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柔道の井上康生が北京オリンピック選考を兼ねた全日本選手権大会で破れ、現役引退を発表した。シドニーオリンピックで金メダルを取った強者もここ数年は怪我に泣き、実兄も亡くされたようだ。引退後はイギリスに留学しコーチ学を学ぶ予定だとか。彼はまだ29歳の若者、これからの人生の方が遥かに長い。結婚したばかりの奥さま共々、将来への道を切り開いて欲しいものだ。 引退の一方で現役復活した選手もいる。プロテニス界で世界ランク最高位が4位だった伊達公子(37歳)が12年ぶりに現役に戻ったと言うニュースには、きっと誰しもが驚いたと思う。25歳で引退し、その後国際結婚した彼女が、どんな理由で復帰したのだろう。たぐい稀な筋力の持ち主だと言う彼女は早速試合に出ているが、若い選手に一歩も引けをとらないのはさすが。これからどこまで頑張れるか見ものだと思う。 今朝第1現場のビルに出勤すると、入り口のドアに「特別警戒中」の張り紙。慌てて引継ぎ用のノートを確認して納得。ビルのオーナーサイドからサミット及びその関連会議開催に向けて、テロ発生の恐れがあるため警備と安全確保に一層注意するよう指令があった由。もうそんな時期が迫ったことを知る。その一方、出勤する社員が普段の半分以下でとても静かなのは連休の影響だろう。 第2現場のビルでは、管理会社の所長が浮かない表情で私が勤務するシュレッダー室にを訪れた。今後は出された機密文書をその当日か翌日までに裁断するよう上部から指令が出たのだとか。在庫が少ない今は可能だけど、県内の支所から大量に段ボール箱が届くことがある。また年内にこのビルを退去する前にも大量の処分資料が出ると思うのだが、デスクワークしかしたことの無い人は1日1時間のパートの処理能力など考えたことはないのだろう。 勤務後、銀行、書店、デパートに寄り妻に頼まれた用事を済ます。昼食後もさらに銀行へ行き、まとまったお金の引き出しと送金を済ませる。これで1週間を要した案件も無事終了。帰宅後畑にトウモロコシの種を蒔く。これだけ気温が上がれば発芽すると読んでのことだ。朝は畑の苗に水を撒いてから出勤するのが楽しみになった。 離れて暮らす子供や孫達のことを思うと多少心配な面もあるが、私達夫婦が健康で体が動くだけまだ良いのかも知れない。昨日20KMを何とか走れたことも含めて、一筋の光明が見えて来た感もある。
2008.04.30
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朝4時半、愛犬の鳴き声で目を覚ます。いつもの散歩の時間なのだが今日は休日であることを彼は知らない。散歩後に餌がもらえることだけが頭の中にあるのだろう。仕方なく急いで1kmほど散歩し、念願の餌の時間とする。 それから私は「高枝バサミ」を持って出かけた。昨日の午後、野菜の苗を買って畑に植えたのだが、その支柱にするための篠竹を取りに行くのだ。場所は前から目をつけている。小川の崖から対岸に渡り、15本ほど伐る。県有の荒地なので誰かに文句を言われる筋合いはないのだが、急いで篠竹を担いで帰宅。庭に立てると5mほどもある立派な竹だった。道理で重かった訳だ。 昨日植えたのはトマト10本。ミニトマト4本。ゴーヤ4本。パプリカ4本。米ナス2本だ。それにキュウリの種も蒔いた。これは12粒で400円近かった。ついでに余っていた春菊と京水菜の種も蒔く。支柱は高性のトマトと蔓性のゴーヤに使う。ゴーヤ用には早々とネットも張った。余った2畝には、いずれトウモロコシの種を蒔く予定。タマネギの収穫後に何を植えるかも考えておく必要がある。 妻が仕事に行った後ベランダに布団を干し、私もランニングに出かけた。昨日の帰宅ランでさほど痛みが出なかったので、今日は久しぶりに30kmほど走ろうと考えていたのだが、朝からの作業で痛みが出、急遽20kmコースに変えることにした。太白山の麓を通って折立の生瀬橋まで行き、そこから引き返す予定。 太白山自然観察センター裏手の林道をしばらく行くと「ニリンソウ」の群落。そして山中では山桜が出迎えてくれた。梨野集落の手前で走友会のA部さんと遭遇。彼も2時間ほど走る予定とか。スピードランナーの彼がこんなアップダウンのあるコースを走っていたとは。思わぬ人との遭遇で、時計のボタンを押すのを忘れてしまった。小さなトンネルからは下り坂。道路には行楽地に向かうのか、車の列。 生瀬橋の上から広瀬川の流れを眺めて引き返す。大梅寺の下でマウンテンバイクの人が、私の着ていた「宮古島ワイドー」のTシャツを見て話しかけて来た。彼もランナーで沖縄に3年間勤務したことがあるとかで話が弾む。最後の赴任先である仙台に住まいを定め、秋田から両親を呼んだみたい。今日は蕃山に登り、これから太白山に登る予定とか。太白山の麓まで一緒に走りながら色々話した。 約2時間30分の実験走は無事終了。これくらいの痛みなら20kmくらいまでは走れそうだ。次は30kmに挑戦したい。昼食後、庭の草取り。仕事から帰宅後、誰かと電話で話していた妻が浮かない表情をしている。聞けば東京の次男が3月に転職していた由。さらに別の仕事を探すようだが、30過ぎで果たして安定した仕事が見つかるかどうか。本人も苦しいのだろうが、親の心配は尽きない。今は親子揃って試練の時だろうか。
2008.04.29
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昨日から「ウラエゾ」が始まったようだ。北海道の襟裳岬から宗谷岬まで走るのが「トランスエゾ」(片道約550km、往復約1100km)だが、こちらは5年ほど掛けて北海道を一周する。今年のコースは「津軽海峡・噴火湾編」で江差から室蘭の地球岬までの475kmを9日間で走るのだそうだ。走友の雲峰師匠やちっちさんが参加されているはず。毎日の距離が比較的短いので、歩きを交えても間に合いそうだが、長い休暇が必要なので誰でも参加出来るとは限らない。 Junさんが今朝秋田から旅立ったようだ。明日から「川の道」が始まるのだ。こちらは522kmを132時間(5日半)かけて走る。「ウラエゾ」と違って毎晩泊まる所があるわけでなく、3箇所の仮眠所を上手に使って走り抜くようだ。スタートは東京の葛西臨海公園で、荒川沿いに上流へ向かい埼玉、群馬を経由して長野へ入り、千曲川(信濃川)沿いに下ってゴールの新潟へ向かうようだ。爆弾を抱えるJunさんの足だが、何とか痛みが出ないで走り抜けるよう祈りたい。 仙台市の大友忠さん(67歳)が近く中国の上海からパキスタンのイスラマバードまで、7500kmをマウンテンバイクで旅する予定と地方紙に出ていた。計算上では130日かかるそうだ。一日平均の走行距離は約100km。荷物はテント、寝袋、ガスボンベなど一式で約40kgに達する由。大友さんはこれまでにマウンテンバイクでヨーロッパやアフリカ横断、インド一周、南北アメリカ縦断など16回の冒険旅行に挑戦し、8万km走破してるとか。地球2周分だ。67歳の偉大なる挑戦には頭が下がる。 走り旅や自転車旅行ではないが、長い裁判とたった一人で戦い続けている人がいる。「山口県光市母子殺人事件」の原告である本村洋さん(32歳)だ。当時18歳1ヶ月の少年に奥様をレイプされた上、生後11ヶ月の長女とともに殺害されたのは、まだ彼が23歳の時。それから長い年月を裁判で戦い、先日ようやく最高裁からの差し戻しで広島高裁で被告に対して死刑の判決が出た。だが被告側は再び最高裁で争う姿勢を示している。 「少年法の高い壁」と戦い続けて来た本村氏の真摯な姿勢が、ついに日本の司法に風穴を開け、更生が望めない場合はたとえ未成年であっても厳罰を適用すべきとの声が出始めたのだ。まるで日本の裁判制度をあざ笑うかのような、元少年が友人に出した手紙の内容には驚いたものだ。また死刑制度に反対する多数の弁護士で構成された弁護団の主張には、全く呆れ果てた。 どんな場面でも理性的に話す本村氏の孤独な戦いは、当分続きそうだ。彼の姿を見ると、「松本サリン事件」で奥様が重症となった河野さんが何故か思い浮かぶ。彼の場合は警察から犯人と疑われ、捜査の対象ともなった。潔白が証明された後は裁判で戦い、それが結審した後は奥様の看病と戦っている人だ。緊迫した場面が続く中で、いつも冷静に対処されていた河野さん。彼らの厳しい戦いの先に平安があることを切に祈りたい。
2008.04.28
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昨夜もちょっと遅めに寝た。我が楽天が勝った試合をスポーツニュースでもう一度見たかったからだ。そのせいで今朝も早起きした妻が愛犬と散歩に行ってしまった。まあ休日なのでそれも良い。それに妻にとっても良い運動になったと思うのだ。 朝食後新聞を読み、いつものテレビ番組を少しだけ観てから庭に出る。まずは挿し木した椿をハナモモの周辺に移植。ついでムラサキツユクサの株も移植する。これで八重桜が枯れて淋しくなった辺りが、ようやく賑やかになった。 次に庭と畑の雑草を抜く。暖かくなったせいで、雑草の伸びるのがとても早いのだ。春先まで生き延びた春菊も今朝が最後の収穫。大根や葉物が一冬ずっと持ってくれて嬉しかった。こんなに狭い家庭菜園でも収穫の喜びは格別。春菊の苗を抜いた後は畝を耕し、石灰と堆肥を撒く。畑からは相変わらず石ころが出て来る。 汗だくになったところで着替え、リュックを背負って近所の公園へ急ぐ。今日は走友会のお花見の日。仲間と会うのは2月の新年会兼総会以来のこと。自転車を止めて芝生を暫く歩くと、我が走友会の横断幕が見えた。近くには八重桜が咲き、ちょうど良い場所だ。既に集まっていた仲間は15名ほど。隣では老人施設から来られた方のお花見のよう。会長の挨拶と乾杯の後、早速青空の下で飲み会が始まった。 みんな元気そうで何より。そしてお世話してくれた幹事さんご苦労様。ビールも団子も美味い。遅れて来たEちゃん他、皆さんから差し入れのお酒の封が切られる。私は途中で抜け出す予定なのであまり飲まない方が良いのだが、注ぎ上手に誘われてつい冷酒を2、3杯いただいてしまった。 O川さんからは「立山登山マラニック」の文集を返してもらい、Sさんからは宮城UMCの新しいTシャツを受け取る。M仙人が「しまなみ海道」を走ることは知っていたが、Eちゃんも一緒にチャレンジするのだとか。彼女はつい先日「かすみがうら」を完走したし、練習でも20kmを走るようになったとかで、進歩が著しいようだ。目下調子の悪い私は、来月の「エンジョグinみちのく」では最後尾から付いて行こうと思う。 かなり効いて来たところで一足(?)先に失礼し、Kスタへ向かう。今日は田中の先発。きっと球場は満員に近いはず。案の定外野の入り口には長蛇の列が出来ていた。自由席の空席を捜すが見つからない。仕方なく椅子のない階段状のところに陣取る。こんな場所でも芝生席よりはずっとマシ。打球の行方もここなら良く見える。 田中の調子は決して良くはなかった。ただ、それでもほとんど危なっかしい場面はなかった。6本のヒットは打たれたものの、長打はなく3塁を踏ませなかったのは立派。試合後のインタビューでも、「調子が悪かったので試行錯誤しながら投げた」と大人のコメントだった。 一方攻撃面では、我が楽天の中心バッターであるホセ・フェルナンデスと山崎が打つべき時に打ち、投打がしっかり噛み合った。これで本拠地では13勝1敗の好成績。前日まで2位だった千葉ロッテが破れたため、ゲーム差なしで2位に浮上した。 試合が終わっても昼に飲んだアルコール分が残っていた。気分良く自転車で帰宅し、そのまま愛犬と夕方の散歩。その後は畑の土を均した。日記を書きかけのまま夕食を摂り、その後は風呂の掃除。それが済んでようやく日記の残りを書き上げた。明日はまた仕事の予定。パートタイマーには11連休なんて夢のまた夢だ。
