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20時30分ごろ「つくばマラソン」から無事帰宅しました。帰宅後直ちに愛犬と散歩(妻も山形へ旅行していたため)、マラソン用具等の片付け、遅い夕食を終え、ようやくパソコンに向かっています。 結果は何とか完走することが出来ました。タイムは4時間40分07秒です。練習もしていないのに走れたのは、これまでの経験からでしょう。最後は4時間30分台でと頑張ったのですが、いかんせん長いブランクの後ではこんなものでしょうか。ネットは4時間36分50秒(参考記録)でした。 フルマラソンの参加者数は1万人を超えていたようですよ。「東京マラソン」の影響か、このところずいぶんマラソン人気が高まり、「つくばマラソン」も影響を受けたのでしょうね。順位は5971位でした。明日の起床が早いので今日は結果報告だけに止め、完走記は明日から書こうと思っています。お楽しみに~ 今月のラン&ウォーク 走った回数:11回 うちレース参加:1回 走った距離:129km 歩いた回数:毎日 歩いた距離:157km 月間合計:286km 年間走行距離:1610km 年間合計:3634km これまでの累計:65、151km
2008.11.30
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まもなく「つくばマラソン」へ出発します。最終的に出場を決めたのが遅かったため、筑波のホテルは満員。今夜は土浦市に泊まる予定です。帰宅は明日の夜になります。果たしてどれだけ走れますか。楽しみですねえ。それとも待ってのは苦しみかもね。それもまた良し。
2008.11.29
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今週の火曜日にインソールの完成品を病院で受け取った。届けてくれたのは義肢製作会社の息子さん。お父さんは所用があって来られなかったようだ。早速シューズの中に装着して、病院内を走ってみる。だが足の裏の感触はイマイチだった。足の指が窮屈な感じだし、足の底に強く当たる感触が何とも厳しい。歩くと言う日常の動作には支障は出ないのだろうが、これを装着してフルマラソンほどの距離を走ったらどうなるのか。 だが、直ちに返却して手直しをしてもらうわけには行かないだろう。暫くの間はこれを装着して実際に走れるかどうかを試すしかない。堅いシリコンのインソールが足底部に当たる痛みを感じながらも、今はどれだけそれに慣れるかが大切なのだろう。何故ならこのインソールは走るためのものではなく、扁平足による障害を防止する医療用のものだからだ。 医師は診断書を書いてくれた。「左後脛骨筋腱鞘炎」及び「両足偏平足」とある。診察料は診断書も含めて3千数百円也。妻から借りた3万円も含め5万3千円也を義肢製作会社に支払う。この領収書と診断書を持って区役所の国民健康保険課に急ぐ。診断書の分は無理だが、インソール代の7割が国保から返ってくる。3割は自己負担だ。区役所では若い職員が懇切丁寧に指導してくれた。お金が返るのは来年1月末とのこと。 水曜日は職場でインソールのつま先部分をカッターナイフで削ってみた。指が痛むのだ。シリコンは一旦削ると修復は不可能になると聞いたが止むを得ない。そのインソールで山越えの帰宅ランを決行。木曜日は同じ状態で街を通っての帰宅ラン。やはりまだ指が痛む。帰宅後DIY店で「紙やすり」を買い、指が当たる部分を滑らかになるようこすってみた。ついでに左右の「土踏まず」部分も軽くこする。 実はこの「土踏まず」部分が一番違和感がある。私の足は両足とも元々土踏まずが形成されておらず真っ平らだから、「異物」が当たれば痛むのが当たり前なのだ。でも取り返しがつかなくなると困るので、それ以上削るのは止めた。それに紙やすりでの作業には限界もあった。それだけシリコンが堅かったのだ。 実はこの状態で明日「つくばマラソン」へ出かけようと思っている。果たして練習していない足とこのインソールで、42.195kmもの距離を走り通すことが出来るだろうか。制限時間は6時間。ゆっくりとでも良い。どこまで痛まずに走れるかが問題だ。コースが平らな「つくば」でまあまあの感触が得られれば、今後の練習次第ではウルトラマラソンへの復帰も不可能ではないかも知れない。今回の「つくば」はまさに実験走。これが今私が出来る最大の冒険だと思っている。
2008.11.28
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埼玉県と東京都で3人を殺傷した小泉容疑者。何だか考え方がおかしいですね。国立大学の理工学部に6年間在籍した後、中退したようですが、馬鹿ではとても入学できないでしょう。コンピュータプログラミングの会社を、仕事が出来ないからと言う理由でクビになった後は、ネットで株の取引をしていたようです。その挙句残ったのが数百万円の借金だったとか。 生活が苦しくなったためか、今度は「当たり屋」になってタクシー会社を脅迫していたみたいですね。愛犬を殺された恨みで殺人と言う大犯罪を犯すことも信じられないのですが、動物愛護のボランティア活動をしていた人間が、簡単に人間を殺しますかねえ。クリスチャン一家に育ったようですが、あの短絡ぶりには唖然とします。 「バカの壁」の著者である養老孟司東京大学名誉教授が、漢字が読めなかった麻生総理について「字を知らないんじゃなく、読字障害の可能性が高い」と言ってるようです。病気ではないそうですが西洋人の10%、日本人も5%の人がこの障害を持っているのだとか。アメリカとイギリスの2つの大学へも留学した経験のある麻生さんが、知識に欠陥があるはずがないと言うのが養老先生の見解。ブッシュ大統領も読字障害なのだそうです。 この話には正直驚きました。私にはやはり漢字が読めなかったとしか思えないからです。そんな「障害」よりもっと酷いのは、「失言癖」ではないでしょうか。あれはほとんど病気のように思えます。だって何度も失言を繰り返すんですものねえ。「軽い」だけでなく、本当は良く考えてないのではなどと疑ってしまいます。あれが一国の総理大臣とは困ったもんだよ全く。 モンゴル出身力士の安馬。やりましたね。ついに大関ですよ。入門当時は80kgしかない男。相撲が辛くて一度はモンゴルに逃げ帰った男。「男が一旦決めたら最後まで頑張れ」と諭してくれた父親が2年前交通事故で亡くなった時に、大関になるまでは再び帰国しないと父の墓前で誓ったそうです。とても大関などにはなれそうもない小兵力士の安馬が、本割で横綱白鵬を破ったのですから大したものです。 そして新大関日馬富士(はるまふじ)の誕生。泉下で眠っているお父さんもさぞ喜んでいることでしょう。体を作るために一日6食摂ると言う努力を重ね、120kg台まで体重が増え、ようやく当たり負けしなくなったのだとか。今時あれだけの努力をする日本の青年がいるでしょうか。努力は人を育てる。私にとっては嬉しいニュースの一つでした。 さて、コメディアンの間寛平が世界1周マラソンを決行すると言うニュースには驚きました。それも海はヨットで移動すると言うんですからなおのこと。てっきり誰かに乗せられて行くのだろうと思っていたら、何と目下ヨットの操縦も練習中なんだそうですよ。テレビの番組で知ったニュースでしたが、「ランナーズ」の1月号には詳しく載ってましたね。 ウルトラマラソンの世界で名高い「スパルタスロン」へ9度出場して完走はわずか3回。その彼が、今しか走って世界一周するチャンスはないと思い立った由。3年間芸能活動を中止して臨む大冒険は、来年の元旦に千葉からヨットでのスタートになるようです。私は11年前の「泉州国際市民マラソン」で、彼と一緒に走ったことがあります。例の調子で「アヘアヘ」なんて人を喜ばせながら走っていました。頑張れ~!寛平。今まで誰も出来なかった壮大な冒険を是非成功させてね~
2008.11.27
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<露天風呂から眺める富士は・・> 「7時半ですよ」。T村さんの呼ぶ声で目を覚ました。「ご飯は7時半から8時半までの間です。お風呂に行くと富士山が見えますよ」。幹事のT村さんの遠慮がちな声。彼は京都の名門大学卒業のエリートだが、優しい人柄で穏やかな話し方をする先輩。へえ~。お風呂から富士山がねえ。どれどれ、眠気覚ましに朝風呂へでも行ってみるか。 大浴場の外にある露天風呂へ行く。確かにかなり遠いけど富士山の姿がはっきりと見えた。筑波山は女体山と男体山の二つの峰から成る山だが、高い方の女体山が標高876m。このホテルだと標高は600mほどか。富士山との間に邪魔なものが一切ないから富士山が見えてもおかしくはない。左手から秩父、高尾、丹沢と山々が連なり、その上に雪を被った富士山が鎮まっている。薄曇りだが見事な景色だ。 常陸国風土記にこの二つの山の話がある。ある年の物忌みの日、みすぼらしい老人に身をやつした神がまず富士山を訪れ、一夜の宿を願い出た。ところが富士は「今日は物忌みの日なので」と断ってしまった。次に訪れたのが筑波山。筑波の山は困ったものの、快く老人に宿を提供した。次の日、神々しいばかりの姿に立ち戻った神が言った。「筑波の山よ、お前は物忌みの日にも関わらず、快く私を泊めてくれた。その褒美として、末永くお前は栄えるであろう」。 そして富士に対しても厳かに宣言した。「富士の山よ。お前は哀れな老人にとても冷たい仕打ちをした。その報いとしてこれからお前は一年中雪を被って凍えることになる」。こうして富士山は万年雪を戴く姿に変わり、筑波山は多くの人々が訪れて賑わったと言う。なお、男体山と女体山の間にある平原では、古代年に一度だけ男女が集い自由恋愛が許される歌垣の日があったとか。 つくばねの嶺より落つる男女(みな)の川 恋ぞ積りて淵となりぬる 良い気分になって部屋へ戻ると、部屋からも富士山を望むことが出来た。そして眼下には晩秋の関東平野が広がる。独立峰で日当たりの良い筑波山の中腹では、昔から「ふくれミカン」と言う種類のミカンが採れることでも有名だ。案外豪華だった朝食に舌鼓を打つ。玄関先で記念写真を撮影。この集まりはいつも徹夜麻雀の疲れた顔が写真に残ることになる。3台の車に分乗して解散。こうして年に一度の麻雀大会も終わった。 私と三重のF森さんは、仕事に行くと言うK沼さんの愛車フォルクスワーゲンに乗せてもらった。筑波山を下山すると9時前なのにもう観光客の車が数珠繋ぎ状態。そして懐かしい研究学園都市の風景にもこれでお別れだ。常磐道をビュンビュン飛ばすK沼車。さすがにドイツ製の性能は違う。ありがとう大勢の悪友達よ。来年は是非元気な姿で仙台で会おうね。いろいろ準備して待ってるからね~
2008.11.26
