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ついに年賀状書けず。こうなるとなんかどうでもよくなってしまって・・・楽なブログの方に流れてしまう。どうやら正月の飾り付けも終わり、風呂から上がったところで紅白も終わる。近所のお寺で除夜の鐘が鳴り始めた。大分仕事に慣れた2007年。少しずつ会社の弱いところも見え始めた。若手にアドバイスできるくらいの理論武装(ちょっと大げさか?)も身に付いてきた。意外と言うか、やはりと言うか、分析のことに関してはあまり知らない部分があるようだ。「君は何のためにこの分析を依頼するのか?」「これで何が知りたいのか?」と突き詰められると、答えに窮する場合もある。いやなオヤジだ、と思われているかも知れないが、こっちだって同じ金と時間を使うわけだから、有効な情報を提供しなきゃいけないのだ。実験の背景を聞いているのといないのとでは雲泥の差がある。電子顕微鏡はあくまで拡大鏡だから形が見たいとか大きさが知りたいとかは当然だが、中には本気でカラー情報が得られると思い込んでいる子もいる。そんな場合には説明も必要だ。透過型では、スライドを見ているのと同じなのだ、と何度も説明する。走査型だって、発光しているもの見るだけで、電子線に色の情報などはいるはずもない。X線回折装置になると、「同定のための装置」と思い込んでいる子がかなりいる。結晶面の間隔を測るだけだ、 結晶系にはいろいろあるよね、と話を向けるともういやな顔をする。ましてや非晶質との混合系だから、そうなんでもかんでも分かるわけじゃない。私生活ではついに末っ子が就職して、いろいろと苦労はしながらもそこそこやっているようだ。こいつとはあまり話をすることがなかったが、就職後はよく話すようになった。中学から高校にかけてなんて、ひどいものだったが。「女は扱いにくい」今でも多少は思い出すことがある。まあ、みんな健康でカレンダーのリセットを迎えた。
2007年12月31日
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忙中閑あり、で夕食後も飾り付けだが、朝から菩提寺へ常斎(じょうとき)を届けたり、墓掃除に行ったりでとても風邪で寝込むわけには行かなかった。そのおかげか、薬が効いたのか、症状は随分よくなってきた。だいたい風邪を引くとのどが痛くて声が出なくなるのだが、今回はそこまで行かなかったようだ。常斎(じょうとき)なんて、全国的にあるものかどうか知らないが、要するにお布施のまとめ払いだ。しかも後払いらしい。昔は麦と米で支払ったと言うからいかにも農村だが、今日はまさにどん詰まりの日だった。墓掃除。年末寒波でか、訪れている人も少ない。とても寒かったが、これも勤めだ。だいたい、墓も寺もなかったら、実家にお呼ばれに行くだけの機会みたいなものだろう。いずれ弟一家がやって来るが、呼ぶ方と呼ばれる方とでは雲泥の差。掃除の力のいれようが違う。やはり新宅は気楽だろうな、と思う。と言ううちに時間も迫る。まだしめ飾りもできてない。もう一頑張りだ。って、12時にできてりゃいいさ。
2007年12月31日
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さすがに今日はしんどかった。起きようと言う気にならない。会社は休みだからいいが、こんなにやる気のない朝でいいのだろうかと思うくらい。朝食も半分は義務感。 むしろ薬を飲むために食べたと言う感が強い。薬を飲んだら急激に眠くなってきた。したがって午前中は全くエンジンがかからない。こんなのは初めてだが、そろそろそういう年になってきたと言うことだろうか。幸いと言うか、朝は雨が振っていたので、外で火を焚くことはできない。午後に餅つきは回した。昼前から晴れてきたので、女房と用意を始めるが、娘も風邪にやられたようだ。息子はスキーに行ってるし、とても手が足りないが、どうしようもない。病み上がりでは、餅つきもおぼつかない。杵の頭がぐらぐらと揺れるのだ。力のはいっていない証拠。これではいつまでもつき上がらない。そこで、左手に力を入れ、手前に引くようにして見たら、これが意外と有効だ。今までどちらかと言えば右手でたたくような感覚でやっていたが、左手に力を入れることでヘッドのスピードが増すのだろう。と言うことで、6臼をついた。今日は写真を撮る元気もなく、文章のみ。2007年もあと1日だ。
2007年12月30日
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風邪で大掃除の途中に横にならせてもらう始末。えらく胃がむかつくなあと思っていたら、生あくびが頻発し、寒気がしてきて動けなくなってしまった。幸い夜勤の設備が整っているので今日は誰も使うはずのないベッドで休む。体が温まってくると落ち着いてくるが、部屋のメンバーが代わる代わる様子を見に来てくれるのでありがたいような、迷惑なような。結局昼食は食べずじまいになり、帰ってからも何か変!体温を測ったら37.5度。初めて娘に病院まで送ってもらった。インフルエンザではないそうだが、体調の悪いことに変わりはない。ブログも書かず、さっさと寝てしまった。今日も怪しいものだ。寝ているのがやはりいちばん楽。それでも子供たちの食事を作ったりしないといけないので女房の苦労が分かる。
2007年12月30日
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今日は大雨。後2日だな、と思いながら仕事を始めると、来るわ来るわ、試験サンプルの引き出しも予定表も一杯に。「はい、ここからは年明けね!」失業の心配はまだなさそうだ。行き帰りの電車も随分すいている。明日は土曜日だし、もっと少ないだろう。1年間無事に過ごせたが、まだ年賀状のねの字もできていない。アイデアさえもない。本当に年頭状になってしまう。まあ、元日に書くから年賀状でもあるのだが、と負け惜しみ。大雨で、傘の柄が濡れてくる。やっぱり安物はダメだなあ、と思っていたら、靴の方も雨が染みてきた。そう言えばこの靴もよく働いたよなあ、と年末は身の回りの品物の更新時でもあるのかも知れない。夜になって雨はやんだが、さて、30日はもちつきだが、晴れてくれるだろうか。晴れなくても、雨が落ちなきゃいいのだが・・・ 大学の同窓会名簿が届いた。同級生のところを見ると随分抜けたところが目立つ。確認のハガキを出さないのだろうか。女子の中には旧姓に戻っているのもいる。離婚でもしたのかな?普段音信がなくても懐かしい顔を思い出す。
2007年12月28日