2008.04.27
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昨日は昼食後、愛犬の狂犬病予防注射に行って来た。歩いて行ける範囲で注射を受けられる日時を幾つか書き留めていたのだが、生憎の雨で昨日が最後の機会になっていたのだ。幸い愛犬の体調も天気も良くて助かった。片道3kmちょっとほどの公園に行くと、時間前から既に受付が始まっていた。 今年10歳になる我が愛犬。少し怖がりの面があるのだが、これまでの経験から今回はビビルこともなかった。大勢の仲間にも気後れせず、注射は無事終わった。帰宅後、パソコンを立ち上げて詩を2篇ブログに載せる。この詩は午前中の勤務時にひらめいたのを書きとめておいたものだ。まあ「心のスケッチ」と言った感じで、あんまり構えないで気楽に書く詩も良いのではと思う。 夕刻から職場のカラオケ大会に出かける。第2現場の仲間6人と同室になった。女性2人は初めての参加で、うち1人は大音響で頭が痛くなったとかで、直ぐに帰ってしまった。歌を歌うのは私のほかに1人くらいかと思っていたのだが、意外にも全員一通りは歌った。皆が嫌う設備担当の人物だが、歌はかなり上手だった。声量もあるし選曲が良い。きっとカラオケに良く通い歌い慣れているのだと思う。 私はビール4杯に焼酎のお湯割りを4杯ほどいただき、気持ちが良くなってドンドン歌った。曲名は予めメモしていた。だが、自分が「歌いたい歌」と「歌える歌」が違うことに気づいた。幾ら曲が良くても自分の声域と合わないと実際には歌えないのだが、気づくのが遅過ぎたのは年に1度しかカラオケに行かないからだ。 その夜、私の酒臭さといびきのダブルパンチで良く眠れなかったと翌朝妻がこぼしていた。罪滅ぼしのため、今日の午前中「野草園」に行った。新しく出来た施設では植物画の展覧会が開かれ、中には植物学者牧野富太郎が描いた図鑑の原画もあった。自然の中で山野草を観察出来るのはとても楽しいことだ。ただ、園内の所々に花の絵と名前が書かれているのだが、暫くするとすっかり忘れてしまうのが残念。入園のお土産に「シラネアオイ」を2鉢もらった。これは素朴な紫色の花が咲く高山植物だ。 安いラーメン屋で昼食後、私はそのままKスタへ向かった。前日カラオケ大会に行く前にチケットを買っていたのだが、その段階で先発ピッチャーは田中と予想していた。だが、朝刊にはドミンゴと出ていた。「う~む、これは期待出来ないかも」。だが嬉しい誤算でこの予想も外れた。今日のドミンゴは危なっかしい場面は全く無く、日ハムに対してヒット2本しか許さず、4対0の堂々たる完封勝ちだった。 試合前には、わが東北楽天の主砲山崎選手のホームラン300号達成の記念式典があり、同選手に対して色んな会社から記念品や金一封が贈られていた。また試合では山下と中島と言う2軍から昇格したばかりの選手が大活躍してくれ、とても嬉しかった。彼らも監督の起用に応えられたことや、ファンの大声援を受けられたことが嬉しく、きっと忘れられない試合になったのではないかと思う。
2008.04.26
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風街に風が吹くと女は慌ててスカートを押さへ俺はそれを横目で眺める街に吹く風はついでに男の帽子も飛ばすそのむき出しになった禿頭から俺は慌てて目を逸らす 2008.4.25 痛み季節はいつか春になりまるで薔薇のやうなチューリップが咲ゐたそして街には薄着の女が闊歩するだが俺のこころは少しも浮かない俺の脚はだうにも痛んで走れないんだよなかなか自由が利かないんだよ俺の脚はそれでも と俺は考へ直す俺はこれまでずいぶん走ったもんなあ地球を一周半もしたもんなあ 2008.4.25
2008.04.25
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朝起きて散歩しようと外へ出たら愛犬がいない。慌てて赤いリードを捜すと、それも見えない。ははあ、妻が散歩に連れて行ったなと思い、改めて寝室を見回すと、案の定妻の姿はなかった。妻が私よりも早く目覚めるなんて珍しいこと。愛犬との散歩は私の仕事だし、それが終わってから自分で朝食の支度をするのも日課なのだ。帰宅した妻の話だと1時間ほど山道を歩いて来たとか。 出勤のために自宅を出ようとすると、長靴を履いた妻が今度はスコップを持っている。どうやらラベンダーの移植に取り掛かるようだ。昨日私が仕事から帰宅した時は、カポックの葉を拭いていた。カイガラムシがついているのだとか。そう言えば虫が出したのか、ねばねばした液体で葉が光っている。あまり虫が多い枝は、枝ごと伐って捨てたようだ。 私は剪定ばさみでゴムの枝を伐った。形が悪いから伐って欲しいと妻に頼まれたのだ。沖縄では大きく育って「気根」も出、ついには幹と合体した曰くつきのゴムの木。もう1つの植木も、その枝を挿し木したものだった。切り口から流れ出ている樹液はゴムなのだろうか。ナンテンヒイラギの枝を何本かついでに伐る。 チューリップが咲き出した。花は八重で、色は白、ピンク、薄紫の3種。いずれも緑の色が少し混じっている。密集するほど植えた覚えはないのだが、良く見ると茎が2本ずつ出ている。道理で賑やかなはずだ。優しい色合いの花の中に普通のが1本。これは古い球根から出たのだろう。 スイセンも見事に咲き出した。園芸が好きな方のブログで、4種類のうちの2つは「タヒチ」と「クチベニスイセン」と言う名前だと分かった。ホソバスイセンはいつの間にか消えてしまった。チュウリップ、スイセン、ユリなどの手の込んだ園芸種は、3年くらいしか球根が持ってくれない。地中のウイルスが球根を腐らす場合もあるのだとか。野生に近いものほど強く、長持ちしてくれる。昨秋植えたユリは確かピンクの花だったはず。 アプローチ付近のイカリソウが初めて花をつけた。これは妻が昨年苗を植えたもの。「錨」に似た花の形からそう呼ばれるようだ。折った代わりに買って植えた西洋シャクナゲも咲き出す。白い花に赤の大きな縁取りがある。ハナズオウにもようやく白い花。ほかに咲き出したのがスズランとツツジ。そしてこれから咲きそうなのがオオテマリにコテマリ。オオテマリは毎年毒蛾にやられるので要注意。 今日は雨。妻が朝から移植作業をしていたが、花や植木にとっては「もってこい」のお湿りになったことだろう。白、ピンク、赤の椿はそろそろ終わる頃。今度の連休は農作業で忙しくなると思う。その合間に、妻と野草園などにも行きたい。安上がりの楽しみだが、それもまた良し。
2008.04.24
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野茂がメジャーのロイヤルズから戦力外の通告を受けたようだ。そのニュースを聞き、目下セリーグの最下位である横浜が、獲得に興味を示したとか。ただ、野茂が帰国する場合は近鉄の後継球団であるオリックスに優先権があるとのこと。ところが野茂は日本球界へ復帰する気持ちは全く無く、あくまでアメリカのファームや台湾、韓国でのプレーを希望しているようだ。 昨夜の楽天対ソフトバンクの試合はラジオで聞いていた。この試合ではソフトバンクのパウエルが山崎にデッドボールを当てたことでひと悶着あったようだ。パウエルはこれまで2度山崎にぶつけ、2度とも手の甲を骨折している。 昨夜は3回裏2アウトランナー無しの場面で山崎は危険を感じたようだ。ベースからいつもより15cmも離れて立ったにも関わらず、ぶつけられたことで山崎の怒りは頂点に達したとか。前夜パウエルが死球をほのめかしていたのを山崎は聞いていたようだし、パウエルがオリックスとの契約を反故にしたことも含め、日本のプロ野球を舐めてると感じていたとか。 「自分にも守るべき家族がいる。今度やられたら絶対やり返す」。試合後、山崎は報道陣にこう語っていたようだ。故意にデッドボールを当てるのはメジャーでは常識でも、日本ではとても考えられないし受け入れられるものではない。主力選手の怪我は選手個人だけでなく、チーム全体に影響するからだ。傷だらけで戦うプロ野球の選手は大変な職業だと思う。 さて、先日来のマラソンの様子が分かって来た。「長野マラソン」では宮城UMC仲間のM井さん、T田さんらが無事完走した模様。新潟のA子さん(銀のねこさん)達のグループも全員完走の由。彼女のブログを見たら何とM井さんT田さん達とレース後に懇親会をしたようだ。その時の様子はT田さんからのメールの写真でも確認出来た。彼らは事前に連絡を取り合ってたんですねえ。仙台明走会のT中さんが女子の年代別で1位になったことを同会の掲示板で知った。走るナースさんの完走も彼女のブログで確認できた。 「かすみがうらマラソン」では10マイルも含め2万人の参加者があったとか。そして南仙台走友会の仲間全員が無事完走の由。実力者のM仙人はもちろんだがI藤さんが今回も見事サブフォーを達成された模様。ネットの走友、亀仙人さんも「佐倉マラソン」の屈辱を晴らし、サブフォーでゴールされたのはさすがだ。 「さくら道ネーチャーラン」250kmの部では古川のS藤さんが見事完走されたことを、T田さんからのメールで知った。その写真によれば、タイムは34時間56分と書かれているように見えた。また142kmの部に参加したぼくし~どんも見事に完走されたようだ。最近足を怪我して心配していたのだが、故郷である金沢の兼六園に初めてゴール出来、とても感激したと彼の掲示板に書かれていた。 また怪我を押して「温海さくらマラソン」に出場した秋田のJunさんだが、痛みをこらえ30kmを2時間9分余で走破された由。今月末には500km超級の「川の道」に挑戦するJunさん。3箇所の仮眠所を上手に使い、25箇所あるチェックポイントを無事通過して、何とかゴールして欲しい。膝や足の痛みが出ないことを切に祈る。 「瀬戸大橋開通20周年記念マラソン」には、高松のTANさんも参加されたようだ。同じく今月末には「富士五湖」へ参加される予定とか。昨年は「富士五湖」へ行く朝に追突事故に遭い、参加を断念されたのだが、後遺症から見事復活しサブフォー達成の快挙を成し遂げている。ランナーにも傷だらけの男達はいるのだ。 かく言う私もその1人だが、その後の経過はあまり良くない。問題のあった右足はずいぶん軽快したのだが、大丈夫だったはずの左足に、夜間の痙攣以降「肉離れ」のような痛みが残り、最近では「坐骨神経痛」と思われるような痛みが常時出るようになった。ひょっとしてウルトラレースはもう無理かも知れない。ともあれ今度の連休を利用してどれだけ走った時に、どこにどんな痛みが出るか実験をしてみよう。
