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高校の頃、ある社員食堂で皿洗いのアルバイトをしたことがある。一年の冬休みだったので、正月休みの穴を埋めるためにバイトを募集したのだろう。パートのおばさん方にまじっての勤務だったが、大人のおばさんの間にも仲間外れやいじめがあることを知ったし、バイト仲間の他高校生の話も目新しかった。そして最後に報酬をもらったときの感動は忘れられない。本当に顔が緩みっぱなしで自分でもどうしようもなかった。ただたった10日間のバイトだったが無理もあったのだろう。熱い鉄板のようなものの上にいる夢を見たのだが、起きてみると熱が出ていて、その後、二日くらいは寝ていたように思う。あの起きたら熱がでていた朝の記憶もバイトの記憶とともに忘れられない。そして、今、朝起きたとき、どうやら熱のないことを確認してほっとするなんていう日々がこようなんて、高校生の頃はおろか、半年前だって想像さえしなかった。
2020年03月31日
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あるバスに乗ったときのことである。どこでもそうだと思うのだが、バスの乗客は老人が多いし、特に沿線に大病院なんかあればますますその率は高くなる。そして当然ながら車内には咳き込む人や鼻をすする人も多い。そしてバスの前列の一番目立つところには咳エチケットとうがい、手洗いの奨励、そして最近はすっかり有名になった密集、密接、密閉を避ける旨の注意を掲載したポスターが貼ってある。しかし、よく考えてみれば、まさにこのバスこそが「密集、密接、密閉」ではないか。そのバスにこんなポスターを貼るのはブラックジョークなのだろうか。でも、密集と密接は仕方ないかもしれないが、密閉だけはなんとかなる。バスの窓は二段になっていて、下の大きな窓はガラスをはめ込んだタイプで開けることはできないが、その上の小さな窓は開閉できる構造になっている。そこで、その小さな窓を開けようとしたのだが、わざわざ開けられないように固定されている。やっぱりあのポスターはブラックジョークなんだろうと思いながら、「密集、密接、密閉」のバスに乗ってきた。知事は華やかな脚光を浴びるのは大好きそうだが、こういうバスには乗ったことなんかないのだろうな、きっと。ふと思う。コロナ対策はなんでこんなに一庶民へのお願いばかりなのだろうか。咳エチケットやうがい手洗いの励行ならともかくとして、時差通勤の奨励やテレワークの推進については、一庶民に対してというよりも、経済界に要望する話ではないか。サラリーマンは自分だけの意思で時差通勤やテレワークができるわけではない。こうしたものは国レベルで財界に対してお願いするべきものではないか。また、都市では都県境をまたいでの移動も多いのに、、「移動の自粛」を各知事毎に行っているのも変な気がする。
2020年03月30日
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昨日開店と同時に某スーパーに行った。普通だったらスーパーが混むのは夕食の食材を買う夕刻と決まっているのだが、このときばかりは様子が違う。かごに山のように商品を入れた人々の長蛇の列ができている。見るとほとんどは買い置きのできる食品ですぐ前に並んでいた中年の男性などはかご一杯のパンを買っていた。南関東一都三県の週末の不要不急の移動自粛要請がこんなところにも影響しているのだろう。コロナウィルスの関係では日々刻々と事態が変わっている。特に不気味なのは感染者数が100を超えたと思ったら、すぐに200を超えるようになったということ。いよいよ指数関数的な増加局面になったかもしれないと思うと本当に不安だ。中国や韓国で感染者数が増加していた頃には米国や欧州はコロナはアジアの病気だと思っていたふしがある。それがわずか一月かそこらで感染者数も死者も急増している。最初にコロナが猛威をふるっていた中国や韓国が落ち着いているように見えるのに対し、後から感染者が急増した欧米の方が酷いことになっているわけである。G7のうちの2国である米国とイタリアの感染者数はすでに中国を抜いており、いまだに上昇傾向となっている。感染をおそれて家にこもる人も多くなっているが、それによってDVが急増しているという事態もあるという。広い家で余裕のある暮らしをしている家族ばかりではないのだから、夫婦が日中ともにいると軋轢が生ずることもあるかもしれない。日本では成人した子や祖父母が同居することも多いので、さらに複雑になる。そして一方では単身世帯も多い。一人暮らしではDVの問題とは無縁なのだが、誰とも会話しない生活には別のストレスもあるのではないか。それに発熱して家で静養していても、身の回りのことは自分でしなければならず、その上、体調が急変したときに誰にも気づかれないおそれもある。テレビではテレワークだの家での生活の楽しみ方などを特集しているようだが、実際はそんな優雅な例ばかりではない。
2020年03月29日
