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グアムはほっんと楽しくて,あのビーチで我が家が一番笑ってた,みんななんだか楽しくってシアワセで。 パパは海でわたしのビキニのヒモを何度も潜水してはずしにきた(海にいくといつも20回くらいやる恒例だ。ほんとまわりのひと,すみませんて感じ) 下の娘は移動中ママ抱っこ~!でほとんどわたしが抱いていたのだけれど,そんな疲れよりもみんながみんなシアワセだなーと共有している感じがまたよかった。お父さんたちと海外ってそうできないものね(でもまた来ようとお約束。だって近いもんねー,うふ,おとうさま,またわたしのビキニご覧あそばせ,こんどはサーモンピンクのにしたい。 恋愛をテーマのお話をいただいて,若いカップルとかそうでもないカップルがどうやってシアワセなセックスまでもっていけるかみたいなのをやろうと思っていてる。で,まわりのナナメな関係の怪しい?ひとたちがいろんなことをガイドしていくのだ。教科書にもハウツー本にもない実地研修みたいな。 三砂ちづるさんの書いた「オニババ化する女たち」を読んだ。私たちの世代って性に関して母からなにも受け継いでない,その母たちもそうだから,生理を暗い,めんどうくさいものとしてとらえがちだち,出産の痛さつらさだけがピックアップされて,本来の出産のすばらしさのすの字もない,そんなものなんて存在しないかのように。 だけど,ほんとうは好きで好きでたまらないひととならカラダはぐんぐん開くし,排卵日だって耳をすませばきこえてくるのだ。お産だってだいぶ昔に戻りつつあるんじゃないかな。子どもを産んだ経験によって,みんな自分のなかにあるメッセージに導かれるように活動しているひともこれからどんどん増えると思う。 ライチさんやマコさんの企画なんかもそうだし,亜莉さんてひとはアーユルヴェーダを学び,おっぱいマッサージの学校にも通いだした(美味しいスィーツの商品開発がいまの本業らしいけれど,あ,ついでに肩に負担が少ないスリングも自分で開発してネットでも作ってるよ,すごく楽しそうなんだよね)。こんなひとたちが増えるってシアワセなことだ,あきらかに。 で,わたしライチさん大好きなんだけど,何が魅力って,あのひとのナナメ的お姉さん度の高さだ。母親にはきけないこととかも,知ってるし訊いたらいろいろ出てきそうなところだ。なんでもありな受容してくれそうなお姉さん。ライチさんはそれに尽きる。(って尽きちゃ本望じゃないよね,でもそこんとこは絶賛させてね。でさ,完璧じゃなくて,やっぱりあのひとも時に弱いとこポロッてみせながら,そのへんも子どもとかって感じるところ多いのだと思う。わが娘も思春期になったらライチさんとこに時々泊まりにいかせようと思う,げげげって思われたかなー,すんません) ナナメなお姉さんとかスナフキンのようなお兄さんは必要だ。 わたしは,次の世代のひとたちに,ほんとうはセックス(行為だけに限らず)はすんごーーーーーく美しいものなのだよと伝えたい。自分の性を精いっぱい愛おしんだ末の妊娠であり出産,育児であってほしい。その先もずっと。そしたらまた可愛いおばあちゃんが溢れていい感じになるんじゃないかな。
2004.11.30
35歳になりました。 午前中は地元でリピータークラス。生徒さんから素敵なメッセージカードをいただいたり,グアムの怪しいビーチヨガの話題で盛り上がったり,楽しかった(また息子の日記風)。 リピータークラスは常連さんが多く,だけど少しずつ新しい方も入ってきて,また復帰してゆくひともいて,ここは通過するところだけどとても大切な人生の時間を一瞬共有しあう場所なのだ。 ひとによって産後も温度差があるのだというのを実感できるし,それは恥ずかしかったりダメなことじゃないってわかる(と思う)。 3ヶ月で来たときはエクササイズが何にもできなくて(赤ちゃんが元気すぎたか)何のために来たの~!って半分怒っていたひとも,産後の角がとれてやわらかい佇まいだ。もうそんな時期のことを笑えるようにもなった。(しばらくはそのひとがどれくらいカラダを動かせたかをクラスの基準にしていたこともあったくらいだ) まだ泣きたいこともあるみたいだけど,お子さんは一度もあなたを拒否していないよ,ぜんぶあなたを受けとめて許してくれている,あなたのお母さんと同じくらいに。 