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帰宅すると手を洗うのが習慣になっているが、洗面台に行く時にはガスコンロの前を通る。「なんやこれ?」女房「厚底鍋を空だきしたら底が取れた」ゆでものをしようとお湯を沸かしていたところが、電話がかかってきて、話し込んでいるうちに(なんぼほど水入れてたんや!)空だきになって、カンカン言ってるところに来て、慌てて火を止め、鍋をどかしたら底が残ったと言う。「どうやってひっつけてたんやろ?」鍋がダメになったわけではないので、興味はそちらの方に。残ったのはまさにプレートで、白い金属酸化物のようなものが有る他は何もないし、ちぎれたような跡もない。確か、金属を加熱しておいて何かにはめ、冷えたらもう取れない、と言うようなテクニックがあったと思うが、それだろうか?もし作り方や直し方を知っておられたらお教えいただきたい。厚底の鍋は、焦げができにくくて重宝だ。これでバター炒めをしたりして便利に使っていたので惜しまれる。 なべ底なので写真は下、と言うオチ。
2007年12月27日
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まだ年賀状も作っていない。何やかにやで結局年末まで作れない。それでも娘が何やらデータブックを買ってきて,作り始めた。まあ、jpegでCDROMに記録してあるやつを引っ張り出してきてワードに貼り付けて印刷するつもりらしいが、どうも位置合わせがうまくいかないのだと言う。私は宛名職人を使っているので、そのまま貼り込めるだろうとタカをくくっていたのだが、そのままでは使えないような仕様のようだ。 じゃあ、プレビューでグラブしてからやろうかと(要するにスクリーンショットして大きさを合わそうと言う魂胆)思ったのだが、印刷メニューに「紙に合わせて印刷」と言うのがあったのでやって見たら、なんと、何もしなくてハガキに縁無し印刷してしまった。「ワー、何もしないでいいんだ」と言う娘以上にこっちが驚いた。へ~確かにマックにはすべてのソフトがついてくる、と言うのもあながち誇張じゃないんだな、と。おかげでマックは取られる羽目に。
2007年12月26日
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ほぼ全面的に福田内閣が降参したようなニュースの伝わり方だが、手綱を緩めてはならないと思う。自民党の支持率があまりにも下がったから何か必要だったと言う方が正確だろう。およそ自民党は資本主義ごりごりの政党だ。だから、派遣労働者は二重の搾取にあっていても「そこんとこよろしく」で大企業の儲けに貢献している。およそ政治と言うものは資産の再配分のためにある。富める者への配分を多くしてきて、支持を失っている。慌ててバランスをとろうとしているからこんな議員立法と言う形になる。資本家のメンツを潰さずに行くにはこれしかないだろう。これも、ねじれのおかげと言っていい。「これ以上(税金を)とって、今のような扱いなら自民党には投票しない」が現実性を持ってきたからだ。自分が悪いなんて思っちゃいない。だから今まで引き延ばすのだ。障害者自立支援法も悪法だ。再来年に見直すなど、全く人をバカにしている。ムダなミサイルをやめれば(それも練習で当たったからと浮かれて)金くらい出てくる。もう、軍備の拡張で平和が守れるなどと妄想を描くのはやめて、国境を取り払うヨーロッパを見習おう。国家がなければ国家間の争いもなくなる。国家の概念は権力者の勝手なイメージだ。私は誰とも戦いたくない。
2007年12月25日
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わが家恒例のクリスマスと言うか、忘年会。今年は休日でもあり、女房と「丸鳥」作りに励む。ご飯にミックスベジタブルを混ぜ、塩コショウで炒め、チャーハンを作る。内臓をとった鶏1体に塩とコショウをたっぷりすり込んでから、お尻からチャーハンを詰め、串でフタをして200℃1時間オーブンで焼く。付け合わせはじゃがいもを皮ごとゆでて皮をむき、4つに割ってフライにした。長男に切り分けてもらい、「今年も健康で過ごせて良かったね」と言う女房の言葉で乾杯。今年の丸鳥はとてもうまくできた。皮はパリパリで肉はジューシー、ひょっとしたら売り物になるかと思うほど。チャーハンも普段小食の娘が2度お代わりした。昨日飲んできた息子は「今日は飲みたくない」さあ、いよいよラスト1週間である。今日は幼なじみの告別式だったが、途中から北風が強まった。クリスマス寒波か。明日は寒そうだ。忘年会だと言うのに。
2007年12月24日
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これは昨日の朝日新聞日曜版の切り抜きだ。ごらんになった方もあるかも知れない。私は、この記事を読んで見て、書いてあることが理解できなかった。2人の組の写真が複数あり、その中に右左を変えた物があって、その2枚について逆の選択をしたのではないかと考えられるが、それがこの文章からはすぐにはイメージが導入できないのだ。私たちが論文を書く場合、緒言でその実験を行った目的を述べ、実験方法を書き、その結果と考察を書いて締めくくる。ところが、この書き出しはそのどれにも当てはまらず、 解釈に苦しんだ。文章の導入部分は、その文章に読者を引きつけるため、結果を端的に書くことが多いと思うのだ。例えば「ある大学で奇妙な実験が行われた」これに続いて「どんな方法で」があり、結論があって、文章になる。特に学術論文は、結果としての事実と、推論は完全に分けなければ意味がない。この文の場合、全体はのせていないけれど、どんな実験をしたかがまるで書かれていない。文章を書いて飯を食う人が書いたにしては大外れだ。書き手の技量が落ちてはいないか?「他に解釈のしようがない」ような文章でなければ、プロとして失格だと思うし、「どう解釈したらいいのか分からない」のも同レベルだと思う。この意味では玉虫色が得意な「政治の話」はどれも失格だろうが。 作文力が劣ってきているのは子供だけではなさそうだ。コミュニケーション能力と言うべきかも知れない。軽いメールは楽しめても、重い話は敬遠と言うところか。
2007年12月24日
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ガキ大将の訃報が届けられた。もっともガキ大将と言っても50年ばかり前の話なのだが・・・ 普通、ガキ大将と言うといじめやら陰の面が浮かんでくることが多いと思うのが昨今の風潮のように思うが、この人は弱きを助け強きをくじくそれこそ怪傑黒頭巾(これもすぐに分かる人ってそれなり年配の方だろうが)のごとき存在であった。三角ベースの音頭取りでもあり、打つのが下手な子供には「振らなかったらストライクをとらない」特別ルールを適用したり、川にウナギを捕まえに行ったりとあらゆる遊びをやった人である。ガキ大将の名にふさわしい人だった。長じても村の盆踊りの復活、とんど焼きの復活に力を入れた。挨拶に行った祭壇にはその昔徒党を組んでいた悪ガキのお供えもあった。ここ1年ほどはガン治療の副作用で髪の毛はすべてなくなってしまっていたが、それでも外によくでていた。随分小さくなったなあ、が印象である。この年齢の人が最後を迎えるようになると、いよいよ自分もその生きに足を踏み入れてきたんだなあと思う。救いは、コーラスのおかげで彼のようなヘビースモーカーではないことだろうか。ご冥福を祈る。
