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人々は疑似科学というものに案外と弱い。科学的な衣をまとった言説ならば、なんとなくそれが真実のように見えてしまうが、本当のところはどうなのだろうか。たとえば「ゆで蛙」の話がある。蛙をぬるい湯に入れ、ゆっくりと時間をかけて熱くすると最後はゆであがってしまうという。実際にそんな実験があるのだろうか。そのあたりの話は全く聞こえてこなくて、このゆで蛙の話は徐々に進行する危機に鈍感な人々に警鐘を鳴らす際の喩えにもっぱら使われている。同じようなものに「砂漠のダチョウ」の話がある。ダチョウが外敵に出会うと砂漠に首をつっこんでその外敵を見ないことにより、いないことにするという。これも、実際にこんな種の保存の法則に反するような行動があるのかどうか疑問だし、ダチョウが砂に首をつっこんでいる写真だって見たこともない。そしてなによりも、首をつっこんだダチョウが何を考えているかなんて、そんなことは誰にもわからない。つまりこの喩えも危機を見ないことにより「なかったこと」にする人々に警鐘を鳴らすための喩えとして使われているわけで、その点ではゆで蛙と双璧である。この砂漠のダチョウの喩えは昨今のコロナウィルスにそのままあてはまるように思う。韓国では感染者数が急増しているが、日本ではその増加はずっと少ない。背景には検査件数が全く違うという事情を挙げる人がる。日本で本当に感染者数が少ないのならよいのだが、なかなか検査を行わないために、結果として認知される感染者が少なくなっているのなら、まさに危機を見ないことによりなかったことにするというその砂漠のダチョウの喩えそのままではないか。それではいったいこのダチョウはなんのために首をつっこんでいるのだろうか。国民のパニックを防ぐため…というのなら、おそらく他の国でもやっていそうなのだが、オリンピックを中止にしないためというのではバカらしいとしかいいようがない。日本ではなかなか検査がうけられないという事情は他国にも知られていくであろうし、そうなれば、ますます日本にやってこようという外国人はいなくなるのだから。
2020年02月28日
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東京オリンピックは最初からケチばかりついていた。国立競技場の設計に始まり、エンブレムの盗作騒動、招致疑惑、そして高温を理由としたマラソン会場の変更。さらにこれでもたりないとばかりにコロナウィルスの感染拡大で大会自体が危ぶまれている。抽選は人気だつたようだが、チケットはどのくらい売れているのだろうか?中止になったら東京マラソンのように払った金も返ってこないなんて思っているひともいるのかもしれない。選手を始め、開会式の構成に関与する人々も中止なんて声を聞くたびに気が気ではないだろう。たとえ中止にならなくても中国からの参加は期待できない。中国以外にも参加を拒否する国もあるだろう。低調なオリンピックになり、放映権も売れないため、残るは赤字だけになる。あの安倍マリオの時には想像もできなかった事態なのだが、本当になぜオリンピックなどやろうとしたのだろうか?
2020年02月27日
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政府は新型コロナの感染拡大を防ぐための基本方針を発表した。それをみて最初は驚き、次には目を疑った。企業に対して、発熱など風邪の症状がみられる社員には休暇を取らせるよう要請。テレワークや時差出勤の推進も強く呼び掛けているが、これは当然だろう。できればもう少し強い措置も…と思うが財界の抵抗もあるのだろう。国民に対する手洗いやマスクの着用など対策の徹底を促すのも当然で、こういうことは小学校の学級会決議でも書く。でも、不思議なのはその次だ。感染が疑われる場合は「帰国者・接触者相談センター」に相談するように呼び掛けている。このネーミングだと帰国者や感染が分かった人と接触した人しか相談できないと誤解されかねないが、現実には、外国に行ったかどうかにかかわりなく、感染した人が出ている。それにもし相談したとしても、検査はしてもらえるのだろうか。単に熱がどうのとか咳がどうもとかいった訴えを聞くだけでは、素人はもちろん医師だって、新型コロナか風邪かなんて判断はできないだろう。検査はできるのか、そしてそういう検査は一日に何人くらいできて結果がでるのにどのくらいかかるのだろうか。もっとも知りたいところはそこであり、それは感染者の数字の見方にも影響してくる。なぜなら一日の検査者以上の感染者数はでてくるわけもなく、国別の感染者数は国別の検査者数の反映なのかもしれないのだから。さらに、「感染への不安から適切な相談なく医療機関を受診することは、かえって感染リスクを高める」というのも不思議だ。