2008.04.23
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今日もリターンマッチで銀行へ。印鑑を失くしたと言うと別な窓口へ案内され、事情を縷々説明。まず印鑑の紛失届けを提出。本人確認は健康保険証で良いかと思ったが、写真がなくてダメ。結局他の必要書類は自宅へ郵送してもらうことに。印鑑証明があれば大丈夫と妻が言ってたけど、そんな簡単ではなかった。今は犯罪が多発し、しっかり本人確認をする必要があるからだろう。面倒な手続きは、むしろありがたいことと言うべきなのかも。 昨夜私が書いた中国関係の記事についてlime greenさんから「アメリカに住んでいると日本人がいかに「加害者」であるかを知らされることが多いです」との書き込みがあった。「日本が過去に中国の方にした行為を思うと、そういうことを時々されてもしょうがないようにも思います」とも。 私自身、南京虐殺、化学兵器の開発と人体実験、従軍慰安婦の問題などなど、かつての戦争で日本軍が犯した過ちとアジア諸国にかけた迷惑は大変なものだったと思う。そしてそれらの罪は私達が直接犯したものではないにせよ、求められれば何度でも謝罪すべきことだと認識している。 その一方「東京裁判」に関しては、果たして勝者が敗者を公平に裁けるのかとの議論があるのも事実だし、戦争を終わらすために、日本に原爆を投下する必要があったのかとの疑問もある。ベトナム戦争で米軍が撒いた大量の枯葉剤で、ベトちゃんドクちゃん達のような奇形児が現在でも生まれている。主成分は猛毒のダイオキシンのようだ。 歴史を振り返ると、大量の黒人をアフリカ大陸から移動させ、奴隷として働かせたのは西欧諸国だった。また新大陸ではアメリカインディアンやインディオなど、現地人を追い出し、広大な土地を収奪したのも西欧人だった。つまり文化・経済の先進国が後進国から富を奪ったことは歴史上の明白な事実だと思う。これは日本が起こした過去の戦争の弁護ではない。私が言いたいのは立場が変われば見方が変わると言うことだ。 中国人の映画監督が文部科学省からの助成金を得て「靖国」と言う映画を製作した。その上映を巡って、一悶着があったようだ。中国人に助成金を与えることの是非、政治性の強い映画に助成することの是非などだ。サイレント映画で音は出ないのだが、撮られた映像を巡っては神社や刀匠から苦情が出たとも聞いた。 そんな経緯があったせいか、一部の地方で上映を中止する動きが出た。また右翼団体の代表が試写会を見たとか。これは内容を確認せずに批判は出来ないとの考えからのようだ。一連の騒動にも関わらず現在では上映する地域が広まっているとか。表現の自由に知る権利。自由主義国として当然ではあるが、現在の日本でそれらのことが保障されていることを嬉しく思う。人間の長い歴史の中で戦争が起きなかったのは、これまでわずか50年間との事実は一体何を物語るのだろう。
2008.04.22
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勤務後、妻に頼まれた銀行へ寄る。口座を閉じ、お金を引き出すためだが、持参した印鑑は違ったものだった。どんな印鑑だったか端末機の画面を見せてもらい、慌てて帰宅。妻に話して別なものを幾つか用意し昼食後に再び銀行へ行くも、何とそれらの印鑑とも違うとのこと。銀行員に出したのは全部で5個。再び画面でチェックさせてもらうと、確かに見覚えがある。 落胆して帰宅。今日は街中へ自転車で2回往復。合計で30km走った計算になる。帰宅直後、にわか雨。慌てて洗濯物を取り込み、家の中へ。気を取り直してパソコンのスイッチを入れるが、どうしてもネットにつながらない。最近は何だか不調だ。仕事から帰宅した妻に印鑑の件を話すと、他には無いはずとすっかり困った様子。夫婦揃って最近は物忘れが激しい。印鑑が増えたのは転勤と単身赴任のせいだが、ちゃんと管理しないといざと言う時に右往左往してしまう。 さて、韓国のイ・ミョンバク大統領が訪日した。経済界出身のため現実的な政策を採られる方のようだ。北朝鮮にも是々非々で臨むようだし、就任後まず日米との友好関係の修復から手をつけられたのはとても好感が持てる。ただ、このような時だからこそ逆に、福田総理は竹島が我が国固有の領土だときちんと主張して欲しい。このまま韓国の施設と兵員常駐を認めたら、彼らの領土と黙認することになると思うのだ。 一方、中国の狂乱ぶりが凄い。チベット自治区への弾圧に抗議して、世界の各国で聖火リレーに妨害が入ったことへの怒りが爆発している感じ。中国に進出したフランスのデパートカルフールに対しては強硬な不買運動の真っ最中だし、イギリスやフランスでは中国人留学生よる激しいデモ。幼児期からの「刷り込み」で植えつけられた彼らの常識と、国際的な常識との間に大きな落差があることに、彼ら自身気づいてないのだろう。 聖火リレーの出発点となる予定だった長野の善光寺が役割を返上した。これに怒ってか、何者かが国宝の本堂に落書きをしたとか。犯人はまだ不明だが、中国のネット界では善光寺の辞退に抗議する書き込みが氾濫してるのだとか。週刊朝日の最近の記事では、チベットが中国の支配下に置かれてから今日まで、弾圧で120万人ものチベット人が亡くなったとの説もある由。 それらのことも、きっと中国の人民は知らされてはいないのだろう。言論統制があり、都合の良いニュースしか流されない中国に、果たしてオリンピックを開催する資格があるのだろうか。ただ、アメリカCNN放送のニュースキャスターの発言内容もかなり酷かったと聞いているが。 景気が落ち込んでいるアメリカより、今や中国の巨大市場の方が魅力的なのだと、日本の自動車メーカーの上層部が語っていた。政治や経済情勢は、我々市民の感覚とは異なるのだろうが、何かにつけ中国情勢が世界中の注目の的になっていることだけは間違いない。
2008.04.21
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朝、目覚ましの音で目が覚める。時計を見るとまだ5時。一体どうしたのだろうと思ったら、蔵王へ写生会に行くため妻が目覚ましをセットしていたようだ。布団の中でもう少し眠ろうと試みたが、もうだめ。仕方なく起きて2人分の布団を上げ、部屋のシャッターを開ける。 外は結構寒い。それに天気があまり良くない感じ。まだ太平洋上の低気圧が影響しているのだろう。愛犬と短めの散歩。今朝も川の様子を見に行く。水量は減り、濁りも少なくなっていた。今回の悪天候で桜は大方散った感じ。護岸工事中の箇所も昨日より水量が減っていた。 朝食後、妻が出かけたのを待って長靴を履き庭に出る。まず枯れた桜とヒバの枯れた部分を切り、枝を紐で縛る。次に残った桜の根を掘る。ここまで隣のウメの根が伸びていた。ひょっとしたら八重桜が枯れた原因の一つは、栄養分を巡って根っこ同士の激しい戦いがあったせいだろうか。 掘った穴に腐葉土を入れ、ハナモモを移植。その周囲に丈の低い椿を移植し、ヒバの場所も変えた。また、それらの根元にワレモコウと白のスミレを植え、殺風景さを補う。ハナモモと塀を紐で固定し、最後に植え替えた木や花の苗に水遣りして作業を終了。 次に近所のスーパーまで妻に頼まれた買い物に行き、その後は町内の集会所へ急いだ。今日は年に1度の総会。10時からの開会なので、12時には終わるだろうと思っていたら、何と12時半までかかった。事業報告が詳し過ぎたのと、集会所使用料徴収の是非を巡って議論が沸騰したためだ。 自分達でお金を出し合うなど苦労して集会所を建設した年代と、後から移転してきた比較的若い年代とではお金に関する感覚がまるで違うようだ。不審者が下校中の児童を付け狙う事件や、路上駐車の車からの盗難事件が町内でも発生したとの報告には驚いた。年々高齢化が進み、そのうち高齢者だらけになるであろう我が町内会。この状態で宮城県沖地震が起きたらどうなるのだろう。 会議の後の懇親会には出ずに帰宅。既に準備してある応援用具一式が入ったリュックを背に、次はKスタへ自転車で。昨日のゲームは雨天中止になった。今日は田中が先発なので、かなり入場者が多いだろうと予測。1時15分頃に着いたのだが、レフト自由席は既に満席状態で座れない。それに田中が1回の表に2ランホームランを打たれ、0対2で西武に負けているではないか。 仕方なく芝生席のある楽天山に行く。ようやく「頂上」付近に座るスペースを確保し、早速遅めの昼食を摂る。座席じゃなく芝生の斜面なのでもの凄く腰に負担がかかり、徐々に痛み出す。何しろ会議で胡坐をかいても足が痛むのに、この不自由な姿勢が続くとまるで拷問のよう。 試合は山崎の2点タイムリーで追い着くものの、内野のエラーで直ぐに追加点を取られた。再び山崎のホームランで同点とし、山崎1人で頑張っている感じ。田中は9回まで投げたが、善戦虚しく延長戦に突入となった。10回から出て来た青山がいきなり3塁打を打たれ、キャッチャー藤井のパスボールでまたも失点。ついに追い着くことが出来ず、今季ホームでの初黒星を喫した。 帰宅後、急いで愛犬と夕方の散歩。帰宅した妻も、切った桜のあとにハナモモを植えたことに気づいたようだが、特段何も言わなかった。休む暇も無く日記を書き出した途端、夕食の支度が出来たと妻に呼ばれて一時中断。8時前にようやく書き上げ、ようやくいつもの大河ドラマを観ることが出来そうだ。やれやれ、今日はとっても忙しい一日でしたね。
2008.04.20