2007年12月24日
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政治資金規正法が改正されたが、よほど政治家と言うのは懐具合を知られるのがいやなようだ。公金を使う「政党助成金が記録・公開の対象外(5万円以下)」全く人をバカにした話だ。事業の助成金を受けた際、「これは税金を使うんだから不正があっちゃ困ります」とがんじがらめの書類をそろえさせられた。それが政党助成だとなんでこんなに甘くなるのか。「どんどん使っちゃってください。細かいことは言いませんから」納税しているものには厳しく、税金を食って生活している輩には甘い。法の下の平等に反するではないか。自分たちでかき集めるのがどこからか、これだって明らかにしないでいいところが残っている。順序としては税金部分から明らかにして行くべきだと考える。もちろん、1円も漏らさず。税務署に申告に行って、1円違っていると、文句を言われるのをご存じか?1円の重みが分かっていないんじゃないか?そんな人に、自由だとか民主とかを言って欲しくないのだ。経費がかかる、手間がかかると言うなら政治家をやめればいい。そんな奴らに庶民感覚の政治はできないから。感覚のかけ離れた政治に、支持は集まらない。支持しているのは甘い汁を吸う虫たちだけだ。
2007年12月23日
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通勤途上でのFM放送で森口博子さんがゲストにでていた。「この年になって、結婚はともかく出産のこと、考えちゃいますよねえ」そうそう、と相づちを打っているのはパーソナリティーの女性。うーん、結婚に適齢期はない、と言うが、出産には適齢期はあるよなあ。何せ育児期間が長い。自立までに少なくとも15年はかかるのである。大学院まで行かせたらさらに10年だ。その間に発揮しないといけないエネルギーは、残念ながら50歳を超えたら確実に衰える。55才の今なら、仮に障害を持った子供(孫)を持つことになっても、まだなんとか手伝ってやれるだろうが、10年後となるとちょっと自信がない。親だって、あの爆発的なエネルギーが発揮できるのはまあ40代前半だろう。男親の私でさえそう思うのだから、実際に妊娠、出産をする女性の方はもっと深刻だろう。やっぱり20代で出産しておいた方がいいと思う。仮に25歳で出産したら30までは両腕に子供を抱えてと言うような体力もまだある。親の方もまだ50台だからなんとか1人くらいは振り回せるだろう。そのくらいのロードマップが引けない社会的状況なら、少子化対策なんて無力だ。出産時の費用なんてその後の教育費用に比べたら微々たるもの。微々で片づけようとしていたら、絶対解決しない。教育の高さが武器になるのじゃないか?世界平和のロードマップが描ける子供を作れば兵器は不要、二酸化炭素も減ろうと言うものだ。ヨーロッパの国境撤廃を見習うべきだ。アメリカは時代遅れ。
2007年12月23日
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ODAについてはこの間までその投資対効果の杜撰な管理がマスコミで取り上げられていたはずなのに、今朝の社説ではそのことには全く触れず、「金がないからと減らしていいものか」と述べている。防衛予算が減らされていないのに・・・これは私も同意するが、だからといってミャンマー政府のように民主勢力を抑圧するような国に援助を続けるのか?と疑問に思う。ODAがいったい何に使われているのか、めったに我々はその詳細を知ることができない。外務省の把握もあいまい。(防衛省のそれよりはマシか)必要と主張するのは勝手だが、これまでの杜撰な管理を押さえた上での発言であるべきだ。 「声」欄の若者たちの意見に、「思いやり予算をやめろ」と言うのがあった。頼もしい。防衛大臣が移設の費用が1戸当たり7000万は高すぎる、と批判したが、この感覚が欲しいのだ。アメリカの基地移転に日本の予算を使う必要がなぜあるかも説明は不十分。脱アメリカ、食糧自給、これなくして日本の再生はない。
2007年12月23日
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3日ほど前からどうも腹具合がおかしい。朝催してきてトイレに行くのはいいのだが、食事の後、会社についてすぐと10時過ぎ、昼食後すぐ、3時ごろ、6時ごろ、夕食後、寝る前、となるとちょっとおかしいと誰でも思うだろう。「インフルエンザじゃないの?」都費や糟谷からもいるのだが、熱もないし、ぼんやりともしない。高音はちゃんとG#まで出る。鼻水が若干あるのは季節柄しょうがないだろうし、1日1回くらいはくしゃみもする。風邪らしい症状が全くないのだ。水のような、となると油断できないが、それなりに固形物らしいものも出てくる。そう言えばこんな思いを大学の2年生でしたことがあった、と思い出し、当時お世話になった正露丸を買ってきた。昨日の夕食後から飲み始めたのだが、今日の午後くらいから効き目が現れ始めた。午後は2回ですみ、帰宅後もまだ0だ。一種の更年期障害だろうか?とも思うが、こんな状態になって助かるのが会社のトイレだ。去年改装があり、全室(というんだろうか、房と言う方が正しいかも知れない)ウォシュレットに変わり、便座もこの時期はヒーターが入っている。 お尻への刺激がとにかく紙の比較ではない。おかげで苦痛を感じずにトイレに行ける。正露丸はともかくあの匂いが強烈。ゲップに混じって臭気が上がってくる。フェノール独特の刺激臭だ。それでも1日服用すると効いてきたようだ。「クレオソート」という原料にこだわっている。能書きには「これは木から採った物で、
2007年12月22日
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ガソリン(高くなったよねえ)1円でも安くと、いつもならカードで2円引きで入れるところを3円引きクーポンで現金払い。「クリスマスキャンペーンなのでくじを引いてください」三角くじだ。手を突っ込んで拾い上げたら3つも出てきたので払い落とし、てに残ったやつをあけたらG賞とかいてある。「おめでとうございます!最高賞です」で、賞品は何かと言うと、洗車をする権利なんだそうだ。いちばん高いコースで洗います、と言うことらしい。こんなのであたるのは久しぶり。何となく帰ってきたが、洗っておいても良かったかな・・・しまった、今日は宝くじの最終日じゃないか!
