応をも 世界史は見ていると感じられる。 恥の上塗りは世に多いが、数学界がそのような汚点を繰り返さないように願っている。ゼロ除算は 不可能であるとの言明によって数学的には問題は永く封印されてしまった。 しかし、考えて見れば奇妙な事であった。アインシュタインや多くの物理学者が本質的な問題として考察を続けていたばかりか、ゼロ除算回避を意図して、計算機関係者や数学愛好者がともに真摯に追求してきたが、奇妙な議論を世界的に行っていた。 約20名くらいの海外の関係者と交流してきたが、少年期からあるいは何十年も空しい努力をしてきた者がいる。膨大な空しい努力に数学者の責任の感情が湧いて来る。そればかりか、数学全般の欠陥と我々の空間の認識がユークリッド以来おかしい様は、既に歴然であり、世の数学、世界観は天動説のように基本的な間違いが存在する。そもそも数学は、不可能性に挑戦して、次々と概念を発展させ、可能ならしめてきた輝かしい歴史を有するが、ゼロ除算は盲点として、世界史に汚点を残してきてしまったと言える。いくら何でも算術の確立者の定義を無視して1300年を越えてそれを間違いであるとしてきた事実は、あまりにも酷い歴史として反省させられる。ゼロ除算は、発見されてまだ4年、今後大きな発展が行われて、現代初等数学の形相は相当に変化して、ゼロ除算発見は世界史上の画期的な事件として記録されるだろう。その歴史の大義を受けて、世界の数学界は 面目一新を図り、数学界の信頼を回復すべきである。以 上
2021.10.26
「これが数学的に証明されてしまったら科学の根幹が揺らいでしまう」というレベルの予想はありますか?Saburou Saitohさんのプロフィール写真Saburou Saitoh, 名誉教授回答日時: 9月26日この発想は面白いが、 発想は逆ではないでしょうか。新しい自然現象が 数学に新しい影響、あるいは新しい数学が生まれると考えられる。 自然が基本で、数学は その解釈を与える言語では ないでしょうか。 この視点で、ゼロ除算の発見は 面白くなるのではないでしょうか:再生核研究所声明520 (2019.12.04): 数学の超難問 - ゼロ除算 - 解かれたり特別な日で、 3日 6:00家族で朝食をとっていた 突然、題名と構想が閃いたので 面白ろ可笑しく率直に表現したい。先ずは 超難問の意味 を説明したい。 そもそもゼロ除算が如何に難問であったかを簡潔に説明したい。 ターレスなど、アリストテレス それ以前も その後も そもそもギリシャ文化と欧米文化では ゼロを無や空と共に嫌い、ある専門家はアリストテレスがゼロ除算不可能の思想を持ち、その後永く影響を与えてきたという。他方、インドでは、古くから、無や空の思想を持ち、ゼロの概念を得ていたが、算術の確立者 Brahmagupta (598 ---668?) は 0/0=0 を得ていたが、一般のゼロ除算には言及せず、 バスカラ2世(1114 - 1185)以後 間違い 1/0=INFITY を続けてきた。この結果は、天才オイラーの有名な間違いとして、有名でもある。もちろん、 歴史上の最高級の物理学者 ニュートンの万有引力の法則にも ゼロ除算が明確に現れ、アインシュタインの 生涯の課題であった とされている:Blackholes are where God divided by zero.I don't believe in mathematics.George Gamow (1904-1968) Russian-born American nuclear physicist and cosmologist remarked that "it is well known to students of high school algebra" that division by zero is not valid; and Einstein admitted it as {\bf the biggest blunder of his life} Gamow, G., My World Line (Viking, New York). p 44, 1970).近世数学2百余年 世界の数学界は ゼロ除算の問題は 普通の意味では不可能であるがゆえに ゼロ除算を認識していない、 問題そのものを考えていないのは 明らかである:S. K. Sen and R. P. Agarwal(2016): 数学十戒の第一、汝ゼロで割ってはならない:{\bf “Thou shalt not divide by zero” remains valid eternally.}しかるに、ゼロで割る問題は、固有の問題として、あるいは相対性理論とゼロ除算の観点から、また、ゼロ除算が計算機障害を起こした事件を契機に論理の問題として、ゼロ除算の研究は主に数学者以外の物理学者、計算機関係者によって熱情的に研究されてきた。 しかしながら、それらの膨大な研究はもはや空しいものになっている と考えられる。面白い事件が有るので、言及して置きたい:L. C. Paulson stated that I would guess that Isabelle has used this {\bf convention} $1/0=0$ since the 1980s and introduced his book referred to this fact.However, in his group the importance of this fact seems to be entirely ignored at this moment as we see from the book.彼は 現在Isabelle/HOL の責任者の一人で、上記は彼のメールの一部であるが、思うにそのシステムは 1/0=0 を40年も前から出していたが、その意味が分からず、その重要性も認識していないようである。この事実は 最近の彼の論文でのゼロ除算についての言及にも表れている。- 実に面白いことには、計算機が正しい、正当な結果を出していたのに その意味や重要性が人間によって認知されていなかった と みられることである。その後、その進んだ計算機システムを用いて、Jose 氏は、我々の得たゼロ除算およびゼロ除算算法を検証し、我々の結果に対する強い保証を与えている。- ゼロ除算は新しい意味で可能であり、新世界をアリストテレス、ユークリッド以来の世界を拓いていると主張し、広く意見を求めている:汝ゼロで割ってはならないの数学十戒第一は覆されて、ゼロで割って、新世界が現れた、ゼロで割ることができて、アリストテレス、ユークリッド以来の新数学、新世界が現れた。 象徴的な例は、1/0=0/0=z/0= tan(\pi/2) =log 0 =0 and z^n/n = log z for n=0。基本的な関数 y=1/x の原点に於ける値は ゼロである。無限遠点がゼロで表される。ゼロの意味の新しい発見である。これらの数学の素人向きの解説は 55カ月に亘って 次で与えられている:数学基礎学力研究会公式サイト 楽しい数学数学基礎学力研究会公式サイト 楽しい数学数学的な解説論文は 次で公表されている:viXra:1904.0408 submitted on 2019-04-22 00:32:30,What Was Division by Zero?; Division by Zero Calculus and New World我々は 初等数学には基本的な欠陥がある と述べている。ゼロ除算は数学者ばかりではなく 人類の、世界史の恥である と述べている。次も参照:再生核研究所声明490: 令和革新の大義、 趣旨 ー 初等数学再生核研究所声明493: ゼロ除算 分らない、回答 - 初等数学の 令和革新 の意味再生核研究所声明495:ゼロ除算 は 何故理解が難しいのか - 再生核研究所声明493(2019.7.1) ゼロ除算 分らない、回答 - 初等数学の 令和革新 の意味 の前段階再生核研究所声明496(2019.7.8): 初等数学の 令和革新 の意味 - 数学嫌いな一般の方 向き再生核研究所声明 497(2019.7.9): ゼロ除算は何故難しいか、なぜ当たり前か再生核研究所声明 498(2019.7.11): ゼロ除算は 何故 驚きか再生核研究所声明 500(2019.7.28): 数学の令和革新と日本の挑戦、東京オリンピック以 上2019.12.03.08:57 一気に筋を書いてみた。2019.12.03.10:00 美しい静かな暖かな日和、枯野が美しい。既に大体できている。2019.12.03.10:58 既にできている。 著書精読も順調に進めている。2019.12.03.11:51 良い、できている。2019.12.03.12:56 良い、良い天気。2019.12.03.14:33 良い。2019.12.03.15:20 良い、部分公表、待つことはもはやしない。2019.12.03.18:33 良い。2019.12.03.19:10 良い、完成できる。2019.12.03.22:30 良い、明朝完成できる。2019.12.04.05:39 快晴の美しい星空。良い、完成、公表。これは真実である。数学は絶対であり、神学である。神の意志に従わざるを得ない。2019.12.06.19:00 確認、良い。2019.12.23.21:50 気になって精読したが、当たり前のことが書かれてある。 私の講演を聞かれた ある教授の言葉が思い出される: ゼロ除算は数学界の盲点であった。閲覧数:1,015回1件の高評価を見る
2021.10.25
奥村先生:今朝は 昂奮して、自分の予定の仕事ができませんでしたが、同時に いろいろ考えが 湧いていて、取り掛かる仕事の順序が 問題です。今朝の件では、 最初の式と 分数の式、その関係、どちらが図形的に自然でしょうか。式変形も 面白い。しかし、どちらを優先させるかで、位置づけが違います。積の方は 直線は 半径ゼロの円と考える 考えの自然性を述べている。ゼロ除算の本質ですが。分数は、ゼロ除算の重要性を 直接示していて、もっと神秘的と 人は理解する。そこで、私は後者を用いました。先生 定理が予想として 述べられます。これは大定理です:予想: 円の半径が絡む等式で、 半径ゼロの時は、その円を 点と直線とみなして、幾何学は そのまま成り立つ。その時、等式は ゼロ除算算法で変形して 考えるものとする。不等式は 上記で成り立たないでしょう。敬具齋藤三郎2021,10.25.14:58
2021.10.25
Please look the attached one: No. 1229Beautiful and Definite King in Euclidean GeometrySS 2021.10.25.6:48 奥村先生: 先生、今朝初めてメールを開きました。何と素晴らしい。最高に近いですね。まだそのようなものが有りましたか。 序に、昨夜 風呂で、ブログに書いたの、書き過ぎかと気持ちが湧きました。 ユークリッド幾何学における王:ショッピング中、楽しい考えが 湧いてきました。この言葉は 突然に閃いて、慎重に検討されたものです。日本語を豊かにし、文化を高め、日本民族の誇りを 謡い挙げるために私が創造した この日本語を 世界の言語に、世界の文化にしたい。 日本国 は 世界史に貢献できる:2021.10.24.15:38 再生核研究所声明636(2021.9.20): 日本の偉大な数学者 奥村 博氏 ー ユークリッド幾何学の王(この構想は 18日 昨夜 休む前、 ひとりでに ユークリッド幾何学における 王 として 奥村氏の名前が 創造されました。ユークリッド幾何学に最も執着し、愛した歴史上の 人物は誰でしょうか。の発想を率直に 面白ろ可笑しく表現したい。私は存念の率直な表現に興味と関心を懐いている。)月から地球を眺め 人類の歴史を想像しよう。 いろいろな観点から いろいろ想いがうかべられるだろう。 ここでは ユークリッド幾何学の歴史を想像してみたい。 しかし、小さな個人、いろいろ素直な良い、気持ちを 表現して行っても良いと考えます。一仕事終えたら、世界の数学界の 大革新を行うべき 大胆な提案を直接的に行う構想が 発展しています。暗い、数学界、光を当てたい。 ところで、表現が正確でないことが有りましたので 修正したい: 円も点も 曲率、 及び半径はゼロです。 点の時の中心はもちろん、点の位置ですが、 直線の中心は原点である。 です。 敬具齋藤三郎2021.10.25.5:22
2021.10.25
2021年10月25日(月) 5:04 frank stenger :I agree, your method is novel, Saburou. Dear Professor Stenger:Thank you for your kind e-mail.I would like to see your paper and I would like to hear the problem.We were able to realize even the inversion of the Delta function of the Laplace transform.I wonder : someone could such results.I think we will need the method of Fujiwara.With thanks,Sincerely yours,Saburou Saitoh2021.10.25.5:34
2021.10.25
数学では、深くて感銘を受けるような結果、論文が多い。 あまりに深く、ほんに 数人の専門家しか読めない、読まない。 本当の意味で きちんと すっかり検証できる人も 数人、多くは 数人も読まないのでは。すると そのような結果が どれほどの価値があるのかと 淋しく感じてしまう。 そこで、基本的で、美しく、影響の多きいもの ほど 良いという価値観を確立していた。世への貢献度で判断しようと いうことである。将来は 人工知能が価値評価を行う時代が来る、間もなくであろう。基本的な価値観の上に、 自動的に判断するシステムである。 幾つかの方式が提案され、 其れさえも 判断されるだろう。 判断の 判断である。評価の評価である。 結局は 世界史の問題になる。昨日は、晴れたので、昼食後、山歩き、庭掃除を 3時間くらいして体を動かした。なっている柿は 10個くらいで、今年は 8月22日から、毎日3個くらいずつ頂けた。銀杏の実を拾う季節になった。クルミはたっぷり拾った。幾ら何でも 数学界はおかしいのでは? 何のために、国家は数学界に補助しているのでしょうか。今朝は この言葉、情念で 5時 目覚まし時計で 目を覚ました。強い情念である。私は、今の数学も、教育も おかしい、基本的に欠陥がある と述べている。 我々が教え、学んで、考えている数学に欠陥があるから、真相を明らかにして欲しいと 述べている。 個人的な興味、関心の内容ではなく、小学生や中学生、大学生に教えている基礎数学に 基本的な欠陥があり、非常に恥ずかしい状態だ と述べている。内容、趣旨から、数学界は まずは、真相を明らかにすべき問題ではないでしょうか。 どうでも良い、内容ではなくて 基本問題を提起している。 それを無視して、どうでも良いような数学 に目を向けて居れば、数学界は社会に無関係に存在して、教育も 研究も 義務としての任務を放棄していることにはならないでしょうか。 何のために、国家は数学界に補助しているのでしょうか。 政府、国民がそれを追求するのは当然と考えます。 私は、数学の内容も 主張も 公にしている。 存念を公開している。 意見を求めている。公に意見交換を求めている。 数学は 著書に出版され、その国際専門雑誌も公刊されている。 数学の発展過程、存念も 間もなく出版され、私は歴史的な判断を求めることにしている。これは、数学界の恥だから、速やかに修正しようと 提案している。2021.10.10.5:36幾ら何でも 数学界はおかしいのでは?数学も、数学教育も おかしいとして きちんと理由を付けて 表明しているにも関わらず、永く意図的に無視している。都合の悪い情報を拒否し、人々の立場を 無視したような活動に はまっている ように思える。 重大なことを表明しているのでないでしょうか。 内容、意味を考えてみてください。数学がおかしいと言っている。2021.10.9:9:303年半も前の記録ゼロ除算算法の著書は、アメリカから出版され、その国際雑誌が イギリスから創刊された。ゼロ除算の発展過程も 間もなく出版されるが、何と この重要な文書 載せていない。 残念である。再生核研究所声明 422(2018.3.27): 数学界の歴史的な恥と恥の上塗り ー ゼロ除算の見落とし と 固定観念ゼロ除算発見4周年を契機に、結構内外の意見を広く求め、日本数学会2018.3.18(東大駒場)でも真正面から問題を明らかにした。関係分科会にメーリングリストを用いて、3月15日群馬大学での公開の研究集会を案内し、論理の展開、認識の適否を検証する形で、予告し問題点を明らかにして研究集会と学会に望んだ。案内は結構刺激的なものであったと見られよう:メーリング登録者各位(2018.2.14):下記のように研究会を企画して頂けることになりましたので、ご案内します。ゼロ除算は別格慎重に研究を進めていますが、次のように表明している認識、その是非などを検証したいと思っています。何でもご意見など頂ければ誠に幸いです:複素解析学では、無限遠点はゼロで表されること、円の中心の鏡像は無限遠点ではなくて中心自身であること、ローラン展開は孤立特異点で意味のある、有限確定値を取ることなど、基本的な間違いが存在する。微分方程式などは欠陥だらけで、誠に恥ずかしい教科書であふれていると言える。 超古典的な高木貞治氏の解析概論も確かな欠陥が出てきた。勾配や曲率、ローラン展開などに、コーシーの平均値定理さえ進化できる。しかしながら、奥村博氏の影響を受けて、現在のところユークリッド幾何学への影響が大きいと言えます。我々の空間の認識はアリストテレス、ユークリッド以来の変更が求められている。敬 具メーリング登録者各位(2018.3.6):下記のように研究集会を企画して頂けることになりましたので、ご案内(要旨付)します。ゼロ除算の研究は別格慎重に研究を進めていますが、次のように表明している認識、その是非などを検証したい。何でもご意見など頂ければ誠に幸いです。また、興味、関心を抱いて頂けそうな方に転送などして頂ければ幸いです。どうぞ宜しくお願いします。 敬具第1回 ゼロ除算研究集会のご案内下記のように研究集会を開催しますので、ご案内致します。日時: 2018.3.15(木曜日).11:00 - 15:00場所: 群馬大学大学院 理工学府概要: 始めにゼロ除算の全体について、齋藤三郎群馬大学名誉教授から30分くらい 総合的な報告を受けて、その後、討論を重視する形で進める。昼食を挟んで、討論し、最後に 今後の研究活動について検討する。参加希望者は、開場の準備、プログラムの検討上 下記にメールにて、届けて下さい:(kbdmm360@yahoo.co.jp, saburou.saitoh@gmail.com)尚、ゼロ除算の研究状況は、数学基礎学力研究会 サイトで解説が続けられています:http://www.mirun.sctv.jp/~suugaku/また、ohttp://okmr.yamatoblog.net/ に 関連情報があります。(後援:数学基礎学力研究会、NejiLaw、再生核研究所) 第1回ゼロ除算研究集会基調講演要旨(日時:2018.3.15(木曜日) 11:00 - 15:00 場所: 群馬大学大学院 理工学府)ゼロで割る問題 例えば100/0の意味、 ゼロ除算は インドで628年ゼロの発見以来の問題として、神秘的な歴史を辿って来ていて、最近でも大論文がおかしな感じで発表されている。ゼロ除算は 物理的には アリストテレスが 最初に不可能であると述べていると専門家が論じていて、それ以来物理学上での問題意識は強く、アインシュタインの人生最大の関心事であったという。ゼロ除算は数学的には 不可能であるとされ、数学的ではなく、物理学上の問題とゼロ除算が計算機障害を起こすことから、論理的な回避を目指して、今なお研究が盛んに進められている。しかるに、我々は約4年前に全く、自然で簡単な 数学的に完全である と考えるゼロ除算を発見して現在、全体の様子が明かに成って来た。そこで、ゼロ除算を歴史的に振り返り、我々の発見した新しい数学を紹介したい。まず、歴史、結果と、結果の意義と意味、を簡潔に 誰にでも分かるように解説したい。簡単な結果が、アリストテレス、ユークリッド以来の 我々の空間の認識を変える、実は新しい世界を拓いていること。それらを実証するための 具体例を沢山挙げる。我々の空間の認識は 2000年以上 適切ではなく、したがって 初等数学全般に欠陥があることを 沢山の具体例で示す。ゼロ除算は新しい世界を拓いており、この分野の研究を進め、世界史に貢献する意志を持ちたい。尚、ゼロおよび算術の確立者 Brahmagupta (598 -668 ?) は1300年以上も前に、0/0=0 と定義していたのに、世界史は それは間違いであるとしてきた、数学界と世界史の恥を反省して、世界史の進化を図りたい。以 上これらの意図はイギリスからの著書出版計画が急速に進み、内容が現代数学の初歩の欠陥を広く指摘し、現在の教科書、学術書の変更を求めているので、慎重に、慎重に対応したいということであった。上記サイトで述べられている要点をまず復習して置きたい。ゼロ除算 0 / 0 = 0 は 算術の創始者、ゼロの発見者 Brahmagupta (598 -668 ?) によって定義されていたにも関わらず、それは間違いであるとして1300年を超えて続いており、さらに、新たな説、論文が出版されている実におかしな状況にある。しかるに我々は ゼロ除算は既に当たり前であるとして、沢山の証拠を掲げて解説、説得を続けているが、理解は着実に進んでいるにも関わらず、理解は深くはなく、遅々として夜明け前のぼんやりしているような時代であると言える。数学者は、真実に忠実でなければならないのに、数学の研究では、論理には、感情や私情、予断、思い込みを入れてはならないのに、それが、数学の精神であるはずなのに かえって、数学者が予断と偏見、私情に囚われている状況が皮肉にも良く見える。 それは、ゼロ除算の理解が、素人の方の方が理解しやすい状況に現れている。 ― 数学は 絶対的に 厳格な論理でできているはずであるから、基礎が揺るぐはずがないとの信仰、信念を有しているためであろう。しかしながら、人間精神の開放と自由を求めて、非ユークリッド幾何学の出現から、人は大いに学ぶべきではないだろうか。 絶えず、人は何でも疑い、 我は存在しているか と 問うべきである。 ― 人間存在の意義は 真智への愛にある。ゼロ除算の歴史は、数学界の避けられない世界史上の汚点に成るばかりか、人類の愚かさの典型的な事実として、世界史上に記録されるだろう。この自覚によって、人類は大きく進化できるのではないだろうか。 ― 汝自らを知れ、というソクラテスの言葉は何を意味するだろうか。そこで、我々は、これらの認知、真相の究明によって、数学界の汚点を解消、世界の文化への貢献を期待したい。ゼロ除算の真相を明らかにして、基礎数学全般の修正を行い、ここから、人類への教育を進め、世界に貢献することを願っている。ゼロ除算の進展には 世界史がかかっており、数学界の、社会への対応をも 世界史は見ていると感じられる。 恥の上塗りは世に多いが、数学界がそのような汚点を繰り返さないように願っている。ゼロ除算は 不可能であるとの言明によって数学的には問題は永く封印されてしまった。 しかし、考えて見れば奇妙な事であった。アインシュタインや多くの物理学者が本質的な問題として考察を続けていたばかりか、ゼロ除算回避を意図して、計算機関係者や数学愛好者がともに真摯に追求してきたが、奇妙な議論を世界的に行っていた。 約20名くらいの海外の関係者と交流してきたが、少年期からあるいは何十年も空しい努力をしてきた者がいる。膨大な空しい努力に数学者の責任の感情が湧いて来る。そればかりか、数学全般の欠陥と我々の空間の認識がユークリッド以来おかしい様は、既に歴然であり、世の数学、世界観は天動説のように基本的な間違いが存在する。そもそも数学は、不可能性に挑戦して、次々と概念を発展させ、可能ならしめてきた輝かしい歴史を有するが、ゼロ除算は盲点として、世界史に汚点を残してきてしまったと言える。いくら何でも算術の確立者の定義を無視して1300年を越えてそれを間違いであるとしてきた事実は、あまりにも酷い歴史として反省させられる。ゼロ除算は、発見されてまだ4年、今後大きな発展が行われて、現代初等数学の形相は相当に変化して、ゼロ除算発見は世界史上の画期的な事件として記録されるだろう。その歴史の大義を受けて、世界の数学界は 面目一新を図り、数学界の信頼を回復すべきである。以 上