言っていることはわかるし、それも一理あるのだが、これではまるで感染したと思っても医療機関に来るなというようにも読める。いや、感染したと思わなくても、ただの風邪でも医療機関に来るなと言っているようなものではないか。なんなんだ、いったい?そしてきわめつけはこれである。患者数が大幅に増えた地域では、一般の医療機関でも新型コロナウイルスへの感染が疑われる患者を受け入れる方針も打ち出すとともに、風邪の症状が軽い人は、自宅での安静・療養を原則とし、悪化した場合は相談センターなどに相談の上、受診するよう促している。伝染病の治療は隔離が原則であり、一般の医療機関で、あれほど強い感染力を持つ病気の患者を受け入れたら、あっというまに新型肺炎が蔓延するし、場合によっては医療崩壊にもつながりかねない。特定の病院を指定して、そこで隔離の上、治療するしかないのではないか。最後の軽ければ自宅で寝ていろについては論評のしようがない。江戸時代だって疫病が流行れば療育所を設けたのに。こういうのを見ると、あっというまにプレハブで新型肺炎の患者を収容する病院を作ったという武漢の対応がはるかにまともに見えてくる。
2020年02月26日
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ひさしぶりにオリオン座を見たが、赤色巨星ベテルギウスは明るさを減じ、二等星の三ツ星とほとんど変わらなくなっていた。むしろ色が赤いだけに暗いようにもみえた。オリオン座は古来、夜空でももっとも目を引く星座で、日本でも三つ星をはさんで赤いベテルギウスと白いリゲルが対峙している様子を源氏星、平家星とよんでいるところもあるという。赤い平家星がこんなに衰亡してみえたことは昔もなかったのではないか。脈動変光星という終末期の星であるベテルギウスがいよいよ超新星爆発をするのか…と期待しているのだが、星の寿命に比べると人間の生命など須臾の間だ。超新星爆発も明日見えるかもしれないし(見えたとしても実際には何百年か前の光だが)、1000年後、10000年後になるのかもしれない。
2020年02月25日
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春一番の吹いた昨日、刑部岬に行ってきた。九十九里浜の北端の鈍角の岬で、岬の上の展望台は遠目にもよくみえる。展望台に着くと同時ににわか雨が降ってきたが、西の空には雲の間から太陽が見える。上空では季節の変わり目特有の大気のせめぎあいがあるのだろう。天気が良ければ見えるという富士山や筑波山はもちろんみえなかったが、波高い海が雲間から射し込む日の光をうけてきらめいている様子は荘厳で神秘的な光景であった。雨が止んだ後には、半分ほどの虹が柱のように空に向かって立っているのが見え、陽光もここまで強くなってきたのかと思った。冬の弱い日の光では虹はできないのだから。
2020年02月23日
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先週くらいまではコロナウィルスはさほど怖いとは思わなかった。致死率もインフルエンザとあまり変わらないし、感染力もここまで強いと逆にどうしようもないではないかとあきらめもつく。それよりも貴重な人生の時間を、これにびくついて無駄に過ごす方がよほど損ではないか…そんなふうに思っていた。世の中騒ぎ過ぎだろう。北朝鮮のミサイルも、足元のヒアリも、ひところはこの世の終わりでもあるかのように大報道したのだが、今になって思えば騒ぎ過ぎだったように思う。北のミサイルは飛翔体と名を変え、ヒアリは健在だが、誰も気にしない。ただ、よく考えてみるとコロナで騒いでいるのはテレビのワイドショーだけではない。世界的に大問題になっているのだ。インドでは感染したと思い込んだ男が何人も巻き添えにして自殺したなんていうニュースがあった。いくつかの国では初期の段階で中国からの就航を規制した。武漢は閉鎖都市になり、北京も森閑としているという。国内でも次々とイベントが消え、外食もホテルも旅行ツアーも閑古鳥が鳴いている。もしかしてこれは大変なことなのではないか。そんな時、職場の同僚が花粉症で医者にいったという話をした。目をみるとたしかに充血している。ふと、コロナウィルス感染の初期は結膜炎を起こすことがあるという記事を思い出してぞっとした。同僚はわりとよく医者に行く人なので、病院で感染をしているかもしれない。確率的には低いかもしれないが、東京では調べていないだけで感染者が蔓延しているという話もある。マスクをして(うちの職場でも勤務時間中にマスクをする人が増えている)、会話を最小限にしたのだが、少し態度が冷たいと思ったかもしれない。許せ…。しかし、これでわかったのは、自分もけっこうコロナウィルスを怖がっているんだなということだ。気のせいか、最近はマスクが増えただけでなく、昼食をともにする姿も次第に減っているし、会話も少なくなっているような気がする。伝染病の恐怖は絆も奪っていくのかもしれない。