2007年12月21日
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小学校の頃から何度「三権分立」を聞いたことだろう。薬害訴訟の調停にあって、町村官房長官は「司法の判断に沿って」をしきりにとなえ、三権分立も強調する。三権分立と言うと、お互いに牽制しあって法を守って行こうと言う建て前のはずだ。しかし、今まで、分立どころかなれ合いと独占が実情だったと思う。上級審ほど不思議な政府寄りの判決が出る。違憲立法審査権は機能していない。国民審査だって、裁判官の負の面は触れない。白票は賛成と見なす、と言うのも勝手な判断だ。国会議員ほど目の前に出ないのに、裁判官の審査をするにはデータがなさすぎるし、啓蒙もない。三権分立も独占すれば何でもありなのだ。それが今までのやり方だった。1標あたりの格差が「違憲」とされても投票をやり直すわけでもない。「混乱するから有効とし、次回に先送り」だ。それでお互いの利益を確保する。大臣よりも役人の担当任期の方が長い。盲判がいちばん楽。役人のやり放題。こんなやり方でずうっと来ているのだ。その濁りが溜まりに溜まって年金問題、防衛省の問題として吹き出している。ガラス張りにしないのが、今の自民不信の原因だ。ガラス張りならボーナスも国のふところ状態で勘案できる。懐関係なくボーナスでもあるまい。国は今ボーナスなんか出せる状態ではない。会社なら役員総入れ替えに決まってるよ。
2007年12月21日
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日本政府と言うのは本当にアメリカの方ばかり見ているんだなあと思う。全員救済にすると1800億円かかると言う。何を根拠の数字か分からないが、MDミサイルが1発15億円。迎撃システムは命中率も分からないのに何兆円かかるか分からない。防衛大臣は「人の命を救うのに高いとか安いとかは感情的になる」と言ったが、その言葉、政府にそのまま返したい。予告して打ち上げた標的なぞ、落とせて当たり前だろう。それを拍手するなど、何のざまか。そんな死に金を使う必要はない。迎撃ミサイル32発ですべてが撃ち落とせるものか。壮大な無駄遣いだ。しかも金のない時に。およそ民意の通りに国が動いたことがあるのだろうか。むちゃくちゃにして、誰も責任を取らない謎の構図だ。そればかりか、失政のために子供が育てられなくなると少子化対策などと新しい仕事をでっち上げる。誰だって平和な家庭を望んでいる。社会の構造がそれを許さず、若者は搾取され、ワーキングプアを生む。社会が階層化し、しかも固定される。トランプで「大貧民」と言うゲームがあるが、強いカードを取られ、弱いカードを押し付けられる。一旦大貧民になるとなかなか抜け出せない。世の中、そんなのがいいとはとても思えない。「チャンスを与える」とお偉方は言うが、そう簡単に金は出てこない。「公金を使うのだから当たり前」というが、一方では賄賂の受け取り放題である。こんなインターネットの時代、国民の直接参加の方が政治も効率的ではないか。議員の廃止でどれだけのお金が浮くことか。 デメリットはやはりセキュリティだろうな。UFO云々よりか、もっとすることがあるだろう。給油もやめたらいいのだ。金はないのだから、生かして使わないと。世界貢献云々よりも自国の国民に貢献してもらいたい。
2007年12月20日
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いつもなら練習日だが今日は忘年会。居酒屋に陣取って一年間の苦労と人の悪口?に花が咲き、最後は赤とんぼを歌って締めくくり。去年も同じところでやったのだが、「大きな古時計」は不完全燃焼。アルコールが入るとどうもところどころ記憶がない。今年は指揮者が楽譜を用意していた。ところが歌う方が眼鏡を持ってきていないと来たもんだ。やっぱり不完全だが、初めて聞く人にはうまく聞こえたらしく、拍手喝采。いや、ありがたいものです。「あんたら何のグループ?」「一応合唱団」「さすがやなあ」てなやり取りもあって、今年最後の行事が終わった。皆さん、ありがとうございました。そして来年もよろしく!
2007年12月19日
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阪上孝・後藤武 編著 中公新書1918 副題は計・測・量・謀・・・ となっている。まだ読みかけなのだが、度量衡と言うのを昔は自由に決めていたらしい。荘園の地主と小作の関係だから、例えば税金が「升一杯の小麦」と言う風に決めたら、その升がどんどんと大きくなるのだそうだ。搾取のし放題だが、これでは取引ができないと言うので有名な「メートル原器・キログラム原器」がフランスで作られ、日本にも条約に従い1つあるそうだ。ところがこれも恣意的に操作される恐れがあるので、例えば炭素原子何個分、とか言う「アボガドロ数」とか、プランク定数を引用した方法が検討されているらしい。長さは光が基準になっているので「不変のもの」を利用しているのに比べ、キログラムはかなり遅れているのだそうだ。これから面積の話とか、リモートセンシングの話になるらしいが、ここに書き直すにはやや難解。それにしても「はかる」と言う字にはたくさんの漢字が当てられる。計測となると科学の世界かと思うが、謀略になればどうももっとどろどろした世界だ。もっとガラス張りにすればいいと思うが、既得権者はこれに反対する。これも謀か。なかなか一筋縄では行かないようだ。
2007年12月19日
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もう10年近く前になるかと思うが、中近老眼鏡を作ったのがだんだん度が合わなくなり、この間レンズを遠近に交換してもらった。フレームはしっかりしているので、レンズのみの交換をしたのだが、なかなか慣れない。遠近両用と言うから、レンズの厚みが上ほど薄く、下ほど厚い、度が下ほど強くなっているのだ。 これはまあ当然のことだと思うが、レンズの下の端を使って至近のものを見るわけだ。ところがこの範囲が実に狭い。本を読む時、普通は眼球のみを動かし、顔は動かさない。しかしこのメガネで読もうと思ったら顔を常に動かさないといけないわけだ。横書きの文章ならまあそれでいいのだが、縦書きの文庫本や新書となるとほとんど頭をこっくんこっくんしていないと読めないことになる。たまらず100円メガネの登場。この方がよほど自然に読める。生まれ育った通り、眼球運動だけで大丈夫だ。で、この買い物は失敗したかのように書いているが、実はこの年になって遠視を指摘されている。確かに、度が弱くて合わなくなった眼鏡をかけた方が、ステージがきれいに見えるのだ。それは今回の変更で見事解決された。自動車を運転する時は遠くがしっかり見えるし、この間まで読めなかった距離計も自然に読める。 これなら中遠用と言うようなものを求めるべきだった。近くは別に用意する。どうもこれがいちばん無難のようだ。メガネ屋に言わせると100円メガネはメガネじゃない、変えって目を悪くするらしい。なので、朝の新聞30分、電車で座れた時に15分ずつだけを100円で対応。仕事、家庭のパソコンはもっと高いのを使っているが、実はあんまり違いが分からない。
2007年12月18日
