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私:11月中旬以降、南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に派遣予定の陸上自衛隊部隊が、「駆けつけ警護」の訓練を行うという。 すでに2012年1月から、350名の自衛隊員が道路補修などの活動を行っているから、今度は訓練された部隊が派遣されるのかね。 「駆けつけ警護」は改正PKO協力法に盛り込まれ、離れた場所で国連やNGO職員らが武装集団などに襲われた際、武器を持って助けに行く任務だね。 従来の自衛隊の活動を戦闘行為に及ぶリスクに一歩踏み出した感じだ。 このため、稲田朋美防衛相は、9月中旬にも南スーダンを訪問する方向で調整に入ったという。 A氏:その南スーダンはどうなっているか、29日の新聞「ここに注目」欄でナイロビの記者が報じている。 南スーダンは、スーダン北部のイスラム教徒主導の中央政府に、キリスト教徒が多い南部が反発し、内戦を経て2011年に独立した新しい国家だね。 独立後、キール氏は大統領に、マシャル氏は副大統領になったが、豊富な石油資源の利権をめぐって激しく対立。 キール氏が13年にマシャル氏を解任すると、両派が軍事衝突した。 私:実は、キール氏とマシャル氏は出身民族が違い、利権をめぐる衝突は、民族同士が反目し合う「民族紛争」になり、200万人以上が住む場所を追われたという。 だが、これは「民族紛争」というより、「氏族紛争」ではないのかね。 このブログで紹介した著書「謎の独立国家 ソマリランド」高野秀行著・その1 、その2では、著者が現地に住んで取材した著書だが、著者は、誰も行かないところに行き、誰もやらないことをやり、誰も知らないものを探し、それを面白おかしく書くのをモットーにしているというだけに面白く読んだ。 A氏:その著書では、著者が現地で体験したところによるとアフリカは、正確には氏族社会だという。 そこで、この著書では、日本人に分かりやすいように、頼朝系氏族、義経系氏族、伊達系氏族と氏族に日本流の名前をつけている。 内戦も氏族間の争い。 私:高橋流で言うと、南スーダンでの対立は、「キール系氏族」と「マシャル系氏族」の対立と言えるね。 対立する氏族への憎しみは募る一方で、兵士による市民への襲撃や性的暴行が頻発し、生活必需品が手に入りにくい状況も続き、いらだちに拍車をかけている。 国連安全保障理事会は8月12日、より積極的な武力行使の権限を持つ4千人の「地域防護部隊」の追加派遣を決めた。 南スーダン政府が反対する中での異例の決定で、国際社会の強い危機感の表れだという。 ただ、この程度の増派では効果は限定的だとの見方が多く、住民には、兵士らによる暴行などを止められないPKO要員への不信感もあり、事態の収拾に向けて「打つ手はない」との無力感も広がるなか、国際社会はさらなる対応を求められそうだという現地記者の報告だね。 このような南スーダンの状況のなかで、「駆けつけ警護」の訓練を受けた自衛隊はどのような効果的な活動を貢献できるのだろうか。
2016.08.31
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私:俺もこの記事を読むまでは「縄文時代は、狩猟採集で生活し、自然と共生していた、貧富や身分の差がなかった、日本文化の原点」などというイメージを持っていたんだが、それは「つくられた幻想」だと、先史学が専門の山田康弘氏が指摘していることが理解できたね。 高校の教科書もこの30年位で大きく変わっているんだね。 A氏:「石器時代」に「縄文式文化」「弥生式文化」という言い方は戦前からあったが、戦後になって、アメリカの教育使節団の勧告などのよって、これまでの神話にもとづく歴史教科書ではダメだ、新しい歴史観で教科書をつくれということになった。 最も科学的な歴史観と考えられていた「発展段階説」に合わせて、狩猟採集段階の「縄文式文化」から農耕段階の「弥生式文化」へ発展したとなった。 ある意味では政治的な理由で導入され、決められたという。 私:変化が起きたのは1950年代後半。 1947年に代表的な弥生遺跡である静岡県の登呂遺跡の発掘調査が始まり、広い水田や集落の跡が発見され、「弥生式文化」の範囲も、西日本だけでなく関東や東北まで広がっていたことがわかり、その段階で「弥生時代」という言葉が出てきた。 A氏:「文化」から「時代」になったわけだ。 私;50年代は、戦後の日本が講和条約を結び、国連に入るなど、国際社会の中で地歩を占めていった時期で、それと並行して、日本とは何か、日本人とは何かが強く意識されるようになり、その中で、「石器時代」、「青銅器時代」、「鉄器時代」といった世界史共通の区分とは別に、「石器時代」を、「縄文時代」「弥生時代」と分け、日本独自の時代区分が求められたのだと思うと山田氏はいう。 そして、「弥生時代」は、稲が実り、広々としたのどかな農村という、非常にポジティブなイメージとともに広まり、戦後まもない頃の日本人は、「弥生時代」に日本の原風景、ユートピアを見たが、その一方で、裏表の関係にある「縄文時代」は、貧しい、遅れた時代ということにされてしまった。 A氏:ところが、70年代になると、国土の開発が盛んになり、大規模な発掘調査が数多く行われた結果、「縄文」のイメージは大きく変わり、「縄文」は貧しいどころか、豊かな時代だったという見方が出てきて、「縄文は遅れていた」「弥生は平和」というイメージが崩れてきた。 私:背景に高度成長も終わって、一息つく時期になるという世相があり、社会がアメリカ化されてきた反動で、日本の原点とは何かを探すようになった。 芸術家の岡本太郎は、50年代に縄文土器を美として「発見」し、日本文化の基底にあるものとして「縄文」を新しく提示してみせ、縄文ブームが起きる。 呪術を行う一方で、工芸など高い文化を持ち、みんなが平等で、自然と共生していたユートピアとして、「縄文」が描かれるようになった。 A氏:ところが、また、90年代になると変化して、「縄文階層社会論」が盛んになる。 青森県の三内丸山遺跡などが発掘され、これほど大型の遺跡がある以上、「縄文時代」は単なる平等社会ではなかったはずだという見方が出てきて、平等社会というイメージに疑問符が投げかけられた。 この背景にある世相は、バブル崩壊後、格差や社会の階層化が問題になった時期で、「縄文時代」ですら階層があったという話に安易に乗る人も出てきてしまったという。 私:「縄文幻想」から脱するには、どんな時代も、過度に美化しないことで、ある時代の一側面だけを切り取って、優劣をつけるのは、様々な意味で危険で、「縄文は遅れていた」「縄文はすばらしかった」と簡単に言ってしまうのではなく、多様な面をもっと知ってほしいと山田氏はいう。 気をつけないと、まさに「歴史は後世によって作られる」面が大きいね。
2016.08.30
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今週、興味を持ったのは下記2冊。 1.池井戸潤〈著〉『陸王』・評者・市田隆(本社編集委員) ベストセラーとなった『下町ロケット』シリーズと同じく、新技術による商品開発を目指す中小企業の物語。 埼玉県行田市の足袋メーカー「こはぜ屋」は、正社員とパート計27人の企業。 創業百年の老舗だが、時代の流れの中で売り上げはジリ貧。 社長の宮沢紘一はふとしたきっかけから、自社の地下足袋を応用してランニングシューズに新規参入できないか、と思いつく。 本作では、ライバルの大手メーカーとの競争より、暗がりの中を手探りで進むような時期の描き方に、池井戸作品が読者に訴えかける力があることを改めて感じたと評者はいう。 大手メーカーを退職後、シューズ開発のアドバイザーとして「こはぜ屋」に協力する村野尊彦は、苦境にある宮沢社長にこう言う。 「進むべき道を決めたら、あとは最大限の努力をして可能性を信じるしかない。でもね、実はそれが一番苦しいんですよ。保証のないものを信じるってことが」 商品開発に打ち込むが、わいてくる不安にさいなまれる宮沢の心理描写が秀逸だという 保証がない中小企業のリアルな姿が小説にあるからこそ、努力の結実も重みを持ってくると評者はいう。 アベノミクス「第3の矢」はこういう企業の活動の蓄積で決まるだろう。 2.クライド・プレストウィッツ〈著〉『2050 近未来シミュレーション日本復活』・評者・諸富徹(京大教授・経済学) 著者は、米経済戦略研究所所長。『日米逆転』は両国でベストセラーに。 本書は、かつての日米貿易摩擦時の対日交渉官であり、いまや日本の将来を案じる著者の近未来の日本のシミュレーション。 いったい、2016年と2050年の間で日本に何が起きたのかが、本書の主題。 2017年、危機が勃発、アベノミクスは失敗、膨大な公債残高の償還可能性に不安を抱いた投資家が円建て資産を売却、資本逃避が始まる。 窮した日本は、IMF(国際通貨基金)管理下に入る。 衝撃的なのは、サムスンによるソニーの吸収合併。 経済・社会的「シン・ゴジラ」の襲来だね。 国家の存立危機を前に、国会は「特命日本再生委員会」の創設を決める。 委員会は、 (1)女性の就業率の向上、 (2)計画的な移民の導入、 (3)バイリンガル化、 (4)再生可能エネルギーを中心とするエネルギー独立、 (5)新しい経済産業モデル、 (6)連邦制導入による徹底した分権化 などを提言。 これらを実行に移すことにより、日本は明治、終戦後に続く「3度目の経済的奇跡」を自ら実現することに成功する。 結果、2050年、日本では女性が取締役会の半数を占め、世界でも有数の女性が活躍する社会に生まれ変わった。 もっとも大きな変化は、人口動態で、人口減少は2025年に上昇に転じ、2050年の総人口1億5千万人超えが見込まれる。 人口増は経済成長を促し、日本経済は、年率4・5%で力強い拡大を続けるようになった。 評者の諸富氏は、このように実現するもしないも、すべては我々自身の手にかかっており、日本の社会経済システムの本質を突いた数々の問題点の指摘は、重く受け止め、日本の行く末を考えたい一書だという。 ある意味、末恐ろしいシミュレーションだ。
2016.08.29
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私:昨日に続き、アフリカをとりあげたい。 このインタビュー記事のシルビー・ブリュネル女史は、1960年生まれで、作家、パリ第4大学(ソルボンヌ)教授で、専門は地理学、開発経済学、「国境なき医師団」などで人道支援活動に携わり、小説家としても著名だという。 A氏:アフリカは近年発展を遂げているだけに、逆に不平等にも拍車がかかっていて、外向けには「明日の大陸」などと売り込む一方で、少数者、地方在住者、若者たちといった政治的弱者が切り捨てられていて、それが、アルカイダ系組織や過激派組織「イスラム国」「ボコ・ハラム」の温床となっているという。 南米と並んで、世界で最も格差の激しい大陸だ。 私:SNSの普及も不満を増幅していて、以前なら貧困はその地域の問題にとどまっていたが、今、貧しい人も携帯を持ち、何が自分たちに欠けているかを知るようになったという。 1990年、世界の貧困者のうちアフリカにいたのは5分の1だったが、このままだと、2030年には2分の1になりそうで、世界はどんどん豊かになるのに、アフリカは同じところにとどまっているという。 A氏:80年代に累積債務がかさんだアフリカは、いったん危機に陥り、その後、希少金属にも原油にも恵まれていることから、特に中国の強い関心を集め、成長に転じたが、内需が期待できず、1次産品の価格にも左右される脆弱性を抱えているという。 私:インドネシアと同様に人口と石油に恵まれたナイジェリアの場合、地方を放置し、農業を犠牲にしての発展だったので、アフリカ全体の国内総生産の4分の1はこの国が生み出しているが、それが国民に全く還元されておらず、インドネシアでは飲料水や電気、学校が普及したのに、ナイジェリアでは今も国民の半分が貧困状態にあるという。 A氏:アフリカの格差の特徴は、金持ちが富を見せびらかすことで、そうすると、おこぼれにあずかろうと仲間や関係者が集まってきて、支持の系列に入れなければ諦めるしかなく、民族や宗教にかかわりなく富を再配分する近代福祉国家とは違うシステムだという。 この状況下で選挙を実施すると、その戦略も「いかに自分たちの代表を権力の座につけるか」に絞られ、政党をつくる過程でも、どの民族に属するかが決定的な要因になるという。 私:民主主義の基本は、一人ひとりが平等な1票を持ち、自由に投票できることだが、アフリカでは肌の色や出身地域、性別や家族内の役割などで、自らの地位や行動が決まる極めて不平等な社会で、51%が49%に勝つ西洋型民主主義の原則をここに適用するには、無理があると女史は言う。 A氏:このブログの「謎の独立国家 ソマリランド」で説明があるが、アフリカは部族社会だというが、正確には氏族社会で、内戦も氏族間の争い。 ソマリランドでは十数年前に氏族が話し合いで内戦を止め、武器も回収し、 投票による民主政治だが、政党を投票でランク付けして3党に絞っているので、日本のような多党化の弊害はなく、国会も多数決の独裁を避けるため、「長老会議」があり拒否権を持っている。 その点、政治制度は日本より進んでいるね。 私:女史は、アフリカで機能するのは、むしろ「長談義」のシステムだという。 話し合いを延々と続けながらコンセンサスを形成する政治だという。 選挙とは異なる方法だ。 A氏:ソマリランドの「長老会議」がそうかもしれないね。 私:アフリカ発展の鍵は農業だと女史は言う。 農民の生活保障なしに、持続的な発展はなく、1ヘクタールあたり1トンの穀物生産を農業近代化によって7~10トンに増産できれば、土地への隷属から人々を解放できる。 田舎を豊かにしてこそ、産業労働力の確保も女性の活躍も可能になり、すべてはそこから始まると女史は言う。 それは、2013年のこのブログの「経済大陸アフリカ」でふれていることだね。 安倍首相は第6回アフリカ開発会議(TICAD6)の開幕を告げる27日の基調演説で「質の高い」アフリカを目指すと演説。 日本の3兆円投資に対し6兆円投資という豊富な資金力で先行する中国との違いを強調したというが、アフリカに一番欠けている「緑の革命」実施の農業改革支援の戦略的強調はなかったね。