音楽家で,妊娠出産でお仕事がなかなか上手くいかないやりきれなさを抱えながら,手探りでお子さんと歩いているひと。仕事への熱情のうらはらさがカラダを頑なにしている。 その肩のチカラが抜ければ,その道の向こうに流れる風を感じて美しい音色は溢れだすのだと思う。 お子さんはみんなまっすぐお母さんのことを見守っているよ。 いつも思っていることだけれど,わたしは場を提供しているだけで,クラスをつくっているのは生徒さんたちだ。その中でもいるだけで場が和むひとがいて,そのひとに会いに来る感覚のひとたちも多分いるんじゃないかな。肩のチカラを抜きに来る,いつの間にか肩に背負ったグレイな気持ちを洗濯するような。お子さんたちも彼女のまわりに自然に集まってくるのが面白い。 彼女はいま自分の場所に流れてくる風の匂いを楽しめるひとなのだ。あんまり遠くをジャンプしながらなんとか見たい!とバタバタするよりも,家族の手を握って風と戯れている。その笑い声をわたしはとてもうつくしいなと思う。 グアムの海にぷかぷか浮かびながら空を見上げていた。 いまいる場所の道の向こう側の景色は息をきらしてジャンプしなきゃ見えないと思っていたけれど,ほんとはこんなふうにどこもまっさらな空が広がっている。へんにチカラが入っちゃうから沈みそうになったりするのだ。 35歳の誕生日に思いがけず一番やりたいことのきっかけをいただいた。ちょっと期限付きだけれど,いまの自分だからこそできることを物語にこめて,どこかにいる誰かの場所に届くように。 今日のエッチはすんごいきもちよかったよん!
2004.11.24
娘の保育園で手足口病が大流行。娘は昨日熱発で夜は多分39度くらいあがった。発疹はなく,食欲も旺盛(さすがピッタカパ)で熱もストンと下がったので一安心。土曜のグアムにはなんとか飛べそうだ。 乳児の頃と違い,病気の我が身をちゃんとわかっているらしく,結構しおらしくしていて,つらいときはもうすっかりしゅるると小さくなった母の胸を触って充電する。 息子も娘も,生きるちからが根づいてきている。縁あってわたしとパパのところに宿ってくれた二つのいのちは,わたしたちを独り身の頃よりもうんと地に足をつけさせてくれ,ときに方向づけもしてくれる。バカなこともできる。その子のいのちの歳月によってわたしたちへのかがやきも反射のしかたも変化する。 娘の体温の熱さを感じると思い出すのが,彼女が生まれる前に一瞬だけわたしの中に宿ったちいさないのちの静かさだった。 以前にも書いたことがあるけれど,仕事のストレスとパパとも思うようにいかなかったころに,ほんの三月ほど宿って,また静かにいってしまった。 わたしもパパも自分自身を責めたけれど,次の子が早く欲しいとも思ったけれど,深いところではそれは違うということもぼんやり感じていた。 あの子はわたしたちに生きてもらおうとして,宿ってくれたのだ。出血もせず,ただじっとわたしに気づいてもらおうと。ちいさないのちの存在よりも,わたしの頑なさに。 だけどわたしは彼女(なんだかそんな気がしてならなかった)がまた静かに去っていったことにしばらく気がつかなかった。稽留流産だった。 立ち上がるには方向転換が必要で,しばらくは彼女のたましいのようなものを食べていた気がする。いつの間にか自然に自分を生かす場所をみつけ,娘がストンと生まれた。 いのちと病気は紙一重なのかもしれない。 いま自分の中にある病気も何かのメッセージが込められているし,もっともっと生きたいと感じるようになった。最近あれだけ副作用がいやだったステロイドをのんでいて(ま,通院できる範囲なんだけど),良くなるかどうかはさておき副作用は全くなく,なんだか頑なだった自分を笑っている。何かが抜けたのだ。仕事の後の疲れ方も違うし,血小板の数値とはうらはらな快活さを感じるから,担当の先生も「ま,例外のケースですねー」。 なんとか娘も連れてグアムへ家族旅行できそうだ。 のーんびり横森理香ばりにビーチでヨガりたいわたし。 この旅行,家族6人分無料なのだ。わはは,いいこともこうしていっぱいあるのだ。それじゃいってきます!