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<深夜に崩れた壁と腐った水> 5人で良い気分になった頃、T田さんとK村さん到着。後輩のT田さんは、現職中に大学院修士課程に通い無事修了した頑張りやさん。K村さんとは研修の時に知り合った。今は2人とも退職して、さる学術団体に勤めている。さらに遅れる2人を除いて大広間で夕食を摂る。その後場所を移動し、いよいよ待望の麻雀大会に入る。 ところが麻雀室にある電動の台が問題だった。1台は動かず、もう1台も動きがおかしいのだ。古い機械なのに修理もしないのは、よほど利用者が少ないためだろう。遅れて来た2人が温泉に行き、早めに到着した4人が卓に着く。筑波山に登ったN沢さんは麻雀が出来ないため見物。麻雀が出来ないのに参加するのは、ほとんどがT大の仲間だからだ。参加者9人の内7人が東京のT大から筑波への転勤組だった。 ゲームに熱中しているうちにF田さんとK沼さんも着いた。F田さんは私学の助教授でこの夏東京で趣味の個展を開いた個性派。K沼さんは途中から高級官僚へ転身し、現在は国立の研究所の教授を勤めている。今回も参加する予定だったH瀬さんはお父さんが病気で倒れ、急遽不参加となり残念。仲間のほとんどが国立大学卒業の優秀な人。例外なのは私くらいなものか。 8人が2卓に別れてのバトルで、0時を過ぎた頃には夜食のお握りも届いた。私は案外調子が良かった。さほど疲れてなかったのと、あまり飲まなかったために早く酔いが醒めたためだろう。深夜の1時頃だったと思うのだが、突然大きな音がして何かが崩れた。見渡してみたが、それらしいものはない。ところが壁の一部が無くなっている。どうやら室内の換気扇を点けっ放しにしていたため、振動で古い壁が落ちてしまったようだ。 気を取り直して水道の栓を開きコップに水を注ぐ。それを口に入れた途端に気持ちが悪くなった。何と水が腐っていたのだ。長い間誰もこの部屋の水を飲まなかったのだろう。慌てて自分の部屋へ戻り何度も口を濯ぐ。そして口直しにビールを飲んだ。これで腹も何とか落ち着いてくれた。 2時過ぎには部屋へ戻って眠りに就く人も出だした。そのためゲームを終了し、これまでの結果を集計する。一番勝っていたのが私。こうなると負けている人が再挑戦を申し出るのが常だ。初めの半荘は負けたが、次の半荘は大勝。結局は私が優勝して次回の幹事になることが決まった。幹事は連絡などで大変だが、地元開催の権利があるため交通費が安上がりなのがとても助かる。 大会も無事終了、ようやく眠れることになった。時間は4時過ぎ。もう直ぐ朝だ。昔は一睡もしないで朝まで麻雀をするのが常だったが、歳を取った今では少しでも眠った方が体が休まって良い。隣のK間先輩のいびきが煩いけど、こんな状態でも眠れるのだろうか。そんな不安もどこかへ霧散。いつしか深い眠りに落ちた私だった。<続く>
2008.11.25
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<後輩の死を知る> きょろきょろとつくば駅周辺を見渡してみる。ここ筑波研究学園都市に初めて勤務したのは34年も前の話。その頃ここは原野で、関東ローム層の赤土にやせた松が生えているだけの殺風景な土地だった。それがいまや茨城県内でも有数の大都会。商店も遠く、行商の八百屋さんや魚屋さんが宿舎に売りに来ていたあの頃には、とても考えられない変貌ぶりだ。 その時前方から誰かが手を振りながら近づいて来た。幹事のT村さんだ。彼も後輩のF森さんも、30分前から待っていた由。ただし、待ち合わせの場所が違っていた。確かにその場所を聞いていたはずなのに、私が勘違いしたのだ。急いでそこへ行くと先輩のM坂氏も待っていた。彼に会うのは果たして何年ぶりだろう。 F森さんとも1年ぶりの再会。二人に挨拶して握手。M坂氏はわざわざ私達に会いに来てくれたようだ。出世欲が強く、あまり好きでなかった先輩だが、今は好々爺のような笑顔を見せている。長い年月で変わるのは風景だけではないようだ。M先輩に別れを告げ、T村さんの車で早速筑波山へ向かう。 実はT村さんに会えない場合に備えて、筑波山行きのバスの時間も調べていた。30分おきに出るようで、ずいぶん便利になったものだと驚いていたのだ。車はきれいに剪定された街路樹が茂る学園東大通を北上する。筑波大学のキャパスも車中から左手に見えた。昭和49年から10年間勤めた懐かしい場所。そして今月末にある「つくばマラソン」のスタート及びゴール地点でもある。今走っている道が、そのコースなのだ。 筑波山登山道へ入って間もなく、道が混み出した。急にノロノロしか走れなくなり、車が数珠繋ぎになる。これは一体どうしたのだろう。この山へも家族で何度か来たことがあった。関東鉄道筑波線が通っていた頃は電車でも来たし、2人の子供を乗せて、妻と往復40km近い距離を自転車で訪れたこともあった。まだ若くて元気だった頃の話だ。 筑波山神社を過ぎた頃からようやく流れはスムースになった。どうやら筑波山は、関東では手ごろな紅葉狩りの名所だったようだ。県道から分かれ、細い山中の道をホテルへと降りる。ここへ来たのは7年ぶりくらいか。自然豊かな温泉ホテルだ。フロントでチェック後部屋へ行くと、今年70歳になるK間先輩がぶつぶつ文句を言いながら待ち構えていた。 そのうち、ラフなスタイルをしたN沢さんも部屋へ来た。今日は早めに来て筑波山へ登って来たとか。彼と一緒に仕事をしたことはない。私が筑波から徳島の鳴門へ転勤した後に彼が着任したためだ。ずいぶん太っているが、胃がんの手術をした由。ちょうど定年の時のこととか。その彼から意外な話を聞いた。10年ほど後輩のK谷さんが亡くなったと言う。死因は肝臓がん。 彼は我々の仲間では珍しく芸術学部の卒業だった。それを仕事にも生かして何冊かの本も出していた。彼が沖縄で課長をしている時に、職場へ寄ったことがあった。NAHAマラソンに出たついでだった。その後、彼は研究者への道に進んだようだ。そしていよいよこれからと言う時に体調を崩した。酒もタバコもやらなかった彼が肝臓がんで若くして死ぬとは。 彼は職場結婚だったから奥さんも良く知っている。その奥さんとは私の最後の職場になった水戸の大学で一緒だった。これだから人生は分からない。仲間達も気の毒がって、なかなか奥さんに声を掛けられないと言う。気分転換に温泉に行き、部屋へ戻った後皆が持ち寄った各地の銘酒を賞味する。三重の酒はとろりと甘く、地元筑波の酒は芳醇なワインみたいな味がした。こうして勝手に宴会が始まった。<続く>
2008.11.24
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<歴史を学ぶ旅> リュックに入れたのは東北大学文学部教授の熊谷公男氏が書いた2冊の本と洗面具。2冊とも古代東北に住んだ蝦夷(えみし)と古代の朝廷が東北に築いた城柵との関係について記したもの。1冊目はリブレットと言っていわばダイジェスト版のようなもので100ページの薄いものだ。だが専門書だけにそれでも手こずっていた。これは残りが少なかったので仙台駅に向かうバスの中で読み終えた。 古代東北に住んだ蝦夷とそれを朝廷側が取り込みながら支配地を拡大して行く過程が、この本を読んで良く理解できた。もう一冊の方は途中で読むのを一旦中断し、先ずリブレット版を読むことに方針変更したのだ。それだけ難解だったからだが、これで厚い方の本を何とか読了しようと言うファイトが湧いて来た。 仙台駅でスポーツ新聞、「ホタテまるごと弁当」、お茶を買い、東北新幹線に乗り込む。3連休のせいか指定席もほとんど満員状態だった。前夜は遅くまでテレビで「三丁目の夕日」続編を観ていた。旅路の座席でスポーツ新聞を読むことでその疲れも癒されるが、続いて専門書に立ち向かうだけの元気はまだない。 座席の目の前にある「トランヴェール」と言うPR誌を手に取ると「晩秋の信州、「塩の道」千国街道を歩く」の文字が表紙にあった。これは面白そうと読み出す。糸魚川から姫川沿いに信州まで続く塩の道。海に面してない信州では古来から塩の入手に苦労したことが分かる。歴史、文化、地理など興味が尽きない。 その中に気になる話があった。糸魚川を治めた奴奈川姫命は出雲の大国主命と結婚し、生まれた子が諏訪神社の祭神である建御名方命の由。この神が塩の道を辿って信濃国に入り、諏訪湖畔に着座したと伝えられているようだ。海洋民族と言われる大国主命は遠く北陸にも遠征しているのだが、何故その子が内陸の諏訪に入ったのかと言う謎が解けた思いがした。 実は出雲国風土記には、大国主命が国譲りをした時に、反対した息子の一人が信州に逃げたという記述がある。恐らく古代の出雲王国はヤマトと吉備王国の連合軍に敗れたと言うのが真実の姿だったのだろう。かねがね私は諏訪神社の祭神や祭礼について関心を持っていたのだが、今回のことで少し理解が深まった。神話にも真実の一端が隠されていることがある。 さて、仙台駅で買った「ホタテまるごと弁当」は、つくばエクスプレスの車中で食べた。質、量ともに大満足で、とても美味しかった。あれで700円は安い買い物だ。終点のつくば駅で降り、幹事のT村さんが電話で教えてくれた3番出口から地上へ出る。確かバスターミナルの一角で1時半から2時までの間に待ち合わせる手はずだったがのだが30分間経っても彼の姿は見えない。その間、黒人の方に成田空港行きの乗り場を聞かれた。さて困った。<続く>
2008.11.23
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昨夜は「三丁目の夕日」続編をテレビで見ました。前編を見てないので何とも言えませんが、昭和30年代の風景を懐かしく思い出しました。機会があれば後日感想など書いてみたいと思います。さて、今から悪友の待つ筑波山へ出かけます。今夜は温泉で「徹夜作業」になるかと思います。帰宅するのは明日の夕方。それまで留守をしますのでよろしくね~
2008.11.22