2016.08.28
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A氏:「紛争鉱物」とは、はじめて聞いたね。 「キーワード」欄の解説によると、一般的には、紛争状態が続くコンゴ民主共和国やその周辺国で採掘され、流通するタンタル、タングステン、スズ、金の4種類を指し、一部が武装勢力の資金源になっていると指摘されている。 タンタルはパソコンや携帯電話などのコンデンサー(蓄電器)に使われており、先進国を中心に需要が高いとある。 私:朝日新聞記者は、「1時間だけの取材許可」と、詳しい場所を書かないのが条件で、「紛争鉱物」のコンゴ民主共和国の東部鉱山に取材に入った。これはその取材記事だね、 その鉱山では10代前半の少年を含む男たちが、山の地肌を削ったり、地下に坑道を掘ったりして採掘を進めていた。 幹部によると、鉱山の広さは約10平方キロで、希少金属タンタルを含む鉱石コルタンを年100トン以上採掘でき、国内では1キロあたり35ドル(約3500円)だが、東南アジアに持って行けば350ドル(約3万5千円)で売れるという。 A氏:東部ブカブでは紛争で傷ついた女性たちの救済に取り組み、毎年ノーベル平和賞候補にあがる産婦人科医ドニ・ムクウェゲ氏は、「紛争鉱物」が武装勢力の資金源になっていると訴えてきて、「この国の紛争は、資源の支配権をめぐる経済戦争だ。先進諸国は電子機器に不可欠な『紛争鉱物』を輸入することで、紛争の長期化に加担している」と非難しているという。 私:これに対応して、米国では2010年、タンタル、タングステン、スズ、金を「紛争鉱物」と規定し、流通に関する条項を含む米金融規制改革法が成立。 上場企業に対し、自社製品に使われるこれらの鉱物の原産国などを調べ、公表するよう義務づけた。 しかし、精密機器には数千の部品が使われており部品の仕入れ先も世界中に広がるので、追跡が困難なようで、「わからなかった」と答えた企業は67%だったという。 A氏:日本でも電子メーカーなどで作る「電子情報技術産業協会」(JEITA)が11年、「責任ある鉱物調達検討会」を立ち上げ、対応に乗り出したが、15年の調査では約8割の企業が「すべての製錬所や精製所を特定することには困難がある」と回答。 JEITAの山崎昌宏氏は「武装勢力の資金源となる鉱物は使わないという世界的な流れがあり、日本企業も説明責任を果たそうと困難さに向き合っているのが実情だ」と話す。 私:このブログの「アフリカ市場、狙う企業 開発会議にあわせ150社現地へ 中間層拡大、消費財に商機」でふれたように、日本政府が主導する第6回アフリカ開発会議(TICAD6)が27日、ケニアのナイロビで開幕する。 「紛争鉱物」について、日本もさらなる対応を求められる可能性がある。 いま、アフリカは資源価格下落、中国経済減速というダブルパンチを受けているので、「話を聞いてもらう好機」と期待する考えもあるようだが、北欧やトルコ、東南アジア、イスラエルなどの企業も増えており、中国ばかりでなく、技術面などで日本の優位性を奪いかねない国や地域の警戒も必要だという。 いま世界的に経済が沈滞気味だが、その中で、唯一、人口ボーナスのアフリカの経済成長は世界的に目が離せないね。
2016.08.27
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私:今月は、オリピックの新聞報道記事の各紙の比較だね。 オリンピックの新聞報道は、読者は前日のテレビで結果を知っているから、翌朝の新聞をじっくり読む人のためには、斬新な記事を書かなければならないので、記者たちの熱い闘いとなる。 A氏:記事の比較でトップはバドミントン女子ダブルス決勝戦。 〈心が、折れかけていた〉 これは、朝日新聞の最終の第3ゲームで3連続失点したときの松友の心中の表現で、この冒頭の書き出しで引き込まれてしまっているので、その後も読んでしまう。 この朝日新聞の記事は2人への綿密な取材に裏付けられていて、試合後の深い取材があったからこそ、心の動きが描けると池上氏は高く評価しているね。 私:同じ試合を、毎日新聞は、こう書き出している。 〈決勝は、良くも悪くも「タカマツ」らしさの出た試合展開となった〉 読売新聞は次のように報じている。 〈世界ランキング1位として初めての五輪に臨み、金メダルを勝ち取った高橋、松友組。決勝のコートには、気負わずバドミントンを楽しむ、自信に満ちた姿があった〉 毎日、読売両紙の報道は、日本でテレビを見ていても書けそうだと池上氏は厳しいね。 A氏:次は男子400メートルリレーの記事の比較。 朝日新聞は次のように報じている。 〈シューズ4分の1足分、7センチほどに込めた勇気が、日本陸上界の歴史を塗り替えた〉 これは、バトンの受け渡し区間内で、前の走者がどこまで走ってきたら自分が走り出すか、その目印の点を、予選より遠ざけたという話。 この話は毎日新聞も書いているが、読売新聞は、バトンパスの素晴らしさが銀メダルをつかんだと書いているが、靴の話は出ていない。 ここは、朝日と毎日が同着で、読売が一歩遅れた、というところだと池上氏は評価している。 私:次は、男子マラソンで、日本勢は入賞できなかったことの解説・分析の記事の比較だね。 朝日新聞は次のように、解説・分析している。 〈高速化が進む世界のマラソンの前では、コツコツとした積み重ねだけでは勝負できない時代になってしまった〉〈海外勢のスピードの上げ下げに対応できず、持ち前の安定感も通用しなかった〉〈左アキレスけんを痛めた状態で臨めるほど初の五輪は甘くなかった〉 読売新聞の日本選手の敗北についての解説は下記のよう。 〈環境が恵まれ過ぎているのだろうか。最近、オオカミのような目つきの日本選手に出会えない〉 池上氏は、この読売新聞の解説に対して、「驚きました。いまの時代、精神論で解説する新聞があるとは」と厳しい評価をしている。 今回は、いずれのテーマでも朝日新聞の点数が高かったね。 いずれにせよ、ジャーナリストとしての新聞記者は、取材力が基本ということかね。
2016.08.26
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私:8月8日、天皇の「お言葉」がビデオメッセージで放送された。 これについては論点が2つに分かれるね。 一つは、天皇が「生前退位」に関係する法に関することをビデオメッセージで流したことの適切性と、もう一つは、「皇室典範」の改訂問題だね。 前者については歴史社会学者・小熊氏が論壇をまとめ、後者については首都大学教授・木村氏が論じている。 A氏:まず、前者だが、明治天皇の玄孫である竹田恒泰氏は、「本来このような形で公にしてはいけないことであった」と述べており、小熊氏も同意見だね。 憲法学者の横田耕一氏は、天皇の行為には「国事行為」「私的行為」「公的行為」の3つがあるという。 「国事行為」とは、国政に権能を有しない天皇が、「内閣の助言と承認」で行う儀礼的行為で、例えば、国会の召集や栄典の授与などがそれにあたる。 「私的行為」とは、一個人としての行為で、一人の人間として、好きな本を読んだり、知人と会話したりするのに、内閣の助言と承認は必要がなく、宮中祭祀も、法的にはここに入る。 私:「公的行為」とは、被災地を訪れたり、外国を訪問したり、外国元首と親書を交わしたりすることで、天皇として行うのだから、「私的行為」ではないが、憲法が規定した「国事行為」でもない。 政府見解では、これらは法的には限定がなく、内閣の助言と承認も必要ないが、それは、政治的意味や政治的影響力を持つものではあってはならず、天皇に責任が問えないから、内閣が責任を持つことになっている。 原武史氏は、被災地訪問や慰霊といった「公務」が増えたのは、平成になってからだと指摘しており、法的に限定がないので、天皇のイニシアチブによって拡張しやすい領域といえるとしている。 今回のビデオメッセージが国の予算で作成され、放送を想定して配布されたなら、それは「私的行為」でなく「公務」と考えられ、それに対しては内閣が責任を負っているはずだが、その責任のあり方がみえないと小熊氏は指摘している。 A氏:2つの問題の後者の「皇室典範」改訂について、木村氏が論じているね。 憲法2条は、「皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」と規定しており、憲法は「生前退位」を禁じているわけではなく、「皇室典範」という法律を改正すれば足り、「生前退位」のために改憲が必要との主張は誤解だと木村氏は指摘する。 明治時代に院政や退位強制などの混乱を生ずる危険を重視し、「生前退位」を認めない形で「旧皇室典範」が制定された。 戦後、新憲法の制定により、天皇の地位は「統治権の総攬者」から「国家の象徴」へと変わり、「新皇室典範」が制定された。 当時、議会では、「生前退位」の可否も検討されたが、明治政府と同様に、退位した天皇が不当に政治的影響力を行使したり、政府が退位を強制したりする危険が重視され、「旧皇室典範」の内容が引き継がれたという。 私:憲法学者や法思想史学者の中には、以前から、「生前退位」を認め、天皇の地位に就く人の人権回復への道を開く必要があるとの主張があったが、「生前退位」の制度が、政治利用されることは絶対に防がなくてはならないのは当然である。 そのためには、「生前退位」のための明確な基準や厳格な手続きを設ける工夫が必要になるだろうと木村氏は指摘している。 その工夫が難しいので、今まで、先延ばしになってきているのではないかね。
2016.08.26
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私:21日に南米ブラジルのリオのオリピックの閉会式に登場した安倍首相は、今度はアフリカ大陸のケニアに飛ぶことになるね。 それは、日本が主導し、アフリカ諸国が参加する「アフリカ開発会議(TICAD)」が27、28日、ケニア・ナイロビで開かれるからだ。 6回目にして初の現地開催で、150超の日系企業も商談などで訪れるという。 A氏:アフリカ市場については、このブログで、早くからとりあげていて、1つの知的街道となっているね。 2013年にはブログ「経済大陸アフリカ」でふれていて、このとき、すでに中国のアフリカへの活発な進出にふれていたね。 農業改革については、ブログ「アフリカ・モザンビークの「プロサバンナ計画」もとりあげている。 2014年には、ブログ「池上彰が聞く・巨大市場アフリカ 3つの視点」で、とりあげており、「3つの視点」とは、「中国」「食糧」「3.11」だね。 私:50年には人口が約25億人に達するアフリカ。 ビジネスの潮流は、先進国に化石燃料や鉱物を供給する資源開発から、現地への消費財提供へと移る。 日本からTICADには、経団連会長ら企業関係者も参加し、総勢2千~3千人規模の大訪問団となり、現地の「ジャパンフェア」にはトヨタなどの大企業だけでなく、中小企業も出展する。 1993年から日本で開かれてきたTICADは当初、貧困層支援などの側面が強かったが、約四半世紀でアフリカ諸国は濃淡はありつつ成長軌道に乗った。 初の現地開催は、投資する企業に「来てほしい」というアフリカ側の求めもあって実現したという。 A氏:一方、中国は、昨年12月、南アフリカで開かれた「中国・アフリカ協力フォーラム」に出席した習近平国家主席は、支援の具体的な数字を並べ立て、協力実施のために600億ドル(約6兆円)を拠出することを約束している。 00年に始まり3年に1度開かれる同フォーラムは「中国版TICAD」とも呼ばれるが、今年7月末に北京で開かれた事務レベル会議では、工業化への投融資を進めることが強調され、中国が資源を買い、アフリカへ工業製品を輸出する貿易中心の関係から、重心が移りつつあるという。 特に目立つのがインフラ建設だというが、これはすでに、数年前から指摘されていて、中国が作った道路をトヨタの車が走ると言われたものだ。 私:しかし、この記事では、アフリカ産業の弱点である農業へ投資についてふれていないね。 この分野は日本の得意分野であるはずだ。 アフリカの貧困層の8割は農村にいるが、東南アジアの経済生長で成功した「緑の革命」がないから生産性が著しく低く、そのため経済成長しても貧困がなくならないのだという。 A氏;こないだ君のブログ「モザンビークの「プロサバンナ計画」やビル・ゲイツが高く評価していた「アフリカ稲作振興のための共同体(CARD)」活動などは「緑の革命」促進になるのではないのかね。 私:今後、高度成長するアフリカに日本は中国と異なる得意な分野でアフリカに貢献すべきだね。