2020年02月21日
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韓国ドラマ「光と影」をほぼ視聴完了した。ほぼ…というのはいつもの癖で最終回が近くなると、たいてい最終回をまずみるからなのだが。舞台は高度成長期の韓国。どこの国でもそういう時代は元気と活気にあふれているもので、時代の雰囲気がなんとなくなつかしかった。憧れのマイカーで彼女を乗せてドライブする場面や初めて見るカラー放送に感動する場面。そして夢はなんでもかなうといった感じのガンガン前向きな歌詞の流行歌。そんな時代に田舎の金持ちのドラ息子がすべてを失った後、もちまえの漢気で人の心をつかみ、才覚で興行界で成功していくという話なのだが、その間に山あり谷あり復讐ありで、長いドラマだが、もう一度見てみたくなる。まあ、唯一の欠点は主役のアンジェウクが個人的には嫌いな日本の某政治家に似ていることかな。検索してみればすぐわかると思うけど。サクセスストーリーと並行する大きな縦糸は主人公の恋なのだが、愛し合う二人に次々と恋の障壁が襲いかかるというあたりは冬ソナによく似ている。そして韓国ドラマによくある男二人、女二人の四角関係だが、これは長編だけにもっと複雑で、五画関係、いや六角関係といったところか。どんな魅力的で素晴らしい男や女でも最終的に一人しか選べないというのは、考えてみたら不条理なものである。女の二番手ヒロインは大輪のバラのような大スターで権力者の男の心をとらえてゆくのだが、唯一主人公の心だけは得られない。男の二番手のキャラは主人公にライバル心をいだき、ヒロインを恋するものの最後はストーカーのようになって、すっかり嫌われてしまう。その一方で片思いであっても恋を成長の糧にする女性もでてくるし、想いをひめながら、彼を助けるよき補佐役を目指すという女性もでてくる。人を狂わすのも恋だし、人を成長させるのも恋というものなのだろう。とにかく面白いドラマである。
2020年02月21日
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今回のコロナウィルスで思うのはその感染力のつよさだ。濃厚接触という言葉があるが、コロナの感染力は濃厚どころか「袖すりあうは他生の縁」に近いような関係でも接触するほど強い。乗客からタクシー運転手、宴席で数時間一緒にいただけの客同士など。水際作戦云々なんていうけど、こうしたものを水際でくいとめたことなどできたのだろうか。文字どおりの濃厚接触でしか感染しない病気だっておどろくほどの短期間で世界中にひろまっていったという話だし、近くはエイズも流入を阻止でしたという例もきかない。コロナのようなウィルスの感染そのものを完全に防ぐなんて無理なのではないか。だから、本当に不思議なのは国別の感染者数でフランス、イタリア、ドイツといった国がごく少数の数にとどまり続けていることだ。特にフランスでは死者(中国人旅行者)が出たのに、その後の感染が広がっていない。旅行者ならホテルも使っただろうし、タクシーにも乗っていたと思うが。こうした国なので衛生環境の不備とか数字の操作もまずないはずなのに、なぜ感染拡大阻止に成功したのだろうか。コロナウィルスについては若い人で不安を感じている人が多い。死亡するのはほとんどが高齢者だといってみても無駄で、どうもネット上で予後についての情報が氾濫していることが不安をかきたてているようだ。感染しても免疫ができず二度目の感染で致命的になるとか、発症後治癒しても腎臓などに思い障害が残るとかといった言説である。予後についてのデータはまだ乏しいのだが、治癒して退院した者の情報がほとんどでてこない。プライバシーの問題もあって難しいのだが、そうしたことが非常に不安を増幅させている。※※クルーズ船での感染症対策が批判されている。素人が見てもあれでは監禁して感染を拡大させているようにしかみえなかったので、ずさんな感染対策もむべなるかなという感じだ。すでに動画は世界中に拡散されているのだが、そのうち出るかもしれない。「クルーズ船の感染対策は問題なかった」という閣議決定。
2020年02月20日