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今朝、近所の店にいったらかなりの人数の客がカートをもって食品を買い込んでいた。トイレットペーパーやティッシュも相変わらずの売れ行きで一人一点ずつ次々と買われていく。そしておどろいたことにマスク(これも一人一点なのだが)も一点だけ残っていた。この店でマスクを見るのはひさしぶりだったので、もしかしたら品薄が解消される兆しなのかもしれない。オリンピック延期が決定したと思ったら都知事の都市封鎖の可能性もある旨の発言もあり、それを受けての買いだめ騒ぎである。大臣が食料のストックは十分あるなどといっても、あまり信じる人はいないのではないか。2月のいつだったか、官房長官が来週にはマスクはいきわたると言って以来、大臣や政府高官の言葉はずいぶんと軽くなっている。都知事は感染拡大防止のために、密集、密閉、密接をさけるべきだというのだが、満員電車などの公共交通機関については、なにもふれないのはなぜなのだろう。満員電車にしても満員バスにしても、密集と密接はどうにもならない面がある。テレワークといったって、実際にものやサービスを提供する仕事は人が動かなければどうにもならないし、そうした仕事に就いている人も多い。優雅なテレワークの実態をテレビなどで紹介しても、そんなのは他人事と思う人もいるのである。そうした人々は仕方なく公共交通機関を利用して、けっこうストレスを感じている。けれども密集や密接はどうにもならなくても、最後の密閉はなんとかなるのではないか。開かない電車の窓の上に風穴を開ける、バスの窓を開けるなどはすぐにでもできるように思う。満員電車でも風が吹き込み、換気を実感できるだけで、ストレスと不安はずいぶんと和らぐものである。
2020年03月27日
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東京オリンピックは1年延期という方向で決着した。1年、たった1年の延期ならロゴもそのまま使える、チケットはそのまま使えるということで払い戻しの必要はない…ということで関係者にとってはベストなのかもしれない。もちろん会場確保の問題やマンションに転用するはずだった選手村の問題などもあるのだが。それにしても今回の問題は最初から様々な問題がつきまとっていた。まず最初は国立競技場の問題がある。異様に建設費が高価だったことで設計の見直しが行われ、当初の設計を担当した女性建築家はその後、亡くなっている。その次に来たのがエンブレムの盗作疑惑だ。最初のエンブレムは素人が見ると「なに、これ?」という感じで中学の美術の授業で成績の中ぐらいの子が考えるようなデザインにしか見えなかった。でんと前に出ていた黒い長方形がまるで喪章のようだったのが印象的といえば印象的だったくらいである。代わりのエンブレムは投票で決めたのだが、決まった一つに対し、後の三つは色合いやデザインの発想が似通っていて出来レースぽかった。さらに今度は招致疑惑。元JOC会長の捜査というのはその後どうなったのだろうか。これについてはなぜか報道も抑制的なようにみえる。そして記憶に新しいのがマラソン会場の突然の変更。東京の猛暑が理由だというのだが、それは最初からわかっていたはずだろう。それに会場をいうのならトライアスロン会場だって問題が多い。お台場海浜公園は現在海水浴や水泳には使われていない。東京都民だって泳ぎたくない、泳げない海をなぜ水泳の会場にするのだろう。なんやかやで、もし、これが2年延期となると、東京オリンピックはもういいやといういわば「飽きた」雰囲気が世を覆うおそれもあったのだが、1年だったら案外あっという間に過ぎていくかもしれない。しかし、その1年の前には都知事選がある。もしかしたら東京オリンピック返上のワンイシューで戦う候補者がでてきたとき、都民はどんな反応をするのだろうか。最期にだが、延期したオリンピックは「完全な形」で行うという。あまり普及していないようなわけのわかんない競技は削ってもよいように思うのは自分だけなのだろうか。
2020年03月25日
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中国で発生した新型肺炎は今やヨーロッパで猛威をふるっている。感染者のグラフも指数関数を思わせる急上昇で特にイタリアや米国のカーブが急にみえる。ただ、考えてみればこうした国々も一か月ちょっと前くらいまでは感染者数が少ないまま推移していた。そしてその頃には新型肺炎はアジア人の病気というイメージが漠としてあったのではないか。それがこの急増なのだから、こうした感染爆発というのはいつ起きても不思議ではないということではないか。東京でもオリンピックの延期が公言され、知事が首都封鎖を言い出してから、感染者数が増えているようだ。それなのに店にはマスクは出回らず、本来なら使い捨てのマスクを煮沸して使っている人も多いようだ。小回りのきく零細企業ではガーゼマスクなら作れると思うのだが、そうしたところは販売ルートをもっていない。そうした企業で作ったものをネットで多少の利益を見て販売しようとすれば、それは「転売」となって刑罰法規の対象になってしまう。転売の規制がかえってマスクのゆきわたるのを妨げているようなことはないのだろうか。事務室は配置を変えて人が密集しないようにして、窓を常にあけておくようになったので、だいぶ良くなったが、満員電車もバスも不安がある。公衆マナーとして、公共交通機関の中ではやたらにしゃべらないようにするとともに、もっと換気ができないのだろうか。バスにのったのだが、窓の上に小さな窓があるのに、固定されてわざわざ開けられないようになっている。感染爆発が起きてからでは遅いのだから、電車やバスの換気について考究すべきではないか。
2020年03月24日