2016.08.25
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私:不仲だったトルコとロシアが和解したりして、国際的な「テロ」やシリア問題をめぐり、中東の動きが読めないね。 こないだのトルコのクーデター失敗で、問題は収まったと思ったら、この記事では、トルコとエジプトの新たな不安要因となったと報じているね。 トルコで7月15日夜に起きたクーデター未遂のとき、エジプトのカイロにいた翁長氏はトルコの政権崩壊後の混乱を案じ始めていたが、エジプトでは、著名なテレビキャスターや政治家がトルコの反乱勢力の蜂起を喜ぶツイートを発した。 「エルドアン大統領よ、終わりだ」「西側諸国は暴君打倒を歓迎」と、クーデターを礼賛するとはおだやかでなかったが、多くのエジプト人は3年前を思い起こしたに違いないという。 A氏:3年前とは、2013年夏に、当時のエジプト大統領だったムルシ氏が、反政府デモが高まるただ中で、軍に拘束され解任された事件だね。 軍出身のシーシ氏率いるエジプトの現政権は、軍の介入はイスラム組織「ムスリム同胞団」の支配を拒絶する民意を受けたものであり、2011年のムバラク氏退陣に続く「革命」だとしているのに対し、トルコのエルドアン氏は「ムルシ氏の失脚は自由世界にとっての危機だ」と、エジプトの軍の行動を厳しく批判したという3年前の経緯がある。 私:エルドアン氏を支える与党・公正発展党(AKP)は、親イスラムという点でムルシ氏の出身母体のムスリム同胞団と思想的に近いので、エジプトの暫定政権が同胞団をテロ組織に指定して指導者を次々と逮捕するなか、トルコは同胞団メンバーの格好の避難先となった。 A氏:メディア規制などエルドアン氏の手法も強権的で、イスラム色の強まりを嫌がる人も多いが、エジプトで起きたことがなぜ、トルコで起きなかったのかというと、エルドアン氏はトルコの経済を発展させた実績があり、民主主義も促進したため、国民の50%以上がエルドアン氏を嫌いだとしたら選挙で排除できるので、クーデターという手段に国民はノーを突きつけたのだろうという。 私:クーデター未遂の前、トルコとエジプトは関係改善の兆しがあった。 トルコのユルドゥルム首相は6月下旬、「エジプトと経済関係を進展させることに障害はない」と語り、閣僚訪問にも前向きだった。 A氏: 期待が芽生えた矢先にクーデター騒ぎがあり、これで、エルドアン氏は「エジプトのシーシ(大統領)は民主主義と無関係」と蒸し返すことになってしまった。 私:トルコのクーデター失敗は、とんでもない副作用を起こしたね。 中東の要である両国のにらみ合いは、対テロで団結すべき地域の不安定化を映し出していると翁長氏は報じている。 テロ問題、シリア問題で、重要な地位にある両国の不安定な関係は改善されることがあるだろうか。 ロシアとトルコの関係のように。 中東諸国の関係は複雑で、これがテロや難民問題解決の障害になっている。
2016.08.24
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私:「国歌を歌えないような選手は日本の代表ではない」と、森元総理の壮行会での発言が問題になっている。 そこで、スポーツと国家、個人のかかわりを、改めて考えたいとして、この「耕論」で3人の識者の意見を聞いている。 A氏:元サッカー日本代表主将、ガンバ大阪ユース監督の宮本恒靖氏は、初めて国際試合に出たのは高校2年になる春で、17歳以下の日本代表に選ばれた。 サッカーの国際試合では、キックオフ前に両チームの国歌が流れるが、その初めての代表戦のとき、宮本氏は歌わなかった。 歌いたくなかったということではなく、理由は特になくて、慣れていないことが大きかったような気がするという。 その後、A代表にも選ばれ、何十試合と国際試合を経験していくなかで、歌うようになったという。 私:国歌が流れるのは、国際試合ならではのことで、そう考えると代表のユニホームを着られる喜び、誇り、そういうことを感じる瞬間なので、自然と声が出るようになったという。 ただ、胸の中の思いは選手それぞれだし、どう表現するかも人によるもので、黙って目を閉じて、国歌を聞く選手もいるし、その瞬間にどう振る舞うかは、意思の自由。 心を一つにするためにみんなで歌うという方法もあるかもしれないが、ルールを決める必要はないと思うと宮本氏は言う。 代表にいたとき、協会や監督から言われたことはないし、自分が主将のとき、決まりを作ろうとも思わなかったという。 選手としては、使命や期待に応えるのはプレーで、いかにチームや個人としてしっかり力を出すか、代表の役割もそこに尽きると思うという。 A氏:プロ野球解説者、元参院議員の江本孟紀氏は、スポーツ選手は君が代を歌うべきだと思うという。 国際試合であれば、なおさら。相手の国への敬意を示す意味でも、自分の国の国歌に対して知らん顔というのはおかしいことだという。 民主党の参院議員だった1999年、国旗・国歌法案に賛成し、党内には反対の議員も多かったが、国旗・国歌特別委員会でも、賛成の主張をしたという。 国際的にスポーツ活動できるのは税金で助成してもらったり、税制上の優遇を受けた学校などのスポーツ施設を使ったりしたからのはずで、もう少し社会や政治とのかかわりに心を寄せて、国に関心を持ってほしいものだという。 A氏:武蔵野美術大学教授の志田陽子氏は、「五輪憲章」を基礎にコメントしているね。 憲章は第6条で「オリンピック競技大会は、個人種目または団体種目での選手間の競争であり、国家間の競争ではない」と明記し、競技者個人を参加主体としている点に着目している。 国別のメダル獲得数がマスコミで報道されているが、同憲章では、国際オリンピック委員会と組織委員会が国別のランキングを作成することを禁止しているという。 国ではなく、選手とチームが主体。 私:ナチスドイツに顕著に見られたように、国民感情を都合よく操作するために、権力者が芸術とスポーツを利用し、個人より国家を重視していた。 「五輪憲章」は、こうした反省の上に立っているのだとして、森元首相の「国歌を歌えないような選手は日本の代表ではない」との発言は、大変残念なことで、オリンピックの精神から、権力が個人の心の中に入り込むことがあってはならないし、国歌を歌うか歌わないかは、選手に任されるべきだという。 スポーツや文化活動にはお金もかかるし、民主的な決定に基づいて国が公的にサポートするのはすばらしいことだが、しかし、その場合も、国はあくまでも応援団に徹するべきだという。 マスコミは、国別メダル獲得数を大きくとりあげるよりも、個別の競技内容の戦いにおけるチームや選手個人の努力の結果に焦点を合わせるべきだろうね。
2016.08.23
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私:俺は、アクションものの映画やテレビドラマが好きだが、銃の撃ち合いに混じって体での殴り合いもよくからむ。 よく、映画でスティーブンセガールの合気があるが、ハリウッド映画のアクションにカンフーをとりいれさせたのは、ブルース・リーの影響が大きいようだね。 A氏:ブルース・リーは、1940年、米サンフランシスコ生まれで、香港で子役として映画出演し、18歳で渡米。 1964年、カリフォルニアで開かれた国際カラテ選手権で模範演技を披露。 東洋思想が色濃く反映された武道哲学には多くのハリウッドスターが共鳴、弟子入りした。 ジェームズ・コバーンは「ブルースは教えなかった」といい、スティーブ・マックィーンは「彼の頭の良さは、己を知ることを通して獲得したもの」と語っていたという。 私:71年、香港映画「ドラゴン危機一発」に主演し、「ドラゴン怒りの鉄拳」「ドラゴンへの道」と大ヒットを続けたが、73年7月、脳浮腫で死去。享年32。 世界中にカンフーブームを巻き起こした「燃えよドラゴン」が日本で公開されたのは死後の同年暮れだったんだね。 主演作は5本と少ないが、カンフー映画を世界に広めた功績は大きい。 最高傑作といわれる「燃えよドラゴン」には、リーの思想を反映したせりふが数々あり、有名なのは弟子に武道の極意を教える場面で、「Don’t think. Feel !(考えるな、感じろ)」だという。 先のジェームズ・コバーンは「ブルースは教えなかった」というのはそういう意味だろうね。 A氏:物事を深く考え過ぎると行き詰まり、自由な発想が生まれてこないことがあり、全身の感覚を研ぎ澄ませることの大切さを説いたようだ。 もちろん、何も考えず無節操に行動しろという意味ではなく、自らを厳しく律し、日々修行を積み、基本を身につけた上での感性の大切さをリーは説いたという。 私:リオのオリンピックでメダルをとった選手たちにも共通するものがあるようだね。 リーは、10代のとき、中国武術「詠春拳」の達人イップ・マン(葉問)に学び、道場での練習の成果を、けんかや他流試合での実戦で発揮したという。 渡米後は一変し、ワシントン大で哲学を専攻し、相手を6秒以内で倒す、独自の格闘術「ジークンドー」を創始。 漢字で書くと「截拳道」で、すべての攻撃をさえぎるという意味と、あらゆる形式にとらわれないという意味があるという。 彼は思想家でもあるんだね。 A氏:形や方法にとらわれず、水のように柔軟に対応できる変化と、物を瞬時に映し出す鏡のような無意識的スピードが大切という。 トレーニング法でも様々な器具や方法を組み合わせ、一定のスタイルは大切だが、形は超えないといけないと考えたのだろうという。 私:風を受けてしなる竹のように、風にまかせてしなることで持ちこたえるように、硬直したものは砕けやすい。 しかも相手を打ち負かしても決して勝ち誇らず、どこか悲しげな表情を浮かべていたのがリーだった。 どんなに憎い相手でも倒したところで自分の心は満たされないという、そんな思想を表現したかったのではないかという。 ところで、映画で東洋武術を使う1952年生まれのスティーブンセガールは、17歳の時から10年以上大阪府に滞在し、英語を教えながら、禅や合気会で合気道を学び始めた。 そのほかにも剣道・柔道・空手道や、太極拳など複数の日本武道と中国武術を学び、合気道は七段を允許されているという。 しかし、太り過ぎで、ヤセ型のブルース・リーの演技のほうが迫力があるね。 その他、このブログでとりあげたテコンドー・アクションのタイ映画「チョコレート・ファイター」の若い女性ジージャー・ヤーニンのテコンドーの連続アクションものも期待されるね。
2016.08.22