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時代劇や時代小説には、「よそ者」を排斥する話がよくでてくる。一体なんでそんなに「よそ者」を嫌うのだろうか。このあたりの心理がどうもいまいちわからなかった。ただ今回のコロナウィルス騒動で思った。「よそ者」というのは、時に疫病を運んでくることがあり、だから「よそ者」排斥というのはかなり本能的な感情なのではないか。ある集団の侵入にともなって先住民の人口が激減することがあるが、これは必ずしも虐殺や搾取によるものばかりでなく、侵入者の持ち込む疫病によるところが多いという。教育的配慮もあるのかもしれないが、米国で買った絵本には、インディアンの人口が急減した理由を移民達が旧大陸から持ち込んだ疫病によるものだと説明しているものがあった。同じように日本列島の歴史で縄文人が弥生人に圧倒されていった理由も弥生人がもちこんだ結核などの疫病のせいにする見解もある。そして、こうした未知の悪疫を持ち込む危険は遠くから来た「よそ者」ほど大きい。遠くから来た「よそ者」ほど人相風体が自分らとは異なる。おそらく「よそ者」排斥のさらに先には、異人種に対する恐怖という感情もあり、これも、また本能なのかもしれない。ヨーロッパではコロナウィルス発生の影響でアジア人に対する差別やいやがらせ行為が頻発しているという。これなんかまさに、人類の歴史の初期からあったような異人種に対する恐怖感が爆発している感じで困ったものである。
2020年02月18日
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毎日のようにコロナウィルスの新規感染者がでてくるが、これはすでに発見された感染者の行動を洗ううちに発見される感染者であり、実際の数はもっと多いのだろう。屋形船での宴会をやったということで、その宴会の参加者を洗っただけで何人もいるくらいなので、たかだか数時間の宴会ではなく、ずっと長い期間を同じ空間で過ごす職場や密着してすごす満員電車でも感染がひろがっているとみて間違いないだろう。現に感染者の中には熱が出た後も無理して東京都心まで電車通勤していたという人もいるので、電車内でも感染があったとみるのが普通である。これほどに強い感染力をもっているので、手洗い等の予防は行っていても感染そのものに神経質になっても仕方がないように思う。そして次には感染した後の発症、致死率であるが、ほとんどが高齢者や持病をもっている人であり、若者や子供の死亡はあまりないようである。そうなると、過度に恐れて経済活動に支障をきたしたりすればそちらの弊害の方がむしろ大きいように思う。ただそう思っても、若者も含め、社会の一部には大きな不安が広がっている。その不安の背景には以下のようなことがあるように思う。ウィルスの正体が依然として不明なこと。武漢は大都市であり、どこかの未開地から未知の病気が広がったというのとはわけが違う。食用のネズミや蝙蝠が原因という説も今では信じる人は少ないのではないか。中国や主要国の対応が異様なこと。中国はすぐに武漢の都市封鎖を行い、北京も今は閑散としているという。主要国でも早期に中国からの入国禁止をとったところがあり、こうした対応が知られていない危険な実態があるのではないかという推測を生む。発症して治癒した人の情報がでてこないこと。致死率はさほど高くないにしても、退院した人の情報がない。もちろんプライバシーの問題はあるし、こうした情報が公開されれば嫌がらせをうけるおそれもある。しかし、ぼかし映像や音声変換でも治癒した人も情報がないことが、予後が非常に悪いのではないかと言う人もでてくる。HIVウィルスの薬が効いたという報道についても、コロナウィルスもHIVと同様のものではないかと思わせる。もしこうした不安にあまり根拠がないのだとしたら、感染、発症して治癒した人の情報などは、プライバシーに配慮したうえでもっとでてきてもよい。情報を出さなくて、不安をあおるということはよくあることである。
2020年02月17日
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新型コロナウィルスについては、はたしてどこまで恐れるのが正解なのかがわからない。日本国内で感染者が出始めた頃、よく「濃厚接触」という語がつかわれた。しかし、現実にはバスの乗客から運転手、車掌へと、濃厚どころか単に一定時間に空間を共有しただけの人について感染している。「濃厚接触」以外にも感染しているところがこの恐ろしさだし、そのあたりはエイズとは異なる。その後、次々と国内で感染者や患者が発見されたが、海外渡航歴もなく、感染経路のよくわからない人が多い。しかも地域も北海道から沖縄にわたっている。こうなると、国内のあちこちに相当数の感染者がいると思った方がよいし、発症しても通常の風邪や肺炎とされている場合も多いのではないか。今のところ死亡率はインフルよりも高いがSARSよりは低いという。ただそうだとしたら、多くの国で極めて早期の段階で中国からの入国禁止措置をとり、中国国内でも都市封鎖や経済活動の停止などかってのSARSや鳥インフルとは異次元の対応がなされていることが理解できない。