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コロナウィルスの感染状況をみると、中国や韓国が落ち着いてきたように見えるのに対し、欧米諸国の感染者数の増加はうなぎのぼりである。イタリア、スペイン、イラン、米国、ドイツ、フランスの感染者数は一頃中国に次いで感染者数の多かった韓国よりも多い。こうした数字で恐ろしいのは、この急激な上昇がここ1か月くらいのうちに起きていることだ。それまではコロナなどちらかといえばアジア人の病気のような印象があり、ヨーロッパではむしろアジア人をウィルス感染者と揶揄する風潮すらあったのと様変わりである。実際にはコロナには欧米人とアジア人との差異などなく、こうした感染爆発はこれからもどこでもおこりうるのではないか。それを考えると、東京オリンピックのような大規模な人の集まるスポーツイベントが感染爆発の契機となることは十分に考えられる。現に大規模なイベントにはそうした危険があるので、春の選抜なども中止されている。次々とイベントが中止になっているのに、4か月先に大規模イベントであるオリンピックをやるなんて考えられないように思う。現時点でなによりも重視されなければならないのはコロナ感染拡大の終息であって、選手の記録やメダルでもなければ、ましてや政局でもない。どうか天下国家の大局的見地にたって、オリンピックの開催について判断してほしいものである。それに、コロナの感染拡大を受けて、予選や練習のできない国も増えている。オリンピック参加どころではないというのがそうした国々の実情だろう。それでも参加できる国だけ参加するという方法もあるのかもしれないが、先に述べたようにオリンピックを契機に感染爆発となれば、その影響は日本だけにはとどまらない。実際問題として7月に通常通りのオリンピックの開催など無理で、もはや延期か中止しかないと誰もが思い始めているのではないか。それなのに、誰もそれを言い出せず、ひたすら7月の実施に突き進んでいるように見えるのは、先の大戦で誰も終戦の決断ができなかった状況と似ている。
2020年03月23日
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家にばかりいると気が滅入る上に運動不足も気になる。どっちかというとインドア派だと思っていた自分でさえそうなのだから、世の多くの人も同じだろう。外食や旅行の消費が大変な勢いでおちこんでいるというが、逆にこんなときだからこそ、家族やごく親しい友人同士で会食したり自動車旅行したりしたいという需要は多いのではないか。いつまでも健康でいられるという保障はないし、また、いつまでも金があるという保障もない。「今のうちに気晴らしをしておきたい」需要とでもいうのだろうか。全国あちこちで桜まつりは中止になっているというが、祭りはなくても花は咲く。東京でも桜が開花しはじめ、お彼岸でもあるので、墓参と花見にいってきた。シートで宴会をやっている人々は皆無で、そのかわりキャンプ用のテントがあちこちにでていたのが印象的だった。大勢の宴会よりも少人数でというのが今年のトレンドなのだろう。そんなわけでコロナがすっかり世の中を様変わりさせたと思っていたが、立ち寄ったランチの店は様相が違った。ちょっと早めの時間なのだが、席はほとんど埋まっていて、その後もどんどん待つ人が増えてきている。みたところ換気もしている様子もないし、店員もマスクをつけていない。店には会話の声があふれていて、これこそ、換気の悪い密閉空間に人が密集して会話をしている状態なのだが、誰もそれを気にしている様子はない。たまたま入った店なのだが、後で調べてみると遠方からのリピーターも多い人気店だという。外食は客が激減しているというのだが、それも店によるのだろう。
2020年03月22日
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サリン事件から今日で25年たったという。最初のニュースは日比谷線で異臭が発生しているというものだった。その後、人が倒れている、丸ノ内線、千代田線でも同様の被害が発生しているという続報も入り、事件はただならぬ様相を呈してきた。すぐに事件はオウムによるものと特定され、テレビ報道はオウムウォッチャーと呼ばれる評論家とオウム側の広報担当に占拠されたような状態になった。当時のワイドショーやスポーツ紙はそれこそオウム一色で、しまいにはオウム幹部の誰それが昔テレビのデート番組に出演したという発掘記事まででてきた。サリン事件後も新宿駅で有害気体の発生する事件があったり、都庁小包爆弾事件や警察長官狙撃事件(これもオウムの仕業と考えられていた)もあり、世の中は騒然としていたが、それでも今にして思えばコロナよりはマシだったろう。サリンもテロもしょせんは外からやってくるものだが、ウィルスや細菌による疾患は自分の内部からくるものなので不安の質が違う。普段はあまりテレビなどは観ないのだが、当時は事件関連の報道をずいぶん観たものだ。オウム事件関係で出演する評論家は多士済々のようでいて、わりと主張は似通っていた。要は麻原という社会に怨恨を持つ人物に世間知らずの信者たちがマインドコントロールされて心にもない事件を起こしたというわけである。それではそのマインドコントロールとは何かとなると、人格の解凍、変容、再解凍と全く説明になっておらず、どうも「高偏差値の人間は悪いことはするわけはない」式の固定観念がどうも背景にあったとしか思えない。こんなマインドコントロール論が世間を席捲していたせいか、サリン事件の実行犯で駅員を二人も殺害した分別盛りの医師が無期懲役になったり、実行犯でも主導的な役割をしていた幹部も一審では無期懲役になったりしている。あの当時、オウムウォッチャーといわれた評論家は結局は反オウムといいながら、マインドコントロール論をふりまわすことで、結局は麻原以外の実行犯や信者を擁護していたのではなかろうか。サリン事件当時オウム教団にいた幹部やサリン生成に携わった信者の中でも刑事訴追を免れたり微罪で出所した人も多い。そして、そうした人の人権はこの社会ではしっかりと守られている。