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今週、知的興味をひいたのは下記3冊。 1.『夜を乗り越える』又吉直樹〈著〉評者・阿部嘉昭(評論家・北大准教授) この本は「書評」欄の「売れている本」コーナーで紹介されている。 著者は、もちろん、小説『火花』で芥川賞を受賞し、大ベストセラーとなり出版不況の打開を導いたピース・又吉直樹氏。 この本は小説でなく、自らを固定しない、流動的で信頼できる知性による読書指南という内容で、小説『火花』は、2頁ほど読んで投げ出してしまったが、このブログにも書いたが又吉氏の随筆集「第2図書係補佐」は知的興味が湧いて一挙に読了して、その文章力に驚いたことがある。 だから、この本も読みたいと思ったが図書館に予約したら100人待ちで、読むのはかなり後になる。 評者によると、読書の意義が考え抜かれていて、あえて要約すれば――世間のしいる画一性から離れるために読書があり、自分の特異さに悩む人間に本が回答をあたえ、しかも同調だけではなく、さらに異質なものの発見へ読書はいざなうという。 2.『人類進化の謎を解き明かす』ロビン・ダンバー〈著〉・評者・柄谷行人(哲学者) 気のおけない、互恵的な集団は、150人が限度だというが、この数は狩猟採集段階の共同体(クラン)から、新石器時代以後の村落、軍隊、地域教会、政治組織にいたるまで共通している。 それがヒトの社会の基礎単位であるようで、「ダンバー数」として知られているという。それを提唱したダンバーが、より全面的に人類進化の謎に迫ろうとしたのが、本書。 人類学にあまり興味はないが、この書評の最後に、ネアンデルタール人が絶滅し現生人類が繁栄したのはなぜかと、いう説明があったので記録しておくことにする。 これには諸説あるが、著者によれば、ネアンデルタール人は、日差しの弱い高緯度地帯(ヨーロッパ)で暮らしていたため、視覚系(後頭葉)を発展させねばならなかったため、言語機能にかかわる前頭葉は大きくならなかった。 一方、後から来た現生人類は、日差しの強いアフリカで前頭葉を発達させてから、高緯度地帯に進出したので、その結果生じた認知能力および集団形成の差が、両者の運命を分けたという。 3.『集団的自衛権の思想史』 篠田英朗〈著〉評者・杉田敦(政治学者・法大教授) 憲法学者の宮沢俊義氏は、ポッダム宣言受諾で天皇主権から国民主権への「革命」が起こったとした。 いわゆる「八月革命」説だ。 だが、著者によれば、この説は、「実際の憲法制定権力者としてのアメリカの存在を消し去る」ことで、「表」の憲法と「裏」の日米安保という二重構造を正当化する役割を果たしたとみる。 本書は、こうした構造を思想史的に緻密に検証しようとする。 戦後、憲法学は、立憲主義を権力制限的にとらえ、自衛権を抑制的に解釈してきた。 これに対し、著者は、人々が信託により安全確保の責務を政府に負わせることこそが立憲主義の根幹とし、昨年の安保法制をも必要な施策と評価する 個別的自衛権と集団的自衛権とを厳密に区別したことが、著者からすれば、そもそも問題であったという。 国連による集団安全保障と、同盟としての集団的自衛とを峻別する憲法学を批判し、集団的自衛の意義を強調するのも、個別的自衛だけにこだわる「内向き」の姿勢では、国際的な人権確立の動きに協力できないと考えるからであるという。 しかし、米国の世界戦略と距離を保とうとしたぎりぎりの努力を「内向き」の一言で清算すべきなのか。 評者の杉田敦氏は、欧州のような地域的な連携をもたない日本では、国際協調への意思が、一層の対米従属につながるという逆説もあるのではないかとして、さまざまな論争を呼びうる刺激的な一冊だとしている。 図書館に予約しようと検索したが、未購入のためかひっかからなかった。
2016.08.21
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私:この紙面欄は、識者による朝日新聞の紙面を批評する欄だね。 いま世界各地で「分断」の流れが、きわめて顕著になっているが、朝日新聞は今年元日の社説で「分断される世界」をテーマに掲げ、この1年を「分断」をキーワードに読み解いていくという決意は、2016年も3分の2が過ぎつつある今、きわめて適切だったと言えるだろうと宇野教授は評価しているね。 A氏:「分断」というと世界的に大きなものは、米国大統領選をめぐっての「分断」と、EU離脱を決めた英国の「分断」だね。 私:米国、オーストリア、英国と、どこでも政治家たちはわかりやすい「敵」を名指しし、「国を取り戻す」と怒号する。 格差や生活難の真の原因を明らかにするのは難しいが、とにかくわかりやすく白黒をつけ、怒っている人たちが聞きたがる言葉を探す。 A氏:以上の問題意識を宇野教授も共有し、現状の分析についても異議はないとしている。しかし、問題はそこからで、このような「分断/世界」に朝日新聞は、どのような覚悟をもって事態に向き合うつもりなのか。 世界の現状に対し、「傍観者的な態度」をとる余裕はもはやないとコメントしているね。 私:難問だね。 元日の社説で、とりあげた「連帯の再生」という視点は、その後の朝日の紙面で十分に展開されているのだろうかと疑問を呈している。 5月8日社説では「大統領に求められる資質は、国民が聞きたい言葉を語ることではなく、国民を導く賢明なビジョンを説くことだ」と提言しているが、右が人々の感情をあおることで推進力を得ている今日、左の側にもポピュリズムへの誘因が大きく、そのような状況において、この提言はどれだけの説得力をもつのだろうかと教授は指摘している。 A氏:紙面に登場する海外の論客は、「分断」の現実に悩みつつ、それでもなお理念を説こうとしていて、英国では、移民を受け入れることは長期的に見れば英国経済にとって効果的であり、そのために自由でリベラルな共通目標をもつ欧州の意義を説いている。 米国のジャーナリストは、「まさに、多元主義を育む国こそが、21世紀の繁栄を手にする国なのだ。そのような国こそが、政治的に安定し、有能な人材を引きつける」と論じている。 私:そう言い切れる欧米の知識人に比べ、日本の言論界はどこか歯切れが悪く、自らの民主主義を語る言葉を再建しない限り、議論は流されるばかり。 「分断」を超える決意をいま一度再確認したいと教授はいう。 しかし、たまたま、このブログの「8月8日朝日新聞日曜書評より」でとりあげた井手英策〈著〉『18歳からの格差論 日本に本当に必要なもの』では、いまの日本社会を「分断社会」と規定して、中間層が貧しくなって弱者への優しさが失われ、育児や教育など社会サービスでは、政府責任よりも自己責任が強調される社会だという。 著者は、経済成長論から発想を転換し、貧困層に限った救済ではなく、子育てや教育、医療など人間に共通して必要なサービスを、すべての人々に対して(無償で)保障する社会の構築であるとしている。 その方向で提言したらと思うね。
2016.08.20
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私:英ブレア政権が、米国とともにイラク戦争に突き進み、フセイン政権打倒に走った判断は何が間違っていたのかということで、参戦の経緯や占領政策を検証した英国の独立調査委員会(チルコット委員会)の報告書公表を受け、開戦前にブレア氏と議論したこともある英安全保障分野の重鎮のマイケル・クラーク氏へのインタビューだね。 A氏:報告書が明確に指摘しているのは、ブレアがあらゆる外交努力を探る前に開戦に踏み切ったという点で、いったん米国の実施計画に乗った以上、彼に開戦時期についての決定権はなく、その点は非常に大きな問題だという。 私:イラク戦争に際しては、機密情報で大きな誤りがあったが、世界有数の情報機関を持つ英国はなぜ間違ったのかというと、クラーク氏は、報告書で興味深いのは、英情報機関MI6がCIAの影響をいかに受けていたかという点で、MI6はCIAから得た情報を独自に検証せず、極めて信頼できる情報として政権に流した。 当時の英情報機関は米情報機関に隷属した状態だったという。 A氏:その情報は後に確証のない単一の情報源からのものに過ぎなかったことが判明していて、1人のうそつきがドイツの情報機関に、情報機関が求める情報を伝え、その生煮えの情報が(関係省庁、情報機関で構成する英内閣の)合同情報委員会(JIC)や官邸にもたらされ、首相の判断につながったという。 私:中東を熟知した英情報将校「アラビアのロレンス」は21世紀にはもういないという。 西側情報機関はイラク軍、共和国防衛隊の指揮官らの携帯電話番号をつかみ、彼らの居場所をつかんでいた一方で、イラクの電力や上下水道などの社会基盤がいかに劣化していたかに考えが及ばず、戦後も国家機能が維持できると考え、イラクの経済状況を全く把握していなかった。 植民地時代には現地に長年滞在し、人脈を持ち、地域に精通した行政官が何世代も生み出されていて、彼らは極めて有能で物事を進めるのが得意だったが、今はそれがないようだ。 A氏:クラーク氏は、軍事専門家として、当時、フセイン政権の大量破壊兵器(WMD)保有を信じておらず、当時テレビや論文でもそう表明しているという。 私:クラーク氏は、開戦前の02年11月に、ブレア氏本人と、直接会う機会があり、戦争になれば、地域情勢を根本的に変えるゲームチェンジャーになると指摘した。 ブレア氏はアイデアを吸収しようとする姿勢で、議論には加わらず、議論は次第に即時行動を支持する方向に向かい、翌年2月末に開戦が不可避となるなか、クラーク氏は、これは戦略的な間違いであり、うまくいかないだろうと思い、そう(対外的にも)発言したという。 A氏:結局、イラン戦争は、戦略的には米英が目指したものと全く逆の結果になったね。 私:次の危機で米国の指導者が間違った決断を下した場合、英国の指導者が、その米国を止めたり変えたりすることはできるとは、思わないとクラーク氏はいう。 しかし、米英関係は依然として極めて緊密だが、今後、ある種の政策的な分岐が起こりつつあるように思うという。 日本もイラク戦争を支持したが、英国と違い独立組織による政策検証はないことについては、クラーク氏の明確なコメントはなかったね。
2016.08.19
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私:この間部氏の記事を読んで驚いたね。 氏が言うように、戦後71年、我々はいま、あの戦争で実際に何が起きていたのかを、知っていると言えるだろうか、あまりにも知らずにきたのではないかと思ったね。 A氏:米軍の横浜軍事裁判のことだね。 4年を費やし、BC級戦犯を国内で唯一裁いた横浜軍事裁判では、1039人が裁かれ、最終的には51人が絞首刑を執行。 私:戦争指導者が裁かれた極東国際軍事裁判のA級戦犯の絞首刑が7人だったことを考えると、大規模で苛烈だね。 間部氏が所属する神奈川県弁護士会の会員は当時、この裁判で被告人の弁護にあたった関係から、1997年に特別委員会を設置し、調査研究を始めたという。 調査でわかったのは、米軍が日本の非戦闘地域である市街地を空襲した直後に、被告人の(米軍捕虜への)加害行為の多くが行われていた、ということだ。 A氏:間部氏らの調査では、B29の搭乗員を軍律裁判なしに斬首した、として起訴された西部軍事件は、福岡空襲で多数の市民が犠牲になった翌日に起きている。 東海軍による米軍機搭乗員の斬首事件も、名古屋空襲の後。 長崎への原爆投下の翌日にも別の事件が起きていた。無差別爆撃よる市民の死の仕返しかね。 私:敗戦間際、戦争における被害と加害の深刻な連鎖が、わが国のあちこちで繰り返し起きていたわけだ。 ただ、間部氏らが、6年かけて調査できたのは10件に過ぎず、残り317件は手つかずのままだという。 重要な事件資料が調査もないまま放置されている状態だという。 氏たちのような民間による調査が難しい一因は、国がかつて弁護人から回収し、国立公文書館に保管されている資料などを開示申請しても、個人情報部分が黒塗りにされて出てくることにあるという。 A氏:氏は「個人情報の保護は確かに重要だが、戦後これほど長い時が流れ、改憲論議までが盛んになりつつあるいま、国は情報公開によって得られる公の利益と検証の必要性を認めるべきだろう」という。 事件記録を読むと戦争の悲惨な事実がリアルに浮かび上がってきて、新憲法で、主権が国民に存することを宣言した深い根拠も見えてくるという。 今こそ、国が責任を持って、横浜軍事裁判の事例研究に着手すべきだと間部氏は主張する。 私:戦後71年。 まだ、あの戦争をきちんと総括していないことがあるんだね。 なお、間部氏らは、2004年、それまでの調査結果を「法廷の星条旗」(日本評論社)として出版したとある。 図書館の要旨によると、「あの一五年戦争の末期、惨憺たる戦況下の混乱のなかで旧日本軍が引き起こした数々の捕虜虐待事件。 横浜法廷はその事実をどこまで明らかにし、どう裁いたか。 法的手続抜きの米軍機搭乗員殺害事件はなぜ起きたのか。 軍の法務官はなぜそれを阻止できなかったのか。 軍上層部が準備した自らの「免責のストーリー」とは。 無差別爆撃をおこなった米兵を裁いた日本軍の「裁判」はなぜ裁かれることになったのかーーーなどとある。 図書館に予約した。
2016.08.18
