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ルシファーのグローバリスト、アーリマンのナショナリスト都市伝説のトンデモな話と思えるかもしれないが、以前紹介した動画では、以下の動画サイトでもわかるように、日本の特に政治家が低レベルで、モラル違反ばかりするので、地獄に堕ちる霊魂ばかりが増えてしまい、地球人全体のレベルが、中の下から、下の下に降下してしまい、永遠に地獄から抜け出せなくなってしまうのを、このままではいけないと心配して、高次の宇宙人がチャネラーを通じてアドバイスを送っているのを何度となく紹介してきた。地球が特に日本が学級崩壊に向かっている事実崩壊寸前!ニッポン雑学ch- YouTube世界の流れ(グローバリズムVSナショナリズム)が3分でわかる動画【まとめ】小泉純一郎が郵政民営化の裏で進めた“グローバル資本”の思惑とは?...知らないと損する政治雑学- YouTube精神の健康に目覚めよ!地球人のサイトYouTube健康セミナー - YouTube以上のサイトは、地球紀のポストアトランティス時代のゲルマン文化期からスラブ文化期の移行、更にアメリカ文化期へと進む時代におかれた現代人の精神的進化の課題を読み取るのに、そして、どのような知性や叡智を獲得すべきかの目安を与えてくれる。人智学的にいうなら、ルシファーの偽ユダヤ勢力を中心としたグローバリズムがあり、最近陰謀論で明らかになってきたのが、恐らく黒魔術師アレスタークロウリーにより組織化されたドロイド教を唯物論化したルシファー崇拝権威主義の秘密結社で、イルミナティもその外郭をなすようである。そのルシファーに対抗して、ナショナリズムにより地球人を分割統治しようとする偽ユダヤに対抗する白人主義のアーリマン崇拝物質科学主義が台頭し、ルシファーから権威を奪い、ノストラダムスの予言詩のように、地上を首尾よく統治しようとするトランプのような人物が現れてきた。歴史が繰り返されるのは、同じような似た役割と立場を担う、悪魔たちに唆されてその奴隷となる地球人が現れるからである。それはヒトラーをプーチンに、スターリンを習近平に、チャーチルをネタニヤフに、ウッドローウイルソン=マンデルハウス大佐をトランプに置き換えてみれば、わかるはずである。金持ちが天国に行くには、ロープを針の穴に通すほうが遥かに簡単さて、現代人は、物証により科学的に証明されていない地獄がある、とは思いもよらないだろうが、だから、平気でウソをついたり、他者を騙したり、盗んだり、殺したりの十戒のモラルを無視して生きているが、特にこの国の政治家などがその典型だが、例えば、怖い夢をみて起きたときは、助かったという気持ちがするが、実はそれが地獄に行っていた証拠なのである。怖い夢をみる理由を、現代人は、例えば、以下のサイトのように解釈しているが、その状態をつくって、自分の本来自由な霊魂を拘束しているのが、神智学でいう、ネガティヴな思考形態で、想念なのである。自分で自分の手足を縛り拘束するようなもので、金縛りの状態のことでもある。自分の恐怖心で、肉体が動かないのである。恐怖心が悪魔の形で現れるわけで、この霊魂の状態が、俗に、悪魔に魂を売ることなのである。なぜ怖い夢を見る?悪夢の原因と心・体からのサイン | メンクリ|心療内科・精神科のオンライン診療サービスつまり、単純にいえば、日常の生活において、十戒を無視することで、そのようなネガティヴの想念を自分の霊魂に植え付けているわけである。神智学的にいえば、ネガティヴの種を、自分の肉体という土に、撒いている、のである。そして、そのような種が肉体で育つと、細菌やウイルスがその土壌を好んで棲みついて、なんらかの炎症性の病気になり、それが続いて習慣化すると慢性化し、肉体のモラルを超えて、しいては腫瘍化していくわけなのである。肉体のなかには、太陽神経叢と呼ばれる、横隔膜の下の丹田辺りに、霊光を発する神経系に光を灯す火の太陽があり、これが、以前紹介したチャネラーの動画で、中村天風の霊体が説いていたワンドロップで、霊的太陽とつながっている波動を感知するチャンネルで、聖書で記述される「人の太陽」のことである。太陽神経叢とマッサージ|横浜でのリラクゼーションならヴィラだから、怖い夢をみている間に、潜在意識のなかで、この人の太陽の、良心が働いて、真面目に生きようと反省するわけで、反省の活力から、同じ過ちをしないように、起きたときに、訂正できる機会が与えられて、助かった、と思えるわけでもある。同じ過ちを繰り返さないように、あの世で地獄に行くわけでもある。しかし、例えば、自殺で死んでしまうと、怖い夢から抜け出せなくなるから、永遠に地獄に行くことになる。例えば、ルシファー崇拝教団の連中は、日本人は無宗教なのに、季節ごとに祭りをしたり、元旦には神社や寺をお参りしたりと、年がら年中、四六時中、神を信仰しているのはなぜなのか、脳で理解できないでいるが、それは、ルシファー崇拝に陥っている連中は、起きているときの、物質界を焦点とした脳の覚醒意識でしか、十戒の意味を知らず、聖書の意味を誤解し、夢のなかでの潜在意識の働きを知らないからである。そして、一番の問題は、聖書をアカシックレコードから読み解いて、キリストが何たるかを知らないからである。聖書は霊能者でないとその意味がわからないように書かれている、のにほとんどの地球人が気づいていないばかりか、既存の悪魔崇拝の宗教により、目隠しをされている。だからせっせと、この世だけでしか通用しない物質界の法則に従い、一生を金儲けや権力での支配、承認欲や名誉欲や功名心など悪魔の誘惑に負けて、十戒を無視し、謙虚さや真心を忘れて生きているのである。現代人は、犯罪しても見つからなければいいと思い込んでいるが、天知る、地知る、我知る、人知るで、最近わかったことだが、植物がインターネットのネットワークのような情報伝達をしていて、例えば、植物に危害を加えた人間の情報が、地球全体に伝えられているらしい。そもそも。薬草が人体を治癒できるのは、人間の情報が植物に記録されているからである。つまり、宇宙全体がネットワークでつながっているから、その情報がクラウドとして記録されているのが、アカシックレコードなのである。このネットワークを人智学ではエーテルと呼んでいる。だから、金持ちや犯罪者は、キリストが何といったか思いだすべきである。金持ちが天国に行くには、ロープを針の穴に通すほうが簡単だよ、と言ったわけで、金儲けばかりして、十戒を守らないと、ネガティヴな想念で、自分を闇に追い込んで、ついには、彷徨えるユダヤ人のように、キリストが近くに来たのに、気づかずに、ユダヤ人の先祖のように、キリストを迫害し、追い出してしまい、自分が永遠に暗闇の地獄を彷徨い、霊魂のゲヘナに堕ちてしまい、そして、ついには最後の審判で、悪に選別されて、アスラという悪魔に成り下がる、というわけなんである。救世主キリストの意味聖書をアカシックレコードリーディングにより読み解いた神智学によれば、キリストとは、仏陀と同じ意味で、救いの、慈悲の意識のことを指すと言う。だから、物質界での、フェルミ粒子の一つの量子状態のように、1人とは限らず、ボーズ粒子のように、同時に複数の時空に現れるわけで、キリストや仏陀が沢山いても、その救済の、慈悲の状態は一つで、だから、千手観音像などの仏像で表現され、物質界で、1人の人間として、フェルミ粒子のように現れる場合は、対となる反粒子は、この世にはいない最も遠い次元の、あの世にいることになるわけである。この非線形現象を物理的に理解するには、超電導状態のクーパー対や、量子もつれ、などが挙げられるかもしれない。ボース粒子 - Wikipediaフェルミ粒子 - Wikipediaクーパー対 - Wikipedia量子もつれ - Wikipedia千手観音はボーズ粒子で、キリスト意識を体現した像で、十字架に、宇宙霊の卍が融合した太陽を表現した、三位一体の三本柱の生命の樹の形なのがわかる。シュタイナーによれば、「卍」とは古代アトランティスにおいて、チャクラを表わし、霊能者の存在を明かす記号であるという。いまの日本では、寺を表わす地図の記号などに用いられるが。卍 - Wikipedia卍のない人間は、物質現象を、周囲の時空から、干渉しながら、破壊し、量子力学でいえば、観測により取捨選択し、波束を収束させて、情報を取り出してきて、脳のなかで構築している。現代人の思考の特徴を、簡潔にいえば、脳のなかの思考回路の処理を用いて、非線形現象を線形化して、悪魔が提示する闇の物質像に、当てはめていることになるだろう。つまり、脳で、従来の記憶による論理的な知性から、情報を再構築しているといえるかもしれない。プラトンの洞窟のイデアの喩えがわかりやすいだろう。脳が洞窟で、洞窟に映る像が、人間の覚醒意識で、認識しえる物体なのである。だから、現代人は、悪魔を通じて、神の影は見えるが、神そのものの姿はみえない。だから、唯物論に洗脳されると、悪魔に容易に騙されて、金儲けなどに走るわけなのである。洞窟の比喩 - Wikipedia金儲けは、この世で生活するのには確かに必要で、生活の道具だが、道具に使われてしまっているのが、現代の金持ちなのである。自分の人生に必要のないカネをもっても意味がないわけで、ましてや、そのために十戒を守らずに、神に背けば、人生を台無しにするだけである。人生の目的や、自分の使命を知らないと、人生を無意味に過ごすだけでしかない。人生の目的や自分の使命を知るには、自分を前世まで振り返って考える必要があり、だから、霊能力を獲得しないと話にならないわけなのである。自分で獲得できなければ、獲得しているチャネラーなどの話を聞いて、鵜呑みにするのではなく、自分の良心に照らして、吟味するしかない。その最低限のモラルが、嘘をつかない、他人を騙さない、盗みや殺し、偽称や利益を貪らずに、欲張らずに節度や節制を心掛け、良心に背かずに、自分を愛し、隣人を愛する、というような十戒を守ることである。現代人は、十戒を無視し、闇のネガティヴの想念に陥っているので、自分たちの都合を優先し、非常に利己的に自然を破壊しているから、地球の地軸が傾きすぎていて、太陽と巧く連動しなくなって、バランスが崩れて、天変地異が起きやすくなっているという話が、先に紹介した、以下の、チャネラーの動画なのである。地球を守るために自分1人でも出来ること:清水浦安先生インタビュー② - YouTube上の動画で、メルキゼデクの話が出ているが、神智学によれば、メルキゼデクは、ヘルメスの1度目の転生で後にトートともいわれ、アブラハムにその秘儀を教えた教師で、古代アトランティス時代の叡智を体系化した存在で、洪水後に、ゾロアスターとして呼ばれ、ヘルメスの2番目として、古代アトランティスの叡智を継承したらしい。メルキゼデク - Wikipediaメルキゼデクヘルメス・トリスメギストス - Wikipediaヲシテ文献は古代エジプト神トートの教えか? - 縄文の神聖幾何学『メルキゼデク』とは何者か?~ハルマゲドンへの道~②|歴史バカ以前、ウイキの第2のヘルメスのピタゴラスの師の情報から間違って、ナザラトスとしたが、シュタイナーの霊視によれば、ナザラトスが、ピタゴラスの師で、その前世がゾロアスターだから、第3のヘルメスが、ピタゴラスの師のナザラトスで、その前世がゾロアスターだから、第2のヘルメスとなるわけで、ウイキの第2のヘルメスがピタゴラスの師であるはずがない。ただし、霊体で教えるのなら可能だが。ここら辺がウイキの限界なのだろうが、ややこしい。だからまとめると、第1のヘルメスが、メルキゼデク=トートで、第2のヘルメスが、ゾロアスターで、第3のヘルメスが、ナザラトスで、古代ギリシアのピタゴラスの師となる。だから、イエス=キリストが、ゾロアスターのアストラル体と、モーセのエーテル体を継承したので、聖書に、イエスは、メルキゼデクの系統の大祭司であると記されているわけなのである。古代アトランティス時代は、現在のような固体の物質体ではなかったので、メルキゼデクは、エーテル体だったから、古代アトランティス時代の都市は固体の物質としては残ってないのである。しかし、エーテルの残骸として残っているから、植物化した化石として残っている、といえるかもしれない。アトランティスの洪水後に、水蒸気のような気体状のエーテルから、液体と固体に分かれて凝縮して、現在の大陸ができたわけで、古代マヤなどは水没しないように、高地に都市をつくったわけなのである。ピラミッドなども、エーテルの波動力学で共振させて、石の振動を速くし、石の重量を軽くして運んでつくったらしい。恐らく、物質科学でいうところの、超電導や超流動のような状態にして、物質情報を時空に運んで、エジプトの地などで石を積むような幾何学模様を波動でつくり、例えば、音波でクラドニ図形をつくるように、時空を相転移させたのだろう。現代のドローン技術は、このエーテルの波動力学を再現し、応用したものだろう。物質を格子状に分けて、ミクロのドローンで幾何学の形を作るのと同じだから。以下の霊的な年表は、歴史をわかりやすくしてくれる。霊的歴史クラドニ図形 - Wikipediaつまり、ピラミッドは、メルキゼデク=ゾロアスター=ナザラトスの三位一体のイエス=キリストを表わす人類の進化教育の象徴で、太陽霊キリストは、まさに人類に、宇宙の法則を教えにきた教師なのである。先に紹介した以下の動画では、そのキリスト大聖が、地球の地軸が傾きすぎているので、人類が讃美歌を歌って、地球に感謝し一体化することで、地軸をバランスがよくなるように戻せと、日本のチャネラーを通じで、教えているわけなので、いまこのときが、地球と人類を救うときなのである。地球を守るために自分1人でも出来ること:清水浦安先生インタビュー② - YouTube幸運の女神には後ろ髪がない人類は地球上で唯一の知性的生物といい気に勘違いしているが、確かに、それは脳の覚醒意識で思考している点において、論理的に統合された体系だが、人間が勝手に知性的と名づけているだけで、プラトンの洞窟のイデアの喩えでもわかるように、高次の存在から直接的に啓示され、叡智を受けているわけでなく、しかも悪魔を介しての闇の幻覚で、その影絵でしかない。人間以外の動物は、例えば、以前、漫画ピーナッツの犬スヌーピを題材に、以下のような哲学論を紹介したが、このスヌーピの発言は、人間よりも動物のほうが賢いのを明確に示している例なのである。人間には動物よりも選択肢が与えられているから、例えば、日々目移りする情報のデパートのなかで、孤独になって、どれが自分に相応しいのかを考えずに、欲しいと思うものを、あれこれと脳で考えて、とっかえひっかえ所有して、ああでもないこうでもないと、結局、衝動買いをして、暮らす毎日を送っている。動物は、自らの使命と立場を種の集合自我から、人間でいうところの、族長で、民族霊のような存在から、直接命令されるので、配られたカードで、最善を尽くすしかない。つまり持って生まれた能力をフルに生かす生き方しかできないから、それに邁進する。配られたカードで勝負するしかないのさ|yamada人生は贈り物。ムダにはしたくない。どんなカードが配られても、それも人生。毎日を大切に。今を大切に。悪魔が囁くように、地球人はあれこれと脳で考え、確かに不完全な存在で、ほとんどの人々が、自分のなかに、天国があり、キリスト意識があるのに気づかずに、自分をみつけるために、それを探すのではなく、悪魔の奴隷と化した、地上の権力や財力をもつ人々の宗教や科学などを用いた集団的な洗脳工作に、例えば、オールドメディアの偏向報道などに、情報リテラシーを弱められ、よろめかされるのである。聖書のマタイ伝第24章は、このような現代人への偽預言者についての警告となっている。つまり、この宇宙は霊主体従で成り立っているのだから、体の権力や財力を求めるのではなく、霊の魂の進化の核となるワンドロップとつながるように、十戒を守り、霊魂を浄化すべきなのである。外に宝を求めるのではなく、というのも、外の宝は後には負債となるものでしかないから、内に宝を求めれば、神と一体となり、宇宙全ての創造の叡智が与えられるのである。これが「こころの貧しい人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである。」の本当の意味で、心が未完成だと悟れる人は、心を完成させようと、自分の使命を全うするので、ついには神と一体となり、永遠の生命の天国へと至る、というわけなのである。以下はググった聖書の現代訳と、『』内は神智学によるアカシックレコードリーディングによる意味。マタイによる福音書24第24章1 イエスが宮から出て行こうとしておられると、弟子たちは近寄ってきて、宮の建物にイエスの注意を促した。『(宮)とはルシファーによる古い教えの象徴で、例えば、イエスの当時の、パリサイ派のユダヤ教を意味する。弟子たちが、イエスに、古い教えについて聞いたのである。』 2 そこでイエスは彼らにむかって言われた、「あなたがたは、これらすべてのものを見ないか。よく言っておく。その石一つでもくずされずに、そこに他の石の上に残ることもなくなるであろう」。『イエスは弟子たちに向かって、これらの古い教えはルシファーによるもので、人類を堕落退廃に向かわせるものだから、やがてあとかたもなく、全ての古い教えが、物質崩壊とともに消滅すると預言したのである。つまり、イエス=キリストはこの古い教えを改め、新しくするために降臨したのである。だから、ユダヤ人という人種もなくなる。だから現代人でユダヤ人と名を語るのはニセモノである。』3 またオリブ山ですわっておられると、弟子たちが、ひそかにみもとにきて言った、「どうぞお話しください。いつ、そんなことが起こるのでしょうか。あなたがまたおいでになる時や、世の終わりには、どんな前兆がありますか」。『弟子たちは、イエスの、ユダヤ教やユダヤ人は消えてなくなる、という言葉を聞いて、驚いて、それは、いつの日か、と聞き返した。』4 そこでイエスは答えて言われた、「人に惑わされないように気をつけなさい。5 多くの者がわたしの名を名のって現われ、自分がキリストだと言って、多くの人を惑わすであろう。6 また、戦争と戦争のうわさとを聞くであろう。注意していなさい、あわててはいけない。それは起こらねばならないが、まだ終わりではない。『後のパウロを中心とした偽キリストのルシファー崇拝のキリスト教のことを預言したキリストの言葉である。だから、キリスト自身が、後のキリスト教を語るのは、間違いを教えるルシファーで私ではないから注意しなさい、といっているのである。そして、そのようなルシファーの宗教は人類に災いと戦争をもたらすから用心しなさいと警告している。しかし、ルシファーを滅ぼすのは、アーリマンで、それはまだ地球の終わりではない、と預言している。』7 民は民に、国は国に敵対して立ち上がるであろう。またあちこちに、ききんが起こり、また地震があるであろう。『この言葉が、アーリマンの受肉のキリストの預言である。アーリマンがルシファーに代わり、人類を分断し、仲違いさせ、地上を混乱の後に奴隷化して統治しようとするからである。』8 しかし、すべてこれらは産みの苦しみの初めである。『この世紀末の混乱は、人智学でいうところの、地球紀から木星紀に進む時代のはじめに起こる人類覚醒への出来事にすぎない。つまり、人類が再び霊的進化に目覚める産みの苦しみなのである。』9 そのとき人々は、あなたがたを苦しみにあわせ、また殺すであろう。またあなたがたは、わたしの名のゆえにすべての民に憎まれるであろう。『太陽霊キリストとともに霊的に活動する人々は、地上の権力や財力をもつ宗教を洗脳道具に使うルシファーや物質科学を洗脳道具に使うアーリマンの崇拝者たちに、迫害されるから用心しなさいと、警告している。この日本では、左翼権力者のオールドメディアを使った偏向報道などでわかる。ステマポエムの例は顕著である。』10 そのとき、多くの人がつまずき、また互いに裏切り、憎しみ合うであろう。『崩壊寸前ニッポン雑学CHの動画でもわかる。崩壊寸前!ニッポン雑学ch - YouTube』11 また多くのにせ預言者が起こって、多くの人を惑わすであろう。『多くの宗教が地上に興っているが、キリスト意識とつながり、霊能力を獲得すれば、それら全てが霊能者でない戯言で、キリスト意識に達していないことからニセモノであるのがわかるようになる。』12 また不法がはびこるので、多くの人の愛が冷えるであろう。『キリスト意識とつながらない、ニセモノの宗教や科学が蔓延っても、それが嘘で金儲けや権力欲の執着であるのが見破られるから、ニセモノの教えは愛想をつかされる。』13 しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。『結局は、キリスト意識につながるために、日々十戒を守り、霊魂を浄化し、幸運の女神には後ろ髪がない、のを理解している、心の貧しい人々は、天国に至る。与えられた能力を最大限に発揮するのに全うすべきなのである。』14 そして、この御国の福音は、すべての民に対してあかしをするために、全世界に宣べ伝えられるであろう。そしてそれから最後が来るのである『自分のなかにある天国へと到達するには、ルシファーやアーリマンの地上の世界制覇や支配の間違った教えではなく、イエスの新しい宇宙の法則の教えを心にとどめて、日々霊魂を清め、精進するのが、日々の正しい生き方であると、人類が悟り、キリスト意識につながる時代がくる。すると、産みの苦しみによって、不死鳥が焼死した灰の中から甦るように、人間はもはや地上の輪廻転生を必要としない、新しい自由な愛の天使となる。』人間の潜在意識が、神という真理そのものを受け入れることで、神と一体となるまでに進化すれば、ときならずして、霊的な人間のなかに、物的な人間が吸収され、悪が善に転化されて、神の父意識により、人間の悪の物質性が克服されて、終焉を迎える。面白いことに、イエスキリストは、自分は善を行うものではなく、宇宙の善の方向性を人間に教えるだけで、悪を善に転化し、善を行うものは、父意識であり、霊魂の根源である、と言っている。よく偽善の政治家が、清濁併せ吞むのがホンモノの人物のように語るが、そのような人物が、濁を清くするどころか、清を濁に穢しているだけで、朱に交われば赤くなっているだけにすぎない。悪魔と神の違いがここにある。悪も神から出た者だから、神のみが、濁を清くできる。この地上に生まれて権力や財力の僕にならない人間が、いるはずがなく、いるとしたら、石からワインやパンを生み出した、物質変換の創造力をもっていたキリストしかいないわけで、霊主体従を実現していない政治家などが清濁併せ吞むことなどできるわけがない嘘つきなだけである。さて以前、アレキサンダー大王とアリストテレスの師弟関係の話のシュタイナーの講義を少し要約できたので、続けて紹介して今回は終わりにしたい。人智学の光に照らした世界史 GA233第5講1923/12/28 ドルナハ 古代の秘儀のなかでもエフェソスの秘儀は特殊な位置を占めている。西洋の歴史において、アレクサンダーという名に結びつく、このエフェソスの秘儀を考えざるを得ない。かつてあらゆる古代文明の源は、秘儀での神々との交信にあったが、これが東方から、こちらの西方、つまりはじめにギリシアを経て、そこでの急激な価値観の変化を見通すとき、新旧の歴史の意味が理解できる。その急激な変化とは以下である。 東洋のかつての秘儀を霊視すると、秘儀の祭司たちは、偉大な真実を弟子たちに啓示できたのがわかる。時代を遡るほど、これらの祭司たちは、神々である、惑星の存在、地上の現象を導く霊的存在を、秘儀において直接、現前させ、神々は実際にそこに現われた。 人間と宇宙との関係が、実際、東洋の秘儀において明かされた。東洋のヒベルニアの秘儀やアリストテレスが、アレクサンダーに教えた古代叡智について、第4講で昨日話したが、あのように壮大に説き明かされた。けれども、どの東洋の秘儀においても、特に、神々の法である道徳と、地上に現れる自然がわかれていなかったのがわかる。 アリストテレスがアレクサンダーに水の精霊たちが支配していた北西に目を向けると、北西から、今日のように、風などの気体になった物質がやってくるだけでなく、道徳もやってきた。物質と道徳はひとつで、そもそも、これらの秘儀において、与えられた霊的な認識を通して、人間は自然霊を知覚していたので、その一体性を感じていた。 例えば、ギルガメッシュであった前世と、次の転生でエフェソスの秘儀にアプローチしたアレキサンダーとして生まれる人生の間に、後に失われていく、人間と自然との間の、ある一つの変化がある。アレキサンダーとして生まれた時期には、まだ人間と自然霊[Geistnatur]との関係に霊的な直観がわずかに残っていたのがわかる。この関係は次のようだった。 大自然のなかの自然霊たちの働きや、惑星の進化のなかの知的存在たちの働きについて、当時知られていた叡智を通じて、人間は次のように確信していた。植物界が外に広がっている、それは新緑で芽吹き、生長し、実を結ぶ。春に芽生え、生長し、秋には枯れてゆく一年生植物が、草原や野原に生きている、そして、そこには何百年も生長し、外側に樹皮を持ち、地中深く根を伸ばした木々も生きている。この外界の一年草植物や堅い樹皮をもつ樹木全てを、人間の私はかつて、自分のなかに担っていた、という確信である。 