2020年03月20日
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コロナは中国では終息のきざしをみせているが、欧米では感染者が急増しており、それも日に日に増加数が増えているようで予測もつかない状況となっている。外出禁止令などによる生活の不便と経済的困窮の恐れ、そして何よりも自分や家族がいつ感染するかという不安もある。こうしたときは個人だけでなく、社会全体もまた動揺しやすい。囚人の暴動が起きたというニュースもあるが、いくつかの国では政権を揺るがすほどの暴動や混乱が起きるかもしれない。一方でこうした攻撃の矛先を上ではなく外に向ける動きもあるかもしれない。ウィルスは目に見えないので、標的となる「敵」にはなりにくいが、かわりにアジア人を「敵」にする動きは強まっていくのではないか。コロナは中国で始まり、そして中国人によって持ち込まれた。これははっきりしている。ウィルスによる社会不安そして不満が増すにつれ、アジア人に対するヘイト行為は激しくなっていくだろう。なんというか、とてもじゃないけど、オリンピックどころではないように思う。さて、国内では緊急景気対策として一律に金をばらまく案が浮上している。いかにも政権内の某政党が好きそうな施策なのだが、それをやるなら、現時点の特殊事情に鑑み医療従事者や介護従事者限定での給付というのは無理なのだろうか。所得の多寡で区分するのは技術的に難しいというのだが、医療従事者、介護従事者に限定しての緊急給付というのは技術的にできるように思う。そしてもう一つの金がらみの話題であるが、オリンピックが中止になったとしてもチケットの返金はない可能性があるという。さすがにこれはまずいだろう。
2020年03月19日
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最初にコロナウィルスがでてきたとき、コロナはアジア人の病気と考えられていた。欧米でアジア人やアジア系に対する差別事件が起きたのは記憶に新しい。それが今では中国や韓国では新規感染者の増加がおさまっているようにみえるのに対し、欧米の国々で感染者が急増している。国によっては外出制限や食料品の買い付け騒ぎなど異常事態というような状況になっており、まったくもって予断をゆるさない。いくつかの国では、コロナの問題にとどまらず、経済的苦境が社会不安をよび、そしてその社会不安や人心の動揺が政治的混乱や大変革をもたらすところもあるのかもしれない。激しい社会格差や階層間の乖離、個人主義や脱宗教による社会の安定装置の希薄化、警察官も立ち入れぬようなエスニックコミュニティの存在など、こうした危機に脆弱な社会を持つ国だってあるはずだ。さて、目を地球の裏側から身の回りに向けるとコロナによって職場も様変わりした。会議はテレビ会議になり、席の配置も対面にならないように変更した。送別会はもちろんのこと、気の合うもの同士が昼食をともにするようなことも少なくなった。そして会話も無意識のうちに距離を話してマスク越しにすることが多い。コロナ以前とコロナ以後にたしかに生活も人との関係も変わった。様々な災厄の中でウィルス性の疫病は比較的平等だ。万人にとって怖ろしく、それは貧富や社会的地位とはあまり関係がない。
2020年03月18日
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官房長官が品薄のマスクについて3月は6億枚超、4月はさらに上積みといっているが、どうなのだろうか。確かこの人、2月にも来週から品薄は解消するといっていたような…。品薄が一番深刻なのは医療施設や介護施設でそうしたところに優先的に供給するのはわかるのだが、飲食店や食料品店だって、最近ではマスクをしていない店員が話しかけてくると気になる。こんな時期だからこそ、こういう業種でだってマスクは必需品だろう。そんなこんなで優先順位は個人が最後になるにしても、その個人の中にだって持病をかかえて満員電車に乗らざるをえない人もいる。マスクはもちろん予防として万能ではないのだが、マスクをしていないと不安を感じるのも事実である。国によってはマスクを配給にしているところもあるというが、今の状況をみると、こうした衛生用品を外国からの輸入に頼っていることの危うさが露呈したように思う。さて、その品薄解消のためにいったいどんな施策が行われたのだろうか。3月15日にはマスクの転売が規制された。しかし、これはマスクの普及とはあまり関係ないように思う。現時点で買い占めて転売している人がいるとも思えないし、流通過程で買い占めが行われているとも思えない。むしろ転売ヤーのほとんどは品薄前に買いだめしていた人々であって、その転売を規制したところで、それが通常の価格で流通するとは、とても思えない。