2021.10.25
奥村先生:先生、今朝初めてメールを開きました。何と素晴らしい。最高に近いですね。まだそのようなものが有りましたか。 序に、昨夜 風呂で、ブログに書いたの、書き過ぎかと気持ちが湧きました。ユークリッド幾何学における王:ショッピング中、楽しい考えが 湧いてきました。この言葉は 突然に閃いて、慎重に検討されたものです。日本語を豊かにし、文化を高め、日本民族の誇りを 謡い挙げるために私が創造した この日本語を 世界の言語に、世界の文化にしたい。 日本国 は 世界史に貢献できる:2021.10.24.15:38再生核研究所声明636(2021.9.20): 日本の偉大な数学者 奥村 博氏 ー ユークリッド幾何学の王(この構想は 18日 昨夜 休む前、 ひとりでに ユークリッド幾何学における 王 として 奥村氏の名前が 創造されました。ユークリッド幾何学に最も執着し、愛した歴史上の 人物は誰でしょうか。の発想を率直に 面白ろ可笑しく表現したい。私は存念の率直な表現に興味と関心を懐いている。)月から地球を眺め 人類の歴史を想像しよう。 いろいろな観点から いろいろ想いがうかべられるだろう。 ここでは ユークリッド幾何学の歴史を想像してみたい。しかし、小さな個人、いろいろ素直な良い、気持ちを 表現して行っても良いと考えます。一仕事終えたら、世界の数学界の 大革新を行うべき 大胆な提案を直接的に行う構想が 発展しています。暗い、数学界、光を当てたい。ところで、表現が正確でないことが有りましたので 修正したい:円も点も 曲率、 及び半径はゼロです。 点の時の中心はもちろん、点の位置ですが、 直線の中心は原点である。 です。敬具齋藤三郎2021.10.25.5:22
2021.10.25
ユークリッド幾何学における王:ショッピング中、楽しい考えが 湧いてきました。この言葉は 突然に閃いて、慎重に検討されたものです。日本語を豊かにし、文化を高め、日本民族の誇りを 謡い挙げるために私が創造した この日本語を 世界の言語に、世界の文化にしたい。 日本国 は 世界史に貢献できる:2021.10.24.15:38再生核研究所声明636(2021.9.20): 日本の偉大な数学者 奥村 博氏 ー ユークリッド幾何学の王(この構想は 18日 昨夜 休む前、 ひとりでに ユークリッド幾何学における 王 として 奥村氏の名前が 創造されました。ユークリッド幾何学に最も執着し、愛した歴史上の 人物は誰でしょうか。の発想を率直に 面白ろ可笑しく表現したい。私は存念の率直な表現に興味と関心を懐いている。)月から地球を眺め 人類の歴史を想像しよう。 いろいろな観点から いろいろ想いがうかべられるだろう。 ここでは ユークリッド幾何学の歴史を想像してみたい。ユークリッドがどのような想いで ユークリッド幾何学を建設されたか、 学生時代に読んだ非ユークリッド幾何学の発見の様などと共に 思い出される。 絶対に揺るがぬ 永遠不滅の 幾何学の建設を志したユークリッドの想い である。ユークリッド幾何学は あらゆる学術書の基本精神を与え、永遠の学として2000年以上栄え 現在でも初等数学の基礎になっている。 いや数学の基礎になっていると言える。そこで ユークリッド幾何学の全体を 月の世界から見るとどうなるだろうか。何と言っても 本質的な事件は 3人の巨人によって拓かれた 非ユークリッド幾何学の出現である:(非ユークリッド幾何学出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』カール・フリードリヒ・ガウスは、1824年11月8日の手紙に於いて、鋭角仮定のもとで整合的な幾何学が成立する可能性を示唆し、そこにはある定数があってこれが大きいほど通常の幾何学に近づくと述べた。ガウスの言うある定数とは、現代の言葉で言えば空間の曲率 k に対し、-(1/k)のことである。ガウス個人は非ユークリッド幾何の存在を確信していたと見られるが公表はしていない。「宗教論争に巻き込まれる事を恐れてか」とその理由を推察する者もいる。非ユークリッド幾何学の成立[編集]ニコライ・イワノビッチ・ロバチェフスキーは「幾何学の新原理並びに平行線の完全な理論」(1829年)において、「虚幾何学」と名付けられた幾何学を構成して見せた。これは、鋭角仮定を含む幾何学であった。ボーヤイ・ヤーノシュは父・ボーヤイ・ファルカシュの研究を引き継いで、1832年、「空間論」を出版した。「空間論」では、平行線公準を仮定した幾何学(Σ)、および平行線公準の否定を仮定した幾何学(S)を論じた。更に、1835年「ユークリッド第 11 公準を証明または反駁することの不可能性の証明」において、Σ と S のどちらが現実に成立するかは、如何なる論理的推論によっても決定されないと証明した。)これらは要するに ユークリッドの平行線公理は証明できず、平行線公理が成り立たない幾何学の存在を発見した。 これは同時に 絶対的な幾何学の存在を否定して、数学にも 幾何学にも いろいろなものが存在することを示し、 数学観を本質的に変えた歴史的な事件であったと言える。 そのような意味で、それらの発見はユークリッド幾何学における最大の事件であると考えられる。次に注目されるのは デカルト(1596-1650)によって導入された 座標系の導入で、 平面や空間の点が 数の組で表現できるという考えである。 それゆえに 図形は方程式で表現され 図形と代数、数字の世界が結び付けられ、幾何学と代数学が結び付けられたことである。 これらの基礎の上に、 微積分学、解析学、幾何学、代数学、多様体上の数学が発展していると考えられる。ここでデカルトの偉業を高く評価したい。 さらにデカルトは ユークリッド幾何学自身でも デカルトの円定理 という 美しい定理を得て、その発展は目も眩むほどである。ユークリッド幾何学における最も美しい定理とも言える。ユークリッド幾何学における 2大事件とは 上記のようなものでは ないだろうか。ここで第3の事件 について触れるために下記を確認したい:そもそも数学とは何かに関してですが、数学の元は、ユークリッド幾何学と 四則演算の算術 の法則にあると考えられます。 この算術は インドの ブラ―マグプタによって ゼロの導入と共に西暦628年に確立された。 図形、そして 算術の法則 です。重要で、面白いことには これらは、デカルトの座標系の導入で、統一される。これらの基礎の上に、幾何学、代数学、解析学が発展している と考えられる。 ところが驚くべきことに、 両方の基礎には 初めから欠陥が存在していた と考えられる。 無限遠点の考えと、ゼロ除算である。 空間の認識では無限の彼方は どうなっているかという観点が欠けていた。 四則演算においては、割り算における ゼロで割る問題 ゼロ除算問題 である。ブラ―マグプタ自身は 初めから0/0=0 と きちんと定義していたが、一般のゼロ除算は 考えなかった。- これは 不可能である と考えたと思われる。 ゼロ除算の歴史は、もっと古く、物理的な意味から、アリストテレスが ゼロ除算は考えるべきではなく、かつ不可能である と述べていて、欧米の文化に大きな影響を与えてきたという。 ギリシャ文化は、ゼロや空、無を嫌う 強い文化を有してきた。他方、インドでは 相当に深い思想をもってきた。それゆえに ゼロ除算算法の概念による ゼロ除算の解明によって 初等数学は 広範な影響を受けることになったが、不変な筈のユークリット幾何学でさえ、面目を一新するような革命が起きている:viXra:2106.0108 submitted on 2021-06-19 20:06:05,Division by Zero Calculus in Figures - Our New Space Since Euclid -Geometry and division by zero calculus. International Journal of Division by Zero Calculus, 1(1), pp.1-36. (https://romanpub.com/dbzc.php)標語的に言えば、 未知世界とされていた特異点から ユークリッドの盲点であった無限の彼方から 新規な世界が次次と現れてきて、 既にユークリッド幾何学に新世界、真に新しい世界が現れて来たということである。江戸時代、永い平和の結果として 数学が庶民に愛され、和算として沢山の人による厖大な文化遺産が残されている。 今でも沢山 それらの遺産を研究されている和算愛好者、研究者がいる。 奥村 博氏もその一人で、 特に群馬は 和算の伝統が強く その文化的な背景を受けて一途に研究をされてきた。 特に和算の幾何学の研究に集中されてきたことが 多くの業績によって分る。 これら膨大な幾何学は 当然にもユークリッド幾何学の世界である と考えられるが、 和算は美しい結果を得て居たものの 論理や記述に本質的な欠陥が存在し、欧米世界では従来軽視されてきた経緯がある。そのような状況で、私たちの恩師に当たる道脇義正先生の強い存念で、和算から新しい数学の結果を発見して、 数学として欧米に受け入れられるような数学の研究活動が始められていた。 奥村氏はそのような精神を受け継がれ、どんどん発展され、和算専門の国際雑誌を 国際的な仲間とともに創刊され、 算額を国際語にして 研究活動をされている:再生核研究所声明588(2020.11.30): 奥村 博氏の 和算数学へ大きな貢献について ー 声明569の続編 -再生核研究所声明569(2020.7.21): 奥村 博氏の 和算への大きな貢献と 美しい幾何学の世界 ー ユークリッド幾何学 と 和算幾何学の新展開それらにゼロ除算算法の適用で どんどん全く新規な結果を まるで神がかったように進められている。 結果は具体的で、驚嘆するものばかりであるが、上記 デカルトの円定理でさえ 美しく 統一され、 さらに そこに 新規な現象さえ発見されている。研究成果の質、 美しい結果の量を ユークリッド幾何学の歴史の中で見ても 世界史上最高に位置すると 歴然と分るだろう。いみじくも、 非ユークリッド幾何学 平行線公理にも抵触して 3人の巨人とは違った意味で 新しい非ユークリッド幾何学を発見され、 デカルトさえ 円定理では 本質的に越えていることが分る。このように思う時、 日本の偉大な数学者として 奥村 博氏の名前が ユークリッド幾何学における王 と呼ぶにふさわしいものであると 発想される。 発想された。これは 価値の評価であり、価値の創造である。価値の発見である。月から地球を眺め 人類の歴史を想像しようでは 情けない 人類の戦争の歴史を深く嘆いている。 以 上2021.9.19.6:12 一気に纏めてみた。 天気は回復。2021.9.19.9:16 文を整える。良い。 おかしな数学界の理由 その構想が既にできている。2021.9.19.11:45 買い物から帰って精読、良い。明朝公表できる。有難くも市から敬老の贈り物が届いた。2021.9.19.12:50 良い。2021.9.19.14:46 良い。 暖かな日和、ぐるりと散歩してくる。2021.9.19.17:55 良い。2021.9.19.21:40 良い。2021.9.20.05:36 良い、完成できる。快晴の美しい朝。NHK大河ドラマなどどうして素晴らしい番組ができるのか、不思議で仕方ない。菅首相は立派に首相を務められているが、自民党の党首選も立派である。2021.9.20.06:20 完成、公表。2021,9.20.09:10 公表後確認。2021.9.20.11:52 確認、良い。 水田先生からメール。2021.9.20.22:02 これは真実である。 秋の深まり、近くで鹿が啼いた。 柿がどんどん熟している。2021.9.21.15:15 美しい日、確認精読、良い。これは真実である。2021.9.23.11:36 買い物から帰って、精読、確認。 彼岸の中日、美しい、暖かな日和。2021.9.23.21:30 確認する、良い。修正なし。
2021.10.24
数学では、深くて感銘を受けるような結果、論文が多い。 あまりに深く、ほんに 数人の専門家しか読めない、読まない。 本当の意味で きちんと すっかり検証できる人も 数人、多くは 数人も読まないのでは。すると そのような結果が どれほどの価値があるのかと 淋しく感じてしまう。 そこで、基本的で、美しく、影響の多きいもの ほど 良いという価値観を確立していた。世への貢献度で判断しようと いうことである。将来は 人工知能が価値評価を行う時代が来る、間もなくであろう。基本的な価値観の上に、 自動的に判断するシステムである。 幾つかの方式が提案され、 其れさえも 判断されるだろう。 判断の 判断である。評価の評価である。 結局は 世界史の問題になる。昨日は、晴れたので、昼食後、山歩き、庭掃除を 3時間くらいして体を動かした。なっている柿は 10個くらいで、今年は 8月22日から、毎日3個くらいずつ頂けた。銀杏の実を拾う季節になった。クルミはたっぷり拾った。幾ら何でも 数学界はおかしいのでは? 何のために、国家は数学界に補助しているのでしょうか。今朝は この言葉、情念で 5時 目覚まし時計で 目を覚ました。強い情念である。私は、今の数学も、教育も おかしい、基本的に欠陥がある と述べている。 我々が教え、学んで、考えている数学に欠陥があるから、真相を明らかにして欲しいと 述べている。 個人的な興味、関心の内容ではなく、小学生や中学生、大学生に教えている基礎数学に 基本的な欠陥があり、非常に恥ずかしい状態だ と述べている。内容、趣旨から、数学界は まずは、真相を明らかにすべき問題ではないでしょうか。 どうでも良い、内容ではなくて 基本問題を提起している。 それを無視して、どうでも良いような数学 に目を向けて居れば、数学界は社会に無関係に存在して、教育も 研究も 義務としての任務を放棄していることにはならないでしょうか。 何のために、国家は数学界に補助しているのでしょうか。 政府、国民がそれを追求するのは当然と考えます。 私は、数学の内容も 主張も 公にしている。 存念を公開している。 意見を求めている。公に意見交換を求めている。 数学は 著書に出版され、その国際専門雑誌も公刊されている。 数学の発展過程、存念も 間もなく出版され、私は歴史的な判断を求めることにしている。これは、数学界の恥だから、速やかに修正しようと 提案している。2021.10.10.5:36幾ら何でも 数学界はおかしいのでは?数学も、数学教育も おかしいとして きちんと理由を付けて 表明しているにも関わらず、永く意図的に無視している。都合の悪い情報を拒否し、人々の立場を 無視したような活動に はまっている ように思える。 重大なことを表明しているのでないでしょうか。 内容、意味を考えてみてください。数学がおかしいと言っている。2021.10.9:9:303年半も前の記録ゼロ除算算法の著書は、アメリカから出版され、その国際雑誌が イギリスから創刊された。ゼロ除算の発展過程も 間もなく出版されるが、何と この重要な文書 載せていない。 残念である。再生核研究所声明 422(2018.3.27): 数学界の歴史的な恥と恥の上塗り ー ゼロ除算の見落とし と 固定観念ゼロ除算発見4周年を契機に、結構内外の意見を広く求め、日本数学会2018.3.18(東大駒場)でも真正面から問題を明らかにした。関係分科会にメーリングリストを用いて、3月15日群馬大学での公開の研究集会を案内し、論理の展開、認識の適否を検証する形で、予告し問題点を明らかにして研究集会と学会に望んだ。案内は結構刺激的なものであったと見られよう:メーリング登録者各位(2018.2.14):下記のように研究会を企画して頂けることになりましたので、ご案内します。ゼロ除算は別格慎重に研究を進めていますが、次のように表明している認識、その是非などを検証したいと思っています。何でもご意見など頂ければ誠に幸いです:複素解析学では、無限遠点はゼロで表されること、円の中心の鏡像は無限遠点ではなくて中心自身であること、ローラン展開は孤立特異点で意味のある、有限確定値を取ることなど、基本的な間違いが存在する。微分方程式などは欠陥だらけで、誠に恥ずかしい教科書であふれていると言える。 超古典的な高木貞治氏の解析概論も確かな欠陥が出てきた。勾配や曲率、ローラン展開などに、コーシーの平均値定理さえ進化できる。しかしながら、奥村博氏の影響を受けて、現在のところユークリッド幾何学への影響が大きいと言えます。我々の空間の認識はアリストテレス、ユークリッド以来の変更が求められている。敬 具メーリング登録者各位(2018.3.6):下記のように研究集会を企画して頂けることになりましたので、ご案内(要旨付)します。ゼロ除算の研究は別格慎重に研究を進めていますが、次のように表明している認識、その是非などを検証したい。何でもご意見など頂ければ誠に幸いです。また、興味、関心を抱いて頂けそうな方に転送などして頂ければ幸いです。どうぞ宜しくお願いします。 敬具第1回 ゼロ除算研究集会のご案内下記のように研究集会を開催しますので、ご案内致します。日時: 2018.3.15(木曜日).11:00 - 15:00場所: 群馬大学大学院 理工学府概要: 始めにゼロ除算の全体について、齋藤三郎群馬大学名誉教授から30分くらい 総合的な報告を受けて、その後、討論を重視する形で進める。昼食を挟んで、討論し、最後に 今後の研究活動について検討する。参加希望者は、開場の準備、プログラムの検討上 下記にメールにて、届けて下さい:(kbdmm360@yahoo.co.jp, saburou.saitoh@gmail.com)尚、ゼロ除算の研究状況は、数学基礎学力研究会 サイトで解説が続けられています:http://www.mirun.sctv.jp/~suugaku/また、ohttp://okmr.yamatoblog.net/ に 関連情報があります。(後援:数学基礎学力研究会、NejiLaw、再生核研究所) 第1回ゼロ除算研究集会基調講演要旨(日時:2018.3.15(木曜日) 11:00 - 15:00 場所: 群馬大学大学院 理工学府)ゼロで割る問題 例えば100/0の意味、 ゼロ除算は インドで628年ゼロの発見以来の問題として、神秘的な歴史を辿って来ていて、最近でも大論文がおかしな感じで発表されている。ゼロ除算は 物理的には アリストテレスが 最初に不可能であると述べていると専門家が論じていて、それ以来物理学上での問題意識は強く、アインシュタインの人生最大の関心事であったという。ゼロ除算は数学的には 不可能であるとされ、数学的ではなく、物理学上の問題とゼロ除算が計算機障害を起こすことから、論理的な回避を目指して、今なお研究が盛んに進められている。しかるに、我々は約4年前に全く、自然で簡単な 数学的に完全である と考えるゼロ除算を発見して現在、全体の様子が明かに成って来た。そこで、ゼロ除算を歴史的に振り返り、我々の発見した新しい数学を紹介したい。まず、歴史、結果と、結果の意義と意味、を簡潔に 誰にでも分かるように解説したい。簡単な結果が、アリストテレス、ユークリッド以来の 我々の空間の認識を変える、実は新しい世界を拓いていること。それらを実証するための 具体例を沢山挙げる。我々の空間の認識は 2000年以上 適切ではなく、したがって 初等数学全般に欠陥があることを 沢山の具体例で示す。ゼロ除算は新しい世界を拓いており、この分野の研究を進め、世界史に貢献する意志を持ちたい。尚、ゼロおよび算術の確立者 Brahmagupta (598 -668 ?) は1300年以上も前に、0/0=0 と定義していたのに、世界史は それは間違いであるとしてきた、数学界と世界史の恥を反省して、世界史の進化を図りたい。以 上これらの意図はイギリスからの著書出版計画が急速に進み、内容が現代数学の初歩の欠陥を広く指摘し、現在の教科書、学術書の変更を求めているので、慎重に、慎重に対応したいということであった。上記サイトで述べられている要点をまず復習して置きたい。ゼロ除算 0 / 0 = 0 は 算術の創始者、ゼロの発見者 Brahmagupta (598 -668 ?) によって定義されていたにも関わらず、それは間違いであるとして1300年を超えて続いており、さらに、新たな説、論文が出版されている実におかしな状況にある。しかるに我々は ゼロ除算は既に当たり前であるとして、沢山の証拠を掲げて解説、説得を続けているが、理解は着実に進んでいるにも関わらず、理解は深くはなく、遅々として夜明け前のぼんやりしているような時代であると言える。数学者は、真実に忠実でなければならないのに、数学の研究では、論理には、感情や私情、予断、思い込みを入れてはならないのに、それが、数学の精神であるはずなのに かえって、数学者が予断と偏見、私情に囚われている状況が皮肉にも良く見える。 それは、ゼロ除算の理解が、素人の方の方が理解しやすい状況に現れている。 ― 数学は 絶対的に 厳格な論理でできているはずであるから、基礎が揺るぐはずがないとの信仰、信念を有しているためであろう。しかしながら、人間精神の開放と自由を求めて、非ユークリッド幾何学の出現から、人は大いに学ぶべきではないだろうか。 絶えず、人は何でも疑い、 我は存在しているか と 問うべきである。 ― 人間存在の意義は 真智への愛にある。ゼロ除算の歴史は、数学界の避けられない世界史上の汚点に成るばかりか、人類の愚かさの典型的な事実として、世界史上に記録されるだろう。この自覚によって、人類は大きく進化できるのではないだろうか。 ― 汝自らを知れ、というソクラテスの言葉は何を意味するだろうか。そこで、我々は、これらの認知、真相の究明によって、数学界の汚点を解消、世界の文化への貢献を期待したい。ゼロ除算の真相を明らかにして、基礎数学全般の修正を行い、ここから、人類への教育を進め、世界に貢献することを願っている。ゼロ除算の進展には 世界史がかかっており、数学界の、社会への対応をも 世界史は見ていると感じられる。 恥の上塗りは世に多いが、数学界がそのような汚点を繰り返さないように願っている。ゼロ除算は 不可能であるとの言明によって数学的には問題は永く封印されてしまった。 しかし、考えて見れば奇妙な事であった。アインシュタインや多くの物理学者が本質的な問題として考察を続けていたばかりか、ゼロ除算回避を意図して、計算機関係者や数学愛好者がともに真摯に追求してきたが、奇妙な議論を世界的に行っていた。 約20名くらいの海外の関係者と交流してきたが、少年期からあるいは何十年も空しい努力をしてきた者がいる。膨大な空しい努力に数学者の責任の感情が湧いて来る。そればかりか、数学全般の欠陥と我々の空間の認識がユークリッド以来おかしい様は、既に歴然であり、世の数学、世界観は天動説のように基本的な間違いが存在する。そもそも数学は、不可能性に挑戦して、次々と概念を発展させ、可能ならしめてきた輝かしい歴史を有するが、ゼロ除算は盲点として、世界史に汚点を残してきてしまったと言える。いくら何でも算術の確立者の定義を無視して1300年を越えてそれを間違いであるとしてきた事実は、あまりにも酷い歴史として反省させられる。ゼロ除算は、発見されてまだ4年、今後大きな発展が行われて、現代初等数学の形相は相当に変化して、ゼロ除算発見は世界史上の画期的な事件として記録されるだろう。その歴史の大義を受けて、世界の数学界は 面目一新を図り、数学界の信頼を回復すべきである。以 上
2021.10.24
私が関数論分科会の評議員のとき、確かシンポジウムで 講演していただいたことがある F. Stenger からメールあり。驚いている。もう健在とは、夢にも思わなかった。最近、著書を出版されたということ。Dear Professor Stenger:With great surprising and great pleasure, I read your great email.Incidentally I wrote Math Review in connection with your theory Sinc method!!I published two books more.I am very happy to communicate with you.I will found a new Journal on reproducing kernels on this December.With great pleasure,Sincerely yours,Saburou Saitoh2021.10.24.4:35
2021.10.24