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トイレに起きたのが朝の3時15分ごろ。いつもはそのまま眠れるのだが、今朝はダメだった。裸足で廊下を歩いて冷え、すっかり目が覚めてしまったのだろう。それでも30分ほどウトウト眠ったようだ。合計で6時間ちょっとの睡眠時間だが、1日動けないことはない。 今朝は星がきれいだった。風も無く穏やかな晩秋の早朝。出勤時、バス停からは朝日を受けて白く輝く南蔵王の屏風岳が見えた。そして勤務先のビルの屋上からは栗駒山こそ雲に隠れて見えなかったものの、新雪で化粧した泉ヶ岳や奥羽山脈の素晴らしい景色を一望することが出来た。 巡回に先立ち、前日の警備日報や引継ぎのノートを確認している。早番の私は7時半から10時までの勤務で、遅番の同僚は夕方の4時半から8時までの勤務。その間顔を合わすことはないため、お互いの連絡のため気づいたことなどをノートに記帳しているのだが、昨夜は立哨時に寒くて仕方なかったと書かれていた。 私と同学年だが、まだ小学生のお子さんがいる同僚。元高校球児の彼は今でも子供達に野球を教えているらしく、そのせいで腰の痛みで悩んでるようだ。ノートには中日の中村ノリが楽天に来そうなことを喜ぶ言葉もあった。他愛のない話題を通じて、ほとんど会うことのない同僚と少しずつ心が通じて来たように思う。第2現場では今日から長袖の作業服を着ることにした。金曜日は翌週のために新しい作業服やワイシャツなどを持参する日でもある。 昼食後、病院と銀行へ行った。まず病院へ行って診察券を置き、その間銀行で用件を済ませる作戦だ。誰もいない待合室だが、既に午後の診療希望リストには16名の名前が記入されていた。今日は診察を受けずに薬だけもらうことにした。寒さが厳しくなった最近は、朝血圧を測るのを止めた。寒い室内で測るとどうしても高めになるからだ。そのためにも本当は先生の診察を受けるべきなのだろうが、2時間から3時間待ちではその後何も出来なくなって困るのだ。 銀行では先ず順番待ちの札を引く。ところが順番が来て窓口に行くと、印鑑を失くした場合の受付は別の窓口だと言われた。ここでも再び札を引く。印鑑を失くした手続きと新しい印鑑の登録に思いの外手間取り、病院の診察も始まる時間が迫ってすっかり焦ってしまった。結局院外処方箋を発行してもらうのに10分で済んだ。隣の薬局で薬を待っているうちに雨が降り出す。朝はあれほど晴れていたのに、晩秋の天気は変化しやすい。その時雨に濡れながら自転車で帰宅。 自室に落ち着き、楽天球団ファンクラブから戻って来た書類を良く見たら、私が引き落とそうとしていたのは地銀ではなく、何と「ゆうちょ銀行」だった。こちらの通帳と印鑑を管理しているのは妻。そうする印鑑を失くしたのは妻か。そして私名義の銀行の印鑑も違っていたがやはり失くした印鑑だったようだ。昨日と言い今日と言い、すっかり無駄骨を折ってしまった。これだから嫌なんだよなあ、歳を取るのは。でも新しい印鑑を登録できたんだから良いかと開き直る。こうして晩秋の一日も暮れて行くのであった。
2008.11.21
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妻のぼやき声で目が覚める。どうやらあまり眠れなかったようだ。2時過ぎから起きてるとのこと。時刻はまだ4時15分。いつもより30分早いが、眠れそうもないのでそのまま起床し、メールとブログだけをチェック。 外へ出ると雪が降っている。初雪だ。気温は今シーズン最低か。愛犬マックスも寒いだろうとガレージにもカーペットと毛布を敷いてやる。「半纏」を羽織ったままマックスと散歩へ。心配したとおり湿った雪で半纏が濡れてしまった。 帰宅後、会社から支給された新しい防寒着と毛糸の帽子を準備する。今日の寒さだと職場で防寒着を着用した方が良いと考えてのことだ。そして毛糸の帽子は通勤用。ついでにセーターも今日から少し厚めのものに代えた。その「完全武装」でバス停まで歩いたが、ほとんど寒さは感じない。 第1現場の経路の大半が室内であるため、巡回時には警備服だけで行った。だが玄関ホールでの1時間の立哨時は、北風をまともに受けるため防寒着を着用。さすがに寒さを感じない。どうやらこれでこの冬を乗り切れそうだ。 目の前をバスやたくさんの車が通り過ぎる。屋根の上にたくさん雪を乗せたのは山形から来たバス。次いで雪が多いのが郊外から来るバス。市内のバスはほとんど雪がない。いつものランナーも今日は長袖シャツの上からベストを羽織っていた。下は暫く前からロングタイツに代わった。相変わらずのスピードランナーだ。 第2現場では玄関ホールのガラス扉を掃除した。風をまともに受けるこの場所での半袖は寒い。懸命に体を動かすものの、汗一つかかない。もう来週からは長袖に替えようと思う。これではきっと見ている人の方が寒さを感じてしまうだろう。 帰宅して昼食を摂った後、愛犬の散歩を兼ねて用足しに出かける。先ずは最寄の生協でバスカードを購入。ついでに年賀状の印刷料金を訊ねたが、フリーの文体は100文字以内と聞いて諦める。今年も喪中葉書を頂く季節になった。来年の年賀状を準備する時期だが、今年はウルトラマラソンでのゴール写真がほとんどない。「仙台鉄人会」の10時間走のにするしかないかもね。 次に銀行の支店で通帳の印鑑を確認。先日手続きした東北楽天ファンクラブの料金引き落としが、印鑑が違うと言う理由で返送されて来たためだ。印影が良く似ていたがやはり細部が違っていた。心配なのは小遣い代わりの通帳のため、1万500円を引き落とす時に果たしてそれだけの残額があるかどうかだ。 次に薬局で歯間ブラシを買ったが今日はカードだと5%引きの由。4リットル入り焼酎を買ったリカーショップの方はカードを忘れ、残念ながら5%引きならず。う~む。こっちの方が割引額が大きかったのだが。この間愛犬は4回も店の傍で大人しく待っていてくれた。寒い中でゴメンねマックス。さてと、私の残った仕事は「年末調整」関係の書類を書くことと、仕事上の小論文かな。 走友である大崎市のT田さんから、今年後半のウルトラ3連戦の写真が届いた。「佐渡島一周」、「秋田内陸」そして「越後くびき野」のゴールシーンと合わせてレースの感想文が熱い想いで書かれている。写真と言い文章と言い、才能がある人はこんなに簡単に自分で葉書を作れるのかと感心する。それよりも、ウルトラのような長い距離を最後まで走れると言うことが、今の私にとっては奇跡のように感じるのが正直なところだ。
2008.11.20
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ガサゴソと繰り返し音がする。昨夜お風呂に入っている時のことだ。裏のイチジクが揺れているようだが、まさかこの季節に覗きはないだろう。動物でも侵入したか。それとも賊か。今朝は晴れ。ガレージにはたくさんの枯葉が集まっている。どうやら昨夜の物音は強い風のせいのようだ。天空にはたくさんの星と半月。しし座流星群でも見えないかと目を凝らしたが、残念ながら流れ星はない。 出勤してビルの屋上へ登ると、青い空の下に真っ白い雪を戴く栗駒山が見えた。だが蔵王連峰と泉ヶ岳は雲に隠れて見えない。泉にも雪が降ったことを後で知った。朝は晴天だった仙台も昼前にはにわか雨が降り、午後からは急に寒さが増して来た。その曇天の下をゆっくり走って帰宅。 さて、埼玉と東京で元厚生事務次官やその家族が襲われると言う凶悪な犯罪が相次いだ。二人には共に年金局長を勤めた経歴があるらしい。殺された埼玉の元次官が年金課長だった時の課長補佐が浅野前宮城県知事だったことを妻に教えると、今度は浅野氏が襲われないかと本気で心配している。 しかし何とも解せない犯罪だ。手口は共通しているようだし、殺傷の相手が二人とも元厚生事務次官もしくはその家族とは偶然と思えない。かと言って一般の人が彼らの経歴や現住所を知ることも困難だろう。犯人は30代の男と言う情報もあるが、そんな若い人が年金で恨みを持つのも不自然。そうなると例えば右翼のような人が「天誅」を下そうとしたと考えられなくもない。いずれにしても年金行政への不満を殺人に結びつける思想はとても危険極まりない。 怪しいと言えば麻生総理の漢字読解能力にも驚いた。未曾有みぞうを「みぞうゆう」、踏襲とうしゅうを「ふしゅう」、頻繁ひんぱんを「はんざつ」とか読んだようだ。自民党の幹部達は総理の単なる読み違いだろうと話していたが、「みぞうゆう」や「ふしゅう」と読むのは元々読みを知らなかったとしか思えないし、眼鏡をかけてないせいではないだろう。 秋葉原が大好きで漫画や若者文化に詳しいと言う総理。べらんめー言葉も得意、英語も出来る珍しい総理だが、日本語の基本である漢字があやふやなようではどうもねえ。もっとも、ブッシュ大統領も発音出来ない苦手な単語があるみたいなので、麻生総理だけを責められないかも。 最近ではさらに総理に対する支持率が降下している由。国民の人気や支持率を気にしてばかりいても政治は出来ないが、さりとて徐々に化けの皮が剥げ、統治能力を疑われるのも悲しい。話は変わって、IMF(世界通貨基金)に対してこのたび我が国は15兆円の基金を拠出するのだとか。そんな大事なことを総理の一言で決めて良いものだろうか。赤字財政の我が国にそんな余裕があるのか、手続きはどうなのか、このお金は果たして返って来るのか。素人なりにそんなことを心配している。 アメリカ発の不景気が世界に蔓延し、日本でも来春の採用予定を取り消される学生がこのところ増えて来たとの報道もある。前途にどんより雲がたなびき出した感じの麻生さんだが、日本丸の舵取りをしっかりお願いしますよ~。これから宮城県に進出しようとしている自動車関連企業だが、今回の不況で計画が変わらないことを願っている。さて、明日は仙台でも雪との情報だがどうなるのか。
2008.11.19
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駅前でバスを降りると、枯葉が宙に舞っている。杜の都仙台の代名詞のようなケヤキ並木。そのケヤキが冬を目前にして落ち葉を降らしていた。後1ヶ月もすれば完全に丸裸となり、幹や枝には発光ダイオードの電線をまとうことになる。仙台の冬の風物詩「光のページェント」だ。 いつもは裏道を通って職場へ急ぐのだが、今日は珍しくアーケード街を歩いてみた。アーケードの下には既に歳末商戦を意識したデコレーションが。最近郊外に大型のアウトレットモールが次々に出来たせいで、中心街の目抜き通りにも空き店舗が出て来たとか。何とか客を呼び込もうとする飾り付けに、商店街の嘆きが見え隠れする。サンタの恰好をした「仙台四郎」もどことなく寂しげだ。 第1現場での勤務を終え、デパートの地下で弁当を買う。今日は午後から整形外科へ行く。一旦家に帰るとまた街へ出る必要がある。往復のバス代よりも弁当代の方が割安になる。そのまま第2現場で休憩後、清掃業務に従事。今日は地下1階の壁面の内、大理石部分を雑巾で拭く。その後階段の壁面の埃を自在箒で落とす。たった1時間だが体全体を使うので半袖でも大汗をかき、クタクタになる。 仲間と一緒に昼食を摂り、暫く休憩した後病院へ。名前を呼ばれるまでの間、1時間ほど郷土史関係の本を読む。ようやく自分の番が来て処置室へ。今日は仮のインソールが出来上がる日。義肢製作所の方が私の足にそれを合わせてくれた。何だか変な感触。それもそのはず。それはプラスチックの枠で本物ではない。次に「本物」をシューズに装着して、病院内を走ってみる。う~ん。今度はなかなか良いぞ。これなら本番でも調子良く走れそうな感じ。 インソールの「厚み」はこれで良いことにした。これ以上厚みがあると逆に足の負担になる。来週が「本当の本物」の出来上がり。今日装着したものとは材質が全くことなり、ほぼ永久に使用出来る由。私はそれに小さな穴を数箇所開けてもらうことにした。10時間以上走り続けるウルトラマラソンでは、シューズ内の蒸れが心配だからだ。さて、来週届く完成品はどんな仕上がりになるのだろう。 心を弾ませて帰宅する途中、駅に寄って「土日切符」を買った。今週末は2年ぶりに筑波へ行く。前回は「つくばマラソン」への参加のためだったが、今回は筑波勤務時代の悪友達との麻雀大会だ。毎年恒例のこの行事も13年ほど続いている。高額なインソールの作製など何かと物入りの昨今。そう簡単に負けるわけには行かないぞ~。