鳥インフルのときは、皆が特長のあるマスクをつけていたが街は普通に機能している様子であった。死亡率としてでてきている数値以上に恐ろしい実態があるのではないかと不安を増幅させる。そしてまた病気そのものの不安の他に、経済活動に与える影響がある。日本で消費される農産物や工業製品、それにその下請けの多くは今や中国に依存している。単に中国からの観光客が来ない、留学生が来ないといった影響だけではなく、中国における流行が日本の経済に影響を及ぼす可能性がある。そしてまた、流行が中国だけでなく、日本でも本格的になれば、イベントや会食などの消費が冷え込むだけではなく、企業活動など社会の様々な場所に影響を及ぼす可能性もある。そしてその先は、すごくいやな想像なのだが、それこそオリンピックどころではなくなるかもしれない。大地震どころか、太平洋戦争の敗戦に匹敵する国難の到来である。とまあ、こんな想像をするのは、撮りだめておいたDVDで映画「感染列島」を観たせいかもしれない。
2020年02月15日
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韓国映画「パラサイト」がアカデミー賞の四冠に輝いたことが話題になっている。たしかに奇想天外で面白い映画なのだが、アカデミー賞四冠となると、他に傑作がなかったのだろうかと不思議に思う。そしてまた、「パラサイト」が韓国社会の格差を描いた映画だというように喧伝されているのだが、正直言ってそれほどそうしたものは感じなかった。身分とか生まれとかが昔のように重要でなくなっている現代では格差は「能力、努力、運」によるものだろう。貧乏な一家の方が小賢しく機転がきき、金持ちの一家の方がおまぬけに見えるのは気のせいなのだろうか。そしてまた、格差の主因が能力であり、まさにそのことが格差に苦しむ側の絶望につながってゆく。ところが映画「パラサイト」では貧乏な家の息子は金持ち娘の英語の家庭教師を行い、まったくバレる様子もない。そしてその息子は学歴詐称こそしているが、なかなか優秀で、一流大学を受験している様子である。だから最後の「金持ちになるぞ」という息子の決意は荒唐無稽でなく、十分に可能性がある。なんだ、格差はあっても、そこには希望格差はないではないか。こうした能力を主因とする格差は、この少し後に観た映画「リチャード・ジュエル」の方でより強く感じた。ちょっと知恵遅れぎみのジュエルと彼に唯一対等に接してくれた弁護士との会話の中で、「オレはあんたのようになれやしない。オレはオレだ」と叫ぶ場面があるが、それこそがまさに格差社会の下にいる者の絶望感ではないか。それでは映画「パラサイト」で生活の格差は描かれているかというと、それもそれほど強烈には描かれていない。瀟洒な豪邸と半地下の狭い家という住居の格差は象徴的なのだが、それ以外では、食べるもの、着るものの差は描かれていない。普通に街を歩いていると貧乏だか金持ちだかわからない。映画の中で貧乏人の共通の「臭い」が言及される個所があるが、逆にいえば臭いでしかわからないということではないか。半地下という住居の貧困はあっても、腹をすかして、ぼろを着て…という衣食の貧困はあまり描かれない。韓国では、韓国映画の快挙に国中がわきたっているという。けれども「パラサイト」には韓国の風景の美しさや伝統の素晴らしさが描かれているわけではない。誇るべき歴史や細やかな人情がでてくるわけでもない。そしてあの映画をみて、韓国に行ってみようと思う人もあまりいないのではないか。映画という芸術の一部門で自国の作品が認められたというのは喜ばしいことなのだろうけど、大統領をはじめ、国中であれほど大喜びするようなことなのかというと、どうもよくわからない。
2020年02月15日
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コロナウィルスで国内初の死者がでたという。神奈川県に住む80歳代女性であるが、1月22日に倦怠感を訴え、今月13日に亡くなったという。女性には渡航歴はない。1月22日といえば、まだ新型ウィルスがさして話題にもなっていない頃であり、その頃にすでに感染していたとしたら、実は国内には相当の数の感染者がすでにいるのではないのだろうか。渡航歴もなく、ウィルスが流行している地域からの渡航者との接触もないような人が感染しているのだから似たような感染者は多いだろう。その後、死亡した女性は外国人観光客と接触の多かった運転手の義母だったということが公表されたものの、やはり実際には多くの感染者がすでにいるのだろうという推測は消せない。死亡女性にしても、死亡後にコロナウィルスによるものだったと判明したというので、これも国内初の死者ではなかったのかもしれない。コロナウィルスについては、死亡率はSARSよりも低い程度なのに、町封鎖、渡航禁止という措置がなされており、おおげさではないかと思っていたが、じつはSARSや鳥インフルエンザなどとは別次元の危険があるのかもしれない。北京も人影が少なく、人々はエレベーターのボタンを押すのにも楊枝を使っているというが、こうした状況は明日の我が身かもしれない。思い出す本など…復活の日、赤死病の仮面、ペストなど