むしろ一般の国民にとっては割高でも我慢して転売ヤーから入手する途が絶たれたというだけである。個々の転売ヤーに怒りをぶつけるのもよいが、これでは何の問題解決にもならない。さて、そのほか、政府は何をやっているのかを見たらちょっと驚いた。マスク増産のために、「残業も休日労働も可能」ということを厚労省はマスク製造業者に周知させるという。たしかに労働基準法には災害や緊急の場合には労働時間を延長したり休日に働かせたりすることを可能にする規定があり、それを周知させるというのだが、これは労働者の権利や健康を守る法律である労働基準法の中の例外規定ではある。マスク増産のためとはいえ、労働者を守らなければならない厚労省がこんな施策を行うというのもさびしいかぎりだ。免疫機能の維持のためには十分な睡眠や休養がなによりも必要であり、それはマスク工場で働く人だって同じだろう。マスクなどの衛生用品については国産業者を優先し、こうした業者がこれからも安心して生産体制を構築できるような仕組みをつくること、現在のような緊急時には業者に補助金などにより増産のインセンティブを与えることが重要ではないか。そしてその補助金の恩恵は残業や休日出勤して生産に励んだ労働者にもいきわたることが…。
2020年03月17日
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オリンピックについては延期論があるという。ただ、実際問題、延期というのは難しいように思う。まず選手の立場がある。選手は2020年夏という時期をにらんで、その時期に自分のピークが来るように調整しているはずだ。それがいきなり1年後、2年後になったとしたらモチベーションを維持できるだろうか。モチベーションだけではない。おそろしくハイレベルで競う最高峰の戦いとなれば1年分、2年分の体力低下だって致命的になる…のではないか。スポーツは全く詳しくないのでその辺はわからないが、きっとそういうものだと思う。それに選手はともかくとしても、世の中の雰囲気が変わっていく。かつての1964年の東京五輪の雰囲気は子供心に覚えているが、もっと祝祭の雰囲気に満ちていたように思う。建設業を中心としたオリンピック景気もあり、東京五輪音頭はどこに行っても鳴り響いていた。それが2020年はどうなのだろうか。コロナウィルスの問題が大きいのだが、オリンピック開催を4か月後に控えているのに、底知れない不況の底に沈んでいくようで、オリンピックのちは想像もしたくない。祝祭の雰囲気などまるでなく、オリンピックのマスコットだって名前などほとんど浸透していないのではないか。だから、これが1年先、2年先に伸びたとしても盛り上がるとはとても思えず、むしろ、人々はオリンピックに飽きてくるのではないか。もういいよ、という雰囲気が世の中を覆うわけである。そしてもちろんかかる経費は延期をするほどにふくらんでいく。思えば今回のオリンピックは最初からケチのつきどおしだったように思う。国立競技場の設計の問題に始まり、エンブレムの盗作疑惑、そして招致疑惑にマラソン会場の突然の変更。そしてきわめつきが今回のコロナウィルスの問題である。
2020年03月16日
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最近は外にでないのでかつて撮りだめていたDVDを見ている。そんな中で観たのは小松左京原作の「復活の日」。最近のコロナ騒ぎでカミュの「ペスト」が売れているというが、「復活の日」ももっと話題になってもよいように思う。東西冷戦下で開発された生物兵器が事故で漏出し、それが人類滅亡を引き起こすという物語であるが、コロナもまた人工的に開発された生物兵器であるというトンデモ説をいう人もいる。そして症状がインフルエンザに酷似していること、イタリアでまず猖獗を極めたためイタリア風邪と呼ばれたことも妙に現実と符合する。小説版では、未知の感染症が社会を、国家を、そして文明を崩壊させていく様子が描かれていて、そのあたり今読むともっと怖いかもしれない。映画版はその点、怖いのは苦手な人にもおすすめだ。当時はイケメンだった人気俳優草刈正雄と有名女優オリヴィアハッセイとのロマンスもからめ、人類絶滅から生き残った南極観測隊員達の物語が主になっているからだ。それに音楽も美しく、特に最後の方の草刈が南米の遺跡や雪山の中を歩く場面は有名な「砂の器」の放浪場面を思わせる。当時は相当に話題になった映画で、カドカワも世界初公開とさかんに大作であることを宣伝していた。しかし、その後、海外で評判になったという話もきかないし、日本でも今では忘れられたようになっている。※他に撮りだめておいた映画で見たものとしては次のようなものがある。「お受験」見せたいのはマラソンなのかお受験なのか、どうもよくわからない。まだ豊かだった社会の雰囲気を感じることと、矢沢永吉が走る場面を見る以外には特になんてこともない映画。「レッドクリフ」三国志を再現した一見の価値のある映画。米中合作なのだが、三国志になじみのない米国人にはどの程度うけたのだろうか。
2020年03月14日