現代人は、呼吸から出た炭酸を測れば、私が、この炭酸を吐き出した、と感じるだろう。このような呼吸の感覚から、現代人は、宇宙と微量の気体において関わり合っている。人体のなかで起こっている呼吸において、人間は大いなる宇宙と関わり合っている。人間は吐き出された呼気を、つまり最初、人間の内部にあって、今は外にある炭酸から、宇宙とのつながりを感じることができる。 このように、外の炭酸から宇宙とのつながりをみるように、東洋の秘儀に参入し、その叡智を受け入れた当時の古代人は、植物を通じて宇宙とのつながりを感じていた。当時の古代人は、次のように感じた。私は、植物を通じて、宇宙の進化における太陽紀を思い描く。そのときの、私はまだ内部に植物を担っていた。その後、私は植物を地上一面に吐き出した。 このいま外にある植物を、私のなかに担っていたとき、私は、植物界とともに全宇宙を包含していた、あのアダム・カドモンであり、全植物界はまだ水と空気が融合した中間状態にあった。 そして、太陽紀を過ぎた時、人間は、この植物界を、自身から分離(分泌)した。もし、いま地球の大きさになって、様々に生長する植物を、水の液体のなかに全て溶かし込み、内に向かってそれら液体を遡って吸収する、と思い浮かべれば、当時の古代人の心情がわかるだろう。かつての太陽紀の人間は、このような状態にあったのを、ギルガメッシュの時代に、東洋で教育を受けた人たちは教えられた。 当時の東洋人は、草原の植物の生長を眺めて、次のように語った。「人間は、進化のために、植物を産出し、地球はその植物を受容した」。それまでの地球には植物がなかった。人間が植物を自分から産出し、地球はいわばそのゆりかごとして受け取った。だから、人間は植物と密接な親和性を感じていた。 対照的に、動物には、親和性を感じてなかった。というのも、動物にはならず、進化の途上でその動物性を排除したことで、人間は地上に到達でき、肉体を得た、のを知っていたからである。人間は植物を地球まで携えてきて、植物を地球に委ね、地球は植物を自らの懐に受け入れた。だから、地球上で、人間は、植物にとっては、神々の仲介者、神々と地球との間の仲介者となった。 だから、あの大いなる体験を、単純化してイメージできるが、あの体験を現実にもつ古代人たちは、人間は宇宙から地球にやってきた、と感じていた。昨日お話したように、人間は互いに合体していた。それから、人間は植物を産出し、そして地球は植物を受け取って、それに根を与えた。このように人間は、自分が植物の生長とともに地球を包み込み、また地球が、このような植物に包み込まれるのに感謝しながら、人間が液体と気体の混合した植物霊のかたちで、地球に吹きかけるものを、受け入れたように感じた。 そしてこのように感じた古代人たちは、地球に植物をもたらす自らを神、つまり水星の主神と密接な関係をもつものと感じた。自分が地球に植物をもたらした、というこの感情を通して、人間は、水星神と特別な関わりを持つに至った。 対照的に、動物には次のように感じた。動物を地球に与えられなかった。動物にはならずに、動物から、自分を解放しなければならなかった。さもないと正しい人間の形姿に進化できなかった。人間は動物性を排除し、その結果、人間から、尻尾のように、動物は切り離され、低次の段階で動物自身の進化を遂げざるを得なくなった。 このように、ギルガメッシュ時代、とそれに続く時代の古代人は、自分が動物界と植物界の間に据えられていると感じた。植物界に対して、人間は自らを、神々の代理として、いわば地球についての授精の担い手と感じた。しかし、動物界に対しては、動物という重荷を下ろし、そのため動物は退化するが、重荷を脱して人間となるために、あたかも動物界を自分から排除し、犠牲にしたかのように感じた。 ところで、古代エジプトの動物礼拝は、このような霊的な直観と関係している。アジアに見られる動物に対する、深い同情の多くも、これと関係している。それは、植物界には親近感を、動物界には供犠にした疎外感をもつ偉大なる自然観を、古代人はもっていた。動物界に対しては解放を、植物界に対しては緊密な親和性を当時の人間は感じていた。 人間は、植物界を自身の一部と感じ、親密な愛のなかで地球を感じていた。なぜなら地球は、植物というこの人間性の一部を、自らのうちに受け入れ、自らのうちに根づかせ、しかも木々においては、自分の素材を樹皮として植物を覆うことさえしてくれたからである。外界の、物質についての判断のなかには道徳があった。古代人は、草原の植物に近づいていき、この植物のなかに自然の生長を読み取るだけでなく、人間の進化に関わる道徳的関係も感じ取っていた。動物についても、道徳的な関係を感じ取っていたが、人間は動物的進化を克服し、超越した、と感じていた。 つまり東洋では、こうした秘儀から大いなる自然霊的観点が拡がっていた。古代ギリシア当時も、秘儀は存在していたものの、自然霊的観点はほとんどみられなかった。古代ギリシアの秘儀は、壮大なものだったが、その本質からして東洋の秘儀とは区別された。東洋の秘儀においては、地上の人間は、地球を通して自我を感じるのではなく、宇宙全体のなかに霊的に組み込まれた自我を感じていた。 古代ギリシアにおいて、秘儀のなかの叡智は、地上ではじめて、人間は、地球と結びついた自我を感じる段階に至った。したがって、東洋において秘儀のなかで現われ、感じられた叡智は、本質的に霊界そのものだった。古代の東洋の秘儀においては、供犠を捧げ祈りを唱える祭司たちのもとに神々自身が出現した、と語られるとき、祭司者を通して、神々の言葉が降ろされ、宇宙の真実が描写された。 だから、東洋の秘儀の神殿は同時に、神々を地上に迎える場所でした。そこで神々は天の宝として人間たちに贈るべき言葉を、祭司たちを通じて、当時の人間たちに贈った。一方古代ギリシアの秘儀においては、神々の影のような像(映像、イメージ)、写し(模像)が現われた。真の純粋な像だが、影像のようなもので、もはや神そのものの、現実の存在ではなく、影像のみが現れた。そのため古代ギリシア人は、古代東洋の秘儀の一員であった人とは正反対の感情を持っていた。 古代ギリシア人は次のように感じた。神々は存在するが、人間にできることは、これらの神々の像を得ることだけで、それは記憶においては、体験の像が得られるのと同じで、もはや体験そのものではない。 それはギリシアの秘儀の深い根本感情だった、自分たちは宇宙の記憶のようなものはもっているが、宇宙の現象そのものではなく、あくまで宇宙の影像にすぎず、神々の像で、神々そのものではない。土星紀、太陽紀、月紀上での進化についての像はあるが、現実の出来事にリアルに結びついているような、人間の子どもの成長期と一致する、神々の霊と直接交信する霊能力はもはやない、と感じた。 そして、この土星紀、太陽紀、月紀とのリアルな結びつきを、東洋文明は、その秘儀から得ていた。このように古代ギリシアの秘儀の叡智は影像のようだった。神霊の影が現われた。けれども、このことは別の重要なことをもたらした。というのも、東洋の秘儀とギリシアの秘儀の間には、もうひとつ違いがあったからである。 東洋の秘儀において経験できる、大いなる叡智について知ろうとするなら、時が熟すまで待たなければならない。知りたい叡智に関して、秋、春、夏、また真冬と時を選んで、行う必要があった。そしてまた、月がある特定の位相をとることで、正しい時期に、神々に何らかの霊媒が捧げられる必要もあった。神々はそのとき秘儀のなかに姿を現わした。神々が顕現した。 さらにまた、何らかの神的存在が秘儀においてまた顕現する機会がやってくるまで、例えば、三十年ほど待たなければならなかった。例えば、土星紀に関わる出来事については、三十年ごとに秘儀の領域に入ってくるのを待つのみで、月紀に関わる出来事については十八年ごと、等々だった。だから、東洋の秘儀の祭司たちは、その叡智の認識と観照を、神々が降臨する時空に左右されるかたちで獲得できた。 例えば、洞窟の奥深くでは、地上とは正反対の啓示が得られ、山の頂上ではまた別の啓示が得られた。だから、アジアの奥深くに秘儀参入の神殿をつくったり、あるいはまた海岸などに神殿をつくったりしては、違った啓示を得た。つまり、地上の時空への依存が、まさに東洋の秘儀において特徴的なことだった。 一方、古代ギリシアにおいては、大いなる現実(リアリティ)は消え去り、像だけが残った。けれども、東洋とは異なり、季節や時代の流れや場所に依存することなく、どこでも像が得られた。正しい修行で準備すれば、黙想などをし、人格を向上させ、供犠としてある能力を捧げれば、この像を獲得できた。供犠をし、人格的成熟のある段階に到達すれば、大いなる宇宙の出来事と宇宙存在たちの影にアプローチできた。 これは古代東洋から古代ギリシアへの秘儀の叡智における大きな変化で、東洋の秘儀は地上の場所と空間の、天からの神々の出現の諸条件に従属し、一方古代ギリシアの秘儀においては、自我を地上から、天空の神々にどれだけ投影したかに応じて、神々のイメージを影像で得た。 つまり、神々が、人間の自我に映る影像の姿でやってくるように、修行を通じて行なった準備を通して、その人間の自我が評価されたとき、神々はいわば、影像の姿でやってきた。このことによって古代ギリシアの秘儀は、自我を進化させることで、新たな人類を真に準備するようになった。 さて、古代東洋の秘儀とギリシアの秘儀との中間の位置にエフェソスの秘儀があった。まさに特殊な位置を占めていた。というのも、エフェソスでは、秘儀に参入すれば、東洋の巨大で壮麗な真実をまだ経験できたからである。人間と大宇宙(マクロコスモス)の関係、大宇宙の神霊たちと人間との関係についての内なる感受と感覚によって、まだそれらの真実に触れることができた。 エフェソスにおいては、地上を超えた霊的な叡智についてまだ多くのことが感じ取られていた。そしてエフェソスの秘儀の女神アルテミスとひとつになることで、神々との直接の交信がまだ可能だった。 「植物界はお前の世界である、地球はただ植物界を受け取ったのだ。お前は動物界を克服した、お前は動物界を犠牲に置き去りにしなければならなかった。お前が人間となることができるために置き去りにせねばならなかった動物たちを、お前は、ありったけの同情をもって慈しみなければならない。」 このように大宇宙と自分がひとつであると感じること、この感情が、エフェソスの秘儀参入者たちにはまだ直接の体験から、現実(リアリティ)から、伝えられていた。
2025年09月30日
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UFOから高次の宇宙人のメッセ―ジUFOはみたことはないが、友人が旅行にいったときに、記念写真にUFOが映った写真や、一口馬主の募集馬動画のなかにみたことがあり、その友人には当時のオカルト知識で、それはアダムスキー型の宇宙船と言ったら、笑われて以来、笑い話と化している。それらは確か北海道で映されたものだった、と記憶しているが、UFO出現には様々な理由が挙げられるが、宇宙人のものであるなら、北海道の大自然の破壊について、人類を監視したものと考えられる。UFOは高周波の波動で振動しているために、地上の物質波の直線的な運動では捉えられない時空の歪みの粘性のなかで航行しているので、固体になる前の気体の波動で、重力の影響を受けないようである。以下のアナスタシアの霊能者の話でいう、微生物とは、人智学のエーテルのことである。本「アナスタシア」にUFOが飛ぶ原理は微生物と書かれている|puなんでも、宇宙人とコンタクトした霊能者によれば、高次の宇宙人は、人類をヨチヨチ歩きをはじめた幼稚園児とみなして、それも、中の下レベルの波動の、地球という物質界の地上の高層マンションに暮らし、窓から手の届かない、悪魔たちが誘惑で差しだす、知性を用いた高次テクノロジーを獲得しようと足を踏み外して、地獄に堕ちないように、見守っている、というのである。つまり高次の宇宙人は、人類が誤った方向に、幼稚園児のような知性を用いて、異世界に陥らないように、その幼稚な知性を監視し、せめて子どもや大人に成長するように見守っている。例えば、道端で、幼稚園児たちが玩具を巡って取り合いや喧嘩をするのを、母親が注意するのと同じである。いまのこの国のアホ政治家たちは、この道端で喧嘩している幼稚園児たちと同じで、暮らしが大変だから、国民が減税を求め、消費税廃止を希望しているのに、知らんぷりで、自分たちの利権という玩具で遊び続けるどうしようもない地獄行きの成長のない困った存在たちなのである。それは、前回紹介したように、空からルシファーが権力を使って誘惑し、地中からアーリマンが人類を分断し仲違いさせるように誘惑しているからでもある。勿論、その知性の道を逸脱しないように、境域を監視し保護する霊体がいて、例えば、神社の狛犬などに表現されているが、それらは、オカルトではドッペルゲンガーなどと呼ばれてもいる。人間が、道を踏み外さないように保護してくれているわけである。自我を乗っ取られないように、悪魔に魂を売らないために、守ってくれている。神智学によれば、境域保護者のなかには、地中のアーリマンの魔の手から人類を守ってくれている地底人がいて、地底に降りる前の、古代アトランティス時代では、最も進化した人種で、ブリテン島に移住した青色人種と呼ばれていたので、その名残からブルーブラッドの伝説が生まれ、騎士道として伝承されたのが間違って伝わり、貴族、名門の血となったのかもしれない。ドッペルゲンガー - Wikipediaブルー・ブラッド - Wikipedia例えば、有名な山梨での宇宙人との遭遇事件は、前回紹介した動画から、宇宙人ではなく、恐らくこの地底人で、催眠状態で目撃されたものと思われる。いまも地底人は地球環境を監視し、地上の国境警備隊のように、地底の境域でアーリマンに備え、地底警備隊の役割を担っているようである。甲府事件 - Wikipedia霊界にドッペルゲンガーと呼ばれる境域守護者がいるように、オカルトでは、アルルの主と呼ばれる負のエネルギーと正のエネルギーの境域を守る守護者がいるのもわかっている。つまり、地上と同じように、宇宙は、下にあるものは上にもあるという、フラクタルな階層構造になっている。高次の宇宙人を通じての古代アトランティスからのメッセージ高次の宇宙人からみれば、人類があまりに幼稚で、例えるなら、幼稚園児が鉄砲をもち、幼稚園の学級崩壊を起こさせるような現状をみかねてアドバイスしているわけで、コンタクトした霊能者の話によると、実際に、独裁者が何度も核兵器ボタンを押そうとしたが、UFOから覚醒意識を消し去る、メンインブラックのニューラライザーのような波動光線で、思い踏みとどまらせたことが何度かあったらしい。勿論、このような独裁者は死後最下層の地獄に堕ちて極悪人物として霊魂のゲヘナと呼ばれる独房で監視されるのはいうまでもない。このような話でも驚愕なのだが、そのような類の次の話は更に驚愕で、もはや都市伝説化し、定かではないが、先の大戦で、米国が実は3発目の原爆を東京に落とす予定だったらしく、実際、トルーマンの命令で行われたのだが、昭和帝と高野山阿闍梨の霊交信により、高次の宇宙人を通じて、カーティスルメイの覚醒意識を消し去り、阻止された、という話も残っている。カーチス・ルメイ - Wikipediaまた人類の背徳者トルーマンの霊魂は人類を欺いた罪で、地獄の最下層に監禁されている、という話もある。核兵器をつくった連中もほぼ同罪で、永遠に地獄に堕ちるようである。利己主義のために、同じ人類を殺すような人間は、自業自得で、人間をやめないといけない。いまの独裁者も自覚すべきである。このように、UFOをどう解釈するかで、人類の知性が問われるように、エジプトのピラミッドをどう解釈するかで、科学テクノロジーのレベルがわかる。核兵器で同じ人類を大量殺戮しないように、実は、ピラミッドは、人類の科学テクノロジーへの警告の記念碑なのを、以下の動画がエドガーケイシーのアカシックレコードリーディングから解き明かしている。アトランティス人が現代人に残したメッセージ :光田秀 先生インタビュー 総集編 - YouTubeアトランティス大陸はなぜ崩壊したのか :光田秀 先生インタビュー① - YouTubeアトランティス人から現代人へのメッセージ:光田秀 先生インタビュー② - YouTube世界中に散らばった古代文明の人々のその後:光田秀 先生インタビュー③ - YouTube日本から霊育を通じて救世主が生まれる話ネットフーテンの寅をしていると、このような、いろんな動画に遭遇するが、とてもトンデモのような、「日本から救世主が現れる」という怪しい予言を多々みかけてきたが、どうやらこの都市伝説も、本当のようで、それは1人ではなく、複数の霊能者として現れるようで、以下の驚愕の動画によれば、そもそも霊能者という呼び方はもはや時代遅れで、霊格者と呼ぶべきだというのである。「本当の人間」として生きる生き方 : 清水浦安先生へインタビュー① - YouTubeこの動画をみればわかるが、清水浦安氏はどうやらチャネラーの霊媒師のようで、このままでは、地獄に堕ちる霊魂が多すぎて、地球を店じまいしないといけなくなり、日本も滅亡を免れないので、あるとき、はじめに吉田松陰の霊が現れ、正しい情報と間違った情報の見分け方を教えられ、次に中村天風の霊が現れ、これから世界は霊育を必要とするので、その発信源になれ、と指導され、次に伊勢神宮をつくった倭姫命に、宇宙の法則を指導された、というのである。吉田松陰 - Wikipedia中村天風 - Wikipedia倭姫命 - Wikipedia清水氏の説いている霊育の話は、神智学や人智学が説いている世界と言葉は異なるが、厳密にいえば、神智学と人智学も、言葉の違いがあるが、それらの内容はほぼ同じで一致しているので、動画をみて驚いた次第なのである。そして、キリストが説いた人間の霊魂の核には「父がいる(父意識)」という話とも一致し、清水氏の話では、ワンドロップと呼んでいるが、「宇宙霊の一滴」という意味で、創造主と同じ能力をもっているという。そして、その創造主とチャンネルを合わせる能力をもつ者を霊格者と呼び、霊魂の核に、創造主と同じ能力をもつ自覚をもつ人間を意味する。では、霊魂の核にチャンネルを合わせるにはどうすべきか、いわゆる霊魂の浄化の霊育のやり方をおおまかに説明するのが、以下の動画で、まるで夫婦漫才みたいに面白いので、続けて紹介する。霊界が悲しんでいる人間の行動 : 清水浦安先生へインタビュー② - YouTube 霊人天風先生、倭姫様からの伝言 : 清水浦安先生へインタビュー2 総集編 - YouTubeこの動画が説くように、大本と呼ばれる宇宙霊と、ワンドロップを通してつながれば、宗教など必要なくなる。日本にも大陸からきた仏教があるが、それは霊的な修行法を説いたものだが、お釈迦さんが説いているように、カリユガの唯物論に洗脳されて、現代では、もはや時代遅れの末法となってしまっている。そこで、現代にあった修行法で、霊魂を磨き、どう覚醒させるかが現代人に問われているが、その宗教の修行法を、現代風に言い換えるなら、霊育となるわけで、以下の動画が、霊魂のしくみを解き明かしているので紹介する。霊魂のしくみについて宇宙的な生き方が必要不可欠な時代 : 清水浦安先生へインタビュー 総集編 - YouTube神社は人間の霊魂をモデルに作られた : 清水浦安先生へインタビュー① - YouTube何が起きても高次の存在に助けられる人になる生き方: 清水浦安先生へインタビュー② - YouTube【2025年8月30日(土)11:-00〜】清水浦安先生とのLIVE配信 - YouTube霊魂を成長させて、地球をどのように平和へと導いていくか、については、前回の紹介とダブるかもしれないが、続けて、以下の清水浦安氏の理想の地球に訪問した動画と、「となりの小さなおじさん」の話が参考になると思うので、続けて紹介する。清水氏が、理想の地球に訪問するのに、動画ではセントジャーメイン(サンジェルマン)と呼ばれている、以前紹介した別名カリオストロ伯爵であり、サンジェルマン伯爵の霊魂が仲介役を果たしたらしい。お金も労働もない不思議な世界の体験談 : 清水浦安先生へインタビュー① - YouTube"もうひとつの地球"でダ・ヴィンチが教えてくれた「この世界の真実」 : 清水浦安先生へインタビュー② - YouTube「お金のない地球への旅」の後に起きた、不思議なお話:清水浦安先生インタビュー① - YouTubeカリオストロ - Wikipediaサンジェルマン伯爵 - Wikipediaまた、この「となりの小さなおじさん」と、瀬知洋司氏の関係は、ギルガメシュ叙事詩のギルガメシュとエンキドゥの関係を髣髴とさせるものがある。【となりの小さいおじさん】買ってはいけないもの、やってはいけないこと : 瀬知洋司 先生インタビュー① - YouTube【となりの小さいおじさん】"異世界の住人"には要注意 : 瀬知洋司 先生インタビュー② - YouTube【となりの小さいおじさん】エネルギーを綺麗に保つ2つのコツ : 瀬知洋司 先生インタビュー③ - YouTube【となりの小さいおじさん】世界の消滅を防ぐためにするべきこと : 瀬知洋司 先生インタビュー④ - YouTube ギルガメシュ叙事詩 - Wikipediaこのギルガメッシュ叙事詩を身近に感じるには、ジブリ映画の「もののけ姫」をみるとよいかもしれない。アシタカがギルガメシュで、もののけ姫がエンキドゥと考えると、神話が蘇るだろう。もののけ姫 - Wikipediaなおシュタイナーによれば、ギルガメッシュとエンキドゥが後に転生したのが、アレキサンダー大王とアリストテレスだという。その話は、シュタイナーの「人智学の光に照らした世界史 GA233」の講演録に載っている。時間があれば、紹介したいと思う。
2025年09月25日