2020年02月14日
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最近は女の子も元気がよくっていいことだと思います。でも、そういう元気は悪いことに使ってはいけませんよ。これは、ある大きな港町の小学校で本当にあったお話です。まあちゃんというとっても元気のよい、でもすごく意地悪で乱暴な女の子がいました。そのまあちゃんには、子分が三人いて、その子分と一緒に、新しく転校してきた子にぼうりょくをふるっていました。カレーを目に入れたりとか、大事にしている買ったばかりの自転車をふみつけたりとか。それでとうとうその子は学校に来なくなってしまったのです。よいこはまあちゃんみたいなことをやったらいけませんよね。でもね、その町の先生はすごく変なんですよ。まあちゃんのことも、まあちゃんと一緒にぼうりょくをふるっていた子分たちのことも、叱らないんですよ。だから、まあちゃん達は自分が悪いことをしたなんて思っていないみたいなんです。先生は何をやっていたのかって。それがすご~く変なのですよ。先生たちは、まあちゃんがカレーをほかの子の目に入れたりしていたので、カレーが悪いといって、カレーを給食に出すのをやめました。次にはみんなが悪いといってみんなの給食を少しずつ減らしました。悪いのはカレーとかみんなとかで、まあちゃんがどんなに悪いことをしたかってことは、そのうち町の人たちは忘れると思っているのかもしれませんね。よいこは、ぜったいにこんな大人のまねをしてはいけませんよ。
2020年02月12日
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カジノについての議論でよくあるのはパチンコが野放しになっているのにカジノを規制するのはおかしいというものである。yahooニュースのコメントでもどういうわけかこの手のものがいつも上位にくる。こうした議論はあのダムや公共施設の建設を推進する際の「今までかけてきた資金や労力が無駄になる」という議論を思い出す。考えるべきは今の時点でどう考えるべきかであって、今まで投与してきたものは捨象すべきであろう。もともとが能力不足の目標に向けての受験勉強や不実な男(女)に対する献身で、人生を誤るのもだいたいがこの「今までの〇〇が無駄になる」という思考である。いや、それどころかパチンコとカジノを並べる議論はもっと悪いかもしれない。まさかこういう議論をする人は「今までパチンコが実質ギャンブルだと分かっていて野放しにしてきたのが無駄になる」と思っているわけではないだろうから。パチンコという外国にはほとんどない民営ギャンブルがなぜ日本に出現したのかはどうもよくわからない。ただ、そのパチンコが低所得層中心に多くの悲劇を生んでいるのは間違いないだろう。カジノが導入されれば、もうちょっと所得が高い層の庶民を中心に同じような悲劇が量産されることだろう。パチンコを規制しないでカジノを規制するのは、大麻を野放しにしてたばこを規制するようなものだという議論もあるが、逆にパチンコを野放しにしてさらにカジノも合法化するのは、大麻が野放しだからといって覚せい剤も野放しにするようなものではないか。途上国中心に多くの国はカジノを外国人専用にしている。また、国内にカジノがある場合でも、米国のラスベガスは砂漠の真ん中にあり、大都市に居住している貧困層はおいそれとはいけない場所にある。ところが、日本ではカジノを大阪や横浜に作り、日本人と外国人の入場を区別する気もない。いったいどんなことになるのか、ちょっと想像力をはたらかせればわかりそうなものである。ここで都都逸などフミコに騙されハマっ子が カジノにハマって みんな泣くちゃんちゃん
2020年02月11日
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新型肺炎ウィルスという名称はいつのまにか新型コロナウィルスに変わっている。感染者が全員肺炎を発症するわけではなく、致死率もインフルエンザに比べてすごく高いというわけではない。それを考えると、このウィルスの感染拡大を防ぐために中国人の入国を60か国が制限とあるのが変な気がする。ウィルスの影響よりも入国制限等による経済的悪影響の方がはるかに大きいのではないか。恐ろしいのはウィルスなのか中国なのか…ふと黄禍論なんていう言葉を思い出す。ウィルスについてはわかっていないこともあるし、今後変異することもある。だから楽観や油断がよいわけではないのだが、ウィルス自体の脅威に比べ、各国の反応が大きいように思う。こうした状況はいつまで続くのだろうか。もしかしたら突然東京オリンピック中止という判断がふってくるかもしれない。感染者の数や感染者のいる国数自体は幾何級数的に増えていくだろうし、それが今後三か月や四か月でおさまるとも思えない。