再生核研究所声明636(2021.9.20): 日本の偉大な数学者 奥村 博氏 ー ユークリッド幾何学の王(この構想は 18日 昨夜 休む前、 ひとりでに ユークリッド幾何学における 王 として 奥村氏の名前が 創造されました。ユークリッド幾何学に最も執着し、愛した歴史上の 人物は誰でしょうか。の発想を率直に 面白ろ可笑しく表現したい。私は存念の率直な表現に興味と関心を懐いている。)月から地球を眺め 人類の歴史を想像しよう。 いろいろな観点から いろいろ想いがうかべられるだろう。 ここでは ユークリッド幾何学の歴史を想像してみたい。ユークリッドがどのような想いで ユークリッド幾何学を建設されたか、 学生時代に読んだ非ユークリッド幾何学の発見の様などと共に 思い出される。 絶対に揺るがぬ 永遠不滅の 幾何学の建設を志したユークリッドの想い である。ユークリッド幾何学は あらゆる学術書の基本精神を与え、永遠の学として2000年以上栄え 現在でも初等数学の基礎になっている。 いや数学の基礎になっていると言える。そこで ユークリッド幾何学の全体を 月の世界から見るとどうなるだろうか。何と言っても 本質的な事件は 3人の巨人によって拓かれた 非ユークリッド幾何学の出現である:(非ユークリッド幾何学出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』カール・フリードリヒ・ガウスは、1824年11月8日の手紙に於いて、鋭角仮定のもとで整合的な幾何学が成立する可能性を示唆し、そこにはある定数があってこれが大きいほど通常の幾何学に近づくと述べた。ガウスの言うある定数とは、現代の言葉で言えば空間の曲率 k に対し、-(1/k)のことである。ガウス個人は非ユークリッド幾何の存在を確信していたと見られるが公表はしていない。「宗教論争に巻き込まれる事を恐れてか」とその理由を推察する者もいる。非ユークリッド幾何学の成立[編集]ニコライ・イワノビッチ・ロバチェフスキーは「幾何学の新原理並びに平行線の完全な理論」(1829年)において、「虚幾何学」と名付けられた幾何学を構成して見せた。これは、鋭角仮定を含む幾何学であった。ボーヤイ・ヤーノシュは父・ボーヤイ・ファルカシュの研究を引き継いで、1832年、「空間論」を出版した。「空間論」では、平行線公準を仮定した幾何学(Σ)、および平行線公準の否定を仮定した幾何学(S)を論じた。更に、1835年「ユークリッド第 11 公準を証明または反駁することの不可能性の証明」において、Σ と S のどちらが現実に成立するかは、如何なる論理的推論によっても決定されないと証明した。)これらは要するに ユークリッドの平行線公理は証明できず、平行線公理が成り立たない幾何学の存在を発見した。 これは同時に 絶対的な幾何学の存在を否定して、数学にも 幾何学にも いろいろなものが存在することを示し、 数学観を本質的に変えた歴史的な事件であったと言える。 そのような意味で、それらの発見はユークリッド幾何学における最大の事件であると考えられる。次に注目されるのは デカルト(1596-1650)によって導入された 座標系の導入で、 平面や空間の点が 数の組で表現できるという考えである。 それゆえに 図形は方程式で表現され 図形と代数、数字の世界が結び付けられ、幾何学と代数学が結び付けられたことである。 これらの基礎の上に、 微積分学、解析学、幾何学、代数学、多様体上の数学が発展していると考えられる。ここでデカルトの偉業を高く評価したい。 さらにデカルトは ユークリッド幾何学自身でも デカルトの円定理 という 美しい定理を得て、その発展は目も眩むほどである。ユークリッド幾何学における最も美しい定理とも言える。ユークリッド幾何学における 2大事件とは 上記のようなものでは ないだろうか。ここで第3の事件 について触れるために下記を確認したい:そもそも数学とは何かに関してですが、数学の元は、ユークリッド幾何学と 四則演算の算術 の法則にあると考えられます。 この算術は インドの ブラ―マグプタによって ゼロの導入と共に西暦628年に確立された。 図形、そして 算術の法則 です。重要で、面白いことには これらは、デカルトの座標系の導入で、統一される。これらの基礎の上に、幾何学、代数学、解析学が発展している と考えられる。 ところが驚くべきことに、 両方の基礎には 初めから欠陥が存在していた と考えられる。 無限遠点の考えと、ゼロ除算である。 空間の認識では無限の彼方は どうなっているかという観点が欠けていた。 四則演算においては、割り算における ゼロで割る問題 ゼロ除算問題 である。ブラ―マグプタ自身は 初めから0/0=0 と きちんと定義していたが、一般のゼロ除算は 考えなかった。- これは 不可能である と考えたと思われる。 ゼロ除算の歴史は、もっと古く、物理的な意味から、アリストテレスが ゼロ除算は考えるべきではなく、かつ不可能である と述べていて、欧米の文化に大きな影響を与えてきたという。 ギリシャ文化は、ゼロや空、無を嫌う 強い文化を有してきた。他方、インドでは 相当に深い思想をもってきた。それゆえに ゼロ除算算法の概念による ゼロ除算の解明によって 初等数学は 広範な影響を受けることになったが、不変な筈のユークリット幾何学でさえ、面目を一新するような革命が起きている:viXra:2106.0108 submitted on 2021-06-19 20:06:05, Division by Zero Calculus in Figures - Our New Space Since Euclid -Geometry and division by zero calculus. International Journal of Division by Zero Calculus, 1(1), pp.1-36. (https://romanpub.com/dbzc.php)標語的に言えば、 未知世界とされていた特異点から ユークリッドの盲点であった無限の彼方から 新規な世界が次次と現れてきて、 既にユークリッド幾何学に新世界、真に新しい世界が現れて来たということである。江戸時代、永い平和の結果として 数学が庶民に愛され、和算として沢山の人による厖大な文化遺産が残されている。 今でも沢山 それらの遺産を研究されている和算愛好者、研究者がいる。 奥村 博氏もその一人で、 特に群馬は 和算の伝統が強く その文化的な背景を受けて一途に研究をされてきた。 特に和算の幾何学の研究に集中されてきたことが 多くの業績によって分る。 これら膨大な幾何学は 当然にもユークリッド幾何学の世界である と考えられるが、 和算は美しい結果を得て居たものの 論理や記述に本質的な欠陥が存在し、欧米世界では従来軽視されてきた経緯がある。そのような状況で、私たちの恩師に当たる道脇義正先生の強い存念で、和算から新しい数学の結果を発見して、 数学として欧米に受け入れられるような数学の研究活動が始められていた。 奥村氏はそのような精神を受け継がれ、どんどん発展され、和算専門の国際雑誌を 国際的な仲間とともに創刊され、 算額を国際語にして 研究活動をされている:再生核研究所声明588(2020.11.30): 奥村 博氏の 和算数学へ大きな貢献について ー 声明569の続編 -再生核研究所声明569(2020.7.21): 奥村 博氏の 和算への大きな貢献と 美しい幾何学の世界 ー ユークリッド幾何学 と 和算幾何学の新展開それらにゼロ除算算法の適用で どんどん全く新規な結果を まるで神がかったように進められている。 結果は具体的で、驚嘆するものばかりであるが、上記 デカルトの円定理でさえ 美しく 統一され、 さらに そこに 新規な現象さえ発見されている。研究成果の質、 美しい結果の量を ユークリッド幾何学の歴史の中で見ても 世界史上最高に位置すると 歴然と分るだろう。いみじくも、 非ユークリッド幾何学 平行線公理にも抵触して 3人の巨人とは違った意味で 新しい非ユークリッド幾何学を発見され、 デカルトさえ 円定理では 本質的に越えていることが分る。このように思う時、 日本の偉大な数学者として 奥村 博氏の名前が ユークリッド幾何学における王 と呼ぶにふさわしいものであると 発想される。 発想された。これは 価値の評価であり、価値の創造である。価値の発見である。月から地球を眺め 人類の歴史を想像しようでは 情けない 人類の戦争の歴史を深く嘆いている。 以 上2021.9.19.6:12 一気に纏めてみた。 天気は回復。2021.9.19.9:16 文を整える。良い。 おかしな数学界の理由 その構想が既にできている。2021.9.19.11:45 買い物から帰って精読、良い。明朝公表できる。有難くも市から敬老の贈り物が届いた。2021.9.19.12:50 良い。2021.9.19.14:46 良い。 暖かな日和、ぐるりと散歩してくる。2021.9.19.17:55 良い。2021.9.19.21:40 良い。2021.9.20.05:36 良い、完成できる。快晴の美しい朝。NHK大河ドラマなどどうして素晴らしい番組ができるのか、不思議で仕方ない。菅首相は立派に首相を務められているが、自民党の党首選も立派である。2021.9.20.06:20 完成、公表。2021,9.20.09:10 公表後確認。2021.9.20.11:52 確認、良い。 水田先生からメール。2021.9.20.22:02 これは真実である。 秋の深まり、近くで鹿が啼いた。 柿がどんどん熟している。2021.9.21.15:15 美しい日、確認精読、良い。これは真実である。2021.9.23.11:36 買い物から帰って、精読、確認。 彼岸の中日、美しい、暖かな日和。2021.9.23.21:30 確認する、良い。修正なし。
2021.10.23
数学では、深くて感銘を受けるような結果、論文が多い。 あまりに深く、ほんに 数人の専門家しか読めない、読まない。 本当の意味で きちんと すっかり検証できる人も 数人、多くは 数人も読まないのでは。すると そのような結果が どれほどの価値があるのかと 淋しく感じてしまう。 そこで、基本的で、美しく、影響の多きいもの ほど 良いという価値観を確立していた。世への貢献度で判断しようと いうことである。将来は 人工知能が価値評価を行う時代が来る、間もなくであろう。基本的な価値観の上に、 自動的に判断するシステムである。 幾つかの方式が提案され、 其れさえも 判断されるだろう。 判断の 判断である。評価の評価である。 結局は 世界史の問題になる。昨日は、晴れたので、昼食後、山歩き、庭掃除を 3時間くらいして体を動かした。なっている柿は 10個くらいで、今年は 8月22日から、毎日3個くらいずつ頂けた。銀杏の実を拾う季節になった。クルミはたっぷり拾った。幾ら何でも 数学界はおかしいのでは? 何のために、国家は数学界に補助しているのでしょうか。今朝は この言葉、情念で 5時 目覚まし時計で 目を覚ました。強い情念である。私は、今の数学も、教育も おかしい、基本的に欠陥がある と述べている。 我々が教え、学んで、考えている数学に欠陥があるから、真相を明らかにして欲しいと 述べている。 個人的な興味、関心の内容ではなく、小学生や中学生、大学生に教えている基礎数学に 基本的な欠陥があり、非常に恥ずかしい状態だ と述べている。内容、趣旨から、数学界は まずは、真相を明らかにすべき問題ではないでしょうか。 どうでも良い、内容ではなくて 基本問題を提起している。 それを無視して、どうでも良いような数学 に目を向けて居れば、数学界は社会に無関係に存在して、教育も 研究も 義務としての任務を放棄していることにはならないでしょうか。 何のために、国家は数学界に補助しているのでしょうか。 政府、国民がそれを追求するのは当然と考えます。 私は、数学の内容も 主張も 公にしている。 存念を公開している。 意見を求めている。公に意見交換を求めている。 数学は 著書に出版され、その国際専門雑誌も公刊されている。 数学の発展過程、存念も 間もなく出版され、私は歴史的な判断を求めることにしている。これは、数学界の恥だから、速やかに修正しようと 提案している。2021.10.10.5:36幾ら何でも 数学界はおかしいのでは?数学も、数学教育も おかしいとして きちんと理由を付けて 表明しているにも関わらず、永く意図的に無視している。都合の悪い情報を拒否し、人々の立場を 無視したような活動に はまっている ように思える。 重大なことを表明しているのでないでしょうか。 内容、意味を考えてみてください。数学がおかしいと言っている。2021.10.9:9:303年半も前の記録ゼロ除算算法の著書は、アメリカから出版され、その国際雑誌が イギリスから創刊された。ゼロ除算の発展過程も 間もなく出版されるが、何と この重要な文書 載せていない。 残念である。再生核研究所声明 422(2018.3.27): 数学界の歴史的な恥と恥の上塗り ー ゼロ除算の見落とし と 固定観念ゼロ除算発見4周年を契機に、結構内外の意見を広く求め、日本数学会2018.3.18(東大駒場)でも真正面から問題を明らかにした。関係分科会にメーリングリストを用いて、3月15日群馬大学での公開の研究集会を案内し、論理の展開、認識の適否を検証する形で、予告し問題点を明らかにして研究集会と学会に望んだ。案内は結構刺激的なものであったと見られよう:メーリング登録者各位(2018.2.14):下記のように研究会を企画して頂けることになりましたので、ご案内します。ゼロ除算は別格慎重に研究を進めていますが、次のように表明している認識、その是非などを検証したいと思っています。何でもご意見など頂ければ誠に幸いです:複素解析学では、無限遠点はゼロで表されること、円の中心の鏡像は無限遠点ではなくて中心自身であること、ローラン展開は孤立特異点で意味のある、有限確定値を取ることなど、基本的な間違いが存在する。微分方程式などは欠陥だらけで、誠に恥ずかしい教科書であふれていると言える。 超古典的な高木貞治氏の解析概論も確かな欠陥が出てきた。勾配や曲率、ローラン展開などに、コーシーの平均値定理さえ進化できる。しかしながら、奥村博氏の影響を受けて、現在のところユークリッド幾何学への影響が大きいと言えます。我々の空間の認識はアリストテレス、ユークリッド以来の変更が求められている。敬 具メーリング登録者各位(2018.3.6):下記のように研究集会を企画して頂けることになりましたので、ご案内(要旨付)します。ゼロ除算の研究は別格慎重に研究を進めていますが、次のように表明している認識、その是非などを検証したい。何でもご意見など頂ければ誠に幸いです。また、興味、関心を抱いて頂けそうな方に転送などして頂ければ幸いです。どうぞ宜しくお願いします。 敬具第1回 ゼロ除算研究集会のご案内下記のように研究集会を開催しますので、ご案内致します。日時: 2018.3.15(木曜日).11:00 - 15:00場所: 群馬大学大学院 理工学府概要: 始めにゼロ除算の全体について、齋藤三郎群馬大学名誉教授から30分くらい 総合的な報告を受けて、その後、討論を重視する形で進める。昼食を挟んで、討論し、最後に 今後の研究活動について検討する。参加希望者は、開場の準備、プログラムの検討上 下記にメールにて、届けて下さい:(kbdmm360@yahoo.co.jp, saburou.saitoh@gmail.com)尚、ゼロ除算の研究状況は、数学基礎学力研究会 サイトで解説が続けられています:http://www.mirun.sctv.jp/~suugaku/また、ohttp://okmr.yamatoblog.net/ に 関連情報があります。(後援:数学基礎学力研究会、NejiLaw、再生核研究所) 第1回ゼロ除算研究集会基調講演要旨(日時:2018.3.15(木曜日) 11:00 - 15:00 場所: 群馬大学大学院 理工学府)ゼロで割る問題 例えば100/0の意味、 ゼロ除算は インドで628年ゼロの発見以来の問題として、神秘的な歴史を辿って来ていて、最近でも大論文がおかしな感じで発表されている。ゼロ除算は 物理的には アリストテレスが 最初に不可能であると述べていると専門家が論じていて、それ以来物理学上での問題意識は強く、アインシュタインの人生最大の関心事であったという。ゼロ除算は数学的には 不可能であるとされ、数学的ではなく、物理学上の問題とゼロ除算が計算機障害を起こすことから、論理的な回避を目指して、今なお研究が盛んに進められている。しかるに、我々は約4年前に全く、自然で簡単な 数学的に完全である と考えるゼロ除算を発見して現在、全体の様子が明かに成って来た。そこで、ゼロ除算を歴史的に振り返り、我々の発見した新しい数学を紹介したい。まず、歴史、結果と、結果の意義と意味、を簡潔に 誰にでも分かるように解説したい。簡単な結果が、アリストテレス、ユークリッド以来の 我々の空間の認識を変える、実は新しい世界を拓いていること。それらを実証するための 具体例を沢山挙げる。我々の空間の認識は 2000年以上 適切ではなく、したがって 初等数学全般に欠陥があることを 沢山の具体例で示す。ゼロ除算は新しい世界を拓いており、この分野の研究を進め、世界史に貢献する意志を持ちたい。尚、ゼロおよび算術の確立者 Brahmagupta (598 -668 ?) は1300年以上も前に、0/0=0 と定義していたのに、世界史は それは間違いであるとしてきた、数学界と世界史の恥を反省して、世界史の進化を図りたい。以 上これらの意図はイギリスからの著書出版計画が急速に進み、内容が現代数学の初歩の欠陥を広く指摘し、現在の教科書、学術書の変更を求めているので、慎重に、慎重に対応したいということであった。上記サイトで述べられている要点をまず復習して置きたい。ゼロ除算 0 / 0 = 0 は 算術の創始者、ゼロの発見者 Brahmagupta (598 -668 ?) によって定義されていたにも関わらず、それは間違いであるとして1300年を超えて続いており、さらに、新たな説、論文が出版されている実におかしな状況にある。しかるに我々は ゼロ除算は既に当たり前であるとして、沢山の証拠を掲げて解説、説得を続けているが、理解は着実に進んでいるにも関わらず、理解は深くはなく、遅々として夜明け前のぼんやりしているような時代であると言える。数学者は、真実に忠実でなければならないのに、数学の研究では、論理には、感情や私情、予断、思い込みを入れてはならないのに、それが、数学の精神であるはずなのに かえって、数学者が予断と偏見、私情に囚われている状況が皮肉にも良く見える。 それは、ゼロ除算の理解が、素人の方の方が理解しやすい状況に現れている。 ― 数学は 絶対的に 厳格な論理でできているはずであるから、基礎が揺るぐはずがないとの信仰、信念を有しているためであろう。しかしながら、人間精神の開放と自由を求めて、非ユークリッド幾何学の出現から、人は大いに学ぶべきではないだろうか。 絶えず、人は何でも疑い、 我は存在しているか と 問うべきである。 ― 人間存在の意義は 真智への愛にある。ゼロ除算の歴史は、数学界の避けられない世界史上の汚点に成るばかりか、人類の愚かさの典型的な事実として、世界史上に記録されるだろう。この自覚によって、人類は大きく進化できるのではないだろうか。 ― 汝自らを知れ、というソクラテスの言葉は何を意味するだろうか。そこで、我々は、これらの認知、真相の究明によって、数学界の汚点を解消、世界の文化への貢献を期待したい。ゼロ除算の真相を明らかにして、基礎数学全般の修正を行い、ここから、人類への教育を進め、世界に貢献することを願っている。ゼロ除算の進展には 世界史がかかっており、数学界の、社会への対応をも 世界史は見ていると感じられる。 恥の上塗りは世に多いが、数学界がそのような汚点を繰り返さないように願っている。ゼロ除算は 不可能であるとの言明によって数学的には問題は永く封印されてしまった。 しかし、考えて見れば奇妙な事であった。アインシュタインや多くの物理学者が本質的な問題として考察を続けていたばかりか、ゼロ除算回避を意図して、計算機関係者や数学愛好者がともに真摯に追求してきたが、奇妙な議論を世界的に行っていた。 約20名くらいの海外の関係者と交流してきたが、少年期からあるいは何十年も空しい努力をしてきた者がいる。膨大な空しい努力に数学者の責任の感情が湧いて来る。そればかりか、数学全般の欠陥と我々の空間の認識がユークリッド以来おかしい様は、既に歴然であり、世の数学、世界観は天動説のように基本的な間違いが存在する。そもそも数学は、不可能性に挑戦して、次々と概念を発展させ、可能ならしめてきた輝かしい歴史を有するが、ゼロ除算は盲点として、世界史に汚点を残してきてしまったと言える。いくら何でも算術の確立者の定義を無視して1300年を越えてそれを間違いであるとしてきた事実は、あまりにも酷い歴史として反省させられる。ゼロ除算は、発見されてまだ4年、今後大きな発展が行われて、現代初等数学の形相は相当に変化して、ゼロ除算発見は世界史上の画期的な事件として記録されるだろう。その歴史の大義を受けて、世界の数学界は 面目一新を図り、数学界の信頼を回復すべきである。以 上
2021.10.23
生きること、悟りの心得気になる情景、経験がある。 アヴィイロ時代 年末年始に帰国の折り、健康診断を行ったところ 癌の疑いが有るというので検査入院をした。 全身麻酔の上 該当部分の細胞を採取して検査させられた。 もし癌と診断されれば、アヴィイロ大学研究員は中断し、帰国することになるだろう、そして数年の寿命で、いろいろ人生の終末の準備を進めることになるだろうと想像した。 ー そうか そうすれば、ゼロ除算はすっかり世の中に存在しないことになる。 当分、 従来の混乱 未明の世界を続けることになったろう。 関係する沢山の人たちとの交流も無かったことになる。その時の心境は 意外に冷静で、よくあることの 自然な現象という理解だった。 家族もとうとうそのような事態を迎えたか と ある自然性をもって考えていたようである。 背景にはアヴィイロ大学研究員は うますぎの状況であると お互いに考えていたようである。結果は、 疑いが晴れたと 言わば100点満点の成績を修めたようなご報告を受けて 開放された気分で退院、予定通り、アヴェイロに戻った。 それで、素晴らしいアヴェイロ時代は 完全に続行できた。次は、4か月くらい前の珍しい経験である。 山歩きをしていたら、何と狐が罠に掛かっていたのである。 狐は珍しく近辺の人たちに聞いても 皆さん驚かれていた。 この辺に狐がいるとは、誰も想像していなかった。年長者の一様な話しだから 50年以上もである。 罠に掛かると鹿や猪は盛んに檻を破ろうとして暴れて ひとりで傷つけるような状態であるが、何と狐は私を見て、全身で震えていたから驚きである。 檻を破ろうとはせず 観念したように、うづくまって全身で震えていた。 これには驚きました。 これがよく祭られている狐かと 何やら畏敬の念、賢さに感銘をうけました。 充分観察してから、放してやったのですが、 山道を登っていく情景がとても印象深く残っています。そして、想いました。考えました。ここで、1発の銃、あるいは1突の槍で、 静かな天国に行けるものを これから、厳しい自然の中で、 もがき 毎日食を得るために きゅうきゅうとした活動をしなければならない。 寒い冬や雪の日など 寒さと餓えに苦しい日々を送らなければならないのかと思い、 同じく生きている自分と同様の 生命としての 同じような運命、本質を見て、堪らなく愛しい気持ちが 同情のような気持ちが ずっと尾を引いている。今日もどこかで、必死に生きていることだろう。それは 私の退院と狐の解放の状況に非常に似ていて 生命の本質的な面を表しているのではないだろうか。 私の場合なども 麻酔を少し強めにして頂けば 面倒な人生を送る必要も無くなっていたからである。我が家の燕について、よく蛇に襲われ巣立つ前に蛇の餌になってしまう場合もある。 元気に巣立って、 神秘的な飛翔訓練を 勇壮に行って南国に飛び立ち、回帰する習性を続けている。 しかし、どんなにうまく行っても、蛇に襲われた燕より、惨めな最後を遂げるだろう。どちらが良いだろうか。心境として、結局どちらも同じようではないだろうか という感性である。 生きてもよい、閉じてもよい、いずれでも同じようである。 そんなに拘ることではない。あればあるように、閉じればとじるように。 結局どちらでも同じようなものである。狐も、燕も人間も同じようで、生きることも、閉じることも同じようなものである。 閉じるときは もはや面倒なわずらいを繰り返す必要は無くなった。 これ幸いと心から思えるようになれば、それは1種の悟りの境地と言えるのではないだろうか。 これは人生の初期に悩んだ 人生における基本問題の 自然な解、悩みの解消とも言える。多くの人々がそのような心境になれば、世界の世相、社会、文化は相当に変化し、戦争を回避する原理にすらなるのではないだろうか。 人をあやめるくらいならば 自分の人生を閉じた方がよっぽどましだと発想してしまうからである。 ゼロ除算の発見がこのような世界観の発想に寄与しているのは確かである。悟りの心得 であるが、ふと直接的に触れたいと思った: 愛する両親を失った。 多くの愛する人たちが去っていった。 自分の生態も驚嘆するような努力を重ねて生きて来た。実際、例えば、心臓が1分間も休まずに 70年も越えて休まずに働いてきたこと自体、神秘的と考えざるを得ない。私も、私が終末を迎えるのは当然である。初めて目覚めた友情、友は小学校5年生の夏 突然亡くなってしまった。地区の代表として隣家のクラスメート女性と先生3人で葬式に行った。地獄のような情景だったが、彼の墓を通るとき何時も彼を偲び、回想しては、祈りを捧げて来た。 しかし、墓さえずっと昔に跡形もなく消えていた。 しかし、にわか雨に会った時、1つの雨傘を二人で差して自宅まで送っていった時の彼の息づかいを今でも鮮明に覚えている。 私は沢山経験し沢山の想い出を残しているが、結局は同じような人生だと感じられる。思えば人生とは おまけのようなものである。
