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非正規雇用の増加に代表されるような雇用環境の変動を背景とした殺人を扱った小説である。ただし、殺人をテーマにしているといっても、推理小説という範疇とは少し違う。主人公は名探偵でもなければ、犯人が意外な人物というわけでもない。むしろ殺人を題材にして、雇用法制を自由化し、非正規雇用者という形での貧困層を量産してきた日本社会のいびつさを描いた小説といってもよいのかもしれない。格差とか貧困とか、こうした問題については今まで書いてきたので、いまさら書こうとは思わない。ただ、一言いえば、格差や貧困を放置してきた社会というのは危機に弱いのではないか。コロナ危機でいくつかの国では暴動のニュースもあるし、米国でも暴動が広がっている。そんな中には、大規模な体制変革や体制崩壊にむすびつくところもあるのかもしれない。なお、この小説の終わり近くになって、捜査が大企業の上層部に及びそうになったときに、警察の上層部から主人公の刑事にストップがかかる場面がある。迷宮入りになったり、不可解な形で決着がついた事件の中には、こうした警察上層部、あるいはもっと上からの判断で捜査にストップがかかったものもあるように思う。
2020年05月31日
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時代小説の短編集だが、登場人物は男、女、武士、職人と多彩である。いずれも読みやすく、情景がいきいきと伝わってくる。ただ物語の全部が意外な結末や起承転結のあるものばかりではない。市井の人々の人情の機微を淡々と描いたものも多い。そしてそんな短編にも小説家としての上手さを感じる。下手な小説の例として、登場人物の行動や感情が常識の範囲内におさまっているというものがある。これでは読者にも容易に先が想像でき、なんの感動もわかない(筒井康隆の小説「大いなる助走」にこうした小説を書く人物がでてくる)。読者を裏切り、そしてそれでも、なるほど、そういうこともあるかもしれない…と気づかせるところに感動がうまれる。表題作になっている「時雨みち」は二重三重に読者を裏切り、深い余韻を残す小説である。商家に奉公して若くして三番番頭くらいになった男がいる。その男が女中と恋仲になり、彼女は妊娠する。ところが男には問屋の婿養子の話がでて、そのため、女中を捨てる。時が流れ、商家の旦那になった男は転落した昔の恋人に会いに行く。そこで読者が想像するのは、女は男に捨てられたのがきっかけで転落した、男のことを女は恨みに思っている、悲惨な境遇の女と対照的に男は幸福に暮らしている。こんな予想は裏切られる。商家の婿になり成功したようにみえる男にも、実は、妻は芝居狂いで、娘は男と問題をおこしている。あのまま昔の恋人と一緒になっていればという想像は一瞬胸をかすめたかもしれない。けれども、やはり、当時のあの状況では、選択の余地はなかったことなのだ。養子の口を断れば、もっと大きな苦労と後悔があったことだろう。誰もが、後戻りのできない、ままならぬ人生を生きている。秋から冬にかけての雨の音とともに、時は静かに流れていく。
2020年05月29日
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ソーシャルディスタンスの2メートルに根拠はあるのだろうか。よくわからないが、常に2メートルの距離を取ることが、今後求められるのだとしたら、スポーツや演劇の分野は大きく変わる。高校野球の中止が大きな関心事になっているが、スポーツの中には2メートルどころか直接体が触れ合うものも多い。レスリングや柔道のような格闘技がそうだし、ラグビーだってまさに密そのものだ。こうした競技は大会どころか、行うこと自体が「新しい生活様式」に反することになるだろう。スポーツだけではなく、演劇やドラマも同様である。ドラマの収録ができないということも聞くが、たとえ収録をしたとしても、登場人物が2メートルの距離を保ち続ける映画やドラマなど想像できない。「12人の怒れる男たち」のようなドラマを大きなテーブルでやるとか…そんなのしかできないのではないか。以上は、スポーツを行う側、演劇をする側の話だが、娯楽や文化としてそうしたものを観る側についても同様である。生のスポーツ試合や映画や演劇の鑑賞で、2メートルの距離をとるなんてことは難しいので、新しい生活様式では映像媒体を通じての鑑賞が普通になっていく。そうなると、本当の頂点部分の需要はあっても、それ以外のところは需要がなくなっていく。「会いに行けるアイドル」や「地域に密着したスポーツチーム」は会いにいくこと、応援に行くことができなくなれば、用はない。子供達の夢は、昔も今も、スポーツ選手や芸能人が上位にくる。でも、今後は、そのスポーツ選手や芸能人が食えない職業になってゆく、いや、そんな職業自体が消滅しそうである。新しい生活様式というものが、半永久的に続くようになれば、それは人間の文化の破壊なのかもしれない。
2020年05月28日