2004.11.18
ライチさんから思春期のカラダのことコメントくださいよーとヨガっているときに言われて,そのアンサーにはならないかもしれないけれど,大きな悩みがたったひとつだけあった。 それは生理のことでもなく貧乳(これはほんと男子からばかにされていたけれど,ま,可愛いからいいやと思ってほおっておいた)でもなく,それはあそこから右だけはみだしていることだった。 なんじゃー! そう,いわゆる性器を守るために小陰唇(すごいネーミングだな)というのが左右にあるんだけれど(ご存知の通り),これが右だけ大きくてはみだしてはみだしたところだけ哀しいかな黒ずんじゃうんだよね。これだけがわたしの悩みらしい悩みで,手鏡で初めて自分の性器を眺めたときの驚き! なに!? こんなグロだったの,あたしのあそこって。もっといいモンじゃないのーーーーーーーーーー!! で,セックス本なんかでいろんな場所をチェックしてたらまたぎょぎょぎょ! なに!? こんなちっちゃい穴にあんなのが入っちゃうの!?←幼少時の記憶にある父のモノ参照 げげげげげ もっときれいなものだと思っていたのに,はみだしているなんて,これじゃ好きな人ができてもきっとげげげげげってにげちゃうわ(涙) いつセックスというものをちゃんと知ったか定かでないんだけれど,6年生まではコウノトリが運んでくるものだとマジで信じていた。 しばらくお風呂からあがってパンツをはくときははみだしてるあそこをしまってから。意味ないってのはわかっているんだけれど,やはり哀しかった,左右対称でおさまっていないあれが。 大学に入って好きな人(でもサカリがかなりついていた)とセックスしたときは,ちゃんと入るものなんだと,神様の精妙さに感動した。上手く凹凸ができているのだわ!あそこを見てもげげげげげと逃げられなくて一安心(なんせサカリが)。 ちなみにキスの味はレモンじゃ全然なかったけれど,とーーーーっても好きな男の子とできたからレモンどころではなかった。 女って面倒くさいこと多いけれど,お楽しみもいっぱいあるなぁと思えるようになったら,はみだしなんて可愛いじゃん,とかけがえのないあそこともハートが通じるようになった。ちゃんちゃん!
2004.11.16
ついに源さんも逝ってしまった。 来週は諜報部員の山崎も逝ってしまうらしい。 榎本武揚役は草薙君?いい感じだけど,哀しすぎるよ毎回!わたしは多分この連ドラが終わってしまうのが哀しいのだ。 来年はタッキーの「義経」でしょ?小林隆の源さんにはとうていかないっこないわ! 源さんが幽霊になって,近藤勇に別れを告げるシーンのあの表情,「死んだ者が泣くやつがあるか」と言われテレ,泣き笑いする小林隆!三谷幸喜を誰よりも愛し,三谷さんも信頼しきっていることが何よりわかるシーンなのだ。 脚本家と役者のシアワセな関係がここにあった。 来年は三谷さんの芝居で生の源さん,いや小林隆を観たいなー,どなたかご一緒しませんか?