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内閣の支持率を不支持が上回ったと言うニュース。当然である。おおかたの人間にとって、アメリカにしっぽっを振り、給油する法案と、我が身の年金を調査することとどちらが切実か。アメリカには伝家の宝刀を抜いてでも媚びるが、その税金のスポンサーである国民の生活には「まあ、いいじゃないの」では支持も集まるまい。この点、お隣の韓国の方がよほど敏感である。韓国の詳細は知らないが、格差の増大によりその解決を訴える候補が支持を集めているではないか。どうも「改革を止めるな」と言う声は現与党が訴えるもののようで、ただ「現状がいい」と言うことでしかないと思う。小泉改革は平民には何ももたらさなかったし、福田内閣も「出る杭」にはなりたくないようである。それにしてもなぜ今どきUFOの話?とも思うが。空を飛ぶ厄介なもの、ミサイル。日本のイージス艦から打ち上げたミサイルが迎撃に成功したと言うニュースも何か空々しい。大気圏外で撃ち落とすと言う想定だが、核弾頭をそんな高さで爆破させて本当に人に影響がないのだろうか?「アメリカ以外で初めて成功」と言う文言もあらかじめ発射の方向や地点が連絡されていたのではないか。・・・政府発表は信用がならない。これからミサイル防衛システムに巨額の金が投じられる。これに山田洋行がかかわっていたかどうかは知らないが、アメリカの言い値で買わされているのだろう。そんな形での国際貢献よりは自衛隊を「国際救助隊」化する方がよほど筋が通っていると思う。地震、山火事、洪水のような災害はどこででも起きるが、戦争は人間のいないところでは起きない。すべて人間のなせる業だ。福田内閣は「カオナシ」カオナシでも感謝の心はあったようだが・・・もう自民党内閣はまっぴら。
2007年12月18日
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私は毎朝、だいたい岡山から山陽線を経由してやってくる115系の4両の電車を利用している。今朝は乗って驚いた。学生とおぼしき女の子が4人、なんとそれぞれ自分の荷物を座席において岡山弁でしゃべりあっている。4人で8人分を利用しているのだ。さすがに込んできて悪いと思ったのか、2人は自分の荷物を網棚にあげたが、「私、足が太いけん、ここには誰も座らんじゃろ」などと言っている。最後まで荷物をどけない子もいた。ルイ・ビトンのかばんをみんなが持っている。親は大変だが、こんな姿を見たらかばんが泣くよ、と思う。終点の姫路です、と言うアナウンスが流れた途端、彼女たちは騒ぎ出した。「え、終点?乗り換えんといかんの?どのホームじゃろ」「大阪行きはなんぼでもでよるわ」おおかたUSJにでも行くのだろうが、なんとまあ計画もなしに行くのだろうか。前途多難?他人の子のことだが、周りが難儀をしそうな一団だった。田舎の神経で都会に行くから成立する商売もあるのだが、どうもそれ以前の問題のようだ。
2007年12月17日
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海沼実著・ノースランド出版図書館で一気に読んでしまい、ついでに借りて帰ってきた。著者は「お猿のかごや」「みかんの花咲く丘」の作曲、海沼實氏のお孫さんである。 何より字が大きくて、実に読みやすい。明治の学制は読み書き算盤から始まったが、このような実利的なものに対して体育とか音学はそれがどんなものかの解釈から入ったそうだ。だから学校教育への組み込みも遅れたそうだが、運動会や学芸会だけが特別に残っているのはちょっと面白い。60曲が解説入りで掲載されているが、歌詞のみで譜面はない。すべてオリジナルで、「春の小川」とか「われは海の子」がフルコーラスで載っているのも興味深い。この中からみんなで歌う曲を選ぼうかと借りてきた。「実は長い唱歌」みたいに紹介したら、年配の方には受けるかも知れない。唱歌と童謡もきちんと説明してあるし、歌う時の心構えのようなことにまでも記述がある。副題は「あなたの心に栄養を与えます」聞かせるのは10歳ぐらいまでらしい。60曲のうち、歌えないのが2曲あった。
2007年12月16日
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100マスの紙を初めて見た。テレビで紹介されていたものだ。エクセルの表で言えばアルファベット方向に10,数字方向に10個の数字が一行だけ埋めてあり、それぞれを乗算すると言うものだった。要はかけ算の九九がある程度ランダムにできると言うものだが、(多分これだけではないと思うが)これでは飽きてしまうのも早いかな、と思った。たし算、引き算は小学校低学年で行うが、繰り上がり、繰り下がりでたくさんの宿題をもらって帰った時、私はある発見をした。9を引く時は引かれる数に1を足し、8の時は2を足す、7のときは3だ・・・と言うことだった。もちろん上位の桁を1減らすことは当然だが。このことに気付くと、計算はがぜん速くなった。引き算がたし算に変えられ、難しいものではなくなった。そのうち、今度は足して5になるのが9と6,7と8・・と言う具合に組み合わせまで覚えてしまった。だから計算は誰よりも速くなった。法則性を見つけるならばこの種のゲームは脳トレにもなるかも知れないし、楽しい。でも、このことを話して理解してくれる子は少なかった。後に、コンピュータの勉強をした時に、「減算は補数を足して上位桁を1減らす」と2進数で行われることを知り、まさに自分はこれをやっていたのだとわれながら感心したものだった。もう一つ、当時から酒屋をやっていて、ビールが120円だった。 当時は箱買いは珍しく、二本、三本と求められていた。必然的に12の段の計算をしなければならなくなったのでこれも覚えてしまった。法則性があると、脳トレは楽しい。が、どうも子供のDSで遊ぶ限り、要求されるのは動体視力と反射神経だけのようだ。だから慣れるに従って成績は上がる。これを目的としたものならまあいいかとも思うが、創造性を育てるものではないように思う。
2007年12月16日
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スタータが回らない!それも病院の地下駐車場のエレベータから出る場面でエンジンがかからない。警備員のおじさんが3人ばかりやってきて地上で押し出し、軽トラックからケーブルをつないで回してくれた。軽トラックと言うのは大概バッテリはむき出しなのでこういう時は手軽でいい。2ヶ月ばかり前にも同じ症状が出た。ガソリンが高いので、車を控える。昨日は全く乗っていなかったので充電できなかったのだろう。3年ほど前に交換したからもうバッテリの寿命にちがいない。ともかくエンジンがかかったので近所のホームセンターでバッテリを交換。工具は貸してくれた。メガネレンチ1丁だが、これがなくてはどうにもならない。うそのようにスタータが回る。 やれやれと、再び病院へ。さっきはすみませんでした、と礼を言うと、この時期、何人かはこんな人があるんですよ、と言うことだった。実際には地の言葉で「すんまへなんだ」と言ったのだが、考えてみるとこの言葉、どこから来たのだろう。「すんまへん」は謝意にも、謝罪にも使うが過去形の「なんだ」は何だ?関西特有の表現なのだろうか。 またしばらくはポンコツ車に乗れそうだ。 10万km目前、13年目。
2007年12月15日