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最近、コロナ対策について「日本モデル」ということがいわれているらしい。それをうけて総理も記者会見で、日本モデルの力を示したと述べたそうである。しかし、日本モデルって何だろうか。世界的にみても検査数は突出して低かった。国際映像でみるような街や駅で消毒する光景もみられなかった。基本方針なるものがでたが、それは「うがい、手洗い、咳エチケットの励行」と高熱があっても4日以上続くまで家で寝ていろ、医者にもいくなという内容だった。三密をさけるということも言われたが、満員電車についてはなぜか言及がなかった。2月くらいからマスクの品薄が続いたが、その対応は転売規制と4月1日に発表した布マスク世帯当たり二枚の配布で、多くのところでマスクはいまだに届いていない。ステイホームを呼びかけ、総理も家で犬を抱いてくつろぐ映像を流した。緊急事態宣言を出したが、それはどっちかといえば自治体の首長につきあげられた形で自粛要請する業態の範囲も自治体の案を国が狭めた面もあった。そしてまた、自粛要請自体も厳密にいえばなんら強制力のあるものではない。要するに、日本モデルといっても、目に見える具体的な施策は何もないといっても過言ではない。それどころか、今回の件で明らかになったことがある。マスクだけではなく、医療現場では防護服も足りず、ゴミ袋を加工して防護服にしたり、古い雨がっぱを市民から集めて代用にしたところもあったという。防護服だけではない。オンライン環境でも同様だ。学校が休校になっても、オンライン授業の体制がない。それでは、こうしたオンライン授業のできる体制整備の話になるかといえば、そうはならずに、いきなり9月入学の話がでたかと思ったら、いつのまにか消えていった。テレワークの体制も同様だ。テレビ会議などの環境が整っていない企業はまだまだ多いのではないか。日本は最先端だと思っていたら、いつのまにか先進国の中からすべりおちつつあるのではないかという危惧を感じる。それでも、コロナ禍がおさまったようにみえるのは僥倖である。米国、英国、ブラジル、ロシアなど、まだまだピークのみえない酷い感染状況にあるところも多い。日本モデルについては身体的接触の少ない風習、清潔習慣、飛沫の飛びにくい日本語の特徴、はては免疫機能のある納豆に原因をもとめる見方もある。ベトナム、モンゴル、韓国、台湾、NZなどの感染爆発を抑えた国の状況とともに合わせ検証する必要があるだろう。その中に来るかもしれない第二波に対処する鍵があるのかもしれないのだから。
2020年05月27日
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去年、カナダに行った人から聞いた話である。ケベック州に行ってきたというのだが、そこはアジア系の多いところで、街を歩いてもアジア系とヨーロッパ系の比率は観光最盛期の京都などとあまり変わらなかったと言っていた。そういえばもう10年以上も昔になるが、オーストラリアのメルボルンに行った時も街にはアジア系が非常に目につき、町全体がチャイナタウンかなにかのような雰囲気であった。こうしたことはアジアからの移民が多いことによるのだが、そのかなりの部分は中国系であることは間違いないだろう。中国系は教育熱心であるだけでなく、平均IQも白人よりも有意に高く、難関試験を突破したり、難関資格を取得する人も多いのではないか。そして親族とのつながりも強く、中国本土にいる親族に送金を行ったり、そうした親族が移民先で成功した係累を頼ってやってくる例も多い。米中新冷戦ということが言われるが、かつての米ソ冷戦のようなものが米中で繰り返されるとは思えない。米国にはソ連からの移民なるものはいなかったし、いたとしても、革命前の貴族などの子孫かソ連成立後の亡命者で、ソ連にはむしろ敵対的であった。しかし、今の米国内には中国にルーツをもち、中国政府にはさほどシンパシーはなくとも、中国本土にいる親族と交流を持っている人は大勢いる。その点で、今の中国はかつてのソ連と大いに異なる。違う点はまだある。ソ連は米国など資本主義国からの文化の流入を「退廃的な資本主義文化」としてこばんでいた。けれども、今の中国はハリウッド映画の有望な市場であり、そのせいか、最近の洋画には中国市場を意識し、中国人を好意的に描いたものもある。また、ビデオレンタルにいけば、中国発のドラマや映画もかなりあり、異国趣味を満足させるような歴史大作ものもけっこうある。こうしたことは、冷戦下のアメリカ映画でソ連が悪役として描かれていたのとはずいぶん違う。コロナで中国に対する反感が非常に強くなっているのはもっともだと思うが、それでもかつての米ソ冷戦のような形で米中冷戦は起きないだろうと思うゆえんである。
2020年05月25日
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終戦後まもなく新生活運動というものが始まった。これは、官庁や地方自治体などの上からの主導が特徴で、その内容は家族計画の奨励や貯蓄奨励、蚊や蠅をなくす運動など、いろいろな分野に及んでいる。この運動がどの程度定着したかはよくわからないが、一定以上の年齢の人なら、きっと記憶があると思う。今度の専門家会議による「新しい生活様式」なるものを聞いて、あの新生活運動を思い出した。新生活運動は新生活というものはよいものだ、そしてそういう新生活は永遠に続くべきものだというニュアンスがあった。だから「新しい生活様式」というと、なんとなく、それが永遠に続くよいもののように聞こえるし、もしかしたら総理など誇らしげに「新しい生活様式」の推奨を緊急事態宣言の解除とともにつたえるかもしれない。ただ、実際に新しい生活様式を見てみると、よいものどころか楽しみをあきらめ我慢をしいるようなものも多い。もちろん電子マネー、通販、テレワーク、テレビ会議など今後も時代の流れで推奨されるべきものであろうが、新しい生活様式の趣旨は選択肢を増やすというよりは従来のものに代えてということらしいので、小売り、旅行、交通などの業界が打撃をうけるのは必至である。そしてまた、食事で横並びに座るだのおしゃべりは控えめにだのは、会食をするなというようなものである。でも、こうした専門家会議が提示する「新しい生活様式」はじゃあどういう根拠にもとづいているかというと、その報告にも書いていない。ジョギングですれ違う時には距離をとるとあるが、普通に街を歩いているときなどはどうなのだろうか。ジョギングはマスクもせず、呼吸もさかんにしているので感染しやすいというのだろうか。根拠も示さないまま、上からこれが「新しい生活様式」だと示されても、なかなかそうだと素直に受け止めにくい。そして最後に、コロナは海外からやってきたし、第二波ももしあるとしたら、おそらくそれも海外からやってくるだろう。そうだとしたら、内向きに「新しい生活様式」を推奨するよりも、海外からの入国者や帰国者の検査隔離体制や、海外との人的交流の在り方にも触れる必要があると思う。有識者会議の提言がこうした人の国際交流に全く触れていないことも疑問である。