2008.11.18
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今、韓国の貨幣ウォンが安いそうだ。日本の円に対してかつての2分の1まで価値が下がったとか。従って韓国旅行がとてもお得。博多からフェリーで韓国に向かうツアーが人気のよう。私は2人の旅行関係のブログを見ているが、両方とも韓国の話が良く出て来る。お一人は韓国の妖艶な女優の写真が、またもうお一人は旧所名跡の案内が楽しめる素敵なブログだ。だが実際に私が韓国旅行へ行けるのは何時になるか。 その韓国のプロ野球チームがアジアシリーズの決勝に進めなかった。日本、台湾、韓国が2勝1敗で並んだものの、失点率の関係で日本と台湾の決勝に。その決勝戦は9回表まで0対0。その裏西武の攻撃は確か2アウト1塁だったと思う。打者の打球はライト寄りに守っていたセンターの左へ転がり、1塁ランナーがホームベースを駆け抜けて絵に描いたようなサヨナラ勝ちだった。これで日本チームはアジアシリーズで4連覇した由。 西武には勢いがあり、我が東北楽天も今年は全く歯が立たないのが応援していての実感だった。球団発足後今年で4年を経過した我が楽天イーグルスだが、これまでなかなか選手の補強策がままならなかった。健全な運営を目指す球団の方針だが、プロ野球は弱くちゃ話しにならない。初年度の最下位は止むを得ないとしても、悲しいかなその後もなかなかAクラスに上がれないのが実情だった。 だが今年はちょっと違った。8月に入って成績が振るわないのを憂慮し、編成部が補強に動き出した。早速元日ハムのセギノールを獲得。彼の活躍で何とか失速を食い止めた感がある。それでもソフトバンクとの最終戦に勝ってようやく5位確保。このままでは来年も期待出来ないとやきもきしたところへ、リーグ終了後活発な補強に乗り出した球団。 先ず巨人から内野手の小坂を金銭で獲得。彼はロッテから巨人へトレードされた生粋の地元出身。つまり初めての宮城県人選手なのだ。次いで中日からFA宣言した中村紀洋の獲得にも乗り出す。当初日ハム、ロッテと競合かと思われたが両チームは動き出す素振りはなく、ひょっとしたら獲れそうな雰囲気。 この伏線としてホセ・フェルナンデス内野手との年俸交渉が行き詰まっていたこともあるようだ。今季99打点の彼はかなり強気で推定年俸1億5千万では不満の模様。だが彼は大事な場面で良くエラーする選手でもある。今季17回のエラーのほとんどは失点につながったはず。一方のノリはこれまで6度ほどゴールデングローブ賞を受賞した名選手。年俸も色々あって推定5千万円。だからフェルナンデスの年俸をそっくり彼に支払うことも可能なのだ。 さらなる補強策を今日知った。バリバリの大リーグの現役選手NYヤンキースの左腕ラズナーを獲得すると言うビッグニュース。彼の今季の成績は5勝10敗みたいだが、日本でのプレーを希望したのをオーナーが了解したそうだ。年俸は2年で5億ほどとの情報もあるが果たしてどうなるか。先のドラフトでも2人の左腕投手を指名した我が楽天。これでいよいよ来季が楽しみになった。 来シーズンの私は楽天ファンクラブのゴールド会員になる予定。それでもらえるのが新しいデザインのユニフォームなど。そのユニフォームを女房に着せて、来年はKスタへ応援に行こうと思う。もちろん私は田中マー君のユニフォームを着る。 今日は山道を走って帰った。目の前を小さな白い虫が飛ぶ。ユキムシだ。今年もそんな季節になった。今週木曜日の最低気温は0度とか。明日は初めてインソールが出来る日。果たしてどんな仕上がりか楽しみだ。明日以降も何回か調整をする必要があるだろうが、果たしてどんな履き心地なのか。颯爽と走り行く私を想像して、今夜は眠りに就こう。
2008.11.17
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昨夜も8時間以上は眠ったようだ。このところ5時間半から6時間半の睡眠が続いていたので、2日連続の充実した睡眠はきっと体を休めてくれたと思う。おまけに今日は朝から小雨になった。その雨の中を愛犬と散歩に行く。すっかり深まった秋。あちらこちらに秋の色を発見して帰宅。 朝食後妻は趣味の油絵教室へ友人と連れ立って行った。今日こそは少し長めの距離を走ろうと思っていた私だったが、雨を理由にゆっくり過ごすことにした。丁寧に新聞を読んだ後、関口さん司会の番組、田原さん司会の番組、そして爆笑問題司会の番組を、チャンネルを変えながら次々と観る。 その合間に庭の景色を楽しむ。紅葉が美しいドウダンツツジ、ボタン、ブルーベリー。そして黄色い葉の萩。お隣の庭の木蓮の黄葉が雨に散る。たった一つ枝に残った柿も雀の群れに食べつくされ、ほとんど皮を残すだけになった。久しぶりの雨に昨日植えたばかりの花々やタマネギなどの野菜も喜んでいるだろうと思う。 午後からは最後のレースになった「東京国際女子マラソン」を見る。その合間に遅い昼食。最初から三井住友海上の渋井陽子が飛び出し38km過ぎまで独走。だが最後の坂の途中で第一生命の尾崎好美に抜かれた。尾崎は3位につけていたのだがそこから徐々に加速。まず加納由理を抜き、その勢いでトップの渋井もあっさりかわした。 尾崎は今回が2回目のフルマラソンとのこと。それが2時間23分30秒での堂々たる優勝だから驚く。監督は山下佐知子。かつてこのレースで優勝したこともあったはず。野口みずきや土佐礼子が無残な結果になった今年の女子マラソンだったが、またしても新人が危機を救った。渋井は結局マーラ・ヤマウチにも抜かれ4位に終わった。 さて、「東京国際女子マラソン」と言えば私が思い出すのは資生堂の松田千枝選手。同じ筑波研究学園都市に住み、家も近所だった。私が「徹夜マージャン」から帰宅する早朝に、陸橋の下からロングランにスタートする彼女の姿を何度見かけただろう。確かその後、彼女はより東京の勤務先に近い取手市に転居したはず。あれから既に30年もの年月が経っている。 その後は女子バトミントンのダブルス決勝戦を観る。今回でコンビを解消するサンヨーのオグシオこと小椋潮田の美人ペア。対するのは北京オリンピックで4位になったNECのスエマエこと末綱前田ペア。第1セットはオグシオが取り、第2セットは後半追い上げたスエマエが4点差をつけて1対1になるかと思ったのだが、ここからオグシオがポイントを連取して優勝を奪い取った。これで全日本は5年連続の優勝とのこと。 初冬の深夜100kmを走り切った走友Junさんの快挙については昨夜も書いた。今日彼のブログで完走記を読んだら、安易にコンビニに寄らないため予め食糧はリュック入れたものしか食べないことを自分に課したとか。さらに驚くのは寒さで体が動かなくなることを恐れ、休みをほとんど取らなかったとか。 まだ走り出して数年しか経ってない彼だが、走った記録は全て日記につけ、その後のレースに役立てているそうだ。そんな彼の生き方が見えて来そうな今回の100km練習走だった。確かにウルトラランナーはストイックな生き方をしている人が多い。レベルは低いが3ヶ月間ほとんど走れてない私が変わらぬ体脂肪率を保ち、体重が2kg減なのも少しは自慢して良いかと思っている。
2008.11.16
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秋田の走友Junさんが夏の忘れ物を思い出しました。この夏青森の三厩をスタートし、竜飛崎~五所川原~弘前経由で秋田県の鹿角市までの160kmを走る計画を立てた彼。だが五所川原から南下すべきところを間違い、暗い山道を東行して再び戻った五所川原で走るのを止めてしまったのですよ。旅は迷子になった山道を含め100kmで終了。 今回はその続きを走ろうとしたのですね。夏は暑くて大変ですが、まだそれなりに走れます。だが今の東北北部は最低気温が既に零下になるのだそうです。お天気の状態を調べ、昨夜の9時に五所川原を新たなスタート地点として今回の旅は始まりました。 時々携帯電話で自分のブログに途中の経過を書き込まれていたJunさん。でも私はスタートを確認した後は床に就き、何と9時間半も昏々と眠っていました。よほど疲れていたのでしょうね。だから起きた時は妻が愛犬と散歩に出かけた後でした。 早速Junさんのブログをチェックしたら、早朝4時までは走っていたことが確認できました。その時点で残りの距離はどれくらいだったのでしょうか。朝食を済ませ、新聞を読み、一息ついて再度Junさんのブログを見ると、朝の9時半ころに無事自宅へゴールしたようでした。きっと夜中の道は心細かったろうし、早朝の峠道は寒かったろうと思います。 良く頑張ったJunさん。今年は「川の道」522kmを完走し、秋は「佐渡島」や「秋田」を連戦した彼。足、膝、呼吸器などに弱点がある彼が高い目標を設定し、それを次々に実現したことに対して、心からの敬意を表します。まだ30代と若い走友ですが、尊敬に値するランナーです。今はゆっくり休んでくださいね。 一方、今日の私は何もしないで一日を過ごしました。ゆったり、まったり。たまにはそんな日があっても良いと勝手に思っています。唯一行ったのが花の植え替え。これまで植木鉢で咲いていたマリーゴールドやベコニアなどを全て抜き、パンジー、ヴィオラ、白妙菊、葉牡丹、スノーボール、なでしこと替えました。 今回の買い物は879円。そして今年掛かった園芸と野菜関係の総経費は12,124円でした。意外と安上がりになった感じです。肥料、野菜の苗、花の植え替えが安く上がったからでしょうか。そうそう、夕方から愛犬と少し長めの散歩に出かけました。山の木々はすっかり紅葉し、冬への準備をしているかのようでした。 「忘れ物」を取り返そうと良く頑張ったJunさん。私が自分の忘れ物を取り返すのはきっと来年以降になるでしょうね。
2008.11.15