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今朝は5時起床。いつもより遅い目覚めだが8時間ほど眠れた。外は大雨。愛犬との散歩も今日はゆっくりで良いため、2階の自室でパソコンを立ち上げる。ところがビックリ。何とインターネットにつながらずエラーメッセージが出る。あららら。携帯電話も車も私には不要だが、情報収集や表現の手段として、パソコンだけは欠かせない。これが動かなくなるととても困るのだ。 ところが私は極めてメカに弱い。ケーブルの受け口は1階の電話回線付近にあり、2階へは無線で飛ばすシステムなので、2階と1階を何度か往復しながらメッセージに従って修復を試みるが、装置の警告ランプが消えない。ケーブルのジャックを触ったら何だか浮いてる感じ。改めて強く押し込み、再操作してみるとようやく正常に起動した。ふう~っ、やれやれ。 メールをチェックすると古川のT田さんから「長野マラソン」に参加する旨のメッセージが入っていた。連続6回目の出場で前夜(つまり今夜)はラン仲間と楽しく飲み会とのこと。秋田のJUNさんのブログを覗くと、今日の午前中は仕事に出、明日は山形の「温海マラソン」に行く予定と書かれていた。足跡代わりに応援メッセージを書き込む。 豪雨の中を散歩に行く。愛犬の生理現象とリンクしており、雨でも雪でも嵐でも私の日課の一つなので仕方が無い。日頃水量の少ない小川が轟々と音を立てている。少し川下の工事現場に行ってみる。深めに掘った川床もすっかり流れに飲み込まれてしまい、臨時の堰が決壊しそうな勢いだった。 この手の工事は年度末から年度初めに掛けてのものが多い。近所の道路工事は予算の関係で、毎年ほんの100mほどしか進まない。財政難の市だが地下鉄工事に予算を取られ、道路工事にまで手が廻らないのだろうか。道路と言えば、市内にある国土交通省関連の道路博物館「みちあむ」が、例の道路特定財源問題の影響で閉鎖することが正式に決まったようだ。利用者も少ないので当然だろう。 強い雨は午前中いっぱい続くとの予報。県内には大雨洪水警報や注意報が出ている。また低気圧通過の影響で、海上は強風とか。今日は愛犬の狂犬病予防注射の日だったが、これではとても行けない。午後1時開始予定の東北楽天対埼玉西武の試合も残念ながら中止になった。両方とも私の予定に入っていたのだが、すっかり予定が狂ってしまった。楽しみだった田中と石井の投げ合いも明日に持ち越しだ。 北京オリンピック野球競技の日本代表第2次候補に、楽天からは岩隈、田中、故障中の長谷部が選ばれたようだ。全員楽天の投手陣の要となる選手なので選ばれるのは光栄なのだが、長期離脱ともなればチームはガタガタになるだろう。正直言って日本代表に選ばれるのも良し悪しか。 夕方、雨は小止みになった。散歩がてら再び川の様子を見に行く。臨時の堰は決壊してはいなかった。僅かにあった隙間が幸いし、そこから水が流れ出していたのだろう。いつものコースで聞こえた鳥の声は元気なヒヨドリくらいのものだった。 雨の庭で、ムスカリ、ツルギキョウ、ハナモモの花が元気。どうやらスイセンは3種類あるようで、そのうちの2種類を妻が床の間に飾っていた。予定はすっかり狂ったものの、たまにはこんなのんびりした日も悪くはない・・と思うことにしよう。
2008.04.19
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昨日は早朝の地震で目が覚めましたが、今日は雨の音で目が覚めました。小川の岸辺の桜も雨に打たれています。流れの上にも桜の花びらが。職場に着いて長靴を良く見ると、桜の花びらが3枚ほどひっついていました。その姿で今朝はバスに乗って出勤したのです。どうやらこの雨は、花散らしになったようです。一方、ビルの前のケヤキは、雨に濡れて鮮やかな新緑になりました。 その雨の中で、昨夜わが東北楽天は千葉ロッテと戦いました。2連勝していたロッテは、勝ち運に乗って雨でも試合を強行したかったのでしょう。でも負ければビジターで8連敗になるところを、エースの岩隈が抑え返り討ちにしました。雨が影響したエラーで2点取られたものの、彼の自責点にはならなかったようです。 エラーした張本人の鉄平は1号ホームランを含め、何と6打点の活躍。見事11対2で楽天の勝利でした。これで岩隈は3勝目でハーラートップ。しかも防御率もダルビッシュを抜いて1位になったとか。混沌として面白いパリーグに対して、セリーグは大型補充した巨人の意外な苦戦などで、パッとしない感じですね。 パッとしないと言えば、今話題の「後期高齢者医療制度」はとんでもない制度ですよね。あの小泉さんが総理だった頃、選挙で大勝利の余勢を買って関係法案を強行採決したのがこの制度とか。75歳からのお年寄りを後期高齢者と呼ぶのは医学界などでの学術用語らしいのですが、どうもいまいちですね。それに「長寿保険」なんて慌てて変えても中身は同じなんですから。 国民年金の標準的な受給額は月額6万6千円で、それよりも低い受給者もおられるとか。そこから65歳になると介護保険料も引かれ、75歳からは後期高齢者保険料も自動的に引き去られるなんて、残ったお金で一体どうやったら生活が出来るんでしょうか。これまで扶養家族だった人は、支払いが何ヶ月間か控除されるなんてのも公平じゃないと思うんですけど。 フツウの感覚だと75歳にもなれば医療費は無料でも良いと思うんですよね。それが少子化、高齢化が進み、お年寄りからもむしり取らないと成り立たないなんて、あんまりな話ですよね。その前に幾らでも無駄遣いをしてるでしょ。道路特定財源を色んな「箱物」に使ったりとかね。 ともかくこの国は族議員や役人の既得権が幅を利かせている変な国ですよ。天下りのための「財団法人」など、その際たるもの。無駄遣いをとことん無くすんだったら、消費税を多少上げて社会保障費に回すことにも賛成するけど、今のままじゃねえ。これまで散々頑張って来たお年寄り達が、老後の生活に希望が持てないようでは、この国はお終いですぞ。それにニートの若者が増えてる現状ではね。「国民よ、もっと怒れ」。私はそう言いたいです。 国民として享受すべき健全で最低限度の生活は、憲法でもちゃんと保障されてるんでしょ 国民皆保険制度も年金制度も国民にとってはとても大事なので、その内容をもっと公平で充実したものにしてよね。さて、皆さんはどう考えます
2008.04.18
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朝の散歩でウグイスと山鳩の声を聞く。庭の梅は散ったが、満開の時はヒヨドリやスズメが花の蜜を吸いに来たっけ。川が近いせいかセキレイは良く見かけるし、たまにはシジュウカラの声も聞こえる。そして夕方の散歩時には、キジの鳴き声も。昨日はバス停周辺でツバメの姿を見た。今年も南の島から戻って来たツバメ。護岸工事があって小川の景色も変わったけど、ツバメは戸惑っていないかな。 一昨日と昨日は山道を通っての帰宅ランだった。両日とも青葉城周辺で中学生の集団を見かけたが、あれは修学旅行だったのだろうか。遠足にしては時期が早過ぎるように思うので。今日は街中を通っての帰宅ラン決行。職場から走り出してまだ1kmもしない頃、名前を呼ぶ人がいる。んと思って顔を見ると、仙台明走会のノリピーさんだった。 6月の「いわて銀河」では50kmの部に出場予定と、彼女は話してくれた。昨年は80km周辺で追い着いたが、足の調子が良くない今回は、果たしてそこまで辿り着けるかどうか。レースと言えば、先だっての土曜日には「瀬戸大橋開通20周年記念マラソン」に出たと、おばさんランナーさんが書き込みしてくれた。「網」の隙間からは瀬戸内海の青い波が見えた由。それに大変な人混みだったけど、運営は実にしっかりしていたとか。 日曜日の「エコジャーニー12時間走」は私が急遽キャンセルしたレースだが、スタート直前から猛烈な土砂降りだったと、ちっちさんの掲示板にあった。夜中の0時スタートだが、雨は降るし、寒いしで大変だったようだ。何しろ机の上に張られた周回チェックの用紙が、雨でビショ濡れ。とても記入出来る状態じゃなかったみたい。 さて、今度の日曜日も各地でレースがある。我が走友会の掲示板には、M仙人、K塚さん、E名さん、Y広さんら7名が「かすみがうらマラソン」に参加予定とM仙人が書き込みされていた。Eちゃん、Yちゃんにも暫く会ってないけど、きっと練習を十分しているだろうと思う。ネットの走友の亀仙人さんも同マラソンへ行かれるみたい。気温が上がると思うけど、皆さんファイトですよ~!! 「長野マラソン」へは、銀のねこさんこと新潟のAちゃんが参加されるみたい。それに地元の走るナースさんは、連続出場とのこと。天気も良さそうだし、素晴らしい眺めが期待出来そうだ。人気度1位は東京マラソンに譲っても、まだまだ人気度は衰えない大会だ。 「さくら道ネーチャーラン」の143kmの部に出場するのは、ネットの走友ぼくし~どん。スタート地点は岐阜県郡上市白鳥で、ゴールが石川県金沢市の兼六園。「佐藤桜」の幹にタッチするのがゴールの儀式とか。コースの途中には長いトンネルや厳しい峠道もあるみたいだけど、ぼくし~どん無事故郷の金沢にゴールしてね~ さて、その日私は町内会の総会。でも少しは走りたいなあ。
2008.04.17
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食べるものすら乏しかった少年のころ春先になると堅い土を突き破って茎を伸ばす水仙の逞しさと生命の不思議さとを感じたまだ瑞々しい感性を保っていた青年のころ水面に映る自分の姿に見惚れた若者がやがて水仙に身を変えたというギリシャ神話を知った転勤の連続で心が休まらなかった中年のころ四国のとある街の古ぼけたアパートの片隅に芳香を放つ水仙の一群を見つけたそして 老年という未知の扉の前に佇む今恐らくは終の棲家となるべき家の庭に念願かなってようやく水仙の球根を植えた水仙香り高く 永遠の生命を感じさせる名を持つ花よたとえ移ろい過ぎる人生の一瞬であったとしてもお前達の姿を愛でる喜びをもうしばらくの間 私に与えてはくれないか
2008.04.16
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昨日の夕方の散歩時、近所の土手でタラの芽を取った。昨年はちょっとした差で他の人に取られ、その様子を指をくわえて眺めていたのだ。今年は暖かい日が続いたせいで、きっと成長が早まったのだろう。我が家では香りの強い野草が案外好きだ。喜び勇んで家に持ち帰ると、妻が天麩羅にしようと言い出した。 んと一瞬いぶかる。ここ数年、妻は油を使った料理をほとんどしていない。脂分の摂取は体に良くないと、すっかり信じ込んでいるためだ。食卓に出された天麩羅は野草独特の強い香りが消え、食感も悪い。「ひょっとして、小麦粉が古くない?」と訊ねると、妻は一瞬どうして分かったのだろうと言う顔をした。実は前日、妻が数年ぶりにパンを焼いたのを見て、「もしや」と思ったのだが、やはり正解だったようだ。 今朝、第1現場での立哨中、周りを気にしながら小さな声で歌を歌う。今月末にカラオケ大会があるのでその練習のためだ。と言うのは口実で、誰も玄関を通らない時は密かに歌っている。昨年同室だったメンバーの中で、私のほかに歌う人はいなかった。今年もワンマンショーになる可能性があるけど、さ~て、どんな歌にしようか。事務室に戻り、管理会社の若い衆が居眠りしている間に、心に浮かんだ詩を書き留める。 第2現場では上司の送別会の案内を見せられた。6月から東京勤務になる若い上司。この1年は他社に出向していて、さっぱり連絡が取れず苦労したものだ。出たいとは思うが、きっと会社の上層部が総出だと思う。パートの爺さんが出る幕でもないので辞退することにした。 勤務後、8日ぶりに山越えでの帰宅ランを試みる。最高気温が19度にまで上がると言う今日は、すっかり春の陽気だ。仲の瀬橋の上から雪がほとんど解けた泉ヶ岳が見えた。だが、その隣の北泉ヶ岳にはたくさんの白い残雪がある。川内地区には満開の桜。そして春風になびく青柳も。青葉城の上から市街地を望むと、春霞が街全体を覆っていた。山頂の遊園地や、さらに下った日赤病院周辺にも満開の桜。今日はさながら花見ランの感。 昼食は天麩羅ソバ。天麩羅はもちろん食べ残しのタラの芽で、焼きブタも1枚加えた。食べながら両膝をアイシング。それが終わってから、インドメタシン配合の消炎剤を丁寧に塗布。ここ1週間ほど整骨院に通っていないが、走後の痛みはさほどでもない。だからと言って5月のレースに間に合う保証は無い。 夕刻、お向かいさんが自分の畑で取れた「つぼみ菜」を届けてくれた。白菜のトウが立ったものだが、これが柔らかくて意外に美味しい。きっと今夜の食卓に上るはず。続いて愛犬の餌が届く。配達料が200円余分に取られるようになったとかで、妻は今回から4袋を注文した由。きっとこれも諸物価値上げの影響だろう。世の中は変化が無いようで、絶えず変動していることを知らされる。