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アインシュタインからわかる物質界の果てにある心の世界もっと早く紹介すればよかったのだが、先日紹介した「3ヶ月でマスターするアインシュタイン」は最終回を迎えてしまったが、恐らく再放送すると思うので、それを待つか、本を買うか、オンデマンドの有料でみるか、他にも色々な解説本が出ているので、お好きなモノで勉強してくだされ。3ヶ月でマスターするアインシュタイン3か月でマスターするアインシュタイン - NHK3か月でマスターするアインシュタイン - 動画配信 | NHKオンデマンドいずれにしても、アインシュタインは理論物理学者なので、物質界からみた宇宙の法則を物質面の光を基に解き明かした物理法則として解釈しただけで、ぶっちゃけていえば、この世の法則でしかないから、物質界だけでしか通用しない法則として、アインシュタインの思考を認識する必要がある。だから、神はサイコロを振らないといって、量子力学を反証しようとした、「量子もつれ」が、実はこれはカルマの法則から成立してしまうのだが、それはアカシックレコードリーディングをした霊能者エドガーケイシーが、「光と闇のもつれ」として解き明かしているのだが、現代の唯物論では検証できるが、その意味を解き明かすことは、無知の知から霊能力をもたない限り、不可能なのが、わかっている。オカルトでいう、量子とは、端的にいえば、神の意識の光のエネルギーと、人間の意識の闇のエネルギーのもつれで、生まれるものなのである。量子もつれ - Wikipediaエドガー・ケイシー - Wikipedia現代の物質科学の宇宙論でも、ダークマターやダークエネルギーなどオカルト的命題がでてくるが、これは覚醒意識では探求できない、潜在意識のなかの、光の作用の働きで、つまり古代叡智のことなのである。こんなことを主張すると、唯物論に洗脳されている現代人にはアホ扱いされ、相手にされないので、あまり言いたくないので、とにかく現代人は無知の知に至り、オカルトを勉強するのを推奨し、ここまでの話にしたい。郷に入っては郷に従えで、物質界に入れば、物質科学の物質法則に従うのは、キリストが、カエサルのものはカエサルに返せ、と言ったように、肉体の法則は、物質法則に従うのだから、霊主体従を忘れずに、物質に帰するのが原則で、オカルトを勉強する前に、物質科学を勉強するのは避けて通れない順番なのである。物質法則を学ばずに、オカルトの法則を学ぶこともできないからである。同族嫌悪は悪魔の働きさて、お笑いトーク番組のなかで、面白いので、毎週欠かさずみている「にけつッ!!」で、恥ずかしいことながら、お笑いのネタになっていた「同族嫌悪」という言葉をはじめて知った。にけつッ!! - Wikipedia人の振り見て我が振り直せ、ではないが、自分が変わり者なのか、他の人が、自分と似た性質や境遇をもつのを感じたことがほとんどなく、嫌悪感が生じることがほとんどなかったせいなのか、よく宇宙人と呼ばれてきた自分があまりにも変わった性格で、同じような人がいないのか、孤独が好きで、他の人にほとんど関心をもたなかったせいなのか、そのような感覚が生じることがほとんどなかったし、同族嫌悪というよりも、むしろ異族嫌悪感の方が多かったような気がする。「同族嫌悪」の意味とは?正しい使い方と類義語・言い換え表現を例文付きで徹底解説 | Forbes JAPAN 公式サイト(フォーブス ジャパン)つまり、自分が他人の振る舞いや境遇のなかに現れるという、同族嫌悪というよりは、父親が嫌いで、自分が父親に似ているといわれたり、父親に似てきた感覚をもったときに、嫌悪感を生じたことは多々あり、父親に似ないように心掛けたことはよくあった。この感情も、父親からは肉体の見本を半分与えてもらっているので、同族と言えば同族嫌悪といえるものかもしれない。ちなみに同族嫌悪についてのAIの回答は以下である。「同族嫌悪 なぜ」のAI回答『同族嫌悪は、自分と似た性質や境遇を持つ人に対して嫌悪感を抱く心理現象です。同族嫌悪が起こる主な原因は以下の通りです。 自分自身の嫌な部分を相手に見るため 自分の短所やコンプレックスを相手に見出すことで、無意識のうちに嫌悪感を増幅させてしまいます。これは心理学で「投影」と呼ばれる現象で、自分自身が認めたくない内面を他人に映し出すことで起こります。 自分の価値を相対的に引き上げるため 相手を嫌悪することで、自分の方が優れていると感じ、自己肯定感を保とうとする心理が働くことがあります。 相手が自分よりうまくやっているように見えるため 同じような境遇の相手が自分よりも成功しているように見えると、嫉妬や不快感を抱くことがあります。 相手が同族嫌悪しているため 相手が自分に対して嫌悪感を抱いていると感じると、それに対して自分も嫌悪感を抱き返すことがあります。 価値観やポリシーの違いを許せないため 似た者同士であっても、些細な価値観やポリシーの違いが許せず、相手を嫌悪する場合があります。これは、自分の中にある「低俗な価値観」として蓋をした部分を、相手が堂々と行っているように見えるためとも考えられます。 同族嫌悪は、自分と共通点が多い相手ほど、その言動が自分と重なって見え、イライラや嫌悪感を強く感じる原因になると言われています。』このような同族嫌悪の、わかりやすい例として挙げられるのは、モノマネされた当人がモノマネ芸人に持つ感情だろう。例えば、好奇心から、関西弁を真似たり、薩摩弁を真似たりしたときに、マネされている関西人や鹿児島県人に、馬鹿にするな、とよくキレられたりすることがあったが、このようなケースで、同族嫌悪が生じているのがわかる。そうすると、双子の場合は、どうなのだろうか?そこで、ググってみたが、みつからなかったので、代わりに同族嫌悪がなぜ生じるのか、以下のサイトに出くわした。「同族嫌悪」の意味とは?なぜ起こるのかメカニズムや類語も解説 | TRANS.Biz『お互いに嫌な部分や欠点を鏡で見ているようで、嫌気が指すという場合が多いと言われています。自分の性格の中で恥ずかしいと思う部分が脳裏に浮かんだり、相手へのジェラシーや競争心に襲われたりすることなどが根底にある 一旦関係が崩れてしまうと、お互いに共通した価値観や趣味などの「似た部分」が嫌になってしまい、イライラしてしまうことがある。』以上のサイトによれば、同族嫌悪の他にも、同属嫌悪や、近親嫌悪があり、これと反対の言葉に、「同気相求(どうきそうきゅう)」があるという。更に他のサイトをググって探すと、以下のサイトに出くわした。同族嫌悪 – そのメカニズムとは – ぐぬぬの法則上のサイトは、同族嫌悪の仕組みを、双子の代わりに、オタク同士、出世欲同士で比較しながら、自分だけを特別視したいエゴが隠れている、のを明らかにしている。つまり、上のサイトから引用すると、「苦手な相手の嫌なところっていうのは、自分自身の中にある嫌な部分、自分自身が許せない部分というわけです。」からわかるように、自分のなかの悪魔的要素がエゴとして現れているのに気づかされるから、嫌悪として現れるわけなのである。だからして、自分の中に隠していた悪魔が外に現れるから、自分のなかのダークな部分をみせつけられるので、折角無視し、隠していたのに、忘れていた夏休みの宿題をやる羽目になって、嫌悪感が生じてしまうわけなのである。オカルトから考えると、この同族嫌悪は、カルマの法則そのものといってもいいかもしれないのがわかる。さて、人生70年とすると、大体半分の35年すぎると、どこの職場にも、ボス的な人物やお局というような悪魔的な存在がいるのを、経験しているだろう。そのような人物を表面的に観察するだけでは、同族嫌悪が生じることはほとんどないが、深い洞察力や、霊的な知識をもてば、多かれ少なかれ、そのような人のなかにも、自分と同じ性格や境遇をもっているのがわかるようになる。そのような同族嫌悪を感じさせる、自分のなかのエゴの、「自分が一番であり、特別視されたい」という利己主義的性格や境遇について、人智学ではルシファーとアーリマンという堕天使悪魔で表現している。このブログでは何度もこのような存在を紹介してきたが、以下の動画がもっともわかりやすく解説しているので、紹介する。『シュタイナーの学びにおける悪魔についてのごく基本的なこと』 諏訪耕志 シュタイナー いかにして人が高い世を知るにいたるか テオゾフィー 普遍人間学 アントロポゾフィー - YouTubeいま世界では、グローバリストとナショナリストの戦いが起こっている。人智学的にいうなら、これはルシファーとアーリマンの戦いと言い換えられるかもしれない。いうなれば、この現状は、シュタイナーが預言していた万人による万人の戦いの前哨戦といえるかもしれない。というのは、どの現代人にも、意識のなかに、悪魔的な意識をもち、ルシファーの面とアーリマンの面を併せ持っているからである。シティポップスとポピュリズムの違い世界では、日本のシティポップスが流行っているといわれながら、巷では盛んに、オールドメディアなどで「政治素人」、「ポピュリズム」という表現が目立ち、国民主権が明記されている日本国憲法において、本来、政治素人という言葉は、本来、意味がなく、民主主義では国民全員が政治素人で、国民が忙しいから専門職を置いて、代わりに代議士にやってもらう利便性が通用してきたせいなのか、世襲制がプロとでもいいたいのかわからないが、一般大衆に向かって、政治に口を挟むな、というような特権階級が、いつの間にできたのか、政府が国会の選挙制度を基礎とした議決権を無視するような三権分立違反がいつの間にか起こっている官僚独裁ぶりに、全くなんの反省もない日本の政治家はどうかしているのではないだろうか?このような昨今のこの国の政治混迷について、巷の官僚に洗脳された地上波の偏向報道から、政治を語る自称専門家なる知識人が、無知ゆえに、ポピュリズムなどのレッテル貼りをして、自分たちがさも何でも知っているかのように自分たちを権威づけし、大衆を見下しているが、ではどれだけポピュリズムについて知っているかといえば、せいぜい次のようなAIの回答程度でしかないのが察せられる。「ポピュリズムとは」のAI回答『ポピュリズムとは、一般大衆の意見や感情、不満に訴えかけ、支持を得ようとする政治的な姿勢や運動を指します。日本語では「大衆迎合主義」や「人民主義」と訳されることが多いです。ポピュリズムの主な特徴は以下の通りです。 エリート層への批判 既存の権力構造やエリート層を批判し、一般市民の利益を優先すると主張します。大衆の感情や不満の重視 大衆の不満や願望に耳を傾け、それに寄り添う形で支持を集めます。 単純明快な主張と二極化 問題を単純化し、「エリート対庶民」のような対立構造を作り出す傾向があります。これにより、対立者を「敵」と見なし、国論の分断を招くリスクがあります。 カリスマ的指導者の存在 カリスマ性のあるリーダーが、エリート層への批判を先導し、大衆からの支持を集める構図がよく見られます。 ポピュリズムは、民主主義の修正という側面を持つ一方で、少数意見の軽視や権力の乱用につながる危険性も指摘されています。また、政策に一貫性がなく、根本的な政治思想がないことも珍しくありません。 歴史的には、19世紀末のアメリカで「人民党」が結成されるなど、経済格差への不満を背景にポピュリズム運動が見られました。近年では、ドナルド・トランプ元大統領(アメリカ)やドイツのための選択肢(AfD)の台頭など、世界各国でポピュリズムが広がっていると言われています。』更にウイキをググると、もっとマシな回答が以下に得られる。ポピュリズム - Wikipedia 以上のウイキをみればわかるが、巷の「ポピュリズム」発言は、減税政策に賛成する人々に対して、「減税ポピュリズム」と財務省の意向を受けた、権力の椅子でも提示されたのか、某政治家たちに端を発した発言だが、減税を否定しておいて、他にどんな物価高騰に対する対案があるのか、なんの政策を示さないどころか、増税には財源を示さずに、減税に財源を示せ、と言ったりして、権力で民衆を黙らせる手法なのは明らかで、参院選の公約の減税策にかわる2万円給付でさえも選挙で負けたからといって、反故にするなど、一体、誰のためになんの政治をしているのか意味不明で、挙句の果てには、公約を守らなかった政党が悪いのに、新しく政治に参加してきた参政党に対して、その政策を批判するならまだしも、日本人ファーストのスローガンが排外主義だと勝手に解釈して、減税に対して使ったポピュリズムをいつのまにか、排外主義について使っているいい加減さや、その新しい政党への排外に利用している権力を使った虐めやパワハラの手法に、国民が益々嫌悪感を生じさせているのがわからないらしいから政治的感性がもはや滅茶苦茶である。とにもかくにも、日本の政治家や官僚の低レベルさや権力への執着心ばかりが目立つので、このままいくと、霞ヶ関や永田町には浮遊霊や地縛霊ばかりがウヨウヨならぬサヨサヨしそうである。一体このような官僚や政治家たちは、なんのために、この日本に生まれてきたのだろうか? 日本の政治家には、哲学が欠如しているので、いまからでも遅くないから、哲学を学び直す必要がある。あの田中角栄だって、地上の人間力学は学んだが、哲学や道徳を学ばなかったせいで、自分がつくった金権政治に足をすくわれて、悪魔に唆されて地獄に堕ちたのである。いまこの国の政治にはとにかく洗濯が必要で、魂を洗い流す作業が不可欠である。このような権力志向の執着心旺盛な人でなしたちをみて、国民一人一人が目覚めるときなのである。政治家たちは権力欲、もしくは物質欲に執着し、ルシファーか、アーリマンかの奴隷と化しているので、日本人はどちらにも染まらずに、個人個人で、道徳的に目覚める、来るべきアクエリアスの時代だと意識改革するときなのである。だから、このような現状を説明するのに良い動画を以下に見つけたので紹介する。【3分で分かる】なぜグローバリストは日本を弱体化したがるのか?...知らないと損する政治雑学 #58 - YouTube【3分で分かる】グローバリストが移民を大量に呼ぶ理由...知らないと損する政治雑学 #30 - YouTube【3分で分かる】なぜ日本はディープステートに逆らえないのか...知らないと損する政治雑学 #65 - YouTube崩壊寸前!ニッポン雑学ch - YouTube政治について全く無知で無学の日本の政治家が、ポピュリズムを云々いう資格があるのか疑問だが、冒頭のタイトルとして掲げたシティポップスとの認識の違いをいま明らかにすべきである。日本の政治を、現代音楽で表現するのなら、いまシティポップスが必要なのがわかるからである。シティ・ポップ - Wikipediaというのも、ポピュリズムが、以下の米国の人民党から派生したのでわかるように、大衆の数の物質力を背景としたものなのである。その根底にはナショナリズムがあるのがわかる。これを現代音楽で置き換えるなら、アメリカンロックといえるかもしれない。ポピュリズム - Wikipedia人民党の政策『共和・民主の二大政党に対抗するこの第三政党の政治運動は、勤労民衆による全国政治権力の奪取をめざしてアメリカ社会をゆるがした。人民党は国家権力が金権勢力によって掌握されているという現状認識に立ち、それを人民の手に取り戻すべきことを唱えた。人民とは生産者階級であり、額に汗して働き富を創造する人びとの総称であった。彼らは労働者階級に共感を示し、労働者と連帯して政治機構変革の運動を高めようとした。そして19世紀的な消極国家論を脱して、国家権力を人民が握って国家の機能を拡大し、人民の福祉のための積極的国家にしようと主張したのである。また彼らは国際的な金融勢力の陰謀である金本位制のもとで人民が搾取されているとし、銀貨の増発によって農産物価格を引き上げ、繁栄を取り戻すべきことを唱えた』対して、グローバリストを背景とした、英国のブリティシュロックがあり、それら両巨頭の狭間にあって、日本のシティポップスの原点のグループとなった「はっぴいえんど」が、米国と英国とのバランスの融合のなかに生まれたのが、以下のウイキの解説からわかる。シティ・ポップ - Wikipedia 『シティ・ポップの起源について統一した見解は得られていない。音楽評論家の木村ユタカはシティ・ポップ(ス)を「ジャパニーズ・シティ・ポップ」と再定義して、その起源をはっぴいえんど(1969年 - 1972年)とした。またシュガー・ベイブのアルバム『SONGS』(1975年)もシティ・ポップの嚆矢と言われることが多い[29][30]。一方で、上述したようにシティ・ポップ(ス)の語は彼らの活動時期にはまだ使われていないか、普及していなかったため、はっぴいえんどやシュガー・ベイブをシティ・ポップの起源とする説に対して批判的な見解もある。 1960年代後半から現れた自作自演のフォークやロックのうち、演奏やアレンジに凝った楽曲が1970年代になると「ニューミュージック」とカテゴライズされ、従来の楽曲との差別化が図られたが、その枠組みは次第に拡散して曖昧となった。そのため「洗練された都会的なニューミュージック」を他と一線を画するために作られたのが「シティ・ポップ」というカテゴリである。 シュガー・ベイブのアルバムを起点とし、その後に活躍した大瀧詠一、山下達郎、吉田美奈子、荒井由実、竹内まりや、大貫妙子、南佳孝、山本達彦などがシティ・ポップの基盤を作り上げていったとされる。なお、シュガー・ベイブに限らず、シティ・ポップの主要アーティストはほとんどが東京出身者もしくは東京を拠点に活動した者たちだった。従ってシティ・ポップで歌われる「シティ」とは高度経済成長を経た「現代の東京」であり、それもリアリズムから一歩引いた、広告都市的な消費の街というフィクション性を多分に含んでいた。そうした「シティ」における、お洒落なライフスタイルや都会の風景、時には都市生活者ならではの孤独感や哀愁を、良いメロディと洒落たコードに乗せて歌い上げたのがシティ・ポップだった。』はっぴいえんど - Wikipedia 『サウンド面においては、アメリカのバッファロー・スプリングフィールドなどの影響を受けていた。もっとも1960年代末から1970年代初頭には、日本でもすでにハードロックやプログレッシブ・ロックが注目されていたが、1970年の洋楽専門雑誌では特集で彼らが回顧されていた。しかし、ブリティッシュロックが人気だった当時の日本でフォークソングやフォークロックの音楽性を標榜したのは、「日本のロック」を作るためにはアメリカのロックをやらなければならないという考えがあったためで、また細野がアメリカ音楽の影響を強く受けていたこともある。当初、大瀧詠一と細野晴臣は音楽性を重視していたため、ロックに日本語の歌詞を付けるという松本の提案に反対した。 はっぴいえんどが取った方向性やその音楽性は、後に続く日本のロックバンドに大きな影響を与え、乱魔堂、センチメンタル・シティ・ロマンス等の後継者を生んだ。また松本が長らく作詞を担当した松田聖子の曲は大瀧・細野・鈴木が作曲した曲が数多くあり、はっぴいえんどの方向性や音楽性は松田にも受け継がれている。』つまり、大まかにまとめ、音楽から政治に変換すると、英国から議会制民主主義を取り入れ、米国からGHQを経由して、いわば無条件降伏として、米国流の大衆民主主義をなかば強要された日本の政治は、ブリティッシュロックとアメリカンロックを巧みに和魂洋才したシティポップスを理想とすべきで、現にシティポップスが世界から賞賛されるのは、背後のルシファーとアーリマンをバランスよくその欠点を克服した調整融合の調和した音楽であるのがわかるからである。高い理念は英国由来で、大衆物質主義は米国由来の、両併合型政治が、衣食住足りて礼節を知るではないが、当時の日本の経済的な余裕から、新しい精神性を求める運動がシティポップスとして生まれた雰囲気を、角松敏生氏は以下のように語っているのを、ウイキから抜粋する。衣食足りて礼節を知る - Wikipediaシティ・ポップ - Wikipedia『バブル前夜、日本人の生活がどんどん豊かになって、一般市民の中に経済的、精神的余裕が生まれていった。そんな中で、平日は街で夜遊びして、オフには伊豆とか湘南でサーフィンするという若い人たちのライフスタイルが構築されていった。平日と週末、都会の夜の喧騒とビーチのリゾート感覚がセットで、多くの人の意識にあったんだ。全てにおいて勢いがあって、手探りで新しいものを作ろうという時代の雰囲気。そんななかでシティポップという流れができてきて、聴く人にもウケたんだと思う。』カルマによる現代人の深刻な問題と課題さて、以前、政治は物質界の管理、と紹介したが、物質界を平和に安定させるには、出口王仁三郎の説いた霊主体従が基本になるのはいうまでもなく、霊的な秩序の法則を学ぶ必要がある。霊というのはエネルギーの源であり、生命力の充ち溢れる叡智だからである。叡智というとなかなか無知の知でないとわからないが、とにかく、みえないものに感謝する心が必要になってくる。見えない叡智といえば、例えば、天才と秀才の違いなどが挙げられるが、例えば、大谷選手が、現世の努力だけであのような偉業が成し遂げられたとおもってしまうのは浅はかで、前世からの能力や努力をして、あのような偉業が成し遂げられると考えたほうが、ローマは一日にして成らず、で明らかだろう。つまり、大谷選手には、現世で大成するだけの前世のカルマが働いているのがわかる。間違ったオカルトの解釈で、カルマというと、業や宿命のような、重荷に感じる人が多いかもしれないが、本来のカルマというのは、神智学や人智学にいれば、現世での喜びを与え、現世での生を祝福するものなのである。誰もが自分の人生の主人公だが、その主人公を際立てしてくれる舞台装置というか、ドラマをつくる脇役などがカルマなのである。無知の知でない現代人の多くが、地上波に洗脳され、間違ったオカルトの知識で、現代の利己的な解釈で、カルマなどを論じるが、シュタイナーも、例えば、病気になったときに、前世からの因縁などと安易に考えてはいけない、と戒めている。確かに、前世からの因縁で、現世で病気になるのは、前世で治療の努力の甲斐なく、その生を終えてしまった場合もあるが、真の意味は、現世で、治療の努力をして、健康を獲得する目的なのである。あくまで、不完全な肉体を、完全なものに改めるためで、霊的な知識を獲得するためなのである。霊的知識はオカルトとして、地上波などからは非科学的といって、ポピュリズムのように差別され見下されて、除外されている。だから、ユーチューブなどからしかその情報を入手できないが、逆にネットフーテンの寅をしている毎日から、これまでほとんど地上波だけしかみてこなかった弊害で、その偏向情報に、つまりルシファーか、アーリマンかに洗脳されてきたことがよくわかり、その堕天使悪魔から自らを解放する面白い動画に毎日遭遇している。つまり、現代人はオールドメディアが流す偏向報道に洗脳されているために、現代病に罹っているが明らかなのである。洗脳される理由は、現代人のなかに、多かれ少なかれ、権力欲や、物質欲があるためである。それらは、ルシファーとアーリマンによる誘惑である。それら主な洗脳は、人間をモノ化するもので、例えば、以下のカルマの動画は、そのような地上の偏向情報から解放してくれるので、紹介する。「自分に存在価値がない」と思っている人は絶対に最後まで見て下さい!:日本エドガーケイシーセンター会長 光田秀 先生へインタビュー② - YouTubeアトランティス人が現代人に残したメッセージ :光田秀 先生インタビュー 総集編 - YouTube日本に受肉した魂 民族魂の使命① ルドルフ・シュタイナー - YouTubeアトランティス人が現代人に残したメッセージ :光田秀 先生インタビュー 総集編 - YouTube「聖書の奥義」を読み解く:日本エドガーケイシーセンター会長 光田秀 先生へインタビューⅡ③ - YouTube【となりの小さいおじさん】世界の消滅を防ぐためにするべきこと : 瀬知洋司 先生インタビュー④ - YouTube【矢作直樹 先生×瀬知洋司 先生】自然の中や神社に行く時の注意事項 - YouTube【矢作直樹 先生×瀬知洋司 先生】今のSNSは日本人の感性に合わない - YouTube【矢作直樹 先生×瀬知洋司 先生】人が生まれてくる目的 - YouTube【となりの小さいおじさん】買ってはいけないもの、やってはいけないこと : 瀬知洋司 先生インタビュー① - YouTube【となりの小さいおじさん】"異世界の住人"には要注意 : 瀬知洋司 先生インタビュー② - YouTube【となりの小さいおじさん】エネルギーを綺麗に保つ2つのコツ : 瀬知洋司 先生インタビュー③ - YouTubeお金も労働もない不思議な世界の体験談 : 清水浦安先生へインタビュー① - YouTube高位の聖霊から現代人へのアドバイス:「メディカル・ミディアム 人生を変える食べ物」を紹介① - YouTubeとりあえず、動画紹介が、長くなってしまったので、次回からまとめて要約しながら紹介する。特に上に紹介した動画のなかで、一番現代人が知るべきオカルト知識は以下の動画である。アトランティス人が現代人に残したメッセージ :光田秀 先生インタビュー 総集編 - YouTube
2025年09月23日