2020年05月24日
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その昔、街のあちこちには雀荘があって、土曜日の午後など三々五々サラリーマンが同僚とつれだって入っていく光景をよくみかけた。ああいう光景をみて金をかけずにゲームだけを楽しんでいるなんて思っている人はいなかっただろう。厳密にいえば賭博罪なのだが、付き合いの範囲内の金額ならまあいいだろう…というのが社会の共通概念だったのではないか。実際、雀荘に行ったサラリーマンが逮捕されたなんていう話は聞いたこともないし、今でもそんな雀荘はないこともない。このように普通のサラリーマンの賭け麻雀は、実際のところ黙認されているようなのだが、それでも、検事長はさすがにまずいのではないか。ただ、今回の検事長の賭け麻雀には賭博罪以外に、もう一つの問題があるように思う。それは他の3人が大新聞の記者であったという点である。このあたり、たぶん新聞は書かないだろうが、3人の新聞記者は検事長の同僚でも友人でもなく、普通に考えれば、この人が検事長という肩書を有しているから近づき、一緒に麻雀をしたとみるのが普通だろう。そして麻雀というのは、まったく運次第のサイコロなどと違い、わざと負けてやることもできるゲームである。つまり、形は賭け麻雀でも、その実質は、お金を献上しているということだってあるのである。どこも報道しないのだが、この賭け麻雀の勝敗はどうなっていたのだろうか。検事長がいつも勝っていたなんていうと、実質お金を献上していたとしか思えないのだが。検事長の麻雀事件は検察そのものに対する不信というだけではなく、新聞に代表されるマスコミに対する不信も増幅させているといえるのではないか。大新聞の記者は何を目的に検事長と賭け麻雀をしていたのだろうか。もし、検事長に負けてかけ金を献上していたとしたら、その見返りに何を望んでいたのだろうか。そのあたりが気になってならない。
2020年05月23日
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さる芸能人がラジオ放送で以下のような趣旨の発言をしたという。コロナが収束したら面白いことがある。…美人さんがお嬢やります…稼がないと苦しいですから…だから今我慢しましょう…こういう趣旨の発言を聞いて、実際に今生活に困っている人々はどんな気持ちだったのだろうか。イベント、ホテル、旅行、花卉、外食など様々な分野で職を失う人がでてくる。それは本人の問題だけではなく、その人によって生計を維持してきた人も苦しい状況になる。中には「お嬢やります」という人も出てくるかもしれないが、それを「面白いこと」という発想はどこからでてくるのだろうか。売れっ子の芸能人だと稼ぎは相当のものになるというが、彼から見れば、巷で生活苦にあえいでいる人々など下々にしかみえないのかもしれない。しかし、その下々の人の中には、本当に自分、あるいは家族がお嬢やるしかないと悩んでいる人もいる。そしてこの発言にはもう一つ思うことがある。こうした「お嬢」のような業界については、規制の議論がでるたびに、「好きで働いている人がいる」という反論があった。しかし、世の中の多くの人はそうは思っておらず、苦界という昔ながらの言葉が示すように、多くの場合、生活苦、脅迫、借金などで追い詰められて流れ着く場であるということを、いまさらながらに明らかにしたということだろう。こういうものが社会の中に公然と存在していることには目を向けず、やれジョセーの議員が少ないだの役員が少ないだのとキーキーさわいでいるフェミにうさんくささを感じる理由はここにもある。失言の中には、発言の一部だけを切り取られて問題視されるものもあれば、たいしたことないことなのに言葉尻をとられて騒がれるものもある。その一方で「へえ、この人はこんなことを考えていたんだ。こんな人だったんだ」という失言?もある。この芸能人の失言は明らかに後者である。この人は高視聴率の国民的バラエティにもでているらしいが、はたして今後も出演をさせ続けるのだろうか。そうなれば、この半国営放送が視聴者として想定している多くの善男善女の庶民層は、この放送局に対して不快感や不信感をつのらせるのではないかと心配である。
2020年05月22日
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多重人格の青年と新米女性精神科医との物語である。ラブコメのようなサスペンスのような感じで物語が進み、とにかく見始めたらやめられないくらいに面白い。難をいえば、最初のところでヒロインがギャーギャー騒ぎ過ぎでその家族もドタバタすぎるのだが、そこをすぎれば、はまるのは間違いない。そしてラストまで見た後で、また、最初から見たくなる。ここに来る人は韓国ドラマを見るという人はあまりいないようなので、ネタバレでもよいかもしれないが、以下、ネタバレも入った感想である。多重人格の原因は児童虐待なのだが、虐待の被害者だった少女は幼年時代の記憶を封印したまま暖かい家庭にひきとられ、明るく賢い女性に成長する。そして虐待される少女の唯一の遊び相手だった少年の方には解離性障害が現れ、いくつもの人格が生まれる。それぞれの人格はみな出現の意味があり、それを演じ分けている俳優の演技力がすごい。この人はドラマ「被告人」でも主演だったのだが、このときは普通のヒーロー役だと思っていたが。人格の中ではフェリーが一番よかった。後に虐待者に変わる父が優しかった時に理想として語った姿が体現したもので、陽気で自由に生きるキャラだ。最後には人格が統合され、多重人格は治癒するのだが、なんかこのフェリーが一番強くでていたように思う。やっぱり一番幸せそうだもんね。ドラマの中にでてくる台詞も深く、特に「恐怖は想像力が生み出すもので、そういう想像力は過去にではなく未来にとっておいた方がよい」という言葉が面白い。韓国ドラマが好きな人にはもちろん、韓国ドラマは見たことがないという人にもぜひぜひお勧めしたい。