2008.04.15
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今朝出勤すると、ビルの前のケヤキが芽吹いていた。裸の幹や枝が黒々と天に向かうその先に、微かに淡い新芽の色。まだようやく気づくほどの生まれたての葉だが、やがては鬱蒼と空を覆うようになるだろう。 「ケヤキの精が私に伐らないでと話しかけるんですよ」。これは昨秋、地下鉄工事に伴う青葉通りのケヤキの一部撤去計画を発表した際に語った市長の言葉だ。確かに南の島沖縄では大きなガジュマルの木にはキジムナーと言う小人が棲むと言う言い伝えがある。また桜の木には桜の精がいると言った文豪もいたはずだ。 市長が聞いたのは単なる空耳だったのか、それともケヤキを移植するには数億円の費用がかかると言う事実を示され市民の現実論が勝ったからか、移植されて助かったケヤキは数本に止まり、大部分のケヤキはその後伐られる運命を辿った。 さて、我が家の枯れた八重桜だが、近く伐ろうと思う。ただヒバは工夫すれば生きてる部分だけ残せるだろう。その空きスペースには、今盛りのハナモモが咲き終わるのを待って移植しようと思う。この木も昨年の秋に今の場所へ植え替えたばかりなのだが、華やかだった八重桜に代わる木はこれ以外にないからだ。 八重桜の他、我が家ではアンズやユスラウメも枯れた。それらはいずれも接木したもので、植えてから数年すると元々の土台から枝が生えて来た。それでは幹に栄養が廻らなくなると考えいずれも枝を切ったのだが、樹木全体が弱ったのはそれからだ。枝を切ったのが悪かったのか、数年で枯れるようなレベルの接木だったのかは分からない。 妻は八重桜の後継木として、ハナズオウを候補に上げた。この木は7年ほど前に突然地中から伸び出し、昨年1mほどの高さにまで育って白い花を咲かせた。邪魔になるため若干移動したのだが、この冬はもう枯れたのかと思うほど勢いが無かった。それが生きていると分かったのは、ようやく白い花芽が膨らんで来たからだ。恐らくこの木は、鳥の糞に混じった種が偶然我が家の裏庭に落ち、発芽したのだと思う。 挿し木した椿の木に、今年初めて花芽がついた。3年前他所の庭から一枝いただいて挿し木したこの木は、まだ10cmにも満たない小枝なのだが、身の丈に似合わない大きな花芽をつけている。親木は見事な八重の白椿だ。枯死する木がある一方、新たに仲間入りする木もある不思議さ。 今朝雨の中を愛犬と散歩した際、とある家の庭でクリスマスローズの群生を見た。3種類ほどの花の色が実に見事。ここでは確か冬の間も咲いていたように思う。名前はローズだがキンポウゲ科の植物で、開花期は12月から3月とある。まだ小さな我が家の苗だが、やがて大きく育ち鮮やかに庭を彩る日の到来を頭の中で思い描く。 狭い庭でボケ、タマスダレ、スイセン、勿忘草(白)、ミヤコワスレ、ナデシコなどが咲き出した。フリージア、チューリップはまだ蕾の状態。愛犬に散々踏まれ続けた場所からもギボウシ、ワレモコウ、ホトトギスなどがようやく芽吹く。 先日の草取りの際、抜いた中にサキゴケがあることに気づいた。園芸家の方のブログで花の名と写真を見たことがあったのだ。まるで雑草のような草だが、良く見ると小さくて可愛い花が咲いている。先日は雑草と一緒に捨ててしまったが、今度はサキゴケだけ抜き出して、植木鉢に植えると楽しいかも知れない。私にはこんな風に絶えず空想を楽しむ癖がある。
2008.04.14
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今朝の妻は寝起きが悪かった。昨夜は夢にうなされたようだ。ほとんど枯れてしまった我が家の八重桜のことを、夢の中でも悔やんでいたのだとか。 昨日のこと。妻と連れ立って自転車で出かけた。行き先はとある園芸センター。私はクリスマスローズを買おうとしていたのだが、そこならかなりの種類があるだろうし、安い野菜や果物も売っているので、きっと妻が喜ぶだろうと思ってのことだ。リュックを背負い川沿いの道を行く。小川の畔に満開の桜並木。それを眺めるのも目的の一つだった。 店はまだ閉まっていたが、店員に断り花を見せてもらった。植木鉢の葉牡丹を抜いた後に植える小ぶりの花を幾つか選ぶ。春らしい色の可愛い花を6鉢ほど。次に妻の勧めで花壇用に色違いのオダマキを2鉢と石畳の側に植える松葉ボタンを2鉢。妻は白い花の椿の苗を選ぶ。 クリスマスローズは売れ残りのものしかなかった。大き目の鉢のものは3500円ほど。花はほとんど終わり、あまり色も良くない。気乗りしなかったが、妻の意見で白に紫の筋が入った花にする。値段は値札の3割引。園芸関係は私の小遣いから支出するのがルールなので、自分の意見で決めたいところだが、家庭平和のために妻の意見も聞くことにしている。 安い野菜と果物はやはり妻を喜ばせたようだ。すっかり重くなったリュックを背負い、来た道を帰る。帰宅後植木鉢の花を入れ替え、花壇と石畳の脇にもそれぞれ花を植える。水を撒いて作業は終了。念のため花の名前と育て方を書いた札を取って置く。これまでは多年草なのか一年草なのかも分からず、花が終わると苗を始末していたのだ。 妻が友人と花見に出かけたあと、庭を見回ると八重桜の様子がおかしいことに気づいた。例年なら今頃は花芽が膨らむはずなのに、まるで枯死したような色合いなのだ。木の裏に廻ると接木した周辺の樹皮が剥け、病気に罹ったような感じ。念のために枝を折ると、やはりかなりの枝が枯れていた。 私は「八重桜枯死」と書いたメモをテーブルの上に置いてKスタへ野球を観に行ったのだが、帰宅した妻はそのメモに気づかなかったようだ。球場から帰ってそのことを話すと、妻は大層残念がっていた。それで夢にまで見たのだろう。今朝は愛犬を庭に放ち農作業に勤しむ。雑草を抜き取り、畑の野菜もほとんど始末した。 実は八重桜の他にも枯死寸前の木がある。今は亡き義父が我が家を新築した時に持って来てくれたヒバだ。妻にほとんど枯れかかった2本の木を伐ろうかと話すと、まだ生きてるので伐らないでと言う。その木が生き返ることはまずないはず。その後に他の木を植えるためにも早く伐って準備した方が良いのだが、たくさんの思い出が残る木を伐ることを、きっと妻はためらっているのだと思う。
2008.04.13
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昨夜はわが東北楽天が延長戦でサヨナラ勝ちした。勝ち投手は青山。何とか6連敗で止めることが出来た。久しぶりの勝利だけに正直言ってとても嬉しい。その立役者は山下。2軍から上がったばかりだが、早速起用してくれた監督の温情に、何としても報いたかったとコメントしていた。 サヨナラの場面を野村監督はトイレに行ってて見逃したようだ。主審に代打に山下と告げ、トイレから戻ったら大騒ぎしてるので、これはサヨナラ勝ちだと直感したらしい。最近、試合後の監督のコメントは冴えない内容のものが続いていたが、昨夜は采配がズバリ的中しただけにかなり嬉しかったに違いない。私もスポーツニュースを何回か見て、一人喜んでいた。 10時から田中将大の番組をNHKで観る。高卒でまだプロ野球2年目の若者が、特別番組を作ってもらえるなんて滅多に無いことだろう。彼が「2年目のジンクス」にどう立ち向かうのかが、この番組の狙いのように思えた。監督は「ジンクスは関係ないだろう」と田中に暗示をかけ、田中自身も全く気に掛けてないように見えた。 田中の関心は、常にどうしたらもっと良い投球が出来るかしかない。新人賞を取っても浮かれることも、テングになることもない。常に野球のことを考える「くせ」は、少年野球の時からのようだ。番組では子供のころからの田中を丹念に追っていた。常に最善のピッチングを追い求めて来た過去の姿は、私にとっても意外な一面だった。 今日はKスタへ、その田中を観に行った。昨夜青山で勝っているうえ、あの番組の放映だ。田中ならきっとその翌日に無様な負け方はすまい。試合前から私はそう思って観ていた。前回の観覧は本拠地開幕戦で、チケットは持っていながら階段に座るしかなかった。今日は比較的空いていて、ようやく席に落ち着いて応援することが出来た。 入場者は1万5千人台だった。観客席に空席が目立ったのは、田中の人気がないためではなく、今日はお花見日和だったからだろう。妻も友人と一緒に近所の桜の名所に花見に行ったくらいだ。レフト自由席には珍しく親子連れが多かった。だが私の予想に反し、その子供達までが楽天の攻撃時にはちゃんと立ち上がり、見事な応援をしてくれた。 さて試合の方だが、1回の表に田中自身のエラーでランナーを出したものの、6回まではノーヒットノーランペースでの快投だった。鉄平のタイムリーなどで楽天が3点を取ると、後は田中がオリックスの選手を相手に、どこまでノーヒットに抑えるかが関心事で、初ヒットを打たれた以降はどこまで無失点で抑えるかが注目の的になり、試合内容は案外地味なものだった。 結局田中は、ローズやカブレラなどの強打者がいるオリックスを単発3安打に抑え、10奪三振で完封勝ちした。試合は僅か2時間40分ほどで終了。花冷えのする夕空に白いジェット風船が舞い上がった。勝利者インタビューでは、いつもより抑えた口調で答えていた田中。昨年以来2度目の完封勝ちを納めたと言うのに、19歳の田中の口から出る言葉に浮ついたものは全く無かった。 それは昨夜のテレビ番組で知った田中の姿勢そのもののように私には思えた。この若者ならきっと2年目のジンクスなど全く気にせず、本来の自分の投球を求めることだけにエネルギーを費やすのではないか。その熱くて強い心が、あの一場にもあればと願うのは私だけだろうか。恐るべし田中。彼の成長する姿を見に、私はきっとこれからもあの美しい球場に通い続けることだろう。
2008.04.12