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私:永六輔氏、大橋巨泉氏、そして昨年亡くなった野坂昭如氏と、戦後のサブカルチャーの旗手たちが、ここへきて一斉に退場されたという感じがあるとして、その戦後思想の位置づけを五木氏は、インタビューでまとめて説明しているね。 A氏:1950年代から60年代にかけては、日本でもカウンターカルチャーとしてのマスメディアが一つの流れとして成立してくる時代。 その中で大きな位置を占めていたのが、作詞・作曲家で放送作家でもあった三木鶏郎氏率いる「冗談工房」。 私:永氏はそこでアシスタント格、野坂氏はマネジャーをやっていて、五木氏は、三木氏の「音楽工房」「テレビ工房」に関わるようになる。 当時は作詞もやれば番組の構成もやる、評論も書けば匿名の批評もやるし、歌も歌ってステージもやったという。 60年代半ばまで、みんなそういう雑業の世界にもやもやっと固まっていて、そこには、まじめなことを常にジョークで言うという精神があったという。 大橋氏は学生時代からジャズ喫茶で解説を交えて曲を紹介する司会者、今でいうMCとしてもよく知っており、真摯な青年という感じで、ジャズについて情熱的に語っていたという。 A氏:当時、大学を出てテレビやラジオに行くのはアウトサイダーの感覚。 歌謡曲やジャズは低俗な大衆文化とされて、知識人が言及することはなかった時代。 永氏や大橋氏は、そういう低いジャンルとみられていたものを表に引っ張り出してきた。 私:五木氏は、彼らがこうした舞台に行き場を求めていった背景には、戦後のレッドパージの影響があった指摘している。 永氏にしても大橋氏にしても、青島幸男氏にしても、オーソドックスに行けば「左」だったはずの人たちが、いわば屈折してテレビやラジオに行った。 頭を押さえられ、そのエネルギーがサブカルチャーに向かったという。 A氏:ロシアのヒューマニストの素朴な合言葉に「ヴ・ナロード」(民衆の中へ)というのがあるが、ある種の屈折を経て、鬱々と不平不満を言うのではなく、テレビやラジオなど別の世界に王国を築きあげたのは、ヴ・ナロードなのかも。 私:五木氏が指摘する、もう一つ大事なのは、彼らの表現が「書き言葉」ではなく「話し言葉」だったことだという。 永氏はお寺の生まれで、彼がやったのはまさに「旅する坊主」で、法然、親鸞から続く説教坊主の系列。 真宗は徹底的に大衆的で、人々に語って聞かせ、風刺やユーモアを忘れず、歌を大事にする。 大橋氏もそうで、彼らがやったのは、いわばグーテンベルク以降の活字偏重文化からの「話し言葉」の復権。 戦後の大衆は、彼らのメッセージを楽しみと共に受け取っていた。 A氏:今やサブカルチャーが社会から承認されメインカルチャーになってしまったが、本来はメインカルチャーに対する異議申し立てだった。 その担い手たちの根本には、敗戦体験と左翼運動の挫折があり、彼らの仕事は、そういう広い日本の戦後思想史の中で語られるべきだと五木氏はいう。 私:そういう彼らが晩年になって、それぞれ反戦の思いを語ったのは、冗談を言っている余裕がなくなった時代になって、最後に本音がぽろっと出たのだと五木氏は指摘している。 お笑いの世界の大橋氏が、がんで衰えた容貌で、最後まで、テレビインタビューで雄弁に「反戦」を語っている理由が分かったような気がしたね。
2016.08.17
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私:最近、田中首相ブームだが、昨日、15日のこの欄で田中首相のロッキード事件をわかりやすく説明していたが、そこでは、事件は日本独自の外交で田中首相が、米国の「虎の尾」を踏んでしまったため、と見る人もいるとあるね。 A氏:米国側を怒らせ、その「謀略」で失脚させられたという見立てで、ロッキード社はCIAのスパイ機を製造するなど米国政府と関係の深い会社だし、ロッキード事件が76年2月に暴露されたのは、米国議会の公聴会でのこと。 未だに謎が多い事件だね。 私:今日のこの欄はそれを受けて、公開された米国政府の内部文書を見ると、米国の高官が田中首相をとても嫌っていて、米国側を怒らせたことはよく分かるという。 それによると、日本への対応を話し合う内部の会議で「信じられないウソつきだ」「一貫した政策がない」などと非難した記録が残っているという。 だが、田中首相を陥れようという米国側の「謀略」を直接裏付ける資料は見当たらないという。 A氏:事件の全容は今も不明のままで、だから、「虎の尾」説を信じる人が多い。 事件の発覚直後、当時、自民党幹事長だった中曽根康弘氏から「もみ消すことを希望する」との要請があった、と本国に報告する米国の公文書が見つかったのも近年だという。 私:米国議会では実際、航空機の売り込みをめぐりロッキード社から日本側に30億円が流れたと暴露されたけど、最終的な行方が明らかにされたのは一部だけ。 米国政府の情報機関CIAの事件への関わりも取り沙汰されたのに、日米両政府は疑惑にふたをしたという。 今から、10年後に米国議会の資料の秘密指定が解除されるはずで、そこから判明する事実関係もあるだろうという。 ところで、話はとぶが、「文化・文芸」欄で萩本欽一さんのインタビューが載っているが、興味ある記事があった。 ある時、コント55号で、(坂上)二郎さんがアドリブで「神様、仏様、佐藤総理、私を助けてください」と言って、欽ちゃんが、「そんなものにお願いしたって、余計に助からないよ」って突っ込むというシーンがあった。。 そしたら、放送では佐藤総理のところだけ音声がカットになっていたという。 A氏:日本的だね。 私:そのとき、欽ちゃんは、政治って近寄らない方がいいとドアを閉められた感じがしたという。 ところが、テレビで活躍していた40代の頃、選挙に出ないかと誘われたことがあったという。 A氏:タレント議員だね。 私:欽ちゃんは、「政治って何をやるんですか」と聞いたら、「朝から晩まで国民を笑わせる。みんなが幸せに笑う国を作ること」と言われ、「それなら、みんなが一日中笑える時代が来るまで僕は、中継ぎで十分で、一週間に一日笑わせます」と言って断ったという。 欽ちゃんらしいね。
2016.08.16
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私:斎藤氏が、取引所時代の最後の大仕事になったのが、企業統治の原則や経営指針を掲げた「コーポレートガバナンス・コード」の策定だった。 株価は資本主義経済の活力をみる体温で、経済が再生し株価が上がるには上場会社の「稼ぐ力」をつけることだと思い、経営者に動いてもらい、事業モデルを変えて競争力を復活させる、そのためには株主の圧力や市場の評価、社外取締役の監視といった「外の力」を活用することだと考えたという。 しかし、最初、「経営は社内がわかってないとできない。外の人を役員にしても機能するかわからない。監査役が機能している会社もある」という反対論が多かった。 A氏:社外取締役を義務付けようとして難航したが、追い風が吹いた。 自民党が政権に復帰した12年末の総選挙のマニフェストに「企業統治の強化」を掲げていたのだ。 私:15年の株主総会から、上場企業は独立社外取締役を2人以上選任するなどを掲げたガバナンス・コードが導入された。 経済界にも生産性や収益性が落ちている危機感があった。 金融政策で色々やるけれど株価も一時的に上がるだけ。 結局は事業会社の経営に問題があるからだと認識されてきた。 A氏:「第3の矢」だね。 日本のように会社共同体的なやり方でやれるなら、それは理想だが、厳しい国際競争では効率性に劣ると負けてしまう。 銀行がグループ企業向け融資の面倒をみたり、経営陣に人を派遣したりする銀行によるガバナンス中心のシステムが日本の生産性や利益率を悪くしている面があり、融資返済が第一でリスクのある新事業に慎重になり、逆に競争力がなくなった身内企業を支えたりするからだ。 私:米国は株主や従業員などの格差が拡大し、社会に亀裂が広がる課題を抱えるが、効率を求める冷たい経営の結果、GDP(国内総生産)は増え全体では豊かになっている。 日本を代表する企業の大半がサラリーマン経営者だ。 経営陣が自分の代に業績が落ちるのを恐れて利益をかさ上げした15年の東芝不正会計事件のようなことが起きるのをみるにつけ、斎藤氏は、プロの経営者が少ない日本の弱さを感じるという。 A氏;シャープや、軽自動車の三菱自工やすずきの経営問題もあるね。 私:サラリーマン感覚のまま経営しているから保守的になるしリスクを怖がる。 自分を引きあげてくれた先輩のやった範囲内でしかやらず、利益が出ない事業をやめるといった痛みを伴う決断は躊躇しがちだ。 社内からでも経営のプロが育つように、コーポレートガバンナンス・コードには後継者育成計画を作ることを入れている。 可能性のある人材に早くから責任をもたせ、社外取締役が面接し議論しながら何年も前から経営者を育成することを盛り込んである。 経営者に現状を変えさせるには、社外の人や市場からの圧力が大事だ。 市場は強欲だが、新しいものを生み出す力になる。 A氏:斎藤氏は、グローバル化が進むにつれ、日本の経営力が全体として落ちていることを痛感しているようだね。私:日本企業の内部留保が多いのは、多くのサラリーマン経営者が臆病になっているせいなのだろうか。 これでは「第3の矢」はとばないね。..
2016.08.15
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今週、書評から興味を持ったのは下記の2点。 1.浅田次郎〈著〉『帰郷』・評者、末國善己(文芸評論家) 明日は終戦記念日だが、戦争経験者は、次第に減少し、日本では4人に1人くらいになっていて、語り部も減り、平和ボケで、次第に戦争に対する想像力が乏しくなりつつある。 その意味で、文芸作品によりその想像力を高めるという方法があるね。 本書は、戦争を描くことをライフワークにしている著者の新作で、6作の戦争小説を収めた短編集。 戦争小説は最前線で戦う兵士を主人公にしがちだが、本書は戦争が巻き起こす様々な影響を掘り起こすことで、戦争の本質に迫っているという。 短編「帰郷」と短編「金鵄のもとに」は、生還した兵士が生き残った者が背負う重みから戦争を捉え直しており、考えさせられるという。 遊園地でバイトをしながら大学に通う主人公が経済成長の裏にある戦争の影に気付く短編「夜の遊園地」と、不寝番に立った自衛隊員が、タイムスリップして過去の戦時の不寝番になる短編「不寝番」の2作は、戦後社会に残る戦争の傷痕をあぶり出すことで、八月十五日で歴史を区切ることが果たして正しいのかを問い掛けてくるという。 短編「鉄の沈黙」と短編「無言歌」は戦場が舞台で、戦争とは無関係な人たちが国家によって動員され、死地に向かった現実を描いており、戦争の理不尽さが身近に感じられという。 評者は「戦争は国民を不幸にし、社会に損失をもたらす。それでもなくならないのは、戦争がもたらす悲劇を想像できないからではないか。 戦中と戦後をつなげる歴史観で戦争を切り取った本書は、現代の問題として戦争を考えるための想像力を磨いてくれる」としている。 2.小池和男〈著〉『「非正規労働」を考える 戦後労働史の視角から』 非正規労働全体を否定するかのような議論が昨今多いことに本書の著者は危機感を抱いていて、別の視点を提供している。 著者は非正規労働者制には3つの機能があると整理している。 (1)業績悪化時に雇用を調整する機能。 (2)低賃金を活用する機能。 (3)正社員に登用するための人材選別機能。 (1)と(2)が乱用されると働いても生活が苦しいワーキングプアや、将来不安に伴う未婚化、少子化の問題につながるが、本書は(3)の人材を見分ける働きに特に焦点をあてている。 非正規雇用は日本の主要産業で以前から見られたこと、技能を高めた労働者を正社員にした事例は数多くあり、それは企業の競争力にとって大きなメリットがあったことを紹介しており、最後に、「非正規労働者の正規への昇格制の整備」が提唱されているという。 従来の新卒正社員採用方式では、企業側も応募する側も互いの情報が不足し、ミスマッチが生じてしまっていた。 著者は生産の現場の力を高めていかないと、「高賃金国は国際競争でやぶれる可能性が高い」と危惧している。 非正規労働の「合理性を活かしつつ、弊害をすくなくする。そうした方策をさぐるほかあるまい」という。 それが結果的に「一国の競争力に寄与し、雇用の安定に資する」との本書の主張は重要と思われると評者は評価している。 思うに、非正規労働の増加問題は、日本の雇用制度を本書のように真剣に改善しないまま、終身雇用からグローバル化でだらだらと乱れ、中途半端な制度になってきたのを放置してきたせいだが、どこかの時点できちんと整理する必要があるだろう。 それにしても、この十数年の政治の劣化はどうにかならないだろうか。
2016.08.14
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私:「一本の鉛筆」というひばりの歌は、彼女の数多い持ち歌の中でも一見異質な存在だが、ひばりは自選の10曲の6番目に入れているという。 「皆さんにぜひ愛していただきたい歌」とも語っていたという。 俺は、この新聞記事で、はじめて知って、YouTubeで検索して聞いたね。 モチーフは広島の原爆。 1974年8月に開催された第1回広島平和音楽祭のために作られたもので、作曲家の古賀政男が実行委員長で、その要請でひばりは快諾して参加したという。 A氏:この年はひばりの歌手人生の転換期で、ヒット曲が出ず、弟の恐喝事件や暴力団問題などもあり73年にはひばりのショーは公共施設の使用を拒否され、紅白歌合戦にも落選しているね。 私:ひばりの戦争体験は、ちょうど、8歳の誕生日に横浜大空襲に遭い、父が徴兵されるのを見送ったことだという。 A氏:1945年5月29日、午前9時22分、B29 が517機、P51が101機、計618機の米軍機が横浜に来襲し、一説によると35万発、25707トンの焼夷弾を投下した(これは東京大空襲での焼夷弾1700トンを上回る量)。 この空襲での犠牲者は約8000人と推定され、横浜は阿鼻叫喚の地獄と化した。 私:「一本の鉛筆」は、音楽祭を総合演出した映画監督の松山善三氏が作詞。 《一本の鉛筆があれば 八月六日の朝と書く 一本の鉛筆があれば 人間のいのちと 私は書く》 一人でも一本の鉛筆で反戦を訴えることができるというメッセージだね。 作曲は黒澤明監督の映画音楽を手がけた故佐藤勝氏。 A氏:ひばりは横浜の磯子の育ちで、磯子区役所前に没後20年に当たる2009年に生誕記念碑が作られている。 私:この新聞記事を書いた記者は郷土のフリーライターの今津氏を訪ねる。 氏は「この歌を『反戦歌』というが、ひばりにはそんな意識がなく、彼女はそんなタイプでない」という。 ひばりと同じ年の今津氏は「戦争は怖い。戦争は嫌だ。これは実際に戦争を体験した人間なら誰もが持っている理屈抜きの思いだった。そうした素朴な思いをひばりは素直に表した。いくらか異質な歌に見えるけど、ひばりの中では何の抵抗もない自然な歌だったはず」だという。 ひばりが世を去って27年。 この曲は2008年にCD化されたが、71年経った敗戦記念日にこの歌は誰かによって歌われるだろうか。