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いまだに巷では、悪い宇宙人が地球を滅ぼすネタに尽きないが、そんな宇宙人がいればとっくに人類は滅ぼされているし、地球はなくなっているはずである。大体人類を滅ぼしてどうするのだろうか? 以前紹介したアメリカ先住民ポピ族の神話にも、人類が3回滅んでいる話があるし、聖書にもノアの箱舟の話が載っている。なんで人類は滅亡から免れたのだろうか?もし悪い宇宙人がいれば、人類を滅ぼすよりも、反社組織や財務省のように、人類を恐喝して、人類同士を仲違いさせ、戦わせ奴隷として支配し、フィクサーとして、人類の上に君臨するほうが遥かに利口で、お人よしが多いといわれている日本人の悪徳官僚や政治家でさえ行っているのだから、寄生ウイルスにとっては、宿主を滅ぼすよりも、支配するほうが、数段賢いように思われる。人類を滅ぼすよりも、人類を奴隷にしたほうが、ウイルスのような悪人には好都合といえるだろう。つまり、そのような悪人に悪知恵を与えているのが、悪い宇宙人のルシファーで、主に宗教などを唯物論で歪ませて、思想で洗脳し、人類を思いのままに支配し、奴隷化させているわけである。シュタイナーによれば、ルシファーは、地球になる前の、地球が月だった頃に、当時の月の人間としての進化過程で、課題を果たせずに落第した堕天使存在であるという。だから、月学校の落第生で、地球学校に降格して編入した落第生である。ちなみに、当時の地球は、月と一体で、固体はなく、全体が液状の天体で、人間にはまだ知性がなく、動物のような存在だったという。このような連中が、神に従わない自由を地球人に与えた。だから、当時のルシファーが人間のような存在で、当時動物だった地球人を育成していたようである。つまり、そのときから、人類を自由に指導してきたので、地球人をいわば下にみているわけでもある。人類のなかにも、ほとんど同じ知性なのに、同じ人間を見下し、差別するようなのは、ルシファーの影響を受けている。以前、人智学による古代アトランティス時代の人種の話を紹介したが、このルシファーの影響を濃く受けているのが、蒙古人で、中国人と日本人の先祖にあたる。その優越思想が中華思想などである。野蛮人とかの差別語などでもわかる。最近、ユーチューブ動画で、日本人は宇宙人の末裔という話が流れているが、それは恐らく、ルシファーの月人のことを指している可能性が高い。有名な、竹取物語のかぐや姫も、月人の話である。日本人の先祖には霊能者が多かったので、陰陽師などは、ほぼ霊能者だったから、月人と地球人との交流の話を描いたのだろう。勿論、月人は、地球人のような物質の肉体をもたないから、潜在意識のなかの話で、夢のなかの話である。当時のUFOのような宇宙船は、龍に喩えられ、いまでも、雲の形でみられるときもある。ルシファーの影響は目にはみえないから、主に人間の潜在意識のなかで、地獄のような、怖い夢などで、影響を与えているようである。霊魂が純粋で穢れがない霊能者なら、アストラル光=霊光により、アストラル界をみれ、悪霊としてわかる。自分が正しいと思い込んでいる権力志向の人間は、光よりも闇のルシファーの影響がみられる。これらルシファー的な存在は、キリストが地上に降臨したときには、パリサイ(ファリサイ)派のユダヤ人として知られていたが、現代でいうなら、無神論者の左翼思想の、リベラルな思想の持ち主といえるかもしれない。いまでも、自らの権力を維持するために、なんらかの宗教を掲げているが、偶像崇拝で、神を信仰していないのは明らかである。というのも、宗教とは、あの世のアストラル界の仕組みについての教えなので、霊能者でないと、師として弟子に伝承できないからである。あの世がみえないのに、あの世を教えられるわけがない。例えば、アメリカに行ってもないのに、アメリカを語るようなもので、噓八百だからである。そもそも、輪廻転生を説けない宗教者は皆ニセモノである。しかも、霊能者は金銭を貰っては奉仕にならないので、貰った分は利己的使用になり、次の転生でその能力を失う。霊力とは共感力で、人を助ける能力だからである。そして、もう一方の悪の宇宙人が、前回も紹介した、人類を分断し、仲違いさせ、例えば、民族自決などを提案し、国際連盟をつくったグローバリストの元となったウイルソン大統領などに憑りついたアーリマンと呼ばれる太陽紀に落第した堕天使である。この悪霊が、世界に論争、闘争、戦争をまき起こしている。社会情勢からもわかるが、英国、イスラエル、ロシア、中国、北朝鮮、米国などに暗躍している。日本も左翼政権では危ないのがわかるはずで、現に政党が分裂している。連中は統合といいながら、分断を画策する。国民の大多数が望んでいる政策を無視するのでわかるはずである。このように悪霊とは、端的にいえば、差別し、分断し、闘争する、悪しき考えなのである。もっと単純にいえば、利己的な考えである。自分さえ良ければいい、という考えが、悪魔の特徴なのである。だから、悪魔たちは、人類を奴隷化して弄んでいるわけなのである。早い話、サド的存在である。だから、連中は、人類を滅ぼすよりも、奴隷にして弄んでいるわけなのである。人間の苦しみをみて喜び優越感に浸るのである。落第生が先輩風を吹かせて、パワハラするようなものである。このように、悪い宇宙人の悪魔が人類を支配すれど、滅ぼさない、もう一つの理由は、そもそも、人類が滅びないからである。人類の存在は神により認められている。神に認められないと一時も生きられない。人間の死などは、人間の思い込みで、肉体の死でしかないからである。死が幻なのを、悪魔は知っているので、人間には死を内緒にして、肉体の死を、生の死と思い込ませ、自分たちの奴隷としてパシリをさせるわけなのである。死を内緒にするために、人間を肉体のなかに閉じこめ、肉体に愛着を持たせるのである。だから、お釈迦様は、執着心をなくせと説いたのである。悪魔は執着心を餌にして、欲望を絶えず与え、そして、この世が全てで、あの世などないと洗脳するわけなんである。それは巷のオールドメディアの偏向報道と同じで、自分たちはさも贅沢な物質的に富む幻の官能生活をしながら、洗脳情報を流して、増税し、苦しく貧しい生活を弱者に強いるわけなのである。連中の贅沢な生活は、弱者の税金から成り立っていて、連中は何も稼いでいないのである。だから幻で、ウイルスなのである。しかし、連中には重大な知性が抜け落ちてしまっている。この世が全てだと思い込んでいる。だとしたら、睡眠中はどこに行くのだろうか? 睡眠中に行く世界は、この世と同じ場所なのか? この世の安楽な生活のままで人生をやり過ごせるのだろうか? この世を権力で保持してそれが続くとでも思うのか? この世の権力のウイルスのまま暮らすのか?この世の富で着飾る事は、あの世でも可能なのか? あの世とこの世の関係はイーブンなのか?この世の物質塗れの連中には酷だが、キリストが言ったように、富を積むのなら、天国に積むべきなのである。地上の富は永遠ではなく、それは富ではなく、地上での物質的犠牲で支払われた負債だからである。金持ちが天国に行くには、ロープを針の穴に通すよりも難しい。つまり、あの世とこの世はアベコベだから、この世で貧しく苦しい生活をすれば、霊魂の穢れが取り除かれ、弱者の気持ちがわかるので、少なくとも物質に頼らずに、忍耐力という無限の無償の愛の、精神の恵みの霊魂の能力で、あの世では、共感力で幸福に生きていける。共感力とは、簡単にいえば、火事場のクソ力のことである。本来の霊魂の芯となる神の光が開発されるのである。だから、宗教の修行者は、過酷な修行をするわけである。しかし、過酷な修行をすればいいというわけでもない。物質界で安楽に過ごすと物質に依存し、自分で何事も解決できずに、他力本願になり、霊魂が怠惰になるので、闇の中に埋没するようになる。そして、結局、自分に自信がなくなり、マイナス思考になる。マイナス思考では、失敗の責任を自分ではなく、外的要因に求めがちになる。そうして益々利己的になり、自分では何もできなくなり、能力を開発できなくなっていく。そのような霊魂は、この世と真逆のアベコベの、あの世について何も見通せずに、自分で自分を浮上させる能力がなく、他力本願で、何もできないから、死後地獄に堕ちるのがわかっている。ちなみに地獄の世界とはどういうところなのか、出口王仁三郎は、以下の動画で語っているので紹介する。【総集編】地獄とはどんな世界なのか【出口王仁三郎】地獄 | 霊界 | 言霊 | 霊性 | 大本教 | みろくの世 | 感謝 | 無条件の愛 | 霊主体従 - YouTubeこの世ではカネを出せば、他の人が代わりにやってくれるが、あの世ではそうはいかないし、自分という内面の心の存在も、何らかの外面の存在に置き換わる。要するに、自分がなした悪行をまじかに見て、体験するのである。自分の悪と向き合うのである。そして、改心すると、次の転生で、その改心を実際に体験して証明するわけである。つまり、前世で自分が出したゴミを、現世で拾い、自分で処分するのである。物質界で出した物質のゴミは、物質界で処理されないといけない。キリストは、このことを、カエサルの物はカエサルに返せ、と説いている。物質界だけで通用するカネや、貨幣の価値観、物質的信用、それに付随する権力などは、物質界の、この世だけのものなので、あの世にはもちこめない。人間は、神の国の子なので、地の国の子ではないからである。地の国の子が、あの世に行くには死なないといけない。しかし、唯物論に洗脳されて、自分を肉体の存在と思い込むと、地の国でしか生きられないから、肉体を手放し、死ぬのを恐れるのである。マタイ伝第5章3節で、キリストは、「心の貧しい者は幸いである。天はその人の為にある。」と言ったとされているが、この本当の意味は、ソクラテスが説いた無知の知にある。試しにググってAIの回答を出すと以下になる。「心の貧しい人は幸いである」のAI回答『「心の貧しい人は幸いである」という言葉は、聖書(マタイによる福音書5章3節)に由来し、自分の弱さや至らなさを認め、神の助けを求める謙虚な人を指します。この言葉は、直訳すると「心の貧しい人は幸いである」となりますが、聖書の翻訳者たちはその意味を説明するために「自分の貧しさを知る人は幸いである」と訳しました。「心の貧しい人」とは、具体的には以下のような特徴を持つと解釈されます。謙虚さ 自分の傲慢さを捨て、謙遜な姿勢を持つ人です。自己認識 自分の弱さや虚しさを認め、神の憐れみを乞うことしかできないと知っている人です。神への依存 神の助けを求め、人生のすべてを神に委ねることで、精神的な平安を得る人です。欲のなさ わがままを捨て、神の御旨にかなうことを常に望む人です。このような人は、死後に天国へ行けるだけでなく、今の人生においても天国の幸福を経験し始めるとされています。 一方で、一般的に「心が貧しい」という表現は、知性や教養に乏しく、愛情や思いやりがなく、自分勝手で傲慢な心の状態を指すこともあります。また、周囲の評価に執着しすぎたり、他人の話に耳を傾けず自分の意見ばかり通そうとしたりする特徴も挙げられます。経済的に豊かであっても、常に満たされない気持ちを抱えている状態を「心の貧しさ」と表現することもあります。』このAIの回答は、唯物論の知識を基盤にしているので、あの世について全く無知だから、このような無味乾燥の回答になる。それは本来、ソクラテスが説いた無知の知なのだが、これもググって、AIの回答を出してみると、以下になる。ソクラテスの無知の知『AIアシスタント💡 無知の知とは「知らないことを自覚する」という考え方 「無知の知」とは、古代ギリシアの哲学者であるソクラテスの哲学を特徴づける言葉で、「自分には知識がないことを知る」という考え方です。知らないことを自覚し、自分自身と真摯に向き合うことで、真の知識を探求することが大切であるという意味合いがあります。 この考え方の根底には、人間は様々な先入観や思い込みにとらわれているという自覚があります。自分の無知を認めることで、それ以上学ぶ機会を失わずに、より真理に近づくことができるとソクラテスは説きました。🧠ソクラテスと無知の知 ソクラテスは紀元前469年頃、アテナイ(現在のアテネ)で生まれ、生涯の大部分をアテナイで過ごしたと言われています。彼は著作を残さなかったため、その思想は弟子のプラトンやクセノフォンが残した著作物を通して知ることができます。特にプラトンの『ソクラテスの弁明』には、「無知の知」を自覚するに至る話が描かれています。賢者との対話 ソクラテスの友人がデルフォイの神託で「ソクラテス以上の賢者はいない」と告げられた際、自分は賢くないと自覚していたソクラテスは驚きました。そこで彼は、市内の賢者と呼ばれる人々のもとを訪れ、対話を試みました。 対話を重ねる中で、ソクラテスは、賢者たちが自分はすべてを知っていると思い込んでいる一方で、実際には知らないことが多いことに気づきました。そして、自分は「知らないことがあることを知っている」、つまり自分の無知を自覚している点で、彼らよりも賢明であると結論付けたのです。裁判と最期 ソクラテスは、問答法によって多くの人々の無知を自覚させましたが、その問いかけ方は、当時のアテネの為政者にとっては危険な思想と見なされました。結果として、彼は国家が信仰する神々を認めず、若者を惑わしたという理由で裁判にかけられ、死刑判決を受けました。脱獄の機会があったにもかかわらず、ソクラテスは「善く生きる」という信念を貫き、死刑を受け入れたと言われています。』というように、これまた唯物論の知識を基盤にしているので、AIの回答だと、そもそも無知な者が、なぜ自分が無知だと自覚できるのか、という論理的な矛盾に陥っている。自分が無知というのを証明するには、この世にいる無知でない人とくまなく対話をして、それ以上のことを知っているからこそ、自分が無知だと自覚できるわけである。この世の全ての知性を超えることでようやく自分の知性でもって、その無知さを自覚できるのである。わかりやすく言い換えると、10リットル入る器に、10リットル以上の水を入れれば、それ以上はオーバーフローで認識できずに、無知さを自覚できないわけで、入れる知識量を上回る知性がないと、無知を自覚できないわけで、つまりはこの世の知性を上回る知性を手に入れてはじめて、その無知さが自覚できるわけなんである。この場合の知は、知識の記憶ではなく、知恵の能力のことを指している。だから、ソクラテスは当時の賢者といわれる人全てに会って、その知性を上回って、自分は「知らないことがあることを知っている」から、当時の地球人が無知であるのを自覚できたというわけなんである。つまり、ソクラテスが言いたかったことは、当時の人間は神について何も知らないし、たとえもし、モーセのように、神にあっても神と認識できないだろうし、例えば、人間よりも賢い宇宙人にあっても、それが宇宙人だとは認識できないだろう、と言っているわけなんである。これが本当の意味の無知の知なのである。というのは、ソクラテスは霊能者だったから、あの世の存在を知り、あの世のしくみも知っていたから、毒杯の刑になっても、肉体を失うだけで、霊魂は永遠なので死なないのを知っていたから、キリストの「カエサルの物はカエサルに」発言と同じ「悪法も法なり」と言って、毒杯を飲んだわけなのである。結局、ソクラテスは、何が言いたかったかというと、古代ギリシア時代の紀元前470年頃 – 紀元前399年に、将来、太陽神のキリストが、イエスとして降臨するのを霊能力で知っていて、そのような救世主が現れても、既に古代ギリシアの人間の知性では、神という存在を認識できないので、つまり、霊魂の認識力を失ったので、イエス=キリストが説く教えが理解困難になるのを、無知の知として預言していたのである。そして、実際に、イエス=キリストが、ヨハネの洗礼によって降臨して、天の教えを説いてまわったけど、ほとんどが理解できずに、特にルシファーに洗脳されていた当時のファリサイ派のユダヤ人に唆されて、毒杯の刑と処されたソクラテス同様に、イエス=キリストも十字架刑に処して、あの世に追い返してしまったわけなんである。しかし、キリストは肉体を失っても、エーテル体で活動し、人間の霊魂の奥深くに父の光と共に、人間が火事場のクソ力を発揮する素となり、常に見守っている。そのことを忘れて、現世に現を抜かして、日々欲望のままに生きていると、永遠に彷徨うユダヤ人のようになって、ついにはキリストのことも忘れてしまうわけなのである。だから、いまだに現代人も、自分のなかにある、神の光をみつけるために、霊魂の穢れを取り除き、能力を開発するどころか、悪魔の手先になって、地獄巡りを繰り返す落第者ばかりというわけなんである。そのようなわけで、巷には悪性腫瘍が繁殖するわけである。さて、相変わらず政治ネタを探してフーテンの寅の毎日で、前回は政治とは簡単にいえば、物質界の管理ということを紹介したが、キリストの言葉をかりれば、一言で適材適所に尽きるだろう。例えば、キリストは、マタイ伝第26章で、高価な香油をお金に代えて施すよりも、貧しい身こそ、物質界から、霊魂の穢れを取り除く絶好の修行の機会であって、貧しい人にこそ、霊的な、あの世の知識を拡げ、教え伝えるのが重要なのを説いた。貧しい身と同様に、病気に罹るのは、霊的な知識に欠け、肉体の管理を疎かにしているからで、病気に罹る事で、悔い改め反省して、霊的知識を獲得することが、精神的な進化につながる。ちなみに、昔の日本人は、貧しいことを恥とは全く感じずに、むしろ、霊魂の穢れを取り除く絶好の機会と思っていたようである。そのような内容を、キリスト教の宣教師が、母国に伝えている記録が残っているのは有名である。キリスト教の布教があまりうまくいかなかったのは、当時悪魔崇拝が多かった宣教師よりも、日本には霊能者が多かったせいかもしれない。つまり、宣教師たちが悪霊を信仰しているのがモロバレだったのだろう。当時の宣教師たちが奴隷 商売もしていたから、如何わしく思えたわけで、火薬などの貿易が目当ての戦国大名しか相手にしなかったようである。秀吉のキリスト教禁教も奴隷売買の禁止であり、島原の乱を詳しく調べると、豊臣の残党から発した、幕府の公武合体を不服とした、朝廷による倒幕運動で、幕末に起こる英国による倒幕運動の先触れみたいなもので、当時のプロテスタントは、幕府の味方をしていたぐらいなのである。このような当時のキリスト教は表向きでしかない。踏み絵自体はあったのかもしれないが、そもそも絵などをキリストの代用にするのが間違いで、聖書を読めば、キリストが、地球と一体化し、人間は、キリストを土として踏むだろうと、キリスト自身が預言している。それに、キリストとは、人間の奥深くにある、救いの意識であるとはっきりとキリストが答えているので、裏切者のユダでさえ、赦したわけで、絵を踏んだからといって、神を裏切るわけではない。踏み絵のような無駄なことをさせる権力者こそ問題で、権力の維持のために人間の生命を軽んじるのが神への裏切りなのである。だから戦国大名や幕府などの役人たちがそれ相応の報いを受けて、地獄に堕ちたわけなのである。人間に上下はなく、ただ神に近いか遠いかでしかない。神に遠ければ、それだけ地獄に行って、何度も輪廻転生を続け、修行の時間が増えるだけなのである。要するに、欲望の虚しさに気づけるか、無知が自覚できるか、なのである。家柄とか人種の出自とかそんなものは唯物論で、光を輝かせる能力が霊魂のなかにあるかどうかの違いなのである。その輝かせる能力は、この世での日々の善行による生き方によるのである。だから、一日一日が勝負なのである。日々無知なのを自覚する毎日である。すっかり記憶力だけがなくなり、無知が増幅しているような気もするが。お蔭で、前見た映画やドラマが何度も楽しめるのはよいのだかね。記憶力のなさを根拠に共感力を拡げてくれる。しかし、それは何度も悪魔に騙されることでもあるな
2025年09月18日
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日本の政治があまりにも酷いので、ネットフーテンの寅をやりながら、ほぼ毎日ユーチューブで政治の勉強をしているのだが、本来は、神秘学を現代人にもわかりやすく、物質科学で翻訳するのが、自分の使命だと思って、ブログを書いている。しかし、特に、最近の巷のオールドメディアの偏向報道ぶりが目に余り、本来の神の国の子である人間の使命を忘れ、地上の束の間の権力者に阿り、権力の子となり、金儲けのためには、平気でウソをつくようになり、地上の闇を深め、人間の精神の進化を妨害し、霊魂の穢れを取り除くどころか、益々権力で穢れているので、本来は精神を清潔にすべき地上の温泉が、権力闘争塗れの肥溜めになってしまっているので、政治リテラシーというか、権力から自らを解放する奴隷解放運動をしなくてはならない現実となっている。そのために、政治を学ばないといけないので、以下の動画などが、政治を学ぶのに良いので紹介する。特に権力者側の意向で流されるオールドメディアの嘘情報に洗脳されている高齢者には必見である。善と悪の肥溜めのなかで、善を見究める能力が現代人には問われている。髙橋洋一チャンネル - YouTubeスパイチャンネル 〜山田敏弘〜 - YouTube政治とは、肉体を管理し、その物質的な拘束や束縛に囚われずに、いかに霊魂の能力を解放するか、にある。霊魂は本来、無限の能力を秘めているのだが、肉体という有限の物質体に拘束されているために、だからこそ、肉体に焦点を当てることで、カメラのように、物質界を詳細に覚醒意識でいわば図形として捉えることができる。例えば、量子力学を学べば、粒子は波動を焦点化した、情報のゆらぎにすぎず、場の量子論では、これを調和振動子と呼んで、ピアノの音階のような鍵盤の音やバイオリンの弦の調和音などで喩えている。それが発展して、超弦理論につながるのだが、粒子というのは実態ではなく、仮想の情報の塊であって、渦のようなものなのである。場の量子論では、この調和振動子で表出される、量子を生成もしくは消滅演算子という数学を使って、ヒルベルトが想定した数学的な集合の、位相空間から、情報として取り出して、現象論に合わせて摂動論により算出している。ファインマンが創出したダイヤグラムはその算出を見通すためにわかりやすい図形である。これらの数学的表現を簡便化すると、電光掲示板のようなのを思い浮かべればよいかもしれない。場の量子論 - Wikipediaヒルベルト空間 - Wikipediaファインマン・ダイアグラム - Wikipediaアルファベットの記号は、電子、光子、クォーク、グルーオンなどの量子を表したもので、電光掲示板のその量子に合わせた点滅と考えればよいだろう。量子とは、光と闇が合わさった点滅で、情報の伝達なのである。だから粒子が動いているのではなく、光と闇の配分が情報として伝わっていると考えるべきなのである。そう考えれば、どの電子も同じで、電子の区別がつかないのもわかる。このような情報の流れを、物質界のなかの人間に喩えると、例えば、川の流れに身を委ねながら、その流れの断片を局所的に詳細にいわば静止しているかのように捉えることで、自分の泳ぐ先の視野を確保しているような、川を泳いでいる状態に喩えられるかもしれない。だから、川の流れを的確に捉えないと、急流に流され、溺れてしまうわけなのである。このように政治を学ぶには、量子力学を学ぶ必要があるのがわかる。そして、それを観測により現実化しているのは、善と悪の光と闇で、正と負のエネルギーと呼ばれる情報なのである。単純にいえば、天は地上を解放しようという情報を送り、地は地上を束縛し支配しようという情報を送っていると考えるとわかりやすいかもしれない。地上の川の流れをつくっているのが悪魔たちである。悪魔たちは、地上で権力を使って誘惑し、権力者たちを虜にする。ルシファーは地上に情熱をもたらし、アーリマンは地上に党利党略をもたらし、人類を互いに戦わせ、支配する。有名なノストラダムスの大予言の、恐怖の大王とは、アーリマンのことで、以下の動画は、要点を絞って、紹介しているが、1999の7の月の予言詩の意味は、次のようになるかもしれない。百詩篇 第10巻72番1999年7か月、空から恐怖の大王が来るだろう、アンゴルモアの大王を蘇らせ、マルスの前後に首尾よく支配するために。1999年7月 恐怖の大王アーリマンが、あの世からこの世の物質界に受肉するだろう。古代アトランティス時代に受肉したルシファーの誘惑を再現させ、地球の火星紀の前後に、人類を数学などの学問を使って洗脳し、人類を小党に分裂させ、敵対させて、支配するようになるだろう。恐らく、1999の7の月とは後に書き加えられたものと考えられ、というのも、ノストラダムスの予言詩に、年号が付記される詩はほとんどないからである。あるとしたら、天使長の入れ替え時期を記すのが考えられ、次のサイトにあるように、ガブリエル、ミカエルの統治の交代を、それぞれ、1771年8カ月(西暦1533年)、2026年0ヶ月(西暦1887年)と考えていたようである。第23回 ノストラダムスの「恐怖の大王」はすでに降りている ルドルフ・シュタイナー - YouTubeノストラダムスの予言、2025年に起こりうる3つのこと | ニコニコニュースOUJJAS_2023_03_252-261.pdfちなみに、シュタイナーは、アーリマンが白人種に1998年に受肉すると預言していた。受肉とは、生まれるのではなく、適当な人物に憑依するという意味である。ヒトラーにも憑依したという霊能者もいる。そして、アーリマンの手口は、人類を分裂させ、敵対させ、支配するもので、この国の財務省などは、特に野党を分断、分裂させ、結束させないようにして、税金を徴収し、支配しているのでもわかる。もしかすると、何らかの悪霊が憑依しているかもしれない。また、人智学を学んでいる人にはお馴染みだが、シュタイナーによると、アーリマンが物質科学の学院をつくり、この世に受肉するために、特に数学を用いて人類を洗脳支配するのが、解き明かされている。そのような話は、以下の動画がよくまとめているので、参考にしてほしい。第17回 アーリマンとは何か ルドルフ・シュタイナー - YouTube第23回 ノストラダムスの「恐怖の大王」はすでに降りている ルドルフ・シュタイナー - YouTube第25回 アーリマンが受肉すると何が起こるか ルドルフ・シュタイナー - YouTubeこの動画で紹介されているように、アーリマンは高度な数学を用いて、人間を洗脳し、人間同士で権力闘争をさせ、支配するから、逆に、現代人は、高度な数学から逃げ出さずに、理解しないといけない。数学ができないからといって、数学をやらないでいると、益々洗脳されてしまうだけなのである。私も数学が苦手で、理論物理をやる以上は避けて通れないので、それなりに悩みながら、ある時は馬鹿にされても、なんとか、理解に努めてきた思い出があるし、いまも、放送大学などの無料放送をみて、学んでいる。数学ぐらい理解困難な学問はないが、嫌いな食べ物も食べないと精神の成長につながらない。というのも、真実はどこからみても真実だから、好き嫌いで真実が変わるわけがないからである。数学が嫌い、という自分の不完全な能力は、この世の覚醒意識での一断片にすぎなく、その欠点につきあうのが、この世での学びで、課題であり、例えば、数学ができないのは、前世で、家にばかりいて、家からあまり地上に出ずに、動き回らずに、地球を旅しなかったせいでもあり、その報いを、数学ができない自分という形で、現世で、その数学の能力という形で、不得手を克服することで、その課題をいま果たしているわけである。ちなみにシュタイナーは、数学を学べば、固体を液体に溶解する能力を開発させるので、糖を消化する能力にもなり、糖尿病の予防にもなると述べている。糖尿病についての話は、以下の動画が参考になるので紹介する。物質をそのまま言葉に置き換え、暗記するのではなく、物質の形や性質などを、その構造から解き明かすのが、暗記科目ではない、数学の働きなのである。第5回 糖尿病は誤った教育の結果として出現する ルドルフ・シュタイナー - YouTubeだから、数学が苦手という欠点が、現世の課題であり、現世で、この課題を果たせば、自分は前世の自分ではなくなり、その古い自分を捨てられ、新しい自分を獲得するようになるわけで、数学を通して、自分が新しく生まれかわり、不完全な自分を克服し、より完全な自分へと、ますます真実に近づける自分になるわけである。例えば、このように欠点を克服することを、人間は祈りや信仰などに求めるが、祈りや信仰とは、不完全な自分に対して、より完全な自分に改心するための宣言のようなものなのである。