2020年02月10日
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韓国ドラマ「光と影」を観ている。韓国の高度成長時代を背景にして、父親を殺され自らも路頭に迷うことになった金持ちのドラ息子が、ショービジネスの世界で成功しながら父親の復讐も果たしていくという物語なのだが、けっこう笑いの部分もあってドロドロした復讐物語というわけでもない。それにベトナム戦争、カラー放送の開始など、当時の出来事がドラマにおりこまれているのも興味深い。主人公が念願の自動車を手に入れて、最初に恋人を乗せる場面などは、どこの国にも共通する若者心理だろう。物語の大筋は復讐なのだが、主人公とかつての使用人の息子との葛藤の物語とみることもできる。地域の顔役だった父親のところに朝鮮戦争難民の母子がやってくる。母親は女中として働き、息子は主人公とともに育つ。彼は大変な秀才なのだが、主人公に対しては根深い劣等感がある。逆境の中でドラ息子から漢気溢れる事業者として成功している主人公に対して、ますます嫉妬と憎悪を募らせ、恋敵にもなるのだが、その恋にしても、単に主人公に勝ちたいというだけのもののようにもみえる。考えてみれば嫉妬というのはやっかいな感情だ。そうした感情が向上心につながればよいのであるが、努力で追いつける対象であれば嫉妬などという感情はおこらない。努力でどうにもならないとわかっているからこそ嫉妬するのではないか。さる劇団では入団のときに「人間とは不公平なものであると思え」と訓示するという。能力、才能、運など人間は決して同じようにはできていない。嫉妬するほど恵まれた人がいたとしても、それにマイナスの感情を向けるのではなく、そんな素晴らしい人がいたのなら、そういう人とよい関係を築いていった方が、はるかに自分自身にとってもプラスになるのだろう。
2020年02月09日
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世の中は新型肺炎のニュースで大騒ぎなのだが、感染者のうちどのくらいが発症して、その中のどのくらいが重篤になって、さらにどのくらいが亡くなるのかという基本的な話はあまり報道されていない。感染力は非常に強そうなのだが、そうだとすれば実際の感染者は相当数にのぼっているはずだ。明治期の日本では何度か赤痢やコレラの流行があって、死者数は相当数に上った。そんな恐ろしい病気でなくとも、インフルエンザでも毎年、高齢者を中心に相当数の人が亡くなっている。そうしたものとの比較で新型肺炎はどうなのだろうか。なお、肺炎というと肺炎球菌を連想するが、実際には肺炎というのは症状であって、菌がおこすものもあればウィルスがおこすものもある。「新型肺炎」という名称は非常に恐怖感をよびおこす。それにしても言葉というものの力は大きい。人は言葉によって考えるものなので、あるものにどんな言葉をあてはめるかでかなりその後の思考が違ってくる。ある政策に「改革」という名を冠するだけで、その政策が無条件でよいもののように思ってしまうことは多いし、実態をむきだしにしないためにより耳慣れない名称やぼかした名称を使うこともある。IR(総合リゾート)なんてのはその最たるもので、レストランやゲームセンターなら新たな法律を作る必要などはない。実態はカジノである。ならばなぜストレートにカジノという言葉を使わないのだろうか。カジノ推進大臣、カジノ推進のための賄賂…そう言った方がはるかに明快なのに。
2020年02月06日
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街を歩いていると時々あれっと思うような目を引く建物がある。慶応大学近くの札ノ辻のあたりは再開発の工事中で、今のところ高い建物はないのだが、その向こうの高台に変わった形の建物が見える。最初は取り壊し中の建物かと思ったが、よく見ると、中二階のような部分が空洞になっており、植木と国旗が見える。なにやら天空の城を思わせる斬新なデザインであり、国旗はフランスかイタリアの国旗でレストランなのかもしれない。そこで街角ウォーキングのコースとして、その建物を目標にしてみた。まず三田三丁目の交差点(JR田町駅、地下鉄三田駅)を起点に聖坂を上ってゆく。聖坂というのはそのあたりを高野聖が往来していたことからついた名で、こうした坂道の名の由来を示す柱がたっている。