2020年05月20日
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何年か前に裕福な家の赤ちゃんと貧しい家の赤ちゃんが取り違えられて成長し、60歳をすぎてから、その事実が発覚したという実話があった。このドラマもそんな天地ほど境遇の違う子供の取り違えを発端とした物語である。実際の赤ちゃん取り違え事件は病院の過失によるものだが、ドラマではそれが意図的に行われる。さらにそれに三角関係、記憶喪失、交通事故などがからみ、ザ・韓国ドラマという展開になるのだが、描かれているテーマが家族の絆である。育ての親の愛、産みの親の愛、異性間の兄や姉に対するような愛…これらを演じ分けている俳優の演技が実によい。特に主人公が実の父親を見つけるが、実はそれは違っていた。そのことに最初は父親の方が気づき、次に息子の方が気づく。親子だと思っているときと、他人と分かった時とでは目の表情がまるで違う。全体としてはヒロインの育ての母が一番印象深かった。母子ともに血縁でないことは知っている。お互いに遠慮はあるが、それでも、互いに真の親子だと思っている。「お前はね、私が心で産んだ子なんだよ」という言葉がよい。そして最後は納得のハッピーエンド。もちろん作り物のドラマなのだが、なんか見ていてハッピーな気分になる物語であった。
2020年05月19日
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人文科学や社会科学にははやりすたりがあっても、自然科学の場合には真実は不変のはずだ。ところがなぜか精神医学の世界にははやりすたりがあって、戦前は「神経衰弱」という診断が山ほど出されたし、戦後も時代によってノイローゼだの心身症だのと、今ではあまりきかない病名が流行った時期もあった。最近の「発達障害」だって数十年もしたら死語になっているのかもしれない。だから精神医学というものはなんか信用できないのだが、そんな精神医学の用語でやはり一時流行った言葉に「多重人格」とか「解離性人格障害」というのがあった。人は耐えきれないほどの苦痛を与えられると、その苦痛を受け止めるために別人格を創造するというのが理論の中心だったかと思うが、こうなると犯罪被害者などがほとんど解離性人格障害で多重人格になっているようなことをいう評論家もいて、これこそ被害者に対する無用の偏見を醸成するのではないかと不安になったくらいだ。また、有名な幼女連続殺人事件の犯人についても多重人格であるという論評もかなりなされた。もしこれが本当なら死刑判決は全く不当なのだが、これに言及したものはあまりなかったように思う。また、さるテレビ局はニュース枠で多重人格だという人のビデオ映像をぼかし付きで放映し、「赤ちゃんの人格が現れた」なんてやっていたが、赤ちゃんに人格があるかどうかはさておき、赤ちゃんのマネならなんの演技力もいらない。最近はあまり聞かない多重人格だが、物語の世界では多重人格を扱ったものは面白い。最近見始めた韓国ドラマ「キルミーヒールミー」は多重人格の青年と彼の主治医となった新米精神科医のドラマだが、ラブコメのようでもあり、サスペンスのようでもあり、一度見始めたらとまらない。そして様々な人格を演じ分ける主演俳優の演技力にひたすら脱帽…。
2020年05月16日
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緊急事態宣言が解除された県もあり、他の都府県でもいずれは解除されていくだろう。ただそれで元に戻るかと言えば、戻るものもあればそうでないものもある。韓国ではクラブで大規模なクラスターが発生したというが、今後も人が密集するような大規模なイベントや興行は自粛が続くのではないか。そして、当たり前のように行われていた宴会も中止となるかもしれない。これは単にそうしたものを楽しみにしていた人だけの問題ではなく、それを生業としている人たちにとってこそより大きな問題である。テレワークやネット通販、ネットバンキングは定着し、今以上に拡大していくだろう。今まで型番を探さなければならなかった電気製品はネット通販が本当に便利だと思っていたが、あらためてネット通販を利用してみると他の製品も割安なものが多い。ただこの安さの背景にはどこかに回るべき金が回ってないことがあり、具体的には小売業従事者に行く分が節約できるから安くなっているのだろう。テレワークが普及すれば不要な社員と必要な社員の差異が明確になるし、ネット通販が普及すれば小売業はいらなくなり、ネットバンキングが普及すれば窓口銀行員は少なくてすむ。今後はこうして職を失う人があふれるかもしれない。そしてもう一つ、今後に予想される大きな変化がある。それはどこの国でも人の移動には慎重になっていくであろうことである。会議やスポーツによる国際交流だけではなく、人材や労働力の移動、そして観光旅行も減っていく。今までのように「安くて便利」を追求し、店も早朝から深夜まで開けておく、人手が足りない、日本人は定着しない、じゃあ外国人を雇えばよい…といったことは今後はできなくなる。そんなわけでこれからは社会の在り方もずいぶんと変わっていくであろう。