2004.11.14
「新撰組!」の山南さんの死の回が芸術祭(ま,日本のテレビ,ラジオ番組の優秀作品コンテストのようなもの)に参加されていて,11月14日の午後2時から再放送されるんだってー!もう一度あの回が観られるなんて,最高だ!!!!! あの第33回「友の死」は,今までの新撰組!の中で最もクオリティが高い唸りっぱなしの回だった。もちろんわたしは堺雅人に泣きっぱなし。 愛人・明里と逃亡する道中の明里の無邪気なセリフ(これが山南さんを動かし,あえて追ってきた沖田役の藤原タッちゃんの前に姿を見せ,隊へ戻って切腹の道を択ぶ(多分明里の逆転の発想→串だんごの最後のひとつをどう食べたらいいか、が伏線になっていて,自分がいま戻って切腹することで新撰組の隊士たちの結束が固まる,その他いろいろあるんだけどね)。 誰も戻ることを望んでいなかったから,表面的に対立していた土方くんもひそかに逃げられるようにいろいろ画策したり,日曜日に逝ってしまう源さん!もお昼の膳にこっそり自分で握ったおにぎりを包んで添えてあげるんだけれど(これを持って早く逃げてという意),山南さんの心はとても静かに死の準備をしているのだ。 切腹の時間間際に明里がやってきて,死ぬことは承知の上で,あっけらかんとバカで可愛い女を鈴木砂羽が演じ,黄色の菜の花を見せて別れるのだ。ここですでに息子と号泣。 圧巻は山南さん亡き後,近藤香取くんと土方山本が声をあげて大泣きするシーンだ。ああ,こうして書いてるだけで結構涙でてるわたし・・・ この回は本当にすばらしいドラマになってます。みなさん,美しすぎる堺山南雅人をご覧あれ! 再放送の時間は,息子とムスメを連れて京王線5000系さよなら撮影会なるものに行ってきます。ムスメもすごい電車好き・・・お兄ちゃんと「京王線の歴史」の本を何度も取りあってタイヘンでした,トホホ。
2004.11.12
午前中は吉祥寺でまゆみヨガ。ここはいつも溢れんばかりのこどもたちとママたちで賑やかで,でもそれなりにヨガは出来るものなのだ。やはりこどもはよく観察していて,美しいひとや,母親が信頼しているひとのところにはすっと寄ってきてにこにこ嬉しそうにする。まゆみ先生はもちろん両方備えたひと。 にしてもまゆみヨガは歪みやすいところを重点的に伸ばすヨガ(左右対称ではない,別にやっても構わないっけれど)で,だいぶ覚えたつもりになっているといつも裏切られ,基本のポーズをアレンジしたバリエーションがもうこれでもかとばかりに出てくる。そう,ポケットをたたくとビスケットがわんさか出るように。もう筋肉をひたすら伸ばすから頭真っ白で家に帰るとほとんど忘れている。でも,それがまた快感なのだ。 ほんとうにプロなのだ,まゆみ先生は。プロはやはり美しい。歳を重ねても。 その後はビューンと地元に戻ってセルフケアクラス。新しい出会いがあって,みんな何かを抱えているけれどとにかく自分のカラダの硬さと下腹の空白感をしみじみ味わって,ずいぶん笑いの多いクラスだった。反応もよくいろんな質問も返ってきて,60点というところ。養成を再受講中でいろんな点をチェックできる。たとえば花を植えるために土壌をつくるけれど,最初は本に書いてあった通りにしてみる。それからだんだん自分なりにできるようにはなるんだけれど,再受講は土壌をもういちど掘り起こして,基本は押さえつつ,養分を与えたり栄養過多ならもう少しシンプルにしたりしながら花をきれいに支える,そんな感じ。 まだまだクラスについては試行錯誤するけれど,混とんとはしていない。なるべくシンプルにしたい。言葉ひとつをとっても。 金曜はマリアンナへ。血小板の数値,上がってるといいな。 兆しはあると思うけれど,うーん。
2004.11.11
来春から念願だったヨガクラスを持つことになった。 現在産後のクラスを行っているカルチャーセンターの方から声をかけていただき,大人一般向けの夜のクラスを担当することになった。 操体法とまゆみ先生の整体ヨガのクラス。 まゆみヨガの充実感と爽快感と苦痛!?をもっと広めたいとずっと思っていたので,とてもとても嬉しいのだ。とにかく伸び方が違うまゆみヨガ。まゆみヨガをやっていると,右腰に4Bの鉛筆でぐりぐり書きつぶしたかのような黒い塊にアクセスできて,ひっかかりがよくわかる(かなしいくらい)。あるポーズをするとほんとうにつりそうになる。もちろんいままでのストレスだ。負のエネルギーをとても感じる。整体ヨガが名前だけに終わらないように,いいクラスをつくるのだ。 午前中は養成コースに参加。 自分のなかであたり前のことになりがちな説明やトークについてもチェックできて,クラスに還元できるのがいい。クラスの内容は以前とそう変わらないのだけれど,自分の中で納得,消化して提示するからか,クラスの生徒さんの反応がよく判るし,何より自分がシンプルになってさらに楽しい。 あとは自分のカラダをよりシンプルにきれいに動かせるように,養成出身で一番エロイ女でありたい,ちゃんちゃん!