現在、山手線が走っているところは海だったというから、高野聖がいた頃にはこの坂からは眼下に海が見えたであろう。坂道の途中に亀塚稲荷という小さな神社がある。この境内(といっても鳥居のすぐ横)には青く平べったい石でできた「阿弥陀種子板碑」という塔がある。説明によると、秩父の緑泥片岩でできた供養塔で鎌倉時代中期から室町時代にかけてのものだという。神社の中に阿弥陀というのも変な気がするが、神仏混交の時代が長かったことを思えば別におかしなことではない。それよりも不思議なのは、亀塚稲荷は太田道灌が物見台を作った時に建立したというのだが、太田道灌は室町時代の武将だという。それなのになぜ鎌倉時代の元号を刻んだ碑があるのか。どうもよくわからない。亀塚稲荷を越えると、英語のフレンドにちなんだ校名の普連土学園があり、その隣に例の奇妙な建造物がある。見てみるとクウェート大使館で、国旗はレストランではなく、大使館だったからであった。建物の斬新なデザインは後で調べてみると丹下健三作だということだ。そこは坂道の最高地点に近く、向かい側にわたり少し歩くと本当の最高地点亀塚公園の亀塚である。この亀塚という小山は築山であり、昔から古墳だといわれていたらしいが、古墳という確証はないのだという。亀塚に登ってみたが、周囲には高層ビルが多く、期待していたほどの眺望はなかった。そこから坂は下りになり、少し歩くと左手に分かれる長い坂がある。これが幽霊坂で名の由来は付近に寺社が多く、幽霊がでそうな寂しいところだったということらしい。もっともこれには有礼坂という別名があり、こちらは付近に森有礼の屋敷があったことに由来するそうだ。このあたりは今も屋敷町のようで、相当の一戸建てが並んでいる。幽霊坂という地名は地価には影響しないのだろうか。この坂は国道一号に出るあたりで急坂になり、道のわきには手すりまでついている。このあたりになると、屋敷町とはだいぶ趣の異なるアパートらしい建物もある。幽霊坂という地名は実は東京だけでもあちこちにあるという。
2020年02月03日
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この間、熱海梅園に行ってきた。早咲きの梅は見ごろで、暖冬のせいか、梅の開花は早いようである。ところで、ここ数年、見ごろの頃にこの梅園に来ているのだが、今年はやはり人出が少ないように思う。近頃どこの観光地でも目立つ中国人観光客が目につかないせいもあるだろうし、連日、マスコミをにぎわしているコロナウィルス騒動で多くの人が賑わうような場所を避けているというのもあるのかもしれない。コロナウィルスは健康に及ぼす不安だけではなく、経済面に与える影響も大きい。米国は中国に滞在していた者の入国規制を行うようだが、そうなると、中国にも米国にも多くの航路をもっている成田空港のトランジット客が激減するだろうし、空港内の様々な施設の客入りも減る。熱海も含む伊豆箱根だけではなく、全国の観光地でにぎわっているところはたいてい中国人をはじめとする外国人観光客の人気を得たところだ。また、熱海梅園ほどには知られていないが、小田原フラワーパークという花の公園があり、こちらにも立ち寄ったが、やはり梅が見事であった。温室以外は入場無料で、梅に限らず、四季折々の花があるので、別の季節にも行ってみたいものである。
2020年02月03日
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世の中は、新型コロナウィルスの話題でもちきりで、街の薬屋さんからはマスクが消え、こころなしか雑踏もいつもより人が少ないような気がする。ところで不思議に思うのはなぜ今こうした新型ウィルスがでてきたのだろうか。蝙蝠だとかネズミだとかといった原因がまことしやかに語られている。中国人は、四本足のものは机と椅子以外、二本足のものは梯子以外はなんでもたべると言われているので、蝙蝠やネズミを食べていても不思議ではないのだが、ただ、そんな食習慣があったとしても今に始まったことではないだろう。中国の経済発展にともなって人の移動が活発になり、その結果、従来は局地的だった病原体が拡散するようになったということなのだろうか。そしてもう一つ。このウィルスによる肺炎の症状や致死率はどの程度なのだろうか。バスの運転手まで感染したとなると、相当に感染力が強そうだし、そうだとしたら相当な感染者がすでにいそうである。そうなると死亡率が気になるところなのだが、今のところSARSよりは致死率は低いという報道もある。それでも、警戒が必要なことはいうまでもないが、中国人の入国規制とか、中国人に対する差別行為のようなものはどうみても過剰反応というものだろう。
2020年02月02日
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