祈りは、不完全な自分への反省であり、信仰は、完全な自分への信頼回復である。「我に艱難辛苦を与えたまえ」と、山中鹿之介が、神仏に祈願したのが有名だが、オカルトからみれば、この祈願が、祈りの真相に近い。例えば、エドガーケイシーは、この世は三次元で、それは、抽象的な記号のX,Y,Zではなく、時間、空間、忍耐のことで、霊魂の穢れの有限性を取り除くための無限への三要素というような発言をしている。我に艱難辛苦を与えたまえ - 犀のように歩めエドガー・ケイシーの三位一体...父、子、聖霊 : r/Christianity山中鹿之助が知っていたのかどうか定かではないが、地上の人間は、前世での課題を持ち越して、現世に生まれてくる。それは不完全な自分として、時間、空間、忍耐を学ぶ舞台として、肉体をもって生まれてくる。つまり、人間の知性の総体である霊魂が、肉体から学ぶのは、時間、空間、忍耐なのである。肉体は、霊魂を有限な時間、空間の、物質界に閉じ込めるから、人間が自由に能力を開発するには忍耐が必要なのである。物質界を超える能力のカギは、忍耐にあるのがわかる。忍耐がなぜ必要なのかは、以下の、人間が病気にかかる理由を解説した動画から、わかるので、紹介する。第16回 ルシファーと病気の起源 ルドルフ・シュタイナー - YouTubeこの動画からもわかるように、病気にかかるのは、人間の能力の不完全さを教えるためで、つまり人間の霊魂の能力開発の教育のためで、実は、善い事なのである。肉体の不完全性を補完するために、霊魂の能力を開発させ、進化させるためなのである。端的にいえば、間違いを訂正させるために、病気にかかるのである。病気にかかることで、自分のなかに貯めていた闇を知るわけで、闇を除くために、生みの苦しみがある。創造には苦しみが伴う。より健康になるために、より正しい思考力をもつために、病気になるのである。ここに、山中鹿之助の、我に艱難辛苦を与え給え、の祈願の意味がある。自分のなかにある神を信仰することこそ、真の信仰なのである。困難を乗り越え、克服するには、自分の能力を開発するしかなく、霊魂を自分で浄化させるしかないわけなのである。自分にストイックでないと、自分は変われないのである。例えば、ストイックな人とは、ググると、次のようなAIの回答が得られる。ストア派 - Wikipedia「ストイックとは 意味」のAI回答*ストイックとは、目標達成のために自分を厳しく律し、禁欲的に鍛錬に励む姿勢や生き方を指す言葉です。詳細:語源:もともとは古代ギリシャのストア学派(Stoic)やその哲学者のことを指す言葉でした。ストア学派は、禁欲主義に基づいた幸福論を唱えていたため、そこから「禁欲的な」という意味が派生し、現在の「自分を厳しく律する」という意味で使われるようになりました。意味合い:「克己的(こっきてき)」:自分の欲望や感情に打ち勝つこと。「禁欲的(きんよくてき)」:欲望を抑え、情念に流されないこと。使い方:「ストイックな人」「ストイックな性格」「ストイックに鍛錬に励む」といった形で使われることが多いです。特徴:ストイックな人は、一度決めたことを徹底して実行し、自分にも他人にも誠実である傾向があります。英語との違い:英語の「stoic」は「感情を表に出さない」「冷静な」といった意味合いが強く、日本語の「ストイック」が持つ「自分に厳しい」という意味とは少し異なります。勘違いしやすいのは、ストイックな人は、自分に厳しいので、他人に厳しいわけではない。他人には厳しいことを言いながら、自分には甘いのは単なる偽善者である。このようにより完全な存在となるには、この世で様々な苦難を経験する必要があるのがわかる。だから、物質科学を、悪魔が人間に与えたものとしても、それを理解し、乗り越えていかないといけないわけで、数学が苦手で嫌いといっていては、地球紀で、落第するだけなのである。そのようなわけで、間違った偏向報道などに出くわしたなら、その情報を鵜呑みにするのではなく、少なくとも、自分のなかで、真実を吟味し、訂正しなくてはいけない。そうしないと、闇が自分のなかに増えてしまうからである。だから、嘘をついてはいけないのである。巷の物質科学の情報を知るのに、特に数学を理解するのに、以下の「3ヶ月でマスターするアインシュタイン」は大変参考になる。物質界の限界をわかりやすく解説してくれる。地上の人間は肉体を基準にして物質現象を線形化して解釈するが、ブラックホールは、まさにその地上の人間の知性の盲点を表出するものである。3ヶ月でマスターするアインシュタイン3か月でマスターするアインシュタイン - NHK相対論の解説では、光と簡略化して単純に呼んでいるが、そのほとんどが可視光しか想定していない。電磁波でもある光の全体像は人間には捉えられない高度の知性なのである。しかし、人間が可視光を超えて、つまり、物質体である肉体を超えて、物質の崩壊を補完しているエーテル体という生命体を認識できるとき、光のホメオパシーの効果を知り、相対論を超えて、光速度の意味を知るだろう。人間のエーテル体こそが時空を旅する光のタイムマシンだからである。光といえば、先日、以下の科学研究者紹介の番組で、光をクスリに用いる研究者を紹介していた。以前、何度となく、ガンは光線力学的療法で理論的に完治できるのを、シュタイナーの人智学的医学で紹介してきたが、以下の番組で紹介している研究者は、光を感知するタンパク質ロドプシンをクスリにして、肉体の作用を調節する方法を探求している。いまからサイエンスいまからサイエンス | テレ東・BSテレ東 7ch(公式)ちなみに、以前紹介したシュタイナーの人智学的医学では、以下のようにリッターの光を用いた治療法として、紹介されている。長くなるので、断片的に要約する。『前回、治療理念=治癒原理について基礎的な事例を数多く紹介でき、良かったように思う。さて、この治癒原理に基づいた治療法を、恐らく稀少にしてしまうほどの簡便な治療法を紹介する。だから、この治療法はできる限り、用いない為に紹介したい。 この治療法は、勿論、人智学徒にしか紹介できない。この治療法とは、リッターの治療法(1)を応用したものである。勿論、この治療法の成果を、医師個人の能力に帰すわけにはいかない。というのも、個人として、次のように意識するかもしれないからである。(1)リッターの治療法:「M・リッターの光線力学的治療の臨床応用のための手引き」(ミュンヘン、1913) 及び「蛍光及び発光(ルミネセンス)素材を用いた力学的治療法-神経細胞、及び神経細胞死への作用に関する研究と経験との関係」(ライプツィヒ、1905)参照。(リッターの治療法の現代版が、光線力学的療法や、放射線治療である。) リッターの治療法を大学病院などで実施した途端、多くの病気(全てではない)が治療できるので、その治療法に染まってしまい、もはや、それとは反対側の立場には立てず、これまでの治療の成果が著しく減少するような経験をするかもしれないので、個人の医師として、大きな医師集団に対して、治療法を巡って、論争しなければならない。 このようなおかしな事例も現実には考えられる。つまり、通常考えられている通りにはほとんど進まない。医師個人は、1人の患者の治療が最大の関心事なのは当然で、現代の唯物論的な医学は、1人の患者の治療に専念させるような法的根拠を、専門化のなかに探し求めてきた。 実際、この法的根拠は、「病気はそもそも単独では存在せず、患者として存在する」という考えにある。 当然、外見的に、患者として病気が周囲から隔離されているなら、このような根拠も正しいが、実際は、病気が単独で存在するほど、患者は隔離されていないので、以前、E.博士が言及したように、ある病気に罹患している期間が、かなり広範にわたり、ある人を治しても、また別の人に同じ病気が発症していた、という事実を考えないといけない。 個々の症例を、全体のなかに置いてみないと、以上のような事例に甚だ驚愕させられる。だから、人類全体の治療法を洞察できる為には、やはり別の角度から考察する必要がある。 以上から、治癒原理を臨床に一面的に活用するだけでなく、病理学を基にして、治療法を引き出してくる事が是非とも必要となる。この講義では、通常の経験的-統計的な思考に、理念、理性をもたらすのを試みる。』 ガンは端的にいうと、エーテルの光の制御情報が、肉体の特定の物質体に届かないために、無暗に増殖してしまう、ウイルス感染の細胞増殖のような病像を呈する疾患なのである。だから、ガン腫に、エーテルの光を届かせることで、制御し治癒できるが、勿論、その増殖部分を物理的に取り除くのも、対処療法にはなるが、増殖要因を除去したわけではないので、根治にはならない。オカルト的にいえば、霊魂であるアストラル体を浄化して、霊光を高めて、エーテルの光を、物質体にくまなく届かせることで、腫瘍に自発的死のアポトーシスを起こさせるのを、物質科学的にアプローチしたのが、放射線治療である。しかし、放射線は電磁波の一部で、光全体ではないので、効果も一時的で、物理的に除去しても、精神が向上していないと、また再発する。なにより、肉体を構築しているのは、日々の生活で、その影響を受けたエーテル体だから、エーテル体を正しく制御しないと、川の流れが堤防を破壊するように、日々の新陳代謝の改善が必要なのである。このような話は、以前紹介した未来予想士の、徳を積む生き方が参考になるので、その動画を以下に紹介する。要するに、健全な精神には健全な肉体が宿るのである。だから、健全な肉体になるには、健全な精神によって、日々の生活を営む必要がある。ローマは一日にして成らずである。【麻埜美の質問コーナー】子供に夢を叶えさせたい時にやるべきこと - YouTube例えば、ガンを人間に喩えると、周囲の意見を無視し、自分が正しいと思い込んで、孤立する権力者などである。一昔前でいうなら、KYと呼ばれる、空気が読めない頑固者である。巷のオールドメディアのコメンテータなどによくこのようなガンのような人が見受けられるが、自己評価が異常に高く、闇が深いために、協調性がなく、孤立して、単独で猪突猛進してしまうために、周囲が巻き込まれてしまうと組織を破壊してしまう。何の権限ももたず、個人でやるのなら、単なる腫瘍で、良性だが、周囲を巻き込み、取り込んで権力を持ち、党派となると始末に負えない。このような譬えからもわかるが、このような無知で頑迷な人物が権力者となると、細胞の場合は、そのような細胞が多量に増殖し、調和を乱すので、悪性の腫瘍となるわけである。このような党派をつくって、私物化する働きを、人類に与え、その権力で誘惑し、アーリマンは、支配するのである。だから、簡単にいえば、政治の私物化が、ガンなわけで、勝海舟は、自著で、派閥は政治の私物化なのでよくないと断定している。正しい政策なら、公明正大に実行できるはずで、わざわざ権力をつくって戦う必要もない。権力に頼ること自体が闇で、悪なのである。つまり、ガンには、公明正大という光や知性が欠けている。医学を政治に置き換えると、この国の政治には悪性腫瘍のガンが多発しているのがわかる。このような闇をつくって損をするのは結局その闇をつくった当人なのである。だから、キリストは、悪を怨むなと教えている。怨むこと自体で、損をするのは、悪魔ではなく、その悪を恨んだ当人であり、恨みは肉体にガンをつくり、毒となるからである。日々の生き方が精神に反映し、人体に闇をつくるので、生き方を改善しないでいると、例えば、自発的に運動し、健康に気を配る生活をしないで、感謝を忘れ、感動のない、自堕落な生活を続け、日々その日暮らしの、権力に奴隷的な生活を送ると、精神が不健全になり、権力を維持するために、嘘をつき、闇が増えていき、人体にも、権力の子というガンが生まれてしまうのである。さて、話は少し変わるが、先日、BSNHKで、「フロンティア サイケデリック・ルネサンス 精神医療の最前線」という番組をみた。早い話、以前このブログで紹介した、前世療法を麻薬を介して行うもので、脳科学理論で誤った物質的な解釈を交えて紹介しているが、一応警告しておきたい。一番の間違いは、マウスの脳と人間の脳を同じにしているところにある。物質的な機能が同じでも、精神が異なるので、マウスの感性と人間の感性が異なることからも明白である。「サイケデリック・ルネサンス 精神医療の最前線」についてフロンティア - NHKこの番組では、脳科学を用いて、セロトニンのシナプス回路から、自我をデフォルトネットワークで説明していたが、自我は脳にあるのではなく、血液にあるので、麻薬による催眠誘導は、脳のニューラルネットワークで説明できたとしても、脳で起こるのではない。脳は血液の情報を読み取って映しているだけなのである。面白いのは、脳のネットワークで心を説明するのに、脳科学者が、スピリット=魂などの言葉を用いていたので、思わず、笑ってしまった。脳と魂の整合性が付かずに混乱しているのである。まだまだ、オカルトの光についての知見を学ぶ必要がある。脳科学には唯物論を継承している無知さが現れている。人智学を学べば、脳は、思考を映しているだけで、思考は光としてエーテルの形でどこにでもあるのがわかる。光をどこまで実現できるか、映すかで、その知性が現れる。セロトニン - Wikipediaそこで、麻薬によって、前世療法にかわる前世の記憶を思い出す、知見について説明した、以下の動画を最後に紹介して、今回は長くなったので、次回に譲りたい。麻薬によって、自我がなくなり、前世の自我を思い出すので、つまり、物質界から解脱し、アストラル界を見ていることになる。第1回 アストラル界ってどういうところ1 ? ルドルフ・シュタイナー第2回 アストラル界ってどういうところ2 ? ルドルフ・シュタイナー - YouTube物質界を見ている自分と。アストラル界の自分は、鏡像関係にあり、有が無になるから、トラウマをつくっている自分の物質欲や執着心が無になるのである。このような話は、ブライアンLワイス氏の著書「前世療法」に詳しく載っている。例えば、アストラル界からみれば、地動説は天動説になるのを、以下の動画は解説している。第3回 太陽系は螺旋を描く ルドルフ・シュタイナー - YouTubeブライアン・L・ワイス - Wikipediaまだまだわからないことは沢山ある。日々学ばないといけない。
2025年09月16日
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前回はSNSなどのネット情報を通じて、日本が米国の数年後の後追いで、日本のオールドメディアの偏向報道について、米国の偏向メディアなどと比較して紹介したが、どうしてそうなるのかといえば、文化の違いからくる、英語から日本語への翻訳のスパンが一因として挙げられる。ちなみに、日本のオールドメディアの偏向報道ぶりなどは、以下のような元TV局スタッフの動画をみれば、報道しない自由などと国民の知る権利を蔑ろにしてきたインチキぶりがわかり、情報リテラシーも身につくものと思われる。TVの情報などは鵜呑みにしては危険なのである。【元テレビDが回答】テレビの疑問質問にお答えします(プレゼント付き〜後編〜)元テレビDさっきー テレビで言えないテレビの話 - YouTubeさて、郷に入っては郷に従え、というように、外国人が、日本では日本語を喋ればいいのに、GHQが日本語を喋らずに英語文化を持ち込んだ癖に、英語が喋れない日本人が多いのは、GHQの英語教育のせいという都市伝説もあり、現在の日本の英語力ランキングをググってみると、以下のようなAIの回答が得られる。「日本の英語力ランキング」のAI回答2024年の調査によると、日本の英語力は非英語圏の116カ国・地域中92位であり、過去最低を更新しました。この調査は、国際語学教育機関「EFエデュケーション・ファースト」(本部スイス)が、オンラインで実施した無料テストのデータ約210万人分を分析し、「EF EPI英語能力指数」として国・地域別のランキングにまとめたものです。詳細な結果は以下の通りです。世界ランキング: 日本は116カ国・地域中92位で、「低い能力レベル」に分類されています。平均スコアは454ポイントで、前年の457ポイントから低下しました。アジアランキング: アジア23カ国・地域の中では16位でした。アジアで最も英語力が高いのはシンガポール(世界3位)、次いでフィリピン(世界22位)、マレーシア(世界26位)です。過去の推移: 日本は2011年の初回調査では14位でしたが、参加国が増えるにつれて順位を下げています。世界的な傾向: 世界的に英語習熟度の低下傾向が見られ、前年より平均スコアが下降した国・地域は全体の60%に上ります。特にアジアの英語力は「世界のどの地域よりも低下している」と指摘されています。日本の課題: 日本では18歳から20歳の若年層で著しいスコアの低下が見られ、その要因の一つとしてコロナ禍における対面授業の制限や交流の減少が挙げられています。また、男女間の英語力の差は縮小傾向にあります。このように日本語の特殊性もあり、英語力は最低水準にあるが、しかし、逆に数学力は以下のように最高水準にある。日本の数学力ランキングAIアシスタント日本は、国際的な学力調査において常に高い水準を維持しており、特に数学の分野で世界トップレベルの学力を持っていると言えます。国際的な学力調査における日本の数学力日本は、OECD(経済協力開発機構)が3年ごとに実施している生徒の学習到達度調査「PISA(Programme for International Student Assessment)」や、国際教育到達度評価学会(IEA)が4年ごとに実施している「TIMSS(Trends in International Mathematics and Science Study)」といった国際的な学力調査に参加しています。PISA 2022: 2023年12月に発表されたPISA2022の結果によると、日本は数学的リテラシーにおいて、全参加国・地域中5位、OECD加盟国中1位となりました。この数学的リテラシーとは、現実世界の問題を解決するために数学的な推論を用いる能力を指します。日本の平均得点は536点で、前回調査(2018年)から上昇しています。OECD平均が低下する中で、日本は高水準を安定して保っています。TIMSS 2023: 2024年12月に発表されたTIMSS2023の調査結果では、日本の小中学生(小学校4年生と中学校2年生)の「算数・数学」の学力は世界トップレベルを維持しています。特に、小学校(4年生)で5位、中学校(2年生)で4位と非常に高い順位を記録しました。日本の数学力の変遷と背景過去のPISA調査を見ると、日本は2000年の調査で数学的リテラシー1位を獲得するなど、元々高い学力を持っていました。2003年には一時的に順位が低下した「PISAショック」と呼ばれる時期もありましたが、その後は着実に回復し、近年は再びトップレベルを維持しています。COVID-19パンデミックの影響で多くの国の学力が低下する中、日本は休校期間が比較的短かったことも、学力水準の維持に貢献したと考えられています。今後の課題一方で、日本の生徒は数学や理科の勉強が「楽しい」と感じる割合は増加傾向にあるものの、「得意だ」と自己認識する割合は減少傾向にあります。また、自律的に学習する態度や自己効力感の面では、OECD加盟国中34位と低い結果が出ており、生徒の学習意欲や主体的な学びの育成が今後の課題として挙げられます。このように、英語力は最低でも、数学力は最高水準にある日本人が、数学力よりも、英語力で社会的に評価される西欧的な判断基準による対外的な矛盾が、日本社会の至る所でみられるのが不思議でもある。単純にいえば、総じて、日本人は欠点で評価され、長所が無視されている現状にある。特に政治については数学畑出身の高橋洋一氏が、財務省は東大アホウ学部出ばかりで数学もできないのが多いというように、数学ができないから、不適材不適所が至る所にみられるわけでもある。しかも、英語力がない日本人には好都合なのか、財務省の海外投資家向けの英語版の日本国債の紹介サイトには、実質財政黒字で、財政破綻することはないので、安心して投資してください、というような内容が掲載されていた、という話もある。つまり、海外には英語で財政黒字をアピールし、国内には日本語で増税路線を継承したいので、財政赤字をアピールすると言う二枚舌を行っていたようなのである。英国と大きく異なる日本の財政状況 ~英国の財政リスクはG7ワースト2に対して日本はベスト2~ | 永濱 利廣 | 第一生命経済研究所つい最近の岸田石破左翼政権まで、オールドメディアの腐り切った報道の使命を忘れた、報道しない自由のせいで、数学を活用した数理モデルで財政を評価する森永卓郎氏や、このブログでも何度も紹介してきた、お馴染みの高橋洋一氏の元大蔵省での数理モデルによる政策立案などが、財務省解体デモや石破辞めろデモのごとく、ほとんど無視されてきたが、SNSなどのネット世論の勢力が拡大してきたお蔭で、ようやく、最高水準にある数学力が生かされるような報道が巷に広まってきたわけで、残念ながら、森永氏は道半ばでこの世から去ってしまったが、まさに高橋洋一氏は、財政の救世主的存在といえるかもしれない。森永卓郎 - Wikipedia保江邦夫 - Wikipedia以前紹介した保江邦夫氏の陰謀論によれば、日本の経済力を低下させるために、足枷をした日米地位協定による西洋仕込みの洗脳財務省のせいで、低水準の英語力によって、官僚主義による不適材不適所が至る所に張り巡らされ、その非効率ぶりから、無駄な投資をして、官僚作文のシナリオ通りに「財政赤字」になるのも、財務省アホウ官僚の論理でいえば、当然で、特別会計429.5兆円の実態を生んでいるわけなのである。そのなかには、国民の資産を財務官僚が隠した埋蔵金なるものもある。このようなインチキぶりを日本の神様が見逃すはずもないだろう。特別会計の歳出予算額 : 財務省霞が関埋蔵金 - Wikipedia「霞が関埋蔵金」は一般会計の4倍!疑念だらけの伏魔殿「13の課題」とは? | きんざいOnline | ダイヤモンド・オンラインこのような財務省をみてもわかるが、数学的センスがないのに、財政を担当するような不適材不適所が罷り通るのは、日本には、文系と理系の区分けがあるために、せっかくの高水準の数学力を生かす職場が意外と少ないのが挙げられる。多くは肩書きや縁故で採用する人事部の採用基準の問題なのだが、これは特定のコネバイアスがかかっているわけで、日本のオールドメディアの偏向報道とよく似ている。しかも、この偏向報道の最たる矛盾は、西洋の英語カブレにも関わらす、財務省の財政基準が、国際標準に合わせていないところにある。つまり、最低水準の英語力に合わせるために、最高水準の数学力を無視している。ちなみに例えば、この財政基準については、以下のAIの回答でもわかる。AIアシスタント財務省の「財政黒字」目標について財務省は、「プライマリーバランス(PB)の黒字化」を財政再建の目標として掲げています。これは、国債の新規発行に頼らずに、税収などの収入で支出を賄う状態を目指すものです。国際収支の状況直近のデータによると、今日の時点(2025年9月11日)で、財務省が2025年9月8日に発表した「令和7年7月中の国際収支状況(速報)」によると、経常収支は2兆6,843億円の黒字でした。しかし、これは「第一次所得収支」の黒字幅が縮小したことなどにより、全体の黒字幅も縮小したものです。貿易・サービス収支: 8,849億円の赤字で、赤字幅は縮小しました。貿易収支: 1,894億円の赤字で、赤字幅は縮小しています。サービス収支: 6,956億円の赤字で、赤字幅は拡大しています。第一次所得収支: 4兆746億円の黒字ですが、黒字幅は縮小しています。第二次所得収支: 5,054億円の赤字で、赤字幅は拡大しています。「国債」と「財政黒字」の関係国債は国の借金ではありますが、森永康平氏の主張によれば、国家が企業のように借り入れたお金を返さなくても財政破綻することはないとされています。日本は60年後に償還するルールがありますが、実際にはその時点で新たに国債を発行して借り換えを行っており、実質的に資金を出し続けている状態です。財務省が目指すプライマリーバランスの黒字化は、税収で国の借金をカバーするという考えに基づいています。しかし、一部の専門家からは、ゼロ金利下ではPB赤字は問題ではないという指摘や、日本の財政健全化目標を国際標準に合わせる必要性も提言されています。ではなぜ、このような低レベルな英語力を崇拝し、高レベルな数学力を卑下するような財務省がPB黒字化崇拝教となったのか?以下のサイトからわかるように、それは小泉の骨太政策にあり、小泉が財務省の犬であったのがわかる。高橋洋一氏も同様な話を動画で発言していた。1155回トランプがディープステート解体!日本のDSは財務省だ682回 世界で大恥搔かされた国債償還60年ルール 今すぐ止めて690回 財務省が債務だけを言うのは天下りがバレるのが嫌だから512回 天下りがあるのは日本だけ?!特殊法人の闇【元文科大臣→元文科事務次官】564回 法人税を払わないNHKは大儲け!やはり民営化が必要951回 財務省がまたマスコミ使って債務超過だ!というので暴きます。※映像に乱れがあったため再アップしました。