2021.10.23
再生核研究所声明 455(2018.10.9) ゼロ除算は幾らの価値がありますか、人間をどう救うのですか ― 回答ゼロ除算に興味・関心を懐く好ましい方からの質問です。ノーベル賞受賞者の業績、社会貢献や人命を救った業績などとの比較からそのような率直な発想、質問が湧いたものと思われます。再生核研究所ではその声明の趣旨でも述べているように素人の方のご質問を真摯に受け止め誠意をもって回答してきました。 実際、ゼロ除算の発見の大きな動機は そのような素人の方のご質問、100/0 の意味を問われたことが大きな動機になっています。そこで、おもしろおかしく、楽しく、真面目に回答したい。ゼロ除算は数拾兆円の価値があるでしょう。まず、ゼロ除算はアリストテレス(BC384 - BC322)、ユークリッド以来の新しい世界を開拓し、直接的にも Brahmagupta (598 - 668 ?)、 Brāhmasphuṭasiddhānta (628), 以来の解明、発見です。 アインシュタインの人生最大の関心事とも伝えられ、万有引力のニュートン力学の式でも深刻な問題を提起していて、天才オイラーなどの有名な間違いや誤解が世界史上でも回想されます。このように神秘的な永い歴史を閉じて、新しい世界を開拓した意義は 如何に大きな価値を有するでしょうか。基本的な世界を拓いたとは、簡潔に次のように述べられます:ユークリッド空間を変更する驚嘆すべき新しい空間が現れる。非ユークリッド空間とも違った、全く新しい空間である。古典的な結果に間違いが存在することさえ証明された: 無限遠点は無限ではなくゼロで表されること。 直線には、コンパクト化して原点を加えるべきこと。直線とは中心が原点で、半径がゼロの円とみなせること。円に関する中心の鏡像は無限遠点ではなくて、中心それ自身であること。\tan(\pi/2) =0 など全く新しい概念と世界を拓いている。孤立特異点で 解析関数は有限確定値をとること。 x,y 直交座標系で y 軸の勾配はゼロであること、無限遠点に関係する図形や公式の変更。接線や法線の考えに新しい知見。ゼロ除算算法の導入。― 分母がゼロになる場合にも、分子がゼロでなくても、そこで意味のある計算法。従来微分係数が無限大に発散するとされてきたとき、それは 実はゼロになっていた。特異点で微分方程式を満たしているという知見。図形の破壊現象の統一的な説明。物理学などへの広範な応用。 これらは、数学の基礎部分の広い範囲に大きな変更を求めている。教科書、学術書の変更。数・物ばかりではなく、世界観の変更を求める、世界史的な事件である。数学の超古典的な基礎理論を変更する数学の価値はどのようなものでしょうか。世界中の中等・大学教育の数学の学習を変更するとは、しかも数学の理論は科学が発展する限りは時間によらずに世界の文化に貢献することになります。そうすると数拾兆円の価値など 小さく感じられないでしょうか。 日本で発見されたゼロ除算算法は 世界の人々に愛される 最も有名な日本の世界貢献 になるのは、既に当たり前の事実ではないでしょうか。そのような認知が得られるのは時間の問題ではないでしょうか。数学の理論は、人にも国家にも、よらない普遍性を、不変性を有しています。長期的には 数学の進化には必然的な要素がある と考えられます。ゼロ除算算法は 数学の基礎部分の欠陥 を示していると言えます。人間をどのように救うのか。この質問はとても尊い質問で重要です。 経済や平和が幾ら発展しても、知識が増大しても、寿命が幾ら伸びても 人間は幸せになれないのではないでしょうか。 人間はどのように生きるべきか、何時までも人間の問いは続き、人間の賢さや、人生の意味などに寄与しなければ、それらは空しいだけ とも言えるからです。ゼロ除算の発見とその理解は、人間精神の開放 に寄与するでしょう。まずは、人間が、予断と偏見に満ち、盲目的で 単細胞的な存在 であることを教えてくれるでしょう。これは哲学の祖、ソクラテスの言葉 汝みずからを知れ という、深い問いを思い起させるでしょう。 ゼロ除算の理解は 人間精神の開放 に大きく寄与するだろう。それは、人間を救う と表現しても過言ではないと 言える。 ゼロ除算算法の結果、人生図形 というグラフを得たが、それは、人生とは如何なるものか 良く表現していて、実際 悟りの心 にも大きく貢献するだろう。 ゼロ除算算法のない世界は、実際、未だ未明の時代、野蛮な時代 と言える。 新世界は 既に見えている。以上2018.10.7.17:30 既に良い、一気に書いたから?2018.10.8.11:22 この自明の文章は 実は現代人には中々理解されないだろう。私の簡単な講演を聞いて 現代数学を破壊するもの とか、宗教的な講演 のようだと表現された人がいたくらいだから。しかし、気づけば、当たり前だったと直ぐになるだろう。2018.10.9.05:25これは真実である。良い。晴天の朝2018.10.9.06:40完成、公表。再生核研究所声明 459(2018.11.01): 数学者の反省、数学教育の反省
2021.10.22
There is 1 cookie, no one takes a cookie, how many cookies does everyone have? 0 so why is 1 divided by 0= 0 not true?Profile photo for Saburou SaitohSaburou SaitohAdd CredentialAnswered just nowGreat. You are right!!We think that modern mathematics is still flawed. It is clear that there are basic defects in function theory, differential equations, geometry, and algebra, and it has been seven years since the discovery. This will be a stain on world history.Please look 1/0=0:As Fundamental of Mathematics, the division by zero was known as the generalized Moore-Penrose solution of the fundamental equation: ax=b.Look the simple evidence of its importance:viXra:2010.0228 submitted on 2020-10-28 21:39:06,Division by Zero Calculus and Euclidean Geometry - Revolution in Euclidean GeometryLook a simple video talk for its essence at some international conference:There is 1 cookie, no one takes a cookie, how many cookies does everyone have? 0 so why is 1 divided by 0= 0 not true?https://www.quora.com/There-is-1-cookie-no-one-takes-a-cookie-how-many-cookies-does-everyone-have-0-so-why-is-1-divided-by-0-0-not-true?__nsrc__=4#sent/_blankBook was published:INTRODUCTION TO THE DIVISION BY ZERO CALCULUS, SABUROU SAITOH, January, 2021There is 1 cookie, no one takes a cookie, how many cookies does everyone have? 0 so why is 1 divided by 0= 0 not true?https://www.quora.com/There-is-1-cookie-no-one-takes-a-cookie-how-many-cookies-does-everyone-have-0-so-why-is-1-divided-by-0-0-not-true?__nsrc__=4#inbox/_blankThere is 1 cookie, no one takes a cookie, how many cookies does everyone have? 0 so why is 1 divided by 0= 0 not true?https://www.quora.com/There-is-1-cookie-no-one-takes-a-cookie-how-many-cookies-does-everyone-have-0-so-why-is-1-divided-by-0-0-not-true?__nsrc__=4#inbox/_blankThere is 1 cookie, no one takes a cookie, how many cookies does everyone have? 0 so why is 1 divided by 0= 0 not true?https://www.quora.com/There-is-1-cookie-no-one-takes-a-cookie-how-many-cookies-does-everyone-have-0-so-why-is-1-divided-by-0-0-not-true?__nsrc__=4#inbox/_blankThere is 1 cookie, no one takes a cookie, how many cookies does everyone have? 0 so why is 1 divided by 0= 0 not true?https://www.quora.com/There-is-1-cookie-no-one-takes-a-cookie-how-many-cookies-does-everyone-have-0-so-why-is-1-divided-by-0-0-not-true?__nsrc__=4#inbox/_blank再生核研究所:楽天ブログ再生核研究所声明https://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/We founded an international journal on division by zero calculus from the United Kingdom (The Roman Science Publications and Distributions
2021.10.22
生きること、悟りの心得気になる情景、経験がある。 アヴィイロ時代 年末年始に帰国の折り、健康診断を行ったところ 癌の疑いが有るというので検査入院をした。 全身麻酔の上 該当部分の細胞を採取して検査させられた。 もし癌と診断されれば、アヴィイロ大学研究員は中断し、帰国することになるだろう、そして数年の寿命で、いろいろ人生の終末の準備を進めることになるだろうと想像した。 ー そうか そうすれば、ゼロ除算はすっかり世の中に存在しないことになる。 当分、 従来の混乱 未明の世界を続けることになったろう。 関係する沢山の人たちとの交流も無かったことになる。その時の心境は 意外に冷静で、よくあることの 自然な現象という理解だった。 家族もとうとうそのような事態を迎えたか と ある自然性をもって考えていたようである。 背景にはアヴィイロ大学研究員は うますぎの状況であると お互いに考えていたようである。結果は、 疑いが晴れたと 言わば100点満点の成績を修めたようなご報告を受けて 開放された気分で退院、予定通り、アヴェイロに戻った。 それで、素晴らしいアヴェイロ時代は 完全に続行できた。次は、4か月くらい前の珍しい経験である。 山歩きをしていたら、何と狐が罠に掛かっていたのである。 狐は珍しく近辺の人たちに聞いても 皆さん驚かれていた。 この辺に狐がいるとは、誰も想像していなかった。年長者の一様な話しだから 50年以上もである。 罠に掛かると鹿や猪は盛んに檻を破ろうとして暴れて ひとりで傷つけるような状態であるが、何と狐は私を見て、全身で震えていたから驚きである。 檻を破ろうとはせず 観念したように、うづくまって全身で震えていた。 これには驚きました。 これがよく祭られている狐かと 何やら畏敬の念、賢さに感銘をうけました。 充分観察してから、放してやったのですが、 山道を登っていく情景がとても印象深く残っています。そして、想いました。考えました。ここで、1発の銃、あるいは1突の槍で、 静かな天国に行けるものを これから、厳しい自然の中で、 もがき 毎日食を得るために きゅうきゅうとした活動をしなければならない。 寒い冬や雪の日など 寒さと餓えに苦しい日々を送らなければならないのかと思い、 同じく生きている自分と同様の 生命としての 同じような運命、本質を見て、堪らなく愛しい気持ちが 同情のような気持ちが ずっと尾を引いている。今日もどこかで、必死に生きていることだろう。それは 私の退院と狐の解放の状況に非常に似ていて 生命の本質的な面を表しているのではないだろうか。 私の場合なども 麻酔を少し強めにして頂けば 面倒な人生を送る必要も無くなっていたからである。我が家の燕について、よく蛇に襲われ巣立つ前に蛇の餌になってしまう場合もある。 元気に巣立って、 神秘的な飛翔訓練を 勇壮に行って南国に飛び立ち、回帰する習性を続けている。 しかし、どんなにうまく行っても、蛇に襲われた燕より、惨めな最後を遂げるだろう。どちらが良いだろうか。心境として、結局どちらも同じようではないだろうか という感性である。 生きてもよい、閉じてもよい、いずれでも同じようである。 そんなに拘ることではない。あればあるように、閉じればとじるように。 結局どちらでも同じようなものである。狐も、燕も人間も同じようで、生きることも、閉じることも同じようなものである。 閉じるときは もはや面倒なわずらいを繰り返す必要は無くなった。 これ幸いと心から思えるようになれば、それは1種の悟りの境地と言えるのではないだろうか。 これは人生の初期に悩んだ 人生における基本問題の 自然な解、悩みの解消とも言える。多くの人々がそのような心境になれば、世界の世相、社会、文化は相当に変化し、戦争を回避する原理にすらなるのではないだろうか。 人をあやめるくらいならば 自分の人生を閉じた方がよっぽどましだと発想してしまうからである。 ゼロ除算の発見がこのような世界観の発想に寄与しているのは確かである。悟りの心得 であるが、ふと直接的に触れたいと思った: 愛する両親を失った。 多くの愛する人たちが去っていった。 自分の生態も驚嘆するような努力を重ねて生きて来た。実際、例えば、心臓が1分間も休まずに 70年も越えて休まずに働いてきたこと自体、神秘的と考えざるを得ない。私も、私が終末を迎えるのは当然である。初めて目覚めた友情、友は小学校5年生の夏 突然亡くなってしまった。地区の代表として隣家のクラスメート女性と先生3人で葬式に行った。地獄のような情景だったが、彼の墓を通るとき何時も彼を偲び、回想しては、祈りを捧げて来た。 しかし、墓さえずっと昔に跡形もなく消えていた。 しかし、にわか雨に会った時、1つの雨傘を二人で差して自宅まで送っていった時の彼の息づかいを今でも鮮明に覚えている。 私は沢山経験し沢山の想い出を残しているが、結局は同じような人生だと感じられる。思えば人生とは おまけのようなものである。
2021.10.22
数学では、深くて感銘を受けるような結果、論文が多い。 あまりに深く、ほんに 数人の専門家しか読めない、読まない。 本当の意味で きちんと すっかり検証できる人も 数人、多くは 数人も読まないのでは。すると そのような結果が どれほどの価値があるのかと 淋しく感じてしまう。 そこで、基本的で、美しく、影響の多きいもの ほど 良いという価値観を確立していた。世への貢献度で判断しようと いうことである。将来は 人工知能が価値評価を行う時代が来る、間もなくであろう。基本的な価値観の上に、 自動的に判断するシステムである。 幾つかの方式が提案され、 其れさえも 判断されるだろう。 判断の 判断である。評価の評価である。 結局は 世界史の問題になる。昨日は、晴れたので、昼食後、山歩き、庭掃除を 3時間くらいして体を動かした。なっている柿は 10個くらいで、今年は 8月22日から、毎日3個くらいずつ頂けた。銀杏の実を拾う季節になった。クルミはたっぷり拾った。幾ら何でも 数学界はおかしいのでは? 何のために、国家は数学界に補助しているのでしょうか。今朝は この言葉、情念で 5時 目覚まし時計で 目を覚ました。強い情念である。私は、今の数学も、教育も おかしい、基本的に欠陥がある と述べている。 我々が教え、学んで、考えている数学に欠陥があるから、真相を明らかにして欲しいと 述べている。 個人的な興味、関心の内容ではなく、小学生や中学生、大学生に教えている基礎数学に 基本的な欠陥があり、非常に恥ずかしい状態だ と述べている。内容、趣旨から、数学界は まずは、真相を明らかにすべき問題ではないでしょうか。 どうでも良い、内容ではなくて 基本問題を提起している。 それを無視して、どうでも良いような数学 に目を向けて居れば、数学界は社会に無関係に存在して、教育も 研究も 義務としての任務を放棄していることにはならないでしょうか。 何のために、国家は数学界に補助しているのでしょうか。 政府、国民がそれを追求するのは当然と考えます。 私は、数学の内容も 主張も 公にしている。 存念を公開している。 意見を求めている。公に意見交換を求めている。 数学は 著書に出版され、その国際専門雑誌も公刊されている。 数学の発展過程、存念も 間もなく出版され、私は歴史的な判断を求めることにしている。これは、数学界の恥だから、速やかに修正しようと 提案している。2021.10.10.5:36幾ら何でも 数学界はおかしいのでは?数学も、数学教育も おかしいとして きちんと理由を付けて 表明しているにも関わらず、永く意図的に無視している。都合の悪い情報を拒否し、人々の立場を 無視したような活動に はまっている ように思える。 重大なことを表明しているのでないでしょうか。 内容、意味を考えてみてください。数学がおかしいと言っている。2021.10.9:9:303年半も前の記録ゼロ除算算法の著書は、アメリカから出版され、その国際雑誌が イギリスから創刊された。ゼロ除算の発展過程も 間もなく出版されるが、何と この重要な文書 載せていない。 残念である。再生核研究所声明 422(2018.3.27): 数学界の歴史的な恥と恥の上塗り ー ゼロ除算の見落とし と 固定観念ゼロ除算発見4周年を契機に、結構内外の意見を広く求め、日本数学会2018.3.18(東大駒場)でも真正面から問題を明らかにした。関係分科会にメーリングリストを用いて、3月15日群馬大学での公開の研究集会を案内し、論理の展開、認識の適否を検証する形で、予告し問題点を明らかにして研究集会と学会に望んだ。案内は結構刺激的なものであったと見られよう:メーリング登録者各位(2018.2.14):下記のように研究会を企画して頂けることになりましたので、ご案内します。ゼロ除算は別格慎重に研究を進めていますが、次のように表明している認識、その是非などを検証したいと思っています。何でもご意見など頂ければ誠に幸いです:複素解析学では、無限遠点はゼロで表されること、円の中心の鏡像は無限遠点ではなくて中心自身であること、ローラン展開は孤立特異点で意味のある、有限確定値を取ることなど、基本的な間違いが存在する。微分方程式などは欠陥だらけで、誠に恥ずかしい教科書であふれていると言える。 超古典的な高木貞治氏の解析概論も確かな欠陥が出てきた。勾配や曲率、ローラン展開などに、コーシーの平均値定理さえ進化できる。しかしながら、奥村博氏の影響を受けて、現在のところユークリッド幾何学への影響が大きいと言えます。我々の空間の認識はアリストテレス、ユークリッド以来の変更が求められている。敬 具メーリング登録者各位(2018.3.6):下記のように研究集会を企画して頂けることになりましたので、ご案内(要旨付)します。ゼロ除算の研究は別格慎重に研究を進めていますが、次のように表明している認識、その是非などを検証したい。何でもご意見など頂ければ誠に幸いです。また、興味、関心を抱いて頂けそうな方に転送などして頂ければ幸いです。どうぞ宜しくお願いします。 敬具第1回 ゼロ除算研究集会のご案内下記のように研究集会を開催しますので、ご案内致します。日時: 2018.3.15(木曜日).11:00 - 15:00場所: 群馬大学大学院 理工学府概要: 始めにゼロ除算の全体について、齋藤三郎群馬大学名誉教授から30分くらい 総合的な報告を受けて、その後、討論を重視する形で進める。昼食を挟んで、討論し、最後に 今後の研究活動について検討する。参加希望者は、開場の準備、プログラムの検討上 下記にメールにて、届けて下さい:(kbdmm360@yahoo.co.jp, saburou.saitoh@gmail.com)尚、ゼロ除算の研究状況は、数学基礎学力研究会 サイトで解説が続けられています:http://www.mirun.sctv.jp/~suugaku/また、ohttp://okmr.yamatoblog.net/ に 関連情報があります。(後援:数学基礎学力研究会、NejiLaw、再生核研究所) 第1回ゼロ除算研究集会基調講演要旨(日時:2018.3.15(木曜日) 11:00 - 15:00 場所: 群馬大学大学院 理工学府)ゼロで割る問題 例えば100/0の意味、 ゼロ除算は インドで628年ゼロの発見以来の問題として、神秘的な歴史を辿って来ていて、最近でも大論文がおかしな感じで発表されている。ゼロ除算は 物理的には アリストテレスが 最初に不可能であると述べていると専門家が論じていて、それ以来物理学上での問題意識は強く、アインシュタインの人生最大の関心事であったという。ゼロ除算は数学的には 不可能であるとされ、数学的ではなく、物理学上の問題とゼロ除算が計算機障害を起こすことから、論理的な回避を目指して、今なお研究が盛んに進められている。しかるに、我々は約4年前に全く、自然で簡単な 数学的に完全である と考えるゼロ除算を発見して現在、全体の様子が明かに成って来た。そこで、ゼロ除算を歴史的に振り返り、我々の発見した新しい数学を紹介したい。まず、歴史、結果と、結果の意義と意味、を簡潔に 誰にでも分かるように解説したい。簡単な結果が、アリストテレス、ユークリッド以来の 我々の空間の認識を変える、実は新しい世界を拓いていること。それらを実証するための 具体例を沢山挙げる。我々の空間の認識は 2000年以上 適切ではなく、したがって 初等数学全般に欠陥があることを 沢山の具体例で示す。ゼロ除算は新しい世界を拓いており、この分野の研究を進め、世界史に貢献する意志を持ちたい。尚、ゼロおよび算術の確立者 Brahmagupta (598 -668 ?) は1300年以上も前に、0/0=0 と定義していたのに、世界史は それは間違いであるとしてきた、数学界と世界史の恥を反省して、世界史の進化を図りたい。以 上これらの意図はイギリスからの著書出版計画が急速に進み、内容が現代数学の初歩の欠陥を広く指摘し、現在の教科書、学術書の変更を求めているので、慎重に、慎重に対応したいということであった。上記サイトで述べられている要点をまず復習して置きたい。