2020年05月15日
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緊急事態宣言の出された4月上旬ごろ、日本における一日当たりの感染者数はじりじりと増加していた。100人を超えたと思ったら、その数日後には200人を超える。おそらくあとしばらくすれば毎日何千人も感染者が出て、死者も激増していくのではないか。多くの人がそう思っていただろう。その頃にはすでに欧米では感染が拡大し、酷い事態になっていたし、その映像は茶の間にも飛び込んできた。英米独仏といった国々の一日当たりの感染者数は3000人を超え、米国に至っては26000人であった。混乱する病院の映像、応急措置でスケート場の上に棺桶を並べた映像などは大いに不安感を煽ったし、その上、ワイドショーからは、凶事を予言する巫女のような隠陰滅滅たる専門家の声が聞きたくなくても聞こえてくる。「わたくし、日本の感染爆発が本当に心配でございます~」と。だから緊急事態宣言とそれを契機に多くの企業や商店が活動を止めることを期待したのではなかったか。そして現在、幸いにして、他の先進国で起きた感染爆発も死者の激増も起こらず、新規感染者数も4月半ばの700人程をピークに減少に向かっている。このまま終息すれば、日本も世界の中では終息に成功した組に入ることだろう。不安を煽った専門家やコメンテーターについては批判する人も出るかもしれないが、今までも、そしてこれからも警鐘を鳴らす人というのは必要である。それにこうした予測の世界では、空振りは見逃しよりは罪が軽いという。見逃しは大惨事につながるが、空振りは、とにかくよかったですむのだから。しかし終息に向かっているといっても、我が国の指導者については、他の国に比べて、どうみても見劣りがした。普段は「日本を守り抜く」だの「国難」だのとカッコつけ、無駄に周辺国に喧嘩うっているようにみえるのに、真の国難のときには全く前面にでてこない。おまけに知事に比べ、緊急事態宣言にも自粛要請にも後ろ向きであった。この間のめだった施策と言えばマスク2枚配布と10万円のばらまきくらいではないか。これから、今後にそなえて感染拡大を阻止するための制度的枠組みを早急にととのえなければならないが、本当に今のような指導者でよいのだろうか。世界的にはコロナは全く終息などしていないし、そうでなくてもパンデミックの危険はいつでもありうる。自粛頼みの現実もさることながら、感染の可能性のある入国者の検査や隔離も強制できないような今の制度ではこころもとないことこの上ない。まず現行法の下で何ができるか、次に法改正や法制定によって可能な制度設計にどんなものがあるか、そして改憲による緊急事態条項までが必要となれば、それをも視野に置いて早急に検討すべきではないか。
2020年05月13日
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秀吉の侍医であり参謀でもあった男を題材にした歴史小説である。全宗が甲賀の下忍出身だったという設定など、ちょっと劇画の原作のようなのだが、実際に甲賀流忍術には薬品を扱うものが多かったといわれ、甲賀忍者出身の医師というのもまんざら唐突でもないだろう。それにまた作品中には織豊時代の二大ミステリーともいうべきものについての仮説が提示されている。つまり、本能寺の変の真相と豊臣秀頼の出生の謎である。前者については、相応の待遇を受け、それなりの人物でもあった明智光秀が、物語によくあるように信長のパワハラくらいで謀反をおこすものなのだろうかという点、後者については老境の秀吉に子供ができ、しかもその子供が秀吉とは似ても似つかぬ美丈夫であったといわれているという点。(以下ネタバレ)作者は前者については、信長は天皇制廃止までを考えており、本能寺の変については公家勢力が背景にいたと読み解いている。身分の低い秀吉が宮中から高い官位を得たことも、実はその弱みを握っていたためである。こういう説は昔からあったのかもしれないが、ありそうな話だ。信長は自身は無神論者だったが、キリスト教布教には好意的だったという。為政者が新しい宗教を導入する大きな理由は今までの権威を壊し自分が新しい宗教をバックにした新しい権威になり替わろうとする時だ。妄想をたくましくすれば、もし本能寺の変がなければ、信長の支配下で聖人信長を頂点とするキリスト教国日本が誕生していたかもしれない。後者については、豊臣政権という組織を存続させるために、秀吉も了解の上で、若い健康な男性を淀君にめあわせて世継ぎを得たという説である。これはどうなのだろうか。創業者の血統よりも組織の維持発展が重要だというのは現代的感覚で当時の秀吉にそんな感覚があったとは思えない。やはりこれは、実は秀吉の子ではなかったにしても、老耄の秀吉が気づかなかっただけなのではないか。ぜひお勧めというほどではないが、読んでみれば、そんなに損をしたという気にはならない小説だと思う。
2020年05月12日