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昨夜 暗い中で私が摘んだ春菊には秋明菊の枯れた茎が一本混じっていたそれは韮の成長の邪魔になると妻が抜いたもののようだ遅い夕食を食べながら妻が言った今日は大きな月を見たとあんまり大き過ぎるので何か不吉なことが起きないか怖いのだと私は妻に教えた地表から月が昇る時比較になるものが傍にあるため巨大に見えるが天空に駆け上った後の月は一人ぼっちなので小さく見えるのだと「ふうん」そう言ったきり妻は黙った妻よ私も実はそんな月を見たことがあるんだよあれはまだ高校生の頃の話だが広い飛行場の原っぱの上から赤い巨大な月が昇った私はてっきり宇宙から円盤が降りて来たと思いこれは大変!と驚いた今日のお前と同じようにね妻よそれから五年後に二人は出会いさらに四年後に結婚したもう三十九年も前の話だあれからどれだけ私達は喧嘩をしどれだけ涙を流したのだろうでも妻よまだ小さかった私達の三人の子供が今ではそれぞれ三十を超える歳になり二人の孫も授かったこの秋 庭に初めて菊が咲いた時私はそれを切って花瓶に挿したところが既に飾ってあった小菊あれはお前が切った花だったんだよねそれからこの間の健康診断の時のこと偶然にも二人の血糖値は一緒だったヘモグロビンA1c5.5%「お父さんと私は同じものを食べてるからね」こともなげにお前はそう話していた妻よ今朝は無花果を五個枝から採ったよこれが今年最後の収穫だよ妻よ今朝は膝が痛む二人だったこれから季節は冬へと変わるけど毅然として寒さに立ち向かう私達だよ
2008.11.14
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田の母なる神。地母神そして豊穣の神を思い起こさせるような素晴らしい名前を持った一人の男の発言が波紋を呼んでいる。その人の名は田母神俊雄前航空幕僚長だ。航空幕僚長と言えばかつては空軍大将と言うべき地位の人だと思う。その人の発言が危うい。いや一個の人間としてならどんな発言も自由なのだろうが、航空自衛隊の事実上の責任者がとんでもないことを口走った。 以下の記述は正確ではないかも知れないがお許しあれ。田母神氏曰く。日本はこれまで侵略戦争はしていない。先進諸国も自国がかつて行った侵略行為を認めていない。朝鮮半島は日本の力で発展した。もし日本がこれまで悪いことをしたと言うなら、隊員の士気に関わる。憲法を改正して軍の位置づけを明確にしないと防衛は出来ない・・等々。まさに確信犯的な発言だが、これを国会の場で参考人として「堂々と主張」した。さらには、自衛官にも言論の自由があると。 早速アジアの諸国からクレーム。日本は軍事大国へ逆戻りするのではないかとの危惧の念も。新聞の報道によれば急遽定年退職扱いとされたこの人は、幹部自衛官を対象とした統合幕僚学校長時代に「大東亜戦争史観」などの授業を受け持ち、幹部教育の体系を全面的に改定してしまったそうだ。 第二次世界大戦が「大東亜戦争」では、まさに「八紘一宇」の時代へ逆戻りではないか。アジアは一つ。それを目指して日本が侵略をし続け、ついには世界を相手の戦争に突入した苦い歴史。彼は戦後の民主教育を受けたはずなのに、どこでそんな時代錯誤の思想を身に着けたのだろう。 小松基地勤務時代にあの「懸賞論文」を募集した企業と親しくなり、その縁で地元の大物政治家である森元総理とも知り合ったとか。彼が国会で堂々と「正論」を述べた背景には、そんな事情もあるらしい。この辺が彼のおかしいところだ。政治家ならどんな持論を述べても、国会や国民が是非を判断することが出来る。だがシビリアンコントロールの下にある彼らは事情が異なるだろうに。 愛国心は大切だ。侵略に対しては戦わなければ国民が殺されるので、何らかの軍事力は必要だとも思う。憲法改正の是非を問いたいなら、国民投票を行うことも吝かではないと私は考えている。自衛隊内で過去の戦史を学ぶことも認めよう。だがその時は日本が引き起こした戦争が、アジア諸国にどれだけ迷惑を掛けたか思い起こすことを忘れてはならない。自衛隊イコール軍隊ではない。たとえ自衛官が他国の軍関係者に対してひけ目を感じたとしても、それに耐えるのが今の自衛隊の立場だと思う。 先の防衛省事務次官の汚職事件。イージス艦あたごの漁船との衝突事件。機密事項漏洩事件。不規則発言で罷免された防衛大臣。そして今回の事件と、防衛省や自衛隊を巡る不可解な事件が絶えないのは、組織や指揮命令系統に欠陥があるからなのだろうか。それらのことを歯がゆく思い、田母神発言を苦々しく感じている自衛官OBも多数いることを私は信じたい。
2008.11.13
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「そこまでして走りたいですか」。整骨院の若い先生が私に言った。まだ足を傷めて彼の整骨院へ通院中のことだ。私がありがとう地球さんさんから送っていただいたインソールをし、テーピングを三重にし、クッション性の高いシューズで走っていると話した後の言葉だった。「もちろんですよ」。私はそう答えた。ランナーならどんな状況でも、何とか走りたいと願うのが普通。 昨日整形外科で義足製作所の担当者が足の型採りをしてくれた際のことだが、彼は私の足を触りながらこう言った。「人によって足や脚の長さが違うんですよ。それに足が故障してると膝に影響が出ることがあります」。そう言ってO脚かどうかもチェックしていた。 私は言った。「私達が出るウルトラマラソンは100kmから200kmほどの距離を走ります。エントリーは早ければ半年前から始まり、料金は1万5千円から2万円ちょっとかかります。それに旅費や宿泊費を入れると5万円を越える場合もあるんです。だから申し込んだレースに出られないと、大金が吹っ飛んでしまうんですよ」。彼はすっかり驚いて言った。「大変なんですねえ。それじゃ調整は慎重にやりましょう」。 インソールの材料は確かシリコンと言ったはず。これがランニング専門のインソールと比べて弾力性や通気性などはどうなのだろう。1日に100kmも走るウルトラマラソンの場合は、影響をまともに受ける。折角高額な代金を支払っても十分に走れないと困ってしまう。病院を後に帰路に着いてから、そんなことが脳裏に浮かんだ。 その夜走友のM井さんのHPを覗くと、M仙人とT田さんが地元の新聞に投稿した記事が載っていた。M仙人のは3年ぶりに開催された「秋田内陸100km」、大崎市のT田さんのは206kmもの距離がある「佐渡島一周」の完走記。お2人の栄光の記録だ。義足製作所の職員のように、ウルトラマラソンのことを知らない一般市民が読めば、そんな世界もあるのかとビックリするに違いない。まざまざと脳裏に甦る2つのレース。 ウルトラマラソンは距離が長く、コースも山在り谷在りと変化が多くて苦しむだけに、ゴールした後の喜びはフルマラソンなどの比ではない。自分も今年の3月までは何の心配もなくそんな競技に熱中していた。だが3月と8月のレースで故障し、痛みに耐える日が続いた。4月、9月、10月とエントリーしたレースを欠場したのも怪我のためだ。 昨日病院でスポーツ整形外科医の先生に、注射した後の足の調子を訊ねられた。「経過は良いですよ」。私は即答した。「そうですか」嬉しそうな医師の顔。まだ特注インソールを装着していたいため本格的なトレーニングは出来ていないが、今日も山越えで8kmは走れた。落ち葉を踏みしめて走れる喜び。新しいインソールが完成するまで後2週間。それを着けて果たしてどのように、かつどれだけ走れるか。その日を楽しみに待つことにしよう。
2008.11.12
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今年の日本シリーズは埼玉西武ライオンズが制した。3勝3敗で迎えた最終の7戦目。勝利の女神がどっちに微笑んでもおかしくない展開が続いた。だが勝ったのは原監督ではなく渡辺監督の方。このシリーズでは投手出身らしい采配が随所に見られ、最終戦でも起用がずばりと的中したのはさすがだった。 昨年は確かBクラスだった西武。だが監督1年目の同じチームが日本一に輝く不思議さ。敗れた巨人の原監督が先日決まったばかりのWBCの監督をこれで辞退することは無いと思うが、なんとも皮肉な結果になった。同じパリーグに所属する東北楽天のファンとしては、ライオンズに対して心からの祝辞を述べておこう。待ってろよライオンズ。来年は楽天がチャンピオンフラッグを奪取するぞ~ 昨日山越えで帰宅ランをしていた時、公園の傍で男の声で呼び止められた。姓ではなく名前。それも呼び捨てだった。声の主を見ると高校の同級生。ダブルの背広を着こなした堂々たる紳士が、にこやかな笑顔で立っていた。クラス会の永久幹事を務めるA君だった。さる銀行の支店長を務めていたのだが、今は第2の人生で大手の建築会社勤務の由。 今月末にある学年会の幹事も務めている彼曰く。自分としては学年会よりはクラス会を重視しているので、クラス会を開く時は必ず出席して欲しいと。学年会の出欠の葉書には欠席と書いた。理由は同じ日にある「つくばマラソン」にエントリーしていたからだ。そのゼッケン通知の案内も既に届いていた。後は故障中の左足の調子が問題だ。 今日は整形外科へ行って来た。前回予約を取ったインソールの型採りをするためだ。念のためランニングシューズを持参した。いつも通りかなり待たされたがようやく処置室へ呼ばれる。待っていたのは義足や義手を製作する会社。スポーツ整形外科医の指示のもとに型採りを進める。自分の目で見ても分かったのだが、今回傷めた左足のアーチが右足に比べてかなり低くなっていた。 1週間後に出来る仮のインソールを再度調整するため、完成は2週間後とのこと。最終的には20kmほど走って見てから調整することになるようだ。気になる値段だが左右両方で5万3千円ちょっととか。う~む。特注なのでかなり高価になると覚悟はしていたものの、予想外の値段だった。一旦全額を支払うが、医師の診断書と領収書を市役所に提出すれば金額の7割は帰って来るとのこと。それなら何とか小遣いでも支払えそう。 だが、2週間後と言えば25日。もし今月の30日の「つくばマラソン」に出ればぶっつけ本番になってしまう。それは余りにも無謀。高額なインソールをシューズに装着して、20kmの試走はしてみたいのが本音。やはり出場は見合わせた方が無難かも。そうなると今年のレースは8月の「立山登山マラニック」で最後になってしまう。何とも淋しい話だが、事情が事情なので欠場も止むを得ないのかも知れない。ああ無情。
2008.11.11