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朝の冷たい風を切って走る自転車は夏は気持ち良いが、この時期はかなり厳しいものがある。目からは涙、鼻からは鼻水、そして口の中は相当に冷たくなる。首や手はマフラーや手袋で守れるが、顔は鉄仮面のようには行かない。マスクを買ってきた。今流行のカラス天狗型だ。はじめは何となく「こんなもんでウイルス通さないとか宣伝するよなあ」と思うほど楽に呼吸できていたのが、1kmも走ると空気がだんだん通らなくなってきた。呼気の水分が凝結して目が詰まっていくのだ。感心するような、ただ寒いだけかもしれないが・・・でも、昨日までよりははるかにのどが楽。風邪を引いているわけではないが、これなら乗り切れそうだと思った。注意書きに「毎日取り替えてください」うん、このくらい水分を持って、皮膚の垢やらついたら雑菌の巣窟になるのは目に見えている。そんなものだろう。・・・がしかし、スチームアイロンで蒸気滅菌だってあるよなあ、とまたへそ曲がりなことを考えている。今日は忘年会だが、夜は寒そうだ。
2007年12月14日
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gooだったかのページにこんなタイトルがでていたので覗いてみた。不毛と言えば不毛な論戦でもあるのだが・・・マックユーザはwinを見下している、と言う意見。うん。そうかも知れない。何たってインターフェースはパクリだもの。80出身でレジスタ関係のアーキテクチュアがきらい。うん、私も80系は好きじゃない。で、帰ってきてから複合機のインストールを借り物のXPにやってみた。マックよりも手がかかる。おまけに働かないのだが、なぜ、どうだめなのか「スキャンできませんでした」のメッセージだけ。マックの方がまだマシだ。「デバイスが接続されていません」とか、もう少し具体的に返事してくれる。昔のBASICマシンだと SNerror だけだったからそれにくらべりゃあましというものだが、不親切だ。ネットと通信だけならwinのほうが便利だろうが、楽譜のスキャンはしたくない。
2007年12月13日
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女房の仕事だ。イチヂクは夏からとれるのだが、秋も深まってくるとついに完熟しない実がでてくる。特に今年は急激に寒くなったので多かった。でも、そのまま腐らせてしまうのももったいない、と言うので砂糖を入れてジャムにした。色を見ると、イチゴジャムそっくりだ。皮は少し堅いのでむいて、砂糖をたっぷりかけて電子レンジへ。しばらくしてでき上がった。覚ましてかっら食べてみると、独特のえぐ味が少しあるが、なかなかおいしい。うちでは木で熟させるので生でもほとんどジャム状態なのだが、これなら出来損ないも食べることができる。こればかりは木がないと味わえない味覚だ。
2007年12月13日
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年末が近づくと、集まりが悪くなる。忘年会、クリスマスのための聖歌隊などで今日はベースが全滅。ソプラノも風邪引きで、これでは練習にならない。と言うことで、組曲のCDを聴きながら「少し歌ってみましょうか」と指揮者。「風が」今まで、CDのあるような曲はやったことがないので、ちょっと不安ながら、各パートで歌えるようにしてありますから、と音取りを始めた。過去にやった経験者もいるので、なんとかコーラスらしく聞こえる。春、夏、秋、と行ったところで時間切れになったが、「意外と歌えるじゃん」と言う気にはなってもらったようだ。1年先のコンサートではあるが、「やれそう」という気にまずはなってもらわないと。それに、本番までにすべての曲を1度はステージにのせておくことを確認した。来年は兵庫県合唱祭に始まり、播州合唱祭が直前のステージになる。 どこでどんな失敗をしても、本番にはなんとか実りのあるものにしたい。で、来週は団の忘年会。これが一番の楽しみだ。皆様、今年もよく頑張っていただきましてありがとうございました。
2007年12月12日
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昨日厚労省が「因果関係なし」と発表したばかりの絶妙のタイミングで脳への薬剤のトレースをネズミで行ったと放医研が発表した。今後の成り行きが注目される。厚労省の発表はいつも信用できない。企業では「法遵守」が鉄則だからとりあえず従っておけばいい(金の流れもあるのだろうが)が、わかっていないものはわかっていない。都合の悪いデータを省いた可能性もある。おそらく薬剤のどこかにマーカーを付けてトレースするのだろうが、放射線医学ならではの手法だろう。できるだけ早く結果を出してもらいたいものだ。
2007年12月12日
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ねえねえ、と女子の主任研究員がやって来る。MSDSという、化学薬品についての注意書き(要するに化学合成をしている会社は、その一つ一つの原料や構成成分について危険性や取り扱いの仕方を明示する文章を付けなければならないわけだ)話を私の隣にいるマネージャに聞きに来るわけだ。ところが、話の中で「エキヨウか、ナンヨウか」と言う言葉が出てくる。「それはイヨウじゃないの?」と口を挟んでしまった。彼女は豆鉄砲を食らった鳩みたいな顔で「エキヨウじゃないの?」物が溶けにくいとか溶けやすいで難溶、易溶でしょ?「そうよ」「難易度」ってあるでしょ、あの通りですよ。ここまで話すと納得してくれたが、ばりばりの大卒でちょいキャリアだ。「化学の知識と国語力は違うんだ」と思い知った。試しにワープロで入れてみると、両方とも出てこない。そう言えば、「可溶・不溶」と言う言葉もあるが、この言葉とどう違うのか、明確な答えは聞けなかった。難溶は溶けにくい、易溶は簡単に溶ける、可溶は「溶ける」で不溶は溶けないだろう。化学大辞典を調べても、この4つの言葉の使い分けはあまりよく分からない。「きわめて難溶」などと書いてあったら「ほんの少しなら溶けるのか」とも思う。彼女には2人の男の子がいるそうだが、くれぐれも正確な読みをしてあげて欲しい。大人がきちんと覚えてなかったら子供には正しく伝わらない。 この頃、世代間の会話、語彙が通じないことがあるのはそのあたりが不徹底、いや親の世代が不勉強だからだろうか。
2007年12月11日
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JAS法違反にはうんざりしているが、これは悪質だ。JASがこんなに話題になったことは初めてだろう。「日本農林規格」一定の条件を満たす食品や林産加工品に付けられるマークだ。一応農林水産省のお墨付きみたいなものだ。商品の認証と、工場の認定が段階を踏んで行われる。認証であれば、シールを商品に貼らないといけないが、工場認定になると包装に印刷することができる。そのかわり、サンプル品を認定協会に送らなければならない。ここでも癒着の構造はあるかも知れないが。それを、認定を受けた品物に規格の違うものを混ぜて売るとは、まさに羊頭狗肉の行為に等しい。商人道も地に落ちたものだ。商品として売る以上、それなりの責任があるのに、全くそれを無視していた。が、どうも食肉の業者はその辺の認識が甘いと聞いたこともある。安く買って高く売れればいい、もともと食肉は加工品でないので規格などない。100gいくらで、はしたがでたら計算で合わせるのが商法だ。その世界に、一袋あたりの重量を管理するとか、品質を云々と言うのはなかなか意識改革のいることである。多分肉屋の感覚から抜けられないまま製造業に入ってしまったのだろう。世の中の食べ物に無関心であったことの裏返しとも取れる。BSEも結局はっきりしないまま輸入が再開した。日本国内もこのざま。今、最高の贅沢とは自分で育てたものだけを食すると言うことかも知れない。ミシュランの三つ星とは違う次元で。それは絶対的安心。