ゼロ除算 0 / 0 = 0 は 算術の創始者、ゼロの発見者 Brahmagupta (598 -668 ?) によって定義されていたにも関わらず、それは間違いであるとして1300年を超えて続いており、さらに、新たな説、論文が出版されている実におかしな状況にある。しかるに我々は ゼロ除算は既に当たり前であるとして、沢山の証拠を掲げて解説、説得を続けているが、理解は着実に進んでいるにも関わらず、理解は深くはなく、遅々として夜明け前のぼんやりしているような時代であると言える。数学者は、真実に忠実でなければならないのに、数学の研究では、論理には、感情や私情、予断、思い込みを入れてはならないのに、それが、数学の精神であるはずなのに かえって、数学者が予断と偏見、私情に囚われている状況が皮肉にも良く見える。 それは、ゼロ除算の理解が、素人の方の方が理解しやすい状況に現れている。 ― 数学は 絶対的に 厳格な論理でできているはずであるから、基礎が揺るぐはずがないとの信仰、信念を有しているためであろう。しかしながら、人間精神の開放と自由を求めて、非ユークリッド幾何学の出現から、人は大いに学ぶべきではないだろうか。 絶えず、人は何でも疑い、 我は存在しているか と 問うべきである。 ― 人間存在の意義は 真智への愛にある。ゼロ除算の歴史は、数学界の避けられない世界史上の汚点に成るばかりか、人類の愚かさの典型的な事実として、世界史上に記録されるだろう。この自覚によって、人類は大きく進化できるのではないだろうか。 ― 汝自らを知れ、というソクラテスの言葉は何を意味するだろうか。そこで、我々は、これらの認知、真相の究明によって、数学界の汚点を解消、世界の文化への貢献を期待したい。ゼロ除算の真相を明らかにして、基礎数学全般の修正を行い、ここから、人類への教育を進め、世界に貢献することを願っている。ゼロ除算の進展には 世界史がかかっており、数学界の、社会への対応をも 世界史は見ていると感じられる。 恥の上塗りは世に多いが、数学界がそのような汚点を繰り返さないように願っている。ゼロ除算は 不可能であるとの言明によって数学的には問題は永く封印されてしまった。 しかし、考えて見れば奇妙な事であった。アインシュタインや多くの物理学者が本質的な問題として考察を続けていたばかりか、ゼロ除算回避を意図して、計算機関係者や数学愛好者がともに真摯に追求してきたが、奇妙な議論を世界的に行っていた。 約20名くらいの海外の関係者と交流してきたが、少年期からあるいは何十年も空しい努力をしてきた者がいる。膨大な空しい努力に数学者の責任の感情が湧いて来る。そればかりか、数学全般の欠陥と我々の空間の認識がユークリッド以来おかしい様は、既に歴然であり、世の数学、世界観は天動説のように基本的な間違いが存在する。そもそも数学は、不可能性に挑戦して、次々と概念を発展させ、可能ならしめてきた輝かしい歴史を有するが、ゼロ除算は盲点として、世界史に汚点を残してきてしまったと言える。いくら何でも算術の確立者の定義を無視して1300年を越えてそれを間違いであるとしてきた事実は、あまりにも酷い歴史として反省させられる。ゼロ除算は、発見されてまだ4年、今後大きな発展が行われて、現代初等数学の形相は相当に変化して、ゼロ除算発見は世界史上の画期的な事件として記録されるだろう。その歴史の大義を受けて、世界の数学界は 面目一新を図り、数学界の信頼を回復すべきである。以 上2018.3.24.15:30 まずは、過去の記録を纏める形で、骨格を整える。2018.3.24.19:03 少し、夕立あり。完成まで一気に続ける。2018.3.24.21:50 大体形になる。結構な雷を伴った夕立に。2018.3.25.06:062018.3.25.10:00 良い。2018.3.25.19:17 良い。2018.3.26.05:52 良い。2018.3.26.13:20 昼食後 山を散歩して後、良い。2018.3.26.20:502018.3.27.06:04 出版社 良いとして、最終原稿を受け付けたが、契約書が何かまだ不完全で、再送を求めてきた。これは良い。2018.3.27.06:29 良い、記録としての価値もある。完成、公表。 2021.10.09.5:362021.10.10.11:50 曇り、確認、これは真実である。 記録。2021.10.10.15:20 精読、良い。2021.10.11.5:26 精読、確認、晴天。2021.10.11.8:52 確認。 いろいろ気になって、精読してしまう。2021.10.11.11:30 買い物から帰って、精読。 良い秋晴れ。2021.10.13.22:00 少し寒い。 精読。良い、当然。
2021.10.22
数学では、深くて感銘を受けるような結果、論文が多い。 あまりに深く、ほんに 数人の専門家しか読めない、読まない。 本当の意味で きちんと すっかり検証できる人も 数人、多くは 数人も読まないのでは。すると そのような結果が どれほどの価値があるのかと 淋しく感じてしまう。 そこで、基本的で、美しく、影響の多きいもの ほど 良いという価値観を確立していた。世への貢献度で判断しようと いうことである。将来は 人工知能が価値評価を行う時代が来る、間もなくであろう。基本的な価値観の上に、 自動的に判断するシステムである。 幾つかの方式が提案され、 其れさえも 判断されるだろう。 判断の 判断である。評価の評価である。 結局は 世界史の問題になる。昨日は、晴れたので、昼食後、山歩き、庭掃除を 3時間くらいして体を動かした。なっている柿は 10個くらいで、今年は 8月22日から、毎日3個くらいずつ頂けた。銀杏の実を拾う季節になった。クルミはたっぷり拾った。幾ら何でも 数学界はおかしいのでは? 何のために、国家は数学界に補助しているのでしょうか。今朝は この言葉、情念で 5時 目覚まし時計で 目を覚ました。強い情念である。私は、今の数学も、教育も おかしい、基本的に欠陥がある と述べている。 我々が教え、学んで、考えている数学に欠陥があるから、真相を明らかにして欲しいと 述べている。 個人的な興味、関心の内容ではなく、小学生や中学生、大学生に教えている基礎数学に 基本的な欠陥があり、非常に恥ずかしい状態だ と述べている。内容、趣旨から、数学界は まずは、真相を明らかにすべき問題ではないでしょうか。 どうでも良い、内容ではなくて 基本問題を提起している。 それを無視して、どうでも良いような数学 に目を向けて居れば、数学界は社会に無関係に存在して、教育も 研究も 義務としての任務を放棄していることにはならないでしょうか。 何のために、国家は数学界に補助しているのでしょうか。 政府、国民がそれを追求するのは当然と考えます。 私は、数学の内容も 主張も 公にしている。 存念を公開している。 意見を求めている。公に意見交換を求めている。 数学は 著書に出版され、その国際専門雑誌も公刊されている。 数学の発展過程、存念も 間もなく出版され、私は歴史的な判断を求めることにしている。これは、数学界の恥だから、速やかに修正しようと 提案している。2021.10.10.5:36幾ら何でも 数学界はおかしいのでは?数学も、数学教育も おかしいとして きちんと理由を付けて 表明しているにも関わらず、永く意図的に無視している。都合の悪い情報を拒否し、人々の立場を 無視したような活動に はまっている ように思える。 重大なことを表明しているのでないでしょうか。 内容、意味を考えてみてください。数学がおかしいと言っている。2021.10.9:9:303年半も前の記録ゼロ除算算法の著書は、アメリカから出版され、その国際雑誌が イギリスから創刊された。ゼロ除算の発展過程も 間もなく出版されるが、何と この重要な文書 載せていない。 残念である。再生核研究所声明 422(2018.3.27): 数学界の歴史的な恥と恥の上塗り ー ゼロ除算の見落とし と 固定観念ゼロ除算発見4周年を契機に、結構内外の意見を広く求め、日本数学会2018.3.18(東大駒場)でも真正面から問題を明らかにした。関係分科会にメーリングリストを用いて、3月15日群馬大学での公開の研究集会を案内し、論理の展開、認識の適否を検証する形で、予告し問題点を明らかにして研究集会と学会に望んだ。案内は結構刺激的なものであったと見られよう:メーリング登録者各位(2018.2.14):下記のように研究会を企画して頂けることになりましたので、ご案内します。ゼロ除算は別格慎重に研究を進めていますが、次のように表明している認識、その是非などを検証したいと思っています。何でもご意見など頂ければ誠に幸いです:複素解析学では、無限遠点はゼロで表されること、円の中心の鏡像は無限遠点ではなくて中心自身であること、ローラン展開は孤立特異点で意味のある、有限確定値を取ることなど、基本的な間違いが存在する。微分方程式などは欠陥だらけで、誠に恥ずかしい教科書であふれていると言える。 超古典的な高木貞治氏の解析概論も確かな欠陥が出てきた。勾配や曲率、ローラン展開などに、コーシーの平均値定理さえ進化できる。しかしながら、奥村博氏の影響を受けて、現在のところユークリッド幾何学への影響が大きいと言えます。我々の空間の認識はアリストテレス、ユークリッド以来の変更が求められている。敬 具メーリング登録者各位(2018.3.6):下記のように研究集会を企画して頂けることになりましたので、ご案内(要旨付)します。ゼロ除算の研究は別格慎重に研究を進めていますが、次のように表明している認識、その是非などを検証したい。何でもご意見など頂ければ誠に幸いです。また、興味、関心を抱いて頂けそうな方に転送などして頂ければ幸いです。どうぞ宜しくお願いします。 敬具第1回 ゼロ除算研究集会のご案内下記のように研究集会を開催しますので、ご案内致します。日時: 2018.3.15(木曜日).11:00 - 15:00場所: 群馬大学大学院 理工学府概要: 始めにゼロ除算の全体について、齋藤三郎群馬大学名誉教授から30分くらい 総合的な報告を受けて、その後、討論を重視する形で進める。昼食を挟んで、討論し、最後に 今後の研究活動について検討する。参加希望者は、開場の準備、プログラムの検討上 下記にメールにて、届けて下さい:(kbdmm360@yahoo.co.jp, saburou.saitoh@gmail.com)尚、ゼロ除算の研究状況は、数学基礎学力研究会 サイトで解説が続けられています:http://www.mirun.sctv.jp/~suugaku/また、ohttp://okmr.yamatoblog.net/ に 関連情報があります。(後援:数学基礎学力研究会、NejiLaw、再生核研究所) 第1回ゼロ除算研究集会基調講演要旨(日時:2018.3.15(木曜日) 11:00 - 15:00 場所: 群馬大学大学院 理工学府)ゼロで割る問題 例えば100/0の意味、 ゼロ除算は インドで628年ゼロの発見以来の問題として、神秘的な歴史を辿って来ていて、最近でも大論文がおかしな感じで発表されている。ゼロ除算は 物理的には アリストテレスが 最初に不可能であると述べていると専門家が論じていて、それ以来物理学上での問題意識は強く、アインシュタインの人生最大の関心事であったという。ゼロ除算は数学的には 不可能であるとされ、数学的ではなく、物理学上の問題とゼロ除算が計算機障害を起こすことから、論理的な回避を目指して、今なお研究が盛んに進められている。しかるに、我々は約4年前に全く、自然で簡単な 数学的に完全である と考えるゼロ除算を発見して現在、全体の様子が明かに成って来た。そこで、ゼロ除算を歴史的に振り返り、我々の発見した新しい数学を紹介したい。まず、歴史、結果と、結果の意義と意味、を簡潔に 誰にでも分かるように解説したい。簡単な結果が、アリストテレス、ユークリッド以来の 我々の空間の認識を変える、実は新しい世界を拓いていること。それらを実証するための 具体例を沢山挙げる。我々の空間の認識は 2000年以上 適切ではなく、したがって 初等数学全般に欠陥があることを 沢山の具体例で示す。ゼロ除算は新しい世界を拓いており、この分野の研究を進め、世界史に貢献する意志を持ちたい。尚、ゼロおよび算術の確立者 Brahmagupta (598 -668 ?) は1300年以上も前に、0/0=0 と定義していたのに、世界史は それは間違いであるとしてきた、数学界と世界史の恥を反省して、世界史の進化を図りたい。以 上これらの意図はイギリスからの著書出版計画が急速に進み、内容が現代数学の初歩の欠陥を広く指摘し、現在の教科書、学術書の変更を求めているので、慎重に、慎重に対応したいということであった。上記サイトで述べられている要点をまず復習して置きたい。ゼロ除算 0 / 0 = 0 は 算術の創始者、ゼロの発見者 Brahmagupta (598 -668 ?) によって定義されていたにも関わらず、それは間違いであるとして1300年を超えて続いており、さらに、新たな説、論文が出版されている実におかしな状況にある。しかるに我々は ゼロ除算は既に当たり前であるとして、沢山の証拠を掲げて解説、説得を続けているが、理解は着実に進んでいるにも関わらず、理解は深くはなく、遅々として夜明け前のぼんやりしているような時代であると言える。数学者は、真実に忠実でなければならないのに、数学の研究では、論理には、感情や私情、予断、思い込みを入れてはならないのに、それが、数学の精神であるはずなのに かえって、数学者が予断と偏見、私情に囚われている状況が皮肉にも良く見える。 それは、ゼロ除算の理解が、素人の方の方が理解しやすい状況に現れている。 ― 数学は 絶対的に 厳格な論理でできているはずであるから、基礎が揺るぐはずがないとの信仰、信念を有しているためであろう。しかしながら、人間精神の開放と自由を求めて、非ユークリッド幾何学の出現から、人は大いに学ぶべきではないだろうか。 絶えず、人は何でも疑い、 我は存在しているか と 問うべきである。 ― 人間存在の意義は 真智への愛にある。ゼロ除算の歴史は、数学界の避けられない世界史上の汚点に成るばかりか、人類の愚かさの典型的な事実として、世界史上に記録されるだろう。この自覚によって、人類は大きく進化できるのではないだろうか。 ― 汝自らを知れ、というソクラテスの言葉は何を意味するだろうか。そこで、我々は、これらの認知、真相の究明によって、数学界の汚点を解消、世界の文化への貢献を期待したい。ゼロ除算の真相を明らかにして、基礎数学全般の修正を行い、ここから、人類への教育を進め、世界に貢献することを願っている。ゼロ除算の進展には 世界史がかかっており、数学界の、社会への対応をも 世界史は見ていると感じられる。 恥の上塗りは世に多いが、数学界がそのような汚点を繰り返さないように願っている。ゼロ除算は 不可能であるとの言明によって数学的には問題は永く封印されてしまった。 しかし、考えて見れば奇妙な事であった。アインシュタインや多くの物理学者が本質的な問題として考察を続けていたばかりか、ゼロ除算回避を意図して、計算機関係者や数学愛好者がともに真摯に追求してきたが、奇妙な議論を世界的に行っていた。 約20名くらいの海外の関係者と交流してきたが、少年期からあるいは何十年も空しい努力をしてきた者がいる。膨大な空しい努力に数学者の責任の感情が湧いて来る。そればかりか、数学全般の欠陥と我々の空間の認識がユークリッド以来おかしい様は、既に歴然であり、世の数学、世界観は天動説のように基本的な間違いが存在する。そもそも数学は、不可能性に挑戦して、次々と概念を発展させ、可能ならしめてきた輝かしい歴史を有するが、ゼロ除算は盲点として、世界史に汚点を残してきてしまったと言える。いくら何でも算術の確立者の定義を無視して1300年を越えてそれを間違いであるとしてきた事実は、あまりにも酷い歴史として反省させられる。ゼロ除算は、発見されてまだ4年、今後大きな発展が行われて、現代初等数学の形相は相当に変化して、ゼロ除算発見は世界史上の画期的な事件として記録されるだろう。その歴史の大義を受けて、世界の数学界は 面目一新を図り、数学界の信頼を回復すべきである。以 上2018.3.24.15:30 まずは、過去の記録を纏める形で、骨格を整える。2018.3.24.19:03 少し、夕立あり。完成まで一気に続ける。2018.3.24.21:50 大体形になる。結構な雷を伴った夕立に。2018.3.25.06:062018.3.25.10:00 良い。2018.3.25.19:17 良い。2018.3.26.05:52 良い。2018.3.26.13:20 昼食後 山を散歩して後、良い。2018.3.26.20:502018.3.27.06:04 出版社 良いとして、最終原稿を受け付けたが、契約書が何かまだ不完全で、再送を求めてきた。これは良い。2018.3.27.06:29 良い、記録としての価値もある。完成、公表。 2021.10.09.5:362021.10.10.11:50 曇り、確認、これは真実である。 記録。2021.10.10.15:20 精読、良い。2021.10.11.5:26 精読、確認、晴天。2021.10.11.8:52 確認。 いろいろ気になって、精読してしまう。2021.10.11.11:30 買い物から帰って、精読。 良い秋晴れ。2021.10.13.22:00 少し寒い。 精読。良い、当然。
2021.10.21
快晴の美しい朝、昨夜22時執筆中のTeX突然 コンパイル できず気分を悪くする。楽しく、敢然と描き続けていていたのに 突然では理由が分からないので、不安になってきた。 つっかえたところに戻れば 良いはづ。早速、いろいろ施行しよう。y(x)は、yはxの関数という意味とy✕xの2つの意味があると思うのですがどのように見分けるんですか?Saburou Saitohさんのプロフィール写真Saburou Saitoh経歴を編集URLを入力脚注積と解釈する場合 カッコは 不要ですね。 ですから、関数と理解するのが自然ではないでしょうか。 もう一つの大事な判断基準は 文脈から理解するですね。 ここを実は応えたかった。 哲学的な深い意味に通じるからです。世の多くのことは、 一部だけでは判断できず、環境や時代、状況によって 意味や位置づけ、評価、 いろいろなことが決まるということです。 事実さえ周りの状況によって理解は変わりますね。 音楽の印象でも、その時の心の状況で印象は相当に違います。 認識問題と捉えれば 哲学そのものです。表記の式でさえ、数学ではなく、変な絵だなと理解する人もいるでしょう。 それは なぞなぞだ、暗号だとかもあり得ますね。
2021.10.21
数学では、深くて感銘を受けるような結果、論文が多い。 あまりに深く、ほんに 数人の専門家しか読めない、読まない。 本当の意味で きちんと すっかり検証できる人も 数人、多くは 数人も読まないのでは。すると そのような結果が どれほどの価値があるのかと 淋しく感じてしまう。 そこで、基本的で、美しく、影響の多きいもの ほど 良いという価値観を確立していた。世への貢献度で判断しようと いうことである。将来は 人工知能が価値評価を行う時代が来る、間もなくであろう。基本的な価値観の上に、 自動的に判断するシステムである。 幾つかの方式が提案され、 其れさえも 判断されるだろう。 判断の 判断である。評価の評価である。 結局は 世界史の問題になる。昨日は、晴れたので、昼食後、山歩き、庭掃除を 3時間くらいして体を動かした。なっている柿は 10個くらいで、今年は 8月22日から、毎日3個くらいずつ頂けた。銀杏の実を拾う季節になった。クルミはたっぷり拾った。幾ら何でも 数学界はおかしいのでは? 何のために、国家は数学界に補助しているのでしょうか。今朝は この言葉、情念で 5時 目覚まし時計で 目を覚ました。強い情念である。私は、今の数学も、教育も おかしい、基本的に欠陥がある と述べている。 我々が教え、学んで、考えている数学に欠陥があるから、真相を明らかにして欲しいと 述べている。 個人的な興味、関心の内容ではなく、小学生や中学生、大学生に教えている基礎数学に 基本的な欠陥があり、非常に恥ずかしい状態だ と述べている。内容、趣旨から、数学界は まずは、真相を明らかにすべき問題ではないでしょうか。 どうでも良い、内容ではなくて 基本問題を提起している。 それを無視して、どうでも良いような数学 に目を向けて居れば、数学界は社会に無関係に存在して、教育も 研究も 義務としての任務を放棄していることにはならないでしょうか。 何のために、国家は数学界に補助しているのでしょうか。 政府、国民がそれを追求するのは当然と考えます。 私は、数学の内容も 主張も 公にしている。 存念を公開している。 意見を求めている。公に意見交換を求めている。 数学は 著書に出版され、その国際専門雑誌も公刊されている。 数学の発展過程、存念も 間もなく出版され、私は歴史的な判断を求めることにしている。これは、数学界の恥だから、速やかに修正しようと 提案している。2021.10.10.5:36幾ら何でも 数学界はおかしいのでは?数学も、数学教育も おかしいとして きちんと理由を付けて 表明しているにも関わらず、永く意図的に無視している。都合の悪い情報を拒否し、人々の立場を 無視したような活動に はまっている ように思える。 重大なことを表明しているのでないでしょうか。 内容、意味を考えてみてください。数学がおかしいと言っている。2021.10.9:9:303年半も前の記録ゼロ除算算法の著書は、アメリカから出版され、その国際雑誌が イギリスから創刊された。ゼロ除算の発展過程も 間もなく出版されるが、何と この重要な文書 載せていない。 残念である。再生核研究所声明 422(2018.3.27): 数学界の歴史的な恥と恥の上塗り ー ゼロ除算の見落とし と 固定観念ゼロ除算発見4周年を契機に、結構内外の意見を広く求め、日本数学会2018.3.18(東大駒場)でも真正面から問題を明らかにした。関係分科会にメーリングリストを用いて、3月15日群馬大学での公開の研究集会を案内し、論理の展開、認識の適否を検証する形で、予告し問題点を明らかにして研究集会と学会に望んだ。案内は結構刺激的なものであったと見られよう:メーリング登録者各位(2018.2.14):下記のように研究会を企画して頂けることになりましたので、ご案内します。ゼロ除算は別格慎重に研究を進めていますが、次のように表明している認識、その是非などを検証したいと思っています。何でもご意見など頂ければ誠に幸いです:複素解析学では、無限遠点はゼロで表されること、円の中心の鏡像は無限遠点ではなくて中心自身であること、ローラン展開は孤立特異点で意味のある、有限確定値を取ることなど、基本的な間違いが存在する。微分方程式などは欠陥だらけで、誠に恥ずかしい教科書であふれていると言える。 超古典的な高木貞治氏の解析概論も確かな欠陥が出てきた。勾配や曲率、ローラン展開などに、コーシーの平均値定理さえ進化できる。しかしながら、奥村博氏の影響を受けて、現在のところユークリッド幾何学への影響が大きいと言えます。我々の空間の認識はアリストテレス、ユークリッド以来の変更が求められている。敬 具メーリング登録者各位(2018.3.6):下記のように研究集会を企画して頂けることになりましたので、ご案内(要旨付)します。ゼロ除算の研究は別格慎重に研究を進めていますが、次のように表明している認識、その是非などを検証したい。何でもご意見など頂ければ誠に幸いです。また、興味、関心を抱いて頂けそうな方に転送などして頂ければ幸いです。どうぞ宜しくお願いします。 敬具第1回 ゼロ除算研究集会のご案内下記のように研究集会を開催しますので、ご案内致します。日時: 2018.3.15(木曜日).11:00 - 15:00場所: 群馬大学大学院 理工学府概要: 始めにゼロ除算の全体について、齋藤三郎群馬大学名誉教授から30分くらい 総合的な報告を受けて、その後、討論を重視する形で進める。昼食を挟んで、討論し、最後に 今後の研究活動について検討する。参加希望者は、開場の準備、プログラムの検討上 下記にメールにて、届けて下さい:(kbdmm360@yahoo.co.jp, saburou.saitoh@gmail.com)尚、ゼロ除算の研究状況は、数学基礎学力研究会 サイトで解説が続けられています:http://www.mirun.sctv.jp/~suugaku/また、ohttp://okmr.yamatoblog.net/ に 関連情報があります。(後援:数学基礎学力研究会、NejiLaw、再生核研究所) 第1回ゼロ除算研究集会基調講演要旨(日時:2018.3.15(木曜日) 11:00 - 15:00 場所: 群馬大学大学院 理工学府)ゼロで割る問題 例えば100/0の意味、 ゼロ除算は インドで628年ゼロの発見以来の問題として、神秘的な歴史を辿って来ていて、最近でも大論文がおかしな感じで発表されている。