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先週の土曜日に妻と映画を観た。タイトルは「まぼろしの邪馬台国」。前に映画館へ行った時、この映画の予告編を観ていた。それについ先だってまで、妻役の吉永小百合と夫役の竹中直人がずいぶんテレビでPRしていた。だが、そんなことよりも考古学ファンの私としてはどうしても見たかった映画だったのだ。 「まぼろしの邪馬台国」が市井の考古学研究家である宮崎康平の著書であることは以前から知っていた。改めて調べてみると同書は昭和42年に講談社から刊行されている。宮崎康平は1917年生まれで没年が1980年(昭和55年)。亡くなったのが63歳で、この本が世に出たのは彼が50歳の時のようだ。 宮崎康平が盲目の人で、奥さんと一緒に九州の各地を訪ねながら邪馬台国の在り処を探していたこと。魏志倭人伝の記述に沿って出来るだけ忠実に邪馬台国の位置を推定し、卑弥呼が生きていた当時の海岸線を想定しながら探していたこと。私が知っていたのはそんなことだ。 だが何故今頃になって映画化されたのかが分からない。きっと本の内容よりは邪馬台国研究に賭けた彼の生き方そのものがユニークで、脚本家の目に留まったのだろう。映画も著書を忠実に再現したものではなく、フィクションも交えながら古代史の研究を目指す夫とそれを支える妻の姿を中心に展開して行く。 映画を観ても、どこまでが本当でどこからがフィクションか分からないのだが、元々彼が実業家だったことや、前妻に逃げられて幼子2人を抱えていたことなどもこの映画を観て初めて知った。型破りな人間。思い立ったら一直線の人柄。頑固で融通が利かない大正生まれの九州男児。そんな男を竹中直人が好演していた。後に宮崎の妻となる女性を演じた吉永小百合の素晴らしさは言うまでもない。 それにしても小百合演じる女性が、初めて見る「魏志倭人伝」をすらすらと読み下すのには驚いた。あれは無理と言うものだ。かなり漢文の素養と歴史の知識がないと普通は読めないはず。原文には「ふりがな」など一切ふってないし、あの当時の漢字は特に難しい字が多く、しかも意味が難解だからだ。ともあれ苦労の末書き上げた「まぼろしの邪馬台国」の上梓によって、夫妻は第1回吉川英治文化賞を受賞する。 宮崎が死ぬ直前妻に言う。「邪馬台国の研究なんかどうでも良かった。こうしてお母さんと一緒に旅に出られたことが一番だ」。あれは彼の本音だったのか。それとも観客を意識した脚本家の演出だったのか。古代の謎を解こうとする頑なな研究者で九州男児である宮崎は、最後まで妻に対しては甘い言葉など投げかけなかったのではないか。私にはそう思えるのだが、実際のところは生存する奥様にしか分からないことだ。 さて、邪馬台国の候補地は日本の各地に在る。その大半は単なる「語呂合わせ」や勝手な思い込みに過ぎない。また学界には邪馬台国九州説と畿内説の2説があって、議論が白熱していることはご存知の通りだ。私自身はどっちでも良いと思っている。それよりも大切なのは、弥生時代の日本には既に邪馬台国などのような都市国家が成立し、外国(中国)へ使者を遣わすほど政治体制も成熟していたことだ。 邪馬台国はきっと幻のままだろう。何故なら当時の日本に漢字は伝わっておらず、邪馬台国の直接的な証拠となるものが発掘されない(注)からだ。夢は永遠に夢で良い。それもまた楽しいではないか。さらば卑弥呼。そしてまぼろしの邪馬台国よ。 注)福岡県の志賀島から「漢の委の奴の国王の金印」が出土している。これと同様にもし漢の皇帝から授かった「邪馬台国王の印」が出土したら、唯一そこが邪馬台国だと証明できる可能性があると思う。
2008.11.10
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私のブログの読者が1日100人を越えた頃から、日記の下へ表示される広告の内容が変わって来た。これは丹念にタグを付け出したこととも関係あるのだと思う。付与したタグの内容で広告を載せるスポンサーが違う。日記の内容により相応しい広告なら、読者にとって役に立つこともあるように思う。昨日書いたブログには無関係の広告が載っていたが、つい先ほど糖尿病関係の広告に変わっていた。ネットの世界は結構機敏に反応しているのだと感心する。 さてその血糖値のことだが、昨年まで職場で受けていた健診と私が今年受検した仙台市の健診とでは検査項目が違っていた。昨年までが単なる空腹時血糖だったのに対し、今回のは「HGA1c」に変わっている。これは赤血球のヘモグロビンとブドウ糖が結びついたもので、過去1ヶ月くらいの血糖の状態がわかると言う。 それはそれで良いのだが、HGA1cの正常値が5.1なのに対して私も妻も結果は5.5だった。だが妻は職場で行った健康診断の空腹時血糖値は正常だった由。私は今回職場の健康診断はパスしたが昨年の空腹時血糖値は正常だった。さらに正常値とされる5.1だが、試しに覗いた広告のHPだと正常値は5.8以下になっていた。 転勤族の私はこれまで色んな職場で健康診断を受けて来たが、受検項目が各地で違っていることと、検査機関によって正常値がかなり異なることに早くから気づいていた。これは一体どんなことを意味するのだろう。仙台市の検査がより厳しいのか、あるいは時代によってより厳密に健康をチェックし出したかのいずれだろう。正常値と異常値ではその後の対処が全然異なるので、正直言って何とか基準だけでも統一して欲しい気分だ。 昨日書いたもう一つの疑問についてもついでに補足しておこう。私が3連敗を喫した「東京マラソン」だが、何とわが走友会のM仙人は逆に3連勝だったようだ。そして仙台明走会のFさんも3連勝だったと彼らの掲示板に書かれていた。わが走友会のO川さんも私同様に3連敗。同じく3連敗だった住吉台走友会の八戸天気予報士さんは、公平でない東京マラソンへは来年は申し込みをしないと書かれていた。 選考システムが本当に公平かどうかの判断はできないが、統計学的にみれば同一人が3連勝する確率はかなり小さいと見て間違いない。ここは見事当選した人に祝福を贈るべきなのだろう。だがその一方、選考の在り方に対して不満を持つ人が多いのも事実。たかが東京マラソン。されど東京マラソン。やはり一度は東京都内の目抜き通りを風を切って走りたいのがランナーの本音だと思う。 さて、パソコンを起動した後に出るホームの画面をヤ○ーの新バージョンに代えた。ついでにフィッシング詐欺防止機能を付加したら時間がかかることこの上ない。機械オンチの私には新しい機能よりも少しでも速く画面が表示される方がありがたいのだが、巧妙な犯罪が増えた今日ではこれも止むを得ないことなのだろう。う~む。
2008.11.09
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昨日から「第3回東京マラソン」の当選結果が通知されたようだ。今か今かと心待ちしていたのだが、結果は今回も落選だった。これで3回連続の落選。昨日は久しぶりにある方のブログを拝見したのだが、その方は初めての申し込みで当選されたとか。私が所属する走友会でも2回連続で当選した人が複数いる。その一方、私のように3回目でもダメな者もいる。くじ運の弱い人って本当にいるんですねえ。これで来年の3月は「八丈島一周」でも行こうかと言う気になった。しかし、なかなか当たらないのは何故なんだろうね 昨日1通の封書が届いた。暫くしてそのことを思い出し封を切った。中から出て来たのは「秋田内陸」の見本写真。おかしいなあ、私は足の故障で参加しなかったし、不要になったゼッケンも参加賞のTシャツと一緒に大会本部から送られて来た。確かに封書に書かれたゼッケン番号は間違っていないし、写真のそれも同じ番号に見える。 すると同じゼッケンNoを胸につけたこの若いランナーは誰?もしプログラムでゼッケンを確認したら、絶対64歳には見えないんだけどねえ。そのゼッケンを良く見ると、中ほどで折れている。ふ~む。ひょっとすると写真を撮った会社は数字の「0」と「8」を間違えたのでは。そう考えると良く分かる。結局この若いランナーには見本の写真が届かなかったんだろうね。写真の青年がちょっぴり気の毒にも感じる。 今日妻が仕事から帰るなり私に言った。「私もお父さんの仲間になったよ」と。何のこと、と私は思った。妻は仕事の後、先日健康診断を受けた病院で検査結果を聞いて来たのだそうだ。そこで医者に血糖値が境界ラインにあると言われたようだ。いわゆる境界型糖尿病との宣託だ。ふ~ん。あれほど自信を持っていた妻がねえ。でも何故なのだろう。さらに妻は言う。「お父さんと私はいつも同じものを食べてるからね」。 確かに私と妻はほとんど同じものを食べている。でも甘いものは妻の方がずっと多く摂ってるはず。でも、と私は考え直した。妻も私も母親を共に糖尿病で亡くしている。だからそれぞれの親から同じ遺伝因子を引き継いでいるのだ。それでなくても日本人は糖を分解するインシュリンの分泌量が少ない種族なのだとか。気をつけるに越したことはない。 先日はお向かいさんから渋柿を50個以上いただいて干し柿を作った。その前には今年4回目のイチジクの甘露煮を作った。いずれも甘いものだ。甘いものが決して体に悪いわけではない。脳内の栄養となるのは糖分しかないようだし、甘味の摂取はストレスを解消する働きもあるとか聞いた。さらに妻が言う。「今度から私もヤーコンを食べようかな」。妻は甘味が乏しく、見栄えの悪いヤーコンをつい先日まで敬遠していたのだ。 今日は初めて畑の大根を1本抜いた。まだもったいないとは思ったものの、結構大きく育ったので大きさを確かめてみたのだ。また京水菜を間引きし、そのうち比較的大き目の苗を移植してみた。それらは決して甘い味はしない野菜だが健康には良いはず。夕刻、妻は大根の葉を刻んで漬物を作ったようだ。この冬はヤーコンはじめ我が家の家庭菜園で育った野菜のお世話になろうと思う。妻と2人、より健康な生活を目指すために。
2008.11.08
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今日は立冬だそうだ。そういえば夕方から少し寒い風が吹き出した感じ。今年は居間にコタツをセットした。灯油を節約するためでもあるが、少しだけ値下がりしたとかで18リットル入りポリタンク2個分の灯油を買ったみたいだ。今日は別の配達業者が郵便受けにチラシを入れた。こちらはポイントカード付きだ。ガソリンの価格も競争が激しく、中には資金が続かずに廃業したスタンドも見かける。 このブログはパソコンが在る自室で書いているのだが、先日この部屋にもコタツをセットした。今日は初めてスイッチを入れてみた。足元が暖かくて助かる。そのうち日記を書いていると手がかじかむ日が来るだろう。 さて、昨夜もマックスが小さな唸り声を上げた。起きて時計を見ると1時15分。前夜は楽観したため玄関で粗相をする始末になった。今夜は完全武装で外へ飛び出しマックスを犬小屋から放つ。元気であるが腹具合が悪いのだろう。そう思って近所まで散歩に出かける。案の定彼は柔らかそうな便をした。やはり新しい餌が合わないようだ。それで落ち着いたのか、帰宅すると彼は大人しく犬小屋に入った。 だが今度は私の方が眠れなくなった。翌朝妻も目が覚めて眠れなかったと言っていたが、彼女が起きていたのは30分ほどで、その後安らかな寝息を立てて再び眠ったのを知っている。夜中の顛末を話すと、やはり元の餌に戻そうと言う話になった。わずか1袋600円の値上げと男の私は思っていたのだが、家計を預かる妻にとっては大きい額だったのだろう。だがマックスの異変を見て反省したようだ。ゴメンネ!とマックスに謝る妻。今日は早速元の餌を届けてもらった。これで騒動が沈静化すれば良いのだが。 食べ物に気をつけるのはマックスだけじゃない。血糖値が高めと健康診断で指摘されて以降、私は出来るだけ甘いものの量を減らし、食事の際の摂取カロリーにも注意するようになった。また春先から庭で育てていたヤーコンを掘り上げ、細い根っこのような部分から食べ出した。その前には若い葉も摘んでお浸しにして食べた。血糖値を下げる効果があると聞いたからだ。 皮をタワシでこすって刻み、生のまま食べるとまるで山ウドのような味がする。妻はえぐみがあると言うが、体に良い薬だと思えばどうってことはない。しばらく干していたら甘味が増して来たが、同時にしなび出して来た。寒さに弱いのかもと思い、発泡スチロールの箱に入れ、物置にしまった。そんな努力のせいか、半月で体重が最大2kgほど落ちた。あまり一生懸命になると食べることにも罪悪感を感じ出す。無理は禁物だが、次の検診時までには血糖値が正常になることを願っている。 血糖値を下げるのに効果があるのはランニングも同様。足が故障中の今はまだ十分に走れないが、練習で20kmほど走れるように回復すればエネルギー代謝が良くなり、引いては血糖値も下がるだろうと思うのだ。 来年の正月は「東北ブロック新春マラソン」のフルの部を昨日エントリーした。まだ特注のインソールを作っていない段階でのエントリーはかなり冒険だが、あの大会は1周4kmの周回コースだから足の調子を見ていつでも止められると思ってのことだ。そしてこのレースには秋田のJunさんも参加する。マラソンを走った夜は、2人で新年会をする予定。そんな夢を楽しみながら、今は養生に努めたいと思う。 朋あり遠方より来る また楽しからずや