時評『プライマリー・バランス(PB)黒字化目標の四半世紀』 | 松村 圭一 | 第一生命経済研究所政府の財政健全化目標にPB黒字化が据えられるようになったのは、21世紀初頭、当時の小泉内閣で初めて取り纏められた「骨太の方針2001」であった。 また翌年の「骨太の方針2002」では、具体的に「2010年代初頭」での黒字化を目指すとされた。では、PB黒字化を、世界的に目標に掲げたのは、いつのどの国なのか? 面白いのは、米国はIMF最大の加盟国なのに、PB黒字化を目標にしていないところにある。以下のサイトにはその理由が書かれている。💸財政のプライマリーバランスはいつごろどの国から始まりましたか?|無流アクタプライマリーバランス(PB:基礎的財政収支)**の概念自体は、20世紀後半に財政政策の分析手法として確立されました。しかし、特定の国で「プライマリーバランスの達成」を財政目標として掲げたのは、1990年代以降のことです。起源と発展概念の成立(20世紀後半)財政学やマクロ経済学の分野で、財政の持続可能性を測る指標としてPBが使われ始めました。IMF(国際通貨基金)やOECDなどの国際機関も、財政分析のためにPBを活用するようになりました。最初に政策目標とした国(1980~90年代)ラテンアメリカ諸国(1980年代後半~1990年代)メキシコ、アルゼンチン、ブラジルなどの国々が、債務危機を受けてPB黒字化を目標にしました。IMFの財政支援を受ける条件としてPB改善が求められるケースが多かったです。欧州諸国(1990年代)EU加盟国は、「マーストリヒト条約(1992年)」により、財政赤字をGDP比3%以内に抑えるルールを設けました。これにより、PB黒字を維持する国が増えました。日本(2000年代)日本政府は2000年代以降、財政健全化目標としてPB黒字化を掲げました(特に2006年の「骨太の方針」)。最初にPBを財政目標とした国**1980年代のラテンアメリカ諸国(メキシコ、アルゼンチン、ブラジル)が、IMFの指導のもとでPB改善を意識した最初の国々とされています。政策的に明確にPB黒字を目標としたのは、1990年代のEU加盟国(特にドイツ、フランス)**や、日本の2000年代の財政政策です。PBの概念自体はそれ以前からありましたが、政策目標として重視され始めたのは、1980年代の債務危機後の途上国政策、1990年代のEUの財政規律、2000年代の日本の財政健全化の流れの中で発展していきました。アメリカは考えないんですねアメリカでもプライマリーバランス(PB)は財政分析の指標として使われていますが、他の国と比べて明確に「PB黒字化」を政策目標とした時期はほとんどありません。その理由はいくつかあります。アメリカの財政とPBの扱い赤字と財政規律の歴史アメリカは歴史的に財政赤字を容認しやすい国であり、PB黒字化を重視する国とは異なる財政文化を持っています。例えば、第二次世界大戦後から現在に至るまで、ほぼ一貫して財政赤字です。「政府の赤字=民間の黒字」というケインズ的な考え方が根強く、PB黒字を追求すると景気後退を招くと考えられる傾向がある。クリントン政権(1990年代)が唯一PB黒字を達成1998年~2001年、クリントン政権時にPBが黒字化しました。これは、**ITバブルによる税収増、国防費削減(冷戦終結後)、増税政策(1993年財政調整法)**が重なったため。しかし、その後のブッシュ政権で減税・対テロ戦争の支出増により、すぐに赤字に戻りました。政策目標としてPBを重視しないアメリカは、EUや日本と違って、「PB黒字化」を政府の明確な目標とすることがほとんどありません。例えば、日本やEUでは「PB黒字化をいつまでに達成する」といった目標が掲げられますが、アメリカでは財政赤字削減が議論されることはあっても、PB黒字化自体が目標になることは少ない。これは、アメリカが「基軸通貨国(ドル)」であり、財政赤字があっても自国通貨で借金できるという強みがあるためです。結論アメリカもPBの概念を使っていますが、「PB黒字化」を積極的に追求したことはほぼなく、唯一の例外が1998~2001年のクリントン政権時代です。そのため、「PBを政策目標として掲げた国」という文脈では、アメリカはあまり取り上げられないのが実情です。驚くのは、米国をはじめ英語圏では、PB黒字化が目標になっていない事実である。1980年代のラテンアメリカ諸国(メキシコ、アルゼンチン、ブラジル)、1990年代のEU加盟国(特にドイツ、フランス)で、英語力ランキングでは、メキシコ87位、アルゼンチン28位、ブラジル81位、ドイツ10位、フランス49位である。そして、日本は92位で最下位となっている。漠然といえば、英語力がないほど、PB黒字化を目指すといえるかもしれない。そして、米国は英語が公用語で、特にケインズ信望者のケインジアンが多いせいなのか、PB黒字化は眼中にない。英語能力指数 | EF 英語能力指数 | EFしかし、例外があり、面白いのは、以下のサイトからわかるように、PB黒字化で財政破綻したギリシャである。英語力はなんと8位と高いから、IMFの言うなりになってしまったのかもしれない。プライマリーバランス黒字化で経済が崩壊?ギリシャに学ぶ緊縮財政の落とし穴|TAKA多くの人が悩んでいる「プライマリーバランス(PB)の黒字化は本当に良いことなの?」という疑問。政府の借金が増えていると聞くと、「とにかく支出を減らして、PBを黒字にすればいい」と思いがちですよね。しかし実際にPB黒字化を達成した国の例を見てみると、思わぬ落とし穴があることが分かります。今回はギリシャを例に、PB黒字化がもたらす経済への影響をわかりやすく解説します。ギリシャはPB黒字化を達成した国2009年、ギリシャでは政権交代時に財政赤字の深刻さが明るみに出て、IMFやEU、ECBといった国際機関からの支援を受ける代わりに、大規模な緊縮財政を実施しました。その結果、ギリシャのプライマリーバランスは、2009年にはGDP比でマイナス10%だったのが、2013年にはプラス1%にまで改善。つまり、日本の現政権が掲げる「PB均衡」という目標を、ギリシャはすでに実現していたのです。でも経済は大きく悪化…政府のPBが黒字になると、「国の借金が減って良かった!」と思うかもしれません。でもその裏で、ギリシャ経済は急激に縮小していました。名目GDPはマイナス成長に転じ、経済規模自体が縮んだのです。その結果、政府債務残高(借金の総額)が減っても、GDPも同時に大きく減ったため、「政府債務残高÷GDP」の比率はむしろ悪化してしまいました。これは、「政府の支出を減らせば経済も縮む」という、経済の基本的な因果関係がそのまま表れた結果です。PB黒字のもう一つのパターン=バブルPBが黒字になるパターンには、ギリシャのように緊縮財政を意図的に進めるケースのほか、もう一つあります。それがバブル経済です。バブル期には土地や株式などの資産価格が急上昇します。それに乗り遅れまいと、企業や家計は借金をしてでも資産を買おうとするため、政府が支出を増やさなくても民間がお金を使い、景気が過熱します。その結果、税収が増え、政府のPBは黒字になります。実際、日本も1990年前後のバブル期にはPBが自然と黒字になっていました。しかし、バブルは必ず崩壊するバブルには終わりがあります。資産価格がピークに達し、下落が始まると、企業や家計は借金を返済しようと一斉に現金化を進めます。でも、全員が高値で売り抜けることは不可能。結果的に市場全体が暴落し、多くの損失が発生します。税収は急減し、政府のPBも再び赤字に転落します。バブル崩壊後の日本が経験した「失われた30年」こそ、その象徴です。米国でもPB黒字のたびに経済危機がアメリカの歴史を見ても、プライマリーバランスが黒字になったことは過去7回ありますが、驚くことにそのすべての後に経済危機や不況が起きています。これは、PB黒字化が一見健全に見えても、経済全体にとっては「お金の供給不足」になりかねないことを示しています。まとめ:PB黒字が経済を壊すこともあるプライマリーバランス(PB)の黒字化は、見かけ上の健全財政のように思えるかもしれません。しかし、それによって経済に悪影響を与えることは、ギリシャや日本、アメリカの歴史がはっきりと示しています。政府の収支だけを良くしても、民間の企業や家計が苦しくなるのでは意味がありません。経済の健全な成長を目指すなら、PB均衡という目標に固執するのではなく、国全体のバランスと実体経済をしっかり見ることが必要です。この情報が皆さんのお役に立てば幸いです。このように、「政府の赤字=民間の黒字」というケインズ的な考え方が根強く、PB黒字を追求すると景気後退を招く、と考えられる傾向がある米国とは異なり、英語力がない日本の財務省が30年の少子高齢化の日本社会の元凶なのがわかる。東大アホウ学部は学歴が高くても、英語力がなく、低い英語力で、高い数学力を無視してきたので、日本経済を縮小させ、景気後退を招いた、のがわかる。なお、アルゼンチンのPB黒字化による財政破綻については、その因果関係に色々な議論があり、いまだ定まっていない。自国で通貨の発行権をもたないせいも挙げられているが、ギリシャもそのせいなので、通貨発行権の代わりのPB黒字化といえるかもしれない。いずれにしろ、日本はG7であり、独自の通貨発行権をもつので、ギリシャやアルゼンチンのようにPB黒字化を目指す必要はない。日本の財務省がPB黒字化を目指すのは、天下り特殊法人を傘下に確保し、税金をタンマリと私物化するための公金横領のためにやっていると考えられるわけなんである。だから、日本にトランプのようなディープステートと闘う神谷氏率いる参政党のような保守政権が出てくると自分たちのシマが荒らされてしまうので、オールドメディアを使って叩きまくっているわけなのである。ケインジアン - Wikipedia政府の赤字は民間の黒字ケインズ経済学とは何かわかりやすく解説!有効需要の概念も説明 | 東証マネ部!英語圏ではPB黒字化を目指していないのに、物質的強者の欧米に、日本人は媚を売って、仲間を裏切るような、この性質が一体どこからくるのか?というのなら、シュタイナーは、古代アトランティス時代の原ツラン人種と原モンゴル人種に起因するのを述べているが、以下の動画などが要約しているので、紹介する。第18回 第七のアトランティス根源人種の末裔の未来 ルドルフ・シュタイナー第19回 第七アトランティス亜人種の末裔の未来 ルドルフ・シュタイナー古代アトランティス時代のエーテル科学文化を引き継いでいるのが蒙古人の末裔である、中国人と日本人で、中国人は自分たちが一番だという中華思想があるために、欧米文化から発する唯物論には染まらないが、日本人は染まりやすく、欧米文化以上に欧米化してしまう素質をもち、それがかえって欧米から、危険視され、監視される現状となっている。自由の教師側に立つ欧米にとって、中国人は師に対立し、敵対する弟子になるが、日本人は師を追い抜き、師を越えていく弟子にみえる。そして、それは以前紹介した以下のマルクスの資本論を現実化させた、いまの中国の無神教な金儲け主義に現れ、エドガーケイシーのリーディングのように、米国が戦争に加担したために、中国が台頭し、物質経済面において、中国と戦う宿命をつくった。このような西洋と東洋の文化交流について、あまりに利己的な唯物主義が先行したために、分断がはじまった事実を以下の動画はまとめているので、紹介する。第4回 マルクスとエンゲルスの前世 ルドルフ・シュタイナー第40回 変容する世界問題3 - YouTube第41回 変容する世界問題4 東洋VS東洋第42回 変容する世界問題5 西洋VS東洋以上の動画はなかなか理解困難だが、要するに、ルシファーが人類に自由に与えて指導した唯物的な支配信仰により、外的な物質面だけで発展していくと、衝突するばかりで、精神的な進化が望めないばかりか、人間はサルのように退化していくだけなのである。つまり利己主義からはじまる自分たちの権益ばかりを主張しても、相手は耳を傾けるどころか、態度を硬直化させるだけなのである。物質科学的な法則は、自然環境を物質化した法則で解釈し、経済を物質化して、物質的な富を現実化させたが、同時に、精神的な生活を物質化された環境で満たすことで、その快適な環境が全てと思い込ませ、そこから逸脱することで、人間の精神に死をもたらした。死から精神文化が蘇り、再生するには、物質化された環境に応じて、物質化した肉体を手放さないといけない。死は終わりではなく、新たなる再生なのである。武士道とは死ぬことに見たり、という葉隠れは、精神の進化のために、肉体を捨てよ、という意味で、新しい肉体を手に入れろという意味なのである。そのような人類の進化計画について、以下のシュタイナーの777の法則の動画は参考になるので、紹介する。第21回 777の法則 ルドルフ・シュタイナー - YouTube第6回 賢者の石とは何か? ルドルフ・シュタイナー - YouTube日本人は日本という洞窟に住んでいる。日本という空気を吸って生きているが、日本人という息を吐き続けるのではなく、吐く息を同時にゆっくり吸う息にかえて、肉体を植物化のエーテル化させるのなら、徐々に固体の肉体から抜け出して、液体の肉体へと、エーテルの肉体へと徐々に死んでいくことで、覚醒意識をもちながら、潜在意識をも夢として記憶できる、霊能力を獲得できるようになる。それが賢者の石の獲得という秘儀参入法なのである。前回紹介したキリストの毒麦の言葉が蘇る。貧しい人々に物的な援助を与えることが、必ずしも、そのような人々を教化と悟りの道に導くことにはならない。霊的な教えを与えることが、あの世の神の法を教え伝えることのみが、人間を救える、教化と悟りの道なのである。アーリマンは人間に高度な数学を与えるだろう。与えられた数学を鵜呑みにするのではなく、その背後にある霊的な教えを読み取ることが重要なのである。
2025年09月12日
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岸田石破の左翼政権になってから、あまりに、地上波の偏向報道が激しいので、すっかりユーチューブ動画でのフーテンの寅の毎日なんだが、地上波の偏向報道につられて、偏向妄想が酷くなっていき、常々、自分は、この物質界にスパイにやってきているのではないか?と思うようになっている。何をスパイしているかというと、人間の知性についてである。もっというなら、知性の利己的使用についてである。人類全体の進化のためにならない、知性の利己的な使用について、秘教研究は大変有用だからである。というのも、秘教の知識ほど利己的な使用をしてしまうと、そのまま地獄に堕ちてしまうからである。秘教研究をしている手前、巷のオカルトや陰謀論は避けて通れない課題でもある。現代物理学は、数学を用いて物質界の法則を表現する理論物理学と、法則を試行錯誤しながら経験的な実験方法で、非線形現象を線形化して再現し、検証する実験物理学の、2つに大別されているが、専門馬鹿にならないように、どちらもそれなりに研究室に入って研究してきたので、バランス良く学ぶことの重要性を理解しているつもりである。今から振り返れば、就職では放射線医学分野に進み、当時トピックだったアポトーシスというプログラム細胞死の知見に遭遇し、免疫現象の研究に進み、基礎的な分子生物実験の知識を取り入れる機会を得た。当時はヒトゲノムプロジェクトの遺伝子解析が最先端だったが、有名なiPS細胞の発明があり、分子生物医学が急速に発展しているが、残念ながら、理論生物学というのがないのが、現代人のバランスを欠いた現状のようにみえる。それもこれも、生物は、少なくとも、ダイナミックな非線形現象で、生物の法則を数学で解き明かすのが困難なためである。免疫細胞の細胞死でさえ、免疫ネットワークで数式化しようとしたが、非線形現象なので、標準化するための、静的に線形化できる適当な分布がみつからない。だから、物質科学では、理論生物学がつくれないのがわかる。結局、学校で習う学問は、物質界自体の仕組みを試行錯誤の経験的に個人的に実験で体験するための目安にはなるが、理論的に解き明かせないのだから、人生を生きるノウハウにはほとんど役に立たないのがわかる。努力の方向性の目安にはなるが、方向性を間違えると、地獄に堕ちてしまうのがわかる。だから、釈迦やキリストが教えた教えや、宇宙の法則がどうなのか?を知らないといけないわけで、何を学んだかではなく、絶えず学び続けていく努力が必要なのである。例えば、以下の動画のように、田中角栄は、学歴よりも、学問の必要性を説いている、ので紹介する。【田中角栄流】「学歴は関係ない」仕事ができる人の絶対条件 | 偉人 | 名言 - YouTube以上のように、田中角栄は、人間力学の、いわゆる実験については誰よりも勉強したのかもしれないが、道徳について、いわゆる理論については勉強せずに、秘教研究をしなかったから、竹下に裏切られてしまったわけである。つまり、角栄は、モラルや理論をバランスよく勉強しなかったために、せっかくいいところまでいったのに、自分がつくった金権政治に埋没し、地獄に堕ちてしまったわけである。田中角栄については、以下の動画が巧く総括しているので、紹介する。田中角栄 列島改造と訪中|茂木誠 - YouTube田中角栄のように、道徳を学ばずに、実験だけで、進むのは危険で、逆に理論ばかり勉強してもダメで、理論と実験をバランスよく学ばないと、生きる意味がない。なによりも、過去の失敗から学ぶことが重要である。そこで、オールドメディアの実態も含めて、以下に、面白い動画を紹介する。朝日&毎日はやっぱり中国の手先。問題は山積み - YouTube#699 ナベツネとスパイとCIA - YouTube安倍元総理の祖父から歴史を辿る - YouTube統一教会と自民党 公安関係者の見方 - YouTube#695 財務省のラスボス宮沢洋一のスキャンダル - YouTube#650 石破内閣のトンデモ議員 隠れ媚中の平議員も! - YouTube#648 【スクープ】石破首相の秘書官に、かの国の人が!💢 - YouTube#741 限界だ!オーバーツリズム問題 解決策を考案【関係省庁見てください】 - YouTube#722 【大胆予想】2年後日本にもトランプが誕生する!その男の名は… - YouTube#818 参政党の躍進でスパイ防止法は進むのか?反対しそうなメンツを炙り出し - YouTube#814 クルド人のボス的存在が遂に送還!次は中国人か?【アップロード失敗につき再UP】 - YouTube#836 また中国発ウィルスが?危険な兆し!余計な事をするな! - YouTube#838 台湾TSMCへのスパイで日本企業が捕まった!半導体戦争 - YouTube#839 都合の良いときだけ発展途上国の中国 ずりぃよ - YouTube#840 沖縄ゾンビ煙草 中国マフィアと沖縄ヤクザが! - YouTubeこのような動画は、非線形現象を線形化した、いわゆる人間力学の実験データの一部を表わしているが、これらの動画から学んで情報リテラシーを身につけずに、オールドメディアなんかに情報洗脳されていると、今だけカネだけ自分だけで、知らないうちに仲間を裏切って、売国し、人類を裏切って、人間をやめて、地獄に堕ちてしまう。例えば、上に紹介した動画のなかには、日本の現状は、米国の数年前の後追いと予測し、日本のトランプは、百田尚樹氏と予言しているものもあるが、それは、日本人が、米国人の知性の後追いであることからもわかる。動画では、トランプのような知性の人物は、百田氏と予測しているが、現状は、演説の巧さからいえば、参政党の神谷宗幣氏辺りと考えられる。いうまでもなく、政治とは万人の幸福を追求する、いわば天国への階段を見つけ上る、地上での地球人の楽園建設だから、高度な知性が要求されるのはいうまでもない。高度な知性を獲得するには、謙虚な姿勢で、知識をバランスよく獲得する必要がある。バランスとは、政治でいうなら、中道である。可視の存在だけでなく、不可視の存在まで理解でき、可視の物質界では、万人平等でないといけない。例えば、田中角栄は、万人平等と言いながら、権力を志向した点で、神に成り代わろうとしたわけで、神から分かれ、自由になろうとしたわけで、左に傾いてしまったわけなのである。宇宙に左翼が生まれた由来は、天空の戦いにあり、有名な映画「スターウォーズ」は、悪が生まれた、天空の戦いを表現した作品で、大まかな内容は、出口王仁三郎の、以下の動画の霊界物語で紹介されている。霊界物語〜「善と悪」二元論と最終的統一〜【出口王仁三郎】霊性 | 大本教 | みろくの世 | 言霊 | 神業 | 感謝 | 霊主体従 | 神人合一 | 宇宙 | 万教同根 - YouTube霊界物語〜なぜ世界に争いが絶えないのか?〜【出口王仁三郎】霊性 | 大本 | みろくの世 | 艮の金神 | 偉人の言葉 | 霊主体従 | スサノオ | イザナギ | イザナミ | 国常立命 | - YouTubeシュタイナーは、悪は、神がより良い善を求めるために、自らに対立する悪をつくったと説いている。だから、悪は、TPOを間違えた善と述べている。アインシュタインは、時空の歪みが質量をつくると一般相対論で提唱したが、善のエネルギーが悪の時空の歪みにより質量を生み出しているとも考えられるわけである。だから、時空の歪みを戻せば、悪は善に戻るのである。簡単に言えば、場違いな善が、悪なのである。つまり、適材適所にない状態が悪なのである。例えば、数学は物事を適材適所に配する目安になるもので、言語の一種なのである。だから、数学ができないと適材適所がわからないし、それを伝える言葉がみつからない。特に平等性を政治にもたらすには数学が必要である。以前、統計データについて、バイアスと呼ばれる偏りをなくす必要性を紹介したが、この国でいまだに権力争いが絶えないのは、数学が語られていないからである。以下の動画の高橋洋一氏は、唯一と言ってよいほど、政治を数学で語る人物である。数学で、物質界の数量を表現し、適材適所を探求しない限り、物質をそのままにしておくと、粉々に分裂崩壊していくのと同じように、政治は権力闘争によって、国を解体し、崩壊させていくだろう。1346回【特別編】新刊「60歳からの知っておくべき政治学」について - YouTube政治から、権力闘争をなくすために、政治の物量解析化が求められている。いわば、政治の理論化というべきものかもしれない。政治理念という数学で表現できないインチキな理論、例えば、マルクスの資本論などが挙げられるが、シュタイナーによれば、これはマルクスの前世に起因した権力略奪論である。このようなインチキな理論にかわって、シュタイナーは人智学で、社会有機体三分節論を説いているが、それは、人体の頭部、胸部、腹部四肢の三分節化した人体に準えた社会政治論なのである。第4回 マルクスとエンゲルスの前世 ルドルフ・シュタイナー - YouTube社会有機体3分節論について - Ewig-KindlichShakaisansoukakenkyuujo自由な文化・平等な権利・友愛の経済 - 社会三分節研究『シュタイナーの社会三分節論①』 諏訪耕志 アントロポゾフィー 社会有機体三分節論 社会三層構造 - YouTubeシュタイナーの社会有機体三分節論を現実化させるためには、人間が少なくとも、ある程度、霊能力を獲得し、無償の愛の重要性を理解し、体現していることが不可欠な要件なので、唯物論を超えた議論に進まない限りは、無意味である。つまり、前世の記憶を持つ子どもたちが中心になって生まれる次世代の社会といえるかもしれない。その前の準備段階で、政治による社会の霊的な数量化ができていないと意味がないだろう。現在の地球人を超える知性が必要だから、まだまだ先の話である。さて、我が国を振り返ると、米国の数年後を辿る知性なので、まだまだ権力闘争に明け暮れしている中世と変わりなく、次の総理は偽ユダヤの陰謀論では、小泉ジュニアと予想されているのは、以下の動画をみればわかる。そして、その偽ユダヤのルシファー崇拝が進めている人類家畜化支配計画、いわゆる陰謀論の本体ディープスロートを紹介しているのが、度々訪問させていただいている、以下の井口和基ブログである。そして、上に紹介したスパイチャンネルには、前回の総裁選のときの小泉ジュニアのルーツを調べた動画があり、それは以下である。石破逃走劇/次は進次郎がぶっ壊〜す!! - YouTube【自民崩壊】やっと石破茂が総裁を辞す!?→俺「これNHKのフェイクニュース?」 : Kazumoto Iguchi's blog 5#629 本命 小泉進次郎のルーツを辿ると面白い事実が… - YouTubeこのような情報は、以前は、霊能者でもない限り、国民にはほとんど入手困難だったので、日本のオールドメディアの偏向が、何も今に始まったものではないのがわかる。そもそも最近、ケネディ暗殺文書が公開されたなかに、自民党が、CIAの資金でつくられた話が載っている、のが巷で話題になったくらいである。オールドメディアは流さないが、ほとんどのメディアはCIAの管轄下にあるのが、その情報を流さないことからもわかる。故意に情報を流さないのは、管轄下にあるのを暴露するようなものである。昨今での、石破辞めろデモを流さないのも、同じ論理で解釈できる。