2007年12月10日
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ちょっと寒かったが、夕方漬け込むことにした。1年に2度しかやらない沢庵の漬け込みだ。今回のはお正月あたりを狙って付ける、水分の多い新漬けと呼んでいるやつだ。食塩が低いので長持ちはしないし、いくらか生っぽい。寒い時だからこそできる漬け物だ。大根を軽く干して、10本に対して塩300g,糠600gだそうだ。渋柿の皮を干したのやら、昆布やらを放り込んだが、ついでにユズがたくさんなっているので霜焼けして黒くなったやつも放り込んでみた。香りはいいが、見かけが悪い。正月が楽しみだ。今年はまじめにユズを摘果しなかったので、なりすぎて粒も小さい。ユズ湯くらいなら使えます。ご希望の方があれば差し上げます。送料はご負担いただきたいですが。メッセージを入れていただければ結構です。
2007年12月09日
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中教審はまことに時代遅れと思うことが端々に出てくる。「ゆとり教育がダメだったから多少詰め込んでもいい、暗唱も」などと支離滅裂。ここまで言うなら、「物事を深く考えない、従順な人づくりを目的とする」と明言する方が遥かにわかりやすい。文章は簡潔を基本とし、誤解を招くような表現をしてはならない。これはビジネスの初歩の初歩だ。科学的でない思考は、風評を拡げ、デマゴギーに陥りやすい。それで大成功を収めたのが衆院選だった。「郵政民営化」がどれほどのものだったか。最近、満期になった簡易保険を取りにこいと言う案内状など、噴飯物であった。いわく、「契約時の性別が判断できる書類」「運転免許証は性別が書いてないからだめ」「5年以上前に発行された証明書類」を持って来いと言うのである。性別が確認したけりゃあトイレにでも行けばいいだろうし、約款に「性転換しないこと」などあっただろうか。それだったら裸になったろか、と冗談に言ったほどである。民営化の前はそれこそ家まで現金を持ってきてくれ、にも応じていた。それだけに人を雇うのはムダと言うものだが、地域の人と顔なじみと言うのは何よりの強みだったはず。国の赤字は、何よりも官主導で 消費が進み、議員がそれに無条件に近い状態でハンコを捺す、と言う構造の結果であると私は考える。だからそういう構造に組み込まれていない議員を通すのがよいと思っている。それが防衛問題で見事に明るみに出た。事務次官が大臣にたてついたと言うのは癒着構造から来たものだと考える。非科学的思考は風評に流される。イランの核武装という風評で小泉が踊ったのがその典型だ。 それだけでいくらの無駄遣いをさせられたことだろう。そのために彼が減俸になったと言う話も、返上したと言う話も聞かない。ツケだけはきっちり回されるのである。そして渡部担当大臣による特殊法人の改廃問題。同じ穴のムジナである自民党の大臣に改廃などできるわけがない。役人はきっちりたてついている。悪いが渡部氏が自分の政治生命を懸けて本気でやっているとはとても思えない。その構造を壊すことは、即自分の首を絞めることになる。実際に絞めたのは故松岡農水相だが、そんなものと考えるのが科学的思考だろう。そうやって突き詰めて行くことが科学であるとしたら、今までの国民教育は実にうまくやってきたわけだ。中教審はその先頭を切ってきた。委員の面々を見れば、後30年もすれば生存が危ういような年の人が大半。日本がどうなろうと、自分が生きている間、安定して生活ができればいいのだ。そういうのも事務官の選んだ結果だろう。本当に日本の将来を憂えるなら現役のばりばりを持ってくるべきだ。彼らなりの安定は、今の委員ではできないことが分かっているはずだから。
2007年12月09日
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駅から会社までの徒歩通勤。駅から数百m歩いたところで、初老の男に「すみません、ちょっとお尋ねしてもいいですか」と声をかけられた。道でも聞かれるのかと思い「何でしょうか」と問い返した。「会社が倒産してホームレスになってしまった。大津(大津市ではない、ここから10kmばかりのところだ)にいる姉を頼って歩いて行こうとしたが、夕べから何も食べてなくて、もう限界だ。バス代を貸してくれないか」 私は答えた。「すまんが、私は今電車を降りて財布をすられたのに気付いて、鉄道警察に行ってきたところだ。私も一文無しだ」 とっさにうそをついて退散したが、彼はこう言った。「それはまあ気の毒に、失礼した」どっちが詐欺的か?ちょっと考えてしまった。
2007年12月08日
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openofficeというMS-office互換のソフトがあるときいて、預かり物だがwinのマシンを拝借して使ってみた。ダウンロードにえらく時間がかかった。120MBある。解凍したら300MBにもなった。動きは予想通り、かなりもっさりして、遅いマシンではちょっともどかしいが、立ち上がってしまえば同じように扱える。MS-officeでは、PowerPointでなぜかマック版とwin版で文字の表示が微妙に違うのが難点だ。ところが、これは難なくマックのデータを読んでくれた。これならフォントの調整の必要もない。ただ、画像がjpegはきちんと表示できるのにtiffは全くダメだ。真っ黒な貼り込みだけで、「ここに何かあるよ」状態だ。まだちゃんと使っていないが、データベースやドローも入っていて、一昔前にこれだけそろえたら20万円ぐらいはかかっただろうと思う。これがフリーなんだからちょっと驚いた。でもまあ、付属ファイルの多いこと。動きがもっさりするのも無理はない。ちなみに本家officeの大きさは50MBほど。軽いはずだ。でも、もう扱っていないと思うが、claris社のインパクトやワークスはこれよりもまだ軽かった。それで大概のことができたんだから、たいしたもの。今も隣のマックで、いつでも稼働状態だ。たぶん壊れるまで使い続けることだろう。
2007年12月08日
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岡山から山陽本線を走ってくる115系電車と言うのは、本当に歴史を感じると言うのか、平たく言えばボロである。チョコレート色の客車に比べれば新しいのだろうが、ともかくすきま風が多く、窓側に座ると実に寒い。冬場にはドアが押しボタン式になって、「暖房を逃がさないようにご協力を」とアナウンスしているが、それよりももう少し通風を悪くした方がいいと思う。神戸電車区の、赤穂線に入る電車は223系と言う関西では新快速に使われる新鋭車なのだが、こっちは乗り心地も、気密もいい。それはさておき、この115系電車には奇妙な人が乗っている。たいして込んでもいない乗降口なのに、わざわざ遠いところから乗り、とことこと車内を歩いて目的の降り口まで来るのだ。車内でネクタイを締め直したり、何だか訳の分からない人だ。普通は降り口に近いところから乗る人が多いと思うのだが。もう一人は、終点で折り返しになるのだが、ここでせっせと座席の方向を転換しておりる人。自分は乗らないからいいだろうにと思うが、車両の半分ほどを処理してから人込みの中に消える。元JRマンだろうか?奇人、変人と言うのがあったが、それを思わせる人たちだ。
2007年12月07日