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毎日毎日同じような日々のくりかえしのようでも、最近、次のような気分の変化があった。たぶん多くの人も思い当たる変化だと思う。・至近距離で人が会話をしているとおもわず避けたくなる。特に電車で隣の人がマスクをせずに会話をしていると勘弁してくれといいたい。・買い物でもマスクをしていない店員さんが話しかけてくると「余計なことをしゃべるな」と心の中で思う。むろん口にはださないけど。・自分も人と会話をするとき、マスクをつけたままか、マスクがないと思わず下をむいて会話する。いうまでもなく最近のコロナウィルス騒動が原因であるが、考えてみれば、こうした人前で口を開けないという作法は古来、日本にあったように思う。伝染病の中には唾などの飛沫を通じて感染するものも多い。そうした感染を防ぐために、食事は適度に距離をとれる膳で食べ、そして食事中は作法として話をしないことがよしとされた。また、よく時代劇にでてくる貴人がものをいうときに扇で口元をかくす動作も、飛沫感染を防ぐという意味があったのかもしれない。
2020年03月13日
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最近はニュースも話題もコロナばかりなのだが、この影響で祭りは消え、にぎわいは消え、人々は家にこもるようになってきている。今後もますます「不要不急の外出を避ける」傾向は強くなっていくだろう。こんな風に人々が動かなくなり、金も使わなくなれば、その次にやってくるのは大不況である。さしあたっては、観光、外食、映画、レジャー施設は言うに及ばず、ホテルや花卉も影響を受けている。これで五輪中止となればマンション業界や建設業も打撃であろう。また、コロナは日本だけでなく世界中が影響を受けているわけなので、これからも海外渡航の禁止や入国制限はますます広がってくるし、その影響を受ける企業や業種も多い。そうなれば、多くの企業がつぶれ、多くの人が職を失う。そんな社会になれば、公務員や年金だって安泰とは思えないし、ある世代以降は昔語りでしか聞いたことのない「飢え」が身近になる時代が来るのかもしれない。そしてもちろん人間は黙って飢えているわけではないので、「飢え」は経済的混乱や政治的混乱とセットでやってくる。そういえば、感染が拡大している米国では銃や弾薬の売れ行きが急増しているという不穏な話もある。さらにまた、いくつかの国では、経済や社会の混乱にとどまらず、体制を破壊したり転換するような政治的激動があるだろうし、それはまた武力紛争や大量の難民流出となって近隣の国にも大きな影響をもたらす。その先は…となると想像力がもうついてゆけない。※※まあ、こういうのがそれこそ脳内妄想で、後しばらくしたら世の中が平穏になればどれほどよいか。野坂昭如の「マリリンモンローノーリターン」を聞きながら書いたら、ついついこんな文章になってしまった。https://www.youtube.com/watch?v=d4HiKH9dzIo
2020年03月11日
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コロナウィルスについて思いつくことをいくつか書いてみる。昨日、横浜市で死亡者がでたというが遺族の意向で性別年齢の公表はなかった。奇妙な話としかいいようがない。勤務先や職業、そして細かい住所が遺族の意向で非公表というのならまだわかる。しかし、性別や年齢の非公表というのは解せない話だ。こういう場合、世人が知りたいことは、住所や勤務先の場所と通勤経路、そして年代と持病の有無等だろう。前者の情報は感染の不安から知りたいと思うし、後者の情報は未知のウィルスの性格を知るために必要な情報であろう。住所や勤務先の場所、それに持病は下手をすると本人特定につながりかねないので遺族が非公表を望むのはわかる。ただ、性別年齢の非公表というのがどうしても解せない。性別や年齢が無理であれば年代でもよい。もし100歳以上で本人特定につながるというのなら90歳以上という公表のやり方だってある。横浜は大きな町だ。30代男性、40代女性などと公表したところで本人特定の可能性などはまずない。「遺族の意向」なるものを隠れ蓑に、どっかの誰かが、本当は出したくない情報を隠しているのかもしれない、なんて思うのはかんぐりすぎなのだろうか。ウィルス騒動で様々なイベントが中止になり、学校も休校になったが、満員電車やパチンコ店はなぜ議論にならないのか不思議でならなかった。しかし、最近になって満員電車についてはようやく問題になってきたようだ。テレワークや学校休校、そして時差通勤の推奨で、少しは改善されてきたようだが、それでも、誰かが咳をすると心なしか空気が緊張するように思う。外国ニュースではよく駅などを消毒する場面があるようだが、そんなものも見たことないし、マスクも一向に出回らず不安に思う人も多いのではないか。ウィルス対策には換気が効果的だという。今の電車は自由に窓を開けることはできないのだが、あのガラスの上の方にでも換気用の穴をあけるなどのことはできないのだろうか。さほど費用もかからず、すぐにでもできるように思うのだが。
2020年03月10日