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WHOのsituation reportでいろいろな国の新規感染者数の推移をみているが、イタリア、スペインはどうやらピークを過ぎ、減少局面に入ったようだが、まだまだ多くの新規感染者と死亡者がおり、しかもその減少は緩やかなようにみえる。一方、米国は高止まりのまま推移し、ピークもまだ見えていない。また、ロシアやブラジルのように、4月になってから感染爆発ともいうべき状況になった国もある。こうした国ごとの感染者数の差、死亡率の差、そして感染者数の増加時期の差はどのように説明するのであろうか。民度や清潔習慣の違いで説明できるものとはとても思えないし、かといってBCG仮説も仮説の域をでない。要は今のところ専門家でさえもわからないのだ。ただし、増加時期については興味深いことがある。日本における3月下旬からの増加は帰国者により欧州から持ち込まれたウィルスによるものだという。もしそうだとすれば、もう少し早く欧州への渡航制限を行っていれば防げたのであろう。また、いったん感染を抑え込んだように見えたシンガポールが最近になって感染者数が急増しているのは外国人労働者によってもちこまれたものだという。おそらく本当であろう。これにより、いえることは感染拡大防止のためには、国民が「新しい生活様式」を遵守することもさることながら、外国からの入国、そして日本人の渡航及び再入国について見直すことが必要である。「新しい生活様式」ではなく「新しい国際交流のあり方」の順守というわけである。野放図に外国人労働者、留学生、観光客を入れれば、必ず感染が拡大する。完全なコロナの終息及びワクチンの開発がない限り、オリンピックをはじめとする国際スポーツ大会などとんでもないことであろう。そして日本人の帰国者も含めた入国者については、検査及び検査結果のでるまでの隔離措置が必要であるし、そのための制度構築を急ぐべきではないか。善い悪いは別にして、今後何年かは多くの国で外国人に対する門戸を狭め、排外感情や人種差別意識も強まっていくのではないか。残念ながら…。
2020年05月10日
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5月4日、政府の専門家会議が提言を出した。このような最高峰の頭脳を集めた会議となると、政府に対する施策の提言が主な役割だと思っていた。つまり専門家の知見を活かして感染拡大阻止のために、為政者に知恵を貸すというわけである。普通の専門家会議とはそういうものではないか。ところがこの提言はくるりと回れ右をして国民に呼びかける。つまり「新しい生活様式」の提言というわけである。さらに、この「新しい生活様式」には、「長丁場にそなえて」という枕詞もついている。さるノーベル賞学者はコロナとの戦いは終わりの見えないマラソンのようなものと言っており、この専門家会議でも、「長丁場」と言っているから、きっとそういうことなのだろう。しかし、世界を見回せば別に長丁場があたりまえというわけでもない。中国は三か月、韓国は二か月で感染がほぼ終息し、その他にもニュージーランドのように既に終息に成功したところがある。どこの国も、そしてどこの指導者も一日も早い感染終息のために全力を尽くしていると思うのだが、日本は何故か最初から持久戦が前提である。実に不思議だ。次に、この「新しい生活様式」を見てみる。今までのうがい手洗い咳エチケットや三密を避けるという以外にも、いろいろな項目がある。いくつか見てみよう。・帰省や旅行は控えめに。出張はやむを得ない場合に旅行は控えめに、ということは行楽もやるなということだろう。テレビでは、中国や韓国の楽しそうな行楽風景が放映されている。ああ、うらやましい。・発症したときのため、誰とどこで会ったかをメモにする友人と会っても、こいつが感染者かもしれないと常に意識してメモしておくというわけである。・食事は、対面ではなく横並びで座ろう昔「家族ゲーム」という映画でこういう食事風景があったけど、あんな感じなのだろう。・料理に集中、おしゃべりは控えめに仕事関係であれ、気のおけない友人とであれ、会食というものは、料理を肴に会話するのが目的なので、つまりは会食をするなということだろう。・筋トレやヨガは自宅で動画を活用こういうものは、皆でやるから継続できるのではないか。要は、この「新しい生活様式」というのは、旅行とか会食とかそういう様々な楽しみをあきらめろということだろう。こんな生活が「長丁場」でずっと続くということか。それにしても、旅行代理店、ホテル、鉄道や飛行機、観光バスやタクシー、外食、小売、百貨店、スポーツジム、塾、ヨガ教室、カルチャーセンター…こういうものは今後どうなるのだろうか。大量倒産、大量失業なんてことになったら、それも悲惨である。
2020年05月08日
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この連休は自粛ということで家にいたが、昨日は自動車で浅草に行ってみた。東京在住なので、このくらいはまあ自粛の範囲内ということで問題ないだろう。それに三密をさけるということで、もし人が大勢歩いているようならそのまま帰るつもりでもあったし…。行ってみると、仲見世通りは街燈はついているものの、店はすべてシャッターを閉ざし、まさにそこは見たこともない浅草風景であった。少し前までは、外国人観光客で大にぎわいで、中にはレンタルの着物を着て楽しそうに歩いている女性もいたのに、今では日本人の散歩客がぽつぽつといるだけだ。いずれはにぎわいが戻る日が来るだろうけど、それでも外国人が以前のようにやってくるのには時間がかかるだろう。こうした世界的な感染症の流行の後では、どこの国でも、外国人の入国には慎重になっていくだろうから。仲見世通りは今しか見られないような光景であったが、路地に入ると営業している店も多かった。そして驚いたことに、30枚くらいの箱入りマスクを売っている店も複数あった。有名なドラッグストアチェーンやコンビニではマスクはまだまだ品薄なのだが、普通はマスクを売らないような店に、どんなルートかは知らないが、マスクが入ってきているようだ。中には元の値段を線で消して値引きして売っているところもあった。アベノマスクはまだ届いていないところも多いというが、それが届くころには品薄はかなり解消しているのかもしれない。
2020年05月06日