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昨日の練習に組曲の楽譜が届いた。カワイのデザインが白っぽく変わっていた。「こんな曲です」とCDを流し始めたら、みんな初めての曲なのに一生懸命自分のパートを歌ってる。休憩そっちのけだ。こんな静かな休憩は久しぶり。模範演奏があるとこんなに違うんだ。ともかく必死で音と譜面を追っている。やる気になったらこんなものなんだなあと、みんなを見直した。来年の合唱祭は兵庫県も播州も組曲一色になりそうだ。自主コンサートまでに一度はステージにかけておきたい。と・・・ソプラノのIさんが差し入れの鯛焼きの頭を加えたまま、譜面を読んでいる。まるで「お魚くわえたドラミちゃん」みんなの爆笑を買った。こんな雰囲気で一年練習したいものだ。
2007年12月06日
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ランクが低いと評され、文科大臣が(これがまた兵庫選出で)「中教審に考えてもらわないと」と言うようなことを言っている。そもそも、その発想がおかしい。こと教育については自民党に全幅の責任がある。それが間違った方向に来ている、と言うことは存在そのものが無意味か、根本的に考え方を変えねばならないと言うことだろう。だいたい、イラク特措法の給油問題だ。これからして、全く科学的根拠に欠ける。「世界から感謝されている」当たり前だ、無料で給油をしてもらって怒るやつはいないだろう。それにいくらかかり、どこにどう有効に使われているのか、それが科学的根拠なのだ。それなしに成立だけを急ぐのは、非科学そのものであって、「答えだけ出ればいい」と考える小中学生を笑うことはできまい。政治資金規制、天下り、贈収賄、松本清張が「点と線」を著した時代から、根本的に構造は変わっていないのだ。言うなれば自民党政治が非科学そのものなのである。「理屈通りには行かない」のが政治の世界だと誰もが言う。しかし、あるべき姿は「理屈通りに進む」政治だろう。それが科学だ。まさに社会科学なのだ。 ところで、大阪府知事の候補になんでタレントやニュースキャスターの名前ばかりが出てくるんだ? 「とにかく知事をとればいい」ではなかろう。地方では大連立を検討する、と言うこの身勝手さ!まずはその背景を科学的に、納得のいくよう説明してもらいたいもんだ。
2007年12月05日
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ノック以来、大阪府知事選はなんとも話題に事欠かない。現職が前回の推薦団体からそっぽを向かれると言うのもどうかと思うが、それだけの不透明な金を扱ってしまったのだから仕方のないところだろう。岡山県副知事の経歴があったと思うが、大阪府民は中央から来たやつなんか、地方自治には役にも立たん、と言うことを思い知ったのではないか。関空の2期工事、シャープ堺工場の誘致、金は使ったが回収のメドは立たず、ますます赤字が膨らんだのではないか。自民候補は必ず「中央とのパイプ」を話にだすが、かつての高度成長の時代はそれで良かったかも知れない。しかし、いま中央が進んでいる方向は自主独立ではない。資本主義のアメリカに搾取される立場、いわば下請けの論理で動いている。赤字を解消しようと思ったら、下請けをやめることだ。米軍が日本を守るわけがない。丸腰では北朝鮮が攻めてきたらどうする、と言うのが軍備増強の根拠だが、どんな軍備を持ったって、やられるところはやられる。仲良くするのがお互いのため、と言う説得の方が遥かに安くつくはずだ。一筋縄では行かない国だが、喧嘩をすることは確実に犠牲を産む。大阪府民も、政府の下請けを主張する輩は通さないことだ。
2007年12月04日
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昔から思うのだが、家にパソコンがあるとサービス残業が増えるような気がして仕方がない。いっそなけりゃあしなくて済むのに・・・と。家のパソコンがWinでなくてさいわいだ。 それでもやっちまうからなあ・・・追い込みがかかるとしようがないし。今日は冷えそうです。明日の朝はどうかしら?
2007年12月03日
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兵庫県の主催で行われる年1回の合唱の祭典である。他の地区でも行われているそうだ。西はりま、中はりま、北はりまとあって、それぞれの県民局が主催する。南は瀬戸内海なのでない。東がないのはなぜだろう?ひょっとしたらあるのかな?今日の出色の出来は相生市の代表できた中学生のグループだった。指揮者なしの10人での混声3部。先生が厳しいせいか(こう言ったら「そんなことありませんよ!」と言い返されてしまった。この先生は私の高校の同級生の妹さんだ・・・関係ない)見事なクリスマスキャロルだった。ドア係りだったので寒いこと。これで今年のイベントはすべて終わり、あとは忘年会だけだ。
2007年12月02日
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「いちばんはじめは一宮、二は日光の東照宮・・・」と言う数え歌がある。いま合唱団で練習を始めているのだが、幼稚園教諭OB(我が恩師でもある)副団長は「懐かしい歌やわあ」と喜んでいるのだが、私はこの歌を教わった記憶がない。私よりも3つ下のソプラノのIさんのお母さんはちゃんと歌えるそうだ。と言うことは、私の年代にはもう口伝がなかったということだったのか。こんな歌を考えてみると、私たちの世代が子供のころ、どこの家にもおばあさんがいて、子どもと遊んでくれたものだ。近所の子どもも来て、さながら学童保育のような風景だったと思う。そんな中で子ども同士でのコミュニケーションやしつけも身に付いて行ったように思う。石けりやチャンバラなど実に素朴としか言いようがない遊びしかないが、例えばゴム飛びであれば小さい子にはそれなりに飛べるだけの高さにしてやったり、下手なものには特別甘いルールを適用したりしていた。いま、子殺しや親殺しなどの話題は3日もすれば忘れるような状況だ。年寄りの教育力のようなものが(実際には鬱陶しいのも現実だが)当時は働いていたのではないのかなと思う。私の祖母は厳しい人だったが、母方の祖母は実に孫には甘かった。娘である母には結構つらく当たったらしい。私が生まれて里帰りしている間も、おしめの洗濯は自分でやれと言っていたと何度かきかされた。いま、若い夫婦はほとんど共働き。中小企業であるいまの職場の若いのはみんなそうだ。そうでないとやって行けないのだろう。給与は伸び悩み、コストは上がる一方。家を建てて、専業主婦では相当親の援助がないと不可能だろうし、保育料だってバカにならない。そればかりか入園さえも困難だと言う。高齢者の見直しが急がれるべきではないか。将来どんな孫がやってくるのか分からないが、家を挙げ、地域を挙げて育てて行くようにならないと。そういえば、私が中学生くらいの時、母は共働きの隣に産まれた赤ちゃんを「ちょっと貸して」とカイロ代わりにおんぶして出かけていた。ねんねこを着て、となりの赤ん坊をおんぶして買い物に出かける。その間奥さんは家事に専念できたことだろう。母は背中をおしっこで濡らされたかも知れないが。残念ながら私は祖母や母に歌を教わった記憶はない。ただ、父に軍歌はよく聴かされた。
2007年12月01日
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