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スーパーや薬局でトイレットペーパーやティッシュの買い占めが起きているという。石油ショックのときも東日本大震災のときも起きた現象なのだが、こうした買い占め騒ぎはなぜ起きるのだろうか。それは買い占めという行動がそれなりに合理的な面があるからだろう。こうした買い占めの対象となる商品には以下のような特徴がある。生活必需品であること。一度に買い込むことが経済的負担になるほど高価なものではないこと。短期間で劣化するものではなく、いずれは使用することが確実であるので、保管するスペースさえあれば一度に買いおいても損はないものであること。だからこうした買い占めの対象はトイレットペーパーだけではなく、米やパスタなどの食料にも及ぶ場合もある。買い占めの背景にはもちろん不安感があり、不安感が消えればいつの間にか買い占め騒ぎもなくなる。そして買い占めでため込まれた商品はゆっくりと各家庭で消費されていく。本当に一日もはやくそんな不安のない落ち着いた時間がもどってきてほしいものである。店頭から消えたマスクについても今月には月6億枚供給と大臣は言っているらしい。しかしこれはどの程度信じてよいのだろうか。2月にはマスクは供給されると官房長官が言ったことがあったが、実現はしなかった。一般家庭はよいのだが、医療機関などではマスクの品薄は死活問題ではないのか。いや、医療機関でなくても、買い物で店員がマスクをしていないと唾がとびそうで気持ち悪いと思うようになったし、自分も外ではマスクをするのが普通になってきているので、マスクなしに近い距離で人と話をするのは失礼なような感じになっている。本当にここ何週間でずいぶん感覚が変わったものだと思う。今はやむなく何度でも洗って使えるという黒マスクを使っているが、一日も早く白いマスクが店頭に並んでほしいものである。
2020年03月08日
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最近「巣ごもり消費」という言葉があるそうだ。コロナウィルス騒動のあおりで外出を控えるようになり、家にこもることによって生まれる消費という意味だそうだ。でもこうした言い方をすると、まるで新たな消費が生まれたような印象だが実態は違うだろう。人が動くから金が動くのであり、食事など需要はあるけれども、動きたくないからもともとは買い物に行っていたものを、宅配などで代替しているということだろう。なお、「巣ごもり消費」には通信教育も入るそうだが、コロナウィルス騒動で通信教育をさあ始めましょうという人はどうみても多くはなさそうなので、これは関係なさそうだ。どうみてもコロナウィルス騒動で、全体としては消費は減っているはずである。それに「巣ごもり」というが、普通の人はひきこもってばかりいると気がめいってくる。普段は仲良い家族でも、皆がひきこもれば余計な軋轢があるかもしれないし、逆に一人暮らしの人は、外にでないことで社会との接点をなくしたような気になるかもしれない。そしてまた運動不足という弊害だってある。多人数の会合どころか、このところ親しい者同士の会食も自粛気味だし、いつまで続くのだろうか、こんな騒動。
2020年03月06日
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各種イベントの自粛や無観客が続いている。人が集まれば金が動き、そしてその金で生活をしている人々が大勢いる。スポーツイベントが一回行われれば、弁当屋や食堂などに客が入り、タクシーも列ができる。会場整理や誘導などの仕事をする人も多いし、そうした人々は多くは非正規でイベントが消えれば即収入を失う。こうしたイベント関連だけではなく、外食、映画館、ジム、百貨店など人がにぎわってこそ収入が上がるようなところは軒並み閑古鳥が鳴いているのではないか。旅行関連の苦境はいうまでもない。外国人観光客の需要だけではなく、日本人の需要も激減している。コロナウィルスの病そのものの恐ろしさもさることながら、経済的な影響が雇用不安、ひいては社会不安につながっていくのではないかと恐れる。特にここ何十年かの傾向として家族の持つ社会の安定装置としての機能は非常に低下しているので、いったんたがが緩むと何が起きてもおかしくないような気もする。まあ、それこそそんな不安は自分の脳内妄想であり、杞憂であってくれればよいと思うのだが。それにしてもこうした人が集まることに対する自粛はいつまで続くのだろうか。とても短期間で収束するとも思えず、五輪もしだいに中止の流れになってゆくのではないか。それに上級国民関連では桜や園遊会、勲章の親授式も春には行われるが、こちらの方もやらない可能性があるように思う。あ、そういえば桜はもう止めるのが決まっているのだっけ。
2020年03月05日
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家の近くのスーパーは朝の9時に開店する。ここのところ開店前でも人が待っているようになり、その人数も次第に増えてきているようだ。ドアが開くと同時に向かうのはティッシュとトイレットペーパーの売り場。どちらも一人一点までなのだが、たぶん開店後すぐに売り切れてしまうのだろう。いくらティッシュやトイレットペーパーの不足はないと広報してもこの現象は止まない。なにか、根本的にお上を信用していない、信用できない…といった雰囲気が醸成されているようにさえ思う。なにしろずっと前に政府の官房長官が来週には出回ると言っていたマスクだってまだ品不足でどこにも売っていないのだから。信用されていないのは在庫や供給の話だけではない。WHOでは韓国、イタリア、イランと並んで日本を感染危険国に指定し、日本からの渡航禁止を行う国もでている。ところが日本の感染者数292人(クルーズ船を除く)はそんなに大きな数なのだろうか。3月2日で韓国は4212人、イタリアは1694人、イランは978人、ドイツ131人、フランス130人である。どうも背景には日本の感染者数なるものがあまり信じられていないのではないかと思う。もちろん国外、国内の双方でという意味である。感染者数は毎日20人くらい増加しているのだが、普通に考えればそんな等差数列のような増え方はしない。等比級数的に増加し、しだいに山がなだらかになっていくという構図なのではないか。感染症対策については、感染者の発見と隔離(他への感染を防ぐ)がまず基本のはずなのに、軽い症状のものには検査をしないというのがよくわからない。なんか疑心暗鬼が社会全体を覆っているような気がする。