2016.08.13
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送料無料/コンビニ人間/村田沙耶香 私:「コンビニ人間」は第155回芥川賞受賞作。 一昨日、近くのコンビニまで行って買ってきた。 A氏:小説「コンビニ人間」をコンビニで買うとは、寒い洒落だね。 私:昼頃、購入し、午後から、夜までかけて、40ページほどの作品を一挙に読了したね。 コンビニという日常、われわれが知っている職場を中心に描き、仕事や店員の人間描写が面白く、途中で投げ出すことがなかったね。 A氏:このブログの「8月8日朝日新聞日曜書評より」でふれていて、ここでは、文芸評論家の斎藤美奈子氏が新種のプロレタリア文学で、主人公が暮らすのは労働疎外の先にある世界であり、読者はときに哄笑し、ときに冷や汗をかきながら、景色が反転する感覚を味わうだろうと評していたね。 私:文藝春秋では、作品の掲載頁の前頁に「芥川賞選評」を掲載しているね。 各選考委員が短いコメントを載せている。 以前、石原慎太郎が選考委員のとき、彼の選評は独特なのでよく読んだね。 彼が推奨した作品はあまりなかったように思う。 同様に、村上龍の選評もよく読んだね。 二人の選評が似ているのは、あまり熱心に推薦しているものがなかったことだね。 石原慎太郎が選考委員をやめたので、特に選評を読むのは村上龍だけになってしまったね。 A氏:しかし、その村上龍氏の今回の「コンビニ人間」の選評は珍しく、べた褒めではないのかね。 私:村上氏は、選評で「現実を描き出す」というのは、小説が持つ特質であり、力だという。 そして、「コンビニ人間」の作者は「コンビニ」という、どこにでも存在して、誰もが知っている場所で生きる人々を厳密に描写することに挑戦し、勝利したと高く評価している。 そして最後に「この作品には上質のユーモアがあり、作者に客観性が備わっていることを示す。このような作品が誕生し、受賞したことを素直に喜びたい」と村上龍氏は選評文を終わっている。 A氏:コンビニには俺達が見ている活動以外に、裏の活動があるんだね。 新人は店長やベテランから訓練を受ける。 マニュアルがある。 交代の始まりに朝礼や夕礼があり、各自の分担や特売の準備などの指示がある。 私:俺はこの「コンビニ人間」の作品を読んでから、コンビニ行ったら、何故か、店員一人一人の動きが気になってきたね。 若い学生アルバイトらしい男子の店員が、サンドイッチの棚の商品を並べ替えしていた。 賞味期限の近いものを前に並べ替えをしているのだろうか。 コンビニの世界が、そのまま世の中の縮図のように感じたね。 今、マスコミはオリンピックだらけだが、それでもコンビニはいつもと変わらず、24時間、営業をしているわけだ。 日本の多くの企業がそうであるようにーーー。 そう感じたね。
2016.08.12
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私:今、水素水ブームだそうだ。 こないだその宣伝の集まりに行ったら、興味ある実験をしていたね。 コップにコメを入れ、水素水を注ぎ、かき回すと少したってコップの底に黄色い水が貯まる。 これは水素水で除去された農薬で、これを落としたコメを食べると美味しいという。 プチトマトでもこれに水素水をかけて、そのまま食べると美味しいという。 A氏:水素水は、人体内の活性酸素を中和するので体のサビをとり、健康にいいというが、料理にもいいんだね。 私:それにしても、我々は結構、農薬を口にしているんだね。 とりあげた新聞報道は、最近、よく聞く「ミツバチの大量死」のことで、これも農薬が関係しているようだね。 大量死したミツバチの死骸を農水省が分析したところ、半数以上から水田でまかれたネオニコチノイド系農薬が検出された、とする調査結果が7月に発表されたということだ。 A氏:ネオニコ系は有機リン系農薬の代替として開発された殺虫剤で、人や魚などへの毒性が比較的少なく、カメムシなどの防除効果が高いとされる。 日本では1992年以降、クロチアニジンなど7種が登録され、水稲などに使われているが、登場した時期とミツバチの大量失踪や大量死が報告されるようになった時期が重なるため、世界的に因果関係が疑われているという。 私:農水省は2013~15年度に全国の養蜂家から都道府県を通じて連絡があったハチの大量死198件の原因を初めて詳しく調べ、「水稲のカメムシ防除に使用された農薬が原因である可能性が高い」と結論づけたが、ネオニコ系が多いのは利用量が多いためで、影響の強さは特定できないとした。 A氏:海外では、00年代半ばから北米などを中心に大量の働きバチが短期間でいなくなる蜂群崩壊症候群(CCD)の報告が相次ぎ、ネオニコ系がハチの行動などに悪影響を及ぼすという研究成果の発表が続いている。 13年には欧州委員会が、予防原則に基づいて3種のネオニコ系農薬の使用禁止を決定。 米国、台湾、韓国なども暫定使用禁止などの規制を導入したという。 私:日本は、実質的な規制がないだけでなく、ネオニコ系農薬の新規登録や適用拡大など、世界とは逆の政策を進めており、農水省は、商品価値を大きく下げる斑点米の原因になるカメムシの防除に効果が高く、規制は稲作農家への影響が大きいことも理由に挙げているという。 A氏:だが、14年に中立的な国際科学者チームがまとめた評価書では、ネオニコ系は土壌に数年間残留し、食物を通してミミズや鳥、魚などに影響を及ぼすと結論づけたという。 私:ミツバチだけでなく、生態系全体への影響も懸念されるから、コメの生産性だけを重視する視野の狭い姿勢はどうかと思うね。
2016.08.11
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A氏:このブログの「人工知能が囲碁のプロ棋士に勝利 どこまで進化する?」で、とりあげたように、難しい囲碁で、人工知能が勝利した前後から、人工知能の未来についての知的小街道がこのブログに下記のようにできたね。 「マシン・エイジ:人より賢い機械と生きる」、「IoT 全てがネットにつながる時代」、 「人工知能が開く未来」ソニーコンピュータサイエンス研究所社長北野宏明氏:「人間中心主義超え近い関係に」情報社会学研究者塚越健司氏 私:さらに、人間の複雑な心のなかを見つめてきた文学者たちは、AIという存在をどう考えているのかということで、この欄ではまとめている。 A氏:すでに、公立はこだて未来大などのグループが3月、AIを使って書いた短編が星新一賞の1次審査を通過したと発表したという。 研究チームを率いる松原仁教授は「囲碁や将棋でも、人間に勝つのは不可能と言われてきたが、小説を書けないという理論的根拠はない。将来的には、ある水準のものは作れると思っている」という。 だが物語の設定やあらすじなど8割方は人間の手も加わっていたといい、「AIが小説を書いた」と言える状況にはまだほど遠い印象だったそうだ。 私:作家の奥泉光氏は6月、AIの進歩を背景にした近未来小説『ビビビ・ビ・バップ』(講談社)を出したが、ジャズの即興演奏に挑むロボット、AI制御の「自働運転車」、いずれそうなるのかも、と思わせる場面が次々に登場するという。 奥泉氏は「AIは人間をどう変えるのか。かつてフィクションでしかなかったものが、少しリアルな気配を漂わせつつある」と言う。 A氏:山田宗樹氏の新作「代体」は、AIを駆使して人の意識を「代体」と呼ばれる人造人体に移せるようになった近未来を描き、事故などで致命傷を負った人の意識だけを「代体」に避難させ、手術後、体に戻す。そんな医療サービスが富裕層向けに浸透しているという設定だという。 私:山田氏は、人間の意識を解明し人工的に再現することは、「理屈上は可能なはず」と言い、執筆の動機には「そんなことが可能になった未来を見てみたい」という好奇心があったという。 だが作中、人間がつくりだしたはずのAIは意思めいたものを持ち、ついには人間に刃向かい始め、「すぐれたAIが次のすぐれたAIを設計し、加速度的に発達するという、いずれ一つのAIが全人類の処理能力を超える時代が、もうそこまで来ていると言われている」といい、作品は、人間とAIを分ける境界線は何かという問いも突きつけるという。 奥泉氏は「(AIが小説を書くのは)まだ難しいと思う」というが、「ひょっとすると小説の世界は僕らが思うより広くて、人間が狭いところでやってるだけかもしれないと思うことがある」とも言う。 「そういう新しい広がりをAIが見せてくれる日が、いつか来るかもしれない。機械が小説なんてありえないとは、断言しにくくなってきた気がします」と氏は言う。 時代の先をみる文学者にも人工知能の未来はまだよく見えないようだね。
2016.08.10
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私:前にこのブログの(7日朝日新聞・書評)「アメリカの真の支配者 コーク一族」で、ふれた、共和党の影の支配者である大富豪「コーク兄弟」は、選挙費用に10億ドルを出すというが、今回のトランプ候補にまた、選挙資金を投入するのか興味があったが、この8日の新聞では他の富豪とともに「コーク兄弟」の動向にふれているね。 A氏:「コーク兄弟」の動きについては、この報道ではエネルギービジネスなどを手がける「コーク産業」の最高経営責任者で、445億ドルの資産を誇るチャールズ・コーク氏は7月、フォーチュン誌のイベントでクリントン氏とトランプ氏を「がんと心臓発作」にたとえて、どちらも支持できないと表明したとあるね。 コーク氏と弟のデビッド・コーク氏はこの数年、数千万ドルもの献金をして影響力を発揮してきたが、米メディアによると今年はもっぱら議会選に集中し、大統領選には肩入れしない方針という。 私:トランプ氏は大きな献金者を失うね。 もっとも、トランプ氏はツイッターで「コーク兄弟」について「自分が面会を拒否した」と発信し、支持を得ないことを逆手に、「既得権益にとらわれない政治家」というイメージを強調したという。 資金集めでも3日、「小口献金を中心に、7月に共和党全国委員会と共同でオンラインとダイレクトメールを通じて6400万ドルを集めた」と発表し、大口献金に頼ることが多かった過去の共和党候補との違いを訴えたという。 A氏:米大統領選で、ビリオネア(億万長者)が相次いで民主党のクリントン氏の応援に立っていて、トランプ氏もビジネスでの成功を強調して候補者指名につなげたが、皮肉にも同じ富豪たちからは冷遇されるケースが目立つという。 私:トランプ氏を批判するビリオネアは他にもいる。 個人資産が約484億ドルの前ニューヨーク市長、マイケル・ブルームバーグ氏は、民主党大会に出席し、「正気で、能力がある人を大統領に当選させよう」と、トランプ氏が正気でないと示唆した。 「投資の神様」として知られ、個人資産が653億ドルと世界3位のウォーレン・バフェット氏は1日、地元ネブラスカ州でクリントン氏の応援に立ち、納税申告書の公表を拒み続けているトランプ氏をからかった。 公表しないのは大統領候補として異例で、トランプ氏は「監査中」であることを理由にしているという。 A氏:このように、ビリオネア(億万長者)が相次いで民主党のクリントン氏の応援に立っているね。 私;さらに、クリントン氏の強みは、ヒスパニックなど「非白人層」からの圧倒的な支持。 初の女性大統領を目指すとあって、女性からの支持も6割近いが、非白人層からの支持は80%を占め、トランプ氏の13%を圧倒するという。 トランプ氏は、選挙戦で最重視するのが白人労働者からの支持取り付け、「労働者の党」をうたってきた民主党のお株を奪い、「ラストベルト」と呼ばれる製造業が廃れた失業者の多い地域に勝機を求めているし、「反クリントン」票を取り込もうと低所得者の多いサンダース氏の支持者にも秋波を送り、支持拡大に躍起だという。 A氏:このブログの「白人の不満層、トランプ氏に熱」1日朝日新聞・「分断大国 米大統領選・揺れる人種:上」でもふれているね。 私:今度の米国大統領選は、トランプ氏の登場で伝統的な「労働者の民主党」対「金持ちの共和党」の対立でなくなってきているようだね。