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最近テレビがやけに静かになったと思ったら、どうやらある番組が無くなったようだ。私は胡散臭いのが嫌いで、顔が映り声が聞こえると他のチャンネルに回してしまう。H木K子と言う占い師のオバサンがその人だ。ダミ声で「あんた地獄へ落ちるわよ」とか平気で言う神経には呆れ返っていた。 「人間ある程度の歳になれば、自分の顔に責任を持たなくちゃいけない」と言ったのは誰だったろう。顔にはその人の人間性が表れるし、経験を積んだ老年になれば一層のことだ。口から発せられる言葉も同様で、その人の品格が表れる。汚れた心の持ち主からはやはり汚い言葉しか出て来ないだろう。 どうしてそんな人をテレビ番組に出すのかと思っていたら、視聴率が高いのだそうだ。「名前を変えろ」とか言われて実際に変える芸能人もおり、とても信じられない。モンチッチに変えた「おさる」は、果たして改名後人気が高まったのだろうか。 E原とか言う「霊能士」もどこか胡散臭い雰囲気を持っている。歌も歌うようだが、一体何が本職なのだろう。テレビの番組では「貴方には中世の貴族の霊がついている」とか言うらしいが、魂を救うふりをした金儲けなんじゃないかと、つい疑ってしまう。 その「スピリチュアルカウンセラー」E原某に、UFOを否定し続けている東工大の大槻教授が、霊の存在に関する実験を提案したとか聞いた。これは単なる噂なのだが、インチキ話が嫌いなあの大槻教授ならばやりかねないだろう。そもそもカウンセラーの資格は大学院レベルの専門教育を受けないと取れない国家資格だと思うのだが。 占い師の中には、無断で「高島易断」の名前を使う人もいるそうだ。考えれば「水子供養」だって、子供を失った親の悲しみや懺悔を利用した商売みたいな面もある。「祟るのは先祖の供養をしないから」なんて脅かして、高い商品を買わせるエセ宗教団体も多い。大体にして自分が供養されないからと言って、子孫に悪さをするご先祖様がいるだろうか。 男性指導者プラス若干の男性と数十名の女性信者が集団生活を送っているアメリカの宗教団体で、最近性的虐待事件が起きたとかのニュースを聞いた。キリスト教の一分派らしいが、ハーレムのような環境で女性を我が物にするなんて、宗教の名に値しない。似たような話は韓国でも日本でもあったし、あのオウム真理教でも「教祖」が何人かの女性に自分の子を産ませている。 たまたま覗いたブログである人が弱音を吐いたら、早速オカルト教団っぽい輩が勧誘していた。霊の存在を信じることも自由だし、崇高な宗教は孤独な魂を救済もするだろう。だが世の中には俗悪で低劣な宗教団体が金儲けのために、日々悩んでいる人を物色しているのも事実だと思う。 さて、世界を廻っている聖火リレーで、青い服を着た屈強な集団がランナーを囲んで一緒に走ってる姿がテレビの画面に良く映る。あの連中は中国の警察か軍隊で特殊な訓練を受けているプロなのだとか。他国にまで出向いて聖火の警備に当たる中国。その異様な姿を世界の人はどう見るのだろう。変な新興宗教も困るが、宗教の自由を弾圧する国家はもっと困った存在だ。
2008.04.11
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朝から花散らしの氷雨が降っている。花散らしと言っても、我が家のは梅の花。散った花びらが庭をピンクに彩っている。私が警備を担当しているビルの前を、今朝もランナーが元気に駆け抜けて行った。降りしきる小雨を物ともしない走りっぷりは実に爽快だ。鍛えられた若者の筋肉が宙を飛んで行く様に見入る私。 さて、次の日曜に予定していた「エコジャーニー12時間走」へは、結局出場しないことに決めた。3月のレースで傷めた足が、まだ十分に回復していないためだ。走れたとしてもまだ15km程度。たとえそんな状態でレースに出ても、再び足を傷めることは間違いない。残念だがここはじっくり時間をかけて治すしかないと思ってのことだ。 不思議と悲しくも悔しくも無い。このような結末は、3月のレース中にある程度予測していた。それほど痛みが酷かったわけだ。そもそも古傷の原因になった12年前の「和歌山城ー高野山往復110km」では、両膝の靭帯が音を立てるほどこすれるのに我慢し続け、その後3ヶ月間走ることが出来なかった。 あれに比べれば今回はまだましだろう。でもその後の老化を考えれば2ヶ月間は影響が残るかも知れない。整骨医の先生も懸命に手当てしてくれたと思うし、私自身も10日間熱心に通い続けた。自分ではあまり無理はしなかった積りだが、肉体労働者としてはどうしても体を動かさざるを得ない。 正直言って先生のマッサージはとても痛く感じた。「ずいぶん力が強いですね」と言ったら、中国のマッサージはもっと強目なのだとか。それに先生は決して力を入れていた訳ではなく、私が強い痛みを感じたのは、それだけ筋肉が傷ついている証拠なのだとか。そしてマッサージは腕力に頼るのではなく、「腰」を使のが本来のあり方だと師匠に教わったとも話してくれた。 何とかレースまでに間に合わせようと必死だった先生を私は信頼している。それでも長年のランナーとしての経験から、今の状態で12時間を走り切るのは無理だと自分で判断した。テーピングを施し、サポーターをつけてレースに出ても、結果的に良いことはない。それより今はじっくりと筋肉が修復するのを待つのが大人のランナーと言うもの。 50代までの私なら、きっと焦りから怪我を再発させていただろう。60代半ばの今は、「諦め」にも似た心境でじっと耐えることが出来る。エコジャーニークラブのS木氏には、残念ながら今回は出場を見合す旨メールを出した。そして同じレースに出場予定のちっちさんの掲示板にもお断りを書いた。 決めてしまえば迷いはない。今日は雨の中、バスチケットの解約をして来た。帰宅するとレース事務局から、エントリー料金を返却出来るかも知れないと丁寧な返事が届いていた。結果的に予定が空いたこの週末は、期せずして戻って来たお金でKスタへ楽天の応援に行き、近所の温泉に入って足を治し、もう1鉢クリスマスローズを買い、庭の雑草を抜き、畑を耕そうと思っている。それにしても我が東北楽天の連敗はどこまで続くのだろうか。う~む。
2008.04.10
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私はほぼ毎日のように届いたメールをチェックし、幾つかの社のニュースを確かめ、他の方が書かれたブログを読む。ブログを一回りするだけで30分ほどかかるが、よほど忙しいことでもあれば別だが、それがもう日課になっているのだ。 昨年の5月に楽天ブログを使い出してから、色んな方が私のブログを訪れて下さっている。同じブログを利用されてる方の場合は「足跡」が残るのだが、その足跡を辿ってこちらも訪ね、印象に残ったブログをマークしている。ほとんどは顔も知らない方だからこそ気楽に覗けるのかも知れない。私が訪れるブログを簡単に紹介しよう。<園芸関係> 1人は関西の方でとても園芸に詳しく、たくさんの植物(主に花)を育てているため写真が多い。「クリスマスローズ」などの名前もここで知った。もう1人は東北(秋田か青森)の方。関西の方に比べて育てている種類は少ないが、季節感が仙台と近いために親しみが持てる。<釣り関係> 1人は高知県の方。海釣りのほか四万十川での川釣りなど漁場に恵まれているせいか、釣果が多くて楽しい。道具にも凝り、ほとんど毎日のように釣りを楽しんでいる。仲間のコメントも楽しい。もう1人は関東の方。釣り以外の文章にも味わいがある。<育児関係> 沖縄の中学生と小学生を持つ自営業の方は、写真と名前入りで子供達の成長などを紹介。学校名まで書かれていてちょっと心配。盛岡の方は幼児2人の父親。まだあどけない子供達の写真も入る。「親馬鹿ぶり」が逆に微笑ましい。もう1人の方は試行錯誤しながら子育ての真っ最中で、思わず頑張れ~っ!と応援したくなる。<写真関係> 短い詩と写真を載せている方。主に花を撮られている方は、年齢は高いようだが技術力も文章力も優れている。もう1人の方は写真のアングルが奇抜で造形力が優れている。<小説など> 関西の方は小説を連載中で、小説が書けない日は料理を紹介。関東の若い女性の方()は学生時代のエピソードを中心にした面白い話を毎日掲載。良くネタが尽きないと感心する。時々は感傷的な詩が載る場合も。日記の合間に自作の「シナリオ」を載せる方もいる。恋愛中の男女の話だが、シナリオの描写が面白い。<漫画関係> 楽天ブログ人気度1位の方のテーマは「同棲日記」。これは思わずクスリと笑える温かみのある話。この方とリンクされているもう1人の方のテーマは「少し呆けて来た父親の話」。思わずドッキリさせられる予想外の展開が愉快だ。<独身生活> 男性の方は色んなスポーツを楽しみながらかつ堅実な生活ぶりを披露。料理も得意。女性の方は恋人とのやり取りをコミカルに紹介。時々自らのセミヌード写真が載り、ドッキリさせられる。どちらも健康的な色気が漂う。<ランニング関係> 8人中7人がウルトラマラソンの経験あり。初心者から日本を代表する方まで実力はさまざまだが、同じランナーとして刺激を受けること大。中には摂食障害に苦しまれている方や、高齢者の死を看取る職業の方など多彩。 ランニング以外のブログは、私にとっては息抜きのような感じで見させていただいている。ただし、偏った宗教関係、オカルト、金儲け主義など病的なものを感じるブログには、極力近づかない。上記のブログ以外にもチェックするHP、掲示板の類があるため忙しく、充実した日々を過ごしている。ブロガーの皆様には、この場を借りて心から御礼申し上げます。
2008.04.09