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緊急事態宣言延長の総理会見の中継をみていた。思えば緊急事態宣言がでたのが4月7日。あの頃は感染者数が急増していて、一方海外に目を転ずれば欧米で酷い感染爆発が起きていた。日本も感染爆発直前なのではないか。他の先進国で起きていることが日本で起きないわけがない。多くの人がそう思っていたのではないか。まあ、自分もそうだったのだから。不安いっぱいの国民にとっては政府の対応はまだるっこしいことこの上なかった。緊急事態宣言も知事につきあげられた感じであったが、自粛要請の範囲も消極的だった。法的に強制力ある外出規制のできない国なので、できるだけ広く網をかけなければならないのに、感染の危険の高い理容美容を外しただけでなく、デパートの休業要請にも文句をつける始末。その後、自粛の波が広範に広がっていったのは政府よりもむしろ国民の方に危機感がより強かったからではないか。なんせ自分の生命健康に関することだ。幸いにして感染爆発は起こらず、感染者数も4月中旬にピークを描いて、その後は減少局面にあるように見える。これを確実なものにするために自粛が必要だというのはわかる。人が移動して地方に様々なクラスターが発生するのではもとのもくあみだろう。日常を取り戻したように見える中国、韓国、台湾、NZといった国々を羨ましく思いながら、多くの人が、そんな日々が一日も早くやってくることを願っている。そんな中で、「持久戦」、「長丁場」なんて言う言葉を聞いて、がっかりした人も多いだろう。その後、有識者会議から提言された「新しい生活様式」なるものも、こうした生活が半永久的に続くということを前提としている。そしてその中身も「うがい手洗い咳エチケットの励行」の延長のようなものが目立つ。検査数の少なさも言及されたが、それは終始、検査数の少ない理由を述べているだけで、今後、検査数を増やすための具体的方策については一切の言及がない。そしてこうした少ない検査数を自認している以上、日々発表される感染者数もなんだか疑わしく見える。テレビに出て「今後の感染爆発が本当に心配でございます」と不安がらせて売れっ子になっている専門家もそうなのだが、政府の御用学者ばかりを集めている専門家会議もどのくらいのものなのだろうか。台湾や韓国の専門家の知恵を三顧の礼をもって借りるなんてことはできないのだろうか?
2020年05月05日
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世を震撼させた幼児誘拐事件をモデルにした物語なのだが、その他にも物語の中には昭和の様々な犯罪事件がアレンジされている。例えば当たり屋一家事件というのがあった。自動車が普及しだした頃に、車にわざとぶつかって補償金を強請る「当たり屋」というものが出現したが、子供に当たり屋をやらせ、一家がそれで得た金で暮らしていたという事件である。小説では、その当たり屋をやらされていた子供が、それがもとで脳に障害を負い、長じて幼児誘拐事件を起こすという設定になっている。救いのない話であるが、随所にオリンピック景気にわく高度成長時代の世相がおりこまれ、その時代を記憶する者にとっては興味深い。犯人となった青年は障害のせいで差別といじめの中で育ち、郷里の離島を去って東京に出る。この時代、華やかな都会に憧れる青年はいくらでもいた。中には、転落して犯罪に手を染める者もいて、「集団就職で上京し、職を転々と…」というのが、当時の三面記事の常套句だったように思う。ただ、恵まれない境遇にある若者がすべて転落していったというわけではなく、作中には、山谷の宿の娘でありながら、資格試験を目指し、前向きに生きる少女も描かれ、それが物語の中の救いになっている。
2020年05月04日
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首相は新型肺炎との戦いには持久戦を覚悟する必要があるということで、緊急事態宣言の延長を示唆している。たしかに第二のピークを迎えないためにも当面の自粛は必要なのかもしれないが、持久戦ということはこうした生活がまだまだ続くというわけである。朝起きると熱がないことにホッとする。倦怠感もない…よかった。友人との会食もずっとやっていないし、飲み会も会合もない。そういえば映画館にも行っていないし、テレビでスポーツ中継がなくなったのはいつからだろう。まあ、スポーツは興味ないけど、その穴を埋めるために昔の試合なんて放映しても公共の電波の無駄じゃないのかな。首相だけではない。都知事も「長い戦いはまだ始まったばかり」だと言っているし、高名なノーベル賞学者も「コロナとの戦いはマラソンのようなもの」と言っているからきっとそうなんだろう。ノーベル賞学者の足元、いや靴の底のほこりにも足りない頭でちょっとこれからの方策を考えてみる。この春は人が集まるということでチューリップをつんだり藤の花を切ったようだけど、秋にそなえて楓も切り倒しておいた方がよい。もちろん来年の春に備えて桜もだ。電車や公共の場所で声を出しているガキがいたら大声で怒鳴りつけよう。子供は遠慮なしに大声で騒ぐし、飛沫が飛んで感染の恐れがあり危険極まりない。「うるさい」「しゃべるな」「さわぐな」と怒鳴られればそれがトラウマになって無口になるだろう。若者は気に入った異性がいても対面を避けて食事をし、食事以外は必ずマスクをしなければならない。それを守らない人がいたら注意しよう。感染予防が第一だ。コロナは怖い怖い。辛い生活がこれからも続くだろう。なししろ持久戦だ。でもそんなときでも、私たちは偉いノーベル賞学者の言葉を心の支えにしよう。「開けない夜はありません。皆さま、ともに頑張りましょう」と。まあ、その夜の間に子供は成長し若者は中年になっていくわけなんだどね。そしてたぶんこんな持久戦を続けながらきっと疑問に思う時もあるだろう。韓国二月、中国三月、なんで日本は持久戦?