ゼロ除算は 物理的には アリストテレスが 最初に不可能であると述べていると専門家が論じていて、それ以来物理学上での問題意識は強く、アインシュタインの人生最大の関心事であったという。ゼロ除算は数学的には 不可能であるとされ、数学的ではなく、物理学上の問題とゼロ除算が計算機障害を起こすことから、論理的な回避を目指して、今なお研究が盛んに進められている。しかるに、我々は約4年前に全く、自然で簡単な 数学的に完全である と考えるゼロ除算を発見して現在、全体の様子が明かに成って来た。そこで、ゼロ除算を歴史的に振り返り、我々の発見した新しい数学を紹介したい。まず、歴史、結果と、結果の意義と意味、を簡潔に 誰にでも分かるように解説したい。簡単な結果が、アリストテレス、ユークリッド以来の 我々の空間の認識を変える、実は新しい世界を拓いていること。それらを実証するための 具体例を沢山挙げる。我々の空間の認識は 2000年以上 適切ではなく、したがって 初等数学全般に欠陥があることを 沢山の具体例で示す。ゼロ除算は新しい世界を拓いており、この分野の研究を進め、世界史に貢献する意志を持ちたい。尚、ゼロおよび算術の確立者 Brahmagupta (598 -668 ?) は1300年以上も前に、0/0=0 と定義していたのに、世界史は それは間違いであるとしてきた、数学界と世界史の恥を反省して、世界史の進化を図りたい。以 上これらの意図はイギリスからの著書出版計画が急速に進み、内容が現代数学の初歩の欠陥を広く指摘し、現在の教科書、学術書の変更を求めているので、慎重に、慎重に対応したいということであった。上記サイトで述べられている要点をまず復習して置きたい。ゼロ除算 0 / 0 = 0 は 算術の創始者、ゼロの発見者 Brahmagupta (598 -668 ?) によって定義されていたにも関わらず、それは間違いであるとして1300年を超えて続いており、さらに、新たな説、論文が出版されている実におかしな状況にある。しかるに我々は ゼロ除算は既に当たり前であるとして、沢山の証拠を掲げて解説、説得を続けているが、理解は着実に進んでいるにも関わらず、理解は深くはなく、遅々として夜明け前のぼんやりしているような時代であると言える。数学者は、真実に忠実でなければならないのに、数学の研究では、論理には、感情や私情、予断、思い込みを入れてはならないのに、それが、数学の精神であるはずなのに かえって、数学者が予断と偏見、私情に囚われている状況が皮肉にも良く見える。 それは、ゼロ除算の理解が、素人の方の方が理解しやすい状況に現れている。 ― 数学は 絶対的に 厳格な論理でできているはずであるから、基礎が揺るぐはずがないとの信仰、信念を有しているためであろう。しかしながら、人間精神の開放と自由を求めて、非ユークリッド幾何学の出現から、人は大いに学ぶべきではないだろうか。 絶えず、人は何でも疑い、 我は存在しているか と 問うべきである。 ― 人間存在の意義は 真智への愛にある。ゼロ除算の歴史は、数学界の避けられない世界史上の汚点に成るばかりか、人類の愚かさの典型的な事実として、世界史上に記録されるだろう。この自覚によって、人類は大きく進化できるのではないだろうか。 ― 汝自らを知れ、というソクラテスの言葉は何を意味するだろうか。そこで、我々は、これらの認知、真相の究明によって、数学界の汚点を解消、世界の文化への貢献を期待したい。ゼロ除算の真相を明らかにして、基礎数学全般の修正を行い、ここから、人類への教育を進め、世界に貢献することを願っている。ゼロ除算の進展には 世界史がかかっており、数学界の、社会への対応をも 世界史は見ていると感じられる。 恥の上塗りは世に多いが、数学界がそのような汚点を繰り返さないように願っている。ゼロ除算は 不可能であるとの言明によって数学的には問題は永く封印されてしまった。 しかし、考えて見れば奇妙な事であった。アインシュタインや多くの物理学者が本質的な問題として考察を続けていたばかりか、ゼロ除算回避を意図して、計算機関係者や数学愛好者がともに真摯に追求してきたが、奇妙な議論を世界的に行っていた。 約20名くらいの海外の関係者と交流してきたが、少年期からあるいは何十年も空しい努力をしてきた者がいる。膨大な空しい努力に数学者の責任の感情が湧いて来る。そればかりか、数学全般の欠陥と我々の空間の認識がユークリッド以来おかしい様は、既に歴然であり、世の数学、世界観は天動説のように基本的な間違いが存在する。そもそも数学は、不可能性に挑戦して、次々と概念を発展させ、可能ならしめてきた輝かしい歴史を有するが、ゼロ除算は盲点として、世界史に汚点を残してきてしまったと言える。いくら何でも算術の確立者の定義を無視して1300年を越えてそれを間違いであるとしてきた事実は、あまりにも酷い歴史として反省させられる。ゼロ除算は、発見されてまだ4年、今後大きな発展が行われて、現代初等数学の形相は相当に変化して、ゼロ除算発見は世界史上の画期的な事件として記録されるだろう。その歴史の大義を受けて、世界の数学界は 面目一新を図り、数学界の信頼を回復すべきである。以 上2018.3.24.15:30 まずは、過去の記録を纏める形で、骨格を整える。2018.3.24.19:03 少し、夕立あり。完成まで一気に続ける。2018.3.24.21:50 大体形になる。結構な雷を伴った夕立に。2018.3.25.06:062018.3.25.10:00 良い。2018.3.25.19:17 良い。2018.3.26.05:52 良い。2018.3.26.13:20 昼食後 山を散歩して後、良い。2018.3.26.20:502018.3.27.06:04 出版社 良いとして、最終原稿を受け付けたが、契約書が何かまだ不完全で、再送を求めてきた。これは良い。2018.3.27.06:29 良い、記録としての価値もある。完成、公表。 2021.10.09.5:362021.10.10.11:50 曇り、確認、これは真実である。 記録。2021.10.10.15:20 精読、良い。2021.10.11.5:26 精読、確認、晴天。2021.10.11.8:52 確認。 いろいろ気になって、精読してしまう。2021.10.11.11:30 買い物から帰って、精読。 良い秋晴れ。2021.10.13.22:00 少し寒い。 精読。良い、当然。
2021.10.20
快晴の美しい星空美しいオリオン座それで、ゼロ除算はなにもかもあたり前ゼロ除算算法が 驚き。№1228 2021.10.18.23:40 風呂あがけ ぼんやりしていて、ひとりでに考えが湧きました。 少し、専門的ですが、再生核の理論で、点a で 1の値を取る函数の仲間で、ノルムを最小にする函数が 再生核で表現されます。ここで、a で 1を取る函数が存在しない場合、 解はどうなるでしょうか と考えれば、それは 恒等的に ゼロの函数である と ゼロ除算の結果なります。これは、恒等的に ゼロの函数が 非存在を示していること になります。ゼロには 非存在や、不可能である場合を表現する という意味があります。 ゼロの意味の新しい発見です。
2021.10.20
松浦先生:嬉しくって 敢然と始めました。 他の論文 凄い力作ですが、それでは 何人真面目に読むか と問えば 精々5人くらい、そう考えると 高級数学の意味がどれほどあるか と淋しくなります。そこで多くの人の関心を呼ぶように 自己完結に 再生核の本質 が見えるように表現したいと思います。再生核の美しさと、基本的なこと、応用の重要性を 創刊号にふさわしいように 表現したい。素材は十分ですので、結構 楽しくできると思います。適当な折りに、とちゅ でもお送りします。ありがとうございます。敬具齋藤三郎2021.10.19.19:58
2021.10.19
再生核研究所声明636(2021.9.20): 日本の偉大な数学者 奥村 博氏 ー ユークリッド幾何学の王(この構想は 18日 昨夜 休む前、 ひとりでに ユークリッド幾何学における 王 として 奥村氏の名前が 創造されました。ユークリッド幾何学に最も執着し、愛した歴史上の 人物は誰でしょうか。の発想を率直に 面白ろ可笑しく表現したい。私は存念の率直な表現に興味と関心を懐いている。)月から地球を眺め 人類の歴史を想像しよう。 いろいろな観点から いろいろ想いがうかべられるだろう。 ここでは ユークリッド幾何学の歴史を想像してみたい。ユークリッドがどのような想いで ユークリッド幾何学を建設されたか、 学生時代に読んだ非ユークリッド幾何学の発見の様などと共に 思い出される。 絶対に揺るがぬ 永遠不滅の 幾何学の建設を志したユークリッドの想い である。ユークリッド幾何学は あらゆる学術書の基本精神を与え、永遠の学として2000年以上栄え 現在でも初等数学の基礎になっている。 いや数学の基礎になっていると言える。そこで ユークリッド幾何学の全体を 月の世界から見るとどうなるだろうか。何と言っても 本質的な事件は 3人の巨人によって拓かれた 非ユークリッド幾何学の出現である:(非ユークリッド幾何学出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』カール・フリードリヒ・ガウスは、1824年11月8日の手紙に於いて、鋭角仮定のもとで整合的な幾何学が成立する可能性を示唆し、そこにはある定数があってこれが大きいほど通常の幾何学に近づくと述べた。ガウスの言うある定数とは、現代の言葉で言えば空間の曲率 k に対し、-(1/k)のことである。ガウス個人は非ユークリッド幾何の存在を確信していたと見られるが公表はしていない。「宗教論争に巻き込まれる事を恐れてか」とその理由を推察する者もいる。非ユークリッド幾何学の成立[編集]ニコライ・イワノビッチ・ロバチェフスキーは「幾何学の新原理並びに平行線の完全な理論」(1829年)において、「虚幾何学」と名付けられた幾何学を構成して見せた。これは、鋭角仮定を含む幾何学であった。ボーヤイ・ヤーノシュは父・ボーヤイ・ファルカシュの研究を引き継いで、1832年、「空間論」を出版した。「空間論」では、平行線公準を仮定した幾何学(Σ)、および平行線公準の否定を仮定した幾何学(S)を論じた。更に、1835年「ユークリッド第 11 公準を証明または反駁することの不可能性の証明」において、Σ と S のどちらが現実に成立するかは、如何なる論理的推論によっても決定されないと証明した。)これらは要するに ユークリッドの平行線公理は証明できず、平行線公理が成り立たない幾何学の存在を発見した。 これは同時に 絶対的な幾何学の存在を否定して、数学にも 幾何学にも いろいろなものが存在することを示し、 数学観を本質的に変えた歴史的な事件であったと言える。 そのような意味で、それらの発見はユークリッド幾何学における最大の事件であると考えられる。次に注目されるのは デカルト(1596-1650)によって導入された 座標系の導入で、 平面や空間の点が 数の組で表現できるという考えである。 それゆえに 図形は方程式で表現され 図形と代数、数字の世界が結び付けられ、幾何学と代数学が結び付けられたことである。 これらの基礎の上に、 微積分学、解析学、幾何学、代数学、多様体上の数学が発展していると考えられる。ここでデカルトの偉業を高く評価したい。 さらにデカルトは ユークリッド幾何学自身でも デカルトの円定理 という 美しい定理を得て、その発展は目も眩むほどである。ユークリッド幾何学における最も美しい定理とも言える。ユークリッド幾何学における 2大事件とは 上記のようなものでは ないだろうか。ここで第3の事件 について触れるために下記を確認したい:そもそも数学とは何かに関してですが、数学の元は、ユークリッド幾何学と 四則演算の算術 の法則にあると考えられます。 この算術は インドの ブラ―マグプタによって ゼロの導入と共に西暦628年に確立された。 図形、そして 算術の法則 です。重要で、面白いことには これらは、デカルトの座標系の導入で、統一される。これらの基礎の上に、幾何学、代数学、解析学が発展している と考えられる。 ところが驚くべきことに、 両方の基礎には 初めから欠陥が存在していた と考えられる。 無限遠点の考えと、ゼロ除算である。 空間の認識では無限の彼方は どうなっているかという観点が欠けていた。 四則演算においては、割り算における ゼロで割る問題 ゼロ除算問題 である。ブラ―マグプタ自身は 初めから0/0=0 と きちんと定義していたが、一般のゼロ除算は 考えなかった。- これは 不可能である と考えたと思われる。 ゼロ除算の歴史は、もっと古く、物理的な意味から、アリストテレスが ゼロ除算は考えるべきではなく、かつ不可能である と述べていて、欧米の文化に大きな影響を与えてきたという。 ギリシャ文化は、ゼロや空、無を嫌う 強い文化を有してきた。他方、インドでは 相当に深い思想をもってきた。それゆえに ゼロ除算算法の概念による ゼロ除算の解明によって 初等数学は 広範な影響を受けることになったが、不変な筈のユークリット幾何学でさえ、面目を一新するような革命が起きている:viXra:2106.0108 submitted on 2021-06-19 20:06:05, Division by Zero Calculus in Figures - Our New Space Since Euclid -Geometry and division by zero calculus. International Journal of Division by Zero Calculus, 1(1), pp.1-36. (https://romanpub.com/dbzc.php)標語的に言えば、 未知世界とされていた特異点から ユークリッドの盲点であった無限の彼方から 新規な世界が次次と現れてきて、 既にユークリッド幾何学に新世界、真に新しい世界が現れて来たということである。江戸時代、永い平和の結果として 数学が庶民に愛され、和算として沢山の人による厖大な文化遺産が残されている。 今でも沢山 それらの遺産を研究されている和算愛好者、研究者がいる。 奥村 博氏もその一人で、 特に群馬は 和算の伝統が強く その文化的な背景を受けて一途に研究をされてきた。 特に和算の幾何学の研究に集中されてきたことが 多くの業績によって分る。 これら膨大な幾何学は 当然にもユークリッド幾何学の世界である と考えられるが、 和算は美しい結果を得て居たものの 論理や記述に本質的な欠陥が存在し、欧米世界では従来軽視されてきた経緯がある。そのような状況で、私たちの恩師に当たる道脇義正先生の強い存念で、和算から新しい数学の結果を発見して、 数学として欧米に受け入れられるような数学の研究活動が始められていた。 奥村氏はそのような精神を受け継がれ、どんどん発展され、和算専門の国際雑誌を 国際的な仲間とともに創刊され、 算額を国際語にして 研究活動をされている:再生核研究所声明588(2020.11.30): 奥村 博氏の 和算数学へ大きな貢献について ー 声明569の続編 -再生核研究所声明569(2020.7.21): 奥村 博氏の 和算への大きな貢献と 美しい幾何学の世界 ー ユークリッド幾何学 と 和算幾何学の新展開それらにゼロ除算算法の適用で どんどん全く新規な結果を まるで神がかったように進められている。 結果は具体的で、驚嘆するものばかりであるが、上記 デカルトの円定理でさえ 美しく 統一され、さらに そこに 新規な現象さえ発見されている。研究成果の質、 美しい結果の量を ユークリッド幾何学の歴史の中で見ても 世界史上最高に位置すると 歴然と分るだろう。いみじくも、 非ユークリッド幾何学 平行線公理にも抵触して 3人の巨人とは違った意味で 新しい非ユークリッド幾何学を発見され、 デカルトさえ 円定理では 本質的に越えていることが分る。このように思う時、 日本の偉大な数学者として 奥村 博氏の名前が ユークリッド幾何学における王 と呼ぶにふさわしいものであると 発想される。 発想された。これは 価値の評価であり、価値の創造である。価値の発見である。月から地球を眺め 人類の歴史を想像しようでは 情けない 人類の戦争の歴史を深く嘆いている。 以 上2021.9.19.6:12 一気に纏めてみた。 天気は回復。2021.9.19.9:16 文を整える。良い。 おかしな数学界の理由 その構想が既にできている。2021.9.19.11:45 買い物から帰って精読、良い。明朝公表できる。有難くも市から敬老の贈り物が届いた。2021.9.19.12:50 良い。2021.9.19.14:46 良い。 暖かな日和、ぐるりと散歩してくる。2021.9.19.17:55 良い。2021.9.19.21:40 良い。2021.9.20.05:36 良い、完成できる。快晴の美しい朝。NHK大河ドラマなどどうして素晴らしい番組ができるのか、不思議で仕方ない。菅首相は立派に首相を務められているが、自民党の党首選も立派である。2021.9.20.06:20 完成、公表。2021,9.20.09:10 公表後確認。2021.9.20.11:52 確認、良い。 水田先生からメール。2021.9.20.22:02 これは真実である。 秋の深まり、近くで鹿が啼いた。 柿がどんどん熟している。2021.9.21.15:15 美しい日、確認精読、良い。これは真実である。2021.9.23.11:36 買い物から帰って、精読、確認。 彼岸の中日、美しい、暖かな日和。2021.9.23.21:30 確認する、良い。修正なし。
2021.10.19
№1228 2021.10.18.23:40 風呂あがけ ぼんやりしていて、ひとりでに考えが湧きました。 少し、専門的ですが、再生核の理論で、点a で 1の値を取る函数の仲間で、ノルムを最小にする函数が 再生核で表現されます。ここで、a で 1を取る函数が存在しない場合、 解はどうなるでしょうか と考えれば、それは 恒等的に ゼロの函数である と ゼロ除算の結果なります。 これは、恒等的に ゼロの函数が 非存在を示していること になります。 ゼロには 非存在や、不可能である場合を表現する という意味があります。 ゼロの意味の新しい発見です。
2021.10.19
数学では、深くて感銘を受けるような結果、論文が多い。 あまりに深く、ほんに 数人の専門家しか読めない、読まない。 本当の意味で きちんと すっかり検証できる人も 数人、多くは 数人も読まないのでは。すると そのような結果が どれほどの価値があるのかと 淋しく感じてしまう。 そこで、基本的で、美しく、影響の多きいもの ほど 良いという価値観を確立していた。世への貢献度で判断しようと いうことである。将来は 人工知能が価値評価を行う時代が来る、間もなくであろう。基本的な価値観の上に、 自動的に判断するシステムである。 幾つかの方式が提案され、 其れさえも 判断されるだろう。 判断の 判断である。評価の評価である。 結局は 世界史の問題になる。昨日は、晴れたので、昼食後、山歩き、庭掃除を 3時間くらいして体を動かした。なっている柿は 10個くらいで、今年は 8月22日から、毎日3個くらいずつ頂けた。銀杏の実を拾う季節になった。クルミはたっぷり拾った。幾ら何でも 数学界はおかしいのでは? 何のために、国家は数学界に補助しているのでしょうか。今朝は この言葉、情念で 5時 目覚まし時計で 目を覚ました。強い情念である。私は、今の数学も、教育も おかしい、基本的に欠陥がある と述べている。 我々が教え、学んで、考えている数学に欠陥があるから、真相を明らかにして欲しいと 述べている。 個人的な興味、関心の内容ではなく、小学生や中学生、大学生に教えている基礎数学に 基本的な欠陥があり、非常に恥ずかしい状態だ と述べている。内容、趣旨から、数学界は まずは、真相を明らかにすべき問題ではないでしょうか。 どうでも良い、内容ではなくて 基本問題を提起している。 それを無視して、どうでも良いような数学 に目を向けて居れば、数学界は社会に無関係に存在して、教育も 研究も 義務としての任務を放棄していることにはならないでしょうか。 何のために、国家は数学界に補助しているのでしょうか。 政府、国民がそれを追求するのは当然と考えます。 私は、数学の内容も 主張も 公にしている。 存念を公開している。 意見を求めている。公に意見交換を求めている。 数学は 著書に出版され、その国際専門雑誌も公刊されている。 数学の発展過程、存念も 間もなく出版され、私は歴史的な判断を求めることにしている。これは、数学界の恥だから、速やかに修正しようと 提案している。2021.10.10.5:36幾ら何でも 数学界はおかしいのでは?数学も、数学教育も おかしいとして きちんと理由を付けて 表明しているにも関わらず、永く意図的に無視している。都合の悪い情報を拒否し、人々の立場を 無視したような活動に はまっている ように思える。 重大なことを表明しているのでないでしょうか。 内容、意味を考えてみてください。数学がおかしいと言っている。2021.10.9:9:303年半も前の記録ゼロ除算算法の著書は、アメリカから出版され、その国際雑誌が イギリスから創刊された。ゼロ除算の発展過程も 間もなく出版されるが、何と この重要な文書 載せていない。 残念である。再生核研究所声明 422(2018.3.27): 数学界の歴史的な恥と恥の上塗り ー ゼロ除算の見落とし と 固定観念ゼロ除算発見4周年を契機に、結構内外の意見を広く求め、日本数学会2018.3.18(東大駒場)でも真正面から問題を明らかにした。関係分科会にメーリングリストを用いて、3月15日群馬大学での公開の研究集会を案内し、論理の展開、認識の適否を検証する形で、予告し問題点を明らかにして研究集会と学会に望んだ。案内は結構刺激的なものであったと見られよう:メーリング登録者各位(2018.2.14):下記のように研究会を企画して頂けることになりましたので、ご案内します。ゼロ除算は別格慎重に研究を進めていますが、次のように表明している認識、その是非などを検証したいと思っています。何でもご意見など頂ければ誠に幸いです:複素解析学では、無限遠点はゼロで表されること、円の中心の鏡像は無限遠点ではなくて中心自身であること、ローラン展開は孤立特異点で意味のある、有限確定値を取ることなど、基本的な間違いが存在する。微分方程式などは欠陥だらけで、誠に恥ずかしい教科書であふれていると言える。 超古典的な高木貞治氏の解析概論も確かな欠陥が出てきた。勾配や曲率、ローラン展開などに、コーシーの平均値定理さえ進化できる。しかしながら、奥村博氏の影響を受けて、現在のところユークリッド幾何学への影響が大きいと言えます。我々の空間の認識はアリストテレス、ユークリッド以来の変更が求められている。敬 具メーリング登録者各位(2018.3.6):下記のように研究集会を企画して頂けることになりましたので、ご案内(要旨付)します。ゼロ除算の研究は別格慎重に研究を進めていますが、次のように表明している認識、その是非などを検証したい。何でもご意見など頂ければ誠に幸いです。また、興味、関心を抱いて頂けそうな方に転送などして頂ければ幸いです。どうぞ宜しくお願いします。 敬具第1回 ゼロ除算研究集会のご案内下記のように研究集会を開催しますので、ご案内致します。日時: 2018.3.15(木曜日).11:00 - 15:00場所: 群馬大学大学院 理工学府概要: 始めにゼロ除算の全体について、齋藤三郎群馬大学名誉教授から30分くらい 総合的な報告を受けて、その後、討論を重視する形で進める。昼食を挟んで、討論し、最後に 今後の研究活動について検討する。参加希望者は、開場の準備、プログラムの検討上 下記にメールにて、届けて下さい:(kbdmm360@yahoo.co.jp, saburou.saitoh@gmail.com)尚、ゼロ除算の研究状況は、数学基礎学力研究会 サイトで解説が続けられています:http://www.mirun.sctv.jp/~suugaku/また、ohttp://okmr.yamatoblog.net/ に 関連情報があります。(後援:数学基礎学力研究会、NejiLaw、再生核研究所) 第1回ゼロ除算研究集会基調講演要旨(日時:2018.3.15(木曜日) 11:00 - 15:00 場所: 群馬大学大学院 理工学府)ゼロで割る問題 例えば100/0の意味、 ゼロ除算は インドで628年ゼロの発見以来の問題として、神秘的な歴史を辿って来ていて、最近でも大論文がおかしな感じで発表されている。ゼロ除算は 物理的には アリストテレスが 最初に不可能であると述べていると専門家が論じていて、それ以来物理学上での問題意識は強く、アインシュタインの人生最大の関心事であったという。