2004.11.10
さすがに地元でクラスを1年半続けていると,街を歩いていると元生徒さんにお会いすることが多い。フルネームですっと出るけれど,時々名前をアレンジしてしまったりもする。 すでに産後を通過したひとがほとんどなので,お子さんの成長話をしたりして別れる。 いつ声をかけられるかわからないこともあって,できるだけ感じのいいひとになり,買い物もしている。姿勢もキレイだ(多分)し,ぶすっとはしていない(多分?)。自分のセックスはいろんなことを言ってるけれど,できるだけ感じよくしていると,それは全然苦痛でなく,けっこうおまけしてくれたり,お店のひとに顔を覚えられ会話がはずんだり,悪くはない。 電車に乗っていつも思うのは人生楽しそうな顔や姿をしているひとが本当に見つけにくい,ま,にこにこしてるひともどうかと思うけれど,軽快な雰囲気のひとがいてもいいじゃないか。いつ見てもほとんどいない。 もしパルコの地下で美しい横顔で鮭の切り身を吟味している女がいたらま,私だと思ってください。 来週は源さんが鳥羽伏見の戦いで死んでしまうらしい,どうしよう,つらすぎる。
2004.11.09
平助も逝ってしまった。 またまた「新撰組!」なので,ま,すっとばしてね。 藤堂平助役の中村勘太郎はやはり役者だった。その匂い立つ生まれの良さが,役どころのまっすぐな人の良さとハマリ,堺雅人の山南さん以来,久々に泣いてしまった。あぁ,平助,君には生きていて欲しかったよーん! またまた三谷幸喜絶賛。平助の師でもある伊藤甲子太郎ってインテリであんまりいい描かれ方をしていなかったかもしれないけど,やっと近藤勇と分かりあえた後すぐの死はせつない。それは武田観柳斎の最期もそうで,もう遅いんだけれど(それがたまらない)三谷さんはきちんとその人物に光をあてている。作者の愛を感じて,すごいなぁとそればかり。 あー,それにしてもこれからも暮れに向ってどんどん隊士たちは死んでいくのよね。今回の大河だけはいっそ番外編をつくって三谷版のコメディを年忘れでみたいものだわ。 山口智充扮する永倉新八,最高ね。こんなに化けられるひとだったなんて!お笑い芸人はやっぱすごい!!
2004.11.04
新しいニューズレターに書いてみたんだけれど,出産以降セックスレスになるカップルは少なくない。ニューズレターは殴り書きのようになったんだけど(トホホ),思い出すと二人目の産後でマコさんのセルフケアクラスに通ってた火曜日の夜はセックスしてたなぁ。あと,アロマトリートメントを受けた後もしているし,いまは断然今日のようないいクラスがもてたとき。もー,終わった後の空の青いこと!(単純)アロマのセッションが上手くいったときも,まるで仕事の後のビールのようなセックスをしたり(おやじっぽいかも)。 ま,要するにカラダを伸ばしたりゆるめたりいいエクササイズのクラスができてココロがぐーんと解放されたりすると,いいのよね。 というわけで,今夜はごろごろうふうふします。
2004.11.02
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