CIAの日本における活動 - Wikipediaこのようなオールドメディアと財務官僚の結託ぶりは、SNSやネット動画などにより、最近、顕著に明らかになりつつあるが、それは米国人の知性の後追いであるのからもわかる。例えば、以下の米国でのメディアの偏向ぶりを参考にすれば、日本のオールドメディアの偏向ぶりもある程度わかるようになるだろう。【リベラルvs保守】米国メディアを徹底比較|トランプ再選に対する反応が違いすぎた - YouTube大体の目安としては、通称ゴミ売りと呼ばれるポダム設立の日テレが、反共のプロパガンダのための、右翼宣伝機関で、そのカウンターとしてできたのが、ポカポン設立の通称ウソヒと呼ばれるテレ朝の左翼宣伝機関である。そして中間として、やや右翼の勝共連合由来の産経統一会系のフジと、やや左翼の創価系の創価と毎日のTBSと、その偏向放送ぶりからリトマス試験紙のように炙り出される。なにより、左翼政権の誕生によって、テレ朝とTBSが石破辞めるなに加担したことで、財務省にも左翼が紛れ込んでいるのが明らかになったわけなのである。つまり、日本の神様は左翼の炙り出しのために、左翼政権を誕生させたのがわかる。さて、残りのNHKだが、これは以下の動画の、電通との戦いで、急速に左翼化しているのがわかる。例えば、NHKのラジオ国際放送などの中国語ニュースで、沖縄県・尖閣諸島を「中国の領土」などと発言した問題などが巷で話題になった。元々NHKは政権広報機関みたいなものなので、時の権力者の言うなりに報道している権力よりの報道機関と認識したほうがよいだろう。電通に強制捜査・元NHK職員が電通について詳しく語ります。 - YouTube日本のテレビは外資の傘下にあるのか|artoday - chiakiNHKの中国籍元スタッフに賠償命令 ラジオの不適切発言巡り地裁 - 日本経済新聞リベラルというのは、自由で、本来は報道の自由なのに、報道しない自由とかわけのわからない、国民の知る権利のために、報道の使命を放棄した、自由を持ち出しているのだから、キリスト降臨の古代ローマ時代でいえば、権力者の太鼓をもつファリサイ派が、NHKでルシファー、そして、政官財の金持ちたちのカネ儲けのためのサドカイ派が、民放のオールドメディアでアーリマンというのがわかる。これらオールドメディアの毒麦を取り除く必要があるが、これらを早々と取り除いてしまうと、人間の学びにはならないし、善と悪を見分け、悪を善に転化していく教育にならない。悪は人間の精神的な進化のために必要なので、悪を浄化するのは、各個人の霊魂の穢れを洗うためで、各個人の生き方次第なのである。聖書のマタイ伝の第13章24節は、その重要さをキリストが種まきの例えとして語っている、のを記している。マタイによる福音書1318 そこで、種まきの譬を聞きなさい。19 だれでも御国の言を聞いて悟らないならば、悪い者がきて、その人の心にまかれたものを奪いとって行く。道ばたにまかれたものというのは、そういう人のことである。20 石地にまかれたものというのは、御言を聞くと、すぐに喜んで受ける人のことである。21 その中に根がないので、しばらく続くだけであって、御言のために困難や迫害が起こってくると、すぐつまずいてしまう。22 また、いばらの中にまかれたものとは、御言を聞くが、世の心づかいと富の惑わしとが御言をふさぐので、実を結ばなくなる人のことである。23 また、良い地にまかれたものとは、御言を聞いて悟る人のことであって、そういう人が実を結び、百倍、あるいは六十倍、あるいは三十倍にもなるのである」。24 また、ほかの譬を彼らに示して言われた、「天国は、良い種を自分の畑にまいておいた人のようなものである。25 人々が眠っている間あいだに敵がきて、麦の中に毒麦をまいて立ち去った。26 芽がはえ出て実を結ぶと、同時に毒麦もあらわれてきた。27 僕たちがきて、家の主人に言った、『ご主人様さま、畑におまきになったのは、良い種ではありませんでしたか。どうして毒麦がはえてきたのですか』。28 主人は言った、『それは敵のしわざだ』。すると僕たちが言った『では行って、それを抜ぬき集めましょうか』。29 彼は言った、『いや、毒麦を集めようとして、麦も一緒に抜くかも知しれない。30 収穫まで、両方とも育つままにしておけ。収穫の時になったら、刈る者に、まず毒麦を集めて束にして焼き、麦の方は集めて倉に入れてくれ、と言いつけよう』」。31 また、ほかの譬を彼に示して言われた、「天国は、一粒のからし種のようなものである。ある人がそれをとって畑にまくと、32 それはどんな種よりも小さいが、成長すると、野菜の中でいちばん大きくなり、空の鳥がきて、その枝に宿ほどの木になる」。33 またほかの譬を彼に語られた、「天国は、パン種のようなものである。女がそれを取って三斗の粉の中に混ぜると、全体がふくらんでくる」。34 イエスはこれらのことをすべて、譬で群衆に語られた。譬によらないでは何事も彼らに語られなかった。35 これは預言者によって言われたことが、成就するためである、「わたしは口を開いて譬を語り、世の初めから隠されていることを語り出そう」。36 それからイエスは、群衆をあとに残して家にはいられた。すると弟子たちは、みもとにきて言いった、「畑の毒麦の譬を説明してください」。37 イエスは答えて言われた、「良い種をまく者は、人の子である。38 畑は世界である。良い種と言うのは御国の子たちで、毒麦は悪い者の子たちである。39 それをまいた敵は悪魔である。収穫とは世の終わりのことで、刈る者は御使いたちである。40 だから、毒麦が集められて火で焼かれるように、世の終わりにもそのとおりになるであろう。41 人の子はその使いたちをつかわし、つまずきとなるものと不法を行なう者とを、ことごとく御国からとり集めて、42 炉の火に投げ入れさせるであろう。そこでは泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう。43 そのとき、義人たちは彼らの父の御国で、太陽のように輝きわたるであろう。耳のある者は聞きくがよい。44 天国は、畑に隠してある宝のようなものである。人がそれを見つけると隠しておき、喜びのあまり、行って持ち物をみな売りはらい、そしてその畑を買うのである。45 また天国は、良い真珠を捜している商人のようなものである。46 高価な真珠一個を見いだすと、行って持ち物をみな売りはらい、そしてこれを買うのである。47 また天国は、海におろして、あらゆる種類の魚を囲みいれる網のようなものである。48 それがいっぱいになると岸に引き上げ、そしてすわって、良いのを器に入れ、悪いのを外へ捨すてるのである。49 世の終わりにも、そのとおりになるであろう。すなわち、御使いたちがきて、義人のうちから悪人をえり分け、50 そして炉の火に投げこむであろう。そこでは泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう。51 あなたがたは、これらのことが皆わかったか」。彼らは「わかりました」と答えた。52 そこで、イエスは彼に言われた、「それだから、天国のことを学んだ学者は、新しいものと古いものとを、その倉から取り出す一家の主人のようなものである」。53 イエスはこれらの譬を語り終えてから、そこを立ち去られた神智学によれば18節から23節までは初期のキリスト教徒による後世の挿入であるという。24節から、キリストの毒麦の例えがはじまる。麦は根が長く、深く伸び、根もろとも引っこ抜くと横にある植物まで痛めてしまう。だから、毒麦とは、一般相対論でいうなら、時空を歪ましている質量のことである。この世に居座りたい、という執着心で、権力の素である。神智学では、この執着心を負のネガティブエネルギーと呼んでいる。それを無理に引っこ抜くと、欲望が怨念にかわってしまうから、性質が悪い。元々は善良だったエネルギーも、悪霊の悪魔たちの誘惑により、TPOを間違えて、時空の歪みをもって質量として現れ、負のネガティヴエネルギーが混じってしまったので、そのまま引っこ抜いてしまうと、元の善良のエネルギーには戻れなくなってしまう。だから、キリストは、収穫期の、最後の審判の天使たちの判断に委ねなさい、と説いたのである。つまり、当人が改心し、自分で自分の霊魂の穢れを洗うまで待ちなさい、というわけなのである。自分を救えるのは、自分でしかないが、元々人間は、神と一体なのを忘れるな、ということなのである。神と一体であるのを、神人合一と呼ぶが、それを体得している人が秘儀参入者で、人の太陽と呼ばれているが、この節では、キリストは、人の子と呼び、良い種をまく人に喩えている。「天国は、一粒のからし種のようなものである」という譬えの天国とは、人間に内在している自我のなかの真我で、霊我=マナスのことで、神の分光のことである。例えば、遮蔽効果を考えるとわかりやすいかもしれない。遮蔽効果とは以下のことである。遮蔽効果 - Wikipedia「遮蔽効果とは」のAI回答遮蔽効果とは、原子核の周りを複数の電子が回っている原子において、内側の電子が外側の電子に対して原子核の正の電荷を打ち消し、外側の電子が感じる原子核からの引力(有効核電荷)が減少する現象です。この効果は、以下のような特徴を持ちます。原因: 電子同士のクーロン反発力によって引き起こされます。内側の電子が原子核と外側の電子の間に存在することで、外側の電子が原子核から受ける引力が弱まります。有効核電荷: 遮蔽効果により、外側の電子が実際に感じる原子核の電荷は、原子核が持つ真の電荷(原子番号)よりも小さくなります。この見かけ上の電荷を「有効核電荷」と呼びます。影響:外側の電子がエネルギー的に不安定になります。原子のイオン化エネルギーや電子親和力などの化学的性質に影響を与えます。電子軌道のエネルギー準位の順序にも影響を及ぼします。スレーターの規則: 遮蔽効果の大きさを定量的に評価するために、「スレーターの規則」という経験則が用いられます。この規則では、電子の軌道の種類や位置関係によって遮蔽の寄与が異なります。貫入: 電子が内側の軌道にまで入り込む現象を「貫入」と呼びます。貫入の度合いは軌道によって異なり、s軌道は貫入しやすく、d軌道やf軌道は貫入しにくい傾向があります。貫入の度合いが小さい軌道ほど、遮蔽効果を強く受けます。物理学の分野では、可動電荷担体の存在による電場の減衰を指す「遮蔽(screening)」という広い意味でも使われることがあります。例えば、善良なエネルギーを原子核とし、時空の歪みを、その周囲を回る電子に喩えてみれば、原子核のプラスの電荷が、内側の電子のマイナスの電荷を引き寄せてしまうので、外側からみれば、原子核のプラスの電荷が減じられて、遮蔽されて、小さくみえる。この遮蔽効果を、キリストは、一粒のからし種のようなものと喩え、霊魂の闇の穢れが多すぎて、それに覆われてしまうので、神の分光である本体がみえにくくなっている、唯物論に染まったカリユガの現代人の霊魂の状態を指し示しているわけなのである。これらの霊魂の穢れは、前世の業の蓄積によって生まれたもので、その穢れを取り払い、霊魂を浄化させるために、輪廻転生を続けて、現世に生きているのである。業とは、カルマのことだが、端的にいえば、他者よりも自己を優先してきた、利己主義のことである。利己を取り払って、他と共感共鳴して、弱者の痛みを知り、弱者を救うことができるようになって初めて神人合一に近づける。このように、この世を生きる目的は、霊魂の穢れを取り払い、浄化することで、肉体のままで生きながらに、神人合一を目指すことだから、少なくとも、この地上の世界で安楽を貪るわけではないのがわかる。一般相対論でいうなら、時空の歪みを自らで正すことなのである。同様に、この世の価値観に染まってしまっては、いけないわけで、モノにはそれにふさわしい適材適所があり、貧しい人々に物的な援助を与えることが、必ずしも、そのような人々を教化と悟りの道に導くことにはならないのを、この毒麦の例えは、同時に示している。つまり、霊的な教えを与えることが、あの世の神の法を教え伝えることのみが、人間を救える、教化と悟りの道なのである。そのことをよく説明している動画をみつけたので、以下に紹介する。第31回 香油を300デナリオンで売る人 ルドルフ・シュタイナー - YouTube第17回 アーリマンとは何か ルドルフ・シュタイナー - YouTube第25回 アーリマンが受肉すると何が起こるか ルドルフ・シュタイナー - YouTube第18回 第七のアトランティス根源人種の末裔の未来 ルドルフ・シュタイナー - YouTube第19回 第七アトランティス亜人種の末裔の未来 ルドルフ・シュタイナー - YouTube第43回 変容する世界問題6 ロッジとの闘い - YouTubeシュタイナーの預言によれば、実は今世紀に、世界を民族紛争に持ち込んだ人物はヒトラーでもなく、いまのプーチンやトランプでもなく、国際連盟をつくったウィルソンであるという。ウッドロウ・ウィルソン - Wikipedia今回は長くなったので次回に譲る。
2025年09月09日
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ネットフーテンの寅をしていると、色々な動画に出くわして、外国の文化を知るにはまさにもってこいのユーチュ―ブで、巷の地上波などのステレオタイプの薄っぺら知識、勿論、地上波並の自説を押し付けるようなインチキ詐欺番組も沢山あるが、とにかく、財務官僚指導の下に、オールドメディアの洗脳工作を垂れ流す地上波をみるよりは、個性的なチャンネルに溢れる動画を見る毎日になっている。このような構図をよくよく考えてみると、たまにお世話になっている、以下の井口和基サイトでしばしば語られているように、この国の報道は、北朝鮮モドキの東朝鮮放送局と呼んだ方が適確のようにも思えてくるから不思議でもある。元々は在日系という噂もあるが、北朝鮮や中国の報道を流すうちに、創価の芸能のように、朱に交われば赤くなってしまったようでもある。Kazumoto Iguchi's blog 5特に石破左翼政権になってから、その傾向をラーメン二郎のトッピングのようにマシマシ左巻き増量しているのだが、岸田のときもUSAIDにどっぷりで、偽ユダヤのグローバリストのシナリオ通りの大根役者ぶりの売国勢力が、永田町を闊歩して歩いているのに日本の神々は怒り心頭の暑い夏がようやく終わりに近づいてきた。巷では、無能な総理ブタが、立憲民主党原口氏曰く、緊縮財政財務官僚出世組「増税戦隊財源ガー」におだてられて、木に登りすぎて、有頂天になって降りることを忘れ、石破やめろ!4千人規模の官邸前デモで、墜落寸前で、政治空白もようやく収まりつつあるが、思い上がった左巻きのブタのせいで、ここは中国ではないのに、日本人ファーストのどこがいけないのか、左翼政権に目の敵にされ、参政党が、海外からナチス党と呼ばれ、中共並みの検閲や迫害を受けているから、どこかのコメディでもみせられているのか、と思うぐらい笑止千万な9月を迎えている。日本なのに、外国人犯罪が多発する昨今の社会現象をみても、急速に治安が悪くなっている元凶に、移民問題が浮かび上がるのは誰の目にもくっきりはっきりとマルっとお見通しで明らかであろう。労働力が不足しているからといって、安易に外国人の助っ人を呼んでくるのは、日本のプロ野球をみてもわかるように、手痛いしっぺ返しを食らうだけで、日本の文化に適応できる可能性を探り、そのノウハウを構築しないとお話にならない。勿論、スカウトの先見力がよく、日本文化や、日本野球に適応できた助っ人外国人で優勝する球団もある。阪神のバース元選手は、日本語はできないが、日本文化に適応するのに努力した、とインタビュー番組で語っていた。ランディ・バース - Wikipediaプロ野球:探求力が実を結んだバースの野球殿堂入り(田尾安志) - 日本経済新聞野球殿堂入りのランディ・バース、日本一愛された助っ人【白球つれづれ】 – BASEBALL KINGスポーツ界は外国人労働者には割と寛容なので、特に相撲のノウハウを生かすべきなのかもしれないが、外国人力士が騒動を度々起こすのはやはり、日本文化の特殊性にあり、年寄り株となると、やはり親戚などの帰化移住となってくると、移民問題がたちまち浮上してくる。日本文化は、日本人にとっては空気のようなものなので、その自覚に乏しいのが、一因として挙げられる。その一因として挙げられるのが、日本の年功序列の上下関係である。勿論、アジア社会には、特に朱子学が広まった地域には、少なからず残っている。なんでもインドにもカースト制度が残っていて、結婚は当事者よりも親戚家族間での血縁関係が優先されるという、日本の昔の政略結婚のような風習がいまでもあるらしい。政財界などはいまでも政略結婚だが。日本の場合、特に徳川幕府が身分制度を公武合体の基に武士中心に改めたので、依然として江戸幕府カースト身分制度が広く伝わっているが、本当は、明治維新の四民平等でなくすはずだったのだが、廃藩置県で、貴族院として残したのが広く一般化されて、そのまま残っている。西郷などはそれならいっそのこと、武士は死ぬことにみたりと、武士階級だけでも滅ぼしてしまえと西南戦争を起こしたわけだが、明治当時の大日本帝国軍からの慣習で、軍隊教育の一環だった運動競技から、スポーツ界の年功序列の、上下関係が残るようになったのかもしれない。上下定分の理 - Wikipedia貴族院と日記――明治期を中心に|日記で読む政治史|国立国会図書館憲政資料室 日記の世界このような日本独特の年功序列というか、上下関係は、日本のプロ野球とメジャーのベースボールを比較するとよくわかる。つい最近、ドジャース戦をみていて、大谷選手が、投手コーチにふざけて帽子を投げつけていたのが、日本の解説のなかで話題になり、日本ではあり得ない行為、と解説者が語っていたのが印象的だった。自分も日本人なので、年下の上司から理不尽な説教などをされるたびに、昔なら、あり得ない外国文化を感じたものである。昭和世代まではしっかり上下関係は存在したが、平成から曖昧になり、令和では、スポーツや音楽業界とか、主に元気がありすぎて、体罰で成り立っていた体育会系を除いて、ほとんどなくなったようである。40年前の高校のとき、保健の先生が言っていたが、日体大では、柔道の帯を使ったバンジージャンプが既に存在していたらしい。今も伝統行事として残っているのかわからないが、高校野球の例の虐めなどの事件が巷を賑わすのを知れば、大日本帝国の上下関係が今でも局所的な村社会として、残っているのがわかる。とにかく、大谷選手の振る舞いを日本ですると、いまでも日本には上下関係があり、コーチは絶対的存在なので、日本の選手なら、舐めた行為で、侮辱と捉える、というわけである。しかし、メジャーリーグ経験のある日本人は、以下のサイトのように、メジャーには上下関係はなく、コーチと選手間は、友人のようなフレンドリーの感覚、と紹介している。大谷翔平の行動にファン爆笑「帽子投げた!」「クソガキすぎて好き」投手コーチと談笑後に ベンチでまさかのワンシーン(デイリースポーツ) - Yahoo!ニュースコーチの胸ぐらを掴み…監督とも言い合い MLBに"存在しない"上下関係「衝撃的」 | Full-Count【記事全文】岡島秀樹氏も戸惑ったメジャーリーグの上下関係ルール「ちょっかい出してくるがガマン…」 - スポニチ Sponichi Annex 野球このような話から、ただし、日本のような年功序列の上下関係はないが、メジャーの1軍の在籍年数、つまり実績の上下関係はあるという。そして、なによりも大きな違いが人種差別である。日本人はアジア人という括りで、差別されるらしい。これは偉大なイチロー元選手とダルビッシュ選手の対話でも、表向きには差別されないが、やはり隠れたところで差別を感じた、と話している。アメリカに行ってみればわかるが、確かに差別といわれれば差別なのだが、よりよく言えば、住み分け、と言った方がわかりやすいかもしれない。日本でいえば、一種の村みたいな感覚である。アメリカのなかのアジア町の日本村のような感じだろう。つまり、あまり関心が向かないという意味で差別的なのである。ぶっちゃけ、私はアジアには興味がなく、日本がどこにあるのか知りません、という感じである。アメリカでは、アジア人でない限り、アジアに関心をもつほうがマニアックなのである。アメリカ人の大半は自国アメリカと欧州にしか、そして中東のオイルマネーしか関心がない。例えば、トランプ大統領が、日本の総理を個人名で呼ぶのではなく、役職のミスタープライムミニスターと呼ぶのと同じで、本名で呼ばれるのではなく、役職で呼ばれるような感じであり、何処かよそよそしい。人というよりモノ的な扱いに似た感じかもしれない。最近の日本でも、男女が同じ寝室で寝なくなっているように、夫婦でも、住み分けが生まれてきているのでわかる。恋愛最中は互いの名で呼び合うが、家庭ができると、父とか母の立場と役割で呼び合うのと同じである。昔は、結婚といえば、ほぼ男性が年上で、女性が年下なので、自然と上下関係も家庭の夫婦間の中に溶け込んでいたのかもしれないが、昔ながらの男尊女卑の上下関係がなくなるにつれて、住み分けが進んできたのかもしれない。勿論、昔にも、奥と呼ばれた台所のように女性専門の領域という住み分けがあり、そのような意味でいえば、定年した男性に家庭の居場所がなくなるなどは、上下関係だけではない、共生の難しさを露呈しているといえるかもしれない。そういえば、巷の、移民推進の左巻きの連中の多くが離婚経験者で独身なのに気づかされる。同じ文化の男女間でも共生が困難なのに、外国人との共生は更にもっと大変なのがわかるはずである。互いが相手に合わせる努力をしなければ、共生など絵に描いた餅にすぎない、お花畑論の空論で、虚論なのである。キリストは、汝の敵を愛せ、とも教えたわけで、敵は霊魂を磨くのに最適な人物だという。出口王仁三郎は、以下の動画で、人生において最も貴重な経験とは敵に遭遇することである、と説いている。実は現世で遭遇する敵とは前世の自分である可能性が高い。だから、現世で敵ばかり出逢う人は、前世で沢山の敵をつくってきたわけなのである。【敵の本当の役割】あなたに“本当に”必要な人はこう現れる。出口王仁三郎 霊界からの警告 - YouTubeこのような意味で、日本は、多くの敵に出逢い、敵に学んできた。朝鮮、台湾、清国、ロシアと隣国はほとんど敵だった。そして、軍事拡張とともに、石炭から石油へと軍備拡張し、軍事経済を求めるあまりに、東南アジアを侵攻したために、味方と思われた英国には裏切られ、ドイツと同盟し、米国と戦う羽目に陥り、原爆を落とされ、連合国に、無条件降伏し、米国の保護下で新しく民主主義国家として独立するわけである。しかし、今やまた、敵から学ぶ、という人生の貴重な経験を放棄したために、日本は大和魂を失って、もはやグローバリストの売国ゾンビのような死に体総理の国と化しているわけなんである。もし、第2次世界大戦の背後の、スターリンとルーズベルトやトルーマンの権力争いに目配せができていたら、日本に原爆は落とされなかったかもしれない。これら悪魔の企てに巻き込まれずにスルーできていたかもしれない。日本は悪魔スターリンに騙された。二度と悪魔に騙されないように、敵から学ぶように、外国の文化を学ぶことから、日本文化の特殊性を自覚しないといけない。そのために良い教材を、以下の動画などに見つけたので紹介する。外国の文化を学ぶのは、日本の文化の特殊性を学ぶことでもある。特にハーフの人たちは直接その文化の違いを体験しているので、地上波が垂れ流す、離婚し独身の左巻きのグローバリストゾンビの偽コメンテーターよりも、遥かに貴重な意見になる。【移民・難民受け入れは正解?】「外国人問題」に在日外国人の本音炸裂! /「日本は世界一多様性がある」/移民政策でうまくいった国は?/アメリカに多様性はない!?《岸谷蘭丸×ニック×デミル》 - YouTubeイギリス人が語る!リアルなイギリスの移民事情 - YouTubeトルコ人に日本のクルド人事情を詳しく解説してもらった! - YouTube八切史観から、日本史を学べば、豊臣秀吉が、豊臣姓で、日本の公家と武家を統一する前には、日本も多種多様の移民国家だったのがわかる。今でも在日という言葉があるが、古来には、それは天皇家を祖先にしない民族で、庶民と呼ばれた。それは日本人の遺伝子からもわかる。古代の多様な文化を融合した文化が大和魂なので、その特殊性は、あまりに古すぎる文化といえるかもしれない。その文化は古すぎる由縁で、多様な文化を理解できる可能性をもあわせもっている。先祖に立ち返れば、どの民族も神の貴重な一分枝だからである。それはただ、現在という時空のなかの立場と役割の違いでしかない。この土着の日本古来の文化を体現した代表的な人物が、以下の田中角栄のような気がするので、以下の動画で、紹介する。角栄は、人間は皆同じ平等の存在という信念の持ち主なのである。今太閤ともいわれたが、豊臣秀吉もそのような人物だったかもしれない。【田中角栄】「偉ぶるな。見下すな。常に対等であれ。」伝説の政治家が語る自分も周りも幸福にする生き方とは | 偉人 | 名言 - YouTube異質な存在と対等につきあうには努力が求められる。