2016.08.09
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今週、特に興味を引いたのは、下記3冊。 1.井手英策〈著〉『18歳からの格差論 日本に本当に必要なもの』 2.柴田悠〈著〉『子育て支援が日本を救う 政策効果の統計分析』 この2冊は京大教授・諸富徹氏が一緒にとりあげたもの。 今の日本は、貧困と格差は拡大するばかりだが、「成長がすべてを解決する」という神話は、めっきが剥がれ落ちたとして、ここで取り上げる2人の気鋭の若い研究者は、こうした論理を転倒させ、貧困と格差の克服こそが先決であり、それが日本を救い、成長を可能にするというのだというものだとしている。 『18歳からの格差論』では著者は、従来の発想を転換し、貧困層に限った救済ではなく、子育てや教育、医療など人間に共通して必要なサービスを、すべての人々に対して(無償で)保障する社会の構築であり、その費用は、全員が(所得に比例して)負担する。 こうすれば、すべての人々が受益者となり、お互いが、いがみ合う必要はなくなる。 税は、政府から一方的に取られる負担から、暮らしのための分かち合いへと転換され、格差も是正されるという。 『子育て支援が日本を救う』では、著者は統計分析によって、子育て支援と就労支援の充実が、子どもの貧困率を引き下げ、女性の労働参加率や出生率、労働生産性を高め、経済成長率を押し上げると明らかにした。 そのために必要となる予算は、所得税の累進化、相続税の拡大、資産税の累進化などの組み合わせで十分に捻出可能だと試算するという、きわめて説得的な改革案だという。 社会保障は、日本ではほぼ高齢者への政策を意味してきたが、いまや大きな政策転換を行うべき時期に来たのではないだろうかと評者は言う。 3.『コンビニ人間』 村田沙耶香〈著〉評・斎藤美奈子(文芸評論家) これは今回、芥川賞をもらった作品だ。 子どもの頃から世間とずれており、家族の心配の種だった主人公恵子は、同じ制服を身にまとい、接客マニュアルを体得し、コンビニ店員になった日に次のように確信する。 「そのとき、私は、初めて、世界の部品になることができたのだった。(略)世界の正常な部品としての私が、この日、確かに誕生したのだった」 以来18年間、彼女は同じコンビニでアルバイトを続け、36歳、独身、恋愛経験なしのまま。 こういう人が周囲にいたら就職も結婚もしないで大丈夫とか思うのが「常識」だが、小説はそんな世間の「常識」を逆手にとり、コンビニ人間という生物の目から見た、世間の人々のあやしさをこれでもかと描き出す、水槽の中の魚が人類の生態を観察するような視点でと評者は言う。 そして、新種のプロレタリア文学で、恵子が暮らすのは労働疎外の先にある世界であり、読者はときに哄笑し、ときに冷や汗をかきながら、景色が反転する感覚を味わうだろうと評者は言う。 明後日の10日発売の文藝春秋9月号にこの小説が掲載されるだろうから、買って読んでみたい。 著者自身も現在コンビニ店員だというのも興味をひく。
2016.08.08
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私:米国の原爆投下はトルーマン大統領の決断によるという常識が、今まで未公開だった証言記録や資料でその常識を覆す多くの新事実が明らかになり、それをこのスペシャル番組はまとめている。 A氏:1945年4月、ルーズベルト大統領が急死し、副大統領から突然トップになったトルーマンは、それまで原爆計画の詳細を一切知らなかったんだね。 君のこのブログの「原爆目標 横浜が外れた極秘電文・米公文書館で新資料発見」によると、米公文書では、原爆投下都市の選定作業は45年4月27日にワシントンで開かれた目標検討委員会ではじまったという。 軍は原爆の効果を確認できる都市として、半径5kmが平坦で、まだ、空襲で損害が少ない都市を選んで、最初は17地域が選定された。 A氏:17発の原爆投下計画だね。 私:7月に原爆実験が成功したので、最初の投下は8月になった。 この頃、トルーマンは、投下目標は軍事施設に限定し、女性や子供を犠牲にすることはさけるべきとしていたことが今回の公開で分かる。 原爆投下の第1次候補として広島、京都、新潟があがったが、文化都市の京都はステムソン長官の反対で、これに賛同したトルーマンは目標から外すように指示が出る。 そこで、京都の代わりに小倉が追加された。 A氏:軍は、原爆投下のトップの広島は軍事施設都市というウソの説明をトルーマンにする。 だから、投下直後、トルーマンは軍事施設の破壊に成功したと公表する。 おっかけ、広島の3日後、軍は2発目の原爆を搭載した爆撃機を小倉に向け出発。 しかし、当日、視界が悪いため、変更し、長崎に向かうということになり、長崎に投下。 ここで、トルーマンはその残酷性を知ったのか原爆投下中止の指示を軍に出すんだね。 私:もたもたしていたら、軍は、2、3日後に小倉に投下し、次々にこの間隔で原爆を投下していただろうね。 そこでトルーマンは、原爆投下により、戦争を早期に終わらせることができ、多くの米兵の死傷者を出さないですんだという原爆投下の正当性の説明を後知恵だが作り出したという。 広島、長崎に原爆投下の71年目に軍の独走という真実がわかったね。 歴史にイフは禁物だというが、ルーズベルトが、8月まで大統領だったら文民統制で、事態は変わっていただろうか。
2016.08.07
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私:リオ五輪は、華々しい開会式で開幕したね。 しかし、ロシアのドーピング問題が影を落とす。 そこで、「耕論」欄では、ドーピング問題について、作家・佐藤優氏、早大教授・友添秀則氏、元陸上選手・為末大氏の3氏に意見を聞いている。 3氏とも悲観的な見通しだね。 A氏:ロシア通の佐藤氏は、「反省より不快示すロシア」として、プーチンは欧米諸国がスポーツに政治を持ち込み、ロシアを狙い撃ちした結果だと反発しているという。 ロシアでは旧ソ連以来、スポーツは形を変えた戦争、ととらえていて、柔道もたしなむプーチン氏には「五輪は参加することに意義がある」という発想はなく、実際に戦争をしたら米国には勝てないのでスポーツでは勝ちたい、という感覚だと佐藤氏はいう。 私:ロシアから、ドーピングがなくなることはないという。 それは、ロシアには、主にアスリート崩れで構成する「スポーツ組」というマフィア組織があり、スポーツ省と密接な関係があり、軍とも距離が近い。 その闇の構造に、ドーピング問題もあり、この構造は変わらないままで、薬の開発など利権の構造や影響力は無視できなく、ドーピングには軍医が深くかかわっており、尿すり替えに替わる新たな検査逃れの創意工夫を、模索するはずだという。 A氏:友添教授は、そもそも、なぜドーピングをしてはいけないのか?として、倫理学的にも、その根拠を示すことは難しく、禁止する側はまず健康被害を理由に挙げるが、選手は体を壊すリスクは承知で、他人を傷つけるわけでもないという。 なぜドーピングに手を出す選手が後を絶たないのか、それは、社会との関係のなかで考えなければわからないという。 今回はロシアの国家主導によるものだが、だからといって、選手は「被害者」という見方はあまりにも一面的であって、すべての選手がそうだったとは言わないが、選手も「共犯」と考えるのが自然で、五輪や国際大会で結果を残せば、報奨金や特権が手に入る構造が背景にあるからだと、友添教授は指摘する。 私:ドーピングを根絶するには、「より速く、より高く、より強く」という五輪のモットーを、「より美しく、より楽しく」と変えるような、いままでとは違う価値観やルールをつくる必要があり、それができなければ、さらにエスカレートを続け、いずれ人間を潰し、スポーツという文化そのものが滅びるという危機意識が必要なところにいることを、認識すべきだと教授は厳しく指摘しているね。 A氏:元陸上選手で五輪に3回出たこともある為末氏は、2003年ごろ、米サンフランシスコで一緒に練習していた米国の選手が、検査に引っかかったが、同じきつい練習をして、為末氏はクタクタなのに、彼は翌朝、元気に走れていたという体験を語っている。 私:為末氏は、現役時代、「金メダルを取れるなら、命と引き換えてもいい」とまで思っていたという。 氏が現役のころは毎月のように違反者が発覚していたので、途中からは「勝敗よりも競技を極めよう」と、そんな感覚だったという。 短期的にドーピングをなくすには、罰則を厳しくする、強硬な裁定を下す、劇的な検査方法を開発する、いずれかが必要だが、長期的になくせるかどうかはわからないと為末氏は言う。 3氏ともドーピングの根絶には、あまり期待していないね。 人類は五輪のスポーツ競技のあり方について、大きな問題に直面してしまったようだね。
2016.08.06
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私:保守の論客佐伯氏の今月の「異論のススメ」は、リオのオリンピックにちなんだのか、スポーツの語源からはじめているね。 スポーツとは「ディス・ポルト」から出た言葉で、「ポルト」とは「停泊する港」あるいは、「船を横づけにする左舷」という意味で、「ディス」はその否定であるから、「ディス・ポルト」とは、、停泊できない状態、つまり、秩序を保てない状態であり、はめをはずした状態、ということになり、「ポルト」にはまた「態度」という意味もあるから、「まともな態度を保てない状態」といってもよいとしているね。 A氏:ギリシャ人はスポーツを重んじ、争いを様式化し、競技を美的なものにまで高めようとし、ギリシャでは「競技」が賛美される一方で、ポリスでは「民主政治」が興隆。 民主主義とは、言論を通じる「競技」だったのであり、肉体を使う競技と言語を使う競技の2つがポリスの舞台を飾ることになると佐伯氏は指摘しているね。 私:ここで、佐伯氏は、言論と肉体の「競技」を分けているね。 その起源(語源)に立ち返れば、両者とも一歩間違えば「はめをはずした不作法な行動」へと崩れかねない。 それを制御するものは、自己抑制であり、克己心しかなく、そのために、ギリシャでは、体育は、徳育、知育と並んで教育に組み込まれ、若者を鍛える重要な教科とみなされた。 この三者を組み合わすことで、体育はただ肉体の鍛錬のみならず、精神の鍛錬でもあり、また、自律心や克己心の獲得の手段ともみなされたのであり、その上で、運動する肉体を人間存在の「美」として彫像に刻印しようとしたと佐伯氏はいう。 A氏:今日、オリンピック級のスポーツには、ほとんど職業的とでもいいたくなるほどの高度な専門性を求められ、そのためには、スポーツ選手は職業人顔負けのトレーニングを積まなければならない。 これは肉体的鍛錬であるだけではなく、高度な精神的鍛錬でもあり、そこまでして、スポーツ選手は「ディス・ポルト」を防ぐ。 問題は、言論競技としての民主主義の方で、むしろこちらの方が、成功したのかどうかあやしい。 民主主義の精神を鍛えるなどということは不可能に近いからであり、政治の方には、スポーツのような鍛錬はほとんど課されない 。 私;先日のNHKスペシャルでは、運動と脳の活動の関係をIT技術を使って分析し、運動能力を高める研究を紹介していたね。 こうして、高度なスポーツは「素人」から遊離して一部の者の高度な技能職的なものへと変化し、一方、政治は「素人」へと急接近して即席の競技と化しており、どちらも行き過ぎで、スポーツと民主主義を現代にまで送り届けたギリシャの遺産が、ロシアのドーピングやアメリカの大統領選挙のトランプの姿に行きついたとすれば、現代世界は規律や精神の鍛錬の場である確かな「停泊地」を失ってしまったといわねばならないと佐伯氏は指摘している。 佐伯氏は、危機感を提示しているだけで、解決案は示していないが、たしかに、容易に解決できる課題ではないだろう。 リオ・オリンピックも、政治ではブラジルの政治腐敗と、スポーツではロシアのドーピング問題を抱え、民主主義とスポーツの両者の「停泊地」を失ったオリンピックと言えるね。 その「停泊地」を失ったオリンピックが明日、開幕する。
2016.08.05