2008.11.07
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南田洋子と長門裕之は芸能界のおしどり夫婦として知られていた。だが、実態はそうではなく長門は亭主関白だったのだとか。それに奥さんの南田洋子は長門の年老いた親を長年に亘って面倒見ていたようだ。その彼女がアルツハイマー型認知症になっていると聞いたのは、つい最近のことだ。そしてその妻の面倒を見ているのは長門自身であることも。 彼らの介護の様子を紹介するテレビ番組があったようだが、見逃してしまった。その話を妻にすると妻も残念がっていた。そして妻が私に言った。「もし私が認知症になったら、お父さんは私のところを介護してくれる?」。「うん、するよ」。私は少し迷いながらもそう答えた。 昨晩のこと低い唸り声で目が覚めた。マックスが苦しがっているようだ。居間の明かりを点け、セーターを羽織って表に出る。時間は2時15分だった。「マックス!」愛犬の名を呼び犬小屋の戸を開けると、彼は一目散に庭へ飛び出しオシッコをした。そうか。オシッコがつまっていたのか。安心はしたものの、玄関に彼用のカーペットと毛布を敷いてマックスを入れた。 それから暫くしてマックスが何かを舐める音がした。水用の器は入れてないのにどうもおかしい。再び起き出して玄関の明かりを点けると、彼は小さなウンチを3個ほどし、上がりがまちに洩らした汚物を舐めているところだった。きっと叱られると思って必死に片付けていたのだろう。それらをティッシュでふき取って袋に入れ、汚物を玄関の外へ出して私は床に就いた。 マックスの身に一体何が起きたのか。眠れないままそんなことを考えていたのだが、いつのまにかウトウトしていたのだろう。目覚ましの音で目が覚め、玄関の明かりを点けてビックリ。マックスは3箇所に下痢をしていた。こんなことが起きたのは初めて。慌てて着替えを済ませ、汚れたカーペットと毛布を外へ出し、玄関の床を雑巾で拭いた。 外へ飛び出したマックスは案外元気で、いつものように尻尾を振りながら散歩へ行った。そこでも少量の下痢とオシッコ。最近変えたばかりの餌が悪かったのだろうか。これまで10年間与え続けて来た餌はアメリカ産の高級品だったが、値上がりすると聞いて別な種類に代えたのだ。DIY店で売ってた中で一番高いものを選んだのだが、ひょっとしてその中に中国産の乳製品でも入っていたのかも。私に考えられるのはそんなことだった。 今年の9月で10歳になったマックス。人間の歳に直せば56歳になる彼も胃腸が弱くなったのだろうか。それとも犬小屋では寒がる歳になったのか。心配しながら勤務を終えて帰宅すると、妻が汚物で汚れたカーペットと毛布を洗ってくれたようだ。肝心のマックスは意外と元気な様子。頭を撫で、日当たりの良い芝生に彼を移した。今日のマックスのようにいずれは自分で自分の汚物を処置出来ない日が来るのだろうか。今日は介護の練習と思うことにしよう。 さて、私達が住むこの路地に、介護を受けているお宅が2軒ある。1軒目はまだ現職で働く職人の夫を持つお婆さん。暫く姿は見ていないのだが、迎えの車で時々デーサービスを受けに行ってるようだ。2軒目はつい最近まで車を運転していたお爺さん。全然歩かなかったために膝が弱り、デーサービスを受ける身になってしまったようだ。2軒のほかにお子さんがいない2組の夫婦もこの路地には住んでいる。 私はまだ長距離を走れないけど、日常生活には特に不便はない。これからさらに歳を取って動けなくならないよう、今の内からせいぜい足を鍛えておこう。そして呆けないためには、さほど良くない頭を使って今日もせっせと駄文を書こうと思うのだ。
2008.11.06
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アメリカの大統領選挙でオバマ候補が圧勝したようだ。長引く不況。泥沼化したイラクやアフガニスタン情勢。北朝鮮との不毛な関係。国内に渦巻くブッシュ政権への不満が、オバマ候補への投票となって表れたのだろう。 WASP(白人でアングロサクソン系出身でかつプロテスタント信者)が中心とされたこれまでのアメリカ。だがオバマ候補はこの国初の黒人大統領になるのが確実になった。明晰な頭脳。端麗な容姿。人の心を惹きつける声。希望を抱かせる演説。共和党のマケイン候補と違って魅力と誠実さに溢れていた人柄。 「チェンジ!」。彼が自信に溢れて変革を叫ぶ時、ひょっとしたら彼なら今の混迷したアメリカ合衆国を救ってくれると思えたのだろう。アメリカは強大な国だ。「世界の警察」を標榜するだけの軍事力も経済力も持っていた。だがイラクなどへの派兵が長引いて、国民の間には厭戦的な空気が流れていたのだろう。そして最近の経済的な破綻が変革を求める声に変わったのだと思う。 若さ。黒人と言う出自。ケニア出身の黒人である父親とアメリカ人(白人)である母親から生まれたこの青年は、これまでに見られない斬新な政治家として注目を浴びたようだ。堂々とした演説は若者だけでなく、広く国民の心を掴んだのだ。なかなか容易には崩れなかった人種の壁、言語の壁、貧富の差。柔軟な思想の彼ならきっとそれらを解決してくれるだろう。一度彼に政治を任せて見ようと。 もし彼が大統領に就任した場合、日本にとっては良い点ばかりじゃないとも言われているようだ。保護的な経済政策を採ることによる貿易摩擦。中国や北朝鮮などとの対話を進めるあまり、これまで「良きパートナー」だった日本寄りの姿勢が見直されるのではと。でも一強国だけで世界を動かす時代は終わったと思う。アメリカは今後CO2の規制などにも本腰を入れることになるとの予測もある。彼の言葉じゃないが、今はともかく「チェンジ」が必要な時。価値観を見直す時期なのだろう。 ただ一つ、私はあることを怖れる。かつて同じ党で大統領候補を争ったヒラリー女史が図らずも口走った次のことだ。「もし黒人の彼が大統領になった時は、暗殺される可能性がある」。銃砲が溢れる国アメリカ。白人至上主義者団体KKKがはびこる国アメリカ。現職の大統領がこれまで何度か暗殺された暗い歴史が存在する国アメリカ。 希望の星オバマが不幸にして暗殺されるような事態になれば、自由主義国家アメリカの信用は地に落ちるだろう。願わくば彼が次期大統領として、存分に力を発揮出来る機会を与えて欲しい。それはアメリカの願いだけでなく、全世界の願いでもあると思うのだ。変革はもっとも勇気を必要とする行為。さらに世界的な見地からの変革を可能とするのは、強い信念を持った勇気ある政治家だけだと確信しているので。
2008.11.05
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何だかとっても疲れた。昨日は準備体操をして15kmほど走り、補強運動を少ししただけなのだが、それだけでも疲れてしまった。怪我のため約2ヶ月走れないでいたら走るために必要な筋肉が衰えるだけでなく、自信があったスタミナまで失ってしまった感じなのだ。 金曜日の夜、思いがけず「秋田内陸ウルトラ」の特集番組を観た後で1本の電話がかかって来た。山形時代の部下S氏からだった。どうやら彼も同じ番組を観ていたようで、ひょっとしたら私がテレビに映るかと目を凝らしていたとの話。残念ながら怪我で参加出来なかったことを話す。私より3学年下の彼は現職中ピロリ菌で胃をやられて治療中だったのだが、今はすっかり良くなったようだ。懐かしがってわざわざ電話をかけてくれる人がまだいたことが嬉しい。 先週の金曜日、スポーツ整形外科医の治療を受けたことは前にも書いた。その翌日私は整骨院を訪れ、先生に詳細を話した。先生が結果を知りたがっていたからだ。私の話を聞いた彼はすっかり納得したようだ。「整形外科と整骨院の役割は違いますからね」。今後整形外科へ行った方が良いと思われる症状の患者が来たら、その病院を紹介したいとも話していた。 整骨院の先生にはありのままを話したが、患部に打った注射が効けばもう整骨院へ通う必要はなくなる。だが若いこの先生から聞いた話はためになることが多かったし、10回通院して支払った5千円の代金も丁寧なマッサージや電気治療を受けたことを考えればとても安く、決して無駄にはならなかったと思うのだ。 整形外科で患部に注射してもらってから、足の痛みは薄らいだ。だが全く痛みを感じないわけではない。微妙な痛みの存在はそれだけ今回の症状が重かった証だろう。3日経てば注射の痛みはなくなると説明されてはいたが、いざ走りに行くとなると躊躇したのはまだ不安が解けなかったからだ。 ある時期全く走れないことで、宮城UMCへ入る意味があるのか自問自答していたことがあった。ウルトラを走ることはもう無理だと諦めていたのだ。さらに走友会に所属する意義について考えていた。走れないのはランナーじゃない。ランナーじゃない人が走友会に入っていてもしょうがないんじゃないか。そんな考えに捉われていたのも事実だ。 それがスポーツ整形外科医の診察と治療と症状の説明を受けてから、遥か彼方に一筋の明かりが見え出した感がある。しかし・・。私はまだ疑問を持っていた。もし痛みの原因が不要な骨の出っ張りとこすれた腱の炎症にあるとすれば、なぜそれまで痛みが出なかったのだろう。不要な骨は怪我の前から私の左足底部に潜んでいた訳だから。 でも、その解答も私自身が既に書いていた。引き金になったのはやはり「立山登山マラニック」の八郎坂でよろけた時に足をひねったことなのだろう。偏平足である私の足のアーチは加齢と疲労によってさらに低くなり、怪我をし易い状態になっていたのだ。そして雨で濡れた岩で滑った時にあの事故が起きたと思うしかない。 不安のままに走り出した昨日の15km走。坂道を登る時に左脚の脛が異常に張った。きっと坂道での練習不足と痛みをカバーするために体が発したシグナルだと思う。帰路「名取川漁協・調査採捕中」と書いた旗を立て、ザル川の中で魚網を振るう3人の人がいた。「何がいるんです?」と私。答えは「雑魚ですよ。でも鮭やアユも間違って入って来るみたいで」。こんな小さな川にも迷い込む鮭がいたとは。ちょうど今の私に似てるかもねえ。