他者に合わせるために、ある程度、古くなった自分を殺さないとダメである。異文化といかにつきあうかは、異性にも通じる出会いでもある。だから、以下の動画は異文化交流には参考になるので、紹介する。【人間関係の極意】夫婦円満「こういう異性と出会えたら手放すな!松下幸之助が語る~心を揺さぶる10の教え~」 - YouTubeこのように、人と人の交流が霊魂を磨く絆となり、天国をみつける能力となるという、聖書のマタイ伝13章を、その教訓として、最後に紹介する。マタイによる福音書13第13章1 その日、イエスは家を出でて、海べにすわっておられた。2 ところが、大ぜいの群衆がみもとに集ったので、イエスは舟に乗ってすわられ、群衆はみな岸に立たっていた。3 イエスは譬で多くの事を語り、こう言われた、「見よ、種まきが種をまきに出て行った。4 まいているうちに、道ばたに落ちた種があった。すると、鳥がきて食べてしまった。5 ほかの種は土の薄い石地に落ちた。そこは土が深くないので、すぐ芽を出だしたが、6 日が上ると焼けて、根がないために枯れてしまった。7 ほかの種はいばらの地に落おちた。すると、いばらが伸びて、ふさいでしまった。8 ほかの種は良い地に落ちて実を結び、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍にもなった。9 耳のある者は聞きくがよい」。10 それから、弟子たちがイエスに近寄ってきて言った、「なぜ、彼に譬えでお話になるのですか」。11 そこでイエスは答えて言われた、「あなたがたには、天国の奥義を知ることが許されているが、彼らには許されていない。12 おおよそ、持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう。13 だから、彼らには譬で語るのである。それは彼が、見ても見ず、聞いても聞かず、また悟らないからであるこの12節のキリストの言葉は、以前にも紹介したが、唯物論で曲解されて、完全な間違いとして誤訳されている。甚だ酷いのはマタイ効果などと物質性だけに言及した地獄行きの以下のような誤訳である。マタイ効果 - Wikipedia条件に恵まれた研究者は優れた業績を挙げることでさらに条件に恵まれるという現象のことであり、それは科学界以外の様々な分野でも見ることができる。「金持ちはより金持ちに、貧乏人はより貧乏に」と要約できる。この概念は名声や地位の問題にも当てはまるが、要約の文字通り経済資本の累積的優位性にも当てはめることができる。この誤訳には、万物流転の法則が抜け落ちている。前回紹介した映画の宇宙人の、「死は人間の思い込みにすぎない。生命は形を変えて生き続ける。」という摂理を無視している。条件が恵みをもたらすというのなら、男はますます男になり、女はますます女になる、ともいえ、更に、日本人はますます日本人になる、ともいえるわけで、人間はずうっと遺伝に拘束されてしまう。これこそ悪魔の手口で、差別化が自然と深まるような詐欺師が詐欺の勧誘に使う情報操作のインチキを広めているだけなのである。今買えば、益々増えますよ、と言っているようなものである。確かに、全体が物質性のまま比較的安定している状態では、条件も限定されるので、このマタイ効果も成り立つかもしれないが、物質科学でもわかるように、この条件は、相転移を想定していない。物質が例えば高温で高く、もしくは低温で低くなるように差別化していけば、相転移を起こして、量が限界を越えて質に転換する。それは株価でもわかるが、バブルはいずれ崩壊するのである。シュタイナーは、この相転移の現象をホメオパシーの効果として説明しているが、この誤訳は、ホメオパシーを全く理解できていない。大体、この誤訳は、人間の欲望と努力を省略している。金持ちが金持ちになろうとするから、金持ちになるわけで、金持ちが貧乏人のためにカネを使えば、金持ちと貧乏人の差がなくなっていくはずなのである。つまり、この誤訳は、悪魔崇拝の為せる業なのである。このような誤訳をした人物は、悪魔崇拝なので、地獄に堕ちていることだろう。キリストがこの誤訳のような嘘やインチキを言うわけがない。この、「持っている人」とは、物質のことではなく、霊魂の能力で、共感力のことなのである。だから、人の心の痛みがわかる人、もしくは弱者の立場に立てる人、そして、相手の立場に立て、自分の欠点や弱点をみつけ、寄り添える人という意味である。だから、例えば、共感力のある人は更に与えられて、共感力が益々豊かになるが、共感力をもたないで、自分の欠点や弱点を覆い隠そうとして、誤魔化し、強がり、物欲などで、着飾る人は、その強がりや物欲までも、取り上げられ、弱点や欠点が露わに、裸になる、という意味なのである。田中角栄は自分の欠点や弱点と向き合い、それを逆に共感力や、人の心を読むのに使ったから、人心掌握でき、一大勢力をつくりだしたが、角栄自身の慢心もあったのか、竹下登の心は掴めずに裏切られたわけである。角栄もカネと権力のなかで、朱に交われば赤くなり、ついには心の眼を塞いでしまったのかもしれない。権力とは心の闇を虜にしてしまう、謙虚さを失わせ、自分を神と錯覚させ、慢心を生む、怠惰で、恐ろしいものなのである。角栄も人の子で、神の子ではなかったようである。人心掌握を自分のためでなく、日本国民のために使っていたら、もっているものも取り上げられずに、裏切られなかっただろう。神の目は騙されないし、天の法に背けば、自らが滅ぶ。人間は神の子なのだから、天の法に従う耳をもつべきなのである。天の法を聞く耳をもてば、ますます天国に近づくわけで、万物流転の法則に従い、永遠に生きるようになる。権力や物欲をもつほど、天国へのハードルが高くなり、遠くなるだけなのである。UFOの運行の秘密を知るロシアのアナスタシアのある霊能者の言う通り、幸せは、宇宙全ての立場と役割を感じる共感力だからである。UFOも自在に飛ばせない人類が核兵器をもつなど100万年早いよ、と宇宙人はいっているかもしれない。
2025年09月04日
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前回はレッドツェッペリンの天国への階段を紹介しながら、この歌のように、人間が地上の地獄を生きることで、心の中に天国の階段をみつける、生き方を探している、のをオカルトで解き明かせる、のを紹介した。すると丁度シンクロニシティというか、「地球が静止する日」という映画をみた。地球が静止する日 - Wikipediaこの映画の内容を要約すると、宇宙人がやってきて、地球人は地球に対してあまりにも破壊的なので、地球という生命体を救うために、地球上の人間を含む、あらゆる人工物を崩壊させようとするが、人間が自らを犠牲にして、他者の生命を重んじる姿勢をみせたことで、人間がまだ生き方を変える可能性に期待して、宇宙人は帰っていく、というヨハネの黙示録のような預言ストーリーだった。ただし、ヨハネの黙示録では、宇宙人は帰っていかずに、天の裁きを下す点で大いに異なるが。そして、特にこの宇宙人が「死などはなく、死は人間の思い込みで、生命は形を変えて続いていく、のが摂理である」というようなセリフを吐いていた、のが印象的だった。つまり、死とは、肉体の死だけで、霊魂の地上での棲家がなくなるだけで、現代風にいうなら、地上でのアカウントがなくなるだけなのである。しかし、霊魂は、地上でのネット交流を基に、霊界でオフ会をするので、地上のアカウントを失うことは、霊界でオフ会ができなくなり、孤立化する、のを意味する。このような地上での肉体の死を、ネット交流からのオフ会と捉えると、例えば、バイクのツーリングのようなもので、一緒に人生を共にツーリングし体験した後で、道の駅などのレストランで語り合うようなもの、といえるかもしれない。それが、バイクでのツーリングではなく、地球という生命体をどれだけ理解したか、地球から衛星の月、更には他の惑星、その中心の太陽という生命体の源の働きを、地上での体験から、どれだけ理解できたか、というような地上の肉体での、知的なツーリング体験を得るものとすれば、死後に霊界でのオフ会が充実し、天国に近づいていくようになる、つまり、天国への階段をみつける、のがわかる。つまり、幸せとは、いかに心に満足を得るか、にあるが、それはキリストが説いたように、心の安定にある。西洋風にいうなら、心を制御するのが幸せにつながるので、自然を支配し、権力を浴するが、残念ながら、そこには謙虚さが欠けているので、天国に近づくどころか、地獄に堕ちていくようになるだろう。実際に、西洋諸国の指導者は権力を求めて、地上を支配しようとして間違った方向に進んでいる。それは、レッドツェッペリンの天国への階段を買おうとしている例の婦人と同じである。イエスが東洋人の出だったように、東洋には、心の制御というよりも、心を補い、一体となる体感が求められる。例えば、東大とハーバード大の教育を経験したモーリーロバートソン氏は、次のような西洋と東洋の違いについて、面白い話を語っている。モーリー・ロバートソンさんが語る「心の筋肉」の鍛え方。 | 公益財団法人 運動器の健康・日本協会中・高と柔道に打ち込みましたし、20代の頃はアメリカで合気道にも挑戦。一番長く続けているのはヨガですね。心体の関係性を重視する世界観に惹かれました。アメリカを含む西洋のキリスト教的な常識だと、心と体は別ものとして考えます。体は滅びても、心は審判の日まで生き続ける、みたいな。あくまで体というのは“克服するもの”なんですね。修道院の僧侶などが典型的ですが、性欲や食欲などをいかに超克して生きるか、というのを重視する。しかし一転、東洋ではこれが逆になります。巴紋(ともえもん)や太極図みたいに、心と体は互いを支え合うもの。ヨガでほぐした体で心を支え、心で瞑想することで、体がより器用に動かせるようになる、そんなイメージですね。特に日米を行き来しながら生きてきた僕にとって、自身の精神的なバランスを整えるために、ヨガはすごくマッチしていました。 その意味では、30年以上続けている“自動筆記”も、僕なりの運動の一つと言えるかもしれません。僕は発想したり思考を整理する時、3〜4分かけて、半ばトランス状態で思いのままにノートに文字を書くという方法を採っているんです。心の蛇口を開きっぱなしにして、不適切なことも含めて無心でガーッと文字をノートに綴ることで、無意識下に眠っている言葉やアイデアをサーチするわけです。 どうしてこんなことを始めたのかというと、1984年に『よくひとりぼっちだった』(文藝春秋)という自叙伝を執筆したのがきっかけ。これは「今までどこにもなかった自分だけの文体を作ろう」と意気込んで、必死に書き上げた一冊。結果、満足いく内容になったし、本はベストセラーにもなりました。しかし次に何か書こうとした時に、どうしたらいいかわからなくなっちゃった。燃え尽き症候群みたいな状態になっていたわけです。 クリエイターが壁にぶつかると、昭和の私小説家のように次々と奇矯な行動をとって変化を生み出そうと足掻いたり、ヘミングウェイみたいに自殺したりと、崖っぷちに追い詰められることって多いですよね。「そんな結末は絶対イヤだ。どうしよう」と悩んでた時に、たまたま手に取ったのが『Writing Down the Bones』(邦題:『魂の文章術』)という本でした。著者はナタリー・ゴールドバーグというビート詩人で、禅のメディテーションの方法で自動筆記することを推奨する内容でした。 いわく、「直感に従って文字を書くうちに、自分が本当にやりたいことや新たな表現が生まれてくる」と書いてあるんですが、実際にやると、これが想像以上にハード。何しろ、それまでに経験した最悪の記憶とか幼少期のトラウマにも目を背けずに、自分の感情を掘り起こす。これ、信じられないほど精神がすり減るんです。ちょうど1989年で、僕はメイン州のポートランドに滞在していました。そこでひと夏かけて、ひたすら毎日ノートに文字を書き連ねました。結果的には、行き詰まっていた文章表現のブレイクスルーが叶い、同時にフリースタイルで文字を書く習慣も身についた、というわけです。以上のように、西洋の「心と体は別ものとして考えます。体は滅びても、心は審判の日まで生き続ける、みたいな。あくまで体というのは“克服するもの”なんですね」というように、西洋には、心をして体を支配する教えが強く、シュタイナーは、この教えについて、物質を霊化すると説いている。そして、パウロから伝承されたキリスト教には、輪廻転生の教えが抜けてしまっているので、心は審判の日まで持ち越される、と伝承されているが、審判の日というのは、各人の死後に行われる生前の心の振る舞いについての審判で、それらの審判を輪廻転生毎に、このことをキリストは、「暗闇のなかの3日間のしるし」と呼んでいるが、それは物質界を卒業できるまで、三種の神器を手に入れるまで続けられる。対照的に、東洋では、「巴紋(ともえもん)や太極図みたいに、心と体は互いを支え合うもの。ヨガでほぐした体で心を支え、心で瞑想することで、体がより器用に動かせるようになる、そんなイメージですね。」というように、心技一体、もしくは心身一如を志す。この技とは心の制御の意味である。以下のサイトは、この東洋の教えをよく解説しているので紹介する。心技一体 |【 心 技 一 体 】心 の 迷い や 隙は、即、技に表れるものであるから心 の 鍛錬 を怠ってはならない。もし、心 抜ければ その技、空虚 となる。したがって、 技 は 心が為の 技 である。心 の 鍛錬、まず、行 をひたすら 正すべし。行 とは 各々の 生活 そのもの なり。生活 とは 心 の 表れであるから、己 の 生活 見れば、己の – 心技 – 解る道理である。食 を 正し、規則は ‘天地自然’ に波長を合わせ、黎明 と共に起床し、 陽 沈めば 早めに 休むことなり。仁、愛 に至れる 大精神にて 感謝 の心を持ち、心 安静 にして 謙虚 に 学ぶこと を忘れず行 正せば、心、気力、自ずと充実し 満ちてくる。もし、心 の 充実無き 事あれば、行 の乱れ省みて正すことなり。天地自然 に 波長 合うとき、心 整い 技 充実してくる。これ、 「 大和 の 技 」 の 理(ことわり) なり ・・・というように、常に生に感謝して、天地自然に感謝して、波長を合わせて生活すれば、幸せなのである。日本人は空気を読むといわれるが、空気とは、天地自然の摂理のことなのである。カルマの法則といってもよいだろう。そして、この精神が、大和魂であり、日本人の伝統の真心で、日本の武道の要諦なのである。実は、この日本人の心技一体の真心は、オカルトでは、キリストから教えられたもの、とわかっている。実は、日ユ同祖論の源流もここにある。古代レムリア時代にレムリアを滅ぼしたレムリア人がユダヤ人と日本人の祖先で、地下の地獄に幽閉されていたのを、太陽霊キリストが教えをもたらして、改心させたのが、そのレムリアの末裔の、ユダヤ人と日本人というオカルトの説がある。その教えの記憶を残すために、ユダヤ人と日本人は霊力として記憶力をもつようになった。いま地上には天変地異が頻繁に起こっているが、その源流は、大和魂をなくした日本人の心の問題にあり、西洋の物質科学主義に染まってしまったせいなのである。確かに、西洋には、東洋にない、個人主義の自由があるが、それが行き過ぎると、精神の統一性を奪ってしまうものなのである。つまり、西洋と東洋の大きな違いは、西洋には自由があるが、謙虚さに欠ける。だから、大自然を支配しようとして、かえって大自然から破壊のツケを支払わされ、しっぺ返しを食らっている現状なのである。だから「地球が静止した日」の宇宙人がやってきて、地上の人工物を崩壊させる、最後の審判もはじまる可能性もなくはない。このまま西洋の指導者が改心しなければ、ヨハネの黙示録の預言は成就するだろう。偽ユダヤが世界支配を牛耳れば牛耳るほど地球は滅亡に向かうだろう。しかし、それは地球の死ではなく、新たなる再生なのである。偽ユダヤは自分の修行場を自分で奪っているにすぎない。そんな愚か者のことは自業自得なので、ほおっておいて、西洋の自由にはない、それを上回る謙虚さについて、出口王仁三郎は、霊主体従と説いている。西洋は、体を心で制御し、ねじ伏せようとするが、それは個人の努力にすぎないので、闇雲に実体験で行うしかない。方法論や技術論になってしまう。だから、西洋では科学が発展するのだが、東洋は、霊主体従なので、まずは、心を神の万物を生み出した母なる宇宙意識に近づけるために、万物を愛し、万物の意識に目覚める努力をする。どの万物も捨てられるものではなく、救われないといけないという使命に目覚める。この思いから、勿体ないという言葉が生まれる。ちなみにAIの「勿体ない」の回答は以下である。「もったいない」とは、物の本来あるべき姿が失われることを惜しみ、嘆く気持ちを表す日本語の形容詞です。「勿体ない」「勿体ない」の検索結果 - Yahoo!検索この言葉には、主に以下の3つの意味があります。惜しい、無駄である:使えるものが捨てられたり、能力が発揮されずにいたりして、惜しいと感じる状態を指します。現在ではこの意味で使われることがほとんどです。例えば、まだ食べられる食品を捨てることや、才能を活かせない状況に対して使われます。恐れ多い、身に過ぎたことである:自分にはもったいないほどありがたい、かたじけない、という意味合いで使われます。不都合である、不届きである:本来あるべき姿から外れていて、都合が悪い、許しがたい、という意味で使われていました。「もったいない」という言葉は、室町時代から使われるようになり、元々は「正体無し」という意味で、神仏の真実の姿である「正体」が失われることを強調する言葉でした。2005年には、ノーベル平和賞受賞者のワンガリ・マータイさんが、この言葉に感銘を受け、「MOTTAINAI」を環境保護の国際的なスローガンとして世界に広めました。また、出口王仁三郎の霊主体従の動画は以下である。霊界物語〜霊主体従による真の生き方と霊的成長の道〜 【出口王仁三郎】 | 霊界 | 大本教 | 瞑想 | 弥勒の世 | 神人合一 | 神業 - YouTube自分を、救われる立場ではなく、救う立場に目覚めさせるのが、謙虚さ、なのである。キリストの、与えられるだけでなく、与え続ける人生の教えである。自分の持つ能力を与え続けるのが、人間の地上で生きる使命なのである。このような立場と役割、その使命についての話を、モーリーロバートソン氏のサイトは、臥薪嘗胆として巧く表現しているので紹介する。モーリー・ロバートソンさんに学ぶ。人生と毎日の中に訪れる“使命”とは|ライオン公式note運命には巻かれるのが勝ち「人生は何があるかわからないけれど、抗うよりも乗っかって自分の運命には巻かれるのが勝ち。これはお星さまの導きかなって思うようになりました。」不安で何もしないよりも、まずは飛び込んでみる。さらにそこで何かアクションをする。人とは違う経験を自分の強みに変えて、次の機会をつかみ取る。そんな、発想と行動力で逆境を楽しむ。それはモーリーさんならではの性格や行動力があってこそ成せることなのかと思いました。ですが、人により年齢や時期は違えども誰にもそんな場面に遭遇する機会が訪れる、と話されます。「何か自分には使命があるって思うんです。そして、皆さんにもどこかで‟使命がある”と思えることに取り組む場面がきっと現れます。」この西洋と東洋の立場の違いについて、面白い対談がある。それは次の動画、中村天風氏と出口王仁三郎氏の対話である。中村天風と出口王仁三郎の“最後の対話”|封印された心の秘密 - YouTubeこのような話からもわかるように、使命とは、この地上においての各人の能力を開発するための、いわば修行の課題とでもいえるものだろう。キリストは、聖書のマタイ伝第十章の第24節と25節で、使命についての教えを説いている。以下は聖書の現代訳である。マタイによる福音書10第10章1 そこで、イエスは十二弟子を呼び寄せて、汚れた霊を追い出だし、あらゆる病気、あらゆるわずらいをいやす権威をお授けになった。2 十二使徒の名は、次つぎのとおりである。まずペテロと呼よばれたシモンとその兄弟アンデレ、それからゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネ、3 ピリポとバルトロマイ、トマスと取税人マタイ、アルパヨの子ヤコブとタダイ、4 熱心党のシモンとイスカリオテのユダ。このユダはイエスを裏切った者である。5 イエスはこの十二人をつかわすに当たり、彼らに命じて言いわれた、「異邦人の道に行くな。またサマリヤ人びとの町にはいるな。6 むしろ、イスラエルの家の失なわれた羊のところに行け。7 行って、『天国が近づいた』と宣べ伝つたえよ。8 病人をいやし、死人をよみがえらせ、らい病人をきよめ、悪霊を追い出だせ。ただで受けたのだから、ただで与えるがよい。9 財布の中に金、銀または銭を入れて行くな。10 旅行のための袋も、二枚の下着も、くつも、つえも持って行くな。働き人がその食物を得えるのは当然である。11 どの町、どの村にはいっても、その中でだれがふさわしい人か、たずね出して、立ち去るまではその人のところにとどまっておれ。12 その家にはいったなら、平安を祈ってあげなさい。13 もし平安を受けるにふさわしい家であれば、あなたがたの祈る平安はその家に来くるであろう。もしふさわしくなければ、その平安はあなたがたに帰って来るであろう。14 もしあなたがたを迎えもせず、またあなたがたの言葉を聞きもしない人があれば、その家や町を立ち去る時に、足のちりを払い落としなさい。15 あなたがたによく言いっておく。さばきの日には、ソドム、ゴモラの地の方が、その町よりは耐たえやすいであろう。16 わたしがあなたがたをつかわすのは、羊をおおかみの中なかに送るようなものである。だから、へびのように賢こく、鳩のように素直であれ。17 人々に注意しなさい。彼はあなたがたを衆議所に引き渡し、会堂で鞭打つであろう。18 またあなたがたは、わたしのために長官たちや王たちの前まえに引ひき出だされるであろう。それは、彼らと異邦人とに対してあかしをするためである。19 彼があなたがたを引き渡したとき、何をどう言おうかと心配しないがよい。言うべきことは、その時に授づけられるからである。20 語る者は、あなたがたではなく、あなたがたの中にあって語る父の霊である。21 兄弟は兄弟を、父は子を殺すために渡し、また子は親に逆らって立ち、彼らを殺させるであろう。22 またあなたがたは、わたしの名のゆえにすべての人に憎まれるであろう。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。23 一つの町で迫害されたなら、他の町まちへ逃げなさい。よく言っておく。あなたがたがイスラエルの町々を回り終わらないうちに、人の子は来くるであろう。24 弟子はその師以上のものではなく、僕はその主人以上の者ではない。25 弟子がその師のようであり、僕がその主人のようであれば、それで十分である。もし家の主人がベルゼブルと言われるならば、その家の者どもはなおさら、どんなにか悪く言われることであろう。神智学のアカシックレコードリーディングによると、この24、25節のイエスの言葉は、全ての人間の全一体性という、イエスの悟りを説いているという。人間は他の人々よりもまさり、上位に立とうとして努力すべきではなく、ただ地上で与えられた使命と任務のためにのみ努め励むべき、なのだという。心の狭さから起こる妬みこそ、人間の光の道の進行を中断させる麻薬や毒薬なのである。そして、イエスは、自らの悟りを広めるために、人の上に立とうとする、ユダヤの伝統的なファリサイ派から、ベルセブルの悪魔と罵られるが、弟子たちも、同様に悪魔と罵られる、という予言である。そして、その後、キリストは、人の上に立とうとしている人の犠牲になった病人を癒していくのだが、ファリサイ派は人の上に立とうとするルシファーの悪魔崇拝教なので、キリストの一団を悪魔たちと罵るが、キリストは、病気をつくる悪魔が病気を治すのは悪魔の手技に反するのだから、悪魔ではない、と論破する。ファリサイ派こそ人の上に立とうとする悪魔なのである。このように、人の上に立とう、とするのは、心の狭さを表明し、悪魔の仕業なのである。だから独裁者は悪魔の何者でもないのである。権力に居座り、自分の思い通りに支配しようとする心こそ、悪霊の為せる業なのである。地獄に堕ちる自覚のない者は悔い改めるべきときなのである。It's just a spring clean for the May queen.悪霊退治後の復活の五旬祭のために悪の女王が春の掃除をしているだけだからYes, there are two paths you can go by, but in the long runそう、お前たちは、二つの道のどちらかを選択して進める、いずれも長い道のりだが。There's still time to change the road you're on.まだ選んだ道をかえる時間も残っている大和魂こそ、いま蘇るキリストの真心なのである。そして、真心の基に西洋と東洋は融合する。
2025年09月02日
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