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私:第3次安倍再改造内閣で、防衛大臣に稲田朋美氏が起用された。 稲田氏は、自民党内きっての「タカ派」として知られ、東京裁判が不当だとし、終戦記念日には必ず靖国神社に参拝し、日本が核保有を検討すべきだと発言をしたこともあるね。 12年には雑誌の対談で「韓国は対日本に関しては、国際的な常識の通用しない国」と発言し、11年には日韓両国が領有権を主張する竹島に近い韓国の鬱陵島(ウルルンド)を視察するため、自民党の同僚議員らと渡韓したが、韓国政府に入国を拒否された過去も持っている。 こうした言動が、中国や韓国との関係を悪化させないか、政府・与党内から不安視する声が出ているという。 A氏:稲田氏は3日夜、首相官邸で開かれた就任会見で、終戦記念日に靖国神社を参拝するかを記者団に聞かれ、「心の問題だと思っている。行くとか行かないとか、行くべきであるとか、行くべきでないとか申し上げるべきではない。安倍内閣の一員として適切に行動して参りたい」と述べるにとどめたという。 核保有についても、3日の就任会見では「将来的にどういった状況になるかということもあろうかと思うが」と前置きしたが、「現時点で核保有を検討すべきではないと思っている」と語ったという。 私:中韓へ影響を配慮したのか、やや、慎重な発言だね。 案の定、韓国メディアは3日、「歴史修正主義の傾向がある右翼強硬派の抜擢)」(聯合ニュース)、「慰安婦や戦犯裁判を否定する右翼」(SBSテレビ)などと警戒感をもって報じたという。 日韓両政府は、交渉が滞っている軍事情報包括保護協定(GSOMIA)締結などを目指し、韓民求(ハンミング)国防相の訪日を調整していたが、韓国国防省には稲田氏の就任で韓国世論の反発を懸念する声が上がり、日韓防衛相会談や対北朝鮮で弾道ミサイル防衛の効率的な運用に欠かせないGSOMIA締結には慎重になるとの見方が出ているという。 A氏:中国国営中央テレビは3日、稲田氏について「何度も靖国神社に参拝している」「日本の侵略の歴史を否定している」などと指摘しているという。 私:米国務省のトナー副報道官は3日の記者会見で、稲田氏に中韓両国から懸念する声が出ていることについて「純粋に日本の内政問題で立ち入ったコメントは避けたい」としながらも、「歴史問題には癒やしと和解を促進するアプローチが重要」と指摘し、「これが(靖国)神社(参拝)に関しての一貫した米国の立場だ」と強調し、直接的な言及は避けつつも、稲田氏の閣僚としての靖国神社参拝を牽制。 安倍首相が前任の中谷氏に替え稲田氏を防衛相に起用したのはどういう意図があったのかね。 東洋経済・ON LINEは、稲田氏は、強い信念を持った"劇薬"のような政治家で、このような稲田氏が防衛相に就任すれば、歴史認識問題で日本を激しく批判する中国や韓国、北朝鮮へ大きな牽制となると思われるとしているが、"劇薬"は逆に日韓、日中関係を悪化させるのではないかね。
2016.08.04
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私:安倍政権がまとめた28兆円超の経済対策は、事業規模を膨らませることで、アベノミクスを加速させる姿勢をアピールしたが、中身をよく見れば、これまでも実施されてきた公共事業がずらりと並び、アベノミクスの「限界」が指摘されるなか、経済成長の道筋はまだ見えてこないと報じている。 A氏:アベノミクスの3本の矢の2番目の矢の加速だね。 構造改革など肝心の第3の矢の加速が見えていないね。 私:対策の目玉に据えたのは、JR東海が進めるリニア中央新幹線への財投の活用で、3兆円を低金利で貸し付けることで、建設費の負担を軽くし、大阪までの全線開業を最大8年前倒しするというが、これも全線開業は2037年と、効果が出るのはまだまだ先。 A氏:政府の働きかけで賃上げを実現しても、消費は思うように伸びず、製造業の業績が回復しても、一度海外に移った工場が国内に戻ることはほとんど無く、設備投資は伸び悩む。 日銀は7月29日、上場投資信託(ETF)の買い入れ額を増やす「追加緩和」策を打ち出したが、市場の反応は期待外れで、円高が進む。 私:国際通貨基金(IMF)が2日公表した日本経済についての年次審査の報告書は、アベノミクスについて「相当な改善が必要だ」として、労働市場改革などの構造改革を進めるよう求めているという。 第3の矢だね。 経済対策は、短期的には成長を押し上げるものの、巨額の債務や前例のない金融緩和による「下向きリスクが支配的」とも指摘しているという。 富士通総研の早川英男氏は「日本経済は緩やかな回復基調で、経済対策が必要な状況ではなく、やるべきは日本経済の実力を高める構造改革で今回の政府、日銀の連携の方向は間違っている」と語っているという。 これも第3の矢のことだね。 A氏:この日、内閣府が公表した16年度の経済財政白書も、政権が描くアベノミクスによる経済の好循環は十分に起きていないとした上で、若い世代に増えている、非正規社員の待遇改善や規制緩和などに取り組む必要性を強調したという。 私:経済対策では、17年度から当初予算で保育士や介護職員の所得を上げることや、返済が不要な給付型修学金の実現、「働き方改革」について明記したが、こうした政策を実現させる安定的な財源確保などの課題を克服し、時間をかけてでも地道な改革に取り組めるかどうかが、経済対策の規模以上に問われているという。 第3の矢の強化が明確でないまま、28兆円の第2の矢でカバーするという賭けにでたような気がするね。
2016.08.03
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私:最近、昭和を築いた各界の有名人ががんでなくなっているのが増えているね。 ところで「がんは切るな」ということで有名な医師近藤誠氏がどこかで書いていたが、「がんを食うがん」があって、このがんまで切除するとかえって本命のがんが進行するという。 がんは、単純でなく多様なんだね。 この記事は、それを教えてくれるね。 A氏:国立がん研究センター研究所がんゲノミクス研究分野の谷内田真一ユニット長らが2010年、英科学誌ネイチャーにがん細胞の進化を実証した論文を発表。 仮にがん細胞が多様でなければ、異なる臓器に転移した場合、環境が変わって生き残る条件が整わずに死んでいくかも知れないが、異なる特徴を持つ多様な集団になれば、その一部に、転移先の新たな環境にも耐えられる細胞が含まれる可能性が出てきて、集団として生き残る道が出てくるという。 環境が変わるのは、転移ばかりではなく、「がんが大きくなると、中心部では栄養や酸素が不十分になるが、それでも生き残れる性質をもった細胞が生き残る」とも谷内田氏は指摘する。 私:「がん細胞の進化論」だね。 体には異常な細胞を除く仕組みもあるが、その仕組みをすり抜け、増殖が止まらなくなった細胞集団が、がんになり、がん細胞は、ほかの細胞よりも分裂の速度が速く、がん細胞の集団は大きくなっていく。 こうした突然変異は、加齢とともに増えていくこともわかってきたという。 がん細胞が進化し、多様で不均一になることは、治療を困難にする原因になる。 ある抗がん剤に抵抗性を持つ細胞が混じっていれば、治療に成功したように見えても、生き残って細胞が再び増える可能性があるからだ。 がんが大きいほど多様性が大きくなるため、「早期発見、早期治療が重要だ」という。 A氏:がん治療で「早期発見、早期治療が重要だ」という意味がわかったね。 私:指先ほどのがんでも10億個の細胞が含まれるという。 10億人の人類を想像してみても、肌の色や髪の縮れ方、背の高さなどさまざまな人がいるように、がん細胞も多様だという。 免疫を抑える遺伝子を異常に活性化させる変異があることもわかってきたという。 がん細胞の巧みな戦略だが、戦略がわかれば、攻略法も考えられ、実際、今のところ、高価だが免疫を抑える作用を無効にする薬も実用化され始めているという。 がんの種類ごとに開発されてきた従来の治療法に加え、遺伝子変異の種類によって、一人一人の患者に適した治療を目指す時代になってきているという。 多様化するがんに対応するため、がん治療も進化して多様化しているんだね。
2016.08.03
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私:1日、2020~22年度に小中高校で順次始まる新しい学習指導要領について、文部科学相の諮問機関「中央教育審議会」が、審議まとめ案を公表。 小学5、6年生の英語が「外国語活動」から教科に格上げされ、年間の授業時数は70コマ分(1コマは45分)に倍増するという。 いまは小学5、6年生の「外国語活動」は、年間の最低基準は35コマ分で、学校によっては時間数を増やしたり早めに始めたりしていたが、遊びや歌などの「話す・聞く」の学習が中心だった。 これを「外国語科」という教科に格上げし、「読む・書く」の領域も加えて70コマ分(週2コマ分)に増やし、国の検定を受けた教科書が使われ、身近な単語や文章の読み書きが始まるという。A氏:今回の改訂は、「何を学ぶか」という指導内容に加え、「どのように学ぶか」「何ができるようになるか」という視点から見直していて、「どのように」という学びのプロセスでカギを握るのが「アクティブ・ラーニング」(AL)。 小中高校を通じ、対話や討議で児童生徒が主体的に学ぶ「アクティブ・ラーニング」の充実も盛り込んだね。私:ALが文科省の文書に初めて登場したのは12年。 大学教育についての中教審の答申に載ったもので、一方的な講義と異なり、学ぶ側の能動的な参加を取り入れた指導・学習方法の総称。 発見学習や課題解決学習、グループディスカッションやディベート、グループワークなども有効とされるという。 文科省は「学習内容を深く理解し、社会や生活で活用できるようにするには、知識の量だけでなく、質も思考力も重要だ。ALの視点に立って、学習過程の質的な改善を目指す」としている。A氏:現場の教員は大変だね。 1日の朝日新聞1面では、全国の公立小中学校で、退職する教員数が2年後にピークを迎え、代わって新規採用者数が膨らんで経験の浅い教員が増え、中学では1年目で学級担任をする教員が6割を超えたと報じている。 「大量退職・採用時代」に若手の効率的な養成が急務だが、教員の多忙化や教える内容の多様化も進み、学校には重い課題だという。私:文科省によると退職期を迎えているのは、第2次ベビーブーム世代(1971~74年生まれ)の就学に合わせて採用された教員で、同省の2013年度の調査によると、ピークの18年度の退職者数は計2万3081人で、13年度の1・67倍に上る。 全国の公立小中学校の教員約54万8千人のうち、50歳以上は約21万6千人(39%)で、18年度以降も大量退職期がしばらく続く見込み。 グローバル化時代に現場の教員の業務負担増と、どんどん要求される質の向上維持ができるか先行き心配だね。
2016.08.02
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私:東京都知事選は小池氏が大勝し、初の女性都知事となったね。 次は11月の米国の大統領選で、クリントン氏が、初の米国女性大統領になるかだね。 都知事選は選挙期間が短かったが米国の大統領選の活動は長いので、じっくりした選挙予想ができそうだね。 A氏:今朝の新聞では、トランプ氏を支持する白人労働者層をとりあげているね。 共和党の予備選で、トランプ氏が特に強かったのは北東部のニューヨーク州やペンシルベニア州など、製造業の不振で地域経済が落ち込んでいる通称「ラストベルト(さびついた地帯)」から、アパラチア山脈を伝ってミシシッピ州など南部にまたがる地域。 11月の本選で勝利演説をするのは、初の女性大統領か、それとも政界のアウトサイダーか。 これらの州の白人たちの一票が、大きな鍵を握っているという。 私:昨秋、米国で中年の白人の死亡率が上がっているという論文が大きな波紋を広げた。 米国内の黒人やヒスパニックは医療技術の進化と喫煙者の減少などによって死亡率の低下が続いているが、その中で、白人だけが例外的に死亡率が高まっているという驚きの調査だという。 ピュー・リサーチ・センターが今年3月に実施した調査で「あなたのような人にとって、50年前と比べて米国での生活はどう変わったか」と聞いたところ、白人の54%が「悪くなった」と答え、「良くなった」は28%に過ぎなかった。 黒人の58%とヒスパニックの41%が「良くなった」と答え、「悪くなった」はそれぞれ17%と37%だったのとは対照的だという。 A氏:「生活が悪くなった」と答えている人の政治的傾向もはっきりしていて、トランプ氏の支持者のうち、「悪くなった」は75%に上り、「良くなった」(13%)の5倍以上。 クリントン氏の支持者は53%が「良くなった」と答え、「悪くなった」の22%の2倍以上だったという。 私:こういう白人たちが、トランプ氏の「米国が最後に勝利したのはいつだ?」「本当の失業率は18~20%。(政府統計の)5・6%なんて信じるな。中国が我々の仕事を取っているんだ」という演説にひかれ、今まで政治に無関心なこれら白人層は、トランプ氏の応援に夢中になる。 CNNの最新調査では、トランプ氏は白人の56%から支持されており、民主党のクリントン氏の34%を引き離していて、「大学を出ていない白人」に調査の対象を絞ると、65%がトランプ氏の支持で、27%のクリントン氏をさらに大きく引き離しているという。 長い大統領選の戦いで、米国政治は大転換するのだろうか。 日本の首都も新都知事は、オリンピックを迎えながら革新都政に転換できるだろうか。
2016.08.01
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