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「おや」。男が目を見張った。男の視線の先にあるのは大福。「おかしいなあ。なんか一回り小さくなってるが・・」。つい先ごろまでは同じ値段であんこがたっぷり入った大福が買えた。それが何故考えた末に男が得た結論は小麦粉の値上げ。そう言えば女房が今月からパンの大きさが変わったと大騒ぎをしていたことを男は思い出した。「ガソリンは下がっても、いろいろ値上げしたのがあるんだねえ」。男はふっとため息をついた。「ひょっとして便乗値上げかもなあ」 先進国の中でも日本は35%程度と食料の自給率が最も低い国だとか。かなりの予算を注ぎ込んで田圃を大型に整備する一方で、休耕田や作っていない畑も多いようだ。「農家も後継ぎがいないみたいだが、定年退職した都会の人達が田舎に移住して野菜作りなどしたらどうだろう」。男はつぶやいたが、どうも国にそんな計画はなさそうだ。 「あらら」。男が腹をさすった。一段と腹囲が増して、どうやらズボンがきつくなったようだ。「それにしてもメタボの基準っておかしくない?」。自分の不摂生を棚に上げて男はつぶやく。そう言えば成人病の基準を検討する委員に選ばれた大学の研究者に対して、製薬会社から多大の研究費が提供されていたとニュースで知った。「それじゃ製薬会社の都合の良いデータしか出ないだろ!」。 男が病院に通い出して血圧降下剤を飲み始めたのも、確か基準が見直された年だった。「大体、男の腹囲が85cmでメタボなんてどうかしてるよ」。確かに大柄な男性なら、腹囲がそれくらいあってもおかしくはないのだ。それにマスコミで喧伝されている「悪玉コレステロール」の数値だって、低過ぎると却って病気になりやすいと、先日どこかの大学が発表していた。 「どうもなあ・・」。男が新聞を見ながらつぶやく。社会保険庁の名寄せ不可能なデータが、まだ2500万件もあるんだって?」。年金に関する個人データの取り扱いが随分でたらめだったことは、今や誰でも知ってる事実だ。「それに無駄遣いも多かったしな」。確かにやり方がまずくて何度も通知を出し直ししている。道路を造る財源でマッサージ器やカラオケセットを買った財団法人もあった。「その財団法人が俺は不要だと思うんだけどねえ」。男の嘆きは尽きない。 「それでも中国よりはましか・・」。チベット自治区などの暴動で亡くなった死者の数が、中国政府と北インドのチベット亡命政府の発表とではかなりの差がある。それに先般発生した「毒ギョウザ事件」の農薬の混入濃度なんて尋常じゃない数値だ。あれは故意による事件としか思えないのだが、未だに進展が見えない。「数値なんて、結局どうにでもなるんじゃないの?」。そう言いつつ、男は大福を飲み込んだ。
2008.04.08
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仙台でもソメイヨシノの開花宣言があったようだ。我が家の庭では梅が真っ盛り。そしてその隣ではジンチョウゲも咲き出した。梅とジンチョウゲの強い香りが、風に乗って漂って来る。妻はユキヤナギと椿の枝を切り、床の間に挿した。今日は白とエンジのクリスマスローズを買って来たようだ。私は鉢植えの明日葉を畑に移植した。この植物が冬の寒さにも強いと聞いたからだ。先日枝を切って食べてみたが、とても香りが強くて美味しかった。 話は変わって、ヤンキースのゴジラ松井が第2号ホームランを打ったとか。打順は5番でDH。膝の手術をした松井に負担がかからないよう、新監督はいろいろ試しているのだろうか。なかなか今季のメジャー昇格が見えなかった野茂も、ようやく投手数の足らないチームでメジャーのメンバーに決まったようだ。メジャーの日本人選手は16人に増えたとか。それぞれ悩みながらも頑張って欲しいものだ。 一方、我が東北楽天だが、一時期は7連勝で3つの貯金を作ってトップに立った。いずれも球団初の快挙だった。今年は開幕から4連敗、7連勝、3連敗と勝ち負けのリズムが極端だ。きっと野村監督も色々悩んでいるに違いない。だが投打のバランスも試合運びも決して悪くないので、きっと上位に定着すると私は信じている。 さて、昨日の日曜日、久しぶりに11kmほど走って見た。暑くなると思ってランパンにしたのだが、走り始めは少し風が冷たく感じて慌てた。幸い天気が良いので、痛みさえ無ければ午前午後と2回走る積りだったが、途中で痛みが増して来た。おまけに神経痛のような痛みも出る。 久しぶりのこのコースは、すっかり道路工事が終わって走りやすくなっていた。それにZ川の畔の桜はつぼみが膨らんで、今にも咲きそうな感じ。やはり街中を走って帰るよりは気持ちが良い。何とか酷い痛みにはならずに家まで持ってくれた。 1週間後の日曜日に12時間走があるのだが、今の状態で果たして走れるかどうかいろいろ試す必要がある。頭は短く刈り、新しいシューズも買った。それもこれもレースに臨むための準備なのだが、肝心の足が強く痛むようではとても無理だ。日中のランで疲れたのか、夜は早めに床に就いた。 今日は山越えでの帰宅ランを試みる。やはり走ってる途中も痛みはある。だが全く走れない状態ではない。整骨院で先生に状況を報告すると、いつもの治療に加えて、初めて鍼とお灸を試みることになった。何故鍼で痛みが消えるのか先生に尋ねると、違った痛みを加えることで本来の痛みを減少させるのだとか。東洋医学の奥の深さと、経験から生まれた先人の智慧に驚く。6月のレース「いわて銀河」の宿泊を予約。準備だけは着々と進んでいるのだが、さて、私のアンヨは果たしてどうなるのだろう。
2008.04.07
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松山の次の異動先は大阪になった。関西の大都会で働くなんてどうなるのだろう。おまけに自分が最も苦手な分野を担当することになり、一層不安は募った。新しい職場は案の定厳しい厳しい雰囲気に満ち溢れていた。誰も自分のミッションをこなすことに夢中で、他の人のことを考える余裕などないようだ。 言葉は標準語でも通じるが、心が全く通じない感じ。本音と建前が違うのだ。典型的なのは京都の文化。幾ら熱心に勧められても、その家に上がって食事をご馳走になるなんてのは、礼儀知らずとされると聞いてビックリ。東北人の私にとっては、東の文化と西の文化の違いをまざまざと感じさせられた2年間だった。誰が天下を取るか分からない状況にあった近畿では、長い歴史の中で当たり障りの無い会話で極力本心を見せないような文化が根付いたのだろう。 次の任地山形は27年ぶりの東北で、職場内でようやく本音で接することが出来た。言葉は荒っぽいが、人情味がある東北。豊かな自然に恵まれ、食べ物も美味しい。ただし人間があまりにも純朴すぎて、「本社」から来た上司に好きなようにされていたのがじれったかった。 そこから北陸へ転勤。そして茨城が最後の任地になった。転勤の際、友人に「水戸の3ぽい」に注意するよう言われた。「怒りっぽい」、「理屈っぽい」、「僻みっぽい」が水戸の人の特徴だとか。言葉はのんびりしているのだが、職員には確かにそんな部分を感じた。それ以上にやる気の無さや、仕事に何の疑問も抱かないのには参ってしまった。これも「天下のご意見番」だった大藩の旧弊の影響だろうか。 幕末の水戸藩では藩の方針を巡って厳しい対立があり、殺し合いをした歴史があるようだ。いわゆる「勤皇か佐幕か」に分かれたのだろう。市内の墓地には切り殺された藩士達の墓が至る所で目に付いた。人々の頑迷さはあの頃から共通だったのだろうか。ここで職を辞した私は単身生活を終え、再び仙台の自宅へ戻った。 31年間の転勤暮らしで異動した勤務地は10箇所。そんな経験があるためか、他の人が話す言葉を聞くと、「これはひょっとしてあそこの言葉?」なんて感じることがある。そして、地名や人名にそれぞれの土地柄があったことにも気づいていた。 「訛りは国の手形」と言う諺があるが、昔と違って今では東北の子供達もきれいな標準語を話している。将来、方言はテレビのドラマでしか聞けない言葉になる運命かも知れないが、地名同様に大事にして欲しいと思うのだ。何故ならそこにはその土地の長い歴史と文化が込められているからだ。転勤暮らしの中で聞いた各地の「お国言葉」を、時々懐かしく思い起こしている私だ。<完>
2008.04.06
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現代の日本語は母音があいうえおの5つだが、古代は7つあったようだ。きっと「うぃ」とか「うぇ」と言うような複合的な母音だったのだろう。ところが沖縄では母音が日本語よりさらに減って3つになったようだ。「お」が「う」に、「え」が「い」に変化し、「あいう」の3母音主体の言葉になったのだ。 また、日本語では消え去ったP音とかF音が、沖縄ではかなり後まで残り、今でも一部残っている地域があるようだ。例えば花を「ぱな」や「ふぁな」と発音するのがその例だ。また新原「にいばら」または「にいばる」が「みいばる」とN音がM音へ転化したり、「細か」が「こまか」から「ふまか」へK音が脱落したりと、内地とは異なる変化を見せている。 それらは話し言葉だが、沖縄の古典である「おもろさうし」によって、書き言葉でも日本の古語とは違った道を辿ったことが窺える。また、沖縄の言葉には中国や東南アジアなど、かつて交易していた国々の言葉も混じっている。まさに沖縄の特徴であるチャンプルー(かき混ぜ)文化そのものと言えよう。 次の任地である四国の松山は私にとっては2度目の地であったし、家族にとっては初めてでも、かつて同じ四国の徳島県で過ごしたことで、特段言葉に不自由することはなかったと思う。ただ松山は(と言うよりも四国全体だが)教育熱心な土地柄であり、自由奔放だった沖縄とは雰囲気が一変したせいで、子供達は堅苦しいと感じたようだ。 松山は夏目漱石の小説「坊ちゃん」の舞台でもあるが、坊ちゃんが土地の人々と喧嘩したのは、大都会から移った自由思想の持ち主にとって、息苦しい封建的な雰囲気に満ち溢れていると感じたからだろう。さらに祭りで「喧嘩神輿」で死者が出るなど、案外熱しやすい一面もあった。 面白いことに、松山では市内の各所に「俳句ポスト」が設置され、詠んだ句を自由に投函することが出来る。この地で生まれた俳人、正岡子規、高浜虚子、河東碧梧桐などの影響が伝統的に継承されてのことで、漱石も虚子と親交があり作句を趣味としていた。私も赴任後、たまたま入った一杯飲み屋で色紙と筆を出されたことがあった。ここで一句作って見なさいとの無言の要請だったが、残念ながら私には即興的に句を詠む能力は無かった。 私が子供の頃の松山には、「なもし」と言う言葉があった。いわば同意を求める時の常套句のようなものだが、35年後に赴任した時には最早お菓子の名前としてしか残っていなかった。日常会話で方言を使っていた地方でも、次第に廃れてしまう言葉があることを、そのことで知ったのだ。<続く>
2008.04.05