2020年05月03日
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14世紀のペストの流行とその後の宗教改革を結びつける議論がある。つまり疫病の流行により、なすすべもなかった聖職者の権威が失墜し、それがその後の宗教改革につながったという議論である。そうだとしたら、現在全世界的に流行している新型肺炎もまた既存の宗教の失墜をもたらすのだろうか。たしかにこの流行の中で宗教の影は薄くなっているように見える。集会や礼拝が感染の機会があるといって中止されているという事情もあるが、不安の中で人々が宗教にすがっているという様子はない。もしかしたら新型肺炎の流行は人類の宗教離れの契機となったというように、未来の世界史には記されるのかもしれない。そしてもう一つ人間の社会における権威として君主というものがある(ないところも多いが)。検索して見ると、各国の君主はそれぞれの国民に向けてメッセージを発している。例えば、3月15日にはノルウェー国王、同月16日にはベルギー国王、ルクセンブルグ大公、同月17日にはデンマーク女王、同月20日にはオランダ女王、同月22日にはブータン国王、4月5日には英国女王といったように。ちなみに英国女王の演説の最後は次のような言葉で結んである。これからもまだいろいろとこらえなくてはならないかもしれません。それでも今より良い毎日は戻ってくると、それを心のささえとしましょう。友達にまた会えます。家族にもまた会えます。みなさんまたお会いします…と。we will meet again .これは第二次世界大戦中の国民的応援歌にちなんだ言葉だそうだが、なかなか希望にあふれたよいメッセージだと思う。英国ではコロナの感染者数も死者数も日本よりもけた違いに多い。それでも、日本で有識者や政治家のいう「長丁場の戦い」だの「出口の見えないマラソン」だのと言った言葉よりは元気も出るし、希望にもあふれている。そういえば英国では自らもコロナから生還した首相が「ピークはすでに超えた」と国民に語っている。たしかに英国はじめ、ヨーロッパの各国ではピークは過ぎて減少局面に入っている。
2020年05月02日
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最近、テレビによく有名なノーベル賞学者がでてきて、コロナ終息までにはながい戦いになるとか、治療法解明までにも相当期間がかかるとか説明して、最後に「開けない夜はない」とかいう励ましの言葉?を述べている。当然、聞き手も質問をはさむのだが、不思議なことに「来年のオリンピック」については誰もきかない。このあたり、いわゆる阿吽の呼吸とやらできかないことになっているのだろうか。同じように都知事も、終息までには長くかかることを言っているが、その都知事に対しても「来年の東京オリンピック」については誰も聞かない。来年までに終息するかどうかはオリンピックの開催の可否と密接にかかわってくるので、重大なことだと思うのだが、誰もみな逃げているとしか思えない。そしてもう一つ重要なことがある。3月下旬から感染が拡大したのは武漢からの観光客や帰国者がもちこんだものとは別に旅行者が欧州からもちこんだものだという。おりから卒業旅行の時期で、このあたりもっと厳しい措置がとれなかったかとくやまれるが、それをいってもしかたない。それに3月はじめくらいまでは欧州での感染はまだそれほど多くなっていなかった。武漢からもちこまれたものがおさまった頃に欧州から持ち込まれたという構図なのだが、同じことが、オリンピックで外国から大挙人がやってきたときに起きないという保障はあるのだろうか。アスリートファーストもよいけど、国民の健康を第一に考えた場合、オリンピックに限らず、大規模なスポーツ大会や会議、イベントなどは、少なくとも数年は自粛した方がよい。コロナとの戦いはマラソンのようなものになる…というのが、国民のコンセンサスになりつつあるようなのだが、世界を見渡せばそうでもないところもある。韓国はついに感染者ゼロを達成し、市民らは行楽を楽しんでいる。決して強権的な都市封鎖を行ったわけでもなく、その施策には学ぶべきものもあるのではないか。韓国以外にも台湾、ベトナム、NZなどコロナに勝った国がある。どうせ日本では無理だという意見もあるのだが、じゃあ、そういう人に逆に聞いてみたい。人が集まるからと言って祭りが消え、チューリップの名所では花が抜かれ、この間は有名な藤の花が切り取られている映像があった。今後、何年も何年もああいうことをやりつづけるのか…と。コロナ禍を克服した中国や韓国は今後、経済も国力もV字回復していくのだろうが、それを後目に日本はずぶずぶと沈んでいく、それも仕方がない。世の中の大多数はそういうふうに考えているようなのだが、どうもよくわからない。
2020年05月01日
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