ゼロ除算は数学的には 不可能であるとされ、数学的ではなく、物理学上の問題とゼロ除算が計算機障害を起こすことから、論理的な回避を目指して、今なお研究が盛んに進められている。しかるに、我々は約4年前に全く、自然で簡単な 数学的に完全である と考えるゼロ除算を発見して現在、全体の様子が明かに成って来た。そこで、ゼロ除算を歴史的に振り返り、我々の発見した新しい数学を紹介したい。まず、歴史、結果と、結果の意義と意味、を簡潔に 誰にでも分かるように解説したい。簡単な結果が、アリストテレス、ユークリッド以来の 我々の空間の認識を変える、実は新しい世界を拓いていること。それらを実証するための 具体例を沢山挙げる。我々の空間の認識は 2000年以上 適切ではなく、したがって 初等数学全般に欠陥があることを 沢山の具体例で示す。ゼロ除算は新しい世界を拓いており、この分野の研究を進め、世界史に貢献する意志を持ちたい。尚、ゼロおよび算術の確立者 Brahmagupta (598 -668 ?) は1300年以上も前に、0/0=0 と定義していたのに、世界史は それは間違いであるとしてきた、数学界と世界史の恥を反省して、世界史の進化を図りたい。以 上これらの意図はイギリスからの著書出版計画が急速に進み、内容が現代数学の初歩の欠陥を広く指摘し、現在の教科書、学術書の変更を求めているので、慎重に、慎重に対応したいということであった。上記サイトで述べられている要点をまず復習して置きたい。ゼロ除算 0 / 0 = 0 は 算術の創始者、ゼロの発見者 Brahmagupta (598 -668 ?) によって定義されていたにも関わらず、それは間違いであるとして1300年を超えて続いており、さらに、新たな説、論文が出版されている実におかしな状況にある。しかるに我々は ゼロ除算は既に当たり前であるとして、沢山の証拠を掲げて解説、説得を続けているが、理解は着実に進んでいるにも関わらず、理解は深くはなく、遅々として夜明け前のぼんやりしているような時代であると言える。数学者は、真実に忠実でなければならないのに、数学の研究では、論理には、感情や私情、予断、思い込みを入れてはならないのに、それが、数学の精神であるはずなのに かえって、数学者が予断と偏見、私情に囚われている状況が皮肉にも良く見える。 それは、ゼロ除算の理解が、素人の方の方が理解しやすい状況に現れている。 ― 数学は 絶対的に 厳格な論理でできているはずであるから、基礎が揺るぐはずがないとの信仰、信念を有しているためであろう。しかしながら、人間精神の開放と自由を求めて、非ユークリッド幾何学の出現から、人は大いに学ぶべきではないだろうか。 絶えず、人は何でも疑い、 我は存在しているか と 問うべきである。 ― 人間存在の意義は 真智への愛にある。ゼロ除算の歴史は、数学界の避けられない世界史上の汚点に成るばかりか、人類の愚かさの典型的な事実として、世界史上に記録されるだろう。この自覚によって、人類は大きく進化できるのではないだろうか。 ― 汝自らを知れ、というソクラテスの言葉は何を意味するだろうか。そこで、我々は、これらの認知、真相の究明によって、数学界の汚点を解消、世界の文化への貢献を期待したい。ゼロ除算の真相を明らかにして、基礎数学全般の修正を行い、ここから、人類への教育を進め、世界に貢献することを願っている。ゼロ除算の進展には 世界史がかかっており、数学界の、社会への対応をも 世界史は見ていると感じられる。 恥の上塗りは世に多いが、数学界がそのような汚点を繰り返さないように願っている。ゼロ除算は 不可能であるとの言明によって数学的には問題は永く封印されてしまった。 しかし、考えて見れば奇妙な事であった。アインシュタインや多くの物理学者が本質的な問題として考察を続けていたばかりか、ゼロ除算回避を意図して、計算機関係者や数学愛好者がともに真摯に追求してきたが、奇妙な議論を世界的に行っていた。 約20名くらいの海外の関係者と交流してきたが、少年期からあるいは何十年も空しい努力をしてきた者がいる。膨大な空しい努力に数学者の責任の感情が湧いて来る。そればかりか、数学全般の欠陥と我々の空間の認識がユークリッド以来おかしい様は、既に歴然であり、世の数学、世界観は天動説のように基本的な間違いが存在する。そもそも数学は、不可能性に挑戦して、次々と概念を発展させ、可能ならしめてきた輝かしい歴史を有するが、ゼロ除算は盲点として、世界史に汚点を残してきてしまったと言える。いくら何でも算術の確立者の定義を無視して1300年を越えてそれを間違いであるとしてきた事実は、あまりにも酷い歴史として反省させられる。ゼロ除算は、発見されてまだ4年、今後大きな発展が行われて、現代初等数学の形相は相当に変化して、ゼロ除算発見は世界史上の画期的な事件として記録されるだろう。その歴史の大義を受けて、世界の数学界は 面目一新を図り、数学界の信頼を回復すべきである。以 上2018.3.24.15:30 まずは、過去の記録を纏める形で、骨格を整える。2018.3.24.19:03 少し、夕立あり。完成まで一気に続ける。2018.3.24.21:50 大体形になる。結構な雷を伴った夕立に。2018.3.25.06:062018.3.25.10:00 良い。2018.3.25.19:17 良い。2018.3.26.05:52 良い。2018.3.26.13:20 昼食後 山を散歩して後、良い。2018.3.26.20:502018.3.27.06:04 出版社 良いとして、最終原稿を受け付けたが、契約書が何かまだ不完全で、再送を求めてきた。これは良い。2018.3.27.06:29 良い、記録としての価値もある。完成、公表。 2021.10.09.5:362021.10.10.11:50 曇り、確認、これは真実である。 記録。2021.10.10.15:20 精読、良い。2021.10.11.5:26 精読、確認、晴天。2021.10.11.8:52 確認。 いろいろ気になって、精読してしまう。2021.10.11.11:30 買い物から帰って、精読。 良い秋晴れ。2021.10.13.22:00 少し寒い。 精読。良い、当然。
2021.10.19
21世紀に入って、(現時点までで構いませんので)今世紀最大の発見はなんでしょうか?Saburou Saitohさんのプロフィール写真Saburou Saitoh, 名誉教授回答日時: たった今畏れ乍ら、数学ではゼロ除算、ゼロ除算算法ではないでしょうか。著書も雑誌も本年出版された: 無条件の発見です と 考えさせて頂きます。We think that modern mathematics is still flawed. It is clear that there are basic defects in function theory, differential equations, geometry, and algebra, and it has been seven years since the discovery. This will be a stain on world history.Please look 1/0=0:As Fundamental of Mathematics, the division by zero was known as the generalized Moore-Penrose solution of the fundamental equation: ax=b.Look the simple evidence of its importance:viXra:2010.0228 submitted on 2020-10-28 21:39:06,Division by Zero Calculus and Euclidean Geometry - Revolution in Euclidean GeometryLook a simple video talk for its essence at some international conference:21世紀に入って、(現時点までで構いませんので)今世紀最大の発見はなんでしょうか?https://jp.quora.com/21%E4%B8%96%E7%B4%80%E3%81%AB%E5%85%A5%E3%81%A3%E3%81%A6-%E7%8F%BE%E6%99%82%E7%82%B9%E3%81%BE%E3%81%A7%E3%81%A7%E6%A7%8B%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%9B%E3%82%93%E3%81%AE%E3%81%A7-%E4%BB%8A%E4%B8%96%E7%B4%80%E6%9C%80?__nsrc__=4#sent/_blankBook was published:INTRODUCTION TO THE DIVISION BY ZERO CALCULUS, SABUROU SAITOH, January, 202121世紀に入って、(現時点までで構いませんので)今世紀最大の発見はなんでしょうか?https://jp.quora.com/21%E4%B8%96%E7%B4%80%E3%81%AB%E5%85%A5%E3%81%A3%E3%81%A6-%E7%8F%BE%E6%99%82%E7%82%B9%E3%81%BE%E3%81%A7%E3%81%A7%E6%A7%8B%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%9B%E3%82%93%E3%81%AE%E3%81%A7-%E4%BB%8A%E4%B8%96%E7%B4%80%E6%9C%80?__nsrc__=4#inbox/_blank21世紀に入って、(現時点までで構いませんので)今世紀最大の発見はなんでしょうか?https://jp.quora.com/21%E4%B8%96%E7%B4%80%E3%81%AB%E5%85%A5%E3%81%A3%E3%81%A6-%E7%8F%BE%E6%99%82%E7%82%B9%E3%81%BE%E3%81%A7%E3%81%A7%E6%A7%8B%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%9B%E3%82%93%E3%81%AE%E3%81%A7-%E4%BB%8A%E4%B8%96%E7%B4%80%E6%9C%80?__nsrc__=4#inbox/_blank21世紀に入って、(現時点までで構いませんので)今世紀最大の発見はなんでしょうか?https://jp.quora.com/21%E4%B8%96%E7%B4%80%E3%81%AB%E5%85%A5%E3%81%A3%E3%81%A6-%E7%8F%BE%E6%99%82%E7%82%B9%E3%81%BE%E3%81%A7%E3%81%A7%E6%A7%8B%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%9B%E3%82%93%E3%81%AE%E3%81%A7-%E4%BB%8A%E4%B8%96%E7%B4%80%E6%9C%80?__nsrc__=4#inbox/_blank21世紀に入って、(現時点までで構いませんので)今世紀最大の発見はなんでしょうか?https://jp.quora.com/21%E4%B8%96%E7%B4%80%E3%81%AB%E5%85%A5%E3%81%A3%E3%81%A6-%E7%8F%BE%E6%99%82%E7%82%B9%E3%81%BE%E3%81%A7%E3%81%A7%E6%A7%8B%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%9B%E3%82%93%E3%81%AE%E3%81%A7-%E4%BB%8A%E4%B8%96%E7%B4%80%E6%9C%80?__nsrc__=4#inbox/_blank再生核研究所:楽天ブログ再生核研究所声明https://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/We founded an international journal on division by zero calculus from the United Kingdom (The Roman Science Publications and Distributions).
2021.10.19
生きること、悟りの心得気になる情景、経験がある。 アヴィイロ時代 年末年始に帰国の折り、健康診断を行ったところ 癌の疑いが有るというので検査入院をした。 全身麻酔の上 該当部分の細胞を採取して検査させられた。 もし癌と診断されれば、アヴェイロ大学研究員は中断し、帰国することになるだろう、そして数年の寿命で、いろいろ人生の終末の準備を進めることになるだろうと想像した。 ー そうか そうすれば、ゼロ除算はすっかり世の中に存在しないことになる。 当分、 従来の混乱 未明の世界を続けることになった。その時の心境は 意外に冷静で、よくあることの 自然な現象という理解だった。 家族も とうとうそのような事態を迎えたか と ある自然性をもって考えていたようである。 背景にはアヴェイロ大学研究員は うますぎの状況であると お互いに考えていたようである。結果は、 疑いが晴れたと 言わば100点満点の成績を修めたようなご報告を受けて 開放された気分で退院、予定通り、アヴェイロに戻った。 それで、素晴らしいアヴェイロ時代は 完全に続行できた。次は、4か月くらい前の珍しい経験である。 山歩きをしていたら、何と狐が罠に掛かっていたのである。 狐は珍しく近辺の人たちに聞いても 皆さん驚かれていた。 この辺に狐がいるとは、誰も想像していなかった。年長者の一様な話しだから 50年以上もである。 鹿や猪は罠に掛かると盛んに檻を破ろうとして暴れて ひとりで傷つけるような状態であるが、何と狐は私を見て、全身で震えていたから驚きである。 檻を破ろうとはせず 観念したように、うづくまって全身で震えていた。 これには驚きました。 これがよく祭られている狐かと 何やら畏敬の念、賢さに感銘をうけました。 充分観察してから、放してやったのですが、 山道を登っていく情景がとても印象深く残っています。そして、想いました。考えました。ここで、1発の銃、あるいは1突の槍で、 静かな天国に行けるものを これから、厳しい自然の中で、 もがき 毎日食を得るために きゅうきゅうとした活動をしなければならない。 寒い冬や雪の日など 寒さと餓えに苦しい日々を送らなければならないのかと思い、 同じく生きている自分と同様の 生命としての 同じような運命、本質を見て、堪らなく愛しい気持ちが 同情のような気持ちが ずっと尾を引いている。今日もどこかで、必死に生きていることだろう。それは 私の退院と狐の解放の状況に非常に似ていて 生命の本質的な面を表しているのではないだろうか。 私の場合なども 麻酔を少し強めにして頂けば 面倒な人生を送る必要も無くなっていたからである。我が家の燕について、よく蛇に襲われ巣立つ前に蛇の餌になってしまう場合もある。 元気に巣立って、 神秘的な飛翔訓練を 勇壮に行って南国に飛び立ち、回帰する習性を続けている。 しかし、どんなにうまく行っても、蛇に襲われた燕より、惨めな最後を遂げるだろう。 どちらが良いだろうか。心境として、 結局どちらも同じようではないだろうか という感性である。 生きてもよい、閉じてもよい、いずれでも同じようである。 そんなに拘ることではない。あればあるように、閉じればとじるように。 結局どちらでも同じようなものである。狐も、燕も人間も同じようで、生きることも、閉じることも同じようなものである。 閉じるときには もはや面倒なわずらいを繰り返す必要は無くなった。 これ幸いと心から思えるようになれば、それは1種の悟りの境地と言えるのではないだろうか。 これは人生の初期に悩んだ 人生における基本問題の 自然な解、悩みの解消とも言える。多くの人々がそのような心境になれば、世界の世相、社会、文化は相当に変化し、戦争を回避する原理にすらなるのではないだろうか。 人をあやめるくらいならば 自分の人生を閉じた方がよっぽどましだと発想してしまうからである。 ゼロ除算の発見がこのような世界観の発想に寄与しているのは確かである。悟りの心得 であるが、ふと直接的に触れたいと思った: 愛する両親を失った。 多くの愛する人たちが去っていった。 自分の生態も驚嘆するような努力を重ねて生きて来た。実際、例えば、心臓が1分間も休まずに 70年も越えて休まずに働いてきたこと自体、神秘的と考えざるを得ない。 私も、私が終末を迎えるのは当然である。初めて目覚めた友情、友は小学校5年生の夏 突然亡くなってしまった。地区の代表として隣家のクラスメート女性と先生3人で葬式に行った。地獄のような情景だったが、彼の墓を通るとき何時も彼を偲び、回想しては、祈りを捧げて来た。 しかし、墓さえずっと昔に跡形もなく消えていた。 しかし、にわか雨に会った時、1つの雨傘を二人で差して自宅まで送っていった時の彼の息づかいを今でも鮮明に覚えている。 私は沢山経験し沢山の想い出を残しているが、結局は同じような人生だと感じられる。思えば人生とは おまけのようなものである。2021.11.15.6:332021.10.15.7:02 絶対平和の原理昨夜風呂上り構想が自然に湧いた。2021.10.15.8:50 大体良い、世界平和の原理、 新世界を向かる原理、超難問解決の原理になるとの大きな構想が湧く。2021.10.15.10.02 良い。2021.10.15.11:14 い、天気回復。2021.10.15.14:24 昼休みに銀杏380個拾ってくる。 天気回復。2021.10.16.05:35 良い、繰り返し検討したが、落ち着いた。狐の情景が鮮明に想い出され、自分の生を映している。まるで、私に道を教えるように山をおりてきたようだ。2021.10.16.06:00 最後の3行を入れる。 さっと雨が降って止んだ。2021.10.16.09:02 曇り、時々小雨。 良い。2021.10.16.18:36 良い。2021,10.17.05:30 良い。2021.10.18.06:14 快晴、最後の節が独りでに思い湧く。2021.10.18.11:44 美しい日、3本の柿の木、最後の4個を採った。 50日以上毎日3個くらい頂けた、拾ったクルミを 金づちで割った。 昼に少し頂いてみる。 昼休み、銀杏を拾ってくる予定。
2021.10.18
数学では、深くて感銘を受けるような結果、論文が多い。 あまりに深く、ほんに 数人の専門家しか読めない、読まない。 本当の意味で きちんと すっかり検証できる人も 数人、多くは 数人も読まないのでは。すると そのような結果が どれほどの価値があるのかと 淋しく感じてしまう。 そこで、基本的で、美しく、影響の多きいもの ほど 良いという価値観を確立していた。世への貢献度で判断しようと いうことである。将来は 人工知能が価値評価を行う時代が来る、間もなくであろう。基本的な価値観の上に、 自動的に判断するシステムである。 幾つかの方式が提案され、 其れさえも 判断されるだろう。 判断の 判断である。評価の評価である。 結局は 世界史の問題になる。昨日は、晴れたので、昼食後、山歩き、庭掃除を 3時間くらいして体を動かした。なっている柿は 10個くらいで、今年は 8月22日から、毎日3個くらいずつ頂けた。銀杏の実を拾う季節になった。クルミはたっぷり拾った。幾ら何でも 数学界はおかしいのでは? 何のために、国家は数学界に補助しているのでしょうか。今朝は この言葉、情念で 5時 目覚まし時計で 目を覚ました。強い情念である。私は、今の数学も、教育も おかしい、基本的に欠陥がある と述べている。 我々が教え、学んで、考えている数学に欠陥があるから、真相を明らかにして欲しいと 述べている。 個人的な興味、関心の内容ではなく、小学生や中学生、大学生に教えている基礎数学に 基本的な欠陥があり、非常に恥ずかしい状態だ と述べている。内容、趣旨から、数学界は まずは、真相を明らかにすべき問題ではないでしょうか。 どうでも良い、内容ではなくて 基本問題を提起している。 それを無視して、どうでも良いような数学 に目を向けて居れば、数学界は社会に無関係に存在して、教育も 研究も 義務としての任務を放棄していることにはならないでしょうか。 何のために、国家は数学界に補助しているのでしょうか。 政府、国民がそれを追求するのは当然と考えます。 私は、数学の内容も 主張も 公にしている。 存念を公開している。 意見を求めている。公に意見交換を求めている。 数学は 著書に出版され、その国際専門雑誌も公刊されている。 数学の発展過程、存念も 間もなく出版され、私は歴史的な判断を求めることにしている。これは、数学界の恥だから、速やかに修正しようと 提案している。2021.10.10.5:36幾ら何でも 数学界はおかしいのでは?数学も、数学教育も おかしいとして きちんと理由を付けて 表明しているにも関わらず、永く意図的に無視している。都合の悪い情報を拒否し、人々の立場を 無視したような活動に はまっている ように思える。 重大なことを表明しているのでないでしょうか。 内容、意味を考えてみてください。数学がおかしいと言っている。2021.10.9:9:303年半も前の記録ゼロ除算算法の著書は、アメリカから出版され、その国際雑誌が イギリスから創刊された。ゼロ除算の発展過程も 間もなく出版されるが、何と この重要な文書 載せていない。 残念である。再生核研究所声明 422(2018.3.27): 数学界の歴史的な恥と恥の上塗り ー ゼロ除算の見落とし と 固定観念ゼロ除算発見4周年を契機に、結構内外の意見を広く求め、日本数学会2018.3.18(東大駒場)でも真正面から問題を明らかにした。関係分科会にメーリングリストを用いて、3月15日群馬大学での公開の研究集会を案内し、論理の展開、認識の適否を検証する形で、予告し問題点を明らかにして研究集会と学会に望んだ。案内は結構刺激的なものであったと見られよう:メーリング登録者各位(2018.2.14):下記のように研究会を企画して頂けることになりましたので、ご案内します。ゼロ除算は別格慎重に研究を進めていますが、次のように表明している認識、その是非などを検証したいと思っています。何でもご意見など頂ければ誠に幸いです:複素解析学では、無限遠点はゼロで表されること、円の中心の鏡像は無限遠点ではなくて中心自身であること、ローラン展開は孤立特異点で意味のある、有限確定値を取ることなど、基本的な間違いが存在する。微分方程式などは欠陥だらけで、誠に恥ずかしい教科書であふれていると言える。 超古典的な高木貞治氏の解析概論も確かな欠陥が出てきた。勾配や曲率、ローラン展開などに、コーシーの平均値定理さえ進化できる。しかしながら、奥村博氏の影響を受けて、現在のところユークリッド幾何学への影響が大きいと言えます。我々の空間の認識はアリストテレス、ユークリッド以来の変更が求められている。敬 具メーリング登録者各位(2018.3.6):下記のように研究集会を企画して頂けることになりましたので、ご案内(要旨付)します。ゼロ除算の研究は別格慎重に研究を進めていますが、次のように表明している認識、その是非などを検証したい。何でもご意見など頂ければ誠に幸いです。また、興味、関心を抱いて頂けそうな方に転送などして頂ければ幸いです。どうぞ宜しくお願いします。 敬具第1回 ゼロ除算研究集会のご案内下記のように研究集会を開催しますので、ご案内致します。日時: 2018.3.15(木曜日).11:00 - 15:00場所: 群馬大学大学院 理工学府概要: 始めにゼロ除算の全体について、齋藤三郎群馬大学名誉教授から30分くらい 総合的な報告を受けて、その後、討論を重視する形で進める。昼食を挟んで、討論し、最後に 今後の研究活動について検討する。参加希望者は、開場の準備、プログラムの検討上 下記にメールにて、届けて下さい:(kbdmm360@yahoo.co.jp, saburou.saitoh@gmail.com)尚、ゼロ除算の研究状況は、数学基礎学力研究会 サイトで解説が続けられています:http://www.mirun.sctv.jp/~suugaku/また、ohttp://okmr.yamatoblog.net/ に 関連情報があります。(後援:数学基礎学力研究会、NejiLaw、再生核研究所) 第1回ゼロ除算研究集会基調講演要旨(日時:2018.3.15(木曜日) 11:00 - 15:00 場所: 群馬大学大学院 理工学府)ゼロで割る問題 例えば100/0の意味、 ゼロ除算は インドで628年ゼロの発見以来の問題として、神秘的な歴史を辿って来ていて、最近でも大論文がおかしな感じで発表されている。