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次の任地である沖縄では、空港で「めんそーれ」の横断幕が私達を迎えてくれた。全く聞きなれない言葉ではあるが、どうも語感で「いらっしゃい」と言うような意味だろうと思った。元々の語源はきっと「参り候らえ」だろう。私は直感的にそう考えた。 眩しい青空。ねっとりまとわり着くような熱気。内地の人とはかなり違った容貌の人達。内地なら植木鉢に植えられたゴムなどの観葉樹が、ここでは地面に根付き大きく育っている。見るもの聞くもの全てが珍しい。職場では標準語で十分通じるのだが、気に食わない上司がいたり、聞かれてまずい会話の場合、地元の人が方言で話すこともあった。 方言で先ず驚いたのが、女性の人が話す「もう帰りましょうね」と言う言葉。仕事を終えて自分が帰るのに、誰に相談する必要があるのか。私はそんな風に思っていたのだが、その言葉の本当の意味は「お先します」と言うことだとやがて気づいた。沖縄の言葉は相手や状況に配慮する優しい言葉だったのだ。 だが怖い目にも遭った。高校野球を観に行った球場内で「やまと、たっくるせ~」と言われた時だ。その意味は「内地人は叩き殺せ」。薩摩藩による侵略と支配、明治期の「琉球処分」後の様々な差別、米国の統治から返還され沖縄県として日本に復帰してからも、差別を受け続けた沖縄の人達の心の中には、もはや誰しも不可能だと考えられる独立を願い、日本人を憎む気持ちが未だに潜んでいることを私は知らされた。 さて、日本語と朝鮮(韓国)語は親戚だと言われていて、文法も非常に似ているように感じる。一方沖縄の言葉は耳慣れないものではあるが、古代の頃に日本語から分かれて変化した一方言だと分かった。明治期に日本に編入されて以降、天皇を頂く同じ臣民として日本語教育が急速に進んだ。学校では標準語が話せずつい方言が出ると、首から「方言札」と言うのを吊るされ、厳しく矯正されたようだ。 暑い亜熱帯だが、我が家の子供達にとって自由な雰囲気の沖縄は相性が良かったようだ。内地では劣等生だった長男も、沖縄ではすっかり優等生扱いされた。それだけ学力の差があったのだ。それに自由なのは良いが、高校生が居酒屋でコンパを開き、飲酒も黙認されるとなると話は別だ。真っ赤な顔をして帰宅した長女を、思い切り叱ったこともあった。 高い離婚率や犯罪件数。貧困と就職難の南の島。そして島の中央部を占める広大な米軍基地の存在。美しい島にはそんなまがまがしい部分があるのも事実だ。だが、本音で接することが出来る沖縄は、同じように貧しい暮らしの歴史が長かった東北人には、とても親しみ易い島でもあった。 長寿の島で名高い沖縄も、日本復帰に伴う高度成長の波が押し寄せると食生活が変わり、ストレスが増すなどの要因から、次第に住みにくい島に変わって来たのだと思う。女性は依然として長寿傾向が続いているが、男性にメタボリックシンドロームの兆候が現れ、平均寿命の数値は悪化の一途を辿っているのが目下の姿だ。<続く>
2008.04.04
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東京での最先端の仕事は確かに自分にとって勉強になった。だが日本で一番権威がある大学の、さらに権威がある学部の事務職員までがそれをかさにして威張っているのを見ているうちに、次第に嫌気が差して来た。そんな時にこれまで国内では例のない新しい大学創りを目指す筑波大学のことを知り、そこへ移ることを決心した。だがドイツ文学会やフランス文学会などは「筑波大学法案」に反対しており、閑静な筑波の地にもデモの波が押し寄せた。 筑波研究学園都市のある土地は元々関東ローム層の極めて貧しい地味で、ひょろひょろした松しか育たない不毛の地でもあった。だからこそあれだけのまとまった土地が国有地として確保出来たのだろう。人工の新しい都市を創る計画は壮大ではあるが、急に文化の乏しい地に転勤したため精神のバランスを崩す人も結構多かった。 そして元々4千人ほどしか居なかった村がたちまち新住民で溢れ、3万人近い日本一人口の多い村になった。学園都市には全国から様々な人が集まった。だからそこで話される言葉も多様だった。それに現地の人が大量に採用され、「だっぺ」と言う茨城弁がそちこちで聞くことが出来た。これは仙台弁だと「だべ」(だろう)に当たる。土くさい匂いがする言葉だ。 私の3人の子供のうち上の2人は東京勤務の時に生まれたのだが、次男はこの地で誕生した。3人の子供達にとっては10年住んだこの筑波が、故郷みたいなものだろう。全国から集まった優秀な職員の子供達は当然優秀で(我が家は兎も角)、学力テストをしても県下で一番の成績を上げるのがしばしば。だから「通信簿」のつけようがないし、帰国子女も多いため子供の方が英語の発音が良く、学校の先生方の悩みも深かったと聞いた。 さて、標準語に慣れ切った生活も、徳島県の鳴門への転勤で様子が一変した。新しい任地はサツマイモ畑が広がる本当の田舎だった。それに言葉が全然違う。要領の良い長女はたちまち土地の言葉を覚えて仲間入りしたし、次男は小学校1年生で地元の野球チームに入ったため、直ぐに仲間と打ち解けることが出来た。だが口の重たい長男だけは「いじめ」にあって人知れず悩んでいたようだ。 徳島県南部の人は陽気で明るいし、県の西部の山間部はおっとりしてるらしい。だが関西に最も近い鳴門はがさつで遠慮が無い土地柄で、自分から飛び込まない限り仲間にはなれない雰囲気が強かった。関西からの移住者は結構多かったが、私のように東北・関東から転勤した職員は少なく、考え方が封建的な地元の人とはずいぶん喧嘩をしたものだった。 「冷やこいなあ」。寒い朝に地元の婦人が洩らした一言には、南国の風情を感じた。仙台弁なら「しゃっこいごどなや」と言う感じだろうか。比べてみればイントネーションや言い回しが全然違うけど、元々は全く同じことを言っていると思う。ただそれがそれぞれの土地柄で変化しただけの話。それに例え話す言葉は違っても、人間の持つ感情には共通性があるのだ。<続く>
2008.04.03
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NHKの連続朝ドラ「ちりとてちん」が先月末で終わった。ドラマの作者藤本由紀は、作家藤本義一の奥さんだと妻が言っていたが、なるほど上方落語をテーマにした話は、最後まで心を惹きつける面白さに満ち溢れていた。 ヒロイン若狭の故郷は福井県小浜市。そこは若狭塗り箸の本場で、歌手五木ひろしが生まれた町でもある。それ以上に知名度を上げたのは、アメリカの大統領予備選挙で最近人気沸騰中のオバマ氏と音が同じことでのフィーバー振りだった。 だが私がこのドラマで一番印象に残ったのは、語尾がくねくねと上がり下がりする「若狭弁」の独特のイントネーションだった。私はたった1年間だが隣の石川県で勤務した経験がある。そこでのイントネーションも全く同様だったし、他の番組でたまたま耳にしたのだが富山の言葉も語尾の感じが同じだと感じた。 石川で最初にあの言葉を聞いた時に、語尾のニュアンスが朝鮮(韓国)語に近いと感じたものだ。もちろん朝鮮語や韓国語を身近に聞いた経験はないのだが、ただ私のそんな感想に在日韓国人の人がうなづいてくれたことがあった。 その昔、能登半島には渤海国からの使者を歓待する施設が置かれていた。渤海国は北朝鮮と中国の国境に聳える白頭山の噴火が原因で滅びたとされる古代の国家だが、船で朝鮮半島から日本へ向かうと海流の関係で北陸地方へ到着することが多く、継体天皇も福井の一地方に住まった渡来系の王族といわれている。 文字通り白い雪を戴く白山は、日本海を航行する船の良い目標になったことだろう。中尊寺の境内にもある白山神社は、元々新羅人が尊崇していた神社だ。ひょっとしたらそんなことが頭にあったために、私は北陸の言葉に朝鮮(韓国)語のイントネーションを感じたのかも知れない。冬になれば一晩に60cmもの雪が積もる石川県での単身生活を、ドラマの中の「若狭弁」で思い出した私だった。 その私が生まれ育ったのは仙台の街中。子供の頃はずーずー弁を使っていたのだが、高校を卒業し、就職した頃にはあまり使わなくなっていた。自分では結構きれいな標準語を話している積りだったのだが、転勤で東京へ出ると自分の言葉に「負い目」を感じるようになった。 東京には色んな地方から人が集まって来るため、色んな言葉を聞くことが出来た。だが、3年足らずの東京暮らしでは、自分の能力にも話す言葉にも、ついに自信を持つことが出来なかった。そして、故郷仙台を離れ31年間にも及ぶその後の転勤暮らしでは、様々な土地の言葉を聞き、その地の歴史や文化について考えさせられたことも少なくなかった。<続く> わが東北楽天、今日の勝利で貯金2。万歳!!
2008.04.02
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朝、外へ出ると愛犬用のカーペットが濡れている。どうやら夜半に雨が降ったようだ。そして風が強い。天気予報では北海道の沖合いで低気圧が発達中とか言っていた。風が強いのはそのせいだろう。 第1現場のビルでは、新顔の社員が何人も出勤して来る。今日は4月1日で新年度が始まる日。新入社員や異動があった社員が結構いるようだ。おまけにいつも重役を送り迎えする運転手さんまで新顔になった。私は敬意を表して名前を名乗ったが、先方は軽く会釈をしただけだった。花屋さんが大きな生花を持って来た。明日辺り入社式でもあるのだろう。 まっさらのリクルートスーツに身を固めた若者達が何人も玄関を通る。何事かと思ってエレベーター前の案内標識を確認すると、さる大企業の選考会となっている。なるほど。緊張した顔つきの彼らは、面接を受けに来たようだ。今年じゃなく来年の採用予定者なのだろうが、それにしても何か早過ぎる感じ。ひょっとして、今や売り手市場になったのか。 第2現場のビルではそんな雰囲気は感じなかったが、隣の八百屋が閉店した。貼ってある挨拶状を読むと、この地で76年ほど商売をして来たようだ。ちょうどそこだけビルの谷間になっていたのだが、第2現場ビルの新築に合わせ、土地を売ったと聞いた。来年には新築工事が始まるだろうが、私の仕事がどうなるかは聞こえて来ない。 仙台市内の目抜き通りでは土地の評価価格が上がり、ビルの建築ラッシュが続いている。また市内の各地で地下鉄の工事も始まっている。これだけ見れば景気は良さそうだが、実態はどうなのだろう。 強い風の中を自宅まで走って帰る。通っている接骨医の許可が出たからなのだが、実はまだ足に痛みが残っていて、走るべきかどうか迷っていた。果たして走り出すと両足が微妙に痛む。休んでいた間に筋肉が衰えたのか、スピードも出ないし走りがギクシャクしている。「騙し騙し走る」とは、まさにこのこと。 愛宕大橋の上は吹き飛ばされそうになるほどの強風。夕方のニュースでは仙台の最大瞬間風速は30mを超えていたとか。さもありなん。おっかなびっくりでも何とか無事家まで走って帰れた。普段より10分以上遅い。不安だった割には足の痛みが少ない。 昼食後、楽天対ロッテ戦をテレビで観戦。折角先発の一場が勝ち投手の権利を手にしかけたのにエラーがらみで同点となってしまった。どうも彼が投げるとリズムが悪くなる感じ。それでも継投が上手く行って、球団タイ記録の5連勝。3年ぶりの貯金1になったとか。まあ何と言うささやかな記録のオンパレードよ。 愛犬の散歩を済ませた後、整骨院へ。早速先生に今日は1週間ぶりに走ったことを報告。ついでに何故もう走っても良いと判断したか訊ねたら、答えは「痛んでいる筋肉が左右1本ずつだったので他の筋肉でカバー出来ることと、痛み具合から見ての判断だった」由。そしてこれからもゆっくり走りなさいとのことだった。やはり先生の診立ては間違ってなかった。 強風が吹き荒れた新年度初日の今日は、暫定税率が時間切れになってガソリンの価格が下がり出した日でもあった。そして私達の38回目の結婚記念日。でもこれは決してエープリルフールではありませんよ。
2008.04.01
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