2020年03月04日
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その昔、秦の趙高は自分の権勢をためそうとして鹿を馬だといったという。趙高がそう言いだすと、官僚達も彼の権勢をおそれて鹿を馬といったわけで、馬鹿という字はこれに由来するのだとも。同じようなことが日本でも起きている。特別法は一般法に優先するというのは、法学部のどんな底辺学生だって聞いたことくらいはあるだろうし、ませた子なら高校生や中学生でも知っているかもしれない。どうみても、検察官の定年は伸ばしようがないだろう。それなのに、法曹資格をもっているはずの大臣や官僚が次々と検察官の定年延長は合法だといいはじめている。これぞ鹿を馬…なんだけどまあいいや。今はコロナの方が緊急一大事なのだから。それにしても、検察官の定年をのばしてまで、なぜ彼をすえおきたいと思ったのだろうか。そっちの方もやはり気になる。しか
2020年03月03日
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「光と影」の視聴を完了した。面白かった。サクセスストーリー、恋愛ドラマ、復讐ものと様々な要素のあるドラマであり、人によってどこにウェイトを置いてみるかは異なるのだが、自分としてはギテとスヒョクの友情と対立の物語としてみた。以下はネタバレを含む感想である。地域の顔役のドラ息子のギテとその家の使用人の息子で大秀才のスヒョク。ギテとスヒョクは表面上は仲の良い友人なのだが、実はスヒョクは自分の立場も含め、ギテに強いコンプレックスを抱いており、それを払しょくするために、権力を握ろうとする。スヒョクは地元の有力政治家に秘書として仕え、彼の後ろ盾により、大統領官邸に高級幹部として入っていく。ところがこの政治家チョルファンはとんでもない悪徳政治家で、しだいにギテとスヒョクは対立するようになる。さらにこれに女優ジョンヘをめぐる三角関係もあるのだが…。そして最後にスヒョクは過去を悔い、ギテとの友情を復活させようとするのだが、時すでに遅く、最後に自分を犠牲にしてギテを守るとともに、チョルファンに対する復讐を成し遂げる。ドラマにはギテとスヒョクだけではなく、様々な友情がでてくる。こうした様々な友情や恋の三角関係、いや四角、五角関係か…といった多彩な登場人物のおりなす人間ドラマもみものである。そしてなによりも、悪徳政治家チョルファンの怪演といっていいほどの存在感がすばらしい。この俳優は大河ドラマ「ホジュン」では人間愛にあふれた名医を演じたのになんたる違い。単なる憎々しいだけの悪役ではなく、女好きで人間味もある悪役であり、ドラマを見終わってみると、この人は一番印象深い。
2020年03月02日
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今昔物語巻二十七にこんな話がある。今は昔。冷泉院の御代、天下にしわぶき病(インフルエンザ?)が頻繁に流行し、罹らない人はないほどに、身分の上中下どの人も病み伏していた時があった。その頃、ある屋敷で料理人をしていた男が、屋敷を出ると、赤い袍を着て冠をした、おそろしく気高く立派な人物と出会った。その男が言った。 「私は、昔この国にいた大納言伴善雄だ。今では行疫流行神(えやみのかみ・疫病神)となっている。私は、重い罪を蒙ったとは言え、我が国から御恩も蒙った。そこで、今年は天下に疫病が起こって国中の人間が病んで死ぬところを、私が咳病にして欲しいと申しあげたのだ。それで、世間には咳病が流行っているのだ。」と。平安時代には様々な疫病が流行り、その中ではしわぶき病はまだましな方だったというのがわかる。それでも今よりは致死率ははるかに高かっただろう。なにしろ40歳まで生きれば40の賀という長寿の祝い(上流階級であるが)を行った時代である。そんな昔でなくても、明治期にも何度も赤痢やコレラが流行した。こうした急性の伝染病以外にも結核やハンセン病のような慢性の伝染病も人々の脅威になっていたことも周知のとおりである。ここ2週間ほどで新型コロナをめぐり社会の雰囲気がどんどん変わってきたようにみえる。外食店は閑古鳥がないているし、イベントものきなみ中止となっている。そのうちに大変な経済不安、社会不安が起きるかもしれない。しかし、もしこれで大変な事態になったとして、元凶の病気はどうなのだろうか。正体不明のところが不安をあおっているが、自分の知り合いの中には今のところ亡くなった人や重篤になった人はいない。明治期に流行した赤痢は4人に一人、コレラは2人に一人くらいは死んだらしい。それでも、明治期という時代は大変な混乱が起きることもなく、近代化に向かって邁進していた時代でもあった。
2020年03月01日
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