ゼロ除算は 物理的には アリストテレスが 最初に不可能であると述べていると専門家が論じていて、それ以来物理学上での問題意識は強く、アインシュタインの人生最大の関心事であったという。ゼロ除算は数学的には 不可能であるとされ、数学的ではなく、物理学上の問題とゼロ除算が計算機障害を起こすことから、論理的な回避を目指して、今なお研究が盛んに進められている。しかるに、我々は約4年前に全く、自然で簡単な 数学的に完全である と考えるゼロ除算を発見して現在、全体の様子が明かに成って来た。そこで、ゼロ除算を歴史的に振り返り、我々の発見した新しい数学を紹介したい。まず、歴史、結果と、結果の意義と意味、を簡潔に 誰にでも分かるように解説したい。簡単な結果が、アリストテレス、ユークリッド以来の 我々の空間の認識を変える、実は新しい世界を拓いていること。それらを実証するための 具体例を沢山挙げる。我々の空間の認識は 2000年以上 適切ではなく、したがって 初等数学全般に欠陥があることを 沢山の具体例で示す。ゼロ除算は新しい世界を拓いており、この分野の研究を進め、世界史に貢献する意志を持ちたい。尚、ゼロおよび算術の確立者 Brahmagupta (598 -668 ?) は1300年以上も前に、0/0=0 と定義していたのに、世界史は それは間違いであるとしてきた、数学界と世界史の恥を反省して、世界史の進化を図りたい。以 上これらの意図はイギリスからの著書出版計画が急速に進み、内容が現代数学の初歩の欠陥を広く指摘し、現在の教科書、学術書の変更を求めているので、慎重に、慎重に対応したいということであった。上記サイトで述べられている要点をまず復習して置きたい。ゼロ除算 0 / 0 = 0 は 算術の創始者、ゼロの発見者 Brahmagupta (598 -668 ?) によって定義されていたにも関わらず、それは間違いであるとして1300年を超えて続いており、さらに、新たな説、論文が出版されている実におかしな状況にある。しかるに我々は ゼロ除算は既に当たり前であるとして、沢山の証拠を掲げて解説、説得を続けているが、理解は着実に進んでいるにも関わらず、理解は深くはなく、遅々として夜明け前のぼんやりしているような時代であると言える。数学者は、真実に忠実でなければならないのに、数学の研究では、論理には、感情や私情、予断、思い込みを入れてはならないのに、それが、数学の精神であるはずなのに かえって、数学者が予断と偏見、私情に囚われている状況が皮肉にも良く見える。 それは、ゼロ除算の理解が、素人の方の方が理解しやすい状況に現れている。 ― 数学は 絶対的に 厳格な論理でできているはずであるから、基礎が揺るぐはずがないとの信仰、信念を有しているためであろう。しかしながら、人間精神の開放と自由を求めて、非ユークリッド幾何学の出現から、人は大いに学ぶべきではないだろうか。 絶えず、人は何でも疑い、 我は存在しているか と 問うべきである。 ― 人間存在の意義は 真智への愛にある。ゼロ除算の歴史は、数学界の避けられない世界史上の汚点に成るばかりか、人類の愚かさの典型的な事実として、世界史上に記録されるだろう。この自覚によって、人類は大きく進化できるのではないだろうか。 ― 汝自らを知れ、というソクラテスの言葉は何を意味するだろうか。そこで、我々は、これらの認知、真相の究明によって、数学界の汚点を解消、世界の文化への貢献を期待したい。ゼロ除算の真相を明らかにして、基礎数学全般の修正を行い、ここから、人類への教育を進め、世界に貢献することを願っている。ゼロ除算の進展には 世界史がかかっており、数学界の、社会への対応をも 世界史は見ていると感じられる。 恥の上塗りは世に多いが、数学界がそのような汚点を繰り返さないように願っている。ゼロ除算は 不可能であるとの言明によって数学的には問題は永く封印されてしまった。 しかし、考えて見れば奇妙な事であった。アインシュタインや多くの物理学者が本質的な問題として考察を続けていたばかりか、ゼロ除算回避を意図して、計算機関係者や数学愛好者がともに真摯に追求してきたが、奇妙な議論を世界的に行っていた。 約20名くらいの海外の関係者と交流してきたが、少年期からあるいは何十年も空しい努力をしてきた者がいる。膨大な空しい努力に数学者の責任の感情が湧いて来る。そればかりか、数学全般の欠陥と我々の空間の認識がユークリッド以来おかしい様は、既に歴然であり、世の数学、世界観は天動説のように基本的な間違いが存在する。そもそも数学は、不可能性に挑戦して、次々と概念を発展させ、可能ならしめてきた輝かしい歴史を有するが、ゼロ除算は盲点として、世界史に汚点を残してきてしまったと言える。いくら何でも算術の確立者の定義を無視して1300年を越えてそれを間違いであるとしてきた事実は、あまりにも酷い歴史として反省させられる。ゼロ除算は、発見されてまだ4年、今後大きな発展が行われて、現代初等数学の形相は相当に変化して、ゼロ除算発見は世界史上の画期的な事件として記録されるだろう。その歴史の大義を受けて、世界の数学界は 面目一新を図り、数学界の信頼を回復すべきである。以 上2018.3.24.15:30 まずは、過去の記録を纏める形で、骨格を整える。2018.3.24.19:03 少し、夕立あり。完成まで一気に続ける。2018.3.24.21:50 大体形になる。結構な雷を伴った夕立に。2018.3.25.06:062018.3.25.10:00 良い。2018.3.25.19:17 良い。2018.3.26.05:52 良い。2018.3.26.13:20 昼食後 山を散歩して後、良い。2018.3.26.20:502018.3.27.06:04 出版社 良いとして、最終原稿を受け付けたが、契約書が何かまだ不完全で、再送を求めてきた。これは良い。2018.3.27.06:29 良い、記録としての価値もある。完成、公表。 2021.10.09.5:362021.10.10.11:50 曇り、確認、これは真実である。 記録。2021.10.10.15:20 精読、良い。2021.10.11.5:26 精読、確認、晴天。2021.10.11.8:52 確認。 いろいろ気になって、精読してしまう。2021.10.11.11:30 買い物から帰って、精読。 良い秋晴れ。2021.10.13.22:00 少し寒い。 精読。良い、当然。
2021.10.18
快晴の美しい朝を迎えた。知ると数学が好きになるお話はありますか?Saburou Saitohさんのプロフィール写真Saburou Saitoh経歴を編集URLを入力脚注デカルトの円定理 を見て下さい。美しいのでは?その円が 点や直線の場合にも成り立つ というのが、私たちの結果です。
2021.10.18
奥村先生:生憎の天気ですので、サニールームで 著書を眺めたり、新しい論文の構想を練ったり、新しい雑誌の論文を眺めたりしていました。論文 高級で大変なものが多くて 心細く感じられます。 どこまで進めるのかと。それから、デカルトの円定理は 本当に美しいですね。そこで、円が 直線や点でも良い との知見は、高質な研究になると考えます。言及された件、そのような感覚を持っていますね。天体の運動が 原子核の中でも同じように なっているとか、神話が 現代物理学の研究成果に似ているとか。いろいろ楽しく考えたい。とりあえず、 ゼロ除算は 雑誌2巻の論文を 探したい。また良き理解を得る、方法なども 考えて行きたいと思います。ユークリッド幾何学の歴史を簡潔に纏めると 出番が出て楽しいですね。敬具齋藤三郎2021.10.17.11:53
2021.10.17
数学では、深くて感銘を受けるような結果、論文が多い。 あまりに深く、ほんに 数人の専門家しか読めない、読まない。 本当の意味で きちんと すっかり検証できる人も 数人、多くは 数人も読まないのでは。すると そのような結果が どれほどの価値があるのかと 淋しく感じてしまう。 そこで、基本的で、美しく、影響の多きいもの ほど 良いという価値観を確立していた。世への貢献度で判断しようと いうことである。将来は 人工知能が価値評価を行う時代が来る、間もなくであろう。基本的な価値観の上に、 自動的に判断するシステムである。 幾つかの方式が提案され、 其れさえも 判断されるだろう。 判断の 判断である。評価の評価である。 結局は 世界史の問題になる。昨日は、晴れたので、昼食後、山歩き、庭掃除を 3時間くらいして体を動かした。なっている柿は 10個くらいで、今年は 8月22日から、毎日3個くらいずつ頂けた。銀杏の実を拾う季節になった。クルミはたっぷり拾った。幾ら何でも 数学界はおかしいのでは? 何のために、国家は数学界に補助しているのでしょうか。今朝は この言葉、情念で 5時 目覚まし時計で 目を覚ました。強い情念である。私は、今の数学も、教育も おかしい、基本的に欠陥がある と述べている。 我々が教え、学んで、考えている数学に欠陥があるから、真相を明らかにして欲しいと 述べている。 個人的な興味、関心の内容ではなく、小学生や中学生、大学生に教えている基礎数学に 基本的な欠陥があり、非常に恥ずかしい状態だ と述べている。内容、趣旨から、数学界は まずは、真相を明らかにすべき問題ではないでしょうか。 どうでも良い、内容ではなくて 基本問題を提起している。 それを無視して、どうでも良いような数学 に目を向けて居れば、数学界は社会に無関係に存在して、教育も 研究も 義務としての任務を放棄していることにはならないでしょうか。 何のために、国家は数学界に補助しているのでしょうか。 政府、国民がそれを追求するのは当然と考えます。 私は、数学の内容も 主張も 公にしている。 存念を公開している。 意見を求めている。公に意見交換を求めている。 数学は 著書に出版され、その国際専門雑誌も公刊されている。 数学の発展過程、存念も 間もなく出版され、私は歴史的な判断を求めることにしている。これは、数学界の恥だから、速やかに修正しようと 提案している。2021.10.10.5:36幾ら何でも 数学界はおかしいのでは?数学も、数学教育も おかしいとして きちんと理由を付けて 表明しているにも関わらず、永く意図的に無視している。都合の悪い情報を拒否し、人々の立場を 無視したような活動に はまっている ように思える。 重大なことを表明しているのでないでしょうか。 内容、意味を考えてみてください。数学がおかしいと言っている。2021.10.9:9:303年半も前の記録ゼロ除算算法の著書は、アメリカから出版され、その国際雑誌が イギリスから創刊された。ゼロ除算の発展過程も 間もなく出版されるが、何と この重要な文書 載せていない。 残念である。再生核研究所声明 422(2018.3.27): 数学界の歴史的な恥と恥の上塗り ー ゼロ除算の見落とし と 固定観念ゼロ除算発見4周年を契機に、結構内外の意見を広く求め、日本数学会2018.3.18(東大駒場)でも真正面から問題を明らかにした。関係分科会にメーリングリストを用いて、3月15日群馬大学での公開の研究集会を案内し、論理の展開、認識の適否を検証する形で、予告し問題点を明らかにして研究集会と学会に望んだ。案内は結構刺激的なものであったと見られよう:メーリング登録者各位(2018.2.14):下記のように研究会を企画して頂けることになりましたので、ご案内します。ゼロ除算は別格慎重に研究を進めていますが、次のように表明している認識、その是非などを検証したいと思っています。何でもご意見など頂ければ誠に幸いです:複素解析学では、無限遠点はゼロで表されること、円の中心の鏡像は無限遠点ではなくて中心自身であること、ローラン展開は孤立特異点で意味のある、有限確定値を取ることなど、基本的な間違いが存在する。微分方程式などは欠陥だらけで、誠に恥ずかしい教科書であふれていると言える。 超古典的な高木貞治氏の解析概論も確かな欠陥が出てきた。勾配や曲率、ローラン展開などに、コーシーの平均値定理さえ進化できる。しかしながら、奥村博氏の影響を受けて、現在のところユークリッド幾何学への影響が大きいと言えます。我々の空間の認識はアリストテレス、ユークリッド以来の変更が求められている。敬 具メーリング登録者各位(2018.3.6):下記のように研究集会を企画して頂けることになりましたので、ご案内(要旨付)します。ゼロ除算の研究は別格慎重に研究を進めていますが、次のように表明している認識、その是非などを検証したい。何でもご意見など頂ければ誠に幸いです。また、興味、関心を抱いて頂けそうな方に転送などして頂ければ幸いです。どうぞ宜しくお願いします。 敬具第1回 ゼロ除算研究集会のご案内下記のように研究集会を開催しますので、ご案内致します。日時: 2018.3.15(木曜日).11:00 - 15:00場所: 群馬大学大学院 理工学府概要: 始めにゼロ除算の全体について、齋藤三郎群馬大学名誉教授から30分くらい 総合的な報告を受けて、その後、討論を重視する形で進める。昼食を挟んで、討論し、最後に 今後の研究活動について検討する。参加希望者は、開場の準備、プログラムの検討上 下記にメールにて、届けて下さい:(kbdmm360@yahoo.co.jp, saburou.saitoh@gmail.com)尚、ゼロ除算の研究状況は、数学基礎学力研究会 サイトで解説が続けられています:http://www.mirun.sctv.jp/~suugaku/また、ohttp://okmr.yamatoblog.net/ に 関連情報があります。(後援:数学基礎学力研究会、NejiLaw、再生核研究所) 第1回ゼロ除算研究集会基調講演要旨(日時:2018.3.15(木曜日) 11:00 - 15:00 場所: 群馬大学大学院 理工学府)ゼロで割る問題 例えば100/0の意味、 ゼロ除算は インドで628年ゼロの発見以来の問題として、神秘的な歴史を辿って来ていて、最近でも大論文がおかしな感じで発表されている。ゼロ除算は 物理的には アリストテレスが 最初に不可能であると述べていると専門家が論じていて、それ以来物理学上での問題意識は強く、アインシュタインの人生最大の関心事であったという。ゼロ除算は数学的には 不可能であるとされ、数学的ではなく、物理学上の問題とゼロ除算が計算機障害を起こすことから、論理的な回避を目指して、今なお研究が盛んに進められている。しかるに、我々は約4年前に全く、自然で簡単な 数学的に完全である と考えるゼロ除算を発見して現在、全体の様子が明かに成って来た。そこで、ゼロ除算を歴史的に振り返り、我々の発見した新しい数学を紹介したい。まず、歴史、結果と、結果の意義と意味、を簡潔に 誰にでも分かるように解説したい。簡単な結果が、アリストテレス、ユークリッド以来の 我々の空間の認識を変える、実は新しい世界を拓いていること。それらを実証するための 具体例を沢山挙げる。我々の空間の認識は 2000年以上 適切ではなく、したがって 初等数学全般に欠陥があることを 沢山の具体例で示す。ゼロ除算は新しい世界を拓いており、この分野の研究を進め、世界史に貢献する意志を持ちたい。尚、ゼロおよび算術の確立者 Brahmagupta (598 -668 ?) は1300年以上も前に、0/0=0 と定義していたのに、世界史は それは間違いであるとしてきた、数学界と世界史の恥を反省して、世界史の進化を図りたい。以 上これらの意図はイギリスからの著書出版計画が急速に進み、内容が現代数学の初歩の欠陥を広く指摘し、現在の教科書、学術書の変更を求めているので、慎重に、慎重に対応したいということであった。上記サイトで述べられている要点をまず復習して置きたい。ゼロ除算 0 / 0 = 0 は 算術の創始者、ゼロの発見者 Brahmagupta (598 -668 ?) によって定義されていたにも関わらず、それは間違いであるとして1300年を超えて続いており、さらに、新たな説、論文が出版されている実におかしな状況にある。しかるに我々は ゼロ除算は既に当たり前であるとして、沢山の証拠を掲げて解説、説得を続けているが、理解は着実に進んでいるにも関わらず、理解は深くはなく、遅々として夜明け前のぼんやりしているような時代であると言える。数学者は、真実に忠実でなければならないのに、数学の研究では、論理には、感情や私情、予断、思い込みを入れてはならないのに、それが、数学の精神であるはずなのに かえって、数学者が予断と偏見、私情に囚われている状況が皮肉にも良く見える。 それは、ゼロ除算の理解が、素人の方の方が理解しやすい状況に現れている。 ― 数学は 絶対的に 厳格な論理でできているはずであるから、基礎が揺るぐはずがないとの信仰、信念を有しているためであろう。しかしながら、人間精神の開放と自由を求めて、非ユークリッド幾何学の出現から、人は大いに学ぶべきではないだろうか。 絶えず、人は何でも疑い、 我は存在しているか と 問うべきである。 ― 人間存在の意義は 真智への愛にある。ゼロ除算の歴史は、数学界の避けられない世界史上の汚点に成るばかりか、人類の愚かさの典型的な事実として、世界史上に記録されるだろう。この自覚によって、人類は大きく進化できるのではないだろうか。 ― 汝自らを知れ、というソクラテスの言葉は何を意味するだろうか。そこで、我々は、これらの認知、真相の究明によって、数学界の汚点を解消、世界の文化への貢献を期待したい。ゼロ除算の真相を明らかにして、基礎数学全般の修正を行い、ここから、人類への教育を進め、世界に貢献することを願っている。ゼロ除算の進展には 世界史がかかっており、数学界の、社会への対応をも 世界史は見ていると感じられる。 恥の上塗りは世に多いが、数学界がそのような汚点を繰り返さないように願っている。ゼロ除算は 不可能であるとの言明によって数学的には問題は永く封印されてしまった。 しかし、考えて見れば奇妙な事であった。アインシュタインや多くの物理学者が本質的な問題として考察を続けていたばかりか、ゼロ除算回避を意図して、計算機関係者や数学愛好者がともに真摯に追求してきたが、奇妙な議論を世界的に行っていた。 約20名くらいの海外の関係者と交流してきたが、少年期からあるいは何十年も空しい努力をしてきた者がいる。膨大な空しい努力に数学者の責任の感情が湧いて来る。そればかりか、数学全般の欠陥と我々の空間の認識がユークリッド以来おかしい様は、既に歴然であり、世の数学、世界観は天動説のように基本的な間違いが存在する。そもそも数学は、不可能性に挑戦して、次々と概念を発展させ、可能ならしめてきた輝かしい歴史を有するが、ゼロ除算は盲点として、世界史に汚点を残してきてしまったと言える。いくら何でも算術の確立者の定義を無視して1300年を越えてそれを間違いであるとしてきた事実は、あまりにも酷い歴史として反省させられる。ゼロ除算は、発見されてまだ4年、今後大きな発展が行われて、現代初等数学の形相は相当に変化して、ゼロ除算発見は世界史上の画期的な事件として記録されるだろう。その歴史の大義を受けて、世界の数学界は 面目一新を図り、数学界の信頼を回復すべきである。以 上2018.3.24.15:30 まずは、過去の記録を纏める形で、骨格を整える。2018.3.24.19:03 少し、夕立あり。完成まで一気に続ける。2018.3.24.21:50 大体形になる。結構な雷を伴った夕立に。2018.3.25.06:062018.3.25.10:00 良い。2018.3.25.19:17 良い。2018.3.26.05:52 良い。2018.3.26.13:20 昼食後 山を散歩して後、良い。2018.3.26.20:502018.3.27.06:04 出版社 良いとして、最終原稿を受け付けたが、契約書が何かまだ不完全で、再送を求めてきた。これは良い。2018.3.27.06:29 良い、記録としての価値もある。完成、公表。 2021.10.09.5:362021.10.10.11:50 曇り、確認、これは真実である。 記録。2021.10.10.15:20 精読、良い。2021.10.11.5:26 精読、確認、晴天。2021.10.11.8:52 確認。 いろいろ気になって、精読してしまう。2021.10.11.11:30 買い物から帰って、精読。 良い秋晴れ。2021.10.13.22:00 少し寒い。 精読。良い、当然。
2021.10.17
生きること、悟りの心得気になる情景、経験がある。 アヴィイロ時代 年末年始に帰国の折り、健康診断を行ったところ 癌の疑いが有るというので検査入院をした。 全身麻酔の上 該当部分の細胞を採取して検査させられた。 もし癌と診断されれば、アヴェイロ大学研究員は中断し、帰国することになるだろう、そして数年の寿命で、いろいろ人生の終末の準備を進めることになるだろうと想像した。 ー そうか そうすれば、ゼロ除算はすっかり世の中に存在しないことになる。 当分、 従来の混乱 未明の世界を続けることになった。その時の心境は 意外に冷静で、よくあることの 自然な現象という理解だった。 家族も とうとうそのような事態を迎えたか と ある自然性をもって考えていたようである。 背景にはアヴェイロ大学研究員は 上手すぎの状況であると お互いに考えていたようである。結果は、 疑いが晴れたと 言わば100点満点の成績を修めたようなご報告を受けて 開放された気分で退院、予定通り、アヴェイロに戻った。 それで、素晴らしいアヴェイロ時代は 完全に続行できた。次は、4か月くらい前の珍しい経験である。 山歩きをしていたら、何と狐が罠に掛かっていたのである。 狐は珍しく近辺の人たちに聞いても 皆さん驚かれていた。 この辺に狐がいるとは、誰も想像していなかった。年長者の一様な話しだから 50年以上もである。 鹿や猪は罠に掛かると盛んに檻を破ろうとして暴れて ひとりで傷つけるような状態であるが、何と狐は私を見て、全身で震えていたから驚きである。 檻を破ろうとはせず 観念したように、全身で震えていた。 これには驚きました。 これがよく祭られている狐かと 何やら畏敬の念、賢さに感銘をうけました。 充分観察してから、放してやったのですが、 山道を登っていく情景がとても印象深く残っています。そして、想いました。考えました。ここで、1発の銃、あるいは1突の槍で、 静かな天国に行けるものを これから、厳しい自然の中で、 もがき 毎日食を得るために きゅうきゅうとした活動をしなければならない。 寒い冬や雪の日など 寒さと餓えに苦しい日々を送らなければならないのかと思い、 同じく生きている自分と同様の 生命としての 同じような運命、本質を見て、堪らなく愛しい気持ちが 同情のような気持ちが ずっと尾を引いている。今日もどこかで、必死に生きていることだろう。それは 私の退院と狐の解放の状況に非常に似ていて 生命の本質的な面を表しているのではないだろうか。 私の場合なども 麻酔を少し強めにして頂けば 面倒な人生を送る必要も無くなっていたからである。我が家の燕について、よく蛇に襲われ巣立つ前に蛇の餌になってしまう場合もある。 元気に巣立って、 神秘的な飛翔訓練を 勇壮に行って南国に飛び立ち、回帰する習性を続けている。 どちらが良いだろうか。心境として、結局どちらも同じようではないだろうか という感性である。 生きてもよい、閉じてもよい、いずれでも同じようである。 そんなに拘ることではない。あればあるように、閉じればとじるように。 結局どちらでも同じようなものである。狐も、燕も人間も同じようで、生きることも、閉じることも同じようなものである。 閉じるときは もはや面倒なわずらいを繰り返す必要は無くなった。 これ幸いと心から思えるようになれば、それは1種の悟りの境地と言えるのではないだろうか。 これは人生の初期に悩んだ 人生における基本問題の 自然な解、解消とも言える。多くの人々がそのような心境になれば、世界の世相、社会、文化は相当に変化し、戦争を回避する原理にすらなるのではないだろうか。 人をあやめるくらいならば 自分の人生を閉じた方がよっぽどましだと発想してしまうからである。 ゼロ除算の発見がこのような世界観の発想に寄与しているのは確かである。2021.11.15.6:332021.10.15.7:02 絶対平和の原理昨夜風呂上り構想が自然に湧いた。2021.10.15.8:50 大体良い、世界平和の原理、 新世界を向かる原理、超難問解決の原理になるとの大きな構想が湧く。2021.10.15.10.02 良い。2021.10.15.11:14 い、天気回復。2021.10.15.14:24 昼休みに銀杏380個拾ってくる。 天気回復。2021.10.16.05:35 良い、繰り返し検討したが、落ち着いた。狐の情景が鮮明に想い出され、自分の生を映している。まるで、私に道を教えるように山をおりてきたようだ。
2021.10.16
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