2008.11.04
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先週金曜日の夜、何気なくテレビを観ていたら8時から「ワンダフル東北」と言う番組で、9月の終わりに開かれた「秋田内陸ウルトラ」関係の特集を流すというコメントにビックリ。私も参加しようとしていたが、足の故障でどうしても出られなかったのがこのレースだった。ひょっとしたら走友も何人か写るかも知れない。これは一大事。そう思って2階の自室へ急いだ。 番組の最初からテレビの画面に釘付けとなる。食い入るように見入る私。これまで6回あそこに立った角館の懐かしいスタート地点。仲間達と気合を入れる選手。ごった返す受付会場。緊張感溢れるスタート直前の風景がそこにあった。 番組は3人のランナーに照準を合わせていた。1人目は地元秋田のランナーで、今年就職で北海道へ渡る息子を持った父親Sさん。2人目がリストラに遭い、病気との闘いにも勝って今年から再び秋田を目指して走り始めた千葉の60歳のランナーTさん。そして3人目が亡き妻の遺影を胸に掲げて秋田内陸路をひた走る宮城県石巻市の73歳の老ランナー。きっとこれらの人は、予め大会事務局へ送られるメッセージを元に選ばれたのだと思う。 淋しい山道。ちょっとした坂道。田んぼの中の一本道。ゴールへ向けて最後の下り坂。間もなくゴールする選手達を応援する鷹巣市街の人々。番組の到る所に懐かしい風景を見つけることが出来た。そして我が走友会の仲間の顔や姿も発見した。1番目のランナーが休憩する姿を映した時に、走り去るM仙人の後姿がはっきり見えた。宮城UMCのオレンジ色のシャツと、独特のフォームは間違えることがない。11時間台で過去ワーストと言っていたM仙人だが、故障から良くここまで復活したものだ。 Y子さんの笑顔がばっちり写ったのは64km地点の私設AS。いつも地元の小母さんが「シソジュース」を出してくれるところだ。千葉のリストラランナーがここの小母さんと再会したい一心で出た今回のレース。その場面にY子さんが居合わせたのだ。だがY子さんはその後になって股関節の痛みで苦しんだと、先日の芋煮会の時に話していた。64km地点での笑顔がやがて苦痛の表情に変わる後半の戦いを想像してみた。もう一人はO川さんだと思うのだが、男の人の顔が一瞬大写しになった。シャツは間違いなく宮城UMCのもの。それとも私の見間違いで「群馬支部」のどなたかだったのだろうか。 さて番組の主役になった3人のランナーだが、地元秋田のランナーは奥さんと娘さんの応援を得て、12時間39分でゴールしたようだ。70kmの通過が8時間台だったが、後半疲れが出たのだろう。千葉のリストラランナーは11時間51分でゴールした。さすがはこれまでに何度も完走した経験がある人は違う。きっと体がコースを覚えているのだろう。石巻の老ランナーは股関節痛が出て、残念ながら83km地点でリタイヤになった。それでも今回が、秋田で走れた最高距離だった由。 そんなことを思い出して、私は今日走りに行った。Tシャツは今年の「秋田内陸」の参加賞。帽子は今年の「立山」の参加賞。「立山」での怪我のために走れなかった「秋田」。その因縁の衣装を身に着けての15km走だった。出発前から不安だったが、酷い痛みが出ずに何とか最後まで走ることが出来た。痛みがなく走れる嬉しさ。やはり走れるってのは素晴らしい。今日は名取川の橋の上から、遡上する鮭が数匹見えた。ガンバレ~鮭ガンバレ~俺
2008.11.03
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ほぼ毎月のように妻と一緒に行くバス旅行。今月の行き先はフランス料理と裏磐梯の五色沼散策を選んだ。本当は山形県の酒田で特上の寿司を食べ温泉に入るというコースを申し込んでいたのだが、思うように客が集まらず不成立になったとの連絡を受けて、急遽変更したのがこのコースだった。特にフランス料理を食べたかったわけでもなく、いつもの温泉へも入れないためどうかと思ったのだが、紅葉の五色沼を見るのも良いと思い申し込んで見たと言う訳だ。 バスは東北道を南下し、福島飯坂ICで一般道へ降り飯坂のフルーツラインを通って、磐梯吾妻スカイラインへ登って行った。麓は紅葉の真っ盛りだが登るにつれて枯葉が目立ち、やがて火山特有の地形が目の前に広がって来た。ここへ来たのは恐らく40年ぶりくらいのことだろう。浄土平の駐車場へバスは入り、私と妻は40分しかない自由時間を使って吾妻小富士へ登ることにした。 風が強い。帽子が飛ばされるくらいの風速。ウインドブレーカーの襟が風ではためき、頬を強く叩く。よろめきながら木道を降りて来る観光客。頂上に向かうにつれて風は一層強まって来た。ようやく頂上に到着し、そこから火口を覗く。さらに前進して麓を見下ろそうとしたが、風が強くて進むことも退くことも出来なくなる。体を低くしてほうほうの呈で下山した。 スカイラインを磐梯山方向に下り、横向温泉から少し先のホテルへバスは入った。安達太良連峰の一つ箕輪山の裏手に当たるようだ。豪奢なホテルは結婚式の客で賑わっていた。ツアー客はその奥の一室へ通され魚と肉のコースに別れて着席。魚料理の素材は鯛とのこと。前菜とスープに続いてその料理が厳かに届く。ふ~ん。味だって決して不味くは無いのだがちょっと量がねえ。小さなパンが1個で果たして満足できるの~上品なデザートは確かに美味しかったし、コーヒーも格別ではありましたがね。 五色沼方面は各地からの観光客で渋滞し、なかなか目的地へ着かない。ようやく諸橋近代美術館の駐車場へ入り、ダリ展を観るグループと五色沼散策グループに別れる。私達は後者を選択。こちらは当然無料。「磐梯高原ウルトラ」のコースはこの前を通るのだが一度も訪れたことがなかった。広い駐車場にはもの凄い数の車。これでは渋滞するわけだ。 紅葉が美しい水面にボートが浮かぶ毘沙門沼。名前とは違って今日は濃いブルーだった赤沼。エメラルドグリーンほか色が多彩だったみどろ沼。そして紺色の落ち着いた龍沼。時間が迫ったためそこから引き返したが、ハイキングコースは8kmほどあるようだ。残念ながら裏磐梯の山容は曇って見えなかったが、今年最後の紅葉を楽しみ、神秘的な湖沼群を散策出来て満足の一日だった。<注>タグとして付加した「磐梯吾妻国立公園」は「磐梯朝日国立公園」の間違いでした。お詫びして訂正します。
2008.11.02
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さて、2ヶ月間苦しんだ痛みだが、医師の診断によれば左足の第1中足骨に出来た幅1cmほどの余分な骨の出っ張りで腱がこすれているのが原因のようだ。私は偏平足のため元々足のアーチが低いのだが、老化や過度の運動や疲労によってさらにアーチが低くなった分、腱に負担をかけて痛みと炎症を起こしているとのことだった。 レントゲン写真と足への触診によって得られた結論は、なるほどと私を納得させるものだった。その前に行った整形外科の老院長とは全くことなる見解。彼はレントゲン写真を診て、左足に余分な骨は出来てないと断言した。腱や靭帯は写真に写らないと言い、痛みの原因は示さなかった。私はこの老院長を信頼できなくなり、静脈に注射をしようとしたのを断って痛み止めの薬だけをもらって帰った。老院長の結論は「走り過ぎなので、これからは走らないように」とだけ。結局何が痛みの原因で、今後どう対策すべきかまるきり分からなかった。 若いスポーツ整形外科医は先ず患部に直接痛み止めの薬を注射し、以下のような説明をしてくれた。この注射で3日間ほど痛みが出る可能性があるが、その後、注射による痛み止めの効果は約1ヶ月間持続すること。だが今後注射で痛みを抑えながらランニングを続けるのは根本的な解決にはならないこと。低いアーチを上げて腱がこすれることによる痛みを緩和するためには、私の足型に合わせたインソールを作るのが望ましいこと。今後は痛みの程度を見ながら走っても良いこと。また効果があると自分で判断すれば整骨院の治療を受けても良いことなどだ。 そして最後に、「何か質問はありますか」と私に訊ねた。私はこれまでのもやもやが一気に晴れたような気分になり、喜んで診察室を出た。だが、「待てよ」と思い直した。原因と対策は分かったが肝心のことが解決してない。足型に合ったインソールを作ることの大切さは、これまでランナーズなどでも読んだし、全国の走友の事例からも知ってはいる。問題はインソールをどうやって作るかだ。 そこで看護師さんにお願いし、つい先ほど診察を受けたばかりの医師にメモを渡してもらうことにした。そのメモには「仙台近辺でインソールを作ってくれるところがあれば紹介して欲しい」と書いてある。暫くしてから返事があった。業者はこの病院にも出入りしているとのこと。早速最短の空いてる日時である11月12日(火)の午後3時半で予約が取れた。何の解決にもならなかった前の整形外科と違って、ここはまさに専門医だった。 今回の私自身の事例から教訓として引き出せるのは、アスリートは自分自身の怪我に備えて、評判の高い整形外科、出来ればスポーツ整形外科医がどこにいるか常日頃から関心を持つことが重要だと言うことである。もちろんその前提として、どの程度の痛みが出たら病院に行くべきか判断出来ることが必要だが。 私の足の痛みの原因と今後の対策はこれでほぼ明白になった。問題はこれから。足型に合ったインソールを入れたシューズを履いて、どんな痛みが生じるのか生じないのか。また足に負担をかけないために今後どんな注意を払う必要があり、失った筋力をどう強化するか。課題は多く前途多難ではあるが、少しでもランニング生活を楽しめるよう頑張ってみたい。今後の経過についても出来る限り報告したいと思っている。 仙台近辺にお住まいで、もしこのスポーツ整形外科医がいる病院に関心のある方がおられましたら、トップページ左上の<Mail>の「メッセージを送る」から私宛にメッセージをいただければご紹介いたします。
2008.11.01
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